右台仙館筆記/巻七

樊君希棣、字は萼楼は、湖北咸寧の人で、わたしの長男の妻の三兄であった。貴州貴定県[1]で官をしていた時、大病し、死んで蘇った。みずから言うには、死んだ時、まったく苦しくなく、内署[2]から出て大堂にゆき、しばらく徘徊し、階を降りた、儀門[3]から出ようとすると、一人の叟が外から駆け込んでき、つよく引いて入らせ、「公が去れば百万の生霊は誰に属するのでしょうか。」と言った、内署に送り込まれると、蘇ったが、一夢のようであったということであった。萼楼には文武の才幹があり、黔中で十余年官となり、功を積んで監司[4]にいたった。かれがはじめて貴定に来たとき、賊は囲んで攻めたが、萼楼は雉堞[5]の間にいて、士卒とともに苦しみに甘んじたので、兵民はすべてかれのために働いた。賊と大小百戦し、身に十数創を受けた。その後に貴定の民はみなかれを敬愛推戴し、つねに公務で省城にゆくと、かならず数百人が従っていた。萼楼は城外に留まらせたが、従って城内に入るものはなお数十人いた。来れば上司の門で騒いで、言った。「わたしたちのよい役人を奪わないでください。」そのため貴定で知事をすることがもっとも長く、郡守に抜擢されても、県庁にいるときは、やはり県令の冠服で政務を執り、すでに転任したと言おうとしなかった。貴定は省城の東北九十里にあれば、この時、上司もかれを頼って重んじていたという。萼楼は忼慷[6]として大志があり、よく兵を用い、後日四夷で天子に事がある時は、死さえ辞そうとしないとみずから言っていた。わたしはたいへん勇ましいと思っていた。年が四十足らずで歿したのは、惜しいことであった。わたしはもともと伝記を作って文集に残してやろうと思っていたが、ぐずぐずして果たさなかった。ひとまず概略を撮り、筆記に残す。古来忠臣義士は、つねに稗官小説を借りて伝えられ、碑版[7]の文章となった後に四裔に輝く必要はない。

余炳文は、字を朗斎といい、やはり咸寧の人であった。わたしの親家翁[8]樊玉農観察にとっては妻の兄弟の子であったので、普段、樊家で金銭の出納を司り、誠実で不正がなかった。さらに丹青をよくし、わたしの長男の嫁がやや写生を知っているのは、かれが教えたのであった。晩年、家におり、まったく病まなかったが、ある晩、ふと夢みると、玉農が召して去り、ふたたび家事を任せた。時に玉農は亡くなってひさしかったので、目ざめると人に語った。「わたしはもしや死そうになっているのだろうか。」まもなく、結局、病まないで亡くなった。かれの子供たちはみな先に亡くなり、一人の孫だけが残っていたが、闉跂[9]支離[10]で、あらゆる醜さが備わっていた。ある人は、余君は長者だったのだから、このようなことがあるべきでないと訝った。長男の嫁は、かれの居室は、日が晴れやかでも暗く感ぜられる、かれの家が寂れたのは、このためかと言っていた。しかしかれの中子[11]は名を守鐘、字を韻笙といい、貴州龍里県知県となり、なかなか政声があった。賊が囲んで攻めても、固守すること一年あまり、賊はかれを破れなかった。離職する時、賊がにわかに来、城は陥った。人民はかれを擁して脱出逃走させ、数十里ゆくと、逃れられた。かれを助けたものがやや疲れ、隙をみて城に馳せ戻ろうとすると、途中で賊に遭った[12]。賊もかれを知っており、「これはよい役人だ。」と言い、殺さないように戒めた。そこで賊の刀を奪い、賊数人を殺したが、賊はやはりかれを殺さなかった。結局、入水して死んだ。この人は、もとより循吏および忠義伝の両方に収められるべきであった。朗斎はかつて長男の嫁を送り、湖北から蘇州に来、わが春在堂に十日留まった。わたしは杭州におり、帰ると、二晩たらずで朗斎は去っていった。長男の嫁がいうには、朗斎がここにきたのは、わたしにかれの子の伝を作ることを求めようとしたからだ、慌しかったので、伝えることができなかったのだということであった。わたしはかれの思いを悲しく思い、ついでにここに記す。『斉諧』志怪書は野史というに足りないが、ひとまず朗斎の語らなかった意に沿おう。

孫某は、帰安の諸生であった。病んで死にそうになり、ぼんやりとしていると、冥隷[13]が牌を持って来たが、牌には「帰安学の生員孫某を捕らえよ」と大書してあった。孫は言った。「ゆかないことができますか。」隷は言った。「冥府の罪人は人の世と異なり、逃れられない。」手厚い賄賂を約束したが、やはり承知しなかった。促してゆかせ、大きな官府につくと、孫を引いて入らせ、案(つくえ)の前に跪かせた。神は尋ねた。「おまえは孫某か。」「はい。」孫は叩頭して母がおり、年は七十余りなので、一紀の寿命を増し、老母を養わせてくださいと偽称した。神は怒って言った。「おまえは平生善行がなく、高利貸しして重い利を得ることを知っているだけだから、寿命を減じられなければ幸いなのに、寿命を増すことを望むのか。」案頭の一冊を取り、朱筆で点じ、筆を砰然[14]と投げたので、どきどきして目が醒めた。家人にそのことを語ると、その晩に死んだ。孫の母は、実際は以前に死んでいたのだが、神がこのことを理由にしてかれのでたらめな要求を叱責しなかったのは、帳簿を調べておらず、神も気づかなかったのであろう。孫は桑田数十畝を持ち、養蚕する時に葉を人に貸し、新しい絲がとれると、葉の代金を受けとっていたが、かならず市価の数倍にしていた。神が言っていた「重い利」とは、もしやこれか。

蘇州の察院街[15]は、市居が稠密で、貝松泉筆店[16]があり、筆はなかなか良かった。光緒戊寅年[17]、その店でしきりに火災があったが、その理由はまったく分からなかった。一件は、柱が複壁の中にあり、にわかに火が柱から起こり、延焼して梁に及んだのであった。一件は飯籮[18]を宙に懸けていたところ、突然四方から烈しい焔が騰がり、いそいで結びを解いて消しとめ、籮が焼け焦げなかったのであった。技芸を学ぶものがおり[19]、朝起きると寝具を巻いて束ねていたが、その後、煙が中から出たので、開いて見れば、掛け布団の中の麻が焼けていた。店では火を起こそうとしなくなるにいたったが、火はやはり止まなかった。一月に四五度起こり、隣人は驚き騒いだ。ある人がこれは狐魅がしているのだろうと言ったので、すぐ室内に位牌を設けて祭ったが、禍をなすのは相変わらずであった。ある士人が語った。「妖は徳に勝らないから、つとめて善事を行えば、祓うに十分だろう。位牌を設けて祭るのは、まさにその焔をたすけることで、益がない。」主人はかれの言葉に従い、みずから神に誓い、つとめて善事を行い、設けてあった位牌を撤去すると、火災はとるかのようにやんだ。

盛翁は、紹興柯橋[20]の人で、幼くして唐栖[21]の宋氏に雇われていた。宋には娘がおり、姚氏に嫁いでいた。後に宋家は没落し、童僕を養えなくなる、盛は宋女に従って姚に属した。姚は一族が集まって住み、人はきわめて多く、毎晩三四更になっても、なお出入りするものがいたので、大門はつねに閉ざされていなかった。こそどろが隙をみて入ることを心配したので、盛に命じて坐して番をさせた。盛は姚家にいること数十年、その仕事に勤み、すこし貯えができた。宋家のもとの主人が貧しかったので、つねに援助していた。後に老いと病で家に帰ったが、かれの子はなお唐栖にとどまっていた。翁は病が篤く、家人に語って言った。「わたしは今日死ぬが、わたしの子は来ないから、さらに待とう。」遅れること二日、子が来ると、翁は死んだ。盛は小人であったが、なかなか節操があったので、死ぬ際、去るのが思いのままであったのである。

闌胡[22]は、またの名を弾塗といい、海浜の小さな魚である。形は鰍[23]のようで、長さは二三寸、潮が退くと、汚泥を跳びはね、ほぼ数千万匹である。定海の六横嶴[24]の人はつねに捕らえて食らっている。しかし、人は泥の中をゆくとかならず陥るので、かならず泥鰻に乗って、闌胡を捕らえられるのである。泥鰻は、板で作り、人はその中に坐し、片脚は外にし、脚で押し、一推しすれば進むこと数丈ほどであった。その闌胡を捕らえる法は、まず竹筒千百をあまねく泥の中に挿し、泥鰻に乗って東西に馳せて追うのである。闌胡は孔に遇えばかならず跳び込み、すべて竹筒に入るのである。粤賊が定海に寇なした時は、まず六横にいった。六横の地は、八甲[25]に分かれており、上四甲、下四甲の名があった。下四甲はすでに賊に降っていたが、上四甲には王大綏というものがおり、字を博泉といい、籍は諸生で、一郷がかれを尊重していた。家に一匹の馬がいてなかなか優れていたが、あるものがそのことを賊に語ったので、賊はそれを得ようとした。ある日、下四甲の人が賊四人を率いてきて馬を求め、王は与えなかったので、賊は怒り、刀を抜いて脅した。すると郷里の人々がみな集まってき、賊はたった四人であったので、力は敵せず、殲滅せられた。翌日、賊が大勢来たので、王は郷里の人を指揮して防がせた。賊は舟を棄てて上陸しようとしたが、すべて泥濘に陥り、片脚を上げれば、片脚が陥った。王はそれを望み見ると、郷里の人に命じて泥鰻に乗ってゆかせたが、その進むさまは飛ぶようで、賊はみな手を束ねて死を待ち、賊を倒すことは数えきれなかった。そのため郷里の人は胆がますます太くなり、賊はしばしば攻めたが、かならず泥鰻に敗れ、結局六横を得られなかった。後に定海を攻めた時も、しばしば利を失ったが、これはさきに六横で失敗したことによっていた。そもそも泥鰻は漁具にすぎず、その造りはほとんど蘇文忠のいわゆる秧馬[26]のようである。この時、賊勢はたいへん盛んで、浙東西の郡県はすべて陥っていたが、区区たる海浜の民は、泥鰻で勝利していたのであった。不亀手の薬[27]は、ささやかに用いれば、綿を漂白するが、おおきく用いれば、越を破れるというのは、どうして本当でなかろうか。

馮夢香孝廉の弟則誠は、同治壬申年[28]に慈溪県城で読書していた。ある日、突然、江西の張真人府から使者が城隍廟に来たと伝えられたので、いって見た。するとほんとうに一人の使者が黄の風呂敷を背負っていた。中には文書があり、取りだして神前で焚き、真人府の封印で廟の門を三日封じた。そこで一県が喧伝したが、何ごとか分からなかった。数日後、県庁の一人の吏が言った。「これは遼東の某県のことだ。」遼東の某県で夫婦がともに路を歩いていたが、妻は急に小便したくなったので、やむをえず、路の傍らで小便した。その夜、夫婦がともに臥していると、戸を叩くものがあったので、夫が戸を開けて見にいったが、しばらくしても帰らなかった。妻も起き、出ていってその夫を見れば、腰が断たれていた。人は実は妻が殺したのだと疑い、お上に知らせたが、妻は口をきわめて冤罪であると称した。その日どこへいったか、何をしたかを官がくわしく質すと、妻はすべて告げた。そこで小便したところにいって地を数丈掘ると、一つの棺が見つかり、開いてみると、顔は活きているかのようであった。官は疑い、牒で真人府に尋ねた。真人府は返事した。「この幽鬼は元朝浙江慈溪県の人で、行商して遼東にいって死んだのだ。かれの幽鬼は凶暴で、妻が小便したのはまさにその棺であったので、幽鬼の怒りに触れたのだ。あの夜かれの夫を殺したのは、ほんとうにこの幽鬼だ。幽鬼はもともと慈溪の人だから、文を慈溪の城隍に移して沙汰しろ。」旧友に命じて二つの文を持って慈溪にゆかせ、一つは城隍廟で焚き、三日を限ってこの事件を裁き、廟門を三日封じさせ、一つは慈溪県に投じ、県吏にその詳細を知らしめた。わたしはこのことはでたらめだと思う。思うに袁随園老人の『新斉諧』に一事があってこれと似ているが[29]、州県が地方のことを治める時に、事が鬼神に関わるからといって牒で真人府に尋ねる理はけっしてない、これはきっと道流が旧事を飾り、愚民の耳目を感動させているだけであろう。わたしは呉下にいた時、真人府の法官が符籙を送ってきたと嘘をつき、金銭を集める人をしばしば見たが、この使者もきっとその亜流であろう。二つの文をもたらし、一つは城隍廟で焚き、三日を限って断獄するといっていたが、誰が実際にそれを見たのか。一つは慈溪県に投じたが、県令もひとまずいいかげんに聞いたにすぎない[30]。遼東の某県と言っているが、隔たることきわめて遠いので、誰が境を越えて訪ねようとしようか。投じた二つの文は、いずれも勝手につくることができ、そのでたらめを発ける者はいない。そのことは浙東西になく、さらに浙と隣接する諸省にもなく、遼東にあると言ったのを見れば、その準備も巧みであった。慈溪の人は、かれがさながら公牘を持って県署に投じたのを見ると、かならずふかく信じて疑わなかったので、かれはほしいままにその術をおこなえたのである。わたしの書は志怪であるが、これらのことはもとより信じない。

定海の大謝嶴[31]に甲、乙、丙三人がおり、兄弟であった。甲、乙はいずれも海蜇(くらげ)を掬うことを生業としていた（門人馮夢香がいう。「海蜇(くらげ)」の二字は、『閩中海錯疏』[32]に見え、今、俗称はすべてそうである。『文選·海賦』[33]の注[34]が引く『南越志』[35]には、「海岸にはたくさん水母(くらげ)があり、東海では[虫宅]という」とある）。『博物志·異魚篇』[36]には、東江[37]に生物がおり、ありさまは凝った血のようで、鮓魚という。おもうに古字は「[虫宅]」につくり「鮓」につくり、古音[38]ではいずれも魚虞部[39]の字であるが、今は「蜇」につくるので、支微部[40]の字である。やはり古今の語音の変化が見える）、丙はなお幼く、遊びを好んでいたので、二人の兄は煩わしく思っていた。ある日、海に入ろうとしたが、秘して知らせなかった。丙はそれを知ると、さきに舟にゆき、人気のないところに伏していた。途中までゆくと、乙は甲に語って言った。「今日弟は来ないので、すこし静かだ。」丙はにわかに出て、「ここにいます。」と言い、大笑いした。すぐあるところへいって舟を泊め、甲は上陸しようとしたが、舟を出るとすぐ、また舟に転がり込んでき、乙が次に出てもそうであった。丙はそのわけが分からず、出て窺ってみれば、一匹の大きな蛇がおり、太さは木の桶のよう、その色は真っ黒で、蟠って砂浜に臥し、人の声を聞くと、驚いて気づいたかのようにし、首を擡げて天に向け、口を開いて気を吐いた。その口は二またに分かれ、鋏のようで、口の中は鮮やかな紅で血のようであった。にわかに蛇の身はゆっくり伸びてまっすぐになり、蜿蜒としてそのまま去り、風の音が従っていた。その進むさまはたいへん速く、まもなく杳とした。二人の兄が驚いてそこに倒れているのにはじめて気づき、呼んで言った。「蛇は去りました。」甲、乙は蘇り、すぐ舵を漕いで帰り、再びこの仕事に従事しなかった。ある人が言った。丙がゆかなければ、甲、乙は生死が知れなかったが、丙がいったのは、しからしめた者がいたのだろうか。

汪某というものがおり、申、韓家の言[41]を習い、人物はもとより長者であった。夜は冥官となり、冥土のことを治めていた。三人がともに仕事し、いずれも本朝の衣冠を服していた。その真中に坐しているものは帽頂が珊瑚で、汪はその左に坐していた。ある晩、女の幽鬼が披髪して泣き叫び、書状を持って真中に坐しているものに呈した。真中に坐しているものは汪の前に持ってゆくように命じ、汪はそれを閲したが、訴えられているのはまさに汪であった。それより前、汪は某県の幕下におり、娘で人にからかわれて自尽したものがいた。からかった人は慣例では死罪を得る。汪はその自供書の中の一字を改変し、罪人は一等を減じて死を免れたので、女の幽鬼が訴えたのであった。汪はそのことが自分に関わっていたので、やはり真中に坐しているものに呈させた。中に坐しているものが幽鬼とながいこと語ると、幽鬼は大笑いして去ったが、汪は何を語っているか分からなかった。翌日になると、某県は県志を重修するので、汪に筆を執ることをこうたので、汪は幽鬼が笑っていたわけを悟り、この娘のために伝を立て、くわしくその顛末を述べ、県志に載せた。

丹徒の張氏は、望族であった。言い伝えでは、その先祖に某甫というものがおり、金陵にいって郷試に応じたが、寓所の家賃はたいへん廉く、室内は塵が積もること一寸ばかりであった。ともに寓している友はそこが不吉であることを疑い、去ったが、張はその値が廉かったので、留まり、楼の下に宿っていた。夜半になると、楼梯を歩く音がし、窺うと、二人は衣服がぼろで、顔色は惨淡とし、一人は壷を提げ、一人は扇を持ち、梯に拠って下り、中庭にいって立った。張はたいへん恐れ、その童僕を呼ぼうとした。突然さらに一人、頭に白い布の高い帽子を戴き、手ずから緑油傘を持ち、二人に語った。「新科[42]の解元がこちらにいるから、おまえたちははやく去れ。」そう言うと、三人はみな見えなくなった。翌日、隣人に尋ねると、この楼にはもともと縊れて死んだ幽鬼がおり、時に出て祟ることを知った。張はここにおり、結局恙なかった。この科でほんとうにて第一位に合格し、翌年進士となり、知県で終わった。

鎮江の柳某は、かれの一人の弟と二人の子を連れて金壇にゆき、歳試[43]に応じたが、試院[44]の付近の家賃はたいへん高くなっていたので、離れた場所に部屋を数間借りて住んでいた。家は深巷の中にあり、毎晩、しばしば幽鬼の声が[需鬼] [需鬼]然[45]とするのが聞こえたので、たいへん嫌に思い、幽鬼を逐うことを謀った。柳某は言った。「わたしは焔口経[46]を誦えて幽鬼たちを召そう。幽鬼たちがみな集まったら、二人の息子は巷の入り口に立ってかれらが出る路を阻み、わたしの弟は中で帚を持って空に向かって揮って打ち、ひどく懲らしめれば、その後、幽鬼は来ようとしなくなろう。」人々は言った。「承知しました。」その晩、準備がきちんと調うと、柳はたかく坐し、呪文を誦えて幽鬼を召し、二人の息子は分かれて前後の巷の入り口を守り、弟は帚を持って打ち揮い、柳はさらに鐃を鳴らして助けた。幽鬼の声は巷の入り口に来るとかならず引き返し、しばらくそのようにした。長男は叔父を呼んで言った。「叔父さんは疲れましたね。また来てこの巷の入り口を守ってください。わたしは叔父さんに代わって幽鬼を打ちましょう。」叔父は歩いたり立ったりして定まらず、突然地に倒れ、人に押し倒されたかのようであった。そもそも幽鬼はすでに逃げ去っていたのであった。後に二子はいずれも進士となったが、その叔父は明経[47]で終わった。ある人が言った。「幽鬼はかれが軽んずることができるので、侮ったのだろうか。」わたしは言った。「そうではない。幽鬼が人を恐れるのは、かれが沈着であるのを恐れているのだ。一たび足を動かせば、気は固くなくなる。敵が来る時に瑕釁を責め、病が来る時に虚弱に乗じるのは、いずれもこの道理だ。」わたしの同年丁溓甫紹周[48]がみずから言うには、若い時に戯れに緇流をまねて放焔口を施したことがあるが、召請の文を習っただけで、退送の訣を覚えていなかった。幽鬼はその部屋に集まり、灯光は豆のようであったが、溓甫は相手にせず、布団を擁して眠った。するとただ啾唧[49]の声が聞こえ、朝になってはじめて寂然とし、結局、ほかに異常はなかった。これは溓甫の根柢[50]が深く厚かったため、幽鬼が侮れなかったのであり、さもなければ苦しめられないことはなかったろう。

溓甫はさらに言った。道光辛丑年[51]に入京して会試を受ける時、回り道して徐州にゆき、旅店に投宿した。店には人が満ち、主人は奥の間に導いていった、榻を掃い、蓆を布くと、就いて休息しようとした。するとにわかにひどい臭気がし、四壁を見まわしたが、見えるものはなかった。燭で牀の下を照らすと、一体の亡骸が残っており、両手両足が四本の大きな釘で牀の板に釘うたれていた。溓甫は黙って声を出そうとせず、危坐[52]して朝になると、旅支度して去った。これはきっと一人の旅人が大金を持っていたために殺されたもので、もしそれをみて驚いて叫べば、かならず自身もその害に遭っていただろう。危険の中、このように沈着にするなら、その胆力、その識見は、いずれも多とするに足りる。

鎮江の甘露寺は、一大刹であった。嘉慶年間、長白策公[53]がこの郡を治めたが、仏法を信じていなかった。ある日、寺に来、寺僧がかれと内典[54]について歓談[55]し、ほしいままに福田[56]の利益を述べた。公は言った。「仏法は深く微かで、もとよりにわかに悟りがたい。慈雲甘露にいたっては、あまねく幽冥を救うので、ほんとうに験があるべきだ。明日、師に施餓鬼してもらい、わたしがみずから臨んで見、見えるものがあれば、疑いを解くが、そうでなければ、この師の慧力[57]は幽明を洞徹するに足りないから、ほかに高僧を選んでこの寺を支えさせよう。」僧は唯唯とし、その仲間に謀った。小坊主がおり、なかなか狡猾で、主僧[58]に言った。「市場に乞食二人がおり、容貌は幽鬼のようでございますから、孤魂を召す時を待ち、庭でいったりきたり、東から西へゆかせたりさせましょう。太守は遠くからそれを見れば、かならず幽鬼と思いましょう。」主僧はそれに従ったので、乞食と約し、人ごとに銭二百を渡し、偽って幽鬼となって太守を欺かせることにした。ところが翌日、日が暮れないうちに、太守は人に命じて三門[59]を封鎖させたので、乞食たちは入れなかった。僧たちはどうしようもなく、晩にひとまず通常の儀礼に従い、壇に登って食を施したところ、ほんとうに人影が庭廡[60]を往来していた。僧は三門が封鎖されたのに、乞食はどんな術で来たのかしらと訝った。太守は聳然[61]として驚き、手厚く布施し、頂礼して去った。翌日、僧が銭を持っていって乞食に報いようとすると、すでに路傍で死んでいた。昨晩来たものは、乞食の幽鬼であったとはじめて悟り、旧友に命じて埋めさせた。

鎮江の鄒氏は、乾、嘉の間になかなか殷富と称せられていた。かれの邸宅はたいへん広く、四周の小さな部屋には空いているものが多かった。ある日、傭工[62]がその中で縊れ死に、鄒氏はそれを知らなかった。たまたまその家で法事を行い、夜になって施餓鬼し、緇流がまさに壇上で経を誦えていると、突然、陰風がはげしく起こり、満堂の灯燭は暗淡として光がなくなった。僧たちは慌て驚き、みな廊屋に逃げ込んだが、主僧の希聖というものだけはやはり危坐して動かず、口では黙誦し[63]、何の神呪か分からなかった。しばらくすると灯燭はまた明るくなり、僧たちも集まった。仏事が終わると、希聖は主人に語って言った。「今日はことがなかなか怪異でございますから、檀越[64]はほかに事情がないかあちこちをお探しになるべきでございます。」翌日、探して空き家にゆき、はじめて傭工が縊れ死んですでに数日であったことを知った。

丹徒に沈某というものがおり、挙業[65]にたくみであったが、家はたいへん貧しく、食を得られなかったので、人のために訴状を書いていた。ある晩、夢みると、その父が悲しんで責めたので、はじめてやめて書かなくなった。その後、郷試に挙げられ、進士となり、知県として河南に派遣された。十余年後、顕達して帰ると、懐はなかなか豊かになっていた。歳除の日、夜半になろうとすると、かれの妻は広間の前に人が集まり、語っているかのようにしているのを聞いたので、門の隙間から窺った。見ると古の衣冠の者が数人列なって堂上に坐しており、一人が言った。「沈某の不義の財は、炬火に付するべきだ。」一人が言った。「それは重過ぎるようだから、その子孫を絶てばよい。」一人が言った。「沈某は県令となり、裁きはなお不正がなかったので、子孫を絶つのもひどすぎる。かれの財産を散じるべきだ。」その妻は竦然として入った。後にかれの家はほんとうに日に日に貧しくなった。

揚州の包某は、ひどく扶箕[66]の術を信じていた。貿易する時は、すべて箕で決し、しばらくすると家はたいへん富んだ。ある日、箕仙は告げて言った。「某日に揚州で水害があるが、はやく計画を立てれば、難に遭うまい。」包は半信半疑であった。しかし時は秋の初めで、まさに淮水が盛んに漲る時であるし、箕仙の霊異はもともとあらたかだから、わたしを欺かないはずだと思った。そこで期日に先だって舟を調え、鎮江に用事があると嘘をつき、眷属を載せてともに去った。その日、天気は暗く、大雨は注ぐかのようで、瓜歩から長江に出るとすぐに、風浪がはげしく起こり、波涛は湧き、危険に瀕しそうになった。さいわいに京口[67]にゆくと、雨は晴れ、風もやや収まった。翌日、維揚[68]の消息を尋ねれば、まったく水害がなく、城内はもと通り平穏であった。数日後、やはり家を移して帰った。箕仙に尋ねると、盤に大書して言った。「あの日、長江の風浪は恐ろしかったか。」かれがしばしば煩わしたので、戯れたのだろう。

京口に蔡姓のものがおり、かれの妻は張氏といった。病中、幽鬼が命を取りにくるのを見たが、前世の仇だ、今日会ったからには、絶対に許さないと言っていた。蔡はそこで書状を作って城隍神に訴えた。張が見ると、冥隷が令状を持ってきて幽鬼を捕らえていったが、にわかにもう一人の隷卒が来て張を引いてともに去り、張は昏然として死んでいるかのようになった。二日すると蘇り、かれの夫に語った。「だめでした。わたしは冥土にいって幽鬼と対質しましたが、かれは正しく、わたしは正しくありませんので、神はわたしを助けませんでした。」翌日、ほんとうに死んだ。

揚州に某翁というものがおり、禺筴[69]によって家を興し、諸商の領袖となり、家はたいへん富み、年は六十を越えていた。たまたま肩輿[70]に乗って鈔関[71]義渡[72]を過ぎていたところ、漕艘[73]が帆を連ねてきたが、帆風はたいへん激しかったため、すぐに来、渡し舟は衝かれて転覆しそうになった。同舟の人は慌て恐れて叫び、翁は輿に坐し、やはりたいへん驚き恐れた。一人の輿夫が傍らにいて、見たところ、輿に坐しているのはなんと翁ではなく、青い顔、赤い髪で、目は大きさが鶏卵ほど、歯は[歯��] [歯��][74]として唇の外に出、廟の鬼判[75]の塑像のようであった。たいへん驚き、言おうとしなかった。まもなく、もとに復し、舟も覆らなかった。この翁は驚き恐れたので、魂が体から抜け、この怪しい姿を現したもので、やはり魔君が転世したものだろうか。

史蘭奇は、海寧�z石鎮[76]の人であった。子がいず、一人娘がおり、名を大姑といい、年は二十で、婚約していなかった。同治甲戌年[77]、史は痢病を患って重篤となり、医者たちは手を束ねていた。同郷に戴生というものがおり、扶箕の術をよくしたので、仙に処方を求めさせた。仙は大黄[78]四両を用いるようにお告げしたが、みな疑って用いられず、変更することを乞うた。すると今度は、豚の脾を用い、糯米および蓮の実、芡(オニバス)の実[79]を満たして、くたくたに煮て食らうようにお告げした。大姑はもともと聡く、仙方がこのようであるのを見ると、嘆いて言った。「わたしの父の病はきっと助かるまい。」その夜、戴生が家にいると、突然、箕筆[80]がひとりでに揺れうごいて書こうとするかのようにしたので、たいへん驚き、支えてみれば、すぐにこう書いた。「この地にこんなによいことがあるのか。史の娘大姑は身をもって父に代わろうとしており、その孝は嘉するべきだ、惜しむらくは、その父は禄がすでに尽きていて、延ばせないことだ。上帝は憐れみ、その嗣子に盛名を賜うことにした。さらに大姑を採用して泰山侍書にし、羽葆[81]で導き、ここを通り、まだ遠ざかっていない。」人々が驚き訝っていると、突然香気が激しくなり、さらに隠隠[82]と楽の音がした。戴は史と隔たること一里ばかりであったので、走って史氏に尋ねた。史氏はなお大姑がすでに死んだことを知らなかったので、いそいで入って見れば、大姑は牀に臥し、その体はすでに冷たくなっており、死んだありさまを推測すれば、そもそも生阿片煙を服して死んでいたのであった。翌日、史は病がやや癒えたが、十四日を越えて結局死んだ。喪が明けると、かれの嗣子は博士弟子員[83]に補せられたので、嗣子に盛名を賜うといっていたのは本当であった。大姑を泰山侍書にするといっていたのもきっと嘘ではあるまい。わたしは平素扶箕の術を信じていないが、このようなことは、でたらめに近いものの、孝を勧めるに十分である。稗官小説は、どうしてみだりに語りみだりに聞くことを妨げようか。扶箕は「扶乩」ともいい、按ずるに『夷堅志』「沈承務紫姑」[84]の一条にいう。「紫姑は、仙の名で、古になく、唐になってやや見える。世ではただ箕に筆を挿し、二人の人に支えさせ、あるいは字を沙の中に書く。」これによれば、「扶箕」とするのが正しい。�z石を離れること十余里の地は、長阡[85]といい、王翁というものがおり、人物はなかなか温厚であった。一子は弱冠で、童子試に応じた。子のため妻を娶ったが、娶ったばかりで妻は死に、ついで某家の娘を招いたが、娶らないうちにまた娘は死んだ。その子はすぐ狂疾を発し、翁もひさしく病んだ。そこで箕仙に尋ねたところ、仙はお告げして言った。「これは夙怨だ。あなたは前世は陳姓で、家はたいへん富んでいた。范生というものがおり、寒士で、あなたに百両を借りていた。あなたがいそいで求めたので、范は縊れて死に、妻は夫に従って死に、子は母を失い、やはり死に、その家は絶えたのだ。范は冥府に訴えたが、冥府は、債務を負えばかならず償うものだから、もとより非道ではないと考えた。ただ、冥土の法律は第一に心を問題にする。范生はもともと償う意思があったが、陳のとりたてがひどく急だったので、范生の一家三人が時を同じうして死ぬことを致し、情況はことに憐れであった。陳はもともと素封で、この金額は多くなく、陳にとっては得失とするに足りなかった。そして、「銖錙かならず較(あらそ)ひ[86]」、「富みて不仁[87]」で、その事情もたいへん憎むべきであったので、今生で一子、二人の嫁でその三人の命を償い、やはり子孫を絶やさせるように裁きし、報いとした。ただ、思うに、今生でもなお長者であることを失っていないから、つとめて善事を行えば、なお挽回できるかもしれない。」王翁はそこで神に誓い、つとめて善事を行うことを願い、さらに『高王経』[88]を誦えて一万遍に満ちた。ふたたび箕仙に尋ねると、仙は言った。「冥府はあなたの善念を嘉し、范生に命じて二十年期限を延長させた。お子さんが子を産むのを待ち、ふたたび范の命を償わせよう。」その後、子の病はほんとうに癒えた。

劉雲椒孝廉廷杰は、直隷通州の人、道光戊子科[89]の挙人で、中年で志を得ず、詩酒に耽って亡くなった。仁和の許信臣中丞乃�ｻ[90]、宛平の史叔平観察致康[91]は、かれの同年の中でもっとも親しいものであった。死後、箕仙について許家に下り[92]、詩文数百言を作ったが、かれが生前作ったものによく似ていた。中丞は愕然として言った。「君は雲椒か。なぜこちらに来た。」「その通りだ。廷杰(わたし)は死んで三日だが、訃報が来ていないので[93]、君は知らなかったのだ。前身はもともと紫府[94]の吏(したやく)で、今世は大きな罪過がなかったから、城隍司にいった。もはや束縛もなく、君を思ったので、やってきたのだ。」またある日、ふたたび箕に憑いて言った。「妻子が孤独で苦しんでいるのを、みんなが救済してくれるのは、たいへんよいことだ。聞けば叔平くんは遺児を養育する思いがあるそうだが、もっともありがたいことだ。」時に叔平は京師で謁選[95]しており、雲椒の訃報を得ると、かれの子がまだ幼く、貧しくて学を廃する恐れがあると思ったので、かれを連れて赴任しようとした。その考えを起こしたばかりで、人に告げていなかったのに、鬼神が数千里離れていてもすでに関知していたのは驚くべきことであった。

杭州の艮山門[96]外に横塘[97]という地があり、その地には明の兵部尚書胡端敏公[98]の祠があった。明末から、国朝まで二百余年、祀典[99]に列ねられ、春秋に祭られていた。粤寇の乱で、胡氏の子姓は没落し、祠も兵火で毀たれた。わたしの門下の士高海垞鵬年は胡氏と繋がりがあり、復興を計った。そこで仁和、銭唐両県の紳士を集め、上申書を調えて上司に請うた。時に楊石泉[100]中丞が浙江巡撫となっていたが、乱の後、調査できず、閩浙総督衙門に諮問した。一年あまりの曲折を経て、はじめて同治十三年[101]二月に胡端敏公祠は再建され、杭州府は官を遣わして祭らせ、すべて元通りとなった。祭った後三日で、海垞がふと夢みると、古の衣冠のものがかれに向かって拱手していた。胡氏の子孫でその晩に同様にこの夢を見たものは十人のうち九人であり、公の霊力はなお滅びていなかった。公は名を世寧、字を永清といい、弘治六年[102]の進士であった。正徳年間、官は江西副使で、宸濠[103]に逆らって罪を得、遼東に流された。宸濠が誅せられると、また起用されて兵部尚書、太子太保にいたった。『明史』に伝がある。

仁和の魏芸閣士龍[104]は、わたしの甲辰[105]郷榜[106]の同年であった。魏はこの試験の解元で、その年、すでに六十歳であった。平生経史に精しく、禅学にも通じていた。毎日朝起きると、かならずさきに『金剛経』を一遍誦え、寒くても暑くてもやめなかった。道光庚戌[107]の年、年は六十六で、几に拠って経を誦えていたところ、端坐したまま亡くなったが、右手はなお経巻を広げる姿をしていた。亡くなった後、かれが神となったことを伝えるものがいた。かれの門人蔡小西孝廉[108]は祖先が龍游の校官[109]であった。ある晩、夢みて官署に入ると、魏と項侮侶先生[110]がならんで上座に坐し、傍らに小さな几を列ねていた。蔡がゆくと、立ち上がり、さらに言った。「たいへんよいところに来た、この案牘はたいへん多いので、手伝ってくれ。」その時に蔡はなお恙なかったが、三日後すぐに亡くなった。項先生は名を名達といい、やはり仁和の人、嘉慶丙子科[111]の挙人で、亡き通奉公[112]の同年であった。

仁和の魏条三農部大綱は、宣武門外に仮住まいし、一年を経ていた。道光二十年[113]、突然一人の狐仙が来たが、姿は見えず、ただ空中で人と語り、姓名は胡美髯というとみずから称した。なかなか詩を解し、農部と唱和してたいへん楽しみ、その詩はすべて片紙にかくれて空から飛んで降りてきた。詩句は清新で、書法も遒勁で、一時美談として伝えられた。ある術士がかれの門を訪ねて言った。「この家は妖気があるから、駆除させてください。」農部が信じないでいると、術士は嘆息して去った。まもなく、都で疫病が大流行し、農部と三人の息子はともに死んだ。いわゆる妖孽であろうか。

杭城の孫同伯は、諸生であった。もともと施氏と婚約していたが、娶らないうちに亡くなった。光緒五年[114]、また同郷某家の娘と婚約した。結婚して一日、孫は突然病を得、施氏の幽鬼はかれの体に憑いて言った。「孫さんとともに去りましょう。」孫の父母は懇願し、かれの柩を迎えて葬り、さらに位牌を立てて家廟に祭ることを約束したが、まったく承知しなかった。まもなく孫は亡くなった。この幽鬼はどうしてかくも凶暴であったのか。あるいは孫の命数も尽きるべきであったのか。

道光十五年[115]、杭城で疫病が大流行し、死者はたいへん多かったので、市中の棺はすっかりなくなった。武林門外に倉基[116]という地があり、その地に金姓のものがおり、一年前の除夜、門外で幽鬼の声がし、さらに人が「この家には節婦がいる。」と言っているようであった。元旦になり、門を開けば、塀の上に一つの大きな紅い圈が描かれていたので、驚いたが、子供たちがしただけだと思っていた。夏に疫病が盛んになると、近隣の諸家で免れるものは一人もいなかったが、金姓は一人も恙なく、はじめて除夜の紅い圈は、鬼神が識別してやっていたことを悟った。節婦は姓を銭氏といい、金子梅[117]都転[118]の伯母で、時に節を守ることすでに三十余年であった。わたしの門下の士高海垞は節婦の外孫であったので、わたしに語った。

海垞はさらに言った。銭唐の黄成甫茂才[119]維城は、博学で詩文に巧みであったが、年が三十余で亡くなり、平生の著作は、散逸して残っていなかった。同治十二年[120]、仁和の鍾雨辰[121]殿撰[122]が詩話を編もうとし、海垞に手紙を送り、収集してくれるように頼んだ。海垞は黄君と旧交があったので、あまねくかれの詩を探したが見つからず、心のなかで耿耿[123]としていた。ある晩、ふと黄君が来るのを夢みたが、翌日すぐに旧帙の中からかれの七律一首が出てきたので、驚いたり喜んだりし、記録して雨辰に寄せ、ならびにその夢のことを述べた。文士の名誉心が死んでも滅びないのは、やはり悲しいことである。昔、顧侠君[124]が元詩を選びおわり、古の衣冠のもの数百人が来て謝しているのを見たのも[125]、偽りではないはずである。

銭唐に貝翁というものがおり、若くて膂力があり、平素から意気を自負していた。ある日、城外から酒気を帯びて夜に帰り、白蝋橋[126]の下で休んだ。一人の娘が走って過ぎるのを瞥見し、異常があると気づき、尾けていった。ある田舎家にゆくと、娘は突然見えなくなった。門を叩いて入れば、その家は嫁と姑の二人がいるだけで、この夜たまたま口喧嘩していた。そこでその嫁を見させると[127]、すでに戸を閉ざして雉経しており、ぶらさがっていたものをすぐに解いて救うと、死なないですんだ。翁の厚誼に感じ、夜中にかれを泊めようとした。翁はその家の男子でなかったので、承知せず、灯を提げてひとりで歩いた。するとにわかに寒い風が後ろから来、林の葉はすべて簌簌と落ちた。翁が幽鬼と悟り、顧みないでいると、幽鬼は突然音をたてて罵っているかのようであった。翁が怒り、反撃すると、幽鬼は退いた。翁が歩くと、また罵ることはじめのようであった。翁はますます怒り、追い詰めてやまず、また橋の下にゆくと、鶏の声が四方に起こり、東方が白んだ。

仁和の鍾古春明経鳳書は、平生たいへん善行が多かった。咸豊辛酉年[128]、杭城がふたたび陥ると死に、かれの二子はいずれも賊に陥った。次男登甫孝廉世培は時にわずか十二歳であったが、賊に脅され、城から十余里出たところで、賊はかれが年が幼く力が弱かったため、路に棄てた。この夜、郵亭に宿ると、人がその背を推して「はやくゆけ。はやくゆけ。」と言っているかのようであった。登甫が驚いて起きると、暗闇で南北は分からなかったが、前方にぼんやりと灯光があったので、ついていった。夜明けになると、北新関[129]に着いたが、その地に呉姓のものがおり、かれが明経の子であることを知り、家に引きとって養った。乱が収まった後、光緒元年[130]の副榜に合格し、翌年の賢書に登った。杭州の人はみな善人には子孫が残ると驚嘆した。

杭州に高君というものがおり、すすんで善をなし、少壮の時からすでに殺生せず、晩年はすっかり生臭物を断っていた。しかし仏教を崇めず、道教を好んで養生し、辟穀して数日飢えないことができた。年は八十余で、病むことなく亡くなった。ある友人が成都に旅し、ある日、突然路で高に会うと、驚いて言った。「あなたは老年でここに来てどうする。」時にその友はたまたま故郷に帰ろうとしていたので、同行しようと誘った。高は言った。「わたしはなお峨嵋山に遊ぼうと思っているから、先に帰れ。扇一本、麈尾一柄があるから、すまないがわたしの家に持ってゆき、同時に子たちに伝言してくれ。わたしはこちらに来て安楽にしているから、心配するなと。」その友が家にいって尋ねれば、高は死んで五か月で、成都で見た日は、かれが死んだ日であった。扇一本、麈尾一柄は、いずれも殉葬した物であった。このことは高氏家譜に載せてある。わたしの門下の士高海垞は、かれの族孫で、わたしに語った。

同治八年五月、蘇城で大風があり、民間で干していた衣服（「干す」は、俗字である。しかし香山の詩に「中庭に服玩を干す」というから、この字は唐代にすでにあったのである。）、みな風に任せて騰がり、舞い飛んで天に満ち、十里離れたところに落ちるものがあった。蘇州の民間では、おおむね稲秆を燃料にし、十余斤を一束としていた。陸氏が庭に燃料を積んでいたところ、やはり吹かれて去り、ますます高く昇り、望めばたった三四寸のようである、一時を経て見えなくなった。わたしの門人王夢薇廷鼎[131]は時に護龍街[132]にいたが、突然、一つの竹筐が落ちてき、筐の外に「某年某月琴川黄氏購入」と書かれていた。そもそも常熟の人の家の物で、蘇州から隔たること七十余里であった。

夢薇はさらに言った。かれの家はもともと平望鎮[133]柘湖[134]のほとりにあり、門前に古樹が多かった。もっとも古いものは一本の槐で、すでに二百年であった。ある日、大雷雨があり、槐は迅雷に撃たれ、分かれて二つになった。雷が裂いたところには煙と焔が騰がっていたが、翌日になると収まった。隣家が集まってみると、特段異常はなかったが、樹根の下から黄脂一斗ばかりが掘りだされた。大小不揃いであったが、いずれも堅く凝って石のようで、撃って砕くと、たいへんねばねばしていた。世は茯苓、琥珀は松の下に生じ、猪零[135]は楓の下に生じると称するが、これはあるいはその類か。惜しむらくは、何という名か知らず、働きもつまびらかにしなかったことである。

寿昌[136]には山が多いので、虎や豹が多かった。童姓のものが眉林[137]に住んでおり、その家では一匹の牝豚を飼っていたが、たいへん大きかった。ある年、子を十余匹産んだが、中の一頭は、短い首、長い尾で、普通の豚ときわめて異なっており、数日でにわかに生長し、食は他の豚に倍していた。童老人は嫌に思い、食らわせず、自然に死なせようとした。かれの隣家の叟は言った。「この豚は短い毛が体を被い、やや模様をそなえ、形はなかなか鮮やかだが、もしや虎や豹の仲間か。」童老は言った。「それならば、すぐ殺しましょう。虺(こへび)である時に砕かず、蛇になったらどうしましょう[138]。」刀を霍霍と磨き、みずから豚の柵に赴いた。すると豚が突然にわかに外に出、追ったが追いつかず、山に入った。数ヵ月後、一頭の豹がすぐ童家にゆき、そのもとの柵に入り、たいへん馴れているかのようであった。豚たちはそれを見ると、豞然[139]と驚いて走り、豹はながいこと徘徊して去った。その後、一か月に数回来、さらに他の豹および虎とともに来、田舎屋に出入りし、人に会っても咬まなかった。しかし村内の人はたいへん厭い苦しみ、人々を集めて追いはらい、数回このようにすると、二度と来なくなった。

江西の李某は、交易のため、蘇州、杭州に往来し、なかなか世故に長けたものであった。かつて杭州から帰る途中、若者に遇って乗せることを求められたが、同舟のものたちはみな拒んだ。李はかれの衣服がぼろぼろで、岸を徘徊しているのを見ると、心の中で憐れみ、同舟の者に言った。「一人の旅人に落ち着くところがないのは、とても憐れだ。どうしてこの一席の地を惜しもう。」そこで招いて舟に乗せた。常山[140]にゆき、舟を降りて上陸しようとすると、若者は旅人たちを顧みて言った。「萍水の出逢いで[141]、さいわい同船することができました。今、お別れしますが、いささか微意を尽くし、皆さんの満腹に供しようと思いますので、お好きなものをお聞かせください。」旅人たちは言った。「昨日、某所を通ったが、見ると市中の饅頭がなかなかうまそうだった。今思いだしても、食指が動く。雅意を受けたからには、それを得れば十分で、他は願おうとしない。」時にその地から隔たることすでに遠かったので、旅人たちはひとまずこのことでかれを困らせたのであった。そして、かれが貧しく、かならず調えられないことを知っていたのであった。若者は「よろしゅうございます。」と言い、かれが臥していたところに帰ってゆき、布団を被って臥した。人々が呼ぶと、「夢を乱さないでください。」と言った。人々は言った。「腹が減った。饅頭はどこにある。」「皆さんはなぜそのようにあくせくとなさるのです。今、発酵させて餡を包んでいるところです[142]。」元通り臥していた。しばらくすると、熱気が縷縷とその布団の中から出ているのに気づき、人々は驚いた。ある人が言った。「これは渇睡漢[143]の鼻息だ。」にわかに若者は起きて言った。「饅頭を蒸籠から出します。」その衾を開くと、累累としたものはすべてそれであった。客たちは満腹し、みなその腹を満たした。驚いてその術について尋ねたが、笑って語らなかった。食らいおわると上陸し、李とだけ三里離れたところで会うことを約した。李がゆくと、若者はすでに先におり、数枚の紙を出して贈り物とした。見ると、玉山[144]から李の郷里まで、一路の舟車をすべて代わりに雇っており、これは各牙郎[145]の票拠[146]なのであった。李が怪しんで尋ねると、若者は言った。「正直に申しあげます。わたしは江湖のいわゆる鉄算盤[147]という者でございます。盗むことは必要なく、術で人の財を取れ、船中の旅人たちの持ちものは、すでにそれぞれその半分を取りました。あなたは長者でございますので、すこしも取らず、さらにあなたに代わって舟車を雇い、ご厚意にお報いしたのでございます。」李はたいへん驚き、さらにたいへん感動し、再三礼を言った。若者は言った。「舟車の費用は、みな旅人たちから取りましたから、お礼なさるには及びません。」李は言った。「隔たること数百里近く、どうして咄嗟に調えることができるのです。」若者は言った。「わたしたちは千里離れた物をすぐ齎すのも難しくなく、まして数百里以内でしたら、咫尺に過ぎません。」さらに李に言った。「世間でわたしたちのような者は少なくなく、あなたはこれから懐に五穀すこしばかり、あるいは官府の印花[148]をおかれれば、術士に騙されないでしょう。」そして李に別れて去った。李は票拠を持って牙行に示したが、合わないものはなく、道々の舟車の費用は、すべて金額どおり払った。盗人にも道義がある[149]とは、このことか。

門人で漢陽[150]の鄔梅仙が言うには、かれの家は扶箕の戯れをすることを好み、その壇を「駐雲壇」と名づけているということであった。明五先生というものがしばしばこの壇に降りてきたが、元代の済州[151]の狐で、若い時に某家の娘を惑わし、雷神に撃たれ、死にそうになったが、その後ひそかに修行すること二百余年、はじめて名を仙籍に列ねたと言っていた。さらに言うには、修仙の道で、淫を犯すより大きな過悪はなく、命を惜しむより重い功徳はないので、二百年来ただ命を惜しむことに務め、一草一木も、生気があるものはすべて折るに忍びなかったということであった。吉凶を尋ねると、おおくは答えず、詩および古のことを談ずるのを好んだ。宸濠の脇の肉には鱗があったこと、王陽明は長身で黒かったことなどは、いずれも世の知らないことであった。ある人が尋ねた。「先生はどうして狐であることを隠さないのですか。」「狐から仙になるのは、喩えれば白屋から公卿が出るようなもので、まさに栄誉だから、どうして隠すことがあろうか。」

臨平に某家の寡婦がおり、一人で悲花庵に住み、長斎[152]し、仏を崇めて年を経ていた。一匹の猫を飼っていたが、やはり生臭物を食らわず、食事のたびに白飯一盂を食らわせ、上に豆腐一枚を置き、呼んで戒めて言った。「猫や、大事にお食べ。」猫は嗷然として理解しているかのようにし、さきに白飯を食らい、飯が尽きると、豆腐を食らい、毎日このようであった。わたしの外姉で周氏に嫁いだものの娘はほんとうにみずからそれを見た。わたしの長女は聞いて笑って言った。「この妻の修行はどの程度か分からないが、この猫はかならず正果を成就しよう。」

某家のものがおり、狐に祟られたため、道士を招いて祓った。道士は星冠[153]象簡[154]で、伏して願文を捧げ、二人の童子が剣を執って侍していた。道士が起きあがらないうちに、童子は突然消えた。するとにわかに声が甕から出てき、見れば、二人の童子がいた。甕はもとよりあまり大きくなく、どうして二人の童子を入られたか、二人の童子がどこから甕に入ったかは分からなかった。ともに壊して出すことを謀り、椎で撃ったが、童子はすぐに甕にいて叫び悲しんだ。そこで道士は術が窮まり、やむをえず、狐に祈った。すると空中で語って言った。「罪を認め、避けて去るなら、童子を出そう。」そこでそれぞれよそへ避けると童子は出た。甕はまったく壊れておらず、かれがどうして出たかも分からなかった。わたしは前に慈溪の小霊峰の関牒[155]のことを記したが[156]、さらに廟があり、淫祠であるといわれていた。廟の神は何という姓か分からなかったが、一人の女の像を造って配しており、それは張氏の娘であった。はじめ張氏の娘が母に従って小霊峰にいってお参りし、帰ってみずから言うには、神がかれの貌を気に入り、妻としようとしているということであった。それからは門を閉ざして人と接しなかったが、しばしば香気がかれの部屋から出、児女の睦言もしばしば聞こえていた。家人は心配したが、どうしようもなかった。数ヶ月すると、娘の腹が膨らんだ。母がその父に告げると、父は言った。「処女で妊娠したのは、家の恥だ。」すぐ娘に死ぬように迫った。神は娘に憑いて言った。「この娘を殺せば、かならずおまえの家に禍しよう。」かれの父は怒って言った。「わたしは恐れない。かならず娘を殺そう。」娘は免れないことを知り、泣いて言った。「わたしはこの一塊の肉[157]のために死にましたら、およそ婦女で懐妊したものは、かならず助けましょう。」そこで夜に入水して死に、亡骸は逆流して廟の前に達した。その晩、廟祝が夢みると神が「起きろ。起きろ。夫人をお迎えしろ。」と言ったが、その趣旨は分からなかった。翌日、その家で娘がいなくなったので、逃げたかと疑い、四方に出て探し、亡骸を見つけた。かれの兄は怒り、廟にゆき、神の頬を打つことは数えきれず、さらに指の爪でその頬を砕いた。霊峰の人はそのことを聞いたので、娘の像を造り、夫人と称し、今でも妊婦はかならず祈り、信仰はたいへん盛んである。二月某日は夫人の誕生日で、紅裙[158]緑鬢[159]が眺めると、神の顔の爪痕はまったく消えておらず、しばしば改造を経ても、瘢痕ははじめのようであった。

杭州に徐翁というものがおり、家は清波門[160]水溝巷[161]にあった。毎年暮れに神を祭る時、かならず豚の頭一つ、鶏一羽、魚一尾を用いるが、これが俗にいう三牲[162]である。撤去すると、かならず失われ、はじめは奴隷たちが盗んでいるかと疑い、犬猫が食らっているかとも疑ったが、すべて失われる理はなく、毎年このようであるはずもなかった。ある年、神を祭りおわると、徐翁はみずから竹籠に盛り、梁に懸け、みずから臥榻を傍らに設け、臥して窺っていた。人が静まった後、突然瓦甓[163]の音が厨房から聞えた。まもなく、一人が於於然[164]として来たが、頭角は嶄然[165]とし、廟の塑像の牛頭のようで、頭に籠を戴いて去った。翁がゆっくり起きて追跡すれば、厨房にいって消えたので、物でその場所にしるしをつけた。翌日、家人を集めて掘らせると、数尺足らずで、階段が現れた。徐翁はその中に埋蔵されている物があるかと疑い、みずから入って見た。階段が尽きると、突然、ぼんやりと光があり、折れ曲がって入ってゆくと、屋宇は儼然とし、漆灯[166]は熒熒[167]として消えず、光はそもそもそこから出ていたのであった。さらに入れば、朱塗りの棺が一つあり、大きな縄で懸けられ、明器の類が左右に列ねられていた。徐はその銅爵を一つ取って懐に隠し、なおもそこを徘徊し、得るものがあることを願っていた。すると突然、左の部屋の門が開き、牛頭の人がその中から出てきた。徐がたいへん驚いて逃げると、牛頭の人もついてき、階段に及んで止まった。人々は翁を助けて出させると、すぐ土で覆ったが、翁は顔色が灰のようで、汗はなお涔涔としていた。懐を探ると、銅爵が出てきたが、古色黝然とし、花を挿せば、活きないものはなく、さらに実を結ぶことができ、ほんとうに近年の物でなかった。これはきっと唐宋の人の古墓であろうが、牛頭の人は何のあやかしか分からなかった。『周官』方相氏職にいう。「墓に及べば、壙(あな)に入り、戈を以て四隅をうち、方良[168]を敺(か)る。」この牛頭人はもしやそこにいわゆる方良か。

張某は、紹興の人で、妻子を連れて杭州にゆき、家を借りて住んだ。その妻はそれから多病となったので、張はかれが水土に服していないことを疑い、医者に治療させた。ある晩、突然杭州訛りとなり、張に語って言った。「ここは老婦(おいぼれ)の家だから、おまえがどうしてこちらにいられよう。」張は異常があることを悟り、家屋の証文を示して言った。「わたしが借りているのだ。」「家はおまえが借りたが、その下にはわたしの金銀が蔵せられている。おまえがここにいて、わたしの財産を盗んだら、どうしようか。」張はその言葉を聞くと、欲しくなったので、言った。「おまえはわたしの妻に憑いて語っているから、きっと泉下の人だろう。金銀はいずれも人の世で用いる物で、おまえは使わないのだから、懸命に守ってどうする。わたしに指し示したほうがよい。わたしがおまえの財産を得、おまえのために盛大に法事を行えば、たがいに利益があろう。そうせずに地下に埋蔵していれば、百年たっても、使われず、まったく意味がないだろう。」「おまえの言うことも尤もだ、おまえの子をわたしの子としさえすれば、蔵しているものを渡そう。」張は欣然としてその子を呼んで来、牀の下で拝礼させた。その妻は再三撫で摩り、ふたたび杭州の言葉で言った。「蔵したものは牀の下にある。」言葉通りに掘ると、一つの壜が見つかったが、封緘はたいへん厳密であった。開くと、洋銭三枚、簪数本があるだけであった。告げれば、言った。「老婦(おいぼれ)は耄碌してよく忘れる。ここになければ、敷居の下にあろう。」さらに掘ると、二つの甕が見つかったが、一つには清水が満ち、一つには鉄釘が無数に貯えられ、すでに錆を生じていた。またそのことを告げると、その妻は杭州訛りとなり、呶呶[169]としてやまず、埋蔵金が横領されたと言った。張はどうしようもなく、以前得たものをすべて紙銭に換えて焚いたが、騒ぐさまは相変わらずであったので、よそに家を借りて引っ越すと、その妻の病ははじめて癒えた。

鄔梅仙は言った。かれの友人の金某は、死後、かれの家の女奴隷に憑き、泣いてその母に告げた。「わたしは寿命がこれだけではなく、藪医者に殺されただけなのです。冥土の法律では、およそ寿命が尽きないものは、かならず枉死城[170]に置かれますが、陰風冷霧は、惨くて話せません。どうか紙銭をたくさん焼いてください。他の幽鬼を買収してみずから代わらせられましょう。」主人[171]に気づかれたらどするのかと尋ねると、言った。「毎日洋銭六枚を主人に賂すれば、無事でしょう。他の幽鬼たちも主人が雇ったものです。」「冥土にも洋銭があるのか。」「人の世の物は、冥土にすべてあり、おおく紙銭を焼けさえすれば、すべて致せます。」その母が承諾すると、女奴隷は正気になったが、尋ねると茫然としていた。

海塩の西門外に呉姓のものがあり、資産が豊かであった。一人の下女がおり、秋華といい、年は二十で、なかなか美しかった。光緒己卯年[172]四月、突然、美丈夫が憑いて淫し、その後、下女に言った。「おまえの主人に告げてくれ。明日、奥の間を掃除して待っていてくれ。屋内の什物をよく設(しつら)えてくれ。不備があったり、備えがあっても華美でなかったりすれば、禍はまたすぐ来ようと。」下女はかれの女主人に告げたので、一家はみなそのことを知った。呉翁は嘘だと思い、信じなかった。翌日の午後、肩輿が門に入ってき、中庭に来て止まった。輿丁[173]が簾を開けば、空しくて人がいなかったので、驚いて言った。「東門外にいました時、若者がわたしの輿を雇い、お宅に担いでこさせましたが、今どこにいるのでございましょう。もしや幽鬼だったのでございましょうか。」そして述べるには、その人は年が二十余で、羅衫を着、紈扇[174]を手にし、風采は麗しく、言葉を聞けば、冠蓋[175]の中の人で、当地の方言[176]でなかったということであった。翁は異常があることを知り、中に入って探って探したが、下女はすでに消えていた。翁の室内には牀が一つあり、金鈎[177]翠幔[178]は、きわめて華麗であったが、やはり瞬く間に消えた。そこで奥の間を覗けば、沙石が飛んでき、人は近づけなかった。しばらくすると、下女が中から出てき、若者の言葉を伝え、主人に頼み、侍女一人を呼んでかれのために接待させること、さらにご馳走を一席、それに次ぐものを二席準備し[179]、さらに青蚨四貫を、褒美として準備することを求め、「その言葉に従わなければ、おまえの家を焼こう。」と言った。翁は恐れ、言葉通りに準備したが、家の衣服器皿のよいものはすべて取り去られ、珍蔵していたものも、免れられなかった。翌日、下女がまた伝えて言うには、俗例に従い、三日の餪女[180]で、酒食の外は、雑戯を余興とするべきだ、一日目は十番鼓[181]、二日目は口技[182]、三日目は瞽女の弾詞だということであったので、やはりむりに従った。物好きが入って新婦を見ることを願うと、拒まなかったが、下女が盛装して牀頭に坐しており、部屋の中は豪奢華麗で、五色は目を晦まし、ほかは何も見えなかった。その後、毎日かならず要求があり、数日をおいてかならず一度外出し、外出する時はかならず輿、担ぐものはかれの言葉を聞くだけで、かれの姿は見なかった。呉翁は苦しみ、人を江西にゆかせ、真人府に訴えさせようとした。ある日、若者は突然下女に言った。「わたしは今から去る。室内の物はすべてあるが、夫婦の情を思うなら、一月の間、けっして動かしてはならない。一か月して来なければ、ながく別れよう。」そう言うと去った。呉翁はすぐにその物をよそに移し、下女を呼んで嫁がせたが、その後、結局再び来なかった。

海寧�z石鎮の南に土地があり、大虹村といった。その地に呉姓のものがおり、もともと農家の倅であった。後に水害旱害でその田が荒れたため、それを棄てて什一の利を追った[183]。しばらくすると、家はやや裕かになり、他郷で商売し、つねに数ヶ月帰らなかった。その妻の陳氏は、農婦だったがなかなか美しく、近所の若者たちはみなかれを慕っていたが、陳はみずからの貞潔を守り、つけいられなかった。小姑がおり、容色はなんとか人並みであったが、愁眉齲歯で[184]、諸々の媚態をなし、惑わされる者はかなり多かった。性格は狡く、讒言に巧みで、つねに母の前で嫂を悪く言い、母はそれを信じたので、陳はつねに鬱鬱とし、しばらくすると病となった。病になるたびに、胸はかならずひどく痛み、四体は氷のようになり、昼はずっと温かくなかったが、夜に臥せば痛みは止み、体も温くなるので、心の中でおかしいと思っていた。ある晩、目ざめると、人がいて枕を並べて臥していたので、たいへん驚き、枕を推して起きあがれば、消えていた。慌て恐れてなすすべがなく、帯を解いて自経しようとし、ふと見ると、若い女がかれに向かって斂衽し[185]、笑って言った。「お姉さまはなんとせっかちなのでしょう。わたしを男と思われましたか。」陳は尋ねた。「おまえは人か。幽鬼か。」女は言った。「わたしは人でも幽鬼でもなく、実は狐でございます。すでにお姉さまのために四晩按摩しましたが、さらに三晩このようにすれば、ご病気はすっかり治ることでしょう。」陳はかれが修眉[186]秀項[187]で、笑靨が嫣然としているのを見ると、たいへん気に入った。ともに坐し、出自を尋ねると、言った。「わたしも呉姓で、幼名を細細といい、昔、海寧の潮神宮に住んでおりましたが、今、宮殿が崩れましたので、一家はともによそへ移りましたのでございます。わたしはお姉さまとご縁がございますため、つきそいにきているだけでございます。」それから女は去らず、陳だけが見られた。小姑は嫂が人とくどくど語っているのを聞き、私通しているかと疑い、その母に告げた。母は怒り、棍棒を持ってゆき、先に窓の隙から窺った。陳は一人で灯下に坐し、古着を裁縫しており、寂としてほかに人はいなかった。母は娘が自分を騙したので、戻って尋ねようとし、その部屋にゆけば、娘は隣家の倅と親しんでおり、ありさまはたいへん淫らであった。母はたいへん憤り、駆け込み、棍棒を揮って殴ったが、隣家の倅はなお娘を抱きしめて放さなかった。娘は叫び、母は声が外に聞こえることを恐れ、怒りを忍んで走り出た。娘は夜通し泣いて罵っていたが、そのわけは分からなかった。そもそも娘は隣家の倅と密通していたが、その晩は一人で寝ていたのを、細細が姿を変えて辱めたのであった。しかし、それからは何を言っても弁明できなかった。一月あまりして、細細は突然陳に別れを告げて去り、言った。「明日、ご主人が来られましょう。」翌日、呉はほんとうに来たので、陳はそのことを述べた。呉が一見しようとすると、陳は言った。「かれは一月したらまた来ることを約しましたから、またかれが来るのを待って相談しましょう。」一月経ち、陳がひとり坐していると、細細が来、手を握って談笑するのは相変わらずであった。陳は夫が面会を求めていることを述べたが、承知せず、再三言うと、路傍で一目見ることを承諾し、異心を萌さないように、悪ふざけすれば、お姉さまとそれから絶交しますと戒めた。陳はつつしんで承諾した。その日、呉が外から帰り、ふと見ると路傍の大樹の樹の股に一人の娘が坐していた。浅い碧色の衫、淡墨色の裙を着、羅襪錦鞋は、細くて一握りに満たず、呉に向かってかすかに笑い、百媚が溢れていた。呉はたいへん喜び、走って進み、樹に縋って登ろうとした。すると突然飛塵が眼に入り、痛くて開けなくなった。顔を掩って帰り、妻にそのわけを話した。陳が呉の狂妄を咎めると、突然空中で語って言った。「お姉さまとはこれから絶交です。」その音を聞けば、細細であった。陳は呉を引いてともに跪いて叩頭謝罪し、泣いて引き止めた。すると言った。「縁は定まっており、強制することはできませんが、来年二月にまた一目お会いしましょう。」そう言うと寂然とした。この時は咸豊己未[188]八月であった。庚申二月になると、杭城は陥り、農村には盗賊が公然と歩いていた。呉は他郷に出て帰らず、陳はすでに妊娠していた。隣村に某甲というものがおり、素行がよくなく、さらに邪術を習い、つねに妊婦の胎児をとって薬にしていた。陳が美しいことをかねてから聞いており、さらにかれが孕んでいることを知っていたので、白昼三人でその部屋に入り、奸淫堕胎しようと思った。陳が驚いて死にそうになっていると、突然かれらは身を翻して走り出、跪いて叩頭し、さらに手でみずからその頬を打ち、頬をすっかり腫らし、口からは血を流した。隣人たちが集まって見ると、甲たちはこれから陳を犯そうとしないと誓い、さらに呉家を守り、他人の害を受けないようにすることを願った。人々も代わってお願いしてやり[189]、はじめて扶け起こされ、帰ればそれぞれ大病すること数ヶ月、その後はおとなしくなった。この夜、陳が夢みると、細細が来て言った。「今日のことは、わたしがお姉さまをお救いしたのです。上帝はわたしが善を好んで貞烈なので、碧霞宮[190]の侍書[191]になるように命じました。これからはほんとうにお姉さまと絶交します。」

咸豊乙卯[192]科浙江郷試の頭場で、紹興の某姓が答案に一絶を大書して言った。「繍鞋踏むこと遍くして幾回尋ぬる、相会ふ当年未了の縁。記すや否や紅欄明月の夜、楼頭ひそかに占ふ一本の春。」人がそのわけを尋ねると、首を振って語らなかった。初十日の夜明けになると、答案を提出して出た。わたしの門人高海垞と同じ号[193]に坐し、一日前にともに文を論じ、きわめて相意気投合していた。その三芸[194]はみなすでに脱稿し、読むとたいへん優れていたが、夜、突然この異変があった。これはきっと温柔郷[195]で過ちを犯した者であろう。諸書は科場の果報のことをいい、このようなことはきわめて多いが、これは海垞がほんとうにみずから見たことであった。

仁和の高君桂山は、その兄嘯蘿と、西湖の葛林園[196]で読書していた。その隣は梁文荘[197]公祠で、祠には棺が数十あり、すべて他の家が預けたものであった。ある晩、外で吟じる声がしたので、開いてみると人はいず、戸を閉ざすと声がまた起こったので、笑って言った。「吟魂[198]がいるようだが、会いにきてはいかがか。」しばらくすると杳然とした。数晩を隔てていると、また聞こえたが、その声は西南から来、だんだん窓の外に来た。じっくり聞けば、嘆く声で、吟じているのではなかった。にわかにがらっと音がし、その門はひとりでに開いた。二人は驚いて振り向き、幽鬼が来たかと思ったが、ほんとうに見えるものはなかった。臥し、夢みると、一人の叟が言った。「わたしは粤東の銭某で、老諸生で、生計を立てるめ浙江に来、こちらで死んだ。明日、断橋のたもとに青布の衣を着ているものがいるが、それがわたしの倅だ。わたしの棺は梁家祠の東廊下に停められている。すまないがお二方が指し示してくれ。」二人は目ざめ、話せば夢みたことはいずれも同じであったので、ともに愕然とした。翌日、白堤[199]にいって窺い、断橋にいたらぬうちに、ほんとうに一人の男が来、夢の話の通りであったので、迎えて尋ねて言った。「銭さんでしょうか。」その人は驚いて尋ねた。「どうしてご存知なのでしょう。」そこで夢のことを告げた。その人はほんとうに父の柩を探している者であった。梁公祠に導いてゆき、場所を指し示し、厚く贈りものして帰らせた。

黄桂圃培栄は、浙江会稽の人で、道光末年、官は湖北武昌府同知[200]であった。咸豊二年[201]、粤寇が鄂[202]に来、城が陥ると、桂圃は衣冠で広間に坐し、賊を罵り、殺すことを求めた。賊はかれを縛り、かれの一妾二子とともに、舟に連れ込んだ。桂圃は隙に乗じてみずから江に沈み、妾と子はいずれも金陵にいった。長男の啓��は、時に十一二歳で、村人にひそかに背負われて脱出し、蘇州に逃げていった。桂圃は弟に金溪[203]の刺史がおり、蘇州で需次[204]していたので、養育した。かれの妾は賊によって女館[205]に幽閉され、しばらくすると釈放され、農村に住み、裁縫して自給した。子はなお幼く、養えなかったので、隣村の女が子とすることをこうと、やむをえず承諾し、ひそかに針で「天賜」の二字を子の左肩に刺青し、泣きながら与えた。天賜とは、子の幼名であった。官軍が金陵を恢復した時、啓��は成長していたので、金陵にいって母を探し、見つかると、迎えて帰った。光緒四年[206]、啓��は海運の仕事に関わり、天津で溺死した。金溪が桂圃の子孫がいないことを悲しみと、その妾は天賜のことを語ったので、手紙を江寧の蒋鶴荘太守に送って探させた。その母子を見つけ、召して役所にゆき、子の服を脱がせ、左肩を調べれば、「天」の字は二画がなお残っており、「賜」の字の貝偏も消えていなかった。そこで村の女に言った。「これは黄氏の子だ。」黄家に返すように判決した。桂圃は国のために身を棄てたので、もとより子孫がいて当然で、その妾の智恵と節義は多とするに足りた。このことは杜筱舫[207]方伯[208]がわたしに語った。筱舫はさらに言った。啓��が溺れた時、その亡骸は失われ、数日探したが見つからなかった。筱舫の弟筱珊太守は、時に江蘇海運津局総弁となっていたが、紙で位牌を作るように命じ、くわしく官職姓名を書き、木の盆に置き、傍らに羹飯[209]匕箸[210]を設けた。天津の閘門に浮かべ、人に命じて小舟に乗って従わせた。水に入ると、その盆は北に向かって逆流し、小舟が纜を解くと、盆はすぐ流れに従って下っていった。約二里ばかりで、宝林庵[211]の前に至ると、木盆は突然ひとりでに岸に着いたが、亡骸はすでに水から出ていた。顔は改まっていたが、衣装はもとのままであった。そこで手厚く納棺し、ならびに朝廷に請願し、優恤[212]を得た。筱舫が弟にどこでこの法を得たかを尋ねると、言った。「咸豊八年七月、直隷の広文がおり、その姓名は忘れましたが、檄を奉って南漕[213]の剥船[214]を護衛しました。舟の中に一人の子が連れられていましたが、すぐ足を滑らして水に落ちましたので、その亡骸を探そうとしました。すると土人がこの法を伝えたのでございます。」鬼神のことはほんとうに解せないことがあるというものがいるが、この法はしばしばためすとしばしば験があり、やはり奇しきものであった。ただ、啓��は公務で歿し、その遺魄はもとより魚腹に葬られるべきでないから、あるいは神物が守っていたのかもしれなかった。

周鏡楼は、南匯県の人で、かつて童子試に応じ、一女を生んで亡くなったが、まったく霊験がなかった。数年後、その娘は生長し、突然大病したが、病中言うには、その父がほんとうに護ってくれたために、死なずにすんだということであった。それからは目に幽鬼を見られ、鏡楼はその娘に憑いて人と語り、霊験はたいへん明らかであった。みずから言うには、冥土で文書を署名し、威福をほしいままにしているということであった。謝心畬という者がおり、周氏から娶り、鏡楼と兄弟であった。己卯[215]の秋に大病したので、鏡楼の娘が見にゆくと、幽鬼がしばしば往来していたので、竈神に尋ねると、神は幽鬼はいないと言った。娘は言った。「わたしはみずから見ているのに、どうしていないと言うのです。」そこで竈神はよく調べ、女に告げて言った。「これは某月日に門神に賂してひそかに入ったものです。」その夜、鏡楼が来、かれ[216]の家人はぐるりと跪いてお願いした。鏡楼が幽鬼を質すと、幽鬼がみずから語るには、姓は李、名は儒奎、浙江の人、八世前は王氏の娘、潘氏の妻であった、心畬は八世前は某氏の息子で、かれと密通していた、後に妊娠し、堕胎薬を服して死んだ、歳月は遠いが、怨みは消えていない、いくつもの世で捜し求め、今になってはじめて会ったので、かならずかれの命を取って去るということであった。鏡楼は再三宥め、さらに道士を招き、経を誦えてやることを約束したが、幽鬼は承知しなかった。鏡楼は怒って言った。「おまえはわたし周鏡楼を知らないか。おまえはわたしの手中から出られようか。」幽鬼ははじめて命に従い、言った。「道士を招いて経を誦えさせるのでしたら、どうか『大梵経』[217]を誦えてください。『玉皇経』[218]ならば、冥土でもっとも下の地に住むことになりますので、誦えられることを願いません。」謝氏がその言葉に従うと、病は癒えた。鏡楼がさらに語るには、顧春船というものがおり、戊子科[219]の挙人で、冥土でなかなかに勢力があり、すでに冥吏となれているが、かれが薦めたものだということであった。こうして見ると、冥土は営営としており、やはり人の世と異ならない。

最終更新日:2011年9月28日

右台仙館筆記

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