第六十一回
狄希陳が運命を占うこと
鄧蒲風が財産をだましとること
崔生は虎を抱きつつ安眠し[1]
人間は結婚すれば凶暴となる
昼間には怒りて振るふ玉の腕
夕辺には腹立てて蹴る金の蓮
親を呼び
天に泣き
鶏がらの体に受くる御拳
法術はまるで利き目なく
苦しみ続き、金を失ふ 《鷓鴣天》
さて、相大妗子が狄希陳を外に引き摺り出しますと、狄希陳は素姐を振り向き、体を後退りさせました。素姐は、こうなってはどうするわけにもいかず、何回かいいました。
「いくんだよ。いくんだよ。おまえのおばさんだって、どうせ一生おまえの面倒をみることはできないんだからね。おまえはこれからまた私のところにくることになるだろうよ」
相大妗子は、狄希陳を引っ張りだしました。狄員外はもちろんのこと、相大舅も老成しておりましたので、狄希陳を見て何回か頷き、嘆息しただけでした。しかし、相于廷だけは冗談を言ってやめず、すぐにこう言いました。
「お元気ですか。おめでとうございます。いつ監獄から出られたのですか。再審か恩赦ですか。それとも減刑ですか。兄さん、あなたは本当におとなしい方ですね、今の世の中、息子は両親を、人民は役所を恐れないというのに、よくもまあおとなしく監獄の中に腰を掛け、反抗しなかったものですね。私が昨日あなたを訪ねていったとき、あなたは監獄の中で私が来たことが分かったでしょうに、どうして私の力を借り、外と連絡をとろうとされなかったのですか。私は表であなたを救えば、あなたは出ることができたでしょうに、どうしてさらに一晩苦しみを受けられたのですか」
狄希陳「僕は老成しているからしっかりした考えをもっていたんだ。しっかりした考えのない人だったら、君が中に入ったときに、君の力を頼り、体を動かしていたろうが、これでは牢獄から抜け出すことはできず、死ぬこと請け合いだったろう。君などは、僕を救うとき、あいつが閂を手に取れば、踵で尻をたたくようにして、飛ぶように逃げ、『ねえさん。』と叫んでいただろう。このようなことでは、僕を助けることはできなかったろう」
二人は、冗談を言い合っていましたが、霊前で喪服を着て儀式を行うために、ようやく話をやめました。
素姐は、それから数日間は、相大妗子が毎日やってきて、狄希陳を守ることが分かっていましたので、狄希陳への手を緩め、尋ねてこなくなりました。初七日を過ぎ、さらに一回法事をしますと、旛をおろし、弔問の受け付けをやめ、じっとしていました。薛教授は、平素から、自分が死んだら死体を長く置いてはならない、和尚や道士を呼んで経をあげさせてはならない、平らで日の当たる高くて広い土地を買い、棺を担いで埋葬してくれ、と遺言していました。薛如卞兄弟は、父親の命に従い、連春元と狄員外の二人に数畝の土地を探すように頼み、吉日を選んで葬式を出しました。狄員外が狄希陳に逐一礼を尽くさせたことは、くわしくはお話しいたしません。
葬式を出して三日目、狄希陳も、薛如卞たちとともに、朝、墓にいき、『復三』[2]をしました。紙銭を燃やして家に帰り、竜王廟の入り口を通り掛かりました。廟の入り口には広告が貼られていました。
新たにやってきた江西の鄧蒲風
飛星[3]、演禽占い
この廟の東に住んでいるのがすなわち彼
狄希陳は心の中で思いました。
「世の人々は、父母兄弟のことを天親という。しかし、父母兄弟に話すことができなかったり、見られたくないことがある場合は、女房にだけ気兼ねなく話すことができるから、最も親しいのは夫婦なのだ。ところが、どうして僕だけは、反抗してあの人を怒らせたり、勝手なことをしてあの人の教えに背いたり、だらしないことをしてあの人の命令に従わなかったり、物惜しみをしてあの人に衣食を与えないことができないのだろう。たしか『論語』にはこんな二句があったな。『我の力を竭くして田を耕すは、子の職を供えるのみ。父母の我を愛せざるは、何ぞや』と[4]。こう考えてみると、僕が女房に苛められるのは、明らかに前世で定められていたことで、こうなる運命だったのだ。江西の賢者なら、この人に占いをしてもらおう。もしも命宮がそのように定められているなら、僕はそれに従うだけだ。影で恨みを抱くのもよくないことだからな」
そこで、薛如卞兄弟を誘い、廟に入らせ、占いをし、言いました。
「僕たちの土地の占いの先生は、まったくいい加減ですが、この方は江西からきたのですから、ある程度の能力のある立派な人に違いありません。それに、僕は禽堂五星はとても正確だということをきいたことがあります。みんなであの人に占ってもらいましょう」
薛如卞は真っ先に一緒に行くことに同意しましたが、考えを変えていいました。
「やはり早めに家に帰って拝帖を準備し、お礼[5]をしにいくことにします。お独りで占ってもらってください」
別れを告げ、去っていってしまいました。
薛如兼は途中で言いました。
「僕たちは親父を亡くしました。このような大きな不幸に遭ったのですから、彼に吉凶を占わせるべきです。それなのに、兄さんは占ってもらわずに、家に帰られるのですか」
薛如卞「最初は占ってもらう積もりだった。しかし、あのよそからきた占い師は、きっと能力のある人だから、狄さんの妻宮がとても悪いことが占いで分かってしまうだろう。それを僕たちが目の前で聞いていたら、あの人の顔が潰れる。だから考えを変えて戻ってきたんだ」
狄希陳は、薛如卞たち二人が帰っていきますと、自分で中に入っていき、鄧蒲風に会いました。[6]鄧蒲風は席を勧め、茶を飲ませました。鄧蒲風が八字を尋ねますと、
狄希陳「壬申の正月二十日亥の刻の生まれで、男です」
鄧蒲風は紙を敷きますと、申から庫、貫、文、福、禄、紫、虚、貴、印、寿、空、紅を定め、さらに子午卯酉から仗、異、毛、刃を定め、本生月に刑、姚、哭の三星を定めました。壬は陽に属し、身宮は杖から逆算し、初一巳に定められました。命宮は杖から、本星時は卯時まで数え、辰宮に定められました。その後で財帛、兄弟、田宅、男女、奴僕、妻妾、疾疫、遷移、貫禄、福徳、相貌が、それぞれの宮にきちんと定められました。さらに大限、小限が決められました。
「あなたの命宮には、禄星が入っていますが、三台鳳閣、八座龍楼といったよい星の助けがないため、役人になられても高い位ではなく、佐貮官か首領官になれるだけです。財帛宮には庫星が入っており、ほかに凶星は入っていません。書物には『庫曜だけなら必ず富裕になれる』とあります。兄弟宮は天虚がありませんので、弟さんはいらっしゃいません。田宅宮には貴星があります。田宅とは父母のことです。ご両親は家を立派にされ、ご先祖の財産を守られます。男女宮は印星がなく、天異が祟りをなしていますので、子孫は妾が生みます。奴僕宮は寿星が盛んですので、下男、下女に助けられます。夫婦宮は天空がなく、天毛、天姚が鉢合わせしていますので、妻妾が権力を握り、夫の権力が失墜することを司ります。本には『夫妻宮に天空がなければ、平和な家庭に女の争いが起こる。天姚と毛宿が鉢合わせすれば、夫を殴り家を乱し舅を罵る』この書の言葉によれば、ご夫人はとても気難しい方です。疾疫宮は紅鸞がありませんので、一生水膨れや爛れの災いがあります。遷移宮の中では紫微が盛んで、八座龍楼が補佐をしていますので、外に出るのに吉です。このことも本に書かれております。『宮中に参上して紫微に出会い、吉事があって悪事は少ない。災いの星はすべて家から退き、羽を拡げて空高く飛ぶことができる』。この十二宮の中で、一番いいのは遷移宮です。体中に巻き付いた枷、鎖、骨にまで達した出来物は、『灰に落ちた豆腐』のように、あなたにまとわりついてどうすることもできません。しかし、外に出られさえすれば、八難を救う観音に出会ったときのように、すぐに枷と鎖から解き放たれます。骨にまで達した出来物は、まるで名医華佗に出会ったときのように、簡単に除かれ、骨は削られ、毒は消えます。豆腐の灰は神仏の息を掛けられたときのように、もとどおり真っ白に吹き消されます。遷移宮だけは大変素晴らしいものです。貫禄宮は官星がありませんが、さいわい三台星が傍らにありますので、大した官位ではないものの、朝廷から任命される官であることは間違いありません。福徳宮には文星がありますので、一生安泰で満ち足りていますが、天哭の祟りを受けます。書物にはやはり四つの句『天哭が文昌にあえば、女の部屋に凶悪の徒が入る。福禄を受けることは難しく、いわれもない禍いを受ける』。あなたは派手な服を着、うまいものを食べ、豪華な家に住み、駿馬に乗り、まるで神仙のようです。ところがあなたの衣食家屋は天哭星が煮詰めた十甕分の黄柏水によって浸され、あなたはひどい目に遭われます[7]。文昌星が良い場所にあるのに惜しいことです。相貌宮は福星が盛んですので、眉目秀麗であることはいうまでもありません。この小限から月令を占ってみますと、今年は今月だけ運が良くありません。きっと親御さんが亡くなったばかりでしょう。内艱に遭われたのでしょうか」
狄希陳は「内艱に遭われた」とは何のことか分からず、目をぱちくりさせて返事をすることができませんでした。鄧蒲風は尋ねました。
「変ですね。このような大きな不幸に遭われたというのに、どうしてさらに牢獄の災難があるのでしょう。解神が宮に、対宮にも龍徳がおり、もう災難に遭われましたので、今では悪い星も退きました」
狄希陳は話を聞くとぞっとして、一言も反論することができず、一言こういいました。
「女も、この人に占わせてください」
鄧蒲風「きっとご夫人でしょう。お話しになってください。くわしく占って差し上げましょう」
狄希陳はいいました。
「やはり壬申の、二月十六日、丑の刻です」
鄧蒲風はふたたび宮を定め、最初から解説しました。
「命宮には天貴星が入っており、これは実家の運がいいということです。財帛宮は印星が盛んですから、大金持ちです。兄弟宮は寿星が盛んで、弟がたくさんいます。田宅宮は天空がありませんので、父母が喜ぶことはできません。男女宮は紅鸞がありませんので、子供を授かるのは難しいでしょう。奴僕宮は天刃がなく、主人でありながら下僕に背かれます。夫主宮は貫星がなく、杖星、天毛、天姚が同じところに集まっており、生まれながらにしてご主人を尻に敷かれる運命にあります。私のみたところによれば、この星宮の貫星は天上の貫索で、人の世の牢獄です[8]。あなたの運命には数日の牢獄の災いがあります。私は信じることができません。あなたのような若くて富貴な方が、牢屋に入れられたはずがありません。きっとご夫人に数日監禁されたのでしょう。そんなことがありましたか」
狄希陳は顔を赤らめ、事実を認めようとしませんでした。
鄧蒲風「私を騙されてはいけません。杖星はありませんので、恐らく何回かぶたれたのでしょう。これはよくあることで、逃れることはできません。毛、姚の二つの悪星は一緒になって、思いがけない変事を起こします。じっと黙っていても、災いは天からふってきて、たいへんひどい目に遭います。疾疫宮は文昌星が盛んですので、一生病気はしません。よく食べ、力があり、さんざん夫を尻に敷きます。遷移宮は天異がありませんので、地方に行くのには良くなく、道では盗賊にあうか悪人にあうかします。官禄、福徳両宮はどちらも平穏ではありません。相貌宮には天虚があり、最初は美しく後は醜くなることを司っています、さらに体に障害を生じます」
狄希陳「ご老人のお話ですと、私の妻妾宮は妻を恐れる運命にあり、妻の夫主宮は夫を尻に敷く運命にありますが、まさか天の引き合わせではないでしょうね。年をとるまで一緒なのでしょうか」
鄧蒲風「膠か漆のようで、別れようとしても別れることができません。災いは一千年続き、ずっと一緒です」
狄希陳「逃げることはできるのでしょうか」
鄧蒲風「天が定めた夫婦で、五百年闘い合う敵ですから、あなたが焔摩天[9]にいっても、奥さまは雲に乗って追い掛けてきますよ」
狄希陳「飛星がそれなら、私たち二人の八字はあっているのでしょうか」
鄧蒲風は指を折りながらしばらく占いをしますと、言いました。
「あなた方二人はどちらも金命です。五行の中では、相生だけが喜ばれ、相剋は喜ばれません。どちらも金命で、お二人の運命は同じですから、必ず嫉妬します。これは、一つの飼い葉桶に二頭の驢馬を繋ぐようなものです。同じ驢馬同士、仲良くすればいいものを、蹴ったり噛んだりしようとするのです。両雄は強弱を競い合うか、和解するかすればいいのです。男と女で争いあえば、この世の中で人も動物も、雌が雄より弱いという道理はないのですから、あなたがひどい目に遭うのは当然です。私の忠告をお聞きください。あなたの五星は、奥さんを恐れるように定められているのです。今、お二方の八字を拝見しますと、あなたは恐妻家になる運命にありますから、運命に安んじ、これ以上勝手なことをお考えになってはなりません」
狄希陳「ご老人は禽堂五星をされるとおっしゃいました。すみませんが、さらに私たち二人を見てください。『禽』とは何ですか。禽堂五星の占いなら良い結果が出るかもしれません」
鄧蒲風は、さらに指を折り、紋を辿りながら、言いました。
「ああ、ひどい。あなたがた二人の禽星はもっとひどいものですね。あなたは、『井木犴』です。この「井木犴」は野良犬で、性格がとても凶暴です。山に入って虎を捕らえ、海に入って蛟龍を食べます。今では牢獄のことを『犴狴』[10]と呼んでいます。あなたの主禽は凶悪です。あなたがほかの龍、虎、狼、虫であっても、人々はあなたを恐れます。ところが、ご夫人は、とんでもないことに、よりによって『心月狐』です。『井犴木』が雄叫びをあげていても、『心月狐』がおならを一ひりしさえすれば、『井犴木』は地面に伏し、体は萎え、尻尾を巻き、醋のような小便をもらします。そして、びっくりして元気をなくし、気を失ってしまい、四五日しても意識が戻りません。そうではありませんか。もしもそうならば、八字に間違いはありません。もしもそうでなければ、八字が正しくないので、もう一度占いをいたしましょう」
狄希陳は返事もせず、ただただ頷き、溜め息をつくばかりでした。
鄧蒲風「嘆かれることはありません。これは前世で定められたことで、変えることはできないのです。離婚をし、独り身になられた方が、さっぱりしますが」
狄希陳「私は何度も我慢できなくなり、そうしたいと思ったことがあります。しかし、妻はとても綺麗で、私と仲が良いときはとても思いやりがあります。態度がよく変わるだけなので、離婚するに忍びないのです」
鄧蒲風「あの人を離婚するに忍びず、苦しみを我慢することもできないのでしたら、厄払いをするしかありません。そうすれば、夫妻で仲睦まじくすることができ、態度が変わることはありません」
狄希陳「厄払いとはどういうことですか。手立てがあるなら、してみましょう。しかし、その方術を行うことができる人はどこにいるのでしょう」
鄧蒲風「私ができます。しかし、手間を掛け、たくさんの銀子や銅銭を使い、長いこととどまらなければ、方術を行うことができませんので、簡単に承知するわけには参りません」
狄希陳「だいたいどのくらいの日数、どれだけの銀子で、することができるのですか」
鄧蒲風「とても大変なことですから、あなたでは無理でしょう」
狄希陳「ご老人、お聞かせください。私の力でできることかもしれませんから」
鄧蒲風「一番大事なのは人を避け、情報が漏れるのを防ぐことです。若さまはご自分でそれができると思われますか。第二に、静かな人の来ないところが必要です。あなたはそのような場所をおもちですか。第三に、六七十両の費用でも足りませんが、あなたはお金をおもちですか。第四に、奥さんの身代わりを探して方術をおこなうために、奥さんを拝見しなければなりませんが、拝見させてくださいますか。第五に、ご夫婦の髪の毛、肌に着けているさまざまな衣裳が必要ですが、持ち出すことができますか。第六に、私が奥さんを拝見した場合は、似た女性を探して身代わりにしなければなりませんが、どこから探されますか」
狄希陳はしばらく考えると、いいました。
「ほかのことは難しくありませんが、女の身代わりばかりは、捜し出すことはできません。どこの家の女も、ここにきて、あなたのおっしゃる通りに儀式を行おうとは思わないでしょう」
鄧蒲風「今申し上げたことの中で、女が身代わりになることだけは簡単です。妓女を一人囲いさえすればよいのです。先ほど、奥さまが綺麗だとおっしゃっていましたが、綺麗な身代わりが必要です。名のある妓女を招くとなれば、囲うための金がたくさん掛かります。醜い女なら、幾らも掛かりません。しかし、一つとても難しいことがあります。六十日の時間が必要なのです。これは絶対にできないでしょう」
狄希陳「六十日とは、たった二か月じゃありませんか。何が難しいものですか」
鄧蒲風「私は独り者で、召使いも連れておりません。一人の女と一緒に座り、方術を行うとき、だれが私に食事を食べさせてくれるのですか。六日飢えるのは構いませんが、六十日間も飢えて過ごすことはできません」
狄希陳「食事は問題ありません。作るときは、もちろん私が出しましょう」
鄧蒲風「私は方術を行う者で、毎日銀子、銅銭をいただいて家族を養っています、一日に一両を稼ぐときもあれば、二両、五銭、七銭のときもあり、場合によって異なりますが、平均しますと、毎日一両はかたいでしょう。六十日じっと座っていたら、私は食べるものはあっても、家にいる妻、妾、息子、娘、父母、兄弟は、六十日風を吸うことになり、飢えてしまいます」
狄希陳「私は日数分あなたのご家族のお世話を致しましょう」
鄧蒲風「そうして頂けるなら、方術を行うのは簡単です。しかし、私に払われる銀子は、三日前に全部送られてください。約束に背かれてはなりません。妓女を囲うための費用は、あなたご自身がその人に渡してください。私は払いませんので」
狄希陳はすべて承諾し、相談しました。
「あなたが泊まっているこの場所は、離れですし、住持の劉道士は、私と知り合いですが、この部屋で宜しいでしょうか」
鄧蒲風「入り口を堅く閉めていさえすれば、いいでしょう」
狄希陳「場所が決まりましたから、ほかのことを順繰りにしていくことにしましょう。妓女の件は、この鎮にもいいのがおりますから、探すのは簡単です。妻に会われる件は、あいつが実家に帰るときに、私があなたを呼び、機をみてお見せすることにしましょう。ほかの使うべきものは、あなたが詳細な目録を書かれれば、私が準備致しましょう」
狄希陳は、鄧蒲風を迎え、家に戻り、食事を出しました。鄧蒲風は、食事を終えますと、ふたたび宿屋に戻り、使うべきものを書き出しました。
「新しい頭巾一つ、新しい網巾一つと金の腕輪、小さな白い布の衫一件、大きな白い布の衫一件、紫花の布の道袍一件、綽藍布のひとえのズボン一つ、白い布の裙一つ、袷の布の靴下一双、廂履[11]一双、綫帯一副、赤い木綿布の綿布団一つ、青い木綿布の綿入れの敷物、赤い毛氈をそれぞれ一つ、新しい枕一つ、新しい銅のお盆一つ、あたらしい手巾一本、新しい櫛一つ、貝母[12]、人参、黄連を各四両、透き通って清らかな朱砂八両。毎日三度の食事の酒と肉はたっぷりと。そのほか手に入れやすいものは、すぐに手に入るようにしてください。遅滞があってはなりません」
狄希陳はすべて承知しました。
翌日、素姐は家に帰ろうとしました。狄希陳はあらかじめ鄧蒲風に話しをし、鄧蒲風を呼び、道の合流点で待ちました。鄧蒲風は一部始終をすっかり見ました。鄧蒲風は腹の中で叫び、ひそかにこう思いました。
「どうしてあんなに美しい人が、凶悪さを秘めているのだろう」
見終わりますと、宿屋に戻りました。そこへ、狄希陳も様子を聞きにきました。
鄧蒲風「ご夫人は拝見しました。あの美しい方にそっくりの身代わりを探さなければなりませんが、この明水鎮に、あのような人はいません」
狄希陳「この通りに魁姐がいます。なかなかの美人ですから、彼女に話しをし、二か月囲うことにしましょう。しかし、彼女を使って方術を行うと言ってはいけません。あの人と囲うための代金の交渉をしさえすればいいでしょう」
人々は相談をしますと、狄希陳は目録通りに、衣巾などの品を準備し、十八両の銀子で、二揃いの衣服を買い、魁姐を二か月囲うことにしました。鄧蒲風は「天徳合」の吉日を選び、祭壇を設け、方術を行い、七七四十九日目に、方術を円満成就することにしました。あらかじめ魁姐を祭壇に送り、鄧蒲風とともに、夫婦の身代わりを演じさせました。鄧蒲風が女を囲う金を、狄希陳は十日に一遍送りました。鄧蒲風は、狄希陳に口実を設け、家に帰らぬよう、七日に一遍部屋に行き、遅く入り、早く出、中に入ったら眠り、起きたら外に出るように、素姐が腹を立てているときは、ひたすら我慢し、決して口答えしたり、気分を損なったりしないように、そうすれば、七日ごとに仲が良くなっていき、七七四十九日目には仲睦まじくなるだろう、と言いました。狄希陳はすべて従いました。
同じ頃、荘園では、狄員外が大工事を行い、二つの三階建ての楼を造りました。省城は家から十五里あり、狄希陳は父親に付き従い、荘園にとどまりました。そして、鄧蒲風の指示に従い、七日に一遍様子を見にいきました。荘園は家から十五里離れており、日が落ちようとする頃に出発しますと、家に着く頃には、一更になっていました。素姐は凶暴でしたが、所詮は若い女でしたので、七日男がいなくなりますと、どうしても情欲が芽生えるのでした。それに、素姐は、狄希陳と例のことをするときはいつも、普通の人のように穏やかでしたが、『使うときはやさしく呼び、使わないときは相手にもしない。』という癖があるところが、人と違うところでした。それに、荘園には鶏の卵、焼酎がたくさんありました、家に帰るたびに、狄希陳は、かならず十数個の鶏卵を水煮し、大きな瓶に入った濃い焼酎を持っていきました。そして、部屋に入り、素姐に会いますと、大きく唱口若をし、両目をにやにや、横目をちらちらさせながら、目の前で慇懃に振る舞い、鶏卵を一つ一つ自分の手で剥き、外側の殻を剥がし、粉団[13]、玉塊[14]のように、碗と小皿の中に盛り、あらかじめ小玉蘭に温めさせた焼酎を、持ってこさせました。素姐は酒の臭いを嗅ぎますと、欲望のほむらに胸を苛まれ、狄希陳が前世での敵だということは、百も承知であったにも拘らず、彼と例のことをせざるを得ませんでした。そして、彼と例のことをしようとする以上は、彼に対して顔を和らげるしかありませんでした。酒を飲みおえ、服を脱ぎ、帯を緩めますと、素姐は七日間男に飢えていた心をあらわにし、狄希陳は七日間蓄えた力を使い果たし、一晩の間に、およそ三回例のことをしました。夜楽しむ時間すら少なかったのですから、素姐が狄希陳と喧嘩する暇は少しもありませんでした。朝になりますと、素姐は態度を変えようとしましたが、狄希陳もすでに身を引いて出ていってしまっていました。狄希陳は裏の事情を知らず、本当に方術に効き目があったのだと思い、鄧蒲風のことを父母の生まれ変わりのように敬いました。
さて、鄧蒲風は、顔がとても綺麗で、白い顔に茶色い髭、美しい手をしており、狄家が新しく作った衣服と頭巾を着け、綺麗な装いをしていました。魁姐が花柳界にいたときも、このような綺麗で優しい客はいませんでした。毎日三銭の囲い賃、衣服をもらえましたし、食べ物は豊富でしたので、何の不足もありませんでした。それに鄧蒲風は、諸国を遊行している人で、とても珍しい媚薬の処方箋を二つ、膏薬の処方箋を一つもっていました。
蛇床子[15]、草麻仁[16]、穀精草[17]、肉蓯容[18]、兎絲子[19]、川山甲[20]、大附子[21]、紫稍花[22]、麦門冬[23]、肉桂、厚朴[24]、木鼈[25]、白芍薬、白芷[26]、杜仲[27]、当帰[28]、玄参[29]、生地[30]、続断[31]、黄芪[32]、杏仁、防風、遠志[33]、虎骨、熟地[34]、天門冬[35]、地龍[36]、鹿茸[37]、馬蘭花[38]、以上二十九種の薬はそれぞれ五銭。甘草一両、真香油二斤、黄蝋[39]六銭、赤石脂[40]、醋淬[41]、龍骨を焼いたもの[42]、倭硫[43]を焼いたもの、陽起石[44]を焼いたものをそれぞれ三銭、明雄黄[45]四銭を砕いて水に混ぜて沈殿させ、すべて細かい粉末にする。沈魚[46]、木香[47]、母丁香[48]それぞれ五銭を粉末にし、油を抜いた乳香、没薬、血竭各五銭をすべて粉末にする。蟾酥[49]は乳に浸し、鴉片は乳に浸し、それぞれ三銭、麝香三銭を粉末にする。飛浄黄丹[50]一斤、老練な医者によって適当に火に掛ける。土に七か月埋め、それぞれ七銭用い、真紅の緞子の上に並べ、命門[51]、腎兪[52]にそれぞれ一貼りする。痒ければ、山椒の煎じ薬で洗い、無理に我慢してはならない。二か月に一遍とりかえる。この薬は血液を増やして清らかにし、生殖器官を強くし、精力を補い、筋骨を逞しくし、腰膝を暖め、皮膚を滑らかにし、顔色を綺麗にし、髭や髪の毛を黒くし、老衰を防ぐ。夢精、尿の白濁、手足の萎え、気血の滞り、食物のもたれ、胃酸の逆流、リューマチ痺れ、腰や膝の痛み、婦人の赤帯下、白帯下、月経不調を治し、すべてによく効く。
さらに、亀頭に塗る秘方がありました。
急性子[53]一銭二分
紅仁梔子[54]六分
蟾酥一銭を人の乳に三日浸したものを、古い白ねぎ[55]の皮を裂いたものにまぜ、埋み火で七回蒸し焼きにしたもの
本物の阿片一銭、製法は蟾酥と同じ。
当門射[56]五分
まず先に挙げた四つの薬を研ぎ、塵のように細かくし、バター半杯を使って混ぜ、煮て[57]膏薬にし、麝香を中に加える、球はとうもろこし大にし、金箔の衣をつける。半日前に亀頭を綺麗に洗い、唾で刷り込み、亀頭を熱くし、温水で洗い、炉に入れ、暫くしてから、薬が染み透るのを待って、事を行う。どんなことをしてもよく、解毒剤を用いる必要はない。一つの薬は三日もつ。
魁姐は顔が綺麗でしたが、大変淫乱な女で、明水鎮の老いも若きも、彼女を満足させることはできませんでした。鄧蒲風は、この二つの武器を使い、ほかにすることもありませんでしたので、誰もいない廟で、魁姐と昼夜例の事を行い、魁姐を、孔明に七回捕縛され、七回釈放された孟獲のように、すっかり屈服させてしまいました。
鄧蒲風は、七七四十九日目が近付いていることを思い出しますと、狄希陳の父親に知られるのを恐れ、魁姐と相談し、二頭の驢馬を雇い、紅拂を連れさった李靖よろしく[58]、煙のように去ってしまいました。王家営[59]の黄河の岸[60]にいきますと、ちょうど同郷の江西人鄒太常の三隻の大座船に会いましたので、船に乗りました。妓夫は狄周とともに追い掛けましたが、鄧蒲風が船にいるのを知ると、質問もせず、しばらく眺めただけで、戻ってきました。妓夫は告訴を行い、狄希陳にだけ女を返すことを求めようとしました。噂は広まり、狄希陳の耳に届きました。鎮の人々は、狄員外に味方し、妓夫に味方するものはいませんでした。交渉の結果、狄員外は、百二十両の銀子を払い、妓夫を追い出しました。素姐には事実を隠して、知らせませんでした。
狄希陳は、素姐はこの前のように仲良くしてくれるだろう、たくさんの銀子を払ったのも無駄ではなかった、と勝手に考えました。ところが、素姐の淫らな心はすでに収まり、欲望の炎はすでに消えてしまいました。彼女は、今まで通り、平素の凶暴さを発揮し、習い性となった暴力を振るい、剣舞に使う剣のような両眉を逆立て、張翼徳のようなぎょろ眼を剥き、巨毋覇のような拳骨を伸ばし、盧丞相[61]のような顔色をして、今まで通り狄希陳をぶったり罵ったりし、ひどい目に遭わせました。狄希陳は、腹を立てるやら後悔するやらという有様でした。
後に、鄧蒲風は、四川の省城に旅をしました。狄希陳は、県知事の職務を代行していたとき、街でたまたま鄧蒲風と会いましたので、人を遣わして捕縛をしようとしました。鄧蒲風は命からがら逃げ、荷物を置いていきました。使いが荷物を役所に引き渡し、役所で開いて検分したところ、一つの錦の袋に、二つの秘方が包まれていました。狄希陳は、以前何度も鄧蒲風に頼んだのに、秘方を貰うことができませんでしたので、これを手に入れますと、とても喜びました。処方箋に書かれた薬は、すべて四川にあり、処方箋通りに薬を作りますと、大変な効き目がありました。
さて、狄婆子は死ぬ一年前に、狄希陳に十封の銀子、総額五百両を分け与えました。狄希陳は、鄧蒲風に厄払いをするように頼み、妓夫に払った一百二十両以外にも、百五十両を使いました。狄希陳は、金持ちの子弟でしたが、銀子や銅銭を管理してはいませんでしたので、これだけの銀子はどこにもありませんでした。そこで、錫の塊をもってきて、母親が分けてくれた銀子の包みをすべて開け、錫の塊と取り換え、今まで通り封をしました。これには、素姐も気が付きませんでした。しかし、物事というものは必ず露見するのが習いです。さらに次回をおききください。
最終更新日：2010年11月6日