第十二巻
槐西雑志二
安中寬[1]が言った。ある人がひとり林を歩いていると、二人の男に遇ったが、文雅の士のようであり、吟じながら歩いていた。一人が懐から一冊の書物を落とすと、この人は拾った。字はたいへん拙く、波磔[2]はいずれもそれほどはっきりしておらず、わずかに識別できるだけであった。その中は、符籙であったり、薬方であったり、人家の春聯[3]であったり、雑多で脈絡がなかったが、ときおり経書古文の詩句があった。閲覧していると、二人はにわかに追ってきて奪ってゆき、たちまち見えなくなった。そこで狐魅かと疑った。すると一枚の紙切れが飛んで草叢に落ちたので、かれらが遠くに去るのを待ち、捜してそれを得た。上には字があった。「『詩経』の「於」の字はすべて音が「烏」で、『易経』の「無」の字の左側には点がない[4]。」。わたしは、これは仮託して、粗雑な人間の、文芸を講ずることいを好むもののことを語っているのだと思った。しかしこれらに専念できることは、飲博遊冶することに勝っていないか。読書人がかれらを励ますことができれば、そこにはかならず成就するものがいるはずで、疎んじて捨てたり、斥けて笑ったりするものは、聖人の互郷[5]、闕党[6]の二童子への待遇を思っていないのである[7]。学問を講ずるものは、崖岸[8]がひどく険しく、人が自暴自棄に甘んじるようにさせ、みな己の名誉を求め、世道人心を膜外[9]のように見ているのである。
景州[10]の寧遜公[11]は、琉璃を舂き砕いて漆に混ぜ、堆くして擘窠[12]の書にし、凹凸や皺があり、さながら石の紋様のようであった。つねに技を提げて富貴の家に遊び、人に酒食を求めることを好んだ。酒宴があることを聞けば、かならずいって末席に混じった。ある日、呉橋[13]の社会[14]があったので、作った対聯や匾額を売りにいった。晩になると、数両を得た。たちまち十数人が迎え、言った。「わたしたちはあなたが一月の時間を尽くし、字を若干書いていただきたいのです。分けて親戚友人に贈れば、ささやかな報酬を得られましょう。今はまず先生にお食事をおとりいただき、明日お迎えして某所にゆきましょう。」。寧は大いに喜び、従って酒肆に入り、ともに飲食をほしいままにした。時間がたって初鼓となり、主人がせきたてて戸を閉ざそうとすると、十数人は一斉に見えなくなり、座上には寧が一人いるばかり、弁明できず、有り金をすべて払って代金を償った。懊悩して帰ったが、幻術なのか狐魅なのか分からなかった。李露園[15]は言った。「この御仁はもとよりこの報いを受けるべきだったのだ。」。
某公が一人の孌童を愛していたが、性質は柔和で、市井の様子はなく[16]、寵を恃んで放縦にすることはなかったが、にわかに数日泣き、目はすっかり腫れてしまった。怪しんでそのわけを質すと、慨然として言った。「わたしは毎日枕席に進み、とくに自覚はございませんでした。昨日、寓所で某と某童が親しんでおり、わたしは隙間からこっそりと窺いましたが、醜悪さは名状し難く、横陳[17]の女とはるかに異なっていました。そこで、わたしは男子であるのに、このような辱めを受け、悔いても手遅れだとみずから思い、恥じ、憤り、死のうとしたのでございます。」某公はあれこれと慰めたが、結局怏怏として楽しまず、後に逃れ去った。ある人が言った。「すでに姓名を改め、読書して学校に入りました。」。梅禹金[18]には『青泥蓮花記』[19]があるが、この童も、青泥蓮花に近いか。また、しもべの張凱は、はじめは滄州[20]の隸卒[21]であったが、後に夜に罪人がひそかに泣く声を聞き、心が動き、辞して去り、亡き姚安公に身を売り、年が四十余で子がなかった。ある日、その妻が出産するとき、凱は愀然として言った。「女でございましょう。」。その後、ほんとうにその通りになった。「どうして分かった。」と尋ねると、言った。「わたしが隸卒であった時、某が、その妻が隣人の張九と密通したことを訴えました。人々はそれが濡れ衣であることを知っていましたが、事は曖昧に関わっていましたので、代わって明らかにするすべがありませんでした。たまたまお上はわたしを遣わし、張九を捕らえさせましたので、わたしは言上しました。『張九は初五日に税金逃れで捕らえられ、初八日に十五回笞うたれて去りました。今は行方が知れませんので、その期限を緩めてください。』。お上が徴税の帳簿を調べますと、まさにその通りでしたので、某にむかって怒って言いました。『初七日に、張九はまさに拘禁されていたのに、どうしておまえの妻の部屋にこようか。』。杖で打って追いはらいました。実はそれは別の張九のことで、わたしはそれを借りてごまかして免れさせることができました。去年この妻が死んだことを聞き、昨夜夢みましたところ、かれがわたしに向かって拝礼し、かれが転生してわたしの娘になったことを知りました。」。後にこの娘は嫁いで商人の妻となり、凱夫婦は老いて病み、かれの孝養に頼って終わった。楊椒山[22]に『羅刹成仏記』があるが、このような奴隷も、羅刹成仏に近いか。
馮平宇が言った。張四喜という者がおり、家が貧しく傭作[23]となっていた。流転して万全山中[24]にゆき、翁と嫗に遇い、留まって農園を管理した。翁と嫗はかれの勤苦を愛し、娘の婿にした。数年後、翁嫗は塞外に行って長女を訪ねると言い、四喜も妻を連れてよそにいった。しばらくしてだんだんかれが狐であることに気づいた。異類とつれあいになったことを恥じ、かれがひとり立っているのを伺い、ひそかに弓を張って射ると、左の股に中たった。女狐は手で矢を抜き、一躍してただちに四喜の前にゆき、矢を持って責めた。「あなたはひどく不実ですから、たいへん恨めしゅうございます。ただ、他の狐は人を惑わすとき、かりそめに野合するだけですが、わたしは父母に命ぜられ、礼に従って結婚し、夫婦の義がございます。三綱[25]が関わっていますので、あなたに仇しようとはいたしませんが、あなたがお見捨てになるなら、むりに住んであなたを騒がせようともしません。」。四喜の手を握り、痛哭した。数刻後、蹶然として亡くなった。四喜は帰り、数年後に病死したが、納棺する棺がなかった。女狐はたちまち外から哭いて入ってき、舅姑に拝謁し、つぶさに顛末を述べた。そして言った。「わたしは嫁いでおりませんので、まいったのでございます。」。その母は感動し、四喜は良くないと罵った。女狐は俯いて語らなかった。隣家の妻も不満に思っていたので、母が罵るのを助けた。すると女狐は怒って見ていった。「父母が子を罵るのは、できないことはありません。あなたはどうして人の妻の前で、人の夫を罵るのです。」。衣を揮って出、行方が知れなくなった。去った後、四喜の屍の傍で白金五両を得、葬ることができた。後に四喜の父母は貧しくなったが、しばしば盎や篋の中で、思いがけなく銭や米を得た。そもそもこれも女狐が齎したものであった。みなこの狐は姿が人に化していただけでなく、心も人に化していたと言った。ある人はさらに言った。狐は礼を知っているが、ここまでではない、平宇がことさらにこの事を撰し、人でありながら狐に及ばない者を恥じさせたものであろうと。姚安公は言った。「平宇は田舎の叟だが、心は篤実、平生一字の偽りもなく、かれと語れば、訥訥として発言しなかったから、話を作る者ではない。」。
盧観察撝吉が言った。茌平県[26]で夫婦が相継いで死に、一子が遺され、一年がたったばかりであった。兄と嫂はいずれも世話しなかったので、子は飢えて死にそうになった。たちまち一人の若い女が門を開いて入ってき、子を懐に抱き、その兄と嫂を罵った。「おまえの弟夫婦の屍骸が冷たくなってもいないのに、おまえたちはどうしてここまで酷い心を持っているのだ。子供をわたしに渡されれば、なおも活きる場所を捜せますからようございましょう。」。子を連れて出、最後はどうなったか分からなかった。隣人はみな目で見た。その事を知る者は言った。「その弟は生前、つねに一人の女狐に親しみ、心は昔の情誼を忘れず、遺児を見にきたのだろうか。」。これも張四喜の妻の亜流である。
烏魯木斉には狭斜が多く、小楼深巷で、方響[27]がしばしば聞かれた。譙鼓[28]がはじめて鳴ってから、寺の鐘が鳴ろうとするまで、燈火はつねに熒熒としていた。遊蕩する者は、したい放題にしていたが、官は禁じなかったし、禁ずることもできなかった。寧夏の布商何某は、年少で見目麗しく、財産は千金を積んでおり、さほど吝嗇でなかったが、北里遊びを好まなかった。しかし牝豚十余頭を飼い、養ってきわめて太らせ、洗ってきわめて清潔にし、日々門を閉ざしては淫行に耽り、豚も摩ったり近づいたりし、その牡に親しむかのようにしていた。しもべはつねにこっそりと窺っていたので、気づかないはずはなかった。たちまちかれの友人が酔いに任せ、戯れ詰ると、恥じて井戸に身を投げて死んだ。迪化庁の同知木金泰[29]が言った。「わたしはみずからこの事件を取り調べたのではないから、司馬温公がわたしに告げても[30]、信じない。」。わたしはこの地の雑詩を作っていった。「石破れ天驚く事ありやなしや、その後好色登徒に勝る。何郎甘んじて風情のために死し、はじめて信ず劉郎の媚猪[31]を愛するを。」。これはその事を詠んだのであった。人の性癖には、このようなことにいたるものがある。そこで理によって天下の事を断ずれば、その変態を語り尽くせないが、情によって天下の事を断じても、その変態を語り尽くせないことが分かる。
張一科は、どこの人であったか忘れた。妻を連れ、塞外で生計を立て、西商に雇われていた。西商はかれの妻に親しみ、金を使うこと土のよう[32]、数年足らずで資産はすっかり一科に属し、かえってかれの家に寄食した。妻は嫌がり、罵って去らせた。一科は言った。「その男がいなければ今日はなかったのだから、負くのはよくない。」。かたく許さなかった。妻はある日棍棒を持って西商を追いはらった。一科が怒って罵ると、妻も罵りかえした。「あいつはわたしを愛さず、わたしの色香に親しんだのです。わたしもあいつを愛さず、かれの財貨を利としたのです。財貨で色香を博し、色香はすでに得たのですから、わたしはもともと負いてはおりません、色香で財貨を博し、財貨が続かなくなれば、あいつもわたしを責められません。それですのに、追いはらわず、留めておいてどうなさいます。」。一科はますます憤り、刀を抜いて妻を殺し、まず百金を西商に贈り、その後、自首して獄に入った。もう一人は、その姓名を忘れたが、やはり妻を連れて出塞し、妻が病死し、帰れなくなり、乞食となった。たちまち西商が店に招き、五十金を贈った。ひどく手厚いことを怪しみ、つよくそのわけを質すと、西商はひそかに語った。「わたしが奥さんともっとも親しんでいたことを、あなたはご存じありませんでした。奥さんが亡くなろうとしたとき、ひそかにあなたのことをわたしに託されましたので、わたしは死者に負くに忍びず、あなたを助けて故郷に帰らせるのですよ。」。この人は怒って地に擲ち、格闘して法廷にいった。二事は去ること一月たらず。相国温公はこの時に烏魯木斉を鎮め、ある日、属官と秀野亭[33]で宴し、席上で言及すると、前の竹山[34]県令の陳題橋が言った。「一人は貧富によって交わりを易えず、一人は死生によって約に負かなかったので、小人とはいえ、いずれも純朴なので教化できる。」。公は眉を顰めて言った。「純朴であるのは本当にそうだが、張一科はどうして教化できようか。後に妻を殺した者は死刑に擬せられたが、判決はたいへん軽く、金を贈った者は杖刑に擬せられ、枷示[35]と言われなかった。」。公はしばらく沈思すると、慨然として言った。「いずれも法律違反だ。しかし人情の薄いことは久しいから、有司はこのような事件では、このようにすればよい。」。
嘉祥[36]の曽映華[37]が言った。ある晩、秋の月が澄明であったので、数人の友人たちと場圃[38]の外を散歩した。するとたちまち旋風が滾滾として、東南から来た。中に十余の幽鬼がおり、たがいに牽き、殴ったり罵ったりしていた。なおその一二語を弁ぜられたが、朱陸[39]の異同を争っているようであった。門戸[40]の禍は、下は黄泉に徹するか。
「去り去りまた去り去り、淒惻[41]す門前の路。行き行き重ねて行き行き、輾転としてなほ情を含む。情を含み一たび回首し、わが窓前の柳を見る、柳北は高楼、珠簾なかば鉤[42]に上る。昨は為ち楼上の女にして、簾下に鸚鵡を調す、今は牆外の人となり、紅涙羅巾を潤す。牆外と楼上と、相去ること十丈なし、云何ぞ咫尺の間、千重の山を隔つるがごとき。悲しきかな両つながらに決絶し、これより終天[43]別る。別鶴[44]むなしく徘徊し、誰かおもはん鳴声の哀しきを。徘徊し日晩れんとし、意を決して身を投じて返る。手づから裂く湘裙[45]の裾、泣きて寄す稿砧[46]の書を、憐れむべし帛一尺、字字血痕赤く、一字一酸吟[47]し、旧愛人心を牽く。君もし覆水を収めば、妾罪鞭箠に甘んじ、然らずんば君前に死に、終に生きながら棄捐せらるるに勝る。死するも別語なく、願はくは君家の土に葬られん、もし断腸花に化せば、なほ君の家に生ずるを得ん。」。右は『永楽大典』に見え、題は『李芳樹刺血詩』という。朝代を記さず、芳樹の顛末も詳らかでない。みずから作ったもので、竇玄の妻の詩のようであるのか[48]、時人の代作で、焦仲卿の妻の詩のようなものであるのか分からない[49]。世に伝本がないが、わたしは『四庫』を校勘していてたまたま見た。それが纏綿として抑鬱[50]しながら、すこしも怨怒の意がなく、ほとんど鬼神を泣かせられることを愛した。そこで館吏に命じて紙に記録させたが、しばらくしてなくなった。今、灤陽で働き、旧帙を調べていたところ、たちまち小篋の内から得た。埋没すること数百年、ついに世に現れたが、どうして貞魂怨魄の、精気は三光[51]を貫き、磨滅するべきでないものでなかろうか。陸耳山[52]副憲[53]は言った。「この詩は韓蘄王の孫女の詩の前に置かれているが、かれ[54]は宋末にいたのだから、芳樹はきっと宋の人であろう。」。体例から推せば、そうであるはずだと思う。
舅氏安公実斎が、ある晩就寝したところ、部屋の外で門を叩く音がした。尋ねても答えず、見ても見えるものはなかった。数晩後も、やはり同様であった。さらに数晩して、ほかの部屋もやはり同様であった。このようにすること十余たびであったが、ほかに何事もなかった。後に村内で盗賊を捕らえたところ、みずから言った。「わたしはかつて某家に十余たび入ったが、人々が眠っていなかったので返った。」。その日を尋ねるとすべて合っていたので、はじめて幽鬼が盗人の来たことを報せたことが分かった。ゆえに、瑞兆はかならずしも幸ではなく、妖異はかならずしも禍ではなく、それぞれその人次第なのである。
明の永楽二年、江南の豪族を移して畿輔[55]に満たした。初祖椒坡公は、上元から献県の景城[56]に移った。後に子孫が増えたので、崔荘に分家し、景城の東三里に住んだ。今、土人は、仕宦するものや科挙に合格するものが多くは崔荘に住んでいるので、みな崔荘紀氏と称し、その隆盛を讃えている。わが一族はもちろん景城紀氏と称し、本家を忘れていない。椒坡公の旧宅は景城と崔荘の間にあり、兵火によって久しく崩れ、その遺址は族叔楘庵の家に属していた。楘庵はわたしから経書を学び、乾隆丙子に郷試に合格すると、家を築いてここに引っ越そうとした。亡き姚安公はあらかじめ一聯を題してやった。「当年始祖はじめて地を遷し、この日雲孫はふたたび家を造る。」。後に家を築くのを果たさないでいるうちに、姚安公が甲申八月に遺児たちをおいて亡くなった。地を卜するとこの場所だけが吉であったので、よその田を割いてそれを婺庵と交換して葬った。先の聯は公がみずからを予言していたかのようである。事はみな前もって定まっているということが、どうして嘘であろうか。
侍姫沈氏は、わたしが字をつけて明睠といった。かれの祖父は長洲[57]の人だが、河間に流寓し、かれの父がそこに家を構えたのである。二人の娘を生んだが、姫はその次女で、神思朗徹[58]、とりわけ貧家の娘らしくなかった。つねにひそかにかれの姉に語った。「わたしは農家の妻になれませんが、豪族もきっとわたしを妻にするはずはございませんから、富貴の家の妾になりたいものでございます。」。その母はそれを仄聞していたが、結局その志の通りになった。資性は聡明で、平素誰にも逆らわなかった。わたしに嫁いだ当初、馬夫人に目通りしたが、馬夫人は言った。「聞けばおまえはみずから願って人のために妾となったそうだが、妾もたいへん辛いものだよ。」。すると居住まいを正して答えた。「妾になることを願わないので、妾になるのが難しいだけでございます。妾になるのを願うならば、妾になるのもどうして難しいことでしょう。」。そこで馬夫人は終始愛すること愛娘のようであった。かつてわたしに語った。「女が四十以前に死ねば、人はなお痛惜しましょう。青裙[59]の白髪が孤雛[60]腐鼠[61]となることを、わたしは願いません。」。結局その志の通り、辛亥四月二十五日に亡くなり、年はわずかに三十であった。はじめはわずかに字を知っているだけであったが、わたしに従い、書籍を調べていると、しばらくしてやや文義を知り、易しい言葉で詩を作ることもできるようになった。臨終の時、小照[62]をその女に渡すと、口で一詩を誦え、わたしに書くように頼んだ。「三十年来夢一場、遺容手づから女に渡して収蔵せしむ。他時わが生平の事を話さば、認取せん姑蘇の沈五娘を。」。泊然[63]として亡くなった。まさに病が劇しかった時、わたしは円明園[64]に侍するため、海淀の槐西老屋に宿っていた。ある晩、ぼんやりと二度夢みたが、思いが結ぼれただけだと思った。その後知ったのだが、かれはその晩に気絶し、二時を経て蘇り、かれの母親に語った。「さきほど夢みて海淀の寓所にゆきましたが、雷のように大きな音がしましたので、目覚めました。」。思えばその晩、ほんとうに壁に掛けた瓶の縄が切れて地に落ちていたので、はじめてかれの生魂が本当に来ていたことを悟った。そこでその遺像に題した。「幾分は似て幾分は似ず、これ香魂の月下に帰るべきや。春夢痕なく時に一瞥し、最も情に関はる処依稀にあり。」。さらに「死に到るも春蚕なほ絲あり、離魂の倩女[65]疑ふべからず。一声驚き破る梨花の夢、あたかも記す銅瓶の地に落つる時。」と書き、この事を記した。
相去ること数千里、燕趙[66]の人が、滇黔[67]の風俗を談じて、その土地にいる者でも、わたしの知識の確実さには及ばないと言ったとしたら、それは正しいか否か。おそく生まれること数十年、髫齔[68]の子が、耆旧[69]の事を論じて、その人に会ったものは、わたしの知識の確実さには及ばないと言ったとしたら、それは正しいか否か。左丘明[70]は身は魯史[71]で、みずから聖人に会っているから、かれは『春秋』に関して、確かに淵源があるのである。唐の中葉に到り、陸淳[72]たちがはじめて異論を唱えた。宋の孫復[73]以後、哄然として争論を助け、諸説は争鳴し、左氏は信じられない、わたしの説は信じられるとみないったが、どうしてこれに異なろうか。そもそも漢儒の学問は真実を追求したが[74]、宋儒は名誉を追求したのである[75]。新義を出さなければ、つつしんで聴かれることができず、旧説を排さなければ、新義を出せなかったのである。諸経の訓詁は、すべて口弁で争うことができるが、『春秋』だけは事跡がはっきりとしているので、変更するのは難しかった。そこで左氏は楚人だ[76]、七国初年の人だ、秦人だといったのである[77]。身が魯史[78]で、みずから聖人に会ったという説が揺らぎ、身が魯史でなく、みずから聖人に会ったのでないことになれば、伝の事跡は、すべて拠るに足りないので、その後言いたい放題に言うことができるのである。伝わって宋末に及び、趙鵬飛[79]が『春秋経筌』[80]を作った。成風が僖公の生母であるのを知らないのに到っては、なおともに名分を論じ、褒貶を定めることができようか[81]。元の程端学[82]は趨勢を助長し、もっとも凶悪であった。たまたま五雲多処（原心亭[83]である。）にいて端学の『春秋』の解釈[84]を検校[85]していたところ、周編修書昌[86]は言った。「ある士人がこの書を得、珍蔵して宝[87]としていた。ある日、友人と泰山に遊び、たまたま経義を談じたとき、かれが叔姫[88]の酅[89]に嫁いだ一件を論じ、闡明することがたいへん精密であることをおおいに讃えていた。夜に古の装束の娘を夢みたが、儀衛[90]は厳かで、顔を怒らして質して言った。『武王の元女[91]は、本当に東岳を主っている。上帝はわたしが艱難のなかで節を全うしたので、共姜[92]につぎ、太姫[93]に従わせて貴神とし、今では二千余年になる。昨日、おまえが豎儒[94]の説を述べ、わたしが酅に嫁ぎ、紀季[95]に淫をなしたと言い、嘘の言葉で謗ったのは、本当に悲しい。わたしは隠公七年に紀に嫁ぎ[96]、荘公二十年に酅に嫁いだが[97]、隔たること三十四年、すでに五旬以上、斑白の寡婦だったのに、どうして季がわたしを喜んだと知れるのだ。国を越えて従うことは、『春秋』の筆法では、諸侯の夫人でなければ書かず、卿でなければ書かないものでもあるようだ[98]。わたしは待年[99]の妾で、慣例では簡策[100]に載せられないが、変心しないことを誓ったので、仲尼はこのことを特筆したのだ。程端学は何の根拠があってこのおおやけにしがたい謗りをなしたのか。これ以上でたらめを伝えたら、おまえの舌を臠にしよう。』。従神[101]に骨朶[102]で撃つように命じました。狂ったように叫んで目ざめ、その書を破りました。」。わたしは戯れに書昌に言った。「君は宋学に耽っているので、この話を作ったのだね。」。書昌は言った。「わたしはその長所を採って、短所を隠そうとしないのだ。」。まことに公平な論である。
楊令公祠[103]は古北口[104]の内側にあり、宋将の楊業を祀っていた。顧亭林[105]の『昌平山水記』[106]は、『宋史』に拠り、業は長城北口で戦死したのだから、雲中にあるはずで、古北口ではないといっている。王曽[107]の『行程録』を調べると、すでに古北口内に業の祠があると言っている。そもそも遼人は業の忠勇を重んじ、廟を立ててやったのであった。遼人はみずから業と戦い、かつて使命を奉った時、業は隔たることわずかに数十年であり、どうして業がどこで歿したかをまったくしらなかったことがあろう。『宋史』は元末に托克托が修める（托克托は古くは脱脱[108]に作り、そもそも訳音が審らかでない。今『三史国語解』[109]に従う。）、業から隔たること遠く、後に拠って前を駁することができないようだ。
わたしは秘籍を校勘するため、およそ四たび避暑山荘[110]にいった。丁未は冬、戊申は秋、己酉は夏、壬子は春、四時の景勝をすべて見た。つねに舟を浮かべ、文津閣に到れば、山水のありさまは、すべて自然で[111]、樹色泉声は、いずれも塵境のものではなく、陰や晴、朝や暮は、千態万状で、一鳥一花さえも、絵のようであった。そのもっとも優れたものは、細やかな草で、丘に沿い、谷に満ち、ことごとく茸茸として緑の罽のよう、高さは数寸もなく、すべて剪定したかのよう、一茎も長短の不揃いがなく、苑丁は規矩草[112]といっていた。しかし離宮の塀を出ることわずかに数歩で、乱雑に蔓るのであった。きっと天が嘉卉[113]を生じて、宸遊[114]を待っているのであろう。
李又聃先生[115]が言った。張子克という者が、村で生徒を教えていたが、岑寂[116]として友人が少なかった。たまたま場圃[117]の間を散歩していて、一人の士人に遇ったが、たいへん温雅であった。それぞれ姓名を言い、すこぶるうちとけた。かれはみずから言った。「近くの村に住んでおりますが、里巷にともに語る者がいません。お会いできましたのは空谷の足音[118]のようでございます。」。そこでともに塾にいった。見ると童子が『孝経』を読んでおり、張に尋ねた。「この書は今文古文がございますが[119]、いずれを正しいとなさいましょうか。」。張は言った。「司馬貞[120]は詳しく語って言った。近頃『呂氏春秋』を読み、『審微』篇の中で諸侯[121]の一章を引いているのを見ましたが、今文でした。七国の時に人が見たものがこのようであったのに、どこにさらに古文がございましょうか。」。その人は喜んだ。「あなたは本当に読書人です。」。それからはしばしば塾に行った。張が訪問しかえそうとすると、その人は、貧しくて寄る辺がなく、夫婦で破屋に仮住まいしており、客を招く場所がないことを理由に断ったので、張もゆくのをやめた。ある晩、突然尋ねた。「幽鬼を恐れられますか。」。張は言った。「人は、体を離れない幽鬼であり、幽鬼は、すでに体を離れた人に過ぎません。見たことはございませんが、恐ろしくはございません。」。その人は恧然[122]として言った。「恐れられませぬなら、あなたを騙しはいたしますまい。わたしは幽鬼なのです。生きていたときは士人でしたので、炎口[123]を追い、銭や米を争うことができないのです。かたじけなくも似たもの同士でございますので、一飯を求められましょうか。」。張は友情が深かったので、疑い恐れることもなく、食を供えてやり、招いてしばしば来させた。書籍のことを論ずれば、とりわけ委細を知っていた。たまたま太極[124]無極[125]の趣旨を論ずると、その人は怫然として言った。「『伝』[126]に『天道は遠く、人事は邇し。』とあります。『六経』が論じているのはすべて人事で、『易』は陰陽を語っていますが、天道によって人事を明らかにしてもいます。人事を捨てて天道を語ることからして、すでに虚杳であるのに、さらに先天[127]の先に推し及ぼし、空言によって争論することは必要ありません。あなたが古義[128]に留意されていると思いましたので、近づいて食を求めたのですが、ご見識はこのようなものでしたか。」。衣を払って起つと、すでに影は消えていた。ふたたび遇ったところで待ったが、二度と現れなかった。
わたしが閩中を督学した時、院吏[129]が言った。雍正年間、学使の一人の妾が楼から落ちて死んだ。他の事情を聞かなかったので、たまたま足を滑らせたのだと思った。しばらくすると、事情を漏らす者がおり、言った。「妾はもともと山東の人で、年が十四五の時に、まずしい人の子に嫁ぎました。数か月たちますと、夫婦はたいへん仲がよくなり、形と影のように離れませんでしたが、たまたま飢饉で、自活できなくなりましたので、その姑は妻を女を売る者に売ることにしました。妻は夫と抱きあい、泣いて夜を徹し、腕を齧り、しるしにして別れました。夫は想って放っておかず、道々乞食し、いそいで売る者に追いつき、ひそかに京師についてゆきました。時に車中で一回顔を見ましたが、幼年で怯懦でしたので、罵られることを恐れ、近づこうとせず、会って涙を落とすばかりでした。官媒[130]の家に入りますと、しばしば門の傍で待ち、たまたま一見することができますと、たがいに死なないことを約し、天上人間、最後に一たび会うことを願いました。後に聞きましたが、学使に娶られますと[131]、身を寄せてかれの幕友のしもべとなり[132]、ともに閩中にいったそうでございます。しかし、内外は隔絶しており、音信を通ずるすべがなく、その妻は事情を知りませんでした。ある日、病死しますと[133]、妻はばあやがかれの姓名、籍貫、容貌、年齢を語るのを聞き、はじめてそれを知りました。時にまさに筆捧楼上[134]に坐していましたが、しばらくじっと立ち、たちまち人々に顛末をくわしく語り、長く叫ぶこと数声、身を躍らし、飛び降りて死にました。学使は言うことを憚り、その事を伝えませんでした。しかし事実は隠せませんでした。おおむね娘が夫に殉じるわけは二つあります。一つは綱常を守り、死んでも辱められぬためです。これは礼教に基づくものです。一つは恥を忍んで生きながらえ、命を繋ぎ、楽昌の破鏡を願い、再会できるというもので、望みが絶え、勢いが窮するにいたれば、一死によって志を明らかにするのです。これは情感から生ずるものです。この女は人買いの手に死なず、媒妁の家に死なず、玉が玷され、花が残われるに到り、もとの夫の凶報を得た後に死んだのは、本当にひどく遅かったのです。しかしかれが死ぬ意志はながいこと定まっていましたが、情愛は纏綿として、棄てられなかったのです。かれの心は、死ぬべきなのに死なないことが夫の恩に負いているとはもとより思わず、待つべきなのに待たないことが夫の望みに反するとひたすら思っていたのです。その境遇を哀しみ、その意志を悲しみ、その感情[135]の誤りを惜しめばよく、『春秋』の大義に固執し、読書せぬ児女を責めるのは、どうして人のために善をなす道でありましょうか。」
壬申[136]七月、宋蒙泉[137]の家でささやかな会合をし、たまたま狐のことを談じたところ、聶松岩[138]が言った。「ご一族に一件がございますが、ご存知でしょうか。以前、郷試で済南に居りましたが、聞けば紀生というかたがおり、寿光[139]のかたか膠州のかたか忘れましたが、晩に娘がひとり歩いているのに遇われたそうです。娘は泥濘で躓き、扶けを請うていましたので、これはきっと女狐だ、ひとまずともに親しんでみれば、妖魅の事情を知るに足りようと思い、語りました。『わたしはおまえを知っている。おまえはわたしを騙してはならん。しかし、おまえのような妻を得るのももとよりよいことだから、人が静まった後に書斎に来い。こちらでふざけてはいかん。いたずらに厄介ごとが多かろう。』。娘は笑って去りました。夜半に本当に来、親しむこと数晩でした。だんだんと惑わされているように感じ、拒んで来させないようにしました。女狐は怨み罵って去ろうとしませんでしたので、生は色を正して言いました。『このようにしてはいかん。男女の事の、主導権は男にある。男が女を求め、女が願っていないときでも、強暴であることによって得ることができる。女が男を求め、男が願わなければ、心は冷たいこと鉄のよう、強暴であっても役に立たない。ましておまえはわたしの精気を盗みにきたのであって、情によって合っているのではなく、わたしはおまえの情に負いているのではない。おまえは人を閲することが多く、節であるとは言い難く、わたしがおまえの節を奪ったわけでもない。「始めは乱れ終わりは棄てる[140]」のは、君子が憎むことであるというのは、人のために言ったことであって、おまえたちのために言ったのではない。あなたはここに恋恋として、むなしく無益なことをする必要はない。』。女狐は言葉に詰まって去った。そこで一たび蠱惑を受ければ、纏綿として死に到ること、符籙で追いはらえない者は、結局、情欲に絆されているのであって、自分から棄てさることができないことを悟った。泊然[141]として動かなければ、かれは何も利益がなくて去るはずである。
法南野はさらに一事を説いた。「郷里に不良少年数人があり、某氏の荒れた塚に狐がおり、姿を変えて人を惑わしていることを聞いた。夜に網罟を持ってゆき、穴の入り口に置くと、ほんとうに二匹の牝狐が捕まった。その変幻を防ごうと、いそいで錐でその髀を刺し、縄を通し、刃を持って脅した。『姿を変えて人となり、わたしたちにお酌するなら、命を許そう。さもなければすぐにおまえを磔にしよう。』。二匹の狐は叫び、跳びはね、解さない者のようであった。不良少年が怒り、一匹を刺し殺すと、その一匹は人の言葉で語った。『わたしは衣履がございませず、姿を変えて人となれば、どのようなありさまになりますことか。』。さらに刃を頚に擬すると、回転して美しい娘となったが、裸で寸縷もなかった。人々は大いに喜び、つぎつぎに無礼をほしいままにし、さらに擁してお酌させて、終始縄を引く手を放さなかった。狐は妮妮としてやさしく語り、縄を解くように求めた。すこし手を放すと、すでに去っていた。帰って門に着かないうちに、はるかに炎が見えたが、数軒の家はすべて焦土となり、狐を殺した者の一人娘は焼かれていた。狐が報いたことが分かった。狐は人を騒がさず、人は狐を騒がし、『多く不義を行[142]』なえば、禍が及ぶのは当然である。」。
田白岩が一事を説いた。「某の後妻は若くて美しかったが、狐に惑わされ、祓っても験がなかった。後に高行[143]の道士が、神将に命じ、祭壇に縛ってこさせ、責めて供述させた。みな狐がこう語るのを聞いた。『わたしは河南の産まれです。たまたま妻を鞭うちましたところ、妻はひそかに逃れてこちらにき、某と親しみました。わたしは恨み骨髄に徹しましたので、報いているのでございます。』。某は幼い時に本当にそのようなことがあったが、十余年になると思いました。道士は言いました。『恨みを結ぶことが深ければ、すぐに報いるべきなのに、どうして今までぐずぐずしていた。もしや探ってこの事を知り、言いわけにしているのではあるまいな。』『かれの前婦は、貞女でしたので、天罰を犯すのを恐れ、近づこうとしなかったのでございます。この妻は軽佻でありましたので、誘って親しむことができたのでございます。因果が償いあうことを、鬼神が責めることはございませんのに、なぜまたお責めになるのでしょう。』。道士はしばらく沈思しますと、言いました。『某はおまえの女房に何日親しんだ。』『一年あまりでございました。』『おまえはこの妻に何日親しんだ。』『三年あまりでございます。』。道士は怒りました。『報復は度を過ぎており、非はふたたびおまえにある。去らなければ、おまえを雷部に渡すように命じるぞ。』。狐は罪を認めて去った。」。清遠先生（蒙泉の父）は言った。「邪正の念を、妖魅はすべて知ることができるが、報施[144]の理を、鬼神は変えられないことがわかる。」。
清遠先生も一事を説いた。「朱某の下女は、不器量であった。やや生長すると、だんだん聡明になり、眉目もだんだん秀麗となったので、納めて妾にした。すこぶる気が利き、計画はきちんとしていたので、細かいことさえ、家人はすこしも欺こうとせず、欺けばかならず露見するのであった。さらに貯蓄をよくし、およそ商売すれば、翌年の値はかならず貴くなるのであった。朱はだんだんと豊かになり、かれを寵愛して專房[145]とした。ある日、突然朱に言った。『わたしが誰だかご存じでしょうか。』。朱は笑って言った。『おまえは気違いか。』。そして戯れにかれの幼名を挙げていった。『おまえは××ではないか。』『違います。××は逃れ去って久しく、今は某地某人の妻となり、子を生んですでに七八年になります。わたしはもともと女狐、あなたは九代前は大商人で、わたしは会計を司っていました。あなたはわたしを厚く遇されていましたが、わたしはあなたの三千余金を横領しました。冥罰で狐の身に落ち、煉形[146]すること数百年、さいわい成道することができました。しかしこの負債により、結局昇仙することができませんでした。そのため、あの下女が逃げたのに乗じ、顔を変えてあなたに仕えたのでございます。都合十余年で、収入が負債を満たしましたので。今から屍解して去ります。わたしが去った後、かならず狐の姿を現しましょう。あなたはしもべの某に渡して埋めさせてください。かれはかならず屍骸を裂いて革を取りますが、罰してはなりません。かれが四代前に餓死者となった時、わたしは成道しておらず、かれの屍骸を食らいました。かれがわたしを切り裂くに任せれば、怨みは消せましょう。』。にわかに狐に化して地に倒れ、身長数寸の美女が、頭頂から出、ゆっくりと去ったが、その容貌は、ほかのものであった。朱は忍びずにみずから埋めたが、結局そのしもべはひそかに発き、皮を剥いで売った。朱は夙業を知り、浩嘆するばかりであった。」。
従孫の樹櫺が言った。高川[147]の賀某は、家がたいへん貧しかった。除夜が逼っていたが、年越しするすべがなく、親戚にいったが金は借りられず、酒を買ってもてなされただけであった。賀は憂鬱で、とりあえず鬱憤を晴らし、大いに酔って帰った。時にすでに真夜中であったが、老翁に遇った。老翁は嚢を背負っており、ゆっくり歩いて進まなかったので、賀が担いで高川に到り、労賃を酬いることを約した。賀は承諾した。その嚢はたいへん重かった。賀は年越しの資金がないが、奪って逃れても、よぼよぼの疲れた叟だから、きっと追いつけなかろうとひそかに思った。そこで全力疾走したところ、翁は後ろで追って呼んだが答えなかった。狂奔すること七八里、はじめて家に着くと、門を閉ざしていそいで入った。燈を求めて見ると、新たに切られた楊の木で、重さは三十余斤であったので、はじめて幽鬼に弄ばれたことを知った。かれの貪欲な性格が、久しく幽鬼に憎まれており、かれが貧しいのに乗じて侮られたのであろう。そうでなければ、行き来する者は多いのに、どうしてひとり賀に戯れることがあろう。その時はほしいものを見ず、まだ盗む心を生じていなかったのに、どうして途中で先に待っていることがあろう。
樹櫺はさらに言った。垛荘[148]の張子儀は、性来酒を嗜んでいた。年が五十余のとき、寒疾[149]で亡くなった。納棺しようとすると、たちまち蘇って言った。「わたしは病は治った。さきほど冥府にゆき、酒を貯える大きな甕三つを見たが、みな「張子儀」と封印に記されていた。その一つはすでに封印が開かれていたが、なお半甕が残り、これはきっとすべてわたしの飲みもので、飲みつくせば死ぬはずだ。」。その後、ほんとうに治り、またほしいままに飲むこと二十余年であった。ある日、親しいものに言った。「わたしは死のうとしているのか。昨日また夢で冥府にいったが、三甕の酒がすべて尽きているのを見た。」。数日後、ほんとうに病むことなくして亡くなった。だとすれば『補録紀伝』に載せる李衛公[150]が羊を食らう話[151]は、本当にあるか。
宝坻[152]の王孝廉錦堂[153]が言った。宝坻の旧城が崩れたが、水に蝕まれ、雨に穿たれ、洞穴となるところが多く、妖物はその中を窟宅としていた。後に城を修理した際、旧い城壁を壊したため、妖物は拠りどころを失い、散じて空家や古寺に住み、四方に出、人に祟り、男女は多く惑わされた。たちまち一人の道士が来、人に黒豆四十九粒を取らせ、呪文を誦え、七日炒て妖物を撃つと、妖物はすぐに死んだ。錦堂の家は空き部屋が多く、占拠された。一人の下女も惑わされた。話では、人が炒豆で撃つと、たちまち風の音がはげしく起こり、多くの人が、「太夫人は傷つけられ、死にました。」と騒ぎ叫んでいるかのようであった。走ってゆくと一匹の大蛇がいたが、豆に傷われた処は、銃砲の鉛玉に中たったかのようであった。そこで道士に尋ねた。「女を惑わすものはかならず男の妖なのに、この蛇はなぜ太夫人と呼ばれているのだ。」。道士は言った。「これは雌蛇なのでございます。蛇が人を惑わすときは、その首と尾はいずれも精気を吸うことができ、どうしても交接する必要はないのでございます。」。まもなく、風の音を聞いただけで、夢で魘されているかのようになり、精を吸う者がいるように感じ、精がすぐに溢れてしまう人がいた。道士の言っていたことは本当であった。またある人はにわかに妖物に会ったが、豆は紙包みの中にあり、にわかに開くことができなかったので、紙を擲ったところ、妖物はやはり傷を負って逃れた。またある人は、女の妖に惑わされていたので、ある人が豆を授けたが、女の妖の容色が美しいのを貪り、撃とうとしなかったので、身を滅ぼしてしまった。そもそも妖物の祟りは、つねにあるが、一時に群れ集まって凶悪をほしいままにするのは、尋常ならざる悪であり、天道に容れられないのである。この道士は先でもなければ後でもなく、ちょうどこの時に来たが、これも神がかれの手を借りたものかもしれない。
某侍郎の夫人が亡くなり、棺を蓋って後、祭祀をおこなっていると、たちまち一羽の白鴿が幃に飛び込み、探してみると見えなくなった。俶が騒いでいると、煙と炎が棺の中から湧き出、連なり重なる甍や棟は、たちまち焼けた。聞けばかれは生前、目下を御することが厳しく、下女を買い、証文を書き、家に入れると、かならず引いて長跪させ、まず数百言で訓戒し、「教導」と称し、「教導」した後、衣を剥いで後ろ手に縛り、打つこと百たび、「試刑」と称した。あるものは転げ、あるものは叫んだが、打つことはますます激しかった。鞭うって、語らず動かず、格格然[154]として木石を撃つかのようになると、はじめて恐れることを知ったと言い、その後で使役した。安州[155]の陳宗伯夫人、先太夫人姨は、かれの家にいったことがあるが、つねにこう言っていた。「かれの童僕婢媼は、行列進退していたが、大将が練兵するときも、あのようにきちんとはしていない。」。また、わたしはつねにある親戚の家にゆき、かれは父の世代であったが、かれの奥の間に入り、見ると、門の左右に二本の鞭が懸けられており、穂にはすべて血の痕があり、柄にはすべて光沢があり、ものを映すことができた。聞けばかれは就寝しようとするたび、下女たちはすべて凳に縛り、その後、衾で覆い、かれがひそかに逃れたり自殺したりするのを防ぐということであった。後に死んだ時、両股は疽が崩れ、骨が現れ、杖で打った痕のようであった。
刑曹[156]の取り調べでは、殴られた後に傷風で死ぬ者が多いが、保辜[157]の期限内であれば、法律によって命を償わせざるを得ない。呂太常[158]含暉[159]は、かつて秘方を刊刻した。「荊芥、黄蝋、魚鰾三味（魚鰾は炒黄色である。）それぞれ五銭、艾葉三片を、無灰酒[160]一碗に入れ、重湯[161]で一炷の香を煮、熱くして飲めば、汗が出てたちまち癒える。ただ百日以内は、鶏肉を食らえない。」。後にその子慕堂が、庚午に賢書[162]に登ったが、人々は処方を刊刻した報いだと言った。
『酉陽雑俎』[163]は骰子呪を載せており、「伊帝弥帝、弥掲羅帝。」という。誦えること十万遍に到れば、六子[164]はすべて呼んだ通りに転ずるという。試すと、あるときは験があり、あるときは験がなかった。わたしはこれは驢馬の字を誦え、病を治すようなものだと思った[165]。おおむね精神が集中すると、気機[166]が応ずる。気機が感ずると、鬼神が通ずる。「至誠なれば金石もために開く。」ということである。あつく信ずれば誠となり、誠となればかならず動き、しばし試すのは誠でなく、誠でなければ動かない。持煉[167]の術は、すべてこのようであり、この呪だけがそうなのではない。
旧僕の蘭桂が言った。はじめて京師に来たとき、人に従って福清会館[168]に住んだが、門の外はすべて墓地であった。ある晩、月が暗かったが、洶洶として騒ぐ声、哭く声、さらに数人が宥める声が聞こえた、この地には人がいないから、きっと幽鬼が闘っているのだと思い、門の隙間からこっそりと窺ったが、何も見えなかった。息を潜めて数刻じっくり聴いたところ、ある人がかれの妻の柩を移すとき、誤ってよその家の柩をとって去ったものであった。妻にはもともと夫があり、葬られているところも近かったが、妻がこの人に奪われると、この人の妻で相殺するべきだと言い、妻は従わないで罵り争っているのであった。たまたま見回りが銅鑼を鳴らして通ると、寂として音がしなくなった。かれらがどのような結末になったかは分からず、誤って奪われた妻が後年合葬せられてどのような結末になったかも分からなかった。だとすれば、幽鬼が位牌に附いて墓につかないというのは、どうしてそうでないことがあろうか。
虞惇の佃戸に孫某があり、鳥銃を得意とし、撃つとすべて中たっていた。かつて一羽の黄鸝を見、捕るように命じた。孫は言った。「生きた者を捕りましょうか。死んだ者にしましょうか。」「鉄の弾丸で撃つのだから、あらかじめその生死を決することはできまい。」「死んだものを捕られますなら、ただ中てるだけ、生きたものを捕られますなら、驚かせて飛ばせ、その翼を撃ちましょう。」。命じた。「生きたものを捕れ。」。手を挙げると銃が発せられ、黄鸝はほんとうに落ちた。見ると、片方の翼が折れていた。かれの巧みさはこのようなものであった。たまたま一人の男が放生呪を誦えられ、かれと約した。「わたしが呪を三遍誦えれば、百回撃っても中たるまい。」。試すと本当にそうであった。後にしばしば試したところ、かならず験があった。しかし、その言葉は卑俗で、ほとんどおかしいのに、どうして禁じることができるかが分からなかった。聞いたことがある禁制[169]の諸呪文の卑俗さもおおむねこのようなものである。しかし、実際にはすべて験がある。そのわけはまったく分からない。
蔡葛山先生[170]が言った。「わたしは『四庫』の書を校勘し、誤字によって俸給を奪われることはしばしばであったが[171]、一つだけ深く校書の益を得た。わたしの幼い孫は、たまたま鉄釘を呑み、医者は樸硝[172]等の薬で治療したが、下らず、日に日に衰弱した。後に『蘇沈良方』を校勘していたところ、小児が鉄の物を呑んだときの処方に、こうあった。『新しい炭の皮を剥ぎ、研いで粉末にし、粥三碗に混ぜ、小児に食らわせると、その鉄はおのずと下る。』。処方に従って試すと、ほんとうに炭の屑が鉄釘を包んで出てきた。そこで雑書も役に立つことを知った。」。この書は世に伝本がなく、『永楽大典』だけがその全部を収めている。わたしは書局[173]を管轄していた時、王史亭[174]に頼んで排纂[175]して帙をなさせた。蘇沈とは、蘇東坡、沈存中[176]である。二公はいずれも医薬について講ずることを好んでいたので、宋人はその論を集め、この書を作ったのであった。
葉守甫は、徳州の老医で、わたしの家に行き来していたが、わたしが幼い時にはなお会うことができた。思えばかれは亡き姚安公に言っていた。平原から海豊にゆくときはいつも、夜に歩くと道が分からなくなり、従僕たちはみな迷っていた。風雨がこようとしていたが、四方に村がなく、眺めると廃寺があったので、いって入ってしばらく避けた。寺の門には鍵が掛かっておらず、門扉にはぼんやりと石灰で字が大書してあり、火を起こして見れば、「この寺に鬼は多ければ、旅人はとどまるなかれ。」の二語であった。そこで進退窮まり、門を推し、再拝して言った。「旅人が雨に遇い、神のご加護を求めているのでございます。雨が止んだらすぐに行き、久しくとどまろうとはいたしません。」。すると承塵の板の上で語るのが聞こえた。「君が礼儀正しいのには感動した。ただ、今日はたいへん酔っており、客に会えないが、どうしよう。君は東の壁に近づいて坐するべきだ。西の壁は蠍の巣窟だから、かれらに刺される恐れがある。渇いても簷の雨だれを飲んではいけない。蛇の涎がある恐れがある。殿の裏では酸梨[177]がすでに熟しているから、もいで食べるべきだ。」。毛髪が立ち、黙って語ろうとしなかった。雨がやや止むと、いそいで拝謝して出たが、虎口を脱したかのようであった。姚安公は言った。「門に告示があったのだから、きっと人を傷うことが多かったのだろう。しかし君は恙なく、かれに委曲を告げてもらえた。そもそも礼によってみずからを持すれば、礼によって服せないものはない。誠によって感じさせれば、誠によって動かないものはない。異類であってもそれは同じだ。君は医術を熟知しているのみならず、世渡りも熟知している。」。
朱導江[178]が言った。新泰[179]のある書生は、省に赴いて郷試を受けた。済南を去ることなお半日の道程であったので、数人の友人と涼しいうちに早だちした。暗闇の中を二頭の驢馬が追ってゆき、たがいに前後したが、気にしなかった。やや色が見わけられるようになった後、二人の女であることを知った。その後、じっくり見ると、一人は嫗で、年は約五六十、肥えて黒く、一人は若い女で、年は約二十、たいへん美しかった。書生はしきりに見た。若い女はたちまち振り向くと大声で言った。「×兄でしょうか[180]。」。生は驚いて何と答えてよいか分からなかった。若い女は言った。「わたしは某家の表妹です。わたしの家のきまりでは、中表[181]の兄妹は会いませんので、お兄さまはわたしをご存じありませんが、わたしは以前、簾の隙からお兄さまを窺い、知っているのでございます。」。書生は表妹が済南に嫁いでいたのだと思い、打ち解けて語り、尋ねた。「早立ちしてどこへゆきます。」「昨日、わたしの夫といっしょに舅母[182]を見舞いにゆき、もともとはその日のうちに帰ろうとしておりましたが、舅母は訴訟があり、わたしの夫に入京するように頼み、すぐには帰れなくなりましたので、わたしははやく帰って旅装を整えてあげるのでございます[183]。」。流し目すると、情態は嫣然[184]として、十余歳の時に一目会って喜んだ心をかすかに示した。書生は心がかすかに動いた。分れ道にくると、家に招いて一飯を調えようとした。欣然として従い、同行している者に、晩に某所で来るのを待つことを約したが、鐘が鳴っても来なかった。翌日になっても、音信がなかった。昨日別れた処に行き、分れ道の周辺を探したところ、かれの驢馬を田野の中で見つけたが、鞍はまだ解かれていなかった。あまねく村を探したが、この二人の女を知る者はまったくいなかった。さらに詢ねたところ、表妹の家を探しあてたが、表妹は歿してすでに半年あまりであった。かれが幽鬼に惑わされたのか、妖怪に食らわれたのか、盗賊に誘われたのかは、まったく知ることができなかった。この人は亡くなって久しいが、このことも少年の軽薄な者の戒めとするに足りる。時に方可村[185]が在席しており、言った。「秦隴に遊んだとき、一つの話を聞いたが、これと似ている。妻の墓に後から合葬された者がおり、墓穴を開けば、男子の屍があった。地下の二人の魂が、どうして会ったか分からない。『焦氏易林[186]』に、『両夫妻をともにし、適きて雌となる莫し[187]。』というが、このために占っているかのようである。」。戴東原[188]も在席しており、言った。「『後漢書』には、三人の夫が妻をともにする話もある[189]。君はなんと見識が狭いのだ。」。わたしは戯れて言った。「お二人は喧嘩されてはなりません。山陰公主の面首[190]三十人を、どうしてお忘れなのですか。しかしかれらはいずれもその夫を恐れない者たちでした。この幽鬼はひそかに少年を養い、その後合葬があることに思い及ばなかったもので、欲望をほしいままにして憂患を忘れているのを免れません。」。東原は喟然として言った。「欲望をほしいままにして憂えを忘れるのは、この幽鬼だけであろうか。」。
雑説では、孌童は黄帝に始まると称せられるが（銭詹事辛楣[191]がこのように説いていた。辛楣は書名を挙げられていたが、今は忘れた。）、ほとんど偽託に出ている。「頑童に比る」という言葉がはじめて『商書』[192]に見えるが、梅賾[193]の偽古文に出ているので、やはり依拠するに足りない。『逸周書』[194]が「美男老を破る[195]。」と称するのは、これを指すか。『周礼』に不男[196]の訴えがあり[197]、注して「天閹[198]で女を御することができない者」だという。しかし、昔から今まで、女を御することができないことを訴えにする者はいないし、経文は簡略なので、これもそのことを指しているかは疑わしい。およそ女子が淫逸であるのは、情欲の自然に発している。孌童はもともとこの心がなく、みな幼くして辱めを受けたり、権勢利益に動かされたりしているのである。言い伝えでは、某巨室は狡童[199]に親しむことを好み、かれらが恥じて拒絶するかもしれないことを心配し、端麗な小児の、十歳を過ぎない者を多く買い、童子たちと戯れる時は、燭を執って側に侍させた。さまざまな淫態には、しばらくして慣れ、当然のように見、数年を過ぎると[200]、やや長じて御することができたが、いずれも順流の舟であった。養っている僧が戒めて言った。「この事は、世につねにあるものでございますから、施主さまを禁じられませんが、かれらの自然な願いに従われませ[201]。たとえば女遊びは、その過ちはなお軽うございます。心慮を重ね、赤子の天真を損ない、神の怒りに触れることを恐れます。」。某は従えなかったが、後に結局禍に掛かった。そもそも術を用いてものを得ることは造物に忌まれるが、ましてこのようなものを術によって得るならばなおさらである。
東光[202]の王莽河[203]とは、胡蘇河[204]のことである。旱魃ならば涸れ、水害があれば漲り、つねに渡るのに不便であった。外舅[205]の馬公周籙[206]が言った。「雍正末年、乞食女が片手で児を抱き、片手で病んだ姑を扶け、この水を渡っていた。中流に到ると、躓いて倒れそうになった。女が息子を川に棄て、努力して姑を背負って出たところ、姑は大いに罵った。『わたしは七十の老婆で、死んでも何の障りがあろう。張家の数代[207]は、この子が香火[208]を延ばすことを期待していたのに、おまえはどうして息子を棄ててわたしを救った。祖宗の祀りを絶やした者はおまえだ。』。妻は泣いて語ろうとせず、長跪するばかりであった。二日後、姑は孫を哭して食らわなかったために死んだ。女は嗚咽して声にならず、ぼんやり坐すること数日、やはり死んだ。かれがどこの人なのか分からず、ただその姑が妻を罵った時、姓が張であったことを知っているだけだ。」。著論する者がおり、述べるには、子を姑と比べれば、姑が重く、姑と祖宗を比べれば、祖宗が重い。妻に夫がいたり、ほかに兄弟がいれば、子を棄てるのが正しい。二世代の貧しい寡婦に、たった一人の孤児だけならば、姑が責めたことが正しく、妻は死んでも悔いがあまりある。姚安公は言った。「講学家は人を責めてやむ時がない。そもそも急流は洶湧として、すこし油断すればすぐに流されてしまうのだから、どうして深思長計することができる時であろうか。形勢が二人を守ることができないときに、子を棄てて姑を救ったのは、天理において正しいことで、人心が安らかになることである。姑が死んで子が残れば、終生どうして耿耿[209]とせぬことがあろうか。息子を愛して姑を棄てたと責める者もいるのではなかろうか。それに子はまさに幼く、育つか育たないかは知ることができなかった。姑が死んで子も育たなければ、後悔はさらにいかばかりであっただろうか。この妻のしたことは、常情を超えて出ることすでに万万である。不幸にして、その姑が自殺したため、死をもって殉じたことも憐れであった。なお沾沾[210]としてその口を動かし、精義[211]の学と思うならば[212]、白骨は怨みを含み、黄泉に恨みを齎すのではなかろうか。孫復[213]は『春秋尊王発微』を作ったが、二百四十年[214]の中で、貶すものはいても、褒めるものはなく、胡致堂[215]は『読史管見』を作ったが、三代以下に完人[216]はいない。弁じれば弁じ、わたしの聞こうとすることではない。」。
郭石洲[217]が言った。朱明経[218]静園[219]は、狐と友人であった。ある日、静園の家で飲んでいると、狐はたいへん酔い、花の下に眠った。目ざめると静園は尋ねた。「聞けばご一族は、酔った後に多くは姿を変え、衾を被ってみずからを守るそうですが、あなたが変わらなかったのは、どうしてですか。」「これは道力の浅深によります。道力が浅い者は、姿を変えることができるだけで、酔えば変わり、眠れば変わり、あたふた驚き恐れれば変わるのです。道力が深い者は形骸を脱することができ、仙家の屍解のよう、すでに人道[220]に属しており、人はそのもとの姿ですから、どうして変わることがありましょう。」。静園は従って道を学ぼうとし、言った。「公はできません。およそ道を修めることは、人間は易くて動物は難しいのです。人の気は純で、物の気は雑だからです。成道[221]するのは、動物は易くて人間は難しいのです。動物の心は純で、人間の心は雑だからです。煉形する者はまず煉気し、煉気する者はまず煉心します。いわゆる「志は気の帥なり[222]」ということです。心が定まれば気は集まって形は固まり、心が揺れれば気は散じて形は萎えます。広成子[223]の黄帝に告げたのは、道家の秘要で、荘叟[224]の寓言ではありません。深岩幽谷で、見ず聞かず、ひたすら凝神[225]導引し、天地陰陽と、消息を往来し、百年を閲すること一日のようにすることを、人はできましょうか。」。朱はそこでやめた。
そこで思いだしたが、丁卯の同年の某御史は、かつて親しんでいる俳優に尋ねて言った。「おまえたちは大勢だが、おまえひとりが優れているのは、どうしてか。」「わたしたちは、その身を女にするときは、かならずその心を化して女にし、その後、柔情媚態となり、見る人々は心がとろけるのでございます。男の心が一縷でも残っていれば、かならず女に似ないところが一縷あり、蛾眉曼睩[226]の寵を争えません。舞台に登って劇を演じますとき、貞女であれば、心を正しくし、笑い戯れるときもその貞淑さを失いません。淫らな女であれば、その心を落ち着きなくさせ、端坐してもその淫乱さを隠しません。貴い女であれば、その心を重々しくし、微服しても高貴な雰囲気は残ります。賎しい女であれば、その心を抑え、盛装しても賎しい様子がございます。賢い女であれば、その心を柔順にし、激怒しても厳しい色[227]がございません。凶暴な女であれば、その心を拗けさせ、理が通らなくても穏やかな言葉がございません。その他の喜怒哀楽、恩怨愛憎は、すべてそこに身を置いていることを想像し、劇と思わず、真実と思いますので、人は本物のように見るのでございます。他の人々は、女の事を行いますが女の心を持てず、さまざまな女の姿を作りますがさまざまな女の心を得ていないのでございます。これがわたし一人がすぐれているゆえんでございます。」。李玉典は言った。「この言葉は猥褻で言うに足りないが、その理はいたって精しい。この事は小さいが、大事を悟れる。天下には、心がつねにその事にないのにその事が極みに至れる者はいないし、心がつねにその事にあるのにその事が極みに至れない者もいない。心がつねに一芸にあれば、その芸はかならずたくみとなり、心がつねに一職にあれば、その職にかならず堪える。小さいことでは僚の丸[228]、扁の輪[229]も、大きいことでは皋、夔、稷、契[230]が四海を営むのも、その理は一つに過ぎない。これと煉気[231]煉心[232]の説[233]は、たがいに説明しあうことができる。
最終更新日:2011年5月1日