右台仙館筆記/巻三

わが門下の士蒋沢山孝廉は、崇明県にいって試験答案審査を助けた。仕事が終わり、文廟を参観していると、両廡[1]の先儒の中で湯文正公[2]の位牌が欠けているのを見た。学官に尋ねると、学官は言った。「この地で、昔、五通神が祟りました。民間では五通の祟りを受けるものは、かならず学校の門番に向かって言明し、湯文正の位牌をひそかにみずから招いてゆき、その家で祭れば、祟りはおのずと去るのです。昔からこのようでございます。わたしたちは学校を主管しておりますので、十余日ごとにかならずきてじっくり見、文正の位牌がしばらくしても帰らなければ、門番に回収を催促するだけで、禁止することはできません。」そもそも呉中では五通が文正に禁絶せられてひさしいが、崇明や海外の地では、当時、すべてが従ったわけではなかったかもしれない。それでも、死後の栗主[3]が、なお奸邪を懾伏させるに足りているのは、かれの正気がもとより長く天地の間に存しているからである。

蘇州の人陶阿尼は、生まれつき賭博を好み、賭博してしばしば負け、有り金は尽きていた。取りもどす計略もなく、踽踽[4]としてひとりゆき、知りあいに借金しようとした。突然人が後ろからかれの肩を打って言った。「阿尼は負けたのか。」振り向けば、すでに死んだ友人の朱大であった。陶はたいへん恐れた。朱は言った。「君に禍しない。君がわたしの骨を葬れば、君が賭博するのを助けよう。」陶は承諾した。朱はそこで大金一錠を出し、言った。「これを持って賭場に入り、白虎門[5]をおさえれば、かならず勝とう。さらに得たものですべて白虎門をおさえれば、また勝とう。四度でやめ、あまり欲を出すな。」陶はその教えに従い、ほんとうに大勝ちし、夜が明けると、腰巾着は累累としていた。見るとその中に紙錠一つがあり、故人が貸した最初の賭銭であった。野を探すと、かれの棺が見つかったので、地を売って葬った。

天津市中の無頼の若者は、しばしば賭場で規例銭[6]を求め、博徒たちも気持ちよくそれに応じている。しかしそれをはじめて得るのは、なかなか容易でない。わたしは天津に寓居していた時、荒仕事する田升日が賭場に往来していた[7]。ある日、酔漢が昂然として来たが、上に衣がなく、下に褲(ズボン)がなく、ただ一尺の布で下半身を覆っているばかりであった。一たび賭場に入ると、すぐほしいままに罵ったので、博徒は大勢で起き、それぞれ白木の棍棒を執って痛打した。しかし、打つ者はそのまま打たせ、罵る者はそのまま罵らせ[8]、体に完膚がなくなるにいたり、気息が存するばかりになっても、なお喃喃と罵りつづけた。そこで人々は嘆いて言った。「好漢だ。好漢だ。」小児の便を飲ませ、さらに温水でその血の汚れを濯ぎ、背負って開帳している者の家に帰し、それから月々規例[9]を払った[10]。この人は、もしやいわゆる「北方の強」[11]か。

歙県汪氏の妻は、十六か月孕んで一子を産んだが、体はたいへん肥えており、齦(はぐき)には歯、頬には髯があり、目は炯炯としていた。みな恐れ、棄てようとした。その母は忍びず、やはり包みにしてやると、子は泣かなくなったが、食らいもしなかった。哺乳すること六七日目になり、みな活きるはずはないと思い、屋内に置き、真夜中を待って河に棄てようとした。晩になると、突然唖唖と声がし、見れば、両手で土を掬って食らっており、その体はにわかに大きくなっていたので、自然に任せた。一月あまりすると死んだ。人々が集まって見ると、さながら廟の土地[12]の塑像のようで、身長は二尺八寸、長さ一寸ばかり、測ると重さは二十一斤であった。

京師のある大家は、資産に富み、一人の下女を雇っていたが、昌平州の人で、服務して年を経ていた。性質はたいへん聡く、主人の心を得られていたので、女主人はたいへんかれを信頼し、金帛の所在は、すべて知らせていた。ある夜、真夜中を過ぎると、盗人が六人、屋根から下りてきたが、みな顔を塗り、刃を持っていたので、しもべたちは驚いて逃れた。この女は声を聞いて走り出、盗人に捕らえられた。盗人は刃をかれの頚に擬して言った。「お前の主人はどこにいった。」「内班[13]の当番で帰っておりません。」盗人はその仲間に指揮して言った。「はやく女主人を縛ってこい。」女は跪いて泣いて言った。「女主人はわたしをあつく遇していますから、どうか脅かさないでください。わたしが身をもって代わることを願います。」盗人は言った。「それなら、金帛のありかを告げろ。」女がもじもじとして言おうとしないでいると、盗人は刃を挙げて斬ろうとしたので、女はたいへん驚き、くわしく告げた。盗人は奪いおわると、なお足りないと思い、さらに刃で脅してすべて言わせた。女は言った。「金帛は尽き、なお珠宝の装身具が某所にございます。」そこで盗人はまたすべて取り、笑いながら女に言った。「おまえの言ったことは必ずしもすべてではなかろうが、おまえがたいへん忠実であるのに免じ、ひとまず余地をとどめよう。」そこで口笛を吹いて[14]去った。女主人はふかくこの女に感じ、出て慰めて謝し、女は顔色が土のようで、他のことは言わず、続けて「びっくりしました。びっくりしました。」と叫ぶばかりであった。夜が明けると、主人は帰り、事情を知ると、やはり慰めた。しかし女は盗人に襲われたが、すべて漏らす必要はない、焦っていたので、このようにすべて漏らしたのか、それに下女はたいへん多いのに、どうしてこの女だけを襲ったのか、疑わしいがあるようだと思った。女はそれからすぐどきどきして病になったと言い、三日後、病が重いとして休暇をとった。主人は手厚く褒美を与えて去らせ、ひそかに屈強のしもべを尾けてゆかせた。妻ははじめ車に臥していたが、斉化門[15]を出ると、すぐに起きあがって車を帰らせ、ほかに一台の車を雇ってゆき、昌平州某村にいってとどまった。数人が門で迎えて笑い、妻も笑って入った。しもべはすぐ走ってお上に告げ、役人をともにゆかせた。時にすでに真夜中に出、門を破って入れば、妻はまさに盗人たちと物を分け、金帛装身具はともにあり、縛って役所に送り、法律通り裁いたのであった。

京師にさらにある部郎[16]の家があり、一人の若い女を雇っていたが、三河[17]の人であった。婦はその夫と結婚してわずか一月で別れ、別れる時に夫と約して言った。「歳暮に京城の某媒婆の家にいってわたしの所在を尋ね、わたしに会えば、かならずお贈りするものがございましょう。」歳暮になると、妻は毎日門前にいってその夫を待っていた。ある日、郷里の人がその門を徘徊していたが、婦はそれを見ると、誤って夫と思った。そもそもいっしょになってひさしくなく、さらにすでに一月を経ていたので、顔と音声は、あまりはっきりしなかったのであった。そこでにわかに招いて言った。「今日はじめて来られましたか。待ち焦がれておりました。すこしお待ちください。銭を取ってさしあげましょう。」その人は茫然として経緯を推測できず、ひとまず待った。女はほんとうに銭の証文数枚を持って出てきて渡すと、その人はたいへん喜んで持ち去った。翌日、その夫はほんとうに来、門番は妻に取り次いだ、妻はかれがまた来たことを訝り、出てくると質して言った。「昨日、お金をお渡ししましたのに、まだ使うに足りないのですか。ございません。」夫は言った。「わたしは昨晩はじめて城内にゆき、おまえが言っていた媒婆の家に泊まり、今日かれの幼い子に導いて引いてくることを頼んだので、昨日こちらに来るはずがない。おまえは夢みたのではないか。」婦ははじめて昨日誤認したことを悟り、ぼんやり立って語らず、嚶嚶と啜り泣いた。夫がつよく尋ねると、泣き叫んだ。中で主人が聞き、呼び入れてわけを尋ね、そのことを知ると、大笑いし、若い夫婦が貧しいために別離したことを憐れみ、銭を十余貫与え、その夫に贈らせた。蘇州の楓橋の高某が会い、幼児を教育することを生業とし、生まれつき吟詠を好んでいた。ある日、ある江北の難民数人がその塾に闖入して乞食し、高はまさに筆を執って『感懐』詩を吟じていたが、こうした句を得た。「有限の年華老いを催すこと易し。」対句を作っていると、難民の中にいた一人の老翁が筆を執って接いで言った。「無霊の文字窮を送ること難し[18]。」高はたいへん喜び、招いて坐させようとしたが、坐せず、その名を尋ねたが、告げず、銭を贈ると、受けて去った。ああ。江湖に漂泊するものの中にも詩人がいるのか。やはり驚くべきことである。

光緒丁丑[19]九月、揚州城内の教場に山東人が幕屋[20]を設けたが、その中に奇形の人が五人いた。一男子は上半身は常人のようで、両腿はいずれも軟らかく、筋があって骨がない者のようで、人がいてその上半身を抱いて転がり、絞索[21]のようであった。一人の男子は胸に一人の嬰児が臥し、皮肉は合わさって一つとなり、五官四体はすべて備わり、運動して語れた。ある男子は右腕が五六寸しかなく、右手は小さな銭のようだが、左腕は長さは膝を過ぎ、左手は大きくて蒲葵扇[22]のようであった。ある男子は臍が杯より大きく、淡巴��(たばこ)を吸え、管を臍に入れると、煙が口から出た。ある娘は両足は細く小さく、両つの乳はたかく聳え、頷の下は虬髯が戟のようであった。そこで見物人はたいへん多かった。事がお上に聞こえると、採生折割[23]の輩と思い、境域から追い出した。

杭州武林門外の山に新橋という橋があり、乱の後に再建せられ、なかなか堅固であった。　　丁丑の秋、村人が橋の傍らで舞台を組み立てて劇を演じ、橋の上には見物人がたいへん多かった。ある小児が呼んで言った。「橋の下に人がいて土を掊(ほ)っていますから（『史記·封禅書』『索隠』に「『掊』は、『扒』である。」とある。）、橋が崩れましょう。」人々は笑って信じなかった。まもなく、橋はほんとうに崩れ、死傷するものはたいへん多かった。この小児は誰か分からなかったが、鬼神が人々を戒めさせたか。さらに聞けば、この日、曲部[24]の老優がさきにかならず変異があることを知り、仲間が傷つくことを恐れ、ひそかに舞台の四つの柱をそれぞれ一回刀で切り、さらに二本の蝋燭を部屋でさかさに燃やして厄祓いした[25]。ところが、俳優は恙なかったが、かえって見物人が傷ついたのである。これにはやはり数(さだめ)が存在しているのだろう。

蒋某は、溧陽の人であった。たまたま門の外に立っていると、突然、馴染みのない者が、紹興訛りを操り、かれから洋銭五枚を借りようとした。蒋は言った。「たまたまないから、ひとまず待っていてくれ。隣家に頼もう。」隣家から銭を借りて帰ると、この人はすでによそへ去り、追跡できなかった。蒋は大声で叫んで言った。「あなたに負いてしまった。」すぐ刀を執ってみずから剄って死んだ。ああ。人が好んでその恩徳を施す時もここまではしないが、夙怨があったのだろうか。この紹興人は人間であったか幽鬼であったか分からない。

直隷永平府の某県では閨範[26]がきわめて厳しかった。娘が嫁ぐと、実家はかならず偵察させ、結婚した翌日、夫の家で鼓楽がとよもし、賓客が雑踏していれば、たいへん喜び、その日闃然としていれば、実家はそのためがっかりするのであった。娘がとどまるか否かは、夫の家だけが決定し、ともに争おうとしないのであった。慣習はこのように伝えられ、その趣意はもとよりよいが、やはり陋習である。王姓のものが娘を李氏に嫁がせたが、却扇[27]の晩、李は新婦の貌が醜かったので、嫌に思った。翌日、処女でなかったと嘘をついて、奏楽せず、ふたたび媒妁を呼んで実家に送りかえした。娘は幼くして母を失い、その嫂に従っており、嫂は義妹に特段のことがないことも知っていたので、昨夜の洞房の情況を尋ねたところ、もとより合歓していなかった。嫂は言った。「だとすれば、どうして不貞だと分かりましょう。」つよく翁に言い、翁はお上に訴えた。お上が調査を命じたところ、ほんとうに礼を守る謹厳な処女であった。そこで李姓に裁きをし、やはり鼓楽で迎えて帰らせた。按ずるに『毛詩·草虫』篇に「またすでに覯止[28]すれば、わが心すなはち降(よろこ)ぶ。」とあり、鄭康成[29]は「またすでに覯止すれば」を男女の覯精(まぐわい)[30]と解し、「わが心すなはち降(よろこ)ぶ」を、「これから父母を寧らかにできるので、心が落ち着くのである。」と解している。経書を講ずるものはみなかれの醜陋を笑っている。今、永平の風俗を見ると、たしかにすでに合った後で父母を寧らかにできるから、もしや詩人[31]の趣意はもともとこのようであったのか。

鄞の人で李姓のものが、その弟のために妻を娶り、隣の陳家の建物を借りて新房[32]とした。夜半になるたび、部屋の中でかならず声がしたので、疑いと恐れを増した。ある夜、声がたいへん激しく起こったので、家を挙げて集まったが、牀の下の泥土がふわふわしていることに気づいたので、ともに掘ると、銅盆四つ、鉄如意一柄、鉄碗一つを得た。その後、声は起こらず、後にもほかに事件はなかった。

昌黎はいう。「偶然題して木居士[33]となせば、すなはち無窮の福を求むる人あり[34]。」『風俗通』が載せる鮑君、李君、石賢士たちなどは、おおむねこのようなもので、古からそうであった。津門で伝える雪弥勒のことなどは、もっともおかしかった。某年、津門は大雪で、物好きは戯れて雪を集めて弥勒にし、低い眉、垂れた目で、笑う姿は掬するべく、偏袒[35]踞坐[36]し、たいへん腹が膨らみ、右手に牟尼珠[37]を持ち、左手に布袋を持っていた。またために侍者二人を作ったが、いずれも活き活きとして趣きがあった。愚夫愚婦はそれを見ると、膜拝して礼拝し、なんと香燭を供えるものがいた。無頼漢たちはそれによって銭を得、ほしいままに霊験を談じた。礼拝するものは多かったので、小屋を建てて覆い、檐の前に紅灯二つを掛け、さながら仏殿であった。しかし人は多く、気は盛んで、また香気燭光を増し、ひねもす熏し、蒸したので、浹辰[38]に及ばず、玉山は頽れ[39]、善信たちはみながっかりして帰った。

揚州の興教寺[40]に万仏楼があり、言い伝えでは、前明の時に建てられたそうである。楼の中の仏は、ほんとうに万を数え、彫刻は巧みであった。戦災の後、この楼は毀たれなかった。丁丑の正月、白髪の翁が楼に登って香を焚き、寺僧に言った。「中に長生灯を掛ける時は、失火を防げ。」寺僧もひとまず承諾した。そして十日を越えると、ほんとうに灯火が噴き上げたので、楼から大殿、方丈までが、なんと祝融の禍に罹った。この翁の言葉が不幸にして中たったのは、もしや鬼神がさきに告げさせたか。聞けば、災の三日前、楼の中の仏像で自然に地に倒れたものが十数体あったそうだが、やはり驚くべきことであった。

天津に鄔三というものがおり、かれの父は沙船[41]で家を興したが、亡くなってすでに久しかった。鄔三は生まれつき賭けを好み、資産を費やし、田園はすべて他家に属したが、家屋だけはなおあり、母とともに住んでいた。にわかに母が死に、天津の風俗では、喪礼は豪奢を尚び、野辺送り[42]はもっとも甚だしく、鄔は家を売って葬儀を行い、立錐の地もなく、博徒の家に寄寓していた。おばがいて奚家に嫁ぎ、なかなか富んでいたが、そのおいは不肖で、しばらく音信も不通であった。鄔は年が二十余で、なお妻がいなかった。ある年、歳除が迫り、たいへん苦しみ、生計を立てるすべがなかった。博徒がともに謀り、衣冠を貸して、その姑の家にいって面会を求めさせたが、姑は断ったので、門番に告げて言った。「ここにきて求めることはございませんが、結婚しようとしていますので、長者に告げないわけにはまいりません。」姑はこの言葉を聞いたので、入って会うように命じたが、衣冠は楚楚としており、ぼろぼろではなかった。数年間どこにいたかと尋ねると、交易していたと答え、婚期がいつの日かと尋ねると、「明後日です。」と言った。姑はたいへん喜び、銀十両を贈って婚資とし、ならびに言った。「期日になればきて祝おう。」姑には嫁が二人おり、それぞれ報酬十千を贈った。鄔は銀銭を持ち、帰って博徒に相談した。博徒たちは喜んで言った。「だとすればなお後の恵みがあろう。」そこですぐに住んでいる家を、匠に命じてそのため飾らせ、一人の若い妓女を探し、荊布[43]で飾り、偽って新婦とならせた。期日になると、その姑はほんとうに来、女を見て気に入った。女も接待にたくみで、厨に入って羹(あつもの)を作り、跪坐して捧げた。姑は欣然として食らいおわると、言った。「この家は狭く、泊まれませんから、明日になったらまた来、すこし資金を援助しましょう。」翌日また来、屋契[44]一枚を出して言った。「この家はあなたがた夫婦に贈ります。すぐ移れます。」さらに田契[45]を出して言った。「薄田百畝は、なんとかお粥に供せましょう。」鄔は望外のことと驚喜した。この妓女の父も博徒であったので、人に賭銭[46]を負い、しばらくは女を金のなる樹にしていたが、今、鄔が田地家屋を持っていることを知り、すぐに娘を娶わせたのであった。「嘘から出た真」とは、鄔のことか。

陳某は、杭州の人であった。性質は謹厳であった。人に銭百千を借り、償えず、憂憤が解けず、精神病となった。ある日、明器を売る店を通り掛かり、見ると張り子の元宝があり、地に晒されていたので、たいへん喜んで言った。「これは天がわたしに賜ったものだが、多くは求めない。二つを取れば十分だ。」すぐに二つの元宝を取って去った。店の中の人はかれが愚かであることを知っていたので、ひとまず放っておいた。陳は帰ると、妻に語って言った。「今日、天はわたしに二つの元宝を賜ったから、宿債を償えよう。」妻は取って見、笑って言った。「これは泉台の宝でございます。」（『清異録』[47]に見える。）陳は言った。「わたしが取りかえした時は、あきらかに元宝二枚だった。今、紙に化したのは、天がわたしを見放したのだ。」そして痛哭して死ぬことを求めた。妻は慰めたが、慰まず、その病はますます激しくなった。親族の中に高姓のものがいたので、財産が豊かで、さらにすすんで善行していたので、ほんとうの元宝を二つ取ってその妻に渡し、偽ってその夫に告げさせて言った。「天が賜った宝が、また銀に化しました。」陳はたいへん喜び、易えた銭で負債を償い、残りは年越しの資金にし、精神病はにわかに癒えた。

蘇州胥門外梅湾里に、姚嫗というものがおり、老いた寡婦であった。遺児を育て、二十歳になったので、妻を娶ってやろうとした。洋銭四十余円を蓄え、婚資を備えた。さらに銀の装身具数件を作り、新婦の庚帖とともに、同じ小さな木箱に置いていた。ある晩、それが突然なくなった。嫗は十余年の貯えは、すべてここにあったが、今はすでになくなり、また工面することはできないと思い、婚期はすでに近いのに、策は出せず、朝晩悲しんで泣いた。三晩を越えると、突然真夜中過ぎに、屋上で人が叫んで言った。「姚大娘。先夜はご無礼いたしました。人の結婚を邪魔してしまうところでした、今やはり送りかえし、軒下にいって取れ。わたしは去ろう。」嫗は子を呼んで出して見させると、ほんとうに原物を軒先で得た。この人は、いわゆる梁上の君子というものか。

丁字沽[48]から三十里に、楊柳青[49]という地があり、その地には女閭[50]が多かった。某甲が漫遊してここに来たが、ある家の門に「空家」の二字が書かれており、傍らにこう注せられていた。「借りたい方は、委細面談。」某はもともと家を求める心がなく、ひとまず女郎買いしよう[51]と思い、門を叩いて入った。一人の蒼頭[52]が導いて堂に登ると、若い女が部屋から出てきたが、明眸皓歯で、年は二十ばかりであった。導いて屋宇を見せることをこうと、部屋に招き入れたが、紅羅[53]復帳[54]、角枕[55]錦衾[56]、もとよりかれの寝室であった。某が辞して出ようとすると、女は言った。「夫はとおく旅し、生活資金がございません。枯坐して貧乏暮らし[57]することはできませんが、門に倚って売笑することもいさぎよしとしませんので、ひとまず空家の貼紙を借り、酒を売る標識にしていたのでございます。ご来臨なさった以上、どうして贈り物せぬことができましょう。」某は銭がないと断ると、女は笑って言った。「なんと謙虚なことを仰います。」すぐ傍らにいって探り、靴靿[58]夾袋[59]から証文六十千を得、謝して言った。「これがあれば纏頭[60]の費用となせましょう。」すぐ持って戸外に渡し、二人の男子の手に渡した。某は女は柔弱だが、二人の男子はもとより強健な者であるのを見、計に嵌まったことを悟り、ともに争おうとせず、よろよろと外に出た。これは前に記した「荷包売り出し」のことと情況がすこし似ている[61]。某は機を見て行動し、いらぬ恐怖を受けなかったが、大金を費やしたので、やはり遊蕩するものの戒めとなせる。

粤西に姚三というものがおり、幼い時は常人と異ならなかった。年が十八の時、たまたま池で釣りし、一尾の魚を得たが、鱗がなく、煮て食らった。するとにわかに病み、一月あまりで病は癒えたが、体はにわかに一尺ばかり伸びていた。その後、しばしば病み、しばしば癒え、病が癒えると、体はかならずますます長くなった。数年の間、長さが一丈になった。しかしかれの首はやはり常人と異ならなかった。そのわけを尋ねれば、魚を食らった時に魚の頭を棄てて食らわず、一匹の犬が食らったが、にわかに犬の首も大きさが前の倍になった。惜しいことにこの犬はすぐ人に打ち殺されたが、さもなければやはりかならず見られただろう。江西豊城の農村で、某年春夏の間に、路で一人の媼が倒れていた。人々が憐れみ、銭を集め、棺を買って収め、義塚に担いでいった。埋葬するに及ばず、突然雷電がはげしく起こり、風雨がにわかに来、人々はみな走って避けた。にわかに霹靂一声、棺は裂かれて両段となり、この媼は起きて棺の中に坐し、見ればすでに生きかえっていた。思うにこの媼は偶然気が塞がったもので、本当に死んだのではなく、雷に震蕩せられると、気もまた流れたので、生きかえっただけであろう。しかしその棺がゆえなく迅雷に裂かれたのは、やはり偶然でなく、命が絶えるべきでなかったのだろう、虢太子が扁鵲に会ったかのようであった。

鄞に汪翁がおり、財に富んでいた。妻が死んで子がいず、一人の妾を収めたところ、子を産んだが夭死した。翁が死ぬと、族人はかれの財産を利とし、妾に嫁ぐように迫った。翁の死後三七の日、その家は法事を行い、親族がみな集まると、妾は出てきてあまねく拝礼し、泣いて言った。「未亡人(わたくし)は貧家の娘でございますが、やはり一に従って終わる義[62]を知っておりますので、死を誓ってこの門を出ず、長斎して仏を崇め、余生を終えることを願います。ただ皆さま[63]が憐れまれ、わたしに一室の地を与えることを求めます、わたしはすぐ剃髪修行し、家の資産のことは、問題にいたしません。」そう言うと、袖の中から鋏を出し、髪を切った後に投げ、泣いて中に入ったが、時にその年はわずか二十であった。人々の中にもために感泣するものがいたので、屋の西側の一小さな楼を掃除し、住まわせた。ああ。これもさながら燕子楼[64]であった。

乞食が呉会で食を求めていたところ、突然武弁が尋ねて言った。「某郷某家のお子さまではございませんか。」乞食は言った。「はい。」弁は言った。「わたしはかつてあなたのお恵みを受けましたのに、今はどうしてここまで貧しくなられたのでしょう。」そこで茶屋に連れてゆき、茶を啜らせ、しばらく坐して待っていると、まもなく衣服帽履をとって来、すべて換えてやった。さらに懐から銀十余両を出して与え、言った。「これがあれば、帰る計画を立てられ[65]、ひさしく呉市の簫を吹くことはございません[66]。」乞食は茫然として事情を推し量れず、弁に向かってわけを尋ねた。弁は言った。「遠い昔でございますので、お忘れでしょうが、忘れようとはいたしません。」結局、よそに去った。この弁は恩に感じてとくに報い、ことに情誼があり、かれが志を得れば、淮陰侯の一飯千金も[67]、どうして難しかろうか。

番禺の李氏の娘は、趙氏の子と婚約していた。趙の子は貧しかったので、海外で生計を立てようとし、長年帰らず、音信は絶えていた。娘がかれを待って二十八歳になると、父母はほかに嫁がせようとしたが、娘はよしとしなかった。そこで媒妁に命じて趙氏に話をさせ、さきに妻を娶って家に入れ、息子の帰るのを待たせることにしたが、そもそも粤の風俗がそうなのであった。娘はあるいは婚家におり、あるいは実家におりして、さらに十余年を経た。そして、趙氏の子はほんとうに海外から輪船に添乗して帰ってきたが、来る途中、輪船は漂流沈没し、同舟の人はみな海で死んだ。趙だけは一木を抱いて数十里漂流し、他の船に遇って救われ、生きて家に帰れた。後に女とふたたび合卺の礼を行ったが、夫婦はいずれも年が五十になろうとしていた。趙の難に遭って死ななかったのは、あるいは鬼神が貞女を憐れんだので、ひそかに助け、再会することを得させたのか。

山左の程姓のものは、呉中に寓し、一人の下女がおり、農家の葉氏の子に嫁いでいた。庚申の乱[68]で、程一家は葉氏に避け、器用財物[69]はすべて預けていた。数年足らずで、程氏はあいついで死に、一人だけ残った幼い子は襁褓の中にあったが、下女は子として育て、子供たちと同列にした。にわかにかれの夫も死んだが、下女は義を守って嫁がず、程の子およびその子を育ててともに成人させた。程の子のために隣村から一人の娘を招いて妻としてやった。結婚の日、姑を呼び出し、新婦を会わせようとしたところ、下女がにわかに出てき、部屋から氍毹[70]に登り、さきに拝礼した。程の子がたいへん驚いていると、下女は人々にみずから述べて言った。「わたしは新郎の母でなく、程氏の下女なのでございます。主人は不孝にして乱に遭って流離し、死亡して尽きようとし、わたしは、坊ちゃんが幼くてしつける人がいませんでしたので、十余年、主婢の分を越え、母子の名を冒してきましたが、今、その真実を申さぬわけにはまいりません。」そこでくわしく顛末を述べ、同時に資金を出し、すべて返した。程の子はその半ばを下女に分け与えようとしたが、受けなかったので、その妻に命じて姑として仕えさせ、自分はやはり母と呼んだ。

甲と乙は、兄弟で、部屋をともにし、炊事を異にしていた。甲はやもおで子がいず、乙は子がおり、すでに十余歳であった。甲は嗣子としようとしたが、乙は後妻の言葉に惑わされ、頑固に承諾しなかった。ある日、乙の子は河原にいって米を研いでいたが、足を滑らして河に落ちた。後妻はそれを望み見ると、大声で救いを求めるだけで、坐して動かなかった。甲はたまたま軽い病で牀に臥していたが、声を聞くと走り出、一躍して河に入り、掬い上げた。子は助かったが、甲の病はますます激しくなった。乙は帰って事情を知ると、感動し、医者を呼び、甲の病を治させ、その子を嗣子とした。ああ。乙がはじめ後妻の言葉に惑ったのは、後妻がかれの子を愛している、甲はかれの子を愛していないとかたく思っていたからであったが、変事に遭わなければ、真偽がどうして明らかになったろうか。

「病ありて治さざれば、つねに医に中たるを得[71]」、賈公彦[72]はこれを引いて『周礼』[73]の疏に入れているが、古諺であるばかりでなく、まさに経義である。潘玉泉[74]方伯はかつてわたしに言った。ある病人が医者を呼んで治療させたところ、医者は麻黄[75]すこしばかりを用いて発汗させるべきだと言った。処方を持って薬屋にゆくと、店の中でたまたま麻黄が欠けており、商品を偽って渡したので、服用しても効かなかった。翌日、医者が来、訝って言った。「もしや麻黄を用いることがたいへん少なかったので、汗を出すに足りないのか。」そこでその数を倍にしたが、店ではすでに本物の麻黄を買っていたので、処方どおりに服したところ、大汗が止まらなくなって死んだ。しかしこれは薬の誤りである[76]。さらに兄弟二人がおり、庚申、辛酉[77]の間、乱を滬瀆[78]に避けていた際、時を同じくして病んだが、医者はそれぞれ処方を授け、さらに戒めて言った。「病が異なれば薬は異なりますので、けっしてあやまって投じてはなりません。」その家は台所を共有しており[79]、下女が薬を煎じたとき、結局あやまって投じたが、翌日いずれも癒えた。誤っていなければ、どちらも死んでいたのではないか。医者はこのように頼るに足らないものである。思うに医者が拠りどころにするものは脈であるが、脈は伝承を失って久しい。『史記·扁鵲伝』にいうが、扁鵲は長桑君が与えた薬を飲み、「垣の向こうの人を見、これによって病を見、五臓の症結[80]をすべて見、特に診脈と名づけた。」のである[81]。さらにいう。「今でも天下で『脈』というのは、扁鵲によっている。」[82]そもそも扁鵲は「診脈」と名づけただけであり、医術にはくわしかったが、脈にくわしいのではなかった。しかし今でも脈診するものはかれを尊んでいる。扁鵲は名づけただけなのに、後人はほんとうにそれで病を治しているのである。これによってそれがあてにならないことが分かる[83]。『素問』に三部九候[84]論があるが、いわゆる三部は、どうして今のいわゆる三部であろうか。いわゆる九候は、どうして今のいわゆる九候であろうか。脈法[85]はすでに伝を失っているので、医道[86]も講じなくてよく、懸壷[87]の客は、通りにあまねく満ち、衙推[88]の名は、屠酤[89]に冠せられている[90]。さらにその書は黄帝から伝えられ、その職は『周官』に列なり、古から受けつがれ、廃しようとするものはいない。父母が子女に対して、子孫が祖父に対して、医薬を調えなければ、慈孝に欠けるところがあり、人でその寿命を終えられないものは多くなる。医師、占師は、いずれも『周官』に列なり、占いも聖人の重んじるものだが、唐の李華[91]に廃亀の論がある[92]。占いは廃せられるのだから、医者も廃してよいのではないか。わたしはかつて『廃医論』を作り、刻して『兪楼雑纂』に入れた。俗耳を驚かせても、気にしない[93]。

北方は厳寒で、冬は水沢が堅く凍り、舟は通じず、海に通じている諸々の波止場でも、橈を停めて待たざるを得ず、これを封河という。南方なら、昔からこうしたことはない。しかし光緒丁丑臘月の大雪の後は、気候が凛洌で、河の氷は厚さ一尺ばかり、行き来する舟は、そのために停滞すること十余日であった。蘇城[94]に某姓の子がおり、胥門外の某家の娘を招いて妻とし、その月の初八日に娶ることを約していた。しかしその時になると氷と雪にこもごも阻まれ、陸路に由ろうとすれば、雪は深く、脛を没し、輿は進めず、水路に由ろうとすれば、氷は堅くて石のようで、舟は入れなかった。両家の父母は新郎新婦に命じて空を望んでたがいに拝させ、吉時[95]に合わせた、七日を過ぎて黄姑[96]織女ははじめて会えた。これも婚礼の中の、「礼では失われた礼」である[97]。

鄞に占師がおり、市に店を設けていた。ある日、男子が店の中で大声で罵り、暴力を用いようとしたので、人々は周りに集まってわけを尋ねた。その人は言った。「夏に家族が病気だったので、かれに占ってもらった。かれは竈がどちらに向いているかを尋ね、わたしは答えた。『南向きです。』かれはいった。『西南に改めるべきでございます。』わたしはつつしんでその言葉通りにした。しかし秋になっても疾病が多かったので、またきて占ってもらった。すると、かれはまた竈がどちらに向いているかを尋ねたので、わたしは言った。『西南です。』かれはいった。『真西に改めるべきでございます。』わたしはやはりかれの言葉通りにした。今冬に入った後、病人は癒えず、さらに商売で損をし、どうしようもなくなったので、ひとまずふたたび占ってもらった。かれは前のように尋ね、わたしが告げると、言った。『南向きに改めるべきでございます。』これはやはりそのはじめに戻ったのだ。夏から冬まで、わたしはかれを蓍亀[98]としてあがめたのに、このように不運だとは。」人々は大笑いし、宥めて去らせた。思えば親戚に家相見の説に従った者がおり、一年の間に、三たびその竈を変えてその初めに復したが、これと似ている。しかし、かれは三人が三つのことを言ったものであるが、これは一人で前後時を異にしているので、たいへんおかしい。江湖の術士の説は、もとより依拠するに足りない。

蘇州に某翁がおり、庚申の乱[99]で、その子を失い、戦乱の中で他人の子を収容した。乱が収まるとまた帰ったが、家はさいわい恙なかったので、すぐ他人の子を子とし、そのため妻を娶った。にわかにこの子は死に、そのため収めようとし、突然のびして起き、あまねくその父母を拝して言った。「父母に別れてひさしく、さいわい恙ないか。」またさすその妻を娶って尋ねて言った。「こちらは誰か。」怪しんでその声を察すれば、かれの亡くなった子であった。尋ねて言った。「わたしの子だったのか。今、どこからきた。」その子は言った。「わたしは父母とはぐれてから、移って××にゆき、今はじめて某人の船に乗って帰るのです。」話していると、その某人が外から門を叩いて入ってき、言った。「わたしはお子さんを載せて帰ろうとしましたが、家につこうとしてにわかに病んで亡くなり、今、ご遺骸はまだ舟にございます。」父母が走って見れば、ほんとうにその子の亡骸で、はじめてその子が死に、他人の子の亡骸を借りて生まれたことを悟った。そこですぐ用意していた棺に納め、ともに喜び、養子は死んで実子は生きたと言った。そこでその妻を娶れば、その夫の音声挙止が昔とにわかに異なったので、部屋をともにすることを恥じた。舅姑はどうしようもなく、その父母を招いてきて再三宥めさせると、はじめのように夫婦となった。

光緒丙子[100]の夏から秋にかけて、浙江は大雨で、臨安の一県におよそ蛟二十七匹が現れた、その北郊には二つの山があったが、突然合わさって一つとなった。徐花農孝廉が手紙を寄こして述べ、語るには、その県民で郷試に赴いてきたものが言ったことだということなので、嘘でないはずである。按ずるに『明史·五行志』に、秦州に二つの山があって隔たることがたいへん遠く、人民でそこにいるものは数百万家であった。ある日、地震があり、二つの山が合わさると、住民はすべてその中に入っていた。だとすれば、このことも前史にあり、驚くに足りない。

紹興の某翁は、一子を産んで妻が死んだので、再婚し、さらに一子を生んだ。二子はどちらも成長し、いずれも妻を持ち、翁は死んだ。遺産は千両で、族人はためにみな分け、兄弟同居して炊事を別にさせた。そこでその弟は怠惰で、その分けた財産を費やし、母と謀り、兄を追いだしてその所有物を占めようとした。そこで母子、兄弟、相嫁の間は、ひねもす仲違いしていた。兄はその圧迫に堪えず、ある晩、かれの妻に言った。「某所と某所に銭若干があるから、おまえは遺児を育てて暮らせよう。わたしはすでに生阿片煙を買ってあるから、命を賭けて怨みを解こう。」妻はその煙を奪い、言った。「あなたが亡くなったら、わたしは何に頼りましょう。わたしが死んだほうがようございます。」夫ははじめ慰めの言葉と思い、あまり注意していなかった。まもなく、妻が部屋の中で異常な音をたてたので、入って見れば、すでに床蓐の間で転げており、薬を飲ませて救おうとしたが間に合わず、結局死んだ。婦はもともと妊娠数ヶ月で、死後、腹の中がはげしく動いていたが、一時(いっとき)して動かなくなり、見るものは惻然とした。

杭州に鄭姓のものがおり、年は四十余であった。妻は妊娠したばかりであったので、たいへん愛し護っていた。一人の媼を家で雇い、飯炊き、水汲み、洗濯の仕事は、すべて代わらせ、その妻は安坐して疲れないようにさせた。ある日、庭で衣を干していると、雨がにわかに来たが、ばあやはたまたまよそに出ていたので、みずから起きて取り込んだ。帰って部屋に入ると、呱呱の声が聞こえたので、隣の子かと思ったが、考えると自分の腹の中から出ていたので、たいへん驚いて臥していた。夫が帰って語り、産科医を招いて治療させても効果はなかった。時に妊娠してわずか七月であったが、子が腹の中で泣き、一月あまりして止んだ。期日になると生まれたが、結局、ほかに異常はなかった。

紹興の張某は、幼い時から陳家の娘を招いて妻としていた。まもなく父母が二人とも亡くなり、さらに回禄の禍に遭い、生計を立てるすべがなくなり、天台[101]に入って剃髪して僧となった。陳家は婿を待っても来なかったので、探ったところ、かれが空門に隠遁していることが分かったため、その娘を沈家に嫁がせた。結婚の日、沈はすでに大病していたが、むりに結婚したので、まもなくすぐ亡くなったが、女はほんとうにまだ処女であった。姑は憐れみ、婿を選んでやろうとした。時に張某は天台にいること三年、旧友が山に入って会い、還俗することを勧めると、従って帰った。婚約した妻を訪ねたが、すでによそに嫁いでいた。その友人は取り持ちしてやり、沈家の妻を娶らせたが、ほんとうにかれがもともと婚約していた妻であった。もとの剣を再び得たのは、まったく偶然でなかった。ただよけいな曲折[102]があったので、造物がほんとうに願いを叶えたのか、弄んだのか分からなかった。

某孝廉は、家が貧しく、落魄し、生計を立てるすべがなく、親戚友人に借金しようとしたが、まったく応諾するものがいなかった。ある博徒だけは、かれを親切に遇し、しばしば贈り物をし、薪や米の足しとした。公車[103]で北上する時は、さらに旅装を調えてやり、さらにその家を養った。まもなく、孝廉は南宮で合格し、県令を授かったが、旧恩に感じ、人に命じて招かせた。謝してゆかず、言った。「わたしたちは呼盧喝雉[104]、地を蓆とし、天を帷とし、放浪して久しゅうございます。一たび朱門に入れば、死ぬほど束縛されましょうが、これはわたしを愛するゆえんではございません。わたしがあなたの所にいれば、やはり毎日外出し、牧猪奴[105]に従って遊び、あなたの役人としての名声を傷つけることがあるのではございませんか。これもまたあなたを愛するゆえんではございません。」孝廉はそこで人に命じて千両を送らせたが、やはり受けず、言った。「毎日わたしに千両を贈られても、やはりわたしの賭場での一擲に資するに過ぎず、ただあなたの豊かさを損ない、わたしの貧しさを救いませんから、おやめになられたほうが宜しいでしょう。」この博徒は見識がたいへん高く、淮陰侯の見識がここに及べば、「鳥尽きて弓蔵せらる」の嘆きはなかったろう。誰が市井に英雄がいないといおうか。

寧波の孫氏には、家一区画があった。戊寅[106]の春にしばしば火が起こり、すぐ起きてすぐ消えたが、梁、柱、窓、櫺(れんじ)にはすべて焼け焦げた痕があった。孫氏の子も、にわかに顛狂し、時に発作があり、時に治癒していた。治癒した時に尋ねると、語るには、紅袍、紗帽の者が五人おり、みずから兄弟五人、いずれも明末の翰林だといっていたということであったので、孫氏は祠を建ててあげようとした。さらに、しばしば字紙が梁の上から下りてき、時折詩句があった。ある日、七言詩一首を得たが、四豪の韻を用いているのに、「跳」の字があったので、人々は出韻[107]と思い、ある人は筆の誤りと思った。まもなく梁から一枚下りてきてこうあった。「『集韻』[108]で、『跳』は『逃』と通ずる。」さらに、古人が用いたことがあるか尋ねた。翌日、眠るに臨み、尋ねたものは牀頭で一枚を得たが「元微之の詩に『主帥は驚跳[109]して旄鉞を棄つ』とある。」とあった。人々はみな嘆服した。按ずるに『漢書·高帝記』に「漢王跳(に)ぐ。」とあり、如淳は「音は『逃』である。」いっている。この鬼は古書を読まず、元微之の詩句だけを証としているが、まことに明末の翰林である。

紅蘭は、蘇州の妓で、某姓と結婚を訂していたが、生は落籍させる力がなく、紅蘭は鬱鬱として病となった。費媼というものがおり、娼家に雇われた者で、こう言った。「あなたは傾城のお姿ですから、蔵嬌[110]の金屋がない心配はございません。それなのに、貧乏書生に恋々となさるのですか。」蘭は言った。「秦楼楚館に往来していますのは、おしなべて紈絝の子、富裕な商人で、某郎のように苦しみを憐れむかたはいません。あのかたは力が弱く、わたしは運が拙く、茫茫たる孽海[111]で、どうなるか分かりません。」媼は言った。「ほんとうにそうでしたら、願いを叶えてあげましょう。」ある晩、継母がよそに出たのに乗じ、紅蘭を負って某生のところにいった。生は恐れ、受けようとしなかった。媼は紅蘭の身契[112]を出して生に渡し、言った。「わたしはすでに盗みをしてこの紙を得ましたから、かれはどうしようもございません。」媼は帰ったので、継母の住所を訪ね、紅蘭が逃げたことを告げた。探すこと数日、はじめてともに生のところにいって会った。継母は蘭を促して帰らせようとしたが、蘭は死を誓って従わなかった。嫗は言った。「この娘は心変わりしていますから、はやく帰って身契を取り、お上に訴えれば、かならず正しいお裁きがございましょう。わたしは証人となりましょう。」継母は帰って証文を探したが、なく、訴えられなかった。媼はそこで調停してやり、生に命じて継母に百両払わせ、紅蘭は結局生に嫁いだ。この媼は、もしや古の許俊[113]、昆侖奴[114]か。

蘇州の人某甲は、無頼の道士で若かった。しばしば人と殴り合ったが、人に痛打されても改悛しなかった。人々はみな かれを「石臼」 と呼んだが、かれが打たれるのに堪えるからであった。ある日、飲み屋で飲んで、飲み終わるとすぐに出た。酒保が銭を求めると、甲は言った。「わしはたまたま杖頭の金[115]に乏しいから、後日を待てばよかろう。」店の中の人はかれの無礼を憎み、大勢で出て罵り、掴んで殴り、突くよう、引くよう、血は流れて杵を漂わせるほどであった。見れば活きていないようであったので、放って去らせた。数日後にまた来れば、傷痕はすでに癒え、咆哮するさまはもと通りであった。人々は嘆いて言った。「ほんとうに石臼だ。」千銭をわたして去らせた。

阿保は、貧家の娘であった。父母ははやく亡くなり、近所の金氏の媼に育てられた。成長すると、なかなか美しく、媼はよろうとする金のなる樹にしようとした。阿保は泣いて言った。「養う恩は、生涯忘れませんから、わたしを売って妾にし、下女にしても、わたしは怨もうとしません。煙花に陥れば、刀鋸鼎鑊も、わたしの志を奪えません。」媼はどうしようもなく、某姓に売って妾とした。正妻はたいへん嫉み、日々鞭うちを加えたので、体に完膚はなくなり、阿保はただ涙を呑むばかりであった。ある日、婦は夫が外出したのに乗じ、金媼に送りかえして、逃げる失うとその夫に告げた。阿保は夫が帰るのを待ち、手紙を書いてみずから述べ、杳として返書はなく、それが達することができたかも知らなかった。金媼はそこで偽ってその夫の手紙を作り、かれによそへ嫁ぐように命じた。阿保はそれを得、即日、薬を呷って死んだ。ああ。この娘は節烈の行いがこのようであったのに、埋没して聞こえず、話者は姓氏住所ともに忘れたが、これは嘆かわしいことである。

山東藩司[116]の倉庫を管理する吏(したやく)の某甲は、娘を生んだがたいへん美しく、幼い時からそのおばの弟と婚約していた。嫁がないうちに婿が死に、問名[117]するものが相次いだが、娘はほかに嫁がないことを誓った。父母は諭したが、従わなかったので、ほかに一つの静かな部屋を築いて住まわせてやったところ、長斎して仏を崇めること数年で、心は古井戸のようであった。にわかにかれの父が公金を盗用したことが明らかになり、獄に繋がれ、死罪となることになったが、策は考え出せなかった。ある金持ちの子が言った。「わたしはつれあいを失ったが娶っていないので、娘をわたしにめあわすことができれば、きっとかわって公金を償おう。」父母が娘に相談すると、娘はかたくなによしとしなかった。母は泣いて言った。「お父さんは助かるはずがない。お父さんが死んだら、わたしもかならず死ぬが、おまえは嫁いでいない夫への操を守り、父母の死を顧みないのか。今はこれ以外に方法はなく、おまえがかたくなに承知しないなら、さきにおまえの前で死のう。」娘は涙を呑むこと数日で、従った。嫁ぐと、事はほんとうに解決した。しかし娘はその初志に負いたので、つねに鬱鬱とし、数年足らずで、結局死んでしまった。昔から節婦を表彰する時は、かならず節孝の二字を題する。そもそも娘が父母の命を奉り、身をもって人に仕え、その夫に背かないのは、まさにその父母に背かないことなので、節であることがすなわち孝であることである。しかしこの娘などは、節と孝を両全できなかった。これも人倫の変態に身を置いたものである。しかし娘が結婚しない夫のために義を守ることに関しては、従来の議論で、かなり反対がある。この娘が改めて他の家に嫁ぐことは、礼法上もとより不可ではなく、頑固に従わず、父が死んで母が従えば、この恨みはどうして尽きようか。むりに親の命に従って孝を全うし、さらに鬱鬱として死んだのは、やはり節に従っていたためである。君子はこの娘を謗ってはならない。

津門の流妓[118]は、多くは楊柳青、独流[119]の諸所から出ているが、その地は淫風が流行し、溱洧[120]に勝っている。劉氏の妻は、やはり楊柳青の人で、かれの姑は某家で雇われていた。某氏の姑は蘇の嫁が美しいことを知っていたので、大金でその姑を惑わし、嫁を招いてきて裁縫の仕事に供させようとした。その嫁ははじめ嫌だと思ったが、姑が強いるといった。いった当初は仕事がなく、針仕事は稀であったが、飲食は豊富で、なかなか平穏であった。数日後、某氏の子は薄暮にかれの部屋に入り、言葉で挑んだが、妻は従わなかったので、まっすぐ進んで犯そうとしたところ、妻は門を破って出、家に馳せ戻った。某氏の子はそこでその姑に命じて宥めさせ、姑がその子に告げると、子もそれをよしとした。母子二人が朝晩うるさくすると、妻は入水して死んだ。ああ。碧玉は貧家の娘で、また蘭を採る芍を贈る郷にいながら[121]、堅白[122]をみずから保つことはこのようであったが、人の貞と淫はもとより天賦から出ているか。

蘇州閶門外の高版橋で、一人の富豪は晩年に子を得たが、わずか三歳で、突然、驚風[123]の病を患い、昏倒して目ざめなかった。翁はたいへん悲しみ、家を挙げて慌て驚き、四方に出て医者を探した。道人が門に列なって面会を求め、みずから癒せると言った。尋ねれば、静室の内に祭壇を設けさせ、白米一斗、金銀それぞれ十両を取り、祭壇を鎮めるのに用いた[124]。道人は部屋に入り、呪文をながいこと誦え、子を抱いて出させた。道人は手で撫で摩ること再三、さらに中指でつよく子の鼻を抑えると、子は突然くしゃみした。道人は言った。「助かる。助かる。」翁はたいへん喜び、留めて食事させようとしたが、承知せず、匆匆とよそに去った。見ると祭壇を鎮める金銀は、包みは元通りだが、瓦礫に換えられていた。ともに驚き訝っていると、小児はたちまちまた驚厥[125]し、結局その日に死んだ。

蘇州の人某甲は、清狂[126]で賢くなかった。母が死んで一月足らずで、すぐ妾を娶ろうとし、あまねく佳麗を求めた。かれの親戚某乙がそれを知り、西洋画法で描いた女子像を出してみて言った。「美しいと思われますか。」甲は言った。「たいへん美しゅうございます。」乙は言った。「これは某家の娘で、脈がございます。しかし手厚い結納金が必要でございます。」甲はすぐ乙に頼んで取り持ちさせたが、往来すること再三で、甲に報せて言った。「うまくゆきましょう。」結納金五百両で話をつけ、さきに二百を渡して娘に嫁入道具を買わせることにした。甲は金額通り渡した。数日音信がなく、人に命じて尋ねさせれば、乙はすでに遠出しており、手紙を留めて甲に別れて言った。「大故[127]があったばかりでございますのに、すぐ妾を娶ろうとなさいました。人の噂が恐ろしいだけでなく、そもそも国法も許しません。このことはゆっくりなさるべきでございます。天下には美しい婦人が多うございますから、あなたの喪が明けるのを待ち、留意してあげましょう。わたしはたまたま遠くへゆきますので、銀はしばらく借用いたします。」甲は手紙を得ると、惘惘[128]とすること数日であった。ある人が慰めて言った。「この二百両を費やし、多くのことを免れたのですから、やはり無駄でありません。」さらに人がおり、学使者[129]が按試した[130]時、偽ってこの使者の遠い親戚だ、買収してあげられると言った。一人の生員がかれの説に惑わされ、ともに話をつけ、銀二百両を用いることにし、さきに四分の一を渡した。試験が終わるとまったく効果がなく、ふたたびその人を訪ねたところ、杳として踪迹がなかった。突然かれの一書を得て言った。「学使は朝廷の大臣で、どうして私情を挟もう。士人は読書すれば、義命[131]を知るべきであり、夤縁(コネ)でさいわいに入る理はまったくない。いただいた銀両は、しばらく杖頭の資金に充てる。今後はつとめて勉学し、上達を求め、僥倖を求め、刑章[132]を犯すことを致してはならぬ。」この言葉は、薬石の言となせ、五十両で買っても、価値がないといえない。

某甲は、銅匠で、蘇州閶門外におり、孑然たる一身で、なかなか貯蓄があった。しかし生まれつき吝嗇で、着物履物は破れ、ぼろや二間におり、中はただ草の薦(むしろ)と破れた絮(わたいれ)があるばかりであった。ある晩、一人坐して寝ないでいると、風雨が次々に起こった。突然、門外で泣く声がしたので、開いてみると、一人の若い娘がおり、なかなか美しかった。郷里を尋ねると、この娘は江北の訛りを操り、みずから言った。「父母はともに亡くなり、族人に騙され、誘われてこちらに来ましたところ、娼家に売られそうになりました。火坑に陥ることを恐れましたので、雨を冒して逃げましたが、身を寄せるところがございません。」そう言うとまた泣き、さらに金簪一本を出して甲に渡し、計らってくれるように求めた。甲はすでにかれの容色を慕い、またかれの財を利としたので、部屋に招きいれ、言った。「部屋には一つの榻があるだけだが、どうしようか。」女は靦然[133]として言った。「事ここにいたったからには、もちろんあなたにお任せしましょう。」甲は喜び、抱いて寝た。夜明けになると、娘は起きて炊事してやり、たいへん睦みあっている者のようであった。するとにわかに江北の人数人が闥を排して入ってき、女を見て言った。「ここにいた。」そこで甲をも捕らえて言った。「おまえは良家の娘を誘って蔵したから、縛って役所に送ろう。」女は俯いて一言もなく、甲も弁明しようがなかった。人々はあまねく室内を探し、金簪ならびに金の指輪十六、洋銭数十を得ると、娘に尋ねて言った。「簪とこれらのものはいずれもおまえが持ってきたのか。」娘は頷いたので、すべて奪い、娘を連れだした。さらに甲を引いてゆこうとしたが、一人がわざと宥めたので、棄て、哄然として散じた。

山東人の朱翁は、姑蘇で商売し、生まれつき施しを好み、危急を告げれば、かならず貸し、その償いを求めなかった。病んで死にそうになると、かれの子は父に尋ねた。「よその人に貸したものにも、証文がございますか[134]。」翁は言った。「尋ねるまでもないことだ。わたしの枕函[135]の中に一つの小さな匣があるから、わたしが死んだら、おまえは取ってみ、一生衣食は尽きなかろう。」にわかに翁が死に、子は匣を開いて見ると、中はほかでもなく、ただ『朱子家訓』一篇があるだけであった。この翁には晏子の鑿楹[136]の思いがおおいにあり、かれの見識は高く士大夫の上に出ている。

薄暮に一人の中年の婦人が路で泣いているのを見た人がおり、尋ねると、こう言った。「わたしは某所の人で、航船についてこちらに来、ある親戚に身を寄せようとしましたが、その家はすでによそに移っていました。わたしは家に帰ろうとしましたが、夜航[137]は出発してしまっており、進退窮まり、悲しんでいるのでございます。」その人はために惻然とし、招いて家にゆかせ、脱粟[138]を食わせ、宿らせた。夜明け、別れを告げずに去ったが、衣服什物はなくなること数えきれなかったので、女のしたことだと悟った。これは女が賊となれるということである。ある家では、毎日かならず失せ物があり、値は高くなかったが、毎日このようであった。室内にはほんとうに外部の人が往来しておらず、隣家の幼い子が、毎日しばしば来、遊んでしばらくすると去っているだけであった。十歳足らずであったので、もとより疑っていなかった。ある日、この子が去る時、閾を越えようとして倒れたので、いそいで扶け起こしてやると、懐から細かいもの数件が落ちたが、すべてその家の物であったので、これはその子がしていたことだと悟った。これは童子が賊となれるということである。金陵に某氏の子がおり、童子試を受験して年を経、鳳池書院[139]で試験すると、儼然として上位であった。しかし、性質は軽薄で、母もかれを溺愛しており、躾していなかった。隣家の娘と私通したが、丁娘の十索[140]にも、応ずるすべがないことに苦しんでいた。たまたまかれの同居人で朱姓の老いた寡婦は、なかなか資産が豊かであったが、某氏の子は夜に乗じてその部屋に入り、洋銭数十、黄金三十両、真珠十余粒を盗んだ。夜が明けると、朱はお上に告げ、官はいって取り調べると、こう言った。「これは外部の賊ではない。」 その家を大捜索し、某氏の子の書斎で金珠を得たが、洋銭はなかったので、縛って去った。これは士人が賊となれるということである。蘇城の道前街[141]に一軒の客寓があり、楼屋が多く、一間ごとに板で隔てられ、前後二間に分けられ、客はそれぞれその一間にいた。前楼の客が、戸を閉ざして外へゆき、帰り、鍵を開けて入れば、後楼の客がまさにその部屋におり、篋を開け、嚢を探り、匱(とだな)を開いていた。そもそも板はあまり高くなく、卓を重ねて登れば、すぐ越えられるのであった。その後楼の客はここに寓してすでに一月を経ており、普段は五品の冠を被り、肩輿に乗って出、一人のしもべが門番し、一人のしもべが従い、なんと官員であった。これは官員も賊となれるということである。ああ。「外戸閉ざさず」の気風は、もとより中古以後では期待しがたいのである。

金陵の楊立庵は、医者であった。ある夜、二更になると、人がいて門を敲くことがたいへん急であったので、尋ねると、言った。「医者を探しているのでございます。」そこでばあやが開いて入らせたところ、盗人であった。顔を塗って刀を持ち、すぐ楊の部屋に入った。楊はそれを見ると、あわててなすすべがなく、振り返って言った。「顔を塗ってくる必要はありません。」その趣旨は、わたしは持っているものがなく、あなたはここにきても意味がないというだけであった。盗人はこの言葉を聞くと、楊がかれの顔を知っているのだと誤認し、掠奪しようとせずに去った。また、滁州の張姓のものは、やはり医者であった。ある夜、盗人が部屋に入ったが、やはり顔を塗り、刀を持っていた。張はもとよりその人を知っていたので、言った。「顔を塗ってくる必要はない。」盗人は主人が自分を知っていることを知り、かれが翌日お上に告げることを恐れ、結局張を殺して去った。同じ顔を塗った盗人で、同じ顔を塗る必要はないという言葉であったが、一人はそれによって免れられ、一人はそれによって殺されたのであり、天下のことは一律に論じられようか。

徽の績溪県に殷翁がおり、柳翁と親しかった。柳翁は死にそうになると、子を殷翁に託した。子は長ずると、遊蕩して不肖となり、日々、飲酒と賭博を事としていた。殷翁はかれの父の遺言を述べ、口を酸っぱくして戒め、涙を流し、悲しみ、泣くにいたり、このようなことは一度ではなかったが、その子は結局改めなかった。殷翁はかれが教育できないことを知ったので、食客に命じて日々かれについて賭博させ、賭博して大負けすれば、さらに田を売ることを教えさせ、殷翁は自分の金を出し、他人の名に託して安値で買った。田からの収入は、ほかのところに置き、わずかな穀物も侵奪しなかった。柳の子がその後、田を売り、地を売り、金玉器皿を売り、書画骨董を売ると、殷翁はかならずその田から入る銭で、逐一買った。数年足らずで、美田美産は、すべて殷翁に属した。柳氏の物を買う外は、用いることなく、貯蓄はますます豊かになったが、柳の子はもとより知らなかった。しばらくすると、かれが住んでいる家も殷に属し、柳には立錐の地もなくなった。はじめは親戚の家に寄宿し、残杯冷炙でたいへん辱められた。さらに僧廬道観に移っていったが、やはり受け入れられなくなった。そして市で乞食し、夜は地を蓆とし、天を帷とし、乞食たちと仲間となった。殷翁はそこで招いて家にゆかせ、熏沐させ、飲食させ、こう言った。「わたしの以前の言葉を憶えているか。」柳の子は痛哭してみずからを責めた。殷翁は言った。「失ったものは、また帰られない。ひとまず読書に励めば、あるいは晩成を望めよう。」柳の子はその後ほんとうに発憤して勉強し、一年後、諸生の籍に属することができた。殷翁はそこで買った田宅を、逐一返し、言った。「以前、足下が迷って悟らず、口舌で争えず、山が極まり水が尽きなければ、応変の計を悟らないのを見、やむをえずこの背水の計を出し、死地に置いてから生かしたのだ。以前いっしょに飲酒賭博していた某甲某乙は、いずれもわたしが遣わし、以前あなたの田宅を買った某甲某乙は、老いぼれが名を騙っていたのだ。今、この計はほんとうにうまくゆき、あなたの前途は限りない。老いぼれは高齢で、まもなく棺に入ろうが、死んでお父さまに会っても、九泉で恥じることがない。」柳の子はきわめて感動し、厥角[142]稽首[143]し、何と言ってよいか分からなかった。里党はそれを聞くと、みな殷翁が高潔で遠見があり、尋常の及ぶものでないことに感嘆した。按ずるに、元人の雑劇の中に一事があってこれと似ており[144]、古のことが誤って今のこととして伝えられたかと疑ったが、話ははっきりしており、嘘でないと思われるので、ひとまず記した。稗官小説家は、もとより事の真偽に拘ることは必要なく、ただその世を教化するに足るものを採るだけである。

旅人が寧波から来て、語るには、その地方では女の赤子を焼き殺す一件があるということであった。空き地で薪を積み、女嬰をその上に置き、火を挙げて焚くのであった。はじめは呱呱と泣き、その後、趯趯[145]と動き、しばらくすると皮と骨がともに焦げ、人の姿でなくなると、繸[146]に石を入れて江に投じるのであった。見物人は数百人で、みなために嘆息した。そのわけを尋ねれば、この家は二人の娘を産んでいたが、いずれも溺れさせて殺したということであった。ここにいたってまた娘を産んだので、水で殺さず、火で殺し、その魂魄が恐れることを知り、また来ようとしないことを願った。ああ、溺女からして陋習であるが、さらに炬火で殺すとは。赤子に何の罪があって、悲惨にも王莽の焚如[147]の刑に罹るのか、民牧[148]たる者はどうしてきびしく禁じてやらないことができよう。

金少伯枢部[149]の祖母某太夫人は、長寿を享け、百歳に達しようとして亡くなった。晩年、精神は日々衰え、嫁や孫の妻を見ると、かならず大姉二姉[150]と呼び、親戚だと思っていた。家祭の日になるたび、嫁が食事を供えると、すでに食らったといって断った。はじめはこれは老耄して勘違いしているだけと思ったが、その後、祭るたびにすべてそうであったので、怪しんだ。そこで何を食らったかと尋ねると、すべて供物であった。そこではじめてかれの形神はすでに離れ、家祭の日、すでに祖先とともに享けたことを悟った。またこれによって「吉蠲[151]饎[152]を為す」とあるが、ほんとうに来て受けるものがあることを知った。聖人は鬼神の情況を知り、祭祀の礼を作り、『詩』にいわゆる「苾芬[153]たる孝祀[154]、神飲食を嗜む」は、まったく嘘でない。

秦娘は、維揚の勾欄[155]の人であった。その父はもとより老諸生で、話者はかれの姓を失っていた。生まれながらにして国色であり、幼くして両親を失い、そのおじに頼って暮らしていた。おじは官逋[156]を負うと、やむをえず、そのめい[157]を売ることを謀り、媒妁に騙され、青楼に入った。女は操を守って辱められず、継母は優しい言葉で宥めたが、従わなかったので、恫喝し、鞭うつと、ただみずから死を誓った。継母は計が極まり、よそに転売することを謀ったが、その貌が美しかったので、忍びなかった。ある人が継母のために謀って言った。「およそ娘たるもの、かならず情欲がございましょう。若く美しい男子をひろく探し、纏頭の費用を求めないようになさるべきです。娘の意に叶うものがいれば、一二晩とどまるに任せ、その後のことは計画を立てやすい。」継母はそれに従い、およそ親しく交際しているものは、みなかれに物色を依頼した。すると裘馬[158]の少年が、毎日来た。女はかれを見るとかならず泣き、やや近づけば怒り罵った。継母は我慢できず、日々鞭うちを事とし、女は意を決して一死を求めた。夜、夢みると老翁が言った。「わたしは、おまえの父だ。おまえはけっして死ぬな、わたしはすでにお前のためによい婿を探したから、明日は秦晋[159]の誼を叶えられよう。」呉下に蒋生というものがおり、京兆試に応じるので、蕪城を出たが、まったく女郎買いする気はなかった。蒋には友人がおり、平時も継母の頼みを受けており、蒋の貌が美しかったので、導いていった。蒋ははじめは承知しなかったが、友はつよく慫慂した。来ると、女は壁に向かって相変わらず泣いていた。蒋はふざけて言った。「聞けばきみは名を秦娘というそうだが、わたしは幼名を晋郎というから、秦晋はもとより結婚するべきなのに、どうしてわたしをひどく拒む。」女は話を聞くと、夢の中で父の言葉を思い、秋波をおくり、蒋の風采が非凡であるのを見ると、しらぬまに哭く声はやんでいた。継母は喜んで言った。「たいへんよい。たいへんよい。今日は仙女が俗世を思った。老いぼれはさらにいって酒食を調えよう。」娘は蒋とともに部屋に坐し、一言もなかったが、怒っている様子もなかった。まもなく酒食が来ると、継母は娘を招いてともに坐させ、娘も盈盈[160]として来たが、涙の痕はもとより涔涔としていた。蒋は傍らにほかに人がいないのを見たので、尋ねて言った。「きみの様子を見ると、きっと胸の思い[161]があろう。わたしは交わりが浅いが、言うことは深くて構わない[162]。」女はいささか自分の志を述べ、さらに夢を告げ、さらに嗚咽して言った。「百年の計をなせれば[163]、夢の中の父の命に、つつしんで従わないはずはございません。風塵の人と思い、一時の気晴らしをなさるならば、死んでも従いません。」蒋は感嘆して言った。「志がある娘だ。わたしはもとより娶っていないが、貧しくて金屋[164]がないのは、どうしよう。」娘は言った。「従うことを許してくださいますなら、荊布[165]でも怨みません。たださきに天日に誓い、その後ふたたび杯勺[166]に伴うことを求めましょう。」蒋は許し、ともに神に誓った。この夜ともに宴した。継母は女の思いが変わったことを喜び、つよくとどめてしばし泊まらせたので、三日逗留した。女は蒋に言った。「坊ちゃんが別れた後、継母はかならずひとりでいることを許しませんので、はやく計画を立てられるべきでございます。あなたの家にはどなたがいて、どちらにいらっしゃるのでしょう。くわしくわたしにお告げください。」蒋は言った。「家には人がいず、一人の寡婦の姉だけが身を寄せています。家は姑蘇の某巷です。」娘は喜んで言った。「わたしには計略がございます。おねえさまに手紙を書き、くわしくわたしのことをお話しになれば、わたしはおのずとこの火坑から逃れる策がございましょう。」蒋はすべてその言葉通りにした。蒋が去って三日たつと、継母はほんとうにほかに一客を招いてきたので、娘はむりに笑って接待し、酒で酔わせた。そして客の衣帽韈履を服し、偽って客の姿となり、戸を開いてすぐ出ると、大声で罵って言った。「なんだ売女め、このように強情だとは。怒りで胸がいっぱいだ。」継母は娘がまた心変わりし、客に無礼したかと疑い、追いかけて外に出て謝ろうとしたが、揚長として[167]そのまま去った。部屋に入ってじっくり見ると、客はもとより酔って臥して目ざめておらず、娘は脱兎のように逃れていたので、はじめて追いかけた。娘が門を出るとすぐ、暴風がにわかに起こり、灯燭はすべて消えた。そもそも娘は出る時、父に黙祷したので、ひそかに助けるものがいたのであった[168]。追うものはみな悚然として帰った。娘はひとり暗闇の中をゆき、導きだすものがいるかのようで、船について蘇州にゆき、結局、蒋家にゆき、姉に手紙を送った。姉は手紙が偽物でないことを確かめ、留めたが、娘はすでに妊娠していた。期日になると、一男を生んだ。姉ははじめはなお疑っていたが、男を産んだのを見るとひどくその弟に似ていたので、たいへん喜んだ。蒋は娘に別れて入京し、京兆試に応じたが、合格しなかった。ある人がかれを薦めて四川学政の幕符に就職させたが、ゆくとすぐに学使は亡くなったので、蒋は蜀にとどまって帰れなくなった。にわかに川楚教匪の乱があり、ますます苦しんだ。たまたま大帥[169]が書記の友人を招こうとしていたので、蒋はかれの幕府に入り、賓主はたいへん睦まじくした。はじめは筆札[170]のことだけを司っていたが、しばらくすると、灰盤の密謀に[171]、すべて参与し、軍功によって訓導に保挙[172]せられた。この時、道路は塞がり、魚雁に遇うのはまれであったが、蒋も戎旃[173]に従事し、家事を措いて尋ねず、家人とひさしく音信が絶えていた。川楚が平らぐと、論功行賞[174]で知県を授かり、はじめて休暇を乞うて帰った。家を辞して北へゆきここにきてから、二十年近かった。はるかに故郷を望めば、故郷に近づくにつれ不安になる[175]思いがあった。住んでいた坊巷にゆけば、門庭はもと通りで、さらに紅い灯が二つ掛かり、彩(あやぎぬ)の幕がたかく張られ、楽隊の喧騒が、戸外に溢れていたが、何ごとか分からなかった。門に入れば座上に客は満ち、おおくは知らなかった。若者がおり、近づいて客にどこから来たか尋ねた。蒋は訝って言った。「わたしはもともと蒋某で、ここはわたしの家だ。」若者はたいへん驚いて入った。まもなく、中年の婦人が出てきたが、かれの姉で、驚きさらに喜んで言った。「弟が帰ってきたのか。」若者をひいて蒋に近づいてくると言った。「これはおまえの子だ。」そもそもその子は年がすでに弱冠(はたち)になっており、その日はたまたま結婚式であった。坐していた客たちはおおいに驚嘆し、巧みな出会いだと思った。姉は言った。「ちょうど難しい一件がある。おまえの妻はすでにおばあさんとなろうとしているのに、まだ垂髪で女児の装束をしており、装いを改めさせようとしても、よしとしない。今、弟はさいわい帰ってきたが、事はどうするべきだろう。」ある客が言った。「この吉日に乗じ、父母、子と嫁を同日に結婚させれば、やはりよいことでございましょう。」満堂は轟然として言った。「そうですね。」そこで青廬[176]の中、花燭をたかく焼き、舅姑は前で拝礼し、息子の嫁は拝礼した後。見物人はみな嘖嘖とし、未曾有の盛事だといった、物好きはそのために『秦晋配伝奇』を作った。

蘇州の農村に某甲というものがおり、資産が豊かであったが子はいず、年は四十で鰥夫(やもお)となったので、妾を買うことを計画していた。たまたま閶門[177]に入ると、一人の媼に会ったが、会ったことがあるようであり、その家へ招いていった。すこし時候の挨拶を述べると、すぐに尋ねた。「今回、お連れ合いを失われましたが、再婚なさいますか、それとも妾を買われますか。」甲は言った。「妾を買いたい。」媼はつとめて媒妁をもってみずから任じた。話していると、娘が茶を奉って出てきたので、媼は言った。「こちらは娘でございますが、衾裯[178]を抱けるとお思いでしょうか。」甲が見ると、女はなかなか秀麗であったので、結納金は幾許か、媒妁は誰かと尋ねると、媼は言った。「老いぼれは夫がいず、子がいず、ひさしく空門に身を置くことを思っており、この娘が煩わしいのに苦しんでおりました。嫁ぎ先を得られれば、たいへん慰められますので、どうして多くを求めましょう。ただ洋銭百枚を望み、老いぼれの瓶鉢[179]の資金にいたします。よろしければ、直接仰ってください、人と財はともにたやすく得られ、媒妁は必要ございません。」甲はたいへん喜び、嚢中にたまたまその金額があったので、すぐ嫗に渡し、娘を連れてすぐ出、同船して帰った。城を出るとすぐ、数人が船を飛ばしてきたが、中に老翁がおり、泣いて娘を呼び、娘も泣いて父を呼び、両舷が近づくと、押し合って舟に乗りこみ、翁は娘を抱いて去った。人々は匈匈[180]とし、武力を用いようとしていた。甲は婚書[181]がなく、みずからを釈明するすべがなかった。娘に尋ねれば、娘は一言もなかった。媼に欺かれたことを悟ったが、咄咄[182]と叫ぶばかり、人々はすでにどっと散じていた。蘇州の諺にいう「白鴿を放つ」[183]ものであった。

最終更新日:2011年8月4日

右台仙館筆記

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