第六十六回

口汚なく罵り監禁し腕を傷つけること

荒々しく宴を打ち壊し棒で殴ること

 

ひどいことなど

すべきではない

ひどいことすりゃ

孔子さまなきも同然

狄希陳 ひどいことををし

様々なひどい目に遭う

張茂実 ひどいことをし

一しきり棒でぶたれる

ひどいことなど

すべきではない

どうしてもひどいことすりゃ

悔いたとてすでに手遅れ

 さて、狄希陳は、顧繍の衣装を手に入れ、素姐に与えました。素姐はそれが気に入り、厳しい態度をとりながらも温かいお言葉を賜りました。狄希陳はまるで天子のお褒めに預かったかのような気分になり、これ以上の栄誉はないと思い、張茂実に感謝し、心の中でこう思いました。

「張茂実の女房の智姐ほどいい人はいない。あの人は、この間、僕に悪戯をされ、思いがけない災難に遭った。その後、僕は飯屋に葱を買いにいくような真似をしたが、これがほかの悪人だったら、この機に乗じてさんざん復讐をしていただろう。ところが、あの人は少しも根に持たず、自分が持ってきた衣裳を気前良く僕に売ってくれた。あの親切さには本当に感激させられる」

急いで十六石の真っ白な米を売り、三十二両の銀子を手に入れました。数も品質も申し分ありませんでしたので、二十二両の紋銀を計り取り、紙で包み、自分で張茂実の南京舗に持っていきました。張茂実と李旺は揖をし、狄希陳を店の前の腰掛けに座らせました。

 張茂実は尋ねました。

「先日の衣装は狄大嫂(おくさま)に気に入っていただけましたか。狄大嫂は気難しい性格の方ですからね」

狄希陳「本当にありがとうございました。張さん、李さんが仲立ちをしてくださったお陰で、厄介ごとを片付けることができ、本当に感謝に堪えません。以心伝心の兄弟でなければ、はるばると、服を買ってきてくれることはなかったでしょう。李さん、天秤を持ってきてください」

李旺は天秤を持ってきました。狄希陳は二十両と二両の二つの分銅を天秤の片方に置き、袖から銀の包みを取り出し、開き、天秤の片方に乗せ、天秤の両側を押さえ、小さな牛の角でちょっと叩きますと、銀の方に秤が傾きました。そこで、狄希陳は銀を紙に開け、両手で張茂実の前に持っていきました。

張茂実「狄さん、あなたは細かい方ですね。衣裳など大したものではありません。大嫂(おくさま)にお送りいたしますよ。私がこの銀子を受け取る必要はありません。私に返されるのであれば、十日半月遅れても構いません。どうしてこんなに急いで返されるのですか。銀子も五銭余分です。原価を頂くのもいけないことですのに、利益を得ることはできません」

狄希陳「衣裳が自分で歩いてきたわけでもないでしょう。旅費はいらないのですか。この五銭は旅費ということにしましょう」

李旺「仲のよい兄弟なのですから、このようなものはいりません。きちんと計算すれば、二十一両以上の元手をかけ、二か月を費やし、二千里の道を歩いたのですから、少なくとも八九両は儲けたいものですが、そんな話を狄大哥にするわけにはまいりません」

狄希陳「そうだったのですか。そこまで考え付きませんでした。さらに付け足しをしましょう」

張茂実「李さんの話しを聞かれてはいけません。元値すら受け取るべきではないのに、利益を得るなどもってのほかです」

李旺「狄さん、張さんは利益を得る積もりはないようです。張さんは銀子があってもお米が買えないようですから、狄さんのお宅のお米を、買ってきたものの金額分、何石か張さんに売ってあげれば、お互い情義を尽くしたことになるでしょう」

狄希陳「李さんのいうことは筋が通っています。お送り致しましょう」

 三人はしばらく話をしますと、狄希陳は別れを告げて家に帰り、二石の白米を張茂実の家に送りました。張茂実は三両六銭の銀子を計りとり、報酬にする振りをしました、狄希陳はどうしても受けとろうとせず、

「ありがとうございます。どうかお納めください」

といいました。張茂実と李旺は一緒に帰り、五六両の裙衫で、三四倍の利潤を得たというのに、感謝しないどころか、さんざん「馬鹿な野郎だぜ」と罵りました。

 さて、素姐は鷹の神に懺悔し、さらにお気に入りの衣裳を手にいれましたので、狄希陳に十のうち一二の割合で優しくするようになり、普段あれだけしていた拷問も、それほど加えなくなりました。狄希陳が男らしくし、彼女の前で悪いことをしなければ、彼の野放図な心も押さえられたはずです。しかし、この愚かな緑頭巾をかぶった男は、女房に少し優しくされますと、彼女に媚びを売り、外では野放図な行いをするようになりました。

 張茂実は、一揃いの衣装を、計略を用いて売り、銀二十両以上の利益を得、狄希陳に大損をさせることができましたので、本当ならこれで我慢すればよかったのでした。しかし、彼の正妻は報復をし足りなかったため、白雲湖畔の鎮に立派な酒肴を並べ、狄希陳を呼び、酒を飲ませ、彼が米を送ってくれたので、彼の厚意に感謝したいと称し、美しい歌姫の小嬌春を呼び、酒宴につきそわせることにしました。狄希陳が後悔の念をもっていたならば、自分の女房の性格をよく理解してやるべきでした。素姐は、夫がよその家で酒を飲むときは、妓女が夫の心を惑わしているのではないかと思い、付き添いの人を何度も問いただし、それでも信じられないときは、小玉蘭を遣わし、衣装をもってきたとか、鍵が欲しいなどと称して、一二回様子を見させるのでした。ですから、狄希陳は、妓女たちの酒を二三杯受けてから、口実を設けて家に帰るべきだったのでした。また、妓女たちに放してもらえないときは、すきを見て酒席を離れるべきだったのでした。ところが、狄希陳は人に流されやすい性格でしたから、妓女の姿を見ますと、ばったが血を見たときのように、どうしても離れようとしませんでした。張茂実と李旺はさらに狄希陳にいたずらをしてやろうと思っておりましたから、小嬌春をわざと上座に据え、狄希陳と並んで座らせました。狄希陳は張茂実が計略を用いているとは知らず、小嬌春と一緒に楽しみました。

 酔いが回る頃、素姐は酒宴が湖亭で開かれているし、張茂実はふだんから遊び者だから、宴席には妓女がいるに違いないと考えました。そこで、小玉蘭に、家の衣裳箪笥の鍵が見当たらないといって、様子を見にいくように命じました。小玉蘭が宴席に行きますと、狄希陳が小嬌春と遊んでおりました。狄希陳は頭を上げ、小玉蘭がやってきたのを見ますと、泥棒が番役や快手を見たときよりも驚き、思わず彼女を迎えて、

「どうしてここに尋ねてきたんだい」

小玉蘭「奥さまが衣裳箪笥を開けようとなさったのですが、鍵が見付かりませんでしたので、私を遣わされたのです」

狄希陳「鍵は一つの袋の中に入れ、引き出しの中に置いてある、帰ってそう伝えてくれ」

さらに小玉蘭を静かな所に引っ張っていき、何度も言い含めました。

「家に行ったら、ここに女がいたことは絶対にいわないでくれ。もしもいわなかったら、おまえがどんなに悪いことをしてもぶたないし、女房に告げ口をしたりもしないよ。狄周の女房に肉料理を作らせ、おまえに食べさせてやろう。おまえが成長して嫁ぐときには、おまえのためにかんざし、耳輪を作ってやり、布団を作り、化粧品箱を買い、自分の娘のように、接三、接九[1]の儀式も行ってやろう。子供が産まれたら、僕は自分の甥のように可愛がってやり、おまえに粥を炊くための米を送り、子供のために毛織りの衫を作ってやろう。しかし、僕の言うことを聞かず、女房に告げ口をし、あいつが僕をぶったら、こっそりおまえを何回かぶつことにするからな。僕が死んだら、おまえだって生きていくことはできないのだぞ。僕が女房に殴り殺されたら、親父がおまえに命の償いを命じるようにするからな。そうでなければ、僕は薛夫人に話をするからな。おまえはこの間ぶち殺されそうになったことを忘れたのか」

 狄希陳は小玉蘭に話をしましたが、張茂実が塀のすみで聞いているのには気が付きませんでした。張茂実は急にいいました。

「狄さん、隠し立てをお願いするなら、下手に出て頼むべきなのに、あなたはこの子を脅かすのですね」

さらに言いました。

「家に帰って奥さんに申し上げてくれ。これは私が呼んだ妓女で、あなたのご主人とは関係ありません、嫉妬なさらないでくださいとな」

狄希陳「張さんはお前を騙しているんだ。家にいったら張さんのことも話してはいけないよ」

そしてテーブルからお菓子をとりますと、玉蘭の袖の中にいれました。

 小素姐が懲罰を加えても、狄希陳は記憶力がよくないため、傷口が癒えると、痛みを忘れてしまうのでした。しかし、小玉蘭は小素姐に厳しくしつけられておりましたから、ごまかそうとはしませんでした。一万両の黄金をやるといっても、彼女にとっては命のほうが大切でした。彼女を脅かし、こっそり彼女をぶってやるといっても、彼女にとっては今ぶたれるかどうかのほうが大事でした。玉蘭は、お菓子を食べますと、さらに狄希陳が賄賂を使って罪を免れようとしたことを告発してやろうと考えました。家に入り、素姐に会いますと、言いました。

「私がいきますと、亭に一卓分の酒が並べられ、張大爺(さま)と鼻の大きな男がおりました、私はその男を知りません。さらに水紅の衫を着た女がおり、旦那さまと一緒に上座に着き、旦那さまと一緒に猜枚をしておりました。旦那さまは私が入っていったのを見ますと、私に何をしにきたのだとお尋ねになりました。私はいいました。『奥さまが衣裳箪笥を開けようとなさってらっしゃるのですが、鍵が見付からず、私にとりにこさせたのです』。旦那さまは『鍵の包みは引き出しの中にあるじゃないか』とおっしゃり、私を人気のないところに連れてき、『女がいたことを奥さまに言ってはいけない』とお命じになりました」

そして、狄希陳が言い付けたことの一部始終を、あまさず伝えました。素姐は腹を立てて耳や頬をかき、胸を打ち足をじたばたさせ、小玉蘭をすぐに送り返し、狄希陳をすぐに戻ってこさせるように命じました。

「少しでも遅れたら、私は自分であそこへ走っていき、家具を壊し、テーブルをひっくりかえし、馬鹿野郎も売女も、まとめて殺してやるからね」

 小玉蘭は悲しそうな顔をしながら、湖の亭に設けられた宴席にいきました。狄希陳はびっくりして魂が空の果てに飛んでいってしまい、張茂実は計略がうまくいったと思って喜びました。

小玉蘭「引き出しに鍵がございませんでしたので、家に行かれ、ご自分でお探しになってください」

狄希陳はびっくりして顔を真っ青にし、別れを告げるのも忘れ、服を羽織りますと、外に飛ぶように走っていきました。張茂実は追いすがり、引っ張っていいました。

「狄さん、何が気に入らないのでしょうか。ご飯はまずく、酒もよくはございませんが、私のささやかな心尽くしなのですよ。それにご飯も、妓女もまだ出ておりませんのに」

李旺も脇から強く引き止めました。狄希陳はもがいて外に出ようとしながら、いいました。

「お二人とも私のことを思いやってください。家に行ったらすぐに戻ってきます。嘘をついたら、私は犬畜生です」

張茂実は引っ張って放しませんでした。

狄希陳「張さん、私を呼ばれたのは結構ですが、私に害を与えるおつもりですか」

妓女の小嬌春はハハと大笑いして、いいました。

「私はお二人がよく分かりません。お客さまがこんなに慌てているのですから、いかせてあげても宜しいのに、どうしても放そうとなさらないのですね。ご主人さまが強く引き止めている以上、お客さまはとどまってさらに何杯か杯飲まれても、差し障りはございませんのに。お客さまがどうして行こうとなさるのか、ご主人さまがどうしてひきとめようとなさるのか、私には分かりません」

 小玉蘭は張茂実が狄希陳を引っ張って離さないのを見ますと、目を擦りながら泣いて

「放してあげてください。そうされた方が御身のためですよ。女主人は、いくのが遅れたら、自らやってきて、家具を打ち壊し、テーブルをひっくりかえし、淫婦と馬鹿野郎を殺してやるといっておりましたからね」

狄希陳はその話を聞きますと、もがいて外に出ようとし、こういいました。

「張さん。張さま。張旦那さま。張大旦那さま。どうか哀れと思し召し、私を放してください。あなたは陰徳を損なうことが怖くないのですか」

張茂実はまだ腕を引っ張って放しませんでした。狄希陳は脇で草を刈っている小者が腰に差した鎌を、手にとったのを見ますと、

「仕方がありません。僕はこの腕を切りおとしてあなたに与え、いくことにします」

手にとって切り付けました。さいわい白い絹の褂子を着ており、袖の中は空でしたので、体には当たりませんでした。袖が破け、腕に深い傷ができただけで、腕は落ちませんでした。袖の中から鮮血が流れでますと、張茂実はようやく手を放しました。

 狄希陳が家に着きますと、全身は血塗れになっておりました。素姐はその有様を見ますと、しこたま殴ってやろうという気持ちが半分はなくなってしまいました。小玉蘭も狄希陳がもがいて外に出ようとしたが、張茂実が引っ張って放そうとせず、狄希陳があわてて鎌を奪って腕に切り付けたことを一通り話しました。素姐はそれを聞かないときは何ともありませんでしたが、それを聞きますと「怒りは胸に生じ、憎しみは肝に生じる」という有様になり、裙を手にとって穿き、棒を脇に抱え、外に走り出ました。小玉蘭も後から走っていきました。調羮は、素姐が凶暴な様子で、どこかへ走り出ていくのを台所から見ますと、急いで人を狄家に遣わし、素姐が飛ぶように外に出ていった、理由は分からない、と告げました。さらに、狄希陳の部屋にいきますと、狄希陳が血に濡れて真っ赤になっており、腕に怪我をしておりましたので、石灰と柳絮、イカの骨[2]を買ってきて、塗ってやりました。

 さて、張茂実は、狄希陳が去っていきますと、李旺、小嬌春と一緒に笑って

「どんなもんだい。俺はあいつに騙され、女房を打ち殺しそうになり、姑には殴られた。そこで、あいつの女房を騙してあいつを殴らせ、軟禁させ、百五十両以上の銀子を払わせてやった。今回は、またしこたまぶたれることだろうよ」

小嬌春「あの人があんなに焦っていたのに、あなたがどうしても放さないのはなぜだろうと思いましたが。計略を用いてらっしゃったのですね」

張茂実「計略など用いてはいない。俺は金を払ってあいつを呼んだんだ。あいつには家で罰を受けさせ、俺たち三人はここで楽しく酒を飲むことにしよう」

 いい気になっておりますと、二十歳前後の若い女が、普段着姿で、荒々しく亭に入りこんできました。人々は素姐だとは気が付かず、互いに顔を見合わせました。素姐は目の前にいきますと、テーブルをお碗もろともひっくりかえし、お碗を粉々にしました。彼女は、片手で張茂実の腰を引っ張り、自分の腰から棒を取り出しますと、張茂実の体目掛けて、雨霰のように降り下ろしました。張茂実が手でよけようとしますと、指目掛けて打ち下ろしました。五本の指はあっという間に腫れて太鼓のばちのようになりました。

張茂実「ひどい。無法者め。どこの家の女房だ。わけもなくここにやってきて人をぶつとは」

素姐は返事をせず、ひたすら棒を振り回しました。李旺は初めのうちは宥めていましたが、やがてこういいました。

「きっと狄大嫂でしょう」

素姐はようやくいいました。

「馬鹿。淫婦。私にすぐ気が付けばよかったのだよ。私の主人を殺そうとしたくせに、ここで酒を飲んでいるとはね。私の主人はもう息が絶えてしまったよ」

張茂実はもがいても逃げることができませんでした。

 李旺と小嬌春は狄希陳が死んだことをききますと、本当だと思い、外に走り出ようとしました。素姐は入り口に立ち塞がりますと、いいました。

「馬鹿。淫婦。人を殺しておいて、どこへいく積もりだい。おまえたちを許しはしないからね」

李旺は鼻が馬鹿でかく、荒々しい男でしたが、素姐のような美人に会いますと、情けないことに普段の元気はどこかにいってしまうのでした。あちこちを見回しても、逃げ道はありませんでしたが、亭の後ろに窓があり、隙間がありましたので、さっと飛び上がりますと、方法の体で、湖に飛び込み、泳いで逃げました。小嬌春も湖に飛び込んで逃げましたが、泳ぎができませんでしたので、あっぷあっぷする様はまるで鴨の雛のようでした。

 張茂実はぶたれながら、

「狄さん。どうなさったのですか。赤の他人ではないのですから、情け容赦なくぶつのはやめてください」

素姐「ろくでなしめ。おまえなんか、赤の他人だよ」

張茂実「狄さん。私たちは赤の他人同士ではございません。私は、遠い道をあなたの気に入った服を運んできたのです。狄の若さまが奥さまのための衣裳を欲しいとおっしゃいますと、私は衣裳を差し上げました。酒を準備してご招待しましたが、まったく悪意はございませんでした。小嬌春は私が付き合っている女だというのに、どうして私ばかりぶたれるのですか。私と狄さんは同窓ですが、私はあの人より年長で、あなたにとっては世代が一つ上でもあるのですよ」

張茂実は月に祈るときのように喋りましたが、素姐は手を放そうとしませんでした。張茂実はあれこれといいましたが、素姐はあちこちをぶちまくりました。さいわい李旺は泳いで岸に上がり、雨に降られた鶏のように体を濡らしながら、張茂実の家に行き、叫びました。

「張さん、早く行かれてください。狄さんの奥さんが張さんを棒で打ち殺そうとされています。私は泳いで逃げてきたのです」

 智姐は夫が人に棒でぶたれていることを知りますと、取るものもとりあえず、飛ぶように湖の亭に走っていきました。そこでは、素姐が乱暴をし、張茂実が痛い目に遭っておりました。智姐は罵りました。

「ろくでなし。私の言ったことをまったく聞かなかったのですね。何度もいったでしょう。どんなことでもやり過ぎるのは良くない、もう十分だと。あんたは私の話しを屁とも思わなかったから、彼らにひどい目に遭わされたのです。これは一体どういうことですか。金を払ってさらに痛い目に遭うのですか。あんたは一人の女をおさえることもできないのですか。まるで鶏みたいに捕まえられて」

智姐は素姐の手から棒を奪おうとしましたが、奪うことはできませんでした。腰を引っ張っている手を引き剥がそうとしましたが、引き剥がすことはできませんでした。智姐は慌てて、張茂実の白い絹の褲を、力一杯腰から引き下ろしました。すると、三寸の長さの頭の大きな太くて柔らかい一物が現れ、ぶらぶらと揺れました。すると、素姐は手を離し、袖で顔を覆いながら、湖の亭から出ていってしまいました。

 張茂実は素姐が去っていったのを見ますと、罵りました。

「あのろくでなしの売女め。俺をあんなにぶつとはな。おまえがうまい計略をもうけなければ、俺はまだぶたれていただろうよ」

智姐はいいました。

「いい気味だよ。これから私が何か言ったときに、聞かないだけの勇気があるかい」

張茂実に頭巾と帽子を被せ、衣装を着せました。人に壊れなかった器を拾わせ、よろよろと智姐と一緒に歩いて帰りました。

 素姐は家に着きますと、狄希陳は刀傷の薬を塗り終え、絹の布でくるんでおり、腕を赤紫色の罐のように腫らしていました。素姐は自分では泥棒を叩くときのように夫をぶっていたくせに、他人が夫の腕をぶってこのようにしたのを見ますと、かわいそうに思いました。家の人々は素姐は凶暴な熊のような女だから、外へ行って人をぶったり罵ったりした後は、怒りを狄希陳にぶちまけるに違いないと思いました。ところが彼女はぶとうとはせず、罵りました。

「この馬鹿。女を囲うことができるのなら、そんなに私を怖がるんじゃないよ。あんたが家にきたって、私が大鍋であんたをむしゃむしゃ食べるわけでもないだろう。どうして人の前で自分の腕を切ったんだい。あんたは私の悪いところを誇張しようとしたんだね。寝ぼけたことをするんじゃないよ。私は人に名誉を損なわれるのは怖くないよ。私は賢孝牌坊など建てる積もりはないからね。人に尋ねてごらん。以前張家で牌坊を建てたとき、女も男も押し合いへし合いして見物していたが、私は目もくれなかったよ。あんたが私に隠れて女を囲ったものだから、天はあんたを許さず、あんたに自分で自分の手を切らせたんだよ」

 素姐は毎日ぶつぶつ言うのをやめませんでした。狄希陳は傷口が開いてしまい、昼も夜も叫びました。狄員外は人に看病をさせましたが、まったく良くなりませんでした。ある人が府城の西門外に住んでいる艾回子はとても有名な外科医だといっていました。狄員外は三両の白金を包み、人に騾馬を引かせ、済南に迎えに行きました。

 艾回子は騾馬に乗ってやってきますと、狄希陳が房事をして傷を痛めたのだ、傷の表面は塞がらず、ひたすら内部に向かって腐っていることだろう、表面の腐った皮膚を薬を使って溶かし、そのあとで散薬を塗り、皮膚を再生することにしようと考えました。そして、早く治療をしないと、腕が腐って落ちてしまうと考えました。

「府の南門に住んでいる楊参将の下男の女房は、もともとは黄挙人の家の小間使いでした。黄挙人の女房は、病気で死ぬときに言い付けました。『この娘はここ数年仕えましたから、夫を探してあげてください』。黄挙人は彼女の言い付けに従い、楊参将の下男と婚約させ、五両の結納金を手にいれ、銀十両以上の価値のあるものを一緒に送りました。小間使いは、黄挙人が自分を家においてくれなかったので、楊家にきますと、糞味噌にもとの主人を罵りました。すると、急に螻蛄瘡[3]ができ、二か月足らずで、二つの腫れができ、体内を蝕みました。私は診察に呼ばれましたが、悪行の報いによる出来物は、治療することはできないと思い、投薬を行いませんでした。果たして、十日足らずで、頭の半分がぐちゃぐちゃになって爛れ落ちてしまいました」

 「西門の内側の馬義齋も対口瘡[4]ができ、私を治療に呼びました。私は診察をし、いいました。『これを治すのは大変です。何とか治療をしてみて、良くなったら、それは命拾いしたということです。良くならなくても、私を恨まず、生まれ変わることができて幸せだったと思われてください』。脇の火鉢でお湯を煮立たせ、箸で綿花をつまみ、熱湯を少しかけました。あの方は少しも眠れませんでした。私は日夜付き添いました。百日の時間を費やしますと、瘡蓋ができてきました[5]。その日、家で大事なことがございましたので、私は家に帰ろうとしました。私はしつこく言い含めました。『この腫れ物は半月たてば良くなります。治療は九分九厘うまくいっており、あと一厘で、完治するという状態です。私が去った後は、絶対に房事をなさってはいけません。出来物ができれば、神仙でも救うことはできないでしょう』。私が家に戻るとすぐに、あの方の家では一群の大きな髷を結った小間使いを雇われましたが、臙脂や白粉を塗っており、まるで一群れの妖精のようでした。私が家に戻り、書房に他に人がいなくなりますと、彼らは理由もないのにあそこへいき、茶を運ぶ必要がないのに茶を運び、水を運ぶ必要がないのに水を運び、色目を使ってあの方を挑発しました。若いあの方は、百日以上も例のことをなさってらっしゃいませんでしたし、傷口の炎症もひどかったために、私が言い含めたことをすっかり忘れてしまい、小間使いの小玉杏と例のことをしてしまいました。ところが、劉六、劉七の女房である小迎春が[6]、屏風にかんざしで穴を開け、覗き見をし、こう叫びました。『小玉杏。奥さまは旦那さまに茶を運ぶようにおっしゃったのだよ。旦那さまの御伽をするように命じてなどいないよ。』馬義齋は有無をいわさず、進みでて小迎春を床に引き倒し、さらに一回例のことを行いました。するとすぐに、咳が出始め、傷口が黒くなり、灯点し頃になりますと、柔らかい肉が溶けて水になってしまい、びっくりして何度も私のところに人を遣わしてきました。私はその日二杯の酒を飲んでおりましたが、私の名を呼ぶ声と、足をじたばたさせて、『大変です。』という声が聞こえました。私は酒を飲んでおりましたがびっくりして、酔いはすっかり覚めてしまいました。すぐに駆けていってみてみますと、傷口はまるで蟹のように外に向かって泡を吹いており、馬義齋は瓢のように大きな口を開けて泣いておりました。『艾さん、どうか私を救ってください。お礼は手厚く致しますから』。私はいいました。『腕のまずい私はもちろん、呂洞賓でも眉をしかめることでしょう。お救いすることはできません。はやく人を呼んで遺言をなさることです』。私が家に着くと間もなく、あの方は傷口が開き、事切れてしまいました。私はたくさんの薬を使いましたし、百日付き添っていたために、あちこちの顧客の相手をすることができませんでした。ところが馬義斎のろくでなしの女房は、自分の家がしっかりしていなかったために、小間使いに夫を殺されたくせに、私が勿体ぶって金を脅しとろうとした、彼女の夫に薬を与えず、夫の命を奪ったといいました。そして、家中の人々を連れてきて、喪服を着、私の店の入り口にきて天地を揺るがさんばかりに泣き、一日に三遍店の前に来て、紙銭を焼き、水を供えました。まったく腹立たしいことではございませんか。あなたのこの傷は明らかに刀で切られたものです。刀傷の薬を塗れば、若くて血気の盛んな人なのですから、一か月もあれば良くなりますが、誰かがあなたを挑発し、房事をして傷を悪くすれば、百日足らずで、この腕はあなたのものではなくなってしまいますよ」

 狄員外はそれを聞きますと、とても心配して、一両の初診料を与えました。艾前川は腫れ物を水で洗い清めますと、いいました。

「さらに腐食薬を塗り、丁皮[7]で、腐った肉をすべて溶かし、散薬を塗れば、皮膚を再生させることができます。腐った肉は四五日あればすっかり腐りますから、とにかく痛みをこらえることです。今日は泊まりがけで腐蝕薬を塗り、さらに二服の膏薬を差し上げましょう。明朝は早く起きますから、人に命じて、私を家に送ってください。私は薬を準備しましょう。これらの薬は貴重なものばかりですから、家に行き調合しなければなりません」

狄員外「往復百四五十里の道程ですから、歩かれるのは大変でしょう。どんな薬を用いるべきなのか、目録を作ってくだされば、私たちは人を遣わし、お宅に買いにいかせます。お宅には人を遣わし、食糧をお送りいたしましょう」

艾前川「必ず私本人がいかなければなりません。真珠、冰片[8]、牛黄、狗宝[9]、朝脳[10]、麝香などは、すべて私が保管しており、他の人には手を振れさせません。軽粉[11]を作り、霊薬を買い、人参を切り、天麻を蒸すには、それに見合った器具が必要で、手間が掛かることなのです。私自身が家に行かなければ、まずいことになります。いずれにしても肉が腐るまでに四五日かかります。この四五日の間に、私が家に行きすべての仕事を片付けることにいたします」

 狄員外は彼を引き止めることができず、艾前川が翌朝家に帰るのを許すしかありませんでした。翌朝、彼に食事をとらせ、騾馬に馬具をつけ、作男をつけ、三両の銀子を計り取り、薬を買うことにしました。彼はすぐに銀子を受け取ろうとはせず、こういいました。

「銀子は必要ありません。真珠だけは高価な薬ですが、私の家にも保管されています。最近真珠を売る客商がやってきたので、半斤買いましたが、すべて豌豆大の真ん丸な玉でした。この薬は銀二両あまりを出せば十分です。冰片は、私たちの家にもございます。この二つの物以外の、黄芪、甘草、芍薬、当帰などは、数銭もかかりません。私たちは仲間なのですから、代金など問題にされる必要はございません」

狄員外「お宅にあるものでも、金を払うのが筋というもの。銀子は受け取られた方がいいでしょう」

艾前川は口では辞退しましたが、すでに銀子を袖にいれていました。狄員外は彼を送って馬に乗せ、いいました。

「四日目になったら必ずいらっしゃってください」

何度も頼みごとをして別れました。

 その日、狄希陳が眠る前に、艾前川は出来物を洗い清め、腐蝕薬を塗り、五虎膏[12]を貼りました。五更まで眠りますと、出来物はだんだんと痛みだしました。狄希陳は彼の父親に頼み、艾前川に知らせてもらいました、

艾前川「腐った肉を取り去ろうというのですから、痛いのは当然です。昨日申し上げました。この腐った出来物から立ち直るのに、少しの苦しみも受けないのは、不可能ですとね」

艾前川が去った後、出来物はだんだんと痛くなりました。狄希陳は痛みで気を失い、悪心がし、目が霞み、死にたくてたまらないほどになりました。艾前川を呼び、事情をたずねようとしましたが、彼を目の前に連れてくることはできませんでした。痛みは真夜中まで続き、狄希陳は気を失いそうになりました。狄員外が膏薬を剥がし、湯で洗い清めますと、出来物は真っ黒な色に変わり、腐蝕は指一本ほどの深さに達しておりました。そこで、肉を外に出しますと、だんだんと我慢できるほどの痛みになりました。

 さて、艾前川は家にいきますと、薬の調合などはせず、狄家の四両の銀で、米や小麦粉を買い、楽しく過ごしました。ついていった作男は彼が四日目にも狄家へ行こうとしないのを見ますと、何度も彼に狄家へいくように頼みましたが、彼は動こうとしませんでした。作男が強く催促しますと、ようやく言いました。

「あの出来物は治すのが難しいですし、あなたの家はしみったれた家で、出来物を治すのは難しいと思われますので、行くのはやめといたします。騾馬を引かれていってください」

作男「何ですって。どういうことですか。治療をなさらないのなら、早くおっしゃるべきだったのに、どうしてここ数日間ぐずぐずしてらっしゃったのですか。どうしてうちの主人がしみったれだということがお分かりになるのですか。私の家は七十歳の主人に、一人の若主人がいるだけで、お金を払うのはお易いことです。お金が欲しければはっきりおっしゃればよかったのに、どうしてぐずぐずしてらっしゃったのですか」

艾前川「私にこの出来物を治させるのなら、はやく家に行かれ、二十両の銀を持ってきてください。私にまず十両渡し、残りの十両は目録を作り、治療がうまくいったら私にください。私のいうことに従われるなら、家にいかれ、十両の銀子と目録を持ってきてください。私はすぐに参りましょう。私のいう通りにしないのならば、あなたはこられる必要はありません。私は泰安州にお参りに行こうと思います」

作男は仕方なく、騾馬を引き、一人で家に帰り、艾前川がいっていたことを、逐一狄員外に話しました。狄員外がどのような措置をしたかは、話が長くなりますので、さらに次回をお聞きください。

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

中国文学

トップページ

 



[1] 「接三」は、死亡者の出た翌日に、親戚が紙銭をおくり、僧侶、道士をよんで仏事を行うこと。同治十年『畿輔通志』引『通州志』「死亡次日、戚友倶送冥鏹。男喪送紙馬、女喪送紙轎、喪家延請僧道作仏事曰接三」。ここでは、狼狽した狄希陳が出産祝いの儀式と葬送の儀式を取り違えているところがおもしろい。なお、「接九」に関しては未詳。おそらく、実際にはこのような習俗はないものと思われる。

[2]明府は螟蜅(イカ)のこと。イカの骨を焼いたものを薬用とする。

[3]螻蛄はケラのこと。小児の頭に多く生ずる悪性の腫れ物。螻蛄癤。

[4]脳疽の別称。脳疽は首の後ろにできる腫れ物。

[5]原文「已是待中長平口了」。「平口」は未詳だが、とりあえず瘡蓋として訳しておく。

[6]原文「誰知一个小迎春就是一个劉六、劉七的老婆」。劉六、劉七ともに明代中期の反乱指導者。山東方面で活動した。この句、小迎春が盗賊の妻のようにろくでもないということか。『明史』張俊伝「明年三月、劉六、劉七、齊彦名、龐文宣等敗奔登、萊海套」。

[7]丁香の樹皮。『本草綱目』丁香、丁皮「自珍曰即樹皮也。似桂皮而厚」。

[8]冰片脳、龍脳香ともいう。龍脳はフタバガキ科の常緑大高木で、ボルネオ、スマトラ原産。白色五瓣の花を開き、香気がある。

[9]癩病にかかった狗の体内にできる石で、青みがかった白色をしているという。『本草綱目』巻五十「狗寶生癩狗腹中、状如白石、帯青色」。出来物に効くとされる上掲書「【主治】癰疽瘡瘍」。

[10]薬品名と思われるが未詳。『遵生八牋』巻十七、宝珠丹方に「朝脳五分」とあるが、具体的にどのようなものかは不明。

[11] カロメル、甘汞、塩と水銀の化合物。皮膚病に効くとされる。明李時珍『本草綱目』水銀粉「【主治】殺瘡疥癬虫」。

[12] 『瘍医大全』に「五虎粉」という薬があるが、それと関係があるか。白礬、焔硝、雄黄、朱砂、水銀を用いて作り、悪性の腫瘍を治す。

inserted by FC2 system