第六十回

王隆吉が親を尋ねて賭けの借金について相談をすること

夏逢若が悪者を集めて恥ずかしめを受けること

 

 さて、王氏は、息子を深く愛していましたので、驚いて魂も消え失せんばかりでした。その夜は、堂楼にとどまって、冰梅に門を閉じさせますと、こう尋ねました。

「端福児や、これは一体どういうわけなんだい」

紹聞は何も答えませんでした。

「誰かと喧嘩をしたのかい」

紹聞は首を振りました。

「誰かが私たちの事を責めていたのかい」

「うちは読書人の家で、潔白な家柄ですから、誰も僕たちのことを責めたりはしませんよ」

王氏は想像ができませんでしたので、ふたたび尋ねました。

「ひょっとして、誰かと賭けをして負けたのかい」

紹聞はうなだれて黙りました。

「お前は、毎日、裏の書斎で本を読み、先日、半日外出したが、どれだけ負けたんだい」

紹聞は溜め息をついて

「先日、夏さんの家に行った時に、奴等が雨で退屈だから、遊ぼうといったのです。そして、すぐに、十数両負けてしまった─」

「十数両の銀子なら、どうということはないのに、どうして死のうなどと思ったんだい。明日、あの人達に返して、二度と賭けをしなければいいんだよ」

「悪いことをしたから、本当に腹が立っていたのです」

「あれまあ。誰だって賭けはするよ。挙人、進士、役人だって、賭けをするんだよ。お前が少しぐらい賭けをしたって、誰も怒りはしないよ。負けた額も大したことはないし、もうこんなことをして私をびっくりさせないでおくれ」

母と子はしばらく話をしてから、眠りにつきました。

 突然、鼠が天井板から紙を引き契る音がしました。王氏は、夢の中でそれを聞きますと、叫びました。

「幽霊だ」

冰梅は、急いで立ち上がり、王氏の寝台の前に走ってきて、言いました。

「鼠が皿を蹴った音です。ご隠居さまの聞き間違いです」

王氏はようやく夢から覚め、とても怖かったと言いました。体は依然として震えていました。紹聞は、火打ち石を叩いて、蝋燭をつけましたが、しばらく心が落ち着きませんでした。やがて、人々は床に就きました。

 次の日になりますと、家中の者が起きだして、髪梳きと洗顔をしました。しかし、譚紹聞だけは、結婚したての花嫁の様になってしまい、内房からも出ようとはしませんでした。王氏が慰めますと、譚紹聞は、顔に汗を流しました。彼は、恥ずかしくて外に出られず、食事をとる気にもなれませんでした。王氏は、徳喜児を、魚市に行かせて、魚を買ってこさせ、あつものを作りました。徳喜児は、魚市の入り口に行かされました。すると、王象藎が魚市の入り口で、茸を買っていました。徳喜児は、碧草軒で若さまが首を吊った話を、逐一述べました。王象藎は、溜め息をつきますと、

「分かった。きっと金をすったんだろう。それに、負けた金はきっと多いだろう。一緒に家に見にゆこう」

と言いました。徳喜児は魚を、王象藎は雨の後に新しく生えた茸の籠を提げて、蕭墻街にやってきました。

 楼のある中庭に着きますと、若さまのために茸を持ってきたと言いました。この時、王象藎は短い衣、破れた履物をつけており、大雨の後でもあったので、まるで野菜売りのようでした。王氏は彼を見ますと、あまりじろじろとは見ませんでしたが、少し哀れに思って、言いました

「朝ご飯を食べたらお帰り」

王象藎も、自分が耳にしたことについてしつこく尋ねる気にはなれませんでした。

 朝食をとりますと、土地廟に行きました。しばらく腰を掛けていますと、隣人が、王象藎に向かって言いました。

「王さん、あなたが城の南に引っ越してから、あなたの家の若さまは、ますます悪くなってしまった。昨日の晩には、虎不久に一回で千八百数両負けて、帰ってきてから縄で首を括って、書斎では、真夜中まで大騒ぎだった。これが真面目な読書人の家で起こることかい。あなたはやっぱり戻ってきたほうがいいよ」

王象藎は、千八百両負けたということを聞きますと、首吊りのことと辻褄があっていましたので、地団太を踏んで、

「今度の賭けと、以前の借金で、家の財産は、全部なくなってしまう」

隣人たちも、何度も溜め息をつきました。

 王象藎は、急に心配事が生じたので、東門の春盛号にやってきました。王隆吉は、ちょうど店におり、王象藎を見て言いました。

「王中、久し振りだな。奥へ行って話をしよう」

王象藎は、王隆吉について、奥の帳房に行きました。王隆吉は、椅子を指さしますと、

「座って話をしよう」

王象藎は何度も断りましたが、門框の上に座って、話しを始めました。王象藎

「今日は用事がございます。王春宇さまでなければ、できないことなのです。うちの主人が、賭けをして千八百両負けてしまい、慌てて、裏の書斎に行き、縄で首を括ったのです。ごろつきどもが他家の子弟を唆しても、家に厳しい父兄がいて、役所に賭博を訴えると言ったり、街へ行って、叫んだり罵ったりすれば、あのようなごろつきは、役所でぶたれたり枷を嵌められたりするのを恐れて、手を緩めるものです。しかし、父兄がしっかりしておらず、子供を甘やかし、我慢をして、賭博の借金を払ってやれば、ごろつきどもは、一回だますだけではなく、二回目に賭けに誘うきっかけを考えてしまうものです。ごろつきたちは、すっからかんになるまで、手を休めようとはしないでしょう。先代さまが亡くなって、このようなことをする方がいなくなってしまったのです。さて、王春宇さまは、若さまの実の叔父さまです。街へ行って、きついこと─甥の賭博を役所に訴える、寡婦と息子が人にだまされた、最近試験でいい成績をとった童生が首を吊ったが、さいわい助けられて、命だけはとりとめた、隣近所に証人もいるといったことを─仰りさえすればいいのです。そうすれば、若さまも刑を受けず、あのごろつきどもは、枷や鎖を嵌められ、金を返す必要もなくなりますし、ふたたび賭けに誘われることもなくなります。王春宇さまは、とても細心で、有能な方ですから、うまくできないことなどありません」

「お前のいう通りだ。ただ、残念なことに、親父は、昨日、亳州へ出発してしまった。亳州から、東街の誰かの店で失火があって、七八軒の家が燃えた、今、店には千二百両の品物があずけてあり、若い店員の蘇第三は若くて、どれがうちの店のものでどれがよその店のものなのか分からない、という嘘の報せがあったのだ。そこで、心配して、昨日、白日晃の馬に乗っていってしまった。お前はどうしたらいいと思う」

王象藎は、王春宇が遠出してしまった事を聞きますと、とてもがっかりして、言いました。

「多分、天の思し召しなのでしょう。この家の財産、家屋は、若さまの代で駄目になってしまうと決まっているのでしょう。これはどうしようもないことです」

王象藎はがっかりして家に戻り、他に方策を考えることにしました。

 王隆吉は、譚紹聞が首を吊った話を聞きますと、店員を呼んで店番をさせ、急いで蕭墻街に伯母を訪ね、堂楼に着きますと、腰をかけました。王氏が尋ねました。

「お母さんはお家で元気にしてらっしゃるかね」

王隆吉は答えました。

「母が、私に、伯母さんや紹聞に会ってくるようにと言ったのです」

伯母と甥は世間話をしましたが、譚紹聞だけは現れませんでした。王隆吉、

「書斎に行って、紹聞に会ってまいります」

「あれは家にいるが、風邪をひいて、風に当たることができないんだ」

「無理にでも出てこさせてください。長いこと会っていませんから、話がしたいのです」

譚紹聞は奥でそれを聞きますと、従兄に会わないわけにはゆかないと思い、出てきて言いました。

「話は聞きました。体の具合が悪いので、外に出ることができないのです」

王隆吉は、上から下まで見回し、内襟[1]が上にあげられているのをみますと、何もかも分かって、言いました。

「おまえは顔色はどうということはないから、汗を少し出せばよくなるだろう」

「五更に少し汗が出て、今はもう楽になりました」

そして、心の中で考えました。

「これは従兄の王隆吉以外の、誰に相談すればいいのだろう。王隆吉は、最近、商売をしているが、人々は、彼が若いのに老成しており、経験も豊富だと言っている。本当のことを打ち明けるのがいい。彼がどのように考えるかみてみよう」

そこで言いました。

「隆吉兄さん、表の帳房に行きましょう」

王氏

「隣は棺を置いてある部屋だよ。あんな所へ行ってどうするんだい」

王隆吉は、譚紹聞が相談をしようとしているのだということに気が付いていましたから、言いました。

「私も表の帳房に行き、大算盤を借していただこうと思っていたのです。後日、買ったら、すぐにお届けします」

 二人は堂楼を出ますと、表の庭を通りすぎ、帳房にやってきました。梁には蜘蛛の巣がはり、埃が机に積もっていて、まったく昔の面影はありませんでした。王隆吉

「閻相公がいなくなってから、長いことここには来ていないな」

譚紹聞

「閻相公の故郷の人の話しでは、閻相公は、家に着いてから数年、そこにとどまって、父親の埋葬をし、出資者からお金をもらって、今では大金持ちだそうです」

「子供の頃は、あの人のことを帳簿付けのおじさんだと思っていたが、今になってみれば、あの人が手堅い商売人だったということが分かったよ」

「それはそうと、僕たちは、従兄弟同士ですから、同じ体の手と足のようなものです。僕は恥ずかしいことをしてしました。一時の気の迷いで、虎鎮邦に八百両負けてしまったのです。隆吉兄さん、僕のために方策を考えてください」

「お前はどうして一度にたくさん負けたんだ」

「話すことはできません。今はどうしたらいいかということについて話しましょう」

「僕は、最近は、商売に振り回されているんだ。幼い時にした馬鹿なことは、まあいいが、最近、わきまえもなく、そんなに大損をしてしまったのはどうしてだ」

「急に魔がさして、後悔した時は遅かったのです。しかし、これからは、こんなことは絶対にしません。今は、何をしたらいいでしょう」

「一番の上策は、役所に出頭して訴えることだ」

譚紹聞は、首を振りました。

「駄目です。僕たちは男らしく振る舞わなくてはなりません。せっぱつまったからといって、賭博を告訴することはできません。それに、役所を騒がせることになれば、ひどい目に遭うことになります」

「賭場で豪傑の真似をするのは、まったく馬鹿正直というものだ。皇帝陛下がそれを知って、『仗義疏財』の牌坊を建ててくださる[2]というわけでもないだろう。お前は、今、ひどい目に遭うことを恐れているが、金がなくなれば、何をするにしても、ひどい目に遭うのだぞ」

「何といわれようと、私は役所に訴えるわけにはゆきません。他に方法を考えてください」

「第二の策は、三四百両の銀子を使い、頼りになる、話のうまい人に仲裁をさせ、彼らに譲歩してもらうということだ。ただ、水がなければ火は消せない[3]。さらに下の策は、土地を担保に入れて、金額通り全部を払い、彼らに男だと言われることだ。しかし、彼らは、心の中では、次にどういう手を下そうかと考えているのだ。そして、お前はすっからかんになれば、彼らとぐるになって他人をだますようになるのがおちだぞ」

「兄さんが質屋に話をしてくださるといいのですが。僕は、今すぐ銀子を集めることができないのです。兄さんは、今、商売の世界で、とても地位がある方です。兄さんは、僕のために四百両を借りて、あいつらに半分与えてください。あいつらが承知しなければ、あいつらのいう通りにするしかないでしょう」

「親父がよく僕に言うんだ。『役所では人間の保証人になるな、民間では借金の保証人になるな』とね。それに、僕もお前のために四百両を借りる力はないよ」

「僕は他人とは違い、春宇叔父さんの実の甥なのです。それに、僕だって借金は返すことができます。いずれ元本に利息をつけて、全部返します。叔父さんはそのことを知らないのですし、たとえ知られても、何もいわないでしょう。本当のことを言いましょう。僕は、昨日、このことで、浅はかな考えを起こしたのです。街で噂しているから兄さんも知っているでしょう。僕は、今、外には出られません。兄さんが僕のために金を借りてくれなければ、僕は跪きます」

そう言いながら、早くも身を屈めました。王隆吉は、急いで引き止めて言いました。

「ゆっくり相談しよう」

「相談するということは、兄さんは承知してくれないのですね。城内には、近い親戚は兄さんしかいないのです。兄さんは、同じ腹から生まれた兄弟みたいなものなのに、僕が困っているのを、兄さんはどうして手をこまねいて見ているのですか」

王隆吉は、心の中で、譚紹聞は借金を踏み倒すような男ではないと考え、仕方なく金を借りることを承知しました。

 二人は帳房を出ますと、大算盤を手にとって、楼に行きました。王隆吉が、店に誰もいませんでしたので、帰りたいと言いますと、王氏

「二匹の大きな魚がある。それに、とれたての茸もある。私は、徳喜児に、魚市の入り口から食べ物を買ってこさせ、台所で料理したのに、帰るなんていわないでおくれ」

王隆吉は、仕方なくいう通りにしました。まもなく、樊婆がテーブルをふき、七皿の料理を出してきました。王隆吉は、興官児を抱いて一緒に座り、譚紹聞もお相伴をしました。食事が終わりますと、王隆吉は帰ろうとしました。譚紹聞は、胡同の入り口まで送り、さらに何度も頼みごとをして、ようやく別れました。

 次の日になりますと、王隆吉は交渉をし、まとまった金を借りてきて、まず譚紹聞の花押を押した借金の証文を一枚請求しました。譚紹聞は、双慶児に命じて、こっそり夏逢若をよび、賭博の借金を清算し、譲歩を求める事に関して、相談をしようとしました。ところが、夏逢若は、不正な事件をおこしたため、家におらず、役所に行っていました。

 実は夏逢若は、貂鼠皮たちと、豆腐屋の倅から百二十両の銀子を手に入れますと、まず二十両を両替し、たまっていた酒代、食事代の借金を清算していたのでした。人々は、さらに相談して、虎不久が高郵にいっている間に、さらに五十両を両替し、みんなで分けました。虎不久が戻ってきますと、豆腐屋の倅が半分を返済した、半分は負けてやったが、いいだろうと言いました。夏逢若は引き出しを開けて、銀子を取り出し、郭さんの両替屋へ行きますと、制銭に換え、六つに分けました。そして、夏逢若が一つ、部屋代として一つ、夏逢若の母親が一つ、余りは貂鼠皮、白鴿嘴、細皮鰱がそれぞれ一つずつ手に入れました。

 さて、ごろつきどもは金を手に入れますと、人を賭博に誘ってだましたくてたまらなくなり、早くも同じねぐらの鶏同士で争いを始めました。四人は一日中賭けをし、酒や肉を食らいました。さらに夜まで賭けをしますと、貂鼠皮

「俺はもう座っていることができない。南の部屋へ行って寝たいよ」

残った三人は、相変わらず賭けをしました。

 二更になりますと、賭けの真っ最中に、裏で泣き叫び罵る声が聞こえました。実は、貂鼠皮が、夏逢若の家の戸締まりがだらしがなかったので、「李は桃に代わりて僵る」心[4]を起こしたのでした。ところが、奥では「鹿を指して馬と為す」[5]という実情に気が付きましたので、女が騒ぎ出したのでした。夏逢若は、急いで奥へ行ってみますと、妻が泣きながら事情を訴えました。彼は表にゆきますと、怒りで胸が一杯になり、南の部屋に貂鼠皮を見にゆきました。門はまだ閉められておらず、貂鼠皮はぐうぐうと寝ておりました。白鴿嘴

「悪人がいて、俺たちが最近沢山の銀子をかちとったことを聞いて、金をとろうとしたのかもしれない」

夏逢若は、灯りを手にして照らしてみましたが、辺りには人影はありませんでした。遠くでは女が泣きながらずっと罵っている声が聞こえました。夜明けまで腰を掛けていましたが、何も面白いことはありませんでした。細皮鰱は南の小部屋へ行きますと、貂鼠皮を呼んで、

「泥棒がいて、真夜中に騒ぎがあったのに、お前はまだ寝ているのか」

貂鼠皮は目を擦って、尋ねました。

「誰が勝ったんだ」

そして、ひたすら話をし、さらに何度かあくびをし、疲れた腰を伸ばしましたが、まったく南の部屋からは出ませんでした。

 そもそも貂鼠皮は一足の靴しかありませんでしたので、外に出られなかったのでした。日が高く昇ってから、奥にあった靴を物証にしますと、貂鼠皮はごまかすことはできず、ひたすら叩頭して許しを請い、一時の気の迷いだ、珍珠串児が昨日すでに去ってしまったことを忘れ、このような過ちを犯したのだといいました。

「そうでなきゃ、俺たちは友達付き合いできないよ。俺は二度とこんな破廉恥な事はしないよ」

白鴿嘴

「夏兄さん、自分の頭に糞を掛けるようなことはしないでくれ。刁卓だって間違っただけだよ、まさか、こいつが本当に恥知らずだということもあるまい。黙っているのがいいよ。噂がひろまれば恥をかくぜ」

細皮鰱

「あんたは経験の豊富な人だ。もともと何もなかったんだ。もしも本気になったりしたら、きっと裁判沙汰になるぜ。そのときは恥曝しで、あんたの奥さんだって、役所へいって、強姦されたといわなければならない。あいつが昔から関係があったと言って、自供を記録され、判決がおりた時に、後悔しても遅いよ。俺はあんたのためを思って執り成しているんだよ。もう一度考えてくれ」

夏逢若も三割がた許そうと思いましたが、女房は泣きやまず、母親は罵るのをやめませんでしたので、奥へ戻って宥めるわけにもゆきませんでした。貂鼠皮はひたすら叩頭しました。

 突然、誰かが激しく門を叩きました。夏逢若は応対しにゆきました。ドアを少し開けますと、街の保正の王少湖が、二人の木戸の番をしている夜回りをつれて、一斉に入ってきて、貂鼠皮を縄で縛りました。夏逢若は慌てて、いいました。

「私どもは何もしておりません。王さん、これはどういうことですか」

王少湖

「お前の家で、真夜中に騒ぎがあったことは、街中の人が知っている。わしは刁卓がお前にひざまずいているのを見たが、これはどういうことだ」

「跪いておりません」

「膝に土がついているではないか」

夜回りに告げて

「お前たち二人は、あいつをひっぱってきてくれ。県庁に行って、知事さまにご報告するから、ついてこい」

 貂鼠皮は、首に麻縄の輪を掛けられ、二足の靴をはき、三人に付き添われて、行ってしまいました。家の中で大騒ぎする声はぴたりとやんでいました。

 皆さん、お考えください。これらの保正は、どうしてうまい具合にやってきたのでしょうか。実は、豆腐屋は、身寄りもないのに財産を築き、人に気を遣いつづけてきました。夏鼎が隣に引っ越してきますと、豆腐屋は熱心にご機嫌取りをしました。昔から、小人は、人からうやうやしくされた時は、尊大になり、銀子や銅銭は、借りるばかりで返さず、馬鹿にしたり苛めたりさえするものです。さらに、自分の子供を賭けに引き込み、だましたりもするのです。ですから、豆腐屋は、江南へ大豆を売りにいって戻ってきて、息子が賭けで百二十両をだましとられたこと、引き出しの中の銀子を盗んで返済をしたことを知りますと、歯がみして悔しがりました。しかし、自分は、豆腐を売って財をなした人間で、家柄も低いので、争う勇気はありませんでした。それに「金持ちは貧乏人に憎まれる」という通り、今まで、街の無頼漢に苛められつづけていましたから、やめろという勇気もありませんでした。ところが、今日の真夜中、夏家で起こった騒ぎが、壁一つ隔てて、はっきりと聞こえましたので、こっそり王少湖の家に走ってゆき、この事を知らせたのでした。彼は、まず、こっそり十両の賄賂を送り、ごろつきどもを追い出してくれれば、さらに十両の謝礼を出す、事件が終わればきちんと金を払う、恩を忘れるようなことはしないと言いました。ですから、王少湖はすぐに夏家に行き、有無をいわさず、貂鼠皮を県庁に連行したのでした。

 宅門で報告をした時、辺公は謹厳な役人でしたので、夜明けから起きだし、事務室で口をすすぎ、点心を食べていました。そして、訴状がたまっているのではないかと思い、王少湖を呼びいれました。王少湖は跪き、貂鼠皮が夏家でしたことを、逐一報告しました。辺公は、事件が倫理道徳に関わることであることを知りますと、すぐに二堂に腰を掛け、下役の頭に命じて、貂鼠皮を公案の前に呼んでこさせ、尋問を始めました。

 貂鼠皮

「知事さま、私は嘘は申しません。夏鼎は私娼をおいております。私は夏鼎の家のために財産を磨り減らしてしまいました。今、夏鼎は私が金がないのを見て、私を誣告し、私を遠くへ追い出そうとしているのです」

辺公は激怒して、

「この悪党が。明らかに賭博をしていて、別に争うことはないのに、堂々と人を陥れることを言うとはな」

そして、びんたを食らわせるように命じますと、下役がやってきて二十回のびんたを食らわせました。両頬がふくれあがり、口は「紫の朱を奪うを悪む」[6]という有様になりました。すると、辺公は、夏鼎を呼ぶように命じました。夏鼎は、すでに儀門の外に控えておりました。彼が二堂に入って跪きますと、辺公

「臨潼県の一件ではお前を護送しなかった。わしは破格の恩情を施してやったのだ。それなのに、お前はどうして以前の非を改めず、また賭場を開帳したのだ」

「私は晩に彼らに酒をふるまったのです。刁卓は酔いが覚めますと、道ならぬことをしでかしたのです」

辺公は激怒して、

「賭博をしていたことは明らかだ。これ以外に、道ならぬことなどあるものか。恥知らずめが。まだでたらめをいうのか。わしはお前に証拠を示し、お前たちが殺されても怨みがないようにさせてやろう」

ふたたび下役のかしらに、保正の王少湖とともに、夏鼎の家へ賭博道具を探しにゆくように命じ、彼らがすぐに戻ってきますと、二人に、通路の東側で跪いて控えているように言い付けました。

 夏鼎の家に着きますと、すべての賭博道具は、テーブルの上に並べられており、片付けられていませんでした。大きな灯りが、朝食の時になっても、まだ皓々とついていました。下役のかしらは、すべての賭博道具を集めて包みますと、役所に走って戻り、公案に提出しました。辺公は、二人を近くに呼び寄せて

「これは何だ。お前たちは何か言い訳することがあるか」

すると、貂鼠皮はようやく、「夏逢若の女房」のことを口にしました。辺公は更に怒って、貂鼠皮が喋り終わらぬうちに、刑杖簽を地面に投げました。門番は、下役にぶつように命じました。下役がやってきて引き倒し、太い棒で三十回、皮が破け肉がはみ出るまで殴り、二堂に引立ててゆきました。辺公は、夏鼎に尋ねました。

「お前は毎日賭場を開帳し、無頼漢たちを集め、昼夜家にいて、刁卓に汚らわしいことを言われた。賭場を開帳したかどでお前をぶたなければ、刁卓の非礼が事実ということになる。わしは、お前たちを、賭博をして争ったかどでぶつことにする」

簽を五本投げ、二十五回棒打ちにし、二堂に連れてゆきました。

 「理由もなく真夜中に他人の家に入る」[7]という七文字の法律には、辺公は少しもこだわりませんでした。これは、曖昧に事件を処理したわけではなく、辺公の体に満ちている道徳が、人民に恥をかかせまいとしたのでした。

 その後、王少湖は、豆腐屋から謝礼を手にしました。豆腐屋はさらに銀子をもって、銭指揮の家で夏鼎がかりていた部屋を質種として手に入れましたが、すべては王少湖の仲立ちによるものでした。

 貂鼠皮は、後に改心し、雇われ人になって暮らし、数両の銀子をため、女房を娶り、男女を生み、家庭を築きました。これはすべて辺公から三十回棒打ちにされたお陰でした。白鴿嘴、細皮鰱はぶたれませんでしたので、他に賭けをするところを探し、今までどおり幇閑をしましたが、後に尉氏県で行き倒れになって終わりました。

 さて、夏鼎は、家を質入れした金を手に入れますと、西門内に別に小さな屋敷を借りて住むことにしました。二堂で尋問を受けたときは、ちょうど双慶児が彼をよびにきたときでした。双慶児は表の中庭に誰もいないのを見ますと、二門に入って尋ねました。

「夏兄さん」

しかし、中からは泣き声がするだけでしたので、それ以上声をかける気はしませんでした。門を出ますと、下役のかしらの王少湖が、賭博道具を探しにきました。街で聞きますと、ようやく夜に事件が起こったことを知りました。そこで、仕方なく家に戻り、見聞きしたことを、逐一譚紹聞に話しました。まさに、

昔から賭けと盗みは同じもの、

間男と泥棒が一緒になるには訳がある。

夜が更けて人が眠りに就いてから、

門に入るは間男しようとする者ばかり。

 

最終更新日:2010114

岐路灯

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[1]旧時、衣服の襟が汚れないようにあてた内襟。洗う時に取り外すことができる。

[2] 「仗義疏財」は正義感が強く財産を惜しまないこと。「『仗義疏財』の牌坊を建ててくださるというわけでもないだろう」は、「『仗義疏財』を表彰され、牌坊を建ててもらえるわけでもないだろう」の意。

[3]「金がなければ解決はできない」ということ。

[4]原文「李代桃僵」。『樂府詩集』鶏鳴「桃生露井上、李樹生桃傍。蟲來齧桃根、李樹代桃僵。樹木身相代、兄弟還相忘」に典故のある言葉で、本来は、李が桃の身代わりになって倒れることをいうが、ここでは、「夏逢若の代役になろうとした」の意。

[5] 「鹿を指さして馬といった」という意味だが、ここでは「やってきたのが夏逢若でなくて貂鼠皮であった」ということ。

[6] 「紫色が赤い色の地位を奪うのを憎む」という、『論語』陽貨にある言葉だが、ここでは、「赤い唇が紫色に変色する」という意味で用いられている。

[7]原文「無端夤夜入人家」。夜に理由なく他人の家に入った者は八十回杖で打たれることになっていた。『大清律令』二百七十七「夜無故入人家内者、杖八十」。

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