第七十四回

賢明な知事が訴状を却下すること

凶暴な女房が生きた人のためにお経をあげさせること

 

兄弟、夫と睦みあひ

夫、兄弟と相結ぶ

深き愛

常に変はらぬ鉄と石

急に心が変化して

兄弟、夫と断絶す

麻の喪服に帯を着け

兄弟、夫の死を願ふ   《惜分飛》

 龍氏は、狄家から戻りますと、得意気に言いました。

「誰も私と一緒に行こうとしなかったから、私一人で話をすることができなかったよ」

薛如卞兄弟二人は、それぞれの部屋にいて、今まで通り、出てきませんでした。素姐は、尋ねました。

「行って誰に会ったのですか。何の話をされたのですか」

龍氏「私が表門に行ったら、人が奥に向かって『薛の奥さまが来られました』と伝言をした。すると、おまえの家の老調が、片手で裙を持ち、急いで走ってきて私を迎え、こう言った。『奥さまは轎に乗らずに、歩いてこられたのですか。』。そして、すぐに中に案内し、人に命じてテーブルを拭き、果物や野菜を並べ、引きとめ、座らせようとした。私は、あの女に構わず、こう尋ねた。『狄さんはどうしたんだい。あの人を出しておくれ。話しをするから』。おまえの舅は、裏間に隠れ、顔を出そうとせず、『もう暗くなりましたから、お会いするわけにはまいりません。お話しがあれば、何でもおっしゃってください』と言った。さらに老調を呼び、『薛の奥さまに挨拶をし、お引き止めしろ』と言った。私は言った。『娘が何をしでかしたために、三下り半を書こうとされているのですか。私は詳しいことを聞きにきたのです』。おまえの舅は『どなたのお話しを聞かれたのですか。とんでもないことです。あなたは、大切な方ですから、私がそのような悪い心を起こすことはありません。娘さんは、ご実家が恋しくなって、帰られたのです。泊まりたくないのでしたら、戻ってきてください』。私は言った。『離婚する気がないのであれば、とりあえず帰りましょう』。おまえの舅は、調羮に命じ、しつこく私を引き止めさせ、どうしても放そうとせず、一言こういった。『薛の奥さまは、人の家にこられて、嫌がらせをされるお積もりですか。何杯か飲むだけで、十分敬意を表すことができますのに』。私はあの人に構いもせず、戻ってきたよ」

素姐「男ならすぐに離婚するべきなのに、どうして離婚しようとしないのでしょう。明日、あの人がどんな様子をしているか見にいってみましょう」

 薛如卞の女房は、こっそりと薛三省の女房を部屋に呼び、尋ねました。

「龍さまが言っていたことは本当かい」

薛三省の女房「聴かれましたか。真っ赤な嘘ですよ。中に入りますと、狄さまは、裏間におり、出てきませんでした。劉さまは、門の外に出てきても、あの人に気が付かず、私を見て、初めてあの人に気が付きました。あの人は言いました。『娘がどんな悪いことをしたのですか。私に話してくだされば、三下り半を受け取っていきましょう』。狄さま『娘さんのした悪いことを話してくれとおっしゃいますが、話しきれるものではありません。今から夜明けまで喋り、夜明けから晩まで喋っても、話しきれません。今日から離婚しても、遅いくらいです。亡くなった薛教授夫妻の顔を立て、離婚をさせないのです。先ほどは腹を立て、あのようなことを言ったまでです』。龍姐『私の顔を立てずに、死んだ人の顔を立てるとはね』。狄大爺『暗くなりましたから、家に帰られてください。あなたは人でなしです』。ひどい言葉を浴びせ、ほったらかしにしてやってきました。龍姐は、拝もせず、送りもしませんでした。私が『あなたが行かなくても、私は行きますよ』といいますと、あの人は、ようやく私についてきたのです」

連氏「いい気味だ。人から侮られればいいのだ」

その時は、すでに二鼓になっており、人々は、眠る準備をしました。

 翌朝、侯、張二人の道姑は、素姐が実家にいることを聞きますと、鼠のようにぞろぞろと、龍氏の家にやってきました。龍氏は、まだ髪梳きをしていませんでした。素姐は、まだ起きておらず、寝床で唸っていました。

侯、張の二人「よく眠れましたか。痛いところはありませんか。あなたは、甘やかされて育たれましたから、ろくでなしどもにひどい目にあわされたのです。この件は、どういたしましょう。このまま何もしないわけにもいかないでしょう」

素姐「奴らをどのようにやっつけるのですか」

侯、張の二人「私たちのように力のあるものでもどうしようもありません。身分の低い方たちは城内へ告訴をしにいくこともできません。しかし、こちらには二人の立派な秀才の弟さんがいらっしゃいますし、あちらには狄相公のような貢生がいらっしゃるのですから、二つの訴状を提出し、悪者を懲らしめることができます。現在、県知事さまは、有り難いことに、ごろつきをぶとうとされないので、若さまたちに頼み、ごろつきたちのことを府に告訴してもらうのです。周外郎と秦省祭、逯快手、磨皮匠は、府庁に、訴状を提出しにいきました。私たちは、このようなひどい目に遭い、鼻から僅かな息を出すこともできず、人に会わせる顔もありません。これからは、外に出るわけにもまいりません」

素姐「うちの二人の弟は、死んでしまいましたので、そのようなことはできません。あのいまいましい亭主を御覧ください。訴状を出して人を訴えるなんて、とんでもないことです」

侯、張の二人「二人の若さまが、亡くなられたとはどういうことですか」

龍氏が言いました。

「姉がぶたれて戻ってきたのに、二人の弟は、どうしたのかと聞きにこようともしませんでした。そして、影で彼らを辱めたと恨みごとを言いましたが、これでは死んだも同然ではありませんか。一人の婿、嫁が遠くの廟にお参りに行くときは、人間であれば、ついていくべきではありませんか。彼らがついていれば、ごろつきたちは、乱暴することができなかったはずです。嫁についていこうとせず、墓で、父親に代わって、客の相手をしていいものですか。狄員外も物の分からない人です。あの日に、客など呼ばなければよかったのですよ。嫁が廟にいこうとしていることを知っていたのなら、後で呼べばよかったのです。人の話しによれば、昨日、亭主のおばは、墓で、女は外出し、お参りをしたりするべきではない、家で舅の仕事を助けるべきだ、と減らず口を叩いていたそうです」

侯、張の二人は言いました。

「それはとんでもないことです。舅が客を呼び、嫁に手伝いをさせるなどということはありません」

老侯「私たちのむかしの生活を、奥さまはご存じないでしょうが、張さんはご存じです。うちの舅は、客をもてなすのが好きで、二三組の客を引き止め、酒を飲まない日はありませんでした。私たちの姑はすべての面倒をみていました。姑は忙しさに白い泡のような汗を流し、私は部屋で腰を掛け、首を伸ばすこともできませんでした」

老張「私も同じでした。どこへ行くにも、盛装をしていき、たとえ天が崩れようとも、すぐに行きました。夫が文句を言わなければよし、文句を言った日には、二三晩家に帰ってやりませんでした」

素姐は尋ねました。

「あなたがたは、二三晩も家にもどらずに、どこにいらっしゃったのですか」

老張「私たちは、男のように、どこへでも行けるというわけではありません。私たちは、所詮は女です。以前は、若くて、あまり醜くもありませんでしたから、どこにでも泊まることができました。何日探しても、私の姿を捜し出すことはできませんでした」

素姐「あなた方は、前世で功徳を積まれた善男善女です。ご主人は良い性格ですし、実家には家事をとりしきる人がおり、だらしのない私とは違います。私が二三日家にいなければ、舅、夫はもちろん、二人の弟も、私をさんざん罵ることでしょう。三番目の弟は、私ととても親密ですが、あいにく無衣無冠で、いつも二人の兄に縛られ、仕事をするときは、いつも彼らの世話になっています。まったく『燕公老児が西洋に行く』とはこのことです」

侯、張の二人は言いました。

「よくお考えになってください。私に従って、あの人を許すべきではありません。あなたはあの人を心ゆくまで懲らしめないのなら、これからは二度と外出されてはなりません。外出されるのでしたら、鎧兜に身を固めていかれることです」

龍氏「鎧兜に身を固めてどうするのですか」

素姐「母さんは頭が悪いですね。鎧をつけなければ、背中が破けるほど人から後ろ指をさされるからですよ」

侯、張の二人は、話を終わると、別れを告げ、帰ろうとしました。龍氏は、一生懸命引き止め、雑麺湯[1]、ちょっとした料理を作り、豆腐を炒め、涼粉を焼きました。侯、張の二人は、食事を終えますと、去っていきました。

 龍氏は、侯、張の二人を送り出しますと、大声で言いました。

「おや。二人の薛の坊ちゃまは、部屋の中に隠れて、卵を睨んでいたのかい。[2] 血を分けたお姉さんはもちろん、同じ家に住んでいる人が辱めを受けたときだって、顔を出して安否を尋ねるべきだよ。一人で女房に付き添って、外に一歩も出ず、女房も外に出さないとはね。おまえたちの姉さん[3]だったら構わないよ。挙人の家の娘だからね。小巧姐、おまえも良い家の娘だというのかい。お嬢さまでもないのに、おまえの義姉さんと同じだというのかい」

巧姐は、部屋の中で返事をしました。

「私は、兄さんの腕のことが悲しくて仕方ありません。お義姉さまのために仕事をする時間はありません」

龍氏「おまえたち兄弟二人は、考えが堅すぎるんだよ[4]。おまえの家で、何ごとも起こらないようにすることはできないよ」

薛如卞は、部屋の中で、返事をしました。

「ほかのことはともかく、街で素っ裸にされ、ぶたれるようなことが起こらないようにすることはできるでしょう」

龍氏「とにかく出てきておくれ。相談したいことがあるんだから」

 薛如卞は、中庭に出ました。薛如兼は、兄が出ていったのを見ますと、門框を跨ぎ、外に出ました。

龍氏「おまえたちは、姉さんがしたことは間違っていると考えるのかい。このまま何もしないつもりかい。昨日ひどい目にあった女たちは、夫がいるものは夫が、夫がいないものは実家の男たちが、みんな府庁に告訴をしにいった。おまえたちは立派な坊ちゃんなのに、姉さんの恨みを晴らす力もないのかえ」

薛如卞「恨みを晴らすことなどできませんよ。若い女が閨房にじっとしておらず、毎日廟にお参りにいくことは、守道の触れ文で、厳禁されているのです。女がお参りをすれば、夫と実家は、すべて罰せられるのですよ。それに、娼婦と一緒に歩いたのを、人に見られていますから、この上裁判などしたら、ぶたれるのはあなたがたの方ですよ」

龍氏「おやめ。子供のくせに勝手なことを言って。精進物を食べ、念仏をあげる友人たちのことを、娼婦などといって。だれが娼婦だというんだい」

薛如卞「だれが娼婦かですって。周龍皋の女房と、唐皮の兄嫁が中にいなければ、ごろつきどもも、手を出そうとはしなかったでしょう。私たちは、今、隠れていますが、それでも、だれかに告発されることを心配しているのですよ。出ていって人の面倒をみることなどできませんよ」

素姐は、部屋の中で、眠っていましたが、何もかもはっきり聞こえましたので、大声で言いました。

「さっき言ったでしょう。私には弟はいないのです。弟たちは汗病になり、腫瘤ができ、子宮出血、水疱瘡を起こし、死に絶えてしまったのです。あなたは、おせっかいにも彼ら二人を呼びだし、彼らに減らず口を叩かせました。実家に私に良くしてくれる人がいないのなら、私は、永久にあなたたちの家にはいきませんよ。おまえは、朝廷の役人や宰相にはなっていないから、私が役人を辱めたことにはならないよ。おまえたちが訴状を提出しても、有り難いとは思わないから、尻を窄めてさっさと行っておくれ」

薛如卞は大声で「はい」と返事をすると、部屋に戻っていきました。

 龍氏が天よ地よといって泣きますと、素姐は怒鳴りました。

「何のつもりですか。必要もないのに泣き叫ぶなんて。彼ら二人が死んでから泣いても、遅くないじゃありませんか」

すっと床から起き上がりますと、玉蘭に水を汲んでこさせ、顔を洗い、髪を梳かしおえますと、食事もとらず、小玉蘭を連れ、部屋に戻りました。巧姐の小間使いの小銅雀が、中に入り、言いました。

「奥さまは部屋にもどられました」

薛如兼「よかったよかった。僕たち兄弟はすっきりしたよ」

巧姐「あなたはなんて公平なのでしょう。あなたたち兄弟はすっきりしても、今度は、私たちがひどい目に遭うでしょう。あの人は、あなた方兄弟二人に腹を立て、きっと私の兄に八つ当たりするでしょうよ」

 さて、素姐が部屋に入りますと、狄希陳は頭を掻き、腕を腫らしながら、寝床の上でうんうんと唸っていました。

素姐「大した病気でもないのに、下手な演技をするんじゃないよ。私を騙したって無駄だよ。あんたのために、死んで償いなんかしてやらないからね。頭を梳かし、府庁に訴状を届けにいっておくれ。あのろくでなしどもを告訴し、それぞれ百回板子打ちにし、十回夾棍に掛け、千回棒打ちにしてもらわなければ、家にもどってくるんじゃないよ。すぐに行っておくれ」

狄希陳「僕の腕を見てくれ。動かすことはできないよ。歩こうと思っても、頭はくらくら、胸はどきどきして、一歩も動くことができないんだよ」

素姐「頭がくらくらするとか、胸がどきどきするとか言って口答えばかりして。腕とは関係ないじゃないか。あんたが善人なら、私の話を聞き、私の恨みを晴らしておくれ。私たちがいい生活をすることができれば、あんたは私の夫ではなく、私の実の兄弟だよ。あんたに銀子を持っていかせよう。趙杏川を探し、傷を治してもらうといいよ」

狄希陳「腕が痛くて、気を失って死にそうなんだ。行くことはできないよ。薛如卞くんに届けて貰えないのかい」

素姐は罵りました。

「この馬鹿。あいつが届けてくれるなら、あんたに頼んだりはしないよ」

狄希陳「あの人は、どうして届けようとしないんだい。僕があの人に話しをしにいこう」

素姐「あの人と話しをすることができるのなら、行っておくれ。訴状が出せるのなら、出しておくれ。どうしても行きたくないなら、私は一人で府庁にいき、告訴するからね。よく話をしておこう。私が訴状を出し、戻ってきたら、二度と私に会ったりはしないでおくれ。私たちは、赤の他人になるんだからね」

狄希陳「あの人に構ってどうするんだい」

素姐「私は、あんたに訴状を提出してもらいたいんだよ。小春哥は役に立たない。あいつはもう死に、私には弟がいなくなってしまったんだよ」

 ちょうど相于廷が様子を見にきました。狄希陳は、彼を寝室に案内して座らせました。素姐も目の前にいました。相于廷は、狄希陳に尋ね、さらに素姐にも尋ねました。

「ねえさん、あなたがぶたれ、動くことができなくなったとききましたが、お元気ではありませんか。頭の毛と鬢を全部毟られてしまったとききましたが、頭にまだ毛があるじゃありませんか。衣装、纒足布、靴を全部剥がれてしまったとききましたが、まだいい衣装を着ているじゃありませんか」

素姐は罵りました。

「やめておくれ。ろくでなし。そんなでたらめをいって。私がそんな目にあわされるはずがないじゃないか」

狄希陳「相くん、あの大きな馬の鞍を僕に貸し、府庁に行かせてくれ」

相于廷は尋ねました。

「府庁に行ってどうされるのです。腕がそんなに痛むのですから、馬に乗ることはできないでしょう。轡を引くこともできませんし、鞭を手にとることもできないでしょう」

狄希陳「僕は行かないと言っているのに、君のねえさんは、僕に訴状を届けさせ、あのごろつきたちを告訴しようとしているんだ」

相于廷「おやおや。一声掛けてくださって良かった。あなたが訴状を提出したら、きっと恥を掻きますよ。『歯が欠けたら腹の中に飲み込む』ことですよ。守道は触れ文を出し、女が廟にお参りをしに行き、辱めを受けた場合は、訴状が却下され、夫と実家が罪に問われ、女は売られ、男は官職を奪われるのですよ。隠れていても危ないというのに、わざわざ網の中に入っていかれるのですか」

素姐「ろくでもないことを言わないでおくれ。誰も間男などしてはいないよ。売られるだって。官職を奪われるだって。それなら、そいつの女房は、お参りをしないのかい。訴状を提出するなら、廟にお参りしたとは言わず、実家に行ったということにしよう」

相于廷「あなただけに口があって、他の人に口がないわけではないでしょう。狄さん、聞くも聞かぬもあなた次第です。腕が痛いそうですが、監生の肩書きでは、風を避けることも、雨を避けることもできませんよ。お上を怒らせ、板子に掛けられたら、腕と足が痛み、辛い思いをしますよ」

素姐は罵りました。

「ろくでなし。下らないことをいわないでおくれ。行くのが怖いものだから、この人を脅すなんて」

相于廷「これは本当のことで、脅しではありません」

 相于廷が去りますと、狄希陳は、ぐずぐずして行こうとしませんでした。素姐は、彼を何回か促し、彼が動こうとしないのをみますと、腹を立てて言いました。

「死にぞこないの馬鹿息子。お前が死んだとばかり思っていたのに。早く出ていっておくれ。二度とうちの敷居を跨がないでおくれ。入ってくれば、あんたは転んで両足を折り、悪人に体を切り刻まれ、湖に捨てられ、水をすって膨らんで、魚、鼈、蝦、蟹の餌食になり、胸一杯に腫れ物ができ、一生疫病にかかるだろうよ。私は、一人で府庁に行くから、汚らしい目を見張り、私に告訴する力があるかどうか見ているがいいよ。私が告訴をして戻ってきたら、私は十二人の和尚、十二人の道士に頼み、おまえと小春子、小冬子のために、倒頭経[5]をあげさせ、あんたたち三人の施餓鬼をしてやることにするよ。ろくでなしの馬鹿」

そう言いながら、荷物を纏め、旅費を手にとりました。

 龍氏は、家で、死ぬほどの大騒ぎをし、薛三槐夫婦に、彼女について済南府庁の入り口に行くように迫り、宿屋を探し宿泊しました。翌朝、代書屋の趙先児を探し、訴状を書く件について相談しました。素姐は、三月三日に実家に帰ったとき、通仙橋に行ったが、名前を知らないごろつきたちに装身具を奪われ、衣装を剥ぎとられ、夫は腕を傷付けられ、死に掛かっているという話しをしました。趙先は、彼女の言った通りのことを訴状に書きました。

原告、狄家の薛氏、二十四歳。

ごろつきのために、ぶたれた件について。

三月三日、家に帰る際、通仙橋に、たくさんのごろつきがおり、歩み寄ってきて、私を囲み、装身具を奪い、髷を取り、衣装を奪い、スカート、ズボンを剥ぎ取りました。私は裸足で、歩くことができませんでした。良家の婦人を辱めるのは、とんでもないことです。判決を下すため、応捕を派遣されるよう、お願い申し上げます。府知事さまには、書状を審査され、法を執り行なわれますように。

 素姐は、投文牌に付き従い、訴状を提出しました。知事は、訴状を見ますと、素姐をじっくり眺め、尋ねました。

「この訴状は、だれがお前に書かせたのだ」

素姐「この役所の前の、趙先児が書いたものです」

知事は、一本の簽を抜き取り、人に趙先を捕らえさせ、尋ねました。

「この薛氏の訴状は、おまえが書いたものか」

趙先「私が書きました」

知事は、四本の簽を抜き取り、二十回ぶたせ、こう言いました。

「何と憎らしいのだ。訴状には、一定の書式があるというのに、細切れの文章を書き、ふざけたことを言い、本官を馬鹿にしおって。[6]

趙先は言いました。

「私は武秀才ですが、戦争がないため、訴状を書き、生活しているのです。他の人の訴状と同じでは、目立ちませんから、変わった書き方をしたのです。それに、形式通りの文には一定の形式があるけれども、細切れにして変化をもたせた方が、かえってお上に喜んで頂けると思ったのです。ですから、訴状の書式を変えたのです。知事さまが新しいものを好まれず、古い物だけを好まれるとは思いませんでした。どうかお許しください。これからは、今まで通りに書くことに致します」

知事「武秀才なら、とりあえずぶつのは許そう。代書屋の職は取り上げる。これ以上、他人のために訴状を書くのはまかりならん。追い出せ」

そして、素姐を呼び、尋ねました。

「おまえの夫は何者だ」

素姐「監生です」

知事「おまえの夫は、どうして告訴を行わず、おまえのような若い女房を、役所に来させたのだ」

素姐「夫は、ごろつきに腕を傷付けられ、訴状を提出しにくることができないのです」

知事はさらに尋ねました。

「おまえの実家には、どのよな者がいるのだ」

素姐「三人の弟がおります」

知事は尋ねました。

「彼らは何をしているのだ」

素姐「二人は秀才で、一人は無衣無冠です」

知事「どうしておまえの三人の兄弟が、おまえのために告訴を行わないのだ」

素姐「あの二人の秀才は、まったく憎らしい奴らです。彼らは、私が彼らに恥をかかせたと言うのです。私がごろつきに辱められたというのに、あいつらは喜んでいるのです」

知事「おまえは、その日、何のために外に出て、ごろつきにぶたれたのだ」

素姐「実家に戻ったのです」

知事「通仙橋は、玉皇廟の前にあっただろう。三月三日は玉皇廟の縁日だ。人々が押し合いへし合いしているときに、おまえのような若い女が、どうしてほかの道を通らなかったのだ。おまえが廟にお参りして、参拝をしたのなら、善行だから、許すこともできよう。しかし、おまえが実家に戻ったのであれば、これは憎むべきことだ」

素姐はすぐに言いました。

「私は、実は、廟に参拝をしにいき、ごろつきにぶたれたのです。実家に戻ったのではないのです」

知事「廟に参拝をしにいったのは、やはり憎むべきことだ。おまえは若い女なのだから、仲間たちと一緒にいけば、人が大勢いるのだから、ごろつきはおまえをぶとうとはしなかっただろう。どうしておまえは一人で行ったのだ」

素姐「一緒にいった人はたくさんいました。侯師傅、張師傅、周嫂子、秦嫂子、唐嫂子など、大勢いました」

知事「あのごろつきたちは、どうして人々をぶたず、おまえだけをぶったのだ」

素姐「みんなぶたれました。ぶたれなかった者はおりません。私が名前を挙げた人たちは、特にひどくぶたれました」

知事「侯師傅と張師傅は和尚か。それとも道士か」

素姐「精進物を食べ、念仏を唱える女たちです」

知事「おまえは若いのに、閨房にじっとしておらず、人々とともに寺を訪れ、和尚に会った。本来なら守道の触れ文に従い、おまえを拶子に掛け、百回ぶち、おまえの夫を捕らえ、罪に問うことにするべきだが、とりあえずおまえの夫が監生、二人の兄弟が秀才であることを考慮し、拶子にかけるのは許そう。早く家に帰るがよい。以後、ふたたび外に出て、わしのもとにやってきたら、重罰に処することにするぞ。わしはさらに繍江県に文書を送り、引率をしていた二人の妖婦を処罰し、廟の住職を捕らえることにしよう」

両側にいたp隷は、一斉に声をあげて出ていきました。素姐は、冷や水を浴びせられ、薛三槐夫婦とともに、がっかりして家に帰りました。そして、狄家に帰るのも面目ありませんでしたので、すぐに龍氏の部屋に行きますと、不愉快だったので、人を罵りました。龍氏だけは、素姐を助けましたが、他の人々は、彼女に構おうとはしませんでした。

 二日たちますと、済南府は、告示を出し、女が廟にお参りするのを厳禁し、侯、張の二人の道姑を掴まえ、糾問しようとしましたが、彼らは逃げ、姿が見えなくなっていましたので、繍江県では厳しく期限を設け、地方に人を捕らえるように命じました。寺参りを禁止する告示には、すべて薛氏のことが書かれていました。告示にはこう書かれていました。

済南府は、婦女が廟にお参りをし、参拝をするのを厳禁し、風俗を正し、争いが起こるのを防ぐことにする。

男女には、区別があり、内と外とは、隔てられるべきである。あらゆる寺院や神祠は、和尚や道士が修行をする場所である。和尚や道士のことを、世の人々は、淫魔、色鬼に例えている。彼らは、婦人を見ると、まるで蠅が血に群がるように、蟻が生臭いものに集まるようにふるまう。だから、貞節な婦人は、家の奥深くに、身を隠そうとするものである。ところが、最近、恥知らずの女が、閨房にじっとせず、仲間を呼び集め、師匠の下にいき、受戒し、仏寺に出入りしている。狄監生の妻の薛氏は、玉皇廟の通仙橋で、大勢のごろつきに、装身具を奪われ、衣装を剥ぎとられた。本人がそのように自供している。辱めを受けたときの有様は、言うに忍びない。繍江県に文書を送り、ごろつきを捕らえ、処罰し、人々を惑わした侯氏、張氏を捕らえた上で、改めて厳しい禁令を出すべきである。告示を出した後、夫と妻妾は、心を入れ替え、閨房にじっとしているべきである。ふたたび外に出、事件を起こせば、廟の住持、夫と実家の家長、及び本人を、守道の触れ文に従って処罰し、決して許さぬこととする。そのとき後悔してももう手遅れである。告示の通りにするように。

 告示は、明水鎮の盛り場と、各寺廟の入り口に張り出されましたが、すべてに、薛氏の名が載っていました。狄、薛両家は、大いに面子を潰しただけでなく、素姐自身も嫌な思いをし、夫や弟たちが、彼女の恨みを晴らそうとしてくれなかったことを恨み、彼らを不倶戴天の敵のように憎みました。

 数日たちますと、素姐は、家に帰ろうとし、門の前の布屋に行き、二両の銀子を薛三省に渡し、三匹の斬絰[7]、孝布、期服順昌[8]が欲しいといいました。薛三省は、びっくりして、尋ねました。

「そんな縁起の悪いものを、何のために使われるのですか」

素姐「私に渡してくれさえすればいいんだよ。そんなことに構ってどうするんだい。私は屏風の表装がしたいんだよ」

薛三省は、言われた通り、彼女に売るしかありませんでした。彼女は、玉蘭に、布を持っていかせますと、自分の部屋に戻りました。狄希陳は、寝床の上で、うんうんと叫んでいました。素姐は言いました。

「私はあんたに話しをし、誓いを立てた。私は、夫に死なれた未亡人で、孝布を買ってあんたの喪に服しているんだよ。はやく出ていっておくれ。少しでもぐずぐずしたら、天秤棒でぶち、あんたをぶち殺してやるからね」

狄希陳は、それでも動こうとしませんでした。素姐は、進み出ますと、髪の毛を引っ張り、狄希陳を、寝床から引き摺り下ろしました。狄希陳は、地べたに這いつくばり、うんうんと唸りました。まるで塀が倒れたかのような有様でした。素姐は、さらに、小さな腰掛けを持ってきて、ぶとうとしました。狄希陳は、外に逃げていきました。素姐は、外に追い掛けていきましたが、敷居で転び、下半身が動かなくなってしまいました。

 狄希陳は、慌てて頭を掻きながら、自分で栄太医の家に行き、二服の順気和血湯[9]をもってきて、自分で煎じ、部屋の中に入り、まず一口飲んでから、素姐の手に渡し、言いました。

「君が動けなければ、僕は、主人を失ったようなものだ。薬をもらい、煎じたから、どうか飲んでおくれ」

素姐は、寝床から起き上がり、腰を掛け、薬を手に受け取りますと、狄希陳の顔目掛けて、お碗ごと投げ付けました。狄希陳の顔は薬でびしょ濡れになりました。彼は、磁器のかけらで、数箇所に怪我をし、血を流しました。そして、ぶたれたり、罵られたりして、兎のように走り回りました。

 素姐は、休んで体がだんだんとよくなり、二つの孝布で、二つの孝袍、孝裙を仕立てました。玉蘭は、ひたすら縫いました。素姐は、袍の袖を切り、スカートに折り目をつけました。二つの喪服はすぐに出来上がりました。素姐は、玉蘭に、さらに数十文の銅銭を与え、薛三槐に、一斤の麻で、荒縄と細い縄を作らせました。そして、孝衣、孝裙を身に着け、数両の銀子を袖に入れ、蓮華庵に、白姑子を尋ねました。白姑子は、尋ねました。

「貴いお方とはなかなかお目にかかれませんね。どなたの喪に服しておられるのですか」

素姐「夫と二人の弟が死んでしまい、あなたも会いにこられなかったので、一人でやって来たのです。知らない振りをして、わざと私にお尋ねになるとはね」

白姑子は、びっくりして言いました。

「本当に存じませんでした。少しでも知っていれば、足が折れていたわけでもないのですから、お悔やみにいっておりましたよ。あんなに若い三人の方々が、亡くなってしまうなんて。何の病気でしょうか」

素姐「汗病の後、胸に出来物ができ、続け様に死んでしまったのですよ」

 白姑子と冰輪は、薛家の弟たちのことは、あまり好きではありませんでしたが、狄希陳とは、法事のときに、契りを結んでいましたので、とても悲しくなり、大声で一しきり泣きました。しかし、素姐が一滴の涙も流していませんでしたので、泣くのをやめました。素姐は、銀子を取り出し、白姑子の手に渡しますと、言いました。

「これは、六両の白銀です。十二人の尼を呼んできて、夫の狄希陳の施餓鬼をし、弟の薛如卞、薛如兼も、一緒に済度してやってください。私のへそくりによる法事ですから、あなたを家に呼ぶわけにはいきません。明日、この庵で、法事を行うことにしましょう。幡を揚げ、榜を掛け、表にはっきりと字を書かなければなりません」

白姑子は、本当だと考え、その晩のうちに尼を呼び、紙銭を書き、精進物の供物を買い、駆けずり回り、師弟二人で、一晩中忙しくしました。素姐も家には帰らず、庵にとどまりました。

 翌朝、十二人の尼は、蓮華庵に行き、看板を書いたり、祭壇を作ったり、お経を上げたり、楽器を演奏したりし、看板を掲げ、こう書きました。

狄家の薛氏は、亡夫狄希陳、亡弟薛如卞、薛如兼が、汗病の後、出来物を生じ、相次いで死んだため、済度することとする。

薛素姐は、喪服を着け、魂幡を持ち、ひっきりなしに、仏前にお参りし、尼にくっついて通りに行き、行香をしました。

 そこへ、薛家の弟二人と相于廷、それに数人の友人が、戻ってきました。素姐を見ますと、薛家の弟と相于廷は、友人がいるので、知らない振りをしました。さいわい、友人たちは、素姐に気が付かず、そのまま通り過ぎました。友人たちが去っていきますと、薛、相の三人だけが残りましたが、彼らはびっくりし、事情が分からず、言いました。

「魂幡の上の字は、はっきりと見えませんが、誰を追善するものでしょうか」

何度考えても、想像が付きませんでした。

薛如卞「ねえさんが外で行香をしている間に、蓮華庵に行けば、事情が分かるだろう」

 庵の入り口に近付きますと、二つの幡幢と、一つの告示が掛けられており、三人の名が書かれていました。薛如卞兄弟は、あまり腹を立てず、溜め息をつくばかりでした。帰ろうとしますと、行香を終えた素姐に出食わしました。白姑子は、前を歩いていましたが、薛家の弟が脇に立っているのを見ますと、びっくりして身の毛もよだち、魂が消し飛んでしまいました。庵に戻りますと、人々は言いました。

「先ほど、薛家の二人の坊ちゃまと、相齋長が通りにおられましたが、どういう事でしょうか」

素姐「私も見ましたよ。私が施餓鬼をし、あなたがたが、心を込めて法事をしたので、二人の魂が戻ってきたのでしょう」

白姑子と人々は、言いました。

「だとすれば、霊験あらたかなことですね」

人々は、ますます心を込めて、熱心に法事をしました。晩に法事がおわりますと、素姐は、大勢の尼に付き従い、酒をふるまい、それが終わりますと、帰宅しました。後に、白姑子は、素姐がわざと呪いを掛けていたことを知りますと、自ら薛家に行き、二人の弟に、事情を知らなかったのだと言いました。薛如卞も彼女を咎めませんでした。

 昔から、凶悪な妻が夫を苛め、実家に迷惑を掛けることは数多いのですが、このように珍しくおかしな例はありますまい。これからさらにおかしなことが起こったのですが、とりあえず次回のお話しを御覧ください。

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

中国文学

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[1]雑穀や豆、甘藷を入れたスープ。

[2]原文「二位薛相公躱在屋里蛋哩麼」。蛋」は「卵を睨む」という意味。亀は卵を孵化させるときに卵を睨むといわれる。ここでは、二人を亀に譬えて罵ったもの。

[3]原文「大嫂」。ここでは長男の嫁である連氏をいう。彼女の父は挙人。第三十七回参照。

[4]原文「你兄弟両个別要使鉄箍子箍着頭」。「鉄のたがで頭を縛るのはおやめなさい」が原意。

[5]人が死んだ後、和尚を呼び、死者の周囲を回りながらあげてもらうお経。

[6]原文「你割裂了」。趙先の訴状の原文は「告状人、狄門薛氏、年二十、又零着四…」と、三字句四字句を交互に並べることで構成されている。知事はこれを「割裂」といっているものと思われる。これは俗謡とりわけ童謡などに多い形式であり、訴状にはふさわしくない。知事が馬鹿にされたと感じた理由もこの辺にあるものと思われる。

[7]喪服に用いる麻帯。

[8]一年の服喪期間につける喪服。夫が死んだ妻の喪に服するときなどに用いる。

[9]順気和血湯という薬品は未詳。『沈氏尊生書』には和血湯という薬が見え、桃仁、紅花、当帰尾、赤芍薬、生地黄、青皮、香附を用いた薬という。

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