第十七巻

姑妄聴之三

　　族侄の竹汀[1]が言った。文安[2]に古北口[3]外で傭工している者がいたが、久しく音信がなかった。その父母は凶年に、やはり口外[4]で就食[5]し、息子を捜したが、やはり久しく音信がなかった。後にある人が泰山の麓でかれに会ったところ、こう言った。「昔、密雲[6]の東北に行きましたが、日はすでに暮れ、風雲が起こっていました。はるかに見れば、山の谷に燈の光が見えましたので、ゆっくり行って泊まりました。ゆけば土の家数間が秫(もちきび)の籬で囲まれていました。老婆が入り口で応対し、かれの[7]本籍を尋ねますと、入ってそれを告げました。するとさらに姓名年齢を問わせ[8]、さらに尋ねさせました。『以前、口外に出たお子さんがいましたか。お子さんは何という名でしたか。年はお幾つでしたか。』。つぶさに事実を答えました。すると、たちまち娘が衣を整えて出てき、招き入れて上座に据え、拝して侍立し、老婆を促し、下女を励まし、酒肴を調えさせました。様子はたいへん親しげでした。わけが分からず、起ってつよく尋ねました。すると大声で地に伏して言いました。『わたしはお義父さまお義母さまを欺こうとはいたしません。わたしは女狐だったのでございます。かつてお義父さまお義母さまのお子さまと夫婦となりました。もともと親しみから出たことで、惑わすつもりはございませんでした。ところがその愛情が度を過ぎ、癆咳で亡くなってしまわれました。心はつねに恥じ悔い、再婚しないことを誓い、あのかたのお墓に寄りそって住んでいました。今、思いがけなくお義父さまお義母さまとお会いしました。どうかよそへ行かれないでください。わたしはまだお義父さまお義母さまを養えます。』。はじめはたいへん驚き恐れていたが、その後、その心が誠実なのをみると、抱いて泣き、留まって同居した。女狐は世話がゆきとどいており、息子がいるのに勝っていた。そのようにして六七年が経った。すると女狐は突然老婆に一つの棺を買わせ、さらに鍤と畚を準備させた。怪しんでそのわけを尋ねると、欣然として言った。『お義父さまお義母さまはわたしをお祝いくださるべきでございます。わたしがお義父さまお義母さまをお世話しましたのは、もとより死者を追憶し、いささか寸心を尽くしただけでございます。ところが土神を感動させ、土神は岳帝[9]に奏聞しました。岳帝は憐れまれ、丹[10]が出来上がるのを待たず、解形[11]証果[12]することを許しました。今遺蛻を墓に合葬し、同穴の意を示そうとしているのです。』。腋の部屋[13]に引いてゆくと、ほんとうに一匹の黒い狐が榻に臥しており、毛の光沢は漆のよう、挙げると軽いこと葉のようで、叩くと金石の音がした。そこでかれが真仙であったことを信じた。葬儀が終わると、また言った。『今は碧霞元君[14]に仕えて女官となり、泰山に行かねばなりませんから、いっしょに行きましょう。』。そのためいっしょにこちらに来、家を借り、土人と雑居しているのです。女狐は人に姿を見させなかったが、その世話ははじめと同じであった。」。後に結局どうなったかは分からなかった。これは前に記した女狐とやや近かった。しかし、かれは為すところがあって為したので、誅を逃れられただけであったが、こちらは為すところがなくて為したので、成道できた。天上に不忠不孝の神仙はいないというが、この言葉は本当である。

　　
　　竹汀はさらに言った。夜に城隍廟の回廊に泊まった者がいたが、殿中から幽鬼の言葉が聞こえた。「令状を奉じて某女を捕らえようとしましたが、某女はその病気の姑に恋々として、死のうとせず、一心に固執し、神(たましい)は家を離れませんので、捕らえられません。どういたしましょう。」。城隍は言った。「愚忠愚孝は、失敗[15]を考慮しないことが多い。命数と争い、いたずらに苦しむ者は、もとより少なくないが、精誠の至りは、鬼神も変えられないので、一二を挽回することは、時々ある。悪鬼が抵抗することと、そのことははるかに異なっており、これは岳帝に申して進退を選んでいただくべきであり、にわかに悪鬼をゆかせてはならぬ。」。そう言うと、静かになった。後に結局捕らえられたかは分からなかった。「人の定めは天の定めに勝る[16]」というが、たしかにこの理があることを知るに足りる。

　　
　　顧郎中徳懋[17]は、世にいう判冥[18]という者であった。かつてある事件で冤罪を雪いだとみずから語り、すこぶる得意になっていた。その姓名を漏らそうとはしなかったが、事件とは以下のようなものであった。嫁を追い出した姑がいたが、それは小姑の讒言によるもので、嫁の罪ではなかったが、姑はせっかちであったので、にわかに挽回する理はないものと思われた。そして、実家の親戚は一人もいなかったので、尼寺で緇衣を着け、姑の気が変わるのを待っていた。かれの夫は憐れみ、しばしば妻に会いにいったが、やはり無情にすることはできなかった。庵の傍らに廃園があり、つねに夜にあばらやに潜むことを約し、みずから塀の隙間を越えてひそかに近づいた。行き来すること一年あまり、嫁の師匠に気づかれた。師匠は厳しく戒律を守っていたので、仏地が汚されたと考え、嫁の夫を責め、来るな、来れば嫁を追いはらうといったので、夫は足跡を絶った。嫁は鬱鬱として死んだ。冥官はすでに空門に入ったのなら、仏法に従うべきだ、淫に耽り、戒めを犯し、僧律[19]に従って断じるべきだと言い、泥犁[20]に付することを議した。顧は反駁した。「尼が淫戒を犯せば、もとより厳罰がございます。当初は帰依することを思い、中途で誓願に反したのであれば、僧律を科しても、百の口があっても文句は言えません。この妻は、罪がないのに別れ、覆水を収めることを願っていたのであり、恩愛が絶えていたのではなく、志操も堅固でした。ただ孤独で寄る辺がなかったため、荒寺に身を託したのです。尼になっていたのは、毀容(おもやつれ)していたと言えるだけで、仏法に従っていたとは言えず、その庵にいたのは、宿を借りていたといえるだけで、安禅[21]していたとは言えません。その蹤跡が定まらないことを根拠に、固執して悪業[22]とすれば、瑶光寺で婿を奪うのには[23]、さらに何の罪を加えましょう。かれがもとの夫を思い、塀を越えて密会したことにいたっては、行跡は『芍薬を贈る[24]』かのようで、事跡は『かの靡蕪を採る[25]』に等しいのですが、もともと衾をともにしていたのですから、理は節を失うことと異なっています。陽律では、未婚でひそかに媾(まぐわ)えば、杖刑になるだけで、納贖[26]も許されています。これ[27]が礼に違っているなら、かれ[28]をみて軽いと思うことでしょう。それにすでに煩悶して命を棄てたのですから、たとい微罪があっても、罪を蔽うに足ります。もとよりその罰を軽くすることを許すべきなので、すぐに転輪[29]に付しました。理に拠り、情を酌み、両つながらに叶っているようです。」。事が上申されると、冥王はその議に従った。この話はまことに荒唐なので、検証することはできなかった。しかしその議論に拠れば、もとより公平な論である。また、顧が臨終の時、みずから言うには、隠し事をたくさん漏らしたので、謫せられて社公[30]となったということであった。ひとまずその言葉を残せば、これも軽々しく温室を談ずる者の箴とするに足りる[31]。

　　
　　庫爾喀喇烏蘇(クルカラウス)（「庫爾喀喇(クルカラ)」とは、「黒」の意味であり、「烏蘇(ウス)」とは、水の意味である。）の台軍李印は、かつて都司[32]劉徳に従って山中にいった。見ると懸崖の老松が一矢に貫かれていたが、そのわけは分からなかった。晩に郵舎[33]に宿ると、印は言った。「昔、この地を通りました時、はるかに一騎が飛ぶように馳せてきました。瑪哈沁(マハチン)[34]かと疑い、深い草に伏して伺っていました。だんだんと近づきますと、物(もののけ)は人のようで人ではなく、馬上に跨っており、馬は野馬でした。怪(あやかし)であると知り、一矢を発して中てますと、嗡然[35]として鐘のような音をたて、黒い煙に化して去り、野馬も驚いて逃れました。今、この矢が樹にございますので、木の妖(あやかし)であることが分かりました。」「さきほど見たとき、なぜ言わなかった。」「射ました時、かれはわたしを見ていませんでした。かれは霊力があり、聞かれますと報復されるかもしれませんでしたので、黙っていたのでございます。」。かれの機敏さは多くはこのようなものであった。ある日、塔爾巴哈台(タルバハタイ)[36]から逋寇[37]満答爾(マンタル)が護送されてきたので、印に命じて護送させた。鉄の手錠を手に嵌め、鉄の鎖で馬の腹から横ざまにその足を縛った。時にすでに病んでおり、奄奄として息するばかりで、食を与えても、あまり呑みこまなかった。馬上ではつねに倒れて落ちそうになっていたが、足を繋がれていたので落ちなかった。死ぬことだけを慮り、逃げることを慮らなかった。戈壁(ゴビ)に到り、二頭の馬を並べていると、また落ちようとする動作をした。印が手を動かしてかれを引くと、にわかに挺然として起ち、手錠で印を撃ち、馬の下に倒れさせ、すぐに馬を返すと馳せて戈壁(ゴビ)に入って去った。戈壁(ゴビ)の東北は科布多(コプト)[38]（北路定辺副将軍に属している。）まで、数百里に渡り、古来人跡がなかったので、追えなかった。はじめてかれの病が偽りであったことを悟った。参将の岳済[39]は、これに坐して重罪を得、印も長枷[40]となった。その後、伊犁でまた満答爾(マンタル)を捕らえた。そもそも額魯特(オロト)[41]の投降してきたものは、褒美がもっとも厚いので、満答爾(マンタル)は餌を貪って出てき、捕らえられたのであった。どうしてふたたび来ようとしたかと尋ねれば、言った。「罪がいたって重いから、きっとおれが来るとは思っていまいと思っていたのだ。おれは人々についてきたので、きっと中におれがいるとは疑っていまいと思っていたのだ。」。かれの計略は本当にそうしたものであり、かれの頭上の矢傷に気づかれることを恐れていなかった。印の機敏も、結局偽りに弄ばれ、満答爾(マンタル)の陰険も、結局詐りに敗れたのであった。日々智恵を闘わせ[42]、本当にその窮まるところを知らない。しかし智に任せればかならずその敵に遇い、千慮の一失がない者はいないということは、真理である。

　　
　　李義山の詩に「むなしく聞く子夜幽鬼の悲歌するを[43]」とあるのは、晋代、幽鬼が子夜[44]を歌った事[45]を用いており、李昌谷[46]の詩に「秋墳鬼唱ふ鮑家の詩[47]」とあるのは、鮑参軍[48]に『蒿里行』[49]があり、そのことを分かりにくくしているだけである。しかし、世にはもとより往々にしてこうしたことがある。田香沁[50]は言った。「かつて別荘で読書していた時のこと、ある晩、風は静かで月は明るかったが、聞けば崑曲を奏でる者がいたが、澄んで清らかで、心を悲しませ、魄(たましい)を動かした。じっくり聴くと、『牡丹亭』『叫画』[51]の一齣であった。事情を忘れ[52]、静かに最後まで聴いた。塀の外はすべて断港[53]荒陂[54]で、人跡が到ることは稀であったので、この曲はどこから来たのかとふと思い、戸を開いて見たが、蘆荻が瑟瑟[55]としているばかりであった。」。

　　
　　香畹はさらに言った。老儒が野の寺で生徒を教えていたが、寺の外には荒れた墓が多く、暮夜に幽鬼の姿が見えたり、幽鬼の言葉が聞こえたりしていた。老儒は胆力があったのでさして恐れず、その童僕も慣れていたので、恐れなかった。ある晩、塀を隔てて語った。「あなたの隣にいることすでに久しく、先生が訝らないことを知りました。かつて吟詠なさっているのをお聞きしましたが、案頭に温庭筠[56]の詩をお持ちでしょうから、その『達摩支曲』[57]一首を録して焚いてくださいますようにお願いします。」。さらに小声で言った。「末句の『鄴城風雨連天の草』は、どうか「連」を「黏」にお書きください。そうすれば、たいへん感謝いたします。さきほどこの一字について争い、人とささやかな酒食を賭けたのでございます。」。老儒はたまたま温の集を持っていたので、手に取って塀の外に投げた。一食頃ほどすると、たちまち木の葉が乱れ飛び、旋風が怒り巻き、泥と沙が窓や戸に注いで驟雨のようであった。老儒は笑ったり叱ったりした。「おまえたちは乱暴するな。わたしはすでにじっくり考えたのだ。おたがいに勝負を競えば、かならず一敗があり、負けたものがかならず怨むのは、理の常だ。字を改めることによって怨みを招くのは、わたしの言葉が曲であったということであり、書に基づくことによって怨みを招くのは、わたしの言葉が直であったということである。おまえたちが子供騙ししようと、わたしは恥じぬぞ[58]。」。そう言うと風は止んだ。褚鶴汀[59]は言った。「しょせん読書する幽鬼なので、向こう気を起こして勝ちを求めていても、理によって屈服させられる。しかし、老儒がこの集を出さなければ、さらに両全だったではないか。」。王穀原[60]は言った。「君は世法[61]を論じている。老儒が世法を解していれば、老儒ではなくなってしまう[62]。」。

　　
　　飯炊きの王媼が言った（酔鍾馗を見た者である[63]。）。樵がおり、小山で木を伐っていた。疲れたので、小憩していると、はるかに一人の男が数襲(かさね)の衣を持ち、路に沿って棄てているのが見えた。どうしてなのかは分からなかった。じっくり見ると、険阻を踏むこと坦途のごとく、進むのはたいへん速く、追いつける人はなく、貌も暗澹[64]として人らしくなかったので、妖魅かと疑った。高い樹に登ってみると、人はすでに見えなくなっていた。衣を棄てた路に沿い、宛転として山の窪地にゆけば、一頭の虎が伏していた。人は倀鬼であり、衣は食らわれた者の遺したものであることを知った。いそいで柴を棄て、岡の裏手から逃れた。翌日、某村の某甲が、この地で虎に殺されたことを聞いた。路は人がかならず通るところではなかったので、その衣を餌にし、導いてそこにゆかせようとしていたことを知った。人よりすぐれた動物はなく、人はつねに餌で動物を捕らえるが、これは動物が餌で人を捕らえたもので、人はなんとすぐれていないものであろうか。利がその霊妙さを埋没させるので、智が動物の下に出るのである。しかしこのことが一たび伝わると、猟師は衣のあるところを辿って虎穴を探しあて、銃を合わせて大勢で撃ち、三頭を倒した。これは虎が智で敗れたものである。輾転として因果はめぐり[65]、謀略もまた極まることがないのである。ある人はさらに言った。「虎はいたって凶暴だがいたって愚鈍で、心計は絶対ここまで到らない。聞けば倀鬼は虎に使われ、代わりを得て転生しようとしているそうだが、倀鬼が人を誘ってみずから代わり、それによって人を招いて虎を捕らえさせ、怨みに報いようとしているのだろう。」。倀鬼は人が化したものだが、人事を考えれば、もとよりこうしたこともある。また虎が倀鬼の自分を助けることを知り、倀鬼の自分を害することを知らなかったのは憐れなことである。

　　
　　梁豁堂[66]が言った。粤東の大商人が仙術を学ぶことを好み、方士数十人を招いたところ、おたがいを神であるとし[67]、みな沖挙[68]は坐して致せると言っていた。費用は数えきれなかったが、やはりしばしば小さな験があった。そのため信じることはますます篤かった。ある日、道士が訪ねてきた。敝衣破笠だが、風采は落落[69]として、独鶴[70]孤松[71]のようであった。ともに語れば、微妙元遠で[72]、多くは意表に出ていた。その法術を試みれば、鬼神を駆り、風雨を呼び、券を持っているかのよう[73]、松鱸[74]、台菌[75]、呉橙[76]、閩荔[77]は、持っているものを取っているかのよう、星娥[78]は琴や竽を奏で、玉女[79]は歌い舞い、しもべのようであった。その符籙を握れば、十洲三島[80]に、夢遊できた。黍顆の丹を出し[81]、瓦石を点じて黄金にし、百錬しても尽きなかった[82]。粤商はたいへん驚いて敬服した。方士たちはみずからを顧みて及ばないと思い、やはり稽首して聖師と称し、みな弟子になることを願い、道術を伝えることを求めた。道士は言った。「それなら、日を択んで祭壇を設ければ、すべてお授けしよう。」。期日になり、道士が座に登ると、人々は拝礼した。道士は尋ねた。「あなたたちは何を求める。」「仙術を求めます。」「仙術を求めるのにどうしてわたしに求める。」「かように霊異がおありですから、真仙でなくて何でございましょう。」。道士はしばらく笑うと、言った。「この術は、道ではない。そもそも道は沖漠[83]自然で、元気と一つとなっているのだから、どうしてこのように種々のものがあろうか。そもそも三教は放逸となって久しい。儒の本旨は、明体達用[84]だけで、文章記誦は非であり、天を談じ、性を語る[85]のも非であり、仏の本旨は、不生不滅にすぎず、布施供養も非であり、機鋒[86]語録も非であり、道の本旨は、清浄沖虚のみで、章呪[87]符籙は非であり、炉火[88]服餌[89]も非である。あなたが見たさまざまなことは、すべて章呪符籙のことで、炉火服餌とは、なお幾塵[90]かを隔てている。まして長生はなおさらだ。しかし徴験がなく、すぐにその非を責めれば、あなたはかならずそのできることを誉め、そのできないことを謗り、いたずらに大言しているだけだと思うだろう。今、種種のなせることを示し、種種のなせないことを告げれば、あなたは改心することを知るだろう。儒家、釈家は、弊害が日々増しているが、方法はそれぞれ異なっているから、ともに弁じなくてよい。わたしは道家が偽りを増すことを憎んでいるので、あなたが道を好んでいることにちなんで、ひとまず正すことにしたのだ。」。そして方士たちを指して言った。「あなたの不食[91]とは、辟穀丸[92]だ。あなたの予知とは、桃偶人だ[93]。あなたの焼丹[94]とは、房中薬だ。あなたの点金[95]とは、縮銀法[96]だ。あなたの入冥[97]とは、茉莉根[98]だ。あなたの召仙[99]とは、霊魂を摂ることだ。あなたの返魂[100]とは、狐魅[101]を使役することだ。あなたの搬運[102]とは、五鬼術[103]だ。あなたの辟兵[104]とは、鉄布衫[105]だ。あなたの飛躍[106]とは、鹿盧蹻[107]だ。『道流[108]』というが、すべて妖人にすぎない。はやく解散しなければ、雷部[109]が来ようぞ。」。衣を揮って立とうとした。人々は衣を牽いて叩頭して言った。「下士(わたくしども)[110]は迷って[111]おりましたが、すでにその罪を悟りました。さいわい仙駕[112]にお会いしましたが、これも前縁でございますから、度脱していただけませんでしょうか。」。道士は坐を離れ、粤商を顧みて言った。「あなたは笙歌[113]錦繍[114]の中に、手を揮って跳び上がるものがいるのを聞いたことがあるか。」。方士たちを顧みて言った。「あなたがたは術をひけらかして金を稼ぐ輩で、一人でも脱屣[115]羽化したものがいるのを聞いたことがあるか。そもそも修道する者は万縁を謝絶するべきだ。一念を堅持し、この心を寂寂として死んでいるかのようにすれば、後に死なないことができ、この気が綿綿として停まらないようにすれば、後に長く停まれる。しかし、それは枯坐[116]することでもない。仙人には仙骨があり、仙縁もある。骨は薬物で換えられるものではなく、縁も情誼で結べるものではない。かならず功を積み、徳を重ねて、後に名を仙籍に連ねねばならない。仙骨を生じ、仙骨はすでに成り、真霊[117]はおのずと感応し、仙縁は叶う。これはあなたたちの自度[118]にかかっており、仙家にどうして人を救う方法があろう。」。そして紙を求め、十六字を大書した。「内は世縁を絶ち、外は陰騭[119]を積まば、怪なく奇なく、これ真に秘密なり。」。案(つくえ)に筆を投げ、霹靂のような音をたてると、すでに所在を失っていた。

　　
　　表伯[120]王洪生の家では、狐が倉の中にいたが、さほど祟らなかった。しかし子供が倉に近づいて遊んだりすると、かならず瓦に撃たれるのであった。ある日、厨房で一匹の小狐を捕らえた、人々は打ち殺して憤りを晴らそうとした、洪生は言った。「それは争いを引き起こす。人が妖(あやかし)と戦って、どうして勝つことがあろうか。」。榻の上に引いてゆき、果餌を食べさせ、みずから倉の外に送っていった。それからは子供たちがその地に往来しても、撃たれなかった。これは戦わずして人を屈服させるということである。

　　
　　また、舅氏の安公五占[121]は、県の東の留福荘[122]にいた。その隣家には二匹の犬がいた。ある晩、たいへんはげしく吠えたので、隣家の妻が出てみたが一人もいず、屋上で語るのが聞こえるばかりであった。「あなたの家の犬はとても凶暴なので、わたしは降りようとしない。逃げた下女があなたの家の竈の中に隠れているから、煙で燻してくれれば、自分から出てくるだろう。」。妻がたいへん驚き、入って竈の中を見ると、ほんとうに嚶嚶[123]と泣き声がしていた。そこで尋ねた。「何物だえ。どうしてこちらに来たのだえ。」。竈の中で小声で言った。「わたしは名を緑雲といい、狐の家の下女でございます。鞭うちに耐えられず、こちらに逃げかくれ、少しでも寿命を延ばすことを願っているのでございます。どうか奥さまには哀れんでくださいますよう。」。妻はもともと長斎[124]礼仏[125]していたので、すこぶる憐れみ、屋根に向かって仰いで語った。「かれは恐れて出ず、わたしも本当に火攻めするに忍びない。大罪がないなら、仙家が許すことを乞いましょう。」。（里俗では狐を仙家と呼んでいる。）屋上で答えた。「二千銭で買ったばかりだから、すぐに手放せない。」。婦は言った。「二千銭で贖うことは、できますか。」。しばらくすると、答えた。「それはよいかもしれない。」。婦は銭を屋上に擲ったが、音は聞こえなかった。妻は竈を叩いて叫んだ。「緑雲、出ておいで。すでにおまえを贖え、おまえの主人はいなくなったよ。」。竈の中で答えた。「命を助けてくださったご恩に感謝いたします。今すぐ奥さまのお指図に従いましょう。」。婦は言った。「人がどうして狐の下女を養えよう。ひとまずおゆき。子供たちを驚かすから、けっして姿を現さないようにおし。」。はたして黒い物が瞥然として去っていったかのようであった。後に元旦になるたび、かならず窓の外で叫ぶのが聞こえた。「緑雲が叩頭いたします。」。

　　
　　蒙古では羊の骨で占いし、焼いてその坼兆[126]を見るが、蛮峒[127]の鶏卜[128]のようである。霍丈易書[129]が葵蘇図[130]軍台[131]にいた時、老婆がこの術を解していた。帰りの期日を占わせた。女はしばらく横目で見て言った。「馬に鞍がなく、人に冠がなければ、ゆきませぬが、鞍と冠がみなすでに揃っていれば、ゆく兆しがございましょう。」。数か月後、また占わせた。女は一見するとすぐに拝礼し、言った。「馬はすでに鞍をおき、人はすでに冠をつけていますから、公はまもなく帰られましょう。」。その後、ほんとうに環を賜った[132]。さらに大学士温公が言った。以前、烏什を征したとき、回部[133]十余人を虜にし、土牢に拘禁した。ある日、口を指して飢えを訴えた。杏を投げると、大勢で分けて食らったが、一人の年老いた者がその核(さね)を握り、喃喃とひそかに祈り、地上に擲ち、その縦横奇偶[134]を見、たちまち大声で哭いた。その仲間が環視すると、やはりみな哭いた。その後、全員誅するとの令状が来た。疑うらくは、その術は、火珠林[135]の銭卜[136]のようなものであろう。これは蓍亀[137]と異なるが、骨で象(しょう)を取る[138]のは、亀の変化したもので、物で数を取るのは[139]、蓍の変化したものである。その人の精気を借りて霊験があるところは、理が同じである[140]。

　　
　　康熙癸巳[141]の秋、宋村廠[142]の佃戸周甲は、かれの妻の鞭うちに耐えられず、夜、妻が寝たのを伺い、破廟に逃げ隠れた。暁を待ち、隣人を介して憐れみを乞おうとした。妻は気づき、追跡して廟にゆき、神像に向かってかれの罪を数えあげ、叱りつけ、伏して鞭を受けさせた。廟にはもともと狐がいた。鞭うつことわずか十余たびで、哀しみ叫んでいると、狐たちがいっしょに騒いで出てきて言った。「世のなかにかくも不正な事があるとは。」。ともに甲を奪い、塀の隅に置き、その妻を捕らえ、剥いで寸縷もなくし、すぐにその鞭で打ち、血が流れても許さなかった。するとにわかに狐の妻たちもいっしょに騒いで出てき、言った。「男は男を庇うことを理解しているだけだ。かれは妻に背き、ひそかに某家の娘を隠していたのだから、死ぬべきでないか。」。やはりその妻を奪い、塀の隅に置き、連れ立って甲を捕らえた。狐たちは格闘して争って救い、しばらく騒いだ。田を番していたものが強盗かと疑い、大声で叫び、銃を鳴らして威嚇すると、狐はそれぞれ散じた。妻はすでに困憊していたので、甲はあたふたと負って帰った。王徳庵[143]先生は時にそこで生徒を教えていたので、妻が途中でなお喃喃と罵っているのを見た。先生はかつて言った。「狐たちは痛快だ。『礼失はれて野に求む[144]』だと言える。狐の妻たちはかれらの仲間が傷つけられることを憎み、また別に一理を持し、同室に戈を操(と)ったのだ[145]。そもそも門戸が分かれて朋党が起こり、朋党が盛んになって公論は乱れ、轇轕[146]紛紜[147]として、諍いが群がり起こり、その競り合いは久しいのだ。」。

　　
　　張鉉耳先生[148]の家で、ある晩、一人の下女を捜したが、見えなかったので、逃げたと思った。翌日、酔って家の裏の薪の山に臥していた。空き部屋は閉ざされており、かれがどこから入ったかは分からなかった。髪を濯ぎ、顔を洗い[149]、昼になると蘇った。語るには、昨晩、裏庭で笑う声が聞こえましたので、狐魅だと悟りましたが、慣れていましたので恐れず、ひそかに門の隙間から窺っておりました。見ますと酒と炙(あぶりにく)が並び、数人の少年が集まって飲んでいました。かれらはすぐに気づきますと、躍り上がり、わたしを擁して塀を越えて入りました。ぼんやりとして眠っているかのよう、夢みているかのようになり、黙って語れず、逼られて座に入りました。古酒は濃厚で、酷い罰[150]を加えられ、泥酔するに至りましたが、いつ眠ったか記憶しておらず、かれらがいつ去ったかも分かりませんでした、ということであった。鉉耳先生はもともと剛直であったので、みずから行って責めて言った。「長年おり、毎日柴を取るほかは、双方が犯しあうことがなかった。どうしてにわかに礼を越え、良家の下女を、娼婦にしてお酌させた。子弟が勝手なことをしたとき、父兄はどこにいたのだ。家長たる者は、おおいに恥とすべきであろう。」。夜半になると窓の外で語った。「倅どもが勝手なことをいたしましたので、すでに笞うちました。しかし一つお許しを乞うことがございます。あの下女は先に手を伸ばして中に入り、冗談を言って肉を乞いましたので、むりに引きいれたのではございません。それにかれは月の下、花の前で、蘭を採り、芍を贈り[151]、男を経験すること一人ではなく、璧を砕く[152]こと長年でしたので、倅どもは心を通じようとしたのでございます。そうでなくても、某下女某下女は、容色がたいへん優れているのですから、きっと犯そうとせぬはずはなかったでしょう。防備が疎かだったのでございますから、わたくしと先生で過ちを二分するべきでございましょう。どうかお察しくださいまし。」。先生は言った。「お子さんを笞うたれたのでしたら、わたしもあの下女を笞で痛打するべきですな。」。狐は笑った。「摽梅[153]の年を過ぎましたのに、かれのためにつれあいを択ばれなかったため、鬱積し、溢れ出たのでございます。罪はどうしてこの下女だけにございましょうか。」。先生は黙然としていた。翌日、媒婆を呼びよせ、およそ年長の数人の下女たちはすべて嫁がせた。

　　
　　邱県の丞天錦[154]が言った。西商[155]の杜奎という者がおり、その本籍は分からなかったが、その言葉は沢[156]、潞[157]の人のようであった。剛勁[158]で胆力があり、鬼神を恐れなかった。空家や荒祠、ゆくところつねに寝具を携行してひとりで宿ったが、見えるもの聞こえるものはなかった。たまたま六盤山[159]の麓を通ったところ、日はすでに暗かったので、荒れた堡のあばらやに泊まった。荒煙と蔓草で、四方に人跡はなく、絶対に盗賊はいないと思った。旅装を解いて馬を繋ぎ、枯枝を拾い、火を焚いて寒さを防ぎ、衾を敷いて安臥した。眠ろうとしていると、哭き声が聞こえた。じっくり聴くと、建物の後ろにいるかのよう、地下から出ているかのようであった。時に木の根がようやく燃え、部屋は昼のように明るくなったので、横になって眠り、刀を握って待っていた。するとにわかに声がだんだん近くなり、窓の外の暗い処で嗚嗚(ウウウウ)といって止まなかったが、結局、姿を現さなかった。杜は怒鳴って尋ねた。「ふだんおまえたちを見たことがない。どんな鬼物だ。出てきて直接話せ。」。闇の中で答えた。「わたしは娘でございますが、裸で寸縷もございませんので、恥ずかしくてお会いするのは難しゅうございます。お見捨てにならず、布団の中に入ることを許してくだされば、体を蔽う物がございますので、答えられましょう。」。杜はかれが惑わそうとしていることを悟ったが、やはり恐れず、かすかに笑った。「入りたいならすぐ入れ。」。すると陰風が颯然として、すでに一人の美女とともに枕していた。恥ずかしげな顔でもじもじし、顔を掩って泣いて言った。「一言を通じただけで、すぐに近づきました。淫蕩な人間も、どうしてここまでいたしましょう。苦しい事情があり、訴えることを急いでおりますので、出し抜けの嫌いがございますが、淫奔であると訝らないでくださいまし。この堡はもともと群盗がいたところでございまずが、たまたまひとりで歩いておりましたところ、かれらに追いはぎされ、衣裳と簪珥をすべて剥がれ、縛られて澗(たにがわ)に棄てられたのでございます。夏は寒泉に浸り、冬は積雪に埋もれ、地下に凍え、さまざまな苦しみは名状しがいものでございます。後に悪党は誅に服しましたので、うちすてられて荒野となりました。告げられる人がおらず、悲しみを忍んで今になりましたのでございます。さいわい空谷の足音[160]で、あなたにお会いできました。機縁はふたたび訪れ難く、千載の一遇でございます。そのため、恥を忍んで身を寄せ、身を捧げることを辞することなく、一夜の愛をお求めしたのでございます。なにとぞ薄い棺を買い、骨を平原にお移しください。地気がやや温うございますので、営魄[161]を安らかにすることができましょう。さらに仏事を行い、転輪から解脱させてくださいますなら、それは再生の恩であり、代々長く巾櫛を執ることをお誓いしましょう。」。そう言うと、涙を拭き、身を躍らして懐に入った。杜は慨然として言った。「おまえを妖(あやかし)と思っていたが、このような怨みに沈んでいたのだな。わたしは花柳(あそびめ)に耽ることはあるが、人が追い詰められているのに乗じ、弱味に付けこみ、歓楽を求めることは、落落たる丈夫だから、義としてこのようなことはしない。冷たいのを恐れているなら、わたしに近づいて暖をとるのは構わない。密会すると言うならば、すぐに去るほうがよい。」。女は枕に伏して叩頭し、ふたたび語らなかった。杜が擁して熟睡すると、帖然と懐に近づいた。夜が明けると、すでに所在を失っていた。そこで、数日留まり、葬儀と法事を営んでやった。数年後、故郷に帰ると、隣家の幼い娘がおり、杜を見るとかならず恋恋として従っていた。後に老いて子がなかったので、側室になることを願った。父母は承知しなかったが、娘はみずから従うことを願い、一男を得た。そのことを知ったものは、みな例の幽鬼の後身かと疑った。

　　
　　『宋書・符瑞志』に「珊瑚鉤[162]は、王者恭信則ち見る」というが、その形状を語っていない。そもそも自然の宝である。杜工部の詩[163]にいう「飄飄たり青瑣[164]郎、文采あり珊瑚鉤」とは、これを指しているようである。蕭銓[165]の詩にいう「珠簾半ば上る珊瑚の鉤」とは、珊瑚を鉤にしただけである。わたしは故大学士楊公[166]の一本の帯鉤[167]を見たが、長さは約四寸あまり、周囲は約一寸六七分であった。その鉤は逆さに垂れて[168]枝分かれしており[169]、附いている枝[170]を切り去り、一つの螭頭[171]としていた。その縧(おび)を繋ぐ繯柱[172]は、やはり一本の横に出た癭瘤(こぶ)[173]で、一本の芝草[174]としていた。その幹は天然に彎曲し、筋目ははっきりし、すこしも斧鑿の跡がなかった。色はすべて桜桃紅[175]となっており、ほとんど絶奇[176]であった。その鉤を掛ける環は[177]、交柯[178]連理の枝の、外の枝を除いて、その丸く繋がったものを残していた。やはり天然のもののようであった。しかし珊瑚には連理のものが多く、佩環[179]にこのようなものも多く、珍しいものではなかった。千四百両で洋船から買ったといった。これは壬午、癸未[180]の間のことで、その時、珊瑚は手に入れ易く、値はまだ高くなかった。

　　
　　またわたしは烏魯木斉(ウルムチ)にいた時、故大学士温公[181]が玉一片を持っているのを見たが、掌ほどの大きさで、臂閣[182]にしており、素地[183]は瑩白[184]であった。表面には紅斑四点があり、いずれも大きさは指先ほど、生き生きとして花片のよう、血浸[185]でもなく、油煉[186]でもなく、琥珀燙[187]でもなく、深く腠理[188]に入って、暈脚[189]は四散し、だんだん遠く、だんだん淡く、無にいたるのだが、そもそも天然のものであった。公はつねにそれを携行していた。木果木の戦いで[190]、公は輪を埋め[191]、馬を繋ぎ[192]、いさぎよく身を捨てた。この物は蛮煙瘴雨の間に流落していよう。

　　
　　またかつて商人が一本の玉簪を持っているのを見たが、長さは五寸あまり、円くて絵筆の管のよう、上半分は純白、下半分は透明で琥珀のようであり、見たことがないものであった。九百両を払おうとするものがいたが、かたく売ろうとしなかった。わたしはずっと薬で焼いたかと疑っている。

　　
　　五十年前、董文恪公[193]の玉蟹を見たが、形はあまり大きくなく、純白で一点の瑕もなかった。それだけを見ると普通の玉であったが、他の白玉を比べると、隠青でなければ隠黄隠赭で[194]、一つも純白のものがなかったので、それが貴ぶべきものであることが分かった。最近柘林[195]司農[196]にそのことを言及すると、司農は言った。「公が存命の時、たまたま金欠となり、六百両で転売しました。」。

　　
　　益都[197]に書生がおり、才気煥発で、すこぶる上長を凌いでいた[198]。ある日、晩涼のなかを散歩していたところ、村娘と目成した。ひそかに下女を遣わして話を通じ、とある晩に裏門に鍵を掛けずに待つことを約した。生は抜き足して姿を隠し、闇の中で壁を摩り、ひそかに歩いていたところ、にわかに炎が延び、月のように明るくなった。見ると一人の悪鬼が戸の前に立っていた。狼狽して駆けもどり、魂魄を失いそうになった。翌日、塾にゆくと、塾師はたちまち端坐して大声で言った。「わたしは辛苦してささやかな陰徳を積んだから、一人の孫が及第するはずだったのに、どうして塀を越え、穴を穿ち[199]、みずから成功を台無しにしようとした。さいわいわたしが姿を変えて阻んだので、簿籍から削られる[200]には到らなかったが、それでも二度の試験に合格しないだろう。おまえは人から束修を受け、人の子弟を教えていながら、どうしてここまでだらしないのだ。」。みずからその頬を打つこと十余たび、昏然として地に倒れた。薬を飲ましていると、邸内の下女もみずからその頬を打って言った。「おまえはわたしの家の三世のしもべだから、『朝には秦、暮には楚[201]』の者ではあるまい。幼主の乱行は、戒めるべきだ、従わないならば、主人に告げるべきだ。それなのに媚を売り、賞を望み、かれの一生を誤りそうにさせるとは、どうして裏切りでなかろうか。後になっても改めなければ、おまえの魄(たましい)を奪うぞ。」。そう言うと、また昏倒した。ともにしばらくすると蘇った。門人李南澗[202]はかつてみずからそれを見た。そもそも祖父が蓄積することはこのように困難で、子孫が堕落することはこのように容易なのであった。祖父が子孫に対してこのようにし、死んでもなお忘れないのだから、人は深く考えないことができようか。しかし南澗は言った。この生は一生落第し、窮乏して終わった。放蕩して回心せず、その祖父もどうしようもなかったのだろうか。それともあるいは塾師にのりうつり、下女にのりうつって、その孫にのりうつらず、その子にものりうつらなかったのは、なお溺愛が残っていたので、結局懲りることを知らなかったのか。

　　
　　狐魅は、人が恐れるものである。郷里に羅生という者がおり、小説雑記を読み、よく女狐の美しいことを聞き、一度も遇ったことがないのを残念に思っていた。近郊に古い塚があったが、人々は狐がいると言っており、さらに、時々親しむことがあると言っていた。そこでかれらの巣窟にゆき、贄幣[203]牲醴[204]を調え、手紙を投じて婚姻を求めた。そして言った。「香閨[205]の姣女[206]なら、すでに龍に乗ってらっしゃいましょうし[207]、樗材[208]をお厭いになり[209]、倚玉[210]に堪えないようでしたら、艶やかな下女を賜い、貴媵[211]にあてることを乞います。感激[212]はやはり均しうございます。」。再拝してそれを置いて帰った。数日は寂然としていた。ある晩、ひとり坐してじっと考えていると、たちまち美女が燈下に現れ、嫣然として笑った。「主人はご厚意に感じ、占いましたところ、今が吉日でございました。うちの下女三秀を来させて側室に充てますので、どうかお収めになりますように。」。そして礼法に従って拝礼し、眸を凝らして側に立てば、妖媚[213]はさかんに生じた。生はたいへん慰められ、すぐにその夜に結婚し、みずから彩鸞[214]の甲帳[215]も、これに勝らないと思った。下女はよく姿を隠し、人には見られず、遠くゆき別に宿っても、やはりついてくるのであった。ますます生の願いを満たしたが、性質は饕餮(くいしんぼう)[216]で、家中の食物の多くはひそかに食らわれ、物が足りなければ衣裳器具を盗み、換金して買ったが、誰が世話してやっているのかわからなかった。仲間がいっしょに来ているのかと思った。そのためすこし責めたが、媚態柔情は、魂を揺らし、魄を動かし、謙り、顧みられれば、やはり怒りは収まるのであった。さらに淫蕩さは尋常でなく、蠱惑はさまざまで、ひねもすよすがら、やむ時はなかったが、なお嗛嗛[217]として満足しなかった。そのため家は没落し、体もぼろぼろになった。しばらくして奔命に疲れると、しばしば怨み罵り、だんだん諍いの端緒[218]を開き、仇隙となり、仲間を招き、祟りはさかんに起こり、日々の暮らしができなくなった。正一真人[219]を招いて祓わせると、下女は姿を現して抗弁した。「初めは求められましたので、もとより私奔と異なっており、その後は主命を奉っていましたので、不正な交わりではございません。手札はすべて残っており、ゆえなく惑わしていたのではございません。窃盗淫佚にいたりましては、狐の本性であり、昔からこのようで、あのかたがどうして知らないことがございましょう。色に耽り、人を捨て、狐を求めましたのに、狐を人の理で責めるのは、まちがっているのではございませんか。人の理で論じましても、声色の楽しみを図りますならば、畜養の費用を惜しむことはできません。妾にしましたのなら、主人に養っていただくべきで、いただくものが足りなければ、すぐに取ることがあるのは免れません。家庭の内に、このような者は多く、他人から盗むのと比べれば、結局違いがございます[220]。そもそも閨房の睦みあいには、ないことはございません。聖人は礼を作りましたが、やはり期限を立てられず、帝王は律を定めましたが、科条[221]を設けられませんでした。正妻にあっても常情であり[222]、姫侍[223]にあってはその本分でございます。録して罪と見なされては、心中甘んじないものがございます。」。真人は言った。「徒党を集めてほしいままに騒がしたのは、どういうわけか。」「娘を人に嫁がせるのは、物をもらうこと[224]を意図しているのでございます。願いが満たされず、仲間を集めて騒ぐものは、都合どれほどか分かりません。人がかれらに罪を科することは聞きませんのに、狐を罰するのでしょうか。」。真人は俯いてしばらく考え、羅生を顧みると笑って言った。「おんみはいわゆる『仁を求めて仁を得[225]』たものでございますから、これ以上何を怨まれます。老いぼれは耄碌しておりますので、鬼神を駆って、よそさまの男女の事に関われませぬ。」。後に羅生は家が一貧洗うがごとくなり、癆咳で死んだ。

　　
　　従姪の秀山が言った。しもべの呉士俊はかつて人と闘い、勝たず、怒って自尽しようとした。村外れに人気のないところを捜そうとし、柵を出ると、すぐに二人の幽鬼が迎えた。一人の幽鬼は井戸に身投げするのが良いと言い、一人の幽鬼は自縊はもっと良いと言い、左右で牽き、ゆくところを知らなかった。するとにわかに旧知の丁文奎という者が北から来、拳を揮い、二人の幽鬼を撃ち、逃れ去らせて、士俊をみずから送りかえした。士俊は惘惘[226]として夢から醒めたかのようになり、自尽する心はにわかに収まった。文奎も先に縊れて死んだ者であり、そもそも二人はともに叔父の栗甫公の家で働き、文奎が歿した後、かれの母が病に罹って困臥していたが、士俊は銭五百を援助したことがあったので、報いたのであった。これはわたしの家の近年のことであり、『新斉諧』が記す、鍼工[227]が幽鬼に遇ったこと[228]といささか似ており、ほんとうにあったことである。そして文奎が身代わりを求めるために来、恩に報いて去ったのは、もっとも薄俗[229]を励ますに足りる。

　　
　　周景垣先輩[230]は言った。豪族の眷属がおり、船を連ねて赴任し、晩に大江の中に泊まっていた。するとにわかに一隻の大艦が来てともに泊まったが、門燈[231]と檣幟[232]は、やはり官船のものであった。日が没しようとする時、船室の二十余人は、刃を露わにして跳びこんで来、婦女をすべて追いたて、船室の外に出した。盛装した娘が窓ごしに、一人の若い娘を指して言った。「そのものです。」。群盗はすぐに曳いて去った。一人の盗賊は大声で叫んだ。「わたしはおまえの家の某下女の父だ。おまえの娘はひどくわたしの娘を虐げ、鞭打ちしたり、火責めしたりし、人の道から外れていたが、さいわい逃げ出してわたしに遇った。おまえは追って捕らえようとしたが見つからなかった。怨み骨髄に徹したので、今、復讐しにきたのだ。」。そう言うと、帆を揚げ、流れに従って去り、まもなく影を消した。捜索捕縛しようとしたが行方は知れず、女はその結末が知れなかった。しかし情状は想像できる。そもそも貧しくて娘を売るに至れば、どうしてほかにできることがあろう。かれが盗賊になれようとは心配しないものである、下女が虐待を受ければ、どうして報いられよう。その父が盗賊になれようとは心配しないものである。これが「蜂蠆毒あり[233]」ということか。さらに李受公[234]が言った。下女を使って残忍な者が、たまたま小さな過ちで空き部屋に閉じこめたところ、飢え凍えて死んでしまった。しかし傷痕はなく、その父は訴えたが正義を得られず、かえって笞を受けた。怨み憤って許さず、夜、垣を越えて入り、その母娘もろとも手ずから斬った。長年捜査が行われたが、結局網を逃れた。これは盗人にならなくても報いられたものである。さらに言うには、京師の某家で火事があり、夫婦子女がすべて焼け死んだが、これも下女たちの怨恨の起こしたことであった。事には明らかな証拠がなかったので、追求しようがなかった。これはかならずしも父がいなくても、やはりみずから報いられたものである。わたしには親戚がおり、婢(はしため)８妾を鞭うち、笑うこと児戲のようで、時折死ぬ者がいた。ある晩、車輪のような黒い気が、簷から下に落ち、旋転して風のよう、啾啾然として音をたて、まっすぐ奥の間に入って隠れた。翌日、疽が項に発して栗の実のようになり、だんだん周囲が潰瘍となり、首は断ちきったかのようになった。これは人が報いられないので、幽鬼が報いたものであった。人がその子を愛すること、誰が自身に勝ろうか。強い者が、怨みを含み、悲しみを忍び、鬱結して晴れないものが、一たび決潰して溢れ流れるのは、必至の情勢である。弱い者が、不当に虐待に遭い、黄泉で恨みを抱き、哀しんで三霊[235]を感じさせれば、どうして神罰がないことがあろう。人禍がなければ、かならず天刑[236]があるのも、もとより理の自然である。

　　
　　世間では古玉はすべて昆吾刀[237]で刻むというが、すべてがそうではない。魏の文帝の『典論』[238]は、すでにこの世に昆吾刀があることを信じていないから[239]、漢の時にはすでにこの器はなかったのである。李義山の詩に「玉は胡沙を集めて割(さ)く[240]」とあるから、唐の時すでに沙で磨いていたのである。今、琢玉の巧みなのは、痕都斯坦(ヒンドゥスタン)を第一とするが、その地は仏経にいう「印度」であり、『漢書』の「身毒」である。この技に優れた者は、言い伝えでは漢武の時の玉工の末裔らしく、そのため、彫るものには、中国の花草がかなりあり、西域にあるものではない、これは、旧い譜(てほん)に沿っているのである。さらに言うには、ほかに奇薬があって玉を軟らかくできるので、細密さは毫芒[241]に入り、曲折も思いのままであるということである。わたしはかつて見たが、瑪少宰[242]興阿[243]が、西域から梅花一本を買ってきたが、虯幹[244]夭矯[245]とし、ほとんど瓶に挿せ[246]、開けば上が蓋、下が底で一つの盒子となっており[247]、細い枝や弁も、すべて中空であった。またかつて一つの鉢[248]を見たが、内外二重で、回せるのだが出せず、間の隙間は、わずかに一本の髪ほどであり、揺らしても音がしなかった。刀が入る道理は断じてなく、刀が屈曲三折し、鉢の底まで達する道理も断じてなかった。これは貼りあわせて跡をなくす薬もあるのか、軟らかくできるだけでないのかと疑った。これは前代[249]に、たまたま一見したのだが、鬼工[250]だと思った。今は納められる貢物に、域内のようなものがあり、やはり普通に見られる。

　　
　　福建の人に娘がいたが、嫁がずに亡くなった。葬って一年あまりして、親戚が別の県でかれを見た。はじめは貌が似ているのかと疑ったが、声と姿がここまで似ている者はいなかったので、不意をつき、後ろからかれの幼名を呼んでみたところ、女はたちまち振り返ったので、間違いないことを悟った。幽鬼かとも疑われたので、帰ってその父母に告げた。塚を発いて調べて見ると、はたして空の棺であった。ともにいって追跡したところ[251]。初めは知らないふりをしていた。父母はかれの胸の脇の痣のことを挙げ、隣家の婦人を呼んでひそかに見させたところ、罪をすべて認めた[252]。その夫を捜すと、すでに逃れていた。そもそも福建の茉莉花の根は、酒で磨った汁にして飲むと、一寸ならば一日屍厥[253]することができ、六寸まで服しても蘇ることができ、七寸に至ると本当に死ぬのであった。女はすでに婿がいたが、ひそかに隣家の倅と親しんでいた。そのためこの根を磨っていつわって死なせ、かれが葬るのを待って墓を発き、ともに逃げたのであった。婿の家はお上に訴え、隣家の倅を捕らえたところ、自供は娘と同じであった。時に呉林塘[254]は閩県で役人をしており、みずからこの事件を調べ、棺を開いて屍を見た法律を引こうとしたが、人は実際は死んでおらず、事は財物目当てと異なっていたし、薬で子女を迷わした判例を引こうとすれば、女はもともと共謀していたので、事は掠売[255]と異なっていた。適用できる条文はなかったので、姦拐[256]の本律によって裁いた。人情は計り知れず、あらゆることがあるのである。

　　
　　唐宋の人はもっとも通犀[257]を重んじたが、種種の人や物の、形がいたって奇巧といわれているものとしては、唐武后の簡[258]が双龍の対立している形をしており、宋の孝宗[259]の帯は南極老人[260]が杖に縋っている形をしており、諸書に見えるものは一つではないから、でたらめではないはずである。今は黒白二色だけがあり、人物の形に似たものを聞かないが、これはなぜか。大理石は往々にして絵のようになり、今もなおそうである。かつて見たが、梁少司馬鉄幢[261]の家の挿屏[262]は、一羽の鷹が老樹の斜めの柯(えだ)の上に立っており、觜、爪、翼、尾は、いずれもよく似ており、身を傾けて傍を睨み、降下攻撃しようとしているかのようで、神気[263]もたいへん生き生きしていた。朱運使子穎[264]は、かつて大理石の文鎮を亡児汝佶に贈ったが、長さは約二寸、幅は約一寸、厚さは約五六分であった。一面には懸崖が対峙しており、中に二人がおり、一隻の舟に乗り、流れに従っており、一面には双松が寄りそって立っており、鍼ははっきりしていた。下には水紋があり、一つの月は松の梢に入り、一つの月は水に入っていた。さながら二つの水墨の小幅[265]であった。上に字が刻んであり、一つは「軽舟出峡」と題し、一つは「松溪印月」と題し、左側に「十岳山人」[266]と題し、字はすべて八分[267]の書であった。そもそも明の王寅の故物であった。汝佶はそれをわたしに献じたが、わたしは器玩[268]にさほど意を留めていなかったので、後に人に奪い去られた。煙雲[269]が眼を過ぎるかのようであった。たまたま憶い及んだので、ともに記した。

　　
　　昔、北宋の苑画[270]八幅を所蔵していたが、氏名を題せず、絹絲[271]は布[272]のようで、筆墨は沈着精密、中に渾渾穆穆[273]の気があったので、真跡かと疑われた。描かれているのはすべて故事であったが、そのうち三幅は調べがつかなかった。一幅は、下方では甲仗[274]が見え隠れし、上方では一つの月が樹の杪に含まれており、一人の娘が衣帯を飄し、翩として飛鳥が風を御してゆくかのようにしていた。もう一幅は曠野の中で、一人の中使[275]が詔を背にして立っており、一人の衣巾がぼろぼろのものが右から来、二人の小児がかれを迎えて左で拝し、その人が手を引いている姿となっていた。中使は三人を見ていないかのよう、三人も中使を見ていないかのようであった。もう一幅は、堂宇があり、たいへん豪華で、階下に酒罌[276]五つを列ねていた。左側には艶女数人がおり、盛装彩服は貴家の姫妾のよう、右側は媼が子供たちを抱き、みな侍立してたいへん肅然としており、中の一人は常服で榻に坐し、みずから一つの酒罌を抱き、鑿を持って穿っていた。後に前の一幅は紅線[277]であることが分かったが、後ろの二幅は結局誰だか分からなかった。ひとまずここに記し、博雅の者の考察を待つ。

　　
　　張石隣先生[278]は、姚安公の同年の老友で、性格は剛直で、つねに人の過ちを責めたてていたが、気前よく、義を尚び、朋友のことを見ること自分のことのようにし、労することと怨まれることをいずれも避けなかった。かつてその亡友の某公を夢みたところ、某公は怒気を含んで質して言った。「おまえは二度県令となり、およそ友人の子孫で没落した者はすべて収容救済したが、わたしの子だけは数千里身を寄せた時、見知らぬ人のように見なしたのは、どうしてだ。」。先生は夢の中で怒り、笑った。「君は忘れたか。そもそもいわゆる朋友とは、どうして勢利によって頼り、酒食によって交わるものであろうか。緩急[279]に頼れて、休戚[280]に思いやるものである。わたしは君を見ること兄弟のよう、わたしの家僕は徒党を組んでわたしに損害を与え、その勢いは根深く、わたしはどうすることもできなかった。わたしはかつてひそかに君に頼んで某某を探らせたが、君はその奸状を見ながら怨恨を招くことを恐れ、隠して言おうとしなかった。某某の罪業が満ち、みずから敗れると、君もまた忠厚の名を博し、あれこれ救ってやった。わたしの事が敗れるか否か、わたしの財が足りるか否かを、君はまったく問題にせず、ただかれらに感激せられ、長者と称せられることだけを求めていた。これは薄くするべきものに厚くし、厚くすべきものに薄くすることではないか。君は先に他人としてわたしを見ていたのに、わたしが君を見ることが他人のようであることを怪しんでいるが、君は忘れたのか。」。その人は小さくなって去った。これは五十年前のことであった。おおむね士大夫の習慣では、人の過ちを談じないことを君子としているようであり、その人の親疏、事の利害を計算に入れない。わたしはかつて見たが、胡牧亭[281]がしもべたちに財産を奪われ、衣食も足りなくなるに至ったとき、同年の朱学士竹君[282]が、奮然とかれに代わって追いはらってやり、牧亭の生計はやや回復した。またかつて見たが、陳裕斎[283]が歿した後、孀妾[284]遺児がその婿に迫害されたとき、同年の曹宗丞慕堂[285]がやはり奮然と旧友を集めて率い、代わって追いはらってやったので、その子は自活できた。当時の輿論では、古道[286]であると称する者は、百に一二もなく、お節介と称する者は、十のうちつねに八九であった。またかつて見たが、崔総憲[287]応階[288]が孫の妻を娶る時、彩轎を借りて親迎[289]したときのこと、かれらの家僕はたがいにぐるになっていたので、三百両でなければ得られず、異口同音であった。期日の一二日前になると、値はさらに倍増した。崔公は怒り、友人が代わって借りることをみずから求めたが、友人はみな怨みを避けて答えようとしなかった。甚だしい場合は、彩轎[290]に定価はなく、貧富貴賎はそれぞれ人に従って消長するので、他人が代わって借りられるものではないと言い、巧みに調停する者さえいた。やむをえず、自分の乗る轎に、綵��(あやぎぬ)[291]を結んで用いた。当時の輿論では、非理を座視したという者は、やはり百に一二もなく、よく下情を体しているという者は、やはり十中つねに八九であった。さきほどの批評といい、こちらの批評といい、いったいどうしてこれらを正しいとしようか。

　　
　　朱青雷[292]が言った。かつて椒山祠[293]に詣でたところ、数人が連れ立って入ってきたが、人々がみな叩頭拝礼し、中の一人だけは長揖[294]していた。ある人がそのわけを質すと、言った。「楊公は員外郎、わたしも員外郎で、品秩[295]は等しいので、庭参[296]の礼はない。」。ある人がさらに「楊公は忠臣だ。」と言うと、怫然[297]として「わたしは奸臣か。」と言った。于大羽[298]が言うには、聶松岩[299]はかつて驢馬に乗り、一人の石臼屋に遇い、怒って路を譲らなかったところ、石臼屋は言った。「石工が石工に遇っているのだから（松岩は、安邱[300]の張卯君[301]の弟子で、篆刻で一時に有名であった。）、どうして譲ることがあろう。」。わたしも言い、交河[302]のある塾師が張晴嵐[303]と文を論じて罵りあった。塾師は怒った。「わたしはおまえと同じ年に学校に入り、ともに今日にいたった、いずれも落第しているのだから、おまえはどこがわたしに勝ろう。」。三つの事は似ている。能弁のものでもどうしようもない。田白岩[304]は言った。「天地は大きく、ないものはない。この種の人間に会ったら、不治[305]によって治めさえすれば、障りがなく、どうしてもかれらが解悟することを望めば、ますます葛藤が生じる。かつて見たが、二人の生員がともに仏寺に寓し、一方は紫陽[306]を罵り、一方は象山[307]を罵り、騒ぎ罵って夜半になった。僧が傍らから仲裁すると、今度は異端が正統を害していると言い、ともに僧と闘った。翌日、三人は額を怪我して、法廷にいった。天下にもともと事件がないのに、凡人が騒がしているのではないか[308]。」。

　　
　　昌平[309]に老婆がおり、鶏をたいへん多く飼っていたが、その卵を売るだけであった。鶏を買って料理しようとする者がいると、その値を十倍にしても売ろうとしなかった。住むところは山麓に依り、日を経て繁殖し、谷で量れそうなほどであった[310]、朝になろうとする時、鳴き声が競って起こり、呼び合っているかのようであった。たまたま麦を刈り、門外に晒していると、鶏たちはたちまち千百羽が一斉に来、囲んで啄み食らった。媼は杖を持って駆ったが離れず、あまねく男女を呼び、こもごも打つと、東に散っては、西に集まり、どうすることもできなかった。騒いでいると、住居五間が、訇然[311]と崩れ、鶏はみな驚いて飛び、山に入って去った。これは『宣室志』に載せてある、李甲の家の鼠が恩に報いた事と似ている[312]。そもそも鶴が夜半を知り、鶏が夜明けを知るのは[313]、気が感じて精神が動くのであって、かれらがみずから時を知れるのでない。そのため邵子[314]は「禽鳥は気の先を得[315]。」といっているのである。万物の成毀の数(さだめ)[316]に至っては、禽鳥が先に知ることは断じてないのに、どうして一族を集めて来、主人を厄難から逃れさせたか。これはかならず憑くものがあったのである。

　　
　　従姪の汝夔が言った。甲乙はともに狐を捕らえることを生業とし、住居は十余里隔たっていた。ある日、ある塚に狐の足跡があるのを伺い、ともに行こうとし、日が落ちた後に某所で会うことを約した。乙がゆくと、甲はすでに先にいた。ともに塚の側にゆき、その穴を見ると、人が入れた。甲は乙に穴の中に伏しているように言い、みずからは塚の傍らの草叢の中に隠れ、狐が穴に帰るのを待ち、甲はその出る路を防ぎ、乙は内にいて捕らえることにした。乙は暗闇に坐して夜分になったが、寂として音がしなかったので、出て甲とどうするかを相談しようとした。しばらく呼んでも答えず、出て尋ねようとしてみると、二つの墓碑が横ざまに穴の入り口を圧し、隙間の光が一筋あるばかり、幅は一寸ばかり、重くて挙げられなかったので、甲は騙されたことを知った。翌日、外に牛をどなる声がしたので、懸命に叫んだところ、牧者がはじめてそれを聞いた。その家に知らせて見にゆかせ、人を集め、石を移したが、すでに一昼夜幽閉されていた。甲が謀殺しようとしたかと疑い、子弟を率いて甲の家にゆき、お上に報せて訴えようとした。途中までゆくと、甲が裸体で柳の樹の上に反縛せられていたので、人々は囲んで唾し罵り、あるいは鞭うった。そもそも甲は約に赴く時、路で婦人に遇ってからかい、ひそかに秫(もちきび)の茂みで親しんでいたのであった。時に盛夏であったので、それぞれ服を脱ぎ、地に置いたが、手を放すとすぐ、婦人は躍りあがり、その衣を引いて逃げ、行方が知れなくなった。さいわい見ている人がいなかったので、狼狽してひそかに帰った。家に着かないうちに、火を照らし武器を持った者に遇ったが、見ると叫んだ。「奴がこちらにいるぞ。」。これは隣家の若い女三四人が、中庭で眠っていたところ、突然甲が服を脱ぎ、近づいてともに寝ようとしたので、驚いて人々を呼び起こした。しかしすでに衣を棄て、塀を越えて逃れていたので、ちょうど隣人とともに追って捕らえようとしていたのであった。甲は釈明するすべがなく、天に叫ぶばかりであった。乙は昨日のことを述べ、どちらも狐に騙されたことを知った。しかし、その穴を伺って不意打ちするのは、殺戮の仇である。殺戮の仇に、戯れで報い、一方は閉じこめて出さなかったが隙を残して死なないようにさせ、一方はその衣を剥ぎ、縛られても弁明できなかったが人が気づくとすぐに逃れられるようにさせ、その罰がやはり死に至らないようにさせたのは、なおよく余地を留めていたといえる。

　　
　　天下には、極めて細かい事で、皋陶[317]も断じられないことがある。門人折生遇蘭[318]は、勇敢な県令であった。安定[319]で官となった日、二つの家が一つの墓地を争い、訴えること四五十年、二代を閲していた。その土地は広さが一畝に満たず、中に二つの塚があり、二つの家はそれぞれ先祖の墓だと言っていた。近隣の証人に尋ねれば、万山の中にあり、食糧を包み、水を持ってはじめてゆくことができ、四方に住民はなく、証文のことを問えば、いずれも前明の戦災で、すでに残っていないと称し、地糧[320]の串票[321]のことを問えば、双方が持っていた。かれらの言い分はいずれもこうであった。「この地はけっして耕すに足りず、錙銖の利もございませんが、地丁[322]の額はございます。何度も訴えて止まないわけは、祖宗の丘隴(はか)を、他人に占められようとしないようにするためだけでございます。」。さらにみな言った。「先祖の体魄[323]がなければ、誰も数十年間訴訟して、他人を祖宗と認めようとはいたしません。」。ある人が吉地[324]を占めることを謀っているかと疑うと、さらにみな言った。「秦隴ではもともとこのことに拘らず、本当にそうした気持ちはなく、おたがいこの心があることを疑ってもおりません。それに四方はすべて石で、これ以上、一つの棺も容れられず、土地を得た後、掘って改葬すれば、かえって得られなかった者に隙を与えてしまいますから、誰がそんなことをしようとしましょう[325]。」。屈服させるすべがなかった。均分する理もなく、官に没収する理もなかったので、やはり判決できなかった。祭るたびにかならず闘い、闘うたびにかならず訴えたが、官は闘いがあるたびに対応するだけで、その原因を問わなかった。後に蔡西斎[326]が甘肅の藩司[327]となり、それを聞くと言った。「これは祭祀を争っているのであって、地産を争っているのではない。理によって諭してはどうか。」「おまえがみずから先祖の墓だと思っているなら、おまえが祭るに任せるべきだ。祭りを争いにくるものは、おまえの先祖を先祖とすることを願っているし、おまえの先祖に損がなく、おまえにも損がなく、かれの祭祀に任せるのもたいへん良いのだから、拒む必要はない。」。これもまたやむをえぬ、その場しのぎの言葉だが、結局かれが従ったかは分からない。

　　
　　胡牧亭[328]が言った。かれの郷里のある富豪がおり、贅沢に暮らし、門を閉ざして世事と関わらず、人々がかれの顔を知れることは稀であった。治生をよくしなかったがけっして財を損なわず、養生をよくしなかったがまったく病はなく、時折禍があっても意外にも解決するのであった。かつて一人の下女が自縊して死ぬと、里胥(さとおさ)はたいへん喜び、そのことを大げさにしてお上に報せ、役人も欣然としてその日のうちにやってきた。屍を横たえて検分すると、たちまち手足が蠕蠕と動いた。ともに驚き怪しんでいると、にわかに欠伸し、にわかに転側し、にわかに起坐し、すでに蘇っていた。役人はなおも、汚されそうになって首を吊ろうとしたのだとして、罪に陥れようとし、それとなく言葉で誘導した。下女は叩頭して言った。「主人の妾は神仙のようでございますから、どうして情がわたしに及びましょう。わたしに及べば、まさに喜ぶに暇なく、どうして自殺しようとしましょう。実は、父がなぜか分からず、官に杖殺されたことを聞き、悲しみは消えがたく、怒って死を求めましただけで、ほかの理由はございません。」。官はたいへんがっかりして去った。その他にも、往々にしてこのようなことが多かった。同郷の人がみな言うには、かれは憃然たる人物だが、こうした福分があり、理由は明らかにすることができないということであった。たまたま扶乩[329]して仙を召し、このことを尋ねると、乩は判じた。「諸君は誤っている。かれの福分は、まさにかれが愚かであるがゆえのものだ。この翁は過去生の中で、田舎の叟であり、淳淳悶悶[330]として競いあう心を持たず、悠悠忽忽[331]として得失の心を持たず、落落漠漠[332]として愛憎の心を持たず、坦坦平平[333]として私情に偏りの心を持たず、人が侮ることがあっても、競争の心を持たず、人が欺くことがあっても、謀略の心を持たず、人が罵ることがあっても、憤怒の心を持たず、人が陥れることがあっても、報復の心を持たず、牖下[334]に死んだのだ。大きな功徳がなかったが、ひとえにその心のために神に守られ、今生で報いを受けたのだ。かれが愚かで知識がなかったからこそ、その身が異なっても性が残り、前世の善根が消えなかったのだ。諸君がおかしいと思うのは、誤りではないか。」。時に側にいたものは半信半疑で、わたしはひそかにこの言葉を面白く思った。わたしは言った。「この先生は伝賛[335]をみずから作り、それをこの人に托しただけだ。しかし、理としてこうしたことはもちろんある。」。

　　
　　劉約斎[336]舎人が言った。劉生は名を寅（これは劉景南[337]の家の酒席で言及し、南北の言葉の音はそれぞれ異なるので、この寅の字かは知らない。）といい、家はひどく貧しかった。かれの父は若年の時、ある友人と婚姻を訂しようとしたところ、一諾して決した。媒妁はなく、婚書[338]庚帖[339]はなく、聘幣[340]もなかったが、子女はともに知っていた。劉生の父は亡くなり、友も亡くなり、劉生は世間知らずだったので、ますます貧しく、僧寮[341]に寄食するに至った。友の妻が結婚を取り消すことを謀ると、劉生はどうしようもなかった。娘は鬱鬱として死んだ。劉生はそれを知り、悲しむばかりであった。その晩、燈下にひとり坐し、悒悒としてなすすべもなくしていると、たちまち窓の外に啜り泣く声が聞こえ、問うても答えず、泣いて止まなかった。つよく尋ねると、「わたしです」と答えたかのようであった。劉生はにわかに悟った。「おまえか。わたしは知っている。事ここに至ったからには、来生でいっしょになればよい。」。そう言うと静かになった。後に劉生も夭折した。惜しむらくは、物好きの人がおらず、華山[342]に合葬できなかったことである。『長恨歌』にいう「天長く地久しきも時尽くるあり、この恨み綿綿として了(をは)る期なし」とはこのことか。婚約は破棄されていたので、貞といえず、病によって終わったのだから、烈といえないが[343]、その志は貞烈を兼ねそなえていた。このことを語る時は満座が太息して、劉生の本籍を問うのを忘れていた。約斎は蘇州に住んでいたから、思うにかれの郷里でのことか。

　　
　　河間[344]に遊行僧がおり、市で薬を売っていたが、銅の仏を案頭に置いており、盤に丸薬を貯えると、仏が手を引いて物を取る動作をするのであった。買う者はまず仏に祈り、盤を捧げて進めるのであったが、病が治せるものであれば、丸薬は跳ねて仏の手に入り、治すのが難しい者であれば、丸薬は跳ねないのであった。国を挙げてそれを信じていた。後にある人が寺内に寓居し、見たところ、かれが戸を閉ざして鉄屑を研いでいたので、例の盤の中の丸薬が、半分は鉄屑であり、半分は鉄屑でなく、その仏の手は磁石で作られており、金を外に貼っているのにちがいないと悟り。調べると本当にそうであったので、その術は露顕した。たまたま講学するものがおり、ひそかに訴状を作ったため、人に責められた。役所にゆくと昂然として意に介さず、侃侃として争った。批語をつけた『性理大全』を取って比べ合わせると、筆跡はすべて合っていたので、叩頭して罪に服した。太守徐公諱は景曽[345]は、通儒[346]であったが、それを聞くと笑った。「わたしはふだん仏を信じて僧を信じず、聖賢を信じて道学を信じなかったが、今日見たところ、あきらかに嘘でなかった。」。

　　
　　楊槐亭[347]先輩は、族叔[348]が夏に山寺で読書していた。夜半になると、弟子たちがみな眠ったので、ひとり灯を点けて吟唱していた。疲れが極まって仮眠すると、窓を叩いて語るのが聞こえた。「つつしんで先生にお尋ねします。ここから××村にゆくにはどの路からにするべきでございましょうか。」。怪しんで誰かと尋ねると、言った。「わたしは幽鬼でございます。渓谷が重なっており、ひとり歩いて路に迷ったのでございます。空山の中で幽鬼はもとより少なく、たまたま一二の無頼の賎しい幽鬼がいても、ともに語ろうとしませんし、たとい尋ねても、告げようとしますとは限りません。あなたとは幽明を隔てていますが、気質がもともと同じですので、書を読む声を聞いてまいりましたのでございます。」。つぶさに告げると、謝して去った。後にそのことを槐亭に語ると、槐亭は憮然として言った。「わたしは孤介[349]寡合[350]であれば、幽鬼になっても苦しむことが分かった。」。

　　
　　李秋崖[351]と金谷村[352]は、かつて秋の夜に済南の歴下亭[353]に坐していた。時に微雨が晴れたばかりで、片月がはじめて出てきたので、秋崖は言った。「韋蘇州の『流雲華月を吐く[354]』の句は、風格は天然だが、張子野[355]の『雲月を破り来りて花影を弄ぶ』の句は、なんとも力が入っていると感じられる。」。谷村が答えないでいると、たちまち闇の中で人が語った。「力が入っているか力が入っていないかというだけではない。意境がはるかに異なっている。一方は詩語、一方は詞語で、格調もはるかに異なる。『花間集』の『細雨流光を湿す[356]』の句などは、詞家では妙語だが、詩家では靡靡[357]だ。」。愕然として驚き、振り返ったが、寂として誰もいなかった。

　　
　　膠州の法南墅[358]は、かつて一友とともに日観[359]に登った。先に一人の道士が石に寄って坐していたが、傲然として挨拶せず、二人もかれと語らなかった。にわかに丹曦[360]が吐き出されようとすると、海天は波だち輝き、景色はさまざまで、見極められず、南墅は元人の詩[361]を吟じて言った。「『万古斉州煙九点、五更滄海日三竿[362]』とは、まさにその通りだ。」。道士はたちまち笑った。「昌谷[363]はこれによって『夢天』[364]の詩を作ったのは、もとより奇語だが、それを泰山に用いるのは、あまり差がないではないか[365]。」。南墅が振り返ると、道士はすぐにそれ以上語らなくなった。その後、踆烏[366]が湧き上がると、南墅はその友に言った。「太陽は真火だから、水に入っても濡れない。」。道士はまた笑った。「日が海から出ると思っていらっしゃるのか。これは天の形を知らないことにより、地の形を知らず、地の形を知らないので、水の形を知らないのだ。そもそも天は橢円で鶏卵のよう、地はまん丸で弾丸のよう、水は地に附いて流れ、核桃(くるみ)の皺のようなのだ。橢円は、東西が遠くて上下が近く、およそ九重ある。もっとも上は宗動[367]と言い、元気[368]の外には、窺える現象がなく、次は恒星で、高さは測れず、次は七重で、日月五星がそれぞれ一重を占めており、大気に従って旋転し、地を去ること二百余万里に近く、海は関係ない。まん丸なので、地に頂上はなく、身が立っている処がすべて頂上で、地に平地はなく、目がみている処がすべて平地なのだ。広漠たる野にゆき、天と地の接する処を四望するとき、その円がまん丸なのは、中が高くて四方が陥っている証で、これが地平だ。丸の外の、目に見えないものは、地平の下にあるのだ。湖や海の中で、天と水が接する処を四望すれば、やはりまん丸だが、これまた水が地の形に従い、中が高く四方が陥っている証しだ。しかし江河の水は狭く浅く、両岸を夾まれ、地の中を進んでいるから、日が地上に出て、はじめて日光を受けるのだ。海だけはいたって広く、いたって深く、地面を覆い、遮るものはないので、中央が高く四方が陥っている処は、水晶球の半分のようで、日が地平に到らないうちに、倒影[369]が上に射し、はじめて見えるときは一本の線のよう、日が地平に近づこうとすれば、斜影[370]は横ざまに貫き、明ける前に見える。今見たものは、日の影(ひかり)で、日の形ではなく、天上の日の影(ひかり)は水を隔てて射しているのであり、海中の日の影(ひかり)が水を浴びて出てくるのではない。日が地平に出れば、影(ひかり)はななめに海底に落ち、かえって見られなくなる。思うに儒家はこの景色を見、天が水を包み、水は地に浮き、日は水中に出入りしていると思ったのであって、日がもともと天に属し、水がもともと地に属していることを知らない。仏家はこの景色を見ていないので、須弥山の四面を四州[371]とし、日はこの山を巡り、南が昼ならば北は夜、東が晩ならば西は朝、日はつねに旋転し、平行して地に入らないのだ。今日見たことで証すと、その謬りはもはや弁じる必要はない。」。南墅はかれの博弁に驚き、さらにともに語ろうとした。道士は笑った。「さらにその言葉を尽くそう。あなたは九万里の円は、だんだんと続き、だんだんと曲がり、続くほどに曲がり、丸くなるに至っていることを知らず、かならず人は正立できるが、倒立できないとし[372]、楊光先[373]の説を取りあげ、ひどく難詰する。老いぼれは怠惰なので、あなたと大郎山[374]にいって南斗[375]を見ることができない（大郎山は亜禄国[376]にあり、中国と上下反対で、その地では南極が地から出ること三十五度、北極は地に入ること三十五度である[377]。）、おやめになったほうがよい[378]。」。衣を揮ってすぐに去り、それがどこの人か分からなかった。

　　
　　大学士の温公が言った。烏什[379]を征した時、ある驍騎校[380]が腹に数刃を受けたが、医者は縫うことができなかった。たまたま数人の回婦[381]を生け捕ると、医者は言った。「よかった。」。一人の壮年で肥えて白い者を択び、生きながら腹の皮を抉り、創(きず)の上に被せ、匹帛で縛ったところ、恙なかった。創が癒えた後、すべて合わさって一つになり、痛癢も一様であった。公は言った。「戦陣でなければこの病はなく、戦陣でなければこの薬はない。」。本当にそうであった。しかし、叛徒逆党は、法ではもとより誅せられるべきであるから、たとい膚を剥がれなくても、すぐに脰(くび)を断たれたであろう。忠義の士を救うのは、もとより人を殺して人を活かすのと異なっている。

　　
　　周化源[382]が言った。二人の士人が黄山に遊び、松と石に留連し、日が暮れて帰るのを忘れていた。夜色は蒼茫として、草は深く、苔は滑らかであり、ともに懸崖の下に坐していた。峭壁を仰ぎ見ると、猿鳥も路が窮まり、中ほどには一塊の石[383]が斜めに倚り、雲が岫(ほら)から出ているかのよう、欠けた月がかすかに昇り、見ると二人がその上に坐していたので、仙人でなければ幽鬼だと悟り、息を潜めて静かに聴いていた。右の一人は言った。「さきほど山麓に遊んだが、あの翁がまたどんなことを話すか聞こう。」。左の一人は言った。「去った時は集まって『西銘[384]』を講じており、帰った時はさらに『大学衍義』[385]を講じていた。」。右の一人は言った。「『西銘』は万物一体を論じており、理はもとよりこのようである。しかしどうしてこの理に気付いただけで、すぐに天下を救うというのか。父母は子に対して、愛することが深いといえるが、子に疾病があったとき、どうして癒やせないことがあるのか。子に患難があったとき、どうして救えないことがあるのか。術(すべ)がないだけなのである。これはなお一身のことではないが、人の一身も、思えば深くみずからを愛さないものはないのに、みずからの疾病を、どうして癒やせないことがあるのか。みずからの患難を、どうして救えないことがあるのか。これも術(すべ)がないだけなのである。今、国家を整える政治、災異を防ぐ方策を講ぜず、わたしの仁愛の心は天地が物を生じるのと同じだと言っているが、はたしてこの心が発動すれば、万物がすぐに生じられるのか。わたしには分からない。『大学』の条目にいたっては、格致から治平まで、一節一節[386]が繋がり、一節一節にそれぞれそのはたらきがある。例えれば、土が苗を生じ、苗が禾[387]になり、禾が穀になり、穀が米になり、米が飯になるかのようなもので、もともと一節一節が繋がっているのである。しかし土は耕作しなければ苗を生ぜず、苗は灌漑しなければ禾ができず、禾は刈らなければ穀ができず、穀は舂かなければ米ができず、米は炊かなければ飯ができず、やはり一節一節にそれぞれそのはたらきがある。西山[388]は『大学衍義』を作ったが、項目を連ねることは斉家にいたって止み[389]、治国平天下はおしなべてこれを措くことができるといった[390]。虞舜の時に、ほんとうに瞽瞍[391]が従い、洪水がすぐに平らぎ、三苗[392]がすぐに正されたかは分からない。それともほかに治法があったか。また周文[393]の世で、ほんとうに太姒[394]の徽音[395]によって江漢[396]がすぐに教化せられ、崇侯[397]がすぐに服属したかは分からない。それともほかに政典[398]があったか。今、一切を棄ておき、斉家が本源であるとするのは、土が苗を生じることができるからといって、土を炊いて飯にするようなものではないか。わたしはやはり分からない[399]。」。左の一人は言った。「瓊山[400]が補って、治平[401]の道は備わったのか。」。右の一人は言った。「真氏[402]はその本源に拘泥しすぎ、邱氏はその末梢を追究するに過ぎた。古今の時勢を極めず、南北の情形を測らず、瑣瑣屑屑[403]、さまざまな方法を縷述し、逐一施行を疏請し、天下を乱した。かれの海運の議も[404]、歴年の漂失[405]の数を羅列し、省かれる転運[406]の費用は相殺するに足りると言った。しかし一舟の人命は、どうして数十人に止まろう、数十舟を合わせれば千百を越えているのに、どうして相殺するのか。やはりでたらめに談じているだけだ。」。左の一人は言った。「それはそうだ。諸儒が述べる封建[407]井田[408]は、いずれも先王の大法[409]で、太平の実験[410]があるというが、結局どうなのか。」。右の一人は言った。「封建井田は、断じて行えず、駁しているものは多い。しかし講学家がこの説を持するのは、意がほかにあるのであって、駁するものはその要領を得ていない。そもそも封建井田が行えないことは、駁するものが知っているだけでなく、講学する者ももとより知っている。知っていながらこの説を持しているのは、かならず行えない事を借りて、身の置き所にしようとしているのだ。そもそも理と言い、気と言い、性と言い、心と言い、みなぼんやりとして確かめられないし、天地が分かれる前に、どんな形体であったか、幽微曖昧の中、どんな情態であったかを誰が調べることができよう。実事に関しては、根拠がある。試して効果がなければ、人々はその短長を見る。そのためかならず行えない説を持し、人がかならず試せず、かならず試そうとせず、かならず試す勇気がないようにさせ、その後で人々にこう言うことができるのである。『わたしが伝えているのは先王の法であり、わたしの法は万世のために太平を齎せるのだが、人が用いないのはどうしようもない。』。人はくわしく尋ねられ[411]ないので、やはり次々に[412]嘆くのである。『先生は王佐の才におわしますが、惜しいことにその働きを尽くされていません。』。棘(いばら)の刺(とげ)の端を母猴(さる)にするのは、三月斎戒すれば見られるというのが[413]、この術である。ただ、かれにはなお棘(いばら)の刺(とげ)があり、母猴があるので、人はかれに削ることを求められるが、こちらはさらに空言に託しているので、削ることを求められない。天下の至巧も、これに勝るものはない。駁するものは迂闊[414]として論じているが、どうしてその用意を知ろうか。」。ともにしばらく太息し、にわかに長嘯して去った。二人の士人はひそかにその言葉を記し、すこぶる人に語られた。講学する者はそれを聞き、言った。「学は道を聞くことを求めるだけだ。いわゆる道とは、天といい、性といい、心というだけで、忠孝節義は末務[415]のようであり、礼楽刑政はさらに末の末である。この説をなす者は、きっと永嘉の徒[416]であろう。」。

　　
　　劉香畹寓斎[417]が扶乩したとき、わたしを招いたが、赴かなかった。ある人がその[418]二首の詩を伝えた。「このところ春山にして薬苗長じ、�閧ﾆして蝴蝶に従ひ溪橋を過ぐ。林中かりえたり樵童の斧、みづから切る槐根の木癭瓢[419]。」。「飛岩倒懸す万年の藤、猿狖[420]攀縁するもいたることいまだあたはず。しるしえたり身にしたがふ棕払子、前年遺してあり最高層。」。意境はやや狭いが、やはり楚楚として趣がある。

　　
　　『春秋』には原心[421]の法があり、誅心[422]の法がある。青県で、ある人が死刑に陥ったが、県令は男色を好んでいた。かれ[423]の子は年が十四五、すこぶる秀麗であったので、県令が省城に赴こうとして館舎に宿っているのに乗じ、途で待ち構え、牒訴[424]に託けて自らを献じた。事件は解決した。実際は孌童だったが、人々は孌童であるからといって卑しまなかった。これはかれの心を推し量ったのである。郷里に若い女がおり、その夫と親しんで節度がなかったが、夫は癆咳を病んで死んだ。姑はかれの性質がふしだらなのを察し、つねにみずから監視した。寝食はかならずともにし、出入りはかならずともにし、五六年間、一歩も離れなかった。鬱鬱として亡くなった。実際は節婦だったのに、人は節婦だと認めなかったが、それはその心を誅したのである。思うにこの童は郭六の事[425]と似ているが、一死が欠けているだけである（その話は『灤陽消夏録。』にくわしい。）。この妻は心は知れないが、身は汚れていなかった。『大車[426]』の詩にいわゆる「子の奔らざるを畏る」、「子のあへてせざるを畏る」とは、上にいるものに刑政[427]があれば、下にいるものは礼法を守るということである。君子は人のために善をなすものだから[428]、棺を蓋った後、もとより節と認めるべきである。

　　
　　啄木(きつつき)が禹歩[429]祈祷できるということは、本当にある。しもべの李福は、生まれつき腕白であり、かつて高い木の杪に登り、杙(くい)でその穴の入り口を塞ぎ、その表面を鋸で平らにし、草叢に伏して伺っていた。啄木は返ってくると、はたして翩然と樹から下り、喙で沙に符篆[430]のようなものを描き、描きおわり、翼でそれを払うと、その穴の入り口の杙は、錚然として抜け出ること速い矢のようであった。これは不可解なことであった。わたしが書局[431]で妖書を銷毀した時、『万法帰宗』[432]を見ると、この符を載せてあり、その筆画は縦横に交錯し、小篆の二つの「無」の字が並んでいる形にやや似ていたが[433]、どうしてそれを知ったのかはわからず、それが本当にそうなのかも分からなかった。

　　
　　李福はまたかつて月が暗い夜に、村の南の墓地に出てゆき、嗚嗚(ウウウウ)と幽鬼の声を出し、旅人を恐れさせていた。するとにわかに磷火が四方に起こり、みな嗚嗚(ウウウウ)と赴いてきたので、福は狼狽して逃げ帰った。これは類が友を呼んだのである。ゆえに家庭の子弟は、交遊するときは招くものに用心するべきである。

　　
　　壬午[434]の順天郷試で、安溪の李延彬[435]先輩とともに分校[436]した。たまたま虎のことを語ったところ、延彬は言った。「郷里に山に入って柴刈りしていたものがいた。見ると一人の美人が澗を隔てて歩いていたが、衣装は華麗で、田舎の装いらしくなかったので、魅(あやかし)だと気づき、草叢の中に伏して行方を窺っていた。そこへ一頭の鹿が麂(きょん)[437]を引いてき、澗に下りて飲んだ。女はそれを見ると、にわかに地を打って虎と化し、衣装は地に落ちて蝉の蛻(ぬけがら)のようになった。すぐに二匹の鹿を襲って食らうと、まもなくふたたび美人に化し、衣装を整え、ゆっくりと山を歩いて去った。流れに臨んで影を映せば、妖媚はさかんに生じ、それが虎であったことを忘れそうになった。」。秦澗泉[438]先輩は言った。「妖媚蠱惑は、虎の姿に変わらないだけで、捕って食らう性質は同じだ。たまたま本質を現したのを、すぐに驚き訝るとは、この樵は知見が少なく、驚きすぎだ。」。

　　
　　大学士伍公[439]が烏魯木斉(ウルムチ)を鎮守していた日、すこぶる吟詠を好んでいたが、その草稿を見たことはなかった。ただ駅の壁に一首の詩を見たところ、こうあった。「目を極む孤城の上、蒼茫として四郊を見る。斜陽高樹の頂、残雪乱山の坳(くぼみ)。牧馬嘶きて櫪に帰り、啼鳥疲れて巣にかへる。秦兵まことに冷たきに耐へ、薄暮なほ骹[440]を鳴らす。」。ことさら中唐の気韻があった。

　　
　　束州[441]の佃戸邵仁我がいった。李家の妻がおり、実家から帰ろうとしていた。薄暮、風雨がはげしく起こったので、荒れた廟に逃げ込んだ。夜に入るとやや止んだが、すでに暗くて進めなかった。たまたま客作（俗に短工という。人のために田を鋤き、禾を刈り、日割りで賃金を受け、去来して定まらない者である。）数人の男たちが鉏(すき)を担って入ってきたので、乱暴に遭うのを恐れ、さらに廟の後ろのあばらやに逃げ込んだ。客作は闇の中で影を見ると、叫んで追った。婦は追い詰められてなすすべがなく、嗚嗚(ウウウウ)と幽鬼の声を出した。その後、塀の内外でともに嗚嗚(ウウウウ)という音がし、応答しているかのようであった。数人の男たちは恐れて帰った。夜半になると雨が晴れたので、抜き足して逃れられた。これは李福のことと似ているが、一方は出てたまたま追い、一方は救いにきたかのようであった。心がけが正しく、幽霊を感動させたといっても、かならずしもまちがっていないであろう。

　　
　　仁我はさらに言った。盗賊が富豪の家を襲い、楼門を攻めて破りそうになった。その仲間は炬(たいまつ)を手にし、刃を示し、家の人々を脅して言った。「叫ぼうとする者は殺す。それに激しい風だから、叫んでも聞こえまい。死んでは益はあるまい。」。みな黙って声を出さなかった。一人の飯炊き女は年が十五六歳、厨房で眠っていたが、ひそかに火種を持ち、暗闇の中で地に伏して蛇のように進み、ひそかに裏庭にゆき、風に乗じて火を放ち、その積んである柴を焚いた。煙と炎は天を照らし、村じゅうが驚いて起き、数里以内の隣村からも救援見物にきた。人々が集まると、炎の下は白昼のように明るく、群盗は格闘して逃れられず、首を並べて捕らえられた。主人は深くこの下女に感謝し、留めて嫁にしようとした。その子も承諾し、言った。「この智略を備えていれば、かならず家を切り盛りすることができましょうから、飯炊き女でも何の障りがありましょう。」。主人はたいへん喜び、衣装を取ってくるように促し、その夜すぐに婚礼を挙げ、言った。「遅ければ尊卑貴賎が問題にされ、賛否両論となり、情勢が変わってしまおう。」。なんともすぐれた娘であった。

　　
　　辺秋崖[442]先輩が言った。ある役人が夜に書斎にゆくと、にわかに案(つくえ)の上に男の首が見えたので、たいへん驚き、凶兆かと思った。里に道士がおり、符籙をよくし、しばしば他人の葬儀に預かっていたので、いそいで召して占わせたところ、やはり驚いて言った。「大凶でございますが、祓えましょう。斎醮の褒美は、百余両に過ぎません。」。相談しようしていると、窓の外で誰かが語った。「身は不幸にして処刑されて死にました。幽魂は首がなければ、転生できませんので、つねにみずからひっさげておりますが、煩わしくて瘤のようでございます。にわかに公の棐几[443]が滑らかで浄いのを見、たまたまその上に置いたのでございます。たまたま公がにわかに来られましたので、倉皇として取るのを忘れ、驚かせてしまいましたが、これはもとよりわたくしの粗忽であり、公の禍福に関わりはございません。術士のでたらめを、けっして聴かれてはなりませぬ。」。道士はがっかりして去った。さらに言うには、ある役人が狐の祟りを憂え、術士を招いて祓わせたが、法に験がなく、かえって狐に苦しめられた。走っていってその師を訪ね、さらに符籙を乞うてきた。まさに祭壇に登って神将に檄していると[444]、すでに楼上で移動する音、会話する声が聞こえ、洶洶然と率いて去った。術士は見回して徳色があり、役人も深く感謝していた。ふと頭を挙げて壁の上の手紙を見ると、こうあった。「あなたには衰運が臨もうとしていましたので、わたしたちはお騒がせしましたが。しかし昨日、あなたは九百両を出し、育嬰堂[445]を建て、徳が神を感激させ、さらに福沢[446]を増されましたので、わたしたちは一族を挙げて去ることにいたします。術士が法術をおこなったのはたまたまその時にあたっていましたので、それを功としていますが、きわめてずうずうしいことでございます。觴豆[447]を賜い、恥をやや隠してやればよいでしょう。お礼なされば、小人にとって僥倖(たなぼた)でございます。」。字の直径は一寸あまり、墨痕はなお湿っており、術士は恥じてがっかりし、黙して語ろうとしなかった。梁の簡文帝の『湘東王に与ふる書』は諺を引いていう。「山川にしてよく語らば、葬師[448]食らふに所なし、肺腑にしてよく語らば、医師は面土のごとし。」。この二事は、鬼魅の言葉と言え、術士はそれを知ったのだろう。

　　
　　朱導江[449]が言った。妻の喪が明けるとたちまち禮懺[450]をした者がおり、様子はたいへん哀切で、初喪[451]に勝っていた。尋ねると、はじめは語らなかったが、親しい人がひそかに尋ねると、泫然として言った。「亡婦は半生ともに暮らしてきたが、まったくかれに明らかな過失があることに気づかなかった。さきほどにわかに夢みて冥府にゆくと、娘数百人が、銀の鐺(くさり)で縛られ、骨朶[452]で駆られ、大きな官署に入っていた。にわかに叫ぶのが聞こえ、魄魂を揺り動かした。その後、すべて引き出されたが、ともに流れる血は骭(すね)を被い、匍匐膝行し、羊や豚が牽かれているかのようであった。中の一人がわたしを見て手招きしたので、見たところ、亡婦であった。そこで驚いて尋ねた。『何の罪でこちらに来た。』『ことごとにあなたに二心を抱いていたことによるものでございます。はじめは家庭の常態と思いましたが、陰律はいたって厳しく、父を欺き、君を欺くのと同じ理でございますので、このように地獄に堕ちているのでございます。』。尋ねた。『二心とはどういうことだ。』『骨肉の中でひそかに子女を庇い、奴隸の中でひそかに下女を庇い、親戚の中でひそかに母の一族を庇い、いずれもお知らせなかっただけでございます。今、月朔[453]になるたび、かならず鉄杖三十を受け、いつ逃れられるか知らず、この累々としているものはすべてそれでございます。』。さらに話そうとしましたが、すでに鬼卒に曳かれていってしまっていました。長年の夫婦で、情に絆されましたので、営斎[454]造福[455]してやっているだけです。」。そもそも同牢[456]の礼は、情においてもっとも親しく、親しいものは、疏い者が隔てられるものではない。敵体[457]の義は、分においてはもともと尊いが、尊いものは、卑しいものが逆らえるものではない。そのため二人は心を同じくすれば、家庭の微細な曲折を、男子は知れず、知ってはいるが専断できない者とともになって、その欠点を弥縫するに足りるのである。もしその私愛[458]に従い、意思に偏りがあれば、謀略は百出し、耳目の及ばないところでは、あらゆる悪事をすることもできる。さまざまな釁端、さまざまな堕落は、すべてここから起こり、関わりは大きく、その罪はもとより軽くすることはできない。まして信じることはいたって深く、托することはいたって重いのに、その気づかないことを侮り、したいことをするのは、朋友においてもなお裏切りに属し、神罰に触れるのが当然である。人はもともと一律だが[459]、身分が三綱に属している者ならば、その裏切りの罪は、さらに倍蓰[460]を加えるではないか。尋常の細かいことを、厳刑で断ずるのは、深文[461]と言えない。

最終更新日:2012年7月28日

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