右台仙館筆記/巻二

姑熟[1]曹氏の二孝女は、長女を静宜といい、幼い時から姚氏と婚約し、兵乱によって隔たっていた。乱が収まると、姚氏の子はきて婿となったが、しばらくすると、はじめてかれがすでに妻を娶り、子を生んでいたことが分かった。父母が怒り、婿の非礼を責めると、静宜はねんごろに宥めた。姚氏の子は恥じ憤って去り、関係を絶った。静宜は家にいて、つつしんで父母に仕えた。母が病んだので、かわって家政を切り盛りしたが、すべて井井としていた。婉宜は、かれの三番目の妹で、若くしてたいへん聡く、読書する時、目を通せば暗誦していた。父母はきわめてかれを愛し、婿をきびしく選んでいたので、人と婚約していなかった。同治七年[2]、父が亡くなると、婉宜は身をもって殉ずることを誓ったが、家人は母がいることを理由に止めた。そこで静宜とともに長斎[3]して仏を崇め、ともに『金剛経』を誦え、亡父の冥福に資してあげた。まもなく、母も亡くなると、二人の娘は人が用心してないのに乗じ、時を同じくして薬を呷って死んだ。静宜には臨終の時に兄弟に留別した手紙があった。「わたくしは不幸にして女の身ではございますが、もちろん見識[4]は持っており、娘がいずれも無窮の恩を受けながら、お報いしていないことを思い、ふかく遺憾に思っておりました。やや生長しますと、母は痰疾となり、時を定めず発症するようになりましたが、かならず人がいて昼夜用心していれば、はじめて不測を免れることを知りました。そして、一旦とおく嫁げば、母を看病できなくなることをほんとうに恐れていました。幼くして姚氏に婚約しており、親の命には逆らい難く、分身する術はございませんでしたので、焦慮は万状でございました。婿入りの後、ほかに妾を置かせ、後日帰寧するのに便ならしめようとしました。さいわいかれは前に妻を娶っており、子供を生んでもいました。この時、人々は結婚相手がよくないことを嘆き、みな士はよくないと謗っていましたが、わたしだけは天が与えた縁で、親を養う志を遂げられると喜びました。そこでつとめて正名[5]の議を阻み、心静かに家で世話し、両親が期頤[6]の寿命を受け、ながく天倫の楽しみ[7]を述べることを願いました。ところが天下に大乱があり、慈父は亡くなり、服喪が終わらないうちに、老母もまた重病に罹り、助からないことでしょう。ああ。わたしの父、わたしの母には、すでに堂前[8]で定省[9]することができませんでしたので、仏となり[10]天に昇っても、かならず地下で従うことを誓います。これからは顔を穏やかにし[11]、つねに親しみ、さらに何を怨みましょうか。ただ家にいて親を養うことを思い、義として姚氏の人ではございません。生きては仕え、死んでは殉じて、曹家の娘といえます。のこした原聘[12]の金簪二本は、すぐ調べて姚氏に返し[13]、ながく葛藤(めんどう)[14]を断ち、明らかに決絶することを望みます。三妹[15]はお父さまが亡くなった日に、あれこれ死を求めましたが叶わず、今回も免れないでしょう。悲しいかな。兄弟はかさねて大故[16]に遭い、連枝[17]を二本折り、悲しみの心は、想像するにたえません。かげながら一言お慰めすることがございます。泉下の庭闈[18]には、妹たちが仕えますので、十分安心できましょう。兄弟たち[19]が子の職として尽くすべきことは、哀毀[20]の二字だけではありません。身を修め、子を教え、徳を積み、親を顕彰することさえできれば、おのずと父母の霊を慰めるに足り、わたしたちも傍らから笑みを浮かべましょう。二妹[21]は孔家の妻ですから、尽くすべき職務があれば、悲しみをおさえて自愛し、非礼[22]を践まないように。まもなく死別しますので、穎(ふで)に臨んで愴然としております。」

紹興の老儒王致虚[23]がいった。乾隆末年、賈慎庵というものがおり、やはり老諸生であった。かつて夢みてあるところへいったところ、大官の官署のようで、重なる門はすべて掩われ、闃として人がいなかった。徘徊していると、にわかに数人が一人の娘を擁して遠くから来、この門外に来、婦人上下の衣服をすべて去ろうとした。婦はなお若く、かすかに美しく、瑩然として裸で立ち、恥ずかしくて堪えられないかのようであった。賈はもともと腹を立てていたので、まっすぐ進みでると怒鳴って言った。「おまえたちは誰だ。無礼をほしいままにしようとするか。」人々はかすかに笑って言った。「これは驚くに足りません。」話していると、門が突然開き、数人が一つの大きな桶を担いで出、一人の吏が文書を持ってその後ろに従って去った。人々はすぐ裸の婦人を擁し、商人も従って入った。幾つかの門を経、広い庭にゆくと、男女数百が、あるいは坐し、あるいは立ち、あるいは臥していたが、みな裸で寸縷もなかった。堂上には一人の官が坐し、かれの前には大きな榨牀[24]が設けられ、健夫[25]数人が、大きな鉄叉を持ち、思いのままに男女を槽に刺し[26]、大石を用いて圧搾し、膏血は淋漓としていた。下では盆で受け、盆が満ちるとすぐ酌んで大きな桶に注いでいた。このようにすること十余度、大きな桶が満ちると、数人で担ぎ出した。役人は文書を閲すると一人の吏に渡し、ともに出させた。賈が下役を見ると、すでに亡くなった隣人の周達夫であったので、進み出て呼んだ。周は驚いて言った。「君はどうしてここにいる。ここはどうしてひさしく留まれようか。はやくわたしに従って出ろ。」商人が桶の中が何かと尋ねると、周は言った。「鴉片煙膏だ。」当時,鴉片煙は流行しておらず、商人はこの名目があることを知らなかったので、鴉片煙とは何かと尋ねた。周は言った。「今は太平の日々がひさしく、人口は増えているから、大劫[27]によって除去するべきだ。昔からの大劫は、水火刀兵の類にすぎない。この劫に遭えば、賢愚はともに尽き、福善禍淫の説はしばしばここにきて極まっている。そこで上帝は神々に命じて会議させ、特別に鴉片煙の劫を作り、世間では罌粟の花の汁を借りて煮て膏にさせ、人が吸引するのに供させている。この煙草を吸うものは劫の中におり、この煙草を吸わないものは劫の中におらず、その人がみずから取る[28]に任せ、咎めを造物の不仁に帰することはできない。この劫があって増えた数を除けば、水火刀兵の諸難は、十のうち五六を消せよう[29]。しかし罌粟はもともと草花に属し、昔からあり、その汁は淡薄で、膏を煮ることができない。そこでさらに九幽[30]を主管するものに命じ、無間地獄で、不忠、不孝、無礼義廉恥の罪魂[31]を選びとり、記録してこちらに送って来、膏血を搾り取り、地上の山陵原隰[32]墳衍[33]の神に転送する。この膏血を罌粟花の根の中に注ぎこみ、根から花苞に達すれば、その汁は自然に濃厚となり、一たび煮れば、光彩色沢は黝然とする。記憶しておいてみろ。数十年後に、この煙草は天下に広まっていよう。」商人がさらに訪ねようとすると、突然さらに人がいて、数十の男女を駆ってき、鞭うちはたいへん厳しく、声を揃えて叫んでいた。商人はどきどきして目ざめ、人に語ったが、人で信じるものはいなかった。道光中葉以後になり、鴉片煙はほんとうに盛行したが、商人はその前に死んでいた。しかしかれの言葉はなお人の耳に残っていたので、その時にみな鴉片煙の中に死人の膏血があるといったが、実はこの言葉によって誤りが伝わったのであった。

楚の士人呂鳳梧が、姑蘇に遊んだ。舟の中で一人の娘を見たところ、美しくて艶やかであった。船は行き来し、一瞬ですぐに過ぎたが、かれを思えば盈盈[34]として目にあった。その晩、枕に就き、夢みると人が告げて言った。「舟の人は、おまえの妻だ。」呂はもとより娶っていなかったので、おもわず心を動かしたが、追跡できなかったので、やはりひとまず措いておいた。翌年、貢生として成均[35]に入り、京師にいった。たまたま琉璃廠で一幅の絵を見たが、画中の一人の娘の像は、ひどく舟の人に似ていた。上に詩があってこうあった。「新妝[36]宜面簾を出でて来り、ともにかぞふ庭花の幾朶開くを。われは敬君に比してやや事を解し、かつて軽しく去りて斉台を描かず。」呂は敬君のことを知らず、茫然としてはからず、ひとまず青蚨[37]一貫で買った。その年、抽籤で知県として江西に派遣され[38]、同僚の沈君とたいへん睦まじくしていた。沈君は、蘇州の人で、ある日、呂の斎中にゆき、絵を見てたいへん驚き、言った。「これは亡妻の像で、わたしが手ずから描きました。昔、京師におり、一つの篋を失い、この画幅を失いました。もしや都門の市場で得られましたか。」呂は言った。「だとすればわたしはご夫人を見たことがございます。」そこで呉門の舟で会ったことを告げた。沈は言った。「いいえ。いいえ。妻は一年前すでに亡くなりました。」呂は言った。「それならば、どうしてたいへん似ていたのでしょう。」沈は言った。「それはきっとわたしのおばでございます。わたしの妻の父は二人の娘を産み、面目は同じで、家人も見わけられません。長じてすぐ婦を失いましたから、あなたがごらんになったのはかれの妹でございましょう。」呂はそこで夢の中の言葉を告げ、沈は言った。「わたしのおばはもとより招くのを待っているものですから、あなたのために媒妁をなしましょう。」結局、媒合し、たちまち佳話となった。按ずるに『説苑』は、斉王が九成台を建て、国内の絵がうまいものを募り、銭を賜ったことを載せている。敬君はつねに飢え凍え、その妻は妙色であったが、敬君は台を描くのに巧みであったので、画料を賜ることを貪り、家を去って日が経つと、その妻を思い、像を描いてそれに向かって笑っていた。沈が用いた敬君の故事はまさにこれである。しかしことは『芸文類集』の引用に見え、今本の『説苑』にこの文はない。

滁州府来安県の人劉某は、夜起きて厠へゆき、塀の外で語って言った。「三日食べていないが、神さまはわたしが明日南の村の張氏の童養媳(トンヤンシー)でわたしを満腹に供してくれることを約束した。おまえと三郎も与れるから、よそへゆかないでくれ。」劉はその言葉を訝り、梯を掛けて見れば、塀の外に二匹の狼が向かいあって坐したので、たいへん驚いて下りた。そして張氏の妻は、かれの一族の娘であると思い、夜明けに走っていって告げた。女はわずか十三歳で、その日は門を閉ざして出なかった。嫂は笑って言った。「おまえを騙しているだけだ。どうして狼なのに人の言葉を話そうか。」晩になり、嫂は門の外にいって柴を引いて[39]晩の炊ぎに供させようとしたが、女は承知しなかった。嫂はそこでみずから門外にいって取り、さらに四顧して言った。「狼がどこにいる。」話していると、一匹の狼が積んだ薪の中から出、嫂を衝き倒し、門に入り、娘を銜えて去った。嫂は驚いて叫び、隣の人々はみな集まり、見ると狼はまだ遠ざかっていなかったので、追った。追いつこうとすると、突然、路傍からまた二匹の狼が出、ならんで駆け去った。

呉璸香は、湖南沅陵[40]の士人の娘であった。幼くして父を失い、その舅に従って武陵に寓居していた。咸豊四年、粤寇が来、舅家はすべて避けて去り、一人娘はその舅に従って危険な城にいた。城が破れると、娘は舅にはやく去れと言った。舅は言った。「お母さまはおまえをわたしに託されたのだから、おまえを棄てて去ったら、お母さまに地下で会うのは面目ない。」女は言った。「甥は舅をわずらわすことは一日ではなく、今は危急の際でございますから、どうしてまた弱い体で舅のわずらいとなるに忍びましょうか。」部屋に入り、首を吊って死んだ。数日後、賊はその家に入った。時にまさにひどく暑く、その亡骸がしばらくしても腐らないことを訝った。解いて見ると、衣はすべて縫われ、胸の前の一詩にこうあった。「城は破れ身は難き辰(とき)、途は危ふく志はますます貞なり。千秋に名節重く、両字死生軽し。報いず君親の徳、児女の情をいだくを恥づ。願はくは三尺の組をもつて、この百年の身ををへん。」

漢口鎮の袁家湾[41]に老いた大工がおり、年は六十三であった。二子は娶っておらず、ともに父の仕事に従事していたが、兄弟仲は良くなかった。たまたま口論し、兄が斧を挙げて弟の頭を斬ったため、弟はすぐ死んだ。隣人は兄を縛って役所に送ろうとすると、父は泣いて言った。「老いぼれにはこの不肖の子が二人いるだけで、今、下の子は非業の死を遂げましたが、長男がまた処刑されれば、晩年何を頼りとしましょう。」人々はその言葉を悲しみ、それぞれ散じて去り、そのことは結局止んだ。按ずるに紀文達の筆記に一事が載せてあり[42]、これと似ており、天下のことには、情と理いずれにも障りがあるものがあるのである。律の記載では、重罪犯で子がいないものはその妻が獄に入ることを許しているが、これは変化の理に通暁できているのかもしれない。

山右の侯氏は、国初にはたいへん富み、言い伝えでは、富裕になった当初、たいへん奇妙なことがあったという。夫婦二人がおり、貧しくて子がいなかったが、毎日かならず神に祈り、たなぼたを得れば、死んでも怨みませんと願っていた。このようにして数十年験がなく、夫婦はすでに老いていた。ある晩、就寝すると、突然、地で[ボツ]然[43]と音がし、釜が溢れるかのよう、見ればゆか全体に元宝が湧き出していた。驚き喜び、それを取ったが、取るほどに多くなり、取りきれなくなり、二人の老人はいずれも力尽きて倒れた。族子[44]がおり、若くして父を失い、娶らず、住居は隔たること遠くなく、毎日その家へいって炊飯を助けていた。その日、来ると、門は開いておらず、叩いても返事がなく、垣を越えて入って見れば、老翁はすでに元宝に圧死せられ、老婆は一息が残っているだけで、なお話せたが、まもなくやはり死んだ。族子はかれらを埋葬し、その有り金を擁し、金持ちとなり、乾隆末年にはじめて衰微した。

英吉利(イギリス)国に帆船があって夭仙尼[45]といい、同治十三年四月[46]に出発して亜甸(アデン)にいった。ゆくこと六十余日で、舟で失火があり、消せなくなった。船長はボート三隻を放ち、人を逃げさせたが、ボートに乗ったものはおよそ三十一人であった。ゆくこと数日、一隻だけが後れ、眺めたが前の二隻も見えなくなった。持っていた糧食はすっかり尽き、死者は二人で、なお六人が残り、鹹水だけを飲んで過ごしていたが、中の一人が提案した。「ともに死んでは益がないが、一人が死んで五人が生きられれば、これも身を殺して仁をなすことだ。」そこで相談して人を食糧とすることにし、木を削って籤にし、もっとも短いものを引いたものは人々が殺して食らうに任せることにした。その後、籤を作った人がもっとも短い籤を引いた。時にともに乗っている水夫に阿加士藐剌(アガシモラ)というものがおり、みずから塩水を飲むことが多く、生きられないことを恐れており、代わって死ぬことを願ったが、短い籤を引いたものはかたくなによしとしなかった。そこで殺してかれの血を飲み、かれの肉を食らい、五人は死ななかった。数ヶ月後、英国にさらに一隻の大きな火輪船があり、亜非利加(アフリカ)洲の南で失火した。二人でボートに逃げ、風に任せて漂い、数日岸に着かず、ひどく飢え、結局その朋輩の者を食らって露命を繋いだ。この二事を見ると、やはり航海の危険が分かる。按ずるに、晋の楊泉[47]の『物理論』に、漢末に管秋陽が弟および一人の従者とともに、乱を避けてともにいった。天候は雨で食糧は絶え、その弟に言った。「今、従者を食らわなければ、三人はともに死にましょう。」そこで弟とともに殺し、食糧を得て家に達した。後に恩赦にあって罪がなくなった。孔文挙はこれを論じ、食らったことを是とした。梁の元帝[48]の『金楼子』[49]は文挙の論を悖逆の道とした。そもそも弱肉強食は、禽獣のことであり、飢えて食らえば、人はどうして禽獣に異なろうか。

華亭の顧秉藻は、若くして聡明であったので、父母はいずれも特別に愛していた。咸豊十一年[50]、兄弟たちと母を奉って兵乱を滬上に避けたが、病を得て亡くなった。臨終の時、母の衣を牽き、仲兄の子礼枢を跡継ぎとすることを願い、母は泣いてそれを承諾した。まもなく、母も亡くなった。乱が収まって帰郷すると、兄弟たちは母の命の通りにしようとしたが、秉藻は娶っていなかったので、跡継ぎを持つことはできなかった。たまたま金山[51]銭氏の娘がおり、婚約しないで死んでいたので、秉藻と年が近かったために、媒合した。迎娶[52]の礼に倣い、その柩を迎えて帰り、秉藻の墓に合葬した。物好きは催妝詩[53]を賦してやった。按ずるに、このことは昔からあったのである。遷葬[54]と嫁殤[55]は、媒氏でそれがはっきり禁ぜられていることを記している[56]。鄭司農[57]が『周官』[58]に注して「今時の娶会なり」というのがこれであるが[59]、だとすれば、漢代にもともとこの風習があったのである。魏の武帝が�ｹ哀王のために甄氏の亡くなった娘を招いて合葬したのは[60]、やはり世俗の見解に従っていたのである。

蘇州の袁氏の娘が呉氏の子と婚約し、結婚しないうちに庚申の乱[61]に遭ったので、両家はいずれも移住して避けた。乱が収まると、娘は父兄に従ってまた帰った。父はもともと商業に従事していたが、ふたたび旧業を営み、蓄えはなかなか豊かになった。呉氏は、人は消え、家は壊れ、老いた寡婦だけが残っていたが、それは娘の姑であった。娘は父に請い、呉氏に嫁ぎ、やもめの姑に仕えることを願った。父は許さず、さらにほかに嫁がせることを謀ったが、女は断髪してみずから誓いを立てたので、強いるわけにもゆかなかった。同治十三年[62]、呉氏の親戚が秦中から帰り、呉氏の子とともに攫われ、輾転として江西に来、呉氏の子は某年月日に死んだと語った。娘は聞いてたいへん嘆き、父に言った。「今日はわたしの志に従われるべきでございます。許さなければ、死ぬことを願います。」父はやむをえず、呉に帰った。この娘が貧富生死によって心を変えなかったのは、賢いといえる。明の帰熙甫の著論は、女が嫁がないうちに夫が死んだ場合に節を守ることの非を極言しているが、近時の汪容甫[63]もこの説を主張している。わたしはそう思わない。『列女伝』にいう。衛の寡夫人は、斉侯の娘で、衛に嫁いだ。城門にゆくと、衛君は死んでいた。娘は、三年の喪に服し、詩を作って言った。「わたしの心は石でなく、転じられません。わたしの心は席(むしろ)でなく、巻けません。」帰、汪の説に拘るならば、衛女の詩を、聖人はどうして採録したのか。思えば以前、滬上にいた時、応敏斎同年が記録した張貞女のことを示され、わたしはその後に書き、この義を説くことがなかなかくわしかったので、今、文集に入れる。

広東開平県の城外に張橋村があり、すべて張姓の家で、豪族であった。張某というものがおり、楊氏の娘と婚約していたが、娶らないうちに亡くなった。楊氏の娘は衰絰[64]で門に入り、舅と姑に目通りし、小屋を夫の墳墓に築き、三日すると、帰った。張氏はそこで近親の一人を選んでその後継にした。楊は育て、成人すると、蘇氏の娘を招いてやった。結婚して一日すると、子も亡くなった。蘇の娘もその日に夫の家にゆき、喪に服することを請うた。楊は言った。「これもまたわたしと同じです[65]。このことは容易いことではありません。」かたく断ったが、蘇の娘は承知しなかったので、かれの志の通りにした。姑と嫁二人の女がならびに嫁がない女として義を守ったのは、難しいことであったといえる。聞けば蘇の娘の嗣子はすでに黌序[66]の間で名声があるそうだが、二節婦の報いかもしれない。

蘇州城外に貧家の娘がおり、幼くして某家と婚約していた。娘は生長すると、父母はともに亡くなっていたので、兄だけと住んでいたが、婿が遊蕩しており、人品が低いことを聞くと、心のなかで卑しみ、約に背く思いを持った。そこで、蓄えてあった針仕事の稼ぎである洋銭十枚を兄に渡し、媒妁に与えて男の家の結納を償わせ、婚書[67]を返すことを求めさせることを頼んだが、その兄も無頼であり、すべて飲酒賭博に供し、偽って婚書を作り、その妹を欺いた。娘はそれを知らず、ほんとうに相手と絶縁したと思い、隣家の媼に意を示し、媒妁させ、城内の護龍街の王姓のものと結婚した。その前に婚約した夫は娘が王氏に嫁いだことを知ると、奪うことを計画した。王氏は防備していたので、果たさず、その日、すぐにお上に訴えた。官は質して実情を知ると、その兄を三百回鞭うち、女はやはり前に婚約した夫に嫁ぐようにと判決した。律によっても礼によっても、もとよりそうであるべきだが、娘がその家に安住できなかろうことは、予測できる。

番禺の大石郷に某甲がおり、三人の息子と一人の娘を産み、次男ははやくに亡くなっていた。某年に長男のために妻何氏を娶り、その娘を陳氏の息子と婚約させていたが、何氏のおばの兄弟であった。何は娘ときわめて睦まじかったが、娘がたまたま刺繍していたところ、何はそれを見て嘆いて言った。「ここまで上手ならば、針神[68]といえますが、才があっても運がないのはどうしようもありません。」娘はその言葉を訝り、つよく尋ねた。何は言った。「あなたの婿はわたしの遠い親戚で、美しいさまは冠玉[69]のようですが、遊蕩して節度がなく、すでに悪疾に罹り、その体を損なっています。」娘はそれを聞くと、食らわないこと累日であった。母が尋ねると、そのことを告げた。母は言った。「言い伝えでの誤りかもしれない。」しかし娘は嫂の言葉を真実であるとし、ある日、みずからその髪を断った。母はたいへん驚き、妻を呼んでき、お喋りを咎めた。何もたいへん驚き、言った。「ひどいことをしてくれました[70]。わたしはあなたを姉妹のように愛していたから、こっそりそのことを知らせたのに、いきなりこんな思い切ったことをするとは。今、お父さまとお母さまがお責めになるのに、わたしはどうして耐えられましょう。」甲夫婦はそこで媒妁を婿の家にゆかせて絶縁することを求めた。婿の家は承知せず、かえって甲が約束に背いたことを訴えようとした。甲夫婦は事の原因を追究し、日々何を罵った。何は我慢できず、やはり髪を切った後、投げて言った。「わたしが罪を認め、小姑(いもうと)とともに長斎繍仏[71]して罪を贖うことを願うのは、宜しいでしょうか。」そこで家を挙げて大騒ぎした。甲の息子はたまたまよそに出ていたので、促して帰らせ、婉曲にかれの妻と妹を宥めさせたが、やはり人に命じて謙った言葉で陳に絶縁を求めさせた。陳はやむをえず、承諾した。この娘は韓詩の『芣苢』[72]の趣旨を弁えておらず、とりわけ教育できず、最後にどうなったかも分からない。

李縄式字は肯堂は、広東韶州府の人であった。もともと貧民の子で、貯蓄して家を興し、晩年はなんと素封となった。平生、九の数に際会することが多かった。そもそもかれの父は四十九歳で縄武を産み、六十九歳になって亡くなっていた。縄武は十九歳ではじめて家を出て商売を学び、五十九歳で家で余生を過ごしていた。九子九女を生んだ。六十九歳の時、その後、妻は年が三十九で、さらに一子を生んだ。まもなく、その第四子は亡くなり、ふたたび九子となった。子はそれぞれ一人の娘を娶り、妾を娶らないは、女の夫にも妾を娶るものはいなかった。九子九婦九女九婿、孫十九人がおり、外孫は男女二十九人であった。光緒元年正月初九日は、かれの九十の誕生日であった。これも熙朝[73]の人瑞であった。

江北のある妻は、姑と睦まじくなく、つねに仲違いしていた。ある日、妻は金の指輪を飲んで自尽しようとし、転げて絶命しそうになっていた。ある人が羊の脛骨を用いて炭を焼き、研いで粉末にし、飴と混ぜて服することを教えた。翌日、金環が大便とともに出、結局恙なかった。張少渠がわたしに語ってくれたので、書いてその伝聞を広める。

某甲は暮らしが人並みであったが、しばしば訴訟に遭い、財産を費やし、鬱鬱として病となり、助かりそうになかった。すると乞食が門口に来、みずから癒やせると言った。陳は入って見ると、すでに食らわないこと三日、息絶えようとしていたが、腹はなお咻咻[74]と動いていた。乞食は言った。「この中には物(もののけ)がおり、わたしは治せないから、わたしの師匠を招いてくるべきだ。」二十日を期日としたので、家人は言った。「朝晩も保てないのに、二十日でよいのか。」乞食は薬を出して授けると、言った。「これを服すれば待てよう。」服すると、ほんとうに熟睡しているもののようであり、食らわないのに、結局死ななかった。二十日後、一人の僧が言った。「乞食が推薦したものでございます。」入って病人を見ると、鉢の中から一つの丸薬を出し、針金で繋ぎ、病人の喉に収め、しきりに引き、さらに手でその腹を摩った。しばらくすると、病人の口吻がかすかに動き、僧は腹を摩ることがますます急になり、あいかわらずその針金を引いていた。突然引き出すと、すぐ物(もののけ)が薬とともに出てきたので、にわかに地に投げたが、一匹の小さな蛇であった。僧が薬すこしばかりを撒くと、蛇は水に化し、病は癒えた。人は蛇がどこから生じたかと尋ねると、僧は言った。「怨みの気が結ぼおれていたのです。拙僧は病を治すだけでなく、さらにその怨気を消し、訴訟するものと来生でふたたび因縁によって纏いつかないようにさせました。」その家はあつく報いようとしたが、受けずに去った。この僧とこの乞食は、仙仏の化身であろうか。

姑蘇の某寺の僧は、毎年仏会を挙行し、隣家の嫗に頼んで善信[75]たちを招かせていた。およそ会に入るものはみな香銭[76]数百文を払い、僧は嫗と瓜分していた。女は日に日に豊かになったが、僧は相変わらず清貧であった。某年の除夜、借金取りが三門に来たが、僧は対処するすべがなく、結局逃げ去った。翌年、村人は他の僧を主とした。上元[77]の晩、慣例に従って仏会を挙行し、やはり隣家の媼に頼み、代わって招いてもらった。その後、僧は嫗に銭を求めたが、嫗はぐずぐずし、しばらく与えなかった。ある日、僧が外から帰り、部屋に入ろうとすると、声がした。入れば、人が牀におり、衾を擁して臥していた。呼んで尋ねると、嫗であった。どうしてここに来たかと尋ねたが、答えなかった。僧が引きだそうとし、衾を掲げると、嫗は裸で寸縷もなかった。僧はたいへん驚き、奔り出、嫗の家にゆき、その子を呼んだ。子ははじめは信じないようであったので、むりに引いていった。嫗は事が叶わなかったことを知ると、かえって僧を誹謗した。僧は厨に入って刀を取り、一本の指を断ち、痛みを忍んで示して言った。「これでみずからを釈明しよう。」嫗母子はよろよろと去った。そこで前の僧が妻の術に落ちたことを悟った。後の僧のように定力[78]があるものは、仏である。

ある孝廉が落第して南に帰ろうとし、宿で病んだが、従僕を連れておらず、一人の車夫だけが世話してあげていた。病むこと一月あまりで癒えたが、すでに逆旅の主人と車夫[79]に銭数十緡の負債を抱え、どうすることもできなくなっていた。車夫は言った。「ゆかれるのには資金がなく、とどまることもおできになりません。こちらに家庭教師先がございますから、わたしが人に頼んで紹介させれば、きっとうまくゆきましょう。かれにつき、いささか館穀[80]を積み、帰郷の計画を立てられては、いかがでしょうか。」孝廉は喜んで従った。その後、車夫が来て告げて言った。「事は叶いました。ただ、ここからなお百余里ございますから、明日、車を御してゆきましょう。」夜明けに出発したが、ゆくところはまったく普通の場所でなく、はじめは阡陌が縦横で、その後、山路が集まり、間に小さな村があり、名も知らなかった。ゆくこと三日、はじめてその家に達したが、雕牆峻宇[81]で、規模はたいへん大きかった。しかし人は多くはなく、かれと一言を交わすものもいなかった。車夫は導き入れ、十余の重なった建物を経、中庭にゆけば、花木は翳然[82]とし、窓は明るく几(つくえ)は浄かったので、語った。「こちらがお休み場所でございます[83]。司るのは筆墨のことだけでございます。主人はたまたまよそに出ており、筆墨の仕事もございませんので、こちらにいらっしゃれば、苦しいことはございません。あなたは金を借り、すでにすべてあなたのために償いましたから、お気になさいますな。ただ、こちらはしもべが多くなく、伺候する人がいないのが難点で、壁に回転盤を置いて飲食を通じるばかりでございます。求めがあるときは、盤を叩いて語れば、すぐ手に入りましょう。」そう言うと辞して去った。孝廉は一人この部屋に住んだが、食事はなかなか豊富であった。しかし住居はゆとりがあるのに、一人も見えなかったので、ふかく訝った。時たま出て散歩すれば、諸々の建物はすべて鍵で閉ざされていたが、一室だけは閉ざされておらず、入れば、書物十余櫃があった。そこで一冊を持ちかえり、それによって暇つぶししようとした。書面には「水」の一字が大書されており、中に符呪が多く、通暁できず、ことに興味がなかった。翌日いって易えようとしたが、その場所が分からなくなっていたので、また持ち帰り、ひとまず案頭に置いた。さらに数ヶ月して、朔風は冷たく、木の葉はすべて落ち、望郷の念はなかなか切実であった。たまたま茶を啜り、手ずからこの書を開き、一つの符を見れば、屈曲して蛇のようで、傍らに呪文があった。戯れに指に杯の茶をつけ、その護符を描き、ならびに呪文を誦えた。すると突然、身が洪水の中にあり、風涛は澎湃とし、茫としてはてしないことに気づいた。たいへん恐れ、きっと死ぬだろうと思い、ひとまず目を閉ざしてゆくに任せた。まもなく、突然、平地を踏んだが、着物履物はまったく湿っていなかった。道に通行人がおり、近づいて、ここはどこかと尋ねると、「紹興府だ。」と言った。そこでたいへん驚いた。孝廉はもともと呉中の人で、家から遠くなく、たまたまある同年が越で役人をしていたので、いって会うと、資金を援助して帰らせてもらい、家にゆくと、妻子が迎えて尋ねて言った。「××に住み込んでいらっしゃいますのに、どうして帰ってこられました。」なぜ知っているか尋ねると、言った。「数ヶ月前に旅人が百両を持ってき、あなたの修脯[84]だといい、家に預け、薪水を供しましたが、仕事が忙しかったので手紙をお出ししなかったのでございます。」孝廉はますます怪しんだので、そのことを語り、また追跡せられることを心配し、家を移して避けたので、後にほかの事件はなかった。ある人は、その護符は術家の水遁の法だといったが、孝廉はすでに記憶できず、さらに試そうともしなかった。

嘉慶年間、ある選人[85]が謁選して、貴州の某県令を得、家族を連れて赴任し、従者はなかなか多かった。省会にゆき、大府[86]に会いおわると、同僚が語った。「この県は土地が痩せていることが尋常でありませんから、けっしてご家族をゆかせられません。」そこで家族を省城に留め、一人郡[87]にゆき、太守[88]に会った。太守は言った。「おんみが役人となれるところは人の住む場所ではございません。さいわいその印はわたしところにあり、おんみはすぐ印を受けとれますから、進んでゆくことは必要ございません。わたしの幕中でたまたま書記が欠けているが、おんみは文士で、かならず翰墨に慣れていましょうから、しばらくお留まりいただくのは、宜しいでしょうか。」知事は、しがない官だが、やはり、幕下の客よりは勝っていると思ったので、つよくゆこうとした。太守はそこで首県[89]に車馬従僕を調えるように命じ、さらにその県にいったことがあるものを募って導いてゆかせた。ゆくこと数日で路に迷ったが、会うのはすべて苗[90]僚[91]の異族であったので、尋ねられなかった。その地は都合五六百里に過ぎなったが、ゆくこと十日ばかりしても着かなかった。ある日、導くものが告げて言った。「行く手はこのようでございます。」そこでともに進んで入り、ゆけば崩れた垣が囲み、城(まち)があるかのようであった。その中では荊榛が路を塞ぎ、進むのはなかなか容易でなかった。しばらくすると、土屋数軒があり、その壊れた塀に字があり、じっくり見れば、某県であったので、訝って言った。「もしや役所[92]か。」その門で呼ぶと、人が草の中から出てきた。誰かと尋ねたので、告げると、その人は叩頭して言った。「わたしが県の吏(したやく)でございます。すでに二十余年県令がいませんが、今日またお会いしようとは思いませんでした。」隷役(しもべ)がいるか尋ねると、言った。「以前はおりましたが、今はひさしく役人がいませんので、このものたちはみな散じてそれぞれの郷里におり、ひさしく聞かず、その生死は知れません。」そして導き入れると、室内に土数尺が積まれており、言った。「こちらが公案でございます。」またその中に荒れた墓が累累としていた。これは誰かと尋ねると、吏は言った。「すべて前の知事さまで、こちらで亡くなり、骨が帰れませんでしたので、わたしが土に穴を掘り、お埋めしたのでございます。」知事はそれを聞いて意気沮喪し、即日帰った。郡にゆき、太守はかれがはじめつよくゆくことをこうていたので、問責し、数年の不遇の後、はじめて転任することができた。このことは、以前京師にいた時友人呉文南から聞き、その県名も言えたが、今は記憶が定かではない。辺地は荒凉としているから、ありえることだが、話者もその事実を誇張していたかも知れない。

文南はこのことを語った時、微官がとおく旅すれば、旅路は孤独危険であり、尋ねられないことがある[93]と言った。国家の規則では、五百里以内で仕官してはならない[94]。ひそかに思うに、一命の員[95]でありながら、万里に赴任するのは、やはりことさら憐れであるから、制限してやり[96]、一二千里の外にいられないようにさせてはどうか[97]。乾隆、嘉慶の間に某甲というものがおり、県尉として滇南にゆき、着任して一年足らずで亡くなった。子がいず、一妻、一妻の弟、一人の僕(しもべ)、一人の媼(ばあや)がいるばかりであった。まもなく、妻の弟も死に、僕(しもべ)と媼(ばあや)はいずれも散じて去り、妻はなお若く、民家に寄寓していた。しばらく食らわず、人のために衣服を洗濯して自給し、十指は血を流し、飢え凍えることを免れなかった。隣家の媼は、役所の媒妁であったが[98]、ある日、訪ねてきて言った。「どうしてみずからをこのように苦しめるのですか。一策があり、しばらく飢えと寒さを救えましたら、従えますか。」妻がどんな策か尋ねると、媼は言った。「あらたに来た県官は、若くして軽佻で、道学の名を慕っています。妓女を鞭うつことを好み、鞭うつときはかならず衣を去っていました。妓女はそれを恥じ、大金で許しを求めましたが叶わず、さらに大金で自分に代わるものを募りましたが、その人もいませんでした。かれに代わって役所にゆければ、わたしは妓女たちと約し、杖一回につき、千銭を与えさせましょう。伍百[99]の人々はみな妓女の賂を受け、杖うちするはかならず軽うございます。さらに身体はあなたですが、氏名は違いますから、まったく泉下の人の恥になりません。」妻は貧しく操を失ったので、結局その策に従った。その後、県に役所にゆかねばならぬ妓女がいたが、すべてこの媼が紹介してくれたので代わったが、県庁の�p隷は知らない者はなく、みなかれの愚鈍無恥を笑った。しかし、妻は結局二百余両を蓄え、その夫の遺骸を帰葬した。思うにこの妻はおおいに辱めを受けたが、結局、操を失わなかったので、不貞といえない。父母の遺体を惜しまず、その夫の遺骸を帰したのは、不義といえない。君子はその志を悲しみ、その境遇を悲しみ、きびしく責めることはできない。

金陵の農村に某翁というものがおり、一子を生み、隣村の某家と結婚した。兵乱で、その子を失った。翁はもともと行商人であったので、四方を移動し、一人の小児を拾い、その子と年が近く、子とし、すぐ子の名を名づけた。金陵が回復すると、翁はやはり異郷で行商し、某家はすでに帰っていた。娘が年頃であったので、嫁がせようとし、某翁の所在を訪ね、手紙を送って告げた。翁は、自分は子を失ったが、さいわい養子がいるから、にせものをほんものに代えられると思ったので、返信を書き、その年の夏秋の間に子を連れて帰ることを約した。期日になるとほんとうに来たが、旧宅は残っていなかったので、家を借りて妻を娶る計画を立てた。両家はいずれも約束があり、まもなく娶ることになっていた。翁の子は突然帰ってきたが、帰ってきたもののその家が見つからなかったので、隣村の娘の父の家にいって面会を求めた。娘の父はたいへん驚いたので、みずから某翁の家に送っていった。子は父母を見ると、衣を引いて嘆き泣いた。翁は認めまいとしたが、ほんとうの子であったし、認めようとしたが、娘の父がいるのが邪魔であった。そこで言った。「これはわたしの兄の子で、わたしの子ではない。幼い時から離散し、かれの記憶が真実でないだけだ。」娘の父は帰ると疑った。そして、すぐに偵察して実情を知ったので、媒妁を遣わして告げて言わせた。「もともと婚約していたものが、わたしの婿だ。他人の子がどうして娘の婿となれよう。」某翁は考えたが計略はなく、かれの養子は事が叶わないことを知ると、真夜中過ぎ、刃を抱いて門を出、にわかに娘の父の家に入った。娘の父が出てきたので、左手でかれの袖を取り、右手で刃を擬して言った。「娘がわたしに嫁がないなら、わたしはさきにおまえと娘を殺し、帰って婿を殺し、わたしも自殺し、四人が同じ日に死のう。」娘の父は事が急であるのを見ると、期日通りにすることを願ったが、養子は言った。「待てない。今晩にしろ。」娘の父は言った。「それなら、わたしを解いて中に入らせ、娘のために服装をすこし調えさせてください。ひとまずお掛けください。」娘の父は入ると、屈強のしもべを集め、縛って送り返させようと謀った。かれの妻は言った。「それは良計ではございません。それでは、かれはますます恨むのではございませんか。わたしの婿と娘は、かならずかれの手で死にましょう。」「それならば、どうしようか。」妻は言った。「かれには養子がいるのですから、わたしがどうして養女を持つことを妨げましょう。」そこでひそかに裏門からその娘を送ってその叔父の家にゆかせ、一人の下女を着飾らせて青廬[100]の中にいさせ、婿を招きいれて挨拶させた。結婚すると、こう語った。「あなたが告げずに結婚したことを、ご父君はきっとお怒りになりましょうから、すぐに帰らず、満月[101]までこちらにとどまってはいかがでしょうか。」喜んで言った[102]。「承知しました。」娘の父は媒妁に命じて某翁に告げさせて言った。「お子さんはすでに娘の婿となりました。あなたにはなお兄さまのお子さんがいられ、わたしにも弟の娘がおります。さらに結婚させるのはよろしいでしょうか。」翁もその趣意を悟り、その子を娘の叔父の家に婿入りさせた。満月になると、娘の父は吉日を選んで二人の婿と二人の娘を送ってともに帰らせ、夫婦たちはそれぞれ睦まじく、睦みあって無事であった。

江西広昌の人丘某は、若くして読書し、童子試に苦しんでいた。突然、夢みて冥土にゆくと、冥吏はまさに案(つくえ)に拠って事を裁いており、丘を見て言った。「この十名の相公は、どうしてここに来た。」さしまねいて出し、目ざめて人に語った。ある人は言った。「子はかならず第十名で学校に入ろう。」甲はひそかに思った。「ほんとうに第十名で学校に入るなら、秀才[103]と呼んでよいのに、どうして十名の相公[104]というのか。これはよくない兆だろう。」そこで儒を棄てて商人となり、同郷の茶を売る者のために筆墨のことを司っていた。春に出て秋に帰り、毎年同じようにし、出世への思いを断っていた。ある年、帰途郡城を過ぎ、たまたま郡試[105]があったが、同学の友および親戚がみなおり、受験を勧めた。丘は許さず、人々はすでにかれのために県で注冊[106]し、府で納巻[107]していたので、しぶしぶ受験した。府が円榜を出すと、覆試[108]に招かれたが、ほんとうに第十名であった。丘は見て驚いてどきどきし、体がよくないことに気づいたので、覆試を受けないで帰った。家に着かないうちに、亡くなった。ああ。府試[109]で覆試に招かれるのは、大きな事ではないのに、その席次[110]はやはり冥籍に注せられているのか。

桐郷の沈宝樾は、字を茂庭といい、富んで施しを好んでいた。およそ善事に遇えば、かならずすすんでそのため、遠近に善士[111]の名声があった。庚申、辛酉[112]の乱で、寇を避けてと遠方に出、その家族と姻戚[113]で従うものは数十家であった。艱難辛苦があっても[114]、結局、棄てず、人はもっとも讃えていた。まったく子がいなかったが、中年過ぎに妾を娶ると、妾は夫の子二人を生んだ。隣に火に用心しない者がおり、火がその巷に及んだが、風向きが変わって免れたので、みな善をなした報いだといった。ところが光緒元年冬に塀が壊れて圧死したので、以前善を称(たた)えていたものたちは、ここにいたって疑わざるを得なくなった。厳芝生[115]庶常[116]は、かれの友人で、わたしに求めて文を作って疑いを解くことを説いた。わたしは『援神契』の遭命[117]の説および王充『論衡』の福虚禍虚[118]の義に依拠して、文を作って応じ、娓娓として千言であった。しかし王充のいわゆる福虚禍虚を、わたしはまったく正しいと思わない。そもそも「余殃余慶」の文は、『周易』に明らかで[119]、天人相応の理は、『春秋』に詳しい[120]。もし禍福がすべて空しければ、勧懲は寄せない。ともにその時、たまたま張少渠のことがあった。少渠は名を豫立といい、光緒元年に県丞として命を奉じて海運の仕事に関与した。およそ海運に従事する者は、みな滬瀆にゆき、火輪船についていった。名を「福星」という輪船があり、ゆくこと一日、江蘇海運局の官員は大半がこの船についていた。少渠もはじめは関わり、たまたまある輪船が「福星」の二日前に出発したので、少渠はそれに従った。同袍[121]の友はあらそってその袪(たもと)を摻(と)った[122]が、結局とどまらなかった。その後、少渠は丁沽[123]に安着し、「福星」輪船は結局海に沈み、この船に乗っていた者はみな死んだ。少渠は平素も善事をなすことを楽しむ者であった。光緒二年、少渠は当時[124]五十歳で、わたしに言うように請うた。わたしはそこで少渠が善を行って福の報いを得たので、ますます励み、つとめて王充の説を避けるべきであると言った。後の読者に矛盾の疑いがあることを恐れたので、そのことをとりあげ、この編に付ける。

杭州に老儒がおり、教師を生業としていた。一妻一女で、家に余裕の部屋があったので、某甲に貸して住まわせていた。数年すると、某甲はよそに引っ越したが、なお音信を通じることは平素のようで、かれの家族も往来していた。ある日、某甲は二人に轎を担いでこさせて、その娘を迎えて去らせた。晩になり、老儒は教師先から帰り、女はなお帰らず、人に命じて某甲にいって迎えさせれば、空しくて人がいなかった。その隣に尋ねると、今日の午前に家を挙げて去り、行方が知れなくなったということであった。老儒は探したが影も形もなかったし、家の恥となることを恐れたので、ふかく追究もしなかった。この娘はすでに婚約したので、急死したとその婿の家に告げ、生死は気にしなかった[125]。某甲は娘を連れて江蘇の無錫にゆき、占有して妻とした。某甲はもともと貧民で、さらに怠惰で、生計を立てられず、娘に寄食し。娘は針仕事に巧みで、蘇州のある官員の家に雇われ、月に洋銭二枚を得てその夫に贈っていた。甲はまったく満足せず、娘を娼家に売ることを謀った。娘はそれを仄聞したが、逃れるすべはなかった。突然浙江の人がかれの主人のもとに来たが、娘はその名刺を見ると、言った。「これはわが杭州の豪族で、わたしの父はかつてかれの家で教授していました。」尋ねてその家を知り、翌日その家へいって面会を求め、家世および通家の誼を語ったが、たいへん筋が通っていた。そこでその父を招いてきてやり、お上に訴え、鞭うって某甲を追い、その娘を父に帰すように裁きした。老儒は愀然として楽しまずに言った。「この娘は、帰れば家を辱めよう。」邵君歩梅[126]も杭州の人で、蘇州で官となった者で、昔、老儒となじみであったので、呉下でこの娘のために婿を選ばせ、官人に嫁がせた。わたしはこのことを歩梅に聞いたが、美事でないので、その姓氏を書かない。

唐西鎮[127]の労氏は、財に富んでいた。一子を生んだが、七八歳になっても、口は話せず、足は歩けなかった。その家は育嬰堂を創立した。堂が完成した日、子はすぐに話せるようになり、二年後歩けるようになり、今はさらに読書して泮水[128]に遊んでいる。報いがたがわないことはこのようであった。

わたしの二人の息子の嫁は、唐西の姚氏の娘である。今春、実家から帰り、語るには、去年その弟の妻が大病したが、たいへん奇妙であった、病中、牀から一躍し、高さは床の頂きに及んだ、鉄の鈎があれば、すぐに折って二つにしたが、枯れた竹のようであったということであった。かれの弟晋卿は悪鬼が憑いてそうなっていることを知り、かれに向かって長揖し、洋銭数十枚を前に置いて言った。「わたしがこれで紙銭を買い、あなたのために焼いてあげれば、あなたは帰られましょう。」病人は言った。「それはよろしいですが、わたしは杭州の人でございますので、わたしを航船[129]に送っていってください。」晋卿は従い、進みながら紙銭を焼き、船にゆくと、告げて言った。「これが杭州の航船です。」するとにわかに旋風がその傍らに起こったので、栗然とした。家に帰ると、婦の病は失ったかのようであった。これは珍しいことであった。鬼も人のように、舟車で往来するのか。

詁経精舎[130]監院[131]校官[132]の沈蘭舫は、臨平鎮[133]の人で、杭州に寓していた。かれの嫁の実家には男子がおらず、他人の子を養って子としていたが、紹興の人であった。蘭舫の嫁がたまたま帰寧したところ、突然、病を得、口で紹興訛りを語ったが、そもそもこの子の祖父で、その孫を返せと求めることがたいへん急であった。にわかにまた数人が声を出したが、すべて杭州訛り、かれの母方の家の鬼で、こう言った。「これは無茶なことで騒いでいる。かれはすでに沈家の妻なのだから、このことに関わりはない。臨平にいって沈氏の人を招いてこなければ、だめだ。」翌日、沈氏の幽鬼が大勢来た。蘭舫の祖母および父母さらに一人の庶母[134]で、いずれも臨平訛りで、生前とよく似ており、言った。「わたしたちは船に憑いて菜市橋から上陸してここに来ました。わたしたちがいれば、妻はかならず恙ないでしょう。しかしひさしくこちらにいられず、家に帰らなければなりません。」その地は蘭舫の寓所から隔たることなお数里で、人々が帰る手立てを相談すると、鬼は言った。「やはり轎で担ごう。轎かきに命じてゆっくりゆかせ、暗く涼しいところに遇えばすこし休み、さらに人に命じてしきりに湯水を飲ませれば、きっと障りなかろう。」その言葉通りにして帰った。沈氏の鬼は従い、やはり病人に憑き、家人と問答した。時に蘭舫はたまたま呉下におり、かれの家人は尋ねれば召して帰るか、鬼は言った。「これは大した事ではない。新婦は病むこと三日足らずで治るから、召さなくてよい。」婦は病がほんとうにすぐ癒え、鬼語もそして寂然とした。蘭舫はわたしにたいへんくわしく言い、これはその大略にすぎなかった。この二事で見れば、鬼は人の世に雑じって住み、人と異ならない。周公は『金滕』を作り「よく鬼神に事ふ」といい、孔子は『周易』に賛して「鬼神の情状を知る」といい、聖人はもとより鬼神がいないといっていない。晋人の無鬼の論[135]は、もしやその通りか。

杭州山墩[136]の某姓の一人娘は、兵乱の時に賊の手に陥り、移って上海にゆき、某甲に捕らえられ、夫婦となった。某甲はもともと刀鑷工(とこや)[137]であった。乱が平らぐと、父母は探して見つけ、娘を連れて家に帰ろうとした。その夫が賎業に従事しており、善人でなかったので、婚約を待っていたものと偽り、ほかに婿を選ぶことを謀ったが、娘はよしとしなかった。そこでその夫を招いてきたが、その夫にはとくに能力もなく、妻に寄食し、一家はみな軽んじ、女も傲慢にしてあまり挨拶しなかった。夫は鬱鬱として無聊で、生阿片を食らって死に、女は結局再婚した。この娘ははじめは従一[138]の理を知り、大義に明るいもののようであったが、始めと終わりが一致せず、両截の人[139]となったのは、やはり驚くべきであった。

紹興の某生は、京兆試で入京し、合格せず、その族子[140]の家に寓していた。ある日、突然いなくなり、十余日して帰ってきたが、一着の衫、一着の褲だけで、顔には血の気がなかった。十日あまりしてどこへいったか、どうしてここまで狼狽しているか尋ねると、某は遭遇したことを縷述したが、捧腹できることであった。そもそもその日、某は散歩して内城に入り、西四牌楼のある曲巷(うらまち)にゆき、見るとある家の門に「荷包売り出し」の四字が署せられていたので、門を叩いて荷包を買おうとした。一人の若い女が出てきて一つを示したが、すでにぼろぼろであった。尋ねるある新しいものはなく、女は言った。「新しいものをご所望でしたらお入りください。」そこで入ってともに坐し、女はくどくどと閑談したが、荷包に言及しなかった。尋ねると、やはり旧いものを出して言った。「わたしの家はただこの一つだけでございます。」「だとすればどうして門に売り出しと書いてある。」女はかすかに笑って言った。「その荷包を売っているのではございません。」某はその意を会したが、言葉でからかった。女は言った。「うちの荷包は値が高うございますが、このお金はお持ちでしょうか。」某はすぐに嚢を解き、銭券[141]を出して女に示したが、数百千ばかりであった。当時、銀一両は銭十千に交換されていたので、計算すれば銀数十両に値していた。女は言った。「結構でございます。」連れだって部屋に入り、服を緩めて横になり、某は惑い、宿泊した。その家には女が雇った一人の媼、婦の弟である一人の童子がいるだけであった。朝晩の食事は、すべて某に頼ったが、数日してその懐は空しくなった。女は言った。「懐が空になりましたね。」某は言った。「これは小さなことだ。わたしはもちろん工面できる。」数日して、女はまた前のように語り、某の答えも前のようであった。ある日、まさにともに臥していると、突然、男がその庭に来たが、声は吼える虎のようであった。女は言った。「たいへんです。主人が帰ってきました。去らなければかならずその刃を血で濡らしましょう。」そこで某を導いて北の窓から出させ、後垣を越えて去らせた。某は倉卒に衣が見つからなかったので、一着の衫、一着の褲だけだったのであった。聞くものはみな粲然として言った。「これらはすべて偽りだから、二度といってはならない。」族子はそこで資金を渡して南へ帰らせた。

蘇州の閶門外李継宗巷[142]に某甲というものがおり、裁縫を生業とし（『唐六典』に裁縫の名があり、そもそも裁ち、縫って衣を作るのであり、『周官』[143]の縫人[144]に比べてその意義が完備している[145]）、年は三十を越え、暮らしも人並みであった。たまたま江北の篷船[146]で一人の娘を見、なかなか美しく、気に入った。すぐに相談したところ、洋銭百枚で婚約させてやる人がいた。相談が決まると、日を選んで彩輿[147]を迎えたが、ほんとうに娘が紅い巾で頭を掩い、数人が扶けて輿に着かせ、衣包[148]も輿に置かれていた。楽隊で迎えて帰り、女を扶けて出そうとすれば、か弱くて衣にたえず、玉山のように崩れたが[149]、じっくり見ると、一体の藁人形であった。衣包を開いて見れば、磚と石で、そもそも輿が軽くて疑いを招くことを恐れたので、これを重しにしていたのであった。家を挙げて大騒ぎし、すぐ媒妁[150]を探したが、去って黄鶴[151]のごとくであった。某は悵然呆然として立ち、やはり木偶のようであった。

宝山[152]の農民鄒玉宝は、幼くして某家の娘と婚約していた。玉宝は若くして父を失ったので、娘の家で育ち、結婚せず、娘とは兄妹と見なされていた。しばらくすると、それぞれ十六七歳となった。玉宝がたまたま中に入ると、娘が一人坐して粉餈[153]を作っていたので、戯れて尋ねて言った。「甘いですか。」「甘うございます。」玉宝は言った。「作ったら一つでわたしに甘い思いをさせてください[154]。」女は笑って頷いた。作ると、父母は娘とともに食らい、婿を呼ばなかった。娘は心の中で残念に思い、ひそかに一つをばあやに命じてふるまわせようとした。後日ふたたび会った時、娘は戯れて尋ねた。「甘かったですか。」玉宝は言った。「わたしは食べていませんから、どうして甘いことが分かりましょう。」娘はばあやに欺かれていたことを知り、罵って言った。「くそばばあ、まだこのように口いやしいのか[155]。」ばあやは言った。「年が若くて男子に私通する人と比べていかがでしょうか。」娘は怒り、たがいに罵った。父母はそれを聞き、かるく娘を責めた。娘はますます恥じ、その晩に縊れて亡くなり、玉宝はそれを聞いてやはり縊れた。

光緒丙子、丁丑[156]の間、直隷大無[157]に兄と嫂二人がおり、その妹を天津に連れていって食を求めた。紫竹林[158]にゆくと、日が暮れようとし、小さな車に糕を載せて売る者に会い、たまたまその傍らにとどまった。嫂は飢えて食らおうとしたので、兄はそこで銭数十を出して糕を買い、夫婦はともに食らったが、妹に与えなかった。その妹は傍らに坐して啜り泣いていた。糕を売る者はたいへん哀れに思ったので、車を推して娘に近づいて言った。「糕は尽きようとし、値は高くないから、すべてあなたたちに食べさせ[159]、お代はいりません。」その後、三人はみな食らい尽くし、兄と嫂は起きあがると妹を招いてともにゆこうとした。娘は言った。「前途は茫茫とし、どこへゆこうとするのです。いっても食がなければ、活きられるはずもありません。わたしはこのかたに一飽の恩を受けましたから、このかたに従って去り、兄と嫂の煩いとなることを免れるほうがようございます。」糕を売る者は喜んで言った。「わたしはもとより妻がいない者で、この娘を得て妻とし、これ以上の幸いはございません。」かえって兄と嫂に求めたので、兄と嫂は言った。「おたがいに願っているなら、どうして隔てましょう。」糕を売る者はそこで車に女を乗せ、同時に兄と嫂を招いてともにその家へいった。翌日結婚し、隣家を掃除してその兄と嫂を住まわせた。その家はもとよりあまり貧しくなく、騾馬二頭がおり、一頭を分けてその兄に与え、人に貸させてその代金を収めさせた。思うに、この娘はなかなかに見識があり、この糕を売る者も長者であった。萍水が逢い[160]、夫婦となったのは、偶然でなかった。かれらの子孫がだんだん盛んになり、大族となり、出自を辿り、美談として伝えようとは思わなかったろう。

光緒三年[161]正月、わたしの同年張子青[162]制府[163]の母孟太夫人が蘇州の寓居で亡くなった。それより前、李眉生廉訪が二年十二月に夢みて張の寓居にゆき、その中に入って寝、見ると太夫人が布団を被って牀に臥しており、子青は制府の牀の前で西に向かって坐し、一人がその前に跪いていた。李は誰かと尋ねると、告げるものがいて言った。「酆都の令でございます。」どうしてここに跪いているか尋ねると、言った。「制府さまは孝子におわしますので、跪いて求めたいのでございます。」李は目ざめ、人に語った。「制府はもしや喪に服そうと[164]していらっしゃるのでしょうか。」時に太夫人が歿してから二十日足らずであった。ここは眉生がみずからわたしに言い、同時に言った。「酆都令が七品冠をかぶり、補服を着ていなかったのは、その時に国服[165]が除かれていなかったからだろうか。その人は恂恂如として忠厚の長者であった。従者は十人ばかり、姿は怪異でなく、世俗に伝える牛頭馬面のようでなく、陰惨の気は人に迫り、ことに恐ろしかった。」按ずるに酆都に平都山があり、山に五雲洞があり、道書が伝える七十二福地の一つで、神仙の窟宅であるはずだ。そこで調べると『抱朴子·対俗篇』にこうあった。「勢はもつて羅酆[166]を総摂[167]すべし。」だとすれば、酆都が鬼を治めるという話は、晋の世にすでにあったのである。ただ蜀から蘇州までは、迢遥として数千里、酆都の知事は跋渉してはるばる来、たいへん疲れていたであろうに、さらにどうして眉生に見させなければならなかったのか。もしや眉生が蜀の人だったので、維桑[168]の誼があったか。

某甲は、農家の子で、父母はかれを愛していた。柔弱で農作業に堪えなかったので、叔父が薬屋を市場で開き、ついて商売を学ばせた。叔父は酒を好み、毎日かならず向かいの肉屋について酒を買わせた。甲は時に年は十二三で、眉目は美しかったので、肉屋の妻はかれを愛し、かならず多く酒を与えた。このようにして数年、甲が十六七歳となると、肉屋の妻は語った。「わたしがあなたを好きなのが分かってますか。」「分かっています。」「だとすれば、どのようにしてわたしに報いますか。」甲は言った。「報いるすべを知りません。」妻は笑って言った。「容易いことです。」そこで酒肉を出してともに食らい、食らいおわると、招いて楼に登り、私通した。その後、肉屋がよそに出たのを窺い、かならず近づいたが、事は密やかで気づく者はいなかった。ある年、中秋にあたり、薬屋の友人がみな出て月見し、甲もいっしょであった。その後、雨が降り、友人たちはみな帰り、甲は後れ、店に着けば、門は閉ざされていた。門を叩いて入れば、きっと叔父が責めようと思った。徘徊していると、肉屋の妻が楼の窓を開いて下を見ており、楼はもとより街に臨んでおり、見ると甲が下におり、手で招いていた。甲は言った。「肉屋はいるか。」「豚を買いにゆきました。」そこで門を開いて中に入れ、楼に登って寝た。たまたま肉屋も雨にあって帰り、門で呼んだ。甲は困って言った。「どうしようか。」女は言った。「構いません。」その後をつけてゆかせ、甲を門の傍らに隠し、肉屋は入り、甲は出、気づかなかった。甲は、夜がますます深けており、門を叩いて入れば、叔父はさらにはげしく怒ろうと思ったので、軒先に立ち、夜明けを待っていた。するとにわかにその妻がまた窓を開き、甲がまだいるのを見ると、言った。「帰らないの。」「はい。肉屋はどこにゆきました。」「酔って眠っている。」甲は帽子を楼に忘れていたので、手でみずからの頭を摩り、さらに手を伸ばして求める動作をした。女は言った。「分かった。」まもなく門を開いて甲を招き、甲は入って言った。「肉屋がいるのに、わたしを招いてどうなさいます。」女は言った。「殺しました。」甲は驚いて言った。「どうして人を殺したのです。」女は言った。「あなたが手でわたしに指示し、殺させたのに、なぜ尋ねるの。」楼に登ってその牀を見れば、あきらかに人が死んでいた。どんな刀かと尋ねると、言った。「屠殺刀です。」「刀はどこにありますか。」「牀の下です。」甲はすぐ牀の下から刀を取り、妻を斬り殺し、帽子を取って出、すぐその家に帰り、父母を欺いて言った。「さきほど友人たちと月見し、すこし遠くへゆきましたが、家からは近かったので、しばらく帰ってきました。」父母は喜んで泊めた。靴屋がおり、薬屋の隣人であり、肉屋の妻を慕っていたが、隙を得られなかった。夜明けに、担いで出、肉屋の門前を過ぎると、門が鍵を掛けずに閉ざされていた。入ると、尋ねる者はなかった[169]。靴屋はもとより昨晩出たことを知り、その帰ったことを知らず、妻はきっとひとりで楼で寝ていようとひそかに思った。そこでその楼に登れば、肉屋が牀(とこ)で死んでおり、妻は床(ゆか)で死んでおり、血は流れてその履(くつ)を濡らしていたので、驚いて走り出、帰って戸を閉ざし、しばらく臥した。天はたいへん明るくなり、列なる店はみな開き、見ると肉屋はすでに開いていたが人がいず、呼んでも答えなかった。入ってありさまを見、さらに靴の跡を極め、靴屋の門にゆき、縛って役所に送った。鞭うちに堪えず、みずから誣服した。数日後、某甲が帰ると、友人たちが告げて言った。「向かいの肉屋の夫婦が隣人の靴屋に殺された。」甲は言った。「本当か。」「役所にいってすでに自白し、まもなく亡骸を刑場に晒しましょう。」甲は言った。「わたしがしたことなのに、どうして靴屋を誣告したのだ。」叔父はかれの口を掩った。甲は承知せず、県庁に走り、太鼓を叩いて知らせ、顛末を述べた。官員は言った。「義士でございます。」その罪を減ぜず、結局、死ななかった。このことは、前は新安であり、程君心が語るのを聞き、かつてそのことを記載し、歳月は久しく原稿は逸し、その姓名郷里を挙げられなかった。唐沈亜の撰する『〔馮〕（馬）燕伝』は、これとかなり似、古今のことにはもとより同じものがあるか。

粤中の李氏の子は、幼くして読書し、童子試に応じたが、合格しなかった。生まれつき賭博を好み、父はしばしば戒めたが、改めず、妻の陳氏はそのためしばしばかれと反目した。にわかに一子を挙げ、父は阿靠と名づけた。阿靠が生まれて一年経つと、父は陳氏に言った。「おまえの夫はしばしば牧猪奴[170]に従って遊んでいるから、わしの子ではない。わたしは孫を阿靠と名づけ、子を捨てて孫に頼ろうと思う。おまえのために考えたが、やはり夫を棄てて子に頼るべきだ。」その日、父は酒食を出してその子に飲食させ、言った。「よく飲み食いするものだ[171]。おまえが酔って満腹したら、わたしはおまえを送って清流に赴かせよう。」李は叩頭して生きることを求めたが、許さず、さらに泣いてその妻の前に跪いてとりなししてくれと請うたが、陳も応じなかった。父はそこで布の嚢をその頭に被せ、屈強のしもべ[172]に命じて背負って河に投げさせた。沈んだり浮かんだりし、一里ばかりに及ぼうとし、人がいって掬い上げれば、賭場の旧友であったので、すぐ賭場にとどめた。一月あまりすると、李はその友に別れを告げて言った。「わたしは賭博を好んだために、父からは子と思われず、妻からは夫と思われませんでした。今ここで朝晩呼盧喝雉[173]の声を聞き、ますますわたしの心の痛みに触れます。」そして去って市場で乞食した。しかしまだ書くことができたので、みずから紙を買って楹聯[174]を書き、あまねく市廛[175]に送り、商人もいささかその筆墨の費用を酬い、乞食とはいえ、得るものはなかなか豊かであった。流転すること数千里で、山東の某県にゆき、道観に寓居したが、大病して死にそうになった。観の老道士が憐れんで飲食、医薬を与えると、さいわい病は癒えた。道士は言った。「こちらではたいへん南方の文士を重んじているから、わたしは童子数人を招いてやり、おんみに経書を教授していただければ、かならず来るものがおりましょう。これは賓士が生計を立てるための恒産であり、顔を挙げて人に求めるよりましではありませんか。」李は欣然として従い、県の士大夫と交遊することができた。趙翁というものがおり、逆旅を設けて四方の客を待っていた。暮らしは人並みであったが、子がいず、一人娘だけがおり、娘のために婿を招き、子としようとしていたが、ながいことその人を得なかった。道士はそこで趙翁に説いて言った。「翁のお嬢さまが当地の人を婿とすれば、今はしばらく翁の子となっても、しばらくすればかならずお嬢さまを連れて帰りましょう[176]。李氏の子は、家がなく、孑然たる一身は、千里に漂泊していますから、翁の婿となれば、かならずながく翁の子となりましょう。」趙翁はその言葉をよしとしたので、李を家に婿入りさせた。しばらくすると、趙翁に言った[177]。「こちらの庠序[178]の人を見ましたところ、かれらの文才はわたしと同じでございます。受験することができれば、合格[179]は難しくないことでしょう。」翁はたいへん喜び、すぐに趙姓で受験させたところ、博士弟子員に補せられた。年を越して郷里で挙げられ、聯捷して進士となった。数年後、選ばれて粤中の県令を授けられ、妻を連れて赴任し、繁劇[180]を歴任し、役人の稼ぎは豊かとなった。本籍で役人となったが、人に噂されることを恐れたので、その家を訪ねようとしなかった。役人となること十余年、事件によって辞職し、山東に帰ろうとしたので、遠回りして訪ねれば、父は死んで久しかった。妻と子は恙くしていたが、たいへん貧しく、生計を立てるすべがなかった。李はそこでみずから家へゆき、偽って李氏の子は旧時の賭博仲間だといい、その妻に会うことを願った。時に李は鬑鬑として鬚があり、さらに貌も豊満で、その言葉は北音[181]を操っていたので、妻はもとより気づかなかった。その子を呼んでみると、二十余歳であった。妻がいるかと尋ねると、いないと言った。どうして娶らないかと尋ねると、貧しいことを告げた。李は慨然として言った。「わたしと李さんは幼い時から賭場でたがいに親しかったのですが、今、旧友は長逝し、妻子は貧しく、西華の葛帔[182]は、嘆かわしいことです。わたしは小人ですが、坐して見るに忍びません。」そこで懐から数千両を出して与え、さらに媒妁し、隣村の某家の女を娶らせ、婚費はすべて李が出した。廟見[183]の日、李も来た。李妻はみずから堂前にいって叩頭感謝し、ならびにその子に命じて、新婦と氍毹[184]に登り、展拝[185]し、中に一座を設け、李を招いて坐させた。時に賓客はみなおり、李はかならずみずから謙遜するものと思ったが、李は儼然と踞坐[186]し、その拝謁を受けた。拝しおわると、大声で呼んで言った。「阿靠。おまえは幼いときに父がいなかったから、わたしに気づかないのはよいが、阿靠の母も、どうしてわたしに気づかないのだ。」李の妻は傍らでそれを聞き、たいへん驚いた。李はそこで語った。「わたしはおまえの夫だ。」そこで逐一以前のことを述べると、賓客たちはみな驚愕賛嘆した。李は言った。「わたしはここで長年官となり、今また原籍に帰れず、すぐあなたたちに別れて北へ去ろうと思う。夫妻父子の縁はこれですべて尽きた。」妻は聞いて泣き叫び、賓客たちの年長者は進言した。「すでに栄達されたのですから、その母子を連れてともに山東に帰られてはいかがでしょうか。」李は笑って言った。「以前のことは、ほんとうに老父(わたし)[187]の意表に出ていました。しかし夫妻の死別は、人の世ではいたって惨いことなのに、わたしが布の嚢[188]を頭から被されたのを見ても、漠として心を動かさないとは。人の無情は、ここまでのものなのでしょうか。わたしは山東に、妻がおり、子がいますが、どうしてこれを棄てましょう。夫を棄てて子に頼り、わたしの父の命に従えばよい。阿靠、阿靠、よくお母さまにお仕えしろ。」そう言うと、振りかえらないで去った。

わたしが昔臨平鎮[189]に住んでいた時、西隣に范桂芳というものがおり、仁和の県役[190]に当たっていた。かつて孫文靖[191]相国の孫古雲襲伯[192]に無礼し、通衢で枷を掛けられたが、その後は郷里で身勝手にし、横暴であることは相変わらずであった。わたしは幼い時にしばしばかれを見たが、今では死んで久しい。光緒五年、臨平で沈氏の妻が病んで死んだが、死にそうになる数日前、范桂芳がその体に憑き、沈氏の婦女と問答した。そもそも范生は以前借財のことで沈氏と仲違いしていた。范はもともと杭州の人で、臨平に僑寓した者であったので、その言葉にはなお杭州訛りが混じっていたが、幽鬼の言葉もそうであった。范の死は溯ること四十余年であり、その生年を遡れば、すでに百年以上であった。范はもともと小人であったので、昌黎公のいう「その身すでに死すれば、その鬼霊ならず[193]」のはずなのに、どうして気がこのようにひさしく散じなかったのか。鬼神のことは、ほんとうに知り得ないことがある。古は「廟ありて人鬼享く[194]」であったが、これは幽鬼がつねに家廟にいたということである。孔子はこうも言っている。「骨肉下に斃れ、陰(ひそか)に野土[195]となり、その気上に発揚すれば昭明[196]となり、�T蒿[197]凄愴[198]たり。」[199]これは墟墓(はか)にいるのである。幽鬼はほんとうにどこにいるか。延陵の季子[200]はいっている。「魂気はゆかないところはない。」[201]そもそも幽鬼は人の余気に過ぎず、人は生きている時、舟がなければ水をゆけず、車がなければ陸をゆけないが、その余気が幽鬼となると、ゆけないところはなく、これは幽鬼が人に勝っているということである。漢の文帝が鬼神について尋ねたとき、賈生がどう答えたかは分からない[202]。孔子が子路に告げた時は、こう言った。「生を知らないのに、どうして死を知ろう。人に仕えられないのに、どうして幽鬼に仕えられよう。」そもそも孔子も知らないことがあるのである。紫陽氏[203]の説にいう。「原始して、生のゆえんを知らなければ、反終して、死のゆえんを知ることはできない[204]。」この説は、わたしは解せない。そもそも「原始反終すれば、故に死生の説を知る」[205]とは、生は人の初めで、死は人の終わりだといっているにすぎない。生を知ればすぐ死を知れるというなら、これはできないことがあろう。そもそも人が生まれるのは、父の精と母の血が感じて胎となることによるが、そもそも人であってそれを知るのである[206]。『淮南子』にいう。「一月にして膏、二月にして胅[207]、三月にして胎、四月にして肌、五月にして筋、六月にして骨、七月にして成り、八月にして動き、九月にして躁(さは)ぎ、十月にして生まる。」これは生まれる前の情況で、古人には逐一言えるものがいる。今、魂は昇り、魄は降った後どんな情況となるかを、やはりこれによって推測できるということは、可能か、不可能か。紫陽はさらに言っている。「幽明は、つまるところまったく二理はないが、学ぶのには順序があり、順序を乱すことは[208]できない。」この説も間違っている。その説の通りであれば、子路が学んだことが、ここに及ばなかったのは、たしかに、「順序を乱すことはできない」ということである。しかし顔、曽の徒は、学識は高く、仲氏[209]を出ること倍蓰[210]であったが、どうして諸賢が孜孜として研究する[211]ことが、人事になく、鬼事にあり、生事になく、死事にあったろうか。寒夜にすることがなかったので、范桂芳のことに因んで、ほしいままにここまで論じた。世に賈生はいず、誰がこれと対決しよう[212]。

李老道は楚北に流寓し、みずから蜀の人と言っていた。その名を尋ねると、こう言った。「名はございません。」その年を尋ねると、こう言った。「忘れました。」見ると六七十歳人のようであったが、八九十の老翁は、みな幼い時からこのようであるのを見ていると言っていたので、その年はもとより測り知れなかった。単(ひとえ)の木綿の衫と褲を着け、外には葛布の袍を着け、冬夏換えず、冬は寒いと言わず、夏は暑いと言わなかった。食を与えると、食らうことは数えきれず、飽きたと言わず、飲み物を与えれば、飲むことは数えきれず、酔ったと言わなかった。あるいは旬日飲まず食わず、飢え渇いたと言わなかった。人々はみな得道したものだと思った。ある人が養生術を尋ねると、老道は言った。「わたしはその他を知らず、ただその自然に任せるだけだ。」みな言った。「自然とは、平凡なものにすぎないから、どうしてこのようであることができよう。老道はかならずほかに異術があるが、秘して言わないのだ。」思うに、老子は「天は道に法り、道は自然に法る」といい、これは自然の二字で、もとより老子の要旨である。天さえ法るのだから、人はなおさらである。人の一身は、清は昇り、濁は降るのには、もとより自然の節理がある。古の至人は、人がこの自然の節理に従えないことを憂えたので、炉鼎[213]の術、鉛汞龍虎[214]の説で、人がこれに従って自然の節理を求めるようにさせているだけで、他の道があるわけではない。推しすすめていえば、聖人が天下を治めることも、やはりこのようである。君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友には、すべて自然の節理がある。聖人は礼法を作り、人がこれに従って自然の節理を求めるようにさせる。さらに推しすすめて言えば、六書[215]を作り、自然の文に合うことを求め、五声[216]六律[217]を作り、自然の音に合うことを求める。だから偏旁点画に拘拘[218]とするものは、書を知るものではなく、人足が道を争うのを見れば、書法を悟れるのである[219]。上工[220]四尺に沾沾とする[221]ものは、音を知るものでなく、海上の波涛を聞けば、琴の理を悟れるのである。ほかでもなく、自然があるのみである。李老道の言葉は、ふかく養生の大旨を得ている。この趣旨を了得すれば、『参同契』[222]は焼けるし、『悟真篇』[223]の類はなおさらである。

最終更新日:2011年7月27日

右台仙館筆記

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