半夜雷轟薦福碑雑劇
馬致遠撰
第一折
（冲末が范仲淹に扮し、外が宋公に扮して登場、詩）
龍楼、鳳閣、九重の城[1]、あらたに沙堤[2]は築かれて宰相は行く。わが栄耀と富貴をば羡むなかれ、十年前は一書生なりしかば。
このわしは姓を范、名を仲淹、字を希文とぞまうす。幾たびも抜擢せられ、政声[3]はすこぶるあり。このたびは、聖恩により、天章閣学士の職に任ぜられたり。こちらはわしの幼年の友、姓を宋、名をば公序とまうす者。さらに同堂の弟[4]がをり、姓を張、名を鎬、字を邦彦といふ。わしは官途に登りてこのかた、弟の張鎬と幾とせも会ふことを得ず。功名を得たりしか、四方を流浪したりしか。わしはつねづね心配したり。このたびは、聖上の御諚を奉じて、江南の賢士を訪ぬることとなりたり。宋公序は揚州の役人に任ぜらるれば、われら二人は本日、旅路に就かざることを得ず。
（宋公序）兄じゃ、わたしは旅路につきますが、ほかならぬ、一人娘は、婚約をしておりませぬ。何かよい縁談がございましたら、いずれ仲人をお願いし、縁談を成就していただきましょう。
（范仲淹）安心なされよ。わたしには同堂の弟の張鎬がいる。この者の才学は、わしに劣らぬ。手紙を御身のもとに送れば、この縁談は成就しましょう。
（宋公序）ありがとうございます。つつしんでお受けいたしましょう。今日はこれにてお別れし、揚州に赴くことといたしましょう。（先に退場）
（范仲淹）宋公序は行ってしまった。ぐずぐずしているわけにはいかぬ。今すぐに江南に、賢士を訪ねていくとしよう。（退場）
（浄が張浩に扮して登場、詩）
段段たる田の苗は遠き村にぞ接したる、太公は村で児孫に戯れり。農民はただ鋤刨[5]に勤め、天公の雨露のご恩に答へたり。
わしは百姓。姓を張、名を浩、字を仲沢といい、張家荘に住んでおる。広い田地を所有して、牛羊家畜は数知れず。わしは長者じゃ。最近、一人の秀才が、わが村にやってきたので、名前を尋ねてみたところ、その者も姓は張、名は鎬、字は邦彦ということだった。その者は満腹の学問をもちたれば、村にとどまり、子供らに勉強を教えているが、こっそりと話を聴けば、「知りたることは知れりとし、知らざることは知らざるとす」と言っていた。本日は仕事はないから、作物を見たら、書房に行って、あの秀才に会うとしよう。（退場）
（正末が張鎬に扮し、生徒を引き連れて登場）わたくしは汴京の者、姓は張、名は鎬、字は邦彦といふ。幼時に父母を失へど、八拝至交[6]の兄の范仲淹があり。范仲淹は翰林学士の職にあれども、幾とせも、会ふことぞなき。わたしは世間をさすらひて、天涯に流浪せり。潞州なる長子県張家荘には、姓を張、名を浩、字を仲沢てふ者があり。わたしがかれと同名同姓なるを見て、わたしをかれの村に留めて、数名の学童を教へつつ過ごさしめたり。張鎬よ、いづれの日にか汝は出世するを得ん。（唱う）
【仙呂点絳唇】われはもとより一介の貧乏儒者にて、半生を紅塵の巷に過ごせり。七尺の体を持てど、なにゆゑぞ一つの身を置く処すらなき。
【混江龍】諺に七貧七富[7]といひたれど、阮籍のごと相も変はらず窮途に哭けり[8]。半間の草舍に住まひし、茅廬三顧は望むべくもなく、甑には塵を生じて暮らしは侘びしく、門庭に径なく旧友と疏遠なり。
（言う）諺に言う、「三寸の舌はみ国を鎮むる剣、五言詩は天に通ずる梯なり」。
（唱う）天に通ずる梯はあれど、なにゆゑぞ青霄を歩むことなき。蘭堂と画閣をわれは望めども、甕牖[9]と桑枢[10]に住むは何ゆゑ。
（范仲淹）わたしは范学士。汴京を後にして、路すがら賢士を訪ね、潞州は長子県へと到れり。わが弟の張鎬が、張家荘にて勉強を教へたることを聴きたれば、この地にて、わが弟を訪はんとす。はやくも着いたぞ。従者よ、馬を繋ぐのだ。学童よ、先生はご在宅かな。
（生徒）いらっしゃいます。
（范仲淹）取り次ぎをしておくれ。范学士がわざわざ訪ねてきましたと。
（生徒が報告する）范学士さまが入り口にいらっしゃいます。
（正末）お呼びしてくれ。
（范仲淹）一別以来、恙なく過ごしているか。
（正末）お掛け下さい。再拝を致しましょう。（唱う）
【後庭花】お兄さま、数年余り相別れ、ああ、音信は稀にして、遠く隔つる三千里。最近は恙無く過ごされたるや。
（言う）来られるだろうと、思っていました。
（范仲淹）弟よ、手紙も出さなかったのに、どうしてそれが分かったのだ。
（正末が唱う）昨晩、本を読みたりしとき、頭をついと擡げしに、燈花の結ぶを訝れど、今日ははたして門に長者の車を迎へり。
（范仲淹）そなたは優れた才を持ち、博識なのに、功名を得ず、この土地で学童を教えているとは、いかなるつもりぞ。
（正末）一言では申せませぬ。（唱う）
【油葫蘆】断簡残編、孔聖の書は、つねづね蠹魚[11]を養ひて、六経にあだに時間を費やせり。わたくしを凍えしむるのは、『論語』の篇、『孟子』の解、『毛詩』の注。わたくしを飢ゑしむるのは、『尚書』の云、『周易』の伝、『春秋』の疏ぞ。河図が出で、洛書が現れ[12]、水牛の背の上の悪しき男女は、実に漢相如[13]を害すべし。
【天下楽】この世では駟馬の車に乗りがたく、賢と愚は肩を並べず[14]。わたくしはむなしく漏星堂に耐へ[15]、半世の活地獄に耐へたり。
（范仲淹）どのような財産を蓄えたのだ。
（正末が唱う）麻六七斤、粟四五斗をば蓄へり。いづれの時にか清風を万古に伝へん[16]。
（范仲淹）困窮しても、友人たちに身を寄せれば、かならず救ってもらえよう。いささかの旅費をもらって、功名を得られれば、よいではないか。
（正末）今の世で、人に身を寄せるのは難しいこと。今の世の人々は古の世の人々と違います。（唱う）
【那吒令】そのかみの交遊に、周瑜と魯粛、そのかみの大度には、王陽と貢禹あれども[17]、今の世の謙譲に、管仲と鮑叔はなく、運は開けず、時には遇はず、野心を徒にす[18]。
【鵲踏枝】儒冠を帯びて、儒服を着るも、わたしの定めは、公侯伯子男にはあらず。いづこにも行くあてはなし。ああ天よ、すみつこの韞櫝にこれを蔵せり[19]
（范仲淹）そなたは書物を読むのであろう。「家を富ますに良田を買ふに及ばず、書の中に千鍾の粟あればなり。住まふには高堂を建つるに及ばず、書の中に黄金の家のあればなり。門を出づるに従ふ人のなきことを恨むなかれ、書の中に車馬は多きこと簇のごとし。妻を娶るに良媒なきを恨むなかれ、書の中に玉の顔の娘のあれば」[20]といわれておるぞ。先賢の遺した言葉に、間違いはない。
（正末が唱う）
【寄生草】先賢の言葉はすべて嘘ぞ。「書中に車馬は多きこと簇のごとし、書中に千鍾の粟あり、書中の女は顔は玉のごと」とはよくぞ申せり。たとひ白衣[21]が状元郎とならんとも、緑袍の児の書生にまさることぞなき[22]。
【幺篇】こちらでは賢路は阻まれ[23]、あちらでも仕途は遮られ、今の世は、聡明なればなるほどに苦しみを受け、愚劣であればあるほどに幸を得て、蒙昧なればなるほどに富を受けたり。銀を持ちたる陶令は官をやめずに[24]、貧しき子張は禄を求むることを学べり[25]
【六幺序】今の世の真の男子と大丈夫とは、ぶるぶると寒炉をつつき、志を得ぬ鴻鵠と、久しく苦しむ鰲魚とは、かの落落の徒[26]にすらしかず。寒雨のなかで徒に短檠三尺をかきたてて[27]、暮景桑楡[28]を過ごしたり。わが若き年月は儒冠によりて誤られ、故郷に還るは恥づかしく、郷閭を眼にすることぞ懶き。
【幺篇】貧乏儒者は、村に居り、伴哥に書物を読ましめて、牛表に手習ひをさするがよろし[29]。なにゆゑぞ長安に行き、試験を受くることを恐れん。士大夫たちに従ひて、百衲の衣服[30]を着、なかば膚を露はにしたり。天公は我にいかなる仇ありや。黄金を求めども誰か『長門賦』をば買ふべき[31]。まことに金にならぬのは「也者之乎」[32]ぞ。平素より正直にして私心なく、ひたすら小児に弄ばれて、山鬼[33]にぞ揶揄せられたる
（范仲淹）かように子供を教えていては、いつまでたっても出世することはできぬぞ。
（正末）生徒たちは（唱う）
【金盞児】ますます頑愚、はなはだ腕白。文宣王の哲剣をもてしても[34]、取り締まることは難からん。紙毽子を作り[35]、訣の分からぬ化粧をし[36]、布裙を手にし、竹馬を踏み、こむらを伸ばして馬とびをせり。鴉の巣より鳳の雛の出づるを悟らず、わたくしは油の甕で鯰を捕らへり[37]
（范仲淹）弟よ、雇い主を呼んできてくれ。会ってみるから。
（呼ぶ、浄が登場）今は何もする事がないから、学堂へ行き、張鎬に会うとしよう。
（正末）范学士さまがこちらにいらっしゃいます。お会い下さい。（見える。）
（范仲淹）弟がこちらでお世話になっております。
（浄）「知りたるを知れりとし、知らざるを知らざるとなす」。
（正末）つねづね話をしておりました。こちらは兄の范学士です。
（浄）はるばるおいでいただきまして、ありがとうございます。お迎えも致しませんで。「知りたるを知れりとし、知らざるを知らざるとなす」。
（范仲淹）この人は頭が鈍い人だろう。
（正末）大した者ではございませぬ。（唱う）
【酔扶帰】愚かなれども家は富み、富みたれど頭は空つぽ。
（言う）兄上
（唱う）東道[38]は門館[39]に恩徳少なからねども[40]。純粋に経義を知れるのみにして[41]、詞賦は作らず、字を知りたれども、十分に書を読まぬ、選り抜きの鋤田戸なり。
（浄）旦那さま、お掛け下さい。お茶とご飯をお出ししましょう。知りたるを知れりとし、知らざるを知らずとす。（退場）
（范仲淹）弟よ、身辺にどのような勉強の成果があるのだ。
（正末）万言の良策を蓄えておりますから、こころみにお聞き下さい。
（范仲淹）この万言の良策を、聖上に献上し、そなたを推挙し、官とするのはどうだろう。
（正末）ここはひさしく身を落ち着けるところではございませぬ。
（范仲淹）よそへ行きたいのなら、三通の手紙をやろう。三人に身を寄せるがよい。第一通は、洛陽の黄員外だ。訪ねていってみるがよい。手紙を見れば、衣食や旅費を出してくれよう。第二通は、黄州の団練副使劉仕林だ。手紙を見れば、かならずや手厚い贈り物をくれよう。第三通はもっとも大切、揚州の太守宋公序だ。手紙を見せれば、旅費や鞍馬はもちろんのこと、官途のことも面倒をみてくれよう。気をつけるのだぞ。落第をしたときは、とりあえず張家荘にとどまるがよい。人をよこしておまえを官にしてやろう。それでよいか。
（正末）三通のお手紙をありがとうございます。主人に別れ、長の旅路につきましょう。
（浄が登場。言う）こやつは役に立ちませぬ。鵝鳥を焼いていたところ、鍋蓋を開けましたので、飛んでいかれてしまいました。
（正末）長者どの。こちらでは、おおいにお世話になりました。生徒たちはそれぞれ家に帰らせてくださいまし。わたくしが戻ってきたら、ふたたび勉強させましょう。兄上、琴剣と書箱を整え、出発をいたしましょう。（唱う）
【賺煞】まづ信安の君[42]に会ひ、しかるのち揚州の牧[43]を訪ねん。このたびは幸運なれば、一片の功名心はいよよ逸れり。光陰は隙を過ぐる白駒のごとし[44]といふを聞かずや。われはこの護身符[45]を、数貫の青蚨（銅銭の異称。）にぞ変へしめん。
（言う）長者どの、
（唱う）身を寄さば大丈夫にぞ寄するべき。新豊の逆旅にて、馬周は不遇なりしかど[46]
（言う）兄上、どうかご安心なされませ。
（唱う）わたくしは常何の薦賢書をば待ちたり。
（退場）
（范仲淹）弟は行ってしまった。長者どの、失礼つかまつりました。万言の良策を、陛下に献じ、弟を推挙して役人といたしましょう。長居はしませぬ。部下よ、馬を牽け。他の土地へ賢士を訪ねてゆくとしよう。（ともに退場。）
楔子
（旦が登場。言う）わらわは黄員外の妻。ほんとうに腹立たしいこと。昨日、一人の秀才が、手紙を一通送ってきたが、員外さまは手紙を受け取り、それを見て、どういうわけか、その夜のうちに急心疼で亡くなってしまわれた。あな痛ましや。
（正末が登場。言う）張家荘にて兄上と別れし後に、まつすぐに洛陽に来て、黄員外のもとを訪ねり。昨日は手紙を送り、宿に泊まれり。本日は何事もあらざれば、黄員外の家を訪ねてゆくとせん。ああ。何ゆゑぞ入り口に紙銭を掛けたる。（門で叫ぶ）どなたかいらっしゃいますか。
（旦）どなたでしょうか。
（正末）昨日、手紙をお送りしました張秀才にございます。
（旦）お手紙を下さった方ですね。秀才さま、お聞き下さい。昨日、手紙を送られましたが、員外さまは一晩で、急心疼で亡くなりました。本日はどの面さげてやってこられのでしょうか。中に入ったら、顔を引っ掻いてやりましょう。暴風雨でも、寡婦の家には入ってはならぬもの[47]。すみやかにお帰りになられませ。
（正末）亡くなられたのですか。
（旦）亡くなりました。
（正末が哭く）張鎬よ、汝はまことに不運なり。与へられたる手紙は三通、第一通は洛陽の黄員外に宛てしもの。昨日、手紙を送りしが、員外は一晩で急心疼にて身罷れり。旅の苦労を避くることなく、黄州の団練副使劉仕林のもとへいかねばならぬわい。（唱う）
【仙呂賞花時】われはあたかも戴を訪ねし山陰の王子猷[48]、身は飄飄と舟を繋ぐることもなく、生計の拙きことは鳩に似たれば[49]、客僧は寺に宿りて、措大[50]は儒流[51]に見えたり。
【幺篇】千里より書が還れば碧樹は秋[52]、この一夜霜天に白髪の愁へあり。王粲は荊州に見えども[53]、朝廷の旧友たちは、われをむなしく仲宣楼に倚らしむることはなからん。
（退場）
第二折
（范仲淹が使官とともに登場。言う）わたしは范学士。江南の賢士を訪ね、朝廷に行き、張鎬の作りたる万言の良策を、聖上に献じたり。聖恩は忝なくも、張鎬に吉陽の県令を授けられたり。みづから行かんと思へども、いかんせん公務は繁雑。使者を遣はし、官位を加へ、恩賞をしぞ賜らん。使者よ、近う寄れ。潞州長子県張家荘へと行くがよし。張鎬は万言の良策を献ずれば、聖上は吉陽の県令を授けられ、馬を走らせ赴任せよとのご下命あり。気をつけて、はやく行き、戻れかし。（退場）
（使者）お言葉を受け、まっすぐに潞州長子県張家荘へと赴いて、官を授けて賞を賜いにゆくとしよう。（退場）
（浄が登場。言う）わたしは張浩。張秀才が子供を教えなくなって、ずいぶんになる。本日は作物を見て戻り、何事もない。とりあえずゆっくりと腰を掛けよう。
（使者が登場。言う）到着したぞ。部下よ、馬を繋ぐのだ。張浩よ、聖上の御諚を聴け。
（浄）ああ。今すぐ香を焚きましょう。知りたるを知れりとし、知らざるを知らずとす。（跪く）
（使者）張浩よ、万言の良策を、聖上は喜ばれ、吉陽の県令を授けらるれば、馬を走らせ赴任せよ。ご恩に謝すべし。
（浄が拝礼をし、言う）お茶とご飯を召されませ。
（使者）必要ない。忙しいから、馬を牽け。聖上にご報告申し上げねばならぬわい。（退場）
（浄）知りたるを知れりとし、知らざるを知らずとす。ああ。このわしに万言の良策などない。張鎬の官職をまちがって授かったのだ。とりあえず放っておいても、誰にも知られることはあるまい。長居はできぬ、馬に鞍置き、赴任しよう。（退場）
（正末が登場。言う）わたしは張鎬、琴剣書箱を整えて、とりあえず黄州の団練副使劉仕林のもとへゆくとしよう。（唱う）
【正宮端正好】天涯に、むなしく流落するを恨めり。玉関の外に赴き、班超は老ゆ。誓ひを立てて、青霄の路にかならず到らんと思へども、黄州の道にふたたび上れるは何ゆゑぞ。
【滾繍球】このたびは、身を落ち着くることは叶はず[54]、孔融は禰衡の一鶚を待つ[55]。兄上さま、鵬は万里の青霄に羽ばたくことを望むなり[56]。子供を教ふることをやめ、袍を買ひ、布衣の中にぞ駆けづり回れる。われはむなしく朱門を巡り、あたかも燕の巣を求むるがごときなり。四方の豪士に相見え、幾たびも拱手して、腰を曲ぐるを怠りし五柳先生を学ぶことなかりしかども、むなしく苦労す。
（言う）幼きときに儒学を習ひ、満腹の文章を学べば、状元に及第し、栄達せんと思へども、今では波波碌碌[57]として、かやうなる辛苦を受けり。
（唱う）
【叨叨令】常日ごろ、青灯黄卷[58]、王道を学びたれども、なにゆゑぞ、紅塵紫陌[59]に東道[60]を求めたる。十中九人はみな言へり。七八月の長安の道、人は疲れり。人は疲れり。書生が「朝に道を聞く」のはいつの日ぞ。
（言う）貧乏は士人のつねだ。聖人は「君子はもとより窮するも、小人は窮すればすなはち濫る」[61]とのたもうた。（唱う）
【滾繍球】破窑に住みて、破瓢を用ゐ、なほもその楽しみを改めず。官となり富むとも驕ることはなからん。洛陽の手紙は坐化し[62]、黄州の手紙のことを考へり。秀才が身を寄するとき、この世では、人とよく交はりし晏平仲に誰か勝らん[63]。
（言う）金持ちの家の入り口にたどり着き、「報告してくれ。秀才が手紙を送ってまいりました」と話をすると、金持ちはすぐ言うだろう。「入り口で待たせておけ」と。
（唱う）金持ちは胸を張り、居丈高。
（言う）援助を請えば
（唱う）わが恥づかしげなる顔をじろじろと見てゆるゆる焦らせり、[64]
（言う）数貫の銭のため、
（唱う）少なくも半月か十日は待つべし
（言う）ここは三叉路。いずれの路が黄州に通じているやら。熱いので、柳の陰で一休み。人が来たらば道を尋ねることにしよう。（正末が腰掛ける。）
（行者）まことに熱い。日射しがきつい。
（正末）出家が一人やってきたから、尋ねてみよう。（唱う）
【倘秀才】禅師長老にお尋ねせん。
（行者）何でしょう。
（正末が唱う）この路は黄州に通じてゐるのでござゐませうか
（行者）まさしく黄州への路にございます。
（正末が唱う）長老さま、この鐘を、時ならずして、何ゆゑぞ敲きたまへる。
（行者）これは無常の鐘にして、人が亡くなりました時、この鐘を敲くのでございます。
（正末が唱う）亡くなられたのは田を鋤く人ではござゐますまい
（行者）さようです。
（正末が唱う）お金持ちのお役人にござゐませう。
（行者）その通りです。
（正末）そのお役人の姓名は。
（行者）お話ししましょう。身まかったお役人は、黄州の団練副使劉仕林さまにございます。
（正末が唱う）わたしはかれの話を聞きたり。（嘆息する）
（唱う）
【酔太平】あともう少しで得逢ひたりしに[65]｡心の痒みは掻きがたし。揚州太守は知らせを聴かば、倒れ死ぬることあらざらめやは。第一の手紙はすでに届くるあてなく、第二の手紙は送るあてなし。第三の手紙は引き裂き、紙くずとせん。
（言う）張鎬よ、
（唱う）田舎にて学問を教ふるほかなし
（行者）びっくりしました。秀才どの。お閑でしょうか。お忙しいのでございましょうか。お忙しいのならばそれまで。お閑でしたら寺で酸餡[66]を召しあがりませ。
（正末）長老さま、失礼つかまつりました。張鎬よ、何ゆえかように運がないのか。兄上は手紙を三通下さったのに、二人が死んでしまったぞ。第三の手紙は揚州刺史に宛てたもの。ああ、ああ、ああ、揚州に赴かず、潞州長子県張家荘へと引き返し、知らせを待てば、それでよかろう。（退場）
（龍神が登場、詩）南海で龍神となり、かならずやみづから雲を起こして雨を降らすべし。誤つて天公の罰を受け、今に至るも凡人を借りんとはせず[67]。
わしは南海赤鬚龍。玉帝さまの勅命により、雨を降らせて、身は疲れたり。廟の中にてしばし休まん。
（正末が登場。言う）ほんとうにひどい雨だなあ。龍神廟だ。あそこで雨を避けるとしよう。（唱う）
【倘秀才】農家は潰れ、香火は冷めて、雨雪は少なく、黎民は痩するにあらずや。古廟は荒れて、餓鬼は喚けり。とりあへず土を撮んで香となし、書生の運の拙きことを悲しまん。
（言う）供物机に碑珓[68]があるぞ。こころみに神さまに尋ねてみよう。わたくしは張鎬にございます。潞州長子県張家荘をばさすらって、村の子たちを教えていました。ある日、わが兄范学士がわたしを訪ね、わたくしの万言の良策をお上に献じ、推挙して役人にしようとしました。さらに手紙を三通もらったのですが、二通の手紙で二人が死んでしまいました。第三通目の宛先の揚州に赴くことなく、このたびは、潞州は長子県へと戻り、張家荘にてわが兄の報せを待とうと思います。役人となれるのでしたら、三つの上上大吉をお与えください。役人になれぬのでしたら、三つの下下不合神道をお与えください。（唱う）
【滾繍球】碑珓を持ちて願を掛け、香炉の上を幾たびか渡らせたれば
（珓を投げ、言う）下下不合神道だ。（三回投げる）
（唱う）などことごとく不合神道とぞなれる。この泥の塊も金持ちの機嫌をとれるか[69]。おそらくは角木蛟、氐土貉ならん[70]。おそらくは、秋に水かさ落つるとき、わが大いなる田の苗を水に浸して、われわれ小金持ちたちをみな殺しにせん。このわれは祭らるることのなき泥の神とぞ闘はん[71]。
（言う）わたしはおまえを罵ろう。
（唱う）何処か風雨の穏やかならん
（言う）鱗を纏うた蚯蚓めが、甲羅をつけた泥鰍めが、わしはどんなに悪くとも、国家の白衣の卿相なのに[72]、このわしを弄ぶのか。いかにしてこの怒りを晴らそう。この廟に、平生の願いを記そう。筆墨を取り、檐に滴る水をもて、墨を濃く磨り、たっぷりと筆を湿らせ、搗椒壁[73]に四句の詩を書くとしよう。（書く）詩を書いたぞ。一遍読んでみるとしよう。
（詩）雨晹時若[74]は仁君により。鼎鼐を調ふるには大臣あり[75]。同学よ、もしこのことを知り得なば、香火もて龍神を祀ることなかれ。[76]
詩を題したら、眠くなったぞ。お堂の隅で休むとしよう。
（末が眠る）
（龍神）張鎬は無礼だぞ。福が薄く、運が拙いのに、神を怨んで、わしを罵り、廟を傷つけ、やめようとせぬ。おまえが一つの旅程を進めば、このわしは一つの旅程を追いかけて、二つの旅程を進めば、二つの旅程を追いかけよう。張鎬よ、聴け。
（詩）疚しきことをし、平生の福を損なひ、悪しきことをし、一生貧し。古き廟に詩を題し、神を罵り、もともとは儒人なりしも、これよりは他の人々にさへしかざらん。（退場）
（正末が目覚める）空は晴れ、日も出てきたぞ。道を急ごう。遠くへゆかねばなるまいぞ。（退場）
（浄が馬に乗って登場。言う）わたしは張浩。ご先祖さまの余蔭によりて、この官職を手に入れて、今、吉陽の県令に赴任せんとす。万言の良策はわがものにあらずして、張鎬のものなれど、ごまかして、誰にも知らるることはなし。本日は馬を走らせ、任地へと赴かん。知りたるを知れりとし、知らざるを知らざるとなす。
（正末が登場。言う）張仲沢さんではございますまいか。仲沢さん。
（浄）これはまずいぞ。逃げねばならぬ。（退場）
（正末が唱う）
【呆骨朶】高き岡にてひっきりなしにああと叫べり
（従卒が登場。言う）よい馬だ。
（正末が唱う）牌子を持ちたる従卒がつき従へり
（言う）お尋ねをしたいのですが。
（従卒）何が訊きたい。
（正末が唱う）この方の姓名は。
（従卒）姓は張、張浩さまだ。
（正末が唱う）年はお幾つなるやらん。
（従卒）三十歳だ。
（正末が唱う）長子県の村に住まはれたることなきや。
（従卒）長子県に住まわれていた。
（正末が唱う）何ゆえに役人となられしや。
（従卒）万言の良策を献じられたのだ。
（正末）あのものに万言の良策などはございませぬ。
（唱う）旧友の張仲沢なり
（言う）怪しまないでくださいまし。
（唱う）わたくしの眼がかすみ、間違へたりしと
（従卒）馬鹿者め、手を放せ。旦那さまを追い掛けてゆかねばならぬ。（退場）
（正末）あの者に万言の良策があるはずがない。同姓と同名の者は世に多い。潞州長子県張家荘へと引き返し、兄上の便りを待とう。（退場）
（浄が馬に乗って登場。言う）知りたるを知れりとし、知らざるを知らずとす。空は晴れたぞ。一日進み、すこし疲れた。とりあえず馬を下り、柳に繋ぎ、緑陰でしばし休もう。
（従卒が登場。言う）ほんとうに速い馬だなあ。足が頭にあたるほど走っても、追いつけなかった。あの馬だ。知事さま、こちらにいらっしゃったのですか。
（従卒が浄に見える。）
（浄）そのほうは何者だ。
（従卒）従卒にございます。知事さまをお迎えにまいりました。お馬が速く走るため、急いで追いかけたのですが、追いつけず、お迎えをすることができませなんだ。
（浄）自分の罪が分かっているか。
（従卒）分からぬはずがございましょうや。
（浄）罪を許してもらいたいか。
（従卒）許していただきとうございます。
（浄）途中で秀才に会ったか。
（従卒）会いました。
（浄）そいつを殺せば、罪を許してつかわそう。
（従卒）かしこまりました。あの馬鹿者を殺しましょう。しばしお待ちを。罪名をお聞かせください。
（浄）わが下女を拐し、壺瓶台盞[77]を盗んだのだ。殺しにゆけ。
（従卒）まいりましょう。
（浄）戻ってくるとき、あいつを殺していないないのに、このわしを騙すのはまかりならぬぞ。三つの証拠の品物を持ってこい。あいつの衣衫の襟、血の着いた刀、もがいた痕のある土くれ[78]だ。三つをそろえて、報告をせよ。（退場）
（正末が登場。言う）気候は暑く。脚は傷ついているから、ゆっくりと行くとしよう。
（従卒）あの馬鹿者だ。おい秀才、ちょっと待て。話があるぞ。
（正末）あの馬に乗っていたのはまさしく張仲沢さんでしょう。
（従卒）わが知事さまはおまえを知ってらっしゃった。十両の棗穣金[79]を下さるそうだ。この膝の裏側[80]に入れてあるから、取るがいい。
（正末）どこにあるのでございましょう。（頭を低くする。）
（従卒）たとい黄泉路の鬼となるとも、わしを怨むな。（末を殺そうとする。）
（正末）お兄さん、命をお助け下さいまし。ほんとうにぬれぎぬなのです。死んで黄泉路に行きましたとき、張仲沢で駄目ならば、あなたを告訴いたしましょうぞ。
（従卒が末を放す）秀才よ、あの方はおまえが下女を拐かし、壺瓶台盞を盗んだとおっしゃられ、わたしにおまえを殺すよう命ぜられたが、何ゆえにぬれぎぬなのだ。こころみにゆっくりと話してみよ。
（正末）お兄さん、お怒りを鎮められ、一部始終をお話しするのをお聞き下さい。わたくしは姓は張、名は鎬、字は邦彦といい、あのものは、姓は張、名は浩、字は仲沢ともうします。名と姓が一緒ですので、あのものはわたくしを村に引きとめ、数人の子供を教えさせました。ある日、わが兄の范学士がわたくしを訪問し、万言の良策を聞き、三通の手紙をわたしにくれました。二通の手紙で二人が亡くなりましたので、第三通の手紙は持っておりますが、揚州に赴いておりませぬ。わたしが村を離れてすぐに、わが兄は人を遣わし、わたくしを役人にいたしましたが、わたしはおりませんでした。あの男は姓は張、名は浩で、わたくしも姓は張、名は鎬で、名と姓が同じですので、ごまかしてわたくしの宮爵を得たのです。あのものは将来露顕するのを恐れて、ことさらにあなたを遣わし、わたくしを殺そうとしたのです。あのものは妻や子に栄典を与えるだけです。お兄さんは、あのもののために働くことなどございませぬ。
（従卒）それならば、あの馬鹿者が悪いのですな。
（正末）張仲沢が悪いのではございません、范学士さまが悪いのです。
（従卒）秀才どの、たわけたことをおっしゃいますな。范学士さまを何ゆえにお怨みなさる。
（正末が唱う）
【倘秀才】三通の手紙のために、われは前途を誤れり。万言の策を他人に盗まれて、大路にてばつたりと鉢合はせせり。あいつはわたしを村に招きて村の子供を教へさせ、わたくしを親友と思ひなしたることもあり。
（従卒）秀才どの、あのものも姓を張、名を「こう」といい、あなたも姓を張、名を「こう」とおっしゃるのですね。あのものはどんな「こう」の字で、あなたはどんな「こう」の字でしょうか。こころみにお聞かせ下され。
（正末）ご存じなければ、お聞き下さい。（唱う）
【滾繍球】「金」の字に「高」の字にございます
（従卒）あのものは。
（正末が唱う）さんずいに「告」の字にございます。ですから同じ名なのです。
（従卒）官位をもたらした者は何をしていたのでしょう。
（正末が唱う）勅命を届けし者は事情を質さず、かの者はみづからを蓋世の豪傑と思ひなせども、わたくしに言はすれば児女のともがら。われら二人は管鮑にさへ勝るらん。お兄さん、十両の棗穣金は鞘に隠しし刀なりしも[81]、われら二人はたちまちに心の友と相成りて、道の上にて刎頸の友となりたり。かのものはいかでかはわれを許さん。
（従卒）秀才どの、おっしゃらなければ、知ることはできませんでした。そういうことなら、お命はお助けし、殺さぬことといたしましょう。
（正末）ありがとうございます。（進む）
（従卒）秀才どの、戻られよ、三つの証拠の品を下され。
（正末）三つの証拠の品物とは。
（従卒）衣衫の襟に、血の着いた刀、もがいた痕のある土くれです。三つものを下さらば、行かれませ。
（正末）お兄さん、服が欲しいなら、切れ端を持っていかれよ。
（従卒）下さいませ。（切る）襟は手に入りましたが、血の着いた刀はどういたしましょうか。
（正末）どうしたら刀に血を着けられるでしょう。
（従卒）秀才どの、痛くない処を選んで、刀で突き刺すこととしましょう。
（正末が恐れて言う）お兄さん、痛くない処などございませぬ。
（従卒）秀才どの、鼻を殴ってくださいまし。
（正末が鼻を殴る。）
（従卒）もそっときつく殴られよ。
（正末）お兄さん、どのように殴るのですか。
（従卒が自分で鼻を殴り、血を出し、言う）このように殴るのです。
（正末）お兄さん、あなたが鼻血を出したのですから、その血を刀に塗りつけて、わたしは自分を殴らぬことといたしましょう。
（従卒）あなたに得をさせましたな。秀才どの、転ばれよ。（転ばせる。）
（正末）お兄さん、何をなさいます。
（従卒）愚かなお方じゃ。もがいた痕のある土くれがいるのです。
（正末）ありがとうございます。このご恩にはかならず厚く報いましょう。ご姓とお名は。
（従卒）姓は趙、趙実ともうします。いずれお役人になられましたら、趙実をお忘れなきよう。
（正末）趙実さんとおっしゃるのですね。しっかり憶えておきましょう。一つお話ししてよいですか。（唱う）
【煞尾】かならずやさらにこの沙と草とを認むべし[82]。お兄さん、うつかりとして、血の着きし刀を拭かるることなかれ。
（言う）張浩よ、
（唱う）天が許すとな思ひそ。牛を鞭うつ男なりしに、官爵をごまかして、桑を摘む女なりしに、理由なく郡誥[83]を受くるとは。われはむなしく他郷に行きて、「千里のはてに身を寄すに、着きなんときぞ恐ろしき」[84]、御身の義気が高からざりせば、御身がおはすことなかりせば、わが身はいかがなりつらむ。山海のごときご恩にかならず報いん。後日出世し、相逢はば、優れたる似絵師を呼び、丹青で貌を描かん。堂上に敷物を布き、慢幕を掛け、杯盤を並め、椅卓を置きて、百味の珍羞、欠かすことなく、一炷の明香を旦暮に焚かん。わたくしの命を救ひし恩人のため
（言う）御身趙実兄さまを、
（唱う）年老ゆるまで養はん
（退場）
（従卒）秀才どのは行ってしまった。三つの証拠の品物はすべてそろった。知事さまに報告をしにいこう。（退場）
（浄）あの者はまことに無能、報告をしにまいらぬわい。
（従卒が登場、浄に見える）知事さま、ただいま戻ってまいりました。
（浄）あの秀才を殺したか。
（従卒）一太刀で、あの秀才を殺しました。三つの証拠の品物がございます。衣衫の襟、刀には血がついております。お信じになられませぬなら、もがいた痕のある土くれを見にゆかれませ。
（浄）すばらしき男子なり。罪を許してつかわそう。（背を向けていう）秀才も殺されてしまったが、こいつがあとで話しをしたらどうしよう。このようにするしかあるまい……従卒よ、おまえが一日出掛けていたから、馬は今まで水を飲んではおらぬのだ。あちらの井戸で、水を汲み、馬に飲ませよ。
（従卒）かしこまりました。（従卒が水を汲む。）（浄が推す）
（従卒）誰かが推すわい。（身を翻して浄を抑える）人殺しだ。
（宋公序が冲を率いて登場。言う）わたしは宋公序、今から京師にゆくところ。こちらに来たが、何者が騒いでいるのだ。捕まえて連れてこい。何者じゃ。
（従卒）吉陽県の下役でございます。新任の役人を迎えにいって、この馬鹿者を迎えたのです。この者は何ゆえに遅れたのかと言いました。わたくしは、馬が速いので、追いつくことができなかったと言いました。この者はおまえは許してもらいたいかと言いましたので､わたしは許して下さいましといいました。この者は、おまえは途中で秀才を見たかともうしましたので、わたくしは見たと返事をいたしました。この者は秀才を殺しに行けと言いましたので、罪名を尋ねましたら､この馬鹿者は、秀才が下女を拐かし、壺瓶台盞を盗んだと言いました。この者はわたくしが秀才を殺さぬことを心配し、三つの証拠の品物を要求しました。衣衫の襟、血の着いた刀、もがいた痕のある土くれです。わたくしは秀才に追いついて、以上のことを言いました[85]。秀才は姓を張、名を鎬といい、この馬鹿者も姓を張、名を浩といい、二人とも同じ名でした。この者は秀才の万言の良策を自分のものと偽って、官爵を手に入れました。わたくしは話を聴いて、秀才を逃がれさせ、この馬鹿者に報告をいたしました。この者は後日わたしが話を漏らすことを怕れて、馬に水を飲ませるように命令し、わたくしが井戸端にゆき、水を汲みあげようとしたとき、井戸に堕とそうとしたのです。お若い方、わたしが死ぬのは大したことではございませぬが、八十歳の母親は、誰が世話してくれましょう。言うても詮無いことですが[86]。
（詞）わたくしは一部始終をお話しし、わずかばかりの偽りもなし。秀才を殺さんとせし上に、わたくしを溺れさせなんとするとは。馬鹿者め、人を損なひ己を利する所行をなすとは。
（宋公序）范学士さまは張鎬の名をしばしば口にされていた。その人だろうか。部下よ、この二人を捕えよ。わしに従い、京師に赴き、范学士に会い、はっきり尋ね、裁きをしよう。部下よいずこぞ。馬を牽け。京師へ赴くことにしようぞ。
（浄）知りたるを知れりとし、知らざるを知らずとす。（ともに退場）
第三折
（范仲淹が登場。言う）わたしは范学士。弟の張鎬は吉陽の県令になりてより、今に到るまで音沙汰はなし。このたびは聖上の御諚を奉じて、饒州へ公務のために遣はされたり。旅装を整へ、饒州に行くとせん。（退場）
（外が長老に扮して登場、詩）、澗水で茶を煎じ、竹を焼き、袈裟はぼろぼろ、風の吹くにぞ任せたる。経を読む明窗の下、花は落ち、花は開けど知ることぞなき。
拙僧は薦福寺の長老。幼きときより出家して、剃髪し、僧となり、経文と仏法に、通暁せざるものはなし。寺中の碑亭に、碑文あり。顔真卿の書きしものなり。手づから書きしものなれば、書法は精妙。寺ではこれを至宝とし、やすやすと人には見せず。近ごろ姓を張といひ、名を鎬といふ、范学士さまの友人が、三通の手紙を持つて、人に身を寄せんとしつれど、二人の者が身罷りしため、流落し、この地に至れば、拙僧は日々斎食もて持て成せり。本日は何事もなし。方丈に呼び、かの人と語らはん。かのひとはまもなくきたらん。
（正末）范学士さまが饒州で刺史をなさっていると聞き、まっすぐに饒州へ訪ねてきたのに、帰られていたとは思いもしなかったわい。わたくしはこちらに留まり、薦福寺に身を落ち着けた。長老さまには大変お世話になっている。朝、人が遣わされ、招かれたから、方丈に行かねばなるまい。（唱う）
【中呂粉蝶児】千里より来て、子猷は戴を訪るる興も尽き[87]、紅塵の路を踏む芒鞋[88]を無駄にせり。饒州を治めたる范学士さま。故人はいづこぞ。兄上さま、御身は日に千たびも昇格せんも、わたくしは第三通目の人に会ふことも叶はず。
【酔春風】旅路は天より遠ければ歩き疲れり、候門は海のごとくに深うして、人をまったく寄せ付けず。木魚の声を聞きながら、日々食堂に上れども、秀才よ、これ以上居候するわけにもゆくまじ。長老さまの慈悲に感謝す。わたくしは貧しきに、わたくしを上賓と見なしたまへり。
（長老に見える）長老さま、こちらでは、ほんとうにお世話になっておりまする。
（長老）滅相もございませぬ。お掛け下さい。先生は満腹の学問をお持ちですのに、何ゆえに功名を得られずに、四方を旅してらっしゃるのでしょう。どのようなお考えなのでしょう。
（正末）お尋ねになられなければ、お話しいたしませんでした、くだくだしいのがお嫌でなければ、お聴きください。
（長老）先生、どうかゆっくりとお話ください。
（正末が唱う）
【石榴花】三年に一たびの試験を待ちて、田舎屋に書を読みたり。
（長老）その昔、范学士さまは何ゆえに訪ねてこられたのでしょう。
（正末が唱う）月は千里に明るきも、友人が来るとは思ひもよらざりき。かのひとは、わたくしが万丈の塵埃に窮せるさまを見たまへり。
（長老）三通の手紙をくれたとおっしゃいましたが、その人たちの所へ行かれて、いかがでしたか。
（正末が唱う）三通の手紙によりて飢寒債をば還さんとして[89]
（言う）よい場所に身を寄せようと思いましたが、
（唱う）まづ洛陽の員外さまが身罷らるれば、黄州に赴きたるに、初めは妨げなかりしかども、路半ばにてはや旋風を惹き起こしたり[90]。
（長老）先生は一人か二人の友だちに身を寄せられれば、きっと救ってもらえるでしょう。
（正末）
【闘鵪鶉】財を失ひ、人は離れて、天は寛きも、地は狭し[91]。脊を曲げて、腰を低くし、さらに巧言令色したり。まして今では十たび朱門に謁するも九たびは開かず。七歩の才があらんとも、十二金釵[92]を養ふはうが、三千の剣客を養ふに勝らんとかれらは言ふべし。
（長老）先生は何ゆえに功名を得られずに、流浪するのに甘んじてらっしゃるのですか。
（正末）京師に行こうと思うのですが、いかんせん旅の費えがございませぬ。
（長老）そういうことだったのですね。功名を手に入れに行かれるのなら、差しあげる物はございませぬが、こちらの碑亭の碑文は、顔真卿の書ですので、千枚の紙、数錠の墨をととのえ、小坊主に法帖を作らせて、一冊を一貫で売り、都へと行かれるための、旅費にされては、いかがでしょうか。
（正末が唱う）
【普天楽】ありがたや。恩愛を施さるるに、田文[93]の義気ありて、趙勝[94]の心に勝れり。碑の法帖を作りあげ、京師にて売らしめんとぞしたまへる。いづこの書生もおしなべて、「朋有り遠方より来る」をば学ばねば[95]、今の世に鳴く鳳麟にいかでなるべき[96]。檐に喧しき燕雀や、路に居る狼豺に別るべし。
（長老）先生、今日はもう晩いですから、明日、法帖を作らせましょう。わたくしは方丈に戻ります。（退場）
（正末）門を閉じ、方丈に一晩宿り、明日の五更前後になったら、石碑の文字を拓本にとり、ゆるゆる旅路に上るとしよう。
（奥で雷が響く。）（言う）雷が響いているから、雨が降ることだろう。見てみよう、物凄い雨だなあ。（唱う）
【紅繍鞋】金色の清凉世界を見んと思へど[97]、たちまちにみな黄公[98]の水墨の楼台となる。おそらくは角木蛟が仕事にあたり[99]、黄河を移し、東海を持ちきたり、長江の風を客へと送れるならん。
（言う）雨がますます烈しくなったぞ。（唱う）
【上小楼】雨は普段も降りたりしかど、かやうに烈しきものはなかりき。この大雨は、秋霖ならず、甘沢[100]ならず。おそらくは箭簳の雨にて、雲雨が過ぎなば、淋漓たる辰となるべし[101]。
（言う）今夜は本を読むのはやめよう、
（唱う）麦が流さるるを見ばや
（言う）ほんとうにおそろしや（唱う）
【幺篇】乾坤を震はせて雷は鳴り、金蛇をば走らせて稲妻は動きたり。嶺巴山をば揺るがせて、海と江とをかき混ぜて、樹を倒し、崖を砕けり。畜生め、神通力はかく大なるに、仏の頭上で大いに騒ぐべきにはあらず。
（龍神が登場。言う）鬼卒よ、碑文を砕くのだ。張鎬よ聴け。
（詩）天地の神を瞞くなかれ、禍と福は燭と影のごとくに従ひて、善と悪には報いあり。あるは遅速の違ひのみ。
（退場）
（正末）夜は明けた。石碑を見よう。ああっ。一晩で雷は石碑を砕いてしまったぞ。（唱う）
【満庭芳】閻浮世界[102]を粉々にせり。本年は九龍が治水したれど、珠露[103]が災をばなすを免れず。丈三の碑を、霹雷は石の塊となし、婦女の捶帛[104]たるよりほかはなからしめたり。もし汝が頭角を逞しうして秀才を虐げて、牙爪をば澹台に近づかしめば[105]、周処もかつて三つの害を除きしことあり[106]。魏徴の剣を手に入れば、斬龍台へと駆けあがるべし[107]。
（言う）何ゆえに長老さまが見えぬのか。
（長老が登場。言う）張先生、一晩中、雷雨が収まりませんでしたが、何が起こったのでしょうか。
（正末）長老さま、雷が一晩で石碑を砕いてしまったのです。
（長老）何ゆえに雷神さまを怒らせたのです。
（正末が唱う）
【快活三】五台山にはとりあへず身を潜めずに、梵王宮[108]をば密なる雲に埋めしむ。天河を倒し、講経台[109]を水浸しにし、いづこにか日月光琉璃界を得べけんや[110]。
【鮑老児】そのかみは七人の女が俗世のことを思ひて、秀才を養へり。そのときに雷は天霊蓋を砕きしや[111]。わたくしは古廟にて詩を題し、罵れり。海を煮し張生に学びしことはなかりしも[112]、腹には錦繍をば抱き[113]、剣を星斗にむかって揮ひ[114]、胸には長江、淮河が逆巻き、海岳を押し流し、日月を昏からしめ、山崖を崩れしむべし。
（言う）長老さま、これがわたしの定めです。天はわたしを容れられぬのです。お堂のすみに一本槐の樹がございます。生きていたとて詮無いこと。槐にぶつかり死ぬ方がまし。
（范仲淹が登場、末を引き留める）螻や蟻さえ命を貪るというのに、人が何ゆえ命を惜しまぬ。
（正末が唱う）
【十二月】何ゆゑに、鉏麑[115]のごとく槐にぶつかり、土木の骸を棄つるかといへば[116]
（范仲淹）孔子は言へり「吾はあに匏瓜ならんや」[117]と。満腹の文才をもちながら、一時不遇なりしかど、なにゆゑぞ、かやうに運の拙かりける。
（正末が唱う）わたくしは匏瓜にはあらざれど、まことに手の打ちやうもなし。
（范仲淹）わしはそなたに三通の手紙を送ったではないか。
（正末）これ以上、三通の手紙のことを口にされ、わたくしを怒らせるのはおやめください。わたくしが一月に一年の災に遭うことを救えないのでございますから[118]。
【堯民歌】蒺藜の地に野の花は開きたり[119]
（范仲淹）わしはそなたが金榜に名を記されることを望んだ。
（正末が唱う）龍虎榜をば占めんとし、遠郷牌[120]を思ふことなし。揚州の車馬五侯の宅はいづこにありや。本日は洛陽の花と酒とが一時に到れり[121]。あな哀し。西風は旅情を動かし、むなしく天の涯にさまよふ。
（范仲淹）弟よ、本日はわしといっしょに京師に行って、陛下に見えることとしよう。
（正末）兄上といっしょに行きとうございます。（唱う）
【耍孩児】東南の紅塵の陌に上るに倦みて[122]、行く人に笑はるることを怕れり。鶴に乗るべき人はむなしく埋もれて[123]、顔回の瓢を持ちて、乞食して戻りたり。廬山にありし長老は白蓮社をば結ぶことなく[124]、東海の龍王の大戦に遭ふ。龍王はわたしに深き怨みを抱き、この薬師仏海会を[125]、みな趙太祖の忌まはしき家に変へたり[126]。
【二煞】八金剛[127]が門を守れることなくば、四天王は水害に遭ひぬべし。かの龍は仏家の戒を受くることあらざりしかど、禅灯に老衲は青眼を開きたるなり[128]。しかれども薦福寺碑ははや緑苔に横たへば、われはむなしく悲嘆せり。他のものは風雲をすでに遂げしも、わたくしは日月を過ごしかねたり。
【一煞】范さまは戻られて人民は安らかなれど、雨のまた来るを恐れり。これもまた蛇に咬まれておのづから驚けるなり[129]。松影は僧舎に横たひ、千尺の蒼龍の階に臥すかと見まがふ。げにいかんともするを得ず。本日は貴神が迎へ喜ばるれば、青龍洞に財を求むることぞなき[130]。
【煞尾】范さまの文章は董仲舒をも凌ぐべく、詩才は李太白にも勝らん。三通の手紙はわたしを十年の客たらしむれば、八輔相をして万言の策を忘れしむるなかれ[131]。
（ともに退場。）
（長老）拙僧は何事もなし。范学士さまに従いて京師へと赴かん。
第四折
（范仲淹が登場）わたしは范学士。弟の張鎬とともに京師に行きて、陛下に見え、たちまちに、百篇の対策を献じたり。聖上は喜ばれ、第一等の状元とせり。本日は、駅亭に食事を調へ、状元どのをもてなさん。部下よ。そろそろいらっしゃるだろう。
（正末が登場。言う）張鎬よ、今日があるとは思いもよらなかったわい。（唱う）
【双調新水令】常日ごろ、長安を望みつつ、心は逸れど馬の歩みぞ遅かりし。状元に及第せんとは思ひもよらぬことなりき。白き象笏には馴染みなく、紫の朝衣を拝することぞ少なき[132]。本日は鼎を列ね、食事をし、淡飯と黄齏[133]にまさりたり。今日になり昔の味を思ひたり。
【駐馬聴】以前は寝食さへ忘れ、鉄硯を鋳て剣を磨く水を湛へり[134]。今日になり蟾桂を折り[135]、金の階をば歩み、天へと上る梯をば探しあてたり。青春に管寧の席を断ち切り[136]、白頭に班超の筆を投げ捨てり[137]。礼を終へ、君恩敕賜に平伏して立つ。
（見える）
（范仲淹）弟は立身出世した。もしわしが推薦をしなければ、今日はなかったであろう。
（正末）兄上と関係はございませぬ。
（范仲淹）その通りだな。そなたの才は人にまさっているからな。
（正末）それも違います。
（范仲淹）どちらも違うなら、何ゆえに官職を得ることができたのだ。
（正末が唱う）
【雁児落】これはひとへに范張の鶏黍の約のためなりき[138]。本日、龍虎は風雲に際会したり[139]。推薦をなさりしことをな誇りたまひそ。わたくしは文章の力を得たるにはあらず。
【得勝令】すべてかの突然の雷のためなりき。本日は文と武の両班が揃ひたり。その昔、古廟にて詩を題し、はからずも老龍王は面皮をぞ引き裂かれたる。われはまことに窮迫し、生きるすべなかりしかども、運は通じて栄達したり。
（長老）拙僧は京師に参り、張鎬さまが第一等の状元に合格されたことを聞いた。駅亭に、張さまを訪ねてゆこう。（中に入って見える。）
（范仲淹）長老さま、永らくお会いしませんでしたが、お元気ですか。
（正末）長老さま、失礼つかまつりました。
（長老）知事さま、おめでとうございます。すばらしい官職を得られましたね。
（正末が唱う）
【落梅風】そのかみは、薦福碑あり。老禅師さまの紙と墨とを買はれしことは有り難かりき。しかれどもものぐさ龍は碑の上に起ち[140]、霹靂をもて粉々と成さしめたりき。
（宋公序が登場。言う）わたしは宋公序。范学士さまが駅亭にいらっしゃるとか。ひとまず会いに行くとしよう。趙実よ、張浩を逃してはならぬぞよ。こちらで待っているがよい。入り口にやってきた。中に入っていくとしよう。（范に見える）一別以来、お久しゅうございます。
（范仲淹）宋公序どの、この方とお会いなされ。
（宋が尋ねる）お尋ねします、こちらはどなたでございましょう。
（范仲淹）張鎬どのです。（張を見て言う）弟よ、こちらは揚州太守の宋公序さまだぞ。
（正末が唱う）
【水仙子】三通の手紙をむなしく袖に携へ、寒炉にて一夜の灰を掻き立てり。実例を目にすれば、「菜饅頭のある所にて、狗を牽きたり」[141]。二つの手紙に、路は絶え、人は稀とぞ成りにける[142]。
（范仲淹）弟よ、死んだものは死んだものだが、なにゆえに揚州に行かなかったのだ。
（正末が唱う）たとひ揚州太守の意気が盛んなりとも、わたくしは死病となられんことを怕れり。
（宋公序）兄じゃはご存知ありますまいが、わたくしは路すがら、偽の張浩を捕まえました。
（范仲淹）どこにいるのだ。連れてきてくれ。
（正末）張仲沢よ、わしはおまえに何も怨みを持たぬのに、何ゆえ人を遣わして、わしを殺させようとしたのだ。
（浄）知りたるを知れりとし、知らざるを知らずとす。
（正末が唱う）
【川撥棹】そのはうはみづからを真面目だといひ、知らざるを知らずとなしたり。そのはうは耙犁を牽き、甕を抱へて、畦に水撒くことを得るのみ。万言の策を作りし人は誰そ。虎の威を借る狐めが。ああ、なんぢ賈長沙は横着をせり[143]。
【七弟兄】内情と、詳細と、試金の石は現に存せり[144]。この場所は万邦が模範としたる魚龍の地[145]。金鑾に向かひつつ、壮き心は虹霓を吐き、青山を見て驢馬の背に乗るなんじとは異なれり。
【梅花酒】ああ、張仲沢ははなはだ凶悪。そのむかし、わたくしは、さすらひて、身を寄する所こそなかりけれ。かの者は黄金を頼りにし、浮世にあれば、わたくしは白髪にして故人は稀とならんとしたり。そのむかし、村にあり、村にあり、子供を教へり、子供を教へり。ありがたや、ありがたや、風雷[146]を遂げ、風雷を遂げ、白衣を脱げり、白衣を脱げり。丹墀に上り、丹墀に上り、帝王に知られども、帝王に知られども、わが身が損なはれたりせば、わが身が損なはれたりせば、いづれの日にか、いづれの日にか、心は、心は、満ち足るを得ん。
【收江南】ああ、なんぢはこたび、得たれども、そを失へり。漚麻坑をば鳳凰池にぞせんとしたりし[147]。
（浄）年老いた、わが父を憐れんでくださいませ。その上、病もございます。
（正末が唱う）父親が年老いて病気といふが、父親もよき人にあらざらん。諺に「老いて死なぬは賊なり」といひたれば。
（言う）大恩人はどちらにいらっしゃいますか。
（従卒）わたくしをご記憶でございましょうか。わたくしが趙実にございます。
（正末）お兄さま、わたくしは再拝をいたしましょう。
（従卒）滅相もございませぬ。知事さま、どうかお立ちください。
（范仲淹）弟よ、なにゆえに拝礼するのだ。
（正末）兄上はご存じございますまいが、その昔、この方に命を救って頂かなければ、今日はございませんでした。
（范仲淹）さようなことがあったのか。汝らはわが判決を聴け。偽ものの張浩は万言の良策をわがものと偽りて、官爵を手に入れんとし、罪なき人を害せしがため、盛り場で処刑するものとせん。趙実は正しきことを行ひて、悪しきことをば行はざれば、吉陽の県令とせん。薦福寺長老は、紫衣大師をば加へらるべし。宋公序は吉き日を選び、張鎬を女婿に迎へよ。わがもとへ訪ねきたらば、羊を殺し、酒を造りて、祝いの宴を設くるとせん。
（人々が感謝する）
（正末が唱う）
【鴛鴦煞】遠公の白蓮会を開くをやめよ[148]。蒼生によりて謝安は起こされき[149]。誰かこの日のあるを知るべき。宰相の賢者を薦むる心をば成就せり。さらに男児の義気により、やすやすと悪漢の拖刀の計[150]を破りたり。美女を招きて結婚し、老いたる禅師を交契[151]とせり。これは書生の定めなるらん。黄閣と玉堂の大臣は抗敕の鬼とならんとしたり[152]。
最終更新日：2010年11月10日
