第十五巻

姑妄聴之一

　　わたしは生まれつき孤寂に耽っているが、ひとりで楽しむことはできない。巻軸筆硯とは、束髪の時から今まで、数十日も離れたことがない。三十以前は、考証の学を講じ、坐する処に、典籍を巡らすこと獺祭のようであった。三十以後は、文章によって天下に馳せ[1]、作文[2]は、つねに徹夜で構想していた。五十以後は、秘籍を修訂することを管轄し、復折[3]して考証を講じていた。今は老い、往年の興趣もなく、しばしば紙と墨を取り、旧聞を追録し、しばらく歳月を消遣している[4]ばかりである。そのため、『灤陽消夏録』などの三書を作っていたところに、さらにこの集ができたのである。昔の作者、たとえば王仲任[5]、応仲遠[6]は、経書を引き、古典に拠り、雄弁該博であるし、陶淵明[7]、劉敬叔[8]、劉義慶[9]は、簡談数言で、おのずから深遠である。本当にみだりに前賢に擬えようとしないが、大旨は風教に違わないことを期しており、恩怨を抱き、是非を転倒するなど、魏泰[10]、陳善[11]らがしたようなことはしていないとみずから信じている。たまたま盛子松雲[12]が出版[13]しようとしていたので、巻首に数行の弁[14]を軽々しく書いた。伝聞から得た話が多かったので、『荘子』の言葉を採って『姑妄聴之』と名づけた[15]。乾隆癸丑七月二十五日、観奕道人みずから題す。

　　
　　馮御史静山[16]の家のあるしもべが、突然発狂してみずからを打ち、口でうわごとを言った。「わたしは困窮して死にそうになっているが、それでも衣冠[17]だ。小人め、驕って路を避けぬとは。今からおまえを懲らして思い知らせよう。」。静山はみずから見にゆくと言った。「君は白昼姿を現すか。幽明は路を異にしているから、理においてよくないだろう。君は姿を隠すか。君はこのやからを見られるが、このやからは君を見られないのだから、どうして避けよう。」。そのしもべは、にわかに昏睡しているかのようになり、まもなくして目ざめれば、すでに通常に戻っていた。門人で桐城[18]の耿守愚[19]は、狷介でみずからを善しとし、人と礼節に関して争うことを好んでいた。わたしはかつてかれとともにその事について論じ、こう言った。「儒者はつねに盛気が優れているので、人の敬意を得るが、これを自重[20]という。重いか重くないかが分からないときは、みずからがしていることを見る[21]。道徳が聖賢に恥じることがなければ、王侯が篲(ほうき)を擁していても誉とすることができないし[22]、胥靡[23]が版築[24]していても辱めることができない[25]。貴ぶべきものは自分の中にあり、外にあるものは考慮するに足りない。外にあるものを重視するなら、人がわたしを敬えばわたしの誉、人がわたしを敬わなければわたしの恥となるのだから、輿台(しもべ)、僕妾(はしため)がすべてわたしの栄辱を操られることになり、みずからをたいへん軽く見ているのではないか。」。守愚は言った。「公は富貴のなかで生長されたので、ご持論がそのようなのです。寒士は貧賎をよしとしなければ、孤高は保てず、ますます人に賎しまれましょう。」。わたしは言った。「これは田子方[26]の言葉だが、朱子はすでに駁している[27]。それが偽り[28]であることは論を待たず、その説に就いて論じても、道徳はもとより重要なので、貧賎だからといってみずから卑屈にならないといっている。道徳がすこしもないわけでなければ、貧賎であっても人に驕れる。ほんとうに君の言う通りならば、乞食は君よりさらに貧しく、奴隸は君よりさらに賎しいが、群がり起こって君に驕っても、君はやはりかれらが立品[29]できているといえるのか。先師陳白崖先生[30]は、かつて手ずから一つの聯を書室に題し、言われた。『事よく足るを知れば心つねにかなひ、人求むるなきに到れば品おのづから高し。』。これはまことに根本を探求した論であり、七字は千古に伝えることができる。」。

　　
　　龔集生は言った。「乾隆己未、京師で霊佑宮[31]に寓して一人の道士と知りあい、しばしば杯酌[32]をともにした。ある日、観劇するので、招いてともにゆこうとすると、欣然として従った。薄暮に帰ると、道士が拱揖して言った。『皆さんの雅意を受けましたが、お礼するものがございません。今夜、傀儡(くぐつ)を一見することができますか。』。夜になり、居室にゆくと、一つの大きな方几[33]があるばかり、近くにいささかの酒と果物を供え、中央に一つの棋局を置いていた。童子を呼んで表門を閉ざさせ、客を招き、几(つくえ)の四面をを囲んで坐した。酒が次々に巡り、道士が界尺[34]を打つと、数人の小人、身長は八九寸のものが、局の上に落ち、声を合わせて劇を演じた。呦呦嚶嚶[35]として、声は四五歳の童子のよう、男女の装飾、音調関目[36]は、まったく劇場と異ならず、一齣が終わる（伝奇[37]の一幕を一齣という。古にこの字はなく、呉任臣[38]の『字彙[39]補注』にはじめて見える。「尺」[40]のように読むというが、習慣になってすでに久しいので、廃することはできない[41]。今、やはり俗体に従って書く。）、瞥然として見えなくなった。さらに数人が下に落ち、別に一齣を演じた。人々は驚いたり喜んだりした。楽しく飲んで真夜中になると、道士は童子に命じて門の外の几(つくえ)の上に、鶏卵数百個、白酒[42]数罌を置かせた。戛然[43]として楽が止むと、飲食する音が聞こえるばかりであった。何の術かと詰すと、道士は言った。『五雷法[44]を得た者は、みな狐を使うことができます。狐は大きくもなれ、小さくもなれますので、この戯れをなさせ、一晩の娯しみとしているのでございます。しかし仕事に供させるだけならばよいですが、物を盗ませたり、人に祟らせたり、女狐を召して枕席に薦めれば、天罰がすぐに訪れましょう。』。人々は見たことはないものを見たので、明晩ふたたび観劇させてくれと乞うた。道士は承諾した。翌晩、住まいにゆくと、朝に起きてすでに童子を連れて去っていた。」。

　　
　　占い師の童西磵[45]がいった。かつて二人が対局しているのを見たが、一人の客があらかじめ一つの棋譜を点じ[46]、「黒九三」、「白六五」のなどといったようにし、笥[47]の中に封じた。碁が終わって開いて見ると、一路も違いがなかったが、かれが何の術を操っていたのか分からなかった。『前定録』の記載を按ずるに[48]、開元年間、宣平坊の王生が、李揆のために出世について占った。封書を授けたが、数十枚ほどが入っており、こう言った。「君は拾遺[49]に除せられた日にこれを開け。」。後に揆は李璆の推薦を受けたので、宰臣[50]が命を受けて文辞を試験することになったが、一題は『紫絲盛露嚢賦』[51]、一題は『吐蕃に答ふる書』、一題は『南越に代はりて白孔雀を献ずる表』であった。揆は午の刻から酉の刻までに完成し、都合八字を抹消し、傍らに二句を書き入れた[52]。翌日、左拾遺を授かった。十日あまりして、王生の緘を開き、見ると、三篇はすべてその中にあり、抹消したところと書き入れたところも同じであった。古にこの術があり、この人はたまたま別伝を得ていただけである[53]。そもそも筆を執って思いを巡らしたり、碁盤に臨んで碁石を置くときは、当事者にも、あらかじめみずから思い通りにできない者がいるが、占い師はさきに知ることができるのである。自分がするのを任されている事さえも、定数(さだめ)を逃れないのだから、たくみに取り、むりに求め、営営然[54]として日々謀を闘わせるのは、やはりやめるべきことではないか。

　　
　　烏魯木斉(ウルムチ)の流人剛朝栄がいった。二人の男が西蔵(チベット)にいって貿易したが、それぞれ一頭の騾馬に乗り、山を進んだところ、路に迷い、東西が分からなくなった。するとたちまち十余人が懸崖から飛びおりてきたので、夾壩（西番は強盗を夾壩というが、額魯特(オロト)の瑪哈沁(マハチン)のようなものである。）かと疑った。だんだん近づけば身長はいずれも七八尺、身に毵毵[55]たる毛があり、あるいは黄、あるいは緑、面目は人のようで人ではなく、言葉は啁哳[56]として弁じられなかった。妖魅だと悟り、かならず殺されると思い、みな戦慄して地に伏していた。十余人は向かって笑い、襲ったり齧ったりする様子はなかったが、人を脇に挟み、その騾馬を駆っていった。とある山の窪みにつくと、人を地に置き、二頭の騾馬を一推しして穴に落とし、刃を抜いて屠り、火を吹いて炙り、車座になって飲み食らった。やはり二人を連れて座に就かせ、肉を前にそれぞれ置いた。観察すると、悪意はないようであったし、まさに飢え苦しんでいたので、しばらく食らった。満腹した後、十余人はみな腹を摩り、仰向けになって嘯いたが、声は馬が嘶くのに似ていた。中の二人はそれぞれ一人を連れ、峻い嶺三四重を飛びこえ、すばやいさまは猿か鳥のよう、官道の傍に送り、一石をそれぞれに与えると、瞥然として去った。石の大きさは瓜ほどで、すべて緑松[57]であった。持ち帰って売り、代金を得たところ、失ったものに倍していた。乙酉[58]丙戌[59]の間のことであった。朝栄はかつてその一人を見たが、話はたいへん詳しかった。これは山精、木魅か分からないが、かれらのしていたことを見ると、妖物ではないようであった。幽岩穹谷の中に、もともとこの種の野人がおり、昔から世と通じていなかっただけであろう。

　　
　　漳州は水晶を産し、五色はすべて備わっているというが、赤いものは見られず、貴ばれるのは紫だけであった。別に金晶というものがあり、黄晶とはるかに異なり、もっとも得るのが難しかった。たまたま得る人がいても、大きさは豇豆[60]のよう、瓜の種ほどがせいぜいであった。海澄公[61]の家にだけは三足の蟾(がま)[62]が一つあり、扇の根付にすることができ、見れば純金の熔液のよう、透明で、稀にみる宝であった。楊制府[63]景素[64]は、汀漳龍道[65]で役人をしていた時、かつてわたしに言った。しかしこれもそのように伝えていたというもので、目で見ていはいなかった。ひとまず記録して異聞を広める。

　　
　　陳来章[66]先生は、わたしの姻戚である。かつて古い硯を得たが、上に雲中儀鳳[67]の姿を刻してあり、梁瑶峰[68]相国[69]がそれに「その鳴くや鏘鏘[70]、雲に乗りて飛ぶ。有媯[71]の祥、その鳴くや帰昌[72]。四方に雲行[73]し、徳光[74]を発す。」と銘していた。時に癸巳[75]閏三月であった。庚子[76]になり、人に盗んでゆかれた。丁未[77]、先生の仲子[78]はそれを聞き、大金で購った。癸丑[79]六月にまたわたしに銘を請うたので、わたしはさらに銘して言った。「失ひてまた得るは、宝玉大弓[80]のごとし。たれかこれをしてしからしむる。故物たまたま逢ふ。たとふれば威鳳の雲を翀(つ)き、翩として影を遥空に没し、その帰るに及び、かならず梧桐に止まる。」。豪族の子孫には、祖宗の手沢[81]を、零落すると棄てる者が多い。かつて、媒婆が玉佩数個を持っており、某公の家が売りに出していると言っていたが、外を包んでいる破れ紙は、北宋刊の『公羊伝』四頁であったので、ながいこと嘆いた。聞けば、先人が失った器だったが、八年を経て購ったので、さらに人に乞い、銘して伝えることを求めたのであった。かれらの心がけ[82]は、そもそも相隔たること遠い。

　　
　　董家荘[83]の佃戸丁錦は、二牛という一子を生み、さらに一女は曹寧を婿とし、仕事を助けさせ、たいへん睦まじくしていた。二牛は一子を産み、三宝といい、娘も一女を生み、実家に住み、名を列ねて四宝といい、かれが生まれたのは同年同月で、数日違うだけであった。姑嫂[84]がたがいに抱き、たがいに乳で育み、襁褓の中ですでに婚姻を結んでいた。三宝四宝はさらにたいへん愛し、やや長じても、半歩も離れなかった。貧家であったので嫌疑を避けることを知らず、二児が遊んでいる時につねに指して言った。「これはおまえの夫で、これはおまえの妻だ。」。二児はどういうことか分からなかったが、そのことをすでによく聞いていた。七八歳を超えると、やや事情を理解したが、ともに二牛の母に従ってともに起臥し、避けなかった。たまたま康熙辛丑[85]、雍正癸卯[86]になり、しばしば凶作となった。錦夫婦はともに歿し、曹寧はさきに流転して京師にいったが、貧しくて自活できなかったので、四宝を陳郎中の家に質入れした（その名を知らず、江南の人であったことを憶えているだけである。）。二牛がついで来たとき、郎中は館童[87]を求めていたので、三宝をその家に質入れし、四宝と夫婦であると言わないように戒めた。郎中は家法が厳しかったので、つねに四宝を笞うったが、三宝はかならずひそかに泣き、三宝が笞うたれると、四宝もそうした。郎中は訝り、四宝を鄭氏（ある人は貂皮鄭[88]だという。）に転質し、三宝を追いはらった。三宝はもとの媒婆に身を寄せ、またある家に導かれて館童となった。しばらくすると、四宝の所在を仄聞し、縁故によって鄭氏の家に入った。数日後、四宝に逢えたので、抱きあって痛哭したが、当時、すでに十三四歳であった。鄭氏が怪しめば、偽って兄妹が逢ったと答えた。鄭氏はかれらの名の行第[89]が列なっているので、疑わなかったが、内外は隔たっていたので、出入りの時にともに目で合図するばかりであった。後に豊年となると、二牛、曹寧はともに京に赴き、子女を贖おうとし、探しまわって鄭家にいった。鄭氏ははじめてかれらがもともと夫婦であったことを知り、たいへん憐れみ、合巹を助け、なおも留めて仕事させようとした。その館師[90]厳某は、講学家で、古今の事情が異なっていることを弁えず、忌憚なく排斥して言った。「中表[91]が結婚するのは礼が禁じていることで、律も禁じていますから、逆らえば天誅がございましょう。ご主人のお考えはよいのですが、わたしたち読書人は、風化をみずからの任とするべきであり、理に悖り、倫常を乱すのを見て阻まず、人の悪事を助成するのは、君子ではございません。」。去就についてつとめて争った。鄭氏はもともと良懦であったし、二牛、曹寧も田舎の愚民であったので、法に違えば罪が重くなることを聞くと、みな恐れてやめた。後に四宝は売られて選人[92]の妾となり、数ヶ月足らずで病死した。三宝は発狂して走り出、どこで死んだか分からなかった。ある人は言った。「四宝は脅迫されて去ったが、顔を傷つけて哭泣し、ほんとうに選人と房幃(ねや)をともにしなかった。」。惜しいのはその詳細が知れないことだけである。もしそのようであれば、二人の者は、天上人間でかならず会い、けっして「一瞑して見ず」[93]の者ではなかろう。しかし厳某がこの悪業をなしたのは、どんな趣意だったか分からず、かれの結末も分からなかった。しかし神理は昭昭としているから、善報があったはずがない。ある人はさらに言った。「古人の仕方に拘っていたのでもなく、名を好んでいたのでもなく、四宝を窺ってみずからに侍らせようとしていたのだろう。」。それならば、地獄が設けられているのは、まさにこの人のためである。

　　
　　乾隆戊午[94]、運河の水が浅くなり、糧船は連なって進めなかったので、ともに劇を演じて神を祀った。運官[95]が揃い、『荊釵記』[96]の投江[97]の一齣を演じていると、たちまち銭玉蓮に扮した者が長跪哀号し、涙は声とともに下り、口では喃喃と訴えて止まなかった。言葉は閩音[98]で、啁哳として一字も弁ぜられず、鬼が憑いたことを知り、そのわけを詰問した。鬼も人の言葉を解せられず、人が紙筆を投げると、首を振って字を知らないと言っているかのよう、身振り手振りし、額づいて痛哭するばかりであった。どうすることもできず、岸の上に扶けあげると、なお嗚咽して跳び、人が散じるとやんだ。しばらくするとすこし意識が戻り、ひとりごちた。「突然、一人の娘が、手に頭を持って水から出てきました。ひどく驚いて魂を失い、昏然として酔っているかのようになりましたが、以後の事はまったく覚えておりません。これはきっと水底の羈魂[99]が、お役人さまがたが集まるのを見、出てきて恨みを鳴らしたのでございましょう。」しかし姿は見えず、言葉は通じず、泳ぎの達者な者に屍を探させても、姿がなかった。旗丁[100]にも最近娘を失ったものはなく、追究することができなかった。そこで連署して願文を調え、城隍祠で焚いた。四五日後、水手がゆえなく自刎して死んだが、この娘を殺した者で、神に責められたのかもしれない。

　　
　　鄭太守慎人[101]が言った。かつて数人の友人が閩の詩を論じたとき、林子羽[102]にすこぶる不満を述べた[103]。夜、就寝すると、筆硯が格格(ガタガタ)[104]と音をたてるのが聞こえたので、鼠かと思った。翌日、几(つくえ)の上に二行の字があったので言った。「『檄(げき)雨(う)[105]古潭暝(こたんくら)く、礼(れい)星(せい)寒(かん)殿(でん)開(ひら)く。』などは、銭、郎諸公[106]がいずれも言及していないようだが、すべて唐人が晋帖を模していると思えようか[107]。」。時にともに寝ていた数人は、書はいずれも似ておらず、数人以外、この言葉を作られる者はいなかった。文士が名を争うことは、死んでもなお止まないことが分かる。鄭康成[108]が祟りをなした事[109]は、ほとんど嘘ではない。

　　
　　黄小華[110]が言った。西城で扶乩した者がおり、下壇詩[111]にいった。「策策[112]たる西風木葉飛び、断腸す花謝して雁来ること稀なり。呉娘日暮れて幽房冷たく、なほ著(つ)く玲瓏白苧の衣。」。みな言っていることを解せなかった。乩仙はさらに書いた。「さきほど某家を訪ねましたら、あたらしく来た若い妾が、空き部屋に閉じこめられていました。流落離別は、もとよりかれの定命(さだめ)ですが、飢えと寒さは心配で、人の心に触れましたので、惻然としてこれを詠んだのでございます。つつしんで皆さまにお告げします。獅子を馴らし、象を懐ける才がなければ、軽々しくこうした考えを起こさないでください[113]。それもまた陰功でございます。」。仙を招いて号を尋ねると、「無塵」と書いた。さらに尋ねると、答えなかった。按ずるに、李無塵[114]は、明末の名妓、祥符の人で、開封城が陥ると、入水した。詩集があったが、言葉はなかなか秀抜で、かれの『王烈女を哭する詩』には「みずから嫌ふ予の涙あるを、敢へて世に人なしと言はんや。」といった。措辞は宜しきを得ており、もっとも作家に称えられている。

　　
　　「遺秉[115]」、「滞穂」は、寡婦の利得で[116]、その事は遠く周雅[117]に見える。郷村で麦が熟した時、婦孺[118]数十人が群れをなし、刈る者の後に従い、余りものを収めるのを、落穂拾いという。農家はこれを習慣としており、振りかえりもしないのは、古風[119]のようである。人情はだんだん薄くなり、利を追うこと走るかのよう、余りものを十分に与えないと、窃盗強奪があるのは、さらに進んでその初意を失った者である。そのため四五月の間は、婦女で露天に寝る者が野に満ちていた。数人が静海[120]の東におり、日が暮れた後、涼んで夜歩きしていた。はるかに見ると、ある場所に燈火があったので、近づいていって飲み物を乞うた。着けば門庭は華麗、童僕はいずれも鮮衣[121]を着けており、堂上に提灯を掛け、楽を設け、賓客と宴しているかのようであった。はるかに望めば三人の貴人が榻に拠って坐し、酒を進め、炙(あぶりにく)を運んでおり、人々は投宿の意思を述べ、門番が報告すると、主人は頷いた。にわかにまた呼び戻し、耳打ちして頼むことがあるかのようであった。門番は出、一人の媼を引いてこっそり語った。「ここは街からやや遠く、すぐには妓女を呼んでこられません。主人はともに来た女の朋輩[122]の中から、端正な者三人を選び、お酌させ、寝所に進ませ、各人に百両を贈ろうとした。そのほかにもそれぞれ褒美があった。媼は言葉を通じたのだから、褒美は倍に増すべきだ。」。媼はひそかに人々に告げ、人々は資金を得ることを利とし、幼い婦を唆してその招きに応じさせた。三人を引いて入り、湯浴みさせ、着飾らせ、衣裙を換えさせ、客に侍らせた。婦女たちはみな別室に置き、盛大に酒食が設けられた。真夜中になると、三人の貴人はそれぞれ一人の女を擁して別院に入り、家中はみな燭を消して就寝した。女たちは旅路で疲れ、やはり熟睡していたので気づかなかった。日が高くなり、眠りが醒めれば、邸宅の人物は、一人も見えず、野草だけは芃芃[123]として、一望すれば果てしなかった。三人の女を捜すと、いずれも草叢で裸になっており、換えた衣と裙はすでに見えず、もとの衣だけが十余歩離れたところに抛たれ、さいわいまだ残っていた。見ると金は、すべて紙銭であったので、幽鬼かと疑い、飲食はみな本物であったので、狐かとも疑った。地が海浜に近いので、蛟螭[124]水怪[125]のしたことかもしれなかった。利を貪り、身を失い、満腹を得たのであった。そのことを思えば、惘然[126]として相対し、一晩のことを思えば、おおむねは邯鄲の夢のようであった。亡兄晴湖は言った。「舞衫歌扇、姿態はさまざまだが、弾指の繁華は、すべて流れる水に従う。鴛鴦社[127]が散じる日、茫茫[128]として振り向けば、旧事はすべて空しい。これも草叢で裸になっていた三人の娘と同じく、夢から醒めたのである。どうして海市蜃楼だけが、頃刻の幻影であろうか。」。

　　
　　烏魯木斉(ウルムチ)参将の徳君楞額[129]がいった。以前、甘州[130]で、たがいに張掖の令に訴えた者を見た。甲は謡言をなして誹謗したといい、乙はほんとうに証拠があると言っていた。その事について尋ねたところ、二人はもともと中表[131]で、甲は妻を連れて出塞し、乙もともにいった。甘州の東数十里に到り、夜道に迷い、一人の男と遇ったが、貴い家のしもべのようであったが、こう言った。「この荒れた路は人が少なく、わたしの主家はここから遠くありませんから、一晩投宿なさったほうがよいでしょう。明日、官道をお示ししましょう。」。三四里ついてゆくと、小さい堡(とりで)があった。その人は入り、しばらくすると出てき、手招きして言った。「お上があなたがたを呼び、入っていただこうとしています。」。幾重かの門に入ると、一人の男が堂に坐しており、姓名籍貫を尋ねると、指示して言った。「夜が更けているから食事はなく、泊まれるだけです。門の側の小屋は、二人を容れられます。娘は下女と眠らせればよいでしょう。」。二人が就寝した後、隠隠と妻が呼ぶ声が聞こえた。暗闇に出て見、手さぐりしても門に達せず、呼ぶ声も寂然としたので、誤って耳がたまたま鳴ったのかと思った。眠りが醒めると、曠野の中にいた。急いで妻を捜せば、半里外れた樹の下で、裸体で後ろ手に縛られ、鬢は乱れ、釵は横ざまになり、衣裳は高い枝の上に掛かっていた。語るには、一人の下女が燈を持って導いてこちらに来たところ、華やかな建物数間があり、婆や数人がいた。にわかに主人がついてき、逼ってともに坐そうとした。拒むと、婆やは両手で抱きかかえ、衣を解き、臂を縛って榻の上に置いた。大声で叫んでも応える者はなく、辱めを受けた。空が明けようとし、主人が二つの物を頚の傍に置くと、家はにわかに消え、身はすでに沙石の上に臥していた。頚の傍の物を見ると、銀二鋌で、それぞれ重さ五十両と刻んであったが、その年号は崇禎、その県名は楡次[132]であり、土に蝕まれて黒ずみ、本当に百年以前に鋳たものであった。甲は乙に言わないように戒め、ともに分けることを約させた。後に約に違い、乙が怒り罵り争ったため、その事は漏れたのであった。甲夫婦もかたくなに認めなかったが、銀の由来を質せば、拾って得たと言い、さらに妻に縛られた傷のことを質せば、掻いて破ったと言った。その言葉ははっきりしていなかったので、乙の言葉はかならずしも嘘ではないのではないかと思った。令は笑って甲を去らせて言った。「法律では、遺失物を得たら、お上に納めるべきだが、とりあえずおまえが貧しいことを考慮し、持っていってよいことにしよう。」。さらに怒って乙を見て言った。「おまえが告げたことが嘘ならば、ともに拾ったのだから、ともに官に送るべきで、おまえに分け前はない。告げたことが真ならば、これは幽鬼が甲の妻に報いたもので、やはりおまえに分け前はない。これ以上余計なことを言ったら、おまえを笞うつぞ。」。ともに追い出した。とりあわなことで処理したのは、よかったといえる。これは麦を拾う女の事と似ている。一方はたくみに誘い、利でその心を動かし、一方はむりに脅し、利でその怒りを消した。人情を忖度し、その好みに合わせ、伎倆もほぼ等しい。

　　
　　金は牛魚[133]を重んじ、瀋陽の鱘鰉魚[134]は、今なお重んじられている。さらに天鵝[135]を重んじたが、今は重んじられていない。遼は毗離[136]を重んじ、毗令邦[137]ともいい、宣化[138]の黄鼠[139]を、明人はなお重んじたが、今も重んじられていない。明は消熊[140]、桟鹿を重んじた。桟鹿は桟[141]で養っていたものに違いなく、今なお重んじられているが、消熊はどんなものか分からず、やはりきわめて富貴の家で、この名を尋ねても、見たことがないといっている。そもそも物の軽重は、それぞれ時代の好尚によるものであり、標準はない。思えばわたしが幼かった時、人参、珊瑚、青金石[142]は、値がいずれも貴くなかったが、今では日々騰がり、緑松石、碧鴉犀[143]は、値がいずれもいたって貴かったが、今では日々減じ、雲南の翡翠玉は、そのかみは玉として見ず、藍田[144]乾黄[145]のようなものに過ぎず、むりに名を玉としていただけであったが、今は珍玩とされており、値ははるかに真玉[146]の上に出ている。さらに灰鼠[147]は昔は白いものを貴んだが、今は黒いものを貴び、貂は昔は長い毛を貴び、豊貂[148]といったが、今は短い毛を貴んでいる。銀鼠[149]は旧時は灰鼠と比べると値がすこし貴く、はるかに天馬[150]に及ばなかったが、今では貴いことほとんど貂のよう、珊瑚は昔は鮮紅で石榴の花のようなものを貴んだが、今は淡紅で桜桃のようなものを貴び、白くて車渠[151]に似たものをいたって貴いものとしている。五六十年を隔て、物の値が異なることからしてすでにこのようであるのだから、数百年を隔てている時はなおさらである。儒者が『周礼』の蚳醤[152]を読み、ひそかに疑うのは、古今が好尚を異にすることを知らないことによっている。

　　
　　八珍[153]は熊掌、鹿尾だけはよく見られるが、駱駝峰[154]は塞外に産し、すでに稀に見るものである（これは野生の駱駝の一瘤であり、普通の駱駝の二瘤ではない。話は『槐西雑志』に詳しい[155]。）。猩唇はその名を聞いただけである。乾隆乙未[156]、閔撫軍[157]少儀[158]はわたしに二つを贈り、錦の函に貯え、たいへん珍重しているかのようであった。そこで額から顎まですべて剥いで臘にしたが、口鼻眉目は、逐一そのままで、劇場の面具のよう、両唇だけではなかった。料理人は調理することができず、他の友に贈ったが、その料理人も知らなかったので、さらに人に贈った。誰の手に落ちたかは分からず、結局その調理法は分からなかった。

　　
　　李又聃先生[159]が言った。東光の畢公（たまたまその名を忘れた。官が貴州の通判[160]であった時、軍糧を運んでいて賊寇に遇い、血戦陣歿した者である。）かつて檄を奉じて苗峒[161]の地を調査したところ、土官[162]は盛大な宴で款待し、賓主はそれぞれの面前には蓋つきの磁器の杯が置かれており、土官が手ずから捧げて開けて見れば、一匹の虫が入っており、蜈蚣(むかで)のように蠕蠕として旋動していた。通訳はいった。「この虫は蘭が開けば生じ、蘭が萎めば死に、蘭の蕊だけを食らい、たいへん得難いものでございます。今はさいわい蘭の時にあたり、岩を捜し、穴を掘り、その二匹を得ました。そのためどうしても生のものを差しあげ、最高の敬意を示そうとしているのでございます。」すぐに塩の粉末少しばかりを、杯中に注ぎ、蓋で覆い、まもなく開いて見ると、すでに水に化しており、湛然[163]たる浄緑で、瑩�K[164]たること琉璃のよう、蘭の香りは鼻を打ち、用いて醯(す)に代えれば、香りは歯と頬に染み、半日後もなお余味を留めていた。惜しいことに、それが何という名かは尋ねなかった。

　　
　　西域の果物は、葡萄は土魯番(トルファン)より豊かなところはなく、瓜は哈密(ハミ)より豊かなところはない。葡萄は京師では緑のものを貴ぶが、その色を選んでいるだけである。本当は、緑色のものはわずかに熟しているだけで、あまり甘くなることはできず、だんだん熟すれば黄となり、さらに熟すれば紅くなり、十分に熟すれば紫となり、甘みも十分である。これは福松岩額駙[165]（名は福増格[166]、怡府[167]の婿である。）が辟展[168]を鎮めていた時、わたしに言った。瓜は貢品[169]にあてるもので、本当は哈密(ハミ)に産し、贈りものの瓜は、すべて金塔寺[170]の産である。貢品も六分あまり熟しているだけだが、途中、封じられているので、瓜の気が自然に蒸し、京師に着くと八割方熟することになるのである。八九分熟したものを貯えて運べば、蒸されて黴が生え、腐ってしまう。わたしはかつて哈密(ハミ)国王蘇来満(スレイマン)（額敏和卓[171]の子である。）に尋ねた。「京師の園戸[172]で、瓜の種を植えると、一年なら形と味はともに残っていますが、二年で味は改まり、形がやや似ているだけになり、三年たてば形と味はすっかり変わります。地気が異なっていからではないでしょうか。」。蘇来満(スレイマン)は言った。「こちらは土が暖かく、泉は甘くて雨がないので、瓜の味が濃厚になるのです。内地に植えれば、もちろん少し減じるでしょうが、種を養う方法も正しくないのです。今年の瓜の種を来年植えれば、この地でも味はうまくありません。気を得ることが薄いからです[173]。その法は、灰で瓜の種を培うべきで、湿っても乾いてもいない空しい倉に貯えますと、三五年後に用いることができます。年が長いほど良く、気を得ることが十分になります。培って十四五年になったものは、国王の圃(はたけ)にありますが、民間では待っていられませんし、しばらくすれば腐ってしまいます。」。その言葉は理に近いようである。しかし、その灰で培う法は、かならず節度があるし、かならず避けるべきこともあるはずである。中国で勝手なことをしても、かならずしも語った通りにはできないだろう。

　　
　　裘超然[174]編修[175]がいった。楊勤慤公[176]が幼かった時、郷塾に往来していたところ、緑衫の娘がしばしば塀の隙間に乗ってかれを窺っていた。避けることもあったが、かならず眸を巡らして一笑するのであった。色目を使っているかのようであったが、公はけっして脇見しなかった。ある日、塊(つちくれ)を拾うと、公に擲って言った。「このように美しい皮が、愚かな骨を包んでいますとは。」。公は拱手して答えた。「穴を鑿ち、塀を越えることは[177]、ほんとうに分からない。ほかに愚かでない者を捜してはどうか。」。娘はたちまち目を瞠り、まっすぐ見て言った。「このように狡猾なら、おまえから命を奪うことはできないな。とりあえず来生を待とった。」。髪をざんばらにし、舌を出して去った。それからは再び現れなかった。これは心がけが正しければ、怨霊もどうすることもできないことを見るに足りる。さらに、一代の名臣は、童稚の年でありながら、すでに自ら持することがこのようであることを見るに足りる。

　　
　　河間の王仲穎先生（安溪の李文貞公[178]は先生の字を仲退と改めてやった。しかしもとの字が行われることがすでに久しく、その改めた字を称する人はいない。）、名は之鋭といい、李文貞公の高弟であった。経術[179]に精通し、行いは方正、粋然たる古樸な君子であった。乙卯、丙辰の間、わたしが京師で姚安公に従っていたとき、先生はまだ国子監助教の官にあったのだが、一見できなかったので、今でも悵然としている。言い伝えでは、先生は夜、たまたま邸宅の後ろの人のいない院(なかにわ)にゆき、植えてある大根を抜き、肴にしていた。するとぼんやり人影が見えたかのようであったので、盗賊かと疑った。たちまち見えなくなっていたので、鬼魅だと悟り、幽明は路を異にするという理をもって、声を荒げて責めた。すると竹薮の中で人が語った。「先生は『易』にお詳しいですが、『一陰一陽』は、天の道でございます[180]。人は昼に出、鬼は夜に出るのは、幽明が分かれているのでございます。人が鬼のいない地に住み、鬼が人のいない地に住むのは、路を異にしているのでございます。そのため、天地の間に人がいないところはなく、鬼がいないところもございません。関わりを持ちさえしなければ、ともに育つことを妨げないのでございます。鬼が昼に先生の部屋に入られたのでしたら、先生がお責めになるのは正しいことでございます。今、時はすでに深更で、場所には人がいませんでした。鬼が出る時に、鬼がいる場所に入り、蝋燭を点さず、声も揚げられなかったのでございます。にわかに隠れるのが間に合わず、にわかに遇いましたのは、先生が幽鬼を犯されたのであり、幽鬼が先生を犯したのではございません。敬して避けることはすでに十分であったようでございますのに、先生はなぜ深くお責めになるのでございましょう。」。先生は笑った。「おまえは言葉が正直だから、しばらく措いて論じないことにしよう。」。みずから大根を抜いて帰った。後にそのことを門人に語ると、門人は言った。「幽鬼が話すことができ、先生も恐れていなかったのでしたら、その姓名を尋ね、しばらく言葉[181]を借り、冥府の説の真偽を尋ねるのも、格物の一法だったかもしれません。」。先生は言った。「これも人が幽鬼と親しむ話で、どうして幽明が路を異にする話であろうか。」。

　　
　　鄭慎人[182]がいった。以前数人の友人と九鯉湖[183]に行き、仙遊の山家に宿った。夜は涼しくて寝ず、門を出て月下を散歩していた。するとたちまち軽風が泠然として、林を穿って過ぎ、木葉は簌簌として、棲鳥[184]は驚いて飛び、種種の花の香りが、人の心骨に染みるのを覚えた。林を出た後、溪に沿って去ったが、水禽も磔格[185]と乱れ鳴き、何かを見ているかのようであった。しかし凝視しても見えるものはなかった。仙霊が来たことに気づいた。翌日、林内を尋ねて見れば、微雨は晴れたばかり、緑苔は罽[186]のよう、一歩一歩がみな弓彎[187]を印し、裸足の跡もあったが、三寸に及ぶものはなかった。溪の辺の泥の足跡もそうであった。数えると、約二十余人であった。指さし、徘徊し、ともに異変に驚いたが、どんな神女かは分からなかった。慎人は四首の詩でこれを記したが、その稿を保存することを忘れたため、思い返すことができない。

　　
　　慎人はさらに言った。ある日、庭で花が盛んに開き、婆やが驚いて叫ぶのが聞こえた。窓を推して見ると、きそって手で桂樹の杪を指していたが、一匹の蝶がおり、大きさは掌のよう、背中には一人の紅い衫の娘が坐し、大きさは拇指のよう、翩翩として舞い飛び、まもなく塀を過ぎて去った。隣家の子供は、さらに驚いて叫んでいた。これは何の怪(あやかし)か分からないが、花月の妖[188]というものだろうか。この事を説いた時、劉景南[189]の家にいたが、景南は言った。「閨閣の遊戯で、通草の花の中の人物を蝶の背に縛って放ったものでないとどうして知れよう[190]。」。これも一説であった。慎人は言った。「ほんとうに小人が蝶の背にいるのを見たが、磬控[191]駕馭[192]の姿をしており、俯いたり仰いだり、振り返ったりし、姿態は生き生きとして、まったく偶人(ひとがた)[193]に似ていなかった。」。これも不可解なことである。

　　
　　舅氏の安公介然[194]がいった。以前、高陽[195]の劉伯絲先生[196]が瑞州[197]で官となるのに従ったが、城西の土神祠で、一体の泥塑の鬼卒がたちまち地に倒れ、さらに一体の青面黒髪の鬼卒、衣装面貌は泥塑の鬼卒と同じものが、その下に圧されていたそうである。見れば、それは村の少年某で、鬼の姿に扮しており、すでに背骨を断たれて死んでいた。人々は驚き怪しみ、そのわけが分からなかったが、しばらくすると事情を知る者が言った。「某は隣家の妻が若かったので、挑んだが、罵られた。妻はその日実家に行ったので、かならず夜に帰ってき、祠の前を通るだろうと思った。祠は人家からやや遠かったので、偽って鬼の姿になり、像の後ろに伏し、来るのを待ってにわかに襲い、驚き恐れて昏倒したのに乗じ、願いを叶えようとした。あにはからんや、神はお責めになったのだ。」。そもそもその妻の弟はこの謀りごとに関わっており、はじめは人に告げようとしなかったが、事が落ちついた後、すこし漏らしたのであった。介然公はさらにいった。狂童[198]蕩婦[199]が河間の文廟の前で遇い、憚ることがなくふざけていると、たちまち飛んできた瓦がその脳を破ったが、どこから来たか分からなかった。そもそも聖人は道徳が天地と等しく、二氏[200]の教えのように、霊異を借りてはじめて信ぜられ、護法[201]を待ってはじめて貴くなるものとどうして同じであろうか。しかし、神鬼が守ることは、理としてあるはずだ。朱錦[202]が会元になったのは前世で文廟[203]を修理したことによるとかならずいうのは[204]、聖人をたいへん小さく見ているが、数仞の宮牆でも神霊の加護がないとかならずいうのは、儒者の迂愚である[205]。

　　
　　三座塔（蒙古名は古爾板蘇巴爾、漢唐の営州柳城県、遼の興中府である。今は喀剌沁(カラチン)右翼[206]の地である。）の金巡検[207]がいった（裘文達公[208]の姪の婿で、たまたまその名を忘れた。）、ある樵が山をゆき、虎に遇い、石の穴に逃げ込んだところ、虎もついて入ってきた。穴はもと窪んでいて折れ曲がっていたので、輾転[209]として奥に避けると、虎はだんだん入れなくなった。虎はどうしても樵を襲おうとし、むりに入ってきた。樵は切羽詰まり[210]、傍の小さい穴を見たところ、わずかに身を容れるに足りたので、蛇行して入っていった。ところがくねくねと[211]数歩ゆくと、たちまち天の光が見え、かえって穴の外に出た。そこでつとめて数個の石を運び、虎の退路を塞ぎ、両穴がともに集まって柴を焚いた。虎は燻され焼かれ、吼え声は岩谷を震わし、まもなく死んだ。この事はやめるべきなのにやめないことの戒めとするにも足りた。

　　
　　金巡検はさらに言った。巡検の署内の太湖石は、高さは簷を越え、皴皺[212]斑駁[213]、孔竅[214]玲瓏[215]として、眺めれば形は飛動しているかのようであり、遼金の古物といわれていた。按ずるに、金はかつて艮岳[216]の奇石を裂き、北に運んでいったから、これがいわゆる「卿雲万態奇峰[217]」だろうか。しかし金は大定府を北京とし、今の大寧城[218]は、遼の興中府[219]で、金は降して州としていたので、州治[220]に石を置くはずがない。これも明らかにできない疑問である。さらに言い伝えでは、京師の兔児山[221]の石は、いずれも艮岳の遺物だそうで、わたしが幼い時にはまだ見られた。わたしの虎坊橋[222]の邸宅は、威信公[223]の旧宅で、広間の東側の石は高さが七八尺、話では、雍正年間、はじめて邸宅を造った時に賜わったもので、やはり兔児山から移したものだということである。南城[224]にあるあらゆる太湖石のなかで、これが第一であった。わたしが「孤石老人」とも号するのは、これに由来している。

　　
　　京師の花木のもっとも古いものは、給孤寺[225]の呂家の藤花が第一であるが、次はわたしの家の青桐で、いずれも数百年の物である。桐の幹は横径が一尺五寸あり、聳えて秀でていた。夏には庭がすべて碧色となった。惜しいことに虫が一つの孔を食らい、雨がその中を浸し、しばらくすると中が朽ちて根に達し、枯れそうになった。呂氏の宅は後に高太守兆煌[226]に売られ、さらに程主事振甲[227]に転売された。藤は今なおあるが、その棚は梁や棟の材を用い、はじめて支えられている。その陰は広間と院(なかにわ)を覆い、その蔓は傍らに延び、さらに西側の書室の中庭を覆っている。花時には紫雲が地に垂れているかのよう、香気は衣を襲った。慕堂孝廉が生きていた時（慕堂は名を元龍といい、庚午[228]の挙人、朱石君[229]の妹婿である。わたしとともに学業を董文恪公[230]に授かった。）、あるときはみずから客と宴し、あるときは友人が借りて客と宴し、酒を飲み、詩を吟じ、虚しくする晩はほとんどなかった。今まで四十余年。ふたたび曽遊の地にいったが、すでにもとの主はなく、ことに隣笛[231]の悲しみを深くした。倪穟疇[232]年丈[233]はかつて一聯を題して言った。「一庭の芳草新緑囲み、十畝の藤花古香[234]に落つ。」。書は精妙で、渇驥怒猊[235]のようであったが、今もあるかは分からない。

　　
　　陳句山先輩[236]はある邸宅に引越したが、家具を運ぶ時、さきに十余篋の書を庭に置いた。すると樹の後ろで小声で「三十余年、こちらでこうした物を見なかった。」と語るのが聞こえたようであった。見ると闃如としていた。ある人は言った。「きっと狐だ。」。句山は首を振って言った。「こうしたことを言えるのなら、狐でもたいへん良かろう。」。

　　
　　先祖の光禄公[237]は、康煕年間、崔荘で質屋を開き、番頭は沈玉伯であった。かつて傀儡を持ってきた者がおり、木偶二箱を質入れしたが、高さはいずれも一尺あまり、作りはすこぶる精巧であった。期限を越えても贖わなかったが、転売することもできなかったので、廃物となり、久しく室の中に捨ておかれていた。ある晩、月が明るかったが、玉伯は木偶が庭を舞い跳び、劇を演じる動作をしているのを見た。聴いても、咿嚶[238]として曲を作っているかのようであった。玉伯はもともと大胆だったので、声を荒げて叱ったところ、一時に四散した。翌日、火を挙げて焚いたが、まったく他に異変はなかった。そもそも物は年を経れば妖(あやかし)となるが、焚けば精気が溶けて散じ、ふたたび集まれないのである。憑いているものがあっても妖(あやかし)となるが、焚けば拠りどころを失うので、霊力を持てなくなる。これはもとより物理の自然である。

　　
　　献県のある県令は、下役を待遇するとき、きわめて恩徳を施した。歿した後、眷属はまだ官署にいたが、下役には一人も挨拶する者はいなかった。むりに数人を呼んでくると、みな獰猛に対応し、以前とちがっていた。夫人は憤り、柩の前で慟哭した。疲れて仮眠すると、県令がぼんやりと見えて語った。「このように良心がないのは、あのものたちの本分だ。わたしが、かれらが徳に感じることを望んでいたことからして、すでに大きな誤りだが、おまえがかれの裏切りを責めるのは、さらに誤りではないか。」。突然目ざめると、それ以上怨まなかった。

　　
　　康煕末年、張歌橋（河間県の地である。）に劉横という者（横は去声で読み、その凶暴さによってこの称を得たのであり、その本名ではない。）がおり、河のほとりに住んでいた。たまたま河水がにわかに満ち、重いものを載せている小舟は、しばしば沈没[239]した。たまたま見ると、流れの中央に一人の女がおり、折れた櫓を抱えて波間に浮沈し、叫んで救いを求めていたが、人々は助けようとしなかった。横はひとり奮然として言った。「おまえたちは男でないか。どうして死を見て救わない者があろう。」。みずから小船に掉さし、三四里追い、転覆しそうになること数回で、救い出した。一日後、一子を生んだ。一か月あまりすると、横はたちまち病み、妻子に葬式の準備をするように命じた。その時はまだ歩いたり立ったりすることができたので、人々はみな訝った。横は太息した。「おれは助からない。溺れた人を助けた晩、ぼんやりと夢みて、とある官府にいった。吏卒が導いて入ると、役人が帳簿を持っておれに示して言った。『おまえは平生種種の悪行を積んでいたから、今年の×日に死に、豚の身に堕ちること五世、屠殺の刑を受けることになっていた。さいわいおまえは一日に二人の命を活かし、おおいに陰功をなしたから、冥律で二紀を延ばすことになった。今、寿籍[240]から除き、業報[241]と相殺し、やはりもともと死ぬと注せられた日に死ぬこととする。期限はすでに迫っている。世人が愚かで、あのような善行があったのに、若死にするとはと疑う恐れがあるので、おまえを召して証人にさせ、その事情を知らせたのだ。今生で因果はともに消えたから、来生は努力せよ。』。目ざめて嫌に思い、人に告げなかった。今、期日になったがほんとうに病んだから、これ以上活きることを望もうか。」。その後、その言葉通りになった。この神理は明らかで、すこしも違わず、盛衰[242]損益[243]は、つねに数世を合わせて計算することがわかる。たまたま験がないからといって、天道が知らないと思ってはならない。

　　
　　鄭蘇仙[244]が言った。隣家の娘と密会することを約したものの、妻が家にいるので憂えている者がいたが、妻の家から銭数千を借りていたので妻に命じて返させたところ、妻は欣然として出かけた。ところが隣家の女は時間に遅れ、その妻は途中で悪者に遇い、悪者はすべて衣裙[245]簪珥[246]を奪い、縛って秫(もちきび)の茂みに置いた。いずれも客作[247]流民であったので、追究することができなかった。その夫は俯いて太息するばかりで、一言もなかった。人々も隣家の娘の事を知らなかった。数年後、ある田舎の媼の息子がよその女に挑んだが、媼はそれに気づき、くりかえし戒め、この事を挙げて因果を明らかにしたので、人々はややそのことを知ったのであった。思うにこの人[248]が隣家の娘とやりとりする時、実はこの媼が取り次いでいたので、詳細を知っていたのであろう。しかし隣家の娘の姓名だけは、媼は終始漏らそうとしなかったので、さいわい露顕しなかった。

　　
　　狐は変化(へんげ)するが、かれらがみずからをどう見ているか、かれらがおたがいをどう見ているかは分からない。このことは、かつて『灤陽消夏録』で論じた[249]。しかし、狐はもともと惑わすことが達者な者である。幽鬼にいたっては、人の余気であり、その霊妙なものが人のようであるに過ぎない。人は無を化して有にし、小を化して大にし、醜を化して美とすることはできない。諸書は鬼に遇った者のことを載せているが、その棺は宮室と化し、人を招いて入らせることができ、その墓は庭と化し、人を留めて住まわせることができ、非業の死を遂げた幽鬼、諸々の醜状を備えている者が、美麗に化せられる。幽鬼となってどうしてすぐにできようか。それとも教える者がいるのか。狐の幻を見ることは、もっとも不可解である。思えば涼州の道中で、御者が山の窪みを指して言った。「以前、車数十輌と、この山で野宿しました。月明かりの下、はるかに見ますと、山の中腹に人家があり、土壁が巡り、建物は逐一数えられました[250]。翌日通ると、幾つかの塚があるだけでした。」。これは人がいない地でも、このありさまを示すことができるということである。明器[251]が作られたのは、聖人がこの事情を知っていたからか[252]。