第六十六回

虎鎮邦が乱暴に賭博の借金を催促すること

譚紹聞が慌てて金持ちの商人を叱責すること

 

 さて、譚紹聞は今回事件に巻き込まれましたが、辺公は彼に手ずから罰を与え、枷にかけるのを免除しました。東街の岳母は、婿をとても気にいっていましたので、銭を出し、巴庚に渡して手を打たせたのでした。刑房は請託を受け、受付係も機転を働かせ、それぞれぺてんを使いましたが、このことはお話し致しません。譚紹聞は、家に戻りましたが、面白くなく、悶々として東の楼に座っていました。我が身を恥じ、助かってよかったと思ったことは、くだくだと申し上げる必要はございますまい。

 四五日過ぎますと、徳喜児がやってきて、

「虎鎮邦さんが足をひきずって、うんうんいいながら、裏門で話がしたいと言って待っております」

譚紹聞

「朝に城を出て、気晴らしのために南の城外へ作物を見にいったと言ってくれ」

徳喜児は、虎鎮邦に返事を伝えました。虎鎮邦

「何だと。お前の主人が南の城外に行っただと。お前の主人が出てきたら、小わっぱのお前をひどい目に遭わせてやるぞ」

徳喜児は、まずいと思いましたので、戻ってくると言いました。

「若さま、表で虎鎮邦と会われてください。城外に出掛けたといいましたが、虎鎮邦は承知しませんでした」

譚紹聞は、仕方なく裏門に行きますと、無理に笑いながら、

「誰かと思いましたよ」

「あんたのところに尋ねてくる馬鹿者は、俺以外にはいないよ。ここで話をしようか。それとも別の場所に行って話をしようか」

「表の広間に行って話をしましょう。胡同の入り口を通って表の門に回ってください」

「俺は家からここまで来たんだ。両足が痛くてたまらないから、表へ回ることなんてできないよ。それに、通りで俺の様子を見られたら、みんなに笑われるだろう。ああ、おれの面子は潰れてしまうよ」

譚紹聞は、仕方なく下手に出て

「虎兄さんも赤の他人ではありませんから、楼のある中庭を通っていってください」

 虎鎮邦はうんうんといいながら立ち上がりますと、譚紹聞について宅院を通り過ぎ、表の広間に行って腰をかけますと、言いました。

「譚さん、俺を助けてくれ。最近、将軍は俺の兵士の頭の地位を奪い、給料を取り消してしまった。まるで人に死ねといっているようなもんだ。俺だって男だから、あんたに俺を特別に助けてくれとはいわないよ。ただ、この間、賭けをして俺に負けた金─おまけした分についてはもう話しはしないが─おまけしなかった分を俺に払って、俺の命を救ってくれ。今までの付き合いを無視しないでくれ」

「この間、夏兄さんが、この賭博の借金は全部おまけにしてくれたと言っていましたよ」

「そんなことを言わないでくれよ。他の人に聞かれたらあんたは笑われるぜ。あんたが八百両負けたとき、俺はあんたに二百両おまけするといっただろう。堂々たる男が、三束に髪を結い、ツーピースを着て、鬘をかぶっているような奴等みたいなことを言っちゃいけないぜ。この虎鎮邦は、一千両を返せとか、二百両おまけしていないとか言って、あんたを騙したりはしないよ。俺は六百両の銀子がほしいだけで、あとは一文もいらないんだよ。しかし一文足りないのは承知しない。今日、現金があるかないか聞いているんだ。現金がなければ、日を決めてもいいぜ。俺が取りにくるにしても、君が送ってくるにしても、期日には遅れないでくれ。今度の事件で、俺はまったくひどい目に遭ったよ」

「みんなの運が悪かったということでしょう」

「俺たちは一緒に賭場を開帳して、訴えられてしまった。君は身分のある人だ。ぶたれたとはいえ、土下座させられたわけではない。先生に叱られた弟子のように、痒い思いをしただけですんだ。だが俺たち犬畜生は、お天道さまにむけて尻を捲られ、おふくろや親父から授かった体を、しこたまぶたれた。彼らはまだましだが、俺は商売道具まで割られてしまった。まあその話しはやめよう。前世の運が悪かったんだと思うしかないからな。どうか正当な取り分を俺にくれ。今までの態度を変えないでくれ。友情は金には換えられないんだからな」

譚紹聞は返す言葉がなく、一言、

「すぐに銀子を手に入れることはできません。虎さんだってよく知っているはずです。とにかく急いであなたのために金を揃えてはみますがね。日を定めても、期限までに全額揃わなければ、あなたはますます怒るでしょう。僕たちは今まで親しくしてきたじゃありませんか、僕が借金を踏み倒したりするはずがないでしょう。とにかく金はきちんと揃えますよ。取りにきてもらうにしても、こちらから送るにしても、絶対に兄さんに悪いようにはしませんよ」

「期限は決めなくてもいいよ。ただ、一言いうが、金を全額揃えて、俺に返済することが必要だ。俺は、今、給料をもらっていないから、別に商売をしたいと思っているんだ。今日半分払って、明日半分払うなんてことをしたら、俺は絶対承知しないぞ」

「とにかく養生なさってください。心配いりません、僕に考えがありますから」

虎鎮邦

「そういうことなら、叩頭させてもらうよ」

「どうか悪く思われないでください」

虎鎮邦は、体を曲げて言いました。

「この尻じゃ座ることができないよ。俺は帰るよ」

そして、うんうん言いながら后宅を通り過ぎ、譚紹聞が胡同の入り口まで送りますと、別れていってしまいました。

 さて、譚紹聞は、借金返済を承知して、虎鎮邦を去らせようと思っていただけで、心の中では、どうしたらいいか見当もつきませんでした。悶々として家に戻りますと、暗いところで手を打ちながら言いました。

「どうしたらいいんだ」

 翌日になりますと、客商の中で、借金の書き付けを送ってくる者や、ボーイを遣わして借金の催促をしてくる者がありました。裁判の安否を尋ねるのにかこつけて、以前の借金の残りの話をしにくる者もありました。今までの借金を、どうして一度に全員が催促しにきたのでしょう。それは、客商たちが、銀子のために人付き合いをするものだからです。彼らは、客の家が豊かな時は、お友達ですからといって、借金があってもあまり取り立てはしません。これはお得意様に失礼になるのを恐れているかのようにみえますが、実は将来のことを計算に入れているのです。しかし、客が没落すれば、お友達の三文字をとりあえず取り消しにして、借金の取り立てを厳しくするのです。これは、ひとえに損をすることを恐れているからなのです。最近、譚紹聞の悪い噂があるので、客商たちは早くも察しをつけ、借金を取り立てにきたため、期せずして全員がやってくることになったのです。客商というものは、所詮故郷を離れ、親族を棄て、風霜を冒し、質素な生活に甘んじ、利益のために人付き合いをする者たちですから、これも尤もなことです。

 その中で、王経千への多額の借金についてお話しいたしましょう。この月の数日前に、実兄の王緯千が、雲南の南の楚雄府から薬剤を買ってきて、京師の海岱門[1]の薬屋に運ぼうとしました。そして、実弟の王経千が河南で商売をしておりましたので、まず同行していた店員に車の番をさせながら北上させ、州廟に向かい、祥符に行って兄に会おうとしました。王経千が王緯千を迎えて旅の苦労をねぎらい、家の様子を尋ねたことは、お話しする必要はございますまい。ある日、彼が帳簿を点検していますと、中に譚紹聞の証文が一枚ありました。金額は千四百五十両で、三か月が期限となっていましたが、期日を過ぎているのに返済されていませんでした。利息は二分半でした。王緯千

「お前、ずいぶん杜撰なことをしているな。こんな多額の金を貸す時に、どうして立ち会い人がいないんだ。当時立ち会ってくれる人がいなかったわけでもあるまい」

王経千

「兄さんは知らないんだよ。この譚さんは蕭牆街の大金持ちだ。この人は、借金するのは初めてのようで、若くてお坊っちゃん気質だから、借金を人に知られるのをとても嫌がっているんだ。この借金は放っておけば、毎年数百両の利子がつくし、借金を反古にされるはずもない。それに、直筆の花押が書いてあるんだから、絶対に問題はないよ」

「何回も年がかわっているのに、どうして清算してくれないのだ」

「金持ちが借金する時は、清算するのを一番嫌がるんだよ。家に取り立てに行くと、とりわけ嫌がられる。毎年清算したら、譚さんを見下しているみたいだよ。家に行って取り立てをしたら、譚さんたちはとても怒って、他から借金をして、俺たちへの借金をすっかり返済してしまい、俺たちは多額の利息を、むざむざ捨ててしまうことになるよ。忘れているふりをして、月日を重ねて、だんだんと利息が元本より増えて、譚さんが思い出した頃には、穴埋めできないぐらいにするのが一番だよ。利息だけもらって元本は残し、適当に放っておくべきなんだ。そうすれば、俺たちは何もせずに、川の流れが尽きないようにいつも利益をおさめることができる。俺たちは先方に失礼なことをしないし、先方も俺たちが複利計算していると言うことはできない。たとえ先方が全額返済できたとしても、俺たちは元本の倍以上の利益をあげ、大金をもうけることができるだろう。兄さんは薬屋のことしか知らず、金貸しのうまみは、まだよく分かっていないんだね」

「大体、人が金を借りるときには、病気になっているようなものなのだ。病気がなければ、薬屋から薬を買って飲もうとはしないものだ。今の譚家はどんな様子なんだ」

「最近、派手に賭けをして、生活はだんだんつましくなっているようだよ」

「この借金はだいぶ利息がついているから、何とかして返してもらえ。俺も幾らかの金を持って京師に行きたいし、幼い兄弟二人のために、省察官[2]を買おうと思うんだ」

「借金を取り立てるなら、宴席を整えて、譚さんを招いて、酒の席でゆっくり相談するしかないな」

「お前の好きなようにすればいい。俺はあと数日待ってから、騾馬を雇い、荷物を持って、鄚州経由で都に行くから」

 相談が決まって、手紙を出して宴席を整えたことは、省略致します。その日になりますと、譚紹聞は宴席に赴きました。魚や酒が出された後、借金の話になりました。そして、算盤をもってきて、ぱちぱちとはじき、かなりおまけをしました。譚紹聞は算盤を見ますと、数百両の利息がついていましたので、怖くなりました。王経千は計算しおわりますと、もう一度計算しなおして、こう言いました。

「本当ならご催促するべきではございませんが、兄が京師に品物を売りに出掛けるのです。蘆溝橋では税を取られますし、海岱門では商品をおろして運送費を払わなければなりませんので、数百両が必要なのです。荷物も一二日ではさばけませんから、泊まらなければなりません。食事代、路銀は、都では、河南と比べ物になりません。都は金を溶かするつぼのようなものですよ。どうか譚さま、私の申し上げたことをお聞き届け下さり、全額返済していただけると有り難いのです。全額返済してくださらなくても、一千両はきりがいい数ですので、これ以上少なくはできません」

譚紹聞

「諺に、『借金はないのが一番』というが、一日借金をすれば、一日気掛かりだから、全部返済したいと思っているんだ。しかし、いかんせん最近は手元不如意で、あちこちに借りがあって、すぐに返済することはできない。僕はみんなよりも焦っているんだ」

王緯千は口を挟みました。

「そんなことを仰らないでください。弟は、お宅とは仲の良いお付き合いをしてきましたから、これだけの大金をお貸ししたのです。たがいに融通し相談しあうのは、もとより理の当然というものです。このたび、私は雲南省で品物を買いましたが、店を開いている者が失敗をして、銀子を持っていったまま、商品を引き渡さなかったのです。裁判を起こしましたが、数十の荷物が足りませんでした。私は仕方なく、上京の旅費をさいて、自分で品物を買いそろえ、河南へ行って旅費を手に入れることにしたのです。将来、金儲けができるとも限りません。元本だけでも結構ですから、お願いします。損をしてついていないのですよ」

「裁判を起こせば、役所が催促し、彼は金を払うでしょう」

「知事さまが催促したといっても、諺に『ない袖は振れぬ』といいます。商売人が金をたくさん借りますと、彼の家財をみんなで分けることになり、返済しきれないときは、催促をやめるしかないのです」

「貧乏を隠すことはできません。醜態を覆うこともできません。私は最近、たくさんの負債を抱えています。土地を売ったり担保にしたりしても、すぐには買い手が現れませんし、焦ってもうまくはゆきません。あなた方ご兄弟は、ほかに良策を相談して、上京なさってください。私の暮らし向きがよくなれば、全部お返し致しましょう」

「『船には舵が欠かせぬ、客商には商品が欠かせぬ』と申します。弟に銀子を揃えさせるのには、二日かかります。譚さまは、この城内のお金持ちで、山をも動かす力がおありなのですから、弟からお金を借りていなければ、私がお金をお借りしたいほどです。省城には有名な商店が多いのですから、どうか他の人からお金を借りてください」

「一人の客は二人の主人を煩わさないものです。今、私は契約書を書いて家や土地を売ろうとしているのですから、ほかの客商から融通してもらうわけにはゆきません。それに融通してくれる人はすぐには見付かりませんよ」

「契約書を書いて土地を売るには、時間が掛かります。私は待っていることはできません」

「待つことができないなら、僕もどうしようもありません」

王緯千は王経千に向かって、

「これがお前が付き合っているお金持ちだ。お前に出資者の金を持ってこさせて勝手に使ってしまったのだ。お前みたいな馬鹿野郎は、大きな街では客商はやってゆけないぞ。家に戻って糞でも拾え」

「譚さま、この通りです。銀子がないと仰られますと、京師には行けないようです」

譚紹聞は、そのとき焦っていましたし、世の中のことも分かりはじめ、書生気質も抜けてきておりましたので、言い返しました。

「王さん、僕は金を君から利息付きで借りたのです。一日返済しなければ、一日分の利息がつくから、ただで引延ばしをしているわけではありませんよ。そんなに急きたてないでください。何度も言いますが借金を反古にしたりはしませんよ。金が手に入ったら清算することにしましょう。それなのに、どうして金を持っていない人間を追い詰めるのですか」

「譚さんを急きたてているわけではありません。ただ、私は今すぐ金が必要なのです」

「あなたは金が今すぐ必要だと言いますが、それはあなたのことでしょう。それに、当初、僕とあなたは顔を合わせてもいなかったのですからね」

「そんなことを仰らないでください。私たちは実の兄弟で、同じ元手で商売をしているのです。北京、雲南、湖広の湘潭、河南の開封は、同じ泰和号です。どうして顔を合わせていないなどと仰るのですか」

「そんなことはどうでもいいことです。同じ屋号でも、あなたは証書を送ったり、文書を送ったりして、北京の品物が河南に来るから、いつ銀子が必要だと言ったわけではありません。朝廷の皇糧だって、期日ごとに徴収するのですよ。まして民間の借金はなおさらです。いずれにしても私の暮らしが良くなったら、その時は金額通り返しますから、それでいいでしょう。それにあなた達は、諺に『ない袖は振れぬ』というと言いましたが、僕には、今、金がありません。あなた達自身で手立てを考えてください。役所に告訴しても、利息付きの借金なのですから、役所だって期限を定めて取りたてる事はできませんよ」

 譚紹聞はそう言いながら、立ち上がって帰ろうとしました。王経千兄弟は返す言葉もなく、仕方なく立ち上がりますと、譚紹聞を送りました。門に着きますと、

「兄はせっかちなので、ずけずけとものを言ったのです。譚さん、お気になさらないでください。いずれゆっくり相談しましょう。この世に解決がつかないことなどないのですから」

譚紹聞は振り向きますと、

「分かりました」

そして、お互いに不愉快な気分で別れました。

 帰り道で、譚紹聞は考えました。

「僕は、今まで気が弱いせいで損をしてきた、強い態度を取るとうまくゆくものだな」

 ああ。譚紹聞、あなたはまた間違いを犯したのです。まさに、

借金(かりがね)はいづれ返せと言はるべし、

遅き速きの違ひあるのみ。

 

最終更新日:2010114

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[1]崇文門をいう。

[2]未詳。

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