趙氏孤児大報仇雑劇

楔子

(浄が屠岸賈に扮し兵卒を引き連れて登場、詩)

人には虎を害せんとする意はなきも

虎には人を傷つけんとする心あり

今の思ひを尽くさずば

後にむなしく憤るべし

わしは晋の大将の屠岸賈じゃ。わが(あるじ)霊公さまは位にましまし、文武の官は千人あるが、信任されている者はたった一人の文官と武官のみ。文官は趙盾で、武官はわしじゃ。われら二人は文と武で不和なれば、趙盾を殺そうとする心をつねに抱いているが、いかんせん手を下すことができない。趙盾の子は趙朔といい、霊公さまの[1]となっておる。以前勇士の鉏麑[2]を遣わし、短刀を手に塀を越えさせ、趙盾を刺殺せんとした。あにはからんや、鉏麑は(えんじゅ)にぶつかって死んでしまった。趙盾は勧農のため郊外に出て、飢えた男が桑の木蔭で死のうとしつつあるのを見、酒とご飯をたらふく食わせた。しかし男は別れも告げずに立ち去った。その(のち)に西戎国が一匹の[3]という犬を献じた。霊公さまはわが家にそれを賜った。神獒を手に入れてから、趙盾を害そうとする計画を立て、神獒を空き部屋に閉じ込めて、四日ほど食事を与えず、裏庭に藁人形を作り上げ、紫の袍に玉の帯、象牙の笏に黒い靴、趙盾と同様の装いとした。藁人形の腹の中には羊の心臓、肺臓を入れ、神獒を引き出して、「趙盾」の紫袍を引き裂き、神獒にたらふく食らわせ、空き部屋に閉じ込めた。また四日ほど飢えさせてから、神獒を引き出して、飛び掛かり、咬みつかせ、紫袍を引き裂き、羊の心臓、肺臓をたらふく食わせた。このように百日間訓練し、これはいけると考えて、霊公さまに謁見し、「不忠不孝の者がおり、主君を欺く心を抱いております」と申し上げた。霊公さまはそれを聞かれて、大いに怒られ、それは誰かと尋ねられた。「西戎国が献じましたる神獒は、もっとも優れておりますので、見分けることができましょう」と申し上げると、霊公さまは大いに喜び、「その昔、堯舜のとき、悪人に獬豸[4]が触れることはあったが、晋国に神獒が現れるとは思わなかった。今どこにいるのだ」とおっしゃったので、このわしは神獒を牽いていった。趙盾は紫の袍、玉の帯といういでたちで、霊公さまの腰掛けの傍らに立っていた。神獒はそれを見るなり、飛び掛かり、吠え立てた。霊公さまはおっしゃった。「屠岸賈よ、神獒を放つのじゃ。奸臣じゃ」。神獒を放ったところ、趙盾は追いかけられて宮殿を走り回った。だが、傍らで一人の男が腹を立てた。殿前大尉提弥明は、()[5]で神獒を打ち倒し、片手で首根っこを掴み、片手で下の顎を押さえて、半分に引き裂いた。趙盾は宮殿を出て、乗ってきた四頭だての馬車を探した。このわしは人に命じて四頭のうち二頭を外させ、両輪のうち一輪を取り去らせていた。趙盾は車に乗ったが、進めなかった。すると壮士が傍らにやってきて、片方の手で車輪を支え、片方の手で馬を鞭打ち、道をあけ、趙盾を救い出した。その者は誰だと思う。桑の木蔭で飢えていた霊輒だった。このわしは霊公さまに申し上げた。「趙盾一門三百人を、誅戮しつくすことにしましょう。ただ、趙朔は公主さまとともにお屋敷におり、駙馬ですから、殺されてはなりませぬ」。草を切るとき根を除くなら、芽が出ることもないだろう。このわしは、霊公さまの御諚と偽り、使者に三つの朝典[6]、弓、薬酒、短刀を持たせ、趙朔にどれか一つを選ばせて、死んでもらうことにした。すでに使者には、はやく戻って報告をするように命令をした。(詩)

三百人の家族(やから)は滅び

ただ趙朔がゐるのみぞ

どの朝典で死なうと構はぬ

草を切るとき、ことごとくその根を除かん

(退場)

(冲末が趙朔に扮し、旦の公主とともに登場)(趙朔)わしは趙朔、官職は都尉を賜わるも、屠岸賈はわが父と仲たがいして、霊公さまを唆し、わが一門の三百人を、ことごとく誅殺させた。公主よ、わしの遺言を聞け。おまえは今妊娠している。娘を生んだら、何も言うことはないが、男だったら、趙氏孤児という幼名を与えよう。成長したら、父母のため復讐をさせるのだ。

(旦が哭く)あな悲しやな。

(外が使者に扮し、従者を率いて登場)主君の命を奉り、三種の朝典、弓、薬酒、短刀を、駙馬趙朔に賜わろう。どの朝典を使っても構わないから、すみやかに死んでもらおう。しかるのち、公主を屋敷に閉じ込めよう。ぐずぐずとするわけにはゆかぬ。即刻、(めい)を伝えに行こう。はやくも屋敷の入り口だ。(会う)趙朔よ、跪き、お上の御諚を聴くがよい。なんじら一家は不忠不孝、君を欺き、法をなみした。汝らの一門は、ことごとく誅戮しても、なお足らぬ。とりあえず趙朔だけは親戚であるのを考慮し、誅を加えず、特別に朝典三つを賜うから、どれか一つで死ぬがよい。公主は屋敷に閉じ込めて、親戚の縁を断ち[7]、行き来を許さぬこととしよう。趙朔は、勅命に負くべからず。すみやかに自尽するのだ。

(趙朔)公主よ、どうしたら良いだろうか。(唱う)

【仙呂賞花時】

君に報ゆる忠良は、一朝にしてむなしく死して

国を蝕む奸臣は、権力を掌中にせり

やすやすと機謀を用ゐ

仕置場でわれらを斬首す

これが力を尽くしし結末

(旦)ああ。われら一家は骸を葬る所とてない。

(趙朔が唱う)

【幺篇】

故郷の丘にわが身を(うづ)むることを得ず

(言う)公主よ、話したことは、よく覚えておけ。

(旦)分かりました。

(趙朔が唱う)

言い含むれば頬に泪は雨と流れて

一言話すたびに悲しむ

子供が生ひ立ちたる後に

三百人の恨みに報いさせやうぞ

(死ぬ。退場)

(旦)駙馬どの、あな悲しやな。(退場)

(使者)趙朔は短刀を用ゐて死せり。公主はすでに屋敷の中に囚へられたり。お上に報告するとせん。

(詩)

西戎は その昔 神獒を奉りたりしかば

趙家の百人(ももたり) 運命(さだめ)を逃るることこそ難けれ

公主は今なほ囚はれて

趙朔は短刀で自刎せり

(退場)

 

第一折

(屠岸賈が登場)わしは屠岸賈、公主が男子を生むことをひたすら愁える。成長したら、わしの(かたき)となるからな。公主を屋敷に閉じ込めたが、そろそろ子供を生むはずだ。使いの者が長いこと、戻ってこぬのはなぜだろう。

(兵卒が登場、知らせる)元帥さまにお知らせいたします。公主さまはお屋敷で、趙氏孤児という男児を出産されました。

(屠岸賈)本当に趙氏の孤児と呼ばれているのか。一ヶ月後に、その子供を殺しても遅くはあるまい。命令を伝えるのだ。下将軍の韓厥に、屋敷の門を守らせよ。入る者は検査せず、出てくる者を検査せよ。趙氏の孤児を盗み出す者がいたら、ことごとく斬罪にして、九族を滅ぼそう。触れ文を出し、あまねく諸将に告げるのだ。ぐずぐずとして、罪せられてはならぬぞよ。

(詞)

晋の公主は身ごもりて

生まれし孤児はわが(あだ)

一月(のち)に鋼の刀で斬り殺し

草を切り、根をも除かん

(退場)

(旦が子供を抱きながら登場、詩)

天下の人の怒りはすべて

我が胸のうちにしぞある

秋の夜の雨のごと

一つぶ滴り落つるごと一たび愁へり

わらわは晋の公主なれども、奸臣の屠岸賈により、わが趙家一門は、ことごとく誅殺せられぬ。本日は子を産めり。駙馬どのは臨終のとき、遺言したまひ、男の子供が生まれなば、趙氏の孤児と呼びなして、やがて成人した日には、父母のため復讐させよと仰せられたり。天よ。この子をいかでか屋敷より送り出ださんこともがな。今ほかに縁者はをらず。家族ならざる、食客の程嬰がゐるばかりなり。程嬰が来るのを待ちて、考ふることとせん。

(外が程嬰に扮し、薬箱を背負って登場)わたしは程嬰。もともとは草莽の医師。その昔、駙馬さまのお屋敷で、常人と異なる優遇をば受けり。いかんせん、屠岸賈は趙さまの一門を、ことごとく誅滅したり。さいはひに家族にはわが名はあらず。公主さまはお屋敷に囚はれたれば、日々お茶とご飯とをお送りしてゐる。公主さまは男児を生まれ、趙氏の孤児と命名せられた。成人されなば、父母のため、復讐させるおつもりなれど、屠岸賈めから逃るることは難ければ、これも詮無きことならん。公主さまよりお呼びが掛かれり。お産をせられば湯薬などをご所望ならん。行かずばなるまい。早くも屋敷の入り口ぞ。来訪を告ぐる要はなし。中に入らん。

(程嬰が会う)公主さま、何事でございましょうか。

(旦)我が趙家一門は、まことに苦しい。程嬰よ、呼んだのはほかでもない。このたび男児が生まれたが、父親は臨終のとき、趙氏孤児という幼名をつけられた。程嬰よ、おまえは今まで趙家に出入りし、邪慳にされたことはなかった。なんとかこの子を匿って、育て上げ、趙氏のために復讐をさせてくれ。

(程嬰)公主さま、まだご存じないのでしょうか。屠岸賈はご出産の知らせを聞くと、四方の城門に触れ文を出し、孤児を匿えば、斬罪にし、九族を滅ぼすと申しております。どうして匿うことができましょう。

(旦)程嬰よ。

(詩)

「苦難に遭はば親戚(うから)を思ひ、危険に臨まば縁者に頼る」といふをきかずや

実の子を救ひ出ださば

趙家の血筋は保たれん

(跪く)程嬰よ、どうか憐れと思っておくれ。我が趙家三百人は、すべてこの子に掛かっているのだ。

(程嬰)公主さま、お立ちください。若さまを隠して外に出たことを、屠岸賈が知り、趙氏孤児を出せと言い、「程嬰に与えた」と仰られたら、わたしの一家が死ぬのはまだしも、若さまもおしまいですよ。

(旦)大丈夫だ。程嬰よ、安心せよ。

(詩)

程嬰よ 慌つるなかれ

話おはれば泪は千行(ちすぢ)

父親は刀で死にて

(裙帯を取り、縊死する)

これでおはりぞ

母親も後を追ひ 命を棄てり

(退場)

(程嬰)公主さまが自縊されるとは思わなかった。長居は無用だ、この薬箱をあけ、若さまを中に入れ、生薬でお体を隠すとしよう。天よ。趙家の三百余人は、誅滅し尽くされ、この子だけしかいないとは憐れなことだ。これからこの子を救い出そう。そうすればおまえは幸せになれるし、このわしは功績を立てられようぞ。だが探し出されたら、おまえは殺され、わしの一家も命を保つことはできまい。

(詩)

程嬰は心の中で考へり

趙一門はまことに悲し

連なりあへる砦のごとき九重の元帥の役所を出でて

天羅地網[8]の禍をしぞ抜け出でん

(退場)

(正末が韓厥に扮し兵卒を率いて登場)それがしは下将軍の韓厥じゃ。屠岸賈さまの麾下にあり、公主さまのお屋敷の門をお守りいたしておる。これはどういうことなのだ。公主さまが男児を出産あそばされ、趙氏孤児と名付けられたが、盗み出される恐れがあるので、このわしにお屋敷の入り口にいろというのだ。孤児が探し出されたら、その者の一家を斬罪にして、九族を滅ぼせとのこと。兵士よ、公主さまのお屋敷を厳重に守るのだ。へっ。屠岸賈め、このように忠良を殺害するのを、いつになったらやめるつもりだ。(唱う)

【仙呂点絳唇】

列国は数あれど

晋より強き国はなし

やうやく平和となりたるに

奸臣の屠岸賈が現れたるは何ゆゑぞ

かのものは忠孝の公卿(こうけい)をしぞ殺めたる

【混江龍】

雨風は穏やかな太平の年なるに

かやうな者を重んぜり

忠良は市中(まちなか)に斬首せられて

奸悪は帥府[9]に身をぞ落ち着くる

賞罰をほしいままにし

半分は主君が決めて、半分は臣下が決むと誰かいはんや

かの者は

朝廷じゆうに手先を放ち

逆らふ者はことごとく誅殺せられぬ

人の世の悪神にして

閫外の将軍ならず[10]

(言う)屠岸賈と趙盾はかように深い恨みを結んで、いつになったら和解するやら。(唱う)

【油葫蘆】

草を切り、禍の根を断つために

お屋敷の入り口を守らしめたり

この我は、家にありても国に尽くせる老臣ぞ[11]

孤児を匿ふ者あらば、隠すべきにはあらざれど

孤児を殺むる者あらば、何ぞ心に忍びんや

(言う)屠岸賈よ、汝はまことに悪しき奴。

(唱う)

いつの日か天を怒らせ

民を怒らせ

謗られん

天もまた青きお顔を現して、許したまはじ[12]

【天下楽】

「遠くは児孫、近くは我が身」[13]といふを聞かずや

ああ

賊臣のおまへと趙盾さまは

二十年(はたとせ)同僚なりしかど、いささかの情もなきや

悪しき心を逞しうせんとして

賢しき人を悪しき人とぞなせるなる

つぶさに彼ら二人を論ぜば

悪しきはいづれぞ

(言う)部下よ、入り口で見張っていろ。人が屋敷から出てきたら、知らせるのだぞ。

(兵卒)かしこまりました。

(程嬰が慌てて登場)わしが抱える薬箱には、趙氏孤児が入っている。天も憐れと思し召す。嬉しいことに韓厥さまが門を守っていらっしゃる。老旦那さまが引き立てた方。出て行くことができるなら、このわしと若さまは生きられようぞ。(門を出る)

(正末)部下よ、薬の箱を抱えている者を捕らえてまいるのだ。何者か。

(程嬰)草莽の医師、姓は程、程嬰にございます。

(正末)どこにいたのだ。

(程嬰)公主さまのお屋敷で薬を煎じておりました。

(正末)どんな薬をお出ししたのだ。

(程嬰)益母湯[14]を差し上げました。

(正末)この箱の中身は何だ。

(程嬰)みな生薬にございます。

(正末)何の生薬だ。

(程嬰)桔梗、甘草、薄荷にございます。

(正末)ほかに持っている物はあるのか。

(程嬰)何もございませぬ。

(正末)それならば、行くがよいぞ。

(程嬰が歩く。正末が叫ぶ)程嬰よ、戻ってまいれ。この箱の中身は何だ。

(程嬰)みな生薬にございます。

(正末)ほかに持っている物はあるのか。

(程嬰)ございませぬ。

(正末)行くがよいぞ。

(程嬰が歩く、正末が叫ぶ)程嬰よ、戻ってまいれ。隠している物があろう。行けと言えば、弦を離れる矢のごとく、戻れと言えば、毛氈から毛を抜くかのよう。程嬰よ、このわしがお前のことを知らないと思っているのか。(唱う)

【河西後庭花】

お前はもともと趙盾の食客にして

このわしは屠岸賈の食客ぞかし

満月[15]前の麒麟の種[16]を隠したるらん

(言う)程嬰、見たか。(唱う)

風も通らぬ虎豹の陣をいかで出づべき

このわしが下将軍ならずんば

お前を訊問しはすまじ

(言う)程嬰よ、趙家より多くの恩義を受けたであろう。

(程嬰)はい。恩を受ければ、報いるは当然のこと。

(正末)恩を受けたら報いるべきだと。逃げようと思っても、そうはさせぬぞ。表の門と裏の門とはしっかりと守られており、天にも地にも逃げられまいぞ。捕まえられて本当の事を尋ねられ、孤児のことを報告されれば、生きるはかなわず、死ぬは必定。

(言う)兵卒よ、座を外せ。呼んだら来るのだ。呼ばれぬうちは来るではないぞ。

(兵卒)かしこまりました。

(正末が箱をあける)程嬰よ、桔梗、甘草、薄荷があると申したが、人参が出てきたぞ。

(程嬰が慌てて、跪く)

(正末)

【金盞児】

孤児を見れば、額には汗がびつしより

口の角には乳を噴きたり

くりくりとした両の(まみ)にて我らを見

箱の中にて声を呑むかのごときなり

脚を伸ばさず

寝返り打たず

これぞまさしく「人となるのは易からず、易ければ人にはならず」[17]

(程嬰の詞)怒りを鎮めたまへかし。話をお聴きなされかし。趙盾は晋国の賢臣にして、屠岸賈は心に嫉妬を抱きたり。神獒に忠良を害せしめ、朝廷より逃げ去らしめたり。一輪の車に乗れば、霊輒は恩に報いて、深山(みやま)に入りて、行方は知れず。霊公さまは讒言を信じたまひて、屠岸賈が横行するに任せられたり。馬さまに剣を賜はり、自殺させ、九族を滅ぼして、生くる道なからしめたまひたり。公主さまをば寂しき場所に閉じこめたまひたりぬれば、縁者は世話をするを得ず。遺嘱に従ひ、孤児と呼びなし、子と母はともに暮らせず。出産し、一命は陰に帰し、孤児をば掩ひ隠さしめたまひたり。やがて成長せん日には、趙家のために墳墓を守らん。折よくも将軍に会ひたれば、ひとへにお力添へを願はん。この芽を切らば、趙家の血筋は絶えぬべし。

(正末)程嬰よ、この孤児を差し出せば、我が身の富貴は疑いない。だが、このわしは天地を担う丈夫(ますらお)だから、そのようなことはすまいぞ。(唱う)

【酔中天】

孤児を差し出し、栄達を求むるは

己を利して人を損なふことにあらずや

三百人の親族(うから)はすべて死にたれば

誰によりてか恨みを雪がん

(言う)屠岸賈はこの孤児を見ば、

(唱う)

皮と筋をば

すりつぶし 膾にすべし

かやうなる良識のなき勲功(いさをし)

立つるわけにはゆくまいぞ

(言う)程嬰よ、この孤児を抱き、出てゆくがよい。屠岸賈に問われたら、このわしがお前に代わり、返事しようぞ。

(程嬰)将軍さま、有り難うございます。(箱を抱えて出て、ふたたび跪く)

(正末)程嬰よ、わしがお前を逃がしたは、戯言ではないのだから、はやく出てゆけ。

(程嬰)将軍さま、有り難うございます。(歩き、ふたたび跪く)

(正末)程嬰よ、何ゆえにまた戻ってきたのだ。(唱う)

【金盞児】

このわしを嘘つきと疑ひたるらん

()を焼くを(けい)が嘆くを悟らずや[18]

いくたびもたちもとをりて

などてふたたび門前に

戻りきたれる

(言う)程嬰よ、

(唱う)

胆なくば

なんぴとか、しいて孤児をば守らしむべき

忠臣は死をも恐れず

死を恐るるは忠臣ならず

(程嬰)将軍さま、この屋敷を出た後に、屠岸賈に報告され、他の将軍が追ってきて、わたくしを捕らえましたら、孤児は決して生きられませぬ。ああ。将軍さま、わたくしを捕らえられ、褒美を受けてくださいまし。わたくしと趙氏孤児とは、一緒に死にとうございます。

(正末)程嬰よ、本当に安心していないのだな。

(唱う)

【酔扶帰】

(なれ)は趙氏の遺児を守れり

このわしは、屠岸賈と(ゆかり)なし

いつはりて、情けを掛けて、大軍を遣はして

騙し討ちせんことのあらめや[19]

(なれ)が忠なら我は信

命を棄つるつもりなら

我もみづから首はねん

【青歌児】

()に一言もて尽くすは難し

(言う)程嬰よ、

(唱う)

なんぢの(まなこ)は節穴ぞ

孤児を深山(みやま)の奥に隠して

教へ育み、人と成さしめ

文と武の修行をさせて

三軍を率ゐさせ

賊臣を捕らへしむべし

首を斬り

亡き(たま)に報告しなば

われとなれとが修羅場を踏みて

危険を冒したることも徒にはならじ

(言う)程嬰よ、安心して行くがよいぞ。(唱う)

【賺煞尾】

おのが身をもて証を立てん

賊のもとにて訊問を受くるをいかで肯んぜん

(きざはし)にぶつかりて自尽を図らん

よしや()き名の万古に香ることなきも

鉏麑とともに忠魂たらん

まめまめしく

朝晩の世話をしてさしあげよかし

あの方は趙一門の命の綱に違ひなし

成長せられん暁に

以前のことを申し上げ

かならず敵に復讐せしめ

大恩人のこのわしを忘れしむることなかるべし

(自刎し、退場)

(程嬰)ああっ。韓将軍が自刎された。将校に知られ、屠岸賈に報告されたら、どうしよう。孤児を抱き、逃げずばなるまい。(詩)

韓将軍は忠良なる人

孤児のため、自刎して身まかりたまへり

安心しつつ進みゆき

太平荘でまた手を打たん

 

第二折

(屠岸賈が兵卒を率いて登場)事は気に掛からざるもの、気に掛けば心は乱る。

わしは屠岸賈。公主は子を産み、趙氏の孤児と呼んでいるとか。そこで将軍韓厥を遣わして、屋敷の門を守らせて、忍びの者を取り締まらせた。一方で触れ文を出し、趙氏孤児を匿う者があるときは、ことごとく斬罪に処し、九族を留めないこととした。趙氏の孤児は天に飛んでもゆけまいに、何ゆえに今になっても送られてこぬのであろう。安心をすることができぬわい。部下よ、門の表で見張りするのだ。

(兵卒が報告をする)元帥さまに申し上げます。災いが起こりました。

(屠岸賈)災いがどこからやってきたというのだ。

(兵卒)公主さまは、屋敷にて、裙帯で自縊して亡くなり、屋敷の門を守っていられた韓厥さまも自刎して亡くなりました。

(屠岸賈)韓厥は何ゆえに自刎したのだ。趙氏孤児を逃がしたのだろう。どうしたらいいものか。眉を顰めれば、計略は心に浮かぶ。今から霊公さまの御諚を偽って伝えよう。晋国内の半歳以下、一月以上の、生まれたばかりの子供らを捕らえてこさせ、三太刀(みたち)浴びせることとしよう。その中にかならず趙氏孤児がいよう。さすれば害は除かれよう。部下よ、触れ文を出し、晋国内の半歳以下、一月以上の、生まれたばかりの赤ん坊を、元帥の役所に集めて命令に従わしめよ。抗う者はことごとく斬罪にして、九族を滅ぼそう。

(詩)

晋国の子供らをすべて集めば

孤児は隠るることはあたはじ

金の枝、玉の葉の[20]剣を逃るることはなからん

(退場)

(正末が公孫杵臼に扮し、童僕を連れて登場)公孫杵臼じゃ。晋の霊公さまのもとにて中大夫の職にあり、高齢で、屠岸賈の専権に遭い、公務を執れずに、職を辞し、帰農したのだ。三頃の土地、一本の鋤を手に、太平荘に住んでおる。そのかみは、夜は斗帳[21]に眠りつつ、寒い夜に角笛を聞いていた。今は斜めに柴門に倚り、雁を数える。(唱う)

【南呂一枝花】

大いなる丈夫(ますらを)をいと不当なる目に遭はせ

まことの柱石をしぞ損なふ

汚れたる屠岸賈どもは

鰲を釣る[22]豪快な翁を虐ぐ

無道なる霊公は

悪党を寵愛し

賢人は苦しみを受く

急流に足を退()かずば

刑場で首を斬られん

【梁州第七】

あの者は、元帥府にて、威勢を振るひ

このわしは太平荘にて、職を辞し、帰農せり

鵷班[23]に豹尾[24]の従ふことをな望みそ

あの者は今、一品官の高きにありて

位は三公をぞ極め

八県に封ぜられ

千鍾の禄を受けたる

不正を見るも目は霞めるかのごとくして

罵りを聞けども耳は聞こえぬがごとくせり

お世辞のうまき者たちは、鼎を並べて(しとね)を重ね

忠臣を殺したる者たちは、官位、俸給を加へられ

国家を疲弊せしむる輩は、功績を論ぜられたり

目の前の楽しみを貪りて

高みに上り、転んで腫るることをばたえて顧みず

わしに倣ひて田園で耕作を学ぶに若かず

人を損なふ餓虎の群れより抜け出でば

むしろ大いに従容たるべし

(程嬰が登場)このわしは、まことに慌て、若さまは、まことに剣呑。屠岸賈は、まことに強暴。このわしは危険を冒して、城を出たのだが、屠岸賈は趙氏の孤児が逃げたため、晋国内の半歳以下、一月以上の子供らを、みな捕らえ、元帥の役所に集めるとのことだ。孤児であろうがなかろうが、手ずから三つに切り刻むとか。いずこにお連れすればよかろう。そうだ、太平荘の公孫杵臼は、趙盾さまと同僚の大臣で、付き合いは深かったはず。今は辞職し、帰農している。あの方は忠直な方だから、あそこなら隠れることができようぞ。今荘園にやってきて、竹垣の下に薬の箱を置いたぞ。若さま、しばらくお休みください。公孫杵臼に会ってからこちらにやってまいりますから。童僕よ、取次ぎをせよ。程嬰がお会いしにまいりましたと。

(童僕が報告する)程嬰さまが入り口にいらっしゃいます。

(正末)通せ。

(童僕)お入り下さい。

(正末が会う)程嬰よ、なにゆえにやってきたのか。

(程嬰)太平荘にいらっしゃるので、わざわざお訪ねしたのです。

(正末)辞職した後、大臣の方々はお元気か。

(程嬰)ああ。役人をされていた時とはすっかり違っています。今、屠岸賈は権力をほしいままにし、昔とはすっかり違ってしまいました。

(正末)大臣たちがお諌めいたすべきであろう。

(程嬰)公孫さま、このような賊臣は昔からおりました。唐虞の世にも、四凶がいました。

(正末が唱う)

【隔尾】

昔より奸臣は権勢を弄ぶこと多くして

聖人の世にさへも四凶は現る

しかれども、かくまでも万人に恨まれて、千人に嫌はれて、ただ一人、重きをなしし者はなし

清廉ならず公平ならず

孝ならず忠ならず

趙盾一家を殺害し、根絶やしにせり

(程嬰)公孫さま、さいわいに、天には(まなこ)がございますから、趙氏は絶えてはおりませぬ。

(正末)一門の三百余人は、誅滅し尽くされて、駙馬さまも三朝典の短刀で自刎され、公主さまも裙帯で縊死されたのに、誰がどこにいるというのだ。

(程嬰)以前のことは、すでにご存知でしょうから、申し上げるまでもございますまい。公主さまは屋敷に囚われ、孤児という一子をお生みになりました。趙家でなければどこの家の子でございましょうや。屠岸賈が気が付けば、また殺そうとするでしょう。殺されれば、趙家は本当に絶えてしまいます。

(正末)今、孤児はどこにいるのだ。救われたのか。

(程嬰)公孫さまが憐れに思ってくださるのなら、本当の事を申し上げます。公主さまは亡くなられるとき、孤児を私に托されて、よく面倒をみるように、成人したら、父母のため復讐をさせるようにと仰いました。この孤児を抱き、門を出ようといたしましたら、韓厥さまはわたくしたちを捕まえて、屠岸賈に差し出すぞと仰いました。わたくしが一しきり説得しますと、韓厥さまはわたくしを屋敷から出し、自刎して亡くなりました。今この孤児を隠す所はございませぬので、わざわざ公孫さまの御もとへ身を寄せてまいったのです。公孫さまと趙盾さまはもともと同僚、交情は厚かったことでしょう。この孤児をどうか憐れと思しめされよ。

(正末)その孤児は今はどちらにいらっしゃるのだ。

(程嬰)竹垣の下にいらっしゃいます。

(正末)孤児を驚かさぬように、今すぐ抱いてきておくれ。

(程嬰が箱をあける)天地に感謝いたします。若さまはまだ寝てらっしゃる。

(正末が受け取る)(唱う)

【牧羊関】

生まるる前に縁者は滅び

懐に在りしとき、先祖は絶えり

成長せんとも、吉少なくして凶多からん

父親は仕置場で斬首せられて

母親は禁中に捕らへられたり

いづこにか血に汚れたる白衣の相[25]のあるべきや

恩を知らざる黒頭虫[26]に違ひなからん[27]

(程嬰)趙一門は、ことごとくこの若さまを頼りにし、復讐を望んでおります。

(正末が唱う)

父母(ちちはは)のため讐に報ゆる(まこと)男子(をのこ)と言ひたれど

わしに言はせば

父母(ちちはは)に禍をなす小悪魔ならん。

(程嬰)公孫さまはご存じないのでございます。屠岸賈は趙氏の孤児が逃げたため、晋国内の子供らをすべて捕らえて、生命を奪おうとしております。公孫さま、これよりは、趙氏の孤児を公孫さまのもとに隠すといたしましょう。一つには趙駙馬さまに優遇された報恩のため、二つには晋国の子供の命を救うため。思えばわたしはもうすぐ四十五、生まれた一子は、一月(ひとつき)に満ちておりませぬ。趙氏孤児だということにして、屠岸賈へ告発をしていただいて、わたくしが孤児を隠していましたと仰って下されば、われら父子(おやこ)は、一つところで死にましょう。公孫さまは孤児を育てて大人になさり、父君と母君のため復讐させれば、よろしいでしょう。

(正末)程嬰よ、お前は今、何歳なのだ。

(程嬰)四十五歳でございます。

(正末)この子は二十年たてば、父母のため復讐できよう。二十年後は、おまえはまだ六十五だが、このわしは二十年後は、九十歳ぞ。そのとき生きているかも分からぬ、趙家のために讎に報いることはできぬぞ。程嬰よ、息子を棄てて、このわしに渡すのだ。しかる後、屠岸賈に自首をして、太平荘の公孫杵臼が趙氏孤児を匿っているというのだ。屠岸賈が兵を率いて捕縛しにきたら、息子と一緒に死ぬとしよう。趙氏の孤児を成人させ、父母のため復讐させるが、良策だろう。

(程嬰)公孫さま、結構なことは結構ですが、迷惑を掛けるわけにはまいりませぬ。私の息子を趙氏孤児とし、屠岸賈にご報告なさってください。父子一緒に死にましょう。

(正末)程嬰よ、もう決まった。ぐずぐずしてはいかん。(唱う)

【紅芍薬】

二十年(はたとせ)で主君に報いば

思ひを遂ぐべし

わしは早晩死ぬる身ぞ

(程嬰)公孫さま、まだお元気でございますのに。

(正末が唱う)

昔には及ぶことなし

この子より先に死に、(いさをし)を見ることは叶はじ

おんみはすぐに老ゆべうもなし

趙家のために先鋒となるにはうつてつけならん

(言う)程嬰よ、わしに従えばよいのだ。(唱う)

げにやげに、暮れの鼓や明けの鐘まで命はもつまじ

(程嬰)公孫さま、家にいてくださいまし。わたくしはわきまえもなく、迷惑をおかけして、心が落ち着かないのです。

(正末)程嬰よ、何を申すか。このわしは七十歳。死ぬるのは当然のこと。遅い早いは関わりないぞ。(唱う)

【菩薩梁州】

傀儡の舞台の中に

鼓と笛を奏でつつ

一場の短き夢と思ひなしたり

たちまち(かうべ)をめぐらせば、英雄(はやりを)は老いて死に絶ゆ

恩義があるも報いずば、顔を得向けず

義を見てもなさざるは、勇ならず

(程嬰)承諾をされたからには、約束をたがえてはなりませぬ。

(正末が唱う)

語る言葉に信なくば、語る甲斐なし。

(程嬰)公孫さま、趙氏孤児を守られば、歴史に御名は残されて、万古に留められましょうぞ。

(正末が唱う)

このわしにお世辞を言ふ必要はなし

大いなる丈夫(ますらを)は命を終ふることを愁へず

ましていはんやこのわれはぼさぼさの白髪頭ぞ

(程嬰)公孫さま、もう一つ、屠岸賈がもしもあなたを捕まえたなら、厳しい訊問に耐えられますまい。さすればわたしは連座してしまいましょう。われら親子が死ぬるのは当然なれど、趙氏孤児さえ、ともに死ぬるは惜しきこと。あなたも犬死にではありませぬか。

(正末)程嬰よ、それも尤もだ。屠岸賈と趙駙馬は。(唱う)

【三煞】

両家の恨みは深ければ

孤児の行方を探し当てなば

太平荘に兵は押し寄せ

(くろがね)の桶のごとくに風さへも通さざるべし

(言う)かの屠岸賈はこのわしを捕らえれば、大声で怒鳴るだろう。「三日前、触れ文を出したのを見たであろうに、趙氏の孤児を匿って、このわしに逆らうとは、いい度胸だな」と。

(唱う)

老いぼれよ

とりあへず甕に入れかし[28]

触れ文が掲げらるれば、天さへ動くことを知るべし

お前のやうな辞職して帰農した老いぼれ農夫が

蠍や蜂を刺激するとは

【二煞】

縛り、吊り、殴りつけ

つばらかに事を尋ねん

枯れた皮、朽ちた骨では痛みに得堪へず

まことの事を話すべし

なんぢが恐るることもうべなり

(言う)程嬰よ、安心せよ。

(唱う)

かねてより一諾千金

刀の山と剣の峯へ送られんとも

初心を決して変へはせじ

(言う)程嬰よ、安心し、孤児を育て上げ、父母のため復讐をさせるのだ。わしの死など、言うには足らぬわ。(唱う)

【煞尾】

趙一族の血脈は千年の永きにわたり

晋の山河は百二の雄[29]

英才を揮ひつつ、大軍を統べ

諸国を威圧し、ことごとく服せしめたり

公卿をあまねく尋ね、苦衷を訴へ

禍は下宮[30]に始まる

惜しむべし。三百人の親族は剣を飲みて

わづかに残るは一人の子

父の領地を継ぐことを心待ちにす

恨みを語らば涙は涌くが如く流れん

旗牌[31]の宮居を下るを請はんや

奸臣を捕まへて、元帥府より出でしめて

首を斬り、骸を裂きて祖宗を祭らん

九賊を誅滅し、許すまじ

その時は、汝が孤児を守りて主君に報いしことは徒とならめや

我もまた喜びて要離が路傍の塚の近くに葬らるべし[32]

(退場)

(程嬰)急がねばならぬ。また孤児を抱き、家にゆき、太平荘へ我が子を送ろう。(詩)

実の子を

ひそかに趙氏の孤児に換へたり

われにとりては当然のことなれど

公孫大夫を巻き添へにせしことは惜しむべきなり

(退場)

第三折

(屠岸賈が兵卒を率いて登場)趙氏の孤児は逃げてしまった。触れ文を出し、三日以内に、孤児を出さずば、晋国内の半歳以下、一月以上の子供らを、元帥の役所に集め、すべて誅戮することとした。部下よ、入り口を見張っておれ。告発する者があったら、わしに知らせよ。

(程嬰が登場)わたしは程嬰。昨日は我が子を公孫杵臼のもとへと送り、本日は屠岸賈に告発しにきた。兵卒よ、報告してくれ。趙氏の孤児が見つかったとな。

(兵卒)この場所で、報告するのを待つがよい。(報告する)元帥さまにお知らせします。報告をする者がまいりました。趙氏の孤児がいたそうにございます。

(屠岸賈)どこにいたのだ。

(兵卒)入り口におりまする。

(屠岸賈)こちらへ来させよ。

(兵卒)こちらへまいれ。

(見える。屠岸賈)こ奴め、何者じゃ。

(程嬰)草莽の医師、程嬰にございます。

(屠岸賈)趙氏の孤児は今どこにいる。

(程嬰)太平荘でございます。公孫杵臼が家に隠しておりまする。

(屠岸賈)どうしてそれを知ったのだ。

(程嬰)公孫杵臼と面識があり、訪ねたところ、寝室の錦繍の褥の上に、子供が眠っておりました。公孫杵臼は齢七十、今まで子供はございませねば、いずこから来たのかと思いました。もしや趙氏の孤児ではないかと言いますと、顔色をたちどころに変え、答えることができませんでした。ですから孤児が公孫杵臼の家にいるのが知れたのでございます。

(屠岸賈)ふん。こ奴め、このわしを誑かすことはできぬぞ。公孫杵臼に往年の恨みはなく、最近も恨みがないのに、趙氏の孤児を匿っていることをなぜ告げたのだ。事情を存じておるのだろう。本当のことを申せば、咎めはせぬが、嘘を申せば、部下よ、剣を研ぎ、まずはこ奴を殺すのだ。

(程嬰)元帥さま、雷霆の怒りを鎮め、虎狼の威をばお収めになり、話をお聴き下さいまし。公孫杵臼にもとより恨みはございませぬが、元帥さまは触れ文をお出しになり、晋国内の子供らを元帥さまの役所に集め、皆殺しになさろうとしてらっしゃいます。一つには、晋国内の子供の命を救わんがため、二つには、四十五歳で、最近一人の子が生まれ、一月に満たぬがためにございます。元帥さまのご命とあらば、趙氏の孤児を差し出さなければなりますまい。わたくしの子孫が絶えてしまいますから。趙氏の孤児が見つかれば、一国の人民は損なわれずに、わが子も事なきを得ましょう。それゆえに出頭いたしたのでございます。

(詩)

しばし怒りを鎮めたまへかし

告発をいたしましたは上の事情のありければなり

晋国の人民を救ふと言い条

まことは程家の絶ゆるを恐れたりしなり

(屠岸賈が笑っていう)おう。そうか。公孫杵臼は趙盾の同僚だったが、そのようなことであったか。部下よ、本日は、程嬰と一緒に太平荘に行き、公孫杵臼を捕らえてまいれ。(ともに退場)

(正末の公孫杵臼が登場)公孫杵臼じゃ。昨日は程嬰と相談し趙氏の孤児を救うことにした。今日程嬰は屠岸賈の屋敷へ告発しにいった。そろそろ屠岸賈めが来るはずだ。(唱う)

【双調新水令】

塵を巻き上げ、谷川の橋を過ぐるを見る

恐らくは忠良を損なふ賊徒の到来ならん

整然と兵士を並べ

ぎらぎらとした槍と刀を列ねたり

このわれは本日死すべし

鞭打たるるをなどか避くべき

(屠岸賈が程嬰とともに兵卒を率いて登場)太平荘にやってきた。部下よ、太平荘を囲むのだ。程嬰よ、どこが公孫杵臼の屋敷なのだ。

(程嬰)こちらがそうでございます。

(屠岸賈)老いぼれを捕らえてまいれ。公孫杵臼よ、罪を認めるか。

(正末)認めませぬ。

(屠岸賈)趙盾とそのほうが同僚であったのは存じておるぞ。何ゆえに趙氏の孤児をかくまったのだ。

(正末)元帥さま、わたくしは熊の心に豹の肝などございませねば、趙氏の孤児を匿ったりはいたしませぬ。

(屠岸賈)ぶたねば白状せぬつもりか。部下よ、太い棍棒をもってきてしこたま打つのだ。

(兵卒が打つ)(正末が歌う)

【駐馬聴】

思へばわれは職を辞せしも

趙盾と刎頚の交はりありき

(言う)どなたが見たとおっしゃるのです。

(屠岸賈)程嬰が告発したのだ。

(正末が歌う)

誰が告発せしやと思へば

程嬰の舌がわが身を斬る刀なりしとは

(言う)趙家一門三百余人で、残るはこの子だけだというに、さらに命を奪おうというわけか。

(唱う)

これぞまさしく狂風はあやにくに天雕[33]を打ち

厳霜はことさらに枯草の根をぞ損なふ

孤児さへも殺されば

三百人の恨みに誰か報ゆべき

(屠岸賈)老いぼれめ、孤児をいずこに隠したのだ。すみやかに白状すれば、刑を免れさせてやろうぞ。

(正末)孤児など隠しておりませぬ。どなたが見たとおっしゃるのです。

(屠岸賈)白状せねば、部下よ、引きずってゆき、しこたま打つのだ。

(打つ、屠岸賈)この老いぼれめ、白状せぬな。にっくき奴め。程嬰よ、告発したのはそちだから、代わりに杖で打つがよい。

(程嬰)元帥さま、草莽の医師にございますれば、薬を撮むにも堪えぬ細腕、杖で打ったりすることはできませぬ。

(屠岸賈)程嬰よ、杖でぶたねば、お前も道連れにしようぞ。

(程嬰)元帥さま、杖でぶちましょう。(杖を執る)

(屠岸賈)程嬰よ、棍棒をいくたびも選んでいるが、細いものしか選ばぬとは。殴って痛い思いをさせて、共犯と言われることを恐れておろう。

(程嬰)太い棍棒でぶちましょう。

(屠岸賈)やめよ。初めは細い棍棒を選んでいたのに、今度は太い棍棒を取り上げるとは。数回で打ち殺したら、自供がとれなくなってしまうわ。

(程嬰)細い棍棒を選んでも、太い棍棒を選んでもいけないとは、困ったことにございます。

(屠岸賈)程嬰よ、中ぐらいの棍棒を選んで殴れ。公孫杵臼よ、杖で打つのが程嬰であることが分かっておるか。

(程嬰が杖で打つ)すみやかに白状するのだ。(三たび打つ)

(正末)ああ。一日中ぶたれていたが、この棍棒ほど痛いものはなかったぞ。何者がぶっているのだろう。

(屠岸賈)程嬰がぶっているのだ。

(正末)程嬰よ、どうして打つのだ。

(程嬰)元帥さま、この老いぼれは勝手なことを申しております。

(正末が歌う)

【雁児落】

太き棒にてずつしりと打ちたるは誰そ

殴られてすべての皮は痛々しくも剥げ落ちぬ

悪しき程嬰 いかやうの恨みのありや

老いたるわれにかやうなる虐き仕打ちを受けしむるとは

(程嬰)はやく白状するのだ。

(正末)ああ、ああ、白状をいたそうぞ。(唱う)

【得勝令】

殴られど逃ぐるに隙なく

不当なる証言をなす

屠岸賈は孤児が偽者なるを知り

ことさらに程嬰を指名したるにや

(程嬰が慌てる)

(正末が歌う)

げに(こら)へ難けれど

なほも歯を食ひしばり、騒ぎたてたり

ひそかに見れば

程嬰はすつかり怯えてこむらは震へり

(程嬰)すみやかに白状すれば、打ち殺さぬぞ。

(正末)はい、はい、はい。(唱う)

【水仙子】

二人して相談し、子供らを救はんとせり

(屠岸賈)共犯がいると申しておるな。二人と言ったが、一人はお前で、もう一人は誰なのだ。本当のことを言ったら、許してやろうぞ。

(正末)誰だとおっしゃられるならば、申しましょう。

(唱う)

ああ

一言が舌先に出できたれどもそを飲み込めり

(屠岸賈)程嬰よ、そなたではあるまいな。

(程嬰)老いぼれめ、無実の者を巻き添えにするのはやめよ。

(正末)程嬰よ、何をあたふたしているのだ。

(唱う)

いかでそなたの名を挙げん

前言をたがへはせぬぞ

(屠岸賈)初めは二人と言ったのに、どうして今度はいないと言うのだ。

(正末が歌う)

殴られしため、頭が乱れり

(屠岸賈)まだ言わぬのか。打ち殺してやる。

(正末が歌う)

殴られて、皮は破れて

肉は裂くとも

人の名を挙げんとはせじ

(兵卒が子供を抱いて登場)元帥さま、おめでとうございます、洞窟で趙氏の孤児が見つかりました。

(屠岸賈が笑う)連れてまいれ、手ずから三つに刻むとしようぞ。老いぼれめ、趙氏の孤児はおらぬといったが、これは誰だ。

(正末が歌う)

【川撥棹】

その昔、神獒を調教し

忠臣を咬ましめたりき

追ひ立てて、荒れ野に死なしめ

鋼の刀で自刎せしめて

裙腰で縊れ死なしめ

三百人の老若をことごとく誅滅したり

生き延びし者はすこしもなかりしに

なほあきたらずや

(屠岸賈)この孤児を見ば、怒らぬわけにはいかぬのだ。

(正末が歌う)

【七弟兄】

左を見たり

右を見たり

怒りて咆え

たちまちに獰猛な顔に変はれり

獅蛮[34]を押さへ

龍泉[35]を手に取りて、鮫皮(さめがは)の鞘より抜けり

(屠岸賈が怒る)この剣を抜き出して、一太刀、二太刀、三太刀食らわす。

(程嬰が怯え悲しむ。屠岸賈)こわっぱを三つに切り裂き、平素の願いをかなえたぞ。

(正末が歌う)

【梅花酒】

ああ

子の血溜まりに横たふを見る

ある者は泣き叫び

ある者は恨み(いらだ)

このわしでさへぶるぶる震へり

ひたぶるにかやうなる悪行をなし

天理なし

ああ

思へば子供は褥を離れ

今日までちやうど十日なり

刀を下され、一たまりもなし

空しく生ひ立ち

徒に苦労し[36]

老後の世話をしてもらふなど夢のまた夢[37]

【収江南】

ああ

家は富み、子は驕るとは言ひ難し

(程嬰が涙を拭う)

(正末が歌う)

程嬰の心の中は、熱き油を浴びせらるるに似たれども

泪を他人に見せんとはせず

ひそかに拭へり

実の子は三太刀を食らへり

(言う)屠岸賈め、見ているがいい。上には天がましませば、決して汝を許すまじ。わしが打たれて死ぬるのはいと易きこと。(唱う)

【鴛鴦煞】

このわしは七十歳の高齢で死し

この子は一歳(ひとつ)で早死にす

二人してともに死に

万代(よろづよ)に名をぞ残さん

程嬰に言ひ含むべし

横死せし趙朔さまにな負きそね

光陰はたちまちに過ぎ去りて

恨みはほどなく報いらるべし

屠岸賈を千万に切り刻み

やすやすと逃がすことなかれ

(正末がぶつかる)階にぶつかりて、死なんとす。(退場)

(兵卒が報告する)公孫杵臼が階にぶつかって死にました。

(屠岸賈が笑う)あの老いぼれが死んだなら、それもよかろう。(笑う)程嬰よ、ご苦労、ご苦労。そちがおらねば、趙氏の孤児を殺すのはかなわなかったぞ。

(程嬰)元帥さま、もともと趙氏に恨みはございませなんだが、一つには、晋国の人民を救わんがため、二つには、わたくしに息子がおり、一月に満たないためにございます。趙氏の孤児を見つけ出さねば、わが子も生きてはゆかれませぬので。

(屠岸賈)程嬰よ、そちはわが腹心じゃ。わが家の食客となれ。そちの子を養育し、学問と武芸をさせん。このわしも五十近いが、息子はないから、そちの子を義子としよう。このわしが年をとったら、わしの官位を、そちの息子に継がせるというのはどうじゃ。

(程嬰)元帥さま、有難うございます。

(屠岸賈の詩)

朝廷で趙盾のみが栄達すれば

心中にむらむらと怒りを生ぜり

今やこの芽を消し去りて

永く後顧の(うれへ)を断てり

(ともに退場)

第四折

(屠岸賈が兵卒を引き連れて登場)わしは屠岸賈、趙氏の孤児を殺しし日より、はやくも二十年を経り。程嬰に息子あり。このわしの後継ぎとなり、屠成と呼ばれぬ。十八武藝を教ふれば、為さざるはなく、よくせざるものはなし。弓と乗馬はわしよりも優れたり。この子の力をもつてせば、いづれ計画をば立てて、霊公を弑逆し、国を奪はん。このわしの官位はすべてこの子に与へ、平生の願ひを満たさん。先ほど息子は練兵場に弓と乗馬の練習をしにゆきしかど、戻り来ばまた相談せん。(退場)

(程嬰が巻物を持って登場)日月は人を老いしめ、光陰は若き日を追ひ立てり。心中の無限の事を、すべては明言せんとせず。

日月の過ぎゆくはまことに疾し。屠家に来てより、二十年、あの子を育て上ぐること二十年、官名[38]を程勃と呼びなせり。このわしのもとで文を学び、屠岸賈のもとで武藝を習ひ、機略あり、弓術、乗馬に習熟す。屠雁賈はあの子をいたく気に入れど、本当の事情は知らず。あの子も事情は知つてはをらぬ。わしは今年で六十五、万一の事がありなば、誰に命じてあの子に知らせ、趙氏の仇に報いしむべし。それゆゑに、あれこれ考へ、昼夜眠らず。非業の忠臣良将を、巻物に描きなし、あの子が尋ねば、一つ一つの事情を話さん。さすればあの子はかならずや父母のため、仇に報ゆることならん。書房の中に悶々と坐し、あの子がやつてきたときに、応対をすることとせん。

(正末が程勃に扮して登場)わたしは程勃。こちらの父は程嬰で、あちらの父は屠岸賈だ。昼には武藝を、(ゆうべ)には文を習う。今、練兵場より戻ったが、こちらの父に会いにゆこう。(唱う)

【中呂粉蝶児】

わが部下の兵士を率ゐ

人を殺すをすこしも恐れず

毎日のごと兵書を学ぶ

我に頼らば

対戦し

諸国をぞ降伏せしめん

わが父の勇猛に誰かしくべき

心を尽くし、父を助けん

【酔春風】

名君の晋霊公をお助けし

賢臣の屠岸賈を手助けす

文武に秀で、万人に匹敵し

父上は我を褒めたり

げにも人馬は強うして

父は慈悲あり、子は孝行

主君の憂へ、臣下の辱しめられんことを愁へめや

(程嬰)巻物を開けばまことに憐れむべし。趙氏孤児ひとりのために、数多の賢臣たちは死したり。我が子さへその中にありしなり。

(正末)兵士よ、馬を繋げ。こちらの父上はどこにいらっしゃる。

(兵卒)書房で本を読んでらっしゃいます。

(正末)兵士よ、報告をしに行くのだ。

(兵卒が報告をする)程勃さまが来られました。

(程嬰)呼んでまいれ。

(兵卒)お呼びしてまいりました。

(正末が見える)お父さま、練兵場より戻りました。

(程嬰)食事をしにゆけ。

(正末)門を出て考える。父上は、会われればいつもお喜びになるのに、本日は会われても悲しまれ、涙を絶えず流されている。どういうおつもりなのだろう。行って尋ねることとしよう。誰かに苛められたのですか。どうぞお話しくださいまし。許しませぬから。

(程嬰)たとい話してやったとしても、父、母はどうすることもできぬのだ。食事をしに行くがよい。(程嬰が涙を拭う)

(正末)本当に悲しいことです。(唱う)

【迎仙客】

何ゆゑぞ泪を拭はれ

(程嬰が溜息をつく。正末が唱う)

長嘆せらるる

手をこまねきて進み出て平伏す

(言う)父上は、

(唱う)

鬱然として煩悶し

勃然として憤怒したまへり

(言う)誰に苛められたのでしょう。

(唱う)

首を垂れて考へり

(言う)誰にも苛められていないのですね。

(唱う)

などて話がかみ合はぬかと

(程嬰)程勃よ、書房にて本を読み、わしが奥の間に行ってからまた来るのだ。(退場)

(正末)おや、巻物が残されている。何だろう。開いてみてみよう。(見る)まことに不思議。赤服を着た者が凶暴な狗を牽き、紫の服を着た者に飛び掛らせている。さらに瓜錘を持った者が凶暴な犬を打ち殺している。この者は車を手で支えているが、片方の車輪がないぞ。この者は槐の木にぶつかって死んでいる。何の物語だろうか。姓名が書かれていないので、知ることができぬ。(唱う)

【紅繍鞋】

描かれたるは青々とした数本の桑の木に

大騒ぎする一群の農夫たち

ある者は片方の車を支へ

ある者は自らの手で瓜錘を掲げり

ある者は槐の木にぶつかりて死し

猛犬は紫の服を着た者にしきりに飛びつく

(言う)もう一度見てみよう。この将軍の前には弓、薬酒、短刀が並べてあり、短刀で自刎して死んでいる。なぜ将軍が剣を引き寄せ、自刎して死んでいるのか。今度は医者が薬の箱を手にして跪いている。こちらの婦人は子を抱いている、医者に預けようとしているようだ。おや。この婦人も裙帯で自縊してしまった。本当に悲しいことだ。(唱う)

【石榴花】

この者は身には錦の(ひとへ)を纏ひ

手に弓、薬酒、短刀を執り誅せられたり

何ゆゑぞ将軍の自刎して血に(まみ)れたる

この者は薬の箱を持ちながら跪きたり

この者は息子を抱きて預けたり

珠玉を着けたる良家の婦人は憐れなり

裙帯で縊れしはいかなる罪によるものぞ

しばしの間、考ふれども訴ふるすべぞなき

この絵はまことに我をして悩ましめたり

(言う)よく見れば、赤服を着た者はまことに凶悪、今度は白髯の老人を殴っているぞ。(唱う)

【闘鵪鶉】

赤服の男を見れば

白髯の男を殴り、辱しめたり

わが(はらわた)を傷ましめ

わが肺に怒りを満たしむ

(言う)この一門がわたしと関係あるならば、(唱う)

賊臣を殺さずば丈夫にあらず

こいつを成敗してくれん

この血だまりに伏せたるはいづれの縁者で

街中で殺されたるは誰の先祖ぞ

(言う)本当によく分からぬ、こちらの父が出てきたら、事情を尋ね、疑問を晴らさん。

(程嬰)程勃よ、ずっと話を聴いていたぞ。

(正末)お父さま、どうかお話し下さいまし。

(程嬰)程勃よ、この事を話せというが、お前と関係があるのだ。

(正末)はっきりとおっしゃって下さいまし。

(程嬰)程勃よ聴け。この物語はまことに長し。赤服の者と紫の服の者とは、もともとは同僚の大臣なりしが、文官と武官で仲が悪ければ、敵同士となり、いがみ合いつづけてきたのだ。赤服の者は考えた。「先に手を下さば勝たん、後に手を出ださば災いに逢わん」と。そこでこっそり鉏麑という刺客を遣わし、短刀を隠し持ち、塀を越えさせ、紫の服を着た者を刺し殺させようとした。だが紫の服を着た老大臣は、晩ごとに焼香し、天地に祈り、ひとえに国に報いんとして、身びいきをする心はなかった。男は思った、「この方を刺殺するのは、天に逆らうことだから、絶対によくないが、赤服の者のところへ戻ったら、死は免れまい。やんぬるかな」

(詩)

刃を手にしてひそかに(うづ)

忠良を見たるがために後悔す

日のごとく正義の明らかなるを知り

その夜、鉏麑は槐にぞぶつかれる

(正末)槐にぶつかり死んでいるのは鉏麑なのですか。

(程嬰)その通りだ。紫の服を着た者は、春の日に、勧農[39]のため、郊外に出て、桑の木の下で仰向けになり、口を開け、つっ臥していた壮士に会った。紫の服を着た者が理由を問うと、壮士は言った。「わたくしは、霊輒にございます。食事のたびに一斗の米を食らいます。主人は養いきれぬため、わたくしを追い出しました。桑の実を摘んで食おうとしたところ、盗んだと言われましたので、仰向けに寝て、桑の実が口に落ちたら食べようとしているのです。口に落ちねば、餓死いたしますが、人から辱められるよりはましにございます」。紫の服を着た者はこう言った。「これは烈士だ」。そこで酒食を与えたが、男はたらふく食事をすると、別れも告げずに立ち去った。だが紫の服を着た者は怒ろうともしなかった。程勃よ、老大臣の人徳が知れようというものだ。

(詩)

春の日に耕作を勧むれば

郊外を巡りつくすも日の暮るることぞなき

壺漿箪食[40]を誰か設けん

桑間の一人の飢ゑたる男を救へり

(正末)ああ。桑樹の下の飢えた男は霊輒というのですね。

(程嬰)程勃よ、よく覚えておくのだぞ。別の日に、西戎国が一匹の狗神獒を献上した。身の高さ四尺で、獒という名であった。晋国の霊公さまが神獒を赤服の者に賜うと、赤服の者は紫服の者を殺害しようと企てた。裏庭で藁人形を作り上げ、紫の服を着た者と同じ衣装を着けさせた。藁人形の腹の中には羊の心臓、肺臓を入れ、神獒を六日ほど飢えさせた後、藁人形の腹を裂き、たらふく食わせた。かように百日訓練すると、霊公さまの所へ行って申し上げた。「今、朝廷には不忠不孝の者がおり、君を欺こうとしております」。霊公さまは尋ねられた。「その者はどこにいるのだ」。赤服の男は言った。「以前賜わった神獒が、見分けることができましょう」。赤服を着た者が神獒を牽いてゆくと、紫の服を着た者はちょうど宮殿に立っていた。神獒は藁人形なのだと思い、突進し、紫の服を着た者を追いかけて宮殿を走りまわった。すると近くにいた者が腹を立てた。殿前大尉提弥明だった。彼は金瓜を振り挙げて、神獒を打ち倒し、手で後頭部を引き掴み、二つに裂いた。

(詩)

賊臣の姦計は数多ければ

忠良は逃るるすべなし

しかれども殿前に英雄がをり

強き手をもて神獒を引き裂けり

(正末)猛犬は神獒といい、猛犬を打ち殺したのは、提弥明というのですね。

(程嬰)そうだ。老大臣は宮殿を出て、車に乗ろうとしたのだが、赤服を着た者は四頭の馬のうち二頭を取り去り、両輪のうち一輪を外していたので、進むことができなかった。すると壮士がやってきて、片腕で車輪を支え、片方の手で馬を鞭打った。衣は擦れて皮が現れ、皮が擦れて肉が現れ、肉が擦れて筋が現れ、筋が擦れて骨が現れ、骨が擦れて髄が現れた。男はそれでも(こしき)を捧げ、車輪を推して、郊外に逃げた。かれが何者だったと思うか。かれは霊輒だったのじゃ。

(詩)

紫の服を着た者は宮門を逃げ出して

駟馬の車の一輪を取り去れり

霊輒は車を支へ、郊外に戻りゆき

桑畑での一飯の恩にしぞ報いたる

(正末)覚えております。桑の木の下に仰向けになっていた霊輒ですね。

(程嬰)その通りだ。

(正末)お父さま、赤服を着た者はまことに凶悪。何という名にございましょう。

(程嬰)程勃よ、その者の姓名を忘れたか。

(正末)紫の服を着た者は何という姓でしょうか。

(程嬰)紫の服を着た者は趙という姓。趙盾丞相だ。お前とは関係があるのだぞ。

(正末)趙盾丞相さまのことは聴いたことがございますが、気に掛けてはおりませんでした。

(程嬰)程勃よ、おまえに話そう、よく覚えておくのだぞ。

(正末)巻物はまだございます、お話しください。

(程嬰)赤服を着た者は、趙家一門三百人をことごとく誅殺した。趙朔という息子だけが、駙馬であった。赤服を着た者は、霊公さまの御諚と偽り、三つの朝典を賜った。それはすなわち弓、薬酒、短刀で、どれか一つで自尽せよというものだった。そのとき公主は妊娠しており、趙朔は遺言した。「このわしが死んだ後、子が生まれたら、趙氏孤児と命名し、三百人の復讐をさせるのだ」と。趙朔は短刀で自刎した。赤服を着た者は公主を禁中に閉じ込めた。趙氏の孤児が生まれると、赤服を着た者はそれを知り、すぐさま将軍韓厥を遣わして、屋敷を守らせ、孤児を隠して出て行くことを防がせた。公主には草莽の医師程嬰という腹心がいた。

(正末)お父さま、お父さまがその人でしょうか。

(程嬰)世の中には多くの同姓同名の人がいる。その者は別の程嬰だ。公主さまは孤児を程嬰に渡されると、裙帯で自らくびれて亡くなった。程嬰はこの孤児を抱き、屋敷の入り口に着くと、韓厥将軍に出くわした。将軍は孤児を探し出したが、程嬰に説得されて、剣を抜き自刎された。

(詩)

医者はまつたく恐れずに

孤児を隠して出でゆけり

折よく忠義の将に会ひ

捕へられたることぞなかりし

(正末)この将軍は趙氏孤児のために自刎して亡くなられたのですから、好人物です。韓厥という名を覚えておきましょう。

(程嬰)そうだ。そうだ。韓厥だ。だが赤服を着た者はそのことを知り、晋国内の半歳以下、一月以上の子供らを、すべて捕まえ、三つ裂きにして、趙氏の孤児を殺そうとした。

(正末が怒る)赤服を着た者はまことに凶悪。

(程嬰)その通りだ。程嬰にも息子がおり、一月にみたなかったが、趙氏の孤児だということにして、太平荘の公孫杵臼に送り届けた。

(正末)公孫杵臼とは何者でしょうか。

(程嬰)老大臣で、趙盾と同僚だった。程嬰は彼にこう言った。「老大臣さま、趙氏孤児をお受け取りくださいまし。赤服を着た者に、程嬰が孤児を蔵しているといい、われら親子を一緒に死なせてくださいまし。あなたは孤児を育て上げ、父母のため復讐させれば、よろしいでしょう」と。公孫杵臼はこう言った。「わしはもう年をとった。程嬰よ、この子を棄てて、趙氏孤児だと偽って、わしのところに匿って、赤服を着た者に報告するのだ。わしとおまえの息子とは一緒に死のう。おまえは孤児を匿って、父母のため復讐させればよかろう」と。

(正末)程嬰は息子を棄てようとしたのですか。

(程嬰)命も棄てようとしたのだ。彼の子は何とも思っていなかったが、彼はわが子を孤児と偽り、公孫杵臼の所へ送り、赤服を着たものに知らせたのだ。公孫杵臼は何度も訊問され、吊るされ、打たれ、縛られ、殴られ、偽の趙氏孤児を出させ、三つ切りにした。公孫杵臼は(きざはし)にぶつかって亡くなった。これらは二十年前のことだ。趙氏の孤児は二十歳になったが、父母の復讐はしていない、これはいったいどういうわけか。

(詩)

堂々たる相貌に七尺の体をもちて

文武を学ぶも如何にぞすべき

車に乗りて祖父はいづくにゆきたるや

一門の人々はことごとく誅せられたり

人もなき宮中で老母は梁に縊れ死し

刑場(しおきば)で実父は刀を執りて身まかる

冤恨は今に至るも報はれず

人の世に丈夫(ますらを)となるも徒なり

(正末)一日話をされましたが、まるで夢の中のよう、すこしもわけが分かりませぬ。

(程嬰)まだ分からぬのか。赤服を着た者は奸臣の屠岸賈で、趙盾はおまえのお爺さま、趙朔はおまえのお父さま、公主はおまえのお母さまだぞ。

(詩)

すべて話をしたれども

事情を悟らず

このわしは、子を棄てて、孤児を守りし程嬰で

趙氏孤児とは(なれ)ぞかし

(正末)趙氏の孤児がわたくしであったとは、本当に腹立たしきこと。

(正末が倒れ、程嬰が支える)若さま、お気を確かに。

(正末)まことに悲し。(唱う)

【普天楽】

話を聴きて

事をしぞ知る

二十年(はたとせ)をむなしく生ひ立ち

七尺の体となれり

自刎したるは父にして

自縊せしは母なりしとは

心の傷むことを語れば

鉄石の人さへも声を放ちて哭きぬべし

かの老いぼれを生け捕りて

朝臣たちと

わが一族(うから)らの償ひをしぞ求むべき

(言う)話をされずば、いかでか知るべき。お座りください。拝礼を受けられよ。

(正末が拝礼をする。程嬰)趙家の枝葉を育て上げ、わが家は草を切られて根を除かれぬ。

(哭く、正末が唱う)

【上小楼】

世話をして

育て上げずば

二十年前、刃に触れて

とうのむかしに、溝渠にぞ棄てられたりけん

かの屠岸賈の

草の根を掻き分けて

わが一門を滅ぼしたるを恨みに恨めり

【幺篇】

かの者は

わが一族を殺戮すれば

このわれは、かの者の九賊をしぞ屠るべき

(程嬰)若さま、大声をお出しになるのはおやめください。屠岸賈に知られましょうぞ。

(正末)毒を食らわば皿までだ。

(唱う)

かの者が神獒を牽き

兵士を擁し

権謀を弄すとも何をか恐れん

人々の誰がために死にしかを見よ

我のみが安閑とするわけにはゆかじ

(言う)お父さま、ご安心なさいませ。明日はまず霊公さまに謁見し、朝廷中の大臣とともに、自らかの賊臣を殺しましょうぞ。(唱う)

【耍孩児】

明日の朝

敵に会ひなば

遮り止めん

軍兵を用ゐる要のあらめやは

(ましら)(うで)を伸ばしつつ

馬と鞍、轡とを覆し

金花p蓋の車より引き下ろし

死したる犬のごとく引きずり

人の心、天の理はありやと訊ねん

【二煞】

腕力をほしいままにし

仇なせることぞ激しき

報復(しかへし)を遅らすることなかるべし

その昔

不当にも公孫杵臼を調べしかども

趙氏の孤児は今なほ存せり

()ひそよわれらが許すと

かの者をかるがると投げ棄てて

ゆるゆると成敗すべし

【一煞】

かの者の斗のごとく大いなる印をもぎ取り

幾重もの鮮やかな衣を剥がん

麻縄で後ろ手にして将軍柱に縛りつけ

(くろがね)(はさみ)もて舌をぞ抜かん

錐を用ゐて生きながら(まなこ)を抉り

鋭き刀で全身を切り刻むべし

(はがね)(つち)もて骨髄を打ち砕き

(あかがね)の押し切りで(かうべ)を落とさん

【煞尾】

勃然として怒りはなどか消ゆべきや

鬱然として恨みは元に戻ることなし

二十年間、逆賊を父と思へり

今日に至りて三百人の怨霊こそは

浮かばれめ

(退場)

(程嬰)若さまは明日かならずや賊臣を捕らえられよう。後から迎えにゆくとしよう。(退場)

 

第五折

(外が魏絳に扮し張千を率いて登場)晋国の上卿魏絳ぢや。悼公さまは位にましまし、屠岸賈は権勢を専らにして、趙盾の一門をことごとく誅したり。しかれども、趙朔の一門に程嬰ありて、趙氏の孤児を匿へり。二十年(はたとせ)を経て、趙氏の孤児は程勃と名を改めり。今朝、程勃はわが君に上奏し、屠岸賈を捕らへ、父の怨みを雪がんとせり。君命を奉り、屠岸賈の兵力は強大なれば、政変の恐れありと言ひ、程勃に捕らへしめ、屠岸賈の一門を、子供さへ残すことなからしむべし。功成りし後、あらためて賞を加へん。やすやすと秘密を漏らすわけにはゆかねば、程勃にみづから命を伝ふべし。

(詩)

忠臣は誅戮せられ

深き恨みは二十年

このたびは奸賊を捕まへて

恨みに報いん

(退場)

(正末が剣にすがりながら登場)わたしは程勃。今朝、魏絳さまに上奏し、屠岸賈を擒にし、父祖たちの仇に報いん。かの賊臣はまことに無礼。(唱う)

【正宮端正好】

兵卒を並ぶる要のあらめやは

将軍を並べ

太き剣と長き槍とを動かさん

本日は(かたき)に報い 命を棄てて奸賊を誅すべし

かの者は身命をしぞ失はん

【滾繍球】

賑やかな街中(まちなか)

一暴れせん

やすやすと逃がしはすまじ

虎の羊を倒すが如し

慌つるなかれ

慌つるなかれ

手はずを十分整へたれば

いかでか防ぐことを得ん

二十年(はたとせ)積もりたる恨み

殺されし三百人の生命をしぞ償はん

たとひ死すとも構ふものかは

(言う)この仕置場で待っていれば、老いぼれはやってくるだろう。

(屠岸賈が兵卒を率いて登場)本日は元帥の役所より私邸へ戻らん。部下よ、儀仗を並べ、ゆっくりと進むべし。

(正末)老いぼれがやってきたぞ。(唱う)

【倘秀才】

強さうな儀仗は数列

がやがやと両脇に付き従へり

かの者は胸を突き出し

威儀を繕ふ

わが馬は流水のごと

執る剣は秋霜のごと

進み出て行くてを阻めり

(屠岸賈)屠成よ、何をしにきたのだ。

(正末)老いぼれめ、屠成ではない、趙氏の孤児だ。二十年前、わたしの一門三百人を、ことごとく誅滅したので、今日は捕らえて、わが家の恨みに報いるのだ。

(屠岸賈)誰がそう言ったのだ。

(正末)程嬰だ。

(屠岸賈)こいつの武藝はなかなかのもの。まずいことになったわい。逃げるとしよう。

(正末)こいつめ、どこへ逃げるのだ。(唱う)

【笑和尚】

この我は八方に威風を示せば

かの者はいかで太刀打ちするを得ん

かの者ははやくも怯えて魂は消ゆ

これ以上、つべこべ言ふはやめよかし

有無を言はせず

あつといふ間に持ち上げて、鞍より下ろせり

(正末が捕らえる。程嬰が急いで登場)若さまが失敗なさるかと思い、後からついてまいりました。天地に感謝いたします。若さまは屠岸賈を捕らえられたのですね。

(正末)部下よ、この者を縛るのだ。魏絳さまに謁見しよう。(ともに退場)

(魏絳が張千とともに登場)わしは魏絳だ。今、程勃が屠岸賈を捕らえていった。部下よ。入り口で待っているのだ。来たら知らせよ。

(正末が程嬰とともに屠岸賈を捕らえて登場。正末)お父さま、魏絳さまに謁見しましょう。(謁見する)魏絳さま、わが一門三百人の深い怨みをどうぞ憐れと思し召されよ。本日は屠岸賈を捕縛しました。

(魏絳)連れてまいれ。屠岸賈め、忠良を殺めた奸賊は、今、程勃に捕らえられたな。言うことは何かあるのか。

(屠岸賈)「成功すれば王となり、失敗すれば擒となる」。もはやこれまで、はやく殺してくださいまし。

(正末)程勃にお任せください。

(魏絳)屠岸賈よ、はやく死にたいと申したが、ゆるゆる殺してやるとしようぞ。部下よ、こ奴を木驢に釘付けにし、三千回、皮と肉とを削ぎとって、首を斬り、胸を裂くのだ。すみやかに殺してはならぬぞよ。

(正末が歌う)

【脱布衫】

木驢に釘付け

仕置場に推し出だすべし

首を斬り、胸を裂かるることなかれ

切り刻み、肉味噌にせんとても

胸に満ちたる恨みは消し得ず

(程嬰)若さま、本日は恨みに報い、本姓に復されましたが、私に身寄りがないことを憐れんと思し召されまし。

(正末が歌う)

【小梁州】

何人(なんぴと)か実の子を棄て、他姓の者を匿はん

恩徳こそは忘れ難けれ

丹青の名手を招き

顔を描かせ

家堂に祀らん

(程嬰)恩徳などとはとんでもなきこと。このようなお心遣いはご無用にございます。

(正末が歌う)

【幺篇】

三年(みとせ)の間 乳を与へて怠ることなし

腹中にありし十月(とつき)に勝らざらめや

さいはひに万死を逃れ、恙なし

昼も夜も、香を焚き、祭るとも

養父には報い足るまじ

(魏絳)程嬰よ、程勃よ、宮門に跪き、王さまの命を聴け。

(詩)

屠岸賈は忠良を殺害し

朝廷のきまりを乱せり

趙盾の一門は

一朝にして罪なきも災に遭ふ

しかれども、義人はすこぶる多ければ

天理はなしと誰かいはんや

さいはひに、孤児は積もりし恨みに報い

奸臣は身首をぞ異にしたりし

本姓に復せしめ、趙武の名をば賜りて

父祖を継がしめ、公卿の列に加へん

韓厥の跡取りは上将となし

十頃の田を与ふべし

公孫杵臼は(いしぶみ)を建て、墓を造らん

弥明たちには褒美を与へん

晋国内はこの日より

君王の限りなき徳を仰がん

(程嬰、正末が恩徳に謝す。正末が歌う)

【黄鍾尾】

君恩の国にあまねく

ことごとく奸賊を滅ぼししことに感謝す

孤児に名を賜りて

父祖を継ぎ、卿相を拝せしむべし

忠義の士には褒美を与へ

軍官は官職に復せしめ

窮民は引きとりて養はん

死亡せし者は葬り

存命の者には賞を受けしめん

この恩恵は天より広きものなれば

たれかは辞することあらん

戦場(いくさば)で命を棄てんことを誓ひて

隣国を帰順せしめん

竹帛にその名を留め

後世(のちのよ)の人にしぞ語られん

 

最終更新日:20101114

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[1]婿。

[2]晋の力士。『左伝』宣公二年その他に見える。鉏麑、沮麑、鉏麛など、さまざまに表記される。

[3] 『左伝』宣公二年「公嗾夫獒焉、明搏而殺之」。

[4] 『説文』「此獣似山羊、一角、能触邪佞」。

[5]武具の一種。:『三才図会』。

[6]朝廷が、臣下に自決のために下賜する恩典。

[7]原文「断絶親疏」。未詳。とりあえず、このように訳す。

[8]天地に張り巡らされた網。ここでは捜索の網の目を指していよう。

[9]元帥の役所。

[10] 『史記』張釈之馮唐伝「臣聞上古王者之遣将也、跪而推轂曰「閫以内者、寡人制之、閫以外者、将軍治之」。

[11]原文「俺也是于家為国旧時臣」。未詳。

[12]原文「天也顕着个青臉児不饒人」。未詳。

[13]原文「遠在児孫近在身」。悪いことをすると、遠くは子孫に、近くは我が身に禍が及ぶという諺。

[14] 「益母湯」は未詳だが、「益母〜」という薬は数多い。謝観等編著『中国医学大詞典』千七十八頁参照。

[15]生後一ヶ月をいう。

[16]麒麟児。優れた子供。ここでは趙氏孤児のこと。

[17] 人間が成長するには試練が付きものという趣旨の諺。

[18]原文「那知道將Q惜芝焚」。陸機『歎逝賦』「嗟芝焚而將Q」。芝も宸熏¢吹Aまた高尚な人物の喩え。ここでは、不孝な目に会っている趙家のことを自分が悲しんでいることが分からないのかという意味。

[19]原文「卻待要喬做人情遣眾軍、打一个回風陣」。未詳。とりあえず、こう訳す。

[20]金枝玉葉、ともに尊い家の血を引く者をいう。ここでは趙氏孤児のこと。

[21]小さな帳をいう。『釈名』釈床帳「小帳曰斗帳」。

[22] 「釣鰲」は、『列子』湯問に見える言葉。気宇が壮大なことの喩えとして用いられる。

[23]鵷は鵷鸞のことで、朝官を喩える。鵷班は朝官の列。

[24]儀仗の一種。豹尾旗。:『三才図会』。

[25]白衣の秀士、白衣の卿相とも。いずれ出世するであろう書生。

[26]父母を食らうとされている虫。

[27]前二句、「趙氏孤児を養っても孤児が出世することもあるまいし、父母に禍を及ぼし、ろくなことはないでしょう」という趣旨か。

[28]原文「則説老匹夫請先入甕」。「入甕」は、『資治通鑑』に見える言葉で、来俊臣から、囚人を白状させるにはどうしたらいいかと尋ねられた周興が、炙った甕に囚人を押し込めればいいといった故事に基く言葉。ここでは、拷問にかけること。

[29] 「百二」は、二をもって百に敵するの意。百二山川、百二山河ともいい、山河の堅固なこと。『史記』高祖本紀に見える言葉。

[30]親廟のこと。屠岸賈は諸将とともに趙氏を下宮に攻めたという。漢劉向『新序』節士「(屠岸賈)不請而擅与諸将攻趙氏于下宮」。

[31] 「令」と記された旗と牌。これを持っていると、自由に生殺与奪を行うことができた。

[32]要離は、春秋時代呉の烈士。『呂氏春秋』忠廉に見える。漢の梁鴻が死んだとき、人々が、要離は烈士、梁鴻は清高なので、近くに葬るべしといって葬ったという話が『後漢書』梁鴻伝に見える。

[33]「天雕」という言葉は未詳。但、空を飛ぶ鷲のことで、ここでは趙氏孤児を喩えていよう。

[34]獅蛮帯。獅子をかたどったバックルの付いた帯。

[35]豫章の雷煥が石函の中から掘り出した龍泉剣のこと。『晋書』張華伝に見える。戦国時代を題材とした『趙氏孤児』にでてくるのはほんとうはおかしい。

[36]原文「枉劬労」。「劬労」は『詩経』邶風凱風「有子七人、母子劬労」に典故のある言葉で、子を養う苦労をいう。

[37]原文「還説甚要防老」。「防老」が未詳。とりあえずこう訳す。

[38]学齢に達したときにつけられる名。

[39]農作業をしている人々を励ますこと。

[40]壺に入れた飲み物と、竹器に入れた食物。『孟子』梁恵王下に「箪食壺漿」という言葉が見える。

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