右台仙館筆記/巻十二

高玉新、賈助之は、いずれも山東福山県[1]の人で、京師の西単牌楼[2]でともに豚肉店を開いていた。高は排行が二、商人は排行が三であったので、それぞれ排行の順で呼んでいた。はじめはきわめて睦まじかったが、後に口喧嘩し、積もり積もって怨恨となった。某年某日、夜漏が尽きようとする頃、賈はなお熟睡していたが、高は利刃を持って続けざまに斬り、頭および額を傷つけ、たちまち殺した。高は役所にゆくと、罪をみずから認めて隠さなかった。しかし取調官は寛大で、故殺を闘殺に改めようとし、高の死を免れさせようとした。そしてこっそり導いて言った。「あなたたち二人はもともと睦まじかったのに、どうして小さな口論でにわかに殺意を起こしたのか。」高は答えた。「昨日、夢を見たのです。」官はかれの言葉が尋常でないことを怪しみ、どんな夢かと尋ねると、答えた。「昨日、夢みますと、賈老三が来、言いました。『高二兄、わたしは死んでたいへん苦しいので、かならず怨みを晴らしてください。』」官はその声が高の声でないことを察したが、高は再三言ってやまなかった。官は言った。「だとすればおまえの首を斬れば、賈老三の怨みを晴らせよう。」高は搕頭(こうとう)していった（「搕頭」の二字は、『太平広記』巻四十二が引く『逸史』[3]に見える）。「大人の明断に感謝します。」官は悚然とし、高に憑いて語っているのは、まさに賈の幽鬼であることを悟った。そこで高を法律通りに裁いた。

四川の富順県[4]の民間の婦人李氏は、傭工の彭姓のものと私通していた。李には子がおり、商いを他郷で学び、その妻は結婚する前、夫の家で育ち、順英といった。李は遭うたびに虐待し、順英は逃げ去った。大工に黄姓のものがおり、とどめて妻としたが、その家から百里隔たっていた。順英の兄は外から帰ると、妹が見えなかったために、お上に訴えた。官は李と彭を捕らえて尋ね、その姦通を知ると、言った。「これはきっと順英を殺して口封じしたのだろう。」たまたまその地から三四里のところに池があり、深さ一丈あまりであったが、一人の娘の屍骸が浮かんだ。両手は後ろに縛られ、大きな石が結ばれ、その面目は魚に食らわれ、弁ぜられなかった。官は言った。「これはきっと順英だ。」李と彭はひどく鞭うちを受け、みな誣服した。結審したが、臬使[5]蘇公廷玉[6]は怪しみ、言った。「亡骸を見る日、李が順英を謀殺した日から、百三旬であった。亡骸が腐爛していなかったのは、どうしてか。これはきっと順英でなかろう。」かたくなに承認しなかったので、人々はみな蘇を迂愚とした。するとにわかに順英が自分から帰ってきたが、すでに子を抱いていたので、みな嘆服した。以前の娘の亡骸を見れば、誰か分からなかった。しばらくすると、ある夫婦がともに旅し、途中で反目し、妻は池に身を投げて死に、夫は棄てて去ったことが分かった。池の主は累を恐れ、縄で後ろに縛り、よそに背負ってゆこうとしたが、人に見られるのも恐かったので、石を結んで沈めたのであった。このことは蘇公が著した『従政交録』に見える。蘇は字を鰲石といい、福建同安[7]の人であった。わたしは、李氏の事件で、蘇公のがんばりがなければ、かならず冤死する者がいただろうと思う。屍骸も鑑別しないのに、軽率に判決するのは、よいことか。ただ、池の娘の亡骸は、おそらくほかに事情があろう。夫婦の喧嘩で、どうして命を軽んじよう。妻が死ねば、夫はかならず棺を買って納めるのに、どうして顧みずに去ったのか。このことはたいへん疑わしいが、目下ふかくは追窮しない。

光緒六年[8]、銭唐の庫吏何培は、銭糧[9]を徴収してほしいままに科則[10]を改め、農民に告訴せられた。巡撫譚公[11]は激怒し、何培を捕らえて殺した。その後、言うには、培が五十歳の時、天日山にいって仏を拝したところ、山中の老僧が語った。「居士はこちらにいらっしゃればたいへんようございましょう。すでにこちらに来られたからには、山を下られる必要はございません。手紙を書いてお家に届けて家事を処理し、こちらに留まって拙僧と修行[12]し、剃髪する必要はなく、ひとまず霊山会[13]の一優婆塞となれば、禍から遠ざかることもでき、生を全うするに足りましょう。」培はその意を解せず、答えて言った。「もとより願うところです。しかし、家事はたいへん多く、かならずみずから処理せねばなりませんから、事がすこし片付けば、参りましょう。」僧は首を振って言った。「こちらを去ればどうしてふたたび来られましょう。」培は帰り、三年足らずで禍が及んだが、これは老僧がそもそもさきに知っていたのであった。

咸陽の文古玉、字は厳山は、年は知命を越え、学問を好むことがますます篤かった。浙東に遊学し、黄岩にゆき、九峰山に遊び、見ると、紫雲峰下に洞窟があり、谽谺とし[14]、絶壁の間にあったので、攀じ登った。ゆけばたいへん小さな門があり、背を曲げて入ると、中に蝙蝠が多かったが、色はすべて純白で、大きさは車輪のようなものがいた。ゆくこと百余歩で、さらに門があり、半ば閉じ、半ば開き、身を傾けて入れば、気候は清和で、平坦な田野[15]は千頃であった。時にまさに晩秋であったが、その中の気候は春夏の境のようで、桑竹は陰をなしていた。民家も稠密であったが、路上の旅人は稀であった。はるかに数里先を望めば、高い山があって霄漢に聳えていた。道なりにゆくと、山麓に石坊[16]があり、「無可又之郷」と篆文を刻んであった。坊の下にしばらく坐し、また衣を正して登った。十余里ばかりで、一つの廟があり、廟には許由[17]を祀り、洨長[18]を配していた。廟の人に尋ねると、近村の住民が、みな太岳の子孫であることを知った[19]。廟の傍らに酒盧(のみや)があったので、市に入って飲んだ。飲むものはたいへん多く、みな衣冠は都雅で、言辞は古樸で、あまり解せなかった。末席で若者が一人で飲んでいたので、揖してその姓を尋ねると、王姓で、年は二十四歳だとみずから言った。学んでいることを尋ねると、若者は言った。「わたしは若くて知ることがなく、ただかつて『周易』、『老子』二書に力を用い、ひそかに注しましたが、みずからを信じようとしません。」この山が何という名か尋ねると、若者は言った。「この名は中天山といい、高さは万仞を越えています。山頂に不死の薬があり、四方の奇花珍木は、すべて備わり、神人が守っています。高いところに登って望み見れば、東南の大海、西北の河源は、はっきりと目にございます。しかしわたしもその頂に登りません。」古玉はたいへん驚いた。時に日はすでに落ちたので、佩玉を解いて飲み屋に渡して質草とし、若者に別れて帰り、洞窟の入り口を出れば、夕方であった。さいわいにして月光があり、藤を掴み、葛を引き、かろうじて下れ、僧寺に宿を借り、僧と語ると、僧はみな欣然としてゆこうとした。翌日また元の路を探せば、石壁は千尋、洞窟の入り口もなかったので、酒代を石に置いて帰った。そこで寺にゆき、玉がみずから溪水の流れに従って下り、取って見れば、すぐ昨日飲み屋にとどめて質草にしたものであった。このことは王子荘孝廉が書に記したことがあり、王姓の若者が王輔嗣であることは疑いなかった。『太平広記』巻三十九[20]が引く『広異記』に麻陽村人のことを載せ、かれが会った老翁は河上公で、門番の童子は王輔嗣であった。だとすればこれらのことは、古書にもとよりあり、結局でたらめと思えない。

黄岩県は海に臨み、その民は堤を築いて潮を防ぎ、頭塘、二塘、三塘、四塘、五塘の称があるが、俗語では転じて「蕩」となっている。四蕩以下の地は、荒凉として鬼魅が多かった。同治末年、ある人が妻を娶り、結婚した次の晩、賓客と宴していると、新婦が突然起きて裏の戸から出ていったので、家人は後を追った。かれが歩くさまは飛ぶようで、結局、竹園を越えて去ったが、釵や珥の類はすべて竹葉の間に懸かっていた。竹園の外に池があったが、探しても得るものはなかった。炬火を列ねて四方を照らすと、畑に娘の足迹があり、歩幅はかならず数尺あり、折れ曲がり、東南を経て去っていた。いったところをきわめると、半里離れた溪の中で見つかったが、すでに直立不動で死んでいた。これは王子荘孝廉の門人施榕が語った。新婦の夫は、施生について学んだものであった。

同治年間、臨海の県民は毎年疫病となり、大暑を過ぎても治らなかったので、翌年船送りの会をすることを約したが、旧俗がそうなのであった。その船は商船の形のようで、船具は帆柱艪舵など、用具は卓椅牀榻、枕簟被褥など、食物は鶏豚魚蝦、米穀豆麦など、防具は刀矛槍炮など、一つも備えていないものはなかった。ただ米を盛る袋はたいへん小さく、一升を受けるだけで、一万として数え、すべて村民が施した。大暑の数日前、盛大に法事を設けた。大暑の日になり、海に送り出し、ゆくにまかせ、大暑船と俗称していた。かつて海賊が夜これに遇い、商船と思い、炮を放つと、この船も炮を放って防いだ。夜明けになり、はじめて大暑船と知り、たいへん驚いて去った。後にこの海賊船は官軍に破られ、盗人たちはすべて捕虜となり、逃れる者はなかった。また福建の某所に米を売る仲買人がおり、ある夜、門を叩いて米を売りにきたものがいたので、人足数十人が船にいってその米を揚げたが、朝になっても米は尽きなかった。米袋は大きさが五石の瓠ほどで、担うものは肩がそのため赤くなった。しかし夜明けに見れば、小さな碗のようであった。ある父老が知って言った。「これは臨海の大暑船の米です。」即日疫病がはげしく起こり、祓うとはじめて病んだ。わたしは昔、休寧の汪村で客となった時、毎年四月に、「打標」という習俗があり、やはり疫病を駆るゆえんであった。紙を糊付けして船を作り、備えないものはないが、すべて紙で作ってあるのであった。これを野外で焚くことを、「西湖に送って遊ばせる」というが、俚俗が伝承されているのには、一笑を発せられる。しかし徽河[21]でみずからこの船を見たものもいた。昔、布を売る客があり、かつて杭州についていった。今にいたっても紙船の後尾に一人の男がおり、布を背にして立ち、手に雨傘を持ち、商人の姿のようで、それによって霊験があることが知れた。臨海の船は、結局本当の船なので、その霊異がさらに明らかなのは当然である。

王子荘[22]孝廉は、黄岩の柔橋にいた。その地に廟があって東阮といい、晋の阮嗣宗を祭っていたが、ある人は白龍山の神だと言っていた。道光甲午年[23]、黄岩県庁では盛んに花会が行われていた。花会とは、三十四の古人の名を書き、任意に一名を選び、筒に収め、梁に懸け、これを作（去声）筒といい、主宰するものを筒官といった。人は三十四名の中でみずから一名を選び、それぞれ金額を注して櫃(こばこ)に入れ、これを納花会といった。選んだ名がたまたま筒の中の名に合えば、筒官はその注した金額の三十倍にして報い、中たらなければ、注した金額通りに銭を筒官に入れるのであった。老若は奔走し、一県は狂うかのようになり、そのため、降童することもあった。降童とは、符を焚いて神を降ろし、予兆を示すことを求めるのである。神は人に憑いて語り、憑かれた人を童身という。神が下れば、童身はおのずから地に倒れ、口から白い沫を吐き、にわかに跳ね上がり、結局神座に昇り、これを上壇といった。そこで人々はみな羅拝し、神に指し示すことを求め、神はかならず隠語を示した。酬対[24]がおわると、童身もまた地に倒れることはじめのようで、これを退壇といった。人は神の言葉に従い、あてるとしばしばあたるものがいたので、およそ納花会では、降童しないことはなかった。降る神は一様でなく、小老爺がもっとも霊験あらたかであった。小老爺とは、俗にいう観世音菩薩の弟であった。人が尋ねると、かならず身を翻して奥を向き、しばらくしてから答えるのだが、そもそもその姉に尋ねているのであった。柔橋の人は東阮廟内で降童するが、小老爺が降ると、村民王広栄が突然畑から走って来、東阮の神がかれの身に憑くと、小老爺は倉皇と退壇した。広栄は神の言葉を伝え、邪神を招致し、霊場を汚したと父老を責め、父老はみな叩頭するのに暇がなかった。神はみずから人の病を治せると言い、そのため見舞いするものは群れをなして来た。広栄は田を耕していても、山で樵していても、市で商いしていても、廟に人がいて病を問い、香を焚いて黙祷すれば、すぐに来ないことはなかった。その人はまったく字を知らなかったが、ここにいたって急に人のために処方できるようになり、すべて肯綮に当たっていた。医者たちが手を束ねていても、神方[25]を服すればすぐ癒えるものがあった。そのため信仰は日々盛んになったので、殿宇を新たにし、門楼郎廡[26]は、煥然と一新され、すべて香銭から供せられた。王広栄は、もとより一銭も盗まなかった。この時、各村の神廟にともにこれらのことがあり、みな花会を主とし、時折処方を賜ったが、あまり験がなかった。しかし東阮廟には、花会のことを尋ねようとするものはなかった。一二年を越え、諸廟の神はみな降らなくなり、東阮が神を降すことは、三十年に近かったが、同治甲子年[27]になり、広栄が死ぬと、はじめて絶えた。

王子荘孝廉は光緒丁丑年[28]六月十日に、夢みてその友張子遠のところを訪ね、子遠は雑文一巻を示したが、中に＠[29]説二篇があった。その一は、王君仁堪[30]が作ったものであった。その文にいう。蓬莱、方丈の間に、神人がおり、飛楼[31]を瀛洲[32]の溪に造って、水から隔たること咫尺であった。藐姑[33]の仙がきて遊び、坐して足を洗い、たいへん得意になっていた。赤松子[34]を迎えてともに見、赤松子は言った。「たいへん水に迫っていますので、高くするべきです。」そこで神人はその楼を三尺高くした。王喬[35]は舄を飛ばして来、言った。「美しいには美しいが、短いことが欠点だ。」そこでまたその楼を三尺高くした。洪崖子は言った。「高いには高いが、楼に登って望めば、方丈はその前を覆い、見るものは広くない。」そこでさらに三尺高くした。そもそも水を隔たること一丈を越え、方丈の山は掩えなかった。にわかに海舟がその下を過ぎ、檣は甍と等しく、入れず、そこで神人はまたその土台を高くして十倍にし、そもそも水を隔たること十三仞六尺あまりといった。目ざめると、その文ははっきり記せ、その旨は測り知れなかった。王君は、この年に進士となり、廷対[36]の第一人であった。子荘は言った。「これがいわゆる『巨鰲贔屓[37]、首に蓬山[38]を冠』する[39]ものだ。」王君の大魁[40]は、その兆に応じていた。＠の字はその外は井のようで、中は亜のようで、何の字か知らず、夢の中で倪の音のように読み、ほんとうに字書にないものであった。子荘には『枝言』内外篇がある、いずれも怪異を記す作で、わたしは異事を探し求め、録してわたしに示したので、わたしは数則を採った。この篇などは、前に書いた文古玉の事とともに、それが寓言であるか真実であるか知らない。

翁君広平[41]は、字を海村といった。戊戌[42]の春、乍浦[43]に客となった。たまたま野外を歩いていたところ、人々がみな西に走っていたので、尋ねると、言った。「西海塘の外に、海台が現れるのです。」海台は、俗に海市と称せられている。そこでついていった。見ると塘外の煙霧の中に、ぼんやりとして楼台の形があり、その中に宮闕のようなものがあり、寺観のようなものがあり、民家市廛のようなものがあり、駅舎郵亭のようなものがあり、千百を数え、横十余里に亘っていた。この時、霧はなお濃く、すべて見られなかったがまもなく豁然と晴れ、屋舎の後ろに復道[44]が築かれ、長い虹のようで、輿馬がその上を進んでいた。屋舎では、簾幕は巻かれたり伸ばされたりし、窓戸は開いたり閉じたりし、士女が集まって酒宴し、あるものは盥漱[45]し、あるものは櫛縰[46]し、あるものは坐して眺め、みなはっきり数えられた。その東に平原があり、演武場のようで、弓矢をとるものがおり、旗幟を執るものがおり、騎って馳せるもの、歩いて撃ったり刺したりするもの、さらに先払いしてゆく大官のようなものがいた。その外にはさらに市井で交易するようなものがおり、背くもの、戴くもの、坐するもの、走るものは、やはりはっきり数えられた。やや遠くにはさらに城郭のようなものがあり、大船が帆に風を孕ませて旅するようなものがあり、その涯は伺えなかった。にわかに一峰がにわかに起こり、雲気が巡り、殷殷然として雷鳴があった。その中から突然七級の浮屠が湧き出し、上は霄漢を指し、鈴鐸は動揺し、光彩は照り輝き、その雲気の変幻は、名状できなかった。しばらくすると昏霧はまた起こり、海風も起こり、象を見、たちまち烏有に帰した。翁君には『海市を観る記』があり、わたしの同年暴梅村の孫式昭[47]、字は方子は、録してわたしに示し、わたしはその概略を摘録することこのようであった。翁君は震沢平望鎮の人で、そもそも乾隆、嘉慶の間に生きていたが、戊戌の春というのは、いつの年か分からない。

西湖の南の高い峰の下に五老峰[48]があり、言い伝えでは虎穴があり、俗に老虎洞と称せられていたが、遇うものはまれであった。道光某年、高氏がその地で葬儀を営み、百杵をともに揚げ、掛け声を挙げた。するとにわかに虎嘯の声がたいへん激しく起こり、人々はみなわれさきに逃げたので、工事は中止となった。高氏は憂え、虎を捕らえられるものを募った。その近くに翁家山があり、山中の人は膂力が強かったので、応募して虎を捕らえることにした。さきに一つの木盆を用い、大きな銅鏡をその中に置き、烈日は照り映え、光焔が騰がり、火が起きているかのようであった。その山は蜂が飛んで集まり、万をもって数えたが、みな盆に小便した。土人は言った。「蜂は火が起きるのを見るとかならずきて救い、小便するのは火を消すためだ。」このようにして数日、小便は溜まって一寸に満ちた。そこで一匹の蝦蟇を捕らえ、小便をすこしばかりその身につけた。蝦蟇はその毒に中たり、一歩跳んで死ねば、虎はその毒に中たり、やはり一歩跳んで死に、蝦蟇は数歩跳んで死に、虎も数歩跳んで死に、これで試せば、まったくたがわなかった。そこで大きな弩で虎が出入りするところに臥し、弩の末に蜂の小便を塗った。一人が樹の杪に登って動静を見、さらに数十人が鉄砲を執って山の麓に潜み、ともに約し、山に爆竹の音を聞けば、走って赴くことにした。その日、虎は出なかった。翌日、虎嘯の声が聞こえ、一人の倀鬼がさきに出、弩を潜ませたところにいって言った。「これは大哥に不吉です。」すぐ移して他に置いた。また進んでゆき、樹上の人はかれが遠くへ去るのを待ち、樹を下って弩を元通り置き、また樹に登った。虎が来、機弩に触れて発すると、虎はその毒に中たって死んだ。倀鬼の声を聞いてまた帰り、見ると虎はすでに死に、人が杪にいるのを仰ぎみると、躍りあがって昇ろうとし、人は石を撃ち、火を採り、爆竹を燃やし、響きは山谷を震わした。山麓に伏していた人がみな登り、鉄砲を発すると、倀鬼は逃げ去った。人々は虎を担いで帰り、高氏はあつく褒美を与えた。

汪圻[49]は、字を子封といい、湖州の人で、宣化府[50]で幕僚となり。たまたま軽い病になること一月あまり、ある晩、夢みると、人が語った。「どうかはやく赴任してください。」夢の中ですぐかれに従って出ると、肩輿はすでに門で待っていた。担ぐものは四人で、その前にも旗傘の類があった。にわかにあるところへゆき、人の世の官署のようで、門塾[51]堂廡[52]は規模がやや備わっていたが、たいへん狭く小さかった。堂上に公案を設け、印をその上に置き、賛拝[53]すること儀礼通りであった。そして公座[54]に登ると、吏役は拝礼し、帳簿に従って名を呼び、朱筆を点じた。その後、退いて奥に入れば、小さな家三間で、二人のしもべが働いていた。まもなく食事を調えたが、四つの簋で飲食し、豚肉を切って絲にし、鶏卵を蒸して餅にし、残りは蔬菜で、その味はすべて人の世のもののようであった。飯に満足した後、一事もなく、すでに披閲する公牘[55]がなく、吏胥の報告もなかった。その印文を見ると、「八達嶺分司印」といい、印は匣にあったが、開いて用いることはずっとなかった。二度の食事の後、衣を脱いで枕に就き、目を閉じ、蘧然として気づけば、やはり宣化の郡斎にいた。その日、やはり病んで臥すこと普段のようで、夜になって臥せば、またかの地におり、情景はまったくはじめてきた時と同じであった。このようにして一月あまり、汪はたいへん厭に思ったので、二人のしもべに語って言った。「わたしはこちらに来たくないのだが、よいだろうか。」しもべは言った。「吏胥[56]に尋ねましょう。」その後来ると、言った。「お望みでないのでしたら、強制もいたしません。」薬二粒を出して授け、言った。「服すれば、来なくなります。」そこで飲み、突然夢の目ざめたかのよう、それからそしてまた来ず、病でもそれから失ったかのようであった。後に汪は巡撫として直隷で需次し、命を奉じて宣化にいったことがあるが、八達嶺を過ぎると、旋風が車の前に起こったので、もしや故吏[57]がなおも迎えにきたのかと疑った。数年後、再び過ぎると、もはやこの異変はなかったが、そもそも日がひさしくだんだん疏遠になったのであった。

紹興に孫氏の妻がおり、寡婦で、年は五十近かった。近所の徐叟と通じ、一子を産んだが、棄てるに忍びなかった。妻には娘がいてすでに嫁いでいたが、やはり若くして寡婦となって子がいなかったので、娘に命じて子とさせた。娘はたいへん喜び、育嬰堂で手に入れたと嘘をつき、実の子のように育てた。子は五歳になっても話せず、性格はたいへん凶暴であった。年がだんだん長じると、つねに刀を持って母と闘ったので、娘は憂えた。その母がたまたま来ると、娘はそのことを告げた。時に娘の夫の一族で在席している者がおり、言った。「この子はもともと実の子ではありませんし、凶暴で人らしさもありません。虎を養い、狼を養うのは、まったく意味のないことですから、追いだすのがよいでしょう。」母もともとこの子を愛していたので、女の言葉を信じず、齗齗と弁じた。子は突然大声で女に言った。「わたしはもともとあなたの弟で、どうしてわたしを子とできよう。」母娘はいずれも色を失った。族人はかれがもともと話せなかったので、やはりたいへん驚き、くわしく質せば、また語らなかった。異常があることを知り、追究もしなかった。そこでさらに数年とどめたところ、年齢が長じるほどに、性質はますます粗暴になったので、この時、その母はすでに徐叟とともに住んでおり、夫婦のようにしていた。娘の夫の一族は結局この子を二老人に返し、二老人も受けて辞さなかった。子は徐家に戻ると、話せるようになり、通常と異ならなくなった。今なお大工であるという。

杭州の清泰門外[58]に士人の徐彭宣というものがおり、夜に飲んで酔って帰った。社廟[59]の前を過ぎると、廟に灯火が輝き、人が口論していたので、驚き、入って窺った。見ると神が堂上に坐し、吏役は周りに侍し、帳簿に従って名を呼ぶものがおり、階下に鵠立している人は叫ぶのを聞けば答え、それぞれ一つの巻物を受け、ぞろぞろと入った。見るとその人は知っているものが多く、その奇を究めようとしたので、やはりその中にみだりに入った。見ると人々が連なって東西に坐していた。にわかに人が一枚の牌を担いで堂から下り、牌には「みずから履歴を写す」の四字が大書してあった。人々はそれを見ると、みな小鼻に皺を寄せて顧み、言った。「難しい。難しい。」足を踏み、首を振り、口を開けて吸えないものがいた。徐はこれはもっとも容易なことで、難とするに足りないと思った。はるかに望めば堂の西側に一人の男がおり、かれの兄で、筆を執ると手が震え、書こうとしてまたとまることしばしばで、嘆息して言った。「どうしてわたしの兄はここまでよく忘れるか。」いって語ろうとすると、見回りが来ようとし、見られることを恐れたので、塀に沿っていった。あるところへゆくと、「受巻所」と題していた。中では一人の男が案に拠って坐していたが、亡友曹某であった。曹は徐を見ると、驚いて言った。「どうしてここに来た。見回りに見られたらどうする。はやくここに隠れろ。」徐は入ったので、そのわけを尋ねた。曹は言った。「『みずから履歴を写す』とは、その人が平生したことを、善であろうが悪であろうが、逐一みずから書かせるのであった。隠したり飾ったりしなければ、それはみずからの過ちを知っているということだから、ひとまず許せ、改悛を望める。しかしすこしでも真実でなく尽くしていないところがあれば、冥府に転送して罪を科せられ、生還できない。」その後、巻物を渡す者が紛然と集まり、すこし巻物を広げると、おおむね悪が多く、善が少なかった。徐は、かれの兄はもともと端人[60]と号し、絶対に遺行[61]はないと思っていた。その巻物を見れば、ある処女と姦通したことがあり、人の千両の資産を横領したこともあり、すべて平素知らないことであった。まもなく門が開き、人々はみな出、曹はいそいで徐に指図し、言った。「ここに及んで出なければ、出られない。」ゆっくり走り出、閾を踏んで倒れれば、身は廟廡に臥し、東方が白んでいた。その兄を訪ねれば、夜に寒熱がはげしく起こり、人事不省となり、夜明けに汗が出てはじめて癒えた。そこで冥土のことを尋ねると、兄は茫然として憶えていなかった。見た秘め事についてそれとなく尋ねると、兄はたいへん驚いて言った。「ここ十年ばかり人に告げなかったことだが、弟はどこで知った。」そこで社廟で見たことを告げ、ともに廟にゆき、誓いを立てて懺悔した。今かれの兄は、年が五十余でなお存命で、あるいは神がその過ちを改めることを許したか。

王君半怡は、わたしの門下の士王夢薇廷鼎[62]の祖父である。かつて舟に乗って太湖の筲箕漊[63]を経ていると、風雷がつぎつぎに起こり、黒雲が四方から集まり、五匹の龍が湖で闘い、遠くなったり近くなったりした。にわかに船を去ること半里に及ばず、湖水は湧きあがり、船は風に任せてのぼること数丈、落ちれば水が船に及んだので、水夫は驚いて叫び、なすすべがなかった。王君は恐れたが、「死生命あり」と思い、手ずから船舷に拠ってその変事を見ていた。するとにわかにもう一匹の龍が来、満身の鱗甲は、燦然として黄金のようで、五龍の間を回り、頷を広げ、鱗を張り、夭矯[64]として揚がり躍った。その時に風雷はますますたけり、湖水はみな立ち、五龍はすべて敵しなかった。一匹の龍が東南に向かって逃れ、箭筈[65]よりはやく、王君の舟はそれにつかまり、結局ともに去った。約二十余里で、銭家漊のある古墓の前についたが、龍は宰樹[66]にぶつかって落ちた。舟も地に堕ち、頭艫尾舳でこぼたれないものはなかったが、同舟の五人はさいわい損なわれなかった。龍は仰向けに墓の上に臥し、鼻は隆隆として音をたて、たいへん疲れている者のようであった。大雨はすぐ来、龍はながいこと展転し、身を奮って一躍し、また冉冉と空に昇って去った。時にすでに夕方で、五人は水夫とむりに進んでゆき、男女十数人に会ったが、面目は弁ぜられなかった。途を尋ねると、言った。「前方に陸家社があり、わたしたちはみな社中の人だから、わたしに従って身を寄せなさい。」そこでつけていった。ゆくこと五里ばかりで、ほんとうに村落があり、村に入ると、男女十数人はすぐに見えなくなっていた。路傍に一つの廟があり、門を叩いて入り、苦しみを告げると、僧は宿り、さらに告げて言った。「あなたたちの舟が堕ちたところは、この村内の陸氏の先祖の墓だ。」王君はひそかに同人に語った。「さきほど会ったのはきっと陸墓の幽鬼だ。そうでなければ、この十数の男女がどうして闇夜に風雨を冒してゆこうか。」夜明けに廟を出、見ると十余人が工具[67]を担いで門前を過ぎ、尋ねると、いずれも陸氏の子孫であった。昨夜、人が静まった後、門がたいへんはげしく叩かれたので、開いてみると誰もいなかった。寝ると、またその先人を夢みたが、こう語った。「墓域が龍に毀たれたから、いそいで修理しろ。」そのため今からいって墓を修理するのであった。王君は人に語った。「わたしの言ったことは本当だ。」

杭州の陳香墅[68]は、四十で子がいなかった。突然夢みてあるところへゆくと、緑陰の中に大邸宅があり、四方はすべて楼で、碧窓朱檻、繍幕は低く垂れていた。若者は列なってその中に坐し、臉檀[69]眉黛[70]、綺組[71]は繽紛とし、青楼かと疑い、徘徊して去れなかった。にわかに十数人が群れをなして楼の下にゆき、あるいは秆(くき)[72]を執り、あるいは編菅[73]を持ち、中の一人が炬火を持って指図し、人々に焼かせると、一時に烈火が騰がり、焱焱[74]炎炎[75]、女たちは泣き叫んだ。楼から落ちるものがいたので、陳がその人を見ると、同学の友の周子槿であった。いそいで怒鳴って言った。「おまえは悪人の家を焼くことができよう。」むりにその炬火を奪い、また人々に指示して退かせたので、火は止み、楼の中で人の泣く声も止み、陳はにわかに気づき、趣旨が分からなかった。翌日走って周に尋ね、夢を告げようとした。ゆけば周はたまたま書斎の前の石榴の樹に大きな蜂の巣があり、たまたま刺されたので、童僕に命じて火で攻め、陳は夢みたのはまさにここだと悟った。そこで夢のことを告げ、焼かないように止めた。この夜、陳がまた夢みると、数十の娘が前で拝し、言った。「あなたはわたしの一族を守り、これ以上の徳はございません。あなたは善人でございますから、かならずご子孫ができましょう。」陳は五十過ぎにほんとうに三人の息子を得た。

銭唐の朱振甫は、十五奎巷[76]に住んでいた。光緒己卯[77]の夏、一人で楼上に坐していると、突然風雨がにわかに来た。朱が起きて窓を閉ざそうとすると、にわかに雷に捕らえてゆかれたが、家人には知る者がいなかった。雨が晴れて楼に登ると、朱の所在を失ったが、窓の櫺子に火で焼いた痕があり、一つの履が窓下に遺っていたので、家を挙げて慌て惑って大捜索した。楼の裏の空き地にゆくと、朱はすでに死んでいたが、胸はなお温かく、面目は焦げて黒かった。白布の短い衫を着、蒼黒い紋様となり、字のようで字ではなく、絵のようで絵でなく、みな知らなかった。扶けて牀にゆき、夜半に蘇り、雷に捕らえられた後にどんな情況か尋ねたが、話せなかった。たまたまその家で瘧を病むものがおり、寒熱[78]が交互に起こった時、たまたま衫で覆うと、病は失ったかのようになったので、驚いて蔵した。その後、瘧および疫病に罹ったり、鬼魅に祟られたりしても、この衫を得れば、すぐ癒えたので、門にきて借りるものがいない日はなかった。余杭の某家の娘が狐に祟られたので、衫を借りて去り、門に入ると、家人はすぐ大きさは犬ほどの動物が、竇[79]から逃げだしたのを見た。女は牀の中で硫黄の臭いを嗅ぐと、精神はにわかに澄み、狐も来なくなった。そこで朱の雷衫は、ますます大切にされた。庚辰[80]の夏、三聖橋[81]に許姓のものがおり、その子は突然奇病を得、白昼の言動は平時のようであったが、夜に入ると皮膚は冷氷のようになり、はじめは震え、ついでうわごとを言った。その言葉はすべて北音を操り、酒食を求め、衣服骨董を求めた。与えなければ、その父母を罵り、ひどい場合はさらに殴り撃ち、命令どおりに捧げても、壊すだけであった。つねに、わたしの家世はたいへん富貴だ、宮室がいかに華美か、衣服がいかに珍奇かとみずから語り、さらに言った。「某は達官で、わたしの門下だ。某富豪は、わたしの奴隷だ。」このようにして嘵嘵[82]として朝になり、夜明けにやんだ。尋ねれば、言った。「黄昏になると、すぐ顔が丸くて頚は短いものが、手に冷水を一盂持ち、わたしの頭上にかけ、昏然として意識がなくなりました。およそ云々したことは、まったく覚えていません。」家人はその騒ぎに堪えず、朱衫を借りて駆ろうとした。すると大声で罵って言った。「わたしは天帝が遣わしたもので、風伯雨師もわたしの指揮を聴く。区区たる雷の余燼が、どうしてわたしを脅かすことができようか。」その母の髪を摑んで殴ったので、人々は跪いてお願いしたところ、はじめて許した。次の晩、親しいものがその家に謀らず、朱衫を着て来た。病人は突然たいへん喜び、言った。「今晩は免れられよう。」なぜかと尋ねると、言った。「この幽鬼はわずか一尺ばかりに縮み、東北の隅に隠れ、股が震えてやまなかった。さらに硫黄の臭いがたいへん激しいから、もしや室内に朱家の雷衫があるのではないか。」その親はすぐに衫を出し、周は部屋で指図し、病人は言った。「幽鬼はすでに尿瓶に入って消えました。」それからは癒えた。

銭唐の伊生は、妻の楊氏を娶っていた。光緒己卯[83]の郷試の前、妻は突然病となり、あれこれ治療しても癒えなかった。ある日、江西人の訛りとなって言った。「わたしは江西から真人府の文牒を奉り、浙江にきて闈差[84]を弁じ、あなたと縁がございますので、ここに身を寄せています。空腹なので、はやく食事を調えてございます。」家人はかれが狐であることを知り、瓜の実を置いた。すぐ一つの大きな西瓜を切り、食らいつくし、また他の果実も食らいつくし、さらに飯を求めた。飯が来ると、数器を食らいつくした。尋ねられると、言った。「呑み込むとすぐ消化し、多いことに気づきませんでした。」家人は憂えたが、どうしようもなかった。家人もしばしばその姿を見たが、一人の若い女であった。見慣れると、怪しいと思わなくなった。時に学使は遺才[85]を録送[86]していたが、伊は採られないことを心配し、妻に尋ねると、妻は言った。「かならず採られますが、上位ではありません。」その後、ほんとうにそうであった。かれはさらに尋ねた。「試験場の問題は、あらかじめ知られるか。」「できません。」再三尋ねると、言った。「心配なさらないでください。わたしも試験場に入り、かならずいって助けましょう。」試験場に入ると、特段異常がなかったが、文想だけはなかなか順調であった。出てから、かれが助けなかったことを責めると、言った。「すでにお助けしました。」合格するか尋ねると、言った。「恐れる必要はございません。」虞、李二生がおり、かれの友人であったが、試験場の文のことを質した。言った。「虞君は、文中の豪で、李君は、文中の禅です。」合格するか尋ねると、知らないといって避けた。合格発表があると、いずれも合格していなかった。伊がそのことを告げると、妻は言った。「とっくに分かっておりました。」合格発表の後、来訪はやや稀になり、三日目になって辞して去った。それからは、来訪は絶え、妻の病も癒えた。

李欽、字は又安は、四川新都県[87]の学生で、同学二人と村で家を借り、挙子の業[88]を習っていた。夜、几案で音がしたので、鼠と思い、朝起きて見ると、書籍筆硯は、みな移動した迹があり、毎晩すべてそうであった。鬼物の祟りかと疑い、巫を召して祓わせた。巫は銅鑼太鼓を地に置くと、にわかにみずから鳴り、巫もまた桃を削って杙(くい)にし、地上に立て、にわかにみずから抜き、巫の頭を打った。巫はどうしようもなく、結局逃げ去り、また祓わなかった。ある晩、墨をする音が聞こえ、李は大声で言った。「あなたは墨をおすりですから、かならず字を書けましょう。あなたはいったい何のあやかしでしょうか。書いてわたしに告げてはいかがでしょうか。」翌日、見ると案頭に「土阜中也」の四字が大書されていた。晩になると、人々はそこで祈って言った。「あなたはすでに土地の神となり、廟はどこにある。」書いて言った。「某所のわたしの土地にある。」言葉通りに掘ると、ほんとうに一体の神象を得た。人々はそこで資金を集めて小さな廟を建ててやり、神像をその中に置いた。その後、案頭でやはり音がし、人々は言った。「神はかならずわたしたちと縁があり、詩を吟じられるか。」朝になると、ほんとうに案頭で詩を二章得たが、なかなか秀麗で好ましかった。そこでその詩に和し、清書して焚き、この日から酬唱[89]の作があった。人々は言った。「翰墨を拝見しましたが、言談に接してはおりません。わたしたちとともに語れましょうか。」すると室内で突然声がして言った。「できますが、燭を消してください。」そこで夜に神と語ろうとする時は、かならず燭を消した。精神は高尚でよく談論し、経史の異同、文章の得失、下は医卜星相[90]、江湖の術士の学、すべてに通暁していた。さらに善を勧め、過ちを正し、近くを言い、遠くを指し[91]、人々はみな嘆服し、益友と思った。遠近は噂を聞き、暮夜にみな集まった。疑うことを尋ねる者があり、書画をこうものがおり、みな願いを叶えて去った。このようにすること一年あまり、人々は言った。「わたしたちは神交[92]といえますが、お姿を見ないのは、やはり恨事でございます。一目見られましょうか。」「燭を燃やせばすぐ見える。」そこで燭を燃やしたところ、三人は見るものがそれぞれ異なっていた。一人は中年の人で、勝国の衣冠、一人は老年の人で、本朝の一品の服を服し、一人は若い人で、巾服は明代の諸生のようであった。一目見た後、その象はすぐ消え、やはり燭を消してともに談じた。人々はまた言った。「お姿を見、ますますふかくつつしんでお慕いしました。どちらにお住まいでしょうか。ゆけましょうか。」「できます。」そしてかれと期日を定めた。期日になると、人々は就寝し、夢みて歩いて村内を出、ゆくこと半日ばかりで、すぐに蜀中の山水でなくなり、その風景を見ると、燕趙の郊野にいるようであった。車に乗ってゆき、薄暮にはじめて来た。朱門が開け、緑陰は地を巡り、広い庭で鶴は舞い、猿は嘯いていた。老翁が客を招き入れ、接待は殷勤で、調度は華麗であった。翌日、また席を設けて宴し、扶けて音楽、席上の果品[93]は、すべて北方の産物であった。老翁はそれぞれ数個を取って送り、抱いて袖の中に置いた。また翌日、やはりもとの路を辿って帰り、住居にいたってはじめて目ざめ、一夢で三日を経たものと思っていたが。童僕に尋ねると、その日朝起きるのがやや遅いだけにすぎなかった。懐の果物は累累としてみなあり、境は幻でも物は真であったので、みな驚いた。しかしそれから神は結局ふたたび来なかった。李は晩年、医者として公卿の間に遊び、なかなか名声があった、人のためにそのことをたいへんくわしく語り、これはその大略であった。ある人は、土地の神は、絶対にこのようではない、狐魅がなりすましたのだろうと言ったが、理としてあるいはそうかもしれない。

日本国の人には、鰻を食らうことを好んでいるものが多い。好んでいるが、たいへん恐れてもおり、「これは霊力があり、祟れる。」といい、みずから殺そうとしない。およそ酒肆を開く者は、かならずおおく鰻を飼い、人の求めに供し、代わって刀を執っていた。かつて酔客三四人が、夜に飲み屋の門を叩いた。時にすでに三更で、店の人はみな眠っていた。客が門外から尋ねて言った。「鰻はあるか。」養われている鰻は水中で声を揃えて答えて言った。「いいえ。」主人はたいへん驚いた。夜明けになると、飼っていた鰻をすべて放ち、即日職を改めた。またある酒肆はよく鱉を調理し、その利を受けて年を経ていた。子女を産んだが脚はみな短く小さく、三寸に満たず、その形は鱉のようであったので、かの国の人はみな殺生の報いだといった。さらに豆腐を売る者がいたが、その女主人は一匹の狗を憎み、煮え湯を浴びせ、狗は体が糜爛し、三日叫んで死んだ。時に妻はすでに孕んでおり、期日になって一人の娘を産んだが、右額から右耳まで黒い毛が五六分の長さに生え、剃ってもまた生えた。今はすでに嫁いでいるが、毛はもと通りである。見た人は多かったが、狗の毛と異ならなかった。

葒村翁は、日本人だが、話者がかれの姓名を語るのを忘れたので、知ることができない。一人の奴隷がおり、性質は強暴であったが、かつて竹林で一つの雉の卵を得、拾って帰り、煮て食らった。夜分、奴隷の叫ぶ声が聞こえたので、翁はかれが毒に中たったかと思い、いって見れば、一匹の蛇がおり、長さは六七尺、胸と背の間に絡まっており、奴隷はつとめて解こうとしたが逃れられなかったので、刀で断った。夜明けにまた煮てその蛇を食らったが、後に結局ほかの事件はなかった。世の言い伝えでは、蛇は雉と交わり、蛟を産むという[94]。疑うらくはこの卵は雉が母、蛇が父であったので、蛇がきてその子を求めたのであろう。日本に老婆がおり、一匹の猫を飼い、たいへん愛していた。しかし猫はきわめて口いやしく、隣家の池で魚を飼っているのが、盗んで食らわれることは数えきれなかった。隣人は嫗が愛していたので、我慢して言わなかった。ある日、嫗が猫を連れて仏寺にゆくと、寺には武士が寄寓していた。客を招いて宴会しようとし、酒肴をすでに並べていたが、客が集まっていなかったので、座に着いていなかった。猫は宴席に登るとおおいに食らい、杯盤狼藉したので、武士はたいへん怒り、刀を抜いて殺した。嫗は猫が死んだことを聞くと、走ってきて猫を抱いて泣き、突然中風となり、足が萎えたので、寺僧が送りかえした。嫗はこの日から夜叫び、近づいて聞けば、なお人が語っているかのようであったが、遠ざかって聞けば、さながら猫が鳴いているかのようで、三日してやはり死んだ。

日本に野菜果物を売るものがおり、夏に梨が熟れると、朝起きて農園にいって取った。一匹の蛇が梨の樹に絡まり、追っても去らなかったので、大きな石を取って打つと、その頭に中たり、すぐ死んでしまった。家に帰ってゆくと、その長女が叫んで言った。「数匹の蛇がたいへんきびしくわたしを追っています。」しかしそのそばにはほんとうに一匹も蛇がいなかったので、殺したものが祟ったことを知った。そこで仏会の友を招き、囲んで仏号を誦え、女をその中に坐らせた。しばらくすると、蛇はほんとうに見えなくなった。人々がまさに散じようとし、次女もまた長女のように泣き叫び、囲んで誦えると、次女は言った。「蛇はすでに去りました。」三女もまたそうであったので、念仏することはじめのようにしたところ、蛇は来なくなり、ほかに異常はなかった。按ずるにいわゆる仏会は、中国に多くあり、男女数十人を集めて声を揃えて念仏させ、日が暮れるとやめるのだが、かの国にもこの風習があるとは思わなかった。

日本人には河豚を食らって死ぬ者が多い。俗に河豚毒に中たった者は、土の中に一昼夜埋めるとかならず生きかえるというが、験がなかった。漁師がおり、河豚を食らって死んだ。その家はきわめて貧しかったので、近所の人は銭を集めて粗末な棺を買って納め、担いで郊外の厝屋[95]に置いた。厝屋とは、小さな家を曠野に作り、人に貸して棺を停めるものであった。わが浙江の杭州城外に多くあり、攢基[96]というのが、この類であった。夜半、死者は突然蘇り、身はすでに棺の中にいたが、さいわい棺がたいへん薄かったため、つとめてその蓋を掲げて出た。聞くと戸の外に人の声が喧しく、窺えば、数人が地に蓆を敷いて賭博し、灯火を借りて家に帰ろうと思ったので、戸を開いて出た。博徒たちはそれを見て幽鬼と思い、たいへん驚き、四散して逃げた。遺された銀銭の類は、地に散乱し、拾う暇がなかったために、漁師はすべて抱えて帰った。

日本に寡婦がおり、たいへん貧しく、衣食を切り詰めて三十年近く、銀を四十余両蓄えていた。ある人がその銀を三十五両借り、他郷で商いした。まもなく寡婦が死んだが、寡婦にはもともと一人娘がおり、人に売られて下女となっていた。寡婦が死んだ夜、その娘が夢みると母がきて告げて言った。「わたしはすでに死に、銀は四十余両ある。某人が借りたものの外、まだ十余両が牀の下に残っているから、はやくいって取り、人手に落ちないようにおし。」娘は驚いて泣いて目ざめ、すぐ実家に帰り、ほんとうにで牀の下で金額どおり銀を得、銀を借りた人は数百里はなれたところにいたが、やはり夢みると寡婦がきて言った。「わたしはすでに死にましたが、借りた銀はかならず娘に返し、他人に与えないでください。」目ざめて尋ねると、寡婦がほんとうに死んだことを知り、負こうとせず、借りた銀をその娘に返した。

日本の西京にいわゆる平野巫[97]がおり、すべて婦人がなっていた。それぞれ一つの木の匣を持っており、四方一尺ばかり、開いて人に示したことはたえてなく、その中が何か分からなかったが、死者の魂を招け、生きている人と問答した。かつて農村のある娘が、隣家の若者と通じ、一子を産んだ。父母は恥じ、その子を養い、娘を西京の官員の家に売って下女にした。まもなく、娘が死ぬと、父母は西京にいってその葬儀をおこなった。調べると、箱に一着の服がなかったので、人が隠したと疑ったが、また女が死ぬ時、直接別れるのに間に合わなかったこともあり、たいへん気に掛けていた。そこで巫に会い、請うてその魂を招かせた。巫は香燭を焚き、神に祈り、匣によって眠ったかのようにしていた。しばらくすると娘の言葉となり、その父母に謝した。服の所在を尋ねて、言った。「これは家の某箱にあり、もとより持ってきていません。」さらに言った。「わたしのこの陰嚢は、治療する必要はなく、十三歳になれば自然に癒えましょう。」そもそもその子は陰嚢の大きさが瓠ほどであったが、後に十三歳になると、ほんとうに縮んで普通のようになり、衣もほんとうに某箱の中にあり、すべて巫の言った通りであった。

日本の某家の妻が、病んで死んだが、真夜中に突然がばっと起き、歩いて奥の間にむかった。人々はたいへん驚き、かれが蘇ったかと疑った。ある人は言った。「これは屍変[98]だ。」みなその後に従い、その異変を見た。妻は奥の間にゆき、一つの篋を抱いて倒れた。撫でると、かれの体は氷のようで、その口鼻を伺っても、まったく出入りしている気はなく、生きていなかった。その篋を開いても、まったく珍奇な物はなく、手紙一通があるだけであった。読むと、妻が生前かつて一人の男と私通しており、この手紙はまさに間男が送ったものであることが分かった。妻は死んでも一霊は滅びず、この手紙が篋の中にあればかならず人に見られると思い、みずから破ろうとしたが、力すでに及ばず、たまたまみずからその覆いを開いてしまったのである。哀れでもありおかしくもあった。

日本に小さな村があって長沢といい、溝渠の水がその中を貫いており、水はきわめて清く、深さは五六寸に過ぎなかった。村人某が夜に歩いていたところ、溝渠に人がいていって笑っていたが、燭で照らせば、かれの隣家の叟で、服を脱がないで浴しており、言った。「爽快、爽快、惜しいことには、水がたいへん冷たいから、湯を増すべきだ。」かれが幽鬼に遭っていることを知り、扶けて家に帰らせ、はじめて夢が醒めたようになった。そのわけを尋ねると、言った。「人がいてわたしを迎えて酒屋で飲ませ、飲みつくすとまたわたしを迎えて浴堂でゆあみさせ、たいへん心地よいと感じたが、やや水が冷たかったことだけが嫌だった。」

日本のあるところでは、松樹が林をなし、広袤として二里ばかりであった。風雨は吟嘯し、天に日を見ず、曠として住む人がいず、稲田菜園もなく、狐魅の集まるところとなっていた。かつて人がそこを過ぎると、一匹の狐が草叢から出、野の花を取って頭上に挿し、落葉を拾って衣に換え、着てゆけば、さながら一人の美しい娘であった。その人がついてゆき、見ると、この娘は市に入り、銭を出して物を買ったので、後ろから呼んで言った。「人ではなく、狐だから、惑わされるな。」にわかに誰かがかれの背を打ち、たいへん痛かった。娘はすぐに見えなくなった。商人はその銭を見たが、樹の葉に過ぎなかった。さらに農夫が市に入り、魚、肉などの食物を買い、竹筐に入れ、持って帰った。この松林を過ぎると、二人の男が齗齗[99]と争論しており、尋ねると、言った。「わたしたち二人は銀の証文を拾いましたが、分けられないので、争っているのです。」農夫は言った。「どうして銭に換えて分けない。」二人の男は言った。「わたしたちは市に入らず、どこで銭に易えられるのか知りません。この証文を持って市に入り、銭に換えて帰ってきてくだされば、三つにわけ、わたしたち二人とあなたでそれぞれその一を得ましょう。」農夫はたいへん喜び、筐を地に置くと、言った。「市に入って銭に換えますから、これを番していてください。この地には狐が多いですから、盗まれないようにしてください。」二人の男は言った。「承知しました。」農民は市に入り、証文を人に示せば、一枚の枯葉であった。たいへん驚き、すぐ走ってもとのところに帰ってゆくと、筐の物はすでに空しく、二人の男はともに見えなくなっていた。張皇(あたふた)として四顧したが、杳として人迹はなかった。

日本国の神仏の廟には、いずれも護符があり、紙で作られ、大きさは六七寸、小さなものは三四寸、上に某神某菩薩の名号が書いてある。国人はみなそれを帯び、不測に備えられるといい、「守護札」といっている。わが朝の同治六七年の間、かの国で大風があったが、空いっぱいに物が降り、雪が飛んで舞っているかのようで、地に落ちたのを見れば、すべて護符であった。さらに銅や石の仏像および金銀銅銭もその中に混じって降っていた。その銭はすべて花木の上にあり、人家の花盆の中でもしばしば見つかり、枝葉に貼りつき、揺らしても落ちなかった。一時、国を挙げて狂ったかのようになり、人家はすべて神壇を構え、神会[100]を結び、男は女の服を着、女は男服を着、鉦を鳴らし、太鼓を打ち、通りに走り出、叫んで「ええじゃないか。ええじゃないか。」と言った。老若は奔走し、街衢を満たし、城郭に溢れ、このようにしてしばらくするとはじめて収まった。民家の子弟には、あるいは五日あるいは十日、その家に帰らないものもあった。帰って尋ねれば、言った。「僧に招かれてゆき、某山から、某山を過ぎ、某山にいった。」いずれも高山峻嶺で、かれがいった某山は、かならずもともと神廟があるところであった。その旅程を計れば、一日に千余里ゆかねばならないが、そもそも空中を飛んでいったのであった。俗にこれは天狗の仕業だという。天狗は、かの国でおおく深山窮谷、古の神仏の霊場にいると伝えられている。その姿は人のようで、僧衣を着、羽扇を持ち、鼻は高さ七八寸で、背に翅がある。さらにいわゆる木葉天狗は、觜は鳥のようで、手足はみな四爪、背にも翅があり、中国で伝える雷神の姿のようであった。善を賞め、悪を罰するのが、かれの仕事であった。それならばこれは神だが、どうして天狗というか分からず、この時人に祟ったのも、どういうわけか分からなかった。かの国に『五行志』があれば、これらのことはかならず載せよう。

『史記·天官書』にいう。「海傍の蜃気は楼台に象(に)る。」と。日本国の越中州に魚津港があり、港にしばしばこの象が見えるが、つねに空は朦朧とし、突然見えるのであった。その色は淡墨のようで、横ざまに空中を渡り、はじめはただ一層だが、まもなくさらに一層が見え、時に二三層となり、城郭楼台が、はっきり眺められた。車馬も馳せ、その中には人物がすべてそなわり、瞬く間に変わり、千態万状であった。風がなければよく、風があるとすぐ消えるのであった。その地は二つの山に囲まれ、海気が凝り集まっているので、この象をなすのである。外洋ならば、それを見たものはいない。わたしは以前、翁君広平が海市を見たことを記したが、今回、日本人が蜃楼を語るのを聞いたので、また記した。惜しむらくは、翁君がくわしく記しているのに及ばないことである。

日本国筑前州の海には、つねに火があり、「不知火(しらぬい)」と俗称せられている。わたしはにこれは驚くに足りず、『海賦』[101]にいわゆる「陰火ひそかに然(も)ゆ」だと思う。またその国の敦賀港に、毎年の除夜、かならず神火があり、海面に浮かぶものは三つである。その光は流れ走り、にわかに輝いて収まらず、往来するさまはたいへん速く、丙夜になるともっとも盛んであったので、土人は龍灯といっていた。毎年すべてそうで、増えも減りもしなかった。これは驚くべきである。以上の日本の諸事は、すべてその国の人吉堂の記録に基づいている。吉堂は姓を東海氏といい、名は復といい、海外でわたしの著書を読んだことがあり、中国に来ると、わたしに『右台仙館筆記』の作があることを知り、この十数事を録し、わたしの門下の士王夢薇に頼んでわたしに転達させたので、やや潤色を加えて記録した。わたしの詩[102]にいう「旧聞都べて毫端にむかひて写(か)き、異事かねて海外より求む」は、ほんとうに嘘でない。

『夷堅志』[103]にいう。「平江の市人周翁は、瘧がやまなかったが、瘧には幽鬼がおり、よそに出れば避けられると人が説くのを聞いたことがあった。」と。これは宋代すでに躱瘧[104]の説があったのである。光緒庚辰[105]の初冬、わたしは右台山館におり、従者の余徳が瘧を病み、一日おきに一回発作があった。三回発作があった後、また瘧の起こる日となった。余徳は夜明けにすぐ起き、桃の葉を七枚取り、生え際におき、東に三たび揖し、すぐ走り出た。蘇堤[106]第一橋[107]を走り、浄慈寺[108]にゆき、雷峰塔[109]で遊んだ。生え際の桃の葉を取り出し、草を摘んで束ね、地に置き、祈って言った。「あなたたちがここにいるなら、わたしは去ろう。」祈りおわると、すぐ城内に入り、酒飯を買い、飲み食い酔い飽き、薄暮になって帰ると、瘧はほんとうに起こらず、結局避けられたのであった。しかし気血が壮んなものが、はじめてこの法を用いられ、さもなければ、増悪しないものはなかった。（『玉篇』に、「躱は、丁果切、身なり。」とあるが、どうして「躱」に「避ける」の意味があるのか分からない）。

わたしは四歳の時、徳清南埭の旧居から、臨平[110]の史家埭[111]に移り、戴氏の楼屋三間を借りて住んでいた。その東の廂房の床板の下の横木はその一本が断たれており、さらに小さな四角の紙に「救(たすけて)」の字を書いてさかさまに壁に貼ってあったが、誰がそうしたか分からず、由来も分からなかった。わたしの家はここにいることおよそ十二年、一件も怪異がなかった。ただ孫氏の子が来た時、その人は十齢を越えたばかりで、羸疾があった。室内に坐していると、一人の婦人が東廂からゆっくり奥の棟にゆき、藍布の衫、黒布の裙を着ていた。孫は尋ねた。「あれは誰ですか。」時に太夫人がかれとともに坐していたが、見えなかった。孫がつよく言ったので、太夫人はいって見たが、杳として何も見えなかったので、笑って言った。「おまえは目が翳んだだけだ。」孫は年を越してすぐ亡くなったが、衰える徴(きざし)だったのだろうか。

わたしの外家姚氏は、臨平の棗山港[112]にあり、広間は□楹[113]で、東西の廂房があった。太夫人はかつて夜分に西廂から東廂にいったが、一人の若い下女が燭を執って先導していた。見ると広間の欄杆に一人の婦人が倚りかかって月見しており、太夫人が誰かと尋ねても、答えず、近づくと見えなくなった。そこで燭を執って下女とともに捜したが、広間は空しくて一人も人がいなかった。その時に奥の間の門はすべて閉じ、やはりよそへ去られなかったので、もしや幽鬼かと疑った。わたしの妻姚夫人は、平生幽鬼を見ることがもっとも多かった。その仲姉は戴氏に嫁ぎ、戴氏は湖州におり、夫人はいって訪ねたが、時にわずか十余齢で、嫁いでいなかった。ある晩、見ると屏(ついたて)の後ろを一人の男が歩いており、衣の音は��縩とし[114]、はっきり聞こえた。その顔を見れば、その仲姉の兄公[115]で、歿して数年で、従容と楼に登って去った。夫人はみずから言った。「幽鬼を見たが、このように近かったものはない。」後にわたしの家は臨平乾河沿[116]の陳氏の家に仮住まいし、夫人この家でつねに見るものがあったが、わたしには言わなかった。同治壬戌年[117]になり、わたしの家は火輪船について北へゆき、天津にいって寇を避けた。夫人が見ると舟の中の高いところに幽鬼が無数におり、あるいは坐し、あるいは臥していたが、思うに幽鬼も海舶につき、北へいって賊寇を避けていたのであろう。わたしの『百哀』詩にいう。「海舶飄零して北征を賦し、労せず魑魅のすなはち迎ふるを。いかんぞ眼底あきらかに見る、人鬼居然としてこの行をともにするを。」とはそのことを記している。呉中に春在堂ができると、遷って入居し、わたしに語った。「この家は平穏でございます。わたしには見えるものがございません。」わたしはかつて門下の士馮夢香孝廉に語り、さらに言った。「妻は体がもともと弱いが、これはもしや衰える兆しか。」馮は言った。「そうではございません。幽鬼はもともと天地の間におり、人と並行して逆らいません。人の気質がいたって清く、眸が了然[118]としていれば、おのずと見るに十分でございます。前に見たのは、衰えていたからではなく、盛んであったから、後に見えなくなったのは、盛んだったからではなく、まさに衰えていたからでございます。」夢香の言葉はこのようであったが、あるいはこれも一理か。わたしは精神がつとに衰え、近頃はますます目が翳み、人の鬚眉を見てもあまり分からないから、幽鬼を見るに足りないのは当然である。

わたしの兄の子祖綏は、字を履卿といい、亡兄福寧君の末子であった。光緒丙子年[119]に郷試に合格し、先大夫が嘉慶丙子の郷試に合格してから、たまたま花甲が一周していたが、これも科名[120]の佳話であった。合格発表の一日前、正妻の姚夫人が呉下の春在堂で夢みたところ、先大夫が外から来たが、七品の冠服で、活きている時のようであった。正妻が迎えて尋ねると、言った。「わたしは聖恩に謝そうとしているので、おまえからひとまず朝珠[121]を借りるのだ。」その時、太夫人はなお堂におり、正妻は目ざめると、喜んで言った。「履卿は合格しました。」わたしの『百哀』篇に「阿買[122]の聡明もとより憐れむところ、秋風喜びて賦す『鹿鳴』篇[123]。先君夢に入り分明なること甚だしく、来りて借る牟尼[124]一串円し。」というのは、そのことを記している。先大夫は亡くなった時、七品の冠服で納棺されたが、朝珠がなかったので、今、珠を太夫人に借りたのであった。七品で朝珠を掛けていたのは、あるいはやはり樾(わたし)の翰林の封典[125]を用いていたのか。この時に先大夫は二品の封を受けていたのに[126]、もしやまだ翰林を重んじていたのか。

道光戊申[127]の年、わたしは時に休寧の汪村[128]で教師をしていた。この年の秋冬の間、近隣数十里以内では、毎晩鬼哭の声がし、聞かない人はいなかったが、わたしは結局聞こえなかった。平生、幽鬼に関して、その声を聞かず、その姿を見ることがない。ただ、咸豊庚申の年、兵を避けて上虞にいった時のこと、舅氏の姚平泉先生は上虞の校官で、捐館したばかり、その家族はなお役所におり、わたしをとどめて花庁[129]に泊まらせた。三更になった時、睡眼が朦朧としていたが、一人の娘が走りすぎた。夜深けてどうしてこうしたことがありえよう。これは幽鬼かもしれなかった。光緒己卯年[130]、正妻の姚夫人が亡くなり、わたしは思ってやまなかった。会うことを願ったが、結局杳然としていた。毎晩かならず夢みたが、これは『周礼』にいわゆる思夢[131]であり、本当にかれの魂魄が夢に入ってきたのではなかった。庚辰[132]の年、わたしはひとり右台仙館に宿り、夜寝られず、つとめてわたしのいわゆる枕上三字訣（『兪楼雑纂』[133]を見よ）をおこなっていた。目を閉じようとすると、かならず一匹の蚊が邪魔し、たいへん苦しかった。近頃は、飲食は減り、精神は衰え、夜の眠りが安らかであることだけで、なお持ちこたえている、今晩寝なければ、明日はきっとたいへん疲れようと思った。するとにわかに蚊がまた顔に集まってきた。わたしがどうしようもなくしていると、蚊は突然嚶然[134]と一鳴きし、人に打たれたかのようになり、それからは寂然とした。わたしは嘆息して言った。「夫人に霊魂があり、蚊を打ち殺してくれたのだ。」

わたしの家は咸豊戊午[135]、己未[136]の間に、呉下の石琢堂先生[137]の城南の老屋に仮住まいしていた。家に五柳園[138]があり、なかなか泉石の勝景を備えていた。園の西南の隅に小さな楼三間があり、ある人は狐がいると言っていたが、わたしたちがしばしばその上に往来しても、見えるものはなかった。時に一匹の小さな犬を飼っていたが、毛は長くて地を覆い、尾は短く、足は短く、姿は好もしく、性質も聡く、呼ぶのを聞けばすぐに来たので、姚夫人はたいへん可愛がっていた。ある晩、突然犬がいなくなり、大捜索したが見つからなかった。大門から逃れ出たかと疑い、門番が番を忘れたことを咎めたが、門番はかれが出るのを見ていないと言い張った。翌日の早朝、庭園の門が開くとすぐに、犬はすぐ躍り出たが、そもそも庭園にいたのであった。しかし夜はほんとうに庭園をあまねく探したのに、どうして見えなかったのか。狐に隠されたのだ、人がこの犬を愛しているのを知り、ちょっと戯れたのだろうと疑った。庚申[139]の乱で、わたしは家を挙げて出奔したが、一人が輿に乗るたびに、犬はかならず輿の前まで送っていったので、夫人はなお家を番するものに命じてよく面倒をみさせた。城が陥ると、犬は家の番人とともに死んだ。わたしは後に愚兄福寧君に語り、さらに言った。「これはいずれもその職に殉じたものです。」福寧君は笑って言った。「だとすれば恤典[140]があろう。」わたしは言った。「あります。わたしには『憶旧遊詞』があり、後半闋にこういいます。『金閶さらに頭を回らせば、只蔓草荒煙、碎瓦頹牆あるのみ。碧血いづこに埋むる。嘆く蒼頭黄耳の、都べて磷光と化するを。』これが最高の褒贈[141]です。」

仁和[142]臨平鎮[143]に永平庵[144]があった。道光某年、突然庵の地下で硿硿[145]と声がすると伝えられ、人々が一時に見にいったので、市廛は空しくなった。ある人はその中に宝物があると言い、ある人はこれは蛟が出ようとしているのだと言った。わたしは時に年がなお幼かったので、それを聞いて惴惴[146]としていた。一二か月後、見物にゆく人は日に日に少なくなり、人の噂もやや収まり、後に特段異常はなかった。しかし結局そのわけは明らかでなく、今までこのようであり、この時になってはじめて人に気づかれたのか、今までこのようでなく、この年になって突然音がしたのか分からなかった。掘ってその異変を究明しようと言うものがいたが、みな恐れ、掘ろうとしなかった。癸卯[147]、郷試の年になり、わたしは庵で読書し、僧に尋ね、僧は導いてこの室内にきた。部屋はそこで土の床で、磚石はなく、木版もなく、足で踏むと、その音は隆隆とし、太鼓を叩いているかのようであったので、その下はかならず空しいと疑った。戦災の後、この庵はすでに草が茂り、瓦礫の中で足音がひさしく絶え、もはやこの音を発することもできまい。

郎沛昌は、仁和の臨平鎮の人であった。家におり、突然無名氏の手紙を得たところ、こうあった。「臨平山の麓、景星観[148]の後ろには、石があり、蝦蟇の姿のようである。その下に埋蔵銀が無数にあるが、あなたが手ずから開かなければ、得られない。某日某時に、みずからその地にゆき、掘って取れ。」郎はでたらめと思い、信じなかった。翌日、また人がいて門を叩き、手紙を送ってきたが、言っていることは前と同じであった。その人を見ると知らず、どこでこの手紙を得たかと尋ねると、言った。「途中で一人の男に会い、わたしに頼んであなたに寄せさせたのです。どこから来たか分かりません。」匆匆と辞して去った。そこで知るものはみな郎に言った。「そうした異常があるなら、いってみて何の障りがあろう。」郎はその言葉に従い、期日になって鍤を担いで去り、その地にゆき、尋ねると、ほんとうに銀を得ることがたいへん多かった。郎は竹籠の類を持っておらず、入れるすべがなかったので、土で掩い、山麓の人家にいって一つの畚を借り、負って山に登った。数人に遇ったが薪を採る者のようで、それぞれ一籠を担いで下っていたが、やはりじっくり見る時間はなかった。掘ったところにゆくと、すでに空しくなっていた。そこで前の数人が負っていたのは、これだったのだと悟った。郎は掘って得られなかったが、郎の手を経なければ、ここを掘れなかった。数人はきっとそのわけを知っていたのである。二度手紙を致したのは、まさに数人がそうしたのである。しかし、それがどういう理由であるかは測りしれなかった。

杭州の貢院の裏に、鴨子五聖廟[149]があった。その傍らに一つの壊れた石臼があり、廟僧が薪の余燼をここに棄て、時折火種が中にあったので、人々の朝晩の求めに供していた。近くに住んでいるものはみなこれを便利とした。雨や雪の日も、火が絶えることはなかったが、それがどこからくるかは分からず、みな廟の僧が置いたと思っていた。毛翁というものがおり、その家は隔たること遠くなかったが、朝晩その地を通り、かならず近づいて喫煙することを日課としていた。ある日、突然臼がなくなったので、みな驚いた。廟僧は言った。「この臼はもともと怪しいものだった。わたしがその中に火を棄てるのは、時たまにすぎなかった。ある時は三五日に一度置き、ある時は七八日に一度置くのに、どうして終年絶えなかったのか。」そこでともにこの臼が宝物であることを疑ったが、追跡できなかった。毛翁の子は名を永孝、字は葆園といい、わたしに語った。葆園は幼い時、なおこの臼を見た。

同治元年[150]、わたしが天津にいた時のこと、突然農村で母がその子供を殺したことが喧伝せられた。その母は寡婦で、人と密通し、子供に気づかれることを恐れ、殺して口封じすることを謀ったということであった。その子はわずか十歳で、村塾で読書し、その謀りごとを仄聞した。午の刻、塾師は弟子たちを帰らせて食事させたが、この子は恐れて帰ろうとしなかった。師はかれの思いを悟らず、かれは幼くてひとりゆくのが、恐いのかもしれないと思い、みずから家に送っていった。その後、諸童は食事が終わるとみな集まったが、この子は来ず、師がその家にいって尋ねれば、すでに二人の姉とともに死んでいた。そこでたいへん驚いてわけを尋ねた。母は言葉がしどろもどろで、師が迫って調べれば、みな喉を扼されて死んでおり、形迹は明らかであったので、お上に知らせた。官は質して実情を知り、かれの淫悪を怒り、奸夫奸婦を枷に掛けて市で晒した。わたしはたまたま床屋を呼んで髪を梳いてもらった時、尋ねた。「このことはほんとうか。」「ほんとうでございます。」「おまえは見たのか。」「見ました。その妻は長身白皙でしたが、目は大きく、頬は高うございましたから、もとよりよくない女でございます。」翌日、同郷の孫君が県署から来たので、わたしはくわしくその顛末を尋ねた。孫は言った。「どうしてそんなことがあろうか。昨日、県令は公務で城外にゆき、今になっても帰っていない。県庁は寂として一事もないのに、どうしてそんなことがあろうか。」わたしはおもわず失笑した。東坡は言っている。「ことを目で見、耳で聞いていないのに、その有無を臆断するのは、よいことか。」[151]このことはわたしが目で見ていないが、たしかに耳で聞き、さらに聞いた人はみずから目で見たといっていたから、話ははっきりしていて、嘘でないはずだが、結局、子虚烏有であった。三人市虎をなすというが、天下のことはおおむねこのようである。

最終更新日:2011年10月11日

右台仙館筆記

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