争報恩三虎下山雑劇

楔子

（冲末が宋江に扮し、盗賊を連れて登場）

（宋江の詞）誤ちて閻婆惜をば殺ししために、鄆州城を逃げ出して、八百里[1]梁山泊を占領し、百十の水兵の陣営を築きあげ、忠義堂には高々と杏黄旗一流を挿し、「天に替はりて道を行ふ宋公明」とぞ記したる。義に聚まりし三十六人(さんじふむたり)の英雄たちは、天上の悪魔の星に応じたり[2]。繍袖襖(しうしうあう)[3]は千重の花、茜紅巾(せいこうきん)[4]は万縷の霞[5]。肩に担ぐは長刀大斧、腰に挂くるは鵲画(じやくぐわ)[6] 雕翎(てうれい)[7]。勝ちし時には、命を抛ち大路にて官軍を追ひ、負けし時には、蘆の中にて身を潜め、姿を隠せり。

それがしは宋江じゃ。わが梁山は、東平府から遠くないため、月ごとに頭領を山から下ろし、様子を探りにゆかせている。この前は、大刀関勝を、山から下りさせ、一月の期限をもうけていたのだが、戻ってこない。翌月に金槍教手徐寧を、山から下りさせ、迎えにゆかせたが、これもまた戻ってこない。小盗人よ、弓手花栄に話しをし、山から下りさせ、二人の弟を迎えにゆかせよ。用心させて、遅れることがないようにせよ。

（詩）軍令をはつきりと伝へしに、関勝は期日に遅れり。花栄に寨を離れさせ、山を下りて、徐寧を迎へにゆかせたり。（退場）

（外が趙通判に扮し、正旦の李千嬌、搽旦の王臘梅、浄の丁都管、下役を連れて登場）

（趙通判）わたしは姓は趙、名は士謙、今、済州の通判となっている。六人家族で、正妻は李千嬌、第二夫人は王臘梅、これなるは丁都管、正妻につけられてきたものだ。二人の子供は、金郎、玉姐。赴任しようと思うたが、梁山一帯の道は進みにくいため、わたしは先に任地に赴き、家族らをこの権家店に留めおくより仕方がない。着任後、人馬を遣わし、迎えさせれば、旅路でも身を守ることができよう。夫人よ、家族とともにひとまずこちらに寄寓せよ。まもなくわたしは人を遣わし、迎えに来よう。わたしは今から旅装を調え、先に行こうぞ。

（正旦）亭主どの、旅路ではお気をつけて、雨が止んだら、わたしたち家族を迎えに来てください。

（搽旦）旦那さま、旅路ではお気をつけて、はやく眠られ、おそく起きられ、冷たいものは召されませぬよう。冷たいものを召されれば冷病になりましょうから。熱いものは召されませぬよう。熱いものを召されれば熱病になりましょうから。温いものは召されませぬよう。温いものを召されれば温病になりましょうから。お茶は召されませぬように。ご飯は召されませぬように。お酒は召されませぬように。お肉は召されませぬように。麺は召されませぬように。家に戻ってらっしゃる頃には、御身は餓えて骨と皮。

（趙通判）二夫人よ、二人の子供の世話をよくするのだぞ。丁都管よ、細心に二人の奥さまの世話をし、荷物を見張れ。本日、わたしは夫人に別れ、赴任しよう。

（詩）梁山の路は近きも行き難きことに苦しみ、家族らはひとまず宿にとどまれり。はじめて信ず、将軍は馬を下らず。それぞれが前途を急ぐを。（退場）

（正旦）丁都管どの、旦那さまは行かれてしまった。表と奥へ見回りにいってください。わたしは寝屋を片付けにゆきましょう。（退場）

（丁都管）小者たち、蝋燭の火には気を付けろ。はやく家財をきちんとととのえ、休むのだ。わたしは丁都管、もとは正妻が連れてきた陪房[8]だ。わが通判さまは二夫人もお持ちで、二夫人さまは、わたしとは、いささか疚しい関係がある。あのかたは今、わたしを呼んで、何の話しがあるのだろう。ひとまず尋ねにゆくとしよう。

（搽旦に会う）二夫人さま、わたしを呼ばれましたのは、いかなるご用にございましょうや。

（搽旦）旦那さまは行かれてしまった。丁都管どの、わたしは亭主に嫁いで長くなりますが、どういうわけか、わたしの両眼は亭主を気に入らないのです。丁都管どのは、生まれつき、垢抜けていて、まことに可愛い。わたしはあなたと何杯か、こっそりお酒を飲みたいのですが、いかがでしょうか。

（丁都管）二夫人さまが憐れと思うてくださるのなら、何杯かお酒を飲みとうございます。飲みはしますが、奥さまに知られぬように、何杯か飲むとしましょう。あなたのご恩を忘れたら、道行く人が死ぬことでしょう[9]。いっしょにゆっくりお酒を飲むといたしましょう。ああ、ちょうど誰かが来たようです。

（搽旦）大丈夫、わたしの近くにお坐りなさい。いずれにしても、ここにはよその人はいません。二人でゆっくり飲むとしましょう。

（関勝が古道にいる。）狗の肉だよ。狗の肉だよ。こちらに人はおらぬわい。それがしは大刀関勝。宋江兄じゃの御諚によって、月ごとに、頭領が一人山を下り、様子を探らされているが、ある月に、仕事を仰せつかったのだ。梁山を離れ、権家店支家口に到着したが、病気になって、あやうく命を失うところだったのだ。養生し、病気が治り、梁山へ帰ろうとしているのだが、いかんせん、手もとには旅費がない。昨日の晩、よその家から一匹の狗を盗んで、くたくたに煮た。三本の脚を売り、一本の脚が残っているだけだ。この脚を売り、わが梁山に帰ってゆこう。この権家店にやってきたのだが、一人の男が女に寄りそい、いっしょに酒を飲んでいる。行ってこの狗の肉を売るとしよう。（会う）旦那さま、奥さま、おいしい狗の肉を買われ、召し上がられればよろしいでしょう。

（搽旦）こいつめ、何が旦那さま、奥さまだ。わたしは夫人で、このものはわたしの伴の者なのだ。

（関勝）ご冗談を、伴の者と奥さまがいっしょに坐り、お酒を飲んだりするはずがございましょうや。

（丁都管）わたしが腰を掛けようと掛けまいと、おまえとは関わりはない。

（関勝が怒る）こいつはまことに無礼なり。こいつを打とう。

（関勝が打つ、丁都管が死ぬ）

（関勝）まずい、逃げよう。

（搽旦）人が打ち殺されました。

（店の小僧が登場）捕まえろ。捕まえろ。

（搽旦）結構なことですね。やすやすとわたしの家の伴の者を打ち殺すとは。ただではすましませんからね。お姐さまを呼びにゆこう。お姐さま、お出でください。どこからか大きな男がやって来て、うちの丁都管を殴り殺しましたよ。

（正旦が登場）わたしを呼んでどうしたのだえ。

（搽旦）お姐さま、狗肉売りの大きな男が、うちの丁都管を殴り殺したのです。

（正旦）どこにいるのだえ。見てみよう。すばらしい大男だねえ。男の方、どうしてわたしの家の者を殴り殺されたのですか。

（関勝）奥さま、お怒りを鎮められ、わたくしの言い分をお聴きください。今、わたくしは、「旦那さま、奥さま、おいしい狗肉を買ってお食べなさい」と言いました。するとあいつは言いました。「わたしは伴の者、このかたは奥さまなのに、どうしてわたしを旦那と呼ぶのだ」。わたくしは言いました。「伴の者と奥さまがいっしょに坐り、お酒を飲んだりするはずがございましょうや」と。するとあいつは有無を言わさず、わたしを乱打しましたので、わたしはたった一拳で、ぼかんと打ち倒したのです。拳には眼がございませぬので、誤って人を打ち殺したのです。奥さま、どうか憐れと思し召されまし。

（正旦）ご姓とお名は何とおっしゃる。

（関勝）悪いものではございませぬ。梁山の宋江兄じゃの配下にて、十一番目の頭領の、大刀関勝にございます。

（正旦）あなたは悪い人ではなくて、賊の頭領なのですね。（背を向ける）この済州は梁山泊にほど近い。かねてから宋江の一党は、悪い役人だけを殺して、孝子や節婦を決して殺さないと聞く。だから天下に名を馳せて、みなかれを保義宋公明と呼んでいるのだ。もしかれの十一番目の頭領を殺したら、三十五人は許しはしまい。かれらはお役所であろうと、兵を起こして、かならずやわが一門を殺し尽くそう。相談をして、帰らせたほうがよかろう。狭い世間で逢ったときには、恩に報いてもらえようから。（振り向く）男の方、あなたはお幾つなのですか。

（関勝）わたしは二十五歳です。

（正旦）わたくしはあなたより一歳年上。男の方、お嫌でなければ、結義してあなたを弟にしますが、お考えはいかがでしょうか。

（関勝）弟となるのはもちろん、驢馬、馬を牽こうとも、鞭と鐙に随いましょう。

（正旦）弟よ、わたくしは李千嬌、嫁いだ夫は済州の通判の趙士謙、二人の子供の金郎と玉姐がいます。こちらはわたしの夫の妾で、王臘梅と呼ばれています。このものはわたしが連れてきた陪房で、丁都管と呼ばれています。このものは息止めができ、疚しいことをしたときは、それを使って、死んだ振りをするのです。弟よ、安心して行きなさい、わたしがついていますから。弟よ、何もやるものがないから、この金鳳の釵を、ひとまずお見舞金[10]にしましょう。粗末だがどうか嫌がらないでおくれ。

（関勝）ありがとうございます。お姐さん、ひどくびっくりいたしました。

（正旦が唱う）

【仙呂賞花時】このものは殴り争ふことを好めり。

（関勝）はげしく殴りはしませんでしたが、ただ一拳で打ち倒しました。

（正旦が唱う）すこし殴られたるのみで、はやくも死んだ振りをせり。

（関勝）もし死んでいたら、どうしましょう。

（正旦が唱う）たとひこやつが血だまりに屍を横たへんとも、

（関勝）かれはお役人さまの伴の者、お姐さまがわたしを逃がされたとしても、おそらくかれは役所に行って、わたしを告訴しようとしましょう。

（正旦が唱う）安心せよかし。壮士どの、わたしは役所にゆくを許さじ。（退場）

（店の小僧）ああ、奥さまの弟分だったのか。力を使っていては、豆腐を作る時間が遅れてしまうぞ。行くとしよう。（退場）

（関勝）関勝よ、ほんとうに危なかったな。もしも千嬌姐さんがいらっしゃらねば、どうなっていただろう。おいおまえ、よく聴くのだ。仇があるのは丁都管と王臘梅、恩があるのはわが千嬌姐さんだ、しっかり心に刻んでおけよ。

（詩）これぞまさしく、虎は矢に中たれば爪を伸ばすは難く、魚は網に遭へばいかにぞ身を翻さん。運が去りなば不義の男を打ち殺し、時が来たらば有恩の人に金を贈らん。（退場）

（搽旦）ああ。大馬鹿もの、あいつは行ってしまったのに、まだ起きないでどうするのです。

（丁都管が立ち上がる）ぐっすり眠っておりましたが、起こされてしまいました。

（搽旦）ここで話しては、場所がよくない。稍房へゆき、話しましょう。

（丁都管）二夫人さまのおっしゃる通り、ごいっしょにもう一度、一杯飲むといたしましょう。（ともに退場）

 

 

第一折

（徐寧薄藍が登場）進みては名を更ふることなく、坐しては姓を改めず[11]。

それがしは宋江兄じゃの配下にて十二番目の頭領の金槍教手徐寧ともうす。宋江兄じゃは月ごとに頭領を一人遣わし、山を下って、様子を探りにゆかせている。最初の月は関勝が、山から下りたが、一月たっても、山に上ってこなかった。宋江兄じゃはさらにそれがし徐寧を遣わし、関勝を迎えにゆかせた。この権家店支家口にきて、凍天行[12]の病を得、臥したきり起きることなく、小僧の宿屋に泊まったのだが、宿代と飯代を払わないため、追い出され、昼には街で乞食をし、晩には金持ちの家の稍房に泊まっているのだ。日も暮れたから、入り口を閉じ、休むとしよう。（眠る）

（丁都管が搽旦とともに登場）

（丁都管）二夫人さま、こちらは話すところではございませぬから、稍房に行き、話しましょう。二夫人さま、大騒ぎなさいませぬよう。わたしは合図がございます。ちい、ちい、ちい。

（搽旦）すばらしい丁都管、わたしといっしょに稍房に行きましょう｡ちい、ちい、ちい。

（徐寧）わが梁山の宋江兄じゃの合図のようだ。人を来させてわたしを迎えさせるのだろう。

（正旦が登場）王臘梅はまだ部屋に休みにこない。恐らくは、丁都管と逢引をしにいったのだろう。誰も欺けはしまいぞ。（唱う）

【仙呂点絳唇】こちらにてこつそり見れば、人をして嘲笑せしむ。

（搽旦が浄の手を牽き、頸を触り、言う）こんなに大きな体では、おそらく人に見られましょう。腰を低くし、こっそり脚を擡げます。このようなやり方ならば、人に気付かれないでしょう。ちい、ちい、ちい。

（正旦が唱う）をかしな姿は見るに得耐へず、脊を曲げて、腰を低くし、ゆつくりと歩みを移し、軽く脚をぞ擡げたる。

【混江龍】いつの日か亭主に知られば、これら二人の悪しき男女をいかで許さん。もしもかれらがひそかに雲雨を行ひしことを知りなば、烈しき風と雹を下さん。瓦罐(ぐわくわん)[13]はかならず井戸端で割れ、夜盆(やぼん)[14]は壊れば生臭かるべし。[15]姿を装ひ、美(うま)し人をぞ弄びたる。伴の者とし交はりて、家長を瞞く。これぞまさしく「閻魔は家にをらざれば、悪鬼らはしたい放題」なるぞかし。わたしは今夜かれらに祆廟[16]をば焼かせ、藍橋を浸し断たしむ[17]。（退場）

（搽旦）着きましたから、この門を推し開けましょう。（徐寧を跨いで転ぶ）何かが脚に引っかった。丁都管さん、入り口を閉じ、灯りを点すことにしましょう。この窓の紙をしごいて、こよりにし、火を点し、見てみれば、泥棒がいる。捕まえた。姐さんを呼びにいってください。姐さん、はやく出てきてください。稍房で泥棒を捕まえました。

（丁都管）ほんとうに泥棒だ、縄を持ってきて縛ってくれ。

（正旦が登場）わたしを呼んでどうなさる。

（搽旦）姐さん、わたくしは稍房で、脊骨にもさわれぬほどの大きな男を捕まえました。泥棒に違いございませぬ。

（正旦）どこにいるのです。（会う）ずいぶん大きな男ですね。丁都管さん、こんなに騒いでいるのはなぜです。

（丁都管）奥さま、わたくしは泥棒を捕まえました。

（正旦が唱う）

【油葫蘆】なんぢは昼過ぎ、人に一発殴られたるに、何ゆゑにまたこのものを引ききたりしや。

（搽旦）奥さま、結構なことをおっしゃいますね。このものは泥棒ですのに、それをご覧になりながら、どうして捕まえられないのです。

（正旦が唱う）ああ、賢き女はくどくどと喋ることなし。太き官道は、梁山泊にあらずして、小さき宿は、沙門島[18]にもあらざらん。表には旅人たちが泊まりをり、奥にはわれらの家族あり。

（丁都管）わたくしは表と奥に様子を見にゆき、こいつを捕まえたのですから、泥棒に違いございませぬ。

（搽旦）わたしは現に稍房で、このものを捕まえたのです。このもののろくでもない鼻、ろくでもない耳、ろくでもない顔、ろくでもない品性をご覧下さい｡泥棒に相違ございませぬ。

（正旦が唱う）布袋(ぬのぶくろ)よりぶちまけられし、雀のごとくちいちい叫べり。「怨みがあれば声音は高し」とはまさにこのことぞかし。

（丁都管）ああ、泥棒を捕まえましたに、わたしとは関わりがないとおっしゃる。

（搽旦）わたくしたちは二人して、片付けのためここに来て、門を推し開け、このものを捕えたのです。泥棒に相違ございませぬ。

（丁都管）こやつはまさに泥棒にございます。

（正旦）このものが泥棒であるかどうかはさておいて、おまえたち二人に尋ねることにしよう。（唱う）

【天下楽】なんぢらのする事は、人は知るなく鬼も覚らず。かれはこの部屋の戸をはやくも閉めて、そなたはすぐに走りきて、軽くこの扉を敲けり。

（言う）稍房に行き、何をしたのだえ。

（搽旦）わたしはここで秣を混ぜて、馬に食べさせていたのです。

（正旦が唱う）秣を入れる盆もなければ、馬に餌をやる槽もない。妹や、空部屋に来て秣を混ぜていたのかえ。

（搽旦）このものはここにいたのですから、泥棒に違いございません。

（正旦）かれが泥棒だと言うが、泥棒であることを知っているのかえ。（唱う）

【村里迓鼓】このものは人殺し、火付けもせず、押し入りや追ひ剥ぎもせず、かばかりに小さくなりたり、

（搽旦）姐さん、諺に「泥棒はおとなしきこと綿の如し」と申しますれば、このものを信じられてはなりませぬ。

（正旦が唱う）かれはすぐ手を拱きてあはてて笑へり。

（搽旦）笑みのなかには刀を隠せば、まさに泥棒にございます。

（正旦）この人が泥棒であると言うのだね、

（唱う）頭には紅茜巾(こうせいきん)[19]、白氈帽(はくせんばう)[20]を戴せてもをらず、手に太き檀棍[21]や長き朴刀[22]を持ちてもをらず、身に香綿[23]の衲襖(だふあう)[24]を着けてもをらず。

（搽旦）丁都管さん、縄を持ってきてください。縛って役所に送りましょう。

（丁都管）縄を持ってきて、きつく縛って、このものを逃がさないようにしましょう。

（正旦）丁都管さん、この人を逃がしなされ。

（唱う）

【元和令】なにゆゑぞ縄をもて縛らんと言ふ。妹よ、役所に行きて、処置すべし。

（言う）わたしは壮士を救いたい。こうするしかない。壮士どの、ご姓とお名前は。

（徐寧）悪い者ではございません。わたしは徐寧にございます。

（搽旦）ああ。徐寧はまさに泥棒にございます。

（正旦）そなたは徐勝ではないか。

（徐寧）ああ、わたしは徐勝、徐勝です。

（正旦が唱う）ゆゑもなく髪を掴んで、人と言ひ争ひをせり。徐寧、徐勝の二(ふた)文字は異なれり。妹よ、耳が遠くて聞き誤りしか。

（言う）こちらへ来るのだ。わたしが確認するとしよう。（唱う）

【上馬嬌】顔を見て、眼を見れば、怒りはいかで消ゆべきや。今晩はいかなる風の吹きまはし。これもまた、天のしからしめたるなり。わが弟と相逢へり。

【勝葫蘆】弟や、わたしは従姉の李千嬌。会うたのに、なぜ挨拶をせぬのだえ。

（徐寧）姐さんですか。わたくしの再拝をお受けください。

（搽旦）違います。そのものは徐寧です。

（正旦が唱う）しばらく別れ、身の楽しきを喜べり。どのやうな商ひをして過ごしたる。おそらくは賭け事をしたるらむ。

（徐寧）いかんせん、金がないため、お訪ねいたしませんでした。お咎めになられませぬよう。（正旦が唱う）

【幺篇】徒手空拳で、元手も利益も少なしと言ひ、わたしに会はず誼は薄し。そのかみは、はなはだ楽に過ごししも、十年五年で、尾羽打ち枯らし、このやうに古巣を訪れたるならん。

（徐寧）姐さんに無礼なことはしておりませぬ。姐さん、お咎めになられずに、わたくしの再拝をお受けください。（拝礼をする）

（正旦が背を向ける）どちらのお方で。ご姓とお名は。

（徐寧）わたくしは、梁山泊は宋江兄じゃの配下で十二番目の頭領、金槍教手徐寧です。悪い者ではございませぬ。

（正旦）関勝さんとお仲間でしたか。二人とも梁山泊の好漢ですね。「人を助けるときは徹底的にすべし」ともうします。関勝さんを救いましたから、この方を救わぬわけにはまいりませぬ。あなたは今年でお幾つですか。

（徐寧）二十五歳です。

（正旦）二十五歳なら、わたくしはあなたより一歳年上、あなたと結義し、弟とするのはいかがでございましょう。

（徐寧）弟となるのはもちろん、驢馬、馬を牽き、鞭と鐙に従いましょう。お訊ねしますが、姐さんはどちらのお方で。ご姓とお名は。どうかお話しくださいまし。

（正旦が振り向く）弟よ、どうして忘れてしまったのです。わたくしはあなたの従姉李千嬌、夫は済州通判の趙士謙、二人の子供は金郎、玉姐。このものは亭主の妾王臘梅、このものはわたしの家から連れてきた、陪房の丁都管です。弟よ、どうして忘れてしまったのです。妹や、義弟と顔を合わせなされ。

（搽旦）弟さんだったとは存じませんで、失礼つかまつりました。あなたがた姉妹[25]二人は同じ顔です。姐さんの鼻とあなたの鼻は同じようです。

（正旦）丁都管どの、義兄さんに拝礼しなされ。

（丁都管）義兄さんであるとは存じませんでした。さいわいわたしは義兄さんに無礼なことをしませんでした。あなたを自由にしてあげましょう[26]。（搽旦とともに退場）

（正旦）弟よ、旅路で会ったものだから、何もやるものがないのだが、この金の釵を、いささかのお金に換えて、旅の費えにしておくれ。

（徐寧）今、姐さんはわたくしの命を救われ、さらにわたしを弟とされ、さらにわたしに金の釵(かざし)を下さって旅費となされた。ご亭主は趙通判、姐さんは李千嬌、二人のお子は金郎、玉姐。このことは、版木のようにわたしの心に刻み込みました。ただ願わくは、姐さんの長命富貴ならんことを。もしいささかの事件があれば、かならずや姐さんのご恩に報いることにしましょう。「路遥けくして馬力を悟り、日久しくして人心を知る」とはまさにこのことにございます。

（正旦が唱う）

【賺煞尾】金の釵(かざし)を与へて旅費となしたれば、両替屋に行き、お金に換ふべし。少なきことをな厭ひそね。なんぢの義兄[27]は役人となりたる時になんぢと会へど、贈りし物を粗末と思ふことなかれ。亭主は権勢ありといへども、親戚に向かひて虚勢を張らんとはせず。なんぢの義兄はかねてより、貧しきときも愁ふることなく、富みても驕ることぞなき。わたしが悲しみたることを憐れと思ひ、わたしに身寄りのなきことを憐れと思ひ、弟よ、暇あらば幾たびか訪ねくるべし。（退場）

（徐寧）徐寧よ、まことに危うかったわい。今しがた、千嬌姐さんがいらっしゃらねば、この命はなかったぞ。しっかりと覚えておこう。恩があるのは千嬌姐さん、仇があるのは丁都管、王臘梅だと。

（詩）権家店をし後にして、わが大虫窩に戻りたり。呉学究に会ひ、宋江兄じやに語るべし。黄金(こがね)を集め、また宝剣を磨くべし。金を千嬌姐じゃに贈り、剣であばずれ女を斬らん。（退場）

（搽旦が丁都管とともに登場）

（搽旦）ほんとうに運がよいこと[28]。二人でお酒を飲むことができぬなら、塀に凭れて、例の事をし、楽しみを遂げるほうがまし。行きましょう。ちい、ちい、ちい。（ともに退場）

 

第二折

（正旦が子役とともに登場）

（正旦）わたしの夫は赴任せし後、従者を権家店に遣はし、わたくしたちを役所に迎へ、この後花園に住まはせり。この後花園はまことに静か。（唱う）

【中呂粉蝶児】わたしは大きな屋敷に育ち、焼かれてお骨になつたとて、ゆかしき姿は消ゆることなし。わたしの夫が放蕩をし尽くしたとて、わたしはありとあらゆることを、問ひただすこともなく、心の中でひたすら耐へり。天がひつくり返るとも、人の心を動かせる四つのこと[29]を愛することなし。

【酔春風】わたしは酒に溺れたり、財を貪つたりはせず、諍ひや淫らなことをすることぞなき。かの小娘のつまらぬ言葉は、馬耳東風と聞き流し、かれらを相手にすることもなし。淫奔なるは言ふに及ばず、たとひ聡明なるとも益なし。つねにまじめにすることにしくはなし。

（花栄があわてて登場）追うな。追うな。一人が来れば、一人が死に、二人が来れば二人が死のうぞ。（塀を跳び越える）塀を跳び越えれば、そこは花園だ。遠く離れた撮角亭には、灯明と蝋燭が点っている。亭のところには太湖石。この太湖石に隠れて、誰が来るのか見るとしよう。

（正旦）夜は更けて、子供たちは眠ったから、お香を焚きにゆくとしよう。門を開け、香卓を運ぶとしよう。天よ。わたくしは第一の香で、天下の太平をば願い、第二の香で、通判さまと二人の子供の身体の健康を願い、第三の香で、天下の好漢たちが縄目の災に遭わないことを願いましょう。香を焚きおえ、寝屋に戻って、入り口を閉じ、休むとしよう。（退場）

（花栄）ああ、とても賢いご婦人だ。最初の二つの香は大したものではないが、第三の香は天下の好漢が縄目の災に遭わないことを願ったものだ。わたしは難を逃れる者だが、あの人がこのようにめでたいことをおっしゃるとは。わたしは梁山へと上ろうとしているが、このご婦人の姓名は分からない。ああ、このようにするしかあるまい。今から、部屋の入り口の外を歩いて、鞋を鳴らして、脚を響かせれば、あの方はきっと出てこられるだろう。（歩く）

（正旦が登場）この靴音と脚の響きは、通判さまがいらしたのだろう。（唱う）

【迎仙客】あの小娘といつしよにをらず、むなしく死骸[30]に付き添はるるとは。夜更けてわたしの部屋にきて、何をなさるるおつもりか。おんみはかやうに粋なれど、かやうに自由がきかれぬか。

（言う）思えばあなたは、

（唱う）おんみはわれが開けんとせずと思ひなし、窓の外にて聞き耳を立てたらむ。

（言う）亭主どの、あなたはわたしの部屋の入り口で鞋を鳴らして、脚を響かせ、わたしが門を開けぬと思ってらっしゃるのでしょう。亭主どの、わたしを避けられないでください。入り口をお開けしましょう。（門を開ける）

（花栄が中に入る）

（正旦）避けられないで下さいと申し上げましたのに、亭主どの、わたくしを避けられましたね。夜明けになったら、わたくしが悪いと言って責められないで下さいまし。またこの門を閉じましょう。（会う）びっくりした。

（花栄）奥さま、驚かれないでください。わたくしは悪人ではございませぬ。

（正旦）壮士どの、金珠財宝が欲しいなら、みな持ってゆき、命ばかりはお助け下さい。

（花栄）奥さま、わたくしは悪人ではございませぬ。

（正旦が唱う）

【紅繍鞋】わたしは驚き、ぶるぶるとして裙帯を締められず、あたふたとして羅鞋を穿(は)き得ず。身を整へ、脚を動かし、手を挙ぐることこそ難けれ。かばかりに大きな男が、わたしの寝屋に入(い)りきたるとは。壮士どの、いづこより来られしか。

（花栄）わたしは塀を乗り越えて来たのです。

（正旦が唱う）げに侯門は深きこと海にぞ似たる。

（言う）壮士どの、命をお助けくださいまし。

（花栄）わたくしは悪い者ではございませぬ。

（正旦）悪い者ではないのなら、ご姓とお名をお聞かせください。

（花栄）わたくしは宋江配下の十三番目の頭領で、弓手花栄、わたくしは悪い者ではございませぬ。

（正旦が背を向ける）悪い人間ではないが、泥棒だ。梁山泊の好漢に、三人も出逢うとは。

（花栄）奥さま。ご姓とお名をお聞かせください。

（正旦）わたくしは李千嬌。お訊ねしますが、壮士どのは、お幾つでしょうか。

（花栄）今年、二十四歳です。

（正旦）優位に立とうとしているわけではございませんが、わたしは二歳年上です。あなたと結義し、弟にしたいのですが、お考えはいかがでしょうか。

（花栄）弟となるのはもちろん、驢馬、馬を牽き、鞭と鐙に随いましょう。

（正旦）弟よ、しっかり覚えておいてください。わたくしは李千嬌、夫は済州通判の趙士謙、二人の子供は金郎、玉姐。さらにわたしの亭主の妾王臘梅、伴の者丁都管がおりまする。かれら二人はしばしばわたしのあら捜しをし、わたしはやがてかれらの罠に落ちるでしょう。そうしたらなるべくはやくわたしを救いにきてください。

（花栄）姐さん、ご安心なさってください。李千嬌の姓名は、版木のようにわたしの心に刻み込みました。姐さんに危難がなければよろしいですが、もしも危難があったときには、わたくしは全身の熱血を抛って、かならずや姐さんを救いにゆくといたしましょう。

（都管が搽旦とともに登場）

（丁都管）二奥さま、われら二人は花園の亭にゆき、何杯かお酒を飲むといたしましょう。（聴く）二奥さま、大奥さまの部屋で誰かが話しています。間男に相違ございません。旦那さまを呼び出してまいりましょう。

（搽旦）ああ、ほんとうに奥さまの部屋で誰かが話しているぞ。（叫ぶ）旦那さま、旦那さま。

（趙通判が登場）二夫人よ、わたしを呼んでどうしたのだ。

（搽旦）ご立派な奥さまをお持ちですこと。あのかたは部屋に間男を隠して話してらっしゃいますよ。ほんとうにわたしのように、このような事をするとは。

（趙通判）こちらへ来い。聴きにゆくことにしよう。（聴く）本当だ。この入り口を踏み開けよう。

（趙通判が入り口に踏み込む）

（花栄が一太刀浴びせる）人が来た。これはまずい、逃げろや逃げろ（退場）

（趙通判）ああ、結構なことだなあ。間男とこっそり通じ、わたしの腕を傷つけるとは。おまえと筒井筒なのに、このようなことをするとは。

（正旦）天よ、どうしたらいいのでしょう。

（搽旦）結構なことをなさいましたね。旦那さまがあなたをどんな酷い目に遭わせたとおっしゃるのです。あなたは間男を隠し、旦那さまの腕を傷付けました。旦那さま、奥さまを打たれてはなりません、これは十悪大罪[31]で、法律に明文がございますから、捕まえて、裁判をしにゆきましょう。

（正旦）旦那さま、信じられてはなりませぬ。間男などは来ておりませぬ。

（趙通判）この件はわし自らは訊問できぬ。二夫人よ、おまえが原告となり、あいつを引っぱり、裁判を受けにいってくれ。

（正旦）ああ。ほんとうにひどいこと。（ともに退場）

（張千が登場、排衙[32]する）役所にて人馬の平安ならんことを、文書を運べ。

（外が孤に扮して登場、詩）農事はすでに春雨とともに行われ、税金、賦役は去年(こぞ)より軽し。小さき窓に睡りは足りて遅遅たる日あり、花は閑かな庭に落ち、燕は飛べり。

わたくしは姓は鄭、名は公弼。甲第[33]に合格してより、しばしば遷用を蒙り、現在は済州知府の職にある。本日は出廷し、朝の法廷に坐している。張千よ。投書箱を運び、放告牌[34]を挑いで出てゆけ。

（張千）心得ました。

（趙通判が登場）わたしは趙通判、役所に正妻を訴えにゆこう。張千よ、取り次いでくれ、趙通判が知事さまに会いにきたとな。

（張千）趙通判さまが知事さまに会いにきました。

（孤）呼んでくれ。

（張千）お入り下さい。

（趙通判が会い、跪く）知事さま、わたしは告訴しにきたのです。

（孤）通判どの、立たれよ。何事ぞ。

（趙通判が立ち上がる）わたしには二人の夫人がございましたが、はからずも正妻が間男と部屋で話しをしていたのです。わたしが門を踏み開けますと、間男は刀でわたしの腕を切りました。知事さま、どうかお裁きをなさってください。

（孤）通判どの、それは違う。ご夫人はおんみとは筒井筒、どうしてかようなことがあろうか。「家の恥を外に広めてはいけない」といわれているから、通判どの、ご自分で処置なさるがよい。

（趙通判）知事さまがお裁きをなさらないなら、ほかの所へ訴えにゆきましょう。

（孤）ほかの所へ訴えにゆくのなら、こちらに訴えたほうがよかろう。尋ねるが、原告は誰なのだ。

（趙通判）妾が原告にございます。

（孤）それならば、通判どの、帰られて、家族を訴えにこさせよ。

（趙通判）ありがとうございます。わたしは家に戻っていって、家族を自ら訴えにこさせましょう。（退場）

（孤）張千よ、かれらを連れてまいるのだ。

（張千が正旦、搽旦、子役、卜児を捕らえ、会う）面を上げよ。

（搽旦）大人さま、わたしは済州趙通判の第二夫人、このものは通判の正妻にございます。このものは部屋に間男を隠したのです。わたしの亭主が入り口を踏み開けますと、間男は刀を持ってわたしの亭主を殺そうといたしましたが、うまくゆかずに、わたしの亭主の腕に一太刀浴びせたのです。現に傷痕がございます。大人さま、亭主のために裁きをなされてくださいまし。

（孤）誰が李千嬌なのだ。

（正旦）わたくしが李千嬌です。

（孤）黙れ。おまえは下役の仲間か[35]。正妻よ、夫はわが身の主であることを知らぬのか。間男と密会し、実の夫を傷つけて、風教に負くとは何ごとぞ。その罪は軽くはないぞ。当日はいつ寝室に行き、このような事をしたのだ。正直に話すなら、拷問を受けるのを免れさせてやるとしようぞ。

（正旦が唱う）

【石榴花】昨日の空に月は明るく、水の如くに楼台を浸したり、

（孤）あの寝室で何をしたのだ。

（正旦が唱う）一つの枕を持ちながら翠屏に凭れたり。

（孤）初更の頃おいだったのだから、悪人に違いあるまい[36]。正直に話すのだ。

（正旦が唱う）聴きたるは、靴音のおもむろに閑(しづ)かなる階(きざはし)を歩みたるのみなりき。

（言う）その時わたしは通判さまだと思いましたので、

（唱う）すぐに起き、入り口をいそいで開けり。

（孤）開けたら誰に会ったのだ。

（正旦が唱う）碑亭のごとき大きな男が敷居を越えて入りきたるなり。

（孤）そのものは恐ろしい姿だったか。

（正旦が唱う）わたしは驚き、魂は九霄雲外へと飛べり。

（孤）かれはいったい何と申した。

（正旦が唱う）そのものは「お姐さん、驚かないでくださいまし」と言いました。

（孤）通判どのはどのようにして気が付いたのだ。

（正旦が唱う）はからずもかれ[37]が通判を呼びきたるなり。

（孤）かれはそなたが悪人とつるんでいると申しておるぞ。

（正旦が唱う）

【闘鵪鶉】わたくしは風月を弄びたることとてなければ、などてこの山海のごとき愁へを招くべき。

（孤）その泥棒はどのような姿をしていた。

（正旦が唱う）灯影の下で立派な男を見しのみなりき。

（孤）そのものは何を持っていたのだ。

（正旦が唱う）はからずもかのものは手に武器(うちもの)を持ちたりき。

（孤）そのものの姓名は。

（正旦）姓が何かは存じませぬ。

（孤）姓と名を話さぬのなら、張千よ、太い棒を選んできて、かれを打つのだ。

（正旦）考えさせてくださいまし。わたしは想い出しました。

（唱う）そのものは弓手花栄とまうしたり。

（孤）待て、待て。弓手花栄は梁山の強盗だから、捕まえてくれ。

（正旦）逃げました。

（孤）それならおまえに捕まえさせよう。

（正旦が唱う）かの罪人をいかでか捕らふることを得ん。

（孤）あのものが逃げたのはけしからん。似顔絵を描き、捕らえてくるのだ。

（正旦が唱う）かのものは家々に似顔絵を描き、われをして顔色なからしめたりき。

（孤）わが役所ではそのほうが正直に白状するのを求めているから、法廷で口答えすることは許さぬぞ。十悪の大罪を犯したのだから、そのほうを許すわけにはゆくまいぞ。

（正旦が唱う）

【上小楼】御身はわれに正直に白状させんと欲(ほり)すれば、われも役所でごまかしを言はんとはせず。あたかも弁明せんとせば、埋葬金を払はんとせずと言はれり。

（孤）白状せぬなら、許しはせぬぞ。

（正旦が唱う）咽喉を絞め、咽喉を裂く、裙刀と摟帯[38]を持ちたれば、この法廷で自殺せん。

（搽旦）大人さま、このあばずれは、打たねば白状いたしませぬ。太い棒で、じっくりと幾度も打てば、白状いたすことでしょう。

（弧）張千よ、打ってくれ。

（張千が打つ）はやく白状せよ。はやく白状せよ。

（正旦が唱う）

【幺篇】打つさまは、瓜を切り、柴を裂くかのごときなり。棍棒が当たる処は、血は噴きて、肉は綻び、皮は裂けたり。かばかりに苦しき苛め、烈しき責めに、などや耐ふべき。

（孤）こやつの罪は、情理に照らして、はなはだ重し。

（正旦が唱う）一刀のもと、二つに斬られんはうがかへつてさつぱりいたさん。

（搽旦）白状なさい。このように殴られるよりましですよ。

（弧）張千よ、打て。

（張千が打つ）白状するのだ。白状するのだ。

（正旦が気絶する）

（張千）知事さま、気絶いたしました。

（孤）気絶したなら、一碗の水をもってきて、噴きかけて、目を醒まさせよ。

（張千が水を持ってきて噴く）

（搽旦）知事さま、ひたすら殴り、殴り殺してくださいまし。わたしとは関わりはございませぬから。

（正旦が目覚める）（唱う）

【快活三】くろぐろと雲霧は籠めて、さらさらと風雨は降れり。わが魂(たま)は望郷台に到れども、たちまちに魂魄を招くを聴けり。

【朝天子】わたしはここよりすみやかに、逃れんと思ひたれども、この拷問はまことに堪(こら)へ難きもの。泪の眼(まなこ)をたちまち開けば、はからずも命はなほも存したり。

（孤）張千よ、かれの二人の子供らを、推し出してきて、かれを呼び覚まさせるのだ。

（張千）心得ました。

（子役を推す）はやく叫べ。

（子役）お母さま、しっかりなさってくださいまし。

（正旦が唱う）わたしを呼ぶのは頑是無き子供たち。

（孤）あいつの髪の毛を掴み、連れてくるのだ。

（正旦が唱う）わたしの髪の毛を掴み、下顎に手を当てり。

（孤）張千よ、子供を殴り、叫ばせるのだ。

（張千）心得ました。（子役を打つ）こら。叫ぶのだ。叫ぶのだ、

（子役が叫ぶ）お母さま、お母さま（哭く）

（正旦が唱う）なんぴとが母じやと叫び、一斉に嘆き悲しむ。わが子や。わたしを救ひ、黄泉路より離れしめんと思ひしか。

（孤）李千嬌よ、白状せぬなら許しはせぬぞ。もう一度殴るのだ。

（正旦）大人さま、憐れと思うてくださいまし。わたくしは良家の娘、良家の妻で、この拷問には耐えきれませぬ。白状をいたしましょう。知事さま、李千嬌(わたし)は姦通し、夫を殺したのでございます。

（搽旦）それみたことか。早く白状していれば、このような拷問を受けなくてすんだのに。

（孤）白状したなら、張千よ、長枷に掛けて、死囚牢へと下すのだ。

（張千）心得ました。（枷を掛ける）枷を掛けよう。

（搽旦）結構なことですね。獐(のろじか)の罪、鹿の罪だけを話して、麂(きょん)の罪をば語ることなし[39]。日ごとに嘘をでっち上げ、人を責めるも、今日はあなたが責められる番。まだ恥じ入られぬおつもりか。まお、まお、まお。[40]

（正旦が唱う）

【耍孩児】やんぬるかな。わたしは不平を鳴らせども誰か見るべき。なんぢらの小さき役所は恐ろしきもの。昔から役所は南に向かひて開けど、官吏らの金を求めて、財を貪りたるには耐ふることこそ難けれ。こちらには勇気ある尚書省も、私心なき御史台もなし。役所の外に出でゆけば、かの小娘はくるくると舞ひ、拳を摩り、手を擦り、ぎやあぎやあと通りにて触れ回りたり。

（搽旦）知事さま、二人の子供は、わたくしが家へと連れてゆきましょう。やい、恥知らずの狗畜生。これはおまえの息子と娘。わたしを怒らせたときは、大馬鹿もののおまえを殴ることにしよう。

（正旦）この小娘は口八丁、手八丁[41]。ああ。息子や｡おまえのことで心が痛む。（唱う）

【二煞】死にぞこないのあばずれは、げに憎むべく、この悪党は恨むべし。かならずや枷であいつの脳天を打ち砕くべし。あのものはわたくしの二人の子供を引いてゆき、従者らはわたくしを引きてきたれり。そなたにはやがてわたしの膿血の貸しを還させん[42]。そなたはお上の力を恃み、寄る辺なきわれをぞいたく虐ぐる。

（搽旦）二人の子供は、わたくしが育て上げます。立派なものにはなるまいから、家に着いたらゆっくりかれらを殺すとしよう。

（正旦が唱う）

【煞尾】あの小娘は三年(みとせ)乳もて育む愛も、十月孕むも知ることぞなき。かれはわたしの二人の子らをひそかに殺むることを欲(ほり)せり。「子を持ち上げて投げ落とす」[43]とはまさにこのこと。（退場）

（張千）牢屋に人を入れるのだ。

（搽旦）知事さま、あのものは牢屋に行ってしまいました。わたくしは二人の子供を引き連れて、家へ戻ってゆきましょう。（退場）

（孤）張千よ、女を牢に下すのだ。明日には仕置き場を築き、引き出して殺すのだ。

（詩）李千嬌はひそかに情を通ずれば、趙通判は法廷に訴へり。すでにしつかり取り調べ、濡れ衣はとりたててあらざりしかば、仕置き場に赴かせ、処刑せん。（ともに退場）

 

第三折

（店の小僧が薄粥を売って登場、詩）売る粥はまことに薄く、わたしを知らぬものぞなき。続けて百碗飲んだとて、飲めばふたたびお腹が空かん。

わたしは粥売り、この権家店支家口で粥を売っている。南へ北へ行き来する、行商、旅人、物を買うもの、物を売るもの、車を推すもの、荷を挑ぐもの、城内に辿り着けないものは、わたしのところで粥を飲むのだ。土地神さまよ、ご加護あれかし[44]、願わくは、商売が順調で、万事が大吉、利が百倍に増さんことを。今朝はこのお盆の粥を煮ているが、どなたが買いにこられるのやら。

（関勝が登場）粥はあるか。

（店の小僧）おじさん、ございます。ございます。

（徐寧が登場）粥はあるか。

（店の小僧）おじさん、粥はたくさんございます。

（花栄が登場）粥はあるか。

（店の小僧）おじさん、ございます、ございます。

（関勝が粥を捧げる）清天はご覧あるべく、陸地は知るべし。すべての粥を地に落とし、千嬌姐じやが、はやく縄目の難を逃るることを願はん。

（徐寧）一点の粥を地に落とし、わが千嬌姐さんの、はやく縄目の災を逃れんことを願ひたり。

（店の小僧）さあ、さあ、さあ。

（衆）どうしたのだ。

（店の小僧）みなさま、曲芸にございます。[45]

（店の小僧が一つの手で一碗、口で一碗持ってくる）

（徐寧）兄じゃ、どうして千嬌姐さんをご存知なのです。

（関勝）二人とも知るまいが、一月前、宋江兄じゃの命令を奉り、山を下り、権家店支家口にやってきたのだが、不幸にも重病に罹ったのだ。療養し、体はようやくよくなって、梁山に帰ってゆこうと思ったが、いかんせん手もとには旅費がなかった。笑わないでくれ。わたしは人の家から一匹狗を盗んで、くたくたに煮て、それを売り、旅費にしたのだ。この権家店に到着すると、一人の男と一人の女がいっしょに酒を飲んでいた。わたしは言った。「旦那さま、奥さま、狗肉を買ってお食べください」。あいつは言った｡「このかたは奥さまで、わたしは伴の者なのだ」。わたしは言った｡「伴の者と奥さまがいっしょに坐って酒を飲んだりはいたしませぬ」。あいつは有無を言わさずに、殴りかかってきたのだが、わたしはそれを受け止めて、ただ一拳で打ち倒した。逃げようとしたのだが、王臘梅はわたしを引きとめ、奥さまを呼んできた。二人とも知るまいが、誰だと思う。千嬌姐じゃだったのだ。わたしがさっきのことを話すと、姐じゃはわたしに一本の短い金の釵を与え、わたしを弟とされたのだ。わたしは梁山へと戻り、宋江兄じゃに報告をした。今、風の噂で、千嬌姐じゃが災難に遭ったのを聴き、わたしは兄じゃに一月の期限を告げて、風呂敷包みに金珠財宝を整え、山を下り、千嬌姐じゃを救いにゆくのだ。それゆえに、千嬌姐じゃを存じておるのだ。なんぢら二人の弟はどうして姐じゃを知っているのだ。

（徐寧）兄じゃ、わたしの話をお聴きください。わたしがどうして千嬌姐じゃを知っているかといいますと、一か月前、宋江兄じゃはあなたを山から下りさせましたが、一月たっても、山に上ってこられませなんだ。宋江兄じゃはこう言いました｡「徐寧よ、関勝を迎えにゆけ」。だからまたわたしを山から下りさせたのです。それがしは権家店支家口に着き、凍天行の病を得、小僧の宿屋に泊まったのです。宿代と飯代をまったく払いませんでしたから、かれはわたしを追い出しました。わたくしは昼には街で乞食をし、晩には宿屋の稍房で休もうとしたのです。兄じゃ、その稍房はいったい誰の宿であったと思われますか。

（花栄）誰の宿だったのだ。

（徐寧）千嬌姐じゃがその家に泊まっていらっしゃったのです。わたしが休もうとしますと、二人のものは「ちい、ちい、ちい」といいました。梁山泊が、わたしを迎えにきた人の合図と思い、入り口を開けますと、王臘梅、丁都管でした。かれら二人はわたしを捕まえ、泥棒と言い、千嬌姐じゃを呼んできました。姐さんはわたしを逃がし、わたしと弟と認め、さらにわたしに一本の金の釵を下さって、旅費としました。わたしがわけを尋ねますと、姐じゃは、今のものたちは丁都管、王臘梅、かれら二人はいささか疚しい関係にある、義兄さんは趙通判、姐さんは李千嬌、二人の子供は金郎、玉姐だとおっしゃいました。このたび、わたしは千嬌姐じゃが難に遭われたのを聴いて、兄じゃには半月の期限を告げて、金珠財宝を背に負って、姐じゃを救うつもりなのです。ですからわたしは千嬌姐じゃを知っているのです。

（花栄）兄じゃ、わたしの事情も大体同じようなものです。宋江兄じゃの命令があり、お二人が期限に遅れ、山に上ってこられないので、さらにわたしが遣わされ、兄じゃを迎えにゆくことになったのです。わたしは山から下りますと、済州府城外の酒屋に行って、何杯か酒を飲み、城内に入りましたが、風に衣服を吹き上げられ、わたしの刀があらわになって、泥棒を捕まえる官軍に、梁山の好漢であることを悟られたのです。急いで追いかけられましたので、一枝の塀に被さる柳を牽いて、塀を跳び越えたのでした。兄じゃ、わたしがどこに跳び込んだのだと思われる。そこは千嬌姐じゃの花園だったのです。太湖石に隠れていますと、日が暮れてから、姐さんが香を焚くため、出てこられました。最初の二つの香は大したものではなかったのですが、三つめの香は天下の好漢が縄目の難に遭わないことを祈願するものでした。兄じゃ、わたしは難を避けておりましたので、姐さんがこのようにめでたいことをおっしゃるのを聴き、梁山に上り、宋江兄じゃに告げようと思いましたが、いかんせん、姐さんの姓と名を知りませんでした。そこでわたしは姐さんの部屋の入り口で靴を鳴らし、脚を響かせたのでした。姐さんは部屋でそれを聴き、通判さまが来たと思われ、部屋の入り口を開けられたので、わたしはすぐにその中に入りました。灯明と蝋燭の下、わたしの凛凛たる体つき、堂堂たる顔つきを見て、姐さんはほんとうに怖がりました。わたしは言いました｡「姐さん、驚かれないでください。わたしは宋江配下で十三番目の頭領、弓手花栄です」。姐さんに先ほどのことを話しておりますと、丁都管、王臘梅は、姐さんの部屋に間男がいると言い、通判さまを騙したのです。そこでわたしは刀を持って走り出て、義兄さんの腕を切ったのです。今、姐さんは役所へと連れてゆかれて、あれこれと取り調べられ、無実の自白をされましたから、遅かれ早かれ護送され、仕置き場にゆくことでしょう。わたしは兄じゃに一月の期限を告げて、金珠財宝を整え、満腔の熱血を抛って、千嬌姐じゃをお救いしようと思うのです。

（関勝が刀を執り、怒る）千嬌姐じゃがかようなことになったのは、誰のせいかと思うていたが、おまえのせいであったのか。「他人から水一滴の恩を受けても、泉を飲ませて報ゆべし」とはよくいったもの[46]。恩を受けても報いないのは人でなしだぞ。

（詞）宋江さまがわれらを咎むることはあるまじ、今朝はやく、山寨を離れたり。千嬌姐じやを救ひなば、なんぢとともにたちまちに喜ばん。もし救へずば、わが大いなる杆刀で悪しき男女の脳天を打ち砕くべし。

（言う）二人はゆっくり来るがいい。わたしは先にゆくとしよう。

（店の小僧が引く）おじさん。お粥の代金を払っていってくださいよ。

（関勝）後日、払おう。（退場）

（徐寧）弟よ、関勝兄じゃの話を聴いたか。大いなる杆刀であいつらの脳天を打ち砕こうとおっしゃっていた。わしもおとなしくはないから、鋼の槍をたちまちにかれらの胸に突き通そう。弟よ、ゆっくり来るのだ。わしは先にいっているぞ。

（店の小僧）おじさん、お粥の代金は。

（徐寧）粥の代金などないぞ。（退場）

（花栄）二人の兄じゃが千嬌姐じゃのためにするのは、造作もなきこと。

（詞）関勝兄じやは大いなる杆刀で脳天を打ち砕き、徐寧兄じやは鋼の槍で胸倉を突き通し、銀山や鉄甕の牢(ひとや)はもちろん、龍潭や虎窟なりとも救ひ出ださん。

（店の小僧が牽きとめる）おじさん、お粥の代金を払ってください。

（花栄）大事な用事があってゆくのだ。大馬鹿野郎め、急いでいるのに、何がお粥の代金だ。（退場）

（店の小僧）ああ。わたしの運をごらんあれ。朝にお店を開いたら、三人が来てお粥を飲んだ。かれらがお粥を飲んだので、代金を求めたが、一銭も払われなかった。お粥は飲まれ、お碗も打ち砕かれてしまった。運がこんなに悪いとは思わなかった。もう弼を売るのはやめて、豆腐を売りにゆくとしよう。（退場）

（首切り役人が正旦、子役を捕らえて登場）

（首切り役人）戸板を嵌めて、戸に鍵を掛け[47]、通りを掃除し、時間になったら、手を下そう。

（正旦）ひどい濡れ衣

（唱う）

【越調闘鵪鶉】わたしはすぐに項に重き枷を戴き、身に重き鎖を纏へり。鎖にわが身は損なはれ、枷にわが項[48]は破れり。むざむざとさまざまな拷問を受け、生きながら千万に切り刻まれり。

（首切り役人）急ぎ仕置き場を設けるのだ。もうすぐ時間がくるからな。

（正旦が唱う）わたしは鼓(つづみ)、鑼(どら)を聴く。枷を持つ下役は凶悪にして、先触れの巡軍たちは群がれり。

【紫花児序】ぎやあぎやあと大騒ぎして、ぎゆうぎゆうと押し合ひへし合ひ、無体にも縦へ横へと引きずれり。わたしはまことに死を恐るれば、半歩を動かすのがやつと。君知るや、両脇の人々の一斉に押し寄せたるを。はやくも巳の刻。馬に乗るものが官道を開くれば、見に来るものは巷の入り口を奪へり。

（首切り役人が打つ）こら。急ぐのだ。

（正旦が唱う）

【小桃紅】お兄さん、殴られず、責められず、しばしお待ちを。濡れ衣を着つついかでか過ぐすべき。活くることこそ難くして、悲しみは天のごとくに大いなれ。かの小娘は息子を殴り、娘の顔を掴んで裂けり、御身はげにも残酷な恐ろしき下役どのなり。

（首切り役人）罪を犯しておらぬなら、かような刑に遭うことはないであろう。

（王臘梅が登場、子役を掴んで打つ）

（正旦が唱う）

【鬼三台】常日頃より閑かに坐して、鼎食(ていしよく)[49]を並(な)め、重茵(ちょういん)[50]に臥したりしかど、本日は仕置き場に死せんとしたり。好事には魔が多し。夫をば殺さんとする罪悪を犯したりとて、両側の見物人はかやうに多く、十字路で押し合ひて、ひとすぢの隙さへもなし。近きは仕置場、遠きは蘭亭、画閣なり。

（関勝、徐寧、花栄が突然登場し、仕置き場を襲う）梁山泊の好漢は、みなここにあり。

（首切り役人がそれを見て、あわてて逃げる）

（王臘梅が子役を引いて退場）

（花栄）どこに行くのだ。

（関勝が旦を背負う）

（正旦が倒れる）

（花栄）姐さん、しっかりしてください。

（徐寧）千嬌姐さん、しっかりとしてください。

（正旦が唱う）

【金蕉葉】わが魂(たま)は悲風の内に呼び立てられ、わが魂(たま)は怨雲の中に招かれり。

（関勝）姐さん、しっかりしてください。

（正旦が唱う）耳もとで姐さんと呼び、離れぬは誰そ。

（花栄）千嬌姐さん、しっかりなさってくださいまし。

（正旦が唱う）幼名でわたくしを呼ぶは誰そ。

（花栄）千嬌姐さん、わたしがあなたを救いにきました。

（正旦が唱う）

【調笑令】われを救ひにきたるは誰そと思へばなんぢら三人なりき。ああ。久しく離れたりしかど、なんぢらは安穏なりしか。なんぢが刀の切先で、亭主の膚(はだへ)を破りしために、役所に行きてあれこれと責めたてられぬ。小娘は一尺の水を沸き立たせ、一丈の波となし、ぺらぺらとした出任せは耐へがたし。

【禿厮児】夫殺しはこのやうに殺されんとし、間男を持ちたるものは仕置きを受けり。弟よ、わたしは無情の棒を受け、絶体絶命。あの役人が、蕭何[51]などとはとんでもなし｡

【聖薬王】われはまことにあらゆることをしくじれり、わづかの間にせしことは、まことに不注意。ゆゑもなく、さまざまな者たちと結義せり。これぞまさしく、「知り合ひが多ければ諍ひもまた多し」なる。平地に波の起こりしは、まことに苦し。

（花栄）姐さん、昔は失礼いたしました。

（関勝）弟よ、姐さんをお救いしたから、梁山に上り、宋江兄じゃに会いにゆこう。

（正旦が唱う）

【收尾】かれのため、身を亡ぼせる禍に陥りたれど、今日は功(いさを)で埋め合はせたり。かの日には寝屋にてかれに出くはせど、

（言う）よき弟は、

（唱う）本日は、仕置き場で、わらはを救へり。（ともに退場）

（趙通判が丁都管、王臘梅、子役を連れて登場）

（趙通判）まずい。梁山泊の強盗に仕置き場が襲われた。はやく逃げろ。はやく逃げろ。

（搽旦）どういうわけか、今、胸は戦いて、体は震える。二本の小脚は、これ以上歩けない。丁都管さま、わたしを扶けにきてください。ちい、ちい、ちい。

（徐寧、花栄が登場）

（花栄）これは丁都管、二夫人と趙通判、二人の子供だ。みな捕まえろ。一人も欠かしてはならぬ。みな山に連れてゆき、宋江兄じゃに処置をしていただこう。（ともに退場）

 

第四折

（関勝が正旦とともに登場）

（関勝）わたしは関勝。弟たちは仕置き場で、千嬌姐じゃをお救いし、今日のこの災を逃れたぞ。羊を潰し[52]、穴蔵の酒で、祝いの宴をするとしよう。姐さん、どうぞ。

（正旦）今日があろうとは思いもよらぬことでした。

（唱う）

【双調新水令】ただ見るは、西風に翻る杏黄旗、小盗人らも猛きこと虎狼か公吏のごときなり。今日は肥えたる羊を潰し、糯(もちごめ)の酒を斟ぎたり。長休飯(ちやうきうはん)[53]、永の別れの酒にはあらず。山寨は高く険しく、ああ、かの惨めなる所[54]よりずつとまし。

（関勝）酒をもて。姐さん、一杯干されませ。

（正旦）この酒は頂きませぬ。

（関勝）姐さん、酒を飲もうとなさらないのはなぜですか。

（正旦）二人の子供がいないのに、どうしてお酒を飲むことができましょう。（唱う）

【沈酔東風】二人の子らは今いづこ。死んでゐるやら、活きてゐるやら。

（関勝）姐さん、今日のこの酒は祝い酒、姐さんのために買ったのですよ。

（正旦が唱う）わたしの眼(まなこ)はひたすら愁へ、心にはいささかの喜びもなし。この酒はわたしのために買ひたるなりとおんみは言へど、たとひ玉液金波なりとも、わが咽喉に下すは難きことならん。

（関勝）姐さん、心配なさらないでください。わたしは徐寧に二人のお子を迎えに行かせましたから、そろそろやって来られるはずです。

（徐寧が子役を引いて登場）それがしは徐寧。二人の子供たちを連れて、姐さんに会いにゆこう。（会う）お姐さん、喜ばれませ。おんみの二人のお子さんですよ。

（関勝）姐さん、一杯の酒を召されませ。

（正旦）この酒は頂きませぬ。

（関勝）姐さん、どうしてお酒を召されないのです。

（正旦）わたしの仇がいないから、頂きませぬ。（唱う）

【喬脾児】ことさらに、酒を飲まんとせぬにはあらず、胸の怒りの消えざればなり。二人の下郎が捕らへられなば、酔ふて死するに甘んぜん。

（関勝）姐さん、ご安心下さいまし。花栄が丁都管、王臘梅と趙通判を捕まえて、今、来るはずです。

（花栄が丁都管、王臘梅と趙通判を捕らえ登場）

（花栄）それがし花栄は敵を捕らえて、姐さんに会いにゆこうぞ。（会う）姐さん、喜んでくだされ。御身の敵を捕まえてまいりましたぞ。

（搽旦）姐さん、わたしはあなたが善人であると言いました。あなたが牢屋に下されてから、わたしはずっとあなたのために北斗を拝んできたのです。わたしを許してくだされば、おいしい餅(ぴん)や肉鮓(にくさく)[55]を買い、一卓の白酒(しろざけ)を用意して、召し上がっていただきましょう。

（趙通判）妻よ、みんなこいつが訴えにいったのだ。わたしとは関わりはない。

（都管）大奥さまは、ずっとお優しゅうございました。

（正旦が唱う）

【雁児落】わたくしは白粉を塗りし柳盗跖、人間の心肺を喰らふを好めり。こいつを七つに切り刻み、きはめて重き罪に定めん。

【得勝令】ああ。興に乗り、二三杯飲み、楽しき宴をぞなさん。ほかの食事は調ふべからず。

（関勝）姐さん、どんなお食事をご所望ですか。

（正旦が唱う）人肉を焼きて食らはん。

（花栄）姐さん、弟の顔に免じて、義兄さんだけは許されませ。

（正旦が唱う）なんぢらは、わたしに心を変へよと勧めど、裁きのありしその日より、わたしはかれと誼を断てり。

（花栄）姐さん、義兄さんをお許しなされ。

（正旦）わたしは死ぬまで。許しはしませぬ。

（花栄）姐さん、ほんとうに許されぬなら、二人のお子を、谷川へ棄てにゆきますぞ。

（正旦が唱う）

【側磚児】ただ見るは、かのものの腕まくりして、腹を立て、二人の子供の襟を掴める。われはあはてて身を起こし、大またでかのもののもとへ向かへり。

【竹枝歌】色よき言葉で子供を放たしめんとせり。盆、甕を砕かんとする[56]、悪しきさまには耐へられず。裏切り者を許すまじとは思へども、なんぢら三人(みたり)に脅かされ、われら二人は夫妻とならん。これはをかしや。はや賄(まいない)を贈りたりしか[57]

（花栄）お子さまを谷川に棄てにゆきましょう。

（正旦）やめてください。やめてください。子供を投げ殺さないでください、許してやれば宜しいのでしょう。

（関勝）姐さんが義兄さんを許されたから。宋江兄じゃに会いにゆこう。（ともに退場）

（宋江が登場）それがしは宋江じゃ。弟の関勝、徐寧、花栄らが、それがしに一月の期限を告げて、山を下り、千嬌姐じゃを救ってきた。本日は忠義堂へと赴いて、罪人を処刑しようぞ。

（関勝が衆とともに登場）兄じゃにお知らせいたします。丁都管、王臘梅を捕まえました。

（宋江）丁都管、王臘梅を捕まえたのなら、かれらを花標樹に縛り、死体を切り刻むとしよう。なんぢらはわたしの裁きを聴くがよい。

（詞）なんぢらは災の前に結義せり。苦しみを受け、口はあれども語るは難し。仕置き場を騒がせて、恩返しをし、千嬌を救ひ、万古にその名を伝へたり。あばずれはあまたの矢をもて射殺(いころ)して、丁都管は山の前にて梟首せん。趙通判と子供らは故郷に戻し、四人(よつたり)は故郷に帰り、夫と妻は団圓(まどゐ)せん。

（正旦、趙通判、子役が拝礼して謝す）

（正旦が唱う）

【随尾】梁山泊に忠義の多く、わたくしを救ひしことに感謝せり。なんぢらよろしき兄弟が、幾たびも執り成すことのなかりせば、われら夫妻はふたたびよりを戻すことこそなかりけめ。

 

最終更新日：2010年11月10日

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