閲微草堂筆記第二十三卷

第二十三巻

灤陽続録五

戴東原[1]が言った。かれの族祖[2]某は、かつて僻巷[3]に空き家を借りていた。長いこと住む人がおらず、ある人は幽鬼がいると言ったが、某は声を荒げて言った。「わたしは恐れないぞ。」。夜になると、ほんとうに燈下に姿を現し、陰惨の気は、人の肌骨を刺した。一人の巨きな幽鬼が怒って叱った。「本当に恐れないか。」。某は答えた。「そうだ。」。さまざまな醜い姿となり、しばらくすると、また尋ねた。「恐れないか。」。また答えた。「恐れない。」。幽鬼は顔色をすこし和らげて言った。「わたしもおまえをかならずしも追いはらおうとしているのではなく、おまえの大言を咎めているだけだ。おまえが一言『恐れる』と言いさえすれば、わたしはすぐに去ろう。」。某は怒った。「本当におまえを恐れていないのだから、詐って恐れると言うことはできない。思い通りにするがよい。」。幽鬼は再三言ったが、某はまったく答えなかった。幽鬼は太息して言った。「わたしはこちらに住んで三十余年、おまえのように強情な者を見たことがない。このような愚か者とは、いっしょに住むことはできない。」。奄然として消えた。ある人は咎めた。「幽鬼を恐れるのは常情であり、恥辱ではない。いつわって恐れると答えれば、事を収め、人を安んずることができる。おたがいに激すれば、どうなるかわからない。」。某は言った。「道力[4]が深い者は、定と静によって魔を祓うが[5]、わたしはそのような人間ではない。気で圧倒し、気が盛んであれば幽鬼は迫らない。やや迎合することがあれば、気が怯えて幽鬼がそれに乗じるのだ。かれはあらゆる手段で誘ったが、わたしはさいわいその偽りに嵌まらなかったのだ。」。論者はかれの説を是とした。

　
　　飲食男女[6]は、人生[7]の大欲[8]が存するところである。名義[9]を求め、倫常を汚し、風俗を壊うことは、いずれも王法がかならず禁じることである。痴愚の児女には、情愛が集中することがあるが、実際はさほど礼に悖っているわけではないので、厳しく細かく責める[10]ことはないようである。わたしは幼い時に聞いたが、某公が郎署[11]にいた時、気節があり厳正であることをもってみずから任じていた。若い下女に指示して若い奴隷に娶わせることにしていたが、一年足らずで、往来出入りし、避けることがなくなった[12]。ある日、庭で遇っていると、某公もたまたま来たが、二人がなおも笑顔を浮かべているのを見ると、怒って言った。「これは淫行だ。法律では、結婚していない妻を犯した者は、杖で打たれることになっている。」。すぐに杖を持ってこさせた。人々は言った。「若者の戯れで、実際は汚していません。はしための眉と乳が調べられます[13]。」。某公は言った。「法律では謀って行わなければ、一等を減じるだけだ。減ずることはできるが、免れることはできない。」。結局ともに杖うち、傷ついて死にそうにさせた。みずから河東柳氏[14]の家訓も、これには勝るまいと思った[15]。それからかれらの無礼を憎み、かれらの婚期を遅らした。二人はともに働く際は、動きはおずおずとし、仕事がない時は、影を眺めれば隠れていた。進退窮まり、日々生計を立てられなかった。だんだん憂えて病となり、半年足らずで、前後して死んでしまった。かれらの父母は哀しみ、合葬することを求めた。某公は怒った。「嫁殤[16]が礼でないことは、聞いていよう。」。やはり聴かなかった。後に某公が歿した時、口は喃喃と人と語っているかのようであったが、あまり聴きとれなかった。「わたしでなければできない。」、「礼としてできない。」の二語だけで、十余度言い、はっきりしていた。みなかれが何かを見ていると疑った。そもそも「男女は媒妁を通じないうちは、名を知らない」のは、古の礼である[17]。某公は幼児の時に、さきに婚姻を定め、明らかに後日の夫婦であることを知らせていた。朝晩いっしょにいれば、かれらに情愛が生じないことを望んでも、絶対に不可能である。「内言は閫[18]を出ず、外言は閫に入らず[19]。」とは、古の礼である。某公は下男下女が多くなく、それぞれその事を治めさせられず、しばしばみずから授受し、かれらに一言も通じさせまいとしても、絶対にできない。その本が正しくないので、その末は正しくないのである。二人が礼を越えたのは、実は主人がそうさせたのである。そしてかれらを操ることが厳しく、処することが度を越えていれば、死者の心は甘んじられようか。冤魄[20]が祟っても、なお「礼において不可である。」と言うが、かれは自分を講学家だと思っているのか[21]。

　
　　山西人は異郷で商いすることが多いが、十余年間、かならず人に従って商いを学び、貯蓄して資金ができると、はじめて帰郷して妻を娶る。妻を娶った後は、また異郷に出て利を求め、おおむね二三年に一度帰省するのが、かれらの常の習いであるが、あるものは生活が苦しいため、あるものは災難に絆されるため、一二十年帰れないことがある。ひどいものになると、金は尽き、裘は破れ、郷里に帰ることを恥じ、萍飄蓬転[22]、音信を通じないことも、しばしばあった。李甲という者は、転居して同郷人靳乙の養子となり、その姓を冒していた。家ではかれの蹤跡を知らず、死んだと言い伝えていた。にわかにかれの父母がともに亡くなると、妻は頼るものがいなくなり、母方のおじの家に寄食した。そのおじはもともと隣県に住み、やはり家族を連れて什一[23]を求め、商舶南北、一年中、居所を定めなかった。甲はひさしく家書を得なかったので、やはり死んだと思い、靳乙は甲に妻を娶ってやることを計画していた。たまたま妻のおじが客死し、家族は天津に流寓していた。思えば妻は若くして寡婦となり、生涯頼るものがいなかったので、山西人に嫁げば、後日ふたたび郷里に帰れようと謀った。そして人がかれに実家がないのを嫌うことを恐れ、自分の娘だと偽称した。人々は媒合[24]し、その事をなした。合巹[25]の晩、別れてすでに八年であったので、双方が疑って尋ねようとしなかった。夜半にひそかに語ると、はじめて事情がはっきりした。甲はかれが確かな証拠がないのにすぐに嫁いだことを怒り、罵ったり殴ったりした。家じゅうが驚いていると、靳乙は窓を隔てて叫んでいった。「あなたがふたたび娶られたとき、妻が亡くなった確かな証拠があったのですか。それに流離して、あなたを八年待った後に嫁いだのですから、やむを得なかったと許すことができましょう。」。甲は応えるすべがなく、元通り夫婦となった。破鏡がふたたび合うことは、古にそうした事があるが、元の配偶者と再婚したこと、妻が再婚して節を失わなかったことにいたっては、書籍ができて以来[26]、聞いたことがない。姨丈[27]衛公可亭[28]は、かつてみずからそれを見た。

　
　　滄洲の酒を、阮亭先生[29]は「麻姑酒」と言われているが、土人は実際はこう称していない。著名になってすでに久しく、論者にはかなり異同がある。そもそも舟で行き来し、みな岸辺の店で買い、地酒は薄く、ことに酒杯を辱めるに足りなかった。土人も飽くことなく求められることを防ぐため、本物の酒を官に饗しないように用心していたので、笞うっても出そうとせず、その価を十倍にしても出そうとせず、保陽[30]制府[31]も、一滴も得られなかったのだから、他は知られよう。その酒は市井で醸すものではなく、かならず旧家世族が、代々授受し、はじめてその水火[32]の節候[33]を得ているのであった[34]。水は衛河[35]で取り、黄流[36]は酒にできず、かならず南川楼の下で、金山で江心の泉を取る法のように[37]、錫の罌(もたい)を沈め、河底に到らせ、その地から湧く清泉を取ると、はじめて沖虚[38]の趣きがあるのであった。貯蔵するときは寒さを恐れ、暑さを恐れ、湿すことを恐れ、蒸すことを恐れ、犯せば味は悪くなるのであった。その新しいものはあまり良くなく、かならず置いて十年以上に達したものを、上品とし、一罌が四五両に値した。しかしたがいに贈る者が多く、販売することを恥じていた。また豪族戴、呂、劉、王など、張、衛などは、おおむね没落したので、醸す者も稀となり、もっとも得難いものであった。ほかの場所に運ぶときは、肩で運ぼうが、車で運ぼうが、舟で運ぼうが、揺れ動くとすぐに味が変わるのであった。運んできた後、かならず安静な処で半月澄ませば、その味は元に戻るのであった。取って飲もうと壷に注ぐ時は、杓で平らに酌むべきで、しばしばかきまぜれば[39]味も変わるが、ふたたび数日澄ませば元に戻るのであった。姚安公がかつて「滄酒を飲むには禁忌は百端、労苦は万状であって、はじめて花前月下で一酌できるが、本当に功は患いを償わない。童僕に随意に買いにゆかせたほうが、かえって陶然として楽しい。」と言ったのは、そもそもそのためなのである。その真偽を調べる方法だが、南川楼[40]の水で醸したものは、きわめて酔っても、胸焼けはせず、翌日も二日酔いがなく、四肢が快適であるに過ぎず、恬然として高臥するだけで、その衛河の水だけで醸したものは、そうではなかった。新旧を調べる法だが、およそ二年置いたものは、二回温めることができ、十年のものは、十回温めてももとのままで、十一回になると味が変わるのであった。一年ものは二回温めるとすぐに変わり、二年ものは三回温めるとすぐに変わり、すこしもごまかせないが、そのわけは分からなかった。董曲江先輩の叔は、名を思任といい、もっとも酒を嗜んでいた。滄州を牧していた時、良い酒は官に饗せられないことを知り、あれこれ諭したが、人々はけっして禁約を破ろうとしなかった。官を罷めた後、ふたたび滄州にゆき、李進士鋭巔[41]の家に寓し、すべてその家の酒を傾けた。そして鋭巔に語った。「わたしは早く役人を罷めなかったことを深く悔いている。」。これは一時の戯れだが、滄酒の良いものを得るのが容易でないことを見るに足りる。

　
　　先師李又聃[42]先生が言った。東光[43]に趙姓の者がおり（先生はかつてかれの字を挙げたが、今は思い出せない。先生の尊属のようである。）、かつて清風店[44]を通った時、若い妓女を招いてお酌させ、たまたま某年にこちらに宿り、麗人を招き、二晩逗留したことに言及したが、そのものの年を計算すると、今でも四十に満ちていなかった。そこで、かれの幼名を挙げると、妓は驚いた。「それはわたしの姑で、今でも存命でございます。」。翌日、ともにその家にいったところ、さながら旧知のようであった。手を握り、時候の挨拶をしていると、その祖姑[45]は客が現れたことを聞き、またたいへん驚いた。「東光の趙さまでございましょうか。三十余年お会いせず、今、鬢が白くなろうとしていらっしゃいますが、お姿とお声は、今でもすこし分かります。あなたの号は××ではございませんか。」。尋ねると、やはり若年の時にここを通って親しんでいた。三世一堂で、みな忌憚がなかったので、杯を酌み交わし、昔語りし、惘惘然[46]として夢の中にいるかのようであった。その家にさらに二晩泊まって別れた。別れる時に祖籍[47]はもともと東光だ、かれの祖父がはじめてこちらに移ってから、今では四世代になるが、先祖の墓はまだ残っているか分からないと言った。そしてかれの翁の名を挙げ、探してくれと乞うた。趙は家に着いた後、たまたまそのことを郷里の耆旧に尋ねたところ、ある人がしばらく愕然として、言った。「わたしは今はじめて天道を信じました。その翁はあなたの家の門客[48]でしたが、ひいおじいさまが人と訴訟された時、その翁は敵から金を受け、ひそかに反間しましたので、訴訟は正しく裁かれませんでした。しばらくしますと事が露顕しましたので、恥じて家族を連れて逃げました。海角天涯にいると思っていましたが、あなたと遇い、三世代、妻によって、かれの業債[49]を償っていようとは思いませんでした。ああ、恐ろしいことです。」。

　
　　又聃先生はさらに言った。安生という者がおり、なかなか聡明であった。たちまち女狐たちに捕らえられて承塵[50]の上に入ったが、竹(ふえ)を吹き、絲(こと)を奏で、肴を出し、酒を勧め、淫猥放蕩の趣きを極めていた。紙を隔てて聴けば、たいへんはっきりしていたが、承塵はまったくかすかな隙もなかったので、どうして入ったか分からなかった。宴が終わると、空から擲たれ、顔はすっかり傷つき、骨を折り、血を流すに到った。治療してすこし癒えても、また取って去ること元通りであった。その承塵を壊せば、取って屋上に置き、擲つことも元通りであった。しかし生はまったく自分が苦しいと言わなかった。生の父は一枚の護符を買い、壁に懸けた。生はそれを見ると、すぐに戦慄して地に伏し、魅(あやかし)もそれから絶えた。生に尋ねた。「護符に何が見えた。」「まったく護符は見えず、将兵が獰猛で、戈と甲が煌めくのが見えただけです。」。これは狐が仇をなしていたのか。だとすれば燕昵[51]の歓楽があるはずはない。媚びていたのか。だとすれば投擲の災難があるはずはない。喜んだり、怒ったり、かれがどんな心なのか分からなかった。ある人は言った。「これは仇をなしていたのだ。媚びていたのは死ぬまで悟らないようにさせていたのだ。」。しかし媚びるだけで死を致すに足りるのだから、わざわざ擲つ必要はない。

　
　　李匯川[52]が言った。厳先生というものがいたが、その名と字を忘れた。おりしも郷試の期日が近かったので、生徒が散じた後、ひとり燈下で夜学していた。一人の館童[53]が茶を運びこんできたが、たちまち大声を出して地に倒れ、碗は琤然[54]と砕けた。厳が驚いて起きて見ると、一人の幽鬼が髪を振り乱し、目を瞠って、燈前に立っていた。厳は笑った。「世に幽鬼はいないから、おまえはきっと黠盗[55]がその姿を装い、わたしが走って避けるのを望んでいるだけだろう。わたしは余計なものを持っておらず、一つの枕と一枚の席(むしろ)があるだけだから、おまえはよそへゆくべきだ。」。幽鬼は動かなかった。厳は怒った。「まだ人を欺こうとするか。」。界尺[56]を挙げて撃つと、瞥然として消えた。厳は周囲を見たが跡がなかったので、沈思して言った。「幽鬼がいるか。」。その後、言った。「魂は天に昇り、魄は地に降りるが、この理はたいへん明らかだ。世に幽鬼はいない。狐魅にすぎないだろう。」。点燈して琅琅と誦えて止めなかった。この生の強情さは、極みと言え、幽鬼も避けたのである。そもそも執拗の気は、百折して挫けないので、これに勝るに足りるのである。また、聞いたところでは、一人の儒生が、夜に廊下を歩いていた。すると突然、一人の幽鬼が見えたので、呼んで語った。「おまえもかつては人であったのに、なぜ幽鬼となると、人でなしになるのか。どうして深夜の暗闇のなか、内外を分かたず、庭に入る者があろうか。」。幽鬼は見えなくなった。これは心(むね)に恐れがなく、神(こころ)は乱れなかったので、幽鬼も侵せなかったのである。また故城[57]の沈丈豊功（諱は鼎勛、姚安公の同年[58]である。）が、かつて夜に帰ろうとして雨に遇い、泥濘は多く、一人のしもべに扶けられていったが、路を見わけられなかった。とある廃寺を経たが、昔、幽鬼が多いと言われていた。沈丈は言った。「尋ねられる人がいず、寺で幽鬼を捜して尋ねよう。」。すぐに入ると、殿廊を巡って叫んだ。「幽霊さん、幽霊さん、お尋ねしますが、行く手の水は深いでしょうか。浅いでしょうか。」。寂然として音がしなかった。沈丈は笑った。「幽鬼はみな眠っていようから、わたしもひとまずすこし休もう。」。奴とともに柱に拠り、眠って暁に到った。これは襟懐洒脱で、戯れをなしただけである。

　
　　阿文成公[59]が伊犁を平定した時、空山で一人の瑪哈沁(マハチン)を捕らえた。どのようにして活きているかを詰すと、「家畜を盗んで[60]食糧にしているだけだ。」と言った。「潜伏してすでに久しいのに、どこでこんなに火薬を手に入れたのだ。」と尋ねると、「蜣螂(ふんころがし)を曝し、乾かして粉末にし、鹿の血を調合し、曝して乾かしても、火薬に代えられるのだ。硫黄に比べて力がすこし弱いだけだ。」と言った。また一人の蒙古の台吉(タイジ)[61]が言った。「鳥銃に火薬と弾丸を貯えた後、さらに一匹の乾いた蜣螂(ふんころがし)を取り、細い杖で送り込むと、通常に比べて一二十歩遠くに出られる。」。これは物の理として解せられないことだが、試すとすべて験があった。また瘍医[62]殷賛庵[63]が言った。「水銀は五金[64]を蝕め、金がこれに遇えば白くなり、鉛がこれに遇えば溶ける。およそ戦陣で弾丸が骨肉に陥入した時、割いて取ればきわめて痛いので、水銀を創口からそそいで満たせば、その鉛はおのずから水と化し、水銀に従って出る。」。これは有効か知らないが、理として信じられる。

　
　　田白岩が言った。ある士人が僧舎に仮住まいし、壁に美人の一軸を懸けていたが、眉目は生きているかのようで、衣褶は翻っているかのようであった。士人は言った。「上人は禅心[65]を乱すのを恐れないのですか。」。僧は言った。「これは天女散花図で、堵芬木[66]の絵でございます。寺に百余年ございますが、じっくり見る暇がございませんでした。」。ある晩、燈下で注目し、見ていると、画中の人が一二寸盛り上がったかのようであった。士人は言った。「これは西洋の界画[67]なので、見ると起伏しているかのようなのだ、どうして堵芬木であろう。」。すると画中でたちまち音がした。「わたしは下りようとしているのです。訝られてはなりません。」。士人はもともと剛直だったので、声を荒げて叱った。「どこの妖鬼がわたしを惑わそうとしているのだ。」。すぐにその軸を引きよせ、燈で焼こうとした。軸の中では泣きつづけた。「わたしは煉形[68]が成ろうとしておりますのに、一たび祝融に付せられれば、体は消え、心は散じ、以前の功徳は流水に付せられましょう[69]。憐憫を賜われば、感謝は朽ちないことでしょう。」。僧は騒ぎを聞くと、すぐに見にきた。士人はわけを告げた。僧ははっとして言った。「わたしの弟子はこの部屋に住んでいたとき、瘵を患って死んだが、おまえのせいではないか。」。画は答えず、その後に言った。「仏門は広大であり、許さぬものはございません。和尚さまは慈悲深くおわしますから、お救いになるべきでございます。」。士人は怒った。「おまえは一人を殺したのだ。ふたたびおまえを自由にしたら、さらに幾人を殺すか分からない。これは一人の妖(あやかし)の命を惜しみ、数えきれない人の命を損なうことだ。小慈は大慈の賊ですから[70]、上人さまは惜しまれてはなりません。」。炉に投じた。煙と炎が盛んになると、血腥い気が部屋に満ちたので、一僧を殺すに止まらなかったかと疑った。後に夜になると、嚶嚶[71]と泣く声がすることがあった。士人は言った。「妖(あやかし)の余気は尽きていないので、しばらくしたらまた集まって形をなすだろう。陰邪[72]を破るのは、陽剛[73]だけだ。」。そこで爆竹の貫きとめたもの十余（京師では火鞭[74]という。）を買い、その導火線をすべて結んで一つにし、声が聞こえた時、にわかに焼いたが、雷霆が轟くかのようで、窓と扉はすべて震え、それからは寂然とした。悪を除くには徹底的にせねばならないが、この士人はそれをしたのであった。

　
　　狐と友人となった者がいたが、天狐でたいへん仙術を弁えており、その人を千万里外に連れてゆくことができた。およそ名山勝境は、遊覧をほしいままにし、弾指の間に去り、弾指の間に還り、一室のようであった。かつて言った。「賢聖[75]のいるところだけはゆこうとせず、真霊[76]が駐まっているところにはゆこうとせず、ほかは図籍にしたがって、意の赴くところに従うだけでございます。」。ある日、この人は狐に祈った。「わたしを九州の外に連れてゆき、わたしを人の閨閣に置くことができるか。」。狐は尋ねた。「どういうことでしょうか。」「わたしはかつて某友の家に出入りし、奥の庭の絲竹の宴に預かった。かれの愛妾はわたしと目で合図し、一言も通じなかったが、二人の心はたがいに通じていた。しかし家は深く、盈盈たる一水[77]で、いたずらに嘆いて眺めるだけだった。君は夜が深け、人が静まってから、わたしをかれの繍闥[78]に連れてゆければ、わたしの事はかならずうまくゆくだろう。」。狐はしばらく沈思すると、言った。「これはできないことではございませんが、主人がいるのをどういたしましょう。」「かれが他の側室の所で寝るのを待ってゆくとしよう。」。後にほんとうに偵察して内情を知り、狐がともにゆくことを願ったので、狐はかれが衣冠を着けるのを待たず、すぐに連れて飛んでいった。とある場所に着くと、「こちらです。」と言い、瞥然としてそのまま去った。この人は暗闇の中で手探りしたところ、人の声は聞こえなかったが、手に触れるものはすべて巻軸[79]であったので、主人の書楼[80]であることに気づいた。狐に弄ばれたことを悟ったが、あたふたとして為すすべがなく、誤って一つの几(つくえ)に触れて倒れたところ、骨董が板[81]の上に落ち、砰然[82]と砕ける音がした。番人が叫んだ。「泥棒だ。」。童僕たちが集まってき、鍵を開けて燭を明るくし、武器を執って入ってきた。見ると人が衝立の後に縮こまっていた[83]ので、ともに進み、撃ち倒し、縄で急いで縛った。燈下で見ると、この人を知っていたので、みなたいへん驚いた。この人はもともと狡猾であったので、たまたま友の狐と仲たがいし、こちらに連れてこられたのだと嘘をついた。主人はもともとよく知っていたので、手を打ってからかった。「この狐は悪ふざけし、わたしに君をひどく笞たせようとしたのだ。ひとまず笞うちを許し、追い出そう。」。そこでしもべに送り返させた。後日親しいものにひそかに語り、罵った。「狐はほんとうにろくでなしだ。わたしと交わって十余年であったのに、ここまでわたしを騙すとは。」。親しいものは怒った。「君は某と交わり、すでに十余年に止まらなかったのに、狐の力を借り、かれの閨房を乱そうとした。これでは誰がろくでなしであろうか[84]。狐が君の不義を怒りながら、戯れによって君を戒め、君がみずから弁解する路を残したのは、たいへん情けが厚かった。君が盛装するのを待ち、こっそり連れていって主人の臥榻の下に置いていたら、君はどんな言葉でみずからを飾るつもりだ。こうしてみると、かれは狐でありながら人で、君は人でありながら狐なのに、まだ反省しないのか。」。この人は恥じて去った。狐はそれから来なくなり、親しいものもかれと絶交した。郭彤綸[85]は親しいものと関わりがあったので、その詳細を知っていたのである。

　
　　老儒劉泰宇は、名を定光[86]といい、舌耕によって生活していた。浙江の医者某が、一人の幼い子を連れて流寓していたが、二人はとても仲がよかったので、隣に卜居した。子も美しく、泰宇を拝して師としていた。医者はほかに親族がなかったので、臨終の時に遺児を泰宇に托した。泰宇はかれを世話すること実子のようであった。たまたま寒い冬であったが、夜は布団をともにした。楊甲は泰宇に礼遇[87]されていなかったので、誹謗した。「泰宇は友人の子を孌童にしているぞ。」。泰宇は怒り、尋ねたところ、この子にまだ一人の叔父がおり、糧艘の旗丁[88]として書写計算を掌っていることを知ったので、滄州の川原に連れてゆき、小屋を借りて住み、浙江の糧艘を見ると、逐一遠くから呼びかけ、某先生はいますかと尋ねた。数日で、見つかったので、おいを引き渡した。かれの叔父は泣いた。「夜に夢みましたところ、兄が、おいが帰ってくると言っておりましたので、日日ひとり舵楼[89]に坐して眺めておりました。兄はさらに『楊某の件は、神に濡れ衣を晴らしていただけよう[90]。』と言っておりましたが、言っていたことが分かりませぬ。」。泰宇も明言せず、悒悒[91]としてひとり帰った。かれは迂儒で慎み深く、つねにこの事にかんしてはみずからを弁明する[92]すべがないと思っていたので、憂悶発病して死んだ。燈前月下で、楊はつねにかれが目を怒らして見ているのを見たが、もともと粗野であったので、意に介さなかった。数年してやはり死んだ。妻はほかに嫁ぎ、一子を遺したが、やはり美しかった。ある役人の家の軽薄児が、かれを誘って孌童とし、ひけらかして街を通ったので、見る者はみな太息した。泰宇は、ある人は肅寧[93]の人だと言い、ある人は任邱[94]の人だと言い、ある人は高陽[95]の人だと言われていた。その詳細を分からないが、おおむね河間の西に住んでいた。その一生を辿れば、いわゆる歿して社に祀られる者か[96]。これは康熙中葉にあったことで、三従伯[97]燦宸公は因果を談ずることを好んでいたので、かつてこのことを挙げて戒めとしていたが、時が経って忘れていた。戊午[98]五月十二日、密雲の行帳[99]に泊まり、夜半に目ざめ、たちまち思い出し、その氏名が湮没することを悲しんだ。そこで灤陽にいった後、右のごとく大略を録してやったのである。

　
　　常寺福は、鎮番[100]の人であった。康熙初年、人々に従って強盗掠奪していたところ、捕らえられて斬られることとなった。曽伯祖[101]光吉公は当時鎮番守備[102]で役人をしていたが、かれの容貌を奇とし、副将韓公に頼んで許させ、名糧[103]で扶け、引きとって親随[104]とした。光吉公が官を罷めて帰るとき、公を家まで送り、留まって帰らなかった。従伯祖[105]鍾秀公がかつて言った。「常守福は身軽さが並外れており、若い時に見たことがあるが、両足を明楼[106]の雉堞[107]の上に掛け、倒懸して磚線[108]の雪を払い、四囲はすべてきれいになった（劇盗[109]は多くは足を上に向け、手を下に向け、逆さに楼の角[110]を抱えて登ることができる。雉堞に近い処に磚を三寸突き出し、四囲にこれを嵌めると、登れないが、これは足を空に懸けることができないからである。俗にこれを磚線という。）。帚を持ち、翩然として下るさまは、飛ぶ鳥が地に下るかのようで、まさに健男児であった。」。後に光吉公が妻を娶ってやると、子を生んだ。聞けば今なお子孫がおり、四房[111]のために小作しているとのことである。

　
　　門聯は唐末にすでにあり、蜀の幸寅遜が孟昶[112]のために桃符を題している。「新年余慶を納め、嘉節長春と号す。」の二語がそれである[113]。しかし今は朱箋[114]で書くのが異なるだけである。わたしの郷里の張明経晴嵐[115]は、除夕の前にみずから門聯に題した。「三間東倒西歪の屋、一個千錘百錬[116]の人。」。たまたま鍛冶屋が彭信甫に門聯を書くことを求めたところ、信甫は戯れにこの二句を書いて与えた。両家は向かい合わせであったので、見る者はみな失笑した。二人はもともと辛酉[117]の抜貢[118]の同年で、すこぶる親しかったが、このため仲違いした。およそ戯れると益がないが、これも一端であった。また董曲江先輩は諧謔を好み、その郷里に演劇して送葬した者がいたが、舞台に額を題することを曲江に乞うたので、曲江は「弔ふ者大いに喜ぶ。」の四字を書いてやった。一県が伝えて話柄とし、この人が終身切歯することを致し、かれに陥れられそうになった。後に曲江はみずから悔い、かつてこのことを挙げて友人を戒めた。

　
　　董秋原[119]が言った。張某という者がおり、若くして州県の幕下に遊び、中年でみずからを養うに十分だと思い、すぐに閑居して花を植え、竹を植えてみずから娯しんでいた。たまたま外出して数日すると、かれの妻がにわかに亡くなった。臨終に間に合わなかったので、心はつねに悵悵[120]として失ったものがあるかのようであった。ある晩、燈下に姿を現したので、悲しんだり喜んだりして抱き合った、妻は言った。「捕らえられました後、小さな罪過があって沙汰を待ち、束縛されて今に到ったのでございます。今ではさいわい取り調べが終わり、輪迴に入れることになりましたが、期日までなお数年ございますので、あなたの思いに感じ、冥官に祈り、お会いしにまいったのでございます。これも夙縁が尽きていないのでございます。」。睦みあうさまは平生のようであった。それから人が静まるとつねに来、鶏が鳴くとかならず去るのであった。歓愛の情は増していたが、一言も家のことに言及せず、子供のこともあまり尋ねなかった。そして言った。「人の世は騒がしく、泉下の人は苦海を離れていますので、聞こうとしないのでございます。」。ある晩、数刻さきに来、ともに語ったがあまり答えず、言った。「すこし経ちましたら、おのずとお気づきになりましょう。」。にわかにもう一人の女が簾を掲げて入ってきたが、顔かたちは同じく、服飾だけが異なっており、前からいた妻を見ると驚いた。前からいた妻は叱った。「淫鬼が仮の姿で人を惑わしている。神はおまえを許さない。」。後からきた妻は狼狽して門を出て去った。この妻は張を握って泣いた。張はぼんやりとして為すすべがなかった。妻は言った。「およそ餓鬼は多くは名を騙って食を求め、淫鬼は多くは仮の姿で媚を売りますが、世間の霊語は、しばしば真実ではございません。あの幽鬼はもともと西市[121]の娼婦で、あなたが思っているのに乗じ、隙をみて来、あなたの陽気を盗んでいたのです。たまたま他の幽鬼がわたしに告げましたので、社公に訴え、来てあなたのために排除したのでございます。かれは今頃すでに笞うちを受けていましょう。」「今、どこにいる。」「あなたとはもともと再世縁[122]がございましたが、舅姑にお仕えしましたとき、うわべは礼を守りながらも心は怨み、疾病があるのに遇いますと、かれらの死を願わなくても、かれらが助かることを切実には求めませんでしたので、神さまに記録せられ、降格されてあなたの妾になることとなりました。さらに私憤を抱き、言葉であなたを刺激し、あなたがた兄弟があまり睦まないことを招きましたので、さらに降格されて媵婢[123]になることになりました。あなたより二十余年遅れて生まれるのを待ち、今なお墓地で浮遊しているのでございます。」。張が幃(とばり)に引きいれようとすると、言った。「幽明は路が隔たっていますから、冥罰を恐れます。来生でかならずこの願いを叶えましょう。」。数回嗚咽して消えた。時に張の父母はすでに亡くなり、兄だけが別居していたので、兄のところにいってつぶさにその事を述べ、元通り睦まじくした。

　
　　寡婦がおり、年は二十足らず、一子がいるだけで、わずか三四歳、家はただ四壁があるばかり、親族も少なかったので、嫁ぐことを相談していた。女は容色がすこぶる艶やかであったので、かれの表戚[124]の某甲が、ひそかに嫗を遣わして説かせた。「わたしは礼としてあなたを娶る理はございませんが、あなたのことを思って寝食を廃するに到りました。あなたは志を守れると偽り、ひそかにわたしと親しみ、わたしが毎月若干を支給すれば、母子を養うに足りましょう。両家は巷が別ですが、奥の棟は一つの塀を隔てているだけですから、梯で行き来すれば、人は窺えないでしょう。」。妻はその言葉に惑い、出入りするさまは外婦[125]のようであった。人々は妻がどうして自活しているかと疑ったが、見られる形跡がなく、まだ貯蓄があるのだと思っていた。しばらくすると、某甲の奴婢がその事を漏らした。その子は幼かったので、すぐに外の塾に宿らせた。十七八になると、かれもすこし繁き噂を聞いた。つねに泣いて諌めたが、妻は従わず、親しんで[126]雑坐[127]し、かえってことさらに見聞きさせ、かれの口を封じることを願った。子はたいへん怒り、白昼に某甲の家に入り、刃を心(むね)に刺し、背まで通すと、「借金しようとして遂げず、かれに侮辱されましたので、憤激して殺すことを致しました。」としてお上に訴えた。お上は調べて、その事情を知り、あれこれ誘導したが、結局事実を明らかにしなかったので、故殺として判決した。隣人たちは哀しみ、物好きは石碑でかれの墓を顕彰しようとし、朱梅崖[128]先輩に文を乞うた。梅崖は一晩前にその子を夢みていたが、容色は憂わしげで、向かいあって拱立[129]していた。ここにいたってはっとして言った。「これは造らなくてよい。その真実を書かなければ、一人の凶徒にすぎず、どうして[130]顕彰できよう。その真実を書けば、孝子の名を顕彰できるが、それはまさに孝子の心を悲しませることであり、かれの霊を安らかにするものではない。」。つとめてその事を阻んでやめさせた。その晩、またかれ[131]が拝して去るのを夢みた。その子は、甘んじてその身を滅ぼして父の仇に報い、さらに母の過ちを彰らかにして父を辱めまいと思ったもので、人倫の変化に善処していたといえる。ある人は言った。「その宗祀を絶てば、祖宗は悲しむ。どうして子を生むのを待ってしなかったのか。」。これは講学家が人を責めてやまないのであって、わたしの聞こうとすることではない。

　
　　「小人の計は、ゆきて君子に福たらざるなし[132]」という。この言葉は迂遠であるようで真実である。李雲挙[133]が言った。かれの兄憲威が広東で役人をしていた時、聞いたのだが、一人の遊士[134]がおり、性質は迂僻[135]で、嶺(れい)[136]を過ぎて親戚に面会を求め、すこぶる得るものがあった。帰装、寝具、衣履[137]の外、二つの巨きな篋があり、その重さは四人で担げるものであったが、何を持っているのか分からなかった。ある日、舟を乗り換える処に着いたので、両舷をつけ、巨きな縄で縛り、担いで渡った。するとたちまち四本の縄がすべて断たれて刃で切られたかのようになり、訇然[138]と板の上に落ちた。二つの篋はいずれも壊れたので、足踏みして悼み惜しんだ。急いで開いて調べてみると、一つの新しい端硯、一つの英徳石[139]が収められていた。石の篋には銀一封があり、約六七十両で、紙包みも綻んでいた。取りあげてじっくり見ていると、手を滑らして水に落とした。漁師に頼んで水に潜って捜させたが、半分弱を得ただけであった。がっかりしていると、ともに来た水夫がすぐに祝った。「盗人はこの二つの篋のために、すでに数日ついていましたが、岸辺に家がございましたので、動こうとしませんでした。わたしはびくびくとして言おうとしませんでした。今、財物がなくなったのを見ますと、すでに唾して散じてゆきました。あなたは本当に幸せな人ですね。陰徳は神佑を得るのですね。」。同舟していたある客はひそかに語った。「かれにはどんな陰徳があろう。最近一つの愚かなことがあっただけだ。かれは広東にいた時、百二十両を、宿の主人に頼んで一人の妾を買わせたが、一年余の新婦で、貧しくて食ってゆけないので、売って自活しようとしているということであった。家に来た日、かれの舅姑と婿がみな送りにきたが、いずれも病み衰えた乞食のようであった。部屋に入るに臨み、たがいに抱き、痛哭して別れた。手を分かっても、なお数歩追いかけ、さらにくどくどと語っていた。媒嫗がむりに妻を引き入れると、かれの舅は数か月の小児を抱いており、かれに向かって叩頭して言った。『この子は乳を飲めなければ、生死は知れません。どうか母親がしばらく授乳するのをお許しになり、今日はお待ちください。後日また考えましょう。』。かれはたちまち躍然として起きあがると、言った。『わたしは奥さんが売りにだされただけと思っていました。今、事情を見て心が悲しくなりました。すぐに奥さんを連れて去りなさい。金も償うことはありません。古今の人は隔たりがありません、馮京[140]の父に、わたしがどうしてなれないことがありましょう[141]。』。人々の前でその証文を焼きました。ところが主人はかれが忠厚であることを窺い、自分の娘を仮装させて欺き、かれが娶ったときは、さらにほかに狡計を考えていたのでした。ともに寓している者たちはみな気づいていますが、かれは今でも気づいていません。もしや鬼神がすぐに陰徳として録したのでしょうか。」。もう一人の客は言った。「これは陰徳だ。その事は愚かしいが、その心は本当に惻隠から出ている。鬼神は照覧するとき、その心を照覧するだけだ。今日、禍を免れたのは、その事によっているといえる。その宿の主人は、結局どうなったのだろうか。」。先師又聃先生は、雲挙の兄であり、雲挙に言った。「わたしはこの客の論が正しいと思う。」。わたしはさらに思いだしたが、姚安公はこう言っていた。田丈耕野[142]が西征した時、平魯路[143]守備李虎[144]を遣わし、二人の千総とともに三百の兵を率いて外出巡邏したところ、にわかに額魯特(オロト)が間道から来るのに遇った。二人の千総[145]は虎に申した。「賊は馬が健やかで、退いて走ればかならず追いつかれましょう。どうか公は前隊を率いて山口を扼してください。わたしたち二人は後ろから隊を率いて助けましょう。賊はわたしの多寡を知りませんから、なお守れましょう。」。虎はそうだと思い、人々を率いて力闘した。二人の千総はすでに先に逃げたが、そもそも虎を欺いてともに戦わせ、時間を稼ぎ、虎が敗れたときは、すでに遠くへ去ってしまっていた。虎は戦死を遂げた。後にかれの子先捷に父と同じ官位を得させた。これは欺かれて敗れたのだが、欺かれてたまたまそれによって忠を成したのである。だから「小人の計は、ゆきて君子に福たらざるなし」というのである。この言葉は迂遠であるようで実は的確である。

　
　　雲挙はさらに言った。ある人は富が一郷に冠し、穀物は千余石を蓄えていた。凶年に遇うと、閉ざして売ろうとしなかった。とある日、しもべを集め、並べて大雑把に量り、手ずから一枚の紅箋[146]を書き、門に貼って言った。「凶年に人々が飢えているのに、ひとり満腹する気はない。今、歴年の蓄えた穀物を、すべて近隣に貸そうとし、人ごとに一石を決まりとしよう。今日のうちにそれぞれ嚢や篋(はこ)を備えて受け取りにこい。遅れれば粟は尽きよう。」。付近の住民は噂を聞くと雲集し、一日足らずで粟は尽きた。主人に面会を請うて礼を言おうとする者がいたが、主人は行方が知れなかった。あわててひろく捜したところ、ひさしく閉ざされたぼろやで見つかったが、熟睡しているところであった。人が来ると、はじめて伸びをした。人々が驚いて扶け起こすと、傍らの一枚の紙にこうあった。「蓄えて散じないのは、怨みの府(くら)、怨みの帰するところは、禍の叢(くさむら)だ。千軒の家が空腹なのに一軒の家が満腹していれば、掠奪になるのは当然で、名と実を二つながらに失うではないか。あなたの旧恩に感じ、あなたのために恩を売ったのだ。勝手な振る舞いを許すことを願う。これはねんごろにお願いすることだ。」。言っているのが何事なのか分からなかった。尋ねて顛末を知ると、太息するばかりであった。しかし、この頃、人情は洶洶[147]としており、本当に放火掠奪の計画があったところが、この多くの施しを得、禍を転じて福としたのであった。これは姿を変えた妖(あやかし)で、徳によって人を愛しんだといえる。いわゆる「旧恩」にかんしては、その事情は分からなかった。ある人は言った。「かれの家の庭に老屋があり、狐が数十年おり、建物が崩れると移っていった。」。思うにその事か。

　
　　幼い時に乳母李氏が語るのを聞いたが、ある人は家が仏寺に隣していた。たまたま寺の回廊に一匹の小狐が跳び下りたのを、子供が捕らえ、縛ったり鞭うったりしたが、いずれの場合も懾伏して動かなかった。放つと、中庭に行き来し、まったくよそへゆかなかった。食を与えれば食らい、与えなくても盗もうとせず、飢えれば人に向かって尾を振るばかりであった。呼ぶと人の言葉を解しているかのようにし、指図しても人の意を解しているかのようであった。家じゅうが憐れみ、つねに子供を阻んで責めさせないようにした。ある日、突然、人の言葉を話した。「わたしは名を小香といい、鐘楼の上の狐の家のはしためでございます。たまたま遊んで事を誤りましたところ、お宅のお子さんが腕白でしたので、罰として一月かれらの虐待を受けました。今は期限が満ちて帰るべきでございますので、お別れを申しあげるのでございます。」「どうして逃げなかったのだ。」「主人が長年養ってくれましたのに、どうして逃げる理がございましょう。」。そう言うと、叩頭する動作をし、翩然と塀を越えて去った。時にわたしの家の若い奴隷が物を盗んで遠くへ逃げていたが、乳母がこの事を説いたので、喟然として言った。「あの奴隷はこの狐に及ばない。」。

　
　　陳雲亭舎人[148]が言った。かれの郷里の深山に廃寺があり、鬼物が占拠しているので、修復できないと言われていた。ある僧は道行が清高[149]であったが、すぐにいって宿泊した。はじめの一二晩は、物(もののけ)が窺っているかのようで、僧は聞いたり見たりするものがなく、姿も声もなかった。三五日後、夜に夜叉が扉を開けて入ってき、獰猛に跳びはね、火を吐き、煙を噴いた。僧は禅定して泰然としていた。蒲団にぶつかること再三であったが、結局体に近づかず、朝になると、長嘯して去った。翌晩、一人の美女が来、合什[150]して挨拶し、仏法の要義を尋ねた。僧は答えなかった。さらに僧に対して琅琅と『金剛経』を誦え、一部分が終わるたび、かならずこれはどう解釈するかと尋ねた。僧はやはり答えなかった。娘は突然旋舞し、しばらくすると、その両袖を振り、物を簌簌[151]と落として地に満たし、「これは散花に比べていかがでしょうか。」と言い、舞ったり退いたりし、またたくまに足跡を絶った。地に満ちていたのはいずれも一寸ばかりの小児で、蠕蠕[152]として幾千百おり、争って肩から頭頂に登り、襟を穿ち袖に入った。あるものは噛み、あるものは掻き、蚊や虻や蟣蝨(しらみ)が群がって食らっているかのよう、あるものは耳や目を抉り、口や鼻を裂き、蛇や蠍が刺すかのようであった。摘んで地に投じると、爆然[153]と音がし、一人ならば姿を分けて数十人になり、ますます多くなった。左右から攻められ、疲労を我慢できず、禅榻[154]の下で疲れ果てた。しばらくして正気づくと、寂として一物もなかった。僧は慨然として言った。「あれは魔物で、迷いではない。仏力だけが魔物を調伏するに足り、わたしが及ぶものではない。浮屠は桑下に三日宿る[155]ことがなかったのだから、この地に恋恋とすることはない。」。夜が明けると、旅装を調えて帰ってしまった。わたしは言った。「このものはみずから寓言を作り、正人が小人たちに怨まれていることを喩えただけだが、これも軽々しく試みる者を戒めるに足りる。」。雲亭は言った。「わたしは百に一つの長所もないが、平生嘘をつくことができない。その僧は帰路わたしの家を通り過ぎたが、顔面には血痕が細い乱れ髪のようになっていた。本当に見たことがある。」。

　
　　老僕の劉廷宣が言った。雍正初年、佃戸張璜が褚寺[156]の東に団焦（俗に「団瓢」というのは、「焦」の字の音転である。二字は『北斉書』本紀に出ている。）を架し、瓜を番し、夜はつねに一人を見、歩みは遅く、やおら西北に向かって去った。ある晩、たまたまこっそりついてゆき、ゆくところを見た。見るとある墓地にいったが、十余人の女の幽霊が出迎え、すぐにともに親しみ、笑い、戯れた。妖物だと悟ったが、蠢蠢[157]として能無しのようであった。そこで火銃を団焦に隠し、毎晩伺っていた。ある晩、またかれが通るのを見たので、銃を放ってにわかに撃つと、訇然と地に倒れた。火を執り、走っていって見ると、翁仲[158]であった。翌日、柴を積んで焼いて灰にしたが、特段の異常はなかった。夜になり、夢みたところ、十余人の女が羅拝[159]し、言った。「この怪(あやかし)はどこから来たか分からず、力は猛く羆(ひぐま)か虎のようでした。およそ新しく葬られた女の幽霊は、老いも若きもみな脅迫凌辱に遭いました。抵抗する者がいますと、そのものの墳(つか)の頂に登って再三跳躍し、すぐに土は陥り、棺は裂け、身を寄せることがでなくなってしまうのです。そのため従わざるを得ませんでしたが、恨みを抱くことは久しゅうございました。今回、駆除していただきましたので、お礼しにまいったのでございます。」。後に高川[160]から来た者が言うには、石人窪[161]の馮道の墓前（馮道は、景城[162]の人で、住んでいたところは今なお相国荘[163]といい、景城から二三里であった。墓は今の石人窪にある。わたしは幼い時に見たが、欠損した石獣、石翁仲がなお残っていた。県志には馮道の墓の所在を知らないとあるが、そもそも旧志の誤りを受けついでいるのである。）、たちまち一体の石人がなくなったので、すぐにこの物(もののけ)だと悟った。この物(もののけ)は五代から今まで、修行して形をなしたばかりで、歳月は久しくなかった。幻化[164]したばかりで、すぐに凶淫をほしいままにしたため、結局みずから焚如[165]の禍を得た点は、邵二雲[166]が語った木偶と、ほぼ同じことである[167]。いずれも器の小さく満ち易い者の見本である。

　
　　外叔祖[168]張公蝶荘[169]の家に書室があり、すこぶる広々としていた。回廊を巡らし、中に芍薬三四十本を植え、花時には香りが隣家の塀を越えていた。門客の閔姓の者が、一人のしもべを連れてその中に寄寓していた。ある晩、就寝した後、突然、外で娘の声がし、言った。「お嬢さまから先生に伝言でございます。今日は花が開き、さらに名月にあたり、三五の女の朋輩を迎えて賞玩し、先生に禍があることを致しません。どうか門を開いて入ってこられないでください。そうすれば、雅量を見るに足りましょう。」。閔が黙って答えようとしないでいると、ふたたび語ることもなかった。突然衣裳の綷縩[170]の音がかすかに聞こえたので、窓紙に穴を開けて見ると、一人の影もなく、耳を傾けてじっくり聴くと、しばしば喁喁[171]とひそかに語っているかのようであったが、あるかなきかのようであり、まったく一字も聞きとれなかった。枕席に跼蹐し、寝つけなかった。三鼓過ぎ、また歩む音が聞こえたかのようであったが、にわかに中庭を隔てて犬が吠え、にわかに隣家の犬も吠え、にわかに裏町の犬が続いて吠えた。近い処で吠えるのが止むと、遠い処でまた吠え、その声ははるか東北に向かったので、かれが去ったかと疑った。逆らって祟りを招くことを恐れ、戸を開けようとしなかった。夜が明けて出て見ると、まったく痕跡がなかった。西廊の塵の上にだけはすこし弓彎[172]の印があるようで、やはりはっきりしなかったが、そもそも女狐だったのであった。外祖雪峰公は言った。「このように花を見るのに、さらに主人に尋ねることはない。閔公は莽莽[173]として粗暴の気があったから、かれが偶然飛び出してきて、人を興ざめさせるのを恐れていただけであろう。

　
　　滄州に董華という者がおり、読書したがものにならず、市肆[174]司に流落して書記や計算をしていた。またよくその長に仕えることができず、排除して出された。売薬卜占して自活したが、貧しくて立錐の地もなかった。一人の母と一人の妻がおり、縫絍[175]洗濯して助けたが、なお日々炊事しなかった。たまたま凶年であったので、空腹で門を閉ざし、はみな死にそうな情勢であった。聞けば隣村の富豪がまさに妾を買っているということであったので、母に計り、妻を売って活路を求めようとしていた。妻ははじめ従わなかった。華は節を失うことはたいへんだが、母が餓死することはもっともたいへんだと告げると、泣いてしぶしぶ従ったが、もし生還できれば、また夫婦となることを約するようにと乞うた。華も承諾した。妻はもともと美しかったので、富豪はすこぶる寵愛したが、夜伽の時には涙の痕があった。富豪がつよく尋ねると、毅然として答えた。「体はすでにあなたのものでございますので、すべてあなたのなさることに従えますが、昔の恩愛を思い出しますと、刀や鋸が前にあっても、その思いを断てないのでございます。」。たまたまふたたび凶年となり、華と母はともに餓殍[176]となった。富豪は変事のあることを慮り、隠して知らせなかったが、隣の嫗がたまたま漏らすと、妻はまったく哭かず、しばらく痴坐[177]し、その老婆に告げた。「わたしが隠忍して辱めを受けたのは、一つには、姑と夫の命を活かすため、一つには、主人は年がすでに七十余で、思うに数年足らずで、すぐに死ぬはずで、わたしは年はまだ若いので、かれの息子はきっとわたしを留めないと思い、欠けた月がふたたび円かになることをなおも願っていたためです。今はおしまいです。」。にわかに起きて楼の窓を開き、身を躍らし、逆さまに落ちて死んだ。これは前録に載せる福建学使[178]の妾と似ている[179]。しかし、そちらは児女の情が深く、たがいに身をもって殉じたため、おたがいに恨まないことができるが、こちらは姑と夫を養うために、万やむを得ずに操を失ったものの、結局、姑と夫を救うことはなく、願いは叶わず、いたずらに辱めに遭い、悲しんで自決したもので、かれが無念を抱いたのはもっとも悲しいことであった。

　
　　わたしが十歳の時、聞いたのだが、槐鎮のある僧（槐鎮は『金史』の槐家鎮^{^[180]}で、今淮鎮^{^[181]}につくるのは、誤りである。）、農家の子で、酒を飲み、肉を食らうことを好んでいた。廟に田数十畝があり、みずから植え、みずから食らっていた。牛を牧し、田を耕す外、あらゆることを知らなかった。経巻や法器をまったく貯えていないばかりか、毗盧[182]袈裟もまったく備えず、仏龕の香火も、あるかないかのようであった。ただ頭に髪がなく、部屋に妻子がいないのが、常人とすこし異なっているばかりであった。ある日、突然隣人を呼び集め、みずから壊れた几(つくえ)の上に端坐し、合掌して語った。「ともにいること三十余年、今は長く別れるが、遺蛻をお預けしてよろしいか。」。溘然[183]として亡くなった。合掌端坐するさまはもとのままで、鼻から二つの玉箸を垂らし、長さは一尺余りであった。人々はたいへん驚き、ともに木を募って龕を造ってやった。母方のおじの安公実斎^{^[184]}は、丁家荘[185]におり、かれと近く、かれに平素道行[186]がないことを知っていたので、聞いても信じず、みずから見にいった。龕を造るのが終わっていなかったので、二日してもなお納棺していなかったが、面色は生きているかのよう、肌膚を撫でれば鉄石のよう、時しも六月であるのに、蝿や蚋は集まらず、死臭もまったくなかったが、どういうわけか分からなかった。

　
　　喀喇沁(カラチン)公丹公は、益亭と号し、名は丹巴多爾済(タンバドルジ)、姓は烏梁汗(ウリャンハン)氏といい、蒙古王の孫であった。語るには、内廷の都領侍[187]蕭得禄[188]は、幼い時、かれの邸宅で給事していた。たまたま見ると、一匹の黒い猫のような動物が、樹の下に臥していた。戯れに弾丸で撃つと、その動物はだんだんと身を翻し、すぐに巨きな犬のようになり、ふたたび撃つとさらに身を翻し、巨きな驢馬のようになったので、恐れてさらに撃とうとはしなかった。動物もそのまま去った。すると突然、瓦が飛び磚が擲たれ、怪異がにわかに起こった。狐魅だと悟り、びくびくとして不安であった。ある人が像を描いて祭らせると、その祟りは止んだ。その後、にわかに几(つくえ)の上で数十銭を得たが、狐からの報酬だと思い、はじめは収め、秘して語ろうとしなかった。翌日、増えて百文に到った。それから日々増し、だんだん満ちて千文に到った。たちまちさらに改まって銀一錠、重さは約一両となった。やはり日々増し、だんだん一錠五十両となった。大金は隠せなかったので、管領[189]の者に悟られた。公庫から盗んだかと疑われ、拷問されたが、ほとんど釈明できなかった。その後、狐に陥れられたことを知った。そもそも飛土逐肉[190]（「断竹続竹、飛土逐肉。」は、『呉越春秋』に載せる、陳音[191]が誦えていた古歌で、弾弓[192]の始めである。）は、児戯の常である。主人はそれを知っても、すぐに深い責めを加えることはなかったので、狐はその思いを晴らせられなかった。利でおびきよせ、その貪欲を満足させ、かれは禍の網に触れ、狐は願いを叶えられた。かれが陥阱を設け、機謀を隠していたものであることは、もとより明らかであり、利のあるところで、智を昏くさせただけである。それなのに、わたしの礼が恭しければ、かれは心のなかで喜ぶと思っていた。むりに[193]は自己解釈し、しらぬまにかれの彀中[194]に落ちることを招いたのであった。昔、夫差は勾踐の奉仕を貪り、越に敗れ、楚の懐王[195]は商於[196]の六百を貪り、秦に敗れ、北宋は遼の地を滅ぼすのを先にすることに耽り、金に敗れ、南宋は金の援兵を伐つことに耽り、元に敗れた。軍事国務の大計で、将相がともに謀っても、なお罠に掛かることを免れなかった。まして区区たる童稚は、どうして老獪な魅(あやかし)の陰謀を逃れられようか。かれが敗れたのは当然である。さらに一つの近事を挙げて言えば、ある刑曹[197]の某官のしもべが寝ていたところ、舌でかれの顔を嘗められるのを感じた。石を挙げて撃つと、躓いて倒れた。照らして見ると、一匹の黒い狐であった。皮を剥ぐと、腹の中に子供の首があり、眉目は生々しかったが、そもそも嬰児を煉成しようとしてできあがらなかったのであった。翌日、主人のために車を御して帰った。狐はその身に憑き、凳を挙げて主人を撃ち、声を荒げてかれが不当に殺されたありさまを述べた。そもそも報いようとしてできなかったので、主人の手を借りて鞭うたせ、怒りを晴らそうとしたのであった。この二匹の狐はともに復讐したが、わたしは、この狐は勇悍で剛直なので、かの狐の陰湿で険悪であったのに勝っていると思う。

　
　　丹公はまた言った。科爾沁達爾汗(カルチンダルハン)王の一人のしもべは、路を歩いていた時、二つの毛氈の嚢を拾ったが、一つには人の歯がたくさん貯えられ、一つには人の指の爪がたくさん貯えられていた。すこぶる訝り、水中に棄てた。すると突然、一人の老嫗があたふたとやって来、右顧左眄して捜しものがあるかのようにし、しもべに尋ねた。「二つの嚢を見ましたか。」。しもべは見ていないと答えた。嫗は棄てられたことを知ると、すぐに激怒し、一本の木の枝を折り、しもべを奮撃した。しもべは徒手で闘ったが、相手の衣裳が柔らかく、通草の心のようで、肌肉はふかふかとして、蓮房[198]の穰[199]のようであるのを感じた。指で掘った場所はかならず破れたが、手を放すとすぐに長く合わさってもとのようになるのであった。刀を抜いて水を断つかのようでもあった。たがいにしばらく闘うと、嫗は勝てず、捨てて去ったが、去るに臨み、しもべを振り返って罵った。「少なければ三月、多ければ三年で、かならずおまえの魄(たましい)を奪おう。」。しかし、今まですでに三年を越えているのに、祟れていないので、大言して恐れさせていただけであったことが分かる。これは煉形している幽鬼で、精を取るのが足りず、凝結できず、気が集まって形をなしていたものに違いない。かれが人の牙や爪を蓄えていたのは、牙は骨の余り、爪は筋の余りであり、煉製服用し、その体を堅固にしようとしていたのであろう。

　
　　田侯松岩^{^[200]}が言った。今年の六月、扈従の侍衛和昇が、灤陽で亡くなった。馬蘭鎮[201]の総兵愛公星阿[202]は、和となじみであったので、かれのために棺衾を調え、かれの骨を送り返して葬った。ある晩、厠へ行ったところ、欠けた月がかすかに明るかったが、人が煙霧の中に立っているようであった。尋ねても語らず、怒鳴っても動かなかった。愛公はもともと幽鬼を見ることができたので、精神を凝らしてじっくり見ると、和の魂であった。そこで拱手して祈った。「昔、君を納棺した時、物は調わないことが多かったが、わたしの力が弱いことは、君はよく知っていよう。今、姿を現したのは、どうして責めることがあろうか。」。言わず動かず、もとのままであった。さらに祈った。「聞けば、塞外で歿した者は、路引[203]を焚かなければ、魂が関に入れないという。以前、たまたまそれを忘れたが、もしやそのために来たのか。」。魂はすぐに地面まで稽首し、倏然として隠れた。愛公は城隍に願文を書いてやり、その後、ふたたび現れなかった。また扈従して南巡した時、愛公とともに江寧[204]の承恩寺[205]に寓したが、規模は宏壮、楼閣は袤延として、泊まっているところもすこぶる広々としていた。ある日、ともに坐していると、たちまち楼の窓の六つの扉が風もないのにひとりでに開き、にわかにまたひとりでに閉じた。愛公はそれを見ると、言った。「一人の僧が北の窓の上に坐していますが、その顔は横に広く、鬚は鬑鬑[206]として久しく剃っていないかのようです。目は瞠って見、項はかすかに曲がっていますので、縊鬼です。」。寺僧に尋ねると、僧は隠せなかったが、どうしてその貌を知っているかと怪しみ、人が漏らしたかと疑い、愛公がみずから見られたことを知らなかった。また、たまたまある船頭が、戯れに篙をとり、水を衝いたところ、たちまち篙を擲って避け、顔に驚く色を浮かべていた。怪しんでそのわけを詰すと、言った。「溺鬼が篙に縋って上ろうとしていたのです。」。戊午[207]八月、蒙古外藩[208]の清音閣[209]で宴したところ、愛公はわたしと連席した。わたしが松岩の話について尋ねると、言葉はすべてでたらめではなかった。だとすれば、いたるところに幽鬼がいるが、かれらもまた人と同じである。帰ることを求めた幽鬼には、恋々とする心があり、窓を開けた幽鬼には、理によって争う心があり、篙に縋った幽鬼には、競い闘う心があった。その得失勝負、喜怒哀楽は、さらに逐一人のようであるはずである。これは膠膠擾擾[210]としたことが、地下でも尽きる時がないということである。釈氏は懺悔解脱を講じ、聖人の法も帰するところがあって祟らないようにさせ[211]、深く鬼神の情状を知っている。子貢は言った。「大いなるかな死や。君子これに息(いこ)ふ[212]。」。荘周が「嗟来(きたれ)[213]桑扈[214]よ。なんぢすでにその真に反(かへ)る[215]。」というのは、耳目の及ぶことについて言っているのである。

最終更新日:2011年5月1日

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