右台仙館筆記/巻八

年月日時の干支がすべて同じなのは、六十年の中で、甲戌年に甲戌月甲戌日甲戌時があり、乙酉年に乙酉月乙酉日乙酉時があり、丙申年に丙申月丙申日丙申時があり、丁未年に丁未月丁未日丁未時があり、戊午年に戊午月戊午日戊午時があり、己巳年に己巳月己巳日己巳時があり、庚辰年に庚辰月庚辰日庚辰時があり、辛卯年に辛卯月辛卯日辛卯時があり、壬寅年に壬寅月壬寅日壬寅時があり、癸亥年に癸亥月癸亥日癸亥時があるだけである。しかし甲戌の年にかならず甲戌の月があり、甲戌の日にかならず甲戌の時があるが、甲戌の月はかならず甲戌の日があるとはかぎらず、そのほかはすべてそうである。だからこれに遇うのは難しいのである。光緒六年三月十三日は辰の日で[1]、庚辰年庚辰月庚辰日庚辰時であった。杭州に楊翁というものがおり、叢辰の学[2]にくわしかったが、死後、葬儀を営む時、ある術者がこの年この月この日この時を選んだが、四庚辰を用いてやったのであった。他の術者は用いることはできないと思い、改めて初六日の癸酉を用いることを謀った。その家では翁がもともとこの術に詳しかったので、かれの霊前で籤を引いて決したところ、結局、四庚辰を引いたので、それを用いて葬った。友人丁松生が紼を執り[3]、帰りに兪楼を訪ね、わたしに話してくれたので、記録した。

南斗は生を定め、北斗は死を定めるという説は、古からある[4]。冥冥の中にもとより簿書の記載があるのである。世間では水火刀兵の諸難に遇うたびに、かならず人が冥土の冊籍を繕写するのを夢みるが、やはり理としてあることであろう。咸豊初年、粤寇の萌芽した時、海塩の人に査某というものがおり、夢みてあるところへゆくと、文書が山のように積まれ、数十人が繕写していたが、なお間に合わないようであった。楹(はしら)に一聯が掛けてあり、こうあった。「弱柳瓊簫仙奪ふことあり」、「落花銅鼓仏霊なし」。その趣意は解せないが、その言葉はなかなか誦えるに堪える。

黄岡県易家の娘が男に化したことを、わたしはすでに第一巻に載せた[5]。ばあやで宋姓のものが言った。河南蘭儀県[6]の農村の某家の娘は、すでに婚約していた。某翁には子がいず、生まれつき善行を好んでいたが、その娘は病むこと数日で、突然男に化した。父母に言い、調べると本当であったので、旧友に命じて夫の家に告げさせた。かれの親家翁[7]は言った。「これは翁が善をなした報いです。わたしには娘がおりますが、すぐ嫁がせることを願います。『親(しん)は親(しん)たるを失ふなかれ』[8]、よいことではございませんか。」某翁はたいへん喜び、やはり二姓の誼を叶えた。後に子女を産んだが、母はもともと柔弱であったので、およそ衣履裁縫のことは、父がかならずその労を分担した。そもそももともと針仕事を習っており、男子ではあるが、なおもとの技術を忘れていなかったのであった。

牙牌の遊戯は、言い伝えでは、宋の宣和の時に起こり、その由来は久しかった。近世に『牙牌数』[9]の一書があり、それによって占いするが、そもそもこれも古の棋卜[10]、樗蒲卜[11]の類である。兄の子履卿は言った。光緒己卯年[12]の江南郷試で、無錫の士人たちが合格発表前に『牙牌数』で占ったところ、その辞にこうあった。「盛大に狩りを催し、鹿を射て獐を得る。顧みてみずから喜び、中たればかならず二つである。」この試験では、無錫県で合格したものは二人で、一人は顧姓、一人は章姓であった。顧の字は明らかに占いの中に見えるが、「鹿を射て獐を得」の句がひそかに「章」の字を隠しているのは、きわめて巧みであった。

任司馬は、江蘇の人で、話者はかれの名を言わなかった。浙江で需次[13]していた時、寓舎ではしきりに怪異があった。ある日、洋銭三枚がなくなり、詰問していると、突然空中で語って言った。「わたしが借りたのだ。三日すればお返ししよう。」三日後、ほんとうに二枚が見つかった。もう一枚がどこにあるかと尋ねると、言った。「それはあと一日遅れる。」翌日、ほんとうに見つかった。その後、しきりに借りることがあり、償ったりそうでなかったりしたが、その姿は見えなかった。司馬はたまたま広間の前に坐し、ふと見ると一人がその軒先を過ぎ、その形は夭矯[14]として、一丈あまりに及ぼうとしていたので、蛇の精かと疑った。司馬には娘がおり、楼で刺繍していたが、朝起きて見れば、空白のところに一人の顔が刺繍してあったので、驚いて回覧した。すると、空中で語って言った。「それはわたしがしたもので、わたしの像だ。わたしの顔を知ろうとするなら、それを見ればよい。」その顔は男か女か分からなかったが、上に二本の角があり、顔色は白く、角は黄色であった。そのほかの口、鼻の類は、人とあまり異ならなかった。今でもこの像はなお司馬の家にある。司馬が引っ越して避けても、かならずついていったが、結局どうなったか分からなかった。

咸豊年間、江都の符南樵孝廉が松江の柘林書院で主講[15]し、同人と扶箕の戯れをした。すると、娘が仙壇に降り、唐代の人で、姓は韓、名は碧霞、父はほんとうに蘇州刺史であったとみずから称した。時に江蘇はなお賊に陥っていたので、いつ賊が平らぐかを尋ねた。箕筆が一詩をなすと、二句があってこうあった。「雲霧を掃開して青天を見るは、まさに遼東献豕の年にあらん。」後に賊は癸亥[16]の年に平らいだので、亥年の言葉と合っていた。また蘇州の陸鳳石潤庠[17]の封翁[18]九芝先生[19]は、咸豊年間に扶箕し、鳳石の科名[20]のことを尋ねた。箕筆は七絶一首を書き、その末句でこう言った。「金階拝してむかふ簾を巻く時。」後に鳳石は同治甲戌[21]に天下の大魁[22]となった。その年、毅皇帝[23]は親政し、皇太后は撤簾[24]したので、箕の詩の「簾を巻く」の句は、ほんとうに先見があった。古に山鬼は一年のことを知ると称するが[25]、これは一年にとどまらないだろう。

昆山県に茜墩[26]という地があった。咸豊四年[27]の夏、村の童子に金姓のものがおり、年は十五歳で、小舟に棹差して鴨を湖に放っていた。まさに葦の間を巡っていると、にわかに油然[28]として雲が起こり、狂飆が怒り吼え、白浪は山のようになった。人は舟とともに風で空中に持ってゆかれ、俯けば雲気は迷濛[29]とし、下には地面が見えなかった。もし落ちれば、かならず粉々になるとみずから思った。突然一人の老人が来たが、黄色の衣を着ており、鬚髪は皤然[30]とし、手ずから麈尾[31]を持ち、指して言った。「去れ。去れ。」人と船はともに空から下り、平地に落ちたが、一つも傷がなく、その家から隔たること三里であった。見物人は取り囲み、みなともに驚嘆した。その舟を引いて水に下ろし、その家に送りかえした。

蘇州開元寺の前に大きな石の獅子二体があり、歳月はすでに久しく、なかなか霊験あらたかであった。盤門[32]の内側で、土地はたいへん荒涼とし、住民は多くは菜園を生業としていた。ある夜、三更の後、菜園の番人が見ると、物(もののけ)がいて園内で蔬菜を食らっており、その姿は龐然[33]とし、何か分からなかった。すぐに帰って人々を呼んでともに見させようとしたが、すでに杳然としていた。その後、毎晩すべてそうであったので、人々を集めて窺わせた。夜半、物(もののけ)はほんとうに来たので、にわかに出て騒いで追うと、物(もののけ)は狂奔して去り、寺の前にいって止まった。迫ってみると、石の獅子であった。そこで大きな鉄釘を鋳てうちつけると、それからまた夜に出なくなった。

朱祥麟は、蘇州の人で、平素から軽薄で、漁色を好んでいた。たまたま友人の家で飲み、帰る時には、夜はすでに更け、路ゆく人がいなかった。護龍街[34]にゆくと、若い女が一人歩いていたが、美しくて艶やかであった。その後を尾け、ゆっくりと言葉で挑んだ。女はかすかに笑い、手で招き、たいへん喜んで従った。あるところへゆくと、婦は門を推し、朱を引いて入った。家はあまり大きくなかったが、調度はなかなか華やかで、ともに部屋に入った。鏡奩[35]脂盝[36]は、みな精美であり、牀は綺帷羅幔、繍被錦衾で、さらにきわめて華麗であった。婦は衣裙を解いて衣桁に置き、下着[37]だけをとどめ、白い肌を露わにし、朱を促して先に寝させた。朱は心が動いて自らを抑えられず、まさに牀に上がろうとすると、突然火光が灼爍[38]とし、十数人が擁して入り、手ずから提燈を執っていたが、すべて「蘇州府城隍」の字があった。まもなく、人物は一時にすべて消え、その地は范荘[39]の前の石欄杆の外の水に近いところにあった。きわめて驚いて呆然と立っていると、たまたま武弁が夜回りしてこちらに来、幽鬼に迷わされたことを知ると、送りかえした。これらの情景は、溺鬼が惑わして作ったものにちがいなく、神灯が照らさなければ、この人はかならず温柔郷[40]で足を滑らしていたろう。恐れないことができようか。

山東登莱青の道署に朱藤が二本あり、数百年の物であった。その藤は蜿蜒(くねくね)として巡っており、蔭は数畝ばかりであった。花時には紫の艶やかな花が茂り、戸窓の間を掩い、清い香りが人を襲っていた。言い伝えでは、その樹には神がおり、風が清く、月が白ければ、しばしば見えるということであった。民間で疾病のある人は、その一花一葉を得れば、すぐ癒やせるので、争ってやってきて祈って祭り、信仰は絶えなかった。署内に空き部屋数間があったが、花が落ちるとかならず掃ってその中に置き、病人の求めに供した。新任官が署に入れば、かならず祭った。潘偉如[41]中丞[42]はここの官となったことがあったが、慣例に従って祭り、ならびに酒一大甕をその根土に注いだ。その夜、両花神はいずれも姿を現したが、一人は老翁で、朱顔皓首、長い髯は腹に達し、一人は婦人であった。署内の人はみなかれらを見た。この年、花は開くことがもっとも盛んであった。

蘇州の人姜少甫とその友石某は、杭州天竺[43]にいって参拝し、瞻礼[44]が終わると、道を辿って帰った。万松嶺[45]の下にゆくと、石は突然腹痛を起こし、すぐに路傍で脱糞した。すると突然、一羽の鷹が空から下り、かれの帽子を奪って去った。いそいで起きて奪おうとしたが、鷹はますます翔り、ますます遠く、高く雲際に入り、それ以上見られなくなった。二人はたいへん驚き、よろよろと舟に帰った。晩になって石は病を発し、頭が痛み、身は熱くなり、なかなか耐えられなかった。夜半、ふと夢みてある城(まち)に入った。城内の人がここはどこかと尋ねると、ある人が告げて言った。「紹興嵊県[46]でございます。」にわかにある廟にゆくと、中に碑があってたいへん高く、「申荘」の二大字を刻んでおり、昼間失った帽子がそのまま碑の上にあった。たいへん喜び、手を伸ばして取ろうとした。すると傍らの一人の僧がとめて言った。「いけません。いけません。四年後にきて取りなさい。」そして目ざめた。翌日、病はまったく減じていなかった。姜はわたしの門下の士王夢薇と旧交があり、夢薇は治療でき、石に病をおして受診するように命じたので、みずから夢のことを述べた。夢薇はその脈を診たが、風寒に感じただけで、まったく異常はなかったので、処方を授けると、匆匆に辞して去り、言った[47]。「即日蘇州に帰る。」結局どうしたか分からなかった。思うにこの人の病は、もとより風寒によっており、腹が痛んだ時にすでに病根が潜んでいたのである。鷹が帽子を奪ったのは、偶然である[48]。すでにそのことがあったので、この夢があったが、夢は心によって作られたもので、病とまったく関わりなかった。

蘇州陸墓村の人某甲は、兵乱の時、路で他人の捨て子を得、養って子とした。長じると、妻を娶ってやった。甲夫婦は子の父母が誰であるかをまったく知らず、その子はほかに父母がいることを知らなかった。光緒六年[49]、甲の妻は病が篤くなり、死んでまた蘇り、その子を呼び、語った。「わたしは冥土で、おまえの母が子を返すことを願うのを見、すでに承諾した。おまえの母は某氏で、おまえの父はまだ人の世におり、姓を某、名を某といい、蘇州城内の某所に住んでいる。おまえは妻を連れて帰り、わたしがお母さまとの約束に違わないようにしておくれ。」そう言うと亡くなった。その子は乱命[50]だと思い、信じなかった。翌日、蘇州の人が来たが、その姓名は甲の妻の言っていたことと同じく、その子を返すことを求めた。甲は尋ねた。「ことは二十年を越えているのに、どうして突然お求めになるのでしょう。」その人は言った。「夜に亡妻が夢に現れ、以前いなくなった子があなたの家にいると言いました。今あなたの家の奥さまに返すことを願い、許しを受けましたので、こちらに来ました。子とともに帰ることを願います。」甲はかれの家がどこかと尋ねたが、やはり符合していた。そこでその子に言った。「これはほんとうにおまえの父だ。わたしはさいわいすでに子がいるから、おまえは妻を連れて帰ってよい。」その子ははじめて泣いて謝して去った。

杭州西湖の瑪瑙寺[51]の遺跡の前に、巨石が一枚あり、湖畔を俯瞰し、停鷹石[52]と名づけられていた。某寺の僧が『金剛経』を表面に刻もうとしたので、石の傍らに木を組んで小屋にし、匠を招いてその中に集め、翌日刀を入れようとしていた。すると突然、黒い色の衣、青い色の半臂[53]を着た人が、小屋の中にいって匠と閑談し、尋ねた。「おまえたちはここに来てどうする。」理由を告げると、その人は言った。「石を刻む時になったら、さきにわたしに告げろ。わたしに告げねば、かならず後悔しよう。」匠たちがかれの家を尋ねると、言った。「すぐ石の傍らにあって遠くない。」翌日になると、刻もうとしたので、匠はその人をくまなく探したが見つからなかった。たまたま松木場[54]の茶館で話すと、聞くものがおり、こう言った。「石の傍らにはもとより住民はいません。もしや亀の精でしょうか。」驚いて尋ねると、言った。「この石の下に昔亀の精がおり、人でしばしば見るものがおり、その大きさは五石の瓠ほど、人に害をなしませんでした。お経をその表面に刻めば、かれは鎮圧せられ、出入りが自由にできなくなってしまいますので、かれの心が望まないのは当然でございます。西湖の南北両山は石が多く、刻める石も少なくございますまいに、どうしてこちらにこだわるのでしょう。僧とふたたび相談してはいかがでしょうか。」人々は半信半疑であった。その日はぐずぐずして刻まなかった。一晩過ぎると、匠たちはあるいは目を病み、あるいは腕を病んだので、異常があることに気づき、僧に言い、よそに刻むことに改めた。

某甲は、農夫で、かつて畑を争って人を死に致し、その後、争った田で稲を収穫した。すると突然、雷雨がにわかに来たので、甲はかれの子を呼んでともに帰らせたが、その子はなお幼かったので、ついていった。見ると空中で人馬がとよもしたが、およそ数十人がおり、あるものは手に炬火を執り、あるものは魚網のようなものを負っていた。近づくと、青衣のもの二人がかれの父の得た稲を奪い去った。さらに数人が網をかれの父の頭に被せると、炬火はすぐそれとともに落ち、霹靂一声、その子は驚いて倒れ、起きて見れば、かれの父は死んでいた。先に見た人々は、すべて雲気に化し、空に上って去った。

桐郷の周鉄崖士鋼は、若くして博士弟子員[55]に補せられ、しばしば秋闈[56]を受験したが合格しなかった。ある日、よそから帰り、夜に舟を村落の間に泊めた。望みみると、水に臨む一家に、楼があって翼然とし、楼の窓の外には碧火があり、巡っているかのようで、転がって収まらなかった。驚いて水夫を呼んで尋ねると、水夫はそれを見て驚いて言った。「縊鬼が代わりを求める時、多くこのありさまをなすことを、わたしはしばしば見ております。この家にはかならず縊れて死ぬ者がございましょうから、けっして声をたてないでください。幽鬼は人に気づかれますと、さらに禍を人に移します。」周は奮然として言った。「人が死ぬのを見て救わなければ、男ではない。」上陸し、門を叩いて大声で叫んだ。その家のものが出てきて尋ねたが、理由を告げると、たいへん驚いた。そもそも姑と嫁がまさに仲違いし、妻は泣いて楼に登り、姑はなお呶呶[57]としてやまなかった。周の言葉を聞くと、すぐにともに楼に登り、闥を排して入ると、婦は手ずから帯を持って牀の前に立ち、精神はすでにぼんやりしていた。呼ぶと一時してはじめて気づき、家を挙げてともに慰めたので、やめた。周は翌日家にゆき、夢みると、一人の老人が言った。「おまえは善をなすのに勇敢であったから、その報いを受けろ。」周は言った。「これは善とするに足りません。かならず報いを受けようとすることは、望もうとしません。お尋ねしますが、わたしの科名はいかがでしょうか。」老人は笑って掌を示したが、掌中には「何可成(どうしてうまくゆこう)」の三字があった。目ざめて嘆いて言った。「科名は望みがない。」その翌年、結局賢書に登った[58]。この試験の主試[59]は何公で、はじめて夢の言葉がたくみに合っていたことを悟った[60]。

同治乙丑年[61]、浙江の郷試を補行[62]した。この年の夏、嵊県の人が、夢みてある廟にゆくと、廟内に神がおり、南面して坐していた。その傍らには胥吏がたいへん多く、それぞれ一つの牌を負い、神座の前に呈していた。神が筆を執って牌に点じると、それぞれ負って出た。夢みるものはついていって尋ねた。「これは何の牌か。」牌を負うものは言った。「牌の姓名は、いずれも今年の郷試で合格する人だ。」夢みるものが見ると、一つの牌に「裘治成」の三字が大書せられており、その傍らになお小さな字数行があった。この小さな字は何かと尋ねると、言った。「すべてその人がおこなった陰徳だ。」目ざめて尋ねれば、県の諸生にほんとうに裘治成という人がいたので、いって夢を告げた。裘は笑って言った。「わたしは受験しないこと十余年、精力は衰え、学問は荒み、今生ながく場屋を謝そうと思っておりましたから、あなたの夢みたとおりにはできないでしょう。」夢みたものがあまねく裘の姻族に告げると、みなかれを慫慂したので、試験に赴き、結局、郷試に合格した。ある人が裘にどんな陰徳があったかと尋ねると、裘はないと言った。つよく尋ねると、言った。「前年、族人の一人の下女が、殺されようとしていた時、わたしはつとめてかれを救い、さらに婿を選んで嫁がせました。これが陰徳かもしれません。ほかのことは知りません。」そもそもこれは無心の善で、なした者も自分では気づいていなかったのに、鬼神はすでに記録していたのであった。

会稽の王湘舟済泰は、制挙[63]の文を作ることに巧みであった。場屋に苦しんでいた[64]が、生まれつき施しを好んでいた。ある日、ある同郷人が硯を持ってき、銭一千を払うことを求めた。その硯を見ると、平凡な石であったので、退けた。その人は顔色が憂わしげであったので、そのわけを尋ねれば、かれの妻がまさに出産しようとしており、情勢はたいへん危ういので、この硯を銭に換えて白洋媼婆を招こうとしているということであった。白洋媼婆とは、越中の産科医でもっともよいものであった。そこで、その硯を留めて銭を与えた。しばらくして、その妻はすでに出産したか知らと思い、かれの家を訪ねさせると、妻は死んでおり、納棺するすべがなく、その姑も老いて病み、叫んで自尽しようとしていた。王は惻然とし、いそいで弊衣数襲(かさね)、洋銭十枚を取り、みずから贈った。咸豊乙卯年[65]になり、元旦の晩、夢みると、一人の女がかれに向かって叩頭し、言った。「わたしは去年お産で亡くなった者でございます。」手ずから一枚の黄の紙条を示したが、「臣十七」と朱書してあった。目ざめたがその趣旨が分からなかった。その年に秋試を受け、試験場に入ると、坐した号房はまさに臣字十七であった。題目が出ると、文才は泉と湧き、合格発表があると合格していた。

山陰の倪某は、幼い時に一度童子試に赴いたことがあったが、合格しなかったので、勉強を放棄していた。治産をよくし、家はもとより富んでいたので、人を救い、きわめて温厚にし、郷里で善人と称えられていた。同治癸酉年[66]、年は五十余になっていた。隣家に張君というものがおり、もともと粤東の県丞で、病で免職となって帰り、みずから冥土のことを裁いているといっていたが、倪も信じていなかった。その年の春、倪に郷試に赴くことを勧めると、倪は笑って断ったが、張は言ってやまなかった。ある日、ひそかに言った。「十五年前のことをお忘れですか。人の名節を完うするのは、上帝が重んじることであり、科名を得られるのは、このためです。かならずおゆきなさい。もとより誤りはございません。」倪が思いかえせば、十五年前、親戚の家に若い娘がおり、夫が亡くなって節を守っていたが、かれの義兄は尤もらしいことでかれを貶め、追い出してかれの財産を奪うことを謀っていた。事が成功しようとすると、つよく弁明してやったので[67]事は収まった。このことは張が知らないことだったので、はじめて心が動いた。しかしひさしく挙業を放棄し、規格に中たらないことを恐れたので、さきに文を十余篇作り、名手に頼んで添削してもらった。試験場に入ると、『四書』の三問はすべてその中にあり、記録せられ[68]、合格発表があると合格していた。そこで驚嘆して言った。「張君はほんとうに冥土のことを裁いており、わたしを欺かなかった。」

楽平[69]の汪宗伯守和[70]は、幼い時に家塾で勉強している時、ひそかに仲間たちと蟋蟀合わせし、勝負を競っていた。宗伯公が飼っていたのは大きな喙に黒い地で、闘うたびにかならず勝っていた。公は大切にし、夜、籠に閉ざし、庭に置き、清い露を吸わせていた。朝になって取って見れば、死んでおり、両股は断たれていた。たいへん残念に思い、そのありかを辿ると、股を石の隙間で見つけたが、蟻たちがそれを引き、穴に入れようとしていたので、はじめて蟻が殺したことを知った。公は怒り、報いようと思った。そこで市場にいって爆竹を買い、その火薬を剥ぎとり、腥い物で蟻を招いて穴から出させ、火薬を地に撒いて火を点けた。蟻たち数千匹は、時を同じうして死んだので、手を打って快哉を叫んだ。その後悔い、言った。「ああ。やはりやりすぎだ。」そして再び蟋蟀を飼わなかった。嘉慶庚午年[71]になると、公は少�･事[72]で奉天府丞兼学政を授けられ、盛京将軍[73]薩公[74]と親しかった。ある日、布衣の客が将軍の轅門にいって面会を求めると、薩公はかれに会った。長揖[75]して着座すれば、古貌は儼然としており、みずから言った。「生きている人でありながら冥吏となり、しばしば冥土にいって断獄しているが、今回は、汪学使の一件のために来ました。この事件は四十余年懸案となっており、相手方はしばしば訴えてやまないから、今回結着させるべきだ。汪さんはもとより正人で、かれの先祖の積んだ徳もなかなか厚いから、もとよりかれを助けるべきだ。公が汪さんと親しいことは知っている。明日いって様子をみてくれ、汪さんが病気であれば、その家人に驚き騒がず、投薬せず、ただつつしんで見守るように頼み、三日すればおのずと癒えよう。」薩公はその言葉に驚いた。翌日、みずから汪のところにゆけば、汪は急病を得て死んでおり、官署は惶然としていた。薩公は客が言っていた通り、静かに見守ってかれが蘇るのを待たせた。公はほんとうに病むこと三日で癒え、みずから言うには、病を得た時、昏然として人事を知らず、人によって官署に導き入れられるのを覚えた。堂上には長官がおり、古の衣冠を服し、南面して坐し、顔は黒くて髭がなく、左右に侍している者はたいへん多かった。長官は公に尋ねて言った。「人びとがあなたを訴えているが、知っているか。」公は知らないと告げた。長官は吏に命じて簿籍を調べて示したところ、幼い時に蟻を殺したことをくわしく載せていた。公は謝して言った。「このことは本当にございましたが、今は悔いても手遅れでございます。」長官は命じて訴えるものに伝えさせれば、焦げた頭、爛れた額のものがざっと数千人、囲んで叫んで命を取ろうとした。長官はやんわりと諭して言った。「蟻と蟋蟀は、いずれも虫で、おまえたちはかれが飼っていた蟋蟀を食らうべきでなかった。童子は無知で、憤りを晴らすことを謀れば、軽重を弁えないから、こうした事件を起こしたのだ。今すでにかれの科名を降し、禄算[76]を減じ、一生つねに美中の不足があるようにさせれば、やはり罰を示すに足りよう。」人々は騒然として言った。「わたしたちは蟋蟀の一命を損なっただけでございますのに、かれはわが一族万余を損ないました。どうしてこの薄い罰で終わらせられましょうか。」そう言うと大声で騒ぎ、その勢いは汹汹[77]とし、武力を用いようとした。長官はたいへん怒って言った。「汪某はすでに冥罰を受け、罪を償うに十分だ。おまえたちは幺麽[78]たる微物[79]で、腥いものを貪り慕い、生きている人の厨房を汚し、死者の墓道を侵し、罪は誅しても足りない。これ以上騒げば、法律通り罪を科そう。」人々ははじめて恐れて退いた。長官は公に言った。「この事案はすでに結着したから、ますます善をなし、前の罪を贖え。」公はそこで蘇った。翌日、すぐ将軍に謝しにいった。入るとすぐに、前日の客が出てき、門で会ったが、一言も交わさなかった。薩公は迎えて慰めて言った。「昨日は審問を受けてお疲れさまでした。」公は驚いて尋ねた。「どうしてご存じなのですか。」客の言葉を告げると、公も以前のことを縷述し、さらに言った。「さきほど客人に会いました。まさに冥土で断獄していたものでしたが、向かい合ってもなお懔懔[80]としていました。先祖の徳に守られなければ、生還の望みはなかったことでしょう。」そこで客が常人でなかったことを悟った。公は乾隆壬子年に郷試に合格した。採点所では、はじめ第二位で合格させようとしていたが、後に十八名に置いた。嘉慶丙辰年[81]の廷対[82]の後、読巻[83]するものは上位十本を進呈し、公は裒然[84]として首席にいたが、仁廟[85]は一甲第二名に定めた。その後、官が尚書になり、資格[86]が協揆[87]に進もうとしたが、結局果たさなかった。道光十六年[88]、在官中に薨じると、宣廟[89]は悼み惜しみ、太子太保[90]を贈り、葬祭を賜った。慣例では、尚書が在官中に歿すれば、諡を与えられるので、礼臣が請願をした。おりしも畿輔は旱魃で、天子は憂慮しており、この上奏はひさしく留め置かれ、結局、諡を得られなかった。これがまさに「科名を降し、禄算を減じ、美中の不足がある」ということであろうか。公は一代の名臣であったが、蟻たちを損なったので、冥罰に罹ることを致した。動物の命はいたって重いので、慎重にしないことができようか。

道光年間、某観察というものがおり、性質は廉静[91]で、公務が暇なときは、かならず書斎にいって読書していた。一人の童子が侍しており、丙夜にはじめて閨房につくことを日課としていた。たまたま中秋節になると、制府[92]某公はもともと貪婪で、礼物に満足していなかったので、かならずかれを中傷していた。観察はやむを得ず、法を枉げて銀五百両を得て書篋に置き、書函[93]で字に添える求めに備えようとした[94]。時に秋空は高く、夜は静かで、月光は皎潔であったので、書巻を執って吟唱していたが、突然、旋風が戸に入ってきたので、栗然とした。にわかに一人の娘が黒い紗の幞頭[95]を戴き、粉紅の綃衣[96]を着、案(つくえ)に近づいて立った。まさに驚いて振り返ると、その後ろにさらに一人の丈夫が立っていたが、赤い髪、深い目で、鬚は猬(ハリネズミ)の毛のようで、まっすぐ進んで観察に言った。「公が得たお金は長者の誕生祝いにしてはいかがでしょうか。」観察が答えないでいると、娘は袖の中から白い丸を出して摩ったが、光は鮮明で一匹の練(ねりぎぬ)のようであった。観察が恐れ、篋を開いて金を出して案頭に並べると、娘はすべて袖に収めた。丈夫はさらに観察に言った。「公は平素は廉吏ですので、害は与えません。しかしこれは不義の物で、公が持つべきではございませんので、つつしんで持ち去り、公の清廉を全うしましょう。」そう言うと、娘とともに出、たちまち見えなくなった。古の剣侠の類だろうか。観察はそのことを秘し、すぐ病と称して帰った。故郷に帰ると、はじめて親しいものに語った。

江西南昌府の照牆の後ろに古屋が数軒あり、もともと炮局[97]であった。咸豊三年[98]、粤賊が城を囲み、陣営は沙井[99]にあった。その地に文孝廟[100]があり、賊に占拠せられ、廟の塀は堅く厚く、城内から発砲攻撃しても、破れなかった。人がいて夜に照牆の後ろを過ぎたところ、黒い顔の人数十人が炮局から出てき、官軍を助けて賊を殺すことを願うと言った。翌日尋ねれば、人はいず、炮神であったことを知った。お上に言い、地を掘ると大小の炮がたいへん多く見つかり、重さ三千斤のものは十三門、重さ四千斤のものは一門であった。章江門[101]炮台に担いでゆき、文孝廟に向かって撃つと、牆壁はすべて毀たれ、賊を倒すことは数えきれず、南昌の囲みを解いた。南昌の人は神炮といった。長江水師提督黄公翼升は、その太夫人を迎えて金陵で養っていた。太夫人がたまたま病を得、夢みると神人が告げて言った。「わたしは賊の乱によって、身は獅子街の井戸に陥っている。救えるなら、かならず報い、病は憂えるに足りない。」太夫人はそれに気づき、いう夢みた。公が人に命じて井戸を浚わせると、ほんとうに一つの石像を得、土人に尋ねると、言った。「昔、江寧城内にもともと石将軍廟がありましたが、賊に毀たれ、その像を失いました。今得たものは、それでございましょう。」公はそこでために廟を井戸端に建て、なかなか霊験あらたかで、今にいたっても信仰は絶えていない。ただ、石将軍とは誰か分からず、言い伝えでは、東晋の人司馬流であるということであった。按ずるに『晋書·蘇峻伝』に、「峻は将軍韓晃[102]、張健たちを遣わし姑熟[103]を襲わせ、進んで慈湖[104]に迫り、于湖[105]の令陶馥および振威将軍司馬流を殺した。」とあるが、その他に記載はない。千百年後になお人の世で廟食できるのは、やはり驚くべきであった。

同治八年[106]四月、江寧城糯米巷の民家のある井戸を、朝汲んだところ、油を数瓶得、油が尽きてはじめて水を得、翌朝ふたたび汲んでも同じであった。このようにして数日、城の内外はみなそのことを聞き知り、見物人が門に満ちた。その家は嫌に思い、県令に申告してその井戸を封鎖させた。長洲の朱君孔彰[107]は、時に安品街に寓し、その地から隔たること数十合歩足らずであったので、人に命じて井戸を汲んで調べさせたところ、ほんとうに菜種油のようであり、灯盞に入れると燃やせた。

溧陽[108]の崔澐は、たいへん貧しくて生計を立てられず、僧寺に寄寓していた。読書して丙夜になると、突然、寺の裏山の上で車馬の音がし、裏の戸を開いて見ると、見えなくなった。まもなく声はますます近づき、人が戸を叩いて言った。「小呉王が来た。」崔は招きいれたが、かれが人でないことが分かったので、尋ねようとしなかった。客は言った。「恐れないでください。わたしは広西の人で、やはり読書し、諸生の籍にありましたが、賊に攫われて江南にゆき、後に官軍に入り、張将軍に従ってこちらで闘い、死んだのです。あなたが読書しているのを聞き、ひそかにお慕いしたのです。山中にはよい仲間がいません。どうか雅音[109]を聞かせ、とりあえず幽寂を慰めせてください。」さらに言った。「上帝はわたしに命じてこの山の主とし、わたしを封じて小呉王とし、わたしももはや人の世を思いません。ただ、一人娘は年が十五で、幼名は阿鸞といい、今、流落して広東の香港にいます。あなたはあちらにいってお訪ねになり、卑陋であるのがお嫌でなければ、すぐに箕帚を執れましょう。」そう言うとよそに去った。崔は怪しみ、その言葉に従って女を訪ねようとしたが、道は遠く、資糧や旅装は、にわかに調達するのが容易でなかったので、果たさなかった。まもなく、小呉王がまた来、崔に語って言った。「もしや気がないのですか。」崔は事情を告げた。言った。「資金がないことがご心配なら、どうしてはやく告げられなかったのです。この山の南に埋蔵金がございますから、掘り出せましょう。」すぐにその場所を指し示した。崔は掘り、銀五千両を得たので、広東にゆき、阿鸞を香港で探し、ほんとうに青楼の中で会った。年は破瓜でなく、まだ処女であった。姿は秀麗で、やや文翰[110]に通じていたが、幼いときから流離していたので、みずからの家系を知らなかった。崔は三千両で贖って帰り、夫婦となった。このことはわたしは朱君孔彰に聞き、朱はそれを曽蓉舫に聞いていた。曽も溧陽の人で、崔と知りあいであった。

黟県[111]北郊に王某というものがおり、訴状を書くことにたくみで、巨富を致し、新宅を造り、きわめて華美であった。ある日、数人の旅人がかれの隣家に来、王某の所在を尋ねたので、隣人が新宅を指して告げると、入ったが、出てこなかった。数日後、新宅で突然火が起こり、人々が走って消火するとやんだ。それから火はしばしば起こり、起こったり消えたりし、家の什物はつねに空中に抛たれ、すべて壊れた。飯を釜で煮る時は、飯が炊けると、かならず泥沙が雑じっており、ひどい場合は糞函[112]尿瓶が、衾枕の間に散乱するにいたった。一月あまりして、その騒ぎに勝えず、王某がみずから願文を書いて城隍神に訴えようとしたところ、人がいて声を荒げてこう言ったかのようであった。「おまえの技量は人の世の官府を欺けるだけだ。明神を欺けようか。」祟りはますます激しくなった。王はたいへん恐れ、地に伏して叩頭し、罪を認めますと言い、過ちを悔いることを約束しようとした。すると声を荒げて言った。「はやく引っ越せば、おまえは死を免れよう。」そして家を挙げてとおく避け、その邸宅を閉ざした。

沈岳艮は、宜興[113]の人で、膂力があり、心は険悪であった。粤賊が常州を占拠すると、賊は偽職を受け、かれに従って王師に抵抗した。婦女を攫うと、かならず裸にして淫していた。禅国山[114]の東南に石洞があり、きわめて深く、婦女で乱を避けるものが数百人入っていた。沈は薪を積んでその洞を焚き、すべて殺した。さらに周王廟の僧数十人を殺し、神像を厠に投じた。賊が平らぐと逃げだし、結局恙なかった。ある日、突然病んで狂ったので、家人が扶けて牀に置くと、すぐ躍りあがり、手で打って言った。「女たちが命を取りにきた。」さらに婦人の声となって言った。「かれは力があり、わたしたちは勝てませんから、和尚を呼んできましょう。」さらに大声で叫んで言った。「和尚が来ました。」それから日夜叫び、声は絶えなかった。数日して、見守っていた家人がやや疲れると、走って外に出、行方が知れなくなった。半月後、ある人が周王廟の厠で男が溺死していると言ったので、家人がいってみると、案の定、沈であった。全身は青黒く、七竅から血を流し、臭く汚らわしくて近づけなかった。ああ。その報いを受けるさまもひどいものであった。

撫州の胡瓊は、しばしば城外にいって親戚を尋ねていたが、通る土地は荒涼として住民はいなかった。突然、一人の娘が波止場に立っているのが見えたが、さほど驚かなかった。娘は胡を顧みると言った。「あなたの服にはなぜ血の痕があるのです。脱げば洗ってあげましょう。」胡がみずから見るとほんとうにそうであったので、上着を脱いだ。娘は言った。「下着も汚れています。」さらに脱いだ。このようにすること三たび、血痕はなおあった。振り返ると女で、嫣然と微笑し、手ずから招いていた。胡は娘は人でないと悟り、衣を抱えて退いて逃げた。娘はその後をつけてきたので、胡はいそいで走った。望見すれば前方に巨人二人がおり、それが人か鬼か分からなかったが、振り返る暇もなかったので、まっすぐそのところにゆくと、二人の巨人はすでに見えなくなっており、一つの土地廟だけがあった。廟の入り口にゆけば、娘も見えなくなっていた。胡は邪心がなかったので、女鬼に惑わされなかったのだが、そうでなければ危うかった。

山賊の某甲父子はいずれも犬を食らうことを好み、犬でかれの手に倒されたものはどれほどか分からなかった。壬申の秋、その子は北城で観劇し、日が暮れと帰った。ある脚の短い斑犬がついてき、たいへん馴れ騒ぎ、呼んでみると、すぐおとなしく従って帰った。門に入ると、突然跳びはねて大声で吠え、にわかにかれの股を咬んだ。その父が声を聞いて出ると、さらに咬み、足を傷つけた。犬はすぐ走り出、行方が知れなくなった。父子は犬毒にあたることいたって深く、一昼夜叫んで死んだ。

閔斗陽司馬世魁は、帰安[115]晟舎鎮[116]の人、官位は雲南府通判[117]で、同知に昇任していた。一生正直で不正をせず、在官中も善政が多く、年老いると帰郷することを請うた。かれが亡くなる一日前、ある同郷人が死んでまた蘇り、かれの家人に告げて言った。「冥土は路が暗くて歩けませんが、人がわたしに語りました。『明日、閔公が雲南府城隍の任に赴くが、輿従[118]は少なくなく、かならず灯火が先導するから、ついてゆくべきだ。道々供張[119]があるから、いっしょに酒食を得られよう。』」翌日、公は病むことなく亡くなった。同郷人も死んだが、死後、かれの母の夢に現れて言った。「今日から閔公とともにゆきますので、暗闇を憂えませんし、さいわい公に採用せられましたので、寂しくもありません。」このことをわたしは閔君小圃から聞いたが、まさにかれの一族であった。およそ聡明正直の人は、歿すれば神となり、その理はもとより信じられる。亡兄壬甫は福寧知府の任地で亡くなった。福寧[120]に楊明経廷瑞というものがおり、一郷が長者として推戴していた。亡兄が捐館すると、楊君も病み、家人に言った。「助からない。夢みると青衣のものが官符[121]を持ってき、施侯が昇任して去り、兪公を代わりにし、わたしを招いて幕僚にし、某日に去ることを約束したといっていた。わたしはどうしてながらえられようか。」すぐに葬式を準備し、ほんとうに期日通りに亡くなった。施侯とは、もと靖海侯で晋江[122]の施襄壮公[123]で、言い伝えでは、歿した後に海神となったものであった。そこで郡人は藉藉とし、兪公が施侯に代わって海神となったと称したという。兄の子祖綏は亡兄の事略を集め、わたしが伝記を作ってあげることを求め、こう言った。「明道の行状は伊川によって伝えられ、文忠の碑銘は潁浜[124]を待って作られましたので、宏文巨筆[125]であれば、親戚でも厭いません。」わたしたち兄弟はみなこの言葉に応じるに足りないようだが、わたしの兄は在官立身して事跡があるから、もとより撰文して後人に示すべきである。しかしわたしは老衰がだんだん進んでいるので、いまだ執筆できていない。たまたま閔公のことに因んで、亡兄の軼事をこのように附記する。

閔君希濂は、字を一瀛といい、わたしとともに甲辰年[126]に郷試に合格したものであった。かつて夏に書斎で疲れて仮眠し、ぼんやりしていると、名刺を持ってきて招くものがいるかのようであった、従ってあるところへゆくと、宮殿は巍峨とし、衛兵は森然と列なっていた。その階を登り、見ると堂上に古の衣冠のものが二人おり、本朝の衣冠のものも二人おり、いずれも南面して坐していた。その両脇に列なって坐しているものは十数人で、末席だけが空いていた。名刺を持つものが閔を引いて堂に昇って三たび揖すると、坐していたものたちはみなかれのために起立し、すぐ末席に引いていって言った。「こちらがお席でございます。」まもなく、吏が文書を持ち、ならびに筆墨を持ってき、両脇に坐しているものに分け与え、閔も一巻を得た。その巻首には「吏部天官増減司閔」の八字が書かれ、巻尾も同じであった。吏は巻首の「閔」の字の下に一つの「奉」の字を書くように、巻尾の「閔」字の下に一つの「行」の字を書くように請い、中の文字は閲覧させなかった。書き終わると、吏は持ち去り、坐していたものたちはみな散じた。前の名刺を持ったものが再び閔を引いてあるところへゆくと、部屋が三間あり、額に増減司とあり、閔に告げて言った。「こちらがあなたのお役所でございます。」かれを門から送り出すと目ざめた。それからしきりに夢みてその場所にゆき、仕事が終わるとすぐに目ざめた。閔はずっと他人に言わず、親しい者だけが聞けた。咸豊末年になると、江南はたいへん乱れ、鎮江府城は賊に陥った。閔は時に滬上に寓居していたが、ある日、夢みると、偉丈夫が会いにき、ともに鎮江を回復することを謀った。閔は言った。「書生で軍旅を知らないから、どうしてできよう。」その人は言った。「用兵は謀略を貴び、勇気を貴びませんから、断られますな。」すぐに諸将が軍装して来、どの門から入るか指示を請うた。閔は夢の中でいいかげんに言った。「東門から入れ。」みな言った。「承知しました。」にわかにみずから行軍し、旗を掲げて将軍を斬り、大勝して帰れば、身はもとより逆旅に臥していた。ひどく疲れ、静かに臥すこと三四日して起き、ほんとうに官軍が鎮江を回復したことを聞いた。それからは二度と増減司にいって事を治めることを夢みなかった。閔は後に石門の教諭となり、任地で天寿を全うし、ほかに異常もなかった。

呉沙陽は、帰安の諸生で、かつて山東に客となった。かれの子は年が十九で、家で勉強していた。呉がある晩ふと夢みると、かれの子が馬に騎って来、路で会った。その子を、どうして馬から下りないかと責めたが、答えなかった。追いつき、ともに語ろうとすると、その子は振り向き、鞭を挙げて打とうとしたが、傍らから一人の白鬚の老人が怒鳴って止めて言った。「この人はおまえに十九年の養育の恩があるから、いかん。いかん。」呉はそこで目ざめた。一月あまりして家書を得たが、その子はその日に死んでいた。

羅某は肉屋を営み、ある日、豚を殺そうとしたところ、豚が人の言葉を語って言った。「わたしは翌日死ぬが、なんと早いことか。」そこで殺さなかった。翌日、また殺そうとすると、豚はまた言った。「わたしは重さが九十斤になって死ぬが、今は八十七斤にすぎないのだから、なんと早いことか。」羅は恐れ、その豚を人に売り、職を改めて二度と屠らなかった。柯某も肉屋を営み、ある日、豚を柵に捕らえていたところ、二匹の豚が向かいあって人の言葉を語っていた。一匹が言った。「今日おまえは去って転生するが、わたしも明日一刀の苦しみを免れない。おまえに従って去るから、すこしわたしを待て。」もう一匹は言った。「承知した。」。柯はそれを聞き、やはり職を改めた。さらに鄭某は、やはり肉屋を営んでいた。かれの仲間の鄭三は楼上に臥していたが、夜半に突然楼から下り、みずから左手を砧に置き、右手に刀を挙げて断ったので、血は流れて身に満ち、大声で叫んで地に倒れた。みな驚いて起き、かれが蘇るのを待って尋ねると、言った。「人がきて豚足を買おうとしたので、切ってわたしたが、みずから手を断ったとは気づかなかった。」そう言うと死んだ。この三事はすべて閔君小圃が語った。三人の肉屋はいずれも湖州の農村の人であった。

金華府城外に某家の妻がおり、寡婦(やもめ)であった。同治壬申年正月望日、村内で劇を演じ、家中がいってみたが、女だけはゆかなかった。二更過ぎになり、かれの夫の弟が先に帰り、女を呼んだが答えなかった。窓の隙から窺うと、室内は暗闇で、ただ女の牀の前に緑の焔一筋があり、燃え尽きようとしている灯のようであった。火に用心していないことを恐れたので、扉を破って入り、燭で照らせば、妻はひとり椅子に坐していたが、膝から上はすべて焦げて黒い炭のようになっており、頬だけが焦げておらず、臭くて近づけなかった。たいへん驚いたが、火がどこから起こったかは分からなかった。足元では火炉がすでに冷たくなっており、さらに鞋(くつ)と襪(くつした)は燃えていなかったので、炉からおきたのではなかった。これは第五巻に載せた咸寧毛氏の下女のこと[127]とともに不可解である。

仁和の典史福建の林公汝霖[128]は、字を小岩といい、庚申の年に杭城が陥った当初、衣冠して広間に坐し、賊を罵り、家族とともに死んだ。賊が平らいだ後、当事者は朝に奏聞してやり、かれの遺骸を集め、孤山に葬り、さらに祠を建てたが、今のいわゆる林公祠がそれである。公には二子がおり、慶生といい、��生といい、いずれも賊に殺されたといわれていた。光緒己卯年[129]になり、楚人の羅君がきて浙江を旅し、あまねく湖山の景勝を見た。林公祠にゆき、壁刻碑記を読み、その事実を知ると、粛然として敬った。とどまること数ヶ月、ふたたび楚に帰った。一隻の小舟を雇ったところ、水夫はたいへん誠実で、その姓名を尋ねると、言った。「姓は李、名は��生といい、湘郷のものでございます。」家に誰がいるかを尋ねられると、言った。「老父がおります。」母が死んで何年か尋ねると、言った。「母はおりません。」驚いて委細を尋ねると、言った。「わたしはもともと福建の林家の子で、祖父は��県で官となり、わたしは��で生まれましたので、��生と名づけられたのでございます。年は八歳で、父が浙江で官となるのに従いましたが、城が陥り、賊に攫われて金陵にゆきました。李翁というものが憐れんでわたしを育てましたが、それが今の老父でございます。後にかれが逃げかえるのに従い、かれの姓を姓とし、舟を操ることを生業としております。李翁は妻がいませんでしたので、わたしに母はおりません。」羅は嘆いて言った。「だとすれば、あなたは林公子さまでしょうか。」羅には浙江で役人となった季父(おじ)がいたので、すぐ手紙を急送して告げた。かれの季父(おじ)は唐芸農[130]観察に言い、観察は譚文卿[131]中丞に言い、中丞はすぐ湖南に移咨[132]し、湘郷の令に旅費を援助させて浙に来させた。光緒六年四月十二日に杭州にゆき、喪服を着て墓で哭した。中丞はすぐそのことを上申し、雲騎尉[133]の世職を継がせた。林公は忠臣であったので、もとより子孫がいて当然だが、羅君なども心ある人であったといえる。

杭州孫氏の娘は、年が十五で同県の高在端に嫁いだ。わずか五か月で粤賊によって城が陥ると、夫婦はともに逃れた。途中賊に遭い、妻は逃れたが在端は捕らわれた。賊が平らいだ後、探って在端がすでに死んだことを知ると、妻は家を借りて一人住み、他人の子を養って子としていた。時にその母も孑然として身寄りがなかったので、迎えて来、ともに一室に住んでいた。妻は上はその母に仕え、下はその子を育て、ただ夜に針仕事して暮らし、篝火をつけて夜なべし、朝になってもやまなかった。性質は洒脱で、人に会えば談笑して自由自在、冗談を時折言った。母はかれの操は奪えると疑い、ひそかにその中表の某甲に媒妁させ、再婚を勧めさせた。妻は承知しなかったので、だんだん母は機嫌を損ね、つねに小さなことで罵るようになった。妻は夫が死んでから、悲しんで病となっていたが、日夜働き、その母に纏いつかれ、このようにして十余年、病はますます烈しくなった。子はすでに生長し、自立しているのに、自分はこのように病み、生きていても面白くないと思ったので、夜に乗じて首を吊った。この時、その母はすでに寝ていた。突然、大声で呼びおこす者がいるかのようであった。いそいでその子および同居している徐叟とともに妻の部屋に入れば、妻はすでに梁に懸かっており、一人の繭紬の袍を着た老人が手でその足を支えていた。三人が入ると、老人ははじめて見えなくなった。そこでぶらさがっているのを解くと、さいわい死んでいなかった。みずから言うには、縊れた当初、老人がつよく止め、言った。「お子さんは悪くなく、あなたはふたたび苦しんで操を守ること十年、かならず佳境があろう。神明はあなたの苦節に負かない。」この老人は社公であろうか。

江浙の間でおよそ手工を学ぶものは、かならず三年で修了し、修了した後はその師のために三年働き、代金を取らない。だから諺に「学ぶは三年、助くるは三年」といい、六年の後、かれがゆくに任せ、師が留めようとすれば、かならず代金を与えるのである。杭州の艮山門[134]外に棕繃[135]店があり、その弟子陸阿毛は六年が満ちていた。師は語った。「わたしには娘がおり、年は十五、おまえと年が近い。おまえがさらにわたしを三年助ければ、娘をおまえにめあわそう。」陸は欣然として従った。さらに三年、ますます励んだが、その師は家計はやや豊かになると、その娘を商人の子に嫁がせようとし、前約に違った。陸が言ったことを実行することを請うたが、承知しなかった。代金を払うように請うたが、三年間の代金は都合数万銭で、師はそれも惜しんで与えなかった。陸がしばしばそのことを言うと、師は怒り、殴って辱めた。陸はたいへん憤り、縊れて死んだ。陸はもともと家がなかったので、師に文句を言うものもいなかった。隣家の人ははじめは不満であったが、師は手厚く葬ることを約し、やはり他言することはなかった。すると毎晩、幽鬼の哭き声が聞こえ、朝になってはじめて止んだ。また陸が死んだ時、口と鼻から地に血を流していたが、その場所は夜になるとかならず碧い焔を発し、熒熒として火のようで、高さは一尺ばかり、水で洗い濯いでも、結局除けなかった。師はその娘に祭らせ、さらに祈って言った。「嫁いだ後、子を生めば、かならずあなたの後継ぎにしましょう。」それからそして安静で恙なかった。

光緒丙子[136]の夏、義烏の農村に某家の子がおり、わずか十余歳で、夜、楼上に宿っていた。かれの父が外から納涼して帰り、楼に登って寝ようとすると、その子が見えなくなっており、呼んでも返事しなかった。家人は声を聞いてみな集まり、隣家も集まって来、炬火を執ってくまなく探したが、杳として踪迹がなかった。驚き、疑い、捜していると、突然、その子がぼんやりと階の前に立っているのが見えたので、尋ねると、答えず、しばらくすると言った。「一人の白髪の翁が楼上に来、ぼくに草履一双を着け、ぼくを招き、ともにゆこうとして言いました。『わたしについてくれば、果物を食わせてやろう。』ぼくは言いました。『家では棗の実が熟していて、食べきれませんから、どうしてあなたの果物を貪りましょう。」翁はきびしく促しましたが、ぼくは泣いてゆこうとしませんでした。翁は手でぼくの口を摩り、背負って窓から出、空に上ってゆきました。ゆくこと一里ばかりで、家の人が探して呼ぶ声が聞こえましっので、言いました。『はやく放して帰らせてください。家族が来ました。』翁はそこで逃れて草履を着け、やはりぼくを背負って帰り、塀の外からはるかに抛ちましたが、物を投げるかのようでした。」結局、翁が何のあやかしかは分からなかった。

咸豊年間、金華の沢塘[137]に船頭で名を興というものがいたが、話者はかれの姓を忘れた。かつて新安江にいった時、五六人がその舟を雇い、上陸すると、一本の銅の椎を出して舟を雇った代金にあてた。その椎を見ると、龍九匹が刻まれており、彫刻は精緻であった。その人は言った。「これは九龍椎だ。わたしの祖父が某省の軍門[138]であった時に手に入れ、数代珍蔵していたのだ。」興はそれを受けとって所蔵した。家に帰り、舟を置いて陸を歩いていたところ、路で一人の婦人に会ったが、興にどこへゆくかと尋ねたので、言った。「沢塘にゆこうとしています。」婦人はともにゆくことを願った。小さな橋にゆくと、婦人は袖の中から酒一壷、粽二枚を出し、興に与えて言った。「ひとまず召し上がってください。わたしはいってすぐまいりましょう。」興は飲み食いしたがその後婦人は来なかったので、壷を持って進んでいった。すると若い女が林で縊れていたので、いそいで解いて救い、苦しんでいることについて尋ねれば、かれの家で酒、粽がなくなり、女が盗んで食らったと疑われたので、怒って死ぬことを求めたのであった。興は壷をその家に示し、さらに見たことを述べたので、はじめて縊鬼が弄んでいたことを悟った。興がさらに半里ばかり進んでゆくと、婦人に会ったが、怒って言った。「おまえはわたしのことを台無しにしたから、今はおまえを許さない。」すぐ怪しい姿を現し、舌を長さ一尺ばかり出したので、興が嚢を開き、椎を出して打つと、電光があるかのようになり、幽鬼はすぐに見えなくなった。そこでこの椎はもとより神物であったことを知った。後に舟で七里瀧[139]にゆき、大風に遭い、舟は覆りそうになった。興は椎は霊験があるから、かならず風を防げようと思い、縄を椎に繋いで水中に入れると、火光が迸しり出、縄は切れ、椎は沈み、ふたたび出られなかったが、風波は案の定収まった。

義烏[140]の人陳坡は、字を東屏といい、官職は寧遠の県令であった。時に傜民が乱をなしており、前任の楊林は城を棄てて逃げたが、陳が来ると、はじめて平らいだ。それより前、民間で文昌閣を毀ったところ、地を掘って石を得たが、その文にこうあった。「龍尾蛇首、犬は逐ひ人は走り、三木ひとしく折れ、一土ひとり守る。」ここにいたって「三木」とは楊林をいい、「一土」とは坡をいっていたことが明らかになった。また陳は、在官していた時、夢みてあるところに遊んだが、額に「蒲団寺」とあり、壁に詩があった。「破壁頽垣迹すでに荒れ、人間幾度か滄桑に感ずる。しかず小小たる蒲団寺、万古鐘声夕陽にいたる。」後に陳は故郷に帰った。咸豊辛酉[141]に賊が義烏を陥れると、陳は避けて城外の観音堂にゆき、一目みると愕然として言った。「ここが夢の中で経た蒲団寺だ。」翌日、賊が来、殺された。

湖州の人朱新甫は、咸豊庚申[142]の年に、兵を呉江県の莘塔鎮[143]に避けていた。たまたま茶屋に坐していたところ、一人の男が老いたものを扶け、幼いものを連れ、五十余歳の一老翁の前で叩頭し、泣きながら語っていた。情況はたいへん緊迫していたが、老翁は夷然として顧みなかった。朱が怪しんで尋ねると、言った。「わたしとこの翁は、いずれも塩城の人でございます。わたしは去年眷属を連れ、小舟を操り、ここにきて塩漬け魚を売りましたが、賊に奪われてしまいました。一家七人は、さいわい死なず、乞食して暮らしております。今この翁がまさに北に帰ろうとしているのに会い、その舟に便乗することを求めましたが、この翁は承諾しませんでした。ゆくゆくは他郷の餓莩となりますので、悲しんでいるのでございます。」翁は言った。「舟に便乗するのはよいが、ここから故郷までは千余里あり、あなたの一家七人の、途中の食費は銭七八千、わたしも小さな商いをする人間だから、どうして負担できよう。」朱は惻然として憐れみ、すぐ嚢を探り、洋銭六枚を取ってこの人に渡したところ、謝して去った。茶店に人がいたが笑って言った。「あなたはあのものに騙されたのでございます。あの七人は老翁とすべて一味でございます。」朱はなおも信じなかった。ある晩、河原に用事があり、見ると数隻の小舟が泊まっており、篷の窓の下に、酒肴が並べられていた。窺うと、先ほど泣いて頼んだもので、老翁もおり、ともに飲食談笑してたいへん楽しんでいた。朱ははじめて店の人の言葉が偽りでなかったことを悟り、はじめはたいへん怒ったが、ついで笑って言った。「かれはもとより嘘をついたが、わたしは義挙であることを失わないから、何を悲しもう。」五か月たつと、賊寇が大勢来、住民は逃げ、河を眺めても舟がなく、死ぬ者はたいへん多かった。朱は妻子とともに波止場を傍徨していたが、ふと見ると一隻の小舟が来、舟を操っているものは前に会った塩城の人で、呼ぶとすぐに来、載せてともに免れたので、またあつく報いた。

紹興の人周某は、粤賊の乱で、賊に攫われて湖州にいった。賊魁はたいへん凶暴であった。ある日、一匹の狗が地に脱糞すると、賊魁は怒り、飼っていた狗をすべて殺した。最後に一匹の黒い狗が、悲しみ叫んで許すことを求めているかのようであった。周はたいへん賊魁と親しかったので、つとめて殺さないことを請い、従わせた。周はこの狗をほかのところに預けて養わせた。数ヶ月して、周が賊の中からとび出すと、狗はついていった。徳清にゆき、荒れた廟に宿った。晩になると、狗が突然かれの榻に登ってきたので、周が驚いて起きれば、戸外に人がいて切切と耳語するのが聞こえた。そもそもかれが賊の中から来たことを知り、殺害して所有物を取ろうとしていたのであった。周が扉を破って出ると、数人が刃を露わにして追ってきたが、狗は狂ったように咬んだので、周は免れられた。後に回り道して紹興に帰った時、大風で舟が覆り、周は水に溺れたが、狗も水に入り、その衣を銜え、岸に引いていったので、死ななかった。光緒元年、周が杭州の城隍山におり、狗もまだいるのを見た人がいた。

呉江黎里鎮には尼寺が多かったが、登徒子[144]がその中に遊び、青楼のようであった。ある農家の妻はもともと青蓮庵の一尼と知りあいで、かれがしていることを羨み、しばしば庵に寄宿した。尼はすぐに誘って不良少年と淫行させた。かれの夫はしばしば舟で来、妻を迎えて帰ったので、尼は嫌に思い、妻と謀ってその夫を殺そうとした。妻ははじめは承諾したが、その後悔いた。ある日の薄暮、夫がまた舟で来たので、尼と間男は偽って某所にゆきたいと言い、その夫に載せてゆかせ、同時に妻を招いて伴わせた。ゆくこと数里で、天は暝くなり、煙水は渺茫とし、杳として人迹がなくなると、尼と間男は力を込めてその夫を河に推した。妻はたいへん驚き、手を伸べようとしたが、押さえて許さなかったので、妻は大声で叫んだ。尼は言った。「人に聞かれれば、あなたは極刑を受けますが、わたしは恐れることはありません。王法は僧尼を殺しませんから。」妻は信じたので、忍んで泣かず、やはり尼に従って帰った。数日すると、かれの夫の弟が来て兄を探したが、尼と妻はいずれもこちらに来なかったと言った。その夫の弟はあまねく探したが、知る者はいなかった。たまたま歳が暮れようとしていたので、妻も家に帰ったが、ひそかに酒食を準備してその夫を祭り、さらに祈って言った。「死んで知覚があっても、わたしを怨まないでください。」夫の弟はそれを窺い見ると、闥を排して入り、事情を問い詰めたが、妻はかたく認めなかったので、妻と尼を捕らえてお上に訴えた。官が厳しく質すと、はじめて事実を明かしたが、残念なことにかれの亡骸は見つからなかった。時に光緒三年正月十七日であったが、天候は突然大雷雨となり、亡骸が浮かびあがった。かれが死んでからすでに五十余日経っていたのに、顔は活きているかのようであった。尼の間男はとっくに逃げ去っており、官は下役に命じて捕らえさせようとしたが、見つからなかった。下役が亡骸に祈ると、その夜、死者が下役の夢に現れて言った。「その人は江寧水西門[145]外某姓の飯店にいます。」その言葉通り、ほんとうに見つかったので、みな法律通りに断ぜられた。

平望鎮の人王阿毛は、蛙を食らうことを好んでいた。鉄の針を作ったが、長さは二尺ばかり、一匹の蛙を捕らえれば、針でその頚を穿ち、針に満ちるとはじめて担いで帰り、食事にしていた。このようにすること数十年であった。ある日、かれの親戚の家にいったところ、親戚はかれを泊まらせた。その夜、遠くで失火があり、阿毛は屋根に登って眺めていた。その家は河に臨んでおり、盗賊が波止場から屋根に攀じのぼることを恐れていたので、檐の端に鉄条数十を列ね、すべてその末を鋭くし、鋒刃のようにしていた。阿毛は足を滑らして落ち、鉄条はたまたまその頚を貫き、叫んでたいへん悲惨であった。救うものは施せる術がなかったので、長い梯を水中に立て、人々は梯にそって上り、はじめて阿毛を外しておろしたが、すでに息絶えていた。かれの死のありさまはさながら蛙のようであった。

盛凝之は、蘇州の人で、若くして父を失い、貧しかったが、生まれつきたいへん聡明であった。十四歳の時、『十三経』はすでに学び終えていた。かれの季父(おじ)は両替屋で商いを学ぶように命じた。ある日、その主人はかれに金を持たせて某所に赴かせた。陋巷を出、見ると、ある貧家に数人が集まって泣いてたいへん悲しんでいた。わけを尋ねると、隣人は言った。「この家の某人は死んで三日になりますが、児女三四人を残し、貧しくて納棺できませんので、集まって泣いているのでございます。」盛が幾ら掛かるかと尋ねると、言った。「銀二十両がなければ納棺できません。」盛はちょうどその額を持っていたので、すべて与え、店に帰ろうとせず、平素からよく知っている僧寺にいって宿った。店主はひさしく待ったが来ず、かれの家を探しても、見つからなかった。そこで季父(おじ)と三日探って、はじめて僧寺で遇った。質すと、事情を告げ、死者の家に尋ねると本当であった。季父(おじ)はかれを痛打した。寺僧は宥めて言った。「したことはよくありませんが、その心術は好ましゅうございます。」季父(おじ)はそこで許して去らせた。盛は仕事を失ったので、寺に留まり、ふたたび勉強した。三年後、博士弟子員に補せられ、はじめてその家に帰った。咸豊庚申年になると、盛は年がすでに四十余であったが、賊に攫われて揚州にゆき、年を越して逃れた。儀徴のある破廟に流寓し、占いして自活し、まもなく病んで死んだ。廟僧が野に槁葬[146]することを謀っていたところ、突然守備[147]の洪君が廟に来、その姓名住所を尋ねて知り、言った。「わたしの同郷だ。」まもなく、かれの母を呼んでともに来させた。母は言った。「昔、おまえのお父さんのために葬儀を営んだ人は、この人と姓名がまさに同じだが、ほんとうにその人かは分からない。」そこで銀三十両でかれの屍を収め、棺を廟に預け、僧によく番するように頼んだ。乱が平らぐと、洪は官位は参将となっており、みずから蘇州にいって盛氏を尋ね、盛凝之は恙ないかと尋ねると、その家は言った。「乱の時に賊に攫ってゆかれ、今では生死が知れません。」洪はさらにくわしくその年齢容貌を尋ねると、泣いて言った。「それならば、恩人は亡くなったのですね。」そもそも以前陋巷で死んだ者は、洪の父だったのであった。洪は年が十七の時、江寧督標[148]に身を寄せて兵となり、功を積んで参将にいたった。かれの母はその日すぐに盛の姓名住所を尋ねて知り、しばしば子のために語り、報恩を謀るように命じていた。以前真州[149]の廟に殯せられていたものがかれでないことをなおも願っていたが、今回、ほんとうにそうであることを知ったので、盛は妻子をつれて儀徴にゆき、かれの柩を帰葬し、さらにあつくかれの家を救済した。

ある友人が二つのことを語った。一つは前世の夫が今世で女となったこと、一つは前世の妻が今世で男となったことであった。二つの事はきわめて奇妙で、記録すべきである。話によれば、銭某というものがおり、呉の人であった。妻は亡くなり、納棺しようとしたところ、突然、蹶然として蘇り、目を瞠ってその夫を見て言った。「あなたは誰です。」夫はうわごとを言っているかと疑った。妻はすぐ起きて坐し、その部屋を見まわして言った。「ここはどこです。」その後、鏡を引きよせてみずからを映すと、大声で泣いて言った。「わたしはもしや娘になってしまったのか。」そこでその夫に告げて言った。「わたしは閩人の王某でございます。病んで死に、冥土にゆきますと、冥王はわたしの寿命が尽きていないと言い、二人の幽鬼に命じて送りかえさせました。途中大風に遭い、二人の幽鬼は風に吹かれて去り、行方が知れなくなりました。わたしも身が軽く葉のようになり、風に任せて飄り、落ちてこちらに来ましたが、娘に化してしまいましたとは。わたしはもともと男子で、読書して字を知り、暮らしも人並みでしたが、妻は孕んで子を産んでいませんでした。今はどうしたらよいのでしょうか。」そう言うと、また大声で泣いた。その夫はあれこれ慰めたが、答えなかった。はじめは食らわず、空腹に気づくと、やや飲食を摂った。夫がともに寝ようとすると、かならず拒んで入れなかった。このようにして数ヶ月、その夫のために計らうものがおり、言った。「飲食男女は、人の大欲だ。かれが飢えてむりに飲食したなら、どうして欲念がなかろうか。男女の欲で誘うべきだ。」夫はそこで平話[150]を語るものを探し、毎日淫乱なことを語らせた。妻ははじめは楽しんで聞いていたが、数日後、突如として言った。「わたしは女でございますのに、どうしてわたしにそのようなことを説くのです。」手を振って出させた。この夜、夫が近づくと、もはや拒まず、夫婦となり、常人のようであった。一年あまりして、情誼はたいへん厚くなったが、その夫に哀願して言った。「わたしの家は閩にあり、杳として消息がなく、妻が産んだのも男か女か分かりません。わたしといっしょに探りにいってください。」夫はかれの思いを無にするに忍びず、ともに閩に赴いた。かれの家へいって話すと、その家はまったく信じなかった。妻はそこで逐一前生のことを述べたが、すべて拠りどころがあり、さらにその妻に以前の閨房の秘事について語ったが、他人が知れないことであった。妻はそこで大声で泣いたが、その後は泣くのをやめて笑った。かれの前世の妻は、すでに遺腹の男子を生んでいたのであった。数ヶ月とどまり、はじめて帰った。一年後、妻は受胎して一人娘を産んだので、すぐに前生の子を婿とし、両家は親戚となった。さらに鄒某というものがおり、浙西の老儒で、妻が死んですでにひさしく、二子一女を遺していた。二子は娶らず、娘はすでに嫁いでいた。老儒は生徒を教えて生計を立てていたが、家は壁が立っているばかりで、衣食は充分でなかった。とある日、一人の少年が来たが、裘馬はたいへん雅で、老儒に揖して尋ねて言った。「もしや鄒某さまでしょうか。今年お幾つで、娘さんは一人、お子さんは二人でございましょうか。」老儒は怪しんで尋ねた。「なぜご存知なのです。」若者は言った。「わたしは前生であなたの妻でございました。死後また山西の某姓の家に生まれましたが、某姓はもとよりたいへん富んでおり、わたしは資産数百万を擁しています。あなたが飢え凍えていることを思い、つねに救済しようと思っておりましたが、父母がいましたので、とおくに旅しようとはいたしませんでした。今、父母は天寿を全うしましたので、訪ねてきたのでございます。」そこで逐一前生のことを述べたが、やはりすべて拠りどころがあり、ともに部屋に入り、手ずから平生の遺物を点検すると、欷歔して絶命しそうになった。その後、二子が来ると、いずれも幼名で呼べ、その夫に言った。「わたしは万両を持ってこちらに来ましたから、二子にはそれぞれ四千を与え、娘には一千を与え、一千であなたの老年を楽しませ、これ以上、村学究はさせません。」女はそのことを聞き、夫の家から帰ってきたが、この若い男子を見ると、恥じらって進まなかった。若者はかれの幼名を呼んで言った。「阿巧はわたしを覚えていないか。」かれの手を執って泣いた。数日し、老儒を招いてともに前生の骨を埋めたところにゆくと、蓬顆[151]敝塚[152]が、荒榛蔓草の中にあったので、さらにしばらく欷歔し、地を買って改葬し、くわえて老儒の寿塚を営んであげた。逗留すること数ヶ月で、はじめて辞して去った。老儒は長男に命じて送り帰らせ、それからは往来し、親戚のようにした。

淮安の農村に一人のめくらが来、人の寿命を推測すれば神のようであった。李氏の子がいって占わせると、めくらはかれは一生衣食が足り、災禍はなく、子女はそれぞれ六人だが、二人の妻を持つと断じた。李は笑って言った。「わたしは農家の子で、やもおでなければ十分でございます。どうして二人の妻を持ちましょうか。」めくらは言った。「いいえ。命はこのようでございます。」さらに陳叟が家に招いてき、すべてその家人の運勢を占わせると、逐一たがわなかったが、その娘にいたると、言った。「側室の命(さだめ)でございます。」陳叟は怒って言った。「老いぼれはいささか田地を持っているから、娘を妾にするようなことはしない。」めくらは言った。「いいえ。命(さだめ)はこのようでございます。たとい妾となられなくても、やはり正妻ではございません。」その後、李氏の子は趙家から娶ったが、わずか六か月で一子を産んだので、郷里は大笑いした。李の父は家の恥となることを恐れ、実家に帰した。趙の娘はもとより貞淑で、実家はかれが浮気していないことを知っていたが、六月で子を産んだので、みずからを釈明するすべがなかった。帰ることを願っても叶わなかったので、留め、やはりその子を育て養った。李氏の子は再婚したが、それがまさに陳叟の娘で、わずか六月で、やはり一子を生んだ。そこで趙の娘の父母兄弟はみな李家の門口で騒いで言った。「おまえは娘が不貞だと言ったのは、六か月で子を産んだからだった。今、陳の娘も六か月で子を産んだが、どうしたのだ。留めるならばともに留め、逐うならばともに逐い、一人は留めて一人は逐うならば、訴えを起こそう。」李父子がどうしようもなくしていると、その宗族と姻戚はみなかれの父に言った。「あなたの子は二度娶り、いずれも六か月で子を産みましたが、趙、陳両家は汚れない旧家で、二人の娘もいずれも方正で、きっとほかの事情はございません。これは疑いないことでございます。趙の娘を迎えて帰らせ、陳の娘とは姉妹と称させるべきです。」しかし陳の娘が趙の娘より一歳年長であったので、趙はなお怒り争った。そこで長幼を順序とせず、前後を順序とすることを謀り、趙を姉とし陳を妹とし、事はそれで収まり、二人の娘はいずれも従順でなかなか睦まじくした。まもなくそれぞれ受胎し、期日を過ぎても生まれず、十二か月経ってはじめて生まれたのは、いずれも女であった。その後、男女が交互に生まれた。男を産むのはすべて六か月、女を産むのはすべて十二か月であったので、人々の疑いはすべて解けた。二人の娘はそれぞれ三男三女を生んだ。李氏の子はほんとうに二人の妻を持ち、子女はそれぞれ六人、陳叟の娘は結局側室となり、めくらの言葉はすべて験があった。

最終更新日:2011年8月23日

右台仙館筆記

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