右台仙館筆記/巻十六

武林の徐家は、浙西の望族であった。その旧宅は姚園寺巷[1]にあり、乱の後に兵火で毀たれたが、門楣[2]および広間は無事であった。聖祖の御書「凛存堂」の額および「清徳鎮俗」の額、高宗御書の「清慎可風」の額は、今なお残っている。わたしの門下の士花農庶常�h[3]は、文穆公[4]の来孫で、やや修理を加えて住んでいた。わたしはその家を過ぎるたび、かならず故家喬木[5]の思いを起こした。たまたま定遠[6]の方蓮舫[7]太守の『蔗余偶筆』を閲していたところ、かれの家の文敬公[8]の軼事を載せていた。文敬の封翁[9]は銭唐江の辺におり、子の刻と午の刻に潮が退くたび、沿岸数十里の水族を、みずから掃って江に入れ[10]、若年から壮年まで絶やさなかった。ある夜、潮がきわめて盛んであったが、巡江の武官は一団の火光が湧いて徐家に入るのを見たので、門を叩いて告げたところ、たまたま文敬公が生まれたので、潮と名づけたという。平江[11]の李次青[12]廉訪の『国朝先正事略』を見ると、こうあった。銭唐の徐文敬公は、先祖が漁を業としていた。公の誕生日に、江潮がはげしく上り、一隻の舟が風のために漂流沈没したが、封翁がいそいで救ったので助かった。舟を借りていたのは閩省の孝廉[13]で、入京して受験するものであった。翁は家に招いて、鶏黍を捧げた。翌日の洗児の時、孝廉に命名を請うたところ、江潮の異変に因んで、潮と名づけた。その後、孝廉は幾たびも合格しなかったが、文敬は若くして顕達した。会試を分校[14]した時、孝廉は何とかれのもとで合格したという。この二つの話はどちらがその真実を得ているか分からない。花農は文敬から隔たることすでに六代で、詳細が知れるとも限るまい。花農が生まれる時、かれの先徳[15]若洲先生[16]が夢みたところ、一人の道士が鶴に化して生まれたので、幼名を鶴根としたが、思うに花農も生まれるのに由来があったものか。

徐花農は言った。わたしの家は、昔、花園で土地神を祭っていた。言い伝えでは、文敬公は晩年家にいた時、隣家の叟を招いて酒を飲んだが、ある叟がもっとも高齢であったので、招いて首座としたところ、叟は断った。公は言った。「あなたはわが郷里の老土地(ラオトゥーティー)でございますのに、なぜお断りになるのです。」叟は笑って席に着いた。「老土地(ラオトゥーティー)」とは、杭州人の俗語で「先輩」というほどの意味にすぎなかった。その晩、公が夢みたところ、叟が来て言った。「貴殿はわたしに土地神となるようにお命じになりましたから、公の花園に一席の地をいただくことを願います。お許しくださりましょうか。」公は愕然として目ざめ、朝まだき、人に命じて探らせたところ、叟は死んでいた。どんな病だったかと尋ねると、かれの家の人は言った。「もとより病はございませんでしたが、自分から徐家にゆくとだけ言い、そのようにすること三たびで、亡くなりました。」公はしばらく嘆息すると、裏の花園に祭った。たわむれの一言が、鬼神に依拠されたものであり、卿相の命運であったのも、むべなるかなである。

花農はさらに言った。文敬公が栄達する前、同郷の殳家に婿入りした。殳媼は公が貧しかったので、親しくしなかった。殳夫人が亡くなると、公は江干[17]の旧居に帰った。ある日、殳翁に路で会ったところ、翁は言った。「娘が亡くなったので、訪ねてくださらないのでしょうか。」むりに迎えてともに帰り、殳媼の前ですぐ公の賢いことを讃えると、媼はかすかに笑っていた。翁は言った。「この人が不満なのか。わたしは次女にめあわすぞ。」媼はたいへん怒り、言った。「ご勝手になさってください。わたしは関わりございません。」翁は言った。「つつしんで承ろう。」そして次女を公の後妻にしたが、媼はどうしようもなかった。公もそれ以上殳家に住まず、夫人とともに帰った。後日、夫人は帰寧すると、嫂たちと語って言った。「今日肩輿が門に来ますと、棖(はしら)に触れて、引っくり返りそうになりました。」嫂は言った。「うちはぼろやなのだから、どうして大きな車が入れよう。」夫人は言った。「どうしてわたしが大きな車でなかったことがお分かりになるのでしょうか。」嫂たちはみなむりに笑って言った。「大きな車に乗ってくれば、塀を壊して迎えよう。」夫人は断って去った。文敬公が貴くなり、夫人がふたたび実家にゆくと、嫂たちは置酒してうちとけた。夫人は従容として嫂に語って言った。「塀は壊されないのでしょうか。」思えば江氏檳榔の謗り[18]、韋家鸛雀[19]の称があり、士人が貧賎である時、妻の一族に軽んぜられることは、昔からある。史家がこれらのことを載せるのは、白屋の中に大勢青雲の士がおり、高門鼎族[20]だからといって寒微[21]を蔑視してはなるないことを人に知らせようとしたからである。わたしが殳夫人の言葉を記すのも、やはりこの趣意である。

杭州の姚園寺巷に旌徳観[22]があり、温元帥[23]という疫神を祭っていた。按ずるに、元人呉自牧の『夢粱録』[24]にすでにこの神があることを載せ[25]、東岳に属しているといっているので、疑うらくはきっと宋代に起こっていよう。毎年五月、住民が神を担いで市街を巡行するのは、そもそもも逐疫[26]の趣旨であったが、徐家の門を過ぎる時はならずはやく走って過ぎた。言い伝えでは、徐文敬公は官位が�恪ﾉ[27]であったが、これは天官で、天下の神祇を司っているので、神がその門を過ぎる時はかならず敬むということであった。国家の定制では、およそ壇廟[28]の祭祀および僧道たちのことは、すべて礼部の祠祭司[29]で掌り、実は吏部と関わりない。巫覡の見識は、ほんとうに一笑できるが、やはり往時の重みを見られる[30]。

徐少薇は、名を�ﾜといい、花農の再従兄であった。嘉慶戊寅[31]、年は十四で、郷試に応じ、副榜[32]に合格した。その翌年、郷試に合格し、礼部試に応じ、合格せず、京師にとどまった。まもなく亡くなった。亡くなる数ヶ月前、夢みてある所にゆくと、修篁(おさだけ)は路を挟み、中で碁を打つ音がしたので、おもわず朗吟して言った。「飛来す砕玉[33]棋声と度(はか)り、修竹嬋娟として画けどもならず。」下の句ができないうちに、竹の中で人が後をつづけて言った。「惆悵す碧溪に相別るる後、煙霞深き処五峰青し。」声を尋ねてゆけば、一人の樵がおり、樹に凭れて吟じているところであった。徐が来たのを見ると、驚いて言った。「華林子は来るのがなんとはやいことか。銭某はまだ来ない。こちらに来られたからには、ある所へご案内いたしましょう。」そしてかれとともにいった。ゆけば高い門は岌嶪[34]として、官署のようであった。門に入ると、娘六七人が帚を持って花を掃いており、徐を見て笑ったが、一言も発しなかった。堂に登って見ると楹(はしら)の間に一つの聯が懸かっていてこうあった。「天下今宵明月をともにし、人の世いづこにか仙山あらん。」堂の左右に、書橱[35]が八九列あり、縹嚢[36]緗帙[37]が、その中に充満していた。角巾[38]野服[39]するものを数人いさせ、書冊を持って諷誦していた。樵はすぐ一巻を取り、徐に授けて見させたが、かれが平生作った詩文はみなその上に載せてあった。目ざめたが、趣旨は分からなかった。ただ樵が言っていた銭某のことは、昔から知っており、かれの同硯[40]の友であり、その時は恙なかった。しかしまもなく銭某の訃報が来たので、嘆いて言った。「以前、樵は銭某が来ない、わたしが来るのはなんとはやいことかと言っていた。今、銭某はいってしまったから、わたしはもしやかれにつぐのか。」そこで夢みたことを記し、書篋の中に収めた。亡くなると、家人は篋を開いてそれを見つけ、石曼卿[41]の芙蓉の城、王平甫[42]霊芝の宮は、小説家が偽って作ったものでないことを悟った。

杭州武林門[43]内に、長寿橋[44]があった。橋の近くにもう一つ橋があったが、名がなく、小橋とだけ呼ばれていた。その地に某甲というものがいたが、無頼であり、つねに徒党を集め、鍬鋤を持ち、所有者のいない荒地で、石を掘って金に換えていた。階段や礎石は、掘られて尽きようとしていたので、ひそかに小橋の石の欄(おばしま)を、小舟に載せ、唐西鎮にいって売った。甲には七歳の子がいたが、その晩、突然病となり、翌日ますます激しくなり、薬を飲ませたが癒えず、みずから言った。「神人がわたしを撃っています。」甲が占い師に占わせると、言った。「橋の神が祟っています。」甲はたいへん驚き、牲醴[45]を供えて祈ったが、効かず、数日足らずで、その子は結局死んだ。ああ。戦乱の後、橋梁は半ば傾き崩れたので、最近すこし修理した。わたしは江蘇、浙江の間に往来し、修理してすぐ崩れるものがあるのを見たが、そのわけを推測すれば、持ってゆくものがいたのであろう。いたるところに橋の神がおり、守ることがどうしてできよう。

蘇州の山塘[46]に某甲というものがおり、魚を売ることを生業とし、人柄はなかなか温厚で、家もやや自給するに足りていた。酒を好み、酔えば言葉は尋常でなくなったが、家人は慣れていて、怪しみもしなかった。ある晩、酩酊して帰ると、坐らないうちに、また走り出た。家人がどこへゆくかと尋ねると、言った。「わたしは入水して死のう。翌日、棺を買って興隆橋の辺にゆけばわたしを収容できよう。」みな酔って語っているだけだと思った。ながいこと帰らず、探したところ、水の中央にいるかのようであった。鈎で掬って出したが、もはや助からなかった。結局かれの言葉通りに、興隆橋[47]の辺で収容したという。

李翁は、広東従化県[48]の人で、省城に引っ越していた。年は五十余で、子がいず、某姓は娘を買って妾とした。娘は李が老いているのを見ると、心は楽しまず、呼んで侍して寝させると、顔を掩って泣いた。尋ねても答えず、つよく尋ねると、はじめてかすかにその意を示した。李翁は言った。「老いた夫に若い妻は、もとより不釣合いだ。願わないなら、わたしはどうして強要しよう。」その父を召してくると、娘を帰した。李翁は長者といえた。この娘がこの良人を失ったのは、惜しいことであったようだ。

許仁山[49]閣学[50]の娘は、海寧の孫氏に嫁ぎ、小翠という娘がおり、京師で生まれた。襁褓の中にいた時、父母は親が死んだため帰郷することとなったが、小翠は幼かったので、わたしの次女のところに預けられた。そもそもわたしの次女は仁山の従弟の妻なのであった。後に娘はかれを連れて南に帰り、その父母のもとに戻った。小翠は容貌資質が優れ、眉目は絵のようであったが、幼い時から病が多く、七歳で夭折した。死に臨んで榻に趺坐し、眼を閉ざして合掌したが、家人はかれがすでに死んだことを知らず、伺えば息はすでに絶えていた。もしや宿根があるものだろうか。曇華の一現[51]も、驚くべきことであった。

小児が痘瘡になることを、「出花」といい、その由来は分からないが、南北いずれにもこの言葉がある。ある家に弟嫁と兄嫁の二人がおり、かれらの子がいずれも痘瘡になったが、弟嫁の子はなかなか重篤で、兄嫁の子はすでに膿胞ができていた[52]。その夜、兄嫁が夢みたところ、花売りの媼がおり、弟嫁と兄嫁はそれぞれ近づいて花を買い、その後、弟嫁は買った花を兄嫁の花に換え、目ざめた。翌日、子を見れば、弟嫁の子はたいへん元気になっていたが、兄嫁の子は痘瘡がすべて凹み[53]、まもなく死に、弟嫁の子はかえって恙なかった。そこで夢の中で花を換えたのは、その兆であったことを悟った。

揚州甘泉県の陳生端甫は、仙女廟鎮[54]の南におり、母と妻はいずれも熊氏で、そもそもおばとめいなのであった。妻が病むと、母は榻をその部屋に移した。ある晩、眠って目ざめ、見ると火光は熒熒[55]とし、下から上っていたので、驚いてじっくり見ると、一匹の大きな鼠で、灯草を銜え、壁に沿って進んでいた。いそいでその子を呼んで起こせば、火はすでに承塵[56]に及んでおり、まもなく熾烈になった。陳は母を背負って出、さらに人に命じて病気の妻を担がせたので、さいわいみな恙なかったが、家は結局焼けてしまった。そもそも鼠が灯草を銜えるのはつねにあることで、陳氏は結局焚如[57]の禍を致した。欧陽公は「禍患はつねに細微に起こる。」というが、ほんとうにそうである。

蘇州に王媼というものがおり、若くして寡婦となり、貧しく、子女がいず、人のために裁縫して口を糊し、三十年近くなっていた。かれの隣人の某翁は、なかなか資産が豊かであったが、一子はわずか十歳で、幼い時から多病であった。病が起こると、かならず幽鬼がかれの身に憑き、巫を招いて勅勒の術[58]を施したが、結局祓えず、王媼がたまたまその家を通る時だけ、幽鬼はすぐに避けるのであった。このようにして数年、その子は心は痛み、体は苦しみ、日に日に痩せたので、翁はたいへん心配した。夢みると神が語った。「この子が王節婦の後継ぎになれば、病はすぐ癒えよう。」翁はそこで王媼に相談し、この子を媼と同居させ、両家の祭祀を継がせることを願った。媼はたいへん喜んだ。子は王媼を母としてから、病はほんとうに再発せず、妻を娶り、子を産み、王媼を世話してその身を終えた。だとすればこの子の病は、鬼神が節婦を憐れみ、かれが老いて頼るものがいないことに忍びなかったのだろうか。

先大夫[59]の『印雪軒随筆』に載せている。臨平の農村に、兄弟四人で同い年のものがいたが、そもそも二子が正月に孿生[60]し、二子が十二月に孿生したのであった。さらに兄弟二人がおり、同年同月生まれなのに、弟の誕生日が兄に先んじていた。そもそもこの二人は異母兄弟で、いずれも三月に生まれたが、兄は三月中旬に生まれ、弟は閏三月上旬に生まれ、二十日隔たっていたのであった。閏月のない年になれば、弟が兄に十日先んじることになるのであった。そのことはもとより珍しいことではないが、ひとまず記して談柄とする。惜しむらくは話者がその姓を言わなかったことである。

湖北に張家の娘がおり、胡家の子と婚約し、まもなく結婚することになっていた。胡家の子は大病したので、媒妁を遣わして張家と絶縁することを請わせたが、張の娘は承知せず、言った。「わたしは身をもって婚約したのですから、死生をともにするべきでございます[61]。」そして胡家に嫁いだ。胡家の子は病がややよくなり、さらに数年後、二子が生まれてから、はじめて死に、張の娘はその二子を育てて終わった。これは第十五巻に載せる樊家の娘のこと[62]と似ている。樊の娘は煢煢として孤独であったが、張の娘は節操があるばかりでなく、さらに才幹があった。かれの父は閩で仕えて県令となり、資金は巨万であったが、二人の妾だけを連れてゆき、その妻を家に置いて顧みなかったので、妻は生計を立てられなかった。一族の人々はみな不満で、その妻に勧め、閩にゆかせようとした。資金がないと断ると、資金を集めてやったが、今度は夫に礼遇されないことを恐れた。娘はそこで言った。「お母さまは恐れることはございません。お母さまにお供してまいりましょう。往復の資金を調えてください。『合はば留まり、合はずんば則ち去る』[63]だけです。」そこで母娘ともに閩にゆき、目的地まで三十里のところで、人に命じて告げさせた。父は妻が来たことを聞くと、受け入れようとしなかったが、娘がいっしょにきたことを聞くと、はじめて盛大に車馬従僕をととのえて迎えた。来ると、ほんとうに睦みあって住んだ。数ヶ月して、娘は辞して帰ろうとしたので、母が娘をとどめると、娘は言った。「家に舅姑がいますのに、どうしてこちらでながくお母さまをお世話することができましょう。」母は泣いて言った。「おまえがいるから、わたしは苦しまないのだ。おまえが去れば、あの人はわたしを苛めようとするから、わたしはおまえに従って帰るだけだ。」そしてともに帰った。後にその父は汚職によって失脚し、詔が原籍に下され、家財が登録没収されることになった。県官が檄を奉じて門にくると、母は恐れて竈に潜み、ほかの人はみな走って隠れた。娘は盛装して出てきて県官に会い、父が平時母を棄てて顧みないありさまを言い、さらに言った。「父が栄えておりました時、母はその楽しみをともにしませんでした。今、父が失脚しましたが、母はどうしてその苦しみをともにできましょうか。入ってごらんになってください。銖金寸錦[64]の蓄えがあれば、甘んじて隠匿の罪を受けましょう。」声情[65]は慷慷とし、県官はそのため面持ちを改めた。入ってみると、ぼろや数椽で、疏帳[66]縹被[67]があるだけであった。そこで感嘆して言った。「ほんとうに言われた通りだ。ほんとうに言われた通りだ。」そして去った。

山西のある富豪は、年が四十で子がいず、親戚の家にいって子供がいるのを見るたび、かならず喜んで抱いて弄んでいた。かつて中州で働き、馬に乗って中牟県城外を過ぎた時、樹陰の下に一人の小児を見たが、わずか四五歳で、婠妠[68]として愛らしかった。馬から降りて近づいて見ると、子はまったく泣かず、抱いて馬に騎せたが、さいわい見ている者はいなかった。じっくりこの子を見、眉目は美しく、肥えて白くて瓠のようで、愛して手放すに忍びず、結局、懐に擁し、馬に鞭うって去った。家にゆき、子とした。翁はこの子を得た後、つづけて二子を挙げ、三人の息子はいずれも生長したので、いずれにも妻を娶ってやった。しかし翁の家の人はつねにひそかに語り、翁はすでに子がいるのだから、他人の子は必要ないと言った。翁はそれを仄聞すると、自分の死後、かならず受けいれられまいと思った。そこでこの子を招いて語った。「わたしは中牟からおまえを連れてきたが、今さいわい成人した。しかしながくここにいては、結局つまらないことになる。『葉は落ちて根の肥やしとなる』[69]のだから、おまえは帰れ。」そして万両の品物を備えてやり、妻を連れてともに去らせ、戒めて言った。「中牟にいったら、××にいって尋ねれば、かならず骨肉がいよう。そこはわたしがおまえに遇ったところだ。」子はやむをえず、泣いて別れて去った。中牟にゆくと、その妻を宿にとどめ、ひとり城外にいって探し、人に会うとかならず尋ね、遇うことを願った。しばらくすると、人が語った。「わたしの村の某家の老いた寡婦が、一人の子を失ったことがあるが、もしやそれか。」その子はたいへん喜び、すぐ導いてゆかせ、ゆけば一人の老婆が出てきて言った。「主人が亡くなりました後、遺腹の一子を産みましたが、××年になっていなくなりました。今二十年になろうとしており、見ましても、もとより分かりませんでしょう。ただ、見わけられるものがございます。この子は顔に豆花（唐の陳黯に『詠豆花』詩があるが、痘瘢、今でいう痘痕のことである）があり、わたしはかつてその数を知り、今は昔でございますが、まだ忘れてはおりません。」そこでその数を言った。人々はこの子の顔を見ると、ほんとうに豆花があり、数えると妻の話と合っていたので、みな喜んで言った。「ほんとうにこの人だ。」その子は泣いて拝礼し、くわしく以前のことを言い、すぐ宿からその妻を迎えてきた。老婆は家がもともと貧しく、子を失った後、また悲しんで病となっていたが、一朝にして子が現れ、嫁もおり、大金もあったので、たいへん喜び、慰んだ。「塞翁が馬を失ったのは、福がなかったのではない。」とは、この謂である。造物が節婦を哀れんでむりに守ってやったのかもしれない[70]。

光緒辛巳[71]の年、花農と倪儒粟茹および孤山寺僧の本慧は、ともに兪楼[72]に来、楼の裏山の西爽亭にしばらく坐していた。山を下ると、僧は後ろから花農を招いて言った。「見に来られよ。見に来られよ。」花農が見ると、松の樹の上に一匹の蛙がいたが、浅い緑色で、全身がつるつるで碧玉で彫刻したかのよう、磊砢[73]のありさまはなく、通常の蛙と異なっていた。儒粟は言った。「これは金華将軍でないか。」僧は頷いて言った。「余計なことを仰いますな。」翌日、花農は右台仙館に来てわたしに告げた。按ずるに杭城の湧金門内に金華将軍廟がおり、古びていた。『咸淳臨安志』によれば、神は姓を曹、名を杲といい、真定[74]の人で、後唐に仕えて金華の令となった。呉越王[75]に選ばれて婺州の太守となり、銭氏が入朝すると、国事を委ねられた。杲はすぐ城の隅で三つの池を浚い、湧金といった。歿すると、人民は祠を池のほとりに建ててやり、これはもとより民に功烈があるから、祀典[76]にあるべきものである。その神が化身して蛙となったのは、どうしてか。しかし鬼神のことは常理で測れないものがある。たとえば黄河の神が、化身して蛇となることが多いことは、記録に見え[77]、奏牘[78]に載せられている。同年生[79]の薛世香[80]廉訪[81]は、河南霊宝の人で、かつてわたしに語って言った。「黄河の神には、大王がおり、将軍がいる。姿を現すたびに、官吏はかならず盤で受け、盛大に牲牢[82]を設け、劇を演じた。蛇は盤にいて端然として動かなかった。その蛇には大小があり、小さなものは大王、大きなものは将軍であった。大王の蛇は一尺ばかりにすぎず、頭は外、尾は内にあり[83]、真っ直ぐで矢のようで、数日の長きにわたっても、すこし転側[84]するだけで、ずっとその方向を変えなかった。将軍蛇は、あるいは数尺、あるいは一丈あまり、蟠って縄のようで、頭を昂然と出し、その尾は見えなかった。大王蛇はかならず盤の中央におり、将軍はやや偏っていた。数日後、かならず所在を失い、どこへいったか分からなかった。河工[85]の官吏および河沿いの人民は、みな尊崇し、みだりに見ようとしなかった。いわゆる栗大王というものがおり、国朝の栗恭勤公[86]で、その神も蛇であった。」だとすれば金華将軍が蛙となり、何の異常があろう。遡れば[87]、古書の記載、たとえば伯鯀が黄熊となり[88]、望帝が杜鵑となり[89]、女娃が精衛となり[90]、欽[ヒ][91]が大鶚となったのは、そもそも理としてあることが分かる。一孔[92]の儒は、もとよりそれを知るに足りないのである。

同治十年[93]冬、わたしは西湖の精舎[94]から呉下の寓居に帰り、徳清に遠回りし、先人の墳墓を訪ねた。城内に舟を泊め、みずから小舟に坐して南門を出、金鵝山[95]にゆき、亡き通奉君の墓に参り、奴僕の沈貴を留めて舟を番させた。すると突然四五十歳ばかりの男が、口に徳清訛りを操り、舟に来て面会を求めた。沈が姓を質すと、その人は告げたが、「劉」のようであった。沈はやや翰墨を解したので、尋ねて言った。「卯金刀でございましょうか。」「いいや。木偏だ。」わたしが帰ると、沈はそのことを告げたが、わたしはいいかげんに放っておいた。しかし、木偏の字で、音が「劉」のようなもので、姓にあるものは、「楼」および「柳」だけであり、わが県にもともとこの二つの姓はないので、誰か分からなかった。呉下に帰ると、たまたま同県の江子平[96]孝廉、蔡瑜卿[97]秀才がどちらもいたので、尋ねると、両君は言った。「このことはきわめて異常だが、もしや柳侯か。」柳侯とは、わが県の総管神であった。わが県の総管神は三人おり、戴といい、柳といい、葉というが、柳は実は戴、葉に先んじている。唐の天宝年間にはじめて徳清県が設けられると、柳侯はすぐにきて県令となった。侯は名を察躬といい、柳子厚[98]の祖父で、集[99]の中の『先侍御史神道表』[100]で徳清君と称しているものがこれである。善政があったので、歿すると、県民は祠ったのであった。年を経て祠が廃れ、戴侯[101]が興ると、県民はすぐ柳の祠の跡地を祠にしてあげたので、戴を祭る時にさらに柳を祭っているのである。後にさらに葉が加わったが、すべては県志にくわしい。わたしは四方に流寓し、祠をみずから拝することがながいことできず、文章道徳も、幽明を感動させるに足りないから、両君の言っていることはでたらめであろう。そのことは『春在堂随筆』巻第五に載せたが、今、金華将軍のことに因んで、またならべて記した。

光緒五年十月乙丑[102]、わたしの正妻姚夫人を銭唐右台山の野に葬り、わたしはみずから寿塚をその近くに営んだ。葬って三日、蝶が墳墓に現れたが、黒い地(じ)に黄の紋であった。三日後、また現れたが、やはり同じであった。時に十月小春であったが、すでに大雪に近く、朝起きると厳霜[103]が地に満ちていたから、こうしたことがあるはずはなく、やはり驚くべきであった。呉下に帰り、老友呉平斎[104]に語ったところ、平斎は太常(つま)[105]が仙蝶になったものだと決めつけたが、にわかには信じがたい。そのことは『春在堂詩編』巻第九に見え、今やはりならべて記す。わたしは『金華将軍』の詩を作ったが、中の四句にこうある。「我泛ぶ余不[106]溪中の舟、疑ふらくは神人来りてともに遊ぶかと。われ右台山下の壙(はか)を築き、仙蝶の来りて送葬するかと疑ふ。」これはまさにこの二事をいっている。

陸錦炘は、長洲の学生で、高等[107]で給費を受け、庠序[108]で名声があった。光緒辛巳年、罹った病がひどく激しかったので、妻が神に祈ってあげると、陸は言った。「必要ない。さきほど、冥吏が牒を持ってきたが、わたしの姓名があった。『錦』の下の一字は、もともと『炘』の字ではなかったが、後から消されており、『炘』の字が傍らに注せられていたが、それはわたしだから、どうして免れられよう。」まもなくほんとうに亡くなった。陸氏の兄弟には「錦」の字を名とするものが、なお数人いたので、抹消されていたのが何の字かは分からなかった。陸は年がわずか二十四、その年は新婚ほやほやであったので、同学の士はたいへん惜しんだ。

顧某は、蘇州の人で、浙江で役人となり、海運の仕事に関わっていた。浙江から上海に来、たまたま数人の友人と茶寮[109]で飲んでいたところ、突然狂易[110]の病を得た。かれの同僚は蘇州に送りかえしたが、病はますます激しくなった。さまざまな自殺を図ったので、刀や縄の類は家人がすべて蔵してやり、陶器に飲食を盛ろうとしなくなるにいたった。どんぶり、ゆのみが手に入ると、かならず咬み砕き、防ぐのが間にあわなければ、腹に呑みこむこともあった。医者や巫が投入されたが、しばらくしても癒えなかった。たまたま箕仙を招く者がいたので、わけを尋ねた。箕筆は書いて言った。「病は幽鬼の祟りによる。幽鬼も顧姓で、浙江平湖の市井の人である。顧某は前生でその主人のために会計し、千両を横領し、鬱鬱として死なせたので、今償いを求めにきた。しかし顧某はその資金を横領するにとどまり、結局その命を損なわず、幽鬼はかってに病で死んだのだから、理として命で償うことは難しい。ひろく功徳を施すことができれば、怨恨や罪過を消すはずだ。」顧氏は従い、浮屠氏の法を用い、経を誦え、食を施したところ、七昼夜して顧の病はほんとうに癒えたので、ふたたび上海に来、海運の仕事を終えた。しかし三年たらずで、ほかの病で亡くなった。この幽鬼はかれの衰えた気に乗じて来たのだろう、『左氏』のいわゆる「その気焔にして之を取」[111]ったものであった。

某甲は、揚州の人で、蘇州に寓し、家には一母一妻だけがいた。たまたま外出し、その妻はそのため戸を閉ざし、帰って中に入ると、にわかに狂疾を得、「載(ここ)に叫び載に呶(かまびすし)く[112]」、近づけなかった。母は慌て、人に命じてすぐに甲を帰らせた。甲がその声をよく聞けば、男であったので、尋ねて言った。「あなたは誰か。」妻は大声で言った。「知らないか。某年におまえと某所で別れたが、忘れたか。」甲はそこで恍然として某乙であることを知った。それより前、甲が揚州にいた時、乙の銭を十千借りたことがあり、粤寇の乱になると、甲母と妻は某所に逃げてゆき、たまたま乙も来た。その時に乙は一銭もなかったので、甲に貸した金を求めた。甲は懐になお洋銭四十を持っていたので、承諾しようとしたが、妻は言った。「このような乱離[113]のなかで、生死さえ知れません。どうして債務を償う時でございましょうか。」甲はその言葉に従ってやめ、その後も会わなかった。この時になって尋ねると、言った。「別れた後、どこへいった。」妻は幽鬼の言葉を話して言った。「あの時、わたしは母を同行していたが、おまえが金を返さなかったので、母子二人して飢えて食を得られず、やっとの思いで江の辺にゆくと、賊がすでに大勢来ていた。江には渡し船があったが、わたしに金がなかったため、乗せようとしなかったので、母を背負って江岸に沿ってゆき、力尽きて倒れ、三昼夜呻吟し、母子ともに死んだのだ。死んだ時の苦しみを思うたび、おまえのことを骨まで恨み、十数年来揚州で探していたが、結局見つからなかった。後に蘇州にいることを知り、さらに蘇州で数年探した。今、会えたから、かならず命で償え。」甲は叩頭して謝して言った。「以前のことは、たしかにわたしの裏切りですが、わたしたち夫婦が死んでも、あなたがた母子がやはり生きられなければ、まったく益がございませんでしたし、お金をお借りしましたが、お命を害してはおりません。以前お借りしたお金を数倍にして、あなたのために功徳を施し、仏力に頼り、よいところに転生するようにお願いすれば、よろしいではございませんか。」幽鬼ははじめは承知しなかったが、その後、言った。「言うことも尤もだ、きちんとやってくれ。」甲はそこで銭を出して盛大に法事を行い、妻の病はほんとうに癒えた。中山君は言った。「与ふるは衆少[114]を期せず、その厄[115]に当たるにおいてす。怨は深浅を期せず、その心を傷ふに於いてす。」[116]甲と乙はすでにもともと通財[117]の誼があったのだから、危急の際、負債がなくても、財を分けて救うべきで、まして実際に負債があるならなおさらである。そこで「婦言これ用ゐ[118]」、骭(すね)毛(げ)[119]も抜かず、母子を流離させ、「溝壑に擠(お)とし」[120]たのだから、かれが九原[121]に恨みを呑むのは当然である。仏力によって以前の罪を消しても、わたしはなおかれが天寿を全うしたと保証できない[122]。

趙某は、蘇州の人で、兵乱の時、城外で滞り、頼るものがいなかった。農夫に李姓のものがおり、憐れんで留めたところ、趙は李の娘と通じた。李はどうしようもなく、婿にし、その家に婿入りさせたが、夫婦はなかなか睦まじかった。趙には季父[123]がおり、兵を寧波に避けていたが、人に命じて尋ねさせて趙の所在を知ると、招いてゆかせようとした。趙は妻と相談して言った。「わたしの季父はなかなかに資産があるが、今わたしを招きにきたから、わたしはひとまずさきにゆこう。いって落ち着いたら、おまえを迎えに来、おとうさんもお迎えしよう。」趙は寧波にゆくと、その季父は某家の娘を娶ってやることをもちかけた。趙は某女が美しいことを聞いていたし、嫁資もたいへん豊富であったので、欣然として従った。乱が収まると、季父に従って住み、再び蘇州に帰らなかった。光緒辛巳の春になり、趙がたまたま門の外にいって眺望していたところ、陰風が顔を吹き、全身に鳥肌を生じたので、部屋に入って布団を被って臥していた。夜半に突然うわごとを言った。「おまえと別れて二十余年、以前のことをまったく思わず、わたしの父は憤りを抱いて死に、わたしも怨みを呑んで死ぬことになった。このように裏切られたので、今回、神に願いを許してもらったのだが、まだ生きることを望むのか。」そう言うと絶命した。

揚州の市井に、王、陳二人がおり、いっしょに一つの店を開いていた。店の中では一匹の猫を飼い、毛色はたいへん美しく、両家はいずれもとりわけ愛していた。猫は一度に四子を産んだが、いずれもその母に似ており、一月を越えると、地に跳びはね、見るものはつねに注目していた。隣家の某甲がそのうちの一匹を求め、承諾されたが、母から離れられないので、持ってゆこうとしなかった。ある日、陳は外出し、王は疲れて仮眠し、陳の母、王の妻だけが坐して店を守っていた。すると突然、若者が跳びこんでき、二匹の小さな猫を奪って去った。母と妻はいずれも大声で叫んだので、王は目ざめて追い、某甲もいっしょに追った。まもなく、陳も来た。若者は追うものが三人であるのを見ると、逃れられないことを悟り、一匹の猫を路に捨てたので、甲は抱いて帰った。陳と王はやはり追いつづけたので、若者はたいへん困り、持っていた一匹の猫も棄て、二人は猫を抱いてともに帰った。若者はそれに気づかず、まだ追っているものがいると思い、狂奔してやまず、一人の妊婦にぶつかって地に倒れさせ、その身を踏んで過ぎた。そこで市場の人々は大騒ぎし、若者を遮り、逃れられなくさせた。妊婦を見ると、すでに絶命しようとしていたので、その夫を探してき、若者を縛って役所に送ったが、妊婦が死ぬと、法律通りに裁かれたという。ああ。魯では闘鶏によって昭公が出奔させ[124]、鄭は狗をけしかけて子陽を殺し[125]、小事が大災を起こし、微物が大禍を醸すことは、昔からある。これはまだその小さなものである。

某甲は、湖北の人で、揚州で塩商となり、内外丹[126]の術を談ずることを好んでいた。たまたま友と茶寮で飲んでいた時、一人の老翁が布を支えて店とし、その下で薬を売っていたが、一人の客が値を交渉し、齗齗[127]として収まらなかった。近づいて見れば、一つの何首烏[128]で、さながら人の形であった。値を尋ねると、銭四千にすぎなかった。たいへん喜び、金額通り与えた。友は言った。「これはきっと偽りだ。どうして何首烏が人の形になっているもので、値がこれだけであったものがあろうか。」甲は言った。「そうではない。仙人が薬を売る時は、縁があるか否かを問題にし、値は計算に入れないのだ。」抱えて帰った。その晩、花園に宿り、奥の間に入らず、翌日見ると、死んでいた。家人がたいへん驚き、そのわけを質すと、友は事情を告げた。すぐ人に命じて薬を売って翁を探させたが、行方は知れなかった。古詩にいう。「服食して神仙を求めば、おほく薬の誤る所となる。」[129]このことは真実である。

同治初年、滇中はたいへん乱れ、賊のゆくところ、人を殺すこと麻のようであったので[130]、白骨は野に満ち、通都大県は、すべて廃墟となった。乱が収まった後、生き残っていた民はすこしずつまた集まってき、屍骸を掃除し、茅屋を営んだが、今度は疫病が大流行した。疫病が起ころうとすると、その家の鼠がゆえなくひとりでに死に、あるいは牆壁の中におり、あるいは承塵の上におり、人の目が及ばないと、しばらくして腐爛したが、人がその臭いを嗅げば、病にならないことは少なかった。病はすべて突然起き、体にまず一つの小さな塊が盛り上がり、石のように堅く、顔色はかすかに紅くなり、摩るとたいへん痛んだ。すぐに体が熱くなってうわごとを言い、一日して死んだり、即日死んだりしたが、医者たちは手を束ねて処方できなかった。刀で割いて除くものがいたが、こちらで割けば、あちらでまた生じ、活きられる者は、千百人の中で一二人だけであった。疫病が盛んな最中(さなか)、村民はしばしば夜に鬼火を見、数百数千が、隊をなしてゆき、近づけば銅鑼の音、太鼓の音、鈴鐸の音、吹角の音、馬蹄の音、武器の擦れる音を聞き、月夜には旗幟の象があるのも見えた。また、人がしばしば地に卒倒し、熟睡しているかのようになり、翌日になって蘇れば、かならず兵馬が通った、かれらに捕らえられていって什物を搬送し、某所にいって戻ってきたと言った。さらにある人がいうには、伝牌[131]を担がされたが、牌に「××の官が兵を○○人帯び、某所に赴くので、沿道では法律通り供応せよ」と大書していたということであった。数日後になると、そこに書かれた某所某所で、かならず疫病があった。疫病が農村で起こり、蔓延して城市に及び、一家に病人がいれば、その左右の十数軒はすぐに引っ越して避け、路で倒れるものは数えきれず、結局免れられなかった。ひどい場合は一門がすべて尽き、家々はすべて空しくなり、小さな村にまったく人迹がなくなるにいたった。老子が「師の処るところ、荊棘生ず。」[132]というのは、ほんとうであった。馬星五観察駟良[133]は、雲南の人で、わたしにこのように説いたが、そもそもかれはみずからそれを見たのであった。観察はさらに言った。咸豊八九年[134]の間、李の樹がしばしば実らず、かえって王瓜[135]を生じ、楸樹[136]はもともと実がないのに、豆のような実を結び、奇を好むものはそれを収蔵していた。その後、疫病が起こったが、百薬は効かず、ある人が、李瓜、楸豆は、昔から聞かないが、天地がこの奇物を生じているのだから、無用のものではあるまい、この奇病を治せるかもしれないと言った。試すとほんとうに験があった。しかし当時収蔵するものは少なかったので、得るのは容易でなく、得たものは愛惜すること参苓[137]にまさっていた。近年来ひさしくこの病はなく、李と楸が瓜や豆を生ずることももはや見られない。このことからは、天の心は仁愛であり、大難の中でも、挽回[138]の思いを寓していないのではないことが分かる。

葉某は、呉の人で、中州で官となった。三人の息子がおり、いずれも十齢前後におり、年が近かった。ある日、庭で戯れ、その仲子は手ずから一本の鉄釘を取り、末っ子に言った。「ぼくの釘が発射すれば、すぐ弩箭[139]になり、おまえの目に中たるだろう。」末っ子は言った。「兄さんそうしてごらんなさい。」仲子が片手を挙げると、釘はすぐ飛び去り、仲季二子は去ることなかなか遠く、間に一人を隔ててもいたが、釘はなんとこの人の腋の下を通り過ぎ、飛んで末っ子の目に中たった。眼はすぐににわかに出、大きさは鶏卵ほど、五色は爛然としていた。さいわい繋がってきれておらず、累然として下に垂れること四五寸になろうとしていた。末っ子は走って奥の間に帰り、その母に飛びつき、母はたいへん驚き、手でその睛を握り、収めて眼窩に入れた。末っ子ははじめ痛みに気づかなかったが、この時になってはじめてひどく痛がって倒れ、しばらくして蘇った。後にさいわい恙なかったが、目は見えなくなった。騒いでいる時、突然仲子の所在を失い、大捜索すれば、神廟におり、額を地に打ちつけて[140]稽首[141]し、その弟が死なないことを願っていた。扶けて帰ったが、顔色は灰のようで、額に血は漉漉然としていた。その母は責めるに忍びず、かえってやさしい言葉で慰めた。これは鬼神がそうさせたのだろうか。

潘氏は、徽州の豪族であった。その族人が譜牒[142]を調べて見ると、乾隆年間の一族の中にある一人の娘が杭州で歿し、すぐ城外に仮埋葬されたが、今はまったく子孫がいないことを知った。この妻は生前なかなかその族人に恩恵を及ぼしていたので、一族を挙げて集まって謀り、その骨を帰らせ、その夫の墓に合葬しようとした。そこでともに金を集め、一人をゆかせた。その人は光緒七年[143]四月に杭州になり、譜牒[144]の記載に従い、その葬るところを探したところ、ほんとうに見つかった。開いて見れば、その棺は楠で、形はなお完全だったが、その底はすでに朽ちていた[145]。亡骸は棺の中に臥し、容色は活きているかのようで、衣服も腐っていなかった。見るとその棺と題識[146]は、そもそもすでに百二十八年のものであったが、さながら死んだばかりの者のようであった。そして担いで新たに作った棺に置いた。その仕事に関わったものがおり、見ると亡骸は右手に小さな盒子を握っており、封はたいへん固かったので、盗んで懐に入れたが、何か分からなかった。ある人は言った。「その中には宝珠があり、亡骸が腐っていなかったのは、そのためだ。」呉下に邵氏の旧僕がおり、ほんとうについてゆき、みずからことを見、帰って奴たちにこのように語ったのであった。

李石泉孝廉は、銭唐の人で、道光丁酉[147]科郷試に合格し、わたしと同年生まれであった。初名は人傑であった。まもなく、湖北に反逆者鍾人傑[148]というものが現れ、石泉は同名であることを望まなかったので、峩と改名した。ある人は言った。「『峩』の字は、『山』が『我』の上にあるが、『山』が『我』を圧していては、どうして安らかでいられよう。この名を変えなければ、きっとたいへん不吉だろう。」石泉はその言葉に従わなかったが、年を越して結局亡くなった。按ずるに『太平広記』[149]が引く『感定録』にいう。進士李岳は、試験のたびに合格せず、夜に夢みると、人が言った。「頭の上に山があるから、どうして及第できよう。」目ざめると、岳と称することができなかったので、言と改名したところ、合格した。これは石泉のこととまさに似ており、ある人が言ったことは、見識がないことではない。

『通俗文』[150]にいう。「寝言を寱といい（引用が『一切経音義』に見える）」、字は「囈」にもつくる。『拾遺記』[151]に、「呂蒙が囈語(うわごと)で『周易』に通じた」というのが、それである。今人にもしばしばそうしたことがある。湖北に一人の娘がいたが、夫に受けいれられず、夫は外出し、妻を棄てて顧みなかった。妻は貧しく暮らして自活し、二心を持たなかった。夫はたまたま帰り、ともに寝、妻がうわごとを言うのを聞いたが、家事を処理し、まめまめしくしていたので、夫はたいへん感動し、言った。「諺に『柴米夫妻』[152]というのは、本当だ。」そしてはじめのように愛して重んじた。これも至誠が物を動かすことの一証である。また、貴家の妾がおり、普段正妻に仕える時、いつわって恭敬にしていた。夫は人がいないところで慰問し、言った。「妻はおまえをどのように待遇している。」するとつつしんで答えた。「たいへんよくしていただいております。」しかし睡眠中、啽囈[153]呻呼[154]すれば、かならず正妻に責められ、恐れて憐れみを請うているようで、恐れおののくこと万状であった。夫が呼んで尋ねると、笑って言った。「ほかでもございません。うわごとでございます。」つよく尋ねたが、結局語らなかった。夫は嘆いて言った。「ここまで猛威に脅かされているのか。」そのためだんだん妻を疏んじたが、実は妾のうわごとは、すべて偽ってしたものであった。これは驪姫が夜半に泣いたことと比べ、下心がさらに陰険である[155]。その妻は結局これで鬱鬱として病となって死に、死に臨んで侍者に言った。「わたしは死ぬが、絶対にこの妾に志を得させまい。」まもなく、妾も死んだ。

光緒辛巳歳四月、蘇州西米巷[156]の民家で、雌豚が一匹の豚を産んだが、一首、二身、二尾、八足であった。その家は不吉と思い、殺して水に投じた。乞食たちが取って食らったが、特段異常はなかった。按ずるに『明史』の天啓四年[157]、楡林で豚が生まれ、一首、二身、二尾、八足であったとあるが、事はこれと似ており、五行家が豕禍[158]というものである。紀文達がみずから言うには、漢儒の学で、もっとも五行の説を信じないそうだが[159]、わたしもそう思う。そもそも孔子は『春秋』を作り、異変を記していないわけではないが、劉向、董仲舒諸儒の説などはかならず、ある異変がある事の験であると考えており、これは付会がないとすることはできないし、矛盾がないとすることもできない。『明史·五行志』はただ祥異を記し、応験を載せていないが、見識が優れている。

張家の子は、楚人で、生まれながらにして奥ゆかしく、父母はとりわけ愛していた。年が十六七のとき、突然、神がかれの身に憑き、言葉は尋常でなくなり、歌ったり泣いたりして節度がなくなった。ふだんは美しくて処女のようであったが、この時になると飛んだり跳ねたり、猴よりも敏捷になり、百尺の樹でもその頂に登れ、隆楼傑閣[160]を見ること、几案のごとくであった。楚の民間では、神に憑かれたものは、たとい巫でも、田舎の人はみな信奉し、得るものはなかなか豊富であった。その父母はまったくそうしたことをしようとせず[161]、つとめて神に願い、言った。「倅は小さく、神さまにお仕えするのに十分でございませんから、神さまにはお棄てになるようにお願いします。」神は承知しなかった。そこで家族姻戚の長老を集め、前で羅拝[162]し、ますます哀願したところ、神はその子に憑き、言った。「人々がしつこく求めているから、去るとしよう。ただ、この子は長生きできない。わたしがいれば守れるが、わたしが去れば免れないだろう。」そう言うと、ほんとうに去った。その子は年を越して亡くなり、人々は神の言葉を本当だと思ったが、この子はすでに精神が散漫になっていたので、邪が乗じたのでないとどうして知れよう。その子が言うには、神がはじめて降った時、猴のようなものがいるを見たとのことであった。猴の精なので、このように敏捷だったのかと疑った。

楚人に新婦を娶るものがおり、部屋に導き入れ、合卺の礼を行おうとするとすぐ、新婦は突然発狂し、歓呼し、奔走し、衝突した。家を挙げて皇皇[163]とし、なすすべもなく、やむをえず、その父を迎えてきた。新婦はそれを見ると、声を荒げて言った。「おまえは来たか。」父が伺うと、そもそもかれの兄の声であった。それより前、その父は兄がはやく死んだ時、二人の子を託せられたが、その資金を横領し、兄の子を虐待し、その一人を殺したので、この時になり、その兄の幽鬼が新婦の体に憑き、逐一その罪を責め、父は俯いて一言も発せなかったのであった。夫の家の人々は責めて言った。「この娘はわたしの家に嫁いだのだから、わたしの家の人であり、もはやおまえの家と関わりはない。それにこの娘が家にいた時、おまえはどうして憑かなかったのだ。今、人の家の婚礼を乱すのは、よくないのではないか。」幽鬼は言った。「この娘が家にいました時、わたしが憑きましても、誰がそれを聞きましょう。今、両家の家族と姻戚がいずれもいらっしゃり、是非曲直にかんしてかならず公論がございましょうから、無礼を辞さず、憤懣を述べたのでございます。どうか長老たちは哀れみ、善処なさってください。」人々はその父に言った。「あなたはほんとうにひどい。これ以上言うことがあるか。」そしてかれが横領したものをすべて返させ、さらにその兄の子を召して来、一族の中の長者を選び、育てさせ、かれが成人するのを待たせた。幽鬼はさらに新婦に憑き、叩頭して礼を言い、去った。後に事件はなかった。しかしその父はそれから郷里で蔑まれた。

湖北江夏県[164]の民祝某は、兵乱の時に一人の娘を娶ったが、江西の人で、寡婦であった。しかしこの妻は祝家に嫁いでから、たいへんその夫を敬愛し、よくその舅姑に事え、相嫁や小姑は不平がなかった。さらにたいへん勤勉で[165]、およそ女の仕事でふだん慣れていないことでも、かならずつとめてそれをおこなったので、一家はみな喜び、賢い妻を得たと思い、再婚だからといって軽んじなかった。数年すると、突然、急病を得、幽鬼が憑いて語り、かれの不義を責めた。様子をみると、かれのもとの夫であった。祝家の人は、囲んで祈って言った。「このような戦乱ですし、あなたも早世されたのですから、ひとりの寡婦は、頼れるものもございません。操を守れなかったのは、嫁の罪ではございません。」幽鬼は言った。「そうではない。わたしは死ぬ前、操を守れるかと尋ねたが、このものは嫁がず、わたしの老母を世話することをみずから誓っていた。しかしわたしの体が冷たくならないうちに、すぐに裏切り、わたしの老母が路頭に迷うこと、飢寒に死ぬことを招いたので、わたしは九原で恨みは骨髓に徹しているのだ。今、会えたから、かならずかれの命を取ろう。あなたの家がこの妻を憐れむなら、葬儀を営んでやればよい。医者や巫を招くな。無駄金を費やして益はなかろう。」妻は数日病んで結局死んだ。この妻は祝家にいる時たいへん賢かったから、その前夫に仕えたときはきっと無礼はなかったろうが、約束に負いたために責められ、すみやかに誅せられたのであった。伝に「食言[166]するものは病まず」[167]というが、死を恐れ生を貪るものの戒めとなせる。

道光年間、安徽太和の県令某君の幕客に扶箕[168]できるものがおり、長い夏にする事がないと、かならず友人たちと箕仙を召し、詩歌を唱和して楽しみとしていた。ある日、仙が来、詩を作って言った。「城郭人民は昔時に異なり、戦場の衰草なほ離離たり。平生家国無窮の恨み、清潁亭辺夜月知る。」みずから「蘧蘧子」と署していたが、人々は誰か分からなかった。箕筆はさらに書いて言った。「諸君は李栩[169]がいることを知らないか。わたしが栩だ。」人々は言った。「お尋ねしますが、いつどこのかたですか。」箕は言った。「旧事を回想すれば、今になっても心は痛む。諸君はもとより物好きで、すこし言うことを妨げない。わたしは明の万暦末年、明代の潁州は鳳陽府に属しているので、わたしは潁州の人であった。わたしの父は名を精白[170]といい、官は山東巡撫であった。その時に魏忠賢は専権し、督撫に知らせ、祥瑞を上申させたが、山東の民間で、たまたま牛が一匹の犢を生んだところ、そのありさまが怪異であった。わたしの父は同僚に惑わされ、麒麟が生まれたと朝廷に知らせ、閣臣[171]は票旨して[172]『廠臣[173]修徳[174]すれば仁獣を生ず』と言った。海内の忠義の士はそれを聞いて憎み、わたしの父は清議[175]に話題にされなくなった。思陵[176]が登極し、逆奄[177]は誅に伏し、詔して逆案[178]を定め、わたしの父はそれに加えられた。わたしはほんとうに心の中で悲しんだので、思うに『周書』に『なんぢなほ前人[179]の愆(つみ)を蓋(おほ)ふは、これ忠これ孝。』という。だとすれば『父の蠱(みだれ)を幹(ただ)す[180]』のは、ただ忠孝だけである。読書して古の忠臣烈士のことを見るたびに、みな慷慨太息した。崇禎八年[181]、流賊が潁州[182]を陥れ、わたしは犬死には無益だと思い、逃げて免れた。山東に走り、旧時の部下を招集し、死士数百人を得、ともに帰り、潁州を恢復した。また賊と茨河鋪[183]で戦い、大敗した。また焦陂集[184]で戦い、賊魁闖塌天[185]を捕らえ、賊はそのため潁州を侵そうとしなかった。わたしは潁州を守ることおよそ八年で、名は江淮に轟いたが、後に降賊袁時中[186]が再び叛したため、わたしは不意を突かれ、殺された。死をもって国に報いたのだから、また何を怨もうか。ところが賊の中に李信というものがいようとは思わなかった、かれはもと杞県の挙人で、賊に降った後、岩と改名し、人を大勢殺さないようにと闖賊につとめて勧め、人心を収めた。また『闖王を迎えれば、糧(ねんぐ)を納めることはない』の歌を作って、人々の耳を惑わし、名を賢書[187]に列ねながら、甘んじて賊党となったのは、人でなしであった。しかしかれは李信、わたしは李栩、かれは河南開封府杞県の人、わたしは直隷鳳陽府潁州の人で、風馬牛のように関わりはない。さらにわたしはみずから不学を恥じているし、若い時は紈絝の子弟[188]で、馬を走らせ、剣を試みることを好み、賭博し、酒を飲み、ときどき幕府の客人たちと詩歌を作り、酒の後に耳が熱く[189]なれば、抜剣狂歌していただけだ。まじめに読書し、場屋[190]の試に応じ、孝廉[191]の科に合格してもいない。しかし世を挙げて誤りを伝え、結局わたしを李信だといい、数百年来、牢固として破れられず[192]、当時賊の中にいた李信は山東巡撫李某の子であったとみな言っているのだ。ああ。わたしの父は生前すでに世に罵られていたので、区区(わたし)は心から微躯(わがみ)を棄てて父の汚名を晴らそうとしていた。姓がたまたま同じであるため、梟鸞[193]が弁ぜられず、九原に怨みを抱くことを致したもので、どうして尽きる時があろう。」そこでさらに一首の詩を作って言った。「この恨み竟に終古、人の一討論するなし。由来青史の上、大半これ冤魂。」このことは、わたしが昔徽州にいた時、晏白華[194]茂才[195]に聞いたことで、記録した一枚には、李栩が戦ったことがたいへんくわしく述べられていたが、今は失われている。按ずるに『明史·魏忠賢伝』に「海内はあらそって様子を窺って諂い、諸督撫の大吏閻鳴泰、劉詔、李精白、姚宗文らは、あらそって頌徳祠を建てた。」とあるので、この李精白はもとより奄党[196]であった。さらに、「山東で麒麟が生まれ、巡撫李精白は像を描いて奏聞した」とあるので、麒麟の一件もほんとうにあったのである。崇禎二年[197]、逆案を定めた時[198]、巡撫尚書李精白は又次等[199]に列ねられ、三年の徒刑の判決を受け、贖われて庶民となったことは、『崔呈秀[200]伝』に見える。李精白の人がらは、もとより論じるに足りない。また『流賊伝』[201]を調べると、杞県の挙人李信は逆案の尚書李精白の子が自成に投じ、岩と改名したものだとあり、史書はもとより李信を李精白の子としているのである。ここにいう李栩とは誰か。わたしははじめ箕仙の詩文は、物好きが作ったもので、依拠するに足りないようだと思っていた。しかし後に朱蘭坡[202]先生編輯の『国朝古文匯鈔』を見ると、范光陽[203]『双雪堂集·李栩伝』の一篇があり、なんと箕の言葉と合っていた。范光陽は康熙戊辰[204]の進士で、明末から隔たること遠からず、その伝聞は、きっと根拠があろう。わたしは『李栩事存疑』の一条を、すでに刻して『壷東漫録』に入れた（『兪楼雑纂』第四十巻）[205]。疑うらくは、李精白は逆案の人で、海内に切歯せられていたので、李氏の子が賊に従ったことを聞いたものは、みなこれはきっと李精白の子だと言ったのである。実は李精白の子はこの李栩であって、李信ではなく、『明史』を編修した諸公も、これを知らなかったのである。ただ、李精白は魏忠賢、崔呈秀伝を見ただけでは、杞県か潁州かいずれの人か分からず、このことは今まで定めることができていない。光緒辛巳年、汪柳門[206]侍読[207]は西湖の学海堂[208]で主講[209]し、わたしとしばしば交際していた。わたしは柳門の前職が少司成[210]であったので、前明の進士題名碑を持っているか尋ねた。翌日、刻本数冊を示されたが、そもそも完全なものではなかった。わたしははじめ李精白が何科の進士か分からなかったので、任意に一冊を取り、何気なく捲ると、すぐ李精白の三字が見つかったが、万暦癸丑[211]科三甲九十五名進士[212]で、河南潁州衛軍籍で、直隷潁州の人であった。だとすれば、杞県の李信はほんとうにかれの子ではない。さらに河南潁州衛軍籍で合格しているので、世が杞県の李信をかれの子とし、誤りが伝えられることとなったのも理由のないことではない。数年の疑いは、一朝にして解けた。そもそも李栩は貴族の子弟であったので、私財を抛って国難を救い[213]、国のために身を棄てたが、これも奇士であった。その箕に下った言葉を見ると、毅魄[214]英魂[215]は、今にいたっても滅びていない。わたしはこのように考証してあげたのだから、かれを九泉で慰めるに足りるだろう。

直隷清河の道署は、言い伝えでは、明末の時に三十六人がここで死んだという。今でも署中に一室があり、三十六忠臣の位牌を設けて祭っているが、本当かは分からない。しかしここに住むものは、おしなべて不幸になったので、住まないように戒め、民家を借りて公館にし、官署はむなしく設けられていた。同治年間、陳作梅先輩鼐[216]が清河道[217]で官となったが、鬼神の説を信じず、毅然としてそこに住み、まもなく結局在任中に亡くなった。そこで後任者は、やはり家を借りて住んだという。わたしは忠義の幽鬼は、祟りをなすはずがない、ながく荒廃して住まなかったので、妖鬼に占拠されたのだろうと思う。「空しい穴に風がくる[218]」とは、このことである。

昆明の趙蓉舫先生光[219]は、先大夫の丙子[220]の同年であった。同治年間、大司寇に在任中に薨じた。その頃、直隷で某官が命を奉じて正定[221]から帰ろうとし、車に乗って夜に進んでいたところ、ふと見ると、緑の幃がある大きな轎が北から来た。導く者は一台、従う者は二台、馬前に二つの提灯があり、「刑部大堂」の四字が書かれていたので、訝って言った。「夜が深けているのにどうして顕官が通ることができるのだ。それに道沿いに供帳[222]するものが見えないのは、どうしてだ。」省城にゆくと、趙公が亡くなったことを知ったので、遇ったのは人でなかったことを悟った。畿輔から南へゆき、滇南の原籍に帰ったのだろうか。

『礼記·祭法』にいう。「大夫以下群れをなして社を立つる、置社[223]といふ。」鄭は注していう。「百家以上ともに一社を立つる、今時の里社これなり。」これは後世が土地神を祭ったはじまりである。城隍にいたっては、春秋の時の四墉[224]の祭に始まり、あるいは『礼』の「坊と水庸[225]」を引いて証としている。しかし孔穎達[226]はいう。「坊[227]は水を畜ふる所以にして、また以て水を障(さへぎ)る。庸は水を受くる所以にして、また以て水を漏らす。」だから農村の溝塍[228]は、城隍[229]ではないのである。そもそも土地の包含するところは広く、城隍も土地の一端にすぎないので、土地は大きくて城隍は小さいのは当然である。しかし城隍はかならず一州一県に一つあり、土地は小さな村の中にもないところはなく、これは城隍神が土地より尊いからである。城隍と土地はいずれも地祇であり、人鬼[230]ではないが、古は句龍[231]を社に配し、王粛[232]の仲間たちはみな社は句龍を祀るというので、呉越[233]が龐玉[234]を城隍としたことなどは、もとより怪しむに足りない。わたしの書の記載、たとえば閔斗陽[235]司馬が雲南府の城隍となり、蔡駿甫[236]大令が即墨県[237]の城隍となり、話者はみな真であって嘘でないといった。今また、門下の士鄒鏡堂宝恵がかれの妻の父丁溓甫先生[238]のことを語るのを聞いたので、また記した。溓甫は名を紹周といい、江蘇丹徒の人、道光庚戌科進士[239]で、同治年間に浙江を視学し、仕事中に亡くなった。亡くなった後、かれの妻の蔡夫人が夢みると、溓甫が来たが、牙旗[240]儀傘[241]は、なお生前のようであった。尋ねると、杭州府城隍となれたと言った。かれの娘は鄒家に嫁ぎ、鏡堂の妻であったが、死にそうになる一年前、夢みると、婦人が来て命を取り、その後、難産で亡くなり、鏡堂は思って忘れなかった。たまたまよく扶箕[242]するものがおり、李少君[243]の術があるといったので、招かせたところ、ほんとうに箕筆に憑いて言った。「過去生では医者で、誤って一人の妊婦を殺しましたので、今きて償いを求めました。すでに命を償いましたので、苦しみもなくなりました。父は現在杭州府城隍となっており、死後父のところにおりますので、たいへん安楽にしております。わたしのことを思われますなら、手紙を書いて人に持たせ、呉山[244]の城隍廟に赴いて焚かせれば、かならず届けることができましょう。」鏡堂がその言葉通りにしたところ、ほんとうに夢に妻が来、手紙の言葉を述べるとすべて合っていた。思うに庾元規[245]に『孔坦に追報[246]する書』があり、劉孝標に『重ねて劉沼に答ふる書』があり、古人は生死によって心を変えず、亡くなった者に手紙を送ることも、しばしばあった。しかし黄泉路は茫茫とし、誰が手紙を届けてあげよう。わたしは鏡堂の夢も『周礼』のいわゆる「思夢」[247]にすぎまいと思う。一枚の書が、九原に達することができれば、幽明が隔たり、音信はやはり通じることになり、どうして「古者(いにしへ)民神雑じらず[248]」の義であろうか。溓甫の人がらにいたっては、粋然として古の君子で、歿して神となったのも、当然であった[249]。思うに癸酉[250]の春、杜蓮衢[251]侍郎とともに溓甫のところで飲んだことがあるが、三人はいずれも庚戌[252]の同年であった。溓甫は、この時はまだ恙なく、酒の後、『蜀遊草』一巻を出し、わたしが点定する[253]ことを頼んだが、数ヶ月足らずで、病むことなく亡くなった。庚辰[254]の歳になり、蓮衢も道山に帰し、わたしだけが残り、思えば人琴の感[255]に勝えない。後日、呉山に登り、城隍の祠宇を見、平生の言葉を追思し、腹が痛むことがないことができようか。

石門[256]の呉又楽大使康寿[257]は、咸豊三年[258]、夢みると、吏が公文書を持ってきて招いたので、すぐついていった。あるところへゆくと、大官の官署のようであったので、入った。見ると一人の官員が南面して坐しており、侍する者はたいへん多かった。吏は又楽を引いて案下にいって跪かせたので、ひそかに堂上を伺うと、「威霊公」の三字の額が掛けられていた。威霊公は、その県の城隍神の封号であった。又楽はみずから死んだことを悟り、すぐに恐れることをやめたが、神はかえってひどく慌てているようにし、吏に命じてかれを引きださせた。又楽は大声で言った。「お尋ねしますが、何の罪で捕らえられたのでございましょう。」神は言った。「ほかでもない、吏が発した文書がたまたま誤っていたのだ。」又楽は言った。「あやまってこちらに捕らえられてきたからには、尋ねることをお願いします。これから先、寿命があとどのくらいございますかを、お示しいただけましょうか。」神は五本の指を伸ばして示した。又楽は目ざめると、五本の指はきっと五年のことだとみずから思った。その年は、二十七歳であったが、三十二歳になると、死ぬと考え、身後のことはすべて処置してやり、死ぬのを待った。年が改まると、結局恙なかったので、そのことを知るものは、みな又楽に言った。「五本の指は、五十年だ。あなたはかならず高齢になれよう。」光緒辛巳の年、又楽はわたしの春在堂を訪ね、わたしにこのように語った。又楽の六世祖諱之振[259]は、字を孟挙、号を黄葉老人といい、国初の詩人であった。又楽はかれの詩集十巻を刻し、さらに漁洋、鈍翁諸公の唱和した詩を補刻して巻末につけた。冠蓋[260]の中にこうした風雅な物好きがいることも、多くは見られない。

又楽は言った。光緒庚辰年[261]に青浦県を治め、公務で農村にゆき、舟を月城鎮[262]に泊めた。その時、夕陽は樹に掛かり、炊煙が四方に起こっていた。窓に凭れて眺めれば、舟から隔たること数十歩ばかり、岸に沿って竹籬があり、籬の内外に男女数人がおり、あるものは坐し、あるものは立っていた。さらに童子が六七人おり、かれらの間で戯れていた。するとにわかに一人の童子が足を滑らして水に落ちたので、男女はみな驚いて振り返った。しかし岸は切り立っており、けっして下りられなかった。又楽は舟を動かして救おうとしたが、纜は杙にたいへんかたく繋がれていたし、長年三老[263]はみな飲み屋に散っていて、すぐに集めることは容易でなかった。驚いていると、突然、狗が水に跳び込み、童子の衣を銜え、対岸に泳いでいった。そもそもこちらの岸は切り立っていたが、向う岸は傾斜があって登れたのであった。狗が童子を引いて上陸すると、かれの家人も走ってき、抱きあげたので、さいわい恙なかった。又楽はたいへん驚き、人に命じてその家人を召させて尋ねれば、その家にはただこの一子がいるだけで、もし水死すれば、子孫がなかった。狗はまさにその家が養っていたものであった。一匹の普通の狗にすぎないのに、水に入ってその幼い主人を救えたのであった。古に義犬がいたが、この犬のことである。又楽は従者に命じて肉と飯で養わせた。後に人が語るのを聞いたが、竹籬の中の男女のなかに、その一族のものがおり、この子が死んでその資産を得ることを狙っていたそうである。又楽は嘆いて言った。「人でありながら犬にさえ及ばないことができようか。」

咸寧の樊家の子は、わたしの親家[264]玉農[265]観察の遠戚であったが、若くして無頼であり、飲酒賭博を好み、家業に従事せず、四十歳あまりで死んだ。某というものがおり、その袒免の兄弟[266]であったが、樊の子の幽鬼が、突然かれの家へいって祟った。某は言った。「わたしはあなたともともと仇がなかったのに、どうして突然祟るのだ。」幽鬼は言った。「わたしは死んで子がいなかったのに、跡継ぎを立ててくれなかったのは、どうしてだ。」某は言った。「あなたがかってに死んだので、妻子を養わなかったのは、わたしの罪ではない。それにわたしはあなたと遠いが、某某はあなたの近い親戚ではないか。跡継ぎを立てようとするなら、かれに憑いて求めてはどうか、わたしに祟ってどうする。」幽鬼は言った。「そうではない。わたしは田地がないから、だれがわたしの跡継ぎになろうとしよう。近い親戚も、どうしようもない。あなたは実際に一族のことを取りしきっているから、あなたの一言を得れば、うまくゆくのだ。」そもそも樊家は咸寧の大族で、族長一人の外、さらに執事数人がおり、一族の中のことはすべてかれが取りしきり、某はその一人であった。そこで語った。「たしかにわたしの責任だが、あなたは生前まったくこのことを考えなかったのに、今はどうして急いでいるのだ。」幽鬼は言った。「わたしは生前たいへん誤り、日々逸楽を謀り、子を持つか子を持たないか考えず、死んだ後、先祖の霊に責められ、祖宗の血食はわたしで絶えると思ったのだ。あなたがわたしのために跡継ぎを立てなければ、わたしは先祖の霊に顔向けするすべがない。」わたしは族人に言い、その近い親戚一人を選んでその跡継ぎとしたところ、幽鬼ははじめて去った。これをみると、「鬼もなほ食を求む」[267]であり、古の言葉がでたらめでないことが分かる。「滅ぶるを興し絶ゆるを継ぐ[268]」のは、先王の仁政で、「宗を敬ひ[269]族を収む[270]」は、古人の良法である。魂は昇り、魄は降り、泯然として知ることがないとはいえない。

銭唐の茂才張亮采の妻魏氏は、嘉慶丙子[271]の挙人、湖州府の訓導で名を彭年というものの孫娘、咸豊壬子[272]の挙人、両淮候補塩大使で名を大縉[273]というものの長女で、同治癸亥年[274]に亮采に嫁いだ。翌年七月、亮采が病むと、魏は股の肉を切って進めたが、結局効果がなかった。亮采は死にそうになれると、泣いて魏に言った。「死んでも特に怨みはないが、両親が健在なのに、最期までお仕えすることできないのは残念だ。おまえが女でありながら男子に代わることを願う。」言うとその後亡くなった。魏が死にそうになると、人々はその夫の遺言によって励ましたので、死ななかった。舅姑に仕えてきわめて孝で、姑が病むと神に祈り、身をもって姑に代わることを願ったところ、病は癒えた。己巳年[275]になると、舅が亡くなり、光緒己卯年[276]、姑が亡くなった。魏は嘆いて言った。「わたしの仕事は終わりました。」その年の三月二十三日に薬を呷って死んだが、年は三十八であった。その姑の死を隔たること、わずか十八日で、その夫の死を隔てること、十六年であった。死後、遺篋を調べたところ、その親筆の手紙一通が見つかったが、亡くなった姑の窀穸(はか)をたいへんくわしく準備しており、そもそもかれの死ぬ意志はもともと定まっていたのであった。わたしは昔河南を視学した時、嵩県[277]の符烈婦牛氏は、夫が死んだ後、舅姑を世話し、嗣子を教え、舅姑が天寿を全うし、嗣子が成人すると、縊れて死んだ。有司はくわしくそのことを上申し、わたしは手ずからその文書に批語を書いて言った。「妻は十三年の久しきを経て、ついに初志を遂げ、従容として義に就いた[278]が、心は金石のように堅かったといえる。」『符烈婦伝』一篇があり、『賓萌集』に収められ、今、魏に関しても言おう。

丹徒の鄒晴郊宝麒[279]は、若い時、生きている人でありながら冥土で働いているものに遇ったが、こう言われた。「あなたは、前生では胥吏で、罪過はなかったから、今生も安楽だが、寿命は長くない。」光緒戊寅年[280]、杭州で寒湿の病を得、左膝を屈伸することができなくなった。医者はつよく治療しすぎたため、肝風[281]がはげしく起こり、両目はいずれも盲となった。晴郊は神に祈り、寿命を一紀減じ、両目がまた見えるようになることを願ったところ、その後、ほんとうに癒えた。辛巳年正月になると、その父は大病し、晴郊もまた神に祈り、自分の寿一紀をその父に貸すことを願い、父の病は癒えた。この年の三月十九日、晴郊は突然病に罹り、みずから助からないことを悟り、家人に言った。「わたしは寿命がもとより長くなく、去年眼病を治すために、寿一紀を減じ、今また父の病のために一紀を減じたので、わたしの運命はこれで尽きた。」どうして知っているかと尋ねると、言った。「神が名簿をわたしに示したのだ。」二十五日になり、笑みを浮かべて亡くなった。かれの兄鏡堂は、わたしの門下の士で、このこと載せて筆記に入れることを願った。わたしは第九巻で王孝子継穀のことを載せたが、これも寿命を減らしてみずから年を増すことであった。これらのことを借りてわたしの書を輝かし、衰えた筆墨に光あらしめることとする。

最終更新日:2011年11月12日

右台仙館筆記

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