第三巻 

　　犼

　　常州の蒋明府が言った。仏が獅子、象に乗るのは、人が知っていることである。仏が犼に乗るのは、人が知らないことで、犼は僵屍(キョンシ)が変わったものであると。

　　某が夜歩きすると、屍が棺を開いて出てきていた。某は僵屍(キョンシ)であると悟り、かれが出るのを待ち、瓦石を取ってその棺を満たして、自分は農家の楼に登って見ていた。四更になろうとすると、屍は大またで歩いて帰ってきたが、手に物を抱えているかのようであった。棺の前にいったが、入れず、目を瞠って怒って見、その光は睒睒[1]としていた。楼上に人がいるのを見ると、来て捜し求めた。腿は硬くて枯木のようで、梯を昇れなかったので、怒って梯を外した。某は下れないことを恐れたので、樹の枝に縋って降りた。僵屍(キョンシ)はそれに気づいて追ってきた。某は慌てたが、さいわいふだんから泳ぎが達者で、心のなかで屍は水に入れまいと思い、水を渡って立った。屍は、案の定しばらく徘徊し、怪しい声で哀号し、三たび跳ね、三たび飛び、獣の形に化して去った。地下に遺された物は一人の赤子の屍で、咀嚼されて半身だけが残り、血はすでにすっかり涸れていた。

　　ある人がいった。屍ははじめ旱魃に変わり、さらに変われば犼となる。犼は神通力があり、口から煙火を吐き、龍と闘えるので、仏はそれに乗って鎮めているのである。

　　地仙が禍に遭うこと

　　乾隆二十七年[2]、杭州の葉商[3]が花園を造り、池を掘ったところ二つの缸が見つかり、上下に合わさっていた。窖(あなぐら)があることを疑い、人に命じて開かせると、一人の道人が中で趺坐しており、爪の長さは一丈ばかり、身を三周巡り、両目は瑩然とし、笑っていようで笑っていなかった。尋ねた。「いつの時代の方ですか。」首を振って答えなかった。茶湯を飲ませても語れなかった。商人はもともと富豪であり、善事を行うことを好んでいたので、人参湯を蒸して飲ませたが、結局癒えず、かすかに笑うばかりであった。商は煉形の地仙で功行[4]が満ちていないものかと思い、元通り埋めてやろうとした。かれの奴隷喜児は、その爪を取って珍品として人に自慢しようと思い、こっそり鋏をとってそれを切ったが、あやまってかれの身を傷つけたところ、鮮血が流れ出た。道人は両眼から涙を落とし、すぐ倒れて死に、枯骨一堆と化した。

　　按ずるに『南史』列伝に載せているが、ある人が地を掘って棺を開くと、一人の娘がおり、地仙になろうとしており、けっしてわたしを傷つけないでくれとみずから称した。掘るものがその金釧を利とし、腕を断つと、血が流れて枯骨と化した。古今の事はしばしば同じで、これは定められた災難であろうことをはじめて悟った。事は『王元謨伝』に見える。

　　張閻王

　　杭州に張秀才というものがおり、平素行いがよくなく、郷里で横暴にしていた。ある日、友人の家を訪ね、某村に女巫がおり、鬼神を招け、従う者は多いと聞いた。張はいって見ると、巫は法術を施しており、見物人は垣のようであった。張は進み出て手ずからその頬を打って言った。「おまえは妖術で人々を惑わし、罪は逃れられない。もしわたしが閻王ならば、かならずおまえを斬ろう。」見物人たちは散じて去った。まもなく、巫はほんとうに落頭疽[5]を病んで死んだ。人はそこで「張閻王」と呼んだ。

　　さらに数年して、張は軽い病になり、二人の下役を見たが、もともと面識がなく、迎えていっしょにいった。走ってとある官署にゆくと、殿宇は燦爛とし、二人の神が簾を巻いて左右に坐し、中に一つの神座があったが、前に簾を垂らしており、顔は見られなかった。張は尋ねた。「神さまはなぜお招きになったのでしょう。」神は言った。「女巫がおまえを訴えたので、招いておまえに尋ねるのだ。おまえはかれの罪を定めてたいへん妥当で、もとより不当なところはなかったが、おまえも正人でないから、生前の悪行が全部でどのくらいあるかを、すべて自首しなければならない。」左右に命じて簡板[6]を授けさせ、みずからその上に書かせた。張は筆を執ってすぐに書き、両面書きおわり、なお尽きないのを覚えた。神はそれを見て言った。「この数件だけで、すでに十分だ。おまえは自分でどんな罪を得るべきかを考えろ。」張はしばらく考えると、言った。「雷撃に遭いましょう。」神は言った。「罪を掩うに足りないので、三度撃とう。」殿中の簾を巻き上げるように命じ、張に仰ぎ見させると、まさに自分の像であった。はじめて前身が閻王であり、過悪があったので、ふたたび人の世に輪廻したことを悟った。まもなく二人の下役がまた来て張を送って故郷に戻らせたが、夢が醒めたばかりのように、汗は流れて背を潤していた。それから過ちを改めてよくなり、前非を一洗した。

　　とある日、雷電が入り混じり、地に撃ち殺し、その後ふたたび蘇った。さらに数ヶ月して、台の下で劇を見ていると、雷電がさらに来、張は自分が撃たれることを知り、人々を呼んでいそいで避けさせたところ、ほんとうに撃ち殺された。まもなく蘇り、よろよろとして帰り、郷里で子供を教えた。さらにある日、雷鳴が殷殷とし、家を巡ってやまず、かれは三度目に撃ち殺されればきっと生きられないことを恐れたので、身を黒漆の卓の下に潜めた。霹靂一声、牀帳[7]が焼かれたが、張はなんと免れられた。心の中で災難がすでに過ぎたことを知り、なお挙子の業をおさめた。

　　二年して、孝廉に挙げられた。会試は及第せず、その親戚梁階平[8]中丞[9]が湖南巡撫の任に赴くのに従った。漢陽[10]を通り、某術士の算命がたいへんよくあたることを聞き、いって尋ねた。術士は言った。「ゆけばよいことがすこしあろうが、寿命はすでに尽きているので、一年ばかりですぐに戻るのがよく、長居するのはよくない。戻ってきたらまた一度会い、大事なことをお頼みしよう。」張はその言葉を思い、期日通りにすぐ戻った。さらにいって尋ねると、その人はすでに死に、書札一函を留めていた。開いて見ると、その棺を帯びて帰郷することを願っていた。張は棺を載せて杭州に戻ると、一月足らずで、病むことなくして家で亡くなった。

　　按ずるに『広博物志』にいう。「雷火が及ぶところ、金石はともに消え、漆器だけは壊れない。」張の三度目に免れられたのは、あるいはこれによるか。

　　梁家の新婦

　　杭州の張孝廉が来て言った。梁家の新婦は娶って数日足らずで、突然痴呆となり、口は北方の言葉となり、呶呶として解せなかった。じっくり考えると、かれの亡兄の口吻であった。その兄は姚河台[11]の子で、広西同知となり、任地で亡くなっていた。口で新婦の妹と称し、言った。「大事な事があるので、主人が直接語ってくれ。」たまたま主人は足の病があり、楼に登れなかったので、その夫人に楼に登っていました。新婦は言った。「わたしがきたのはほかでもなく、一つの斗姥閣を造ってやることだけを求め、わたしはすぐ去ろう。」夫人は退けて言った。「あなたが北斗を祀って閣を造ることを求めたのは、姚家の事で、梁家と関わりがない。」そこで言った。「わたしと妹はいずれも前生は斗姥侍者でした。今、姚氏は家が貧しく、力がなく、梁家でなければできなかった。わたしに従わなければ、わたしはすぐ妹とともに去ってもとの位に復する。」夫人はやむをえず承諾した。新婦は言った。「誓いを立てるのでなければ、わたしは信じません。」そこでしもべはみなだめだと思い、ともにしばらく争論した。姚公子は平生けっして仏教に阿ったり道教を奉じたりしなかったが、死後突然北斗を祀ることを求めたのは、たいへん解せなかった。

　　杭州の慣例では、新婚の妻は手に宝瓶[12]を持ち、中には五穀を盛り、門に入って引き渡す[13]。梁家の新婦は宝瓶を持って城門を過ぎ、門番は銭を求めて騒ぎ、新婦はたいへん驚き、恍惚とするのを覚えた。後に符水[14]を飲むと、精神[15]がすこし鎮まり、言った。「わたしには三つの魂がありました。一つは城門の外に落とし、一つは宝瓶の中に落としましたので、二箇所から呼び戻すべきです。」しもべはその言葉通りにした。新婦は言った。「城門の外の魂はすでに帰りましたが、宝瓶の中の魂は米櫃に圧せられ、なお出られません。どうしましょうか。」そもそも杭州の風俗で、新婦が持っている宝瓶をすべて米櫃の中に置くからである。その言葉通りにすると、病は癒えたが、心はあいかわらず恍惚としていた。

　　下女が穴に入ること

　　張はさらに言った。かれの尊人[16]の星子先生[17]が江西で督学した時、下女がおり、たいへん愚かであったが、突然伶俐になったので、しもべは驚いていた。

　　ある日、門を閉ざして湯浴みしていたが、しばらくしても出てこず、呼んでも答えず、窺うと人がいなかった。門をこじて入ると、浴盆[18]の水はなお温かく、四面の窓は鍵がかかり、纖塵も動かず、床板の上に小さい穴があるだけで、一匹の鼠が出入りすることを容れるだけであった。板を開いて探すと、中に穴があって深さは一丈ばかり、婢はその中に臥し、ぼんやりとして醒めていなかった。薑汁を注ぐと、しばらくして意識がもどり、言った。「一月前、若い婦人に会ったが、待遇はたいへん厚く、教育にたいへん励み、かれが愚かであったのに突然賢くなったのは、すべてこの婦人が教えたことであった。わたしに語った。『わたしは怨みがあり、あなたの主人が雪ぐことを求めます。』わたしは承諾しましたが、申しあげようとしませんでした。数日後、婦が来てわたしが約束を破ったと責め、わたしは主人を恐れていますので、望まないと答えました。婦人は言いました。『おまえの言うことも理があるので、わたしはおまえを咎めない。わたしはとてもよい花園を持っているが、わたしといっしょにいって遊んではどうか。』そしてあるところへ引いてゆくと、小さな紅い門、狭い部屋数間があった。わたしは言った。『遊べません。わたしは戻ってゆくことを求めます。』婦人は言った。『わたしはあなたとちょっといってしばらく坐し、足を休めましょう。』突然おもてで騒ぐ声が聞こえ、婦人は驚いて避けて逃げ、はじめてあなたたちが来てわたしを探していることを知りました。」そして引いて穴を出ると、幽鬼も杳然としていた。

　　婢は年が十六七で、すぐ人に嫁ぎ、今でも安然として恙なく、年はすでに五十余りである。

　　銅龍[19]を吹いて怨んで死んだ魂を送ることと鍋のそばに飯を守る童子がいること

　　慈溪の袁玉梁は扶乩すると汪姓の者が降ったが、厳州の人、秀才で、秋試[20]に赴き、七里瀧[21]で死に、漂泊して帰らなかったもので、乩に憑いて人に語るには、水死した者は死んだ当初はかならず人に管理される、あるところに入ると今の監獄のようで、主管しているものは司官といい、翌日はじめて籍貫[22]を調べ、隷卒に護送させて閻王のもとに赴かせた。出発する時、銅龍を吹いて送った。銅龍は銅で作り、その柄を曲げ、今の馬上小喇叭[23]の形のようで、音はたいへん淒切であった。汪は冥府にゆき、王はかれに平生大悪がないことを調べると、かれを許したが、転生させることもなく、監督する人もなく、かれが漂うに任せたので、こちらに来られたのであった。幽鬼は楽しみがなく、つねに寒さに苦しみ、かならず人の傍らに憑き、その精気を吸おうとし、はじめて快適を得られるとも言った。気を吸うときに数人の幽鬼が争って推し、注意せず、人の体に近づけば、すぐ焼け焦げる災があった。

　　さらに激しい風を恐れ、風が起こる時は、かならず地に伏して進めないので、風が激しければすぐ罡気[24]を帯び、風が幽鬼の体に着けば、その重いことは山のようで、望み見るたび風が起き、色は黒い漆のようであった。大風に遇う時は、版木のようで、片片と幽鬼の背を擦って過ぎれば、幽鬼の体を消えさせられた。

　　さらに飢えに苦しみ、かならず人家に入って飯の湯気を盗んで食とし、およそ大きな家で脂を食らうことが多ければ、その飯の湯気は濃厚で、食らえば飢えに耐えられた。貧しい家は飯の湯気は薄く、満腹するに足りない。飯を盗む時、鍋の上にはつねに童子がいて守っており、童子は竈君[25]の所管に属し、幽鬼が飯の湯気を盗むのを見るたび、かならず追うので、豪族の飯も得難いのであった。その飯の湯気を盗み、かならず飯が炊けて鍋を開く時を待ち、風があると、飯の湯気は四散し、幽鬼は手で攫い、絲絮[26]のありさまのようで、団子にして食らえた。風がないと、飯の湯気は上に達し、童子に守られ、盗めないのであった。

　　幽鬼の慣例を打ち破ること

　　李生が夜に読書していたところ、家は波止場に臨んでおり、幽鬼の言葉が聞こえた。「明日、某が来て河を渡るが、これはわたしの身代わりだ。」翌日になると、ほんとうに人が来て渡ろうとした。李がつとめて阻むと、その人は渡らないで去った。夜、幽鬼が来て責めて言った。「おまえにどんな関わりがあって、わたしに身代わりを得させなかった。」李は尋ねた。「おまえたちが輪廻する時、かならず身代わりを求めるのはどうしてだ。」幽鬼は言った。「冥府の慣例がこのようなのだ。わたしもその由来を知らない。人の世の補廩[27]補官で缺が出るのを待たねばならないのと、同じ理だろう。」李はかれを諭して言った。「おまえは誤っている。廩生には食糧、官吏には俸給が与えられるが、いずれも国家の銭糧[28]で、むなしく浪費することはできず、限度額があり、そうせざるをえないのだ。人は天地の間に生き、陰陽がぶつかり合い、みずから消え、みずから生じ、みずからの力によって生きるので、造化はどうしてこの自分と関わりないことに構う暇があろうか。」幽鬼は言った。「聞けば転輪王がほんとうにこのことに関わっているそうだ。」李は言った。「おまえはすぐわたしの言葉に関して転輪王に尋ねろ。王がかならず代わりを求めるといったら、すぐに来てわたしを引いて身代わりとしろ。わたしが転輪王に会い、面罵するのに好都合だからな。」幽鬼はたいへん喜び、跳びはねて去り、それから結局ふたたび来なかった。

　　道士が符を留めること

　　常州の呉某は、刑部郎中諱は楫[29]の祖父で、もともと道教を好んでいた。京師から帰る時、宿で一人の道士に会ったが、風采はきわめて異常で、荷物を帯びずに宿っていた。夜に窺うと、裸で坐し、気は咻咻然[30]として耳から出ており、蚊は近づこうとしなかった。朝起きるとゆこうとし、呉が行き先を尋ねると、言った。「わたしは雲遊して定まる所がない。」呉は引いて南へ帰り、世話してたいへん敬った。数年して、死に臨んで二つの符を授けて言った。「わたしはあなたの恩を受けて報いなかった。後日ことがあれば、この符で鎮められるので、あなたに謝するのだ。」

　　その後、呉某は亡くなり、その夫人は大病して危篤となり、しばしば鬼魅を見たので、夜、下女に監視させた。しもべがおり、もともと壮健で、酒を好んで大胆で、席を門外に設け、酔って眠ると、一人の老人を夢み、一人の童子を従え、壷杯をそれぞれ一つ持ち、童子に言った。「かれは酒を好み、一杯を飲ませられた。」童子は一杯を老僕の臍の中に置いて注ぎ、はじめたいへん熱いのを覚え、後に耐えられなくなったので、大声で叫んで起き、一声咳すると、口から血を地面いっぱいに噴き、それから幽鬼はさらに猖獗した。

　　まもなく、しもべは場所を整え、夫人の柩を留めようとしたところ、たまたま箱の中から道士の符がひらひらと出てきたので、掛けてある帳に貼りつけた[31]。夫人はひさしく語らなかったが、それを見るとたちまち訝った。「帳の上に一枚の明鏡が懸けてあり、中に甲冑の将軍がいて刀を持って幽鬼を追い、幽鬼はすべてとおく逃れています。」夫人はそれから病が癒え、さらに十余年して亡くなった。親戚友人の中に病家があってその符を借りて幽鬼を駆り、かならず効果があったが、まもなく結局亡くなるのであった。

　　状元を奪って寿命を損なうこと

　　康熙癸未[32]、江南の士人が都に赴いて会試した。某解元才を恃んで人に驕り、同輩を侮っていた。つねにこう言っていた。「今年の状元は、わたし以外の誰であろう。」同輩はかれの侮辱に耐えられなかった。

　　京師にゆくと、試験の期日が近づいていた。同舎生[33]が夜に夢みると、文昌帝君[34]が昇殿して臚伝[35]し、点呼すると、某がほんとうに状元であったので、同舎生は心のなかで不満であった。まもなく、娘がざんばら髪で冤罪ですと叫んで言った。「某は行いに欠点があり、多士に冠たることができませんので、ほかの人に換えるべきです。」帝君には難色があり、朱衣の神を顧みて尋ねた。朱衣の神は言った。「万暦年間にもこの事があり、下位の状元を移して上位に置きました[36]。その人は三年はやく合格しましたので、寿命六年を減じましたが[37]、この判例を今参照するとよいでしょう。」そしてふたたび点呼したところ、状元は王式丹であった。

　　朝起きると、某は普段通り大言していたので、同舎生はかれに夢みたことを告げた。某は色を失って言った。「この怨恨は逃れがたい。」状元となろうと思わないのみならず、受験しようともしなかった。すぐに旅装を調えて帰り、途中で亡くなった。その試験の状元はほんとうに王式丹で、年齢は六十であった。

　　照心袍

　　銭塘の銭蔭庭[38]が言った。かつて天津から舟を雇って杭州に戻ったが、同舟の楊姓は、無錫の秀才で、日々舟の中に坐し、黙黙として語ることはまれであった。銭はかれが木訥なので、やはりともに語らなかった。ある日たまたま因果を語ったが、銭はまったく信じなかったので、楊はそれがあることを言い張り、さらに言った。「一月に数晩冥土にいって下役をしている。もっぱら人命を捜索捕縛する事を司っている。すべて一枚の票にその人の名を注している。その人の栄誉が王侯将相に及んでいれば、かならず一つの朱印を加えてあり、人の世の官府の牌票[39]のようである。その印文は官印の篆法[40]のようだが、それが何の字かは分からない。閻王が人の世の善悪を尋ねる時は、まず一着の袍で人の体を掩うが、人の世の一口鐘[41]のようである。人はこの衣を着ると、生きていた時の秘密や悪事をおもわず自白する。冥土は人への待遇がたいへん大らかで、人が人の世で一つの悪念をいだいても、さらに一つの善念をいだけば、すぐ前の悪念を消し去る。この印を掌る者は、前明の于忠粛公で、今でもなお変わっていない。」

　　羅剎国の大飢饉

　　趙依吉が臨安から帰り[42]、僧に遇っていうには、本年二月六日に臨安の二人の男、一人は姓を趙、一人は姓を李というものが、豚を売り、杭州に売りにきた。ゆく途中、趙は豚を売ると、さきに帰ろうとした。李姓はともに帰ることを求めたが、趙は承知しなかったので、李は怒って罵った。「あなたがゆけば、かならず悪鬼が阻むから、家にゆけまい。」某はその言葉を憎み、玄壇廟[43]に祈っていった。

　　大橋渡[44]につくと、夜はすでに二更で、ほんとうに前の四人を見た。蓬頭醜面で、七竅[45]から血を流し、ぐるりと囲んでいた。かれが勇を恃んで拳を揮おうとすると、一人の幽鬼が黒い帕をすぐにかれの頭に被せた。すると、すぐに寒気が胸を攻めるのを覚え、口は声を出せなくなり、地に倒れた。幽鬼たちは泥でその口、鼻を塞いだ。突然、前の人が棍棒を持って来て四人の幽鬼を追い散らし、手で趙を提げ、抛って言った。「わたしはあなたを救おうとして来た。わたしは玄壇神で、この四人の幽鬼は、昨年、羅剎国が大飢饉で、餓鬼は食を求める所がないので、逃れて中国に入って祟った。あなたが見たのは、羅剎の餓鬼だ。ただ、あなたは禍を逃れても、後患があろう。家にいった後、香十三本を、竈の前から門外に点じてゆけば、はじめて禍がなくなろう。」

　　趙は驚いて目ざめたが、その身はすでに自分の家の門の外に伏していたので、空に向かって拝謝した。その言葉通りにすると、ほんとうに恙なかった。

　　紹興の李先生

　　紹興の李直穎は、山東大谷県で幕僚となっていた。夜、書斎で眠っていると、老人が靴を坑の下で脱いで言った[46]。「わたしは山陰の人で、やはり幕客であった。死んで帰れず、奴隷は銀子・手紙・衣服を盗んで逃れ、今でも家では知ることができませんので、わたしのために手紙を届けて家にいってくださることを求めます。」李は言った。「手紙を届ける必要はございません。わたしは即日帰宅せねばなりませんから、帰る時にあなたの柩を送って帰られます。」幽鬼はたいへん喜んで拝謝し、さらに言った。「恩に報いるすべがございませんので、代わって案牘を処理することを願います。」それからは、李が毎晩熟睡しても机上の案牘はすでに処理されていたので、たちまち神と称せられた。年を越え、かれの柩を送って帰ると、かれの妻子は泣いて迎えて門に入った。「昨夜、老相公の霊輀が帰宅するのを夢みましたので、こちらでお迎えしたのです。」

　　怨気が蛇に変わること

　　亳州の貢生郜某は、家がたいへん富み、城西五里に住み、地は小鎮といった。家には強いしもべが多く、みな主人の権勢に頼り、郷里に横行していた。郷民陳老は田を数畝持っており、郜の家と近く、禾稼はしばしば郜家の騾馬に踏んで傷つけられ、かれと理を説けば、かえって強いしもべの辱めを受けた。陳老はみずから勢いは敵しないと思い、誰何することを望まず、膈疾[47]となり、一年あまりで死にそうになった。

　　ある日、大工を家に呼び、棺を造らせると、大工に言った。「棺の後にわたしに一小さい穴を開けてくれ。」聞くものはみな訝り、そのわけを尋ねた。陳老人は言った。「わたしは郜某に苛められ、怒って死に、生きている時は復讐できないが、死後蛇に変わり、郜の心肝を食らい、はじめて怨みを晴らそうと思っているのだ。」大工は笑って従った。晩になると、大工は帰る時に郜の家を通ったが、みなこの事を新聞(ニュース)とし、談笑して騒いだ。おりしも郜某はぼんやり門外に立っていたが、人々が馬鹿笑いしており、中にもともとよく知っている者がいたので、尋ねると、その人は陳老の言葉を告げた。郜は驚いて言った。「わたしはほんとうに知らなかった。」

　　翌日の早朝、陳家にいって言った。「以前のことはすべてしもべが勝手なことをしていたものですので、みずから罰を求めにきました。翁がわたしを許してくださいますことを望みます。」陳老人は言った。「ほんとうにご存じなかったのでしたら、しもべの某某らをわたしの面前で責めてください。そうすれば、公を怨みはいたしません。」郜は言った。「それはよい。」すぐ陳老を迎えて家に来させ、しもべをきびしく責め、さらに叩頭して詫びさせ、かれらを留めて小酌させた。陳老はたいへん喜び、すぐに飲食できるようになった。突然、胸に吐き気をもよおし、一物を吐きだしたが、長さは一尺許りであった。人々が見ると、一匹の小さい蛇で、痰の中を泳いでいた。郜は愕然として言った。「わたしが今日罰を求めなかったなら、翁はかならず蛇に化して報いにきたろう。」その後、陳の病も癒えた。

　　心経が狐を誅すること

　　銭唐の秀才鄭国相は、妹が羅氏に嫁いでいたが、康熙甲申[48]十月初旬に夜坐していると、突然、風が窓の隙間から入ってき、かすかに人の気配がし、突然一人の若くて盛装した美女が笑いながらやってきた。後ろには一匹の獣がついていたが、三尺に満たず、身に半臂[49]を着けていた。美女は妹と談笑し、思わずついていったが、あるいは山林、あるいは城市、往来は軽快で、その魂が体を離れていることに気づかなかった。あるいは三五日倒れふしてはじめて蘇った。妖は漏らさないように、漏らせばかならずかれの命を害すると戒めたので、人に語ろうとしなかった。かれの家は狂疾を病んでこのようになったのだと思っていた。

　　乙酉[50]八月になり、国相ははるばる帰って郷試をうけ、妹を招いて家に戻らせ、中秋の晩、再三質すと、はじめてその真実を明かした。その夜、妖はすぐに騒いで五更になると去った。次の夜、ふたたび来ると、妹はすぐ気絶した。国相が妹の襟元を捕らえ、『心経』を朗誦したところ、はじめて許されて戻った。そこで、毎日、祀っている大士の前でつつしんで祈り、二千余部を刊刻して施し、妖(あやかし)を除いて妹を救うことを祈願した。その夜、妖が来たので、家を挙げて大士の法号を朗誦したところ、しばらくしてはじめて蘇り、言った。「まさに危急の際に、空中に大士が現れ、呼びました。『畜生め、どうしてこちらに来られた。』妖は答えました。『腹が減り、食べるものを求めただけです。』大士が怒鳴り、ついてゆき、手で妖を一指ししますと、空に騰がり、妖も見えなくなりました。」人々は旃檀[51]の香りが部屋に満ちるのを覚え、妹は安眠できた。

　　翌日の午後、突然さらに女の魂が体に憑いたが、口では北方語を語っていた。国相が『周易』を取って鎮めると、かれは言った。「『乾元亨利貞』[52]を、わたしは読んだことがございますから、取ってくる必要はございません。」口ではひたすら「わたしに胡三哥を返してください。」と叫んでやまなかった。そこで逐一尋ねると、言った。「わたしは姓を繆といい、繆三姑といいます。十六歲の時、池の辺で荷の花を採っていますと、一人の美女がわたしと笑って語り、汪大姑といいました。背後についていたのはまさに胡三哥で、名を将恒といい、みずから天下第三の狐だといい、胡三哥と称していました。わたしはかれに迷わされ、そのために亡くなりました。汪大姑は脱生[53]して去ることができ、今はすでに四十二年になっています。わたしは胡三哥に頼み、一人の代わりを探しました。去年十月、妹さんを含めて三人を探し、一年のうちに、三人の中で一人の眼光を消えつくさせて、はじめて代わることができることを期しています[54]。今、胡三哥は捕らえられ、わたしは帰るところがございませんが、どうしましょうか。」国相は言った。「実家か婚家に帰ってはどうか。」「実家は遠く江西にございますので、ゆけません。七月、蘭盆会で夫が食を奪っているのを見ましたから、すでに人の世におりますまい。」言いおわると凄然とした。

　　国相は『心経』三百巻を誦えて済度することを諾い、はじめてすぐに合掌礼拝して言った。「これを得れば、わたしは人の世に蘇られます。あなたはわたしにさきに二巻誦えるのはいかがでしょう。」国相が一巻誦えるたび、繆は阿弥陀仏と一声念じた。誦えて三四巻になると、言った。「おおく誦える必要はなく、多ければ、たいへん重く、わたしは手で持てない。」焼酒、牛肉、銀錠五百、煙筒、荷包をも求め、すべて従うと、起きて挨拶して礼を言って去った。

　　しばらくすると、妹ははじめて正気づき、呻き声をたてて言った。「わたしは繆三姑によって山洞の中に隠され、泣いていましたが、ふと見ますと繆三姑は面色がかすかに紅く、酒の臭いがしているかのようで、胸に銀錠を抱き、口に煙筒を含み、手で白紙の経巻を捧げ、口で『般若波羅密多』を誦えながら来、言いました。『あなたの父兄があなたを思っているから、あなたを連れて戻ってゆこう。』走って脚が痛むので、呻いたのです。」

　　翌朝、突然ふたたび繆となって語った。「菩薩は胡三哥を殺害するに忍びず、捕えて縛っただけに過ぎませんでした。今聞けば胡三哥は千尺の深さの地洞から逃れ出てき、妹さんのお命を害しようとしているとか。わたしはあなたの恩に感じておりますので、来てお知らせいたします。大相公はさらに大士にお求めになり、かれが逃れ出られなくさせるとよいでしょう。」国相はさらにつつしんで大士の前で祈り、さらに『心経』千巻、合計三千巻を刊刻して施すことを願い、ならびにこの胡三哥が怪(あやかし)となったことを経の後に載せ、あまねく世人に勧めようとした[55]。祈りおわると、繆三姑は言った。「それはたいへんよいですが、昨日わたしにくださった銀錠は、水増しされていて足りません[56]。」さらに言った。「『心経』は人がきて奪って引き裂き、煙袋[57]は狗が叫びましたので心が驚いて落としてしまいました。今、銀錠千、裙と襖(あわせ)二揃を求め、さらに煙袋、荷包[58]、焼酒、牛肉を求めます。わたしに『心経』を約束されましたが[59]、さきに三十巻を念じてから、一つの紙箱を作り、蓋を開けて箱に向かって朗誦すれば、その巻数を誦えたことになりましょう[60]。」さらに言った。「九月初一日、大士に斎食を供え、妹さんを菩薩に帰依させ、観貞と名づけるとよい。一つの銀鎖を作り、法名を上に彫り、胸の前に掛ければ、凶災を避け、寿命を保とう。」そこですべて準備し、晩を待って送った。さらに言った。「今、大士はすでに胡三哥を城隍のところに連れてゆき、妹さんも取り調べに赴いていった。」

　　黄昏の後、妹は正気に戻って言った。「城隍廟の取り調べを、戻ってきてくわしく申します。まず廟の門外で、城隍神が大士を迎えて昇殿して正坐させました。城隍は下座で首を傾けて傍らに坐し、わたしは大士の側に跪き、胡三哥は丹墀の下に跪いていました。大士が城隍に向かってこのことを言いおえますと、城隍はすぐに胡三に向かって言いました。『畜生め、どうして生きている人を害することができるのだ。』胡三は答えて言った。『わたしはもともと新官橋[61]に住んでいましたが、橋が壊されましたので、羅家の空しい楼を借りて住んだのでございます。このものは女の幽鬼であり、わたしにしたがって食を求めにきたものでございます。』城隍はすぐ判官に命じてわたしの父母とわたしの兄の帳簿を調べさせ、さらに羅宅の帳簿を調べました。調べおわりますと、怒鳴って言いました。『かれは生きている人なのに、どうして女の幽鬼と言った。』怒鳴ってびんたさせました。びんたしおわりますと、さらに籤を抜いて地に抛ち、胡三哥をきびしく三十板うち、言いました。『わたしのところでもおまえを問いつめない、真人府[62]に護送していって懲らしめよう。』すぐに下役二人を選び、文書を調えて護送してゆきました。護送官は手に紅い棍棒を持ち、胡三哥を鎖で縛って護送してゆきました。大士は廟を出て昇天し、わたしも廟門を出、繆三姑はわたしを連れて戻ってきたのでございます。」そこで巫を招いて繆三姑を祭らせ、送ってゆくと、ふたたび来なかった。

　　二十六夜になり、かれの妹が夜半に夢みると、前の護送官二人が、一人は手に長い銃を持ち、銃に一つの獣の首[63]を懸け、血痕を帯びており、言った。「胡三はすでに処刑されました。」妹は目ざめた。次の夜、枕に就くとすぐ、すぐ一つの獣の首が地を転がってき、女の左腕を衣ごとつよく一口咬んだ。すぐに叫ぶと、その頭は見えなくなり、左腕の衣に染まる血痕があるばかりであった。それから、あるいは昼あるいは夜、つねに獣の首が足元に転がってきて転がって去るのを見た。

　　九月初一日、繆三姑の言葉に従い、鎖を買い、名を彫り、大士に供物をそなえた。妹は大士に言い含められた。「胡三はすでに処刑された。おまえは終生東南にゆくな。おまえの兄は繆三姑に『心経』三百巻を約束し、かれはこの経を誦えてもらい、すでに地仙となっている。わたしの『心経』は重大だから、おまえの兄は信奉を加えるべきだ。」大士はさらに香の灰をとって女の頭上に符を書いて鎮めて意識が戻ったので、国相は妹とともに叩頭して感謝した。ただ地を転がる頭はしばしばきて騒ぎ、国相も毎夜夢のなかで人と殴りあったが、その姿は見えず、ただ一つの三尺に満ちない黒い物がいるのを感じるだけであった。ふと、『心経』の仏力は浩大で、怨みを解くことができ、苦しんでいる魂を済度することを悟り、さらに大士の前に向かって再拝し、『心経』三百巻を誦え、胡三を済度し、この怨みを解くことを願った。すると獣の首もやはり見られなくなった。これらはすべて国相がみずから経験した事で、人に向かって語ったのであった。

　　旱魃に三種あること

　　一つは飢えた獣のようで、一つは僵屍(キョンシ)が変わったもので、いずれも旱[64]となり、風雨を止められる。山上の旱魃だけは格といい、害をなすことがもっともはげしく、人に似ていて長い頭で、頂に一つの目があり、龍を食らえ、雨師はみな恐れている。雲が起こるのを見、仰いで吹くと、雲はすぐ散じて日はますます烈しくなり、人は制せられなかった。ある人はいった。天が旱となる時は、山川の気が融結してなるのである。突然見えなくなれば、雨が降るのであった。

　　幽鬼の脚はたいへん香わしく歩いて受胎できること

　　寧波の周秀才は、潜署[65]で幕僚となった。しばらくすると、体が痩せた。同僚の訝り、尋ねると、何ごともないと言うばかりであった。ある日、ともに西瓜を食らった時、ある客が幽鬼は脚がないというと、周は突然言った。「幽鬼は脚があるのみならず、女の幽鬼の脚はたいへん香わしい。」人々は尋ねた。「どこで見た。」周は失言をおおいに悔いた。人々が再三質すと、はじめて言うには、某夜、月光の下で感じることがあり、月に向かって長嘆したが、ふと見ると、向かいの廊下に、一人の婦人がおり、たいへん美しく、やはり月に向かって長嘆していた。周ははじめ署内の人かと疑い、坦然として恐れず、かれが嘆いているのはどうしてかと尋ねると、すぐに答えた。「あなたがわたしの嘆いていることを知らないのは、わたしがあなたの嘆いていることを知らないようなものです。」まもなく、周は門を閉ざして眠り、心のなかで月下でこの美しい婦人に会いながら、おしくもじっくり語らなかったことを悔いた。突然、窓の外で小声で語るのが聞こえた。「あなたは思いがあれば、明晩月下で斎戒するべきだ。」

　　次の夜になると、周は童僕を遠ざけ、月下で待ったが、ながいこと来ず、かれが約束を違えたかと疑った。四更になると、突然婦人がよろよろとして来て言った。「わたしは千里を馳せてきました。」わけを尋ねると、言った。「今夜、江南の六合[66]にいって盟姉[67]の誕生日を祝いましたが、去る時に仲間数人がいました。ながく留まって約束を破ることを恐れましたので、仲間を置いて一人戻りました。途中、虎狼に遭うことを恐れ、怯えてゆくのが遅れましたので、約束に遅れました。天はだんだん明けようとしていますので、繾綣と[68]することはできません。どうしても会おうとなさるのであれば、童僕と分れて住むとよいでしょう。陰陽が犯す恐れがございます[69]。」その言葉通りにした。奴隷は主人の部屋に幽鬼がいることを知り、移ることをかたく承知しなかった。周が激怒すると、奴僕ははじめて従った、しかし毎夜かならず主人の部屋を覗いた。婦人は来なくなった。しばらくすると、童僕も釈然[70]とし、ふたたび騒ぎにこなかった。

　　突然、婦人が来て言った。「恐れないでください。わたしは前の幕友某人の妾で、松江の人でございます。たまたま軽い病となり、藪医者の過誤により、死にました。寿命は終わっておりませんので、冥籍[71]には収められず、閑遊することができるのでございます。『露水夫妻簿』を調べますと、あなたと縁がございますが、百十六度まぐわうだけだと定めてありました。知る人がいなければ、ながくいっしょにいられ、さもなければ、縁が尽きてすぐ散じます。」さらに言った。「あなたは外になお一人がおり、やはり夙縁があり、数百回であるはずですが、いつの日会えるか分かりません。それから後に地仙となれ、さらに輪廻しません。さらにわたしが行動したり受胎したりするのは、すべて人と同じですが、いかんせんあなたは定めでは子がございませんので、わたしは子孫となってあげられません。」それから、周は心身がますます疲れた。

　　友人たちはそのことを知り、帰ることを促した。周も友人たちがみな知っているので、身は落ち着かなかったが、寧波に帰ると、身はだんだん肥えた。周は女と交わるたび、紅い丸で憲書(こよみ)の月日の下に印し、友人たちがそれを数えると、百十六の丸があった。

　　王弼

　　王弼は、字を良輔といい、秦州の人であった。延安で医者をしていた時、巫の王万里とおい尚賢が龍沙[72]で占いしているのにあったが、かれの言葉が無礼であるのを怒り、辱めた。万里はたいへん怒り、鬼物を駆りたてて弼を恐れさせようとした。

　　弼が夜に坐していると、たちまち窓の外で悲しみ嘯く声が聞こえ、戸を開いて見ると、空しい庭に月が明るく、何もなかった。翌日、昼に門で哭き、さらに怨みを訴えた。弼はそこで祈った。「もしやわたしがおまえを毒殺したのか。わたしでなければ、おまえの怨みを晴らそう。」幽鬼は言った。「わたしは多くの人々を見てきましたが、翁だけが頼れますので、翁に訴えにきたのです。他意はございません。翁がわたしの怨みを晴らされるのでしたら、十人を集めて証人になさってください。」弼はその言葉通りにした。幽鬼は言った。「わたしは周氏の娘で、大同豊州の黒河に住み、父は和卿、母は張氏でした。生まれた時と月は庚でしたので、幼名を月西といいました。年が十六になり、母が病みますと、父は王万里を招いて占わせましたので、その人を知りました。母が死んで百五日、父は昼寝し、兄は樵して帰っていませんでした。わたしがたまたま塀の陰を歩いていますと、万里はわたしが生まれた時日にしたがって禁呪し[73]、わたしは昏倒して目を瞠って語れなくなりました。万里は柳の林に負ってゆき、樹に後ろ手に縛り、先に髪を剃り、彩絲[74]を纏わせました。次に胸に穴を開けて心肝と眼舌耳鼻指爪の類を裂き、粉にして団子にし、匏の中に収めました。さらに紙を束ねて人の形とし、呪で制御し、奴僕とならせました。仕事するのをすこしでも怠れば、針を挙げて刺し、痛みは言いようもありませんでした。昨日、翁がかれを辱められましたので、わたしに命じて翁に報いさせようとしているのですが、わたしは心に忍びません。翁が憐れみ、九泉で怨みを抱かないようにしてくださいますなら、わたしは翁と父子となることを誓いましょう。在席していた皆さまはつつしんで漏らさないでください。漏らせば禍が及びましょう。」そう言うと、泣いてますます悲しんだ。弼は十人の者とともに涙を流し、くわしく月西の言葉を書き、その名を連署し、ひそかに県に告げた。

　　県ははじめのように調べ、いそいで万里叔侄を捕らえて質した。はじめはなお拒んだが、月西はともに争い、懸命に行き来し、さらにかれの旅嚢を探ることを願い、符章印尺[75]、長い針、短い釘などの物が見つかった。そこで万里は罪を認めて言うには、万里は、廬陵[76]の人で、術を売りものにして興元[77]にゆき、劉煉師に会い、採生[78]法を授けられたということで、おおむね月西の言葉の通りであった。万里はそれを信じないでいると、劉は嚢から五色の帛を解いた。中には髪が弾丸のように貯えてあったが[79]、それを指して言った。『これは咸寧の李延奴で、わたしに録せられている。おまえが銭七十五万緡を払えれば、左右に仕えさせよう。』万里は欣然として諾った。劉が禹歩して符を焼いて祈ると、延奴は空中で言った。『師はわたしにどこにゆくようにお命じになるのでしょう。』劉は言った。『おまえは王先生に従って旅するべきだ。先生は、仁人だから、まったく苦しいことはない。』万里は約束どおり銭を払い、かれの術をすべて受けた。さらに房州を経、鄺生某に会い、ともに語って意気投合した。さらに耿頑童という者を得たが、やはり奴隷として養い、かれが払った銭の額は劉と同じであった。万里を終生牛や犬の肉に近づかないように戒めた。近頃それを忘れ、牛心炙[80]を食らったので、事は失敗した。これ以上何を語ろう。」県は文書を豊州に送り、和卿に証人となるように催促した。和卿は来ると、心のなかでたいへん疑い、大勢の人々の中に雑じっていた。弼はわざと尋ねた。「誰が父か。」月西は壁の隙間から呼んだ。「黒衣で蒲冠[81]の者がそうだ。」和卿は嘆き、月西も嘆き、嘆きおわると、あまねく家事を尋ね、慰労すること平生のようで、お上は文書を調えて上級官庁に上げてやり、罪を決めようとしていたところ、万里は獄で死んだ。

　　弼が県に訴えて帰ると、親戚賓客は壷觴[82]を持って楽しんだが、突然向かい合って泣く声がした。弼が尋ねると、幽鬼は言った。「わたしたちは耿頑童、李延奴でございます。月西は怨みがすでに晴れましたのに、翁はどうしてわたしたち二人を憐れまれないのでしょう。」弼が難色を示すと、頑童は言った。「月西は翁と父子となることを約し、わたしはどうして翁の子供でないでしょうか。厚薄がなんと等しくないことでしょう。」弼はやむをえず、さらに県にいって牒を投じた。官は頑童の父徳宝、延奴の父福保を捕らえてき、かれの言ったことはすべて験があった。それから、三鬼は弼家に留まり、昼はついてゆき、夜は弼とともに臥し、姿は見えないが、その声は瑯然としていた。弼は従容として尋ねた。「門には神がいるはずで、あなたはどうして入れよう。」月西は言った。「いない。画像が戸に掛かっていただけだ。」「わたしは紙銭を焼いてあなたに賜おうと思うがどうか。」「役に立たない。」「あなたの精気はながく世に残れるか。」「時が来れば散じる。」

　　頑童は歌が上手で、弼に会って飲ませると、漢山東調[83]を誦えて祝った。弼がつづけて酒を地に注ぐと、頑童はかならず酔い、応対はすべてめちゃくちゃになった。客が戯れに酢に換えると、頑童は怒って言った。「わたしの喉や口を傷めようとするのか。こわっぱめ。ここまでひどいいたずらをするとは。」嘵嘵然[84]とかれの秘め事を責めてやまなかったので、客は恥じて逃れた。月西はもっとも聡い[85]といわれ、しばしば弼の諸子とふざけ、言辞は多くは滑稽であった。諸子が論駁され、音がするところに向かって殴りかかると、月西は大笑いして言った。「幽鬼は姿がないから、そうなさる必要はありません。智恵がないことをあらわにするだけです。」およそ八か月すると、はじめて寂寂として音がしなくなった。

　　蕭総管[86]が焼くことを求めること

　　戚南元[87]が帰安[88]の知県をしていた時のこと、蕭総管祠があり、たいへん験があり、廟は壮麗でとりわけ大きかった。ある日、そこを通ると、おりしも縁日で、数千人が集まっていた。戚は神に告げて言った。「ながく雨が降っていない。おんみを祭って雨が降ればよいが、さもなければ、廟は毀たれ、罪は許されなかろう。」木像を橋の上に担いでいったが、結局雨は降らなかったので、水中に沈めた。数日して、舟が進んでいたところ、突然木像が水から舟の中に跳び込んできたので、侍者は色を失って走って知らせた。「蕭総管が来ました。蕭総管が来ました。」戚は笑って言った。「総管が焼くことを求めている。」その舟の側に縛るように命じた。振り返ると岸辺に社祠があったので、ほかに賢い隸卒を遣わして服を換えて祠に入らせ、戒めて言った。「水中の人が出てきたら、械にかけてこい。」その後、ほんとうにそうなったが、そもそも神を祭るものたちが潜水のできる男に賂してさせたことであった。そこでそれを焼き、偽りをなした者を杖で打った。

　　全州の兵書の匣には水怪奔雲の骨があること

　　乾隆丙辰[89]、わたしが広西全州を通った時のこと、絶壁の上に匣があり、木のようで木でなく、そのうえ蓋がなかった。舟人は、諸葛亮が兵書を蔵したところであると言っていた。甲辰[90]、わたしはふたたび全州を通ったが、すでに五十年近く、仰いでじっくり見ると、すこしも損なわれていなかったので、世間にどうしてこうした朽ちない木があろうと疑った。後に広西布政司奇公がその地を過ぎ、千里鏡で観測したところ、たしかに木匣で、石匣ではなかった。その下は江の流れが急で、舟はながくは泊め難く、心の中でずっと疑わしく思っていた。

　　後に『湧幢小品』を閲した。嘉靖皇帝はつねに南昌姜御史を遣わして兵書を取りにゆかせた。姜は雲梯を架し、強健な兵卒を募って梯に縋って上らせたところ、それは一つの木棺で、厚さは一尺ばかり、焦茶色で、その上には蓋があった。開くと、中に白骨があり、頭は大きさは車輪ほど、両の歯[91]は長さが一尺あまり、鋭くて刃のようであったので、取って下りた。御史は事実に基づいて奏聞し、その骨を山の側に埋めた。その夜、姜は虎頭の人を夢み、長さは一丈あまり、門を衝いて入り、目を瞠って怒って言った。「わたしは、水神巫支祈[92]の第三子奔雲で、風雲に出入りし、虎豹を呑み齧る。禹が治水した時、わたしたち父子はかれとはげしく闘った。わたしは敗れて山沢の中に臥し、伯益[93]は来て火を放ち、焼かれそうになり、わたしは伯益の指を咬んで傷つけて逃れた。禹王は激怒し、天将庚辰[94]に命じて神霄剣[95]でわたしを斬り、屍を江中に抛った。その時、わたしの父はなおおり、水怪たちに命じて陰沈木をとって棺を造り、わたしをこちらに葬った。将来劫が満ちた時、わたしはまだ後の世で復讐しようと思っていたのに、おまえは兵卒某に命じて棺を裂いて戮屍しにこさせたの[96]か。しかしおまえは貴人で、天子の命を奉ってきたから、わたしは害せない。あの棺を壊した兵卒は、命を取ろう。」そう言うと去った。翌日、兵卒はほんとうににわかに亡くなった。

　　按ずるに陰沈木は洪荒[97]以前の木で、劫灰[98]を経たもので、万年壊れないので、千百年を経ても巍然として朽ちないのである。それはそもそも姜御史に取られたもので、今なお暴露している。わたしは丙午[99]に武夷山に遊び、見ると大蔵山洞の虹橋板が森森と架せられていたが、姜御史その人が、雲梯を架して取って見なかったのは残念である。

最終更新日:2011年12月17日

続子不語

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