第五十一回

悪い場所に入って若い商人が命を落とすこと

郷紳に頼みごとをして博徒が策略を巡らすこと

 

 さて、譚紹聞と巴庚、銭可仰、竇又桂は、下を向いてサイコロを見ていましたので、誰が殴り罵っているのかは、まったく分かりませんでした。しかし、竇又桂は、自分の父親を見ますと、びっくりして魂が東の海の彼方へと飛んでいってしまいました。

 父竇叢は、北直隷の南宮県の人で、河南の省城で綿花を売り、白布店を開いていました。気性は激しく、意気は盛んでした。彼は正月十七日の今日、里帰りをしようとしましたが、省城を出て、十里歩いたところで、同じ街の親しくしている客商と会いました。客商は言いました。

「今日は黄河は越えられないよ。天子さまが、湖広承天府鍾祥県に、大臣を派遣されるそうだ。船は全部引き止められ、お使いが通過するのをまっている。一緒に帰ろう。別の日を選んで出発するといい」

竇叢は、仕方なく戻ってきました。ところが、店に入りますと、料理人が一人と、雇われたばかりの若い店員一人が門番をしているだけでした。そこで、息子がどこにいったのかと聞きますと、外へ遊びに出掛けたとのことでした。竇叢は、怪しいと思い、街へ行って探すと、竇又桂が巴庚の酒屋に行くのを見たという人がいました。この巴庚の酒屋は、人々が集まって賭博をする、生き馬の目を抜く場所だということを、竇叢はよく知っていました。それに、竇叢は、今日の朝、店に行き、息子に家でじっとしているようにと何度もいいつけたのでした。ところが、自分が門を出ますと、息子はすぐに賭場に行ってしまいました。そこで、激しい怒りが、万丈の炎となって吹き上げ、千百斤の重さの火薬を爆発させ、怒って、巴家の酒屋に乗り込みました。ちょうど中庭の厩屋に、秣を掻き混ぜる棒があったので、それを手にとりました。そして、息子が下を向いて一生懸命サイコロを投げているのを見、百三十両などと言っているのを聞きますと、怒りが込み上げ、憎しみが沸き起こり、有無をいわさず、息子に向かって、頭から一発食らわせたのでした。色盆は砕け散りました。棍棒はさらに振り上げられ、左へ右へと打ち下ろされました。巴庚、銭可仰も頭をぶたれ、譚紹聞の顔にも傷がつきました。彼らは、さらに聞くに耐えない罵声を浴びせられました。

 譚紹聞は、混乱の中で、どうしていいかわりませんでした。そこへ、突然、王中がやってきて、彼を引っ張って、言いました。

「若さま、はやくお逃げください。ここにいては大変です」

譚紹聞は、王中の後について、巫家の入り口にいきました。

「車にお乗りください」

譚紹聞は車に乗りました。ケ祥が馬を引いてきて、車に繋ぎました。

「はやく行け」

ケ祥は、車を走らせました。すると、巫鳳山が叫びました。

「譚さん、戻ってきてください。家からお迎えがきたのなら、晩にお帰りになれば宜しいでしょう」

譚紹聞は、王中に言いました。

「僕は帰るとあの人にいってくれ」

実は、巫鳳山は、譚家の下男が迎えにきたのを見ますと、巴氏と相談して、さらに一日譚紹聞を引き止め、明日、轎で送り返す積もりだったのでした。彼は、譚紹聞が巴家の酒屋でひどい目にあったので、止まることができないことなど、まったく知りませんでした。

 さて、竇又桂は父親に棒でめった打ちにされましたが、さいわい致命傷は負いませんでしたので、すきを見て、逃げさりました。竇叢は、棍棒をもって店に戻りますと、さらにぶち捲りました。隣近所が執り成しましたが、竇叢は承知しませんでした。向かいの呉服屋の裴集祉は、同郷の親友で、竇叢を引っぱって怒りをまぎらせようとしますと、竇叢はようやくぶつのをやめました。しかし、去っていくときに、晩に息子を裸にし、吊してぶってやる、こんな不肖の息子はいらないといいました。竇又桂は、一つには父親の怒りがなかなかおさまらないだろうと思って怖くなり、二つには自分が外で商売をするとき、恥ずかしくて世間に顔向けできなくなったと思い、三つには百三十両の負けを請求されるのを断るのは難しいと思い、部屋に横たわりながら、あれこれ考えました。そして、突然愚かな考えを起こし、太い帯を梁に掛け、首を括り、手をだらりと垂らし、枉死城へいってしまいました。まさに、

忠臣と節婦はかくの如きもの、

節義に殉じ命をば捨てんとす。

博徒の末路も同じなれども、

薫れるものと臭きものとで関はりなきは哀れなり。

 さて、白布屋の料理人は、食事を作るため、部屋に米の粉をとりにいきました。そして、若主人が首を吊っているのを見て、びっくりして腰を抜かし、下ろすこともできず、裴家の呉服屋にとんでいきますと、言いました。

「若さまが首を括られました」

裴集祉と竇叢は、急いでやってきますと、すぐに料理人と一緒に若主人をおろしました。そして、しばらく呼び掛けましたが、少しも息はありませんでした。竇叢は、まだ怒りがおさまっていませんでしたので、いいました。

「呼んでも無駄だ。こんな奴は、堀端に吊して、犬に食わせてしまえばいいんだ」

裴集祉は宥めることもできませんでした。しかし、やがて、竇叢は家を千里離れて、息子をつれて商売をしていたが、息子が他人に賭博に誘われて命を失った、これから妻にどう説明し、嫁にどう顔向けしたらいいかということを考えました。すると、肉親の愛情が、込み上げてきました。竇又桂の鼻を擦りましたが、少しも息をしていませんでした。そこで、思わず竇又桂を抱き抱えますと、大声をあげて泣き出しました。

 裴集祉は、[莫邑]州の人で、兼ねてから竇叢と同郷人の付き合いをしていました。それに、向かい同士ということもあったので、これを見ますと、心の中で怒りを感じて、言いました。

「我々外で商売をする者は、こういうひどい目に遭う。竇さん、悲しまないでくれ。奴等が賭けをして息子さんを自殺に追い込んだことを訴え、役所でこの恨みを晴らしてもらおう」

そして、竇叢を引っ張って、祥符の県庁に行き、堂鼓[1]を鳴らそうとしました。すると、番人が彼を引きとめて、怒鳴りました。竇叢は人命事件だと言いました。門番はそれを聞きますと、県知事に報告しました。県知事は、昇任した董主簿でした。程公が昌平府に昇任したので、撫憲は、董主簿に役所の仕事を行わせていたのです。まだ礼部からの返答は下っていませんでしたが、今回は、単に公文書の内容をそのまま実行していた、以前の職務代行とは訳が違いました。今回は、以前よりも箔がついていたのです。

 董公は、二堂[2]に座り、竇叢に話しをさせました。竇叢は、巴庚、銭可仰と名前を知らない男が、自分の子竇又桂を酒屋に連れ込んで賭けをし、竇又桂が百三十両負け、金を取り立てられるのを恐れて、自殺した事を訴えました。董公は

「これはひどい」

と言いますと、すぐに立ち上がり、検屍場に行って検分することにしました。竇叢は、叩頭して知事さまのお裁きに感謝し、役所を出て、店に行きました。街の保正、団長[3]は大慌てをしていました。

 董公が曲米街に検屍をしにいきますと、刑房の検屍人が、じっと待機していました。間もなく董公は役所を出、先払いの声を響かせながら、東街にやってきました。白布店の入り口に着きますと、竇叢が声をあげて泣きながら、叩頭して迎えました。董公

「わしがお前の恨みを晴らしてやろう」

轎を降りますと、表の店に行き、腰をかけました。保正、団長は一斉に叩頭しました。董公

「お前たちが怠慢で、土地の見回りをしないから、博徒どもが賭けをし、若い商人の命が奪われてしまったのだ。役所へ戻ったら、お前たちを三十回棒打ちにするぞ。まずお前たちの不注意の罪を罰する」

保正、団長はすっかり魂が消え失せてしまい、ひたすら叩頭しました。

 検屍人は廂房に行き、室内の様子を見ますと、董公に、中に入って検分してくださいといいました。董公は、死体を中庭の地面に置き、死装束を全部脱がせるように命じました。検屍人は、細かく検分をし、物差しで死体を計り、机の前に跪いて、大声で報告をしました。

「すでに死亡した若い商人竇又桂を検分いたしました。年齢は、尋ねたところ十九歳です。仰向けで身長は四尺七寸、肩は七寸です。面長で、色は黄色、髭はなく、両目はわずかに開き、口は僅かに開き、舌は歯から三分はみ出しています。喉の下に木綿の帯の痕があり、幅は三分、深さは一分弱、赤紫色、両耳の後ろから斜めに生え際に入っています。両腕は伸び、両手はわずかに握っています。十本の指に鬱血があり、腹は下に垂れ、両足は伸び、両足の甲は地面に垂直になっており、足指十本に鬱血があります。背中臀部に杖の痕が多数あります。うなじの生え際の八字[4]は交わっておりません。杖でぶたれた後、首を括ったものに間違いございません」

董公は、朱筆で検屍録に書き込み、刑房は調書を書き、更に図を描きました。董公は、席を立って細かく見ますと、左右の人が酒を噴き、香を焚きました。竇叢は、可愛がって育て、学校に上がって勉強をしていた自分の息子が、賭けを好んだばかりに、命を失ってしまい、身につけていた服まではぎ取られ、恥ずかしいところを隠されることもなく、ひっくりかえされたりひきずられたりしながら検分されているのを見ますと、とても悲しくなり、跪いて、泣きながら訴えました。

「どうか知事さま、検分をおやめください。この傷痕は、すべて私がぶったものです。私は南宮県では、家柄の正しい者でございます。今は数千金をもっており、異郷で商売をしております。わが子が不肖者だったのですから、他人を誣告したりも致しません。どうか知事さま、賭けに誘った者を─一人は巴庚、一人は銭可仰、どちらも私が普段から知っている者です。更に一人の若い色白の、絹ものを着た、普段見慣れない者がいました─をすべて役所で捕らえ、法によって処罰してください。私は他に申し上げることはございません。棺、葬式や埋葬は、これらのごろつきどもとは関係のないことでございます」

「よく分かった。だが、わしがこれらのごろつきどもを、重く処罰しなければ、奴等を野放しにすることになる」

 検屍が終わりますと、董公は、保正、団長に命じて、捕り手とともに、竇又桂を賭博に誘ったごろつきの巴庚、銭可仰、そして色白の、色付きの服を来ていた男が一体何者なのかを聞き出し、全員を役所に連れてくるように、もしもしくじったら、すぐに棒打ちにするといいつけました。捕り手、保正は命令を受けると捕縛に向かいました。

 董公は、さらに竇叢に話しかけようとしました。すると、一人の下役が跪き、喘ぎながら、報告をしました。

「陛下のお使いが延津[5]に到着され、巡撫さまが令箭[6]を出されました。知事さまは公館の寝台、食事をすぐに準備し、提灯、薬玉を下げ、様々なものを設置するようにとのことです」

「では公館に行こう。賭博犯をつかまえたら、とりあえず監獄に送ってくれ。陛下のお使いが過ぎ去られてから尋問を行うことにしよう」

轎に乗りますと、すぐに公館へ仕事をしにいきました。

 さて、下役が保正、団長とともに巴庚の酒屋の入り口にやってきますと、やはり堅く閂が掛かっていました。そこで、壁を乗り越えますと、ちょうど巴庚、銭可仰が、先日こっそり賭けをしていた二人の学生と、派手に賭けをしている真っ最中でした。下役は、そこへ踏み込みますと、首に鎖を掛け、銭もすっかり奪ってしまいました。

 ここで、皆さんは、巴庚、銭可仰が竇叢にぶたれ、竇又桂が自殺し、県知事が検屍をし、大騒ぎをしていたというのに、どうして巴庚、銭可仰がその事を少しも知らず、また賭けをしていたのだと仰ることでしょう。

 実は、その理由は、お話ししなければ訳が分かりませんが、お話ししてしまえば大変おかしなことなのです。そもそも賭場で、親父に殴られたり、女房に罵られたりすれば、頭にくるものです。しかし、賭場を開帳する人にとっては、それはよくあることですから、親父や女房がいなくなれば、彼らのことはすっかり忘れてしまい、今までどおり集まって賭けを始めるのです。もしも信じられないのでしたら、証拠に詩がございます。  

父が子を打ち妻が夫を罵るは、

鉄火場でよくあることぞ。

面子が欠くれば他の人が代はりとなりて、

またもや賭場を開帳す[7]

 巴庚と銭可仰は、竇叢が息子を殴ったとき、まちがって二発殴られていました。竇叢が息子を殴り、追い立てながら帰っていき、譚紹聞主従が、すきを見て逃げてしまいますと、残された二人は罵りました。

「ついてないな。竇の奴が餌を飲み込んだ時に、よりによってあの糞親父がやってきて、色盆を割ってしまった。サイコロもどこかへ転がっていってしまったよ」

そして、顔に傷があるとか、顔に血がついているとか言い合い、互いに顔を触りながら笑って、

「譚さんの顔にも傷がついていたよ。新郎なのに格好悪いな」

と言いました。浮かない気分でいますと、誰かがぶつぶつと喋りながらやってくるのが聞こえました。柴守箴、閻慎の二人の学生でした。彼らは、父親が吉日の十八日を選んで勉強を始めるので、十七日は一日暇でした。そこで、同窓生の家に本を借りにいくと称して、急いで酔仙館に集まり、一日思いきり遊ぼうとしたのでした。巴庚、銭可仰は、二人を見ますと、青蠅が生臭いものを見、ゴキブリが汚穢を与えられた時のように喜び、色盆を探してきますと、賭けを始めました。門には厳重に閂をかい、鍵をかけ、まことに風も通らないようなありさまでした。ですから、外で竇又桂が首を吊り、董公が検屍をしていることは、少しも知らなかったのです。それに、街の先払いの声は、省城では聞き慣れたものでした。ですから、下役が壁を越えてきますと、巣穴の鼠のように掴まえられてしまい、誰も逃げられなかったのでした。

 かわいそうなのは柴守箴、閻慎でした。次の日から勉強を始めるつもりだった学生が、違法な場所で、違法な事をしたばかりに、首に鎖を嵌められ、何も言うことができなくなってしまいました。それに、彼らは自分たちが譚紹聞の身代わりになったことを知りませんでした。この二人の学生はもちろん、巴庚、銭可仰も、役所は賭博の罪で自分たちを捕らえたのだと思っており、人命事件が起こっているということは、まったく知りませんでした。

 下役と保正、団長は、酒屋の門を開け、四人の賭博犯を引っ張って、役所へ報告しにいきました。宅門に着きますと、門番で長随[8]の常二が、刑名師爺[9]の汪荷塘の部屋に伝えにいきました。汪荷塘が命令を下すと、宅門の常二は、ふたたび受付けへ戻って言いました。

「汪師爺が、知事さまは公館の仕事が終わったら、また河口に行って船を監督すると仰っていた。日も暮れたし、これは人命に関わる重大事件だ。あの犯人たちを、捕庁[10]の史さんの所へ送り、名前を調べてから収監してくれ」

 巴庚、銭可仰はかわいそうではありません。かわいそうなのは柴守箴、閻慎の二人の若い学生でした。彼らは一歩間違った道を歩み、関係のない人命事件に巻き込まれ、獣のような人間たちのいる所に入れられ、体面が一生潰れたばかりでなく、この騒ぎによって、家の者や親戚たちまでが肝を潰してしまいました。監獄に入りますと、獄卒は、二つのおいしそうな羊肉の塊を見て、あれこれ脅迫しました。柴守箴、閻慎は、耐えることができませんでした。柴、閻両家の父兄が金で手をうち、両家の女達が一晩中泣いたことは、いうまでもありませんでした。

 すべては、若い学生の稚気童心によるものですが、くだくだしいのを恐れず、丁寧にお話し致しました。諺にこんな四句がございます。

若者は柔弱なれば、

でたらめに振る舞ふことは許されず。

法規を犯すやうな場所には、

勝手に出入りすべからず。

 さて、譚紹聞は巴家の酒屋で、竇叢にぶたれて、顔に棒の痕がつきました。王中は、譚紹聞を引っ張って、車に乗せました。家につきますと、頬をおさえながら東の楼に上り、布団を頭から被り、灯点し頃まで眠りました。王氏に何度か尋ねられますと、腹が少し痛いと嘘をつきました。王氏は冰梅に命じて茶を出させ、蝋燭をもってこさせました。紹聞

「結膜炎になって、目がむずむずするんだ。明るいのは嫌だよ」

冰梅は蝋燭を消し、暗闇の中で食事をし、紹聞を寝かせました。紹聞は布団の中であれこれ考え、新婦の親戚の家を尋ねたために、この様な体たらくになってしまったと思いました。さらに王中に事情を知られたので、心の中でとても後悔しました。明日になっても棒の痕が消えなかったら、人に会うことはできない、どうにかして、王中を遠ざけられればいいのだがと考えました。何度も寝返りを打ちましたが、いい考えはありませんでした。明け方、急に起き出して、火打ち石をつけて蝋燭を点し、新妻の鏡箱を開けてみてみますと、頬骨の上が一筋紫になっており、まなじりも腫れて合わさっていましたので、ますます憂欝な気分になりました。やがて、堂楼のドアが開く音が聞えたので、蝋燭の火を消し、服を脱ぎ、今までどおり寝ました。

 日が高く昇っても、起き上がって人に会う気はしませんでした。すると、突然、窓の下で若さまと呼ぶ声がしましたので、尋ねました。

「誰だ」

窓の外から、

「双慶児です。南の城外から手紙が届きました。倉庫で失火があったそうです。倉番の王さんによれば、元宵で爆竹を鳴らしていて、灰が馬屋に落ちたのに、人が気付かなかったということです。火が起こった時は、風も強かったのですが、さいわいすぐに消火をしたので、三間の空の倉庫が燃えただけでした。中には少し穀物がありました。若さま、城外に人を遣わして後始末をなさって下さい」

─皆さんは覚えておかれるべきです。

正月に、

花火をするはよくあることぞ。

大災害は往々に、

子供の遊びより生ず。

譚紹聞は、その知らせを聞きますと、王中を遣わすことができるので、心の中で大喜びして言いました。

「僕は体の具合がよくないから、起き上がっていくことができない。王中を呼んできてくれ。あれに話をするから」

すると、母親の王氏が言いました。

「王中、お前、城外へ様子を見にいっておくれ。倉が焼けたのだよ」

「かしこまりました。若さまにどうしたらいいかきいて参ります」

譚紹聞は、窓の中から言いました。

「はやく行ってくれ。何も相談することはない」

「今すぐに行って参ります」

 間もなくして、譚紹聞

「王中は行ったかい」

徳喜児

「とっくに行ってしまいました」

会話が終わりますと、譚紹聞は一声

「ああっ」

と言いました。

「まずい」

王氏はそれを聞きますと、急いで東の楼にやってきました。ドアは閉まっていました。王氏は慌てて言いました。

「どうしたんだい」

「衣紋掛けで顔を打ってしまったのです」

「ドアを開けて、見せておくれ」

譚紹聞は、袖で顔をおおい、ウンウンいいながら、ドアを開けました。王氏が中に入って見ようとしますと、譚紹聞

「昨日の夜、目が痛くなったので、光を見ることができなかったのです。今、双慶児が話をしにきたので、僕は急いで南の城外の火事のことを尋ねようと思い、目を開けたまま出てきてドアを開け、急に衣紋掛けにぶつかってしまったのです。この新しい衣紋掛けは、先が四角で、角がありますね」

王氏は、それを見ますと、言いました。

「確かにぶつかった傷があるね。ちょっとの間にこんなに腫れてしまっている。お腹はまだ痛いのかい」

「痛くなくなりました」

「私についてきて食事をしよう。ご飯の準備はとっくにできているよ。お前がドアを開けないから、誰もお前を呼びにいこうとしなかったんだよ」

王氏は、譚紹聞を引っ張って堂楼に上り、王氏、譚紹聞、冰梅、興官児は、一つのテーブルで、食事をとりました。

 すると、徳喜児がやってきて、言いました。

「胡同の裏門の入り口に、お客様が一人いらっしゃいます。曲米街の姻戚で、焦丹という名前で、大事な話があるので、若さまにお会いしたいと言っています」

王氏

「焦丹とは誰だい」

譚紹聞

「東街の岳母さんの義理の息子です」

「姻戚なら、一階に呼ぼうよ」

譚紹聞は、外に出ようとしませんでしたので、王氏は、徳喜児に、焦丹を呼びにやらせました。冰梅は姿を隠しました。焦丹はすぐに楼に入ってきて、王氏に挨拶をし、席を譲りあいますと腰を掛けました。王氏は尋ねました。

「あなたのお義母さんはお元気ですか」

焦丹

「元気です」

焦丹は、譚紹聞の顔の痣を見ますと、尋ねました。

「義兄さんのお顔は、どうされたのですか」

王氏

「目を悪くして、衣紋掛けにぶつかったのです」

「義兄さん、お話ししたい大事なことがあるのです。静かな所はございませんか」

譚紹聞は、顔に怪我をして、動きたくありませんでしたので、言いました。

「ここにいるのはお袋だから、遠慮することはないよ」

「それは分かっております。ただご老人がびっくりされるのではないかと思うものですから」

譚紹聞は驚きました。王氏が事情を尋ねますと、

「義兄さんは、先日、巴兄さんの家で賭博をされましたが、最近、人命事件が起こりました。竇の奴が首を吊って、あいつの親父が県庁に訴えたのです。巴兄さん、銭兄さんは、捕まって監獄行きになりました」

そして、袖の中から細長い紙をとりだし、譚紹聞に渡しました。譚紹聞が受け取って、広げてみますと、封じ紙には「祥符県督捕庁年月日封」、空欄には朱筆で「二十」の字が書いてありました。紹聞は急に顔色を変えて、尋ねました。

「この封じ紙は何のためのものですか」

「事情は全部裏に書いてあります」

譚紹聞が裏返しますと、三四行の小文字が書いてありました。

譚さま見字[11]

私たち三人は、竇又桂と賭博をしましたが、彼はすでに首を吊り、私たち二人は、監獄に入れられました。義兄さんははやく銀子を使って賄賂を贈ってください。私たち二人は、義兄さんのことは黙っております。しかし、義兄さんが、私たちを意に介してくださらなければ、明日、法廷で審問が行われる時に、義兄さんの名前を自供し、一緒に竇家のために罪を購うことにせざるを得ません。親戚のよしみも顧みることはできません。

巴庚、銭可仰ともに記す。

譚紹聞は、読みながら震えました、王氏は慌てて、

「何が書いてあるんだい。私に読んで聞かせておくれ」

焦丹

「こうなったからには、ご老人にもお話し致しましょう。実は義兄さんが、先日、巴兄さんの家で、暇つぶしのために、サイコロ賭博をして遊ばれたのです。ところが、一緒に遊んでいた竇の倅が首吊り自殺し、今、人命事件になっているのです、巴兄さん、銭兄さんは監獄に入れられましたが、まだ審問は受けていません。これは、あの二人が、監獄の中で、古い封じ紙に書いて、送ってきた手紙です。譚兄さんに賄賂を送ってくれと言っているのです。あの二人はひどい目に遭い、譚兄さんはお金を使うのです。お金を惜しんで二人を無視すれば、あの人達は法廷で義兄さんのことを白状し、義兄さんは彼らと一緒に苦しみを受け、充軍擺徒[12]にならざるをえないでしょう」

王氏は罵りました、

「竇の若死にの子羊め、負けるのが嫌なら、賭けをしなければいいのに、どうして首を吊って、人を陥れたんだろう」

焦丹

「今、そんなことを仰っても仕方ありません。当面はどのようにして賄賂を贈れば、義兄さんを法廷に出さずにすむかということについて話し合われるべきです」

譚紹聞は

「しょ、焦兄さん、僕を助けてください」

といい、思わず跪いてしまいました。王氏も思わず慌てて跪きますと、言いました。

「親戚を呼んでどうするつもりなのでしょう。私にはこの子しかいません。どうかこの子がひどい目に遭わないようにしてください」

焦丹は、慌てて跪きますと言いました。

「私は手紙を送ってきただけです。私は山西の者で、小さな店を開いていますが、財産も力もなく、何もできません。皆さん、立って相談をしましょう」

一緒に立ち上がって腰を掛けますと、焦丹は言いました。

「賭場で起こった事件など、まともな人が解決できることではありません。まして人命事件はなおさらです。こんなことは、下賤で、機転がきき、口が達者で、図々しく、廉恥の心のない人間しか解決できないことです。彼らはあちこちに話をつけ、役所の内外の人と手を組んで、儲けを得ようとするのです。お宅は、代々読書人の家柄で、こんな人間が普段家に寄り付くことはないでしょう。多分、お宅には絶対その様な人はいないでしょう」

譚紹聞は慌てて言いました。

「いる、いる、いるよ。友人に夏逢若がいる。あの人ならとてもうまくやってくれるよ」

王氏

「あの男とくっついて何をしようというんだい。王中が絶対に承知しないよ」

紹聞

「事ここにいたっては、そんなことも言っていられません。それに、あの人は普段、僕たちに借りもありません」

そこで、双慶児に命じました。

「はやく瘟神廟街に行って、夏兄さんを呼んできてくれ。僕が大事な用事で待っていると言ってくれ。急いで、急いで、走っていってくれ」

 うまいことに、双慶児は、丁字路に走っていったところで、ちょうど夏鼎に出会いました。そこで、手を握ると引っ張って言いました。

「うちの主人が夏さんとお話がしたいと申しております」

夏逢若は、曲米街の竇又桂が首を吊った事件が発覚したことを知りました。賭けをして負けて首を括るというのは、よくあることですが、関係者がいい家の子弟でしたので、一人が十人に話し、十人が百人に話し、譚家の坊っちゃんが新婦の家を尋ねて、巴家の酒屋で賭博をし、若い客商を自殺に追い込んだ、一緒にいた人は二人つかまり、まもなく法廷で尋問を受ける、譚公子も網から抜けるのは難しいだろうということを、城内の人達がすぐに知ってしまっていたのでした。それに、夏逢若は、この道に通じた人でしたから、青蠅のように、生臭物を嗅ぎ付けないはずがありませんでした。厠があればそこに入り、汚水があればそれを飲もうと思っていたところへ、ちょうど双慶児が呼びにきたので、彼は、心臓と足の裏の二か所がむずむずしてきました。そこで、真っすぐ碧草軒にいきました。

 双慶児は、家に戻って報告しますと、王氏が焦って、人命事件は大変なことだから息子を救いたいと言いました。

「夏さんも赤の他人ではないのだから、一階によんで相談しよう」

譚紹聞も顔が腫れ、外に出たくありませんでしたので、ちょうどいいと思い、言いました。

「母さんの仰る通りです」

まもなく、双慶児が夏逢若を連れて、楼に入ってきました。王氏に会いますと、新年に挨拶にこなかったからといい、子侄の礼をしました。そして、焦丹にも拱手し、互いに姓名を名乗りあいました。譚紹聞

「運が悪いことに、東街の新しい親戚のところへいって、暇潰しをしたら、こんな厄介なことになってしまったのです」

「うちの街の姜家と縁結びしていれば、こんなことにはならなかったんだ」

譚紹聞は、焦丹を指差して、

「この人は巫家の身内ですよ」

「ちょっと言っただけです。私だって気にしてはおりませんよ」

譚紹聞は、巴家で賭博をしたことの一部始終を話しました。

「話さなくていいよ。僕は当の君よりも、事情をよく理解しているから」

王氏

「あなたは端福児と一緒に香をたいた間柄、今回の事件は、どうしたら助かるだろうかね」

夏逢若は、首を振って、いいました。

「ああ、難しい、難しい、難しい」

王氏は慌てて、

「夏さん、あなたにいい方法がなければ、私は土下座しますよ」

夏逢若

「おかあさん、そんなことをなさってはいけません。もったいないことです」

夏逢若は、指でもみあげを掻いていましたが、暫くして、突然いいました。

「いい方法がある」

譚紹聞がどうするのかを尋ねますと、

「わが県の新任の董さまは、腰ひもに金櫃を縛っているような人で─金のために人と交際をするお役人なんだ。今では、正堂にのぼられ、城中の郷紳が、衝立を作って、お祝いをしようとしているそうだ。衝立贈呈の発起人は、今までお役人と手を結び、役所に出入りしていた人々に違いないよ。このような郷紳は、上にはへつらい、下には威張り、下から奪って、上に差し出し、自分が違法な事を行ったときに、頼ったり、民間の訴訟をとり仕切って、儲けを山分けしようと思っているんだ。まあ座ってくれ。街へいって、衝立制作の発起人が誰なのか聞いてきましょう。すぐに戻ってまいります。おばさん、安心してください。多分、悪いことにはならないでしょう」

「張縄祖、王紫泥は、董公と仲がいいですから、あの二人に頼んではどうでしょう」

「没落した郷紳や、ただの秀才など、小さな役所でも、大して偉いとは思われないよ。まして法廷ではなおさらのことだ。僕は、探りを入れて戻ってきてからどうすべきか決めるよ」

すぐに立ち上がりますと、体を振りながら行ってしまいました。焦丹

「私も失礼します。私は役に立ちませんから、お知らせをしただけということに致します」

王氏は、焦丹に向かって、

「焦さん、私たちは親戚なんですから、あなたもしょっちゅう来てください」

焦丹は承諾しますと、立ち上がっていってしまいました。

 間もなく、夏逢若が戻ってきました。裏門に着きますと、一声、

「犬を見張ってください」

双慶児がすぐに一階に案内しますと、夏逢若は、ハハと笑いながら、

「良かった、良かった。大丈夫、大丈夫。衝立を作っている、主だった郷紳のことだが、城外の者は話す必要はないだろう。わが城内からも新しく参加した人がいる。ケ老爺、諱はケ三変で、最近、江南呉江県平望駅丞をやめて、帰郷したんだ。もう一人は、城内の貢生靳仰高、もう一人は、役所の礼生の祝愉、もう一人は、南街の没星秤の張さんだ。この靳さんを、僕はよく知っている。この爺さんは、役所に出入りしている切れ者だよ。それに、役人をやめて戻ってきたばかりで、金もたらふく持っているし、地位もある。多分、少しも跡が付かないように手を打ってくれるだろう。神にも悟られず、鬼にも気付かれないように、一晩でうまくやってしまうだろう。僕たちは裁判にかけられることは絶対にないよ。おばさんは平安[13]をなさる準備をしてください」

「その人をご存じですか」

「親父と親友だったんだ。君が晩生の帖子を書いてもっていきなよ。人をつれていく必要はない。僕と一緒に今晩ケさんの家へいって相談しよう。あの人にちょっと約束をしさえすれば大丈夫だ」

「顔を衣紋掛けのかどにぶつけて、腫らしてしまったのです。街を歩くのは嫌です」

「人命事件だぞ。首のことを心配しろよ。顔のことなどどうでもいいよ」

紹聞もぐずぐずするわけにもいかず、すぐに帖子を書きました。そして、夕方になるのを待って、小さな提灯をさげ、ケ三変を尋ねていきました。

 幾つかの裏街を抜け、幾本かの街を曲がり、二里ほどで、ケ家の家の入り口に着きました。ちょうどケ三変の息子のケ汝和が、一人のボーイを従えて、「呉江県」と書かれた小さな提灯をさげ、隣の家に琵琶を習いにいくところでした。夏逢若

「ケの若さま、どこへ行かれます」

ケ汝和は立ち止まって尋ねました。

「誰だ」

「瘟神廟邪街の、夏と申します。お尋ねいたしますが、旦那さまはご在宅でしょうか」

「親父がさっきでかけたので、ようやく出てきたんだ」

「客人がご挨拶にきているのです」

ケ汝和は提灯を手にとって見てみますと、いいました。

「知らない方ですね。うちにきて腰をお掛けになってください」

人々が客間に入りますと、夏逢若は帖子を渡し、ケ汝和は蝋燭の下で、それを見ました。夏逢若

「蕭墻街の孝移譚先生の息子さんです。わざわざ旦那さまに会いにこられたのです」

「恐れ入ります」

すぐに、帖子を奥にもっていかせました。

 まもなく、衝立の後ろから、提灯の先導をうけながら、ケ三変が普段着で現れました。譚紹聞は、上座に向かって挨拶をしました。ケ三変は謙遜して受けませんでした。挨拶が終わり、腰を掛けますと、茶が出てきました。夏逢若

「こちらは蕭墻街の譚先生の息子さんで、平素から旦那さまの徳行を慕い、わざわざ会いにこられました。旦那さまには、夕方参りましたことをお咎めになりませぬよう」

「どう致しまして。今まで呉江にいて、長らく故郷を留守にしていましたが、今回、上司によって故郷に引退させて頂くことになりました。自分は役立たず者だと思っていましたのに、譚世兄が今でも目を掛けていただくとは思いませんでした。かたじけない限りです。わざわざお越し頂き、誠に申し訳ありません。明朝の答礼では、全帖[14]をお返し致します」

譚紹聞

「私は垂れ髪の頃から、ずっと泰山北斗のようにお慕い申し上げておりました。しかし、先生が江南に赴任されたので、お付き合いをすることができませんでした。今回、ご帰還されたので、お目にかかりたくてたまりませんでした。そこで、わざわざ夏さんに紹介を頼んで、あわただしくお伺いしたのです。どうか切にお許しください」

ケ三変

「世兄にわざわざ拙宅をご訪問頂き、まったく恐れ入りました。他にお話しがおありでしたら、どうかお話しください」

夏逢若

「董知事の法廷に関する事で、特にお願いに参ったのです」

「董公は県知事に栄転されましたが、本当に徳の厚い君子で、街中が喜んでいます。そこで、錦の衝立を作り、役所に参上して、酒宴を開くことにしたのですが、郷紳たちはまちがって私を発起人にし、私に董公の先祖の科挙の順位、爵位と秩禄[15]、誥封[16]、褒典[17]について尋ねさせることにしたのです。譚さんがこのことにご賛同下さるのなら、どうか肩書きを残していかれてください」

譚紹聞

「役所にお祝いにあがるのなら、私もお伴したいと思います。しかし─」

そして、黙ってしまいました。

夏逢若

「裏の書斎にどなたかいらっしゃいますか」

「旧いベッドがあるだけです。毎晩、ここで休むのです」

「それでしたら、旦那さま、奥へまいりましょう。内密に申しあげることがございます」

ケ三変は立ち上がりますと、譚紹聞にむかって言いました。

「では、ちょっと失礼致します」

夏逢若は、一緒に奥へいきました。ケ汝和は、譚紹聞に付き従い、車や船を雇うこと、官界での官銜[18]や手本[19]、年家[20]、眷弟[21]、晩生[22]などに関する無駄話しをしました。

 だいぶたってから、二人は出てきますと、拱手して腰をかけました。ケ三変

「譚さんは新しい親戚に呼ばれた時は、賭けをする積もりはなかったのですね。しかし、『瓜田の履(くつ)、李下の冠』で、嫌疑について弁明をするのは難しいものです。捕まっている者が、刑罰を恐れて、でたらめな供述をしたら、法廷での尋問で、玉も石も一緒に裁判されてしまう恐れがあります。お二人の深いお考えは、まさにその通りです。譚さんが読書人の旧家で、普段は悪いことをしていないことを、董公に報せれば、心配なことはありません」

夏鼎

「今日、お願いにあがったのは、ケ様が普段から人々の為に尽くして下さっているからです。大きなお力でお救いいただければ、厚くお礼をさせていただきます」

そう言いながら、譚紹聞を引っ張って、一緒に跪きました。ケ三変は急いで引き止めて、

「立って相談しましょう。私ができることなら、何でも致しましょう」

夏逢若

「ケさまが恩徳を施してくださるのでしたら、立ち上がります」

譚紹聞は、それでも立ち上がらずに、言いました。

「先生が本当に慈悲の心を垂れて下さるのであれば、私は仰る通りにさせていただきます」

ケ三変

「これは、董公が下々の者を愛するかどうかにかかっていますが、老いぼれは勇気を奮い起こして、仰る通りにすることに致しましょう」

譚紹聞は、ようやく立ち上がりました。一同は更に略式の拱手をし、席に着きました。

 夏逢若

「ケさま、妙案を、今すぐ仰って下さい」

ケ三変は、笑いながら、

「お引き受けしたからには、はっきりお話し致しましょう。お二人ともご安心下さい。役所では実質を貴び、文飾を貴ばないものです。まず手厚い礼物を送られることが必要です。何か頼みごとをする時には、さらに手厚い贈り物をすることが必要です。そうすればうまくいきます。さっき夏さんは、譚さんが董公の所へ挨拶に行き、門下生になるといいと仰いましたが、老いぼれにいわせれば、董公が譚さんを弟子にしてくださるとは限りません。しかし、手厚い贈り物を送れば、当然、董公は喜んで、すすんで世話をすることでしょう。それに、董公は譚さんがこのように立派な顔をしているのを見れば、いずれ必ず偉くなられると思われるでしょうから、きっと熱心に世話をしてくださるはずです。これは内消[23]の妙薬のようなもので、さらに腫れたり爛れたりすることはないでしょう。董公は、今は陛下の使者をもてなしています。勅を奉じたお役人様が今日通過されますと、明日は内監大人が来られますから、まだ一二日の暇があることでしょう。お二人には、私の家にいて頂きましょう。私は、明日、下男に命じて礼物を買わせ、後日、董公が役所に戻られたら、衝立の様式のこと、先祖の科挙の順位、勲功や事跡について話しにいきましょう。その時、ついでに譚さんのお気持ちをあらかじめ漏らし、董公に名前を覚えて頂きましょう。今は嫌疑をかけられている時ですから、すぐに会われる必要はありません。互いに心を通じさせるだけでいいと思います。二月の初めになったら、師弟の厚い誼を結ぶことにいたしましょう。老いぼれの拙い考えを、お二人はどう思われますか」

夏逢若は笑って、

「いい考えです。いい考えです。譚君、ケさんが仰る通り、今晩は泊まっていき、明日、礼物を買うことにしよう」

譚紹聞はうなずいて、

「そうしましょう」

 ボーイが酒を注ぎにきました。ケ三変は、手洗いに行くと称して、引っ込んで行きました。ケ汝和はお相伴をして数杯飲み、習いたての琵琶を二回弾き、譚紹聞たちを東の廂房で休ませました。

 

最終更新日:2010114

岐路灯

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[1]役所に置かれた太鼓で、訴え事があるときにならす。

[2]入り口から二番目の建物。

[3]第四十五回に出てきた「青年団長」(原文「壮丁団長」)に同じと思われる。

[4]縊死者の首の後ろにできる八の字型の紐の跡。

[5]河南開封府。

[6]命令を記した矢。

[7]原文「仍旧擺開八陣図」。「八陣図」は諸葛亮の考案した用兵法(『三国志』諸葛亮伝参照)。ここでは巧妙な謀略の意。

[8]役人の従者。

[9]清の制度で、幕友の一。刑法、または裁判事務の顧問。

[10]警察の事務所。

[11]旧時、目下の者に出す書簡の冒頭の宛名の下につける語。

[12]犯罪者を辺塞に送って服役させること。

[13]幸福を祈り災いを祓うために行われる祈祷。

[14]旧時用いられた赤紙の名刺。五枚に折った折本になっていたもの、丁重な儀礼的な場合に使われた、折らないで一枚だけのものを単帖といった。

[15]俸禄。

[16]五品以上の官の曾祖父母・祖父母・父母および妻の生存者に賜る領地。

[17]節義の表彰。

[18]官職。

[19]目上の人に会うときの自己紹介状。

[20]科挙に同時に合格した者の家同士をいう。

[21]姻戚の同世代の者。

[22]後輩の先輩に対する謙称。

[23]消散剤を用いて腫瘍を治すこと。

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