右台仙館筆記/巻十三

彭雪琴侍郎[1]は嘉慶二十年[2]十二月の生まれであった。その時、風雪は厳しく寒かったが、母の王太夫人は蓐に臨んで四日産まず、危険に瀕していた。突然大風が窓の外で起こり、部屋の戸がひとりでに開き、灯燭はともに消え、人々はみな驚いて倒れ、太夫人も牀に気絶した。にわかに侍郎が産まれ、太夫人は一時を経て蘇り、言った。「さきほど一人の偉丈夫を見ましたが、顔は黒い色で、背を曲げて入り、身長は楼屋と等しゅうございました。わたしはたいへんどきどきし、魂魄を失いそうになりました。」そのことは、侍郎がみずから撰した『王太夫人行略』に見える。わたしは戯れて言った。「史伝の記載には、黒面僕射[3]がおり、黒王相公[4]がいるが、君は夙世で誰だったのか。」侍郎は言った。「そうではない。黒い丈夫はきっとわたしを守る者だ。わたしは前生で一人の娘だったのだ、信じないなら、わたしの耳には今でも穿った痕がある。」しかし、わたしが見てもまったく見えず、侍郎のこの言葉が何によっているか分からなかった。

安徽の農村に陳氏の寡婦がおり、夫の弟が嫁ぐことを迫ったために、雉経して死んだが、偽って病んで死んだと言われ、そのことを発くものはいなかった。時に衡陽[5]の彭鶴皋[6]先生はまさにその地の巡検司[7]をしており、−雪琴侍郎の先徳である−、たまたま用事で郡にいっていた。侍郎の母王太夫人は官舎に独居していた。ある晩、突然婦女の叫ぶ声が聞こえたが、怨恨を述べているかのよう、まったく意に介さなかったが、毎晩すべてそうであった。乳母の楊というものがおり、陳のことを仄聞していたので、言った。「もしや陳氏の妻か。」太夫人は祈って言った。「ほんとうにそうならば、三回叫べ。」ほんとうに叫ぶ声が三たび聞こえ、その後、風は颼颼とし、木末から過ぎ、寂然とした。先生が帰ると、太夫人はそのことを告げ、ひそかに探って実情を知り、上官に聞かせたところ、法律通りに裁きがあった。これも侍郎が作った『行略』に見える。ただ、先生は、はじめ官位は懐寧三橋鎮の巡検で、後に合肥梁園鎮の巡検に転任したが、このことは地名を言わなかったので、どこであったか分からない。

江西鄱陽県民の葉佐恩は、同県の徐姓の寡婦の陳氏を娶って妻とし、一子を産み、福来といった。佐恩が死ぬと、遺腹もまた一子を産み、福得といった。陳氏は操を守れず、同県の厳磨生を婿とした。磨生は陳氏とともに葉氏にいること五年、はじめて妻とともにその前夫の二子を連れて帰った。葉佐恩が遺した田二畝は、厳磨生が耕作することになり、その二子を養った。しばしば水害があり、衣食は十分でなかったが、福来は九歳になった。そこで坑下村の徐茂拐子の家に送ってゆき、裁縫を習わせ、毎年銭三千四百を与えた。まもなく、さらに福得を坑下の劉光裕の家に送ってゆき、牛を牧させた。その地は厳氏の住んでいる車門湖というところから四十里であった。光緒三年[8]十二月二十五日、磨生は坑下村にいって福来、福得を迎え、家に戻って年越しすることにした。二十六日朝に起き、寝床で食事して[9]ゆき、福来は藍布の袋を負い、中に洋銭一、銅銭千をいれ、福得は白い布袋を負い、米数升を入れた。墈上[10]の亭にいって雨に遭ったが、磨生はまた痰病を発したので、亭に小憩していると、雷細毛というものが二つの籮(たけかご)を担いできた。雷も坑下劉氏の雇われ人で、劉氏からその家に帰ろうとしており、その住居は厳と近かった。磨生は言った。「わたしは病んで起きられないから、あなたに従って先にゆくように二子に命じた。わたしはすこしよくなったらすぐゆこう。」そこで銭と米をならびに雷の籮(たけかご)の中に置き、雷は二子とともにいった。鴛鴦嶺[11]にゆくと、二子に語って言った。「おまえたちとはここでお別れだ。ここに坐し、おまえのお父さんがともに帰るのを待て。わたしは去ろう。」その銭と米を二子に返して帰った。磨生はなお亭に臥していたが、しばらくすると病は癒え、雨は止み、空も薄暮となったので、間道を走ってすぐその家に帰ったところ、すでに乙夜になっていた。その妻に尋ねると、二子が来ていないことが分かった。翌日、厳復仂を走らせて雷細毛に尋ねさせたところ[12]、鴛鴦嶺ではぐれたことを知り、鴛鴦嶺の付近を探したが、いなかった。上湾林に欧陽六毛というものがおり、言うには、二十七日に二人の幼い子に遇って途を尋ねられたので、ざっと指し示した、途を尋ねた後は行方が知れないということであった。さらに汪同興というものがおり、路の傍らで布屋を開き、言うには、二十七日、二人の幼い子が飢え、汪に向かって食物を求めていたので、汪は飯を食わせて去った。飯が終わってからどこへいったかと尋ねたが、知らなかった。見たものはいないのか尋ねると、言った。「欧陽発仂というものがたまたま店におり、二人の子が出るとかれも出、見ているはずです。」二十八日、はじめて二子の亡骸を陳公阪で見つけたが、福来は腮が傷つき、耳が傷つき、咽喉が傷つき、福得は両の睾丸が傷ついていた。銭と米はともにあり、失われていなかった。陳公阪は車門湖から二里で近かったが、誰が殺したか分からなかった。ある人は欧陽発仂だといい、欧陽絲林だともいった。そこで厳磨生は欧陽発仂、欧陽絲林がその二子を殺したことをお上に訴えた。葉氏の族は言った。「これは厳磨生が二子の亡父が遺した田を利とし、みずから殺したのだ。」やはりお上に訴え、訴訟はひさしく決しなかった。光緒四年[13]、わたしの親家翁彭雪琴侍郎は巡江して饒[14]にゆき、厳、葉はいずれも書状を作って行轅[15]に訴え、饒州府に送って尋ねた。六年夏、侍郎は江西の省城にゆき、中丞以下はみな滕王閣で出迎えた。厳磨生の妻陳氏は、また以前のことを訴え、前馬[16]のものが怒鳴れば、みずから江に身を投げた。侍郎はいそいで掬い上げるように命じ、その書状を受け、中丞にいった。豫章の諸大官はひさしくそのことを知っており、みな厳磨生がほんとうに二子を殺したと疑い、言うには、二子は年が幼いから、きっと怨みで殺されたのではない、持ち物を利としたならば、どうして銭と米がともにあるのか、これはかれの継父が殺したことは疑いない。もともとは侍郎が来る前、すでにその案件を省に移して処理させるように命じた。鄱陽[17]の令汪君以誠[18]は、賢い知事で、車を下ると、嘆じて言った。「県内でこの事件があったのに、結局殺人者の名が分からず、上は大府[19]の憂えとなっては、県令など必要ない。」時に事件の証人はみな県内に拘禁され、汪君はひそかに間者を遣わして人々の一挙一動一言一句を、随時窺わせていた。この年の五月になり、民間で彭侍郎が巡江して来ようとしている、みずから郡城に臨んで冤罪事件を審判しようとしていると噂され、欧陽発仂はそれを聞き、すぐ不安になり、しきりに丁役[20]に向かって消息を尋ねた。この月の十六日、侍郎が来た。それより前、浮梁の沈可発というものが、ひそかに木印を刻み、証書[21]を偽造し、侍郎の軍営にいたことがあるとみずから称し、侍郎は審問して実情を知ると、すぐ軍法によって斬罪にした。欧陽発仂はますます恐れ、その夜、夢の中でうわごとを言い、まずいと連呼すること再三であった。汪君はそのありさまを知り、人を殺したのはかならず欧陽発仂であることを知った。そこで密室に城隍神の位牌を供えて祈った。夜、夢みてあるところへゆき、亡骸の臭いがしたが亡骸が見えず、ある一人が身をもって覆い、見ると欧陽発仂であった。朝になり、みずから囚人たちを率い神廟にいって尋ね、欧陽発仂に言った。「おまえがほんとうに人を殺し、神はすでにわたしに告げた。」発仂はすぐ認めなかったが、神色はたいへん変わった。翌日、また城隍廟に尋ね、囚人たちはみな泣き叫び、神明が冤罪を晴らすことを求め、欧陽発仂は一言もなかった。夜半になろうとすれば、大声で叫んで言った。「わたしは神明を欺こうとしません。どうか事実を明かさせてください。」そもそも鴛鴦嶺は車門湖からなお三十余里であった。二十六日の夜、二子は鴛鴦嶺の社廟に宿り、翌日進んでゆき、欧陽六毛に会って途を尋ねた。さらに進んでゆき、汪同興の布屋で食事した。欧陽発仂はかれが幼くて欺けるのを見、よそに誘っていって売ろうとし、追いつき、かれとともにゆき、さらに案内させてくれと願った。導いて自分の家にゆき、塀の外の土室に宿り、その家人でも知る者がいなかった。二十八日の夜明け、また招いてともにゆき、陳公阪にゆけば、車門湖から近かった。福来は路を知っていたので、山に登ってその村を望見すると、欧陽発仂とともにゆこうとしなかった。欧陽発仂がむりに引けば、大声で罵ったので、その頭と顔を痛打し、またその喉を扼して死なせた。福得は走ってさらに叫び、言った。「わたしの兄を殺した。」足で蹴り、その睾丸を損ない、やはり殺した。青白二つの布袋を開き、銭と米を見、地に棄てて取らなかったのは、これで人に追跡されるのを恐れたからであった。汪君は質して実情を知り、すぐ侍郎に手紙を急送した。侍郎は時に焦山の自然庵[22]におり、読んで狂喜した。手ずからその牘に批語を書き、いった。「数年鬱鬱としていたのが、このためににわかに解けた。空を望んで遥拝し、二人の冤魂[23]のために賢台に叩頭感謝いたします。天下には冤罪が多く、お上はどうしてこのように心を尽くすことができましょうか。感慨を禁じえません。」その年、侍郎は呉下に来、わたしに筆記の作があることを知り、事件の全容をわたしに示したので、そのあらましを録することこのようであった。

宋の大観年間、呉興の邵宗益が蚌を裂き、羅漢像を得、右肩を露わにし、頭を挙げて左顧し、衣紋はすべてそなわり（『天中記』[24]が引く『芸苑雌黄』[25]で見たが、わたしは原書を見ていない）。また宣和年間、溧水の人兪集が蚌の中から観世音像を得たが、傍らに竹が二本あった。菩薩は相好は荘厳で、冠衣瓔珞、および竹葉枝幹は、すべて小さい真珠を綴って作ったものであった（『夷堅乙志』[26]第十三[27]に見える）。蚌の中から仏菩薩像が現れることは、記録があるのである。彭雪琴侍郎は寧波普陀山で蚌の殻を二つ得たが、いずれも仏像があった。一つは焦山の自然庵に施し、一つは蘇州に持ってきたので、わたしは見られていた。仏像はおよそ十二、左三、右五、中四、分けて三行に列なっていた。その像はいずれも仏寺の弥勒仏[28]の塑像のようで、眉目には笑顔があり、手に指があり、腹に臍があり、みなよく似ていたのは、やはり奇迹であった。徐花農[29]庶常[30]が言った。「『金剛経』に『一仏、二仏、三四五仏』の言葉があり、この蚌が孕んでいたものは、まさに三四五仏といえる。」

彭雪琴侍郎は幼い時に衡陽の石鼓書院[31]で読書していた。蕭満というものがおり、若くして才気を負い、訴状を作るのに巧みであったが、思いは弱きを扶け強きを挫くことにあり、�ｹ思賢[32]の術を操って利を求めるものではなかった。中年以後であったので、たいへん悔い、改めて道家の言を習い、勅勒術[33]をよくし、さらに扶箕を好んでいた。その扶箕は、かならず侍郎と同じであった。蕭満は符を焚いて仙を召せるだけで、沙盤に運筆して字を書くのは、すべて侍郎が取り仕切った。その言葉はそこで侍郎の主観に基づくものであったが[34]、しばしば尋ねるものの思いにすべてあたり、侍郎もそのゆえんを知らなかった。しばらくするとその名はたいへん顕われ、吉凶を尋ねるものがおり、病で処方を求めるものがおり、虚しい日はほとんどなかった。ある県庁の老吏が、その嫁が病んで処方を求め、侍郎は箕筆を借りて一詩を作って言った。「端なくも悪疾心頭にいたるも、老米陳茶あらば病すなはち癒えん。持贈して君に与ふるはただ二味のみ、会(かなら)ず看ん病起[35]して高楼を下るを。」その人は翌日きて謝し、ほんとうに古米古茶を服して癒えていた。蕭満はますますみずからを信じ、侍郎はたまたま中たったのだと思い、このようなことは記しきれなかった。時に衡陽県令の金君日声[36]は、浙江の人であった。その孫はわずか三歳で、たまたま病み、医者に治療させ、医者は処方を授けて去った。処方どおりに湯薬を調えて入れば、その孫はまさに熟睡していたので、金君の妻はその子の妻に言った。「子供はたいへん安らかに眠っているから、急に薬を飲ませるな。」そこで雇われている媼に命じて飯甑[37]の上に置かせ、それが冷たくならないことを望んだ。にわかに子が目ざめたので、命じて薬を取らせ、姑と嫁の二人はともに子に飲ませたが、子は泣いて飲もうとせず、むりに飲ませようとしたが、飲みつくせず、碗の底を見ると濃厚で脂のようであった。金君の妻はその子の妻を咎めて言った。「わたしは清汁を漉し取るように命じていたのに、どうしてこのようなのか。」その嫁は訝って言った。「すでに竹の篩に傾け、すべてその滓を除きましたのに、もしやまだ尽きていなかったのでしょうか。」しかし他の事情を疑わなかった。するとにわかに子が大声で泣き、顔色はにわかに変わり、手足を縮め[38]、ほとんど堪えられなくなったので、薬が誤ったかと疑った。前の医者を呼んで質すと、医者は言った。「わたしの薬がまずかったにしても、病はどうしてここまでになったのか。」残った薬を取ってよく見ると、驚いて言った。「これは鴉片煙膏ですから、もうだめです。」時に道光中葉で、鴉片煙はまだ盛行していなかったが、官署にはすでに多くあった。金の料理人はもともとこれを好み、その日たまたま鴉片煙膏一碗を飯甑で蒸し、この薬碗と大きさ作りが同じく、媼は倉卒として誤って取ったのであった。金はたいへん怒り、すぐに料理人を召し、大杖[39]にしようとしたが、金の妻は言った。「益はございません。子供のために手を打つべきでございます。」医者たちを召したが、医者は来るとみな手を束ねていた。ある人がいうには、蕭、彭二君はよく扶箕し、人のために処方を求められるので、使者二人に命じて手紙を持ってゆかせた。一人が書院にゆくと、侍郎はもとより院におり、使者は言伝てした。侍郎は、三歳の嬰児が鴉片煙膏一大碗を飲み、きっと助からなかろうとひそかに考え、断ってゆかなかった。使者がつよく頼むと、侍郎はやむをえず、言った。「だとすれば、蕭満といっしょにゆくべきですが、今、かれはどこにいるか分かりません。」使者にともに探すように頼んだ。侍郎は蕭満がすぐに捕らえられるとはかぎらない、一二時ぐずぐずすれば、子はかならず死ぬから、仕事しなくてよいだろうと思った。書院の大門を出るとすぐ、蕭満に会ったので、ともに県署にゆかざるをえなかった。ゆけばすでに香案を設け、箕盤[40]を陳べ、金君はひさしく公服[41]を整えて鵠立[42]して待っていた。すこし病状を述べると、すぐ扶箕することを請うた。蕭満は符を普段のように焚き、金君は跪拝してたいへんつつしみ、侍郎は恐れてなすすべもなく、手ずから箕筆を支えたところ、一字も書かなかったが、しきりに転がる動きをした。金君がますます熱心に頼んだので、ひとまず「わたしは来た」とつづけて書き、書きおわると、やはり転がる動きをした。蕭満は箕筆が普段と異なるのを見、やはり不安になり恐れ、左右を見回し、汗は漿のように出た。侍郎はますます困り、普段つねに使っている薬は、みな思い出せず、突然、胸中にわかに蓖麻子[43]の三字を思い出した。思うに蓖麻子はもとより薬名だが、常用薬ではなく、軽々しく投じられず、何度も考えたが、結局ほかの品目はなく、「蓖麻子」の三字を盤に書いた。金はまた頼んで言った。「薬をいただきましたが、幾許を用いるべきでございましょう。」さらに「一両」の二字を大書し、侍郎も思いのままにできなかった。金はそこで人に二人の客を招いて便坐[44]にいって小憩するように命じ、さらに食事を調えた。食らいおわらず、金は出て謝して言った。「子は薬を飲んではげしく吐き、毒はすべて出、今、害はなくなりました。仙人の賜(たまもの)は、二君の力です。」侍郎と蕭満はいずれもたいへん喜び、出て人に語った。医術を知るものが言った。「蓖麻子はもとより毒を抜けるが、その薬性は激しく、巴豆とともに用いる時は、決まりでは三銭を過ぎられない。今、一両を用いるのは、危うい。」そもそも毒で毒を攻める時、少なければ効かないが、これは鬼神が助けているのだろう。そのとき、侍郎は年はわずか弱冠であった。光緒庚辰の年、侍郎は年六十六であった。夜にわが春在堂を訪ね、このことをいった。わたしは言った。「楚語[45]にいう。『民の心が清く二心を持たないものは、衷心を厳粛にできれば、明神が降る』と[46]。侍郎はもとより真霊位業[47]の中の人で、蕭満もかならず生まれながらに夙根[48]がある者なので、二人は扶箕し、ほんとうに感じられて神明を召し、江湖の術士左道の人々を惑わすものと同じでない。」侍郎がそこで言うには、蕭満は晩年、腰を低くして善をなし、訴訟を相談するものがいると、やんわりと調停した。その人は、前生は猴の精だとみずから言い、何を見ているか知らないが、その眼は動いて収まらず、口鼻輔頬[49]もそうで、その出自はきっと人と異なっていようと疑われた。蕭満というが、満とはその名ではなく、そもそもで兄弟の排行が末にあるので、満といい、楚語がそうなのであった。呼んで慣れていたので、その名と字は、侍郎はかえって思い出せなかった。按ずるに呉江の沈曰霖の『粤西瑣記』[50]に土字[51]の一則があって「[子兌]、音が満に近く、もっとも少なきをいう。」という。だとすれば字は[子兌]に作るべきである。しかし『曽文正公集』にある『満妹碑志』に「父は子女を九人産み、妹は班末におり、家人は満妹と称した。」という。その字は「満」にも作り、そもそも盈満[52]の義を用いているのである。[子兌]は俗字で、拠るに足りない。

雪琴侍郎はさらに言った。ある日、書院で文を作っていると、蕭満が来、大声で叫んで言った。「はやくわたしを助けてくれ。そうでなければ敗れてしまう。」何ごとかと尋ねれば、その時に衡陽県城内に集賢という書肆があり、その正妻が妖(あやかし)に憑かれ、蕭満を招いて勅勒術を施させたが、たいへん苦しめられ、一石が飛んでき、その頭を砕きそうになったので、侍郎とともに扶箕を行おうとしたのであった。侍郎は、扶箕は偽っているだけだ、どうして妖(あやかし)を駆るに足りようとひそかに思い、ゆこうとしなかった。蕭満がつよく叱ったので、ともにいったが、実際は不本意だったので、ゆくのがたいへんぐずぐずしていた。途中、蕭満が言った。「この妻は楼上におり、かならず窓の中から石が飛んで人を撃ち、店の中の書籍はすべて毀たれ、そのほかの什物に完いものはない。一月以来、人はゆこうとせず、ゆけば苦しめられよう。」話していると、侍郎はたいへん怒って言った。「青天白日、魑魅がこのように横行しているなら、かならずいって除こう。」走ってゆき、蕭満は後ろから呼んで言った。「待て。待て。わたしはまだ言うことがある。」何を言うかと尋ねると、言った。「両人がともにゆけば、気はやや壮んである。」侍郎はますます怒り、言った。「わたしはどうして遭うことを恐れよう。」すぐ書肆の門を叩いた。門が開くと、にわかに入り、主人が姓名を尋ねたが、告げず、言った。「妖(あやかし)を駆りにきたのだ。」すぐ帽子を脱いで頭頂をあらわし、楼上を望んで叫んで言った。「妖(あやかし)は石を飛ばして人を撃てるのに、どうしてわたしの頭を叩かない。できなければ、わたしはさらに楼に登り、おまえの身を裸にし、おまえを引いて犯そう[53]。」楼は結局寂然とした。侍郎は続けて叫んでやまず、蕭満は来、見ると喜んで言った。「勝った。はやく楼に登れ。」そこでともに楼に登った。妻は帳の中におり、つよくその帳を持って放さず、侍郎はその夫を呼んで言った。「開け。」帳が開くと、妻はにわかに衾を引いてみずから頭に被った。蕭満はすぐ清水一甌を取り、その中に符を描き、その夫に衾を開かせて飲ませた。婦は符水を飲み、すこしも抵抗しなかった。蕭満は言った。「これを飲めば、精神はやや澄み、わたしたちはさらに扶箕しよう。」侍郎は箕筆を借り、処方してあげたが、丹砂鎮心[54]、茯苓安神[55]の品目を用いているだけで、その夫に授けて言った。「これで奥さまを癒やしなさい。」そして蕭満とともに出た。翌日尋ねると、この妻は結局癒えていた。

光緒七年正月上元夜の前後数日、揚州の燈市はなかなか盛んであった。教場街[56]鵝頚湾[57]から犁頭街[58]まで一里あまり、高い棚と広い幕、灯明は絵のようで、士女は嬉遊し、街を塞いだ。張綱鎮[59]の人で王姓のものがおり、一家で市に入って看燈し、にわかにみな消え去り、王翁とその子王大だけが残っていた。いなくなったのは、老婆一人、年は五十四、王翁の妻、若い女一人、年は二十四、王大の妻、さらに若い女一人、年は二十三、若い女三人、年長の者は十七、次は十三、もっとも小さなものは九歳、いずれも王翁の娘で、さらに幼い子一人、わずか八歳で、王大の子であった。そこで王翁父子はみな路で痛哭していた。ある人が言うには、江湖の間に灑天花というものがおり、眠り薬をよく用い、人の子を攫おうとし、ともに来たものにさきに薬を注げば、対面していても見られなかった。その後、攫おうとする者に薬を注ぐと、すぐ惘惘[60]としてついていった。王翁父子は言った。「これは本当で、わたしたち父子はあの時、いずれも頭がぼんやりし、目は眩み、倒れそうになったが、きっと眠り薬がそうさせたのだ。」王大は言った。「父さんはさきにお帰りください。わたしはみずから探しますが、見つからなければ、帰りません。」杯珓[61]を抛って神のもとで占い、願うと、神は東南にゆくように指示した。ゆくこと数日で、儀徴に着くと、江口[62]で一隻の舟を見たところ、竿で衣を干していたが、その妻の裙であった。いって舟に乗ることを求めたが、一人の老翁が船首に坐しており、楚音を操り、頑固によしとしなかった。そこで手厚く贈り物することを約すると、翁は納めようとした。若い女が船尾にいて翁に語った。「死を惜しまれないのですか。わたしはこの身をとどめて仇に報いようとしていますから、絶対だめです。」その言葉を聞けば、中州の人のようであった。翁はすぐ王大に指示して去らせた。王大が江岸を徘徊していると、突然、兵船が巡江し、帆に風を孕ませて来たが、その中に知りあいの陳姓のものがいた。すぐ舟に乗って理由を告げたので、桅(ほばしら)を倒して待った。薄暮、一人がこの舟に入ったので、陳はすぐ仲間を集めて捕らえにいった。その男は一躍して水に入り、舟の中には老翁と若い女がいるだけであった。若い女は黄姓で、河南偃師の人で、やはり男に術によって捕らえられたものであるとみずから言い、「一家四人はみな殺され、亡骸を江に投げ、わたし一人がいるだけです。」翁は周姓で、湖南茶陵[63]の人で、老いて市で乞食し、その人は招いてき、奴隷として養った。陳がその人の姓名を尋ねると、女は言った。「これは安徽舒城の人です。ただ姓は李であることを知り、その名を知らず、年は三十八歳であった。水に慣れ、勇敢に泳ぎ、水に入っても死ななかった。」王大は家族の居場所を尋ね、ほんとうに舟におり、倉下[64]に閉じこめられていたので（唐人欧陽�･[65]の詩「簾を隔てて微月中倉に入る。」[66]古はただ「倉」とし、今、「艙」としているのは、俗字である）、開いて出したが、みな唖となっており話せなかった。若い女は言った。「これは唖薬を飲んだのです。わたしははじめて来た時もそうでしたから、水を飲めば解けましょう。」そこで水を飲ませ、また話せ、連れてともに帰った。兵船の将弁[67]はこの船を儀徴県に引き渡し、県官は命じて李姓のものを捕らえさせ、後に捕まったかは分からない。

徽人[68]の程姓のものが、店を揚州新城の流芳巷で開いていた。光緒庚辰[69]臘月二十四日、すでに竈を祭り[70]、その仲間と宴会したが、みなたいへん酔ってやめた。李姓のものがおり、酒の後に知りあいの某姓の店にいって閑談していると、人が銭を借りにきた。証文はととのえてあったが、引き受けるものはなく、主人は断った。李は慨然として引き受けることを請うたが、主人は許さず、李は怒り、はじめは謾罵し、ついで衣を掲げ、腕を露わにし、暴力をふるおうとし、囲んで見る人は垣根のようであった。その傍らに候補[71]同知[72]呉君の寓居があったが、呉君の子が門外で大騒ぎするのを聞き、出てみた。李は突然片手を挙げ、呉の輔車[73]を損ない、四歯が折れた。呉君は怒り、里長に命じて監守させ、夜が明けると役所に送ろうとした。夜半、李は酒が醒め、たいへん恐れ、頭で壁にぶつかり、顔じゅうに血を流し、地に昏倒した。人々は驚いて救ったが間にあわず、まさにともに慌てていると、突然一人の老人が来、言った。「動くな。わたしは治せる。」水一盂取り、符をその中に書き、楔歯[74]して注ぐと、李は結局また蘇り、血もにわかに止まった。老人は言った。「十日病気にならなければ[75]、心配ない。」呉君は聞き、その子の折れた歯を見せ、老人は言った。「歯は断たれたが、根はまだあるから、生き返れよう。童子なら、百日で元に戻り、成人なら、一年閨房に入らなければ、やはりもと通りになろう。」呉は治療することを請うたが、老人は謝礼を受けず、李の罪を許すことだけを請うた。呉はその言葉に従い、李を放って去らせた。この老人は祝由[76]の術にくわしいものだろうか。

天津にいわゆる姑娘子というものがおり、女巫であった。農村の婦女は病があると、かならず治させた。巫が来、香を炉で炷(た)き、口は嘓嘓[77]として何を語っているか知らず、神がその身に下ったと称するが、これを頂神という。頂の神は、白老太太というものがおり、猬(はりねずみ)であった。黄少奶奶というものがおり、鼠狼[78]であった。胡姑娘というものがおり、狐であった。さらに蛇、鼠の二動物がいた。天津人はあわせて五家の神と称していた。紫竹林で李氏の妻が寒疾[79]に罹り、巫は語った。「あなたの名は冥土にあり、すでに銅牌を書き、十日を越え、鉄牌を書くべきで、神もできない。今さいわいにして十日の期日があれば、はやく祓うべきだ。」病人はただ妻の言葉を聴き、盛大に牲醴を供えて祈った。一二日間、病はやや癒えたかのようになった。巫はますます自らを誇り、秘方湯丸[80]を授けて混ぜて進めた[81]。その薬はすべて巫によって配合せられ、費用は数えきれなかったが、服すれば験がなかった。病は日々激しくなり、巫はしばしばその処方を変えて僥倖でうまくゆくことを願っていたが、朝に補益して晩に下痢し、昨日は熱くて今日は寒く、十日もたたずに、李氏の妻は結局死んだ。

湖北の樊君希棣は、字を萼楼といい、わたしは第七巻にかれが死んでまた蘇ったことを載せた[82]。今また聞けば、萼楼の妾は姚氏のもので、美しく、よくその正妻に事えていた。普段こう言っていた。「婦人は人に嫁いで妻となれば、父母に仕えるかのように舅姑に仕えるのが、礼でございます。今わたしは人の妾となりましたが、奥さまの職分を侵そうとせず、舅姑に仕えること父母に仕えるようにするだけです。」そのため、萼楼夫婦はきわめて愛し憐れんでいた。萼楼は黔中で役人となったが、盗賊の結束が固かったので、その妻子を蜀に預け、姚氏も従っていた。にわかに病んで死んだが、萼楼は黔におり、知らなかった。ある晩、姚が冉冉と戸外をゆき、入ろうとしてまた入ろうとせず、すぐ戸外で地を払って拝礼した。その衣を見ると、袿裳[83]は鮮明で（四字はもともと『後漢書·皇后記』。『説名』。婦人の上服を「袿」という。今、婦人の上服[84]を「褂」と俗称するが、俗字なので、この語を借用する）、訝って言った。「おまえはどうしてこれを着ることができよう。」そして見えなくなった。数日後に家書が来ると、姚は死んだ。その後、黔の乱はやや収まり、家人は蜀から黔に帰り、萼楼はその妻に語って言った。「姚が死んだ時、おまえが盛装で納棺したのは、礼ではない。」妻は言った。「そうしてはおりません。」萼楼は笑って言った。「わたしを騙すな。」そこでくわしくその簪珥袿裳を語ったので、妻は隠せず、言った。「たいへん悲しかったので、ちょっと貸しただけなのです、どこからこのことを知られました。」萼楼は告げて見た。ただの弱い娘なのに、死後一霊が滅びず、なんと蜀から黔にゆけたのも、驚くべきであった。

わたしの長男の嫁樊氏の伯父は、はやくに亡くなった。かれの伯母[85]はたいへん悲しみ、姑が年老い、その心を損なうことを恐れ、哭しようとせず、日夜涙を飲んでいた。涙が尽きると血となり、しばらくすると血も尽き、油脂のようなものが出て眼に入り、両目は翳み、失明しそうになった。ある日、親戚の家で扶箕の戯れをしたところ、伯父が降ったが、談論は平生のようであった。ある人が尋ねて言った。「霊力がおありなら、どうして家に帰り、ご家族とお話にならないのでしょう。」箕筆は書いて言った。「わたしは生前罪がなかったので、死後冥土でささやかな秩禄を得ており、冥吏に拘束されていない。毎日家に帰っても、なにも悪いことはない。帰らないわけは、帰っても益がなく、家人を悲しませるだけだからだ。」伯母はそれを聞くと、人に命じてかれがふたたび下った時にともに語らせ、かならず帰ってくるように頼ませ、みずから哭かないことを誓った。そこで期日を訂し、さらに「哭けばわたしはすぐ死ぬ。」と言った。期日になり、箕盤を密室の中に設け、伺うとほんとうに来、箕が動く音がした。その伯母は窓の外でそれを聞き、思わず嗚咽し、箕筆はそして止まって動かなくなった。後にしばしば招いたがまた来ず、その伯母はたいへん悔いたが、やはり間に合わなかった。

蜀の人沈君秋颿は、長男の嫁の実家樊家と姻戚関係があった。同治年間、貴州布政使となったことがあったが、病となったので、医者に治療させると、癒えた。医者は言った。「百日足を洗わなければようございますが、足を洗えば、助かりません。」沈君はきわめて足を洗うことを好んでおり、その時に起居飲食はすべてつねに復していたので、医者の言葉を真実としなかったが、家人はつとめて阻んだ。百日に満ちようとすると、沈は足を洗おうとし、家人は人に命じて樊君萼楼[86]を招いてこさせ、ともに語らせ、夕方から丙夜にいたったので、はじめて辞して去り、夜漏はすでに深く、かならず就寝するだろうと思った。しかし沈は湯を沸かすように命じ、家人は口々に止めたが、承知せず、結局洗い、その翌日に亡くなった。異なるか、沈君が患ったのは、どんな病か知らないが、足を洗って助からなかったのも、怪しかった。医者はもとよりそのことを知っていたが、結局その戒めに従えなかったのは、やはり命(さだめ)だろうか。『南史』にいう。陰子春は脚を数年に一度洗い、洗えばかならず財を失い、事を敗っていた[87]。沈君などは、結局、足を洗ってその命を失ったのだから、子春よりもさらに甚だしかった。

馬氏の妻は、湖南の人であった。その姑が病んで死にそうになると、妻は泣いて言った。「姑と嫁の二人はたがいに寄りそい、もし避けられないことがあれば[88]、わたくしは煢煢として何に頼り、たった一人で、やはり死に就くだけでございます。」姑は言った。「心配することはない。わたしは死んで鳥となり、やはりおまえとともに住もう。」その後、姑は死んだが、ほんとうに鳥が室内にとどまって去らず、しばしばその妻の懐に集まったので、日々米で養った。一月あまりして、妻は泣いて祈って言った。「おかあさまはわたしの身寄りがないことを憐れみ、鳥に化してわたしを守ってくださいますのは、たいへんようございます。しかしわたしの心はどうして安らかでございましょう。どうかお母さまはご自由になさってください。」祈りおわると、鳥は去ってまた来なかった。わたしの孫の妻彭氏がわたしに語ったが、馬氏の妻はかれの親戚であった。

傅氏の娘は、やはり湖南の人で、幼くしてその父が中州で官となるのに従い、父はたいへん愛し憐れんでいた。年が十六で嫁ぎ、すでに出発し、父親は数十里外に送った。帰り際、着ている半臂[89]を脱いで授け、言った。「途中これで寒さを防げ。」嫁ぐと、夫婦はたいへん睦まじく、また柔和でその舅姑によく事え、一家には不満の言葉がなかった。その後、かれの父は死んだが、舅姑は秘して聞かせなかった。かれの夫が告げると、娘はたいへん嘆いたので、舅姑は争って慰めにきた。娘は言った。「おとうさまおかあさまの過分の愛を蒙っておりますから、わたくしは自愛しないことがございましょうか。」そして泣かなくなった。しかし数ヶ月足らずで、結局奄然として死んだ。死後、若い下女が言った。「奥さまは密室の中でそのお父さまが与えた半臂を掛け、向かって拝し、拝しおわるとかならず涙を飲み、しばらくしてはじめて出てきました。出てきて大旦那さま大奥さまに向かえば、穏やかな表情で[90]、普段通りでございました。人がいない所では、涙が溢れないことはございませんでした。」そこでこの娘が悲しんで亡くなったこと、孝といえることが分かった。

童子劉某は、浙江遂安の人であった。年は十四で、柴刈りして母を養っていた。ある日、山中から帰り、歩きながら歌っていると、隣人が走ってきて告げて言った。「虎がおまえの母さんを銜えていったのに、歌うのか。」童子はたいへん驚き、薪を棄てて帰り、鉄叉を担って出て走って虎を追った。追いつくと、叉をその尻に刺した[91]。虎は怒り、母を放し、振り向いて童子を咬み、その口を呀呀然[92]と開いた。童子が叉で突くと、たまたまその腭(うわあご)に中たり、虎は跳ね、童子も跳ね、叉はますます入ってその頤(おとがい)を貫いた。童子は地で叉を支え、虎は口を閉じられず、両前足は空中にあって力を用いられず、たいへん苦しみ、しばらくしてまた躍り、叉を帯びて打った。童子も倒れた。起きると、すぐ母を負って帰り、隣人を呼んでいって見ると、虎は死んでいた。お上に納めると、お上は童子の銭十万を賜い、その母は傷があまり重くなく、薬を飲ませると癒えた。このことは年家子[93]の張子厚が語った。そもそも毛姓のものがおり、劉と同郷で、ほんとうにみずからそのことを見た。『元史·列女·姚氏伝』にいう。虎がその母を銜えると、姚はいそいで追ってゆき、すぐに手ずからその脇を殴り、虎はそこで置いて去り、このことと似ていた。かれは一人の娘、これは一人の童子の、「鷙虫[94]攫搏[95]し、その勇を程(はか)らず」[96]であり、懦弱な者を立てられる。『宋史』に載せる童八娜のこと[97]のよう、身をもってその大母[98]に代わって死んだのは、もっとも憐れであった。

豊某は、海寧の人で、光緒庚辰歳[99]に一子を産んだが、右手がなかったので、人はみな驚いた。張子厚[100]は言った。「昔、衢州にいたとき、ある婦人が子を産んだが左腕がなかった。」わたしは第十巻で中州の某家の女が孑孓[101]二形を兼ねていることを載せた[102]。この二人は、一人は孑で一人は孓であった。ある人がいうには、妊婦は月蝕を見ることを忌む、見れば生まれる子は四体にかならず欠損があるということであった。

許翁は、歙県の人であった。わたしはかつて友人汪鏡軒の酒席[103]で見たが、そもそも汪の妻の父なのであった。家はもともとたいへん富み、質店を四十余か所開き、江浙の間に多くおり、翁にいたってもなおそうであった。翁は人がらがきわめて誠実で、その言葉は吶吶然とし、喋れないかのようであった。その子弟の中で、三四人が奢侈を楽しみ、漿酒藿肉[104]、待遇は王侯を越えていた。童僕は百数十人、馬は数十匹、青(あお)驪(くろ)彤(あか)白(しろ)、そなえていない色はなく、腹の鞅[105]背の韅[106]も、それと釣り合っていた。出るたびに先導後衛がおり、閭巷[107]の間でひけらかしていた。ある日、突然、郡吏が官文書を持ってきたが、太守はかれらが横暴であったので、捕らえて尋ねようとしていたのであった。そこで恐れ、上下に賂して許しを求め、数えきれぬほどの費用で、はじめて不問に付された。そのため三四人はともに謀って言った。「故郷にはいられなくなった。旅に出てはどうだろう。」それぞれ舟車を調え、江浙の間に出遊し、およそその家が店を設けるところ、遠くてもゆかないところはなく、ゆけば日々紙切れを持って店の中に来、銀銭を取って飽くことがなかった。主人が惜しめば、かならず怒って言った。「これはもともとわたしの家の物で、おまえには関わりない。」親しくしている妓女の家に命じ、みずから店にいってほしいままにとらせたので、主人はたいへん恐れ、みな手紙で許翁に告げた。許翁はみずからその子弟を管理できないと思ったので、言った。「今、わたしがすべての店を閉ざせば、かれは得るものがなく、おとなしくなろう。」手紙を書いてあまねく店に告げ、日を同じくして閉ざさせた。その後、店の客はみな大騒ぎし[108]、言った。「ご主人さまが足りないものは、財ではございませんのに[109]、どうしてすべての店を閉めるのでしょう。ご主人さまはみずから生計を立てることができますが[110]、わたしたちをどうなさるのです。」許翁はそれを聞き、言った。「ほんとうにそのとおりだ。」そこで命じて店主以下に、すべて金を贈った。店主には、あるいは千両、あるいは二千両を与え、店の大きさによって上下し、厮役[111]扈養[112]にいたるまで、すべて分け前があり、もっとも下でも銭十万を与えた。まさに許翁がこの計画を決めた時、まったくその人数を計算していなかった。この話が出てから、主人が帳簿に従って計算すれば、四十余の店の中で、その人は二千に及ぼうとし、それぞれ金額通り拝受して去ると、許翁の銭は尽きた。十数世の罪、数百万の資が、一朝にして尽きたのも驚くべきであった。わたしが許翁に会った時、かれは冠になお青金石[113]の頂を戴き、鶡羽[114]藍翎[115]を綴っていた。鏡軒はわたしに語った。「翁の遺したものはこれだけだ。」

故海寧州知州�ﾂ公は、諱は敷[116]、字は子広であった。嘉善県知県となったことがあり、恵政[117]があり、名宦祠に祭られ、今でも嘉善の人はなおかれの逸事を伝えている。語るには、銭氏の息子が、受験のために県城にゆき、某家の楼下に泊まっていたが、楼には娘がいてかれを好み、手紙を送って会った。銭はもともと長者だったので、そのことを恥じ、理由をつけて辞して去った。肉屋の陸某は、その隣で、銭が棄てた書を拾い、期日通りにいった。楼に登ると、すぐ灯火を消し、女は銭でないことを知らなかった。出ると、娘の父母に気づかれ、追い、陸は刃を出してその父を撃殺し、逃れ去った。その家は銭氏の子が人を殺したと訴えた。公は銭が人を殺したものではないと察し、娘に尋ねた。「灯はすでに消えていたので、銭氏の子とは知らなかった。その身も瘢痕があって弁ぜられるか。」女は言った。「その臀に瘤がございます。」調べたがなく、公が人に命じて浴堂を捜索させたところ、肉屋の陸が見つかり、尋ねるとすぐに罪を認めた。さらに一事があっていうには、民に某甲というものがおり、季父と同居し、たがいの声が聞こえていた。甲は遠方から帰り、その妻が賢いかを知ろうとし、持ってきた金を社廟の香炉に置き、偽って貧しい者となって帰ったが、妻ははじめのように仕えた。臥して休むと、本当のことを告げ、夜が明けると取りにいったが、金がなくなっていたので、お上に訴えた。公はその家へいって情況を視察し、さらに季父がもともとその妻を売ることを謀ったことがあり、正人でなく、きっと夫婦の密語が季父にひそかに聞かれ、朝いって奪い取っただけであったことを悟った。そこで偽って言った。「これは神に尋ねるべきだ。」翌日、人に命じて社廟神を担いでこさせ、一県の人はみな県庁にいってその異変を見、季父もいた。公は神に尋ねたが、神は答えず、大杖でその頭を叩くように命じれば、紙切れが神の耳の中から出てき、こうあった。「金を奪ったのは、かれの季父だ。」その季父は傍らにいて色を失い、叩頭して罪を認め、そのことは明らかになった。神の耳の中の文書は、ほんとうは公が偽って作ったものであった。公はもとより循吏で、この二事は、ほんとうに発奸擿伏の智[118]がある。光緒辛巳[119]の春、�ﾂ氏の諸子はわたしが海寧君[120]の家伝[121]を作ることを請うたので、そのことを知れた。伝を作ってあげ、さらにこの筆記に残す。

同治乙丑年、わたしの二男が呉下で狂易[122]の病を得たため、かれの妻姚氏はたいへん憂え、夜寝られなかった。夜になり、夢うつつでいると、人が呼んで「おばさまはそのように悲しげになさって、生きていらても面白くございませんから、死なれたほうがようございましょう。」と言ったようであった。見れば、その従兄の子であった。その時すぐに精神が恍惚とするのを覚え、尋ねて言った。「どうしたら死ねるのか。」その兄の子は言った。「縊れるよりすばらしいことはございません。」さらに尋ねようとすると、突然かれの母が大声で自分を呼んだので、すぐ答えて言った。「はい。」周氏の娘に字を仲英というものがおり、正妻姚夫人の庶母で、息子の嫁と榻を同じうしていたが、夢の中でその答える声を聞き、驚いて目ざめた。にわかに尋ねて言った。「誰があなたを呼んだのです。」息子の嫁も時ににわかに目ざめ、すぐ事情を告げた。両人はいずれも眠ろうとせず、坐して朝を待った。その後、人が語るのを聞いたが、この室内ではもともと縊れて死んだ幽鬼がいた、息子の嫁の母はすでに亡くなっていたが、その兄の子はこの時実際は死んでいなかったから、縊鬼が変化したのだろうということであった。後にわたしたち夫婦が天津から帰ると、息子の嫁がたまたまこのことに言及したので、わたしは言った。「どうしておまえの兄の子の姿と声に縊鬼が変化(へんげ)しただけであろうか。おまえの母に霊力があっても、日々おまえの傍らにいるとはかぎらないから、やはり神明が変化(へんげ)したのだ。おまえはきっとまだ後福[123]があり、左右を吉神が守っており、おまえが縊鬼に惑わされようとしているのを見たので、おまえの母になって一呼びし、目ざめさせたのだ。」『詩』に「爾の室にあるを相(み)る」といい、諺に「頭を挙ぐれば三尺に、すなはち神明あり」といい、この言葉は信じられる。善人には吉神が従い、悪人には凶神が従う。ほんとうにその心がけが正大で、事に処することが温和であれば、いたるところで吉神が守護し、災禍にあっても、ことごとく吉祥に化し、そうでないものは、これに反するのである。

徳清の蔡駿甫兆騏[124]は、わたしの亡母蔡夫人の族侄孫[125]であった。年が二十九の時、病中夢みたところ、二人の下役が文書を持ってき、召してともにいった。あるところへゆくと、大官の官署のようであり、導きいれて会った。すぐまた一室に導きいれたが、中に公案が設けられ、すぐ蔡に坐するように請うた。蔡は言った。「わたしは諸生でございますから、どうしてこちらに坐せましょう。どうしてわたしが死んで神となりましょう。わたしの子はなお幼く、家事は終わっておりませんのに、どうしましょう。」泫然と涙を落とした。二人の下役は言った。「望まなければ、文字でみずからのことを述べるべきです。空言は益がありません。」蔡はすぐ筆を執り、数百言をなし、吏に授けて持ち去らせた。その後また来、言った。「あなたのために二十年延ばすことを請いました。」また導いて出て目ざめ、病もすぐ癒えた。光緒庚辰年[126]、蔡は知県として江蘇で需次[127]し、命を奉じて鎮江にいった。時に丹徒の令馮君巳亭も同県人で、堂を落ちて足を傷つけ、太守に言い、蔡に県の仕事を代行させた。歳が尽きようとすると、蔡は突然病に罹り、夢の中でまた前の二人の下役が来て召すのを見た。目ざめて人に語った。「わたしは今年四十九、前に夢みた時からちょうど二十年に満ちたが、もしや死ぬのか。」ある人が慰めて言った。「夢は信じるに足りないし、たといあっても、前に頼んで延ばすことができたのだから、今どうしてだめなことがあろう。」蔡はそこで文を作り、もう二十年延ばすことをこい、さらに言った。「運が尽きていれば延ばしがたく、某には四子がおり、それぞれその五年の寿を貸させれば、二十年伸ばせましょう。」その文は蔡の親族の稿で、幕客に潤色させ、すぐ丹徒の城隍の廟で焚いた。その後、病はほんとうにややよくなり、粥を飲めるようになり、死ななかったことをひとり喜んでいた。正月十二日の夕方になり、突然眼を瞠って侍者に言った。「ああ、わたしはやはり免れられないか、わたしを迎える者が来た。」何を見ていると尋ねると、言った。「来たものはたいへん多く、それぞれ提燈を持ち、山東即墨県城隍の字がございます。」翌日、午の刻になると、亡くなった。蔡は幼い時から才幹があり、郷里に重んじられていた。一官を得ただけで長寿でなかったので、人はみな惜しんだが、歿して神となったのだから、薪が尽きて火が消えるもの[128]と異なる。

銭唐江の海に入るところには、小さな村があり、翁家歩といった。その地に某甲というものがおり、たまたま市を歩いていたところ、男に遇って痧[129]の薬一丸を、むりに買わされ、銭を五百求められた。甲は拒んで受けなかったが、その人は纏いついてやまず、さらに「これをみすみす買わなければ、また得られようか。」と言ったが、甲は顧みないで去った。晩になって痧が起こり、あれこれ治療したが効かなかった。甲はみずから昼間に遇った人について語り、人に命じてあまねく探させれば、どこへいったか分からなかった。朝になると結局死んだ。かれが遇ったのは、きっと異人で、惜しむらくはかれが目の当たりにしながら見逃したことである。痧の病は、夏によくある。わたしたち二人の息子の嫁は唐西[130]の姚氏の娘で、その家は致和堂[131]の痧薬で二百年来、天下で名をほしいままにしていた。しかし「痧」の字は、古今の字書はみな載せていないので、どんな字か分からない。門下の士馮夢香孝廉は医術を熟知し、かなり古書を読み、尋ねたことがあるが、話せなかった。按ずるに『集韻』に＠[132]字があり、音は蘇で、疾病であった。痧の字はあるいは＠に作るべきで、痧と＠とは同じ音の転である。『集韻』にはさらに■[133]の字があり、やはり疾病をいう。今の世には烏痧[134]の病があり、あるいは古に■＠としたか（『説文』に▲[135]字があり、腹下しをいう。『広韻』音は古巧切で、絞と同音で、まさに今の絞腸痧[136]である）。

黄土老爺は、満洲の人で、話者はかれの名を言わなかった。同治十一年[137]、湖南靖州[138]の吏目を選授せられた[139]。家はもともと貧しく、一人楚にゆき、童僕を連れていなかった。着くと、部文[140]を藩司[141]に納め、あまねく台司[142]にいって面会を求めた。会う者は銭を求め、与えないと、通じてやらなかった。しばらく赴任できず、資金は欠乏し、衣装はすっかりなくなり、市廛の間に流落していた。人のために黄土を担ぎ、日々銭を数十得、その口を糊していた。ある日、雇い賃を与えるとその額が足りなかったので、齗齗[143]と争った。方伯の涂公はたまたま外出していてそれを見、輿を止めてわけを尋ねると、その人は事情を告げ、みずから卑職[144]（「卑職」の称は、宋人にすでにあり、袁桷[145]『清容集』[146]に見える[147]）と称した。涂公はその人に精神病があることを疑い、措いて尋ねず、指示して去らせた。またしばらくすると、ますます窮迫し、夜回りするものに代わって拍子木を撃つにいたった。某官はほんとうに夜禁[148]を司っており、その拍子木の音を聞いたが、その人は見えず、人に命じて呼ばせれば、小屋から出てきた。そこで怒って言った[149]。「おまえは夜回りを司りながら、安眠しているのか。」鞭うとうとすると、その人は大声で叫んだ。「いけません。わたしは役人です。」某官はその言葉をおかしいと思い、怒りを転じて笑いにし、尋ねた。「おまえは何の官なのだ。」「靖州の吏目だ。」某官はたいへん驚き、その声を察すれば北方語であったので、言った。「ほんとうか。」「ほんとうです。」「本当ならば明日役所で会おう。」「承知しました。」翌日になると来なかったので、尋ねると言った。「わたしは短い布(もめん)の単衣が、骭(すね)に達しているだけですから、夜回りすることはできますが、長官にお会いすることはできません。」某官は言った。「これはわたしが粗忽であった。」衣を貸すと、その人は来、その家系および官秩次第[150]の履歴を調べれば、ほんとうに靖州の吏目で、長沙太守に会った。太守は方伯涂公に言い、公は嘆息して言った。「だとすれば以前卑職と称したのは、この人か。」召して会うと、言った。「ほんとうに苦しまれました。」吏に命じて、今、靖州の吏目が誰かを帳簿で調べさせれば、代理者は瓜期[151]がとっくに満ちていたが、代わりが来ず、引き継ぎできなくなっていた。涂公は吏に命じてすぐに文書を調えさせ、靖州の吏目を赴任させた。その後、さらに太守に言った。「このひとはほんとうに苦しんでいましたから、すこし援助しましょう。」そこでともに金を集めて四百両を得、かれの旅に資した。数日すると、靖州の吏目が入ってきて別れを告げると、公もまたかれに会い、語って言った。「わたしは前に太守に命じて四百両を餞別にさせ、いささか旅行を援助しよう。」。あなたはひさしく苦しみを経れば、ますます刻苦勉励し、はげんでよい役人となれ。」その人は頓首して言った。「お教えの通りに致します。しかし頂いた四百両は、ほんとうに受けるわけにはまいりませんので、すでに長沙の県の倉庫に委ねました。」公がその意図を尋ねると、言った。「しがない役人ではございますが、結局、黄土を担いでいた時に勝ります。布衣蔬食すれば、どうして自給するに足りず、どうして多くの金を用いましょう。つつしんで県の倉庫に置き、役所の一日の用に備えましょう。」公はたいへん嘆き、言った。「後日かならずよい官となられましょう。」そこでそのことをあまねく伝え、三湘[152]の間で黄土老爺と称したが、その名は明らかでない。わたしが都下刊の爵秩全函[153]で調べたところ、靖州の吏目は名を寿嵩というから、その人かも知れない。方伯涂公[154]は、今の河南巡撫[155]朗軒中丞[156]で、わたしの同年生である。

世の言い伝えでは、明の夏忠靖公[157]は治水するために松江にゆき、一匹の蛟を斬ったが、それは蚌と珠を争っていたからであった。後にこの蚌は宝山県の海中に移っていった。同治初年、宝山は海塘[158]を修理し、汪耕余観察[159]福安[160]がその仕事に与った。ある晩、県庁から帰る時、夜半になろうとしていたが、肩輿で池のほとりを進んでいたところ、その前で紅い光が天を照らしており、紅く盛んで霞のようであったので、失火したかと疑った。輿丁は言った。「これは蚌献珠といい、珠の光であり、火の光ではございません。」導いて高いところにいってみると、その光はほんとうに海中から出ていた。そもそも明の永楽年間から今まで四百余年、この蚌はなおあれば、その珠の光が霄漢に徹するのは当然であった。珠光は白くて赤く、師古注『司馬相如伝』にある、『南方に火珠を出す』とは、もしやこのことか。」

汪耕余観察は、安徽懐寧の人であった。そこの習俗は、厠にゆかず、つねに曠野で脱糞していた。耕余はみずから言った。ある日、草叢に蹲踞していると、蜥蜴が一匹の蜈蚣を追ってかれの前を過ぎた。その後、追ってますます近く、その間隔は一寸もなく、蜈蚣は突然止まって進まず、その身を弓のように曲げ、蜥蜴も止まって進まず、しばらく追って戻った。耕余はさきに蜥蜴を打ち、倒し、ふたたび蜈蚣を見れば、すでに死んでいたが、身を曲げるさまは元通りであった。驚き、裂いて見ると、皮肉は恙なかったが、干乾びて臘のようで、そもそもその精液はすでに蜥蜴に吸われていたのであった。蜥蜴が蜈蚣を食らう時、その皮肉を食らわず、その精液を吸うのも驚くべきことであった。さらにある日、見ると蛇がまさに一匹の蜥蜴を食らっており、その後足からはじまり、だんだんとその身に及んでいた。俗に伝えるには、蛇の口に蜥蜴の頭を含むのを、龍虎合といい、そもそも蜥蜴も壁虎といわれるゆえんであり、断って帯びれば、不吉を避けられた。耕余はいそいで帰り、利刃を取って出、かれが頭まで呑むのを待って、猛然と斬ったが、誤って蛇の腰に中たり、断って二つにしてしまった。その後半分は死んでいたが、前半分は斬っても活きており、いそいで蜥蜴全身を吐き出し、狂奔して去った。見ると蜥蜴はまったく損なわれず、皮だけがすでに糜爛していた。二事は小さいが、曠野でなければ見られないことである。

耕余は言った。人の歯にはほんとうに虫がいる。往年、歯を病んだことがあったが、ある人が勧めるには、皖人で王姓のものがよく虫を捕らえるというので、召してきた。求めるものを尋ねると、言った。「求めるものはございません、銀の針を一本求めます。」渡すと、その人はそれを持って口の中をほじくったが、しばらくすると、大きな虫二匹、小さな虫六七匹が見つかった。大きいものは長さ三四分、小さなものは一二分、黒い頭、白い身、みなすでに死んでいるもののようであった。その人は紙で包み、暖かいところに置かせ、明日開いてみろと言った。翌日になって開いて見れば、すでに活きており、全身に毛が毵毵然[161]とし、頭に鬚があり、鋏があり、尾に長い毛があり、腹に六つの足があり、歩くのはたいへん速かった。耕余が殺虫剤をその中に雑ぜたところ、恐れないばかりか、たいへん好んだが、三日食を与えなかったところ、死んでしまった。そもそも人は虫豸[162]を見ると、かならず顔色を変えるが、輔頬[163]の間にこのものがいることをよく知っているのか。耕余はさらに言った。以前、常熟県知事を代理した時、行館[164]はたいへん卑湿であった。就寝すれば虫が耳に入り、足音は窸窣とし、蟹が沙を這うかのよう、また時にその名を聞き、唵唵といっているかのようで、その声はたいへん長かった。どうしても除けず、床屋に撮んで出させたところ、一匹の蟻であった。蟻でありながらその鳴き声を聞けたのも、珍奇であった。

仁和の農村に、小民某甲がおり、発丘摸金(はかどろぼう)して暮らしていた。粤寇の乱の時、渇葬する[165]ものは多かったので、甲は毎晩外出し、钁(くわ)臿(すき)を取って仕事し、かならず物を得て帰っていた。その郷里は心配し、言った。「一旦事が知れたら、きっとわたしたちに累が及ぼう。」そこでかれの妻に言った。「おまえは盗人の妻となり、連座すれば、死んでも葬る地がなかろう[166]。」妻はたいへん恐れ、人々に計略を尋ねた。人々は言った。「除いてやろう。隙(すき)があれば告げてくれ。」ある日、甲が帰宅し、酔って臥したので、妻が人々に告げると、人々は武器を持ってみな集まった。甲は驚いて起きて門を破って出、小川を二つ越えたが、結局人々に捕らえられ、薪を集めて焚かれた。翌日その焼骨を拾い、棺を買って納めたところ、妻はそれでも斬衰[167]して傍らで泣いていた。娘は嫁いではいなかったが、夫の家で育てられており[168]、父が死んだことを聞いて帰り、頭でその母を撞き、泣いたり罵ったりした。そもそも甲のしたことは、ほんとうに死ぬべき罪だが、その妻は人々のために隙を伺ってその夫を殺させたのだから、その罪はもっとも大きくないか。『相鼠』[169]の一篇は、『白虎通』にいうには、妻が夫を諌めて作ったもので、その詩に「人にして礼無ければ、なんぞすみやかに死せざる。」とある。妻にとって夫は、三綱[170]の身分で、牉合[171]の情誼があるのだから、どうして閨房の中からこうした怒りの言葉を出してよかろう。古詩が説いているが、わたしは信じようとしない。

陳子愚広文が言った。盗人が夜に富豪の家に入り、その楼に登ると、一人の若い娘、十六七歳ばかりのものが、燈下で書を読んでいた。若い下女は頭を垂れて眠っていた。盗人は軽く見、嚢を探り、戸棚を開き、ほしいままに取った。去ろうとしたが、娘は何も見ていないかのようであったので、おかしいと思い、戯れてその肩を打ったところ、娘はたいへん怒って起きあがり、言った。「無礼はならぬ。わたしの刃が鋭くないと思っているのか。おまえはわたしの部屋に入り、わたしの篋をこじあけたが、かならず人に勝る技があろう。長所を示せば、おまえが死ぬことを免れられるかもしれないが、そうでなければわたしの刃を血塗ろうぞ。」盗人は聞いてたいへん驚いたが、言った。「おれの技をみろ。」すぐ壁にむかって衣を取って昇り、階段のようなものがあり、屋根の笮[172]に及んではじめて退いて下った。娘は笑って言った。「技はたったそれだけか。」その足を持ち、部屋の隅に擲てば、片足は折れた。女は細い趾を挙げて壁を踏んでまっすぐ登り、笮に及べば翩然と身を翻して壁を背にしてゆっくりと走って下り、盗人に言った。「あなたはどうか。」盗人は叩頭して命乞いした。娘は言った。「おまえを殺しはしない。」また持って塀の外に抛った。按ずるに『梁書·羊侃伝』に、侃は兗州[173]の尭廟[174]で壁を踏んでまっすぐ登って五尋[175]にいたり、横に七歩進めたことがあるという。唐の張鷟の『耳目記』[176]に、柴駙馬紹[177]の弟は、吉莫靴[178]を着けて磚城[179]に登ったことがあり、まっすぐ女牆[180]にゆき、手に掴むものがなかったので、時人は「壁飛」と呼びなしていたという。これらの絶技は、古からもともとあった。しかしか弱い娘でこれができるのは珍しい。子愚ははっきり語っていたから、きっと嘘ではないだろう。惜しむらくは、その姓を知らず、それがいつどこの人であるかを詳らかにしないことである。乾隆年間、江南の通州に一人の僧が来たが、両耳にそれぞれ一つの孔を穿ち、小さな玉環がその中を貫いていた。士大夫の家に往来し、みな玉環和尚と呼んでいた。よく談論し、酒を飲むことを好み、初めは特段異常がなく、後に突然消えた。人々は追思し、玉環は肉に貫入させる端がなかったから、きっと異僧であるとした。しかしわたしが疑うに、これはさきにその耳を裂き、環を収め、薬を塗り、その瘢痕を消したのかもしれない。たとえば『拾遺記』に載せている、呉王が白い獺の血を玉と琥珀の屑に混ぜ、�ｹ夫人の頬の傷痕を消した類であり[181]、僧はこれを借りて人々を惑わしているだけであろう。その後、通州呂市鎮[182]にも一人の乞食が来たが、竹一節を負っており、手に小さな鋸を持ち、節ごとに鋸でひいたが、幅は三四分であった[183]。そして二節を貫いて一つにしたが、形は連環のようで、小児に売って玩具にし、晩になると行方が知れなくなった。人々はその竹を回覧すると、竹に裂けた痕がないのに、どうして合わさることができるのか、ほんとうに異人だろうと、はじめて驚嘆した。

金持ちの子がおり、娶ったものも金持ちで、嫁入道具はたいへん豪華であった。結婚した晩、良席[184]に着こうとすると、妻は突然長嘆した。子がそのわけを尋ねると、妻は言った。「わたしははじめある老儒の子と婚約しました。老儒が死にますと、その家はますます貧しくなり、わたしの父も死に、母は悔い、その盟に背き、あなたと再婚しました。母の命に拠っていますが、往事を追思し、おもわず叫んでしまったのです。悪く思われないでください。」子は瞿然[185]として言った。「老儒の子は今どこにいる。」「市井に流落しているそうでございます。」子はにわかに出ると、その父に言った。「わたしの家はさいわい裕福で、どうして妻がいないことを憂えましょう。どうして貧しいものの妻を奪いましょう。」すぐ老儒の子を探し、遇って帰り、自分の衣を着、ほかに部屋を掃除し、婚礼を行わせ、すべて妻の実家が嫁入道具としたものを贈った。数年し、父は太学生として郷試に応じた。子が幼いときから師に従って読書しているが、日々嬉遊を事とし、作った詩文はすべて師が代作し、父はもとより知らなかった。試験場に入ると、筆を執って苦慮したが、ひねもす一字も思いつかなかった。疲れはてて仮眠していると、老翁が帷を掲げて入り、推して起こし、言った。「わたしは文ができあがりますと、答案が墨汁で汚れ、役に立たなくなりました。あなたの文がまだできていないことを知りましたので、つつしんでお贈りします。」子はたいへん喜び、記録して出、草稿を師に示した。師は言った。「よいにはよいが、二三場[186]はきっといっしょになれまい。どうするのだ。」第二場に入ると、やはりひねもす一字もなかった。薄暮、便意を催して厠へゆくと、またこの翁に会ったので、悲しんで言った。「なおわたしに贈るものがございましょうか。」翁は笑って言った。「承知しました。」袖の中から出し、経文五篇はすべてそなわっていた。出て師に語ると、師は黙然としていた。三場になり、また前のように翁に会ったので、師は言った。「今回はかならず合格なさいましょう。」合格発表があるとほんとうにそうであった。師はそこで告げて言った。「あなたが会ったのは幽鬼だ。天下にはもとよりこうした善人はいない。それに第一場で墨の汚れで排除に遭ったのだから、ふたたび入ってどうする。あなたが第二場で遇ったので、わたしはすでにかれが人でないことを知っていたが、言わなかったのは、あなたが恐れることを恐れていたからだ。あなたは貧しいものの妻を奪わなかったので、もとよりこの報いがあって当然だ。この翁はきっとかれの父だ。」人々はそう思ったので、あつく貧しいものに贈りものした。後に貧しいものも名をなし、両家は往還すること姻戚のようであった。

杭州に貧士がおり、若い時に長江を渡って蕭山[187]にゆき、童子の師をしていた。歳暮に帰省すると、篋の中に洋銭三十があり、すべて生徒が贈ったものであった。河原にゆくと、若い女が地に坐してたいへん悲しく泣いており、尋ねると、言った。「主人は死に、族人に迫られ、清流に赴こうとし、腹に忘れ形見がおり、徘徊して忍びませんでしたので、悲しんでいるのでございます。」話していると、かれの一族の人々がついてき、貧士はすぐにともにその家にゆき、大義によって責めた。人々は言った。「仰ることはほんとうに正しいが、その姑はすでに人の結納金を受け、その夫のために葬儀を行い、今は償うすべがなく、どうしようもない。」結納金が幾らかと尋ねると、洋銭三十であった。貧士はすぐ持っているものを送ったが、家に帰れば一銭もなかった。ある人は言った。「あなたにこの高義があれば、ながくは落魄しまい。」しかし貧士はかえって場屋に苦しみ、年は五十余でなお行列して挙場に入り、坐した号舎はたまたま一番奥にあり、厠に近く、ひどく臭くて汚らわしく、貧士も嫌に思っていた。するとにわかに若者が来、かれの隣の部屋に坐し[188]、鼻を掩って言った。「ここにどうして坐っていられよう。」離れることを謀った。貧士は責めて言った。「わたしはあなたよりさらに後に坐しているのに、あなたは他の部屋に移ることを謀って、決まりをどうなさる。」若者は恥じて謝し、移らなかった。その後、談論してなかなか睦まじくした。題が出ると、若者は筆を執り、たいへん速く文を作り、貧士は吟誦してほんとうに苦しみ、若者は近づいて見れば、数行だけで、さらに文は硬く、脈絡をなしていなかった。貧士は忸怩として言った。「もともと文に巧みでなく、今は年老いてますます荒廃しています。」若者は言った。「あなたのために書いてあげましょう。」字を書くこと飛ぶかのようで、一気呵成に書きあげ、貧士に授けた。貧士はたいへん感激し、言った。「年で論ずれば、わたしはあなたより年長で、文で論じれば、あなたはわたしの師です。王孝逸が白髪頭で北面したようにさせてください[189]。」合格発表があると、両人はいずれも合格していた。貧士は若者のところにいって謝し、弟子の礼を執った。若者は言った。「わたしはあなたとさいわいにして同歳の誼がございますから、ご挨拶をお受けしようとしましょうか[190]。」謙遜していると、若者の母が屏(ついたて)の間から窺い、下女に命じて尋ねさせた。「客人は某年に河原で一人の娘を救われましたか。」「はい。」母はにわかに出て拝して言った。「恩人でございます。恩人でございます。」そもそも若者はかれの遺腹子であった。」

泰興[191]の李東懐は、勇壮で聞こえていた。僧が訪ねて来、かれと技比べすることを願ったが、東懐は敵しないことを恐れ、偽って言った。「李東懐はわたしの師で、今たまたまよそに出ています。」僧は名刺を出して言った。「これで伝言してください。」そこで片手でその広間の柱を礎石から数寸持ち上げ、名刺をその中に収め、言った。「ここに置けばなくなることはないでしょう。」すぐ辞して去った。僧の寓所は慶雲寺にあり、東懐はかれがいないときを伺い、答礼しにゆき、名刺を出すと寺僧に語って言った。「お師匠さまによくお礼を言ってください。なくなることだけが心配です。」そこで紙背に唾し、身を聳やかしてまっすぐ登ると、名刺は殿の正梁[192]に貼りつき、すこしも歪んでいなかった。殿屋は高く、大梁は地を去ること二十丈近かったので、僧は帰ってきてそれを見ると、かれと闘わないで去った。そもそも一人はかれの驍勇を恐れ、一人はその趫捷[193]を恐れていたのであった。

劉雨香は、仁和[194]の小陵村[195]の人であった。その地に范氏のものがおり、天津で商人となっていた。劉は会計を司り、晩年に南に戻り、唐西に家し、資産はなかなか豊かであった。病んで死にそうになると、とある婦人が紅い衣を着、一人の男子とともに門に来て尋ねた。「こちらは劉雨香の家か。」劉氏の人は言った。「はい。」二人はすぐ入り、劉の妾に中庭で会い、尋ねて言った。「劉雨香はどこにいる。」妾は言った。「部屋におります。」二人が部屋に入るのを、部屋の中の人はみな見た。劉は牀に臥していたが、にわかに起き、跪いて叩頭して言った。「負った債務はかならずすべて償います。」婦人は言った。「今日となっては、もはや償うに間に合おうか。」劉は突然地に倒れ、家人が扶け起こすと、息はすでに絶えていた。婦人と男子はいずれも見えず、劉氏の人でかれらを知っているものはいず、誰か分からなかった。しかし債務を負って償わず、命をもって償ったのだから、もとより尋ねるを待たない。

石門に水夫某甲がおり、水辺に舟を泊めた。日は暮れようとすると、二人の男がきてその舟を借り、尋ねると、わずか数里であった。雇って値を尋ねると、七百銭を約束した。甲はたいへん喜び、すぐ二人を載せていった。ゆくこと一里ばかりで、一隻の舟が正面から来たが、その舟を操っているのは隣家の某乙だったので、尋ねて言った。「どこへゆく。」甲は言った。「この二人のお客を乗せて某所にゆくのでございます。」乙が見ると舟の中に人はいず、くる船とゆく船が、一瞬ですぐ過ぎ、尋ねる暇もなかったが、心の中で疑った。家に着くと、甲の子に語った。子はすぐに小舟で追いつき、見るとかれの父がほんとうに空しい船を操っていたので、父を呼んで事情を尋ねた。甲は二人の客を見たがいずれも見えなかったので、幽鬼に会ったことを悟り、しばらくぼんやりし、子とともに帰ったが、一ヶ月足らずで甲は死んだ。

光緒辛巳[196]の春、徳清の農村に、夫の墓を祭る妻がいた。祭りおわり、紙銭を焼いていると、火がその裙に着き、その衣に広がると、消しとめられず、まもなく結局火によって死んだので、みな驚いた。後に知ったが、かれの夫は医者で、死後、洋銭が数百あり、遺児はあどけない子供であった。婦は操を守れず、まもなく嫁ぐことになっていた。その財産をもってゆき、その遺児はつれてゆかないことをたくらんでいた。墓を祭り、別れを告げていると、焚如[197]の惨事に罹ったのであった。この幽鬼は霊力があったといえる。

唐燦如は、溧陽[198]の人で、わが湖州で商人となり、家を建てた。一妻一妾で、六十を過ぎても子がいず、望みはなかなか痛切であった。七十になろうとすると、妾ははじめて一男を挙げたが、にわかに損失を出して資産を費やし、借金取りが門に列なったので、出ていってよそに避けた。妻は妾ともともと仲が良くなく、ここにいたって家が没落したので、ますますその妾を憎み、排除することを謀った。妾は言った。「わたしにはすでに子がおりますのに、どこにゆけましょう。」妻は結局農村に売った。妾はゆこうとすると、泣いて言った。「ゆけばかならず死にましょう。」その後、ほんとうに売られた家で縊死した。その子は家にいて三歳になると、話せるようになったが、ある晩、突然、眼を瞠って言った。「阿婆[199]がわたしを呼んで去らせます。」まもなく寒熱[200]がはげしく起こり、朝になって結局死んだ。唐は聞いてすぐに帰ったが、すでに間に合わなかった。媢妻悍室[201]は、夫の子孫を断ったのだから、�p莢(さいかち)[202]、掃帚(ほうき)を売らせても、寛大である[203]。