第五十九回

孝行な娘が嫁いで四徳を全うすること

凶暴な妻が騒いで両親を殺すこと

 

男がきちんとしてゐれば

女もきちんとしやうもの

あらまほしきは三従の教へを守る良き娘

徳があり、子を産んで、はじめて嫁を褒むべきぞ

夫婦の楽しみ尽きはせず

容貌(かほ)を恃んで、獅子のごと吼えたてて、毛を毟り、踏み付けにせり

反抗し、命令し、押したり引掻いたりもせり

地位があり、楽しく暮らす宦官にすら及ぶまじ

山犬や虎、毒蛇(どくへび)の女とは一緒に過ごすことはなし

いつそ切りたや鶏巴(ちんぽこ)を  《破陣子》

 さて、薛教授は、四月三日を選んで結納品を送り、五月十二日に嫁迎えをすることにしました。狄家では五月十日に鋪床をすることにしました。寝床、テーブル、棚、箪笥、細々した食器などは、狄家できちんと準備しました。衣装、装身具、錫の器の類いは、相棟宇の家で準備しました。狄員外夫婦は、鋪床の吉日に、素姐が飛び出してきて、悪いことをし、ろくでもないことを話したら、縁起が良くないと思い、困っておりました。

 薛夫人は、人を遣わし、素姐を迎えて戻ってこさせ、鋪床を見させようとしました。

薛教授「あの娘はうちの娘だが、相手の家の嫁でもある。むこうの家の小姑が今日鋪床をし、忙しくしているというのに、どうしてあの娘を家に迎えるのだ。」

薛夫人「病気で惚け、娘の人柄をお忘れになりましたね。狄家で鋪床をするときは、縁起をよくしなければなりません。あの娘が向こうでろくでもないことをしたら、姑は病気なのですから、腹を立てて、ますますまずいことになります。あの娘を家に迎え、勝手にろくでもないことをさせておきましょう。」

薛教授「まったくおまえの言う通りだ。はやく嫁にあの娘を迎えにゆかせよう。」

 薛夫人は、薛三槐の女房を遣わし、まず狄夫人、狄員外に会わせました。

狄夫人「おまえの家は今日は忙しいのに、どうしてここにくる時間があったのだ。」

薛三槐の女房「女主人は、狄の奥さまに宜しくと申しておりました。素姐さまを迎えて家にゆかせるのです。」

狄員外「嫁は巧姐のために鋪床をしないのか。」

薛三槐の女房は狄夫人のところにゆきますと、こっそり言いました。

「女主人が申しておりました。今日はこちらで祝いごとがありますが、素姐さまがいうことを聞かずにとんでもないことをするといけないので、家に帰らせるのです。」

狄夫人「あの人に身支度をさせ、帰らせてください。いずれにしても、ここにはあの人のする仕事はありませんから。」

 薛三槐の女房が見てみますと、素姐は準備をし、髪の毛を梳き、靴を換えていましたが、片足を小便桶に突っ込み、真紅の高底の靴、白い紗の半ズボン、晒しの纏足布が、臭い小便ですっかり湿ってしまい、慌てて顔を青褪めさせ、焦っていました。狄希陳が片足を部屋の中に入れますと、素姐は罵りました。

「目が見えないのかい。手が折れたのかい。朝に起きたときに、小便桶をついでに外に持ってゆくべきだったんだよ。つまづいてしまったよ。何ということだろう。あんたが強盗に切り殺されて、私が未亡人になり、頼りになる人がいなくなった方がましだよ。よくも私の目の前に突っ立っていられるね。」

薛三槐の女房「お嬢さま、どうされたのですか。」

小玉蘭が部屋に入ってきますと、薛三槐の女房がいいました。

「この小女郎。お嬢さまの小便桶を、持ってゆくべきじゃないか。こんな時間までおいておいたから、お嬢さまが足を突っ込んでしまった。私が家にいって話しをしたら、奥さまはあんたをぶつだろうよ。」

素姐「私が、主人に、小玉蘭を追い出して寝るように命じたのです。小間使いを追い出した以上、小間使いの仕事は主人がするべきです。」

薛三槐の女房「とんでもありません。ご主人を部屋で眠らせ、小玉蘭に外で噂をしてもらおうと思ってらっしゃるのですか。」

素姐は、小便で濡れた纏足布をふるわせながら腹を立てました。狄希陳はびっくりして顔を臘の滓のように黄色くし、塀に追い詰められました。

薛三槐の女房「狄希陳さん、とりあえず出てゆかれてください。素姐さまに腹を立てさせてどうするのですか。妹さんがもうすぐお嫁入りされます。このように如兼さまを苛めたら、あなたを痛い目に遭わせますよ。」

素姐「巧姐の奴が私みたいに弟を苛め、弟が彼女を離婚しなかったら、私が弟の代わりに離婚することにしましょう。」

薛三槐の女房「それは結構ですね。」

 狄希陳は、薛三槐の女房の話を聞き、素姐の顔を見ますと、ゆっくりと外に出てゆき、涙を拭きながら母親の部屋に行きました。狄夫人は言いました。

「おまえ、また災いを引き起したのだろう。今日は妹のお祝いなのだから、もう少しあの人を避けたらどうだい。」

狄希陳「だれもあいつを怒らせてはいません。あいつは自分で片足を小便桶に突っ込んだのです。そして、僕が小便桶を始末していなかったのに腹を立て、目が見えないのかい、手が折れたのかいと罵ったのです。」

狄員外「おまえはまったく怠け者だな。夫婦で何を喧嘩しているんだい。母さんに尋ねてみろ。わしは母さんのためにどれだけ小便桶を運んだか知れんぞ。おまえが女房のために小便桶を運んでいってやっていれば、女房が腹を立てることはなかったはずだ。」

話をしていますと、薛三槐の女房が言いました。

「お嬢さまは実家にかえろうとしています。いっそのことこちらのお嬢さまがお嫁にゆかれてから来られてください。」

さらに尋ねました。

「今日あちらにいって鋪床をするのはどなたですか。」

狄夫人「相家のおばさん、崔家のおばさん、相家の兄嫁、あなたの家のお嬢さんも入れて全部で四人です。もうあなたの家のお嬢さまは行ってしまい、人が一人欠けてしまったことを心配していたところです。程師娘を呼ぼうとも思いましたが、あの人が行くかどうかは分かりません。」

薛三槐の女房「狄の奥さまは行かれないのですか。」

狄夫人「体が動くのなら行きますが、これでは行きようがありません。」

薛三槐の女房「狄の奥さま、やはり行かれてください。お嬢さまのお祝いですから、仰々しいものにすることはありません。龍ねえさんに、狄の奥さまの髪を梳かせ、服を着せ、向こうに担いで行かせましょう。挨拶をする必要はありません。一つにはこちらのお嬢さまの鋪床を見るため、一つには気晴らしをされるためです。何も心配はいりません。身内なのですから。」

狄夫人「恥ずかしいですよ。椅子に座ったまま担がれ、通りをねり歩くなんて。薛さんが笑わなくても、うちの嫁が笑うことでしょう。」

素姐は外で言いました。

「行ってください。どうぞご自由に。あんたを婿にとるわけじゃないんですから、笑ったりしませんよ。」

 狄夫人は構おうともせず、薛素姐たちを去らせました。薛三槐の女房は、数人の客と狄夫人が話したことを、すべて薛夫人に話しました。

薛夫人「まったくあなたの言う通りです。すぐに戻って、狄の奥さんを呼んできてください。」

 薛三槐の女房は、ふたたび戻りますと、何度も頼みました、狄夫人は何度も断りました。すると、程師娘を呼びにいった人が戻ってきて言いました。

「程師娘は『くれぐれも宜しく。家に大事なことがあり、離れることができません。はやくおっしゃってくだされば融通もきいたのですが、忙しいので、どうしようもありません』と言っておりました。他に人を呼ばせましょう。」

薛三槐の女房「程さんはまたこられないのですか。やはり狄さんが自分でゆかれるのがいいでしょう。鋪床は大切なことです。狄の奥さま、あなたがゆかなくても、相大妗子、崔三姨はゆきますよ。奥さまがご自分で鋪床をご覧になれば、気が塞がることはないでしょう。」

狄夫人は、程師娘がきませんでしたし、薛三槐の女房から丁寧に頼み込まれましたので、考えを変えて一緒に行くことを承知しました。薛三槐の女房は、喜んでとぶように報告をしにゆきました。そして、厨房から調羮を呼んできますと、

狄夫人「服を着せておくれ。素姐の家に鋪床をしにゆくから。」

調羮「本当ですか。私をだましているのですか。」

狄夫人「嘘のはずがないだろう。程師娘は呼んでもこないし、先方は矢の催促だから、目の黒いうちに、あそこへ行ってみることにするよ。」

調羮「奥さまのおっしゃることはご尤もです。奥さまのために準備を致しましょう。あまりたくさんの髪飾りをつける必要はありません、一対の鬢釵、二対のかんざしにしましょう。耳輪をつける必要はありません。丁香[1]をもってゆきましょう。広袖の衫をつける必要はありません。月白と天藍の冰紗の小さい袖の衫をもってきて、蜜合羅の裙といっしょに着ることにしましょう。」

狄夫人「それはいい。」

調羮はさらに尋ねました。

「轎に乗ってゆかれますか。」

狄夫人「薛三槐の女房もくると言っていた。私は椅子に座ってゆくことにしよう。向こうに着いたら、担ぎ棒を抜き、椅子を中に担ぎ入れれば、介添えをしてもらわなくてすむ。」

 考えていますと、相大妗子、崔三姨、相于廷の女房がやってきて、尋ねました。

「素姐さんはどうしましたか。」

狄夫人「家から迎えがきて、帰ってゆきました。」

相于廷の女房「こちらで兄嫁として鋪床をしなかったのに、向こうにいって夫の姉として陪賓になるとはね。」

崔三姨「人が一人欠けましたが、どうしましょう。」

調羮「うちの大奥さまが行こうとされています。」

人々は言いました。

「行かれるべきです。何も心配はいりません。大事なことなのですから、ご自身であちらに行かれてみなければ、ご不満でしょう。」

さらに尋ねました。

「巧姐はどうしました。どうして姿が見えないのですか。」

狄夫人「まったく変な娘なのだよ。ここ二三日ご飯も食べず、髪も梳かさず、泣いてばかりいて、自分がいなくなったら、私に付き添う人がいなくなり、私が素姐にいじめられる恐れがある、と言うのだよ。私は、おまえは一生私に付き添って過ごすつもりかえ、おまえが私に付き添っても、素姐は私を恐れず、私を苛めているじゃないかと言ってやったよ。」

崔三姨は言いました。

「これは『孝行な子はいつも親を心配する』ということです。部屋にいますか。あの娘に会いにゆきましょう。」

相于廷の女房「私も巧姐に会いにゆこう。戻ってきたら劉姐と一緒に巧姐のために着付けをしましょう。」

三人は巧姐の部屋に行きました。調羮は狄夫人の髪を梳き、服を着せ、きちんと身繕いをさせました。狄夫人は手足が動かなかったとはいえ、なかなかしっかりとしていました。

 狄員外と相棟于、相于廷、狄希陳の親子四人は、表で結納品を準備しました。昼近くに、準備万端がととのいますと、楽隊の先導で、薛家へ鋪床をしにゆきました。狄夫人と四人の女たちも轎に乗って付き従いました。狄夫人が担がれて通りに出ますと、子供たちや女たちが「ねえさん。」と叫んだり、「おばさん。」と叫んだりし、大袈裟に驚いて言いました。

「あれ。どうして明轎に乗っているのですか。」

 薛家では、連春元の夫人、連趙完、薛夫人、薛如卞の女房連氏と素姐の五名が、狄夫人を迎え、中に入れました。薛三槐の女房、狄周の女房は、狄夫人の轎を迎え、中に担ぎこませました。

狄夫人「恥ずかしくてたまらないよ。薛家の人々にも笑われてしまった。」

人々「何をおっしゃっいます。ご病気でおかわいそうに。親戚を笑ったりするはずはございません。」

薛三槐の女房が狄婆子を真ん中に担いでゆこうとしますと、

狄夫人「やめてください。隅に担いでいってください。真ん中ではさらに挨拶をしなければなりませんから。」

薛夫人「ここはいい。隅っこで狄さんをおもてなしすることにしましょう。」

狄夫人は、薛三槐の女房にむかって言いました。

「私を焦らせないでください。下座で人々が挨拶をしているのに、私が泥でできた神像のように、上座でじっとしていては、みっともないですよ。」

崔三姨「そうですね。狄さんのおっしゃる通り、席に着くときには、上座に据えることにしましょう。」

東の山墻の下に担いでゆき、西向きに座らせました。

 人々が挨拶を行いますと、狄夫人を東に座らせ、茶を飲ませました。そして、巧姐が部屋に寝床を準備しますと、中に入り、飾り付けをしました。連夫人だけは中に入らず、狄夫人に付き添って表に腰掛けていました。準備が終わりますと、狄夫人を部屋に担ぎ込みました。きちんと準備がなされ、あとは酒がきて席に着くのを待つばかりでした、人々は龍氏を呼んで会おうとしました。

薛夫人「あの人は仕事をしており、盛装をしていないので、会うことができないのです。あの人を呼んできてください。」

人々はしばし酒を注ぐのをやめました。暫くしますと、龍氏が油緑の縐紗の衫、月白の湖羅の裙、白紗の模様のついた膝褲、沙藍紬に扣針繍でいっぱいの花模様を施した弓のような靴を着け、もじもじと出てきました。薛夫人は彼女を狄親家の前に行かせ、時候の挨拶を述べさせました。その後で、人々は、着席の挨拶をして席に着くことになり、狄夫人に首座を勧めました。彼女は病気だったため、客が彼女のためにきたのだと思い、相棟宇の女房に第一席、崔三姨に第二席、狄夫人に第三席、連春元夫人に第四席をすすめ、相于廷の女房、連趙完の女房は脇に座りました。相于廷の女房、連趙完の女房、薛如卞の女房、相于廷の女房は、まず狄、崔の二人の婦人に、着席の挨拶をしました。素姐だけはすっくと立っていましたが、薛夫人が催促しますと、ようやく狄夫人と彼女の大妗子、三姨に何回か叩頭をしました。全員が席に着きますと、龍氏は、奥で指図をする人がいないからといい、すべての人に数回拝礼をして、去ってゆきました。

 三四回スープとご飯が出ますと、素姐は立ち上がって奥に行きました。すると、相于廷の女房も立ち上がって素姐といっしょに去ってゆきました。

素姐「私は座っていて疲れたので、奥にきたのに、あなたも私についてきたのですね。」

相于廷の女房「あなたが疲れたのなら、私だって座って疲れますよ。それに、話すこともなかったので、座って居眠りばかりしていました。」

素姐「新郎新婦の部屋にいって、しばらく腰を掛けることにしましょう。」

二人は手を取りながら、新しく準備した寝床の縁に腰を掛けました。素姐は左側に座りますと、相于廷の女房は彼女を右側に押していいました。

「私が客ですから、左に座るべきです。」

腰を掛けて言いました。

「はやくお酒を持ってきて飲むことにしましょう。」

素姐「だから私についてきたのですね。あなたはいい思いをしようとしていたのでしょう。」

相于廷の女房「明日一日が過ぎれば、明後日にはこの上で人が眠るのですよ。」

素姐は腰を掛けながら、寝床を尻で揺らすと、言いました。

「この寝床は音が出ますから、私は例のことをする音を聞きにくることにしましょう。」

相于廷の女房「そんな音を聞いてどうするのです。他人の音を聞くより、家に行って例のことをされてみてはいかがですか。だれも邪魔はしませんよ。」

素姐「私はあんたとは違って、何が何でもしたいとは思いませんよ。」

相于廷の女房「私は例のことをするのは大好きですが、あなたは嫌いなのでしょう。」

素姐「私は本当に例のことをするのが嫌いなのですよ。あの男を見ると、どこからか怒りが込み上げてきて、例のことを考える気持ちなど起こらないのですよ。」

相于廷の女房「お尋ねする暇がありませんでした。あなたと狄大哥が憎み合っているのはどうしてですか。あの人はあなたを可愛く思っているのに、あなたは目もくれないのは、どうしてですか。女というものは、家にいるときは父母に頼り、嫁にゆけば夫に頼るものです。お姑さんは、決して小言をいいませんし、お舅さんはいうまでもないのに、あなたはどちらとも馬が合いませんね。」

素姐「私にも分かりません。実は私の舅、姑はまったく小言はいわず、とても私を可愛がってくれますし、私を怒らせるようなこともまったくなく、私がひどいことをしても、少しも私を恨みません。私だって舅姑に孝行をするべきであり、夫を愛すべきであることはわきまえていますが、どういう訳か、あの人たちを見ると、まるで自分が自分でなく、彼らが私と前世の敵であったかのような気分になり、彼らと一緒にいたくなくなるのです。先ほどよその家の女房たちが姑に着席の挨拶をしたときも、私はあの人が自分の姑だとは思えませんでした。あの人はいま目の前にいないので、私は心が綺麗になって後悔し、遺憾に思い、改心しようと思うのですが、会いますと、やはり同じことをしてしまうのです。私は前世であの人の家と何か怨恨があったため、心にもないことをしてしまうのだと思います。」

相于廷の女房「嫁を娶った日が悪く、何か悪い星を犯していたのでしょう。このようなことはよくあるものです。吉日を選び、新たに別の人を娶りましょう。陰陽師に厄払いをさせないで、また不倶戴天の敵になったら、大変なことですからね。」

素姐「嫁を娶った日、私は男が私の胸を引き裂き、心臓を取り出し、別の心臓を中に入れる夢を見ました、私はそれからというもの、心のおさえがきかなくなりました。私は今は心が澄んでいますが、舅、姑、夫が現れ、彼らの姿を見ると、すぐに心が曇ってしまうのです。」

相于廷の女房「狄大哥があなたに怨恨があるのはいいですが、うちの主人はあなたと何の関係があるのですか。あなたはあの人の目に悪戯書きをし、大通りを歩かせましたが、それでも人間ですか。」

素姐は笑って

「私は忘れてしまいましたが、あなたは覚えていたのですね。あなたこそ人間ですか。夫を放ったらかしてべらべらと捲し立てさせ、うわ言を言っているときのようにでたらめなことを言わせるなんて。あの人は、さんざん私の悪口を言い、悪口を言うだけでは満足せずに。なぞ当てをしたり、笑い話をしたりしたのです。まったく憎たらしいですよ。」

相于廷の女房「うちの主人は私に話していましたよ。あなたの悪口は何もいっていないとね。」

素姐「あの人は嘘をついているだけですよ。私はあの人の言うことはとても憎らしいと思ったので、ひさごで汚水を掬い、頭から掻けてやりました。あの人はすぐに追い掛けてきました。私がはやく走って、門に閂を掛けていなければ、あの人は私をどうしていたか知れたものではありませんよ。」

相于廷の女房「私はあの人に尋ねましたとも。『追い付いたら、あなたは素姐さんををどのようにしていたのですか。』。あの人はいいました。『追い付いたら、あいつの乳房目掛けてごつんと拳骨を食らわしていたよ』。」

素姐「それがでたらめだと思うのですか。あの人が追い付けば、本当にそうしていたでしょう。あなたはあの人の恐ろしい様子を見なかったのですか。」

相于廷の女房「もう一つお尋ねしますが、巧姐さんはあなたの弟のお嫁さんではありませんか。あなたはあの人に会えば、まるで恨みがあるかのように振る舞い、あの人の嫁入り道具を交換したり、あれこれ小言をいったりしていますが、これはどういうことですか。」

素姐「これも心が曇っていたからです。私は家にきて、あの人が私の弟の嫁であったことを思い出しました。しかし、あの家にいるときは、あの人を見ると腹が立つのです。」

義姉妹二人が話しをしていますと、薛夫人は人を遣わし、彼らを席に着かせました。素姐は嬉しそうにしていましたが、狄婆子を見ますと顔を曇らせ、俯きました。

 暫くしますと、狄夫人は長く座っていることができず、先に席を立とうとしましたが、薛夫人は強く引き止めました。崔家の三姨と相大妗子は、狄婆子に、また椅子に腰掛け、家に戻るように勧めました。さらに、彼ら二人が家で明日手伝いをすること、明後日に巧姐を送るときに付き添うことを取り決めました。二人は承知して、言いました。

「行きましょう。行きましょう。」

 狄夫人は担がれて家に戻りますと、すぐに衣装を脱ぎました。調羮は彼女を抱いておまるの上で小便をさせ、髷を外し、かんざしと耳輪をとり、狄員外に鋪床、酒席のことを話しました。まもなく、相大妗子、崔三姨も帰り、相于廷の女房は自分の家に戻りました。

 十二日に巧姐を送りだしましたが、これらの結婚の儀礼は、いずれも慣例に従ったものでしたから、くだくだしくは申し上げません。

 巧姐がやってくる前、薛家の人々は、彼女が素姐のように悪さをすることを恐れていました。ところが、巧姐は、実家ではとても従順で、母親の教えにすべて従っていました。性格もとても穏やかで、動作もきちんとしており、たとえ兄嫁に苛められても、決して取り合わず、母親が腹を立てるのを恐れ、母親に知らせませんでした。嫁入りをしますと、まるで自分の両親に仕えるときのように舅姑に仕えました。兄嫁たちには、自分の兄嫁のように接しました。夫妻で仲睦まじくし、まことに「琴瑟を鼓するがごとし。」[2]という有様でした。薛教授夫妻は、連氏を娶ったとき、彼女のことをとても従順だといい、喜んでおりましたが、さらに巧姐のように従順な嫁がきましたので、とても愉快でした。

 兄弟というものは、一人の母親の腹から生まれたものですから、愛し合わないはずがありません。しかし、女房同士が不仲で、枕辺ででたらめなことをいいますと、男は女房を重んじ、弟を軽んじ、怒ったり、悲しんだりするのです。父母がそれを見れば、決して喜びはしません。連氏は賢い女でしたが、最初は父親が挙人であることや、自分が長男の嫁であることを鼻に掛け、偉そうに振る舞うこともありました。しかし、巧姐がとても従順だったため、感化され、義理の妹たちとは実の姉妹のようになりました。兄弟たちが少し口喧嘩をしても、それぞれの妻が枕辺で宥めましたので、怒りがあってもすべて消えてしまうのでした。

 薛教授老夫婦は、本当に良い息子と嫁に恵まれました。薛夫人も、巧姐の心をとても思いやり、三日にあげず彼女を帰らせ、母親に会わせました。薛如兼もとても従順で、婿としての務めを果たしました。

 狄員外と女房の二人は、巧姐が妻としての務めをよく果たし、舅姑も善良、婿も誠実でしたので、安心しました。しかし、息子の嫁の薛素姐は、年をへるにしたがって、肝っ玉がますます太くなり、時がたちますと、凶暴さが日に日に激しくなり、あらゆる悪さをしました。狄夫人が元気だったときは、人は虎を恐れていたものの、虎も人を恐れていました。しかし、狄夫人が動くことができなくなりますと、素姐は少しも慎みがなくなり、舅姑のことなどまったく眼中になく、したい放題、何の憚りもなく振る舞いました。彼女は、姑の病気にとって最も恐ろしいのは腹を立てることだということを知っていましたので、姑を怒らせようとし、勝手な事を言い、わざと目の前でろくでもないことを喋りました。また、あれこれ動き回り、故意に目の前で勝手な行いをしました。狄夫人は病気とはいえ、まだ何年か生きることができる運命にありましたし、しっかりとした考えをもっていましたので、彼女が悪いことをするに任せ、決して腹を立てませんでした。脇にいる人々が彼女を宥めますと、すぐに従いました。しかし、不幸な運命がまわってきますと、素姐が悪さをしていることが、聞こうともしないのに、耳に入ってきたり、見ようともしないのに、目に入ってきたりしました。大したこともないのに、一人でむかむかと腹を立て、人が忠告しますと、ますます怒り、気を失い、今までの病気がますます重くなりました。素姐はうまくいったと思い、調羮が舅の寵愛を頼りにして、彼女の姑を苛め、怒らせて重病にした、姑が死んだら、調羮は命の償いをしなければならないと言いました。さらに、調羮が姑の箪笥の中の金や装身具をすべて狄周の女房に売ってしまったとも言いました。調羮は平素からおとなしい方でしたが、ここまで追い詰められますと、辛いと思い、ひそかに涙を流すのでした。

 ある日、狄希陳が軒の下にいますと、調羮が目を擦って真っ赤にしながら、歩いてきました。

狄希陳「劉さん、どうしたんだい。親父、お袋と僕の顔に免じて、あの気違い女房には構わないでくれ。以前は巧姐が家にいたが、今は、母さんの世話は、おまえに頼むしかないんだ。おまえが体を壊しでもしたら、お袋はだれに頼ればいいんだ。あいつの悪いことは、僕からおまえに謝るよ。」

調羮「二年以上、私はあの人にとりあいませんでした。あの人は、今、私が物を狄周の女房に売ったといっていますが、このような中傷を受けては、私は生きてはいられません。この話がお母さまの耳に入れば、信じる信じないにかかわらず、腹を立てられることでしょう。」

狄希陳「とにかく母さんに知らせなければいい。」

 二人が軒下に立って話しをしている様子は、人々がいったり来たりして、みんな見ており、淫らなことは何もありませんでした。ところが、素姐は二人が立ち話しをしているのを見ますと、すぐに足を止め、様子を窺いました。彼らがしばらく話しをしますと、狄周の女房が歩いてきて、調羮に米をはかるように言いました。素姐が目の前に歩いてきますと、人々はびっくりしてその場を離れました。素姐は腹を立てて、

「二人の女が一人の男にくっついて、引っ張りあいをしているのかい。厚顔無恥な淫婦どもめ。真っ昼間から恥知らずな。狄周の女房、すぐに外におゆき。二度と入ってくるのは許さないよ。この淫婦めが。さっさと売ってしまおう。私は目こぼしをしない人間だというのに、おまえたちは私の亭主に手を出そうとしたりして。」

狄希陳はまずいと思い、外に走ってゆきました。素姐は、天をも揺るがすような叫び声を挙げ、

「出てゆく積もりかえ。」

狄希陳は足を止めました。彼はびっくりし、顔には血の気が失せてしまいましたが、左右を見回しても、助けてくれる人はいませんでした。彼は、まるで豚や羊が屠殺人を見たときのように、中に入ろうとはしませんでした。

 素姐は、まず狄希陳の方巾を取り、粉々に引き契ると、罵りました。

「畜生が方巾をかぶっているのなど見たことがないよ。はやく本当のことをお言い。あの二人の女は、どちらが先で、どちらが後なんだい。本当の事を言えばよし、少しでも隠しごとをすれば、あんたと殺し合いをしてやるからね。」

狄希陳が少しでも弁明をすれば、ひどい目に遭うことはなかったはずです。しかし、彼は、天秤棒を担いでも、屁をひり出すこともできないような有様でした。素姐は、鉄のかなばさみを持ってきますと、彼を抓り、全身に、無数の葡萄のような傷を作りました。彼は泣きながら「助けてください。」と叫び、人々はその声を聞くに忍びませんでした。

 この騒ぎを、狄夫人に隠すことはできませんでした。狄夫人は、狄希陳が泣き叫んでいるのを聞きますと、狄員外に言いました。

「陳児はあの凶暴な女にぶち殺されてしまいます。はやくあの子を救いにゆかれてください。」

狄員外「嫁の部屋に、わしが行くわけにはいかん。あいつの部屋の外にゆき、あいつを出てこさせよう。」

狄員外が部屋の外に行き、叫びますと、

狄希陳「女房が命令をしないので、出てゆく勇気がございません。」

狄員外「わしは部屋に入っておまえを連れだすわけにはいかん。本当にかわいそうに。」

帰って狄夫人に報告をするしかありませんでした。狄夫人は思わず腹を立てて、わめきました。

「二人とない私の息子なのですよ。はやく私を部屋に担ぎ込んでください。」

二人の小間使いは、狄夫人を椅轎に座らせますと、素姐の部屋に担いでゆかせました。

狄夫人「ぶっては駄目だよ。私をぶっておくれ。」

素姐は、姑が部屋の中に入ってきたのを見ますと、言いました。

「若くて元気のいい奴をぶたずに、あんたみたいな死にぞこないをぶったって仕様がないよ。」

そう言いながら、狄希陳の体のあちこちを抓り、紫色の腫れを作りました。狄夫人はそれを見ますと、一声「やめるんだ。おまえ…。」と叫んだきり二の句が継げず、目を剥いて、唇を青くし、ごろごろと痰をつまらせました。素姐はそれでも、狄希陳を何回か抓りました。轎を担いだ小間使いは、飛ぶように狄員外に知らせました。狄員外は、女の部屋であることに構っていられず、部屋に走り込み、狄夫人の有様を見ますと、飛び跳ねながら、言いました。

「大層な嫁だな。わしら一家を殺すつもりか。」

生姜湯を煎じ、牛黄丸[3]を研ぎましたが、歯を食いしばっておりましたので、飲ませることができませんでした。人を薛家に遣わし、巧姐を呼びましたが、彼女が家に着かないうちに、狄婆子は亡くなってしまいました。巧姐は素姐を掴まえ、頭突きを食らわせますと、いいました。

「母の命を返してください。もうあなたと一緒に生きてゆくことはできません。」

素姐は巧姐を押し退けると言いました。

「もちろん命の償いをするから、大丈夫だよ。」

彼女はまったく慌てた様子がありませんでした。

 薛教授は、素姐が夫を殴り、姑を憤死させたことを聞きますと、薛夫人に向かって言いました。

「あの極道者は、とんでもない罪を犯してしまったぞ。凌遅になることは請け合いだ。恐らく実家にも累が及ぶぞ。」

上に向かって目を剥きますと、一時も立たないうちに、狄夫人の後を追って、冥途に行ってしまいました。薛如兼は、姑のところに弔問をしにいっていましたが、父親が死んだことを聞きますと、飛ぶように家に戻りました。素姐は、人々が慌てふためいているすきに、煙のように実家に帰ってしまいました。薛夫人は彼女を見ますと、泣きながら罵りました。

「極悪の獣め。姑を殺した上に、実の父親まで殺すとは。おまえはもう生きてゆくことはできないよ。」

龍氏「大丈夫です。一人の命では一人の人間の命を償うことしかできません。小素姐が姑の命を償うとすれば、巧姐も当然舅の命の償いをしなければならなくなるでしょう。」

薛夫人は、神よ仏よと言いながら泣いていましたが、龍氏に向かって唾を吐き掛けますと、言いました。

「ぺっ、小巧姐が舅姑をぶったり罵ったりしたというのかい。あの娘に舅の命を償わせるだって。」

龍氏「私は自信がありますよ。本当に子供に命の償いをさせるわけはありませんよ。」

薛夫人「おまえがあの娘に命の償いをさせなくても、筋の通ったことを話すべきだ。筋の通っていないことを言っていいはずがない。筋の通っていないことを言って腹を立てられたらまずいだろう。実家に累が及ばなければそれでいいが、実家に累が及んだら、私はおまえたちのことを洗いざらいぶちまけてやるからね。」

素姐はここまできますと、ようやく少し怖くなりました。両家では、それぞれ慌ただしく葬式の準備をし、狄員外は、娘の巧姐に、舅の葬儀に駆け付けるように促し、薛夫人も、何度も素姐に帰るように促しました。素姐がどのように乱暴をしたか、相家がどのように話しをしたか、事件がどのように片付いたかは、次回をお聞きください。

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

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[1] 第十五回の注を参照。

[2] 『詩経』小雅・鹿鳴・常棣。

[3]牛黄は、病気の牛の胆嚢にできる黄色い塊。これからつくる丸薬。

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