第三十一齣 血書

【縷縷金】(小生が登場)母親の命を受け、親を捜しにゆかんとす。奔走し遠き(かは)をぞ渉るなる。まことに辛し。鄂州に来れば、人間相近し。人の前にて血を出し、経文を書き、慇懃に事情を尋ねん。慇懃に事情を尋ねん。

周瑞隆(わたし)は母上の命を受け、父上を捜しにきた。こちらはすでに鄂州だ。人が大勢いる。進み出て、血を出して、経文を書かねばならない。

【抛誦子】血を出し経を書き良因[1]をしぞ結ぶなる。七軸の(はちす)の花は字字新たなり[2]。身体髪膚は父母に受く。身を傷ふは親を捜さんためぞかし。

(合唱)南無仏。阿彌陀仏。

(外)賓客の来ることなくば門戸は俗なり。詩書を教ふることなくば子孫は愚なり。ああ。道人が地に坐している。こちらで何をしていらっしゃる。

(小生)貧道は血を出して経文を書いているのでございます。

(外)一字を書いて何文の銭を求める。(小生)

【前腔】言ふなかれ一字が値千金なりと。血を出し経を書くには理由あり。父母が堂にいませど恭敬ならずば、霊山で世尊に見ゆる必要はなし[3]

(前腔を合唱。外)どちらにお住まいなのですか。(小生)

【前腔】貧道はもともと河南に住みしかど、千万の川を渡りて山に登りき。血を出し経を書き心は苦しむ。親を捜してこなたに来れど万般(よろづのこと)は難きなり。(前腔を合唱)

【香柳娘】(外)血を出し経を書きたり。血を出し経を書きたり。歓喜してつつしんで三宝を受く。なにゆゑぞ書かぬ先から悲しみの(かほ)をなしたる。出家の人のすることは、出家の人のすることは、散誕にして逍遥たるべし。このやうに哭き喚くとは。痛みを恐れたるならば、痛みを恐れたるならば、ほかに生涯(たづき)をなせよかし。さすれば悲しむことはなからん。

とりあえずお尋ねしましょう。どうして刺していないのに、哭きだすのです。

(小生)わたくしは血を出し経を書くものではございませぬ。父親を捜しても見あたらないため、これを仕事にしているのです。

(外)ご父君はどこの府のお方でしょうか。(小生)

【前腔】開封府に住みたりき。開封府に住みたりき。

(外)ご父君が家を離れたのはいつですか。

(小生)家を離れて二十年でございます。

(外)姓名は何とおっしゃる。

(小生)周羽が姓名、維翰が字でございます。

(外)どうしてこちらに来られました。

(小生)人に陥れられました。人に陥れられました。母親が泣いて別れた時、わたくしは、七ヶ月母の懐におりました。

(外)その後、どうなりました。

(小生)別れた後にわたくしを生み、勉強を教へ、受験させたり。勉強を教へ、受験させたり。官を棄て父親を捜さしめしも、母親が命じたるなり。

(外)お尋ねしますがお名前は。

(小生)周瑞隆ともうします。今度の試験で第九名の進士に合格いたしました。

(外)大人(たいじん)でしたか。失礼しました。ご父君周維翰さまは、わたしの家に二十余年いらっしゃいました。今回、天恩により大赦に遇い、老いぼれに別れを告げて戻ってゆかれました。一二日はやく来られれば、お会いできましたのに。

(小生)それならば、追いかけてゆきましょう。

(外)早まりますな。あなたはあの方の遺腹の子ですから、路で逢っても、まったく気付かぬことでしょう。一冊の台卿集が遺されています。ご父君がわたしに賜ったものでございます。今あなたにお送りします。道々読みながら行かれませ。この詩を知っている人があれば、それがすなわちご父君でございます。

(小生)大変ありがとうございます。大恩人、上座にお着きくださいまし。拝謝いたします。

【清江引】厳父はご尊宅にあり。あなたの援助の小さからざるに感謝せん。粉骨砕身恩こそは報い難けれ。漁父の導きによらずんば、いかでかは波涛を見るべき。

(合唱)親を捜して見えなば、骨肉は団円し歓び笑はん。

【前腔】(外)ご父君はこちらに詩稿を留めたまひき。拙宅を離れたれども日は浅ければ焦りたまふな。官を棄て父上を捜したまへり。かれが劬労を受くるを憐れむ。(前腔を合唱)

かのひとの父親はさすらへること二十年。受け入れられて援助を得たり。
しかと示せり平川の路[4]。忠言を悪言となすことなかれ。

 

最終更新日:2007年11月30日

尋親記

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[1] 仏教語。良い因縁。

[2] 原文「七軸蓮花字字新」。未詳。とりあえずこう訳す。

[3]原文「父母在堂不恭敬。何用霊山見世尊」。未詳。とりあえずこう訳す。「霊山」は霊鷲山のこと。釈迦が仏法を説いた場所。

[4]原文「分明指与平川路」。平川は、平らな土地のこと。揚雄『幽州牧箴』「蕩蕩平川」の章樵注に「地勢平、則川陸皆平」とあり。『水滸伝』第六十一回には「分明指与平川路、却把忠言当悪言」という句が見える。「平川路」はここでは嘘偽りない事実の喩えか。

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