右台仙館筆記/巻十四

無錫県蕩口鎮[1]の民は、一羽の雁を生け捕り、殺して料理しようとした。ある書生がそれを見て憐れみ、買って帰り、なぐさみものにした。逃れ去ることを恐れ、糸でその両の翮を聯ね、飛べないようにさせ、雁が鶏や鶩(あひる)の間に雑居し、たいへん馴れ騒いでいたが、大空で雁が鳴くのを聞くと、かならず首(こうべ)を擡げて泣くのであった。ある日、雁の群れがその上を過ぎ、その雁が大声で泣くと、突然一羽の雁が空から下り、軒先に泊まった。二羽の雁は顧み、喉を伸ばし、翮(つばさ)を揮い、知りあいであるかのようにし、一羽は招いて降らせようとし、一羽は引いて登らせようとした。書生はこの二羽の雁はきっともとの連れ合いだと悟ったので、その糸を断って飛ばせようとしたが、その雁は翼を垂れて[2]すでに久しかったので、振るっても飛べず、しばしば飛び、しばしば落ち、結局去れなかった。軒先の雁はひねもす見守り、突然屋根から飛び降り、空に向かって鳴いた。翌日見れば、ともに死んでいた。書生はかれらの義に感じ、あわせて埋め、雁墓といった。ああ。賎しい禽鳥さえも、その連れ合いを忘れないなら、人はますます夫婦を重んじなければならない[3]。

揚州城外で、ある農家が一頭の牛を飼っていたが、なかなか肥えており、耕させると、たいへん力にもなった。ある日、牧する者が樹に繋ぎ、牛が臥していたところ、突然一頭の馬がどこからか来、やはり樹の下にゆき、牛と向かいあって臥した。見ていたものはまったく異常と思わなかった。馬が突然牛の鼻を嗅ぐと、牛はすぐ跳ね上がり、みずから縄を断ち、角で馬に触れ、馬も起きてこの牛を蹴った。そこで牧者は大声で叫び、村民はみな集まった。しかしその闘いはますます激しくなり、離れず、闘いながら進み、城に入ろうとした。番人は恐れ、その門を閉じたので、退いて走った。さらに一二里進んで、角里荘にいった。当時、後をつけて見物する人はたいへん多くなっていたが、力になれるものはいなかった。その闘いは結局二時(ふたとき)の久しきに及び、馬は倒れ、牛も倒れ、いずれも力尽きて死んだ。じっくり見ると、馬は胸と腹が破れ、片目は地に墜ち、牛の両の肋(あばら)はともに断たれ、腹は破れ、腸は出、いずれも血に倒れ伏していた。仏家のいわゆる夙怨であろうか。ああ。一たび業根[4]を種え、ともに畜生道に墜ちてもなお捨ておかないのは、やはり恐ろしい。

江西省城[5]の鼓楼[6]の前の、ある大邸宅は狐にひさしく占拠されており、住もうとするものはいなかった。その西は某家の宅で、それ以外のものはなかった。何姓のものがおり、その家を借りていた。ある日、下女を後院にゆかせ、干してある衣を取り込ませたが、しばらくしても来ず、探したが杳然としていた。その地はよそに通じる門戸がなく、さらに塀が高く、越えられなかったので、たいへん驚いた。数日探したが、結局見つからなかった。雇われている媼がいて告げて言った。「さきほど隣家で談笑する声がしましたが、この家はひさしく住む人がおりませんので、おかしなことでございます。」何はそこで家人を集めていってみた。その門を開けば草は人を隠し、蛸蠨[7]は戸におり、堂を通り奥へゆき、大捜索したが見つからなかったので、廃然[8]として帰ろうとした。ある人が、今回いったのは、仙人に対して無礼だ、来意を祈って告げるべきだといったので、何は香を焚いて黙祷して帰った。夜になると、下女が突然後院[9]から出てきた。連日どこにいたかと尋ねると、言った。「隣家におりました。」「人々が奥に入って探していたのに、どこに隠れていた。」「人々が来た時、わたしはすべて見ていましたが、口は話せず、足は動けず、人々がどうしてわたしを見ないのかと怪しんでおりました。」「おまえはあちらに数日いて、何を見た。」「人がたいへん多く、幼い娘がおり、人々はみな姑子[10]と呼び、その美しさは並ぶものなく、もっともわたしと親しみ、わたしに珍味を食らわせ、わたしに文綺[11]を着せました。その家は調度が華美で、羅屏繍幕、建物は材木が剥きだしになっていませんでした[12]。毎晩、女たちが列座して曲を作らせ、絲竹が和していました。ある人わたしが歌えれば、姑子はかならず代わって謝してよしとしませんでした。わたしが求めようとして帰れば、姑子は怒り罵って『下女め、ここが楽しくないのか。これからどこに帰るのだ。』」言いました。「だとすれば今日どうして帰ってきたのだ。」「これも姑子の意思で、家が礼によって求めたので、帰らせざるをえないと言っていました。」行き来する時、どの道を通ったかと尋ねたが[13]、下女はまったく話せず、この身が飄飄然とし、連れていったもの、連れてきたものがいるようであるのを感じていただけでした[14]。何は狐の祟りを恐れ、翌日、また盛大に牲醴[15]を設けて礼を述べた。その後、ほかに異常はなかった。

湖北の徐氏の娘は、嫁いで邵氏の婦となった。年が三十を過ぎて寡婦となり、遺児を育てて成人させた。その姑は病み、徐は四大名山にお参りして姑のために寿命を延ばすことを願った。四大名山とは、世俗で伝える峨嵋、五台の類であり、いずれも古い仏教の道場であった[16]。姑が死に、喪が明けると、その子を連れて一頭の馬に乗ってゆき、歳月はすでにひさしく、閲歴はたいへん深かった。咸豊末年に雲南にゆき、大理府賓川州[17]の鶏足山にとどまった。言い伝えでは、この山は釈迦の大弟子迦葉[18]が示寂し、昔、銅仏寺[19]があり、頳廊碧殿[20]は、きわめて荘厳であったが、これまでひさしく崩れていた。徐は慨然[21]として修復することを謀ったので、吉日を占い、資材を調え、職人を集め、起工の計画を立てた。ある人が阻んで言った。「あなたの願いは宏大ですが、今、盗賊は鞏固で、人民は疲弊しており、事はかならずうまくゆきませんから、やめるのがよいでしょう。」徐は言った。「そうではない。天下のことは志があれば最後にはうまくゆく。わたしがひとまずそれをすれば、援助がない心配はない。」その後、遠方近在はそのことを聞き、ほんとうに施捨するものがいた。あるものは金銭を、あるものは穀物を施捨した。徐はすべて土木の費用を供し、私財はなくなったが、粗衣粗食し、ますますみずから刻苦したので、人々はみな尊敬していた。かれが騎っている馬は、山谷を彷徨い、水草を追うに任せ、牧する者はいなかった。徐がたまたまゆくと、馬はかならず一頭で来たが、そのわけは分からなかった。その時は大軍が雲集しており、糗糧(ほしいい)、�驫ｲ(はしら)[22]が、いたるところで余っていた[23]。将兵たちが寺にゆくと、徐はかならず蔬食[24]を調えてやったので、将兵はみな喜び、それぞれ施しした[25]。一二年すると、巨万の資金が集まったので、盛大に工事を興し、大工石工は日々百余人であった。妻はみずから煮炊きし、料理を作り、仕事をしてやり、一年に及ばないで完工し、僧俗は瞻礼[26]し、みな賛嘆した。時に馬星五観察[27]駟良[28]はその地に駐兵しており、実際にかれをみずから見たが、年は五十足らずで、修(なが)い眉、細い趾(あし)で、大家の風格を失わなかった。その子は年は二十余であった。工事はすでに終わり、婦は有司に頼み、求めて路引[29]を与え、西蔵にいって仏を拝させた。留められず、やはりその子を連れて馬に騎って去った。後に人がいて西蔵から帰り、この妻に道で遇ったことがあると言ったという。

湖北興国州[30]に楊叟というものがおり、郷里の多田翁[31]であった。たまたま馬に騎って城内から帰る時、一人の童子が従っていたが、阡陌の間を通ってゆくと、見渡す限りすべてかれの田であったので、たいへん得意になり、童子を顧みて言った。「おまえはわたしの田が多いと思うか。」童は言った。「多いといえば多うございますが、ご主人さまは諺をお聞きではございませんか。『一場の人命三場の火、三年の後に我に属せず。』と。」叟はたいへん怒り、罵って言った。「畜生め。」にわかに下り、足で蹴ると、童は厥然と倒れ、たちまち死んだ。童子の父母はかれを捕らえて訴えたので、かれは家産の十の六七を費やし、やっと免れられた。その後、また三たび火災に遭い、蕩然として立錐の地もなくなった。叟が死ぬと、かれの子の妻は樊氏に雇われた。わたしの長男の嫁樊氏はかれに話を聞いたところこのようなことであった。孔子は「満つれば覆ると言ったが、本当である。

長男の嫁樊が言った。ある農家で穀物を庭で干した時のこと、一人の媼が番をし、その孫が従っていた。鴉がかれに向かって鳴くと、媼は言った。「鴉が鳴くのは不吉だから、いっしょに帰ろうか。」そこで帰ろうとしたが、その門につかないうちに、新婦を娶る者が彩輿で進んでゆくのに遇った。一人の少年は衣裳が楚楚として、その後ろをつけていた。農村の俗例では、およそ女を嫁がせるときはかならずその兄や弟にこれを送らせ、送親[32]阿舅といっていた。富むものは輿馬でゆくが、貧しいものは歩くだけなので、俗に「阿舅阿舅、轎の後ろの走狗」というのであった。孫はその少年を見ると、すぐに戯れてこの二句を誦えた。若者が怒り、肱を挙げて一揮いすると、孫は地に倒れ、石に触れて脳が裂け、一時して死んでしまった。媼の家はこの少年を捕らえて官に訴えたが、ほんとうに誤殺だったので、死刑にできず、その孫は結局非業の死を遂げた。『禽経』[33]に白脰鳥[34]は不吉だというが、これはほんとうにそうである。しかし聞いて帰らなければ、新婦を娶る者と出くわさず、戯言で殺されることを致さなかった。禍を避けようとしてまさに禍を得たのだが、天下のことにはしばしばこうしたことがある。

漢口鎮の民陳某は、店を開いて干肉を売っていた。茶色の犬がかれの店に入って食を探したが、陳はたまたま肉を割いていたので、すぐに刀で斬ったところ、急所に中たってすぐ死んだので、引いて溝に棄てた。数年後、陳が見ると、一人の老翁がその門の外に坐していたので、肉を買いにきたかと疑い、欲しいものを尋ねた。翁は言った。「わたしは肉を買うのではなく、おまえを尋ねてきただけだ。」わたしを尋ねてどうすると尋ねると、「おまえはわたし溝の中にすてること三年、今さいわい出られたが、おまえを忘れられようか。」そう言うとすぐ見えなくなった。陳は店の人に尋ねたが、みなこの翁がいるのを見ていず、ただ一匹の狗が陳に向かって啀啀[35]とするのを見るだけであった。陳は帰って中に入ると、にわかに身が熱く、頭が痛くなり、人事不省となった。そして突然大声で言った。「わたしは江寧城外黄土坡[36]のもので、姓は周だ。生前に罪があったので、死後罰せられて狗となり、おまえに殺され、溝に棄てられ、閉じこめられて出られなかった。今回、人が溝を浚ったので、出ることができた。冥王に訴えると、王はおまえが誤ってわたしを殺したから、償う[37]慣例はないといった。わたしが再三怨みを説き、苦しみを述べると、冥王は惻然とし、二人の下役をわたしとともに来させた。おまえの命をとらないが、このことをひろく伝え、人に動物の命はかってに損なえないことを知らせるべきだ。そうすればわたしの一命で、多くの命が守られ、わたしは宿孽[38]を除かれ、ふたたび人身を得られよう。おまえは罪を免れるだけでなく、さらに福を得られよう。」妻子は慌てて恐れ、陳の病が癒えるのを待ち、その言葉に従うことをこい、陳は病がすぐ癒えた。人が漢口から来、みずから陳の話を聞くことこのようであった。

江都の黄輝山は一匹の犬を飼い、たいへん愛し、閉じ込めて戸から出させなかった。犬は牝で、まさに春で牡を求める時であり、鬱鬱としてほしいままにできず、狂犬となった。黄の子が食事していると、犬が来たが、犬がすでに病んでいることを知らなかった。食を投げても食らわず、にわかに進んで黄の子の手を咬んだ。家人は走って救ったので、去った。咬むところを見ると、墨のような血を流し、叫ぶこと一月あまり、結局助からずに死んだ。これも犬を養うものが知らなければないことである。

天津の任家衚衕に沈姓のものがおり、年は七十余で、長蘆塩運司[39]の吏であった。家産はなかなか豊かで、居室も華美であった。庭に古樹一株があり、百年以上の物であった。沈は庭に塀を築き、内外を分けようとしたが、樹がたまたまその場所にあったので、伐ることを計画した。夜、夢みると、古の衣冠の人が、みずから樹の神であるといい、来ないように戒めた。沈は妖夢と思い、信じず、結局斧を用いた。赤い汁が血のように流れ出、家人はみな恐れ、ある人がやめるように勧めたが、沈の意向は変えられなかった。樹を伐ると、わずか五日で、火が起こったが、その由来を知らなかった。その夜、天にはかすかな風もなかったが、火勢は猛烈で、結局救えなかった。沈は夢から醒めると、門を破って出たが、文書が寝室にあることを思いだし、再び入って取ろうとしたところ、火が達して死んだ。死者はおよそ四人であったが、他の家に延焼しなかった。翌日、人がいって見ると、その大門は恙なく、四方の塀はまったく傾き崩れていないのに、その中はすべて瓦礫となっていたのも驚くべきことであった。

彭雪琴侍郎[40]が微賎であった時、かつて麻総兵の家に住み込んでいた[41]。麻は広東人であったが、ほんとうは回紇人の内地に編置[42]せられたものであった。その母は年八十以上で、突然奇病を得、病が起こった時にかならず所在を失い、家人はあまねく捜しても見つからず、しばしば屋上で見つけた。あるいは数年に一度発し、あるいは一年に数回発し、侍郎はその家に住み込んでいた時、みずから見たことがあった。その母は高々と屋根の天辺に坐し、笑って人に語った。「おいで。おいで。こちらはとても楽しいよ。」家人はあれこれ招いたが、下りようとせず、その子を梯で昇らせると、はじめて従って下りた。しかしかれが下る時は、その子が扶けねばならず、ぐずぐずとして歩けば、屋根瓦はすべて砕け、かれがどうして昇ったか分からなかった。下りてから尋ねても、自分からは語れなかった。その母は年が九十五六になって亡くなり、ほかに異常もなかった。

陳東之孝廉潮は、泰興[43]の人であった。蕭山の湯文端公[44]が江蘇を視学した時、選んで県学に入れた。道光十一年[45]順天郷試に応じ、挙人に合格した。前後して京師に十年客となり、小学[46]、韻学、算学にくわしく、同時期、魏黙深、包慎伯の諸君はみな尊重していた。乙未[47]の年に京師で亡くなったが、年はわずか三十四であった。亡くなる一日前、文端はいってみた。時にすでに薄暮であったが、見ると二人の子供がおり、一人は紅い衣、一人は緑の衣で、かれのいる部屋に入ると、見えなくなった。文端は出ると人に語った。「この子はきっと助からない。」その家の西隣に秦叟というものがおり、毎日鶏が鳴くとかならず起き、暑いときも寒いときも間断なかった。孝廉が生まれようとしていた時、秦叟がはやく起きると、火球があり、大きさは碗ほど、陳氏の竹園に落ち、翌日、孝廉が生まれた。ここに至り、また見ると火球が竹園から出て北へ去り、隠隠[48]と音がした。凶報が来ると。それは秦叟が火球を見た日で、李廉が死ぬ二日前であった。その子子愚広文諝がわたしに述べたことはこのようであった。

子愚広文はさらに言った。その長男の縄祖は、弱冠で娶らず、同治五年[49]に足を滑らして水死した。婚約していた同県の朱氏の娘は、訃を聞くと絶食して死んだ。広文はたまたま母の死に遇い、その遺骸を迎える暇がなかったので、朱家はさきに墓の傍らに安置した。その後、広文は舟を準備して迎えにいった。舟を河原に停めたが、その墓から二三百歩ばかりであった。広文はさきに柩の前で祭りを行い、文を作って焚き、迎えて合葬することを告げた。すると旋風がたちまち起こり、その灰をまっすぐ舟に吹き入れたので、見るものはみな驚いた。二年後、かれの次男光祖が一子を挙げたので、すぐその跡継ぎにした。子が生まれる一日前、広文の妻が夢みると、一人の若い女がかれに向かって笑い、一言も発しなかった。目ざめると、顔と衣裙ははっきり眼にあったが、知らないだけであった。たまたま朱氏に言えば朱女の貌はまったく夢みた通りで、その衣裙も臨終の時に着けていたものとすべて合っていた。

王子閑は、江西藩司署内の老いた賓客であった。中年以後は病むことが多く、夜眠れず、昼は食らえず、毎日朝起きるとかならず薬を大きな碗で呑んでいた。およそ補益[50]の薬品は、一つも備えないものはなく、これを呑めば治り、常人のようになったが、ある日、薬がなくなると、すぐに病んで起きられなくなった。有熊君[51]が言っている。「『人生では寝食がもっとも重要で、寝たり食らったりしないときは、すべて薬の力に頼って持ちこたえるが、長生してながく目が見える[52]ものは、聞いたことがない。』[53]と。今、一法を授けよう。毎日朝晩に関わりなく、閑暇を得れば、眼を閉ざして静坐し、この心を引き締め、一念が起こらないようにさせろ。このようなことを、ある時は四五度、ある時は一二度しろ。毎回一炷[54]の香が尽きるのを限度としろ。ながいこと行えば、かならず験があろう。」王はその説に従った。一月後、たまたま子夜にきちんと静坐していると、突然意識がなくなり、結局一寣の安眠（「寣」は、呼骨切、音は「忽」のようで、『広韻』十一没[55]に見え、一睡することをいう）を得た。目ざめると空腹を感じ、時に人が静まった後で、食を得るところがなかった。小さな盝[56]の中を探ると、いささか餅餌[57]の類があったので、すぐ取って食らった。食らいおわるとまた眠り、翌日の辰の刻になってはじめて目ざめた。目ざめればたいへん空腹だったので、すぐ湯餅を求め、数器を食らいつくした。食らって満腹すると腹を摩り、その人に語って言った。「寝食の楽しみは、ここまでのものなのか。久しいなあ、わたしがこの楽しみを知らないのは。」許星台[58]廉訪[59]は時に江西で官となり、みずから人を見、江蘇に来て、わたしに語った。廉訪もつとめてこの法を行い、みずから言った。「むかし太守となり、観察となった時、公務は多くなく、日々かならず数回静坐していた。今、官位は廉訪となったので、できないが、かならず一炷の香が尽きるのを限度とし、一日も間断がなかった。人に賓客朋友[60]の宴会[61]があり、歌妓[62]が並んでいても、すこし集まるだけで、見ず聞かずのようであった。」わたしは嘆いて言った。「香山の詩にいう『調気[63]を学ぶ後に衰中の健あり、心を動かさずんば鬧処も閑なり。』[64]とはあなたのことです。」廉訪はわたしに肝胃の病があるので、つとめてこれを行うことを勧めた。わたしは昔枕上三字訣[65]をつくり、『兪楼雑纂』の中に刻したが、これもその理に明らかでないものではない。しかし心身を労し、坐忘[66]できず、まさに東坡先生が『龍虎鉛汞説』[67]を作って子由[68]に寄せたのと同じで、「みづから知る易流の性なれば[69]、つひにこの言を蹈むあたはず。」である。そこで王子閑の事を記し、とりとめもなくここに書いたが、まことに自分が恥ずかしい。

蘇州の臨頓路[70]の民某甲は、織紝[71]を生業としていた。某乙がおり、従って文芸を学び、三年であった。甲はその勤勉さを愛し、娘を娶わせようとし、妻に謀り、やはりよいとした。妻がひそかに女に尋ねると、娘は望まない意向であったので、前の計画をやめ、乙は心の中で残念に思っていた。光緒辛巳年[72]立夏の日は、仕事を休むのが習いであったので、甲夫婦はいずれもよそに出、女だけが室内にいた。乙は鋭い刃を持って部屋に入ってき、女に言った。「おまえの父母はどちらもおまえをわたしに娶わせようとしていたが、おまえが望まなかったのは、どうしてだ。今日は刃をおまえの腹に刺してやろう。」すぐに刃でつづけて斬り、乳および脇を損なった。乙は娘がさらに死んだことを知ると、刃を抜いてみずからの喉を断ち、すぐ死んだ。娘は一日過ぎてはじめて絶命した。これは夙怨があるものだろうか。

大庾の戴可亭相国[73]は相を辞めて家におり、門下の客分たちと修煉[74]の術について講ずることを好んでいた。蕭山の湯文端公は合格する前、その家に住み込んでいたので、やはりいっしょにいた。ある晩、相国は客を招いて暗室に坐し、灯燭を設けず、いずれも眼を閉ざして静坐していた。坐して夜になると、相国の頭上に突然大きな光が発したが、その大きさは盤ほどで、その明るさは鏡のようで、見るとその中にぼんやりとしてものがあるかのようで、ただ見わけられないだけであった。文端もそうであった。そのほかの客分たちはそれぞれ光があったが、小さくて豆のようで、そのうえ揺曳して定まらなかった。翌日、相国は客に語って言った。「わたしたちの根柢[75]の厚薄、功候[76]の深浅は、すべてここに現れている。」相国は年が九十六になって亡くなった。許信臣[77]先輩は江西で視学し、まだ診ることができ、時に年はすでに九十以上で、あまり話さなかったが、人を見るとかならず笑い、ひねもす悲しい顔はしなかった。信臣先輩は言った。「このご老人は天下の人、天下の事、天下の物を見、一つとして喜ばしくないものはないのだ。」かれの修養はほんとうに及べるものではなかった。

蕭山の湯文端公が京師で官となっていた時、東単牌楼にいた。かれの家は、言い伝えでは、乾隆時代に大学士和珅[78]の旧宅であったので、凶宅と称しあっていた。文端がいると、まったく怪異がなかったが、奥にある部屋七間だけは、たいへん広く、住む人がいなかった。部屋に書籍を蔵し、庭園に雑多な花卉[79]を植え、もっとも西の一室には仏を祭っていた。文端は毎日朝起きると、かならずこの部屋に来て仏を拝し、従者はみな庭にとどまって入らなかった。文端が戸外にゆくと、かならず一人の叟がさきに室内で膜拝しており、拝しおわると見えず、文端はそこで入って拝し、日課としていた。心の中でかれが狐であることを知ったが、人に害をなさないので、ひとまず放っておいた。文端が薨去した年になると、この叟は広間まで出てきた。客が来、見るとかれは蒼顔[80]皓首[81]で、隠嚢[82]に倚って坐し、文端かと疑い、走って起居を尋ねようとすると、たちまち消えたので、ともに驚いた。文端が薨じると、妖異がはげしく起こり、卓子椅子の類はゆえなくひとりでに動いた。ある時は、数人がともに茶を啜っていると、茶碗が突然よそに飛んでいった。湯氏は嫌に思い、またこの部屋に住まなかった。わたしは文端の孫伯述司馬が語るのを聞いた。

蕭山県の東門外に土地廟があり、その地はそもそも海に近かった。廟の後ろに大きな池があり、一里四方であった。同治辛未[83]の夏、大雷雨があり、一匹の黒い龍が池に下ったが、その身は連抱[84]の樹より大きく、その尾は池の中にあったが、その頭はなお天の半ばにあり、雲気が護り、見られず、その長さが幾許であるか分からなかった。たちまち神龍が水を取っていることが喧伝せられ、雨を冒して見物しにゆく人はたいへん多かったが、みな迫って見ようとしなかったが、見ればその背に水があり、二本に分かれ、一本は下から上り、その水は白く、一本は上から下り、その水は黒かった。知るものが言った。「龍の頭上には分水珠があり、およそ人の世の水を取って珠のあるところにゆくと、清濁はおのずから分かれ、清い水は上ってゆき、雨水と化し、濁水は下ってゆき、やはり元のところに戻る。だから、上から下るものは、すべて泥だ。」一時の久しきを経ると、雨の勢いはやや衰え、龍は空に昇って去った。

湖北興国州の某姓は、人物はたいへん温厚であった。若い下女がおり、二児といい、やはりよく待遇していた。たまたま二児に庭を掃除させたが、掃除しきれていないことを怒り、足蹴にしたところ、誤って急所に中たり、すぐ死んでしまったので、たいへん悔やみ、手厚く納棺した。その年、郷試に応じ、試験場に入り、号舎[85]に坐し、筆を舐めて墨を磨るたび[86]、かならず二本の指が前に見えたが、その人は見えなかった。昼も夜もすべてそうであった。嬲られて、結局一字も書けなかったので、悟って言った。「二をわたしに指し示したから、きっと二児だ。」そこで答案を提出し、門が開くのを待って出、二児のためにさかんに法事を行い、次の試験で再び試験場に入ると、見えなくなっていた。

浙江の人に蔡姓のものがおり、京師にいた。その子は齠齔[87]になったばかりであったが、あらかじめ一人の幼い娘を養い、かれが成長するのを待って子の妻とすることにした。まもなくこの娘が死ぬと、さらにその子のために方氏の娘を招き、前のことを告げなかった。結婚の日になると、部屋で戸の外に几案を設け、香燭を焚き、新婦は向かって拝させた。方氏の送るものは言った。「これは俗例[88]で、拝房といい、後妻はそうするが、初婚のもの[89]はそうしない。」頑固に許さず、撤去させた。すると暴風が起きて燭が消え、新婦は地に倒れ、その喉を扼する者がいるようで、声は喀喀然[90]としていたので、みなともに驚いた。そこで以前のことを告げ、この娘の姓を書いて位牌にして祭り、新婦を扶け起こして礼法どおり拝し、恙なくすることができた。

湖北咸寧県の余氏の子は、幼くして賀氏の娘と婚約していたが、娘は嫁がないうちに死んでしまった。余氏はその柩を迎えて帰ることを謀ったが、娘の父は承知せず、言った。「嫁殤[91]で改葬するのは、礼ではない。」みずから地を卜してその娘を葬った。余氏の子がほかに婦人を妻とすると、楚の風俗では妻を娶る時、婿がかならずみずから迎えるので、余氏の子は妻を迎えて帰った。賀の娘の墓を通り掛かると、旋風が墓門に起こり、まったく気にしなかった。家にいって結婚すると、余氏の子は性情がにわかに変わり、数日後、暴戻で人間らしさがなくなった。その妻をもっとも虐待し、かならず堂前に長跪させ、鞭うち、罵り、何もしない日はほとんどなかった。舅姑はやさしく語った。「わたしの子が病んだために、その本性を失い、わたしの新婦を苦しめているのは、ほんとうに忍びないことだ。しかしその意に反し、病はさらに激しくなっている。どうかわたしたち二人の老人を憐れみ、労苦を辞さないでおくれ。」新婦はたいへん従順に従ったが、余氏の子の病はながいことやまなかった。舅姑はその病の由来を究めた。墓門に旋風の怪異があったことを知ったので、賀氏の娘のために栗主[92]を設けて祭った。賀の父も娘の墓にみずからゆき、その無礼を責めたが、まったく験がなかった。十余年を経、娶った妻が死ぬと、余氏の子の病ははじめて癒えた。余氏と樊氏は繋がりがあり、以前わたしの長男の嫁樊氏が帰寧した時、一目見たことがあったが、すでに通常のようであった。まもなく再婚すると、病がまた起こったが、今はどうか知らない。

咸寧の樊氏の娘は、わたしの長男の嫁の族姑[93]であった。嫁いだ後、突然狂易の病を得、しばらくしても癒えなかった。樊氏は迎えて帰り、巫に治させると、女は病が癒えた。そこでために新しい衣を作り、内外すべて易え、輿夫の家に送りかえし、魚網で覆い、担ぐものに命じてはやく走ってゆかせた。旧時の衣物は、おおむね去ろうとせず、それから女はほんとうに平復すること普段のようであった。数年後、母はたまたま調べてみる女のこるとどめて衣笥、新しい服数襲があるのを見、嘆いて言った。「このようによい衣服を、着けないのは惜しい。時を閲してひさしく、もとより害がなかった。」そこでみずから女のところに送っていった。女は衣をとって着けるに及ばず、突然ははと大笑いして言った。「数年あなたを探して会わなかったが、今ここにいたか。」そう言うと、またもとの病を発し、驚きはますますはげしく、あれこれ治療したが癒えず、結局狂死した。

鄂の民間では、人が自経して死ぬことを、「油麺を食らう[94]」という。油麺とは、水を麦粉に混ぜて長い糸にし、かならずすこし油を着けて作ったもので、油麺といった。江浙の間では索麺といい、古人は索[麦并]という。『玉篇』麦部に、「[麦并]、博領切、索[麦并]。」という。『南斉書·何戢伝』に「上水引[麦并]を好む」と称するのは、この物である。咸寧に章姓のものがおり、家を建てたが、大工への待遇がたいへん刻薄であったので、大工は怨みを抱いた。たまたま油麺を食らっていたので、すぐ残りものを敷居の下に埋めた。まもなく章の妻は縊れて死に、章もしばしば帯を引いて人に語った。「わたしはどこで縊れたらよいのだろう。」家人は憂えた。家相をみるのに長けたものがおり、その部屋を見まわして言った。「敷居の下にかならず異常がある。」掘ると油麺が見つかったので、こそぎとって棄てたところ、止んだ。

家を建てるものは、もっとも棟上げを重んずる。温子昇[95]の『閶闔門[96]上梁文[97]』に「吉日これ簡(すくな)きも、穆卜[98]して違ふなし。」という。これは古人もたいへんこれを重んじたということである。咸寧の劉氏はあらたに建物を造ったが、ここに住むものはかならず咯血の病を患った。家相をみるものは言った。「梁の上に異常があるのではないでしょうか。」梯を掛けて見れば、一匹の赤い虫がおり、蠕蠕として動き、長さは数寸ばかりで、細さは髪のようであった。木に貼りつき、結局除けなかった。そこでその梁を易えると、咯血していたものはみな癒えた。後に知ったが、大工は棟上げの日、たまたまその手を傷つけ、血が一筋木の中に入り、この怪異をなしたのであり、意図的に呪術を施したのではまったくなかった。

徽人の程姓のものは、資産はその郷里に冠絶し、代を重ねていた。一子を産んだが、若くして痴愚であり、成長しても混混[99]として何も分からなかった。その家は二人のしもべに守らせ、飢飽寒暖は、すべて二人のしもべがかれのために調整し、教えを受けいれなければ、ひどく鞭うったので、帖然[100]として服した。その術は牛馬を御するかのようであったが、遠近のものはみなそれを知り、縁談を持ち込んでやる[101]ものはなかった。程氏はもともと質剤[102]の店を無錫に持っており、汪氏は代々そのために会計を司っていた。汪には娘がおり、程の子と年が近かった。汪叟はそこで慨然として言った。「わたしの家は祖父以来みな程氏を主人としていた。今、程翁に子がおり、妻にするものがいないが、わたしはどうして一人のか弱い娘を惜しみ、数代の恩誼に報いないことがあろうか。」人に命じてその思いを程に伝えさせた。程ははじめ断ったが、汪はつよく願った。程は何度もかれの意思に負いたものの、招いて子の妻とした。結婚すると、纁雁[103]の儀、牢羞[104]の費用は、たいへん調っていた。青廬[105]が開き、交拝の礼を行おうとしたが、程氏の子は足を引きずって歩き[106]、結局拝礼しなかった。奥の間に入ると、室内の羅屏繍幕を顧みたが、ふだん寝ているところではなかったので、たいへん驚き、東西に呼号し、南北に横行し、近づける者はいなかった。やむを得ず、やはり二人のしもべに命じて推したり引いたりして去らせ、娘はそれから終生独居した。舅姑は語った。「倅は人間ではなく、おまえを苦しめているが、どうかよく自愛しておくれ。」翌日、すぐに巨万の家産を分け与えた。年を越し、兄弟の子一人をかれの跡継ぎにした。娘はたいへん賢く、上は舅姑に仕え、下は嗣子を育て、横は娣姒[107]に接したが、みな悪口を言わなかった。舅姑はますますよくしたので、子のために資金を納めて官職を得、女は四品の服を受け、夫と部屋を異にしてすむこと三十年、命婦[108]となったが、やはり処女であった。程氏の子はさきに亡くなり、女もさらに十数年して亡くなった。晩年、高齢となり、行輩[109]も上となり、家中のものは万事かれの命に従った。女はよく事を処理し、同時に人を知れ、大きいことも小さいことも、女によって処理せられたが、すべて肯綮に中たっていた。程氏の子は終生ぼんやりしていたが、風姿[110]は端整で、肥えて白い瓠(ふくべ)のようで、中年以後は髯がたいへん美しく、望めば叢祠[111]の神の塑像のようであった。さらに程氏の子が生まれてから、その家は日に日に豊かになり、時を待って物を売れば、利を得ないことはなかった。程氏の子が死ぬと、やや衰えた。だとすれば、この夫、この妻にも由来[112]があったのではあるまいか。わたしは若い時に休寧の汪氏に住み込み、汪は程と繋がりがあったので、その詳細を聞けた。わたしの詩集に『女蘿行』一篇があるが、汪女のために賦したものである。

蕭山の沈茂才[113]祖煒[114]が言った。その友李某は高氏に住み込み、主人は高叟で、博覧の士であった。ある日、隣人が山上である物を掘ったが、鴨のようで羽がなく、全身は真黒で、両目はいずれも閉じていた。李に示したが、李は知らなかった。高は言った。「これは蛟で、さいわい両目は開かなかったので、禍をなさなかったのだ。煮て食らっても珍味だ。しかしその身には一滴の水もつけられない。水を得るとすぐに変われ、平地に波を生じ、家は廃墟となる。」そこで厨房に連れてゆき、釜を焼いて紅くし、この物を投じて覆った。釜は[弓孛弓鬲]然[115]とし、黒い水が溢れ出、四五石を得、水が尽きて蓋を開けば、すでに煮えていた。色は白くて凝脂のようで、取り出して薄く切り、美酒に浸し、醯醢[116]を調え、李とともに食らえば、味はたいへんよく、食品のうまさでは、ほとんど勝るものはなかった。按ずるに、蛟鮓[117]龍醢[118]は、昔からあれば、蛟はもとより食らえるのである。しかし郭璞は『山海経』に注し、蛟は蛇のようで、四足であるという。王逸は『楚辞』に注し、龍で角がないものが蛟であるという。『北夢瑣言』は蛟の姿を説いて蛇のようだといい、また水蛭のようだというが、いずれも鴨と似ていない。この物は鴨のようであったので、蛟でないだろう。

蕭山県に臨浦[119]という地名があり、その山には毒蛇が多かった。ある人は江西の真人府法官が捕らえられたというので、ともに銭を集めて一法官を招いてこさせた。たまたま蕭山の令黄君が用事でその地にゆき、見ると、ともにいって見た。法官は山岡をあまねくゆき、剣を抜いて空に向かって身振り手振りし、口で呪文を誦えた。また楊枝を水に浸し、あまねく注いだ。そこで山麓の平地にゆき、剣で地を描いて三つの大きな丸とし、その丸はいずれも直径が三四丈で、みずから剣を持って第三の丸の後に立ち、黄自分の後に立たせ、戒めて言った。「何か見えても、恐れるな。」先ほどの小さな蛇たちが蜿蜒として来、第一の丸にゆくとすぐ死に、その後、蛇はますます多く来、ますます大きかったが、あるものは丸に入って半ばに達せずに死に、あるいは丸に入って死に、あるいは第一の丸を出て第二の丸に及んで死んだ。すぐさらに三蛇がおり、大きさは屋の柱ほど、第二の丸に入ってやはり死んだ。にわかに狂風がはげしく起こり、山の大樹はすべて抜けた。一匹の蛇がおり、長さは十余丈、太さは五斗米の嚢のよう、全身は金鱗で、口から青い煙を吹き、つづけて二つの丸を越え、すこしも萎縮せず、頭を擡げてまっすぐ第三の丸を犯した。黄はたいへん恐れ、にわかに飛び去ったが、法官は動かなかった。蛇は丸に半分まで入ると、突然曲がって進まなくなったが、すでに死んでいた。法官は黄を顧みると笑って言った。「恐れないように戒めていたのに、なぜ怯えた。」このことも沈生祖煒が説いた。按ずるに『夷堅甲志』に載せる方城[120]の民王三が毒蟒を捕らえ、地を画して三つの溝にし、人に語った。「普通の蛇なら、一つの溝を越えるとすぐに死に、多くても二つは過ぎない。三つの溝を経られれば、わたしがかえって咬まれよう。」その後、蛇はすぐ進み、恐れず、王に近づこうとした。王がすぐに褲を脱いで真中で裂くと、蛇は二つに分かれて死んだが、事はこれと似ている。だとすれば、蛇が第三の丸を越えても、法官はかならず制する法があるのである。

沈生祖煒はさらに言った。人がいて一匹の蛇を見たことがあったが、その形は正方(ましかく)、長さと幅は[121]それぞれ七八寸で、薄い板一片のようであった。土人に尋ねると、言った。「これは花版蛇[122]といい、蛇の中でまれに見るもので、その毒はもっとも激しゅうございます。」按ずるに銭唐の趙恕軒学敏[123]が『本草綱目拾遺』を著していうには、杭郡の山中に蛇がおり、方勝版といい、その全身は花紋が錦のようで、中は方勝[124]だが形は扁平で版のようであるので[125]、こういうのだが、もしやこの物か。沈はさらに言った。人がおり、海浜で一物を捕らえたが、形は鱉のようで裙がなかった。その大きさは蓆ほどで、背に甲があり、背の下に甲がなく、水中にいると力はたいへん大きく、上陸すれば動けず、人々は知らなかった。ある人は、これは玳瑁だといったが、『桂海虞衡志』[126]を調べると、玳瑁は形が亀や鱉のようで、背甲は十三片、黒白の斑文が交わっている、その辺裙は損なわれて欠け、歯は鋸の歯のよう[127]、足がなくて四つの鬣があり、四つの鬣で水をかいて進んでいるとある[128]。この動物は裙がなく、さらに足があるかいなかも分からず、さらにその背に斑文があると言っていないので、それが玳瑁であるとは限らない。

河南府には叢祠[129]が多い。司っているのはすべて婦女で、師婆と呼ばれているが、おおむね偽りの言葉で、女子供を欺いているだけである。ある師婆が祭っている神だけは、なかなか霊験あらたかで、願いがあるものが門に列なり、かならず祈った通りになった。牲醴[130]をもってきて祭るものがいない日はなく、師婆はたいへん利益を得ていた。わたしの長男の嫁樊氏はその父の河南太守の官署にいた時、下女たちがかれのことを言うのを聞いたが、記録しきれないほどであった。たまたまある官員の家の妻がおり、子が病んで神に祈ると、子の病はほんとうに癒えたので、みずから礼を述べようとした。師婆は固辞して言った。「神がいる所は狭く、奥さまの玉趾(おみあし)を辱めるに足りません、どうかわたくしめ[131]に命じてその礼を執らせてください。」妻は承知せず、盛装してゆき、展拝する[132]とすぐに、鱉が蹣跚[133]と案の下から出てきたが、それから霊響[134]は寂然とした。わたしたち二人の息子の嫁姚は言った。「この妻はきっと正人でございますので、邪神が恐れたのでございます。」わたしはその通りだと言った。

長男の嫁がさらに語るには、河南府のあるところから大きな蝶が出、その大きさは盤ほどであった。かつて人がいて二匹の蝶を百里外の縁がある者に贈り、その家は受けて園圃[135]で養った。一匹の蝶はすぐ死に、一匹の蝶は逃れ出、郊野を飛んだ。師婆が捕らえて帰り、偽って神蝶を得た、たいへん霊験あらたかだといい、信仰は日に日に盛んになった。このようにすること一月あまりして、蝶を養うものの家を一人の子供がたまたま訪ねて見、叫んで言った。「わたしの家で蝶がいなくなりましたが、こちらにいましたか。」その後祈祷したがもはや験がなかった。これは鮑君、石賢士[136]の故事で、昔からあった。

�ﾂ次山[137]中丞[138]は常徳[139]の知事となった時、記室の友郭君がおり[140]、湘潭の諸生であった。なかなかに詞藻があり、人柄も温厚で、賓主はきわめて睦まじくしていた。数ヶ月すると、突然中丞の族子に語って言った。「わたしは去ろうとし、太守は喪礼でわたし、わたしも喪礼で太守、どうしてひさしくここにいることができましょうか。」族子はつとめてそのそうでないことを告げ、さらに言った。「あなたはもとより長者ですから、浮言に惑わされてはなりません。」翌日、さらに族子に言った。「今はほんとうにとどまることはできません。太守はわたしを審理し[141]、すこしもわたしを許さず、わたしの首を斬ろうとしていますが、どうしましょうか。」族子はその言葉に驚き、中丞に知らせ、かれに精神病があることを疑った。医者に治療させると、医者は言った。「六脈[142]はすべて乱れ、なすすべがございませんから、すぐに送って帰らせなさい。」中丞はそこでみずから見舞いにいったが、さきに窓で窺うと、その人は室内におり、人と格闘しているかのよう、さらに、人と揖譲している[143]かのようにしており、様子はたいへん乱れていた。そこで入って尋ねて言った。「先生のご病気は治りましたか。」「大丈夫だ。」「帰るご意志があると聞きましたが、本当でしょうか。」「いや。いや。」その応対はなお常態を失わなかった。中丞は茫然としてわけが分からず、ひとまず舟を準備してやった。周君というものがおり、中丞は招いてその子の師にし、郭と住居が近かった。真夜中に、郭は突然にわかに周の部屋に入り、その牀の下に跪いた。周が驚いて起きてわけを尋ねると、郭は泣いて言った。「おしまいだ。太守は法を執行し、かならずわたしの首を斬り、これは前生のことで、死ぬのはもとより不当でない。しかしわたしには老母がおり、あなたは賓師の位におり、太守にいってください、一縷の活路を求められるか。」周はつとめて引いて助からないので、欺いて言った。「夜が明けるとかならず太守にゆき、あなたはさらに去った。」推して出、その戸を閉じ、郭は結局戸外に跪いて朝になった。翌日になると、舟はすでに準備されていたが、雨は激しく、出発できなかった。郭は枕上に危坐して[144]動かず、人がいってみると、言った。「わたしは今日死のう。」食らわせようとしたが、食らわず、むりに食らわせると、飯二大碗を尽くし、晩に食らってもそうであった。食らいおわると、また枕上に坐し、なぜここに坐しているかと尋ねると、言った。「死を待っているのだ。」この夜、中丞は屈強のしもべ四人に守らせた。四人は、みな傍らの室内に坐した。丙夜、突然、郭の部屋で門が開く音がし、走って見れば、郭は所在を失っていた。その庭にはもともと門があり、門を出てすぐ一大きな園圃、花木は陰森、山石は蒼突[145]として、さらに大きな池が二つあった。人々が園に入ると、人がぼんやりとして前におり、みなこれだと言った。尾ければ、厠に入り、かれが厠にいったかと疑った。厠に入ると、見えず、幽鬼を見ていたことをはじめて悟った。そこで園内を大捜索したが、杳として踪迹がなかった。夜回りする者が言った。「園の東北の隅に土の垣があり、垣の下に一つの井があり、その地は人がまれに来、もしやここにいるか。」言葉通りに探すと、ほんとうにその二つの履を井戸端で得、さらに一着の褲が井桁の上にあった。人に命じて鈎で井戸の中を掬わせ、その亡骸を得たが、全身が青紫で、足で踏んだものがいるかのよう、手で掐ったものがいるかのよう、そのありさまはたいへん惨かった。その几席の間を調べてみれば、先日の医者の処方はなおあり、処方の中に女貞子[146]があり、郭はその傍らに書いて言った。「女はもともと貞であったのに、不貞にさせ、その罪は誅するにたえようか[147]。」かれの親しくしている某君が見、嘆いて言った。「これはかれの前生の罪業だ。」そこで言うには、郭は二十歳前に病を得て死にそうになり、病中みずから述べる言葉はたいへん怪しく、さらに一詩があった。その時に死ななかったのは、郭氏が祖父になお余沢があったので、ぐずぐずすること数年、かれに子ができるのを待った。郭の子はまだ幼く、自立できず、さらに学使はかれの文芸を賞で、咸豊辛酉[148]に抜貢生に合格しようとし、冤業が纏い、結局非業の死を遂げたのも悲しむべきであった。みるとその薬の処方数語を書き、その前生はきっと温柔郷[149]で足を滑らした者であることを悟った。

沈仲復[150]廉訪が言った。かれの贈公[151]が七閩[152]に宦遊した時、継母の馬太夫人は歿し、時にその寓所は建物がたいへん狭く、わずか三間だけであった。東側は寝室で、部屋の中には紗窓六扇[153]を設け、分けて前後二つにしたが、前が馬太夫人の居所であった。西側は布幕で覆われていた。贈公は手ずから一聯を書き、幕の上に掛けていたが、幕を開くたびに、聯の軸が櫺子窓に触れ、がたがたと声がした。また地が卑湿[154]であることに苦しんでいたので、蓆を敷いていたが、その上を踏むと、蘇蘇然[155]としていた。南の窓には几があり、橙があり（『文韻』四十八嶝ある橙字は、都�ｹ切。几橙は、今俗に「凳」の字に書くものである）、橙は藤で作られ、坐ったり立ったりすると輣軋[156]と響きをたてたが、これはもとよりその常であった。仲復は時にまさに十一二で、贈公と榻を同じうして臥し、その奥の間にいた。太夫人は仲復を育て、愛情は実の子を越えていたので、仲復は思慕することがきわめて切実であった。ある晩、眠って夜半となると、つぎつぎに櫺子に触れ、幕を開くかのようで、さらに席上をゆく音、橙に坐する音が聞こえ、仲はまた泣いて言った。「もしやお母さまのみ霊でしょうか。どうして一度もわたしをみて下さらないのでしょうか。」語っていると、橙にまた音がしたが、人が坐したり起きたりしているかのようで、にわかに窓が開き、にわかに帳が開けば、ほんとうに太夫人が牀の前に立っており、仲復に言った。「おまえがわたしを思っているのに、わたしがどうしておまえを思わないことがあろう。ただ命には限りがあり、どうしようもない。おまえは読書を好み、後日かならず名をなし、鼎甲は望め、官位も小さくないだろうから、励みなさい。励みなさい。」仲がまた泣き叫ぶと、まったく見えなくなった。贈公ははっとして目ざめ、そのわけを尋ねた。贈公はもともと鬼神を信じていなかったので、言った。「おまえは思慕することが懇切であったので、この象を結んだもので、実際はおまえの母の霊ではない。」後に仲復は咸豊丙辰[157]に殿試に応じ、読巻[158]大臣は十人の答案を御前に進上するに先立ち[159]、仲復の対策がいずれも上諭を引いて証としていたので、かれが時事に注意していることを嘉し、はじめ第二位にしようとしたが、その後、第三位にしようとした。後にわが師黄県相国によって第七位に改められ、二甲四名となった。鼎甲[160]を望めるといったのは、嘘でなかった。まもなく翰林として出仕し、四川臬司[161]の官となり、病と称して家居した[162]。官位はまだ計りしれないが、太夫人の言うことは験があった。

仲復廉訪には弟がおり、名を�Z、字を叔和といい、官は順義[163]の県令、霸州[164]の州牧であった。生母の死に遭い、官を去った。服喪が終わって缺を待ち、ひさしく京師にいた。詩を作ることを好み、よく酒を飲み、酒朋詩友は、座上につねに満ちていた。臨終の数日前、なお客と酒を飲み、詩を賦し、たいへん楽しんでいた。翌日、突然客に語った。「諸君とながく別れよう。」客が驚いてわけを尋ねると、言った。「昨日夢みると順義県城隍の神が言いました。『交代しよう。交代するのは、あなただ。』わたしは望みませんでした。神は言いました。『あなたはやがて神となるが、老母がいたので、ややゆっくりしただけだ。老母が亡くなったのに、どうして赴かないことができようか。』わたしは言った。『わたしにはまだ子がいません。』神は言った。『子がいるか子がいないかは小さなことで、論ずるに足りない。』その言葉がこのようでしたので、免れないことを知りました。」客は妖夢と思ったが、それから日に日に疲れ、亡くなる日になると、沐浴して剃髪し、帰ってきて臥した。尋ねて言った。「すでに揃わなかった。」にわかにまた言った。「すでに揃い、わたしが去った。」そう言うと、目を閉じて亡くなった。数年後、直隷は大声で泣き、朝廷は金を発給して救済し、順天府に属するある県令は横領して自分に入れ、事が発覚すると、罪を恐れ、薬を呷って死んだ。時に某君も県令の缺を待つものがおり、生人を冥官にし、ここにいたって人に語った。「昨日諸神を集めて某県令を質し、順天府に属する六州二十一県の城隍がすべており、わたしはその一人を知り、順義県の城隍の沈叔和だ。」某君はもともと沈君の臨終の言葉を知らず、その言葉はそれと合い、驚くべきであった。

同治四年[165]、貴州石阡府[166]で邪教が造反し、府城にみだりに入り、知府の厳君は市街戦で死んだ。厳君は名は謹といい、浙江桐郷の人であった。かれが難に死んだ前、毎晩中に入り、家人はかならずその頂上に丸い光があり、焱焱[167]として火のようであるのを見、大きさは直径一尺[168]ばかり、このようなことが三日で、難に及んだ。厳君が死ぬと、賊は公廨に入り、厳君に妹がおり、年は二十余で、その母に言った。「賊が来れば、きっと辱められましょう。署の後ろの土塀の外に大きな池があり、わたしは母に従って池に身を投げて死ぬことを請います。」母は許し、かれとともにゆき、女たちはみな従った。しかし土の塀にはもともと門がなく、塀を壊して出ようとしたが、力はそれに勝えなかったので、帯を解き、その母をおぶり、身を奮って一躍し、結局塀を越えて出た。また帯を塀の中に投げ、女たちは縋って登らせ、逐一引いて出したので、裾を掲げて池に入った。池の水はたいへん浅かったので、足を引きずりながら水の中央にいっても、まだ頭頂を没することができず、まさに死ねないことに苦しんでいると、賊は大勢来た。はるかに言った。「おまえたちは厳太守の眷族か。太守はよい役人だから、わたしたちも太守を殺す気持ちはない。太守はすでに不幸にして亡くなったが、おまえたちはさいわい死ななかったのだから、わたしに従って出てはどうか。」その妹は水中から大声で罵った。賊ははじめて怒り、戈で突いたが、中たらず、遠く隔たってどうしようもなく、みずから引いて去った。賊の志は金帛を掠奪することにあったので、欲望を満足させると、散じて巣窟に帰った。人民はみな集まり、水から掬いだし、さらに護衛して城から出し、難を免れさせた。その妹は後に沈仲復に嫁いで廉訪の後妻となり、詩をよくし、さらに書に巧みであった。仲復は尋ねた。「おまえはか弱い娘なのに、母を負って塀を越え、さらに女たちを引いて塀に縋って出させたが、どうしてこのように神勇[169]であったのか。」結局みずからそのわけを言えなかった。もしや神助があったか、それとも厳君の霊が盗んだか。」

河南洛陽県民某甲に、一人の妾がいたが、もともと尼であった。すでに帰る甲、井臼のことを習わず、鮮衣甘食し[170]、ひねもす遊んでいた。その正妻は親しくなく、しばしば罵り、仲が良くなかった。罵る声は日々外で聞こえ、いっしょに一室におり、寇仇のようであった。咸豊初年、粤賊が河南府を侵し、攻めて勝たず、郷里で大掠奪した。甲は倉皇として走り出、その家を顧みられなかった。その家人はなおむりに歩くことが[171]でき、賊がさらに来ると、みな避けて去った。正妻は細い趾(あし)ですすめず、かならず賊の刃に死ぬと思った。すると妾は奮然として言った。「あなたに背負ってゆきましょう。」そして背負ってゆき、三日三晩で、蹠(あし)は穿たれ、膝は傷つき[172]、しばしば倒れ、しばしば起き、肩から放さなかった。正妻は撫でて泣いて言った。「あなたがわたしをここまで愛していることに気づかなかった。」賊が退くとともに帰り、親愛であること姉妹のようであった。ある隣家の媼がわたしに尋ねて言った。「あなたは正妻と仲が良くなかったのに、どうして死力を出してこのように救ったのです。」わたしは言った。「普段たがいに罵っていたのは、私憤です。患難の中では、死生が関わります。人の妾でありながら、坐してその正妻の死ぬのを見て救わないものがどうしてございましょうか。」聞くものはますます賢いとした。

安徽懐寧県の李某は、京師で供事[173]に当たり、たいへん貧しかった。しばらくすると、はじめて甘粛のある巡検司[174]を選授[175]せられ、単身で赴任し、数年の後、なかなかに貯蓄ができた。その地に一人の駔儈[176]がいて馬や騾馬の販売を生業としていたが、李と親しくなり、李にどうしてひさしく独居しているかと尋ねたところ、娶っていないことを告げたので、娘を娶わせた。結婚すると、女は李君の家にほかに誰がいるかと尋ねたので、李は言った。「誰もいない。」しかし李にはほんとうは母と妻がおり、京師に入ってから十余年、音信を通じていなかったのであった。その時になって家書が来たが、李はたまたまよそに出ていたので、女はそれを開いて読んだ。李が帰ると、女は手紙を出して李に示し、さらに責めて言った。「あなたが奥さまがいてわたしを娶るのは、障りがございません。お母さまも奥さまもいらっしゃるのに、棄てて顧みなければ、なお人でいられましょうか。すぐに家書を書き、懐にあるものをすべて、持っていっておあげなさい。」李はためらったが、女は催促したので、手紙を書き、袋に銀二千両を入れた。女は金を負い、馬に乗ってすぐ懐寧にゆき、かれの家を尋ね、入って李の母およびその妻を拝し、手紙と金を送った。数日すると、李の妻は女と語ったが、やや齟齬があり、女は母に別れを告げて去ろうとしたので、母は懸命に留めた。時に女はすでに妊娠しており、その上臨月になっていたので[177]、すこし留めたところ、すぐに一男を産んだが、三日後やはり馬に乗って戻った。この女は賢く、さらに行き来するさまは飄忽[178]として神龍のようで、ほんとうに奇女子であった。そのことは光緒初年にあり、童米生はわたしにこのように語り、さらに李某は今でもなお官は巡検で、妻もなお存命であると言っていた。しかし都下で刊刻せられた爵秩全函を按ずるに、甘粛粛州嘉峪関の巡検は王文琳[179]、安徽懐寧の人で、姓は李ではない。もしや言い伝えが異なっているか。

湖州帰安[180]の農村に、郁茂才運申というものがおり、同治壬申年[181]に郡城にいって科考[182]に応じ、甘棠橋[183]の関帝廟内に寓居していた。大殿の後ろに建物三間があり、屋宇は深く、昼でも夜のようで、郁はここを衽席[184]としていた。晩に枕に就くと、曭莽[185]たる中に突然一人の老人、一人の若者が見え、みな手ずから槃[186]を奉り、みずから頚下の血を受け、郁を顧みて言った。「わたしの苦しみが見えるか。今になっても血は出て尽きない。」郁は翌日人に語ると、人は言った。「これはきっと乱離の時に兵刃に死んだ幽鬼です。」郁に勧めて避けさせたので、郁は遷っていった。

青浦の陸蘭槎[187]茂才は、精神病であった。ある日、市中から帰ると、突然、幽鬼が憑いて語った。「わたしは京師におり、おまえの父に害せられたから、今はおまえの命でわたしに償うべきだ。わたしはとおくからきて飢えているから、はやく食物を調え、さらにおおく紙銭を焚け。」蘭槎の兄清士孝廉は怒って言った。「わたしの父にどうしてそうしたことがあろうか。」その弟の頬を打つこと三たびすると、幽鬼は言った。「挙人であることを恃んでわたしを打つか。」おいおいと泣いた。かれが恐れていることを知り、怒鳴って言った。「なんの野鬼[188]か、ここにきて邪魔するとは。」するとみずから言うには、昔、京師にいた時、人に雇われてしもべとなったが、陸の父を見たことがあったので、偽りを言って食を求めたということであった。また頬を打つこと三たびすれば、それ以上言わなかった。蘭槎の病もすぐ癒えた。

わが県の新市鎮[189]に、陳姓のものが店を開いて��帛[190]を売り、名を源泰といった。ある年、訛火がはげしく起こり（訛火とは、『山海経·西山経』[191]に見え、妖火をいう）、こちらで止めばあちらで盛り、物を焼くことかぞえきれず、昼夜防いだが、火はなお止まなかった。にわかに物(もののけ)がその下女に憑いて語り、言った。「建物の西に空き地があり、楼三楹を築ける。」陳はその騒ぎを恐れ、すぐ職人を集めて楼を築いてやった。楼ができると、つつしんで祭り、火はそこで止んだ。しかしそれから売買ともに利を失い、結局その店を閉ざした。家人にも死亡するものが相次ぎ、その家をほかの姓のものに売った。

わたしの門下の士童米生[192]明経[193]が言った。かれの友人陳少舫が湖州の東岳廟で観劇したが、見るとある婦人が数本の鬚を生やしていた。また海門[194]の同知[195]屠晋卿[196]は、男女がその娘に鬚があることでひそかに争っているのを聞いたことがあった。思うに李光弼[197]の母に鬚があったことを、新旧の『唐書』はいずれも載せている。明人徐応秋[198]の『玉芝堂談薈』[199]が載せているが、宋の宣和の時の、朱節の妻および酒保の妻朱氏、元の順帝の時の汴梁の乞食女、明の弘治の時の応州[200]の女子、鄖陽[201]の婦人は、いずれも婦女でありながら鬚を生やしていたものである[202]。古にもとよりあったもので、驚くに足りない。

米生はまた言った。徐荘湣公[203]の弟（荘湣の弟虚舟大令[204]に、わたしは京師で会ったことがあるが、まさにこの人であるかはわからない）、かつて夢みてある山にゆくと、山に僧舎があった。入ると、中に坐していたのは姚鏡堂[205]先生で、左は荘湣、右の一坐はなお空いていた。荘湣はその弟に言った。「おまえは山を下って去れ。わたしはこちらに留まろう。」まもなく、荘湣は江蘇巡撫の時に粤賊の難で殺された。鏡堂先生は名を学塽といい、帰安双林鎮[206]の人であった。兵部に官となること数十年、一人で京師におり、眷属を連れていなかった。文章は淹雅[207]で、志操は高潔で、郷里の人はみなかれの前生は紫皋和尚[208]であったといっていた。荘湣はかれと並んで坐し、かれと香火の因縁[209]があるのだろうか。

何子貞先輩紹基[210]が、若い時に夢みてあるところへゆくと、案(つくえ)の上の盤盂[211]に饅頭が盛られており、たいへん多かったので、すぐに一つを取って食らい、さらにその一つを取った。すると、突然、人が腕まくりして奪い去ったので、食らえなかった。その人を見たが、面識はなかった。嘉慶庚辰年[212]になると、桂林の陳蓮史先生が己卯[213]の解元から第一名の貢士[214]に合格し、天下の首席となった。子貞がかれを見ると、まさに夢の中で見た人であった。そこで悵然として言った。「わたしはもしやこの人と争えないのか。」道光乙未年[215]になり、子貞は第一位で合格し、翌年、進士となれば、会、状[216]はいずれも一位でなく、夢の兆はほんとうに嘘でなかった。

子貞先輩は道光己亥年[217]に七たび閩試を主宰したが、帰途、行館[218]で夢みたところ、かれの仲弟の子毅が別れを告げにき、留めても承知しなかった。かれの服を見れば、すでに僧服となっていた。気づいて泣いて言った。「弟にもしや不幸があったのか。」そこで朝晩泣いていた。入京し、復命すると、その父文安公の私邸に馳せていった。時に子毅はほんとうにすでに亡くなっており、家人はかれが遠くから帰ってきたので、すぐには告げなかったが、子貞がすでに泣き叫んでいたので、秘密にできなかった。どうして知ったかを尋ねると、夢みたことだと言ったという。

海寧�z石鎮の徐翁は、商人として家を興し、よく時を待って物を売り、錙銖[219]もかならず争い、親戚さえも顧みなかった。一子を産んだが、賭博を好み、ひそかに父の銭を取って賭博代を償い、日々かならず数万で、徐はこれを憂えたが禁じられなかった。その地にはもともと広善堂[220]があり、毎年十一月になると[221]、野外の遺族のいない棺、および遺族がいるが子や孫が貧しくて葬れないものを選び、家に帰って虆(もっこ)や梩(すき)をとりにいってやっていた[222]。しかし資金は充分でなかったので、遍くすることはできなかった。徐はそこを過ぎると、突然心を動かし、すぐ美田三百畝を買って義挙を援助した。ある人がそのわけを尋ねると、言った。「わたしの子は不肖で、数年足らずでわたしの田は尽き、不肖の子の金盤[223]一擲に供するくらいなら、遺体埋葬の費用にしてはどうだろう。」その後、かれの子はますますはでに賭博し、徐はそこで銭数十万を一室に貯え、その子に言った。「賭博して負ければ、もとより償うべきだから、わたしの室内の銭はおまえが取るに任せよう。しかし博徒をどうしてわたしの家に入れられよう。かれらを門外とどめさせ、おまえがみずから銭をとって博徒に与えればよい。」そこで博徒は日々門に集まり、その子は緡(ぜにさし)で銭を貫いて負い、堂塗[224]から出、日々数十度で、たいへん疲れた。さらに室内の銭がはじめは充分だったのに、その後尽きようとしたのを見、愛惜しないわけにはゆかず、嘆いて言った。「出すのは容易でないが、入れるのはさらに難しくないか。」そこでその父に向かって涙を流し、これ以上賭博しないことを誓い、終生勤倹でその父に勝り、家はますます豊かになった。人はみな徐翁がよくその子を教化したというが、わたしはすべて天(さだめ)だと思う。「錙銖もかならず較(くら)」べる[225]父がいれば、かならず「百万を一擲」[226]する子がいるのは、その父が子を教えるのが下手なのではなく、その子が教えを受けるのに十分でないのでもない。徳行を施すことを好む父がいれば、かならず勤倹で家をなす子がいるのは、その父がよくその子を化したのではなく、その子がよくその父を体したのでもない。徐翁父子を見れば、家の興亡する理由は、これから外れるものではない。

戴蓮溪先輩鸞翔[227]の長男は、広東の県令となり、まもなく亡くなった。その妻は孕んでいたが、役人の稼ぎは乏しかったので、長く留まることはできなかった。時に蓮溪先輩はなお中州で官をしていたので[228]、柩に付き添って北へ帰り、その舅に身を寄せようとした。湖南にゆき、宿に泊まり、その妻は一男を産んだが、もともと子がいなかったので、得てたいへん喜んだ。しかし乳がないことに苦しみ、子は日夜泣き、妻も子を抱いて泣いていた。逆旅の隣家に婦人がきてそれを見、言った。「お乳がないことがご心配なのでしょうか。乳母を雇われてはいかがでしょう。」妻は言った。「異郷にとどまっているのに、どこから招きましょう。それに食糧が乏しく、目的地に達するのに足りないことを恐れているのに、ここまで考えることができましょうか。」さらに泣いて言った。「未亡人(わたし)にはこの一塊の肉[229]がいるだけですから、子が死ねばわたしも死にましょう。」婦人はそれを聴くと、たいへん辛くなり、しばらくすると言った。「わたしの家はさいわい暖衣飽食しており、もとより人の乳母となるものでございませんが、仰ることを聞き、心が悲しくなりました。わたしは一子を産んでわずか数ヶ月にすぎませんから、お子さんにわたしの乳を飲ませることを願います、帰って夫に告げなければなりません。」そう言うと、にわかに帰ってその夫に語り、その夫は怒って言った。「わたしの家はさいわい暖衣飽食し、誰が乳母となろうか。」婦人は言った。「もちろんです。しかしこの子が死ねば、その母もかならず死に、母子二人の命が関わっていますから、どうして座視することが許されましょう。わたしはすでに言いましたので、わたしを阻まないでください。」そこでその子をほかの人に託し、乳を飲ませ、みずから戴の妻に従っていった。戴の妻は尋ねた。「月にお金が幾ら必要でしょう。中州にゆけば大人[230]に言い、かならず約束どおりにしましょう。」すると婦人は怒って言った。「わたしが人のために乳母となったのは、あなたを哀れんだからです。汴から楚に帰られますが、舟車の費用もわたしがみずから準備し、あなたにお金は求めません。ゆかれませ。余計なことを仰いますな。」そして湖南を発し、湖北を通り、汴にいった。蓮溪夫婦はいずれも感泣し、言った。「この婦人がいなければ、わたしはこの孫を持つことができただろうか。」あつく報いようとしたが、結局受けなかった。蓮溪はそこでその嫁に命じて盛装して拝謝させ、さらに豊かな食事を調え、ともに宴飲した。数日、ゆくに臨み、語った。「楚に帰る費用を、すでに完備していられることは存じております。ご夫人の高潔さは、尋常を越えていますが、これではわたしたち夫婦がいる意味がございません[231]。車馬従僕をいささか用意いたしましたので、どうかご辞退なさらないでください。」そこで餞別して帰らせた。思うにこの妻がしたことは、古の遊侠の士のようで、他人の難を救うことが、自分の身内より厚く、奇女子といえた。わたしの長男の嫁が河南にいた時、戴氏の人に聞き、そのことはそもそも嘘ではないが、惜しむらくは、かれの姓およびかれの郷里を思い出せないことである。

雲南大理府城の南十里に、観音閣があり、大きな石の端に屹立していた。石の下に老婆が刻まれ、石を負うありさまをしており、まさに『大理府志』に載せる婦負石であった。言い伝えでは、昔、敵兵が大理を襲い、境域に入ろうとしたが、一人の老婆が石を背負って歩いていたので、敵兵は驚いた。女は言った。「この地の人々は、おおく膂力がございます。わたくしは、老いて病み、力が弱く、重いものを背負えませんが、お笑いにならないでください。」敵は進んで入ろうとせず、逃れ去った。婦はすぐ石地に置き、行方が知れなくなった。後の人は、これが観世音の化身であることを知ったので、石に閣を建てた。そのことはいつの時代にあったか分からず、そもそも荒誕で拠るに足らないが、閣中に祭る観世音は、なかなか霊験あらたかであった。咸豊丙辰年[232]、賊の杜文秀[233]は大理を占拠すること十余年、僧廬道観はすべて焚いて毀たれ、この閣だけが残った。同治壬申の冬、雲南巡撫の岑公[234]が大軍を率いて囲んで攻め、馬星五観察駟良がともにした。城が落ちる十日前、城内に旋風が扶揺[235]を摶って上り、塵壒(つちぼこり)が塕然[236]として従い、雲霧のようであった。まっすぐ中空にゆくと、空から下り、分かれて二つになり、東西の城壁から城(まち)を巡って南へゆき、また合わさって一つとなり、観音閣にいたって散じたので、人々はみな驚いた。岑公の本営はまさに閣の前にあり、時に賊は追い詰められ、偽って降伏を請い、隙を伺って逃げ去ることを謀った。岑公が夢みると童子が一冊を授け、言った。「大士の命を奉り、これを送って公に授ける。」開いてみると、二十八葉を得、つねに葉一人を描き、姿は怪異で、驚いて目ざめた。翌日、賊が本営に来て帰順し、その数を尋ねると、二十八人であった。公は悟り、召して入り、甲士[237]を帳下に伏して斬り、大理は平らいだ。公は出資して観音閣を修理し、そのことを石に記した。わたしは馬観察に聞いた。

雲南姚州[238]の龍華山[239]に活仏寺[240]があり、唐初から造られ、寺僧はつねに数百人いた。突然一人の行脚僧が、大理府鶏足山[241]から来、衣は破れ、履は穿たれ、面目は皯黣[242]、言葉は尋常でなく、狂易の病があるようであった。主僧はひとまず留めて炊事させた。数年すると、突然歳除の晩に、主僧に向かって帰ることを求め、さらに衣装を担ぐしもべを求めた。主僧は言った。「人はまさに年越しし、誰が従ってゆこうとしよう。鶏足はここからさらに数百里で、一晩で達せられるところでもございませんから、ひとまず明日を待ちましょう。」しかしこの僧はつよく頼んでやまなかったので、主僧は戯れて弥勒殿の天王の塑像を指して言った。「四天王はみな閑坐して何ごともございませんから、あなたに従って去らせてはいかがでしょうか。」僧は言った。「分かりました。」元旦に起きれば、四天王像は結局その一体が失われ、この僧も行方が知れなかったので、みなともに驚き怪しんだ。翌日、人が噂するのを聞いたところ、寺から十里隔たった普関山上に一体の天王像があるとのことであったので、走っていって見ると、ほんとうに失ったものであった。そこでその地に廟を建て、今でも残っている。これも馬星五観察が説いた。観察は雲南の人で、話は嘘でなかった。しかし『夷堅志』の記載[243]を按ずるに、饒州[244]の妙果寺[245]に瘋癲の和尚がおり、ある日、長老に向かって人足を求めて雲遊しようとした。長老は言った。「門前に二体の金剛がございますから、一体を持ってゆかれよ。」僧は承諾し、荷物を金剛の肩に掛け、金剛はすぐ僧に従って走った。寺僧は呼んで騒いで追い、瘋癲僧は荷物を取ってみずから負って雲に乗じて去り、金剛は田野に直立していた。人は殿舎を建ててこれを掩い、金剛寺といったが、このことときわめて似ている。もしや古今のことでほんとうに同じものがあるのか。それとも緇流[246]が古のことに付会し、みずからの事迹を神秘的にしたか。

最終更新日:2011年12月23日

右台仙館筆記

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