右台仙館筆記/巻五

何阿謹は、仁和臨平鎮[1]の人であった。粤寇の乱のとき、賊に脅されて従い、かれらとともにある農夫の家にいって金品を奪い、漬物甕の中の洋銭八十を奪い去った。後に賊の中から逃げ帰り、乱が収まると、その資金で餛飩店を開き、おおいに利を得た。農夫はよく知っており、かれに金を求めた。阿謹は頑として承諾しようとせず、さらに言った。「賊が人の金品をとることは数えきれないのに、すべてわたしから償いを得ようとするのか。」農夫は言った。「あなたが以前わたしの銭を取ったことを、人々はみな知っているが、今も償いを求めようとしない。しかし、わたしは貧窮し、生計を立てるすべがないが、あなたはさいわい余裕があるのだから、すこしわたしに償えば、わたしは怨まないだけでなく、あなたに感謝しよう。」阿謹はかたくなに承知しなかった。農夫はどうしようもなくてさり、後に結局貧しさに堪えられず、入水して死んだ。ある日、阿謹は店に入って餛飩を包んでいたが、突然その妻に言った。「今日おれは死ぬ。」そのわけを尋ねると、答えなかった。にわかに匆匆と門を出て去り、いそいで人に命じて後を追わせれば、すでに入水して死んでいたので、みな農夫が命を取ったことを知った。

臨平の農村に兄弟三人がおり、いずれもその母に不孝で、長男次男はもっともひどかった。粤寇の乱で、三人はみな賊に従って掠奪し、すこぶる得るものがあった。乱が収まっても、なお余裕の資金があったので、その母を追いはらい、ともに住まなかった。まもなくその兄が妻を娶り、二人の弟はみなおり、ともに酒食をととのえた。母がそれを聞いて見にくると、兄はたいへん怒って言った。「今日はわたしの祝いごとだ。おまえは貧しい媼(ばばあ)なのに、どうしてわたしを邪魔しにくるのだ。」棍棒を取って追いはらった。次男はそれを聞くと、やはり走り出て罵り、その勢いは洶洶としていた。母はあわてて走り出、市で泣き叫んで言った。「天よ。わたしにはこのような倅がおります。」時に天は晴れていたが、突然陰雲が四方から集まり、雷雨がつぎつぎに起こり、霹靂一声、この三人の息子はみな室内から引き出され、母の前に跪いて死んだ。母はまた泣いて言った。「天よ。末っ子のわたしへの待遇はあまりひどくはございませんでしたのに、どうしてわたしに残してくださらないのでしょうか。」さらに霹靂一声があり、末っ子は結局活きかえった。

同治庚午年[2]、湖北咸寧[3]の農村ではかなり虎の害があった。盛氏の子が郊外で牛を牧していたところ、突然虎に遭遇した。子が牛の背から地に堕ちると、牛は身をもって庇い、その角を揮って虎と闘ったが、勝てなかった。すると他の牛がきて助けたので、虎は去った。盛氏の子は死なないですんだが、牧していた牛は結局傷が重くて死んだ。すると盛氏の長老がすべて集まり、みな言った。「これは義牛だ。」棺を買って納め、地に穴を掘って葬り、さらに法事を行ったが、この子に斬衰してその喪礼を行わせたところ、親を喪った者のようにしたので、牛孝子といわれた。

蘇州は粤寇の乱で、家がたくさん毀たれたが、葑門[4]、斉門[5]の間にはなお残っているものがあった。乱が収まった後、人々は多くはその家屋を買い、閶[6]、胥[7]両門の間に移築した。ある老儒が虹橋浜[8]に一軒の廃屋を借り、童子数人を集めて勉強を教えていた。すると突然、声が四壁から発せられたが、雌鶏がその雛を呼んでいるかのようであった。夜になると、今度は数十の婦人が嚶嚶と啜り泣くかのようにするのが聞えた。このようにして数日止まなかったが、匠はすでに斧斤を持ってやって来た。そもそもその主人はすでにこの家を人に売ろうとし、人はよそに移築しようとしていたのであった。舅の姚松田老人はこのことを語り、さらに言った。「父祖が辛苦してこの家を造り、子孫がそれを保てなければ、冥漠[9]の中でふかく悲しむのは当然だ。」戴子高[10]は言った。「この鬼もひどく物分りが悪い。この家を造るものがいれば、この家を壊すものがいる。およそ物は造られることがあればかならず毀たれることがある。天地さえながく存せられず、まして区区たる一屋ならばなおさらだ。」思うに子高の論はもとよりたいへん通達しているが、この声が父祖が発したものでないことを分かっていない。そもそも天地の精気は、ないところはない。しかし空洞でものがないところでは、散漫流動し、凝集できない。かならずよりどころがあって後、その気が凝集できるのである。およそ豪邸は、その外は塀が高く、その中は門戸が重なっている。このようにして百余年、あるいは数百年たてば、その気が凝集して久しくなる。凝集してすでに久しければ、形質がそなわる。形質がそなわれば、神明が含まれるのである。大きくて山川、小さくて城社[11]、さらに小さくて屋宇でも、それが神であるのは同じである。一旦毀とうとすれば、そのよりどころは失われ、その気は再び集まれない。その神はほんとうに先に知ったので、この悲しみ嘆く声を出したのである。これは家屋の神で、この家を造ったものの幽鬼ではない。わたしの外家姚氏は臨平の棗山港[12]に住み、その向かいは沈氏の住居であったが、言い伝えでは元代の家屋で、造りは今と違いがあった。乱の後、やはり人によって壊されたが、運斤[13]の初め、大声が突然開こえ、匠が一人死んだ。そもそもその気は凝集して数百年の久しきに達していたので、強盛で祟りをなせたのである。茅茨[14]苫蓋[15]ならば、地を占めることが多くなく、集まる気も少ないので、造るのも壊すのも思いのまま、まったく霊験がないので、やはりその理があることを想像できる。父祖が造ったものであれば、蓽門圭竇[16]の鬼なのに、その曠達が高明の家の鬼に勝っていることがあろうか。

仁和の唐栖鎮[17]の人姚晋卿は、わたしの二男の嫁の弟であった。若い時に江姓のものを招いて勉強を教えさせていた。江も年が若く、なかなか謹厳で、ひねもす書室の中に坐していた。とある日、体が痛み、にわかに激しさが増すのを覚え、床褥を転げ、父と呼び、母と呼び、朝になってもやまなかった。姚氏はそこで舟で送りかえした。江は帰ると、牀に臥して起きなかった。静かな夜に灯を消し、漆のような暗闇になると、なお牀から下りられ、部屋の中で走ったが、やや灯光を漏らすと、すぐ動けなくなるのであった。白昼ならば、四方を布の幕で遮っても、倒れ臥すことができるだけで、すこし輾転することを求めても叶わなかった。このようにして数年、糞尿はすべて牀の中にしていたが、飲食はもと通りで、体貌は豊かで、病んでいないもののようであった。かれの父江蘭圃は、もとより医術を知っていたので、あれこれ治療したが、癒えなかった。後に術が尽き、心も疲れたので、それ以上、処方を作らなかった。しかし薬を服してすでにひさしく、一日薬を服さなければ、飢えたものが食べものを思い、渇いたものが飲みものを思うかのようであったので、かれがみずから計を立てるに任せ、毎日意向どおりに薬数種を買って服させたところ、効かなかったが、損なわれることもなかった。とある日、戸を開いて出てき、行動すること普段のようであった。病を得てからその時まで、すでに十年に達していた。一旦にして霍然として癒えたが、その日服した薬が、たまたま病に効いたのか、因縁が纏っていたのが、ここにきて解けたのか分からなかった。段成式[18]に見させれば、採って『奇病録』[19]に入れたであろう。

江蘭圃には一人の嫁がおり、身重になった後、ふと見ると婦人がともに牀に臥し、かれにむかって切切とひそかに語っていた。はじめはたいへん驚いたが、後に見慣れた。この婦人は紅い裙を着け、姿ははっきりしていたが、言葉はくどくどとして、まったく何の言葉か分からなかった。江氏の妻はたいへん悲しみ、期日になればきっと免れられないことをみずから悟り、つねに人と語り、かならず悲しんで泣いた。まもなくほんとうにお産で亡くなった。聞けば江氏の妻はなかなか従順で、さらに年もまだ若く、悪業もなかったから、前生の怨みの報いであろう。

唐西の姚氏の一人の娘が、突然奇病を患い、言うことは尋常でなく、姿は奇怪であった。その足を首まで反らせることができ、またある時は舌を出し、一尺あまりになろうとし、きわめて恐ろしかった。姚氏はもともと箕仙[20]を奉っていたので、仙を召して尋ねた。仙は言った。「この妻は前生で杭州施氏の子であった。その妻を売る夫がおり、施はかれのために婚書[21]を作ったが、妻はほかに嫁ぐことを願わず、雉経して死んだ。夫は悔い、やはり自経した。今は命を取りにきたので、なすすべはない。」姚氏の人は囲んで祈って言った。「これは前生の施氏の子のことで、今生と関わりございません。かれは今生で姚氏の妻となり、なかなか賢いと称えられています。夫が死んでからこれまで十余年、義を守って嫁がず、氷霜の操は、多とするに足りるものがございます。今生の善で、前世の罪を贖うことを許してくだされば、盛大に法事を行い、懺悔に資することを願いましょう。」鬼は許し、箕に憑いて言った。「以前の罪は絶対に消すことはできないが、今生で節婦であるなら、とりあえず許して去り、来生を待ってふたたびかれから命を取ろう。」それから姚氏の婦の病はほんとうに癒え、年は六十余で亡くなった。

唐栖の姚氏にはさらに一人の娘がおり、体質は柔弱で、鬼物を見られた。その実家で一人の娘が病んだので、姚氏の妻はいって見舞った。見ると病人の牀の前に黒い人が立っていたが、面目はあまり弁ぜられなかった。さらに一人がいたが、顔色は常人と異ならず、黒い人に向かって揖していた。見るたびにすべてそうであったので、たいへん怪しんだ。その妻の病はすぐ癒えた。黒い人は命をとる凶魂で、黒い人に向かって揖していたのは、恩に報いる善鬼であろうか。

蘇州の某甲は、はじめ夜航船[22]を漕ぐことを生業としており、年は四十であったが、まだ娶っていなかった。後に江湖で行商し、やや資金ができたので、妻を娶ることを計画した。隣村の某家の娘に恋慕し、一人の媼に頼んで仲立ちとなってもらった。媼は女の父母に相談したが、承諾されなかった。媼は帰ると、戯れて甲に言った。「わたしはあなたのために氷上人(なこうど)となりましたが、あのかたのご両親は拒まれませんでした。しかしあのかたはあなたのお顔に贅瘤(こぶ)がございますので、奥さまとなることを願っていませんが、どういたしましょう。」そもそも某甲は顔に小さな瘤があったので、媼はこのことで戯れたのであった。甲は話を聞くとたいへん憤り、その夜、なんと利刃でそれから瘤を裂き、血は寝台をどす黒くした。翌日、頭は斗(とます)のように腫れ、転げて叫び、数日して死んだ。そこで隣人たちはみな媼を咎めた。ある老叟が嘆いて言った。「媼の罪ではない。これは怨みの報いがあったのだ。」蘇城が賊に陥っていた時、某甲は賊のために郷官となり、その友人の妻を奪った。その友人が隙をみて妻を連れて逃れたところ、甲は追って捕らえた。友人はもともと瘤が項にあったが、甲がまずその瘤を裂いたところ、血が注ぐかのように出た。そこで殺したが、死ぬありさまはたいへん悲惨であった。こうしたことを考えれば、どうして怨みの報いでなかろうか。これは恐ろしいことである。

臨平の農村に某氏の子がおり、草を郊外で刈っていた。たまたま一つの髑髏を見、その野ざらしであるのを憐れみ、地を掘って埋めた。帰るとその人に語った。「今日は一つ善い事をしました。」するとにわかに寒熱がはげしく起こり、鬼が憑いて言った。「曠野でたいへん楽しかったのに、おまえはわたしを土中に埋めた。鬱陶しくてたえられないから、かならずおまえを殺してやろう。」その家はたいへん恐れ、酒食で祭ってやり、紙銭を焼くことは数えきれなかった。数日、鬼ははじめて去り、某氏の子は病むこと旬日で癒えた。わたしは髑髏の楽しみは、南面の王に勝るとは[23]、『荘子』の寓言だと思っていた。掩骼埋胔[24]は、古の仁政である。某氏の子のしたことは、ほんとうに善事であり、帰ってこれで罪を鬼に得たのは、どうしてか。ほかに邪鬼がいて、このことを借りて祟りをなしたもので、酒食を求め、ほんとうにこの鬼が徳に怨で報いたのではないだろう。

先達[25]の某公が朝官となった時、その次男の妻が病み、鬼物が憑いていた。公は退食のとき[26]、入ってみると、鬼はかならず自分を避けるだろうと思った。二人の侍婢は見て笑った。公がわけを尋ねると、言った。「鬼は公の衣の袖の間におり、まったく恐れていません。」公はたいへん怒り、門下の士の某孝廉が鬼を捕らえられることを聞くと、みずからいって告げた。某は言った。「明日、公は病人の窓の外に席を設け、わたしとともに坐し、わたしが室内を望み見られれば、力になれましょう。しかし対処はそれとなくするべきで、鬼に知らせてはなりません。知られれば逃げられてしまいます。」公は従った。翌日、某が来ると、公は招きいれて病人の戸の外に坐らせたが、たまたま棋局が傍らにあり、某は言った。「今日は何ごともございませんので、公と一局打てましょうか。」公は言った。「よろしい。」わずか三五手を下すと、某は突然沈思するかのようになったが、頬杖をつき、目を閉じ、眠っているようで眠っていなかった。公は笑って言った。「お疲れですな。」左右を退かせ、かれの精神を乱さないようにした。従者はみな散じた。まもなく、某はふと目ざめて言った。「鬼がここにいます。」手ずから一つの瓶を持ち、鬼が瓶の中にいると言ったが、瓶の由来は分からなかった。室内の下女たちはみな騒いで出てきて言った。「鬼は人に捕らえてゆかれました。」それより前、下女たちは某が部屋に入って来、鬼がすぐに避けて牀の下に隠れるのを見た。某がついて入ると、鬼はさらに牀の頂に跳びあがったが、某はついて登った。このようにすること数回、はじめて捕らえられたので、みな鬼がすでに捕らえてゆかれたことを知っていたのであった。室内にいたものは、某の神で、戸外にいたものは、某の形で、人々は弁ぜられなかったのであった。公は碁を打つことをこうたのは何のつもりだったのかと尋ねると、答えた。「わたしがはじめてこちらに坐しましたところ、すぐ鬼が室内におり、倉皇として逃れようとしたのを望み見られましたので、ひとまず公と碁を打ち、鬼を気にしていないようにしたのでございます。鬼がわたしを避けませんでしたので、隙をみてまっすぐ入って捕らえることができました。」このことをわたしは馮夢香孝廉に聞き、孝廉はその郷里の人童萼君先生に聞き、これは阮文達公のことだと言ったが、本当かは知らない。質問するわけにもゆかないので、ひとまずそのことをこのように記したのである。

江西の万篪軒[27]方伯[28]は、杭州に寓居していた。光緒四年、病で亡くなった。病む前、その嫁は父の病のために帰省した。父は言った。「わたしの病はもとより助からないが、おまえの舅どのもながくなかろう。近日、世間で死ぬ者はたいへん多いので、冥官はわたしたち二人を招いて簿書を照合させるのだ。おまえはわたしを訪ねてきたが、やはり帰って舅どのを訪ねるべきだ。」そこでその嫁はすぐにかえり、万はほんとうに病になった。かれが亡くなると、韓氏のしもべで田姓のものが、−人はかれは狗眼を持っており、鬼を見られると言っていた。−その日、たまたま主命を奉じて見舞いにきており、帰ると人に語った。「わたしがあのかたの門にゆきますと、神の崔判官がおり、わたしを止めて言いました。「今は入れない。」わたしが戸外を徘徊していますと、方伯が便服して出てき、その後に一人が従っていましたが、世俗のいわゆる無常[29]でございました。門内では泣く声が起こっていました。」だとすれば人が死ぬ時はもとより無常がいるのか。崔判官とは誰なのか。杭州の人はこのようにいったので、ひとまず記した。

慈溪の慈湖書院は二つあり、その旧いものは慈湖の西にあり、楊慈湖公[30]の祠堂であった。慈湖公の塑像があったが、土木を質にして衣冠を着け、生きている人と異ならなかった。昔ある学究がここで生徒に教授し。学究がよそに出、一人の生徒が神の衣冠を盗んでみずから服し、その同学のものを驚かした。同学は意表を突かれ、一驚して死んだ。その後、慈湖公像はほんとうに動けるようになり、しばしば外に出て、驚く通行人を追いかけた。銅の釘でその四肢を釘うち、布をその頭に被せると、はじめて出なくなった。これで書院は鍵で閉ざされ、住もうとするものはいなくなった。その新しいものは慈湖の東にあり、県民馮氏が財を投じて建てたものだが、やはり怪異が多かった。邵君名を昌というものがおり、その中で読書し、夜に出て小便したところ、突然長人が樹の頂に踞坐しているのを見た。邵は胆量をたいへん自慢していたので、棍棒を挙げて打ったところ、長人は跳び下り、邵と闘った。邵が勝てず、部屋に逃げ込むと、長人はついてき、邵を地に倒し、ほしいままに殴って去った。邵は大病し、口から青黒い水を吐き、数日足らずで死んだ。また人がおり、月夜に長人が慈湖書院から出てくるのを見たが、この人はももともと胆量を自負していたので、つけていった。慈湖書院は北門の外にあったが、北門から西門外大宝山のある大樹の下までゆくと、長人ははじめて見えなくなった。この人は従うこと数里[31]、その行方を極めておわったのだから、その胆量はほんとうに並外れたものであった。邵は死んだがこの人は恙なく、そもそも侵さなければ、長人も人を害さなかったのである。慈県に長人がいるのを、人はしばしば見た。俗に白衣のものは白事人、黒衣のものは黒事人と呼ばれたが、あるいは山魈[32]かと疑われた。馮夢香孝廉は言った。「邵君はかれが樹の頂に踞坐しているのを見、この人もまたその樹下にいって消えるのを見たから、城南の老樹の精の亜流だろうか。」わたしは夢香の言葉が正しいと思う。

同治乙丑[33]の春、厳州城内で毎晩鬼が叫ぶのが聞こえ、声は烏烏唖唖とし、小さな犬が泣いているかのようであった。東北に住むものは声は西南にあると思い、西南に住むものはその声が東北にあるのを聞き、遠くなったり、近くなったり、声は所在がさだまらず、夜通し絶えなかった。論者は言った。「これはきっと粤寇の難に死んだもので、魂が帰らないのだ。」その時に袁君之京字は懐西というものが、建徳の教諭を代行していたが、自分の資を出して呼びかけし、銭を集め、四つの城門でそれぞれ施餓鬼し、紙銭を焼くことは数えきれなかった。すると三晩鬼声はなかったが、第四夜になるとまた元通りであった。協鎮の朱君がならって行うと、やはり三晩声がしなかった。呉和甫学使が厳州で按試[34]し、考棚におり、やはり聞き、広文たちに尋ねた。袁君はそのことを告げ、学使は各城門で施餓鬼するように命じ、袁、朱二君の故事のようであったので、またみずから文を作って祭り、それから鬼の声は絶えた。

杭州の保安橋に馮氏の家があり、屋外になお空地があったので、塀を築いて囲むことを計画した。工具が調うと[35]、その晩、窓の外で鬼哭の声が聞こえ、たいへん悲しかった。馮氏のある人が語った。「鬼哭してどうする。幽鬼となって苦しいなら、人であるのも苦しいではないか。」窓の外の鬼は嘆息して去り、聞くものは毛と骨がぞっとした。翌日、土を掘り、塀を築くと、土の中に四つの亡骸があったが、そもそも粤寇が城を陥れた時にここで死んだものであった。そこで鬼は翌日人に掘られることをあらかじめ知り、毀傷暴露されるのを恐れたので、さきに人に哀願していたことを悟った。棺を買って改葬してやると、後にほかに異常はなかった。

慈溪の北門の中にも馮氏の宅があり、この宅には昔驢馬の精がいると伝えられていた。馮氏の一人の幼い子が病を患い、しばしば倒れ、長い耳で毛だらけの体の人が牀頭に来、泥団子を持ってむりに食らわせたと言ったので、この驢馬の精が祟りをなしたかと疑った。後に病は癒え、異常はなくなった。粤寇の乱で、邸宅は火に毀たれたが、驢馬の精はなお残り、その窟宅は喉口の中にあった。喉口とは、慈湖の水が城内に入り、城内の諸水と合う旧道であった。その道は馮氏の屋の下を通っていたが、塞がってすでに久しかった。ある人は趙文華[36]が城を築いた時に塞いだと言い、ある人は馮氏の先祖で御史で官となった者が、この家を建てたが、水声の喧しいのを嫌い、塞いだと言った。数年前、県民は形家[37]の言葉を用い、銭を集め、匠を募り、この水路を浚渫したが、経費が続かず、途中でやめたので、喉口にはやはり水がなく、驢馬の精はいられ、なおもしばしば姿を現したのであった。

安吉の典史周君が言った。かれの家に一人の雇われている媼がおり、老いた寡婦であった。周家に数十年おり、家の人々はみなつつしんで待遇し、他の媼たちと異なっていた。人のために善行することを好み、およそ家人が罵れば、かならずねんごろに宥めていた。つねに食らう鮭菜[38]はなく、醤腐乳[39]一品だけであった。みずから言うには、夜に目を閉じると、藍布衫を着た婦人がかれとともにおり、このようにすること数年、見慣れて、怪しいとも思わなかった。ある晩、婦人は媼に言った。「今、極楽境がございますから、ご一緒に遊びましょう。」媼は唯唯としていた。突然、霹靂のような音が聞こえ、眼前に双つの門が開け、婦人は媼と並んでその中に入り、堂宇は軒敞[40]、調度は華麗で、さながら富貴の家であった。出ると、婦人は言った。「こちらがどこかご存知でしょうか。この地はあなたの体でございます。以前、入った門は、あなたの頂門でございます。」媼がみずからその頭頂を摩ると、頂門はすでに開き、小児の囱(ひよめき)があるかのようであった。それから毎晩かならずそのところにゆき、婦もかならずいっしょであったが、ふたたび霹靂の音を聞くことはなかった。媼は婦人と遊んでから、人が見ないものを見られるようになり、空中を神明が通れば、媼はそれを見られた。そのため、糞尿するときは、かならず窓を閉ざし、さらに幕簾を施し、光を漏らす一つの隙もないようにさせ、神を汚すことを恐れた。とある日、空に向かって叩頭してやまなかった。人がわけを尋ねると、言った。「関帝が通られました。わたしの子と関帝の後ろに黒雲が従っていますので、雨が降りましょう。」時に晴れた日で獃獃[41]とし、まったく雨の気配はなかったが、にわかに雷雨がはげしく起こったので、人々は信じた。関帝のありさまはどうかと尋ねると、言った。「廟の塑像と異なりません。また神が空中でどう動くかと尋ねると、言った。「およそ神が来るときは、かならず白い気が囲んでおり、上半身だけが見え、その足は見えません。」さらに数年し、媼は突然黒い棗を買って食らい、日々食らうこと数えきれなかった。怪しんで尋ねると、言った。「わたしが毎晩いっしょにしている婦人は、観世音菩薩におわしました。今、菩薩に従って去ろうとしておりますが、平生の飲食がたいへん粗末でしたので、寿命は終わっても、食禄は尽きておりません。にわかに俗塵を逃れられませんので、棗を食らってその数を満たしているのでございます。」数日足らずで、媼はほんとうに病むことなく亡くなった。

阿三は、象山[42]の人で、その姓名を失った。湖州にいって荒田を開墾し、孝豊[43]の烏泥坎[44]に住んでいた。ある日、たまたま足を滑らし、路で転んだ。ふと見ると五六人がみな紡綢[45]の衫を着け、口に湖音[46]を操り、賭博の金[47]を求めた。阿三はそれを見たが、みな知らないものだったので、怒って言った。「わたしがいつおまえたちと賭博し、おまえたちに負けたというのだ。」そして殴りうち、一人で大勢を相手したので、たいへん苦しめられた。するとにわかに老人が杖を引いて来、言った。「おまえたちはどうした。」阿三が理由を告げ、さらに助けを求めた。老人は言った。「このものたちは無礼でございますから、わたしはあなたに助太刀しましょう。」杖を揮って打ち、五六人はみな稲田の中に逃げ隠れた。阿三がさらに路傍の石塊を拾って抛つと、みなすぐに消えた。老人は路を指して帰らせて言った。「かれはすでに消え、心配するに足りませんから、お帰りなさい。」阿三は途を辿って帰り、突然夢が醒めたかのようになったが、身はなお路傍に倒れ臥していた。家に帰るとたいへん疲れ、打たれたところがなお痛み、皮肉はすべて青黒い色となっており、十日あまりしてはじめて癒えた。後に土地祠にゆき、祠の神像を見ると、前に見た老人とひどく似ていたので、神助と悟り、牲醴を供えて謝した。

定海[48]の協鎮[49]の葛君飛熊は、微賎であった時、もともと職業がなかった。定海の風俗では、病人のために祈って祭るとき、かならずたくさん酒食を供えた。几に置くものは上筵といい、神を祭るもので、地に置くものは下筵といい、鬼を祭るものであった。上筵は主人がみずから胙(ひもろぎ)を食らい、下筵は分けてこうものに与え、かれらが酔って飽きて去るに任せた。およそ祭祀する家は、かならず占い師の言うことに従うので、乞食たちは日々占い師の門で窺い、期日になるとみな集まり、葛も一緒であった。ある日、食らい尽くした時、夜はすでに深け、かすかに月光があった。葛は酔いに乗じて一人歩いていたが、ふと見ると一人の娘が前方を小走りに歩いていたので、葛は私奔するものかと疑い、尾けてみた。ある家の門外にゆくと、門は開かず、娘は入ったので、鬼だと悟った。そこで門外に近づいてひそかに聞けば、姑と嫁がまさに罵りあっており、その後、寂然とした。葛は変事があることを心配し、いそいで戸を叩いて入れば、婦人もまた楼に登り、姑はまだ怒って楼の下に坐していた。葛が見たことを告げると、たいへん恐れ、葛を迎えてともに楼に登った。葛が登ると、先ほどみた娘が走り出、にわかに葛と会うと、転んで楼梯[50]の下に倒れ、振り返るとすでにいなかった。入ってその婦人を見ると、婦人は梁に懸かっていた。さいわい時が経っておらず、救うと蘇ったので、あつく葛に謝した。

『世本』[51]は巫彭[52]を医者と称しているが、これはもともと古の医者が古の巫であったからである。『周官』男巫[53]の職掌は招弭[54]して、疾病を除くことであり、なお古の遺風がある。後世になると、医者は日々伝を失ったが、まして巫はいうまでもなかった。江西南昌府にいわゆる搶魂ということがある。各村坊にはすべて廟があり、廟の神は太子といい、白面で笑顔である。その身は甲(よろい)を着け、その頭は兜鍪(かぶと)を頂き、片手は旗を持ち、片手は剣を持ち、どこの人か分からない。およそ病が重いものは、道士に頼んで魂を奪ってもらい、響轎一台を用い、太子の神をその家へ迎える。響轎とは、担ぐと格格(ガタガタ)と音がするものである。来ると、紙銭を焼き、道士は叩頭して病人のために祈る。その夜、強健なもの四人で神を担ぎ、道士は従い、さらに十余人が炬火を持ってついてゆく。曠野にゆき、三周回ると、人々はみな大声で叫ぶ。三周すると、飛んで走って帰る。門に着くと、すぐ大声で病人の名を叫び、門内で「承知した。」と答えると、また神をその家で祭る。三四日後、やはり道士を用いて廟に送りかえさせるが、病人がほんとうに治ったか否かは、道士は尋ねない。広東には「喚魂」ということがあり、「跳茅山」[55]ともいう。その法は、道士数人を使い、斎壇[56]を設け、神像を掛け、經讖[57]を誦え、まったく普通の儀式のようである。終わると、楼梯を一つ置き、段ごとに利刃を刺す、刃はすべて上を向いており、道士は裸足でその切っ先を踏み、一段ごとに登る。このようにすること数回し、「上刀山」という。そして鉄弾一つ、鉄鎖一つを、烈火の中に置いて焼いて赤くする。道士は口に紅い鉄弾を含み、手ずから紅い鉄鎖を扱き、しばらくすると、冷水の中に投げこむ、水が [ボツ]然としているうちに、この水で病人の顔を洗ってやる。道士はさらにみずからその手を刺して血を出し、病人の両の太陽穴および両手のひらに塗って、内邪を除く。さらに二つの炬火を燃やし、病人の室内に入り、粉薬をすこしばかり弾くと、訇然一声、部屋がすべて火花となる。これを「発火粉」というが、これは外邪を去るのである。最後に雄鶏一羽、青竹の竿一本で、病人自身の衣を取り、屋根に登ってその名を呼ぶが、これを「喚魂」という。およそ喚魂の時は、たまたま来るものがあれば、牛羊でも、鶏犬でも、すべて吉で、さもなければ病は治らなかった。人が来るのに遇っても、やはり吉であるが、遇う人はかならず死ぬ。もともと道士が法術を行う時、その前後左右十家の中では、道士はかならずその禍がないことを保障するが、十家以外は、保障できない。不幸にしてこれに遇って死ぬと、その身にはかならず烙印があるという。わたしはこれらはすべて師巫の邪術で、古の巫医の遺法ではない、民の上にあるものははっきりと禁じるべきものであると思う。寧波の農村のいわゆる爛泥膏薬というものにいたっては、もっともおかしい。その人は頭には花をかざし、顔には白粉を塗り、村落の間を歩いている。治療を受けるものがいても、脈を診ず、清水一碗を用い、筆で濃い墨三滴を水に注ぐ。その墨痕が蜿蜒として落ちると、竹管を用いてそれを窺い[58]、すぐに病状を述べるが、中たることもあれば中たらないこともある、おおむね五七言の歌辞を出し、言葉はきわめて鄙俚であるが、抑揚に富んでいて耳に心地よい。従って薬を求めれば、一つの泥(どろ)丸(だま)を渡し、病人の某穴に貼らせ、ほかに薬はない。ゆえに爛泥膏薬の名があるのである。みずから称するには、先祖に仙女と会ったものがおり、一丸の泥を与えられ、今でも子孫は用い尽くしていないということである。荒誕の言葉は、さらに追究することができない[59]。

慈溪の兪君は、生きている人でありながら冥土で働いており、活無常の名があった。兪は能文の士でもあり、たいへんこのことを恥じていたので、その名を隠す。かれが仕事に赴く時は、死者のように倒れ臥し、胸膈がかすかに温かいだけであった。あるいは一日で目ざめ、あるいは数日で目ざめたが、しばらくすると慣れ、驚かなかった。冥土のことを尋ねれば、秘して言わなかった。兪には友がいてふだんから親しく、ともにいって冥土の景物を見ることを求めた。兪は承知しなかったが、しつこく求めてやまなかった。兪は言った。「かならずいっしょにゆこうとするなら、静かな部屋を選んで安臥し、数日起きなくても、家人に動かさないように戒めろ。」友はその教えの通りにした。兪はその魂を引いてあまねく冥土に遊ばせたが、城市もあり、人の世と異ならなかった。まもなくある官署にゆくと、兪は入らねばならぬ用事があり、その友に言った。「わたしをここで待ち、よそへゆくな。こちらは所詮人の世と違いがあり、もし誤って迷路に入れば、わたしは救えない。」友は言った。「承知した。」ながらく待ったが出てこず、心は退屈であった。すると突然、数人の娘が役所から出てきたが、いずれも妖艶で尋常でなかった。その友は心が動き、ついてゆき、狭巷の中に入った。小さな戸があって半ば開いており、娘はみな入り、某もしらぬまに従って入った。すると突然霹靂のような大きな音がしたので、驚いて顧みれば、自分の身は豚小屋におり、小さな豚に化していた。兪は役所から出たが、その友が見えず、見つからなかったので、悵悵として帰った。その友を訪ねてゆくと、なお倒れ臥して目ざめていなかった。かれの家人はみな兪を咎め、兪も慌てふためいてなすすべがなかったが、その胸を撫でるとなお温かかったので、その家人を慰めて言った。「この人は生機が絶えていませんから、ふたたびいって探しましょう。」そこでまた冥土に赴き、一日余りして目ざめ、言った。「見つかりました。かれの魂は数百里離れた某県某所におり、すでに転世しており、わたしがみずからゆかなければ、帰られません。」そこでその地にゆき、探ったところ、ある家で牝豚が小豚を生んだことが分かった。すぐ豚小屋にいって見ると、一頭の白い尾の小さな豚がおり、兪を見ると、豞然[60]と鳴いた。主人にこの豚は値がどれほどか尋ねると、主人は異常があることを悟り、言った。「銀十両でなければ承知しません。」金額通り与え、連れて帰った。友の寝室にゆき、鉄椎を用いて豚を打ちたおすと、その友は蘇った。しかしそれからは智力が昔よりやや鈍くなった。豚の胎内に陥ったからかもしれない。兪君がみずから言うには、冥土に入るたびに、城隍神が草鞋二、扇一を授けるということであった。草鞋を着ければ、歩みは飛ぶかのようで、心の赴くまま、障碍がなく、城壁も越えられ、閾のようである。その扇は一面は紅く、一面は黒く、紅い面で人を扇げば、かならず全身が熱くなるが、黒い面で人を扇げば、寒くて震える。さらに言うには、冥土にはほんとうに血の池があるが、世の言い伝えで産婦がかならずここに入るというのは、でたらめである。血の池はもっぱら男子を収める。およそ男子で一回娶っただけのものは、この池に入らず、再婚したものは池に一回入らねばならず、三たび娶ったものは、二回入る。妾がいるものは、池に入る数は妾の数による。兪君の言葉はこの通りで、荒淫のものの戒めとなせるが、理からいえばほんとうに正しくはない。『礼』に「宗子七十といへども、かならず主婦あり。」という。だとすれば、再婚することはもとより禁じられていないのである。古は卿大夫は一妻二妾、士一妻一妾であるから、妾も禁じられていないのである。どうして聖人の礼で許されているものが、冥府でかえって罪とされることがあろうか。思うに冥土は血の池がなくてもよく、ほんとうにあるなら、かならず男女の礼に従わずにあうもののために設けるべきである。姦婦姦夫を、すべてその中に入れれば、罪は宜しきを得るだろう。

慈溪の民間に、いわゆる肚仙というものがいる。言い伝えでは、鬼が生前人に銭を借りていれば、その人の腹の中に入るのだという。その人は鬼の力を借り、人のために亡者の魂を招き、人がかならず銭を報い、宿債が償われれば、鬼はそのまま去るのである。腹の中にただ一人の鬼だけがいるもの、数人の鬼がともに一腹にいるものがいた。鬼が入るとすぐに、人はかならず大病し、食らうたびにかならずはげしく吐いた。鬼の居場所が定まり、口から出入りし、浮遊して障碍がなくなると、病は癒えるのであった。慈溪の人はそのことをよく信じていた。馮氏というものがおり、それを使って死人を呼びよせていた。その人は生前鴉片煙を吸うことを好み、来ると、すぐ求めたので、茵褥を設け、生前のようにしてやり、盤を牀に設け、煙草を筒に入れておいた。するとにわかに気が縷縷として出、人がいて吐いたり吸ったりしているかのようになり、一時足らずで煙草は尽きるのであった。これはほんとうに驚くべきことであった。さらに王姓のものがおり、賊が叛乱していた時にその子を失い、肚仙に探すように頼んだ。肚仙は帰ってくると言った。「この人は砲火に撃たれて死に、今、その鬼は全身が黒くて炭のようで、姿は醜悪です。さらにひさしく悪鬼たちと付き合い、粗野で人間らしさもありません。生前のことはすでにすべて忘れており、部屋に招きいれれば、かならず禍をなしましょうから、やめたほうがよいでしょう。しかし王姓はどうしても招こうとし、むりじいしたので、承知した。するとにわかに肚仙が言った。「お子さんはもう来ましたが、一言もなく、ずかずかと奥の間に入ってゆき、尋ねることができませんでした。」その晩、王姓はほんとうにたいへん不穏で、一人の娘、一人の媼がにわかに亡くなった。王姓はたいへん苦しみ、また追いはらうことを求めた。肚仙は言った。「一人の力では敵いません。さいわい腹の中に三人の鬼がおりますから、力を合わせて追いはらえば、うまくゆくかもしれません。」にわかに空中で闘う音がたいへんはげしく聞こえ、中から外にゆき、しばらくするとはじめて収まった。肚仙は言った。「すでに追いはらってあげました。たいへん疲れました。」

慈溪県城の東二十里に驃騎山[61]があり、旧名は霊山といい、俗に小霊峰と称せられていた。その上に会龍寺があり、葛仙翁[62]の像を寺に奉っていた。寺に入って参拝するものは、かならず神前で牒文を与えることをこうが、これを「関牒」といい、死後、牒を持って冥土にゆけば、銀五百両を受けられるというのであった。だから農民が山に登ると、かならず牒をこい、帰ると篋笥に蔵し、死に臨んで焚くのであった。寺は山頂にあり、下から上れば、五里ばかりで、上るものは老いも若きも、かならず歩いてゆくのであった。言い伝えでは、籃輿で登れば、受けとった関牒が廃紙になるというのであった。毎年正月一日から十日まで、および四月八日は、香期で、一県の民は遠きも近きもみな登り、隣県からも来るものがおり、寺内の香火ものそのためにたいへん盛んであった。その牒文は怪誕鄙俚であり、紙を売る店によって刊刻印刷されたもので、上に葛仙翁の印が捺されていた。物の分かった人は多くは笑い、寺僧がこの邪説をつくり、これを借りて利を求めているだけであると思っていた。しかし婦女は臨終の時、しばしば大声ではやく関牒を焚いてくれと叫び、牒を焚くと目ははじめて閉じるのであった。牒を焚く時にしばしばその火焔がたがいに龍の形となるのを見る者もいた。馮夢香孝廉は言った。「天地の道は、一つの真実から外れない。千万の愚夫愚婦は、誠意が堅いので、冥土はそのために慣例を増設しているのかもしれない。万事万物は、誠実でなければ真実も虚妄となるし、誠実であれば虚妄も真実となるのだ。」思うにこの論は正しかろう。『中庸』に「誠ならざれば物なし」というが、誠実であって物があることが分かる。古の明器、今の紙銭は、みなこれによって同列とすることができる。

慈溪[63]の馮孝廉貞祐は、字を膺甫といい、才気を自負していた。居宅には幽鬼の祟りがあり、しばしば白日に姿を現していた。ある時は地下から人の頭が伸び、にわかに屋根と等しくなり、ある時は披髪の人が見え、舌を伸ばして垂れて地にいたろうとしていた。種種の怪異は、すべては述べられなかったが、孝廉は恐れなかった。つねに一振りの宝剣を帯び、鬼を見るとかならず追っていた。ある日、幽鬼を追ったところ、幽鬼はその妻の部屋に逃げこみ、妻はたまたま逃れた。俗に産婦の部屋を紅房と称し、一月以内にここに入るのは不浄とされていた。孝廉はこの戒めをたいへんきびしく守り、幽鬼はそれを知っていたので、紅房に逃げ込んだのであった。妻は幽鬼が床のへりに坐して喘息しているのを見、たいへん驚き、孝廉を呼び入れて幽鬼を追わせた。孝廉はけっして入ろうとせず、ただ剣を執り、門外に立ち、呼んで言った。「幽鬼に胆力があるならば、わたしと闘ってはどうだ。」後に孝廉は文を作って城隍に訴えようとし、原稿を書いただけで、謄写しないでいたところ、夜、案頭で紙筆の音がした。翌日見ると、紙はすでに裂け、筆はすべて禿げていた。孝廉は笑って言った。「幽鬼はわたしの文を恐れているのか。」紙と筆を換えて書き、城隍の廟で焚いた。この夜、鎖の音が聞こえ、朝になるとはじめて寂とし、それから幽鬼はほんとうにまた見えなかった。

唐西鎮の人張慶孫は、粤寇の乱の時、盛沢鎮に避難し、病を得て死んだ。死後その魂は盛沢の土地廟にいったが、盛沢の土地[64]はかれが唐西の人であったので、唐西の水南廟に送った。水南廟は、唐西の土神で、その神は陸姓の娘で、死んで神となったのであった。唐西鎮には水南水北の区分があり、その廟は水南にあったので、水南娘娘と俗称せられていた。また水南廟からふたたび盛沢の土地廟に送りかえして蘇らせた。旬日足らずで、その妻労氏が死んだ。それより前、慶孫が死ぬと、労氏はあまねく諸々の廟で祈り、身をもって代わることを願った。慶孫の伯父に排行が七のものがおり、死んで十余年たっていたが、ここにいたってあるばあやの体に憑き、労氏に語って言った。「おまえは心がたいへんよいが、おまえもわたしの家の健婦[65]で、欠かせない。娘を代わりにしてはどうか。」労は言った。「この娘は年が幼うございますから、わたしはやはりかれが成人することを望みます。」身をもって代わることをつよく願った。その七伯は言った。「考えが決まっているなら、おまえに逆らわない。しかしこのことはなかなか厄介で、さらに多くの金銭を費やさねばならない。」やがて慶孫が蘇って労が死ぬと、冥土がその願いに従ったことが分かった。また臨平の人徐守之は、その子を美生といった。美生が病んで死にそうになると、美生の姉はわずか十余歳であったが、突然夢の中から叫んで目ざめた。その頬は紅く腫れ、全身にも青痣があった。尋ねれば、その祖父母に鞭うたれたと言った。時にかれの祖父母は死んでひさしかったので、尋ねた。「何の罪でおまえを鞭うった。」「祖父母はわたしが弟に代わって死ぬことを求め、わたしが承知しませんと、ひどく鞭うちを加えました。わたしは痛くてたえられませんでしたので、すでに約束してしまいました。」まもなくほんとうに死に、美生の病は結局癒えた。この二事によって見れば、死はほんとうに代われるのである。聖人だけはそれを知っていたので、周公に「代はるを請ふ」の言葉があるのである[66]。俗儒は『金縢』[67]を読んで疑うが、かれらがどうして死生の説と鬼神の情況を知ろうか。またわたしたち二男の嫁姚氏は、幼い時にその祖母にとりわけ愛せられていた。年が六歳で、大病して死ぬと、その祖母は棺を作るように命じたができあがっていなかったので、まだ納めていなかった。担ぎ出そうとするものがいると、その祖母はかならず痛哭して抱きかかえた。幼い妹がおり、わずか一歳で、乳母が腋に抱えて傍らに立っていたが、その母は嘆いて言った。「おまえの姉さんは死にそうで、おまえのお祖母さんはこのように悲しんでいるのに、分からないのか、おまえが代わってはどうか。」この夜は家を挙げて寝ず、病榻の前で車座になっていると、突然病人が牀から床にみずから身を投げ、なげうつ人がいるかのようであった。人々が驚き訝り、いそいで抱き上げれば、すでに活きかえっていたが、にわかにかれの幼い妹が死んだ。

范某は、江西南昌の人で、順化門外[68]に住んでいた。若くして無頼であった、族人は憂え、しばしば役所に送って懲らしてもらったが、許されて戻れば、禍をなすことはますます激しかった。一族に某甲というものがおり、人々に公言した。「おまえたちが縛ってくれば、わたしあいつの目を抉り、また禍をなせないようにしよう。」人々はその言葉に従い、某を縛って甲に渡した。某は懸命に哀れみを乞うたが、甲は聞かず、結局かれの両瞳を抉り、某はめくらとなった。十余年後、甲は死に、子が四人いたが、某はかれらと親しくし、以前の怨みを忘れているかのようであった。光緒五年臘月、甲の二子は用事があって城に入り、某とともに、城内の范氏の祠に宿った。三人は牀をともにして臥したが、夜半、某は利刃で二子の腹を切って殺し、みずから県にいってありさまを語った。そもそもめくらでありながら、結局手ずから仇とするものの子を斬ったもので、そのことはいうに足りないが、深智沈勇の者であったともいえる。

臨平に沈姓のものがおり、病を患うこと数日、たいへん苦しんでいた。突然、捕らえられたかのようになり、ある官府についてゆくと、主人が籍を調べて言った。「この人は死ぬべきでなく、誤って捕らえられたので、やはり送りかえすべきだ。」そこで人に命じて導いて出させた。見ると堂下の囚人は無数におり、打たれてたいへん苦しんでいた。沈�ﾄという者もその中におり、かれの知り合いであったが、裸で刑を受け、全身は糜爛していた。傍らの人が言った。「明日さらに鉄鎖でおまえの鼻を穿とう。」沈はそれを見ると、たいへん悲しみ憐れんだ。するとにわかに夢から醒めたようになり、蘇った。人に命じて沈�ﾄを見させると、病んで牀に臥し、転げて叫び、すでに数昼夜を経ており、死を求めたが得られなかった。翌日、その妻はまさに薬を持ってきたが、突然鼻孔から血を二筋噴き出し、すぐに息絶えた。沈�ﾄは人がらが暴戻放恣で、ひさしく郷里に憂えられていたので、死ぬと、人々はみな喜んだ。思うに冥吏が誤って捕らえることは、書籍につねに見られ、たとえば『前修録』が載せる金郷県尉韋泛を追うために、誤って金壇県尉韋泛を追った話[69]、『朝野僉載』が載せる天官侍郎許子儒を呼ぶために、誤って地官侍郎周子恭を呼んだ話[70]は、いずれもこれである。この沈姓が誤って捕らえられたのには、意図があるようである。沈�ﾄが冥土で罪を受けているのを見させ、世人に告げさせ、戒めにさせようとしたのであろう。そうでなければ、沈�ﾄの死は、鼻から出血する異変があったが、どうしてそれが冥罰であると知れようか。

安慶[71]の人遊某は、江西に僑寓していた。その子の妻は身重であったが、期日を過ぎても生まれず、腹は膨らんで五石の瓠のようであった。ある人が術士を薦めて治療させた。術士は来ると、披髪跣足で、庭で禹歩し、剣を執って指揮し、口で呪文を誦えた。手ずから一羽の雄鶏を捕らえ、刺して血を出し、護符二枚を書いた。一枚は焚いてその灰を水に入れ、妻に飲ませ、一枚は妻の身に帯びさせ、言った。「両日中にかならず生まれるが、生まれるのは人ではなかろう。」二日すると、婦は腹が震えて動き、ひどく痛んで死にそうになった。すると、にわかに腥い風が起こって牀から下り、灯光は惨淡とし、部屋の中の人々はみな凛凛とし、妻はすでにお産していた。産んだ子を見ると、毛は鬖鬖として色はたいへん黒く、眼鼻は弁ぜられず、口はたいへん大きく、その耳を過ぎようとし、手足もすこし備わっていた。全身は柔らかくて骨がなく、提げれば長くなり、放せば短くなった。みなともに怪しみ驚き恐れ驚いた。産婦は持っていって野に棄てるように命じた。わたしの二男の嫁がいうには、かれが家にいた時、親戚の中で一子が生まれたが、十歳外になっても歩いたり立ったりすることができなかった。一つの大きな木盆の中に置き、糞尿はすべてそこでさせた。提げれば高さは人と等しく、手を放せば一つの皮袋にすぎなかった。その母は嫌に思い、すこしも顧みなかったが、その祖母は憐れんで飲食を与えた。年が十六になると、結局、盆の中で死んだ。思うに昔徐偃王[72]は筋はあったが骨はなかったと称せられている[73]が、これはもしやその類か。長男の嫁がさらにいうには、湖北咸寧の農村には畸形児が多く、石氏の妻は、およそ九たびお産して怪物は九人であったという。長男の嫁の嫂は、石氏の娘であったので、ほんとうにみずからそのうちの三人を見たという。一人は猴、一人は蛇、一人は鳥であったという。

湖北咸寧の農村に毛氏の娘がおり、嫁がずに人と私通していた。父母は怒ってかれを殺し、亡骸を野に埋めたところ、にわかに僵屍(キョンシ)となり、出てきて旅人を追ったので、発いて焚いた。俗に、僵屍(キョンシ)を焚くときはかならず魚網で覆え、亡骸が焼けれは幽鬼も消えるという。その時はたまたま考えが及ばなかったので、焚く煙が上に徹すると、紅い舄(くつ)が林の端に見えた[74]。その後、その幽鬼はほんとうにしばしば出てきて祟り、およそ人家の子女の潔白端整なものは、しばしば祟り殺された。遠きも近きもみな「毛家の姑媽[75]」と称したが、その由来は分からず、なぜこの称を得たのかも分からなかった。祟られているものは、はじめは自分から話さず、父母の前でも告げなかった。その人はまったく苦しみはなく、某色の衣服、某色の褲、某色の鞋襪を作りたいとだけ言い、女ならば抹胸、纏足も加わるのであった。すべて用意し、諸々の物が備わると、はじめて、毛家の姑媽がわたしを招いて去ります、以前の用意はすべて毛家の姑媽がしましたというのであった。そして人が気づいていないのに乗じ、すぐに取ってそれを着け、あるいは薬を呷り、あるいは雉経し、免れるものは一人もいなかった。そこで、人々はみな恐れ、各村でみな廟を建ててやったが、廟が建った後も、相変わらず祟っていた。咸寧の知事某公は、それを聞くとたいへん怒り、すべてその廟を毀ち、さらに江西の真人府[76]にいって勅勒の術[77]を施すことを求めた。それからはやや静謐となったが、その祟りはすでに数十年に及んでいた。祟りがまさに盛んであった頃、農村では毛家の姑媽を語ろうとしなくなるにいたり、たまたま言及すれば、顔色を変えて戒めたということである。粤寇の乱の後、毛家の姑媽は再び現れたが、以前ほどのひどさにはいたらなかった。祟られたものたちは、あるいはやはり毛家の姑媽といい、あるいは某氏の子、某家の娘だといったが、それらはいずれも以前祟りによって死んだものたちで、そもそもかれの徒党であった。珍しいことである。毛氏は一人の娘で、「取ること多くして用ゐること宏き」[78]ものではなかったのに、どうして死後数十年でもなおこのように霊力があるのか。邪気が集まっていたのだろうか。さらに順宝というものがおり、咸寧范氏の娘で、やはり嫁がずに人と私通し、父母に殺された。その幽鬼はしばしば現れ、しばらくすると人も見慣れて驚かなくなった。毎春、女たちは山中にいって茶を採ったが、薄暮には順宝の幽鬼はかならず出てきて助け、その妹ともっとも親しみ、現れない日はほとんどなかった。つねに妹に語って言った。「わたしは不肖でしたから、死ぬのはもとより当然です。おまえはどうかよい人になり、わたしのように父母の恥にならないように。」この幽鬼はことに志があり、毛家の姑媽よりずっと勝っている。

嘉慶年間、銭唐の人某が天台山に遊んだところ、一人の男がみずから陸講山と称し、明末のことをたいへんくわしく語ったので、驚いた。翌日再びその人を尋ねれば、もう会えなかった。某は欣然として仙人に会ったと思った。按ずるに陸講山先生は名を圻、字を麗京といい、銭唐の人で、国初西冷十子の一人であった。若くして盛名を負い、弟階[79]、培[80]とともに「三陸」と称せられていた。培は行人[81]として甲申[82]の難[83]で死んだ。先生は後に湖州荘氏の獄[84]に連座したが、事が晴れると、母を奉って西溪の駱家荘[85]に隠居し、つねに苕[86]、霅[87]の間で薬を売っていた。母が歿すると、家を棄ててとおく旅し、最期は知れなかった。嘉慶末年になっても、この人は見られたが、真仙であろう。

震沢[88]の王君蟾生は、わたしの門下の士王廷鼎夢薇[89]の父であった。道光庚子の年[90]、東安村の八蠟廟[91]で勉強していた。廟には楼があり、王君は友人たちと昼はその下で読み、夜はその上で寝ていた。ある日、友人たちはみな外出し、王君は一人留まっていた。すると突然、狂風が起こり、窓や戸はすべて鳴り、書帙は巻かれて舞い飛んだ。にわかに一人の老叟が案前に兀立したが、年は六十ばかり、黄顔白髯で、目は開いたり閉じたりしてやまず、両手を空に向けて物を掴む動作をした。王君は驚いて誰かと尋ねたが、叟は答えず、ゆっくり退いて走り、退いて東の壁にゆき、嵌入したかのようになったが、両手で物を掴むのはもと通りであった。王君が大声で叫び、老僧が声を聞いて走ってきたところ、全身はすでに隠れていたが、眉、口、鼻はなお壁に見え、栩栩として動かんばかりであった。そこで恐れて走り出た。薄暮に友人たちが来、またともに入って見れば、いなかった。この夜、やはり楼に宿ると、夜半に窓を叩く音が聞こえたので、窺えば、長人がおり、足は庭に立ち、首は楼の外に出ていた。友人たちの中に呉友霞というものがおり、胆力があったが、ひそかに窓の傍らに立ち、鋭い匕首を持って伺っていた。にわかにその人が手を入れてきたので、いそいで匕首で刺したところ、その腕に中たり、大声で叫んで逃れ、匕首も腕とともに消えた。やがてにわかに鏘然と音がし、匕首が落ちたことを知った。翌朝、殿庭の西の隅で見つけたが、血は凝って脂のようで、腥く汚らわしくて近づけなかった。その時に廟に人がすべて集まり、血の迹を辿って探し、廟の後にゆくと、壊れた棺数口があり、一つの棺蓋は血で染まっていた。僧は言った。「きっとこの棺が祟ったのです。」焚くことを計ったので、王君がそれを止めたところ、後に変事はなかった。思うに、昼に見たものは棺内の人かも知れないが、夜に見たものは、怪であり、幽鬼ではない。幽鬼にどうして血があろうか。昼にこの異常があったのでなければ、夜はかならず熟睡していただろうから、怪に攫われ、食らわれていたかも知れない。棺内の人は人々に恩を与えたのであり、王君が焚くことを止めたのは、見識のあることであった。ただ棺蓋の血の迹はやはり疑わしいようであった。ある人は言った。「きっとこの怪は棺内の人を怨んで、禍を押し付けたのだ。」それならば、わずかな間に、謀略が盛んに生じ、鳴鏑[92]より速かったことになり、大きな手が窓を破ったことより、さらに恐ろしい。

平望鎮[93]の西に、韭溪[94]という地があり、同郷人潘氏の墓処があった。某年の夏、突然、赤日が杲杲たる中で霹靂が鳴り、白雲が四方に起こり、物(もののけ)が空からその墓に落ちてきた。その物は長さ四五尺、牛首鼉身で、角もあれば鱗もあったが、尾がなかった。四足はすべて五爪で、後足は痿えて起きられないもののようであったが、前の両足で蹣跚として進んでいた。通るところ、翁仲[95]はみな倒れ、大木はすべて抜けた。村人はたいへん驚き、集まって見、さらに走って潘に告げた。翌日、潘が来ると、この物はすでに疲れて、草叢の中に臥しており、腥くて近づけなかった。蝿や蟻がその身に集まり、全身に蠕蠕然としていたが、この物は気づいていないかのようであった。ある人が竹竿で刺したが動かず、時折首をもたげて息を吹いたが、触れるものはみなすぐに倒れた。潘はそれが異常をさとり、人を禁じて侵させなかった。まもなく、風雷がつぎつぎに起こり、大雨が注ぐかのようになると、物は身を奮って一躍し、空に昇って去った。天の半ばに至っても、なお頭を垂れて俯いて見、しばらくしてはじめて杳然としたが、結局これが何なのかは分からなかった。

布袋和尚は、どこの人か分からない。嘉慶年間、呉江県城にいって占いし、城東の関帝廟におり、口は楚音[96]を操り、年は七十余ばかりであった。項の下に一つの黄の布袋を懸け、しばしも解かなかったので、こう名づけた。袋は幅と長さがわずか一尺あまり、あまりゆったりしていなかったが、和尚は毎日用いる器具、杯、壷、冠、履、紙、墨、筆、硯などを、すべてここから取り、欠かすことがなかった。日々占いしていたが、十件を限度とし、吉凶を談ずればかならず中たった。その後はあまねく村の市に遊び、字紙[97]を見れば、かならず拾って袋に入れ、つねに惜字[98]に入れるように勧めていた。みずから言うには、毎日拾い、暮れれば測るが、かならず一斤の数を満たしている、このようにすること三十余年であるということであった。廟の人に、かれが熟睡するのを伺ってその袋を探ったものがいたが、亀の殻が一つだけあり、長さは一寸あまりであった。そこでみな仙人かと疑い、囲んでその術について尋ねた。和尚はそれを厭い、常には来なくなった。ある晩、突然来ると、すぐに戸を閉ざして寝た。翌日、日が中しても起きず、呼んでも答えなかったので、扉を破って入ったところ、和尚は円寂していた。その袋は失われており、大捜索しても見つからず、ともに驚いていると、西郭外の人が集まってき、みな言った。「和尚は神となられました。」そもそもその地にはもともと土地廟があり、その晩、父老たちが夢みたところ、土地が別れにきて言った。「わたしは去る。明日、布袋を項に掛けたものがきて、このわたしに代わろう。」朝になり、父老が廟にいって窺えば、神の項の下に一つの黄の布袋が懸かっていたので、訝って言った。「これは布袋和尚の物だが、どうしてここにあるのだ。」城に入ると、和尚はほんとうに死んでいたので、かれがほんとうに神となったことを知った。人々はすぐ土地廟の裏に葬り、今でも神の項には布袋が掛かっている。

桐郷の倪亜卿は、弱冠で呉中に遊び、桃花庵の夢墨楼に寓した。ある晩、ひとり坐していると、突然、窓の外で詩を吟じる声が聞こえ、静かに聞くと、その詩に言った。「怕れを生ず秋来りて痩せて支へざるを、十年の心事誰に訴へて知らしめん。荒庵寂寞として宮禁のごとく、いはんやこの風清く月白き時をや」「一病奄然として百事灰[99]なり、多情力の春を引きて回(かへ)らしむるなし。青山緑水橋辺の路、苦(はなは)だのぞむ郎君の棹を撥してきたるを。」声はたいへん凄婉[100]であった。倪はこの幽鬼であることを悟ったが、恐れなかった。にわかに一人の娘が扉を推して入ってきたので、倪は尋ねて言った。「おんみはどなたか。」女は言った。「わたしは姚氏で、字は修竹、家は山塘にあり、風塵のものでございます。年が十六の時、貴州の李小白刺史がわたしを気に入り、千両でわたしを招くことを約束し、まず百両を下して手付けにし、三年後に江南の官に改まったら、その後、迎えにくることを約しました。しかし瓜期[101]が満ちても、花信[102]は杳然としていました。わたしはかれの情に感じ、ふたたび嫁がないことを誓い、独居して鬱鬱とし、半年で身まかり、三寸の桐棺[103]は、庵の裏に停められております。たまたまきて月見し、しばらく哀吟し、幽情を述べましたが、どうか訝られないでください。」倪は憐れみ、手でかれの背を撫でた。女は退いて立って言った。「わたしは操を守っておりますので、黄泉路に帰るのでございます。さもなければなお人の世におりましょう。」そう言うと消えた。翌日調べると、ほんとうに棺が塀の隅にあり、倪はそこで楼の壁に詩を題し、そのことを記した。二年後、都司[104]の李某が黔から蘇に来、やはりこの楼に寓し、詩を見ると驚いて言った。「李小白とは、わたしの父だ。咸豊十年[105]に殉難し、わたしはすぐ先人の難蔭[106]によってこの右職[107]を得たが、まったくこのことがあったことを知らなかった。」そして庵僧に頼んだ。「よくこの柩を番しろ。仕事がおわり、ふたたびここに来れば、葬儀を営んでやろう。」しかしその後二度と来なかった。

咸寧の毛家に一人の下女がおり、年は十三四であった。かれの女主人は火災を心配し、たいへん厳しく用心し、寒くても炉の火に近づくことを許さなかった。とある晩、家じゅうに悪臭がしたが、火で物を炙っているかのようであった。その後、隣家もそれを嗅ぎ、きそって扉を叩いてわけを尋ねた。女主人はすぐに下女を呼んだが、所在は知れなかった。まもなく空き部屋で見つかったが、足は銅の火炉を踏んでおり、門に拠って立っていたが、呼んでも答えなかったので、見てみると、死んでいた。きそって進みでて引けば、すぐに灰と化したが、両脚だけは溶けず、なお銅炉の上に立ち、流れた膏は地に満ちていた。しかし室内の物は一つも毀たれず、かれが倚っていた門も焼け焦げていなかった。珍しいことであった。思うに火は炉から起きていたのだから、さきにその足が焼かれるのに、どうして足が溶けていなかったのか。ある人は仏家の戒火自焚[108]のようなものかと疑ったが、これは一人の愚かな下女で、平時まったく人を驚かせるところがなく、さらに膏油が溢れ、死ぬさまもたいへん惨かった。戒火自焚は、かならずこのようではあるまい。ある人はこの下女はかならずさきに焼酎に酔い、火気に燻蒸せられ、内火[109]が動き、みずからを焚くにいたったのかと疑った。これはなかなか真実に近いようであるが、臓腑が焼け、筋骨もともに焼け、その苦しみははかりしれないのに、なお直立して動かないことができるのか。これはほんとうに解せない。

紹興蕭山県に隔河があり、その河は百余年淀んでいた。光緒五年夏は大旱魃であったので、その古い水路を探し、民夫を集めて浚わせた。周姓のものがその仕事に関わり、掘ったところ一つの石門が見つかったが、長さと幅は二尺ばかりで、開けば隧道のようであった。昔の人の排水溝かと疑い、竿で探ると、突然、人が咳するような音がした。驚いてさらに探り、一丈あまりに達すると、咳する声はますます激しくなった。やがて青蛙数十匹が躍り出てきたが、大きさは盂のようで、最後の蛙は、身長は一尺、色は深い黄、腹の下は純白で、全身に黒斑が累累然とし、目を怒らして大声で鳴いていた。人が竿で打てば、蛙は前足で拒み、竿はそのため折れた。そこで人があらそって打つと、蛙は一本の木杭を抱き、兀[110]として動かず、ただ後ろ足で拒み、口は格格(ゲロゲロ)と鼓のように鳴っていた。ある老人がいそいで止め、言った。「これは普通の蛙でなく、殺せば不吉だろう。」人々はその言葉を是とし、河に放とうとしたが、蛙は木を抱いて放さず、爪は食い込むこと三分であった。人々はそこでその木を担いで投げ、河に着き、蛙が一躍して去ると、まもなく大雨があり、四境は十分潤った。

童元発は、厳州[111]淳安[112]の人であった。その地はすべて山で、山には猛獣が多かった。元発の父は城からおそく帰る途中、一頭の熊がにわかに出てきて掴みかかったので、倒れた。朋輩は狂奔して逃れ、人々を集めて帰って救おうとすると、熊ははじめて去ったが、元発の父は首を砕かれ、腹を抉られて死んでいたので、走ってかれの家に告げた。時に元発はわずか弱冠で、日々匕首を持って父の死に場所で哭し、熊を捕らえて心を晴らそうとし、数晩帰らないこともあった。母はその刃を隠し、禁じて出させなかった。元発は泣いてますます悲しみ、一月あまりしてまた刃を盗んで逃げた。村人はくまなく捜したが見つからず、それから踪迹は杳然としていた。数十里の中、山中にいる者にはつねにぼんやりと泣く声が聞こえ、あるいは静かな夜になると、霍霍[113]と刀を磨く声が聞こえた。その郷を去ること五十里に、葉家阪という地があり、住民は狩猟を生業としていた。ある日、山に入ると、一獣がおり、人面で獣身、弊衣で体を覆っていた。人々は驚き、鉄砲を放って撃ったが、中たらなかった。獣が走り、人々が追うと、獣は叫んで言った。「わたしは童元発でございますから、傷つけないでください。」人々はもともとかれの名を知っていたので、いっしょに帰ろうと呼びかけたが、元発は躍りあがって去り、はやぶさより捷く、にわかに行方が知れなくなった。そこで遠近はみな元発が死んでいないことを悟り、さらにその異変を喧伝した。元発の母はそのことを聞き、思いはたいへん痛切であった。ある晩、突然、門を叩く音が聞こえたので、開けば、元発が闖然として入ってき、言った。「父の仇に報いられました。」気は咻咻として喘いでやまず、汗は淋漓として雨のようで、一物を担いで地に抛ったが、腥くて近づけず、照らすと、熊であった。母は驚き喜び、隣人もみな集まった。時に元発は家を去って一年あまり、その閲歴を尋ねると、言った。「山に入った後、毎日岩穴の中に臥していました。飢えれば果実を採り、あるいは黄精白朮を掘って食らい、寒ければ槲の葉、松の針を集めて衣にし。数ヵ月後、気づけば身体は敏捷になり、さらに氄毛[114]を生じ、猿のようになっており、坑を越え、谷を越えるのも、平地と異なりませんでした。朝晩山神に祈り、父の仇に報いることを願います。昨日、枯廟に宿り、夢みますと、神が告げて言いました。『父を殺したものは、ここから遠くなく、東へゆくこと十余里、谷川に沿って探れば、見つかろう。』その言葉通りにしましたところ、ほんとうに熊が谷川で飲んでいました。その腹を切れば、すぐに倒れましたので、背負って帰ってきたのです。」聞くものはみな驚嘆した。翌日、料理してその父の墓に祭り、ならびに牲体を供え、山で神に報いた。その後、飲食衣服はやはりその旧に復し、身もどっしりとし、常人と異ならなくなったが、全身の毛は、結局、抜け落ちなかった。わたしの門下の士王夢薇はかつて同治十一年[115]に淳安の市場でかれを見た。その人は長身で、年は三十ばかり、肌理は黒く、両頬には毛が毵毵然[116]とし、見るとその手や腕もそうであった。人々はみな言った。「これが童孝子だ。」ただ、心はあまり聡くなく、尋ねても多くは答えず、聾者か盲人のようであった。知るものは積憂がかれの心を損なったのだと言った。粤寇の難で、近村には掠奪放火が多かったが、童孝子の一村だけは恙なかった。

呉江の梅堰鎮[117]に殷姓のものがおり、商人の子であった。一羽の鸚鵡を飼い、五六年、子を愛するようにしていた。咸豊十年四月、粤寇がにわかに来ると、殷は家を挙げて逃れた。途中で突然鸚鵡のことを思いだし、また家に帰ってゆき、鳥に言った。「賊が来た。最後までおまえを養えない。はやく逃げ、この禍に罹るな。」そして鎖を開いて放った。鳥が去ると賊が来、あやうく逃げられないところであった。一年あまり後、殷は鴬湖[118]の計家港[119]に引っ越した。ある日、鳥が突然来、飛んで部屋で鳴き、言うことがあるかのようであった。殷は悟らず[120]、餌をやったが食らわず、籠にいれても宿らず、夜になっても去らず、啁啾[121]としてもと通りであった。にわかに砲声が聞こえると、はじめて賊が来ようとしていることを悟り、鳥はかれに去るように促した。すぐ眷属を連れ、狂奔し、賊はすでに四方を囲み、逃れられなかった。夜明けに、ひそかに出、橋を越えて北へ逃げようとすると、橋の傍らに潜んでいた賊が、いっせいに起きて遮った。すると突然、一羽の鳥がそこを飛んだ。賊が注目して見ると、それは鸚鵡で、口に白布一幅を銜えていた。みな驚き、神かと疑い、しばらく逡巡している間に、殷氏の人々はすでに橋の上から去った。賊は鸚鵡の異変があったため、追い詰めなかった。殷は光緒年間になってもなお存命していた。

周如三は、浙江の山賊で、薬を売ることを生業としていた。かつて村人と王山で薬を採ったが、山に谷川があり、狭くて深く、両脇の石は矛戟を列ねたかのよう、一人が入れるだけで、黄精[122]紫参[123]がその中に生えていた。周は衣を脱ぐと朋輩に垂らさせて下り、得るものがあれば、山分けすることにした。かれの朋輩に趙某というものがおり、周が衣巾に銀十余両を蔵しているのを見、それを利とし、その金を懐にし、人々とともに逃げた。その後、周は出ようとし、その仲間を呼んだが、答えるものがいず、苦しんで大声で叫んだが、聞くものもいなかった。やむをえず、谷川に沿っていった。谷川はたいへんくねくねしており、広さは測りしれなかった。ゆくこと十里ばかり、一つの洞に着いたが、外は狭くて内は広く、窺えば、光があるかのようであった。入れば、一匹の蛇がおり、長さは四五尺、周囲は五寸ばかりで、鱗甲は陸離とし、姿はなかなか異様であった。どきどきして出ようとしたが、すでに蛇に見られたので、跪いて理由を告げ、寄宿することを求めた。蛇は頷くかのようにしたので、周は匍匐して入り、かれの傍らに臥した。洞内には山気が燻蒸し、雨が降らないのに水が滴り、また暗黒で天の日はなく、朝晩を弁じなかった。しばらくしてたいへん飢えたが、見ると洞に一石があり、滑らかで脂のようで、蛇はつねに舌で嘗めていた。飢えを癒やせると思い、また跪いて祈って言った。「わたしは三日食らわず、お食事を分けてくださることをお願いします。」蛇はまた承諾するかのようにしたので、やはり近づいて嘗めた。石は淡白で味がないが、空腹はにわかに収まった。このようにして数日、山の頂で突然雷鳴が殷殷とした。蛇はそれを聞くと、蠕蠕然として動き、まもなくにわかに長くなり、頭角は峥�ｴとし、蛇ではなくて龍となり、飛び上がって昇ろうとしていた。周はその角に攀じて言った。「龍王さまが出られれば、某は老いて洞内で死んでしまいます。龍王さまに従ってともに出ることを願います。」蛇もまた承諾するかのようにした。霹靂一声、周を連れてともに登り、にわか地に落ちたが、そこはかれの村であった。そこでかれの家に帰った。家人は騒いで告げて言った。「亡くなったと思っていました。」周は言った。「誰が言った。」「趙に聞きました。」周はいって趙を質そうとしたが、趙はすでに来、披髪跣足で、衣および金を捧げて、門外に跪き、みずから前のことを述べた。尋ねた。「誰がおまえを来させた。それから誰がおまえに言わせた。」趙も茫然として分からなかった。

最終更新日:2011年8月23日

右台仙館筆記

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