第二回

晁大舎が狐を殺して病気になること

楊郎中がいい加減に治療を施すこと

 

元気なりとも自らを強しと思ふことなかれ、

元気なら衰ふることのみ恐るべし。

生き物をむごく損なはば、

名医も処方の仕様なし。

 さて、晁大舎は、晩に、客を送り、帰ってきますと、顔を人に強くはられたときのように、体中に寒気がし、髪の毛が一本一本逆立ち、体がひどく不快でした。何とかしばらく我慢をし、分けた何匹かの雉、兎と、射殺した狐を下男に受け取らせ、珍哥の部屋に行きましたが、面白くなく、うなだれて、椅子に腰掛けておりました。珍哥は、一日遊び、戻ってきますと、あれこれと、狩りのことを話そうとしましたが、大舎は元気がなく、あまり喋りませんでした。珍哥も、とてもつまらなくなり、尋ねました。

「帰ってくるときは楽しそうにしてらっしゃったのに、どうしてむっつりなさっているのですか。きっと禹明吾たちと喧嘩をし、怒ってらっしゃるのでしょう」

晁大舎は、それでも返事をせず、首をふるだけでした。珍哥はさらに尋ねました。

「本当にどうなさったのです。お顔がすっかり土気色になっていますが、たぶん道で寒い風に当たられたのでしょう。酸辣湯を作らせますから、二碗飲まれて、熱い浸の上で汗を出されれば、すぐに良くなりますよ」

晁大舎は言いました。

「小間使いに、酒の急須を暖めさせてくれ。大きな杯で、何杯か飲んで、様子をみるから」

小間使いは、四つの小皿にもった酒のつまみを出し、大きな急須で、とても熱い酒を暖め、二つの銀の象眼のある、漆を彫刻した杯、二揃いの象牙の箸を勧め、寝床のテーブルの上に並べました。晁大舎は、珍哥といても面白くなく、大きな杯を、数杯しか飲みませんでした。そして、下男に命じ、浸を掃除させ、布団を敷かせ、眠りました。眠ると、何度も夢から覚め、唸りました。二更まで眠りますと、体が熱くなり、口が苦いとか、頭が痛いとか、たえずおかしなことを言いました。珍哥は慌て、小間使いに明りをつけさせ、火を起こさせ、下女を看護をしにこさせました。そして、計氏の部屋の入り口を叩かせ、計氏に様子を見にこさせました。

 計氏は、二三日前に、ある人から、晁大舎が珍哥のために軍服を作り、皮帯を買い、一緒に、荘園に狩りをしにいこうとしていること、狐や犬のような友人たちも一緒に行こうとしていることを聞いていました。計氏は、その話を聞いたとき、強がってこう言いました。

「狩りはとてもいいことだよ。最近は世の中が乱れているが、楊家の女将軍[1]が世に現われれば、流賊の也先[2]など怖くはないからね」

そして、心の中で言いました。

「女というものは、風や雨にも耐えられないものだ。あいつは、妓女上がりで、水揚げされた女だから、軍服を着て、男たちとともに狩りをすることができるはずがない。わざと嘘を言い、私に腹を立てさせようとしているのだろう。余計な怒りを起こすことはない。本当に一緒に狩りをしにいったのなら、私が間男を作るまでだが、あの馬鹿が銷金帽[3]緑頭巾[4]をかぶるはずもあるまい」

話を聞いても、耳元に風が吹いているかのように考え、気にしませんでした。

 十五日の朝、計氏が起き上がり、寝床の上で足を組んでいますと、家中が賑やかに騒ぎ、兵営から借りてきた、二十四名の楽士が楽を奏で、三回銃が放たれるのが聞こえました。計氏は尋ねました。

「表では、どうして銃を撃ったり、吹いたり叩いたりしているんだい」

下女はいいました。

「奥さまは、先日、私が申し上げたことを信じられませんでしたが、小珍哥さまが旦那さまと狩りに行かれるのですよ」

計氏は、しばらくぼんやりしていましたが、こう言いました。

「そんなおかしなことがあるるものか。もう行ってしまったのかい」

下女「今、出発されるところです」

計氏は言いました

「出ていって、様子をみてみよう」

計氏は、スカーフをとり、頭を包み、子羊の皮で裏打ちした緞子の靴を履き、半臂[5]をつけ、進み出ますと、ちょうど珍哥、晁大舎が馬に乗っていくところでした。

 計氏は、表門まで出ますと、門を閉じ、体を門の後ろに隠し、上半身をのり出し、覗いてみましたが、珍哥たちは、とても綺麗な服装をしていました。計氏は腹立たしくもあり、悩ましくもありました。隣近所の女たちも、出てきて、晁大舎と珍哥が出発するのを見ましたが、羨むものもあり、非難するものもあり、笑いものにするものもありました。計氏が入口にいるのを見ると、人々は計氏に会いにきました。計氏は言いました。

「まだ髪梳き、洗顔をしていませんから、来られてはいけません」

計氏は、彼らを家に呼び、茶を飲ませました。女たちは、遠慮して中に入ろうとせず、立ち止まり、隣人同士で紋切り型の会話をしました。

 尤大娘という人が言いました。

「奥さん、どうして一緒に行かれずに、家で何もしないでいるのですか」

計氏は言いました。

「私は顔も醜いし、脚も大きいし、殿方と狩りに行くには不釣り合いなので、家に隠れ、苦しい暮らしに甘んじているのですよ」

高四嫂が言いました。

「奥さまは顔が醜く、脚が大きくはありませんが、体が重く、骨が太いので、馬が動かないでしょう」

さらに言いました。

「旦那さまもとんでもない方ですね。珍哥を尊敬し、地位を高めるのなら、家の中で尊敬し、地位を高めてやればいいのです。あれはとんでもないことですよ。あの女はまあいいでしょう。以前、王昭君、孟日紅に扮し、馬に乗り、大勢の役者とともに人のために葬式を送っていただけの女なのですからね。しかし、旦那さまはとんでもないことをされています。城外で非難されるのはもちろんですし、任地にいらっしゃる晁の大旦那さまだって、このことを知られれば喜ばれないでしょう」

計氏は言いました。

「城外では、当然笑われることでしょう。しかし、大旦那さまは、このことを知られれば、とても喜ばれ、息子は遊び、気晴らし、散財ができて、利口な奴だとおっしゃることでしょう。私の旧宅は、娘娘廟のすぐ隣にありました。姑は、私と相談し、廟に行く人が少ない日に、廟にいって叩頭しよう、私たちと女神さまは隣同士だからねと言いました。あいつはそれを聞くと、あれこれ文句を言いました。さらに、人と肩を触れ合わせたり、流し目をしたり、人に尻の穴を触られたり、人に靴をとられたりするだろう、と言いました。廟にいくことができなくなったので、姑は怒ってあっけにとられていました。私が激怒して、二発びんたをくらわしてやらなければ、あいつはこれからもお母さまに盾突くことでしょう」

 高四嫂「旦那さまが晁の奥さまに盾突いているのに、晁の大旦那さまは怒られないのですか」

計氏「お父さまは口を開けて笑われ、『当然だ。わしは行くなといったが、あいつがそう言ったのなら結構なことだ』といわれました。これが私たちの大旦那さまが息子をしつけるときにいうことなのです」

高四嫂「晁の大奥さまは、とてもおとなしい性格で、子供を叱ろうとはしませんが、私はあのようなやり方には承服できません。息子が私を苛めたら、私は息子を生かしてはおかないのですがね」

計氏「お母さまはあの人に言い返す勇気はありません。とても慌てて、目を擦り、他の所へいって涙を流すだけです。しかし、私は見過ごすことができず、二言罵り、二回ぶったこともあります」

高四嫂「あなたがあの人を押さえ付けることができるのに、押さえ付けられていた旦那さまが咬臍郎[6]になったのは不思議ですね」

人々は尋ねました。

「旦那さまがどうして『咬臍郎』なのですか」

朿さんが言いました。

「あれ。あなた方はご存じないのですか。咬臍郎は狩りをしたとき、井戸の脇で李三娘[7]にあったのです。今、旦那さまはお妾さんと狩りをされているのですから、咬臍郎ではありませんか」

人々は言いました。

「知りませんでした。朿さんが古今のことに通じているといわれるのも尤もなことです」

 計氏「あなたは私にあの人を押さえ付けろとおっしゃるのですか。私は昔と変わっていませんが、あいつは昔とは違います。あいつは、売女がくる前から、私を二三回脅しつけていました。私はもうあいつに屈服していますから、押さえ付けることはできません」

高四嫂「奥さん、あなたは賢い方ですから、申し上げましょう。怒られてはいけませんよ。道徳を説かず、あの人が勝手なことをするのにまかせれば、とんでもないことになります。財産がなくなったり、旦那さまが体を悪くされたりすれば、あの女は尻を突き上げて男に身をまかせることができますが、あなたは貧しい暮らしをし、やもめ暮らしをすることになります。あなたは家にへばりついている秀才のように、『飛ぶことも、跳ねることもできない』ありさまになってしまいます。私たちの妾が良い暮らしをし、夫があの女に衣装を着せても、私は少しも怒りませんでした。夫があの女と寝るときは、一晩二晩、十数夜でも、私は嫉妬しませんでした。しかし、勝手な振る舞いをする馬鹿や淫婦は、許すことができません」

計氏「あの女はすでにのぼせ上がっていて、言うことをきかなくなってしまっているので、あなたが押さえ付けようとしても承服しないでしょう」

朿さんは言いました。

「まったく人それぞれですね。高大爺はびくびくしていて、あなたは堂々としています[8]。あの人が文王のように振る舞えば、あなたは礼楽を作ろうとし、あの人が桀紂のように振る舞えば、あなたは戦争をしようとします。高大爺があなたのもとで悪巧みをするようなことはありませんし、あなたの家のお妾さんはまるで小間使いのようで、あなたは鍾馗さまが小鬼を服従させるときのようにあの女の人をおさえつけています。あなた自身は身持ちがよく、愛情も威厳もあり、高大爺も真面目な方で、良くないところはありません。しかし、晁大舎さまは悪神のようですし、妾は舞台にのぼり、劇を演じたことのある女です、孟日紅に扮したら、強盗さえ征服することになるのですからね[9]。奥さんは頼りにする人がありませんから、彼ら二人には適わないでしょう」

高四嫂は笑って

「ふん。『白鳥が海青より大きい』[10]とはこのことです。海青は白鳥をしっかり掴むことができるものですよ」

そう言いながら、みんなで挨拶をして、去っていきました。

 計氏は、部屋に戻り、考えてみましたが、無性に腹立たしくなりましたので、天地に響くような声で泣き、髪も梳かさず、ご飯も食べず、浸に火をつけますと、眠りました。真夜中になると、門を叩く音がしました。昔ならば、計氏は恐ろしいことはありませんでした。女だてらに夫を尻に敷いていたこと以外は、良心が咎めるところはありませんでしたので、恐ろしいことはなかったのでした。しかし、今では、晁大舎に幾度か脅しつけられていましたので、まるで宦官のように彼を恐れ、ひたすらびくびくし、ふたたび乱暴なことをする勇気はありませんでした。計氏は考えました。

「一体どうしたのだろう。何でこんなに激しく門を叩くのだろう。きっとおしゃべりな奴が、あの男に、私が表門であいつが出発するのを見ながら、隣近所の女たちと喋っていたと言ったにちがいない。喧嘩を売りにきたのだ。わたしが門の前に行き、隣近所と少し話しをしても、たくさんの、狐のような奴らと狩りをして醜態を晒すよりはましだ。寝床の上の佩刀を鞘から抜き、袖に入れ、何のために来たのか様子をみてみよう。以前のようにぶったり蹴ったりされたら、私は勢いをつけてあいつの頭を二回突き、自刎し、一緒に死ぬことにしよう」

考えをきめますと、体を伸ばし、度胸を据え、小間使い、下女を呼び、門を開け、何の用かと尋ねました。すると、下男の女房が、慌てて言いました。

「旦那さまが、どうしたわけか、体の具合がおかしく、人事不省となり、うわ言ばかりおっしゃっています。奥さまには、旦那さまのところへお見舞いに行かれてください」

計氏「あいつは私とはもう関係がないんだよ。狩りのときは、私を連れて行かなかったのに、病気になると、私を尋ねてくるとはね。昼間は悪神のように、女房と馬に乗り、元気良くしていたのに、どうしてすぐに病気になったんだい。馬鹿、淫婦が計略を設け、私を奴らの所に行かせ、殺そうとしているんだろう。あいつが私を女房と認めない以上、私もあいつを夫を認めないと言っておくれ。本当の病気でも、仮病でも結構、私は真夜中に、あいつの所へ行ったりはしないよ。私を殺すのなら、明日でもいいだろう。殺すなり、首を切るなり、おまえたちの自由にしておくれ。本当の病気なら、もちろん結構なことだ。おまえが死んだ日には、任地からお父さま、お母さまがこられて淫婦に息子の命を返せというだろうが、それは私とは関係のないことだからね」

 計氏を呼びにきた下男は、計氏の言葉の一部始終を珍哥に伝えました。

珍哥「ろくでもないことをいって、結構なことですね。死のうが、首を切られようが、お碗大の出来物ができようが、この私がいれば大丈夫ですよ」

口では、このように強がりを言いましたが、心の中では少しびくびくしていました。

 晁大舎は、病気がますます重くなりました。珍哥は、夜が明けるのを待たずに、下男の晁住を遣わし、宣阜街に住んでいる楊太医を来診に来させました。親友の禹明吾が、晁家の向かいに住んでいました。彼は、屯院[11]の書吏で、数万の財産を築き、晁大舎とは隣人で、最も親しくしていました。禹明吾は、晁住が楊太医を呼び、先に戻ってきたのを見ますと、尋ねました。

「朝早く、どこから戻ってきたのですか。そんなにあたふたして」

晁住「主人は、昨晩、お客様方を送り、家に戻ったのですが、人から顔を一発張られたときのように、体が震えていました。真夜中になると、熱が出、今では人事不省となり、うわ言ばかり言いました。先ほど、宣阜街へいき、楊太医に診察を依頼しましたが、あの人は、まだ家で髪梳き、洗顔をしていましたので、先に戻って報告したのです」

禹明吾「あなたのご主人は、昨日はとてもお元気だったのに、どうしてこんな病気になられたのでしょう」

そして、すぐに付近に住んでいる、一緒に狩りに行った友人、尹平陽、虞鳳起、趙雒陵を呼び、四人一緒に晁家の広間に行き、腰を掛けました。楊太医もちょうど中に入ってきました。人々は揖をすると、昨日一緒に狩りに行き、戻り、別れたことを話し、さらに、晁大舎が自ら狐の精を射殺したことを話しました。楊太医は、話しをすべて頭に入れました。

 楊太医は、常日頃から有名な藪医者で、歯痛には四物湯[12]、腹の冷えには三黄散[13]を用いてばかりいました。素行もあまりまともではなく、性格はひどく偏屈でした。人の家に行くと、必ずよその家の女のことをあれこれ言いましたので、人々はみんな彼のことを避けていました。ところが、晁大舎だけは、彼とうまが合い、彼を診察に呼びました。彼は心の中で思いました。

「晁大舎は、今度、小珍哥を娶ったが、あのあばずれ女には、俺もいい思いをさせてもらったことがある。以前蛤鮖丸[14]を飲み、鬼頭散[15]を塗っても、あの女には適わなかったが、珍しい薬を手に入れたお陰で、対等にわたりあうことができた。晁大舎は、若くて元気がいいが、昼夜対戦し、何度も放出するのには持ち堪えられず、あの女によって、ひどく体を損なわれたのだろう。昨日は狩りをし、疲れていたのに、晩に例のことをして、惨敗したのだろう。さいわいまだ若いから、四服の十全大補湯[16]があれば、きっと良くなるだろう」

さらにこう考えました。

「聞くところによれば、晁大舎と小珍哥は、別の屋敷に住んでおり、計氏とは同居していないということだが、奥の部屋に脈をみにいけば、珍哥が出てくるにちがいない」

さらにこう思いました。

「禹明吾たちがここにいて、一緒に晁大舎の部屋に入れば、珍哥は出てこなくなってしまうだろう」

さらにこう思いました。

「あいつらは、晁大舎の親友で、昨日も、同じ場所で狩りをしたのだから、やはり互いに避けたりはしないだろう。人が多いから、あの女は、俺だけを相手にしてくれることはないだろう」

 楊太医は、心の中では、まったく病気の原因を考えず、しきりにこのようないかがわしいことを、まるで上へ下へと行ったり来たりする釣瓶のように、あれこれと考えました。すると、晁住が出てきて言いました。

「楊さま、お入りください」

禹明吾たちが言いました。

「俺も一緒に中に入れてくれ」

晁住「部屋の中には、人がおりませんから、皆さまが一緒に入られても構いません」

広間を回ると、回廊でした。回廊を過ぎると、部屋の前に着きました。その様子はといえば、

緑色なる欄干(おばしま)に、彫刻をせる石の段、門の帳は猩紅錦。金の漆の文机、席の上には鸚緑[17]の刺繍の茵ぞ掛かりたる。北壁の下、彫刻の木の退光[18]の寝床に、幾重にも錦の翠被[19]が敷かれたり。南窓には、磨かれし煉瓦の床下暖炉[20]あり、筵[21]に代はり絨毯を敷く。寝床には、病みし男ぞ眠りたる。両の(まなこ)はどろんとし、ぼそぼそと喋りたり。寝床の脇に、三人の小間使ひが立ち、六本の脚はだらしなく、ひそひそと話したり。銅火鉢にて、獣の炭は赤く燃ゆ。金博炉[22]には、緑青の篆字のやうな煙が立てり。よく知らぬ装飾品は数多あり、見たくもなき陳列品は数多し。

 晁住が案内をし、楊太医が後から付き従い、さらに禹明吾、尹平陽、虞鳳起、趙雒陵が一緒に中に入りました。晁住は暖簾を掲げました。晁大舎の寝床の前に行きますと、禹明吾が口を開いて言いました。

「昨日、狩り場にいたとき、元気が宜しかったのに、どうしてこんなに急に病気になられたのですか。服を脱いで凍えたのでしょう」

晁大舎は、声を出すこともできず、頷くだけでした。楊太医は言いました。

「これは外感ではありません。顔中が発熱していますから、精が枯れたのです」。

 五人は、寝床の前に腰をかけました。楊太医は、椅子を寝床の前に運びますと、横に伺候している髷を結った小間使いを見、言いました。

「本を探してきて、脈を診させてくれ」

元宝ならば、晁大舎の箱に、いくつかあったでしょうが、脈をとるとき下に敷くための本を所望しても、どこにもありませんでした。小間使いがあたりを見回しますと、晁大舎の枕元に、一寸ほどの厚さの本がありました。取り出して見てみますと、題簽には『春宵秘戯図』と書いてありました。

楊太医「この本は硬いので、手を痛めます。柔らかい本をもってきてください。大きな『縉紳』ならなお結構です」

小間使いは、ふたたび捜し物をし、枕元から一冊の本を持ってきましたが、題簽には『如意君伝』[23]と書いてありました。さいわい楊太医はそれを開きませんでしたので、『如意君』の内容は分かりませんでした。彼は『如意君伝』を『春宵秘戯図』の上に置き、布団の中から晁大舎の左手を取り出しますと、本の上に置きました。

 楊太医は、首を傾げ、目を閉じ、脈を診ている振りをしました。そして、一つには先入観を持っていたため、二つには「こんな綺麗な男に、あの珍哥がいい思いをさせてもらっているなら、珍哥は、もう俺のことを思ってくれていないかもしれないぞ」と考えてばかりいたため、両手を寸、関、尺の脈所に当てもせず、でたらめに脈をとり、言いました。

「外感[24]ではなく、まったくの内傷[25]です」

 禹明吾は尋ねました。

「この病気は、あまり重くはないのでしょうか」

楊太医「正常ではありません。藪医者に脈をとられ、外感だと思われ、発表[26]の薬を飲まされれば、汗が止まらず、必ずやあの世行きですよ。しかし、私たちが症状に対処するための薬をのませ、全部で四五服の十全大補湯を使い、さらに人参、天麻[27]などの救急薬を加えれば、正月頃にはふたたび起き上がり、私たちと遊ぶことができることは請け合いです」

言い終わりますと、人々は外に出、散っていきました。

 晁住は五銭の銀子を手に持ち、楊太医とともに、薬をとりにいきました。楊太医は、歩きながら、晁住に向かって言いました。

「旦那さまは、すでに八九割り方は病気になってしまっています。あの方が太って丈夫な体をしているとお思いでしょうが、体の中は空っぽで、一本の木の棒で支えられている、根のない高い壁のようなものです。聞くところによれば、今はまったく奥へはいかず、小珍哥と表に住んでいるとのことですね。ここは彼ら二人の家なのでしょう」

晁住は逐一返事をし、薬を貰い、家に戻り、薬を珍哥に渡し、言いました。

「薬袋には、すぐに服用できると書いてあります。のんでから効くか効かないかをみて、加減しましょう」

珍哥「あの人は、他には何と言ったんだい。旦那さまの病気がどのようものなのか話さなかったのかい」

晁住「あの方は、旦那さまは見掛けは丈夫そうだが、中は空っぽで、基礎のない壁のようなものだから、珍哥さまに『大したことはありませんが、旦那さまを疲れさせてはいけません』とおっしゃってください、と言われました」

珍哥は軽く笑うと、罵りました。

「ろくでもないことを抜かして。悪党は黙っていればいいんだよ。私はあの人を疲れさせてなんかいないよ」

薬銚を洗い、生姜を切り、紅棗を買い、一服ごとに人参を一銭二分ずつ加え、薬を煎じ、晁大舎にのませました。ところが、下手な鉄砲も数うちゃ当たるもの、楊太医の運も良かったため、晁大舎は、薬を飲むと、安らかに眠りました。晩になり、ふたたび薬の滓を煎じてのみますと、少し汗が出、あまりうわ言を言わなくなりました。真夜中まで眠りますと、熱も七割方下がり、翌朝になると、意識が戻りました。

 珍哥は、晁大舎が意識を失ったのに、計氏は来なかったこと、楊太医が脈をみ、禹明吾ら四人が見舞いにきたことを晁大舎に話しました。さらに固く目を閉じると、二粒の涙を零して、言いました。

「天が憐れと思し召し、あなたを治してくださったのです。あなたにもしものことがあれば、私はあなたのところへ行くしかありませんでした。少しでも遅くいけば、あなたの奥さん[28]に指図されることになっていたでしょうからね」

晁大舎は声を大きくして言いました。

「この意気地なしめ。あいつは俺を殺し、俺の面子を潰したくてたまらなかったのだ。あいつを呼びにいく必要はない。嘘だと思ったら、会いにいってみろ。あいつは今頃汚らしい靴[29]を叩き、念仏をあげているだろうよ」

珍哥「とりあえず喋るのをやめて、よくお考えになってください。夫妻はどこまでも夫妻で、私はどこまでも二門の上の門神なのですから[30]

晁大舎は言いました。

「とんでもないことを言うな。俺は小珍哥は相手にしても、計大姐は相手にしないぞ。立ち上がって、楊古月を呼んできて、ふたたび診察をさせ、薬をのませてくれ」

ふたたび、晁住を、窓の下に入らせました。珍哥は言い付けました。

「また楊古月を呼びにいっておくれ。あの人に旦那さまの診察をさせ、薬を調合させておくれ。旦那さまは、夜はぐっすり眠られ、熱もだいぶ下がり、今では意識を取り戻して、うわごとを言わなくなった。いくときは驢馬に乗り、急いで戻ってきておくれ」。

 晁住は、楊太医の家に着きますと、珍哥に言い付けられたことの一部始終を話しました。楊太医は、顔を綻ばせて言いました。

「治療のとき恐ろしいのは、脈をとり間違えることです。しかし、しっかりと脈がとれれば、二服目の薬は必要はありません。あなたの旦那さまは、とても弱ってらっしゃいますから、たくさんの薬を飲み、養生なさってください。すぐに治ったら、ふたたび診察をする必要はありません。昨日、他の人間が、お金持ちのあなた方のところに診察にきていたら、大金にものをいわせても、手遅れになり、命を落としていたことでしょう。私はあの人のご主人を治療してあげたのですから、あなたの珍ねえさんは、私には感謝しきれないでしょう」

晁住「昨日、珍ねえさんに、楊さまは、『大したことはありませんが、旦那さまを疲れさせないようにしてください』と言うようにとおっしゃっていましたと言っておきましたよ」

楊古月は尋ねました。

「珍ねえさんはどう返事をしたのですか」

晁住「珍ねえさんは何も言わず、『ろくでもないことを抜かして。悪党は黙っていればいいんだよ。』とおっしゃっていました」

人々は笑いながら話しをしました。

 楊古月は、自分の馬を用意しますと、晁住と一緒にやってきて、広間に腰を掛けました。取り次ぎが奥へ行きますと、お呼びが掛かりました。晁大舎は、楊古月に言いました。

「夜はご苦労さま。僕はまったく意識がなかったが、薬を飲み、今では三割り方よくなり、気分もすっきりしてきたよ」

楊古月は口を開け、ずるがしこそうな目を細めて言いました。

「私たち親友がついていれば、何も怖いことはございませんよ」

そう言いながら、脈を診ました。小間使いは、晁大舎の枕辺の例の本と『如意君伝』を手に取りました。晁大舎は、それを見ると、さっと奪い、言いました。

「東の裏間にいって本を持ってきてくれ」

小間使いは『万事不求人』[31]をとってきました。本を敷き、脈を診ますと、楊古月は言いました。

「病気は、昨日より六七割良くなりました。今日、さらに一服のまれれば、きっとよくなられるでしょう」

 晁大舎に別れ、晁住に案内され、東の裏間の窓の下を通りました。珍哥が窓の紙に穴を開け、外を見ますと、楊古月が目の前を歩いてくるのが見えました。そこで、厳しくも優しくもない声で、楊古月の名を呼び、言いました。

「お馬鹿さん。このおしゃべり」

楊古月は、笑いを堪え、頭を下げ、咳払いをしますと、出ていきました。晁住は、小者の小宦童とともに、楊太医の家から薬を貰い、戻ってきました。薬袋に書かれた通りに薬を煎じてのみますと、晁大舎の病気は、すぐによくなりました。親友の禹明吾たちもしばしば様子を見にきました。蜜羅柑[32]、酥梨[33]、薫橘[34]、黒慈姑、菱、蜜浸[35]を送ったりする者は、ひきもきりませんでした。

 晁大舎は養生をし、丸々一か月後の、十二月十五日に起き上がり、髪梳き、洗顔をしましたが、体はまだふらふらしていました。彼は、病気を抱えていたのに、珍哥との枕の上での縁を断つことができなかったため、体が元に戻っていないのだと思い、天地に叩頭し、三牲[36]を捧げることを誓いました。そして、奥の計氏の家の入り口に行き、こう言いました。

「おまえ、俺が病気になったときに、見舞いにきてくれてありがとうよ。俺は今日どうして起き上ることができたんだろうな。俺はわざわざおまえにお礼を言いにきたんだよ」

計氏「下らないことをいわないでおくれ。私を誰だと思っているんだい。あんたの見舞いにいっただって。あんたの見舞いをした人の所へいき、お礼を言っておくれ。私にお礼を言ってどうするつもりだい」

晁大舎は、門を隔てて少し喋りますと、ふたたびおもてに戻り、日が沈む前に、さっさと床に就き、眠りました。翌十六日に起きだし、捕らえてきた山鳥、兎をとりだし、ざっと点検しました。一か月を経ていたものの、数九[37]の気候のため、少しも傷んでいませんでしたので、正月の贈り物にすることにしました。さらに、例の死んだ狐を引っくり返して見てみますと、毛がふかふかして暖かく、色も年を経て白く変わっていましたので、下男に渡し、皮を剥がせ、皮屋に送ってなめし、馬上の敷物にしようとしました。正月が近かったので、家で蝋燭を作り[38]、菓子を揚げ、豚を殺し、人に対聯を書くように頼み、門神、紙馬を買い、香を買い、新年の礼物を送り、酒を搾らせ、家廟を掃除し、天灯[39]の竿を立て、桃符[40]を描き、楊古月にお礼を言う準備をしましたので、外出する時間がありませんでした。そこで、元旦になったら新年の挨拶をしにいき、ついでに見舞いのお礼もしようと考えました。ちょうど昼が短く夜が長い時期でしたので、すぐに除夜となり、三更まで忙しくしました。まさに、

[41]を頻りに酌み交はす、

今宵年越し酒を飲む。

銀の明かりの眩く照りて、

明朝は年を越したる人となる。

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

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[1]明紀振倫『楊家府世代忠勇演義史伝』などに登場する、穆桂英ら十二人の寡婦を指す。八臂鬼王を討伐。同書巻八「十二寡婦征西」参照。

[2] エセン。(?〜一四五四)。オイラート部の長。明の英宗皇帝をとらえ、北京を包囲した。

[3]金の顔料で色を塗った帽子。

[4]碧頭巾ともいう。楽人がかぶる。楽人は妓女といっしょにいることから、妻に不貞な行いをされた夫を「緑頭巾」「戴緑頭巾」と称した。郎瑛『七修類稿』巻二八「今呉人罵人妻有淫行者曰緑頭巾」。清李鑑堂『俗語考源』「明制、楽人例用碧頭巾裹頭、而官妓皆隷楽籍、故世俗以妻之有淫行者、謂其夫為戴緑頭巾」。

[5]袖の短い上着。

[6]戯曲『劉知遠諸宮調』『白兎記』の主人公劉知遠の子。彼が生まれたとき、母親の李三娘がみずから臍の緒を咬みきったのでこういう。

[7]咬臍郎の生母。

[8]原文は「虎背雄腰」だが、これは「虎背熊腰」の誤り。「雄」と「熊」は同音。

[9]原文「連強盗也征伏了的人」。孟日紅は戯曲『葵花記』の主人公で、賊を征伐する。

[10]原文「天鵝倒大、海青倒小」。海青は遼東に産する鷲の一種で、白鳥よりも大きい。「天鵝倒大、海青倒小」は「物の道理が目茶目茶になっている」ということ。

[11]屯部のことか。屯部は屯田部のことで、開墾を行う役所。『称謂録』巻十七引『明史』職官志「洪武十三年以屯田部為屯部」。

[12]婦人の月経不調などを治す薬。熟地黄、当帰身を三銭、白芍薬を二銭、川楮を一銭使って作る。

[13]子供の黄疸などを治す薬。雄黄、硫黄、雌黄を用いて作るのでこの名がある。

[14]咳止めの薬。オオヤモリを使って作る。

[15]未詳。「鬼頭」は蒟蒻をいうので、蒟蒻を用いて作った散薬か。ただし、蒟蒻に強壮効果はない

[16] 『太平恵民和剤局方』人参、熟地黄、黄槊を一銭五分、白朮、当帰、白芍薬、肉桂を一銭,川楮[艸窮]、白茯苓、甘草を八分使って作るという。強壮作用がある。

[17]鸚哥緑ともいう。鸚哥のような緑色。

[18]退光漆のこと。塗りたての時は光沢がないのでこういう。

[19] かわせみの模様を刺繍した掛け蒲団。

[20]原文「磨磚回洞炕」。浸は北方中国の床下暖炉。「回洞」は未詳だが、床の四辺に熱を通す穴が掘ってあるものをいうか。

[21]原文「籧篨」竹製の粗製の筵。『方言』第五「箪、其粗者謂之籧篨」。

[22] 「博炉」は博山炉のこと。山東省の博山を象った香炉。(図:『三才図会』)

[23]明代にかかれた文言の淫書。則天武后と巨根の薛敖曹の情事を描く。

[24]風、寒暑、湿気などによる疾病。

[25]飲食不適や過労心労などが原因で起こる病状。

[26]中国医学の用語。表邪を去ること。

[27] オニノヤガラ。 (図:『三才図会』)

[28]原文「秋胡戯」。秋胡は、春秋時代魯の人で、浮気をしようとしてちょっかいを出した相手の女が実は自分の妻であったという、いわゆる「秋胡戯」の物語で名高い。「秋胡戯」はこれにちなんだ洒落言葉で、「妻」の意。なお、元石君宝の雑劇にも『魯大夫秋胡戯妻』あり。

[29]原文「鞋幇子」靴の底以外の部分。計氏の口を靴にたとえて罵ったもの。

[30]二門は正門から二番目にある門。ここでは自分が妾であることをたとえる。

[31]淫書の名と思われるが未詳。

[32]浙江省衢州府西安県に産する蜜柑の一種。皮は厚いが実とともに食べることができ、美味、小さいものを金柑と称するという。嘉慶『西安県志』「蜜羅柑香美、皮反皆可食」。明文震亨『長物志』巻十一、柑「更有一種粗皮名蜜羅柑。亦美。小者曰金柑、圓者曰金豆」。

[33]江蘇、浙江に産する梨の一種。『格致鏡原』引『原始』「江浙産酥梨」。

[34]台州に産する蜜柑の一種。欽定四庫全書『浙江通志』巻百五、薫橘「『嘉靖浙江通志』「台州出」」。

[35]一種のお茶請け。福建省興化府仙遊県に産するものを最上とするという。同治七年『福建通志』巻五十九・物産・興化府」に「蜜浸。種類不一。用代茶食供客。多処有之、惟仙遊出者為最佳」。

[36]供物の牛、豚、羊。

[37]冬至以降の八十一日間。

[38]原文「澆蝋燭」。「澆」は臘を型にいれること。

[39]新年前後に高い所に掛ける提灯。

[40]神荼、鬱壘二神を描いた木の札。

[41] 図:『三才図会』

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