●巻四

◎黄霽青[1]が述べた二事

道光辛丑[2]、家大人は上海で英夷を防ぎ、黄霽青太守（安涛）と会ったが、かれは昔、宣南詩社[3]の旧友であった。太守は因果を語ることを好み、述べるには、その数年前、魏塘（太守の住んでいる郷名）に周蘊超というものがおり、死ぬ時、全身が青く腫れ、拷問の傷痕となり、陰嚢は斗(とます)のように大きく腫れ、みずから錐で刺し、蜂の巣のように潰爛させた。このようにして日を経、死にそうになり、手足がすべて合わさり、桎梏を掛けられているかのようであった。口で冥卒および地保[4]包為栄の名を呼び、悲しみ、哭き、叫び、憐れみ、悔い、怨む声を発して絶えず、部屋の内外では鎖の音が琅琅然[5]としていた。その家はわたしと隣で、わたしもそれを聴いたので、かれの親戚に、この人は生前いったいどんな悪行をしたのかと尋ねると、ある人がわたしに詳しく語った。『枚挙できませんが、一二件について申せば、その人物を知れましょう。郷里に姑嫂[6]二人がおり、いずれも寡婦暮らしし、わずかな財産を持っていました。周ははじめ騙して姦淫し、数年後、また二人の婦人を騙して売り、さらにその資産を横取りしましたので、二人の婦人は鬱々として死にました。数日前、周がすでにみずから言っていましたが、二人の婦人に訴えられ、魂を捕らえられ、取り調べられたそうです。さらにある尼寺に田数十畝があり、尼もやや美しかったのですが、その田は乾隆初年に施主が寄付したもので、殿門の外に碑が刻まれていました。周はひそかに人に命じ、施主の名を磨き去り、自分の祖父の名に変え、外に泥と砂を塗って鑿の迹を隠し、すぐにかれの甥に命じ、尼を騙し、姦淫させ、みずから無頼数人を率いてひそかに襲い、清規[7]を守っていないとして尼を追いはらい、その田を奪いました。碑を模写し、官に呈し、施主の子孫と冒称しましたので、お上も責めるすべがございませんでした。その他の事もおおむねこのようで、報いを受けないことを望みましても、可能でございましょうか。」』太守はさらに言った。「包為栄は、生前地保をしていたことがあり、人は素朴敦厚を尊び、農民を食い物にしたことはなかったが、死後もなおこの役職にいようとは思わなかった。」

霽青太守はさらに述べた。かれの封翁退庵先生は閑居し、善行を楽しみ、人を救い、医者でありながら詩にみずからを韜晦し、『医話』八巻、『友漁斎詩集』若干巻を著したことがあった。平生殺生を戒め、祭祀や賓客の食べものは、かならず店で買っていた。ある日、友人がカニ二籠を贈ったが、霜螯[8]で、肥えて美味そうだったので、傍観するものはみな食べたいと思っていた。先生はその時、水閣[9]に坐していたが、籠を傾け、河に投じた。一人の湖州[10]の旅人が下座におり、先生はかれの郷里の張封翁によく似ていると言った。「張封翁とは、蘭渚[11]侍郎[12]の父でございます。かれの家は殺生を戒め、放生してすでに数代ですが、侍郎の兄弟はいずれも甲科に登って顕達しました。主君に仕えてこのように振る舞えれば[13]、子弟たちの栄達は張氏に比肩しましょう。」翌年、霽青は、すぐに二甲第一人で翰林に入り、貴州の試験を監督し、貴州で知事となった。思うに蘭渚侍郎が福建を巡撫した時、家大人はかれの幕下に入ったことがあったが、かれが殺生を戒めていることをまったく知らなかった。一月(ひとつき)になろうとするのに、食膳には一羽のニワトリも置かず、人と遇い、宴するときは、かならず板鴨[14]を蒸して客をもてなしていた。尋ねると、かれがすでに死んだものの肉をもっぱら食べていることを知った。役所じゅうがみなかれの教えを奉り、逆らおうとしなかった。侍郎はみずからの生活はたいへん質素で、朔望の夜明けに役所を出るたびに、二本の麦花（俗に油札保[15]と称する）だけを買って食べていた。日々蓮池大士[16]の法門[17]を信奉し、浄土への功徳を修め[18]、念仏することを務めとしていた。亡くなった日、ある人が南屏[19]の僧寮[20]で会ったが、すでに忉利天[21]に生まれているだろう。

◎陳海霞が述べた二事

陳海霞（標）は、呉江の人で、桂林撫署[22]の幕僚を歴任し、家大人の幕中にもっともながくおり、わたしと忘年の交わりとなった。以前、語るには、かれの同郷の某氏が県内の趙某に嫁いだが、趙が下女と私通し、妊娠させた。某氏にはもともと息子がいたが、そのわけを知ると、下女を奥に隠し、自分が孕んだと偽り、その出産を待って留めて育てたが、そのことを知る人は少なかった。後に下女が生んだ子は平章と名づけられ、××科の挙人に合格し、嘉定の教諭に選ばれ、某氏は慣例どおり封誥を受けたが、自分の生んだ子は若死にして亡くなって久しかった。以前下女の子を残しておかなければ、宗廟は絶えてしまっていたではないか。天の嫉まないものへの報いはこのようなものであった。海霞はさらに言った。「浙江の皇甫某[23]というものは、乾隆××科[24]の進士で、某県の知県になり、辞職帰郷し、やってきてわが県の笠沢書院[25]を管理した。皇甫はもともと長者で、生徒をきちんと教えており、わが県の人士も親しんでいた。しかし晩年たいへん困窮し、一子がいたが、合格するとにわかに亡くなり、老夫婦二人だけで呉江に住まったが、やはりあいついで歿した。以前、人に語っていた。『わたしは平生三つの楽しい事があった。しかし一つの過ちのために悪報を受けることになり、この世ではもはや望みがなくなり、悔いても手遅れとなってしまった。これを話せば戒めとなせよう。わたしは若い時に歩いて郊外に遊び、一人の麗人を見、心の中でたいへん愛慕したが、後に妻を娶って帰ったところ、以前会った人であった。これが楽しかったことの一つだ。会試の合格発表の日、人々に従って見にゆき、近視で遠くが見えず、さらに人が多くて押し合って進めなかったが、見ると地面に一つの眼鏡が落ちていたので、掛けて見たところ、眼とぴったりで、頭を挙げて見ると自分の姓名がまさに巍然として高く連なっていた。これが、楽しかったことの二だ。某年、わたしの子がはじめて郷試に応じ、すぐに合格した。これが、楽しかったことの三だ。わたしが某県知県になり、門生の某は才があったが行いはよくなく、郷試に合格した後、すでに婚約した妻が貧しいのを嫌い、浮気したと誣告した。この女はおりしも鼓脹[26]を病んでいたので、それを妊娠であるとし、わたしに訴え、離婚の判決をすることを求めた。わたしはそれを信じ、この女を捕らえて法廷で尋ね、弁明することを許さなかった。女は性格がもともと烈しかったので、袖から刀を出してみずからの腹を裂いた。いそいで救ったが間にあわず、死んでしまった。そこで事が上申され、某門生は処刑され、わたしもこれに坐して官職を失い、心はたいへん惴惴[27]としていた。まもなく、わたしの子は白昼女が来るのを見、死んだ。今わたしたち夫婦は老いて頼るものがなく、ゆくゆくは他郷の餒而[28]の鬼とされるだろう。報いもひどいものだ。』聴くものはかならず悲しんだ。」官職にある者が軽率に信じる弊害が、このようなことに到るのは、恐ろしいことである。

◎人に字を書いた紙を大事にするように勧めること

朱坎泉は、銭塘の諸生であった。他省に客遊したところ、某官が招いて二子を教えさせた。見るとそこの住民は字を書いた紙を大事にすることを知らず、窓を貼り、卓を拭き、踏んで汚し、悪習が続いても、恬として怪しまなかったので、宿の主人につよく勧め、資金を出して買わせた。不潔な紙があれば、かならず手ずから洗って焼いた。人に会うと勧め、ついにその習俗を変えた。数年足らずで、拾った字を書いた紙は百億万を数えた。かれが帰る頃には、長子は名は瀾といったが、嘉慶丁丑の進士になり、翰林に入り、次男の瀛も××科郷試に合格した。そもそも一人が字を書いた紙を大事にし、善行をなすには限りがあるが、人々に字を書いた髪を大事にさせることができれば、その善は大きく、その報いを得ることが盛んであるのは当然である。

◎貪官が任期満了できなかったこと

道光初年、わたしの郷里侯官の知事で張姓のものがいたが、湘陰の人であった。その父はもともと県の下役であったが、人に語ったことがあった。「『役所は善行するのによい[29]』といわれているが、わたしたちは事あるごとにみな善行をすることができた。」平生人のために紛争を解くことを好み、人を危険に追いやろうとしなかったので、人々はみな張長者と称していた。犯人を護送して省城に至り、亡くなったので、すぐに城外の官山に葬られた。地勢は低く、春夏はいつも、水に浸された。家はもともと貧しかったので、移せず、放っておくばかりであった。後にその子某は科挙に合格して役人となったので、さらにこれを吉穴とし、移そうとしなかった。わが福建で県令となるに及び、名声は芳しくなくなり、人の言葉を顧みなかった。役人の稼ぎを貯えると、すぐに親友を楚に戻らせ、父の墓の周囲の土を用いて高くし、水害を免れさせた。すると数ヶ月足らずですぐに不謹[30]で弾劾されて離任したので、その郷里の人々は墓を修理したからかと疑った。ある人は言った。「その地はもともと鮎魚(なまず)の穴で、水を得て生き、水が涸れて死んだだけだ。」時に陳楓階[31]は湘陰[32]で知事を代理していたが、そのことを聞くと、慨然[33]として言った。「書吏でありながら善を行ったので、貴い子を得、県令でありながら貪婪だったので、官職を失うことを免れなかったのだ。天がこのように無私であるのに、人が天心のあることを察せず、いたずらに地相に関して騒ぐのは、切に慎むべきではないか。」

◎武岡州[34]の事

武岡州の周某の家は、衣食はやや足りていたが、一族の壮丁は少なく、弱く、舒・楊二大族の間にあった。その年は凶年で、冬寒かったが、舒家の乞食が郊外で凍死した。周家から半里あまりのところで、周は夜寝ていて知らなかった。夜が明け、舒が来てそれを見ると、帰って悪党を誘い、人命事件として周を脅した。周は恐れ、金五十両を賄して事を収めることを求めた。悪党は十六人で分けあった。前の一班が去ると、後の一班がさらに来、人数はますます多く、銀を求めるものはますます多く、数百両でなければいけなくなった。周はどうしようもなく、関聖像、州城の二郎神[35]像にお願いにゆき、郊外で祭祀し、願文を捧げて祈ったので、人々ははじめて恐れて退散した。数日後、金を分けた人々の中で一人の男が突然狂い、みずから周の家に来、跪いて拝礼し、「わたしは銀若干を分けただけです。お情けを掛けてくださることだけを願います[36]。」と言った。毎日三度拝したが、数日で死んだ。さらに一人がそれに継いで、前のように拝礼したが、つづけて七人が死んだ。残りの九人は恐れ、もとの金を返すことを願い、周に代わりに懺悔することを求めたが、周は許そうとせず、十六人はみな死んだ。これは乾隆丁未年[37]の事で、『暗室灯』[38]（書名）に載っている。

◎蘇大璋

乾隆年間、諸生の蘇大璋というものがおり[39]、易学を修めて名声があった。夢みたところ、天榜[40]十一位に合格したので、たまたま同経[41]の友人に語ったところ、友人は嫉妬心を起こし、州に訴え、蘇は賄賂を使い、あらかじめ順位を知っていますから、追究することを願いますと言った。合格発表となった時、府知事が座にいたが、第十一位は本当に易を学んだものであったので[42]、事情を告げた。監臨[43]、試験官はともに言った。「話の通りであったら、どうみずからを弁明なさる。」他の予備の答案で、易えようとした。相談が決まり、弥封[44]を裂けば、予備の答案から合格したものは蘇大璋で、合格を保留せられたものは、州に訴えた友人であった。一堂はびっくりし、士人たちは喜んだ。

◎陳扶升

湖北の陳扶升は、黄州府の豪族であった。一族には共通の先祖の墓があり、俗に蛇穴といわれていたが、実は水木芦鞭[45]の龍、直来横受[46]であり、穴は傍らにずれ、祖先の墓はすべて端にあったので、栄えなかったのであった。当時、扶升は父のために葬儀を営んでいたが、本家は弱く、族人は強暴を逞しくしており、かれが大きな穴を占めることを許さなかった。やむを得ず、横の穴に墓を定めたところ、まさに真龍[47]を得た。葬った後、六子を生んだが、いずれも聡明非凡で、若年で合格し、それぞれ顕官を得、邸内に下女たちを雲のごとくに収めていたが、家の決まりは正しくなく、下男下女の美しいものには、つねに夜伽をさせ、争って媚を売ることは、常の習いとなっていた。子を生んでも、奴隷に所有させた。後に数軒が江南に逃れてゆき、姓を変え、名を改め、結局たいへん貴くなることができた。しかし扶升の嫡流はわずかに一代続いただけですぐに衰微した。そのことを探知しても、かえって権勢を恐れて会いにゆこうとせず[48]、奴婢が金持ちになったのだと思うばかりで、陳氏の直系であることを知らなかった。長沙の貴中孚[49]は言った。「このことはわたしがみずから見たが、わたしの郷里では陳氏のようなものはどれほどかも分からず、その奥向きが乱れていた時、みなみずから満足の意を示しているが、かれが害を受けるのがこのように深いことは知らないのだ。そもそも人情は子孫の栄達をかならず望むもので、どうしてたいへん富み、たいへん貴い子や孫をむざむざ他家に送ろうとしよう。そのわけは、私欲に蔽われて利害に明らかでないからだ。はやくから自覚があるのに、全身に汗を流さぬのだとすれば、人ではない。昔、衡山に譚姓のものがおり、県知事を辞めて帰り、日々田園の楽しみを享受していた。ある日、租税を収めたが、農家の婦人がたいへん美しいのを見、言葉で挑んだところ、婦人は望まなかった。さらに迫ると、すぐに走って逃げ、ひそかにその姑に告げた。姑は言った。『このような富貴の家は、その風水を求めても、なお得られぬだろう[50]。今おまえに近づいて来て、何の損があろう。それなのに従わないのか。』婦人は言った。『夫に知られて責められますのを恐れるだけでございます。』姑は言った。『まずはおまえのために言おう。心配することはない。』一日後、譚がまたからかうと、すぐに欣然として近づいたので、譚はたいへん喜んだ。その夜、部屋に入ると、女が来、服を脱いで寝ようとしたので、尋ねた。『わたしが前に再三からかったときは、おまえは決して受け入れなかったのに、今回は一言を発しただけですぐに従ったが、どうして前は気難しく、後は気易くなったのか。』婦人はそこで姑の教えを受けたことを告げた。譚はおおいに悟り、用を足すと嘘をつき、夜に逃げ去った。後に譚はつづけて数人の子を生んだが、みな栄達し、今なお孫や曽孫が栄え、衰えていない。これが『坡に臨んで馬を停め、懸崖に撒手する[51]』ということである。」これを見れば、富貴の家はもっとも慎重にするべきであることが分かる。実子[52]は一たび失われれば、永遠に帰らず、親を輝かし、名を揚げる子孫がいても、他人を父祖と誤認するばかりで、吉地[53]の霊秀[54]はひそかに移動し、本家の子孫はだんだん衰え、死後の追封が及ばず、祠廟の祭祀は人に譲り、父はその子を認められず、子はその父を知れず、当局者がかえって楽しいと思うのは、たいへん悲しいことではないか。

◎佃戸が善を行うこと

佃戸の銭益というものがおり、かれの主人は隣家の田を横取りすることを謀って果たさなかったので、心に毒計を生じ、益に命じて稗を隣の田に蒔かせようとした[55]。益はかれの妻に言った。「すべて蒔けば人を害し、蒔かなければ主命に逆らうが、どうしよう。」妻は言った。「蒸した稗に代えてはどうです。」益はその通りにした。その主人は様子を見たが、すでに撒いたのを見ると何もせず、隣家の田はすこしも損なわれなかった。後に益は子を生んで進士に及第し、夫妻はいずれも封誥を受けてともに老年を過ごした。

◎去り状を代書すること

寧波の葛観察が諸生であった時、塾に赴くため、路傍の一廟を通るたびに、かならず揖して去っていた。すると神が廟守の夢に現れて言った。「葛状元はここを通る時、かならず揖するのだが、わたしは立っていて不安だ。わたしのために一つの屏を門に築け。」廟守が大工を集めようとすると、また夢に現れて言った。「必要ない。葛は人に代わって去り状を書いたから、すでにかれの科挙合格を削った。」そもそも同郷に妻を棄てようとするものがおり、葛はかれから一両を得て代書したのであった。葛は廟守の言葉を聞くと、つとめてその夫婦をとりなした。後に郷試に合格し、官は監司[56]に至って終わった。

◎恩某

恩某は、満州の文挙人から山東の某県に選ばれ、たいへん才幹があったが、行いは無頼と同じであった。役所の政務の合間に、童僕下役らを集めて盛大に賭場を開帳し、賭博して掛け声を発し、昼夜声が絶えなかった。その長女は年頃になると、つねに一頭の馬、一人の僕(しもべ)と出遊し、行方が知れなくなり、夜になっても帰らなかった。恩は禁じられなかったし、気にもしなかった。教匪馬進忠[57]の事件は、もともとこじつけが多く、連座したものが数十人に至った。恩は審理担当官[58]となり、判決しようとしたが、連座したものはみな供述書に署名しようとしなかった。そのわけを質すと、言った。「署名すればすぐに首を斬られるのを、どうして知らないことがあろう。」恩は諭した。「署名しさえすれば、おまえの首を斬らないことは保障しよう。」人々はみな言った。「知事さまがわたしを騙した。」恩は言った。「わたしがおまえを騙しているなら、おまえはわたしの命を取れ。」人々は承諾した。翌日、みな殺した。家大人は東臬[59]の任に臨み、馬の事件を調べ、それが冤罪であることを知り、日々恩を弾劾しようと思っていたが、すぐに抜擢されて去り、果せなかった。鍾雲亭（祥）[60]が巡撫となると、はじめて事件を理由にかれを排除しようとしたが、ひどく脅迫を受けた。さらにかれの妻とともに日々刀を持って途で待ち構えたので、鍾は外出を少なくしてかれを避けるに至った。後に京控[61]で、上は文秋潭[62]閣老[63]にいって質すように命じ、はじめて事は落着した。流罪となる途中、幽鬼たちに扼殺され、かれの妻子は没落してどこで死んだか分からなかった。

◎人を借りて仇を雪ぐこと

泗州の某生員が広東の瓊州府に漫遊し、僧舎に寄寓したところ、先に一人の客がいた。尋ねると江西の劉某であり、新しい太守と旧交があるが、新しい太守が来ないので、しばらく寄寓して待っていることが分かった。たまたま詩を壁に題し、悲しみ怨んだ。泗州生はたいへん才を憐れむ思いがあったので、迎えて小酌し、会うのが遅かったことを残念がった。そこでかれと朝晩会って話し、唱和しておおいに楽しんだ。まもなく、新しい太守が着任し、劉を促して会いにゆかせようとしたが、ぐずぐずしてゆかなかった。衣が破れ、履が裂けているので面会を求めるのを恥じているのかと疑い、すぐに衣冠と従僕を貸し、ゆくように勧めた。午後になると、いってまた帰ってきた。そのわけを質すと、悲しげに言った。「十日来、知遇の厚いことに深く感激し、しばしば事実をお告げしようとしておりましたが、聴かれたことに驚かれれば、事が成るのは難くなってしまいます。それでも大きなお力でお助けしてくださることが必要ですので、衷情を述べぬわけにはまいりません。わたしが太守を訪ねますのは、本当は仇を雪ごうとしているのでございます。太守は以前、公金横領に連座したため、わたしは借金して弥縫してやり、さらに全財産で捐復[64]してやりました。かれが零陵の令の官職を得ますと、わたしはいって返済を求めましたが、にわかに白眼に遭いました。かれは以前の借金を認めなかったばかりでなく、さらに無礼な言葉でわたしを追いはらいました。わたしは進退窮まり、他郷で衰え死にました。数年来しばしば恨みを晴らそうとしましたが、いかんせんかれが出るときは胥吏が守ってやっており、入るときは門丞戸尉[65]が怒鳴ってやっています。あなたが偽ってたかりをする客となり、いってみて挨拶しようとなさいますなら、わたしは扇匣(おうぎばこ)[66]の中に身を隠しましょう。宅門に入りさえすれば妨げはございません。」泗州生はたいへん憤慨したが、その後、驚いて言った。「それならばあなたは幽鬼ですか。」劉は言った。「そうです。」灯前月下で調べてみると、すでに薄暮であったので、すぐに燭を持って照らすと、本当に陰がなかった。泗州生はたいへん恐れ、ぼんやり坐して気もそぞろになり、黙って一言もなかった。劉は慰めた。「恐れないでください。日頃、ご恩を蒙り、愛していただいていますので、孤魂[67]はおかげで飢えず、先ほどまたお力に頼ることを求めたのですから、どうしてあなたに祟ろうとしましょう。」しばらくして、すこし心が落ちつけば、借りを求めた。翌日、その言葉通りに目通りし、まもなくすぐに出た。翌日、突然太守が急病で亡くなったことが喧伝されていた。泗州生は以前のことを漏らして禍を招くことを恐れ、すぐによそへ去り、劉も行方が知れなくなった。

◎墓を奪った悪報

墓地を占うものが、風水師の言葉を信じ、古墓を吉穴と思い、幾つかの塚の土地を合わせ、鋤いて平らにし、朽ちた骨を棄て、かれの父母を埋め、陶朱の富を、確実に致すことができると思っていた。海船に荷を積んで、東洋で貿易したが、突然、風に遭って漈[68]に落ち、数年してはじめて漈を出て帰ることができた。去って一年あまりして、かれのしもべは突然かれがあたふたと夜に帰ってきたのを見た。かれは言った。「わたしは海で賊に貨物を奪われ、帰れず、やはり海で盗みをし、人々を掠奪殺害した。今、事が破れて幸い逃れたが、聞けば捕らえられたものがすでにわたしの姓名住所を供述したため、令状が急送されて眷属は捕らえられるそうだから、はやく自分で身の振り方を考えろ。ともに死んでは益がない。」涙を揮って逃れた。家中が震え驚き、一晩で四散した。翌日、隣人がその日の午門が開かないことを怪しみ、押したところ、鍵が掛かっておらず、呼んでも、一人もおらず、そのわけが分からなかった。地方が上申すると、有司はかれの什物を調べ、帳簿を作って封印した。親族は訝り、出てきて管理しようとするものはいなかった。後にこの人が帰郷したが、見れば家は閉ざされ、役所に封印され、尋ねると、隣人たちは家人が逃げてひさしいことを告げた。そこでお上に訴え、家財を返還することを請い、お上は一家が夜逃げしたわけを質すと、隣族を迎えて囲み守らせた。持っていた資金はすでに費消しつくしていたし、取り戻した家屋はすでにひどく破損しており、什物は十分の七八が失われていた。二年後、鎮江を過ぎ、その妻が他人のばあやとなっているのに会ったところ、妻は事情を述べたが、流離逃亡した子女はなお行方が知れないということであった。かれが墓を奪ったことを知っているものがおり、人に語ったのだが、幽鬼の報いの激しさはこのようなものである。

◎貞女が冤罪を明らかにすること

乾隆辛亥[69]の春、京師徳勝門外のある老人が車を雇って南城[70]にゆこうとしたが、到着しないうちに死んだ。御者が役所に赴いて報告したが、日暮れで調べるのが間にあわなかった。里甲二人に命じて番させたが、夜更けてたいへん寒かった。番人はそれぞれ火を探して暖をとったが、帰ると、屍がなくなっていた。罪を恐れたが、なすすべがなく、狡賢いものが言った。「わたしは人気のないところに棺が置かれているのを見たが、すでに掘られていたから、その屍を盗んで代わりにしよう。」そこでいって発いた。闇夜でじっくり見もせず、いそいで屍を覆って検屍所に置いた。翌日、官が来て調べれば、女の屍で、項に扼した痕があった。ともに驚き、番人を厳しく質し、拷問して責め立てると、事実を白状した。すぐに遺族を捕らえてき、厳しく尋ねたところ、そもそも西人[71]某姓の娘であった。かれの父は一人の後妻を娶り、妻にはもとの夫がおり、貧しかったため、兄と妹だと偽って売り、生活の足しにした。某はその容色を貪り、娶り、前夫は親戚であったので、しばしば往来していた。某は商売しており、外出するとかならず一日帰らず、一晩過ぎても帰らないこともあったので、前夫はあいかわらず親しく交わることができた。しばらくして、娘に窺われたので、その隠し事を発かれるのを恐れ、汚すことを図った。娘とおだやかに相談したが許さなかったので、夜になると、無理に犯した。娘はさんざん叫び罵り、妻はなすすべがなかった。おりしも娘の父は借金を取り立てて通州に赴き、十日ではじめて帰ることとなっていたので、ともに扼殺して口封じした。某が帰ると、急病で死んだと欺き、父も問い詰めなかった。ここに至り、質してその事情が知れたので、二人を処刑した。しかし老人の屍はなく、あまねく探したが見つからなかったので、ひとまず車夫を縛って里甲を待った。とある日、老人が官に言った。「前日失われた屍はわたしで、わたしは昔から痰疾があり、寒ければ発し、発すれば死んだようになる。真夜中になって目ざめ、暗闇で人がいなかったので、御者がわたしを棄てて去っただけと思い、こっそりと路を尋ねてひとりで帰ったのだが、このような大事件が起ころうとは思わなかった。」官は車夫[72]および里甲[73]を出して調べさせ、確かめると、許し、事件は結着した。ああ。これは天が淫乱凶悪なものの網を逃れることを望まず、そもそも貞魂[74]烈魄が人の手を借りてみずからその冤罪を明らかにしたか。

◎城隍の霊験

わが郡[75]の城隍廟[76]は、もともと屏山[77]の地にあり、だんだんと高くなっており、形勢は巍峨として、香火はもっとも盛んであった。わたしはあまねく各省を経ているが、見た廟でこれほど壮観なものはなかった。若くして聞いたが、莆田県に王監生の一件があったそうである。王はもともと横暴で、田の隣にある張嫗の田五畝を見ると、奪って方(しかく)にしようとし[78]、偽証文を作って県令某に賄し、自分のものと断じさせた。張嫗はどうしようもなく、田を与えたが、心の中ではたいへん憤っており、日々その門で罵った。王は耐えられず、隣人たちを買収し、張嫗を殴り殺させ、その子を招いてそれを見させ、すぐに捕らえて官に訴え、子がその母を殺したと誣告した。人々の証言は確かで、子は酷刑に耐えられず、無実の罪を認めた。王命を請い、すぐに凌遅にしようとした。総督蘇昌[79]はそれを聞いて疑い、子が不孝でも、母を殴るならその家でするはずで、山野の間でするはずがなく、それに全身が鱗のように傷ついているが、子が母を殴るときはかならずここまでしないと思い、福州、泉州二知府に命じ、省の城隍廟でいっしょに審問させた。二人の知府はそれぞれ固定観念があったので、なおも以前の通り判決しようとした。その子は縛られ、廟を出ようとすると、大声で呼んだ。「城隍さま、わたしの家はきわめて不当な冤罪を受けておりますのに、神さまはまったく霊験を示されません。どうして人の世の血食を受けられましょうか。」そう言うと、西の厢がにわかに傾き倒れた。それでも、政務を執るものは、廟の柱がもともと朽ちていたのだと考え、さほど意に介さなかった。もっとも下手の廟の門から引き出そうとすると[80]、二体の泥塑の�p隷が突然移動して進み、二本の棍棒を交叉させたので、人は通れなかった。そこで見るものたちは大騒ぎし、二人の知府も悚然とし、ふたたび取り調べを加え、はじめてその子の冤罪は晴れて、玉監生は処刑された。城隍の香火はそれからますます盛んとなり、正門の二人の�p隷の前にお参りするものも絶えなかった。これは亡き祖父資政公がそのことを目撃し、家大人に述べたのである。

◎宋龍図

同じ頃、仙遊県でも王監生の一件があった。時の県令は嘉興の宋某だったが、性格は厳格で、包老[81]をもってみずから任じていた。某村に王監生という者がおり、佃戸の妻と姦通していたが、夫が家にいるのを嫌い、占い師に賄し、その夫に家にいると流年がよくない、遠いよその土地に旅すれば、厄難を免れるだろうと告げさせた。夫はそれを信じ、王監生に告げたところ、王は資金を貸し、四川で交易させた。すると三年たっても帰らなかったので、村人某佃戸が王監生に謀殺されたとは喧伝した。宋は平素この言葉を耳にしていたので、怨みを雪ごうとした。ある日、某村を通ったところ、旋風が轎の前に起こった。後をつけると、風が井戸の中から出ていたので、人に井戸を浚わせたところ、男子の腐爛屍体を得た。そこで某佃だと信じ、すぐに王監生と某佃の妻を捕らえ、厳しく拷問した。すると、どちらもみずから夫を謀殺したことを認めたので、処刑した。県民は宋龍図と称し、演じて芝居にし、村々で弾唱した。さらに年を経ると、某佃が四川から帰り、街に入ると、舞台の上で王監生の事を演じており、近づいて見ると、はじめてその妻がすでに冤罪で死んだことを知った。すぐにたいへん嘆き、叫んで省城に訴えた。按察使某が沙汰してやり、宋知県がことさらに無実の人を取り調べ死に到らしめたとして処刑したので、仙遊の人は歌った。「姦夫が実夫を殺せりとでたらめを言ひ、真の龍図は偽の龍図に変はりたり。事寄せん民牧はよく慎むべし、恃むなかれ官の清く胆気の太きを。」これは家大人が仙遊の書院で勉強していた時に県の諸生が述べたことを聞いたもので、乾隆四十年代の事であろう。

◎孝心で合格すること

袁簡斎[82]先生の『新斉諧』[83]に、裘文達公[84]が福建で典試し、心のなかで解元の文を優れているとし、合格発表があった後、いそいで会おうとしたことを載せている[85]。昼に役所に坐していると、門外で騒ぐ声が聞こえたので、尋ねたところ、新しい解元が公のしもべと門包[86]のことで口喧嘩しているのであった。公は心のなかで嫌に思い、かれが貧しいのかと疑い、しもべに金をせびるのを禁じ、すぐに召見した。その男は面目言語とも粗野で、取るべきところはなかったので、心は悶悶とし、方伯某に士人を選ぶのを誤ったことを悔いていると告げた。方伯は言った。「公が仰らなければ、わたしは申しあげようとしませんでした。合格発表の一日前、わたしは文昌を夢みましたが、関帝が孔子とともに坐していました。朱衣のものが福建の題名録[87]を持ってきますと、関帝は顔を顰めて言いました。『この第一位の男は平生悪事をなして横暴だから、どうして解頭[88]にできよう。』文昌は言った。『かれは官階がたいへん高かったが、行いが善くなかったため、すでに削り尽くされていた。しかし、かれは勇ましいことを好み、闘いを好んでいたが、母が怒鳴るのを聞くとすぐにやめていた。思うにこれはなお孝心に属しているから、ひとまず救いを与え、まもなく上へ帰らせるべきだ[89]。』関帝はなお怒っていたが、孔子は語らなかった。これも珍しいことだ。」まもなく、某は亡くなった。そもそも裘文達公は乾隆己未の進士[90]で、丁卯[91]に湖北で典試し、壬申[92]に江南で典試し、庚午[93]に浙江で典試し、癸酉[94]にまた浙江で典試し、己卯[95]にまた江南で典試し、丙戌[96]に会試総裁になったが、わが福建を典試したことはなかった。この記載には誤りがあるが、その事はいずれも戒めとすることができた。

◎廖思芳

廖都転[97]（寅）[98]は、教匪の首犯劉之協[99]を捕らえた功により、葉県知県から鎮江知府に選ばれ、さらに両淮塩運司に選ばれた。当時、手ずから劉之協を捕らえたものは、本当は都転の子（思芳）であった[100]。勇名が天下に聞こえると、さらに奇功によってみずからをひけらかそうとしていたが[101]、することは多くは粗雑であった。嘉慶癸酉[102]に教匪林清の変[103]で、その一味李文成[104]が河南で蜂起し、滑県を陥れた。事が収まると、つぎつぎに殺したが、諸々の大頭目の中で祝現、劉第五というものたち六人はいずれも逃れさった。上は各直省[105]に命令を出して協同して捕らえさせることにし、手厚い褒美を約束した。廖思芳はその時はりきり、外出するときはかならず数騎を従えていた。ある日、某県を通り掛ったが、日暮れで雨が降っていたので、路傍の店に憩うた。そこでは偉丈夫が口で斉音[106]を操り、袒(はだぬぎ)になって坐し、その髆(うで)を露わにしており、そこには刀傷があった。思芳は震え驚き、迫って見ると、腰に鉄刀を掛けていたので、いそいで外に出ると騎上のしもべを呼び、囲んで捕らえた。その名を尋ねると、言った。「劉第五だ。」。そこで県に送って判決した。刑部に護送すると、曲阜の孔家は朝廷に、廖が捕らえたものは、孔家の農夫劉第五で、教匪の大頭目の劉第五ではないと言った。上が怒り、廷臣を集めて質すと、孔氏の言う通りであった、劉第五を許して思芳を獄に下し、都転も免職されて去った。まもなく、思芳は獄中で死んだ。家大人は言った。「その日、都の輿論は、劉之協が捕らえられたのは、実は廖思芳によるといわれていたが、思芳も実は他人の手から得た、その人が事情をばらそうとしたので、思芳に功を帰そうとせず、都転がみずから横取りしたのだということであった[107]。思芳は憤って満足できず、日夜考え、劉第五の挙を醸成したのであった。邪気が災禍を致すというのは、このことか。」

◎ふざけることに益がないこと

廖思芳があやまって劉第五を捕らえた事件が、部に持ち込まれた当初、士大夫は日々このことを話題にした。ある日、伺候したときのこと、上はみずから藉田[108]を耕し、先農壇[109]を祀り終わると、車で具服殿にゆき、しばらく休み、衣を換えたが、公卿百官はみな望耕台[110]の下で待機していた。当時、刑部はすでに劉第五が曲阜の孔氏の農夫であることを調べあげていたが、上奏していなかったので、役人たちはみな大司寇[111]韓桂齢先生[112]に詳しく事情を尋ねた。おりしも諸城[113]の劉信芳先生[114]と徳州[115]の盧南石先生[116]が並んで立っていた。桂齢先生は戯れて二人に言った。「すべてあなたがた山東人がよくないのです。」劉が答えないうちに、盧は劉を見て言った。「すべてあの劉のやつがよくないのです。」劉はすぐに言った。「すべて五男坊のあなたがよくないのです。」（盧は排行が五で、京師ではつねに「盧五爺」と称していた。）人々はみな大声で笑い、その声は讙然[117]としていた。当時、上はすでに具服殿を出られていたが、それをお聞きになったようであった。先導の侍衛が飛んでき、手でさしまねくと、人々ははじめて静まった。聞けば糾儀御史[118]が弾劾状に列ねようとしたが、事が徳州に関わっており、つよく阻むものがいたので、やめたということであった。さもなければ裁きに掛かるものは少なくなかったことであろう。その日、家大人も壇で儀式を見ており、そのことを目撃し、退いてわたしたち兄弟に述べ、さらに言った。「およそふざけることには益がないし、天威[119]に咫尺しているのならなおさらだ。」録すれば、やはり諧謔を好むものの戒めとするに足りよう。

◎祝由科

趙甌北[120]は陳玉亭（純祖）[121]とともに軍機処に宿直していた。二人はいずれも若年であったので、暇があればかならず相撲して戯れていた。玉亭は力があり、甌北の手を握ると、かならず痛くて我慢できなかったので、甌北はしばしば苛められ、つねに仕返しを考えていた。ある日、円明園の宿直室で、凳の一本の��(よこぎ)を取って玉亭に言った[122]。「わたしが目を閉ざして打ったとき、わたしの��(よこぎ)に触れて傷ついても、わたしの罪ではない。」そもそも甌北はみずから目を閉ざせば玉亭はかならず危険を冒して無礼しまいと思っていたが、玉亭は危険を冒しても、甌北はきっと��(よこぎ)で打とうとしないだろうと思っていた。突然��(よこぎ)の端でどんと音がし、玉亭はすでに血が顔に満ち、死にそうになっていた。いそいで湯を注ぐと、はじめて意識が戻った。甌北はたいへん驚き、悔い、すぐに車を呼ぶと街に送りこんだ。その日、宿直が終わると、いそいで馬に乗って見にいった。西直門に入ると、馬が突然跳びあがり、甌北は転んで地に倒れ、意識を失って半刻してはじめて目ざめた。そこでまず宅に戻って休養し、翌日はじめて玉亭を見にいったが、玉亭はもともと恙なかった。後に両家の奴隷はたがいに議論し、甌北の転んだのは、玉亭がしたことであるのを知った。玉亭は楚人で、そもそももともと祝由科[123]を習い、傷を人に移すことができたのである。およそ戯れることは益がないが、これは益がないばかりでなく、損がある。

◎賢婦が家を守ること

周才美はピンはねすることによって家を興し、息子のために嫁を娶ったが、嫁入りするとすぐに斗・斛・秤・尺などの物をそれぞれ二つ渡し、入るものは多く出るものは少なくするように教えた。嫁は咎め、すぐに泣いて去ることを求め、言った。「お義父さまのなさりようは、天に逆らっていますから、後世かならずろくでもないことをする子が生まれて家を滅ぼし、人々はわたしが生んだということでしょう。わたしは受けません[124]。」才美は悟り、言った。「それならば、改めるのはどうだ。」妻は尋ねた。「これらを何年用いましたか。」「二十余年だ。」妻は言った。「どうしてもわたしを留めようとなさいますなら、逆にして二十余年用い、昔偽った額を償ってください。」才美は承諾し、後に二子を生んだが、いずれも合格した。この妻は賢明で智恵があり、巾幗(おんな)でありながら幹蠱[125]の事をなすことができ、まさに女丈夫であった。

◎薬を施して報いを得ること

広西の陳桂舫（鏵）[126]は、わたしの丁酉[127]の同年であった。わたしは合格発表後、すぐに桂林にゆき、親戚を訪ねたので、三度会試を受験したが、いずれも瀟湘[128]から洞庭に浮かび、汴梁にゆき、黄河を渡って北上した。洞庭に言及するたび、桂舫はかならず怦怦然[129]として顔色を変えた。ある人がかれの臆病を笑うと、言った。「胆が怯えるばかりでなく、胆が砕けそうになった。天道があったのはさいわいだった。」そして述べるには、数年前、かれの叔父に従って河南から帰る時、洞庭を通ったが、風が穏やかでなかったので停泊した。いっしょに停泊している船は数百隻を下らなかった。おりしも流民の小舟十数隻があり、舟の中の人には、病で死ぬものが多かったが、桂舫は舟の中に丸薬を帯びており（藿香[130]六合[131]の類）、投じるとかならず効いたので、薬を求めるものは、たいへん多かった。後に薬の残りが幾らもなくなり、全員に与えることができない情勢となったが、その叔父は言った。「薬は本人を救うものだから、惜しんで与えないのは、義ではない。」そして持っているものすべてを与え、助けたものを数えれば、すでに数十人であった。翌朝、風が変わったので、各舟は誘い合わせずにともに出発したが、波浪は天に翻り、四方を眺めれば果てなかった。夕方になり、湘陰[132]まではなお十余里あり、風が突然収まり、人々は心がすこし落ち着いたが、船頭は惴惴然[133]として風が変わることを恐れると言った。しぶしぶ急行し、港までほぼ半里足らずで、逆風がまた起こり、暴風がだんだん激しくなり、さらに船が大きく、風を招きよせたので、港に入ることができなかった。やむを得ず、船頭たちおよび全船の人々と約し、小舟で岸に上がらせ、二本の大きな纜で引かせた。船頭は桂舫に頼み、柁をしっかり握り、偏向させなかった。人々が岸に上がると颶風が起こり、船が一たび上下すれば、高さは約一丈あまり、人の力は施し難く、河の真ん中に漂ってゆく勢いがあった。あたふたとしていると、突然、山の後ろで一群の人々が叫んだ。「はやく救いに来い。」七八十人が纜に従って泳ぎ、吶喊すると、船はすでに港に入っていた。人々ははじめて助かったことを喜び、尋ねると、昨日の流民であった。そもそも流民の船は小さかったので、風が起こる前、すでに岸に着いていたのであった。これは神がそうさせたかのようであり、情けは人のためならずというのは、本当に嘘ではない。

◎某先輩

某先輩は、もともと素封家で、幼い時、金持ちの家と通婚したが[134]、その父君が気前よく施捨することを好み、その貯蓄を蕩尽したので、臨終の時、陰徳だけを公に遺していた。公はたいへん困窮しており、学校に入った後、借金して妻を娶る計画を立てた。しかし富豪は婿が貧しいことを嫌い、ひそかに約束に背き、青衣[135]を替え玉にした。青衣はもとより端麗婉娩であったので、公はその偽りを知るよしもなかった。後に岳家にゆくと、郷里の無頼漢たちが下女の婿だとからかった。公はひそかにこのことを妻に尋ねると、妻は正直に告げた。それより前、公は夢みてある場所にいったことがあったが、朱闌碧瓦で、はるかに人の世と異なっており、数人の女郎がいっしょに一着の錦袍を刺繍していた。尋ねると、言った。「本年合格する状元の服でございます。」じっくり見ると、襟袖の間に二字を朱書してあったが、自分の姓名であった。目ざめるとたいへん自負し、下女を娶ったことを知ると、たいへん怒り、他年富貴になったらかならず再婚しようと思った。ある晩、また夢みて前のところにゆくと、刺繍する女郎は漠として顧みず[136]、襟袖の間の字を見ると、ぼんやりと消えようとしていたので、いそいでそのわけを尋ねると、女郎は生返事した。「あなたは最近奥さんを棄てる思いを萌しましたから、上帝は他人に易えることを命じただけでございます。」はっとして目ざめ、深くみずから悔いた。それから琴瑟はますます調い、いっしょに老いることを誓ったところ、数年足らずで天下状元となり、近畿を遊ぶ司った。

◎人を最後まで救わないこと

閩県の陳贏仙（賡元）[137]は、戊辰の進士[138]で、山東の臨邑県[139]知事に選ばれた。陳はもともと豪傑で、詩酒に耽り、理財に長けてもいなかったので、計典[140]で離任した。短交[141]の倉庫の正款[142]は、一万八千余両に達していたので、死刑になることになり、府庁の獄に収容された。道光五年、家大人は山東で司法官となり、陳と旧交があったので、日々釈放する手立てを考えていた。済南府の鍾雲亭（祥）[143]は、陳の戊辰の同年であったので、家大人は極力画策してやり、その額を一万以内に減らしたが、九千余両は欠けていた。期限内に完済できるなら、罪を免れることができるし、もとの官職を捐復することも許されるのであったが、有り金はなく、ほかに計略はなかった。当時、方伯は訥近堂（訥爾経額）[144]で、新しい撫軍は陳心畲中丞（中孚）[145]、鍾を継ぎ、済南府知事となったのは、家大人の同年楊蓉峰（恵元）[146]であった。中丞・方伯はいずれも陳[147]と親しく、楊は陳の姻戚であった。数人が心を合わせ、極力手を打ってやった。おりしも濰県[148]知事に空きが出、みな交代の人を相談したので、家大人はそれを巡撫･布政使に相談し、誰かを転任させ、半年以内に臨邑の損失を補填させることにした。濰県は全省第一の優缺[149]であったから、本人にはすこしも困難はなく、陳はおおいにその益を受けられ、公金がひさしく欠損するに至らず、一つの行いが三つの善を兼ねていたので、人々はみな至当であると思った。おりしも中丞は、某知事を選び、直接事情を告げたところ、某知事は口を極めて、引き受けると言った。家大人および上官たちに会っても、かならず再三諄諄と頼み、難色はなかった。まもなく家大人は江蘇布政使に選ばれ、訥近堂[150]は漕帥[151]に選ばれ、楊蓉峰は泰安の任地に戻り、陳中丞は山東で亡くなった。某知事は着任して半年あまりすると、もともと相談した上官に、一人も眼前にいるものがなくなったので、にわかに前言を翻し、一毫も抜かなくなった[152]。そのため、陳は期限が満ちても完納しなかった廉で、慣例通りに処罰せられ、府の獄で亡くなった。同僚でこの事を知るものたちはみな不満だったが、どうしようもなかった。まもなく濰県は逃亡犯[153]を出したため、某知事は弾劾。免職された。逃亡犯を出した場合、本来ならばすぐに離任するとは限らないが、上官は陳の事を聞き、かれ[154]の虚偽を憎んでいたので、事件を口実に排除したのであった。翌年、某知事は捐復し[155]、改めて南省[156]に派遣された。蘇州の布政使の役所を訪ね、家大人に会ったが、以前のことを追及すると、某知事は顔じゅう恥ずかしそうにし、一言も語れなかった。

◎大官が殺人を好むこと

わが福建の乾隆末年の横領事件は、福州将軍魁倫[157]から起こっていた。上奏を司ったものは、わが郡の林樾亭先生（喬蔭）[158]で、士人たちの中の耆宿[159]であった。当時、福建省の吏治[160]はきわめて腐敗し、倉庫はすっかり空しくなっていた。魁倫は福建を鎮守する日が長く、その詳細をみな知っており、先生は文筆が傑出しており、叙述は詳細であった。上奏がなされると、おおいに聖上を感動させ、すぐに魁倫に福州将軍[161]を授け、その件を徹底調査させ、大事件となった。翌年、魁倫は丁憂[162]で帰郷し、先生も部に赴いて謁選[163]した。亡き太傅[164]朱文正公[165]に会った。先生はもともと文正公の高足で、公はかれが会いに来た時、ひそかに尋ねた。「魁某が大事件を起こしましたが、阻まれてはいかがでしょうか。」先生は言った。「勧めても従わいません。どうしようもありません。かれは損失を出したことは道理として処罰するべきだと言っていますが、精査がここまで猛烈だとは思いませんでした。」公は言った。「あなたが人のために代筆されたのは、もとよりやむを得ませんが、魁某が殺人を好んだことなどは、断じてよい結末はありませんから、ひとまず静観なさい。」その時、樾亭先生は、内城で魁倫の家を管理しており、外城では亡き叔祖太常公[166]の家を管理しており[167]、この言葉はみずから家大人に述べた。まもなく、魁倫は四川総督を授かり、教匪[168]がひそかに嘉陵江を渡った時[169]、軍機を誤ったために処刑された。樾亭先生は、その時、四川彭県知事に選ばれたばかりであったが、江津[170]に転任し、まもなく命を受け、チベットの政務を処理することを委託され、西方[171]の辺境で亡くなった。

◎貪婪な吏が途で迎えることをよくすること

嘉慶初年、わが福建で県令になった進士がおり、貪欲かつ残酷であったが、才幹もそれを救うに十分であった。はじめ晋江県[172]知事に任ぜられたが、ちょうど大官が巡察のために域内を通ったが、県庁まで数十里のところで、村の民間の婦人が筐を提げ、跪いて路傍で献じた。どうして来るのを知っていたのかと尋ねると、言った。「民衆はどうして大人がこちらをお通りになることを知りましょう。昨日、本県の知事が来ようとしていることを聞き、知事さまはわたしたちを子のように愛され、さらに賄賂を受けず、畑のあらゆる野菜・果物で、寸志を捧げるしかないと思ったのでございます。今、大人にお会いしましたが、思いみますに、県によい役人がおりますのは、すべて大人の賜であり、まずは大人に差し上げ、後に県知事に送りましょう。」大官は笑って頷いた。このようにすること絡繹として数十たび、すべて輿に従わせ、城中にゆかせ、賞を受けさせた。行館[173]にゆき、某知事に会うと、大いに褒めて優れているとし、筺を持ってきたものを褒める手立てを考えると、某知事はすでに代わりに銀牌百枚を準備し、命を伝え、分け与えたので、人々は歓声を雷のように響かせて去り、大官もたいへん喜んだが、すべてはこの知事があらかじめしていたことを知らなかった。数ヶ月足らずで、すぐに厦防同知[174]に選ばれたが、これはわが福建第一の優缺であった。着任した日、ちょうど人命事件が知らされた。管轄地の富裕な郷紳で、部郎[175]を買ったものが、園亭[176]を造り、みずから大工を監督し、みずから円椅[177]に坐し、傍らに灯火を置き、アヘンを吸う用に供していた。まもなく、一人の大工も潮煙筒[178]を持ってきて、灯火から火を吸ったので、富裕な郷紳は激しく怒鳴った。大工は腹を立てて去ったが、しもべが傍らにいないのに乗じ、斧を提げてかれの背を斬り、すぐに殺した。大工もすぐに捕らえられ、役所に送られたが、みずから認めて隠さなかった。すぐに収監され、掲示して翌日の朝の法廷で審問することにし、夜、人をやり、大工に語らせ、指図したものを供述させた。翌日、大工は主人の妾某氏のことを供述した。某妾を捕らえ、午後の法廷で審問したが、某家はいそいで人を遣わし、万両を賄して免れることができた。さらに人を遣わして大工に語らせた。「某妾は役所に来ようとしない。指図した人がほかにいるのだろう。明日訊問すれば、ほかに供述するだろう。」さらに一日後、事は某妾から出ているが考えは実はその妻から起こっていると供述した。某妻を捕らえれば、さらに客に万両を添えて賄させ、事件は収まった。そもそも職務に就いてわずか三日で、二万両を貪っており、事件の情況にはまったく矛盾がなく[179]、人はみなかれの貪婪さに恐怖したが、その才幹に感服しもした。大官はますますかれを賢いとし、まもなく泉州太守に選ばれた。後にしばしば故あって、だんだんと知事に降格された。そもそも歴任した地でしたことはすべてこのようで、結局、繰り返し職を奪われるに至った。信任していた有能なしもべが、ひそかにその前後の収入を記録したところ、五十万両を下らなかったが、みなすぐに散じて去り、免職の後、両目はまもなく見えなくなり、二子はいずれも資金を納めて郡丞[180]となったものも、相次いで亡くなり、貧しくて自活するすべがなくなるに至り、結局、逗留・客死した。俗にいう「人財両つながらに空し」とは、この知事のことであった。同じ頃、莆田の知事は、漢軍[181]の人で、やはり迎合に巧みであった。某大官が県内を通り、午に涵江の駅館[182]に憩った。莆中[183]の山水はもともと美しく、涵江[184]の風景はもっとも良かった。駅館の中のある楼は、もっとも溪山[185]の景勝を占め、某大官はたいへん吟詠を好み、景色に即して七言絶句一首を作り、紙に書き、壁に貼って去った。十日あまり後、戻って来、またこの楼に憩った。見ると壁に拓本の山水の横掛があり、構図はたいへんよく、掛軸の左には詩款があり、近づいて見ると、前に作った絶句であった。おりしも某知事が目通りし、おおいに礼を言い、拓本のことを尋ね、余っている紙があれば、数幅を持ち、省城に戻り、同好に分け与えようとした[186]。するとすでに拓本が二百幅とられており、きちんと表装されていたので、輜重に従って出発した。そこで大官はさらに礼を言ってやまず、手を握り、鄭重にして去った。まもなく興糧庁[187]の空きが出、某知事を抜擢しようとしていたが、かれが急死したのでやめたことを聞いた。某知事は金を湯水のように使い、みずからの生活はきわめて豪奢であったが、死後、負債は累累としていた。同僚は極力援助し、やっと帰ってゆけた。近頃、わたしの郷里の公車[188]で、某官のために手紙を持って上京し、みずから某知事の邸内で手渡したものがいたが、住居はきわめて狭く、一人の寡の妾が門番しているばかりであった。

◎盗人が役人を脅すこと

ある盗人が夜に某知事の家に入り、刃を露わにして脅した。「わたしとおまえはどちらも盗人だ。盗人が盗人の物を得ても盗んだといえない。わたしの盗みは、財物を得るだけだが、人を殺すとは限らない。おまえの盗みは、常に人を殺して財を得ており、わたしとどちらが善いのだろうか。そもそも盗みの罪はかならず死刑になることは、わたしは知っている。しかし死を冒してするのは、ひとえに貧しかったため、やむを得ずこうした手立てを考えたのだ。××軒の家を経、××件の事件を犯したが、おまえのしたことと比べると、半分に及ばないのに、いたずらに盗人の名を得ているのは、たいへん意味のないことだ。今おまえの資産だけをとり、故郷に帰り、田を買い、恂恂[189]として善人となることができれば、おまえが終生盗みをするよりまだましではないか。」その箱の千両を奪い去り、すぐに去った。某知事はたいへん恐れ、その事を漏らそうとしなかった。その隣でこっそり聞いていたものがあり、このように人々に伝えたのであった。これは江南某県で嘉慶初年にあった事である。

◎曹循吏

曹懐璞（瑾）[190]は、河南の解元で、宝応[191]の朱文定[192]公および陳恭甫[193]編修が採用した士人であった。わが福建の県令となり、循吏としての名声があり、わたしの郷里で近年随一の清廉有能の吏であった。閩県の知事をしていた時、ちょうど新しい廉訪[194]が着任した。先例では、閩県は侯官とともに役所の磁器を別々に調達していた[195]。侯官は洋銀千円を費やすに至ったが、曹は百円ですべて調達した。門番は受け容れず、その器の半分を毀った[196]。曹はそこで器の目録および各碗式[197]を懐にし、みずから廉訪の門に呈して言った。「大人の上下の人々から計算すれば、侯官県が買ったものがいかほどかに関わりなく、本官のこの目録だけで、厨房茶竈の用を充たすに足りていました。今、門番にその半分を毀たれましたが、補填・納入いたしたく思います。どうしても多く優れたものをお求めでしたら、人民から取るしかなく、本官が出そうとするものではございません。」廉訪はどうしようもなく、かえって慰労した。ある日、道で二人が言い争っているのに会い、捕らえて尋ねると、その一人が言った。「わたしは銀を一封拾いましたが、重さは約五十両でした。家に持ち帰り、母に呈しますと、母は言いました。『銀の数はたいへん多い。この人があわててこの銀を探した時、それがなければ他の変事があるだろう。すぐにその場所で番してそれを返すべきだ。』わたしはそこでこちらに来、待っていましたところ、本当にこの人が探しに来るのに遇いましたので、すぐにもとの銀を返しました。この人は長いこと熟視し、言いました。『ほかに五十両ある。纏めてわたしに返すべきだ。』そもそもこの人はこれを口実に偽ろうとしたのでございます。」曹は銀を失ったものを質した。「おまえが失った銀は本当に百両か。」「はい。」さらに銀を見つけたものに言った。「このものが失ったのは百両で、これと合わぬから、これは他人が忘れたもので、今その人は来ないから、おまえがひとまず取れ。」さらに銀を失ったものに語った。「おまえが失った百両は、まもなく人が送りかえしてくるはずだから、こちらで待て。」その銀を拾ったものは、銀を持って去り、銀を失ったものは嗒然としてさらに一言も発せなかった。途中、囲んで見ていたものたちはみな喜んだ。曹の断獄が明快であることは、このようであった。曹は面貌が枯槁で鬚や眉は少なく、人相見は、かれには終生子ができまいと言っていたが、今、五旬を超えてから一子を挙げ、さらに淡水[198]の同知に選ばれたので、論ずるものは清廉の報いだと言った。

◎超過額を徹底調査すること

乾隆末年、わが福建で横領事件が起こり、州県で処刑されたものは二十余人であった。布政司は驚き恐れて死に、按察司は冤罪で七人を殺したため、人に摘発せられたが、時に陝西布政司に選ばれ、すでに出発していたので、ふたたび部文[199]を奉じ、召還・処刑した[200]。道府[201]はともに免職となり、総督伍拉納[202]・巡撫浦霖[203]も逮捕され、訊問のために入京した。純廟[204]は激怒し、朝廷での訊問の日、死刑を施し、一日後、すぐに護送して刑場に赴かせた。当時、伍は両目が耿耿として、まだ左右を見ることができたが、浦は右腿がすでに夾まれて断たれ、車中に横臥し、気息奄奄としていた。これは家大人が公車[205]で都にいた時に目撃したことであった。当時、清査局[206]を総理していたのは田方伯（鳳儀）[207]であり、天性苛酷で、出納を調べ、いずれも現在の欠損をもとに判断し、さらに事案を処理することを催促したので、振替えるべきもの、相殺すべきものは、すべて詳密に調査するのが間に合わなかった、局が撤廃された後、倉庫の金を総計すると、数十万両が余分にあったが、死者は生き返ることはできなかった。古田[208]の知事塔倫岱[209]というものは、満州の文挙人から官となり、役人としての名声はもともと良好で、欠損した項目をすべて償える金があったが、当時調べるのが間に合わず、絞罪に処せられ、人はもっともかれを怨んだ。方伯はまもなく丁艱[210]によって帰郷することになったが、山を越え、江山船[211]に乗ろうとすると、突然、船首にぼんやりと官銜[212]を書いた傘・提灯七八対が見え、もっとも前の一対には「古田県正堂[213]」と書かれており、字は判読できたが、心の中で、あれは福建の官員なのに、どうして浙江から送り出されて来、さらにどうしてわたしの船に入ってきたのかと訝った。船に乗ると、一人もおらず、尋ねたが、しもべも何も見ていなかったので、精神病になり、鬱々として死んだ。

◎修符

家大人が山東で司法官をしていた時、濼源書院[214]で試験したところ、海陽の修生というものがおり、文がたいへん優れていた。その姓がおかしいと思い、家系を尋ねれば、読書する旧家で、その父の修符は、解元に合格していた。そして述べるには、かれの父が省に来て試験に赴いた時、途中で夫婦二人が幼い子を連れてたいへん悲しげに哭いていたので、質したところ、子を売って金持ちからの債務を償おうとするものであった。修はそこでその金額を計算し、金を出して与えた。試験場に入ると、問題は「孔子郷党に於いて[215]」の句で、構想は成らなかったが、ふと夢みたところ、一人の老人が告げた。「この問題は二つの郷党にすれば、かならず首席だ。」。目ざめると、すぐに宋と魯を対句にした。試験場を出た後、一人の男が地に頓首しており、見ると、子を売ろうとした男で、つよく招いてかれの家を訪ねさせたので、中に入ったところ、壁に画像が掛けてあったが、夢の中の老人とそっくり同じであった。尋ねると、かれの父の遺像であった。合格発表があると、本当に首席合格であった。思うにこの事は、すでに亡き祖父の『天池公書香堂筆記』に載せてあるが、家大人は最近それを録して『制芸叢話』にも入れた。思えば張�ﾀ庵先生[216]は言ったことがあった。「『郷党』とはもとより昌平闕里[217]をいう。」しかし『礼記』儒行篇にいう。「某[218]は魯にいることは少なく、縫掖[219]の衣を着け、宋にいることが長く、章甫[220]の冠をかぶった。」だとすれば、宋と魯を並んで郷党と称するのは、根拠がないわけではなかった。

◎幽鬼に情を説くこと

浙江の、ある試験でのこと、温州の某生員が号舎で女の幽霊に会ったが、女は命を取ろうとすることがたいへん急であった。隣の号舎にいる生員はおおいに胆略を自負していたので、そのわけを質しにゆくと、某生員は口を噤んで語れず、幽鬼が某生員に憑き、代わって答えた。「わたしはもともと邪念がございませんでしたのに、このものはさんざんわたしに挑みました。色目を使っていましたところを[221]、夫に見られ、大声で罵り辱められました[222]。本当に汚されておりませんでしたのに、このものはわたしのために弁明しなかったばかりでなく、かえって風流(いろおとこ)をもってみずから任じ、得意の表情をしていました。わたしはみずからを弁明するすべがなく、早まった考えを起こしたのでございます。」隣の生員は言った。「この人はたしかに憎らしいですが、一言だけ言わせてくださいますか。」幽鬼は言った。「わたしが命を取り、このものが命を償うのですから、あなたとは関係はございません。」隣の生員は言った。「わたしは平生怨恨を解くことを好み、万事人に益があることを望んでいますが、幽鬼の情況は、人間と大して違いはございませんでしょう。いたずらに命を償うことをよしとするのに、何の利益がございましょう。」幽鬼は言った。「それならば、わたしにどうしろと仰るのです。」隣の生員は言った。「お子さんはおありでしょうか。」幽鬼は言った。「一子がおり、今年十八でございます。」さらに尋ねた。「この人には子がいましょうか。」すると言った。「一人の娘がおり、もう年頃になっています。」隣の生員は言った。「今わたしがこの人に命じ、その娘をお子さんの嫁にさせましたら、従うことを望まれますか。」すると言った。「もとより願うところですが、このものは善人でございませんので、翻意せぬ保証はなく、今回、よそへ去らせれば、ふたたび会うのはさらにいつなのか分かりません。」隣の生員は気前よく言った。「わたしは一家で、この事を保証することを願います。翻意すれば、あなたはすぐにわたしの命を取ることができましょう。」幽鬼はしばらく考えると、言った。「とりあえず、仰ることに従いましょう。けっして約束を破らないでください。」鄭重にして去ると、某生員はにわかに正気に戻った。隣の生員が事情を告げると、ひたすら承諾し、幽鬼がまた来ることを恐れた。その夜、隣の生員が寝、まもなく夢みたところ、前の幽鬼が謝しに来て言った。「あなたがこの件を調停してくださりましたことは、すでに神さまのお耳に達しています。あの生員はもともと今回の試験に合格するはずだったのですが、今はもうあなたに移りましたので、わざわざお祝いしに参ったのでございます。ただ、試験場を出られましたら、いそいでこの事を処理なさるべきで、ぐずぐずされてはなりません。」三場[223]が終わると、隣の生員はすぐに両家へゆき、それぞれ顛末を述べ、数日の間に、婚礼を行わせた。まもなく、合格発表があったが、隣の生員はすでに合格していた。そもそも隣の生員は、平素、温州の各属県で、刑幕[224]を処理していた時も、このことがあったのを仄聞していたが、その手がかりを得ていなかった。今つとめて保証したのは、翻意があれば、事件を調査し、その事件を決着させるのが難しくなかったからであった。これは郭蓮渚比部[225]が述べたことで、時に比部は浙江に随任[226]していた。

◎幽鬼と理を語ること

幽鬼の情況は、人とさほど異ならず、情で動かせ、理でも動かせる。浙江の××科で、趙生が郷試に応じた時のこと、試験場に入り、食後に仮眠していると、一人の婦人が簾を掲げて入ってきて言った。「間違えた。××ではなかった。」そう言うとすぐに隠れた。趙生はその姓名を記憶しておいた。当時、点呼はまだ終わっていなかったので、趙は号口[227]の木戸に倚り、人に会うと尋ねた。まもなくある男に会ったところ、記憶していた姓名と合っていたので、事情を語り、女の出たことをやんわりと責めた[228]。男ははじめは心当たりがなかったが、しばらく考え、さらに婦人の年齢容貌服装を尋ねたので、趙は見たことを答えた。その男は言った。「本当にその人なら、わたしは恐れません。以前、わたしの家に一人の車夫がおり、たいへん懦弱で、妻に抑えつけられ、日々殴られ、辱められていましたが、闘おうとしませんでした。ある日、車夫は殴られて顔が傷ついていましたので、わたしは怒鳴りました。『おまえは夫の権威が振るわなかったため、事ここに至ったのだ。あいつがおまえを殴ったのに、おまえはどうしてあいつを殴れない。』車夫は一言で憤激し、帰ってその妻を殴ったところ、その妻はたいへん怒り、天下は広いが、妻がその夫を殴ることがあるだけなのに、今はそれに反しており、これは天下の大恥辱だと思った。終日哭いて罵り、夜になって自縊した。この妻はいたって愚劣凶悪であり、情理に負くものといえる。わたしは公論を持してその夫を怒鳴ったのであって、この妻に自縊を迫ったのではない。このことをとらえてわたしに仇をなそうとしても、天がどうして許そうか。」そこで同号の士人がそれを聞き、ともに起きて文を作り、空に向かって焼き、その理を説き、悟らせてみずから去らせ、さらに言った。「ふたたび夜に出て祟りをなしたら、ともに明遠楼にゆき、関帝に訴え、おまえを護送して無限地獄に入れてもらおう。」その夜は結局、寂然としていた。

◎淫行の報い

楊雪叔光禄（慶琛）が山東の布政司の任にあったとき、その幕僚が語るのを聞いた。毎年、泰山にお参りする時、士人、女子の往来するさまは機(はた)を織るかのようであったが、男女二人が山の中腹の人気のないところで淫行し、たちまち人に見られた。当初は逃げさろうと思ったが、下半身はすでに連なって一つになっており、無理に分けようとすると、すぐに痛んで我慢することができなかった。その後、見物人はますます多くなった。かれらが某処の人であることを知っているものがおり、かれらの家に告げると、嫂(あによめ)や義弟が見にいった。かれらの家の人々はいそいで布団に二人を包み、担いで戻ると生き埋めにした。そもそも人の一挙一動はすべて鬼神が見ているが、名山の霊験いやちこな地区で、あえて倫常を顧みず、ほしいままに淫猥なことを行えば、この悪報を受けないことができようか。

最終更新日:2018年2月22日

北東園筆録

中国文学

トップページ