右台仙館筆記/巻九

湖北沔陽[1]州庁の庫に蔵せられている陳友諒[2]の残甲は、上に銹びた鉄六片が綴られており、それぞれ長さ二寸、広さ一寸、厚さは一分に及ばなかった。言い伝えでは、見物人は撫で摩れず、逆らえば災があるということであった。杜筱舫[3]観察[4]が言った。「ああ。国を盗んだものなのだから[5]、ひさしければ火が消え、煙が消えたかのようになるはずだ[6]。朽ちた残りものなのに、逆らうことを許さないのは、もしや贅沢していたので、邪気も結ぼれて散じないのか[7]。」思うに古物は流伝してひさしくなると、神怪となれることがしばしばあり、その人物に関係しているとはかぎらない[8]。『隋書』開皇十一年、陳を平らげて得た古器がしばしば禍をなしたので、すべて毀つように命じた。顧亭林先生[9]はかれが放恣で学ばないことを謗っている[10]。わが門下の士馮夢香孝廉が言うには、かれの族人霽亭茂才[11]の家に、かれの遠祖尚書公[12]の乗った肩輿が二台蔵せられており、前明の遺物であったが、深さ広さはいずれも今の造りに倍していた。その広さは五六尺ばかり、その深さは、人が足を伸ばして臥せられ、竹で作られ、竹はすべて卍形をなしていた。言い伝えでは、触れるものがいると、かならず頭は痛み、身は熱するので、ながらく毀たれないということであった。粤賊の乱で、薪にしようとするものがいた。人が事情を告げると、賊ははじめは信じなかったが、にわかにほんとうに大病し、毀とうとしなかったので、今になってもなお残っているのであった。孔子は物が老いれば怪(あやかし)となるというが[13]、どうして真実でなかろうか。

夢香はさらに言った。かれの先徳観察公の妾丁氏は、はじめて家に入った時、たまたま大珠一粒を買ったので、珠円と名づけられ、たいへん可愛がられていたが、はやく亡くなった。死後数日して、観察が丙夜に寝られないでいると、突然、戸を開く音が聞こえた。穿窬(こそどろ)かと疑い、衣を着て起き、坐して窺えば、丁氏が冉冉と来たが、牀の縁に坐し、黙って一言も語らなかった。観察もたいへん悲しみ、何といってよいか分からなかった。このようにして向かいあうことたいへんひさしく、空が明けようとすると、丁氏は縮んで消え、煙の散じた後のようであった。起きて見れば、戸はもと通り閉ざされており、まったく開いていなかった。観察がみずから語るには、他人は幽鬼を見るが、自分のようにはっきりしている者はいないということであった。惜しむらくはかれに冥土の情況を尋ねたことがなかったことである。

帰安県南郷に長超山があり、茂林修竹があり、なかなか幽雅であった。山には護道庵があった。言い伝えでは、前明の凌忠介公[14]が合格する前に庵で読書し、たまたま月が明るい時に山麓を散歩していたところ、突然、老人が前で揖し、口はもじもじとして語ろうとしているようであった。公が尋ねると、言った。「わたしは古墓の中の人です。子孫は零落し、墓参する人がいなくなりましたので、やってきて公に一盂の麦飯をこうているのでございます。」公は信じず、笑って言った。「わたしは生まれつき静寂を好んでいるので、こちらに来て読書している。しかし四方に蛙の声が閣閣(げろげろ)とし、朝になってもやまないので、たいへん厭い苦しんでいる。蛙たちを抑えて鳴かないようにしてくれるなら、お礼しよう。」老人は言った。「承知しました。」そして見えなくなった。その夜、蛙はほんとうに声がしなくなったので、公は酒飯を供えて荒れた塚を祭った。それから庵の近くで、蛙はふたたび鳴かず、今にいたってもなおそうである。

杭州望江門[15]外の民汪甲は、陸氏の娘と婚約していたが、貧しくて娶れなかった。そこで十余人を集めて轎を担いで汪氏にゆかせ、娘を奪って出、轎に収め、担いで帰った。女ははじめ大声で泣いたが、しばらくすると寂然とし、家にゆけば、轎は空しくなっていた。たいへん驚き、帰って陸家に告げると、たまたま陸家も人々を集めて奪いにき、路で会い、大騒ぎして散じた。翌日、媒妁がみな集まり、汪は娘はまだ陸家にいると言い、陸は娘はすでに汪家に嫁いだと言い、紛争すること数日、お上に訴えようとした。突然、その娘が海神廟外に倒れ伏しているのを見た人がおり、陸に告げたので、いそいで担いで帰らせた。昏昏として痴(こけ)のようで、しばらくするとやや正気づき、みずから語った。「はじめ轎に入ったとき、怒って跳びはねました。すると突然、轎から地に堕ち、数人の青衣に抱えられて廟に入りました。廟の神は赤い髪が肩に垂れ、貌はたいへん醜悪で、両耳はいずれも聾でした。青衣はわたしを見せ、さらに手で合図しますと、神は頷き、とどめて仕事させました。食するものはすべて腥い物で、膏血は淋漓とし、わたしはひどく空腹でしたが食らえませんでした。仕事もたいへん苛酷でしたので、ひねもす泣きましたが、神は聞かず、苦役は相変わらずでした。すると突然、表から夫人が海昌から帰ったと伝えられました。人々はみな驚き、手振りで神に告げました。神も慌て恐れ、いそいでわたしに指示して出させました。そして数人がわたしを引いて門を出、地に置き、すぐ人に見つけられたのでございます。」しかし娘は家に帰った後、歌ったり、泣いたりし、常態を失ったので、父母も厭い、汪家に帰らせた。汪はかれとのあいだに二子一女を産み、やや人事[16]を弁えていたが、精神はやはりぼんやりしていた。

杭州紫陽山[17]の麓で、林家の妻が朝起きて水を汲んでいたところ、突然重くてあげられなくなった。見れば、井戸の中に一人の裸の子供がおり、身長は二尺ばかり、手ずから縄に縋り、上ろうとしていた。たいへん驚いて駆け戻り、家人に告げ、家人がいって見たところ、いなくなっていたが、妻は病を得、臥して起きられなくなった。つねに喃喃とうわごとを言い、こう言った。「わたしは金井神童だ。水浴びしていたのにどうしてわたしを覗きみた。」その後、妖異がはげしく起こり、室内の什物はかならず抛たれ、壊された。隣人の秦生は、かれの夫に言った。「書状を書いて関帝に訴えてあげますから、斎宿して香燭を備え、書状を呉山関帝廟に持っていってお焚きなさい。」その夫はつつしんで戒めの通りにした。翌日、妻は突然、牀から下り、跪いて言った。「関帝がわたしを誅しようとしていますから、はやく秦さまに頼んでわたしのために一言言ってくだされば、去りましょう。」その夫が秦に謀ると、秦は言った。「神童と称していたのですから、みだりに祟りをなせば、誅を受けるのが当然です。またなにを言いましょう。」その後、妻の病はほんとうに癒えたので、秦もまた文を作って謝した。

海寧の�z石鎮[18]は、西に紫薇山[19]があり、東に審山[20]があり、双山ともいう。審山の頂に、智標塔[21]があり、たいへん壮大である。咸豊戊午[22]の年、三月初六日の夜明け、住民がふと見ると審山に白雲が滃渤[23]とし、旭日が照ると、澄明で鏡のようになった。智標塔の傍らには無数の塔があり、大きさは等しくなく、たちまちさまざまなありさまとなった。金碧[24]烜赫[25]たるものがあり、榱桷[26]が剥落したものがあり、八角のものがあり、四角のものがあり、一つの塔が隠れれば一つの塔が見え、約半時ばかりすると、六十四の塔がすべて見えた。日が高くなり、雲が収まると、見えなくなった。父老は集まってそれを見、みなこれは塔見（「龍見(あら)はるること田にあり」のように読む[27]）だといい、塔朝（「春見[28]朝と曰ふ」のように読む[29]）だともいう、智標塔は高く山頂を占め、大きさは通常を越えており、塔の王なので、およそ数百里以内の塔は、一甲子[30]を隔てるとかならずきて朝するのだと言っているが、この説は怪誕で信じるに足りない。わたしの門下の士倪倬雲鍾祥の家は、紫薇山麓にあったが、その日ほんとうにみずから見、人に語った。「雲が日光を受けるのは、水が日光を受けるのと異ならず、塔影が雲の中に入るのは、塔影が水に入るようなもので、雲気は変幻して収まらないので、塔影もそれに従って異なっているのである。しかし形態が異なっていても、一つの塔だけが見え、二つの塔がならびに見えたことはないので、それが智標塔の影であることは、疑いない。

倪倬雲はさらに言った。「�z石鎮に古い銀杏が二株あり、大きさは十余囲、いずれも東晋の物と伝えられていた。一つはその家にあり、一つは蒋氏の庭園にあった。その家に住むものは、つねに白い光が夜に樹の下から出るのを見たが、かれの兄衷魯は、人が銀杏の下にほんとうに水銀が生じる、見た白光はきっとこれだと言うのを聞き、そこで穴を掘って一つの大きな石臼[31]を中に埋め、それが出るのを待ち、逐って落とし、大きな石で覆った[32]。夜明けに開いてみると、空しくて一物もなく、その後は見えなくなった。その家の蒋氏園は、なかなか霊験あらたかで、人が傍らで小便すると、かならず病んだ。蒋氏は小さな屋を築いて神を祭り、額は「樹神堂」といった。乱の後、官はその庭園に釐捐局[33]を設けた。李甲というものが局中で働いていたが、やはり白い光が樹の下から出るのを見、水銀だと悟り、穴(あな)を掘って大缸を埋めた。俗に、水銀は出たり入ったりできるが、人の形をしており、それを収める方法は、かならず刀で断つ、その頭を断てば、得るものは少なく、その股を断てば、得るものは多いと伝えられている。李はその晩、刀を握って待ち、白光が過ぎるのを見て、猛然と斬ると、ほんとうにそれが穴に入るのが見えたので、石で覆い、仲間を集めて巡邏させ、夜明けに開いて見れば、一匹の蚣(むかで)が蟠って缸に臥し、赤い色は熠熠[34]とし、長さは二尺あまりであった。人を見ると、一躍して所在を失ったので、人々はともに驚いた。翌日、李は大病し、樹神を犯したので、死ぬとみずから言った。仲間があれこれ祈って祓うと、一日過ぎて癒えた。

長洲の秦雲[35]は、字を膚雨といった。みずから語るには、二十歳の時、まさに盛夏であったが、親しくしている范夢庵の家にいった。主人は餛飩を作ってやったが、その一つを食らうとすぐに、突然眼が昏く、耳が鳴り、気づくと魂はすでに外に出、飄飄然として風を御してゆくかのようで、意のままにならなくなっていた。あるところへゆくと、二つの山が聳え、真ん中に一本の大路があり、長松老柏は、蒼翠[36]として好もしかった。その近くの山頂に一つの亭があったので、麓から登ると、亭に一つの碑が立っており、碑文は奇怪[37]で、判読できなかった。亭の後ろの径はたいへん折れ曲がっていた。径を辿ってゆき、径がつきると屋敷に着き、朱門が開いていた。入ると、その庭はたいへん広く、左には幽篁が数株植えられ[38]、風が来れば音をたてていた。右には大樹があり、緑蔭は庭に満ち、樹下には大きな石があり、二人の童子がその上に坐し、客を見てもどこからきたか尋ねなかった。その堂に登れば、空しくて一物もなかった。堂の後ろにはさらに庭があり、前よりやや小さかった。その右には門があり、門内の池は清澄で鑑みられた。傍らに小さな楼があり、池に面して建てられ、上に一額を懸け、「詩天」と署してあった。その場所を気に入り、しばらく逗留して、出てくると二人の童子はどこかにいってしまっていた。また亭にいってとおく眺めると、朱甍碧瓦が雲間に見え隠れしていたので、嘆いて言った。「このような境界は、人の世にあるものではないが。わたしはもしやすでに人の世を離れたのか。」そこで家の骨肉を思い、思わず叫んで大声で泣くと、突然夢から目ざめたかのようになり、榻に臥していた。范氏の人々は巡ってその前に立ち、喜んで言った。「生きかえった。生きかえった。」そもそも冥然として死んだようになることすでに一時ばかりであった。范氏は医者を呼んでやり診察させ、湯薬をつぎつぎに飲ませていたが、秦はもとより知らなかった。ここにいたってたいへん疲れを感じ、大病が癒えたばかりのようになり、三日後はじめて回復した。秦には『遊詩天記』があり、たいへん詳しく述べている。わたしはその概略を抜き出すことこのようであった。

光緒六年[39]二月某日、湖州府で蚕神廟[40]を祭った時のこと、ある楽工[41]が四鼓に廟にいって伺候していた。廟は東岳廟と隣り合い、その地はがらんとしていた。時に官はなお来ず、夜景は凄涼としていた。楽工が廟を出て散歩していると、東岳廟に灯火が輝き、人の声が騒がしかった。ひそかに窺うと、堂上に坐している者は面目があまり見わけられず、階下には二人の囚人が跪いていたが、一人は知らず、一人は城内で珠宝店を開いている某甲であった。するとにわかに獄卒が某甲を掴み、油鑊(あぶらなべ)に投じたので、たいへん驚いて走り出、振り返れば暗闇でなにも見えなかった。祭りおわり、帰って人に語ったが、人は信じなかった。三日足らずで楽工は死に、人ははじめて驚いた。珠宝店に尋ねれば、某甲はすでに病に臥しており、まもなくやはり死んだ。死んだ日、全身は糜爛して火の爛れたかのようであったので、楽工が見たことは嘘でなかったことを悟った。しかし某甲は普段大きな悪事をしていなかったので、その理由が分からなかった。事情を知るものがいった。前年、洞庭山[42]に某家の妻がおり、ひそかにばあやに頼んで珠玉宝石の類を湖郡[43]で売らせた。ばあやは郡城にいったが、よく知るものもなく、眼鏡店を開いている某乙とだけ旧交があった。乙はかれを甲のところへ引いてゆき、価値は洋銭一千あまりと決めた。ばあやはさきに端数を受けとり、残りは甲が証文を書いて渡した。ばあやは舟に帰り、太湖の港を出るとすぐに、風に遭って転覆し、同舟で死ぬ者は大半であったが、その地は城からわずか十八里であった。甲はそれを聞き、すぐいって見ると、ばあやの亡骸はすでに人に掬われて湖のほとりに来ていた。甲がかれの衣を開けば、証文があったので、取って帰った。このことは乙だけが知っているので、洋銭百文を乙に賂し、そのことを秘密にさせようとひそかに計り、乙は従った。山中の妻はばあやが死んだことを聞き、託した物は問い質しようがないと思い、縊れて死んだ。甲が冥罰に罹ったのは、もしやこれによっているか。ともに跪いていた囚人が乙であることは疑いなかった。ある人は、妻はばあやが死んだことを聞いて死んだのであって、甲と乙がその資産を横領したことによって死んだのではないから、甲乙は罪がなかったようだという。しかし甲は太湖で舟が転覆したことを聞くと、すぐばあやが死ぬことを願い、いってほんとうにそうであるのを見ると、その証文を探して取って帰ったのであり、その心がけはいかがなものか。妻は甲に殺されていないが、甲は妻を殺せる道を開いたのであり[44]、乙の罪はこれより軽くできるかもしれないが、甲は減刑しにくい。

光緒元年[45]二月、上海招商局[46]の輪船で福星というものが、黒水洋[47]で転覆した。江蘇海運委員で死んだ者は二十一人で、満洲の長小岩、大令[48]長懋もいっしょであった。かれの眷属は江蘇省城に住んでいたが、なおそのことを知らなかった。ある日の薄暮、かれの妻は大令が外から入り、たちまち見えなくなるのを見た。驚いて人に告げると、突然地に倒れて大令の口ぶりとなり、泣いて死んだありさまを述べ、ならびにその同郷の恒月坡、司馬恒坦を招いてき、後事を託した[49]。まもなく、凶報が来たが、ほんとうに言っていた通りで、月坡はそこでかれの葬式を調えてやった。三年後、さらに朱雲甫[50]観察のことがあったが、これと似ていた。朱雲甫は名は其昂といった。浙江候補道[51]、江蘇宝山県の人で、上海に僑居していた。その家は代々沙船[52]を生業とし、海道を諳んじつくし、上海に招商局があるのは、朱君から始まったのであった。火輪船[53]を買って南北洋に往来し、江浙の漕糧[54]はすぐその船に載せて届け、朱君はほんとうにそれを専管していた[55]。光緒四年、大沽の分局にとどまっていた時、たまたま疫病に罹り、旬日で亡くなったが、年は五十足らずであった。亡くなった翌日、輪船によって消息をその家に寄せた。船が来てすぐ、報せがなおとどいていない時に、その家の下女が突然地に倒れて朱君の言葉となり、家人に死んだ日を告げ、さらに言った。「本当はあと十二年生きられたが、医薬のために害せられた。今、某輪船について南に帰り、すでに着いている。」家を挙げて慌て驚いていると、輪船からすぐに報せが送られてきた。そもそも人が死んだばかりのときは、霊力はなお残っており、思いが専一であれば、遠くてもかならず達するのである。聖人はそれを知っていたので、死ぬとすぐに宗廟を設けて神の拠りどころとし、虞祭[56]の時は虞主[57]があり、練祭の時は練主[58]があるのは、いずれもその神霊が憑き、にわかに散じるにいたらないことを望んでいるのである。講学するものはかならず無鬼の説に拘り、魄は降り、魂は昇り、大虚[59]無物[60]に帰するとするが、そのため死者に背き生者を疎かにするものが多いのである[61]。

京師宣武門外に神獒がおり、出るのはかならず夜で、千百の犬が従っていった。人が遇えば、かならず咬み、言い伝えられて久しかった。杜筱舫観察の話だが、かれの親戚の儲惺甫[62]農部[63]が冬の夜に友人のところで飲み、酔って帰った。灯を持ってひとりゆき、菜市口を通った。その日、たまたま処刑があり、血が地に残っており、大きな犬が俯いて嘗め、まさに大路を塞いでいた。惺甫が怒鳴ると、犬は頭を挙げたが、両目は炬火のようで、尋常の犬と異なっており、にわかに空に上って去った。惺甫はたいへん驚き、帰るとすぐ病に臥し、助からなかった。見たのはもしや神獒か。

筱舫はさらに言った。惺甫が京師で官となっていた時、妾を買って一人の娘を産ませた。産むとすぐ尋ねた。「あなたの家はどんな職業ですか。」その声はたいへん小さく清らかで心地良かった。告げて言った。「京官[64]だ。」すると再び語らなくなった。一年後、牙牙[65]として言葉を学び、通常の子と同じであった。惺甫が亡くなると、妾はよそに嫁ぎ、娘を連れていったが、娘は時に四歳であった。ある晩、突然その母に語って言った。「明日大姉の夫が来ますから、従って南へ帰ります。」翌日、筱舫の弟の筱珊太守が来た。かれの妻は惺甫の兄の子であったので、この娘を思い、零落することを恐れ、訪ねてきたのであった。母は留められないことを悟り、筱珊についてともに南へゆかせた。時に杜氏の眷族は淮城[66]に寓居しており、かれが来たことを聞くと、婦女はすべて庭で迎えた。娘は一人その姉の裾を引き、その懐に投じて泣いた。娘はその姉とまったく会ったことがなかったので、家を挙げてみな驚いた。杜家に留まること五六年で、湖北に送り返した。儲はもともと湖北の人で、その正妻はなお生存しており、その後、杜家と音信は絶えた。かれの年を計えればすでに嫁いでいるはずだが、人に異なるところがあるかは知らない。

王孝子は、名は継穀、字は子詒といい、会稽の人であった。父は鄞県の教諭であった。光緒五年[67]、教諭の子が病むと、孝子は城隍神に祈り、身をもって代わることを願ったが、父は結局助からなかった。孝子はたいへん嘆き、言った。「神がわたしを鑑みなかったのは、わたしが身をもって先んじなかったからです。」母に仕えてますます謹んでいた。ある日、ひそかに兄に語って言った。「昨日夢みますと、母の禄が尽きようとしていると父が告げましたが、どうしましょうか。」翌年の三月、母はほんとうに病んだが、時にかれの家はなお鄞にあり、その兄の子献孝廉は父の遺骸を奉って会稽に帰葬し、孝子だけがとどまって母の病に侍していた。その後、兄が葬儀を営んでみな帰ろてくることをきくと、喜んで言った。「母を世話してもらえる。」四月五日に雨を冒して走り出、晩になっても帰らなかった。翌日、ある人がいうには、白い衣冠のものが月湖[68]の祝公祠[69]の外の水中に倒立しているということだったので、いってみると、はたして孝子で、いつ死んだか分からず、立ったまま倒れなかった。祠の前の衆楽亭に黄色の紙が一幅貼られており、「漱六道人帰真処」の七字が大書してあった。さらに小さな字でこうあった。「漱六道人は、会稽の諸生である。年は二十二で、父に従って鄞に来ていた。己卯[70]十月二日に父が亡くなり、百八十日を越えて月湖に入って亡くなった。時に年二十九。」そもそも孝子は兄弟の排行が六であったので、かつてみずから漱六道人と号していたということであった。その後、さらにかれの書案(ふづくえ)から二つの手紙が見つかった。一つはその兄の子献に致したもので、もう一つはその弟子虞に致したものであった。兄に致した手紙には、もともと数日待って直接わかれを告げようとしていたが、去るのには定まった時があり、願いどおりにできなかったとあり、弟にいたした手紙は、身後のことを処理してくれ、納棺する時は白布の道袍を用い、僧侶道士が法事をすることは必要ないというものであった。たちまちみなは嘆き悲しみ、かれがどうして死んだのか分からなかった。しばらくすると、屑籠の中からかれが神に祈った疏稿[71]が見つかったが、その大略にこうあった。「継穀(わたし)は昨年臘月の望日、夜に不吉な夢を見、翌朝すぐ誠意を尽くして上疏し、わたしの寿命を減らして母の寿命を増すことをこいました。しかし春に入ってから、母は体調不良で、日に日に重篤になりました。そこで思いだしたのですが、昨秋父が病みました時、身をもって代わることを願いましたが、志が堅くなかったため、精誠が達しないことをいたし、胸を打ち、血に泣き、悔い怨んでも間に合いませんでした。今母は病を抱えて日に日に危うく、兄は越[72]にいて帰らず、力は尽き、計は窮まり、涙は枯れ、腸は裂けております。空言で祈れば、神明を感動させるのは難しいでしょうから、股を切り、肝を割き、肢を損ない、体を傷つけることを免れません。汨羅の行いに倣い、曹江[73]の志を嗣ぎ、わたしの寿命を削り、母の晩年を延ばすにしくはありません。朝晩の世話に関しましては、なお兄たちがおり、祭祀を継ぎ、すでに子女を増やしているようでございます[74]。俗世の名利は、もとより本懐ではなく、身後の毀誉は、計るものではございません。湛湛とした月湖は、寸心も鑑みられ、神聴[75]は遠くなく、この愚衷を哀れまれませ。」そこで孝子がほんとうは母に代わって死んだこと、遺言でそれを言わなかったのは、母の心を悲しませることを恐れるだけであることを知った。かれの兄が故郷にいた時、夢みたところ、孝子が白馬に騎って長江を渡ってきたが、従う者はたいへん多く、前には金牌があり、「孝子悌弟」の字が大書されており、その後、訃音が来た。だとすれば「去るのに定まった時がある」といっていたのは、かならずわけがあろう。子献はわたしに手紙を寄せ、銘誄[76]を作り、その弟の奇孝を伝えることを請うた。わたしは呉下で養生しており、まだ応じていないが、先にその大略をここに書く。

天津から隔たること百里に、唐官屯[77]という地があり、やはり一つの村であった。光緒庚辰[78]の夏、その地の民家の娘が雷で死んだが、年はわずか十五六に過ぎなかった。しばらくすると、そのわけを知っているものが現れた。そもそもかれの家はたくさん鶏を飼っていたが、つねに誰かに盗まれていた。娘はたいへん恨めしく思い、日々後を辿ったが、見つからなかった。某甲夫婦がおり、年は四十余、一子を得たばかりで、いずれもたいへん喜んでいた。そして子が生まれた十二日に湯餅会をし、鶏を殺して妻に調理させ、みずからは外に出て酒肉の類を買うことにした。娘がかれの家の外にゆくと、鶏の羽があったので、疑わしく思い、入って見ると、妻はたまたま厠へいっていた。北方の風俗では、横臥する暖坑は、竈と繋がっている。女は鍋に熱気が炯炯としていたので、蓋を開いてみたところ、鶏があったので、怨んで言った。「これはきっと昨日わたしの家から盗んだのだ。」振りかえると坑の上で一人の嬰児が、呱呱として泣いていたので、すぐに子を抱えて鍋の中に置き、元通り掩って外に出た。妻は厠から帰ると、子がいなくなっており、鍋蓋にかすかに異常があるのに気づきたので、開けて見れば、子と鶏がともに煮えていた。たいへん悲しみ、水缸にさかさに入って死んだ。その夫は酒肉を持って外から来たが、子が鍋で死に、妻が缸で死んでいたので、わけが分からず、やはり縊れて死んだ。その家はほかに人がいなかったので、隣家が葬儀してやり、事件を追究するものはいなかった。女が雷で死ぬと、隣家の娘で、娘と親しかったものがこのことを知っており、はじめて人に語ったのであった。

同治九年三月、紹興府南門外で、空から一人の娘が墜ちてきたが、年は十七八で、容貌はなかなか美しかった。姓を尋ねると、言葉は通じず、手ぶりで紙と筆を求めた。すぐに与えると、みずからこう書いた。「蜀の人で、成都を隔たること三千里でございます。母に従って畑にゆきますと、突然狂風のために空中に吹き込まれ、たちまちここに来たのでございます。」路傍では見物人が垣根のようであった。一人は士人、一人は農民、一人は商人で、みなかれを妻にしようとした。里長がお上に知らせると、お上は命令してみずから相手を選ばせることにしたが、顔を赤らめて答えなかった。強制すると、士人を指したので、楽隊で送りかえして結婚させた。秀水の銭心庵は『鴬啼序』一闋を作ってそのことを記した。按ずるに、元の郝文忠の『陵川集』に、『天賜夫人』の言葉があり、やはり蜀の人で、まさにこれと似ている。また光緒五年十月初十日、京師の安定門外に八公爺墳という地があった。ある日の午後、天に突然旋風が起こった。その地で、十五歳の娘が道にいたが、風によって中空に攫ってゆかれ、一時して墜ちてきてすぐに死んだが、その顔は半分が焦げて黒い炭のようになっていた。どちらも風が娘を吹いたのだが、幸があり、不幸があったのは、昔人に茵溷[79]の喩えのあるゆえんである。

河南潁州[80]の人李麟生玉方[81]は、県令として江蘇で需次[82]していた。みずから言うには、幼い時に桐城のある親戚の家にいったが、その家はたまたま狐仙を招いていた。狐仙は姉妹二人で、一人の女巫が主人となっていた。巫が来ると、さきに坐するところを定め、前後二部屋に分けた。表の部屋には菓子を並べ、かならず精美であったが、奥の部屋はすこし蔬果を備えるだけで、そもそもその従者をもてなしていたのであった。甲夜[83]に仙が来たが、その言葉は聞こえてもその人は見えなかった。にわかに奥の部屋で飲食する音がはげしく起こると、表の人が責めて言った。「この家は礼儀正しく迎えているのに、何とぶざまなことか。」奥は寂然とした。そして、主人に尋ねるのは何ごとかと質問し、逐一返答し、その後、辞して去った。ある人が言った。「お姿を見られましょうか。」答えて言った。「よろしい。」かれが来た時、梯を中庭に置いたが、去る時になると、二人の娘が一段一段登り、檐に達すると消えたが、年は十六七ばかり、容貌は昳麗[84]であったが、体はたいへん小さく、常人と比べて三分の二に過ぎなかった。仙は灯燭の光を恐れ、香煙も避けた。惜しむらくは、麟生はまさに齠齔で、その詳細を話せなかったので、大略を記憶することこのようであるにすぎなかったことである。

蒋清翊[85]は、字を敬臣といい、蘇州の人であった、知県として浙江で需次していた。生まれつき翰墨に耽り、『王子安集』に注してなかなか詳しかったので、わたしは序を作ってやったことがある。わたしが異聞を収集していることを知ると、記憶している夢を数件示されたので、今録すること左のごとくである。その一つめは、同治壬戌年[86]安邑県にいて、夢みて花の下の湖山石に坐していた。一つの大きな池があり、池の北には、画閣[87]瓊窓[88]があり、すべて五色のガラスが嵌められ、中で娘の談笑する声がしていた。ここはどこかと尋ねると、一人の娘が言った。「ここはあなたが昔管理していた寒香洞ですが、もしや忘れられましたか。」夢の中でもみずからの旧遊の地だと思った。するとにわかに鼠が物に触れる音がし、目ざめた。もう一つは、丙寅[89]の年に輪船に乗って天津にゆき、真夜中に夢みてあるところへいったところ、図書が部屋に満ちていた。人がいて告げた。「ここは少海[90]で、上帝は唐の龍門の王勃[91]に命じてここで『金台仙録』を修めさせています。」するとにわかに王が出てきたので、夢の中で『王集』は多く散逸しているので、そのすべてをみたいと願った。王は抽架[92]の一帙を示したが、『太極宮飛霞閣銘』で、序文がたいへん長く、数万字ほどであった。読みおわると、王は送り出すように命じた。舟の中の人の言葉を聞いて目ざめれば、舟は煙台[93]の港に入っていた。もう一つは、戊辰[94]の年に蘇州におり、夢みると郷里の人が簫鼓[95]で神を祭っていた。どんな神かと尋ねると、言った。「秦の穆公です。」夢の中で祭文を作ってやり、目ざめてからその一聯を思い出して言った。「雄狐[96]晋を定め、霸迹[97]を兆すこと韓原[98]にあり、雌雉秦を興し、霊符を陳宝[99]に膺(う)く。」思うに『封禅書』では、陳宝を祭ったのは秦の文公で、典故の引用を誤ったことをたいへん悔いたが、後に『索隠』を読むと、『列異伝』を引き、秦穆公としていたので、夢の言葉はもとより誤っていなかった。

雲南府城外の商山[100]の西北隅に、邢妃墳[101]があり、碑志[102]は調べるものがないが、草叢の石獣はまだ残っていた。古老は妃とは円円[103]、呉梅村[104]が『円円曲』[105]を作ってやった者と伝えられていた。嘉慶年間、蘇州の鄭生が滇に旅し、春に商山で踏青し[106]、円円の墓を探したが見つからず、崩れた榛、荒れた葛の中で、突然帰路に迷った。にわかに落日が西に沈み、暮煙は樹に籠め、はるかに前途を望めば、人家があるようであったので、いって宿を借りようとした。ゆけば朱門が開け、玉が満ち、金が敷かれ、さながら王侯の邸宅であった。そこで門番に取り次ぎさせ、しばらくすると出てき、東廂に導き入れ、ために食事を設け、樽酒簋貮[107]もきわめて精潔であった。食事が終わると、老婆が出てきて尋ねた。「客人は呉音を操りていらっしゃいますが、郷貫はどちらでございましょう。」くわしく告げた。まもなく、嫗は燭を執って出、客を招きいれて堂に登らせた。娘がおり、容色は絶世、羽服霓衣、女冠装束のようで、階を下って迎え、言った。「わたしは邢氏で、地下に埋められ、百余年、時は移り、物は変わり、墳墓は平らになっています。」。思うにあなたはわたしの同郷で、短い詩十首がございますので、伝えてくださりますことを求めます。」そこで侍女に命じて詩を取って鄭に渡させた。その末章に言った。「鴛鴦化しつくす魚鱗瓦、覓め難し当年の竺落宮。」鄭が「竺落」の意味を尋ねると、言った。「竺落とは皇笳天[108]で、これは南方八天の一で、『道経』に載せられており、わたしが昔いた宮殿の名でございます。」翠玉[109]の笛一本を取って送り、ならびに一詩を吟じて言った。「嘆息す滄桑[110]変遷しやすく、西郊の風雨おのづから年年なり。君に感ず我を吊ふ商山の麓、冷落す平原旧墓田。」そして鄭を送り出すように命じた。時に東方はかすかに明るく、先ほどの邸宅はまったく見えず、四方だけはぼんやりとして塀があるようで、じっくり見れば、深い林が掩っているばかりであった。しかし袖の中に玉笛はもともとあり、その詩箋を見れば、長年の古紙で、触れると腐ろうとし、墨色も暗澹とし、まったく人の世の物でなかった。鄭は幽会は荒唐であるので、円円の遺した詩を刻し、それを箕筆[111]であるとした。東海[112]の劉古石傅会[113]は『商山鸞影伝奇』を作り、ますますその真実を失った。蘇州の人蒋敬臣[114]はわたしにこのようにいったので、その大略を記した。その詩にいたっては、世に多くあるもので、あまり巧みでもないので、録さない。「竺落皇笳天」は、道家の書によれば十八色界天[115]の一つであるという。

常州の一人の娘が、−話者はその姓を忘れた。−幼い時から父母によって妓船に売られていた。女はきわめて美しかったので、船の媼はたいへん可愛がっていた。やや生長すると、導いて淫行させようとしたが、従わなかったので、日々鞭うったが、結局、承知しなかった。しかし客がきて女を見れば、その色を慕い、あらそって利で誘い、女の意に叶うことを願ったので、枕席には進まなかったが、纏頭[116]を得ることは他の妓に倍し、媼はそのためやや寛容にし、女も貯蓄してひそかにみずから計画を立てていた。咸豊己未年[117]、媼は女を乗せて湖州[118]にゆき、商人で陸姓のものが温温然としてよく人の気持ちを察し、容貌も美しかった。娘は年が若く、世情に関して経験がなかったので、見てよい人だと思い、かれと結婚を訂した。陸が去ると、女は媼に告げて言った。「某日に陸さまが洋銭二百を持ってきてわたしを贖います。わたしはすぐお母さまにお別れして去ります。許されなければ、わたしは死に、お母さまに益はございません。」媼は心を変えられないことを知り、承諾した。娘は媼が変心するのを心配し、あまねく近くの舟にいって事情を告げ、さらに別れを告げた。期日になると、陸は来ず、招いてこさせ、約に違ったわけを尋ねた。陸は資金がないと言った。女はひそかに貯えた洋銭百五十を出して送り、翌日来ることを約した。陸は銭を得てすぐ賭場に赴き、たちまち使い果たした。他の妓女でそのことを知ったものがおり、娘に告げたが、娘はなお信じなかった。翌日、陸はやはり来ず、招かせれば、手ぶらで来、昨日贈ったものについて尋ねると、言った。「使い果たした。」女は泣き叫んだ。陸は隙をみて逃げ去り、女は薬を呷って死んだ。湖郡諸耆老はそれを聞き、みな女を憐れんで陸の不義を憎み、むりにその葬儀を営ませた。わたしの亡友徐誠庵[119]大令は『蘭陵娘伝』を作ってやった。

月桂は、直隷欒城の妓女であった。家が貧しく、父母がむりにそうさせていたもので、かれの意志ではなかった。燕趙[120]の妓女はおおく逆旅に奔走し、旅人に媚びていたが、桂だけはそうでなかった。蜀人の劉斗山明経が来たことがあったが、欣然と接待し、夜通し談じてあげ、文士のよう、山人のようであったので、斗山はたいへん驚いた。ある日、老尼が門に来、銭と米を施したが、ともに受けず、一目会うことを願った。入ると、時候の挨拶はせず、すぐに大笑いしたが、桂はかれにむかって痛哭してやまなかった。尼は言った。「あまり悲しまれますな。本来[121]を忘れなければ、某日わたしはあなたを某所で待ちましょう。」桂は唯唯としていた。期日になると尼の言った通りで、その場所にゆくと、ほんとうに一つの庵があった。桂は庵に入って仏および尼を拝し、その後、鋏を出してみずからの髪を断った。従っていた人が驚いて阻もうとしたが間に合わず、帰ることを勧めたが、承知しなかったので、帰ってかれの父母に告げた。翌日またゆけば、庵は闃然とし、桂と尼はともに杳としていた。

四川石泉県の劉氏の娘は、同県の羅家の息子と婚約していた。羅氏の息子は娘と同い年で、年が十五で病に罹って亡くなった。娘は駆けつけようとしたが、父母は許さなかったので、思いはつねに戚戚としていた。家人は娘が死ぬことを心配し、厳しく見守っていた。父母はひそかに他家の結納を受け、秘して知らせなかったが、娘はそれを仄聞すると、いつわって喜び笑ったので、父母は問題ないと思った。その翌年の三月十六日、羅氏の子が歿してから一年で、たまたま父母兄嫂がともに外出すると、娘はその妹を連れて隣の媼の家にいった。それより前、媼の息子は足を滑らして江に落ちて死に、かれの妻はそれを聞くとやはり江に投げて殉じていた。そもそもかれの家の裏は江に面していることを、娘は知っていたのであった。そして媼に語って言った。「さきほど手に怪我しましたが、おばあさんの裏の畑に薬草が多いと聞きましたので、いって探させてください。」妹は時に十二歳であったが、訝って言った。「ねえさんが手を傷つけられたのに、わたしはどうして気づかなかったのでしょう。」見せることを求めると、娘は手を袖の中に入れ、見せなかった。すぐ火を貰って香を焚き、持って出たので、媼がどうするのかと質すと、言った。「臭い匂いを避けるだけです。」妹は異常があることに気づき、かれに従って裏門を出ると、女は香を地に挿し、拝してさらに泣いた。妹が尋ねても、答えず、走って江のほとりにいったので、妹がその袖を執ると、娘はいそいで上着を脱いで抛って妹に渡し、言った。「よくお父さま、お母さまにお仕えしておくれ。わたしは去りましょう。」一躍して水に入った。かれの族祖[122]劉翁は江を隔てて望み見、この娘かと疑い、いそいで人に命じて助け出させたところ、顔は活きているようであったが、息はすでに絶えていた。その上下の衣服は裁縫してあってほどけず、あまり濡れてもいず、肩と背の一尺四方ほどが、やや水に漬かっていただけであった。蜀の風俗では、外で死んだものは、亡骸が部屋に入れないので、門の外で殯(かりもがり)することを謀った。その嫂は言った。「義妹は従容として節義のために死にましたので、死んでも活きているかのようです。どうか亡骸を入れてやってください。責めはわたしが受けましょう。」そこで亡骸を奉って堂に横たえた。縁者で来て弔うものは、みな賛美し、父母が婚約させた某氏の子も来、一目その顔を見ることを願った。ある人は言った。「いけません。」ある人は言った。「これはもとより旧姻[123]ですから、何の障りがありましょう。」時に娘はすでに小斂[124]せられていたが、某氏の子は女の傍らにゆくと、女は口と鼻から突然血を出してその顔に噴いた。某氏の子は驚いて倒れ、輿が帰り、一月を越えて結局死んだ。道光壬辰年[125]、有司は女の貞烈を朝廷に奏聞し、かれの家を表彰した。命が下る一晩前、その母が夢みると、女が来、言った。「女は上帝の命を奉り、湔江[126]の神となり、お父さまお母さまの左右にいることができません。」語ると拝し、拝すると、従者数十人が娘のために冠服を換えたが、色はすべて純白で、着ると去ろうとした。母は引きとめ、突然目ざめ、積もる想いが致したのだと思った。湔江で人が水に落ちると、しばしば神人に救われて免れたが、その神人のありさまは、若い女で白衣であったので、すぐ劉女だと知れた。その後、霊迹はたいへん著しかったので、県民は金を集めて廟を建て、「湔江水神廟」といい、信仰はなかなか盛んであった。乙未年[127]になり、そのおい劉斗山明経は、他のところからその郷里で火災があったことを聞き[128]、車馬に乗らず、徒歩で帰り、家に着かないうちにすでに日が暮れていた。ある橋に着くと、人が正面から来たが、肥えて短く、その身は真四角であった。通り過ぎると、世間にどうしてこのような人がいよう、もしや幽鬼かと思った。振り向くと、二つの磷火、大きさは杯ほどのものが見えたので、石を投げた。その人はまた来、かれと向かいあって立ったが、磷火は熒然[129]としていた。目を瞠って見れば、縮んで豆のようになり、やや瞬くとまた大きくなった、このようにしてしばらくすると、その人は長嘯して去った。斗山がしらずしらずについてゆくと、にわかに水の音が聞こえたので、悟って言った。「これはきっと溺鬼だ。」退いて立って進まず、昏くて見えるものはなく、数人が引くのに気づいた。危険に迫られていると、突然「娘娘が来た。」と叫ぶのが聞こえた。みな散じて去った。人がいてかれの背を撫で、言った。「おまえはどうして厄介ごとを起こすのか。かれは侮っていないのに、打ってどうする。さいわいおまえは後福[130]があるので、かれは勝手なことをしようとはしなかった。さもなければわたしが来ても間に合わなかった。おまえははやく帰り、お祖母さまを慰め、さらに家人にわたしの墓を移すなと告げろ。」斗山は豁然として夢が目ざめたかのようになり、かれのおばだったと悟った。帰って門に入れば、祖母は泣いており、尋ねると、言った。「夢みると、おまえのおばさんが来たので、悲しんでいるのだ。」女の墓は水に面しており、その傍らには他家の墓が多かった。葬った後、江水がその場所を侵蝕して小さな嶼(しま)とし、四方はすべて水が巡り、いっしょになろうとはしないもののようであった。家人は墓が水に陥ることを心配し、改葬を計っていたが、斗山の話を聞くとやめた。後に斗山の二子は幼かったが、隣村から帰る時、急に春の増水があり、水に陥った。娘が抱きかかえ、半里ばかりいって岸に上がり、語った。「わたしはおまえのおおおばだ。」斗山の母は嘆いて言った。「わたしのいもうとはすでに神となったのに、まだ実家をこのように忘れないのか。」斗山の母は、まさに以前に女の亡骸を堂に収めて殯(かりもがり)することを謀ったものであった。斗山は丁酉[131]の歳に抜貢生を得たが、神が言っていた後福とは、もしやこれをいうか。わたしは斗山と同歳[132]の誼があり、呉中でも知りあいであった、このことは斗山が徐誠庵に言い、誠庵が書に記したので、わたしが知れたのである。

四川茂州[133]の西南に馬廠山があり、その高さは数十里で、盛夏でも積雪は消えず、土人はしばしば山市[134]を見るといっていた。熊姓のものがおり、砂金採りを生業とし、この山に金脈が多いことを聞き、いって探した。山の深いところにゆくと、突然一つの集落が見つかったが、住民は数千世帯、鶏犬の声が聞こえ、家々は櫛比していた。熊は遊覧し、路の遠近を忘れ、しばらくしてたいへん飢えた。見ると一軒の家が南に向かっていたが、なかなか壮麗で、白髪翁が後ろ手で門外に立ち、熊を顧みて言った。「客人は遠くから来られましたか。」「はい。」さらに言った。「もしやお腹がお空きでしょうか。こちらは酒を買い、脯を買うところではございませんが、老いぼれが主人となり、玄米をお出ししましょう。お代はいりません。」熊は謝し、従って入ると、鶏黍を出したがつとに準備していたもののようであった。熊が満腹して別れを告げると、翁は尋ねた。「客人はなぜ来られましたか。」理由を告げると、翁は言った。「山中にはもとより金を産していますが、よその人はその場所を知らず、労するばかりで益はございません。客人はわたしの家に雇われたほうが、得る代金は豊かではございませんが、やや安逸でございます。」熊は従った。翁はみずから李姓だと言い、待遇は優渥であった。熊が仕事の余暇に、市井に遊ぶと、みな殷勤としてうちとけたので、楽しくて帰ることを忘れた。ある日、李翁は人に命じて庭を掃除させ、調度を一新させた。熊がわけを尋ねると、言った。「臘日に先祖を祭るのでございます。」熊は山中に来てから、経過した時間がどのくらいか知らなかったが、翁の話を聞き、歳暮に迫っていることを知り、悵然として帰ることを思った。翁が慰留すると、言った。「しばらく帰ってまた来るだけです。」翁は言った。「客人がどうしても帰ろうとなさいますなら、明日になさってください。」その夜、翁は物を出したが、重なった包みで、授けて言った。「ささやかな賃金をご用意しました。豊富にすることはできませんが、あなたの家では数年暖衣飽食できます。しかし秘密にせねばならず、牀頭の人にも漏らしてはなりません。」熊はつつしんで教えを受けたが、その変なことを言うと思った。真夜中、翁は熊がおきたことを知ると、言った。「月光に乗じてゆけます。」蒸餅[135]数個を熊の懐に収め、言った。「空腹の時はこれを食べれば、家に着けましょう。元宵の後にやはりこちらにいらっしゃい。約に違ってはなりません。」熊が出ると、門はすぐ閉じた。いって数歩振り返れば、家はまったくなく、ただ斜めの月が落ちようとし、樹林が深く黒いだけであった。たいへん驚き、幽鬼に会ったと思い、懐を探ると餅はもとよりあり、食らうとたいへん甘かったので、路の傍らですこし休んだ。夜明けに、翁がおくった物を出し、開いてみると、黄金二十余両ばかりであったので、驚いたり喜んだりした。また来る時に路に迷うことを心配し、竹の枝数十を折り、路に沿って折り曲げて挿し、標識にした。城内に入れば、城内の人はまさに竈を祭っていたので[136]、いそいで家に戻った。金を出して銅銭に易えると、隣人は金の由来を尋ねたが、告げなかった。隣人は疑い、蜚語をなし、熊が出ていって奪ったと言った。熊もまた隠せず、見たことをくわしく述べた。隣人は欣然としてともにゆくことをつよく求め、期日になるとさらに招いて十余人になり、ともに山に入り、以前挿した竹を探すと、あきらかにすべてあったが、もはや人迹はなかった。高みに登って眺望すると、犬数十頭が山から下ってき、近づけば、地に伏して大声で吠え、すべて虎と化し、数人が傷つき、よろよろとして帰った。

茂州は城の周囲はすべて山で、夷漢が雑居していた。城から十余里は塔山墩[137]で、山に沿って家を構え、奶奶廟[138]といった。一人の女神を奉っていたが、氏名は分からず、蛮人はみな厳粛に祭っていた。廟はつねに閉ざされており、祭祀の時になるとはじめて開いていた。士人に何某というものがおり、人のために荷物を担ぐ仕事をし、事を終えるたびにかならずさきに帰っていた。仲間が尋ねれば、言った。「あなたを塔山墩で待とう。」このようにして半年、仲間は疑い、かれの行き先をつけてみることにした。廟の傍らの土穀祠[139]にゆくと、一人の叟が出てきて何とともに語り、語りおわるとともに入った。見るものがついて入れば、叟はすでにいず、何一人だけが歩いていた。祠の裏にゆくと、門があって廟に通じており、門にゆくと、門は開いていたので、何は門に入った。見るものがさらにその後をつけると、門には番人がいたが、やはり禁じなかった。男女数十人は何を迎え入れ、着物履物を換えてやり、さながら貴人のようであった。眺めると、殿上の調度は華麗で、人の世にあるものではなかったので、それが鬼魅であると思い、大声で怒鳴ったところ、にわかに昏然と地に倒れた。朝になってはじめて目ざめれば、人と物はともに消え、何だけが地に臥してすでに死んでいるかのようにしていたが、肌膚はなお温かく、衣服は垢じみてぼろぼろで元通りであった。しばしば呼んでも答えず、あわててにわかに出ようとすると、戸締りはたいへん厳しかった。そこで塀の隙から呼ぶと、蛮人の廟を守るものはそれを聞き、かれがどうして入れたかと訝り、鍵を開けて出した。そのわけを質すと、中に死人がいることを知ったので、州牧の周公受田[140]に知らせ、すぐに車を仕立てて調べにゆき、ゆけば何は目ざめていた。尋ねると、みずから語るには、先年、土穀祠を通った時、一人の叟に会って招かれてともに語ったところ、姪を嫁がせようとしたので、すでに娶っているといって断った。叟は言った。「もとより知っているが、これには宿縁がある。妾にすれば、障りない。」そしてその家に婿入りした。娘は顔がたいへん美しく、家はたいへん富んでいたが、わたしは福が薄く、やや豊かで、衣食をたらわしているにすぎないといっていた。その後、つねにその家に泊まっていた。昨夜、たまたまおおく飲んで酔い、おそく起きただけで、廟内に倒れ臥していたことは知らなかった。周は妖(あやかし)だと思い、その廟を焼こうとしたが、蛮人は羅拝して[141]許しを乞うたので、やめにした。その後に蛮人たちは何を奶奶の婿と思い、みな尊敬した。何は荷物を担いで往来すると、やはり廟に宿ったが、見るものはその後何ごともなかった。何が言うには、その夜自分と娘はいずれも見るものがいたことを知らなかったということである。

董叟は、茂州の人で、符水[142]の術をよくしていた。老いて妻を失い、子がいず、一人の娘を連れて使われなくなった官署に仮住まいしていた。族子[143]某がおり、つねに外出していたので、かれの妻および四歳の子だけが叟に従って住んでいた。ある晩、妻は娘とともに話し、夜更けになると、子を連れて部屋に入り、娘も帰って寝た。朝になり、日が午(ひる)を過ぎても、妻の部屋は開かなかった。覗くと、その子と向かいあって坐しており、呼んでも答えなかったので、扉を破って入れば、妻と子はともに死んでいた。子は火傷の痕が一筋あり、足の指から陽道[144]の中に入り、妻にも火傷の痕があって陰に入っていた。その顔を見れば、歓然として戚容はなく、かれらの腹を撫でると、からっぽで、胃腸はすでに焼けているもののようであった。部屋にはもともと地炉[145]があったが、延焼して人に及ぶ理はなかったので、みなたいへん驚いた。叟はその部屋が不吉なので、よそに移った。すぐ潘家の子を婿とした。翌年の正月、婿は娘とともに年賀のために外出し、使われなくなった官署の入り口を通ったが、突然そこに入ろうとした。娘は止めたが、婿はすぐ頭が痛んで我慢できなくなった。娘はいそいでいっしょに帰り、父に言った。叟はかれが祟りに遭ったことを知り、勅勒[146]を施してやると、痛みはすこし収まった。その夜、叟が就寝すると、突然、娘が室内で救いを求める声が聞こえ、炬火を持って走ってゆけば、娘は背を鬼火に焼かれていた。その光は深い碧で、内外の衣はすべて焼け焦げ、膚に及ぼうとしており、水を注ぐとはじめて止んだ。娘はぼんやりして話せず、しばらくすると言うには、嫂がその子に命じてかれのその両手を持たせ、火を点けてその背を焼き、たいへん苦しかったが声を出せなかった、さいわい亡母が来て大声で救いを求めたので、はじめて免れられたということであった。娘がいう嫂とは、まさに族子の妻であった。叟がさらに符水で懲らすと、娘は安静になり、婿も恙なかった。前に第五巻で記した毛氏の下女[147]、第八巻で記した某家の妻は[148]、すべてこの類だろう。

茂州は、古の汶山郡[149]で、唐代に土番[150]に陥ったことがあり、人民は稀少であった。州治[151]から東へゆくこと六十里は、甘溝[152]で、西にゆくこと二十里は、打鼓石[153]であった。沿道に宿を設け、旅客の往来するのを迎えていたが、門番するもの、燗番するものは、すべて女であった。その女の貌が美しいものには、つねに奇病があり、土人は毒薬鬼と名づけていた。立春、立秋両節の間に、天癸[154]がくると病が起こり、起これば腹は鼓のように膨れ、皮膚はすべて腫れ、口と眼および十の指の爪からは黄の水が流れ出、夜になって煩懣[155]はさらにはげしくなるのであった。その人は身辺にひそかに小さな竹筒を蔵し、その父母やその夫にも知らせなかった。筒にはそれぞれ獣の毛を蓄え、犬、豚、牛、馬、驢馬、騾馬はすべて揃い、暗闇の中で一毛をつまむと、その毛が何の動物であるかによって、魂はすぐにその動物に化し、曠野に出てゆき、ゆく人を惑わし、しばしばその累を受けさせた。たまに胆力がある人に遇い、捕らえられ、打たれれば、悲しみ泣いて憐れみを乞うた。空が明けようとすると、さらにひどく慌て、かならずみずからの姓名住所を言い、人が殺せば、病人は死ぬのであった。病人が流した黄の水は、人がすこしでもそれに触れれば、すぐその毒に中たり、同じように病むが、病人はやや癒えるのであった。だからこの病人がいれば、その家で食らわないように戒め、やむをえず食事しにゆく場合は、赤銅の食器に置けば、毒に中たらないのであった。これは珍しいことであった。この病は粤の麻瘋[156]、粤の畜蠱[157]よりさらにひどいものであった。以上の蜀の事数則は、いずれも徐誠庵が記し、その子思賛[158]が録してわたしに示したが、そもそもすべて蜀人劉斗山に聞いたものである。

咸豊年間の法令では、親が亡くなった時に兵乱によって故郷にゆけなかったものは、すでに服喪期間を過ぎても、やはり解任して回籍させ、百日の喪に服するように命じている。そこでわたしの親家翁樊君玉農[159]は、河南府知府だったが湖北咸寧県に戻って服喪し、満洲人徳公実がきて府の事務を代理した。一ヶ月足らずで、妾が井戸に身を投げて死んだ。それより前、王公というものが徳公の父とともに江西で官となっていたが、ほんとうに異姓で兄弟の誼があった。その王の妻と徳公の母も、姉妹と称していた。後に王公は事情があって流罪となり、しもべが手綱をとって従った。ゆくに臨み、その女主人に叩頭し、言った。「やつがれは主人に従って去り、恋々とするものはございません。ただ一人の娘は蓮といい、愛しております。どうか奥さまがよく面倒をみられてください。」王の妻は言った。「主人に従ってゆくのだから、おまえの娘はわたしの娘だ。」そこで蓮を閨中に移し、娘として養い、さらに勉強を教えた。蓮は長じて美しくなり、徳はかれを見て慕った。徳はもともと王の妻をおばと呼んでいたが、おばに頼み、委禽[160]を願った。徳は風采が美しく、さらに詩を作れ、金石書画を好み、やはり翩翩たる佳公子であった。しかし性質は軽薄で、新しいものを得れば旧いものを棄て、はじめ妻を娶ってきわめて愛したが、後にまた広陵の妓女を娶って妾とし、妻と離れていた。王の妻はもとよりそれを知っていたので、言った。「すでに奥さまを娶ってらっしゃいますから、阿蓮を妾にしようとなさっているのでしょうか。」徳は言った。「そうではありません。以前娶った妻が家でじっとしていず、とっくに実家に帰ったことは、おばさまはご存知でしょう。蓮さんはわたしに嫁げば、すぐにわたしの妻になります。」王の妻は言った。「広陵の女は、口舌は恐ろしく、阿蓮はその敵ではございませせん。」徳は言った。「あの女はすでに死んで久しゅうございます。」王の妻が探らせると、その家にはほんとうに広陵の女はいなかったので、その願いを認めた。徳は礼に従って娶り、正妻のように見なした。広陵の女はほんとうは死んでいず、すでに満洲の装束に換えていたので、王氏の間者は気づかなかったのであった[161]。かれは性格が陰険で、およそ徳が寵愛するものは、かならず術によって隔てていた。徳が怒れば、あるものは僚友に送られ、あるものは家僕に配せられ、子女がいれば、追い出せないことが分かっているので、計を用いてその母子をどちらも殺し、このようにされたものは一人だけでなかった。蓮がはじめて来た時、広陵の婦はいつわって敬重し、対等にふるまおうとしなかった。しばらくすると、ひそかに離間の策を用いたが、徳はたいへん蓮を愛していたので、動かせなかった。広陵の婦はそこでますます卑下し、日々髪を梳いてやった。するとにわかに髪が臭くなり、にわかに体が臭くなり、他人にはもとより臭いはせず、徳だけに臭いがしたが、それが何の術なのか分からなかった。にわかにかれの室内までも臭くなったので、徳は二度と蓮の部屋に入らず、しばらくすると厭い、その弟に与えた。弟は兄弟の排行が八だったので、家人は八爺と呼んでいた。蓮は号泣して従わなかったが、徳は語った。「わたしはおまえと縁が尽きた。わたしの弟の八爺は、年が若くて娶っていないから、八爺に従うのはわたしに従うよりましではないか。」そして吉日を選び、結婚させようとした。その八爺も、たいへん喜び、期日にならないのにさきに蓮の部屋に入り、甘言で喜ばして言った。「心の中でどんなよい物をお望みですか。買ってあげましょう。」蓮が答えないでいると、つよく尋ねたので、大声で言った。「他のものは求めません。よい棺を一つ買ってくだされれば十分です。」八爺は竦然として外に出た。たまたま王の妻の子が来て河南府丞となり、王の妻はかれとともに来ようとしていたので、蓮は毎日王氏はすでに来たかと尋ねた。しかし王氏が来ないうちに期日が来たので、蓮は待ったが間に合わなかったことを悟った。ある日、一人の若い下女を連れて裏の畑に入った。畑にはもともと井戸があったので、蓮は走って井戸に赴き、下女に命じてよそにいって花を採らせた。下女がやや遠く離れると、すぐ身を奮って井戸に入り、下女は身を躍らせて救おうとしたが間に合わなかった。走って徳に告げ、人に命じて井から出させると、その下着はすべて厳密に裁縫せられ、その死ぬ意志がひさしく定まっていたことが分かった。蓮が死ぬと、王の妻が来、大声で河南府の堂で罵り、徳の幼名を呼んで言った。「阿巧、娘の命を償え。」徳は叩頭して罪を認め、さらに蓮の葬儀を盛んにしてやり、その弟八爺は妻の喪に服させた。時にわたしの長男の嫁樊氏はなおその母に従って河南府庁にいたので、たいへん詳しく知っていた。蓮は貧家の娘でありながら、大義に通暁し、従容と殉節し、美食する子弟よりも勝っていた。これは嘉するべきであった。惜しいことに、かれの姓は分からなかったが、長男の嫁は言った。「当時聞きましたところ、署内の人は王姑娘と称していましたが、かれが王の妻の家から来たからそういっていたのであって、ほんとうはその姓ではございません。」

衢州[162]の人傅翁は、子がいず、他人の子を買って子とし、すでに妻を娶ってやった。しばらくすると、その子は生みの父母が某所にいることを知り、逃げ帰って訪ねた。その父母は子を売った後に貯蓄して家を興し、なかなか衣食が豊かになっていたので、子を見つけるとたいへん喜び、語った。「おまえがお腹にいた時、某家と指腹婚したから、今その娘が成長していれば、娶ってやろう。」子が傅氏ですでに妻を娶っていることを告げると、父母は言った。「それは傅氏の妻で、わたしとは関係ない[163]。」結局娶った。某家の娘が美しかったので、子はたいへん愛し、傅家と絶縁しようとした。傅家は子がいなくなった後、かれの妻が日夜悲しんで泣いていたので、傅翁は後を追った。その子を見つけると、連れて帰り、穏やかに語った。「天性の恩[164]は、もとより断てないが、わたしは幼い時からおまえを養育し、成人させたし、妻もいるのだから、どうして絶縁できよう。今後は両家に往来し、両家にそれぞれ妻がおり、将来はそれぞれの孫を孫とすればよい。」子は唯唯としていた。しかし傅氏の娶った妻は、後に娶ったものの美しさには及ばなかったので、傅家にいても、思いは索漠としていた。その妻は仕えることはじめのようで、かれがほかに娶ったことを怨みとしていなかったが、子はますます厭わしく思った。ある日、傅翁夫婦がまさに閑坐していると、子の部屋できわめて異常な声が聞こえた。走って見れば、子は縄で妻の喉を縛っており、妻は息絶えようとしていたが、子はなおつよく縄の両端を持って放さなかった。たいへん驚き、いそいでその子を怒鳴って出し、あれこれ妻を救うと、妻は蘇った。ありさまを尋ねると、妻はただ涙を落とすばかりであった。若い下女が傍らにおり、述べるには、子が縄を引いて妻に向かい、妻は頚を伸ばして受け、すこしも拒まず、下女が出て人に告げようとすると、妻はなお手を振って止めたということであった。舅姑が何のつもりかと尋ねると、妻は嘆いて言った。「夫に愛されませんので、生きていても面白くありません。夫の手で死ぬほうがようございます。」舅姑はますます憐れんだ。しかし、それからその子は結局傅氏に来なくなった。舅姑はやむをえなかったので、妻を実家に返し、よそに嫁ぐことを勧めた。数年後、舅がたまたま通りかかると、妻はなお出てきて拝礼し、舅が勧めても、節操を守ることはじめのようで、これも悲しいことであった。

杭州の人に妻を娶ったものがいたが、合卺の夜、妻はかれと衾をともにせず、防御はたいへん厳しく、このようにすること一月で、婿は結局近づけなかった。婿はたいへん残念に思い、妻が帰寧するのを待ち、その衾を出して親しい者とそれを見たが、麻糸でしっかり縫われ、一身が入るだけ、臥すたびに足で人を蹴り、蛇の溝に赴くもののようであったので、人々はみな驚いた。外舅姑[165]はそのことを知ると、いずれもその娘を宥めたが、結局聞かなかった。そこでその婿に言った。「きっとあなたたちが結婚した日は、たまたま孤辰寡宿[166]に中たっていたので、このようなのでしょう。あなたのために別の家を掃除し、吉日を選び、再び花燭の礼を行うことにしましょう。」婿は唯唯とするばかりであった。歳暮が迫り、人事は紛紜とし、やはり暇がなかった。婿は年越ししようとしていたので、きてその妻を迎えたが、その妻は泣いて去ろうとせず、父母が叱ったので、夫の家に帰った。この夜、婿が部屋に入ると、妻は灯火の後ろに避け、ともに語らなかった。婿がやむをえず先に枕に就くと、妻は坐して朝を待ち、宵の寒さが骨に徹しても、顧みなかった。それからは婿もその妻を憎み、しばしば反目しあった。ある日、小さなことで怒り争うと、婿は夜通し痛哭し、妻が嫁いできた後の情況をくわしく書き、大門に貼り、去り、行方が知れなくなった。隣家がきそって集まり、かれの手紙を読むと、空門に入っていなければ、自殺を図っていようと言い、かれの生死は知れなかった。これはほんとうにいわゆる怨耦[167]というものか。

わたしはかつて江西玉山県に館したが、その書斎の前は帳房で、帳房は二堂の左にあった。官が堂上に坐して囚人を取り調べ、はっきり聞こえ、鞭うつ音は耳に絶えなかった。毎晩静、なお時に肉鼓吹[168]を聞いた。ある日、友人たちと帳房に坐して閑談していると、堂上で一人の囚人が鞭うたれており、癐癐[169]と痛みに叫ぶ声がしており（癐癐は、音は威、二字は『輟耕録』に見える）、娘であった。友人たちは走っていって見、わたしを引いてともに去らせようとしたが、わたしは危坐[170]して立たなかったので、みな笑って言った。「こんなことがあるか。きみは堅物だな。」するとにわかに友人たちが帰ってきたので、わたしが何を見たのかと尋ねると、言った。「頬を打っているだけだった。」わたしは何の罪で罰を受けたかと尋ねると、言った。「妻が僧と姦通し、毒を食事の中に入れ、その夫を殺すことを謀ったのだ。夫は毒に中たり、腹は痛んで裂けようとし、叫び声は四隣に徹したので、隣人が集まってき、糞汁を注いで吐かせ、さいわい死ななかった。そこでともにお上に知らせ、お上は妻と僧を捕らえ、尋ねて実情を知った。みるとその夫は気息奄奄としていて、医者を呼んで診させると、医者は言った。『毒はまだ尽きていません。』さらに薬を飲ました。夫が地に蹲ってはげしく吐くと、はじめは黒く、ついで紫となり、最後に紅い色となった。医者は言った。『毒は尽きました。しかし臓腑は損傷を受けることが浅くないので、ひとまずわたしの薬を飲んでその臓腑を養い、余毒を瀉ぎ、三日死ななければ、助かりましょう。』お上はこの妻がこのように淫毒なので、その頬を二百打ち、夫が死ねば、法律通り断ずるのだ。」話していると、一人の友人で袁姓のものが言った。「国家の法律では、婦人が奸罪を犯せば、衣を脱がして杖を受けさせる。この妻はこのように淫毒なのに、律に従って杖うたず、その頬を打つだけなら、寛容に失するのではないか。」わたしは言った。「それは違う。昔から婦人で衣を脱がされて臀を杖うたれたものはいない。史策の記載では、北斉の武成は文宣后李氏を裸にして鞭うったが、これは淫乱な君主のしたことで、どうして法となせようか。婦女が杖を受ける法律としては、『元史·刑法志』よりくわしいものはない。その文にいう。「和姦したものは、杖七十七で、婦女は衣を脱がして刑を受ける。」さらにいう。「妓女たちが闘って良人を傷つけ、辜限[171]を過ぎて死んだ場合は、杖七十七で、単衣で刑を受ける。」さらにいう。「妻で虐待によってその妾を殴り殺した者は、杖百七で、衣を脱がして刑を受ける。」衣を脱がして刑を受けることは、もとより前代にあったのである。しかしここにいう杖うちは、脊を杖うつのであって、臀を杖うつのではない。『金史·海陵本紀』では、「左丞相昂[172]が衣を脱がしてその弟の妻を杖うったので」、かれを杖うっている[173]。調べると昂の伝に、「昂は族弟の妻に怒り、衣を脱がしてその脊を杖うった」という[174]。これは衣を脱がして杖うったのであって、臀を杖うったのでないことが知れる。明初の規則では、鞭うちと杖うちはいずれも臀で受け、杖は臀と腿で受け、脊を杖うつ条文はないので、婦人で杖を受けるものは、やはり臀と腿で受けたのである。また前代の衣を脱がして単衣にする例を踏襲し、婦女の衣を脱がしてその臀を鞭うつことがあったのである。」。これは明一代の弊政で、ほんとうに婦女を教坊[175]に送るのと同じ酷刑である。本朝の律例は前明の旧に従い、姦通した婦女は衣を脱がして杖を受けさせていたが、官吏はおおく朝廷の徳意[176]を仰体し[177]、寛大であることに務め、婦女の杖罪に関しては執行しないことが多かった。今後君子が建白し、婦女の鞭うち杖うちの律を刪除すれば、これもすばらしいことかもしれない。」その時、呉君というものがおり、法律家で、経験が豊富であったが、嘆いて言った。「あなたの仰ることは正しい。往年、乾隆年間、江西に間男がおり、偽って娘となり、関係をつけて人の閨闥に入り、ほしいままに姦通をおこなった。後に事が明らかになると、台司[178]はかれと姦通した婦女を捕らえ、すべて和姦の罪を科し、所在地の地方官の名で捕らえ、律に従って杖うつように命じた[179]。するとたちまち、女たちが役所にゆき、みな衣を脱がされて杖うたれることが宣伝せられた。無頼の子弟は日々県庁の入り口に集まって覗いた。女たちはそれを聞き、捕り手がこようとしていることを知ると、しばしば自経して死に、杖うたれた後恥ずかしさに勝えずに死ぬ者もあった。あなたの言葉に従えば、幸福をもたらすこと無量である。」この論を、わたしは抱いてすでにひさしく、『達斎叢説』[180]に漢唐が笞法[181]を改めた説があり、『広楊園近鑑』[182]には某県令のことを載せ、いずれもすこしこの趣意に言及している。今、筆記を撰し、たまたま旧時を思ったので、またこのようにくわしく述べた。

光緒六年[183]五月、湖北漢口鎮[184]の人が江中を流れ下る木の板を見た。その板はおよそ数枚であり、太い縄で束ねてあった。上に一人の娘が臥し、容貌はなかなか美しく、四肢はすべて鉄の環で貫かれ、版に釘づけられ、動けなかった。傍らには銅銭三千文が置かれ、さらに磁器の壜が一つあり、中は餅餌で満たされ、その右手の傍らにあった。胯(また)の下には一つの男の首があり、見ると僧で、すでにひどく腐敗していた。版に木を挿して標識にし、その表面にこう書いてあった。「この娘は金口の人で、年は十九である。僧は四十二歳である。女が死んでいれば、仁人君子がこの銭を取り、棺を買って収め、死んでいなければ、餅餌でその命を数日延ばせる。見たものは救う必要はなく、救って収容するものは、男は盗人、女は娼妓となろう。」そこで見たものはみな救わず、かれが漂流して去るに任せた。金口[185]は漢口から六十里で、かれが誰の娘であるかは分からなかった。ある人は翌日流れて葛店[186]という地にゆき、人に救われたというが、やはりその詳細は分からなかった。

鎮海県の農村で、兄弟四人が海に出て魚を捕らえ、昆亭[187]に帰っていった。港に入ろうとすると、たまたま港を出る船が貨物を満載してきた。見ると漁船が近づこうとしていたので、ぶつかることを恐れ、大声で呼んだ。兄弟四人は頑固に譲ろうとせず、わざとぶつかり、かれの舟は結局覆った。一人の男が水中から両手で舷に縋って救いを求めた。漁船の雇われ人が主に命乞いすると、四人はみな言った。「もしかれを掬い上げれば、かならずわたしが触れてその舟を沈めたといい、帰って口舌を盛んにするから、殺したほうがよい。」刀を引いてその片手を断ったが、その人はなおも片手で舷に縋って放さなかったので、どちらも断つと、はじめて流れに従って去った。この年の夏六月、大雷雨となり、兄弟四人はともに家にいたが、雷に取って中庭にいって撃ち殺された。その雇われ人も雷に撃たれたが、口はなお話せ、詳しく以前のことを語って死んだ。

秀水北郷の楊舎村に、沈氏の兄弟二人がおり、いずれも農夫であった。長男は子を二人産み、次男は子を一人産んだ。次男の妻楊は凶暴貪欲で、日々その夫に騒いで分家を求め、すでに承諾されていた。しかし楊はさらに、長男の夫妻父子がみな死ねば、長男の田も次男に属する、利はどちらが大きいだろうとひそかに考えていた。たまたま農繁期にあたり、楊はその母を招いてきて自分を助けさせ、母と謀り、飯に毒を入れて長男を殺そうとした。時に五月二十三日であった。その夜、雷雨がはげしく起こり、電光はまっすぐ楊の居室を射た。楊の子はわずか四歳であったが、叫んで言った。「雷が来ました。」そもそも見えたものがあったのだが、楊は憚ることを知らなかった。翌日、さきに昨日のこした飯を母と夫に供して、母に命じてさらに米を研いで飯を煮させ、飯が炊けると毒を入れようとした。雷はまたはげしく起こり、母は恐れて娘を止めた。楊は聞かず、みずから部屋に入って貯えてあった砒霜を取ったが、出ないうちに霹靂一声、楊は部屋で死んだ。母も地に倒れ、扶け起こし、ながいことしてはじめて話せるようになり、楊の陰謀を述べることこのようであった。次男は棺を買って楊を納め、桑畑に担いでいったが、この夜、雷はやはり音が絶えなかった。夜が明けていって見れば、棺は破れ、亡骸が見えていた。これと鎮海の魚を捕らえるもののこと[188]はいずれも光緒庚辰年[189]にあった。按ずるに『論衡·雷虚篇』[190]は、つとめて世俗が雷を天の怒りであるとする説を攻め、「雷は太陽の激気[191]である。」「太陽が力を持ち、陰気がそれに乗じれば、纏いつき、纏いつけば噴射する。噴射は激しく、人に中たればかならず死に、木に中たれば木は折れ、家に中たれば家は壊れる。」といっている。その理は精密である。近世の泰西人の説では、雷は天空の電気である、電気の作用はいたって広く、収めて用いれば、灯火に代われ、言語を通じ、器物を作るが、人が触れれば、その禍もいたって激しい、この気はもっとも五金[192]の物を忌むので、船の桅(ほばしら)、家の柱はみな鉄で包むのを忌み、電気が落ちるのを招くことを恐れるという。その説はもっとも確かであった。しかしこのようであるからといって、神物が憑いていないということがどうしてできよう。思うに雷はもともとは気で、この気があれば、鬼神はすぐに気を借りてその誅殺の法を行うであろう。まさに水火風はいずれも天地の間にもともと存在するもので、仏説には火災、水災、風災があれば、鬼神はすぐこれを借りてその禍をなすのである。武乙が天神を辱め、にわかに雷撃せられて死んだことは、史策にはっきり載せられている。かならず王仲任[193]が説く通りならば、漢代に雷公[194]が描かれ、左手で連鼓[195]を引き、右手に椎を推しているのは、もとより荒誕に失している。しかし、主っている神がいないというなら、人の雷に遭って死ぬのは偶然にすぎないことになる。天変は恐れるに足らないという説は、君子は取らない。

最終更新日:2011年8月31日

右台仙館筆記

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