第七十二回

狄員外が自分で墓を造ること

薛素姐が大勢で廟に行くこと

 

昔より(ただ)しき妻は

閨房にじつとしてをり

夫と夜をともにして、客間には現れぬもの

水を汲み 臼を挽き

糸を紡ぎ 布を織る

夫に背かず

列女となりて

美名を残す

しかし妖婦は

反抗的で、乱暴で

勝手気ままにし放題

狐や犬の朋輩(ともがら)

寺を訪ねて香を焚き

家や先祖を傷付けて

辱められ

脅さるるもの  《行香子》

 狄夫人が亡くなってからというもの、棺は家に安置されたまま、野辺送りされませんでした。狄賓梁は、先祖を葬るべき墓に、大吉の日時を選び、職人を集め、寿冢を造り、毎日、自ら墓に行き、職人たちが仕事をするのを眺めました。

 墓が完成しますと、友人たちは、盒子に入れた酒を持っていき、狄賓梁が工事を監督するのに付き添いました。さらに、酒と肉を持っていき、職人たちを労いました。職人たちは、ぞろぞろとやってきましたが、工事が終わりますと、来なくなりました。

 墓を造り終わりますと、親戚友人たちは、ふたたび金を出し合い、狄員外のために、墓の完成祝いをしようとしました。狄員外は辞退しきれず、墓に小屋掛けを組み立て、酒を並べ、賓客をもてなしました。さらに、静かなところに、もう一つの小屋掛けを設け、家の女を置き、料理人に酒の肴を買わせました。調羮、狄周の女房と、数人の小間使いたちは、家に住んでいる力仕事用の下女や相大妗子を小屋掛けに呼び、手伝いをさせました。表には相棟宇、相于廷、崔近塘、薛如卞、薛如兼、薛再冬を陪賓として呼びました。その日、小屋掛けには、三十卓以上の酒席が設けられ、たいへん賑やかでした。

 その日は、三月三日でした。明水鎮から十里離れたところに、玉皇宮があり、毎年縁日、法事がありました。品の悪い女たちは、みんなそこへ行きました。女たちでさえ出掛けるのですから、軽薄な若者たちが出掛けるのは、なおさらのことでした。素姐が少しでも物の分かった女であれば、舅が盛大に祝い酒を並べ、関係のない人々まで呼び、手伝いをさせたことはわかっていたわけですし、長男の嫁でもあったわけですから、お祝いを自分と関係のないことであると考えたり、何も聞こえないように振る舞ったりすることはなかったはずです。ところが、彼女は老侯たち二人の道姑がやってきて一声掛けますと、まるで茶色の犬が焼餅を奪い合うときのように、転んで歯を折りそうになりながら、飛ぶように走っていってしまいました。

 相大妗子は、小屋掛けにいきますと、四方を見回し、尋ねました。

「甥の嫁はまだ来ないのかい。どうして姿が見えないんだい」

調羮は、事実を隠そうとし、いい加減に返事をしました。しかし、このように奇妙な事件は、誰にも隠すことはできないものです。ある者が喋れば、別の者が喋るという具合に、一日中このことが取り沙汰されました。ちょうど、この日は、別の事件が起きました。侯、張の二人の道姑の仲間に、程氏という者がおりました。彼女は、棺桶屋程思仁の娘で、程大姐と呼ばれていました。母親は、孫氏といいました。孫氏は、若いときは美しく、四十をすぎてもいい年増女でしたが、身持ちがよくないくせに、口では立派なことをいっていました。彼女は激しい性格でしたので、人々は彼女と目を合わすこともできず、からかうことなどはなおさらできませんでした。街の人々は、彼女の行状を知り尽くしていましたので、彼女に「熟鴨子[1]」という渾名をつけました。やがて程大姐は成長しましたが、熟鴨子は、他の人は騙せても、娘を騙しおおせることはできませんでした。それに、程大姐は性格が良くありませんでした。彼女は、母親が「善人」でしたので、「これより優れたもの」[2]となりました。そして、母親の男を撮み食いしたり、自分で男を作ったりして、大変な噂になりました。しかし、熟鴨子は性格がきつく、凶暴な悪人でしたので、だれも彼女に構おうとはしませんでした。

 程大姐は、小さいときから、魏三封と婚約していました。魏三封は、貧乏な家の息子で、十九歳でした。彼は顔が綺麗で、白くて体格がよく、背が高く、十八歳で武科挙の第二名に合格し、標営に採用されていました。程大姐は、彼より四歳年下で、魏三封は、十九歳の時に彼女と結婚しました。程大姐は、わずか十五歳でしたが、やはり体が大きく、顔もとても綺麗でした。『男は才子、女は美人』とはまさにこのことでした。ところが、合巹の晩、程大姐は、上下の衣装をしっかりと結び、ちょっとでもちょっかいを出すと、すぐに手で押しのけ、泣き叫ぶのをやめませんでした。魏三封は、真夜中まで口説いた揚げ句、激怒し、程大姐を懐に抱き抱え、帯を引きちぎり、袴をはぎ取り、体の一部を露にしました。そして、明かりの元で見てみますと、処女ではありませんでしたので、胸に怒りが込み上げ、引っ張ってひっくり返し、拳でぶったり、足で蹴ったり、噛み付いたりしました。程大姐は、まるで豚が殺されるときのような叫び声をあげました。

 魏三封の母親の老魏は、びっくりし、家の入り口にきて扉を叩きますと、尋ねました。

「こんな真夜中に、どうしてよその娘をぶつんだい。花のような美人をぶってひどい目に遭わせるなんて」

魏三封は、とりあえずぶつのをやめ、扉を開け、母親を中にいれました。程大姐は、すきに乗じて、袴をとり、腰に巻こうとしました。魏三封は、それをさっと引っ張り、母親に見せました。

「何というろくでなしでしょう」

老魏はそれを見て言いました。

「十四五歳になったばかりの娘に、どうしてこんなことをするんだい。この子をぶつ必要はないよ。はっきりと白状させ、五更の人通りの少ないときに、この子を送り返せばいい」

魏三封は、ふたたび程大姐をぶち、白状させようとしました。程大姐は、ぶたれるのに我慢できず、家で彼女の母親とともに「八仙が海を渡り、それぞれ神通力を現」わしていたことを、一つ一つ最後まで白状しました。たくさんの汚らわしい言葉は、紙に書くに忍びません。老魏は、魏三封とともに、彼女の箪笥を開け、魏家が送ったものは、置いておきましたが、女の実家が送ったものは、置いておきませんでした。そして、五更になりますと、程大姐とともに、彼女を実家に送り、扉を叩きました。

 母親の孫氏も、魏三封は武科挙合格者の頭巾をかぶっているのに、さらに緑頭巾をかぶせる必要はないと考えました。[3]孫氏は娘が美しいから、魏三封が娘の過ちを咎めないかもしれないと思っていました。そこで、一尺ほどの白い杭州産の上等な絹織物を買い、一羽の雄鳥を掴まえ、大きな針で、とさかをさんざんつつきました。鶏のとさかは、程大姐の体の一部のように、ぐちゃぐちゃになりました。孫氏は血を白い絹に滴らせますと、程大姐の処女の血に見せ掛けようとかんがえ、絹を身の回りに隠すよう程大姐に命じました。程大姐は、最初の二晩は、絶対に魏三封を受け入れず、二三晩たってから、彼が酔っ払っているときに、彼に身をまかせようと考えていました。彼女は、両腿をきつく合わせ、開かないようにし、例の絹を、尻の下に敷こうと考えていました。ところが、魏三封は、情欲の炎を燃え立たせておりましたので、承知しようとせず、彼女の計略は、瞬く間に見破られてしまいました。孫氏は、娘に計略を授けましたが、その晩はあまり安心できず、両の目がぴくぴくし、全身が震えました。五更になりますと、表門が乱暴に叩かれましたので、事が露見したのだとさとり、ぶるぶる震えながら、程思仁を起こし、通りに面した門を開けさせました。程大姐は頭をぼさぼさにし、赤いズボン、黒い木綿の衫を着け、帯には鶏のとさかの血で染めた白い絹を結び、後ろ手に縛られていました。魏三封は、棍棒を持ち、程大姐が歩くたびに一回ぶちながら、彼女を入り口まで送ってきて、彼女が持参した箪笥、引き出しの付いたテーブル、衣桁、盆架の類い、幾つかの衣装を、入り口に積み重ねました。魏三封は、入り口で足踏みしながら、さんざん罵りました。孫氏は、はじめは口答えをしました。

「嘘つきのちんぴらめ。自分が武科挙合格者であることを鼻に掛け、私たちが大工で、持参品もないことを嫌がって、潔白な娘にぬれぎぬを着せるとはね。夜が明けたら役所に訴え、産婆に検分をさせることにしよう。この娘は十五歳になったばかりで、東西南北さえ知らないのに、この娘のしていることを悪く言うんだからね」

 空がだんだんと白んできました。魏三封が通りで罵りますと、道行く人々は、立ち止まって取り囲み、隣人たちは、皆それぞれの家の入り口に立ち、聞き耳をたてました。孫氏は、良心の咎めを受けることもなく、魏三封に向かって口答えをしました。魏三封は、武科挙合格者で、軍隊で働き、幾らか腕力もありましたし、悪いのは女房の方だということもありましたので、口答えを許すことができず、いきなり進み出ますと、孫氏を地面にひっくり返し、ぶってはいけないところを足で目茶苦茶に蹴りました。孫氏は初めは罵っていましたが、やがてこう叫びました。

「魏さん、話があったらすればいいじゃないか。乱暴に私をぶっても、何にもならないよ。みんなは手をこまねいて、この人を引き止めてくれないのかい。私がぶち殺されたら、街の恥になるじゃないか」

 隣人たちは、だんだんと近寄ってきて、大勢で魏三を引っ張り、何度も強く宥めました。

魏三封「この女に、身持ちのよくない売女を呼んでこさせてくれ。あいつのズボンを剥ぎ、足を開き、みんなに見せれば、こいつを許してやろう」

人々「私たちは、はっきり見ていませんが、話は聞きました」

さらに、孫氏に向かって言いました。

「おまえがろくでもないことをするのは構わないが、娘にまで同じことをさせるとはけしからん。『廟の中の豚の頭にも持ち主がある』[4]というぞ。すぐに自分の非を認めずに、まだ口答えをする積もりか。隣近所はみんな見ているぞ。それなのに、人が喋るとすぐに、大騒ぎして罵るとはな。『便所の石は臭くて固い』[5]とはこのことだ。みんなはおまえなどとは争わないが、魏さんはまじめな人だ。あの人は嫁を娶り、母親に仕え、子供を産み、家事を切り盛りしてもらおうと考え、女房が不倫することなどは望んでいなかったのだ。このような傷物の女をみたら、我慢できず、送り返すだろう。おまえは強情を張り、魏さんに盾突いているが、もしも魏さんが気付かなければ、知らない振りをしていただろう。魏さんは面子を大切にする人だから、はやく詫びないと、裁判が起こるぞ。娘は刑罰には耐えられず、拶子にかけられれば、すぐに小便を漏らし、白状してしまうぞ」

孫氏「いってくれるね。私たちがあんたたちを騙せるはずがないだろう」

人々「もうやめろよ。魏さんが善人を苛めたのなら、あんたがこの人をどうしようと、俺たちは構わないがな」

 程思仁は、入り口にぴったりと体を寄せ、口から息も吐かず、身を乗り出そうともしませんでしたが、人々が去っていきますと、出てきて、言いました。

「皆さん、この女房に構われてはいけません。皆さんに悪いことをしたりはいたしませんから、どうか私たちのために手を打たれてください」

人々は立ち止まって、言いました。

「あんたに何をしてやればいいんだ。あんたの考えがどのようなものか言ってみてくれ」

程思仁「魏さまが何とおっしゃることには何なりと従い、一生懸命お仕え致します。とにかく娘をお宅におかれてください。私はまだ数両の棺代をもっています。私は魏さんのために、きれいな妾を探し、仕えさせることに致します」

孫氏は罵りました。

「ろくでもないことを抜かすんじゃないよ。私の娘が腐ってしまったというのかい。びっこだというのかい。めくらだというのかい。この上妾をつけるとはね。この娘は、幾らでももらい手があるよ。私の娘が間男をしても、大丈夫だよ。死刑に問うことなどできはしないよ」

 人々はハハと大笑いしだし、魏三封に尋ねました。

「魏三封さん、あんたの考えはどうだい」

魏三封「俺も役所には行かないよ。若い方の売女を引き出し、みんなにはっきりと見せ、年とった方の売女を蹴り、家具を燃やししてやろう。そして、若い方の売女を追い出すことにしよう」

人々「程さん、あんたの考えは聞き入れてもらえないぜ。魏三封さん、俺たちのいうことを聞いて、考えてみてくれ。母子二人に恥をかかせることはできないよ。奴らが怒鳴りわめけば、魏三封さん、あんたの面子にだって傷が付くじゃないか。『良い靴は臭い糞を踏まぬ』というぜ。あの女を捨てて、好きなようにさせるといい。あんたがあの女に三行半をかいてやる筋合いはないよ。あの女に三行半をかかせ、ほかの良い家の娘を娶ればいい。あの女を自由にさせ、魏家のことは一言も話さないようにさせよう。家具も必要はないだろう。大して値打ちのないものを、燃やして煙がたったら、みんなが大騒ぎするだろう。それに、風も強いから、火を使うのはよくないぜ」

孫氏「それでいいよ。娘に三行半をかくのなら、うちの娘に持参品がないのが嫌だったので、夫婦が不仲になり、他の人に嫁がせるとだけ書き、ほかのことは一切書かないでおくれ」

人々「あんたが正しくて、魏さんのように立派な人が馬鹿だということにするつもりか。そんな文書を作って、魏さんを悪者にし、娘に罪がないことにするとはな」

人々は、魏三封を押し、言いました。

「魏三封さん、家に帰るんだ。あの人に文書を書かせ、家に送らせよう。あんたの考えにぴったりだったら、言う通りにし、あんたの考えと違っていたら、反対すればいい。俺たちもあの人には構わない。汚らしいなりでここにいてどうするんだ」

 魏三封は反抗もせず、人々に執り成され、家に戻りましたが、とてもむしゃくしゃしました。人々は、高齢で人徳のある公正官[6]賈秉公と李雲庵を選び、離婚契約書を代書させ、魏三封に送りました。双方は別れ、それぞれが結婚をし、関係を絶つことになりました。文書にはこう書かれていました。

離婚契約書、程思仁の妻は、旧姓を孫といい、一人娘を産んだ。娘は十五歳となり、このたび、魏三封と結婚し、昨日の晩、嫁入りしたところ、処女ではなかったため、結婚をしないこととした。魏三封は程家に殴り込み、怒りにまかせて姑を蹴り、媒酌人をぶったが、隣人の執り成しにより、事を収めることとした。夫婦は離婚し、裁判はしないこととする。魏三封は再婚をし、良家の娘を選ぶこととする。事情を口外すれば、口に腫れ物ができることであろう。ここに契約書を作り、証明とする。

魏三封は契約書を受け取りますと、ほかの女を娶り、程大姐には構いませんでした。

 程大姐は、魏三封が殴り込みすることを恐れていましたが、すでに殴り込みをかけられたので、心配することもなくなりました。また、人々に知られ、体面を汚されることを恐れていたため、魏三封と言い争いをしようとはしませんでしたが、今では、人々に、何もかも知られてしまったため、気兼ねする必要もなくなりました。彼女はかえって自由になり、隠しごとをする必要もなくなりました。彼らは母と娘で妍を競い合い、したい放題にふるまいました。近所のならず者たちは、彼女が以前のように強い態度をとれなくなりましたので、うまい汁を吸ったり、弱みにつけ込んで強請をしたりしました。この住居にも安住できなくなりましたので、袋小路の南に引っ越し、家を借り、住むことにしました。程思仁は、今まで通り、棺屋を開き、孫氏、程大姐は、売春をしました。街はだんだんと乱れてきました。この商売は、しょせんはいい商売ではありませんでしたので、老夫婦は、ほかの人の嫁になるよう程大姐に勧めました。そのころ、外郎の周龍皋が妻を亡くし、後妻を娶ろうとしていました。

 周龍皋の前妻の潘氏は、仲買人の潘瘸子の娘で、顔は醜く、おとなしくもありませんでした。家で、小さく醜い小間使いを雇いましたが、彼女は、周龍皋が小間使いと関係を持っていると思い、毎日鞭でぶち、続け様に数万回ぶちました。ところが、小間使いは、ある日、ぶたれるのに耐えられなくなり、百回もぶたないうちに、両目を剥き、両足を伸ばし、無常とともに走っていってしまいました。潘氏は、小間使いが死にますと、家の井戸に落とし、半日水に漬けてから、掬い上げ、縄で水車小屋に掛け、彼女が首を吊って自殺したのだといいました。小間使いの両親兄弟は、押し掛けてきて、家具を壊し、主人を罵りましたが、周龍皋は、捕衙に報告し、捕縛が行われた結果、各人が三十回竹の板でぶたれました。総甲、郷約が遣わされ、死体は、すぐに引き取られ、埋葬され、報告が行われ、人命事件は水に流されました。

 しかし、人間がどうすることもできなくても、神さまは放っておかないものです。小間使いは、寝ても覚めても食べても飲んでも、潘氏の目の前に現れました。一か月もたたないうちに、何の理由もないのに、潘氏は首を吊って自殺してしまい、十七歳の長男周九万が残されました。二人の小さな息子は、一人は雨哥といい、一人は星哥といい、ともに十歳前後でした。

 周龍皋は、葬式を出しますと、潘氏が醜くて賢くないのを嫌がっていましたが、さいわい早死にしたので、発奮し、家格が釣り合うかどうかにはお構いなしに、綺麗な後妻を娶ろうとしました。媒婆は、何度も縁談を持ち込みましたが、周龍皋は、すべて気に入りませんでした。

周龍皋「道の両隅で棺を売っている店で、とても綺麗な女を見た、年は二十歳以下だ。年をとった方の女も、やはり顔が綺麗だ。あのような女を探してくれれば、満足なのだが」

媒婆「周さま、もしお嫌でなければ、あの人を娶られてはいかがですか。私も、あの人のために、夫になる人を探していたのです」

周龍皋「何だって。未亡人じゃないのか」

媒婆「周さま、あの人をご存じでしょう。いっしょになりたいのでしたら、とっくに口利きをしてさしあげておりましたのに」

周龍皋「わしは知らんぞ。誰だか言ってくれ」

媒婆「あの人は、程木匠の娘で、魏武挙に娶られましたが、処女でないことを嫌われ、送り返されたのです。実家に二三年住んでいましたが、何を考えたものやら、また嫁ごうとしているのです、姿はなかなか綺麗ですし、顔は花のようで、両足もとても小さなものです。何でしたら、あの娘を娶られるのがいいでしょう」

周龍皋「ああ。あいつだったのか。毎日、人から話は聞いていたが、すぐ近くにいたとは知らなかった。歌い女を娶る人だっているだろう。あの娘が嫁ぎたいのなら、わしが娶ることにしよう。何も問題はない」

媒婆「おやすいご用です。私が話しをしにいけば、きっと承知することでしょう」

 周龍皋は、媒婆に酒とご飯を食べさせ、縁談をもちかけにいかせました。媒婆は、程氏のところに行きますと、周龍皋はとても金持ちだ、箪笥一杯の金銀、箱一杯の薄絹、緞子をもち、童僕、下女がたくさんいるから、嫁入りすれば女主人になれるだろう、周龍皋もとてもいい性格だ、前の女房が八怪[7]のように醜く、見るに堪えないので、あなたのような人を欲しがっている、目に入れても痛くないほど可愛がってくれるだろう、と言いました。

程氏は尋ねました。

「年は幾つなのですか」

媒婆「二十八になったばかりで、戌年です。この十一月三日は、あの方の誕生日です。私たち県庁の役人は、毎年、あの方のためにお祝いをしていますが、とても立派な方です。すでに二つの試験に合格され、もうすぐ上京されるでしょう。数か月足らずで、役人に選ばれますから、あなたは袍を着、帯を締め、奥方になれますよ」

孫氏「残された子はいるのかい」

媒婆「子供はみんな大きくなっています。長男は今年十七歳、弟二人は十数歳で、とても腕白です」

孫氏「何だって。長男が十七歳なら、その人は十一歳で子供を生んだのかい」

媒婆「間違いました。長男は、あの方のお兄さんが生んだ子で、母親も父親も亡くなったため、あの方の下で、小さいときから養育され、周さんを、お父さんと呼んでいるのです、今年の暮れに結婚します」

孫氏「あの人の、実のお兄さんの息子なのですか」

媒婆「本当に実の兄弟ですよ。周さんだけが残ったのです」

孫氏「あの人に兄さんがいるのなら、どうしてあの人が周大叔と呼ばれるのですか。周二叔ではないのですか。[8]

媒婆「あれまあ、どうしてそんなに間違いを指摘されるのですか」

孫氏「実をいうと、娘は甘やかされたため、気ままなことをするのに慣れてしまっているのです。お金持ちの大きな屋敷に入れば、よそ者は入ることができず、中にいる者は出ることができません。それに、奥方にもなれませんから、気が塞いでしまいます。私たちは、偉い方に嫁ぎたいとは思いません。同じような家の方がいいですね」

媒婆「ふん。金持ちといっても、しょせんは外郎ですよ。郷紳できちんとしているなどということはございません」

孫氏「手短かに申しますと、偉い方でなくてもいいのです。十七八歳の息子がいるのなら、きっと四五十歳でしょう。花のような娘を、年寄りに嫁がせるわけにはいきませんよ」

 程大姐「お話ししたでしょう。私は処女ではありませんよ。嫁げとおっしゃるなら、自分の目でよく確かめます。そうすれば、怖いことなどありません」

媒婆「それもそうですね。男の人に出てきてもらい、お互いに顔を見るようにすればいいでしょう。男の人はとても元気です。年が若い方はもちろん、あなたのような年増のご婦人も、あの人の相手をすることはできないでしょう。私は、あの人からひどい目にあわされたことがあります。あの人の前妻は、私の実家の兄嫁が縁談を纏めたのです。その後、私は彼の家に行きましたが、周さんは、とても馴々しい性格で、人をよくからかいましたので、私はあの人に構おうともしませんでした。ある日、私たちの西街の仕立て屋の家で、鶏がいなくなり、仕立屋の女房がこう罵りました。『鶏を盗んだ奴は驢馬に祖母さんを、駱駝に女房を犯されればいいんだ。私は驢馬と駱駝ではなく、周龍皋に犯されることにしよう』。私はいいました。『何だって。周さんは駱駝や驢馬よりもすごいのかい。』。仕立て屋の女房『みんなが周賽驢[9]といっているのを聞いたことがないのですか。』。その日、私は、あの人の家へいきました。奥さんは、実家にいかれており、あの人は、私を抱いてからかいました。私は、心の中で、仕立屋の女房の話を思い出し、こう考えました。『この人を試し、様子をみてみよう』。ああ。御覧になれば、あなたもびっくりされますよ。私は、ズボンを手にとって逃げようとしました。あの人は腹を立て、逃げるのを許しませんでした。あの人にひどい目にあわされたときのことは、今でも忘れられません。顔神鎮[10]で焼かれる尿瓶で、あの人が使えるものはありませんよ」

程大姐は顔を赤らめ、尋ねました。

「どういうことですか」

媒婆「尿瓶の口が小さくて、入れることができないのですよ」

程大姐「とんでもない奴ですね。誰もその人の相手はできないでしょう」

媒婆「びっくりなさいましたか。口利きをしているというのに、こんな話をしてしまいました。まったく考えもなく、口を滑らしてしまって」

程大姐「構いません。私は怖くありません。その人に嫁ぎましょう。吉日を選んで、呼んできて下さい。じかにその人を見てみましょう。あなたの話しはあてになりませんからね」

媒婆「明日あの人が嫁をとるといえば、それが吉日でしょう。明日でも宜しいじゃありませんか」

孫氏と程大姐は承知しました。媒婆が周龍皋に報告をしたことについては、くわしくはお話し致しません。

 翌日の午後になりますと、周龍皋は、新しい服に着替え、媒婆とともに、程木匠の家に行きました。程木匠は、よそへ棺を組み立てにいっており、家にはおらず、孫氏と程大姐は、周龍皋を中に入れました。周龍皋の有様はといえば、

頭に倭緞[11]の竜王帽[12]

身には京紵[13]の土地袍[14]

足にだぶだぶフェルト靴

腿にぴつちり毛の靴下

頬髭のある痩せた顔

蘇東坡よりもふさふさと

鼻は鷲に似 口は蛇

陰険なのは盧杞勝り[15]

年は半百(いそぢ)にさしかかり

持てる財産 人並みに

周龍皋が孫氏を見てみますと、

白粉の顔

赤黒き胸

紅の唇

白き玉の歯

ぷつちりとした頬をして

年増の女には見えず

ふつくらとした両乳房(ちち)

あたかも若き娘のやう

軽々とした両足は

籠半分に満たざらん

二ひらの臭い例の場所

五絶[16]にまさる芸達者

様子を窺ひ行動し

眉毛と目とで話する

その場に合ひたる受け答へ

談笑し 人の心をくすぐれり

さらに程大姐の身なり、顔、年を見てみますと、その有様は、

半袖のひとへの肌着は深緑

大襟のあはせの上着は杏色

いと美しき連裙は

柔らかき真白な秋羅

軽やかな刺繍(ぬひとり)の靴

小さき猩紅の春緞[17]

紅ビロードは雲の髪をばきちんと束ね

後ろには五梁の真珠(たま)の鬘を掛けたり

白粉を塗らぬ雪の顔

八宝金環 耳にさぐ

絶えず振る腰

風に靡ける若柳

頻りに振る首

雨を受けたる蓮の花

細き指にて頻りに鬢を撫で付けて

澄んだ()はしばしば靴を眺めたり

口を開けば香りがし

歩く様には俗気なし

生まれつき花柳界(いろのせかい)の選れもの

蘇小小[18]でも適ふことなし

淫らなことは慣れたもの

関盼盼[19]も恥ぢ入らん

三人は顔を合わせますと、上座と下座に腰を掛けました。媒婆が奥から茶を持ってきました。茶を飲みおえますと、孫氏は尋ねました。

「奥さまはいつ亡くなられたのですか。娘は醜く、後妻にはできないでしょう。あなたは、今年、何十歳になられましたか」

周龍皋「今年四十五歳で、妻も妾もおりません。娘さんを娶り、正妻にしたいのですが、承知して頂けますでしょうか」

孫氏「娘は二十五歳です。お嫌でなければ、よろしいでしょう。だいたい私はあの娘に指図する立場ではありませんから」

程大姐「人に嫁ぐときは、年は関係なく、縁があることが大切です」

互いに言葉を交わしますと、男は女の顔が、女は男の財産が気に入り、一方は慕って去ろうとせず、一方は引き止めて去らせようとしませんでした。夕方が近付きますと、孫氏は娘の心を推し量り、準備した酒と料理をテーブルに運び、酒を温め、周龍皋を座らせました。

周龍皋「結婚をするかどうかまだ分かりませんのに、先にご馳走して頂くなんて」

孫氏「この縁談はうまくいかないはずがありません。あなたは大事なお客様ですから、失礼なことをするわけにはまいりません。私は先のことを考えたまでです」

周龍皋は、客の席に腰掛け、孫氏、程大姐がお相伴をしました。媒婆は、料理を持ってきて酒を注ぎ、行ったり来たりしました。周龍皋は、本当か嘘か酔っ払い、背凭れに寄り掛かり、鼾をかきました。空はだんだんと暗くなり、初更になりました。媒婆は周龍皋を揺り起こしますと、言いました。

「もう遅くなりました、酒はやめ、結納品をおいて、私たちの家に行きましょう」

周龍皋「先に行かれてください。私は酔って動くことができません。もっと椅子の上で寝てから行くことにいたします」

媒婆「手付け金を残してください」

周龍皋は、袖から二つの手帕、二つのかんざし、四つの指輪、一対のかんざしを取り出し、媒婆に渡しました。媒婆はそれらを孫氏に渡していいました。

「結納品をお納めください。これからは赤の他人ではありませんよ。あなたは程老娘、あなたの娘さんは、周大嬸子になるのです。私は家に帰らせて頂きます。明日、周大叔の家に行き、結婚の日を決めることと致します」

孫氏「ちょっとお待ちください」

家から二百の黄銭をとってきて媒婆に渡し

「とりあえずお礼と致します。娘を娶られる時は、さらにお礼を致します」

 媒婆は、金を受け取りますと、先に帰りましたが、周龍皋は、相変わらず椅子に腰掛け、居眠りをしていました。

程大姐「この方は酔って帰ることができません。布団を敷き、休ませてあげましょう」

孫氏「布団を敷いてどうするんだい。この人をおまえの部屋に行かせ、休ませればいい。おまえはどうせこの人のものになるんだから」

程大姐は先に部屋に行きますと、きちんと布団を敷きました。すると、周龍皋はようやく目を覚まし、言いました。

「酒を漉してきてください。もう二杯飲んでから、眠ることにいたします」

孫氏が酒を大きな杯につぎますと、周龍皋は袖から何やら取り出し、口にいれ、酒で飲み下だし、相変わらず酔った振りをしていました。孫氏と程大姐は、彼を部屋の中に連れていき、母子二人で彼の服を脱がせ、網巾をとり、布団に入れました。周龍皋は孫氏が出ていったのを見ますと、起きあがり、程大姐を胸に抱きかかえました。明りを消した後のことは、お分かりになるでしょうから、くわしくお話しする必要はございますまい。朝起きますと、お互い浮き浮きしながら、吉日を選び、結婚をすることにしました。

 周龍皋は、五十近い時に、醜悪で凶暴で嫉妬深い女と結婚し、美しい女と一緒になったことはありませんでした。潘氏は、嫉妬深くて醜悪だったばかりでなく、やがて老衰しました。このような前半生を過ごしてきましたので、二十歳前の、顔も上等で、たくさんの男を知り、色恋の経験も豊富な美人を手に入れますと、中年の親父は、まるで抜け殻のようになり、たった二年で、傷寒になってしまいました。療養をし、汗を流しますと、八割り方良くなりましたが、程大姐はとんでもないろくでなしで、夜になると、寝床で周龍皋に色目を使いましたので、病気はぶり返しました。程大姐は周龍皋の世話をしませんでしたし、息子たちも善悪を弁えておりませんでしたので、彼は誰にもみとられずに死んでしまい、晩に、程氏が部屋に入り、初めて彼が死んでいることに気が付きました。

 周龍皋が死にますと、程氏は実家にいたときの性格に戻り、あらゆる悪さをしました。周九万は彼女をおさえなかったばかりか、悪事の手助けをしました。玉皇宮の縁日のときは、程氏は行列に加わりました。素姐は、これらの人々とともに、ろくでもないことをしました。

 程大姐は廟に行き、事件を引き起こし、辱めを受け、他人をも巻き添えにしましたが、その事は、わずかな言葉では言い尽くすことはできませんので、次の回でお話し致しましょう。

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

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[1] 「鴨」は南方人の罵語で、妻が不倫をしている男の意。『新刻江湖切要』に「鴨、王八」とある。「熟鴨子」は「鴨の馴染み」の意で、不倫をしている妻本人。

[2]原文「甚焉者矣」。

[3]緑頭巾に関しては第二回の注を参照。

[4] 「物にはかならず持ち主がある」の意。ここでは、お前の娘には主人がいるのだぞという意。

[5]原文「茅厠裏石頭、又臭又硬」。「臭」は口汚いこと、「硬」は強情なこと。孫氏が口汚く強情なことを便所の石にたとえたもの。

[6]公証人。

[7]怪物と思われるが未詳。俗に醜女のことを「醜八怪」という。

[8]周大叔は周家の長男、周に祝は次男の意。

[9]賽驢は「驢馬に(まさ)る」の意。驢馬まさりの巨根であることをいう。

[10]山東省益都県の西南にある鎮名。

[11]日本製緞子。それにならって福建省漳州で作られた緞子。布地が厚く、光沢に富む。

[12]竜王がかぶっているような帽子をさすと思われるが未詳。

[13]北京製の紵絲(緞子)のことと思われるが未詳。

[14] 土地神がまとっているような袍をさすと思われるが未詳。

[15]盧杞が陰険だったということは『旧唐書』盧杞伝に「子儀曰、杞形陋而心険」とある。

[16]南朝宋杜道鞠の弾棋、范悦の詩、褚欣遠の模書、褚胤の囲碁、徐道度の医術をいう。『南史』徐文伯伝参照。

[17]春着用の緞子と思われるが未詳。

[18]南斉の名妓。『呉地記』「嘉興県前有晋妓蘇小小墓」。『楽府広題』「蘇小小、銭塘名妓也、南斉時人」。

[19]唐代の名妓。白居易が詩を贈ったことで有名。白居易『和燕子楼詩序』「徐州張尚書有愛妓盼盼。善歌舞、雅多風態。予為校書郎時游淮泗間。張尚書宴予。酒酣、出盼盼佐歓。予因贈詩。落句云、酔狂勝不得、風嫋牡丹花」。

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