右台仙館筆記/巻四

松江の鄒生は、妻喬氏を娶り、一子を生んで阿九と名づけていたが、わずか一年で鄒は死んだ。喬は貞操を守り、遺児を育て、暮らしはなお人並みで、自活するに十分であった。この時、粤賊はすでに蘇州を占拠し、杭、松江も賊に陥り、喬は免れないことを心配し、一死をもって自らを全うすることを考えた。しかしこの呱呱のものは[1]、母がいなければ活きられないので、意思を決することができなかった。その夜、突然、夫を夢みたところ、夫は言った。「わたしの家は三代一子相続で、今はこの一塊の肉[2]がいるだけだ。わたしはすでにさきに亡くなったご先祖さま[3]たちにお願いした。おまえは操を失ってもよいから、孤児を棄てるな。」喬は目ざめると、夫の言うことは尤もだが、婦人は節を重んじるから、やはり失えないと思い、心はなおも決しなかった。その夜、再び夫を夢みたところ、二人の老人とともに来たが、一人の翁と一人の媼で、こう言った。「わたしたちはおまえの舅と姑だ。おまえの考えはたいへんよい。しかし、おまえの一身のために計るなら、節を守ることが大事だが、わたしの一家のために計るなら、遺児を守ることが大事だ。どうかわたしの一家のために計り、一身だけのために計るな。」妻は目ざめると、祭壇を設けてその舅姑と夫を拝して言った。「わたしはご命に従いましょう。」後に母子はいずれも賊に捕らえられ、賊に従って蘇州にいった。喬はきわめて美しく、賊に可愛がられ、喬阿九を抱き、一日も離れなかった。賊に語った。「わたしを愛するならば、さらに子を愛してください。この子が死ねば、わたしも死にます。」賊はかれの容色を慕っていたので、結局、阿九を奪わなかった。しばらくすると、喬を貞人[4]とし、阿九を公子とした。貞人とは、賊の婦人の中で、名号があるものであった。まさにこの時、賊は蘇州、杭州を占拠してひさしく、城外の村は、放火掠奪によって尽きようとし、鶏豚の類もすべていなくなっていた。賊は日用必需品を、すべて大金をもちいて江北から買っていた。そこで江北の貧民たちは、みな小舟に雑貨を乗せて長江を渡り、ひそかに賊に売っていた。張禿子というものがおり、夫婦二人でこの業に従事することがもっともながく、賊はもっともかれを信じ、小さな旗を渡し、およそ賊のいるところには、すべてゆけた。喬はそれを聞くと、旧友に命じて貞人の命を伝えさせ、張の妻を召して中に入らせてともに語り、江北の諸物を買わせた。往来して親しくなると、ひそかに事情を告げ、ともに逃れることを図った。賊魁が湖州に赴くのに乗じ、偽って自分の誕生日だといい、侍者たちを酒で酔わせ、夜に阿九を抱き、張禿子の舟に乗って逃れた。舟には賊の旗があったため、誰何するものはなく、平穏に江北に達した。張夫婦は喬は賊の中にいてひさしいから、かならず持っているものがあると思い、探ったがなかったので、たいへん失望し、載せて揚州にゆき、喬を娼家に売ったが、喬は気づかなかった。妓女の家は多くの人々を率いて奪い去った。喬はそれでも阿九を抱いて放さず、娼家に語って言った。「あなたの家がわたしを買ったのは、わたしを金のなる樹にするためです。この子が死ねば、わたしも死に、あなたの家は人も財も両方失います。わたしに従ってこの子を養えば、わたしはもともと操を失った女ですから、どうして再び名節を論じましょう。」娼家はもっともだと思った。喬は娼家に数年おり、阿九も成長した。喬はみずから纏頭[5]の資金を束修にし、阿九に命じて塾師に従って勉強させた。にわかに賊が平らぎ、喬はみずから銭を蓄えて娼家に償って身を贖い、阿九を連れて松江に帰り、その兄弟に従って住んだ。阿九は長じ、妻を娶ってやったので、また祭壇を設けて舅姑と夫を拝して言った。「以前、命を奉って遺児を守り、さいわい命に負かなかった。しかし婦人は結局節を重んじ、わたしは一人の女で、はじめ賊の貞人となり、ついで妓女となり、また人の世に生まれるのは面目ございません。」縊れて死んだ。この妻は死なないで遺児を守り、やはり一死によって節を明らかにし、完人[6]であることを失わなかった。程子はいう。「飢え死にすることは小さく、操を失うことは大きい。」しかし飢えて死に、操を失うことは、いずれも一身についていっているだけで、失うものが一身の名節で、保ったものが祖父の血食なら、祖父の血食は重いが、一身の名節は軽いようである。管仲には天下を一匡した[7]大功があるので、溝瀆[8]の小節に従う必要はないが、長楽老[9]のような人物が藉口できることではない。

咸豊三年、山東で幅匪[10]が起こり、費県[11]の仲村集を掠奪した。一人の賊が馬に乗って荒郊を走っていたところ、若い女が一人歩いているのに会ったので、にわかに下りて女を地に推し、淫しようとした。ところが、この女はもともと妓女であったので、さほど恥じたり恐れたりせず、かえって笑って言った。「お馬が逃げてしまいますが、どうなさいますか。」賊はもっともだと思ったが、四顧すると馬を繋ぐところはなかった。婦はまた笑って言った。「愚かですねえ。泥棒さん。おみ足に繋がれてはいかがでしょうか。」賊も笑って言った。「そうしよう。」そこで馬の手綱を引いて自分の足に繋ぎ、衣を脱いで女に近づいた。すると女は猛然と起きあがり、地上の賊の刀を拾い、力いっぱい馬の尾を切った。馬は驚き、さらに痛みを負ったので、狂奔すること十余里にとどまらなかった。賊は馬に引いて去られ、頭は砕け、肋は折れ、生死は知れなかった。女はそれを眺め、手を叩いて大笑いし、賊の衣を調べ、大金数錠を得、抱えて帰った。

徽州に富豪徐某がおり、その親を葬ろうとし、堪輿家を大勢招き、足に千の胼胝ができたが、吉壤[12]を得なかった。たまたまある樵の家を訪ねると、地師が嘆息して言った。「この地は山々に囲まれ、風は蔵せられ、気は集まり、ほんとうに吉兆でございます。」徐翁は言った。「それなら、かれの家はなぜこのように貧しいのか。」地師は言った。「陰宅にするのに宜しく、陽宅にするのは宜しくないからでございます。」徐が人に命じて樵の叟に相談させると、叟は言った。「亡父の敝廬(ぼろや)でございますが、百両でも売れません。」徐の門下の客に周姓のものがおり、心計が巧みで、能弁であったため、ふたたびいって説かせたが、叟はけっしてよしとしなかった。辞して出ようとすると、垂髫(たれがみ)の娘が薪を担いで入ってきたが、面目はなかなか美しかった。周は言った。「これはおんみの掌上の珠でございましょうか。」叟は言った。「はい。老いぼれ夫婦には子がいず、この一人娘がいるだけでございます。」婚約しているか尋ねると、「いいえ。」と言った。周の妻は徐に告げて言った。「これはようございます。かれには娘がおり、あなたの家の末っ子と年が近いですから、招いて息子の嫁にすれば、この土地はかならず得られましょう。」徐翁は言った。「ただの樵だ。どうして結婚できよう。」周は言った。「あなたはなんと愚鈍なのでしょう。土地を手に入れた後、あの娘を追いはらうのも引きとめるのも、もとよりあなた次第ですよ。」そこで周に媒妁させた。叟ははじめは不釣合いだと断ったが、再三往還すると、はじめて承諾した。年が明けると、すぐ草草と結婚した。徐翁は樵の叟に言った。「わたしの家にはかなり空家がありますので、家を移してこちらに来、婿と娘さんが朝晩会えれば、寂しくないでしょう。」叟は従い、媼とともに来た。来た当初は、たいへん睦まじかった。徐はそこで再び土地を求めた。叟は言った。「すでに身内でございますから、どうして敝廬(ぼろや)を惜しみましょう、すべてさしあげましょう。」徐はそこで吉日を選び、地師を招いて場所を定め、墓穴を掘り、数尺ばかり掘ると、一つの断碑があってこうあった。「ここに住めば絶え、ここに葬れば吉。」そこで地師の陰宅によく陽宅によくないという言葉に偽りがなかったことを悟った。葬って数年すると、家はますます裕福となり、長男は入粟[13]し、仕えて秦中の県令となり、次男は賢書に登り[14]、なんと縉紳となった。徐の末っ子は色遊びをたいへん好み、すぐに妓女を娶って妾にし、樵の娘はすこし不満になり、つねにかれと反目するようになった。樵の娘は舅姑に訴えたが、舅姑はかえって正しいとせず、言った。「おまえは貧家の娘で、見識が浅い。大家の子が、東に眠り、西に宿るのは、もとより当然のことで、田舎の男が一人の妻しか持たないのとは違うのだ。」妾はそれを聞き、ますます驕り、日々夫に讒言し、さらに秘め事[15]があると作り事を言った。樵の娘はみずからを釈明するすべがなく、首を吊って死んだ。媼も娘のことを悲しんで死んだので、樵の叟を追い出した。叟は帰ると、徐氏の新しい墓を徘徊し、その下で痛哭し、墓石にぶつかって死んだ。まもなく、天候は大雷雨となり、徐氏の墓を撃ち、その穴を発き、その棺を壊した。徐翁はやむをえず、棺を換えてふたたび葬ったが、その穴の下で再び断碑を得たところ、こうあった。「義ならば吉、不義ならば絶えん。」前に得た碑と語意が繋がっており、そもそも一つの石であった。改葬の日、末っ子はにわかに亡くなった。その翌年、次男は礼部試を受けるため入京しようとし、車から落ちて死んだ。長男は秦中で官となり、軍糧を横領したため、処刑された。徐翁は晩年居場所を失い、悲しんで死んだ。門下の客[16]で周姓のものが、たまたま徐氏の墓を通ったところ、樵の叟が揖してかれを入らせたが、やはり昔日の樵の家であった。どきどきして目ざめれば、恍然として夢のようで、走ってその家に帰り、家人に見たことを言い、それが終わらないうちに、突然「樵の叟がまた来た。」と言い、血を吐いて死んだ。

就地滾(チウティークン)という巫がおり、術で亡者の魂を招けた。その術は、さきに地に臥して喃喃と呪文を誦えるもので、誦えおわり、地について滾(ころ)がれば、亡者の魂はすでにかれの身に憑いており、家人と活きていた時のように問答するものであった。その術はたいへん験があったので、この名を得ていたが、その本当の姓名はかえって明らかでなかった。ある日、ある士人がかれの父の魂を招くことを頼んだが、しばらくしても、結局、来なかった。巫はたいへん恥じ、その師に会いにいって尋ねた。師は言った。「そのものの父親はきっと大悪人だ。」巫は言った。「やはり儒流で、大罪があったことを聞きません。」師は言った。「だとすれば、その人はきっと天に昇っていよう。」巫はその説について尋ねた。師は言った。「おまえは死者を召す術を行えるだけで、亡者の情況を知れていない。そもそも人は生きている時、血肉の体であり、その質は重く濁っているのである。だから孔、孟のような聖賢に、蟠天際地[17]の学があり、賁、獲のような神勇に、兕を裂き、牛を引ける力があっても、地を一歩離れれば、すぐ進めなくなるのだ。かれが死ぬと、この塊然[18]たる質は地下に埋蔵せられ、その余気がなお残っていれば、軽く清くて上昇する。おおむねその気が清いほど、高く上昇する。もともと孔、孟、顔、曽は、千秋に崇拝せられているので、人の世にまったく拡散せず、そもそもその気はすでにきわめて高い地に昇ってゆき、人を去ることたいへん遠いのである。もし一分の濁気不浄があれば、上って太清[19]と一体となれない。赫然とおごそかに列なって明神となるものがある。品が下れば、濁気は多くなり、人を去ることも近くなる。尋常の人にいたっては、生きているときはもとより凡庸で、死んでも愚劣で、その子孫に従って住んでいるにすぎない。おまえがふだん召してすぐ来るものは、すべてこれらの鬼である。凶悪の人などは、清気はひさしく絶え、まったくの濁気である。生前は、形があり、質があり、なお人の世に紛れ込めるが、死後は、形質が離れ、大地に載せられない。その気はますます沈み、ますます下り、九幽[20]に陥り、人を去ることも遠いのだ。わたしがはじめその人の父が大悪人かと疑ったのは、かれが九幽に陥っており、わたしの術で召せないことを恐れたのだ。この類でないならば、きっとその人の気は、濁は少なく、清は多く、すでに超然として声臭[21]の外にあるので、わたしはかれがすでに昇天したことを知ったのだ。」思うにこの論はきわめて精密で、ほかの巫覡の及ぶものではない。仏家の天堂地獄の説は、これに外れるものではない。わたしはかつて匹夫匹婦は、死んでもなお鬼があるのに、士大夫は一たび易簀[22]を経れば、かえって寂然としていることを訝り、ことに理解できなかったが、この巫師の論を得たので、釈然とした。恩があって恩に報い、怨みがあって怨みに報い、その心に掛かっていることがあれば、気の清濁を論ぜず、いずれも上昇できないので、しばしば姿を現して禍や福をなせるのである。これは巫師が言わなかったことだが、推論して及べるものである。

胡某は、蘇州の人で、冥土で働いていた。仕事に赴くときは、つねに自覚がなく、通りを歩いていて、突然、地に倒れたり、ひどい場合は、楼の梯から落ち、頭と顔が破れたりするので、たいへん苦しんでいた。冥土の主に哀願し、あらかじめ期日を示すことを願うと、主は言った。「他の人々はみなそうではないのに、おまえがこうなのは、夙譴[23]があるのだ。みずから懺悔すればよかろう。」甲はそれからながく殺生しないことをみずから誓った。その後はあらかじめ期日を知るようになり、さきに牀榻[24]に就いて安臥し、昏昏として死んだかのようになり、一二日してはじめて目ざめることもあった。冥土に入るのが何のためなのかは、人に言わず、ただ語るには、冥土の城郭市廛は人の世と異ならないが、暗くて天の日はなく、途の人は肩が擦れても、たがいに一言も交わさないということであった。さらに言うには、冥土の境域には数等あり、かれが仕事している所は、もっとも下の一層で、もっとも下の一層から一層上の人を眺めるのは、外県の人が省会の人を見るようなものであり、さらに一層上の人を眺めれば、京師の人のようであり、さらに上は、見られないということであった。もっとも下の一層のものは、次の一層にしばし登ることができるが、さらに一層上にはゆけない、さらに一層上の人は、もっとも下の一層にゆけるが、ゆくものは少ないということである。話はこのようであり、巫師の言葉とたがいに比較、証明できる。

江西南昌の農村に童子がおり、鴨を河に放っていたが、一羽の鴨が逃げて田に入った。その田の主は某秀才で、たまたま田の畔を歩いており、捕らえて帰った。童子が捜していって鴨を求めると、秀才は怒って肱を揮い、門前の池の水の中に落とした。池は広く、水は深かったので、童子は結局溺死した。かれの母が泣きながらやってくると、秀才は大声で言った。「子供がかってに水に落ちて死んだのだから、わたしと関わりはない。」母はかれの語気がたいへん激しかったので、かれと弁じようとせず、子の死を悲しみ、みずからも池に沈んだ。事はお上に聞こえ、秀才は結局命を償うこととなった。処刑の日、妻と三人の息子はみな来て泣いて送ったが、秀才は黙って一言もなく、涙を流すばかりであった。環視していたものはたいへん多かったが、見ればその人は四十余ばかり、容貌も閑雅で、凶暴の色はなかった。一羽の鴨のために、結局死刑になったのは、もしや前生の因縁か。やはり小事に忍耐できない者の戒めとなせる[25]。

漢口のある両替屋で、銭千銭を版[26]に置いていたところ、またたくまに版とともになくなった。その時、ほかに人はいず、ただ一人の女が戸棚の前にしばらく立って去っていただけであった。そこで数人に命じ、東西に分かれて追跡させたところ、裏通りで見つけたが、銭を傾けて袖の中に入れており、まだ終わっていなかった。そこですぐに引いて帰り、すべてその銭を取りあげ、放って去らせようとした。すると一人の若者が言った。「男子が賊となるのは憎むべきだが、婦人はなおさらだから、きびしく懲らすべきだ。」そこで女の上半身の衣をすべて剥ぎ、柱に縛り、鞭うちを加えた。若者は、女が賊となったことを憎んでいたのではなく、女がわずか二十余歳で、豊満美麗であったので、かれの裸を見ようとしていただけであった。女を縛る時、若者はわざと手でその乳に触れた。しばらく鞭うつと、さらに言った。「この女は愚鈍無知だから、下着も剥ぐべきだ。」人々はみな言った。「それはよくない。」若者はそこで手ずからその舄(くつ)を脱ぎ、その両の行纏[27]を解き、抛って通りに置き、言った。「とりあえず辱めを示そう。」人々が宥めたので、はじめて許した。女は衣を着、靴を拾い、号泣して去った。女は良家の出であり、もともと不品行はなかったが、たまたま貧困によって短慮を起こし、この大きな恥辱に遭ったのであった。家に帰ると、さらにその夫にさんざん殴られ、恥じ、憤り、夜に結局首を吊った。翌日、若者は店の中に入ると、突然言った。「この妻がまたきて銭を盗んだ。」人々は戯言と思ったが、しばしば言ったので、驚いていると、若者は突然目を瞠って妻となって言った。「わたしがどうして銭を盗みにこようか。命を取りにきたのだ。わたしはたしかにおまえの銭を盗むべきではなかったが、どうしてわたしをこのように辱めた。わたしが死んで、おまえはどうして生きられよう。」そう言うと、銭を通す縄を喉の下に向けて自経する動作をした。人々が驚いて顧みると、若者はすでに息絶えていた。

高郵県の某村に、農家の姉妹二人がおり、その姉は嫁いで死んだ。婿は後妻としてその妹を求め、父母はいずれも喜んだが、娘は承知せず、父母がつよく命じても、頑固によしとしなかった。母がひそかに尋ねると、娘は言った。「閨房の中、夫婦の秘め事は、天下の最高の恥で、他人に聞かれないことを願うだけでございます。姉妹がともに一人の夫に仕えれば、わたしの姉の秘め事を、わたしは知れ、姉の恥を重くしてしまいます。」父母は強制できず、事は沙汰やみとなった。按ずるに『明史·列女伝』にこうある。虞鳳娘は、義烏[28]の人で、その姉は徐明輝に嫁いで亡くなっていた。明輝は鳳娘が賢いことを聞き、招いて後妻としようとした。女はそれを知り、泣いて父母に言った。「兄弟は妻をともにできませんので、姉妹も知れましょう。」父は頑固に聞かなかったので、女は自経して死んだ。思うに虞鳳娘のことは規範とするに足りず、かれが言うことも意義が精密でない。そもそも夫をともにすることと妻をともにすることははるかに異なる。妻をともにできないのは、兄弟がそうであるばかりでなく、たとい兄弟でなくても、やはり妻をともにできる理はないが、夫ならばもとよりともにできる。『春秋公羊伝』にいう。「諸侯一国に娶れば、二国ゆきてこれに媵(おくりめ)とし[29]、姪娣(てつてい)[30]を以て之に従はしむ。姪とは何ぞや。兄の子なり。娣とは何ぞや。女弟[31]なり。」だとすれば、姉妹が夫をともにすることは、古礼でももとよりそうであったのである。姉妹が夫をともにできないといえば、尭は二人の娘を舜にめあわすべきでない。今この娘が見ると、虞鳳娘とまさに合っていた。古今のことにはもとより似たことがあるが、いずれも一偏[32]の行いであり、中道[33]でない。

奚呆子は、鄂の人で、樵蘇(きこり)を生業とし、貧しくて妻がいなかった。しかし、生まれつき淫事を好み、薪を負って市に入り、女に会えば値を尋ね、かならずやすく買い、値を交渉しなかったので、市の人々は 「奚呆子」 と呼んでいた。市に某翁というものがおり、娘を生んで年頃となっており、美しかった。胡はかれを見てあこがれ、毎日薪を束ね、かれの門で売った。にわかに翁の娘が死ぬと、奚は埋められているところを知り、夜に乗じて墓を発いて亡骸を背負い、帰ってともに媾った。翌日、戸を閉ざして薪を採りに出たが、火を部屋に遺し、煙が笮[34]から出ていた。隣人は闥を排して入り、消しとめたが、牀に臥しているものがいたので、笑って言った。「こんなに騒いでいるのに、目ざめないのか。これは誰だ。」その衾を開けば、裸の女で、近づいて見れば、死人であった。そこでたいへん驚いた。知っているものが言った。「某翁の娘だ。」翁はそれを聞いて駆けつけ、調べるとほんとうであったので、お上に知らせ、法律通りに裁かれた。これは珍しいことであった。天下にはなんとこのように好色な人がいるのである。宋の孝武帝が殷淑儀[35]のために通替棺[36]を作り、見ようとする時かならず替(ひきだし)を引いて亡骸を見たことも、珍しいことではないと驚嘆せられる。

夫婦二人がおり、広東の人で、蘇州に寓居していた。妻は歳末になるたびに、針仕事の貯えを集め、同時に、かれの夫に洋銭数枚を求め、広東に送ってかれの母に与えていた。ある年に求めると、夫はそれに応じなかったので、妻は怒って泣くこと数日で、雉経して死んだ。一子がおり、わずか二歳であったが、夫は哺育する人がいなかったので、劉氏に売った。劉は子を抱いて去ったが、二日後、妻の幽鬼が突然かれの子に憑き、劉に語った。「はやく主人を呼んできてください。」劉はたいへん驚き、その夫を呼んできた。幽鬼は言った。「おまえはわたしの母を救わず、ならびにみずから子を救わず、どうしてここまでよくないのか。わたしは今きて子を連れさり、他人を父と言わせないようにしよう。」そう言うと、その子は結局絶命した。この妻は霊力があったといえる。しかしその夫を怨んでその子を殺したのは、もとより悍婦であり、かれが軽々しく自殺したのもむべなるかなである。

光緒丁丑正月、わが姚城内で失火があり、屋宇に延焼すること四百余間であった。某姓は広間が焼けたが、大門だけは巍然として残っていた。その門額は前明の王文成が書いたものであった。古老の言い伝えでは、この門は三たび火災に遭ったが、いずれも恙なかったそうである。大儒の翰墨は、もとより神霊が守っているのか。

蘇州斉門外の黄姓の寡婦が、川で水を汲んでいた。その子はわずか五歳であったが、かれに従っていった。女が足を滑らして水に落ちると、子は大声で泣き、やはり匍匐して水に入った。たまたま舟が過ぎ、女を掬い上げたが、子はすでに流れに従って去っていた。対岸にゆき、ようやく掬いだしたが、腹は膨らみ、すでに息絶えていた。ひとまず通常の治療をし、子を大きな栲栳[37]に横たえ[38]、�p角(さいかち)を研いで粉末にし、その鼻に吹き込むと、まもなく子は哇然[39]と声を出し、大量の水を吐き、結局生き返れた。孩提[40]の童子が、母に従って水に入ったのは、赤子の天性であった。絶命してまた蘇ったのは、鬼神がひそかに助けていたのだろうか。

徐烈婦は、名を仲婉といい、平湖の人で、同郷の趙宝善に嫁いでいた。夫の兄の宝源は、やはり徐家から娶っており、烈婦とは従姉妹であり、たいへん睦まじくしていた。かれの舅は蜀で官員となり、姑はかれに従っていた。烈婦はつねに手紙で起居を尋ねたが、字は秀勁で、舅姑はそれを得るとたいへん喜んでいた。宝善は花鳥を描けたが、烈婦はかならずその粉本を模し、縑(かとり)で刺繍した。活き活きとして趣きがあり、見るものはみな賛嘆した。男子と女子をそれぞれ一人生んだ。宝善が亡くなると、烈婦は言った。「お義姉(ねえ)さまは、わたしの姉でございます[41]。わたしの子は母がいないことを憂えませんが、亡くなったものは敻敻[42]として伴侶がございませんので、わたしは地下に従うだけでございます。」家人はともに見張っていたので、死ねなかった。日を経て、見張るのをやや怠ると、結局自経した。かれの篋を開くと、数枚の手紙が見つかったが、かれの父母舅姑に別れを告げたものであった。また韻語を作って遺児を諭し、ならびに身後のことを処理し、仏事を喪礼に加えないように戒めていた。そもそも烈婦が夫に殉じることは、世に多くあるが、徐のようなものは賢くて才があり、もっとも得がたいものであった。

顧孝女は、名を嗣徽、字を亜芬といい、金匱[43]の人であった。年は十六で、父母に従い、賊寇を農村に避けていた。父が詩文を諸子に課すると、孝女はかならず真似てそれを作った。一語を出せば、深みがあり、好もしく、患難の中、それによって父母の喜びを博していた。乱が平らいで故郷に帰り、父母があいついで病むと、娘は腕肉を切り、薬を混ぜて進めたが、結局効かなかった。父母が死ぬと、娘は殉じようとした。ある人が阻んで言った。「お母さまがご病気のとき、幼い弟さんをあなたに託しました。今、家庭では、釜を櫟(たた)き[44]、萁(まめがら)を燃やし、情勢は急迫しています。あなたが亡くなったら、弟をどうなさいます。」娘はそこで二度と死ぬと言わなかった。戦災後、家はすべて毀たれ、住んでいる一室は、暗闇で漆のようであった。女はまた人事が煩わしいことを厭い、門を閉ざして穴を塞ぎ[45]、足は閾を越えず、日々その中に坐し、膏を焚いて読書し、精進物を食べていた。ある人が仏に仕えることを勧めれば、「わたしの願うところではございません。」と言った。弟が塾から帰ると、かならず呼び、読んだ書物について尋ねた。衣服飲食は、ととのえてひたすらねんごろにしていた。弟が求め、主人が惜しんで与えなければ、釵を抜き、篋を探って与えた。弟を結婚させてやると、嘆いて言った。「今後は父母に泉下で逢えましょう。」薬を呷って死んだ。著作に『緑香吟草』があったが、臨終の時、火に投じた。かれと徐烈婦はいずれも賢くて才もあったので、ならびに録した。虞初[46]の小説も、孝義を表章することを主としていないことはないのである。

漢口鎮に劉氏の娘がおり、張氏の息子と婚約し、たがいに往来して戯れ、ずっと避けることがなかったが、その郷里の風俗がそうなのであった。金持ちの子がおり、娘を見て憧れ、父に謀り、千両で買って妾にしようとしたが、父はいいかげんに答えていた。娘はほんとうにそうだと思い、この夜、戸を開き、ひそかに出て張氏にいって告げたので、その晩に結婚した。夜が明けると、父は娘がいなかったので、走って張に告げると、娘と婿が二人で出てきて拝礼した。そもそも六礼[47]がそなわらなければ、貞女は嫁にゆかないのだから、この娘のしたことはたいへん礼法に悖っていた。しかしすでに婚約していたので、私奔ではなかった。宋儒は「権にして中を得、これすなはち礼なり」というが、あるいはこの娘のために解嘲[48]できるか。

蘇州の三郷廟[49]に皆通という僧がおり、年は六十であった。除夜がかれの誕生日であった。期日に先だつこと一月、僧俗を大勢集め、盛大に酒や麺[50]を設け、六十の寿を祝った。そしてその日に葬式を準備し、絞紟[51]衾冒[52]は、手ずから調えた。客がそのわけを尋ねると、言った。「わたしは臘(しわす)を過ごせなくなった[53]。」人々は信じなかった。しかし、十二月二日になると、結局趺坐して亡くなった。この僧は普段酒を飲み、肉を食らい、まったく人と異ならなかったが、去ることがこのようにはっきりしていたのは、驚くべきことであった。

痴道士は、蘇州閶門外の渡僧橋[54]で薬を売り、出自は知れず、その言葉は尋常でないので、人々はみな痴人と思っていた。毎晩一軒の草屋に宿っていた。丁丑の冬、大雪が一尺に満ちていたが、かれの草屋の上には雪がなかった。ある人がそのわけを尋ねると、道士は言った。「明日わたしに酒を飲ませてくれれば、お話ししよう。」翌日、ある物好きが酒を持ってゆくと、道士は行方が知れなくなっていた。もしや異人の市廛に紛れ込んでいたものか。

山右の何君は、−話者はかれの名を忘れた−、丁卯[55]の孝廉から入資[56]して郎中[57]となり、農部で官員となっていた。しばしば春官[58]の試験を受けたが、志を得なかった。丁丑[59]の春になり、ふと夢みると、一人の男がかれに向かって詩を誦えて言った。「十載の鴬花春夜の夢、八年の魚水鏡中の歓。」目ざめて考えたが、よくない言葉のようであったので、つねに怏怏としていたところ、にわかに病に罹り、亡くなった。丁卯から丁丑まで十年、再婚した妻は嫁ぐことわずか八年、夢の中の詩句は、年数はまさに合っており、やはり驚くに足りた。

李玉桂は、妓女であった。もともと蜀の生まれで、その姓氏を知らず、流転して漢皋[60]にゆき、姓は母の姓を借りたので、李といい、北里(いろまち)でなかなか名声があった。李孝廉というものがおり、長沙の人で、計偕[61]で北上し、漢皋を出、友人に引かれて狭邪(いろまち)の遊びをし、妓女と会った。妓女はしばしばかれを見た。友人は言った。「李郎を愛しているか。これはもともと妾を買おうとしてまだその人を得ていないのだ。」妓女はひそかに李に言った。「ほんとうでしょうか。ほんとうでしたら、わたしはへそくりが若干ございますから、出てあなたを助け、落籍する費用にしましょう。」李はその思いに感じ、承諾し、礼闈に合格した後を待つことを請うた。その後、春風に意を得ず[62]、京華に寄食し、前約を破った。妓女は風塵の中で苦しんだが、李を忘れる日はなかった。富商の某がおり、かれの容色を慕い、むりに千両をその継母に委ね、奪い去った。妓女は食らわないこと七日しても、死ななかったので、薬を呷って死んだ。ああ。このように節烈ならば、この娘は妓女でない。

民間では県尉を四衙と呼ぶが、そもそも県令の下には、丞、簿、尉があり、尉は第四に位置するからであった。通州徳興鎮に毛某というものがおり、郷里で横暴にし、俗に土四衙の号があった。一匹の狗を飼っており、たいへん愛し、阿生と名づけ、飲食寝るところは、かならずともにしていた。毎年六月六日は、狗の誕生日と伝えられており、酒や麺をそなえて誕生祝いしていた。ある年、隣人の王長林に打ち殺されると、毛はたいへん怒り、迫って棺を調えて葬らせ、斬衰[63]して送らせた。さらに手ずから訃報を書かせ、通りに掲示させた。その文にこうあった。「不孝な狗男[64]王長林は、罪が深く重く、みずからは命を失わず、禍が狗父阿生府君におよび、某年月日に寿命が終わりました。即日喪服を着、葬儀を営み、つつしんでここに訃告いたします。」これはほんとうに未曾有の奇文であった。昔、楚の荘王[65]の愛馬が死んだ時、群臣に服喪させ、大夫の礼で葬ったが、優孟[66]の諌めによってやめた[67]。阿生は結局儀式をおこなって葬られたから、土四衙の横暴も思いみられる。

河南のある県でのこと−話者はその県名を忘れた。−そこの風俗は幼い子のために年長の妻を娶ることを好み、家事を行わせ、家を切り盛りさせようとした。ある農家の子はわずか十三四で、娶った妻は年が倍であった。新婚の翌日、祝うものはみな集まったが、寝室の門は開かず、日は暮れようとしていた。舅姑が外で呼んでも、その子が声に応えるのはきこえても出てこず、窓に穴を開けて見れば、牀の足に縛られていた[68]。驚いてわけを尋ねると、その子は言った。「昨晩、人が静まった後、男が牀の下から出、わたしをここに縛って、新婦を抱いて眠りました。」なぜ言わなかったかを尋ねると、言った。「言えばわたしを殺すからです。」語りおわらないうちに、男女二人がいずれも帳を開いて出てき、男は大声で言った。「わたしはおまえの新婦と幼いときから交わりがあり、昨日、人混みに乗じてこの部屋に入り、わたしが歓を尽くして去るようにするべきだ。扉を破って入ろうとするものがいれば…」袖の中から白刃を出し、その子を指して言った。「おまえの子の腹を切るぞ。」家を挙げて驚き、なすすべがなかった。男子は室内で酒肉を求め、飯を求め、湯餅[69]を求め、言った。「くれなければ、子を殺し、くれても美味でなければ、やはり子を殺すぞ。」その家はやむをえず、それぞれに与えた。男は窓から案頭に置かせ、長い縄でその子を縛り、窓から取らせた。さきにその子に賞味させ、食らった後に食らい、余りものはその子に食らわせた。食らいつくすと、空の器を置いて下げるように命じた[70]。そこで見物人は雲集したが、みなその子が傷つけられることを恐れ、なすすべもなかった。三日して、お上に知らせた。お上も驚き、みずから来て見たところ、本当であった。官は新婦に父母がいるか尋ねた。言った。「おります。」そこで捕らえてき、その娘を呼ばせたところ、娘は返事しなかった。官はしもべに命じてその父の臀を鞭うたせ、その母の頬を打った。父母は大声を出し、悲しみ叫ぶさまはたいへん悲惨で、さらにその娘を呼ばせたが、やはり返事しなかった。このようにすること三たび、母は頬うつこと百回に至り、父の臀は鞭うたれること二百回に至り、漉漉と血を流した。父母は窓の外に跪いてその娘に哀願し、門を開かせようとしたが、聞いても気づいてもいないようであった。官はどうしようもなく、人に命じて巡邏させ、その父母を縛って去った。この時、獄中に一人の賊がおり、人家の壁に穴を開けるのにたけていた。官は命じてその家へゆかせ、さきに人を門外に潜ませ、この賊に窺わせると男女はいずれも熟睡していたので、部屋の後ろから穴をあけて入り、ひそかに刀でその子の縄を断ち、引いて逃げさせた。門外に伏していたものは扉を破ってにわかに入り、男女はいずれも縛に就き、夜明けに役所に送られた。そのことは一県に喧伝せられ、見物人は大門から大堂まですべて満ち、官は広間に坐して質した。男子は肉屋で、痘面で鬚髯があり、黒く醜く憎らしかった。女は娟娟として白皙で、細い腰、弓の足は、なかなか美しかった。官は女を呼んで前に来させ、戟手して声を荒げて大声で罵って言った。「わたしは人を見ることが多く、おまえのように無知で、おまえのように不孝なものを見たことがない。犬や豚にも及ばず、人でない。律の記載では、婦女が姦通を犯せば、衣を去って杖うちを受けるが、おまえをどうして人として扱えようか。」左右に命じてすべてその上下の着を去らせ、寸縷も留めなかった。さきにその母と同じ数頬を打ち、さらにその父と同じ数臀を鞭うち、その後、姦通罪を科し、大杖四十に処し、その父母に命じて引きとらせ、結納を夫の家に返させた。父母は裸の女を扶けて県庁を出、それぞれ衣を脱いでその娘に着せたが、見物人はほぼ数千人、あらそって進み出て剥ぎ、結局、衣を得られないまま帰った。肉屋は二千回鞭うたれたが、死なず、翌日さらに二千回鞭うたれ、終わらないうちに、死んだ。女の父母は恥じかつ憤り、相次いで死んだ。女はその後、杖の傷が癒え、恙なかった。数年後、人が見たところ、宿でこの娘が人に酒を注いでやっていた。風采はもと通りであったが、頬には打たれた痕があった。ある人が指さして女に尋ねると、女は以前のことを縷述し、すこしも隠さなかった。役所にゆき、辱めを受けた情況は、もっともはっきりと語ること絵のようで、人々は楽しんで聞くものが多く、それによって纏頭[71]を博して口を糊した。

江寧の徐某は、汪家に婿入りし、一子を生んだ。汪はかれが貧しかったので、奴僕[72]とみなし、徐は堪えられずに帰った。かれの舅は皖[73]で商売し、家を移して皖に住もうとした。徐はそれを聞くと、いってその妻を迎えようとしたが、妻は承知しなかった。徐はかれが母に従って遠く去ろうとしていることを知り、族人に謀り、子を奪い返すことを謀り、一族の人々はみなその通りだと思った。そこで七八人がともにゆくことになったが、さきにあまねくかれの隣家に拝礼し、理由を告げ、その後、まっすぐ妻の部屋に入り、その子を奪い去った。妻の母は大声で盗人だと叫んだが、隣人で返事するものはいなかった。かれらが坐視して救わないことを責めると、隣人は言った。「徐家の子が、徐家の父兄に抱いて去られたのです。これは正しいことで、わたしたちは関与いたしません。」妻の母はさらに徐家にいって探したが、徐氏は大勢で罵ったので、敵せずに帰った。この人のこの挙は、張飛、趙雲が兵を率いて長江で敵を遮断し、阿斗を奪回した趣きが多分にあり[74]、やはり演義を見たことによって知ったのだろう。

維揚の王氏の妻は、孕むこと六か月であった。たまたま隣家の猫が来て、籠の鳥を奪ったので、妻は起きて追いかけたが、地に倒れ、胎気が震え動き、たいへん危険な情勢となった。一人の隣家の媼が言った。「期日を超過したのに償還されていない質札を一二枚探し、灰を焼いて湯薬に混ぜて服すれば、胎児はすぐに落ち着くだろう。」その言葉通りにしたところ、ほんとうに恙なかった。そもそも期日を過ぎた質札は、廃紙であるのに、胎児を落ち着かせる妙用がある。その理は解せないが、天下に廃物がないことが分かる。

揚州の風俗では、嬰児が生まれると、かならず化毒丹[75]を服して胎毒を雪ぐ。胡氏というものがおり、一子を生み、老婆に命じて薬屋にいって化毒丹を買わせた。この媼は金陵の人で、訛りは揚州と異なっており、薬屋の人はじっくり聞かず、活絡丹[76]を買う者と誤解し、すぐに渡した。嬰児はそれを服した後、突然大病し、乳を飲まず、数日して結局死んだ。たまたま点検して蝋丸[77]を得たところ、 「活絡丹」の三字が刻まれており、よく調べる[78]と、そのわけが分かったが、間に合わなかった。だから、薬を買う時は慎重にせざるを得ないのである。

柴を売る老婆がおり、その子を連れて城に入り、金持ちの家にいった。その子は年が十八九で、娶っていなかった。金持ちの家にはたまたま宵越しの冷めた粥が一盂あり、蜈蚣(むかで)[79]がその中で死んでいたので、河に棄てようとしていた。その子はまさに飢えに苦しんでいたので、すぐ言った。「これは心配ない。」そこで指で蜈蚣を取り除き、啜ってすぐ尽くした。金持ちの娘が見て笑った。その子は自分を気に入っているのだと思い、帰って思ってやまず、病となり、日に日に痩せ、死にそうになった。媼はその事情を知り、たまたまそのことを金持ちの下女に語り、娘に知らせた。娘は言った。「それならはやくその子を召してきてください。」その子はたいへん喜び、病をおして駆けつけた。娘は一目見ると大声で罵って言った。「天下にこんな身の程知らずがいようか。わたしはおまえは飢えて食を選ばないのを見たから笑ったのに、おまえはにわかに妄想を萌そうとするか。」下女たちに命じてその頬を数十回打たせると、その子は叩頭して罪を認めたので、怒鳴って出させた。帰ると、病は失われたかのようであった。

陳広輔、陳広弼は、安徽巣県の人で、兄弟であった。ある日、中空に龍が見えると喧伝されていたので、城に登ってみた。先に一人の男が城の上にいたが、天は雨ふり、泥は滑らかであったため、地に倒れ、広輔の足を圧した。輔は足を挙げて引き起こそうとしたが、足を一たび挙げるとその人は城壁の下に転がり落ち、頭と顔は傷つき、奄然として死んだ。そこで城門の兵役はみな集まり、二人を捕らえ、役所に送ろうとした。輔は言った。「これはほんとうにわたしの罪で、弟と関わりはございません。」弼は言った。「いいえ、これはわたしがしましたことで、兄がしたのではございませんので、わたしを捕らえるべきでございます。」兄弟は二人で争ってやまなかった。輔は言った。「一時の粗忽で、このことを招いたのに、どうして弟に罪を被せられよう。」弼は言った。「兄さんは結婚したばかりで、兄さんが死ねば、ねえさんはかならず嫁ぎましょう。わたしは妻を娶る力がございませんから、先祖の祭祀は絶えてしまいましょう。わたしが死んだほうがようございます。」そこで人々はみな嘆いて言った。「義士だ。義士だ。あの人は息絶えているが、まだ助かるかもしれないから、ひとまず助けてみよう。」一時を経るとほんとうに蘇った。かれの母も走ってきたが、その子はすでに蘇っていた。人々がさらに輔、弼の言葉を告げると、母も泫然として言った。「倅はさいわい活きられました。たとい不幸があっても、わたしはあなたがたに償うことを求めなかったことでしょう。」輔、弼はみな額づいて謝した。人々は賛嘆し、三義とした[80]。

高郵に農家があり、衣食はやや足りていた。一人娘を生んだが、きわめて美しかったので、父母はかれを愛し、ことに厳しく婿を選んでいた。その裏門は大河に臨んでいたが、ある官員の家の子が舟を河原に泊め、女を見て慕い、橈を止めて去らなかった。ある日、尼がその門から出てきたので、庵につけてゆき、理由を告げ、手厚く贈り物することを約束した。尼は承諾した。数日後、女を酒で酔わせ、舟に送ってきたので、帆を挙げて去った。娘は目ざめると大声で泣き、官員の家の子はねんごろに慰め、白髪頭となることを誓った。家に着くと、翁がいたので、娘は泣いて翁に訴えた。翁は言った。「これは倅が間違っている。しかしこちらに来たからには、悲しむな、このことを丸く収めてやろう。」そこで媒妁を招き、彩幣[81]を備え、かれの父母の家にゆき、招いて嫁とした。農家は娘を失い、憂えて策がなかったが、ここにいたって望外の喜びで、朱陳[82]の誼を結んだ。物好きは『意外縁伝奇』を書いてやった。

王士淮[83]は、皖の人で、家は揚州にあり、その妻は揚州仙女廟鎮[84]の人であった。一子一人娘を生み、妻は亡くなった。子は年が冠(はたち)になると、某家の娘を招いて妻としたが、質屋で商いを学んでいたので、つねに家にいず、娘だけが父に従って住んでいた。ある日、おばがその家へゆき、娘に言った。「わたしは仙女鎮に帰寧しようとしているが、おまえはわたしに従って外家[85]にゆくか。」士淮はたまたまよそに出ていたので、おばは隣家の媼に告げ、娘を連れ去った。士淮が帰ると、その娘は見えず、隣家の媼もよそに出ており、尋ねるすべがなかった。大江以南では、戦災を経ていたため、婦女はきわめて少なく、妻を娶ろうとするものはかならず江北に謀り、悪人は利を追い、しばしば婦女を略売することがあった。士淮は娘が人に攫われたかと疑い、すぐ長江を渡って南し、後を追った。丹陽県境のある小さな村にゆくと、村人がひそひそ話していた。「あの美しい娘があの白髪頭の爺さんに嫁ぐのは惜しいことだ。」王が驚いてそのわけを尋ねると、村人は、村内の李翁が六十近いのに、今日あらたに一人の妾を買ったことを告げた。王はすぐその家へ尋ねてゆき、偽って祝い客となった。すると奥の間で泣く声がしたので、王はにわかに外に出て城内に走り、お上に訴えた。官は下役に命じてともにゆかせ、部屋に闖入し、大声で叫んで娘を探した。すると娘が出てきたが、自分の娘でなかった。王は驚き、みずからの性急さを咎めていると、娘は泣いて言った。「わたしは揚州の某家の娘で、王家と婚約しておりました。王士淮が、わたしの舅でございます。」王は驚き、さらに喜んで言った。「おまえは倅の嫁なのか。わたしが王士淮だ。」李を引いて公廷に赴いた。李は娘を返すことを願い、さらに洋泉[86]二百を慰藉料としたので、訴えることをやめた。娘を尼寺に預け、飛脚に命じて娘の父に知らせた。娘の家は娘がいなくなり、ともに驚き騒いでいたが、知らせを聞いて走ってき、娘を見つけると、たいへん喜び、王に言った。「わたしは昨日あなたの家にゆき、隣家の媼に聞きますと、娘さんはもとよりご無事で、おばさんに従って外家にいっただけでございました。しかし、はやく嫗の言葉をお訊きになっていれば、きっと長江を渡って娘さんを探されることはなく、長江を渡って娘さんを探さなければ、うちの娘は見つからなかったでしょう。これはわれら両家の大きな幸いでございました。」王も喜んで言った。「これはほんとうに天祐です。天祐をかたじけのうしましたのに、人から財を騙しとる[87]のはよいことでしょうか。」洋泉を李翁に返して娘の父とともに娘を連れかえった。

某甲は塩官として維揚で需次[88]していた。家に大珠を蔵し、重さは二銭あまり、暗闇に置くと、光があって熒熒とし、古に夜光と称するものであった。ある日、ある同僚数人が門につらなって見せることを求め、みなともに賛嘆し、前後して辞して去り、ただ一人の荘姓のものは去らなかった。某客を送ってまた入れば、荘姓のものはなお隠嚢[89]に大股で坐して鴉片を吸い、盤の珠はすでに消えていた。たいへん驚いて荘に尋ねると、荘もたいへん驚いて言った。「部屋にはほかに人がいず、どうしてわたしが盗もうか。」そこでみずから衣を解き、寸縷も留めず、大捜索させ、さらに言った。「わたしが珠を衣の中に蔵していることを疑うなら、どうかこの衣をとどめ、あなたはわたしに衣を貸して帰らせればよい。」某は珠を失ってたいへん懊悩していたが、まったく荘を疑わなかった。ところが、月があけると荘のしもべがその珠を持ってきて返した。そもそも荘は幼くして無頼で、刀を呑み、火を吐く諸々の幻術を習っていたのであった。その日、某が出て客を送るのに乗じ、珠を腹の中に呑み、帰れば吐いて出したのであった。後にそのしもべを虐待したので、事が敗れたのであった。古人が腹を割いて珠を蔵したことは[90]、たいへん愚かだと思うが、これは尋常の考えではない。

蘇州の葑門[91]内に王七というものがおり、富仁坊巷[92]の某家と繋がりがあり、その父が生きていた時、某家の妻を義理の阿奶[93]と呼んでいた。父が亡くなった後、某家はかれを養育し、子のようにみなしていた。妻には一人娘がおり、かれと年が近かったので、はじめはすぐに婿にしようと思っていた。王七は成長すると、一流の蕩子となったので、妻は前の計画を悔い、娘を胥門外の某生と婚約させ、まもなく娶ることとなった。王七はそれを聞くと、無頼の若者十余人を集め、その娘を奪って帰った。娘は王七の家にゆくと、門を閉ざして泣き叫び、しばらくすると声をたてなくなった。ある人が戸の隙間から伺えば、首を吊っていた。戸を破って入り、救うと蘇ったが、絶食して死ぬことを求めた。事はお上に報せられ、官は王七が掠奪婚して、礼に叶っていなかったので、百回鞭うち、さらに諭して言った。「おまえは某家が結婚の相談をしていたというが、言葉だけで、確実な根拠はない。女はすでに死を誓っておまえに従わないのに、おまえはどうして愛するのだ。男子にどうして妻がいない心配があろうか[94]。」そこで判決して某家の妻に命じ、洋泉五十を王七に送り、後日の結婚の資金にさせ、以前の養育の義を全うさせ、娘は某生に嫁いだという。

何阿双は、金陵の人で、行商を生業としていた。一匹の犬を飼っていたが、全身に白い毛が雪のようで、つややかでで愛らしかった。出入寝食は、かならずともにし、部屋にはほかに人はいなかったので、犬を伴侶としていた。ある晩、犬を連れて帰って寝たが、翌日になっても、門は開かず、人と犬の声はしなかった。隣人は訝った。さらに一晩過ぎたが、門は相変わらず閉ざされており、呼んでも返事はなかった。闥を排して入れば、血は流れて牀に満ち、阿双はすでに犬に喉笛を咬み切られて死んでおり、犬はなおかれの腹を抑え、はげしく齧ってやまなかった。そこで銭を集めて殯(かりもがり)し、すぐに犬を殺して祭った。聖人の言う「鳥獣は群をともにできない[95]」とは、本当であった。

張阿福は、紹興の人で、杭州に寓していた。幼い時から王氏の娘を招いて妻にしようとしていたが、年は三十になっても、貧しくて娶れず、娘も年が二十七になっていた。その母はしばしば媒婆に頼んで阿福に結婚を促させたが、媼は言った。「あのかたは貧しいですがどういたしましょうか。」母は言った。「あちらは婚資がなく、こちらも婚資がなく、しかたないから、搶親[96]にしようか。」媼はそのことを阿福に告げた。阿福はたいへん喜び、某月日に人々を集めて娘を奪い去ることを決めた。母はわざと隣家を招集し、張氏にいって娘を奪おうとしたが、合卺はすでに終わり、祝い客は門に満ちていた。媒婆が勧めて言った。「事ここにいたっては、また何をか言わんやでございます。明日はかれを来させて謝罪させるべきです。」母は怒るふりをして帰った。そもそも搶親とは、悪習であり、法律では明らかに禁じられているが、これは女方から誘って奪わせたもので、これも珍しいことである。

律の記載では、妻妾を人に質入れして妻妾とさせたものは、杖八十である[97]。しかし、寧波の農村ではしばしばこのことがある。これも何の習俗か。唐某というものがおり、柴刈を生業としていた。一母一妻で、屦(くつ)[98]を編み、席(むしろ)を織って助け、つねに窮乏に苦しんでいた。凶年にあたると、食事に事欠くようになった。聞けば隣村に王姓のものがおり、子がいず、人に妻を質入れして子を生かそうとした。唐は母に謀り、妻を質入れしようとした。妻が承知しないと、唐は言った。「婦人が操を失うのは、もとより大きなことだが、母を飢えて死なせるのは、さらに大きなことだ。」妻はそこで承諾し、王に質入れされ、一年を期日とした。しかし妻は美しかったので、王はかわいがった。期日になっていって贖おうとすると、王は証文の「一」の字を「十」の字に改めたので、唐は争えなかった。妻は人々に告げて言った。「わたしが我慢してこのことをしたのは、日が多くなくて姑と夫の命を生かせると思ったからです。十年も遅れれば、わたしは棺に入っており、どうして贖えましょう。」そこで入水して死んだ。この妻は姑を養うために操を失い、結局、破鏡は円くなり難く、黄泉に怨みを抱くにいたったが、それも悲しむべきことである。

金陵城内に蘆の席(むしろ)で覆われている亡骸があった。かれの上半身は見られず、下半身は褲(ずぼん)が膝に及んでいるだけで、両足には履(くつ)もなく、襪(くつした)もなく、挺然として動かなかった。亡骸の傍らには一人の乞食が立っており、人々にむかって泣きながら、納棺の銭を募り、死人はかれの父親であると言っていた。時に見物人はたいへん多く、哀れんで銭を与えるものがかなりおり、あるいは百文、あるいは数十文、一時すると千余文が積まれていた。乞食はなお満足せず、ますます哀れっぽく頼んだ。ある老翁が煙筒を持って淡巴��(たばこ)を吸っていたが、吸殻がたまたま亡骸の足に落ち、足はそのため引っ込んだ。人々はたいへん驚いたが、その後、かれの偽りを悟り、大笑いした。死者は蘆の席(むしろ)を掲げて起きると「治りました。治りました。」と言い、蘆の席(むしろ)を巻き、人々に叩頭して謝し、ともに銭を担いで去った。

蘇州に汪家の倅がおり、常州で商いし、その友で金姓のものに頼んで家書をかれの母に届けさせた。金はもともと酒飲みで、蘇州にゆくと、さきに酒を買って飲んでたいへん酔い、その後、汪家にいった。汪家は虎丘山[99]の後ろにあり、金は望山橋[100]にゆくと、足を滑らして河に落ちたが、人がいてかれの手をかたく握って起きさせなかった。金はたいへん驚き、かれと握りあっていると、突然人が怒鳴って言った。「この人は汪節婦のために家書を届けるのだから、おまえたちがどうしてとどめられよう。」金ははじめて縋って上陸し、すぐに汪氏にゆけたが、衣服は淋漓とし、手と腕は青黒くなっており、汪の母がわけを尋ねると、くわしく告げた。母は言った。「匹婦(わたし)の一善が、鬼神を感動させようとは思わなかった。」

浙右[101]の某姓は、年は若く、姿は美しく、庠序[102]で名声があった。はやく父母を失ったため、弱冠(はたち)になっても妻がいなかった。某年、郷試のために省城にゆき、親戚の家に寄寓した。その家には娘がおり、容貌は美しく、能文であったので、両人は慕いあい、割臂の盟を交わした[103]。娘の父はすでに亡くなっており、その母はうすうす気づいていたが、禁じなかった。生が媒妁を遣わして求婚させ、母が生年を尋ねたところ、娘より六歳年長で、俗にいう六衝[104]の禁忌があったので、断った。女は事が叶わなかったことを知ると、ひねもす悲しんで泣いた。母ははじめは慰め、その後、怒鳴ったために、女は首を吊って死んだ。生はそれを聞き、やはり薬を呷って自尽した。世俗の禁忌に拘泥し、男女がともに情のために死ぬことを招いてしまった。礼が許すことではないが、その事情も憐れであった。

龔某は、どこの人か分からず、入京して京兆試に応じていた。試験前、一人の妾と一人の下女を買ったが、いずれも牙人[105]から買ったもので、その姓氏住所は、もとよりでたらめであった。寓居は前門外の三里河[106]にあり、前後二院に分かれていた。試験が近づくと、妾が一人でいては、ほかの憂えがあることを心配したので、その友人で部郎[107]の某君に頼んでその前院にいてもらった。部郎はもともと謹厳で、友人の頼みを受けると、一歩も離れようとせず、日々前院に坐して読書するばかりであった。試験が終わり、龔が帰ると、部郎はつつしんで鍵を守り、さいわい命に負かなかったことを告げた。龔は再三礼を言ったが、後院に入れば闃として人はいず、室内の什物もともに烏有に帰していた。窓や戸は壊れておらず、後ろの塀だけが崩れていた。はじめて妾と下女がいずれもそこから去ったことを悟った。その前を防ぎ、その後を防がなかったのである。

揚州の東城外の十里田[108]に青苗を番する人がおり、棚の中で野宿していた。はるかに見ると二里離れた河辺の土地廟の前に火の光があり、大きくなったり小さくなったり、明るくなったり暗くなったりしていたので、訝り、壮夫数人を誘い、武器を持ってともにいった。ゆけば一人の僧が地に蓆を敷いて坐しており、傍らに土鍋を置き、石で支え、薪を集めて燃やしていた。何ごとかと尋ねると、僧は言った。「わたしは南海[109]にお参りして帰り、こちらを通って腹が減りましたので、煮て食らっているだけでございます。」人々も帰ろうとしたが、一人が笑って言った。「和尚はもしや肉を召し上がるのですか。」戯れにその蓋を掲げれば、煮ていたのは二人の胎児であった。人々はたいへん驚き、あらそって武器で僧を撃った。僧は地に倒れ、嘆いて言った。「わたしは運が尽きた。わたしたち金剛禅[110]を修行するものは、男の胎児三十六人を食らい、大道が成就するのだ。わたしが七人を食らっただけで、おんみらに遇ったのは、わたしの福が薄かったのだ。はやくわたしを殺せ。多言は無用だ。」人々はたいへん怒り、打ち殺し、かれの亡骸を河に投げた。

無錫に唖の乞食があり、市で乞食し、おおく年を経、人々はみな知っていた。ある日、南門内のある縉紳の家にいって乞食した。門番は拒んで言った。「わたしの主人は、坊ちゃまのご病気が危うく、朝から晩まで、お食事される暇がない、おまえにやる食べ物がどうしてあろう。」唖の乞食は突然出て言った。「どうしてわたしに相談なさらないのです。わたしは治せますよ。」門番はかれが唖であるのに話せたので、たいへん驚き、入って主人に言い、ひとまず招きいれて試した。切脈[111]と処方は、筋が通っていた。一服すれば好転し、三つの薬を服すれば、病人は霍然[112]とした[113]。主人は望外の喜びで、その生平を尋ねた。乞食はみずから言った。「父は生前、薬屋を開いていました。わたしは生まれながらにして唖でございましたが、幼い時から字を知り、医書を読むことを好んでおりましたので、かなり医術を知っておりました。父は歿し、家は貧しく、さらに話せず、術はあっても施せませんでしたので、流浪して乞食していたのでございます。」今どうして話せるようになったのかと尋ねたが、自分でも分からなかった。そのため医者としての名声は大いに喧伝され、城隍廟で県壷し[114]、来診する人は日々千をもって数えた。しかし、その年の冬、杭州の黄質文が無錫を通りかかり、尋ねると、かれが書いた脈案[115]は文理をなさず、書かれている薬名にも誤字が多かった。恐らく、かれの術は一時(いっとき)たまたま中たっていただけなのに、優れた医者だと思われたもので、わたしは信じない。ある人は言った。「唖が話せたのも、たいへん珍しいことだ。」しかし、かれが当初偽って唖となり、乞食していたのでなかったとどうして知れよう。

道光丁酉[116]郷試の年、湖州双林鎮[117]の人沈涛が家で昼寝し、夢みたところ、数人が騒いで入ってきて言った。「沈涛が合格したぞ。」驚喜していると、さらに一人が狂奔してきて言った。「間違えた。間違えた。この沈涛ではなかった。」そして轟然として一斉に出ていった。その歩く音は、初めは外から中に来、その後、中から外にゆき、石をゆけば、鞳鞳然[118]、木をゆけば、登登然[119]とし、すべてはっきり聞き分けられた。この試験では沈響泉同年が合格した。響泉は名を涛といい、湖州城内の人で、話題になっていたのはこの沈涛ではなかった。鬼神はこの人たちの姓名が同じであったので、ことさらに愚弄したのだろうか。

揚州の北郊の雷塘郷[120]は、隋の煬帝が葬られた所であった。近年、突然物女が出、（「物女」の二字は『春秋繁露·王道篇』に見え、こういう。「乾溪[121]に物女がおり、水が尽きれば女が見える。」）村内の少壮の者たちと交わった。交わればかならず病み、病が重ければ死ぬのであった。光緒二年六月二十四日、昼を過ぎると[122]、突然夜のように暗くなり、雷雨ははげしく起こった。電光の中には娘が見えたが、白衣に紅い抹額[123]で、手に双つの叉(さすまた)を持ち、霹靂と闘い、雷は結局落ちなかった。しばらくすると、大声が突然開こえ、雷火が地から出、女の片足を傷った。女がやや逡巡すると、迅雷が空から落ち、その音は猛烈で尋常でなかったので、見物人はみな昏倒した。にわかに雨が晴れれば、一物が地に打ち殺されていた。豚のようで尾がなく、牛のようで角がなく、全身に白い毛があり、両の背から脇まで黒い毛があって如意の形をしており、腹の下の一つの肉棒は長さ二尺あまり、その臭いは腥く、近づけなかった。測ると重さは二百余斤で、人々は知らなかった。その地に観音庵があり、一人の老僧が出て見て言った。「これは螭虎だ。」郷里の人々が切り肉にして焼くと、臭いは里外に聞こえた。愚按ずるに『説文』には、螭龍のようで黄であった。『漢書·楊雄伝』『音義』豊昭を引いていう。「螭虎のようで鱗がある。」この物は白い毛、黒い文(もよう)で鱗がなかったので、それが螭であるとはかぎらない。

京師十刹海[124]の煙袋斜街[125]に、山西の劉姓の娘がおり、幼名を香珠といい、幼い時から同郷の黄某と婚約していた。黄は外で商いを学び、ひさしく音信がなく、劉姓は没落し、女は煙花[126]に流落した。その後、黄某は数百両を蓄え、都に持ってゆき、古剣を求めようとし[127]、西河沿[128]の逆旅に宿った。主人はその腰巾着を利とし、誘ってともに遊蕩した。黄は年が若かったので、その計に落ちてしまった。妓の秀蘭というものがおり、黄ときわめて睦まじかった。まもなく、黄の金は尽きたので、娼家は客を追いはらわせようとした。秀蘭は廟会に赴くと嘘をつき、黄とともに逃げて良郷[129]にゆき、一人の老婆の家に投宿した。媼はじっくり見ると言った。「あなたは山西の黄某ではございませんか。この娘はもしや劉家の香珠ではございませんか。」媼の姓氏を尋ねると、黄のおばで、劉女幼い時に干阿奶[130]と呼んでいたものであったので、はじめて秀蘭が香珠であることを知った。媼は花燭を買い、鼓楽を備えてやり、夫婦とさせた。

揚州の左衛街のある大邸宅は、乱の時、賊の大頭目が占拠して偽府[131]としていた。乱が平らいだ後、某姓が入った。その堂前の地には、陰雨に遭うと、かならず一人の娘の形が現れ、洗っても消えず、晴れるとすぐ消えたので、閉ざして住まなかった。たまたま親戚が遠くから来たが、従僕が多かったので、そこに入って住んだ。夜半、ふと見ると、磚が動いてやまず、まもなく盛り上がったので、一人のしもべが踏んだところ、地に昏倒した。夜が明けると、主人に話し、掘って見れば、一人の娘の亡骸であった。衣裙は腐っておらず、面目は活きているかのようであり、全身に緑の毛が生え、長さは一寸ばかり、栩栩[132]として動かんばかりであった。お上に知らせると、お上は焚くことを命じた。その隣に皮なめし[133]の職人某叟がおり、言った。「このことをわたしは知っております。わたしは賊の中に陥り、賊の幕下に属していました。賊はこの娘を得、汚そうとしましたが、罵って従いませんでした。数百回杖うちましたが、ますますはげしく罵りましたので、生き埋めにしました。かれが今祟ろうとは思いませんでした。」思うに、この娘は貞烈によって死んだのだから、毅魄貞魂は、すでに太虚に帰ってひさしく、これはその遺蛻にすぎないであろう。しばらくして僵屍(キョンシ)となったのは、地の気がそうさせたもので、烈女とまったく関わりないかもしれない。惜しむらくは叟はそのことを知っていたがその姓氏を挙げられず、そのために表彰できないことである。

金陵は戦災にあった後、しばしば城内の住宅の中から棺が掘りだされたが、そもそもいずれも乱中に渇葬[134]したものであった。王府園の傍らの荒地は、某達官に得られ、瓦礫を積んで山にし、兵卒に命じて処理させた。棺二十余を掘り出し、開いてみると、ある棺に娘の亡骸があり、全身の衣服は絢爛で新しいもののようであったが、みなすでに灰となっており、手で触れるとすぐに砕けた。その亡骸は腐らず、肌肉は白く潤いがあり、頬には粉沢[135]がなお残っていた。もう一つの棺には男の亡骸があり、坐して臥していなかった。もう一つの棺はすでに僵屍(キョンシ)になった亡骸で、上半身に獣毛を生じ、下半身に鳥の羽を生じ、もっとも怪しかった。達官はそれを聞き、命じて諸々の棺をよそに改葬させ、開いてみることを許さなかった。

黔中に任某というものがおり、胡氏を後妻としたが、再婚婦(セコハン)であった。しかしたいへん賢く、前妻の子を実子のように育てた。数年後、任は大病し、胡は湯薬に侍し、家を支え、月を重ねて怠らなかった。夫の病が篤いのを見、手の施しようがないことを知ったので、さきに毒を服し、ともに死のうとし、夫を抱いて痛哭し、夫が亡くなるとやはり亡くなった。親戚友人は入って弔い[136]、みなその節烈に賛嘆した。さらに、かれが前夫のために死ななかったのは惜しいと論ずるものがいた。按ずるに『隋書·列女伝』の冒頭に蘭陵公主のことを載せているが、これも後夫に殉死したもので、史臣はかれの資質が寒松をも凌ぐことを讃えている[137]。この妻もその亜流である。

京師の西単牌楼に大邸宅があり、狐がいたので、借りるものがいなかった。屋主はひさしく失業していたので、たいへん怒り、いって狐を罵った。その晩、突然かれの子がいなくなり、翌日探してこの宅で見つけた。どうしてここに来たかを尋ねると、自分でも分からなかった。その子は日々痩せ、淹淹として死にそうになった。ある人が言うには、東直門の楼に狐総管があり、ほんとうに京師の狐の政治を司っていたので、酒食を供え、文疏[138]を撰して訴えた。数日後、いって空家を探れば、樹の上に一つの首が懸かっていたが、猫のようで大きく、喙はやや長かった。そもそもすでに総管に誅せられていたのであった。狐神鼠聖には、やはりおのずと政道があるか。

通州から十里に普済閘があり、閘の西南には共同墓地があり、和尚墳と言い伝えられていた。いつの年に葬られたか分からず、和尚とは誰なのかも分からなかったが、黄昏の後にはかならず鬼市となり、旅人を惑わしていた。旅人は憂え、遠回りして避けていた。乙亥[139]の夏、ある小舟が漕米を載せて普済閘に赴き、晩にその地を通ったが、水夫は船曳を呼んで改めて対岸を通ってゆかせようとした。船曳二人は、一人は引綱を収めて舟に乗ったが、一人は膂力があることを恃み、笑って信じず、腕を揮って一人進んだ。にわかに灯火が熒熒とし、青簾[140]がたかく懸かり、飲屋があるかのようであった。幻境であることが知れたので、すぐ路傍の柳樹一本の大株を折り、持っていった。鬼市に近づくと、すぐ柳を挙げて乱打したが、見ると無数の和尚が打ち倒されていた。じっくり見れば共同墓地の中におり、見た幻境は、すでに見えなくなっていた。そこで路を探して舟に戻って告げたが、舟の人々はみな信じなかった。しかしその後、和尚墳の上の土はすべて崩れ落ち、ふたたび怪異はなかった。みなこの人の一撃の功であった。

江西の河口鎮は、咸豊年間に兵が駐まって防衛していた。丁夫[141]に命じて山に入って薪を採らせたところ、古い楡一株があり、大きさは牛を蔽えたが、斧を挙げて伐ると、血が噴射した。土人は告げて言った。「この樹はすでに四百余年を経ており、たいへん霊験がございますので、伐ると不吉でございます。」そこで棄ておいて帰った。陣中で兵士がそのことを聞き、言った。「おれたちがどうして鬼神を恐れよう。この大きな材木を見つけたのに取らなければ、何を煮炊きに供するのだ。」翌日、また丁夫数十を率いていって伐ったところ、血が流れること元通りであった。にわかに樹は折れて地に倒れ、響きは山谷を震わした。樹は長さ十余丈、中は虚しくて竹のようで、中には枯骨が縦横にあり、さらに髑髏一つと砕けた碗および竹箸が無数にあった。見たものはみな驚いたが、由来は分からなかった。

江西のある世家の子が、その祖父を改葬した。穴を開けば、棺はすでに朽ちて損なわれていた。棺内には磁器の碗と竹の箸が満ちており、骸骨の所在は知れなかった。堪輿家は言った。「これはいわゆる『移屍地[142]』でしょうか。」空の棺を担いで去るように命じ、穴に入ってじっくり見れば、西北の隅に一つの小さな孔があるばかり、丸くて盂[143]の口のようで、大きさは拳が入るだけであった。ひとまずそこから掘って入るように命じ、二丈あまりに達すると、亡骸があったが、仰臥して腐っていなかった。その傍らに磁器の甕が幾つかあり、大きいものもあれば小さなものもあり、形式はたいへん古風で、出して人に示したが、鑑識する人はいなかった。その棺内の亡骸が失われ、磁器の碗と竹の箸に代わっていたわけを測り知るものもいなかった。

嘉定の城西に玄壇廟[144]があり、なかなか霊験あらたかであった。庚申[145]に城が陥ると、廟もすぐ毀たれ、草ぼうぼうとなった。言い伝えでは、その昔、某姓のものがおり、江西龍虎山張真人府に寄寓していた。ある日、家書を得、その父が病んだことを知り、いそいで帰ろうとし、真人に相談した。真人は護符を与え、戒めて言った。「家に着いたらすぐ焼け。」生が舟に乗り、纜を解くと、波涛は澎湃とし、舟は進むこと飛ぶようであった。一昼夜で着くと、父の病はすでに危うかったので、方寸(こころ)は乱れ、結局符を焚くのを忘れてしまった。護符の神はしばしば姿を現してさることを求めたので、はじめて真人の言葉を思いだし、香燭を供えて焼いた。この夜、神はまた夢に現れて言った。「わたしを送るのがたいへん遅く、すでに期限を越えているから、帰られない。」生はそこで金を集めて廟を建てて神を祭った。はじめ神が何という名か知らなかったが、その像は世間で造られている玄壇神[146]にかなり似ていたので、玄壇廟といったのであった。

紹興諸曁県の店口鎮[147]に、陳氏の家があり、つねに火災に遭っていたが、屋舎は毀たれていなかった。言い伝えでは、国初に陳紫衣というものがおり、この家を建てようとし、みずから紹興城内にゆき、夏姓のものを招いて日を占わせた。夏がかれを見ると、田舎の翁であったので、言った。「しばらくお待ちください。お選びしましょう。」陳はすぐ洋銭十枚を出して謝礼とした。夏は言った。「それならば、三日後にいらしてください。」陳は報酬の多寡によって選択の精粗が決まることを知っていたので、銀百両を揖して献じ、言った。「老いぼれは一生辛苦し、はじめてこの挙[148]がございました。先生、ご留意くださいませ。」夏は言った。「それならば、一か月後にいらしてください。」期日になってゆけば、こう言った。「日はすでに選びました。すこしも変更しないでください。」陳はつつしんで教えの通りにした。家ができると鎮で大火があり、前後左右はすべて焦土となったが、陳の新宅だけは巍然として残っていた。それから以後、三十余度の火災を経たが、今になっても陳氏が代々守っており、夏の子孫もなお日を選ぶことを生業としている。

湖南湘郷県に胡氏兄弟五人があり、みな長寿を享けていた。光緒四年、その長兄朝瑜は八十九歳、次の朝瑞は八十七歳、次の朝�eは八十五歳、次の朝瑶は八十三歳、次の朝環は八十歳であった。湖南巡撫はそのことを奏聞したが、ほんとうに人瑞であった。事は邸鈔[149]に見え、つつしんでここに記した。胡氏五人は、周の八士[150]に匹敵する。

最終更新日:2011年7月31日

右台仙館筆記

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