右台仙館筆記/巻一

右台仙館筆記/巻一

馮孝子は、その名を逸しているが、太倉州老閘鎮[1]の人であった。若くして父を失って貧しく、傭耕[2]して母を養っていた。乱の後、耕せる田がなくなったので、市場で乞食し、金銭を得れば酒と肉を買って進め、俚曲を歌い、お酌した。同治六年、母が亡くなると、乞うて義塚の地を得、その父の柩とともに合葬した。昼間はやはり出て乞食し、晩はすぐ墓の傍らに宿った。毎日かならず数個の石を持って帰り、墓を囲んで垣を造り、みずから草廬を結び、その下に坐臥した。数年後、病まないで亡くなった。郷里の人はすぐにその廬のところに葬った。知州の方公は、書状を送り、碑碣を建てて表彰し、「馮孝子の墓」といった。『春秋』の二百四十年、人材はきわめて盛んで、巻頭にすぐ潁考叔[3]のことを載せ、純孝を表彰している。わたしは経書を研究する余暇に、たまたま見聞を集め、この筆記を作り、馮孝子のことを最初にしたが、これも左氏の趣旨に近いか。

大工の陶某は、金陵の人であった。わずか四歳の時、粤賊が城を陥れ、父は捕虜となり、母子は従い、さいわい恙なかった。大乱が平らぐと、ふたたび店を城内に設けた。同治甲戌[4]には、陶は二十五歳になっていた。突然、老翁がめくら女を門口に連れてきて乞食し、銭を与えても去らず、じっくり陶を見て言った。「おまえは陶姓で、幼名は某ではではないか。」陶がどうしてわたしを知っているのですかと尋ねると、翁は言った。「おまえはわたしの子だ。」陶か母を呼び出して見させると、ほんとうにかれの父であったので、扶けて入り、拝して由来を尋ねた。はじめは捕らえられて北へゆき、後にさらに流転して四川、陜西にゆき、今、陜西から帰ったのであった。腰巾着を解いて銀数錠を出したが、いずれも年を重ね、交易して得たものであった。途中で盗賊に会うことを恐れ、偽って貧民となっていただけで、めくら女はかれが再婚したものであった。そこでたいへん喜び、親戚郎党を挙げて祝った。そもそも兵乱以来、父子夫妻で離散するものは多かったが、この家は再会できた。かれには陰徳があったのだろうか。

わたしの兄は福寧の太守であったが、官位が厦門同知であった時、官署の近くに僧寺があり、「碧山岩寺」といい、僧は碧禅といい、詩画を善くし、貌も恂恂とし、談論は風雅であった。署内の潘少梅、蔡瑜卿の諸君は、いずれもかれと交遊することを好んでいた。ある日、突然書状を作って還俗することを願った。わたしの兄はもともと僧を好んでいなかったので、罵って言った。「今日還俗しようとするならば、はじめ出家する必要はなかったな。」怒鳴って追いはらった。碧禅はもともと署内の下役頭某甲と仲違いしており、かれがお上に讒言したことを疑った。その晩、甲は官署からかれの家に帰り、隘巷を通り、碧禅がかれの名を呼ぶのを聞き、振り返れば、すでに胸に刃を刺され、背に出ていた。某甲は刃を帯びながらなお狂奔でき、家にゆき、家人に告げて言った。「碧禅がわたしを殺した。」そう言うと、地に倒れて絶命した。このことはお上に知らされ、わたしの兄は碧禅を捕らえるように命じたが、捕らえられなかった。数ヵ月後、官署の裏の山牆で碧禅を見た人がいたが[5]、すでに辮髪があった。呼んで言った。「碧禅がここにいる。」碧禅は片足を動かし、その人を蹴って地に倒れさせると、後ろの山牆から跳び下り[6]、敏捷なさまは飛ぶ鳥のようであった。眺めると、かれの帽子が地に落ちていたが、辮髪は帽子に綴られており、ほんとうの髪ではなかった。その後、署内の幕友で王姓のものがおり、部屋の中で毎晩窓や戸が開かず、しきりに失せ物があった。失ったものはすべて官署の裏山の穴の中で見つかったので、碧禅がしたのかと疑った。時を閲することすでにひさしく、捕らえることはますますなおざりになり、王姓のものがものを失うこともますます稀になった。その後、わたしの兄は福防同知[7]に転任して去ったが、継いだものは龔司馬で、このことをし、捕らえるように命じていた。金姓のものがおり、その家が妓楼であることを探知し、人々を集めて言った。碧禅は人々が来たのを見ると、楼の窓から躍って平地にゆき、さらに平地から躍って屋上にゆき、まもなく来なくなった。龔司馬は奥の間で一書を得て言った。「あなたと仇がないのに、わたしを捕らえてどうする。しかし、あなたも官に登ろうとしているだけだから、わたしはあなたを怨まない。後日帰省したら、わたしを鼓山[8]に訪ねろ。」たいへん驚き、どこからか来、その人はそもそも古の剣客の類かと疑った。そこでまた碧禅を捕らえると言わなかった。任が満ちて省城に帰ると、結局、鼓山にゆこうとせず、碧禅は結局捕まらなかった。

邢阿金は、農家の娘であった。幼くしてその母に従って大家に往来していたので、大家の風格があった。長い眉、細い趾(あし)、望めば楚楚とし、料理裁縫は、いずれも精妙であった。唐人の短い詩を誦えれば、すらすらと言えた。年頃で、田舎者に嫁いだが、性質はやや粗暴で、阿金が柔弱で井臼に堪えなかったので、虐待した。阿金は性質が柔和であったので、ただ人に背いて啜り泣くばかりであった。その母はそれを聞いてたいへん悲しみ、金銭で贖って帰った。さらに一人の金持ちの子に嫁いだが、年は若く、美しい風采であった。阿金はみずからさいわいよい婿を得たと思ったが、かれは軽薄で節度がなく、新しいものを得て旧いものを棄て、すぐに離れた。そこである官人に嫁いで妾となったが、今度は正妻に受けいれられないで帰った。阿金は年も二十以上になっていた。黄大令という者がおり、年は周甲[9]を越え、かれを得て簉室(しゅうしつ)[10]にし、たいへん可愛がっていた。黄の妻は亡くなってひさしかったので、妻とすることを図ったが、阿金は承知せず、言った。「わたしは出自が賎しく、あなたと夫婦となるに足りません。寿命を損なうばかりでなく、さらにあなたの盛徳に傷がつきましょう。」黄はその誠実さに鑑み、ますます愛した。黄には嫁がおり、かれ[11]と年が近かったが、阿金はかれを待遇する時、きわめて恩情があった。嫁は翁の意を受け、姑に仕えるかのようにし、阿金はかたじけないと謙遜したが、嫁は礼を守ってやまなかった。まもなく黄は病み、阿金は湯薬に侍してひたすら謹み、一年あまりして黄が亡くなると、結局、薬を呷って殉じた。黄の子はかれが父に殉じたことに感じ、礼法通りに合葬した。この娘は四たび所天(おっと)を易え、貞でなかったが、結局夫に殉じたことは、烈であると言わざるを得ない。初婚で良い人を得れば、きっと善婦[12]となったろう。嫁いだものが合わず、四姓を閲したが、結局大節をなしたのであり、これが「質美しくしていまだ学ばず[13]」ということである。君子はかれの境遇を悲しんでよく、かれの晩蓋[14]をとりあげてよい。豫譲[15]の「衆人」、「国士」の言葉などは[16]、もとより正論でなく、もとより女子が藉口[17]できることではない。

江西の玉山県に水南寺[18]があり、なかなか古刹であった。老僧がおり、月印といい、年は六十余、ひねもす一室に坐して経を誦え、外出せず、戒行[19]はなかなか優れていた。一匹の狗を養うこと十年ばかり、毎月、印経を誦えると、狗はかならずいって聞き、木魚の音を聞けば、かならず尾を振って来たので、僧俗いずれも驚嘆した。後にその狗は突然癩を病み、皮毛は抜けおち、さらに汚らわしい臭いがしたが、毎日経を聴くことは相変わらずであった。ある日、月印は突然その仲間に言った。「この狗は厭わしいから、引きだして打ち殺せ。」かれの弟子はみな駭然とし、かれの意図を推測できなかった。師はもともと厳格であったので、逆らおうとしなかった。ひとまず狗を呼びだし、禁じて経を聴かせず、ほんとうに殺すに忍びなかった。三日後、狗はまた隙を見ていて経を誦えるのを聞き、月印はそれを見、驚いて言った。「おまえたちはこの狗を殺さないのか。危うい。危うい。」その仲間に命じて某村某姓家にいって尋ねさせれば、一人の娘が蓐に坐し、三日出産せず、その勢いは危うく、産科医は手を束ねていた。月印はそこで言った。「おまえたちはこの狗を殺すに忍びず、かれの妻を殺すのか。この狗が死ななければ、かれの妻は出産せぬのだ。」そこでかれの仲間に命じてすぐ打ち殺させた。ふたたび探ると、某姓の家ではすでに出産しており、男であった。月印は言った。「この狗は経を聴いた善果により、転生して某家の男子となれ、やや禄位を得る。わたしは見られないが、おまえたちは分かろう。」某家の子はやや長じると、かならず寺に来、依依として去らなかった。月印はかれの頭頂を指して言った。「おまえは宿根[20]に背かず、その趣意はたいへんよい。ただ、まだ小やかな富貴を受けていないので、にわかにこちらに来てはならない。」某氏の子は後にほんとうに微秩[21]を受け、その家にも人並みの財産があった。晩年、家におり、つねに寺に寄宿していた。時に月印は円寂してひさしく、ためにその塔を修理し、寺中の建物は傾き崩れ、やはり出資して修理し、ならびに田を買って常住[22]の費用に供した。年は七十余で亡くなった。

維揚の李氏の妻は、若くして寡婦となり、紡織して自給し、子はわずか九歳であった。同県の金持ち某は、かれの容色を慕っていたが、自ら通じるすべがなかったので、その隣家にあつく賂し、間者とした[23]。たまたまその子が出て師に就こうとしていたので、隣人は某に告げて言った。「これは機会がございましょう。」そして精舎をその傍らに築き、子弟をその中に移し、師を招いて勉強させた。宣は言った。「塾に入ろうとするものは、拒むな。」隣人に命じて妻に告げさせ、きわめてその良さを言い、妻は子を勉強しにゆかせた。某はかれを優遇し、しきりに飲食を送った。ある日、十数両を出して送り、言った。「聞けばおまえの家は四壁が立っているだけだそうだが、これをいささか粥代の足しにしてくれ。」子が持ち帰って母に話すと、妻は言った。「礼物は厚く、言葉は甘いが[24]、もしやわたしを誘っているのか。」そこでその子をゆかせて謝して言わせた。「長者の厚意にきわめて感動しましたので、母が門にきて拝謝します。」某はたいへん喜んだ。またその子を金を出して返させて言った。「母は生まれつき疑い深く、これを受けようとしません。」某は今度は爽然[25]として失ったかのようであった。子が帰ってくわしくそのありさまを言うと、妻は嘆いて言った。「かれの事情は知れた。」翌日、子を戒めてゆかせなかった。某がみずからきて招くと、妻はその子に命じて断らせて言った。「あなたのお恵みが厚くなるほどに、あなたの過ちはますます大きくなりましょう。あなたと絶交しましたのは、あなたに報いるゆえんでございます。」某は恥じて退いた。この妻は礼によって自らを持しただけでなく、その識見も多とするに足りる。

明の帰熙甫[26]の論著は、娘が嫁がないうちに夫が死んだ時に殉節するのは非であると極言している。しかし『礼』を調べると、婿が死ねば、女は斬衰[27]して弔問にゆくことになっている[28]。聖人が斬衰の服を作ってやっているのだから、すでに夫婦の義があり、それが「すでに葬ればこれを除く」といっているのは、礼は中等の人以下のために設けているのである[29]。帰氏の言葉は、定論ではない。しかし粤東の風俗には、慕清ということがあり、これはほんとうに人情の外に出ており、礼法の許さないことである。粤の風俗では、結婚しないうちに夫が死んだので嫁がないことを、守清といい、もともと婚約していないのにすでに死んだ男子と結婚し、節を守ることを、慕清という。許氏の娘がおり、年は摽梅[30]を越え、母に言い、慕清することを求めた。母は父に謀り、父はよしとしなかった。娘は言った。「姉は嫁いだ人が良くありませんでしたので、お父さまとお母さまに心配をもたらしました。わたしもそうでしたら、かさねて心配があるのではございませんか。それにわたしは弱く、中饋(つま)の仕事にも堪えません。空門に隠遁しますなら、それは大倫を廃することで、ほんとうによしとしません。女蘿[31]と喬木[32]のように、清門[33]に頼られれば、大倫を廃することなく素志を実現し、お父さまお母さまは何を心配なさいましょう。」そこで許した。たまたま陳氏の子が結婚しようとして夭折し、婚約した妻は守清できなかった。陳氏の寡(やもめ)の母にはこの一子がいるだけであったので、慕清するものを探した。媒妁して許氏の娘のことを告げ、両家の誼を結び、迎え娶ることは礼法通りであった。許氏の娘は嫁にゆくと、毎日いささか定省[34]の虚礼に従うだけで、このほかは何もしなかった。窓は明るく、几(つくえ)は浄く、香を焚いて静坐しているだけであった。ある小姑はすでに葉家と婚約していたが、嫂ときわめて睦まじくしていた。来るたびに嫂とともに話したが、かならず賛嘆して言った。「ねえさんはいつの世でこの清福[35]を修められました。」許氏の娘は言った。「一念が堅かったことによるだけです。」小姑は言った。「ねえさんはさいわい婚約されていませんでしたが、そうでなければ、やはりどうしようもなかったでしょう。」許氏の娘は言った。「相手の家に入っていなければ、決定権はまだこちらにあります。」小姑はそこで日々その母にうるさく言い、やはり慕清することを求めた。母は溺愛していたので、むりに従い、葉家に話した。はじめは承知しなかったが、その後、言った。「娘がすでに結婚の思いを断っているなら、強いてもよいことはなかろう。」結納を返すことを求めただけであった。そこで二人の娘はともにおり、白髪頭になり、親族にはたいへん讃える人がいた。ほんとうにいわゆる非礼の礼[36]であった。道光年間、江南の常州では龍舟がとりわけ盛んであったが、多くても四五隻に過ぎなかった。さらに舟は屋より高く、操船[37]は敏捷でなく、ほんとうに見るべきところはなく、見物人の意はもっぱら龍舟になかった。五月から、六月初旬になっても、なおやまなかった。城外に唐家湾[38]という地があり、もっとも画舫[39]が集まり、毎日東西に往来する船が、鱗次櫛比し、笙歌は沸くかのよう、粉黛は雲のようで、そもそも銷金の鍋[40]であった。わたしは時に常州に客となっており、宿の主人はわたしを迎えてともにいってみた。見ると隣の舟に一人の富裕な商人がおり、三人の妓女を連れて酒を飲み、一人の若い妓女を懐に擁し、ありさまはたいへん淫らで、わたしは命令して舟を移して避けた。一隻の船頭がさらに纜を解き、さらに太息して言った。「罪の報いでございます。罪の報いでございます。」わたしがそのわけを尋ねると、船頭は言った。「この三人の妓女は三姉妹でございます。かれらの父は生前武進県の下役頭で、奢侈はとりわけ甚だしく、毎年夏にかならず舟に乗り、城外にいって納涼し、妓女を招いてお酌させていました。舟の中にあらかじめ紗縠の衫袴を携帯し、妓女が来れば命じて易えさせ、全身が雪の膚、望めばくっきりとして衣がないもののようでございました。しばしばわたしの舟に坐し、わたしは時に年若く、楽しんで見、かならずかれの傍らに仕えていましたので、目にすることができました。ところが、今日になりますと、その三人の娘はこれよりひどいありさまでございます。罪の報いではないでしょうか。」わたしは嘆いて言った。「だとすれば、この富裕な商人も危うい。」

譚某は、どこの人か分からず、荊州の沙市[41]に客となり、年が若く風采は美しかった。市に周媼というものがおり、阿芙蓉を売って生業としていた。娘を産んだが、年は十八で、やはり美しかった。譚はしばしばかれを訪ね、かれと目で合図し、人に命じて媼に告げさせたが、媼はこれを奇貨とし、承知しなかった。女はそこで譚と約し、文君の故事に倣い、江のほとりで舟を調え、真夜中にともに逃げた。媼は探ったが踪がなかったので、痛哭すること数日、結局生阿片を服して死んだ。譚と女は漢口に寄寓し、たいへん睦まじくしていた。しかし女は母がともに帰ろうと呼ぶのをつねに夢みたので、目ざめてから譚に語ると、譚は言った。「それは思夢というものだ。」ある晩、女は隣家の媼にこうて美酒半壷を買って牀頭に置かせた。女はもともといける口であったので、驚かなかった。夜半に、突然、帳から躍り出、披髪跣足となったが、腹の中では轆轤のような音がし、十指の爪は色がみな紫色になっていたので、はじめて生阿片を混ぜて呑んでいることに気づいた。救ったが間にあわず、結局転げて死んだが、みな母が来て命を奪ったのだと言った。思うにこの娘は母に背いて逃げ、母に死を致したのだから、死ぬのはもとよりかれの分(さだめ)であり、幽鬼の母が祟る必要はなかった。守静瀾廉訪が言った。「案牘を閲覧すると、生阿片を服して命を落としたものを見ない日はない。そもそもこの物は近来いたるところにあり、砒石等の毒物をかならず買い求めて得るのとは異なっている。処方があって救えるので、ひろく伝播するべきである。その処方は雄黄二銭、鶏蛋青[42]一つ、生桐油一両を用い、河水を混ぜて服するのである。」

張永祺は、南雄州[43]の人であった。何氏を娶り、息子を産んで一歳になったばかりの時、実家に連れていった。かれ[44]のおばで某家に嫁いだものも来ていたが、娘がおり、やはり一歳、張の息子と容貌がひどく似ており、にわかに見ると見わけられなかった。何が帰ると、赤子は某家の娘となっていたが、そもそも実家が戯れて易え、一笑を博したのであった。何は下女に命じて易えにゆかせたが、家に着くと、やはり某家の娘になっていた。ふたたび媼に命じて易えにゆかせたが、何家にゆき、よく見れば、たしかに張家の息子で、某家の娘でなかった。何氏の母は言った。「このことはもともと戯れによって起こったことだ。息子を易えて帰ったのに、やはり娘となっており、娘を連れてきて易えようとすると、今度は息子となっている。これにはきっと異変があろう。」そこでみずからその娘の息子を連れて張家に帰り、さらに言った。「事はたいへんおかしいから、広めないでおくれ。」その後、両家の子女はしばしばたがいに入れ替わったが、そのわけは分からなかった。後におばを招いてき、家を分けて住むと、はじめてやんだ。ある人は、これは狐魅が戯れたのであろうと言った。

黄某は、どこの人か分からず、父は羊城で商売し、住まいしていた。妻の何氏は、父が生きていた時に婚約した父執の娘であった。黄は愚劣で自立せず、父が死ぬと、微賎となり、数年ですべてその資産を失い、生活するすべがなくなるにいたった。何は言った。「ともに死んでも、あなたに何の益がございましょう。策があり、両全することができますが、どう思われますか。」黄は言った。「家の恥にならないなら、任せよう。」何は言った。「わたしのおばには嫁がおり、若くして寡婦となり、仲間を得ようとしています[45]。あなたがわたしを棄てようとなさいますなら、かれは喩えれば下女を買うかのようなもので、数十両も惜しみますまい。」黄は従った。何はおばに相談し、帰ると黄に告げて言った。「おばははじめは他人の夫婦を離れさせるので、頑固に承知しませんでしたが、わたしがむりに話すと承知しました。しかし、あなたは直筆で一枚書いて証文にし、後日約束に違わないように、ひとまず五十両を潤筆[46]としましょう。」黄は欣然として証文を書いた。何はそれを持って去り、帰らなかった。そのことを知っているものがおり、言った。「何の娘はそもそも買臣の妻の故事に倣っており、言うことは誤っている。」

殷懐郷は、江浦の人であった。若くして父を失ったが、母および弟たちがおり、恒産はなく、傭作して養っていた。耕作の余暇、かならず山に入って薪を刈り、夜になるとはじめてやめた。翌朝、市に入ってうまいものに易えて母に奉り、日課としていた。年が三十で、はじめて妻を娶り、姑に仕えさせ、妻も従順に従った。まもなく大凶作となり、食が得られなくなったので、女に言った。「ともに死んでも益がないから、おまえを嫁がせたほうがよい。銀銭を得ればわたしの母およびわたしの弟を養えようし、おまえも活路を得られようから、一挙両得だ。」妻が承知しないでいると、殷は言った。「これはわたしの意思なのだから、おまえがわたしに負いたのではない。さらに母が活きられれば、まさにおまえがわたしに報いたということだ。」妻はそこで従い、母および弟は結局かれに頼って助かった。後に母が死ぬと、土を担いで墳を造った。弟たちが成人すると、全員結婚させてやった。ある人が再婚することを勧めると、泣いて言った。「妻はわたしに嫁ぎ、徳を失わず、さらに母の歓心を得ていた。昔、貧しさのために棄てたが、今また娶れば、これはわたしが賢い妻に背くことだ。」結局、娶らず、一人で墓の傍らで小屋に住んで亡くなった[47]。按ずるに『陳書』に、徐陵弟孝克が侯景の乱のとき、京師はたいへん飢え、妻臧氏を孔景行に売り、その資金で母を養った。この妻を売って母を養い、古人にこれを行った人がいたのである。しかし郭巨が子を埋めたのは[48]、論者は教訓となせないと言い、だとすれば、妻を売って母を養うことには、義において穏当でないところがあるようである。ある人は、これは軽く小さなものを棄て、重く大きなものを全うしたのだという。しかし、この妻はすでに姑の歓心を得ていた。母が妻の離縁されたのは自分のためであることを知り、泣いて食らわなければ、妻を離縁して母を養うに足りないし、さらに妻が従一[49]の義を守り、事の両全しがたいことを知り、慷慨して自殺すれば、母を養えず、妻を殺してしまうことになる。さらに凶年で食が乏しいのは、水火盗賊の変事がにわかに起こるのとは違い、綿密に保全を謀れば、術に窮してこの計を出さねばならなくなることはない。殷は委巷の小民で、大道を聞いていないのに、割愛してこうしたのも、たいへん難しいことであった。しかし、事として論じれば、徐孝克と郭巨はいずれも教訓となせるものでない。

阿勝は、広州の人で、話者はその姓氏を忘れた。若くして父を失い、美利加国の旧金山に遊び、よく交易していた。六年し、資金を貯えてなかなか豊かで、航海して帰り、中土で結婚しようとした。ある某家の娘は年頃であったので、媒合し、女の母はその資産が豊かであることを聞き、承諾した。その後、かれがふたたびとおく旅することを恐れ、言った。「娘はどうして海外についてゆけましょう。」そこで、媒妁を遣わして多額の結納金を求めた。阿勝は卑しんで言った。「賣婚[50]は、礼ではない。わたしはどうして妻がいないことを憂えよう。」そしてそのことをやめにし、再び金山に遊んだ。女はそれを聞くと、その母を正しいとせず、ひそかに海舶に乗り、金山にいって夫を探した。ある日、路で会ったので、連呼して言った。「阿勝さま。阿勝さま。」勝は振り返って驚いて言った。「きみは閨中の弱質(たおやめ)なのに、なぜここに来た。」女はくわしく告げた。勝はかれの義に感じ、ともに旅館に帰って結婚した。論者はいう。娘は部屋にいて父母の命に従い、この娘は母の命に従わず、六礼[51]が備わらない夫に従ったのは、教えとなせない。しかし、大洋に隔てられながら、万里追って探したのは、奇特な娘でなかったともいえない。君子はしばらくかれの一人に従った貞節を取り、かれが礼を越えたことを責めてはならない。

広東花県に村があり、城から数十里で、河水に囲まれ、清流は帯のようで、橋があってたいへん大きかった。橋のたもとの石は、形は老翁のようで、村内ではみな橋頭土地神と呼び、信仰はなかなか盛んであった。後に娘六人が、操を守って嫁がず、橋のたもとで入水して死ぬことを約したが、そもそも粤の風俗がそうなのであった。父老は神は守れないといい、その祭祀を廃した。近くに磚窑[52]があり、隔たること一里ばかりで、窑の人は担いで帰り、崇めて窑神とすることを謀った。その晩、窑で音がしたが霹靂のようで、翌日見ると、焼いた磚はすべて血の色となっていたので、みな石の祟りだといい、ふたたび担いで河原に棄てた。たまたま漁舟が岸辺に繋がれ、この石を見、驚き、船首[53]に載せた。するとにわかに疾風がはげしく起こり、舟は覆りそうになったので、恐れて石を河に棄てた。漁師はすぐ腹が痛んで死にそうになったので、旧友に命じて水を泳いでそれを出させ、やはり河原に置いた。隣県の三山県の人がそのことを聞き、言った。「神はすでに霊力があるのに、どうしてかれから離れてわたしに就くのか。」夜に盗み去り、県境に達すると、輿従[54]楽隊が、導いて入り、霊異はたいへんあらたかで、祭祀のない日はなく、廟を建ててあげた。昌黎はいう。「偶然題して木居士となし、すなはちあり無窮の福を求むる人。」まして石はなおさらであった。しかし『風俗通義』の書く汝南の石賢士のことによって見れば、これも人心がそうさせるもので、しばらくすると自然にやむことが分かる。

朱了頭は、婁県の農家の子であった。家はもともと赤貧で、また煢煢として頼るものがなく、日々市で乞食していた。咸豊辛酉[55]年、粤賊は嘉善から楓涇に赴き、かれに遇うと、攫ってともに去った。朱は言った。「わたしは乞食だから、みずからを贖う金はなく、おまえの役に立てられる一芸もない。わたしを攫ってどうする。」賊は言った。「おまえは乞食で、飢えと寒さにひどく苦しめられている。おれに従ってゆけば、富貴でないことを憂えまいぞ。」朱は怒って言った。「わたしはひたすら飢えと寒さに甘んじているから、乞食なのだ。そうでなければ盗人となればよいではないか。わたしは盗人にならなかったのだから、おまえたちに従って賊となるはずがない。」大声で罵り、殺された。ああ。朱了頭のようなものは、古の烈士の風があったといえる。

漢陽の朱勛臣は、淮城に僑寓していた。ある日、突然、案頭に張禹門というものの書信を得たが、こうあった。「宅を借りていっしょに住もう。」朱ははじめ張とは誰であるか知らず、書信がどこから来たのかも分からなかった。訝っていると、たちまちもう一通の書信を得たので、張が狐であることを悟った。その後、しきりに書信が来たが、姿は見えなかった。朱は恐れ、引っ越して避けようとしたが、引っ越しても張はついてきた。箕仙を招くものがあり、朱がいって尋ねれば、柳仙で、お告げを降して言った。「張禹門は、わたしの弟子で、あなたと宿縁があるから、祠を建てるやるべきだ。」朱は力が及ばないと謝した。するとさらにお告げして言った。「三日したら相談しよう。」期日になってゆき、盤に一つの「惜」の字を書いた。朱がさらに尋ねようとすると、家人は火が起こったことを告げ、走って消火すると止んだ。そこでたいへん恐れ、大工を集め、材木を積み[56]、期日を決めて建てることにした。祠ができると、張はやはり朱家に往来した。たまたま朱女のために縁談を持ち込むものがおり、朱がそのことを張に尋ねると、張は返信で言った。「これは約束できません。三日後に高人[57]が来て媒妁しましょう。」三日後、一人の老婆が来て徐秀才の息子のために求婚した。老婆は高姓であったので、はじめて「高人」とは嫗を言っていたことを悟った。狐が人家におり、典籍の記録にはこのことが多くあり、この狐はみずから張禹門と称し、かれがどこから姓を得、どんな意味で命名したか分からなかった。箕仙はまさにこの狐が名を騙ったものだろう。柳仙もその人はいず、世に柳仙は呂純陽の弟子であると伝えているが、そもそももともと元人の雑劇で、これは典拠とするに足りない。さらに宋の鄭景璧[58]の『蒙斎筆談』[59]を調べると、呂の詩「ただあり城南の老樹精、分明に神仙の過ちを知る」を載せている。城南の老樹とは、古松であり、元劇がすでに誤って伝えていたことが分かる。わたしはまったく箕仙を信じず、今の世で、天神地祇と断絶しようとするなら[60]、まずこの術を禁じるべきだとひそかに思う。

何明達は、桂林の人で、嶺南で商いし、資金数千を持っていたが、しきりに損失を出し、その大半を費消した。旅は無聊であったので、たまたま狭邪の遊びをし、「巣雲別館」という場所にゆくと、妓女がおり、翠蓮といい、なかなか楚楚として趣きがあったので、何はしばらく逗留していた。すると突然、一人の娘が簾の外から来たが、薄化粧で素服し、美しさは天然であったので、何は見て気に入った。翠蓮に紹介してくれと頼むと、翠蓮は言った。「きっとうまくゆかないでしょう。」なぜかと尋ねると、言った。「かれは家難のためにここに身を売り、汚泥の中から抜き出せるものがいれば、身を委ねて仕えますが、路傍の柳と見なされることは、いさぎよしとしません。」何は言った。「それならば、この娘はたいへん志節があるから、顛末を尋ねよう。」そこで呼んで尋ねた。女はみずから譚氏だと言い、「夫は広西の人で、姓は王、名は基、旅してこちらに参りました。わたしを娶ってわずか二年でございますので、事件でお上に捕らえられ、百両でなければ獄を出られません。わたしは夫婦の義は、みずからを売って救おうと思いました。夫が囹圄を出ますなら、わたしは火坑[61]に墜ちましょう。」そう言うと、涙を落とした。何は言った。「あなたの夫わたしと同郷で、わたしはその家室が流離するに忍びなかった。ただあなたの夫がすでに西へ帰ったか知らない。」「まだ聞いていませんでした。」何は辞して出ると、結局、その夫を訪ね、資金を援助して妻を贖って帰らせた。市井の小民だが、このすぐれた行いがあり、士大夫も及ばなかろう。

陳朝賛は、江西南安府の人で、話者はかれの県を忘れた。家はたいへん富んでおり、一子がいるだけで、すでに孫が生まれていた。陳の誕生日に置酒し、族人を召してともに飲み、語った。「わたしはさいわい先祖の財産を借り、貯蓄を加え、今は資産三十余万を擁しています。おおく蔵してあつく失う[62]ことは、願いません。わずかな額をとどめて妻子を養い、二十万は始祖の祠に帰属させ、十万は支祖の祠に帰属させることを願います[63]。毎歳その利息が入れば、三分の一をわたしの子孫に納め、子孫がわたしの財産を守れない時は、これによって生計を立てられましょう。三分の二は春秋の祭祀の需要に供し、族人の冠婚葬祭はすべて助け、寡婦のもの、孤児のもの、廃疾のもの、貧しくて生きてゆけないものはみな養いましょう。始祖の祠に帰属させたものは、あまねく同族に及び、支祖の祠に帰属させたものは、同じ支族にだけ及ぼしましょう。賢く才のあるものは一人でそのことを司り、一隴[64]の地も勝手に売れないことにしましょう。わたしの今日の言葉を安息の基[65]としましょう。」聞くものはみな起きて拝して言った。「すばらしいことですが、ご子息がどう思うかは分かりません。」すると、子も誓って言った。「父の命に従うのみです。」。相談は決まった。そもそも金穴銅山[66]は、結局尽きるのだから、陳翁のこの挙は、高義であるばかりでなく、明智でもある。三十万の資を擁して一家に、三十年足らずでかならず尽き、今、一族に推され、やはりその収入の三分の一を返させ、この子孫につねに十万を有させたのである。老子はいう。「すでに以て人のためにすれば、己ますます有し、すでに以て人に与ふれば、己ますます多し。[67]」それはこのことか。

貞女王蕙芳は、常州の人であった。父は兵乱に遭い、家族を連れて滬瀆に避け、住まいした。貧しくて自活できなかったので、娘を王姓のものに売って娘とさせたが、時に娘はわずか四歳であった。成長すると、風姿は秀麗で、針仕事を習い、王はたいへん愛していた。まもなく王は亡くなった。かれの妻は昔北里(いろまち)に住み、容色を売り物にし[68]、よくない女で、娘を連れて再婚した。娘は心の中でそれを非としていたが、言おうとしなかった。かれの後夫はもともと登徒子[69]の名があり、娘が美しいのを見ると、しばしば挑んでいた。娘は免れないことを恐れ、同治癸酉年二月十三日夜に縊れて死んだ。この件では、誘ったことと拒んだことには二つとも確実な痕迹はなく、娘は死んだが貞女として表彰することができないので、大略を記し、埋没しないことを願うのである。

広東潮州の農村には柿をおおく種え、柿が熟れれば干し柿を作り、かならずさきに作業場に干し、夜は巡邏して番していた。某甲はこれを生業とし、作業場には柿を積むこと山のようで、中に木の棚を設け、見張り場としていた。ある晩、棚に寝ていると、声が東から来、近くなると声はますます激しく、咻咻[70]とし、木の棚はそのために震動した。隙から窺うと、虎であった。いそいで刀で斬り、その尾を断つと、虎は咆哮して去った。甲は走って帰って銅鑼を鳴らし、壮丁数十人を集め、棍棒を担って探した。あるところへゆき、見ると虎が屹然と立っていたので、人々は近づこうとせず、しばらく動かず、ある人が戈で打つと、すぐに倒れ、すでに死んでいたので、その肉を裂けた。この人は急に猛虎を見ても、従容として乱れず、胆力膂力がともに完全であったといえる。孔子は言った。「上士は虎の頭を捕らえ、下士は虎の尾を捕らふ。」しかし下士になることも容易くない。

陳元紹は、順徳[71]の人であった。暮らしは人並みで、父母ともに残っていた。妻の某氏は、やはり旧家[72]の娘であったが、ひどく傲慢で、妻の務めを行わなかった。陳が責めると、かならず言い返した。父母は陳を戒めて言った。「和気は瑞祥を致すから、けっしてそうするな。」陳は親の心を悲しませることを恐れ、やはりむりに忍んでいた。たまたま陳の父が病むと、湯薬はいずれも母子が調えたが、妻は何ごともないかのようにしていたので、陳はもとより心の中で怨んでいた。父の病が癒えると、陳がかるく妻を責めると、妻は怒って言った。「誰にでも父母はいます。小さな病は大事ではございませんのに、どうして他家の児女を踏みつけになさるのですか。」陳は話を聞くと、怒りを抑えられず、鉄拳を揮い、妻も腕捲りしてともに争った。母が出てきて宥めたところ、陳はたまたま片手を挙げ、誤って母を推して地に倒れさせてしまった。いそいで母を扶け起こし、地に伏して罪を請うと、母はさしまねいて出させた。陳は驚き恐れ、不安で、結局逃げ去った。一月あまりし、広州からその弟に書信を送って言った。「兄は無礼で、子として失格だから、罪を逃れて海外にゆくしかない。大洋は万里で、生還の望みはなく、手紙が来た日が、まさに永別の時だ。」父は手紙を見てたいへん驚き、みずから省城にいって探したが、見つからず、人に頼んで外国招工局[73]に尋ねさせたが、やはりその子の姓名はなく、ある人は先月に澳門から海に出たと言った。陳が母を押して地に倒れさせたのは、無心にしたことで、不孝の小さなものであり、とおく海外に投じ、ながく天倫を絶ったのは、不孝の大きなものであった。陳のようなものは、その至性はなかなか人に勝っていたが、惜しむらくはかれが学問をせず、術策がなかったことである。

同年の応敏斎廉訪宝時は、かつて金華から杭州に来るとき、夜、銭唐江を進んでいた。その時は二更に近く、月光は微茫[74]とし、遠くの樹はぼんやりと弁ぜられた。帆に風を孕ませてゆき、風はたいへん弱かったので、舟はたいへん遅れ、まったく動かなかった。長年(ちょうねん)三(さん)老(ろう)[75]はみな船室に偃息し、舟の諸客もともに熟睡し、敏斎は一人一人のしもべを連れて船頭に坐して江の真夜中の景色を見ていた。通った土地は鮎魚口[76]といい、小さな沙洲があり、舟は洲に沿って進んでいた。隔たることわずか数歩で、見れば洲の上に一人が舟と並んで歩き、速度はまったく同じであった。その人は身長が一丈あまり、常人の三倍ちかく、全身は青緑色で、ただ眺めたのがあまり近くでなかったので、それが肌肉であるか、皮毛であるか、鱗甲であるか分からなかった。振り返ってそのしもべに尋ねて言った。「おまえにはあの人が見えるか。」その僕(しもべ)は答えなかった。敏斎はそこで帰って舟に入り、そのしもべは坐具を持っていっしょに入ってきたが、すぐにひどく吐いた。そのわけを尋ねると、言った。「ご主人さまがごらんになったものを、わたくしも見ましたが、姿が恐ろしいばかりでなく、さらにその臭いがたいへん腥うございました。たまたまその臭いを嗅ぎましたので、吐いたのでございます。」敏斎は後にそのことを述べてくれ、言った。「これは何のあやかしか分からないが、伝記にいう楓人[77]の類だろうか。」わたしは言った。「沙洲には草木がないから、それがいるはずがない。さらに草木の精は、その匂いも腥くないから、これはきっと水怪だ。姿から論じれば、そのように長いなら、魚でなければ蛇だ。『捜神記』が載せているが、孔子が陳で厄難に遭い、館で弦歌していたところ、夜に一人がおり、身長は九尺あまり、皂衣高冠で、怒鳴り声は左右を動かした。子路が出て闘うと、地に倒れたが、大きな鯷魚[78]であった。あなたの見たのも、この類かも知れない。」

聶道人は、湖北鍾祥県の人であった。乾隆甲子年[79]、県は洪水となったが、聶はすでに五歳であった。盛契真というものがおり、元游宮[80]の道士で、かれに身寄りがないことを憐れみ、門下に収めた。しかし聶はもともと鈍根[81]で、一つも取柄がなかった。盛が死に、聶は天下に雲遊し、いつの年月を経ようとしているか知らなかった。嘉慶初年、はじめは鄂の長春観におり、しばしば両足は裸足で、長い柄の鍬を持ち、市で行歌していた。同治甲戌[82]になり、その年は百三十五であったが、髪と歯は、以前と変わらなかった。かれが道引術を会得して死ななかったか、それともかれの禀賦がひとり厚かったか知らないが、異人でなかったとはいえない。

鄂人王慕堂は、津門[83]に旅し、盗人に遭い、その持物を失い、同郷の陳姓の家に寓居していた。たまたま出て散歩し、ある曲巷を過ぎ、見ると、ある家で簾櫳[84]が低く垂れ、中に麗人がおり、衫や鬢の影は、ぼんやりと見られた。王は思いがまさに鬱鬱としていたので、振り向きもしなかった。ゆくこと数歩で、小間使いが追いつき、言った。「主人が待っておりますので、お運びいただくことを願います。」主人が誰かと尋ねると、言った。「来ればおのずとお分かりになりましょう。」ゆくとまさに簾の中の人であった。しかしたがいに面識がなかった。女は冁然[85]として言った。「間違えました。」王がわけを尋ねると、言った。「わたしはもともと秦淮煙柳[86]の中の人で、商人に従ってこちらに来ました。商人が死にますと、一人で住んでいました。さきほど簾の隙からあなたを窺いましたところ、古馴染みの某さまとよく似ていましたので、下女に招かせたのですが、違っていたとは知りませんでした。」王はそこで辞して去った。女が置酒小飲して謝罪することを請うと、王は謝して言った。「もともと面識がないのですから、どうしてご厚意を煩わしましょう。」女は言った。「逢うときに古馴染みである必要はございません。萍水が逢うのは、まさに前縁でございます。あなたはすぐ閑遊し、わたしも枯坐し、杯酒をとって閑談すれば、やはり寂しさを破るに足りましょう。なんと堅物なのでしょう。」王は留まって酒を飲んだ。酒が半ばになると、盗まれたことに言及し、女が身の振り方を尋ねると、言った。「旅するものの懐は洗ったかのようで[87]、進退維(ここ)に谷(きわ)まっています。いささかの膏秣[88]の資金があって京師に入れば、輦下(みやこ)にはなお旧友がおりますから、なお力になってくれるかもしれません。」女は言った。「心配なさいますな。わたしは醜うございますが、なかなか湖海の襟懐(こころ)[89]を備えておりますから、かならず力を尽くしましょう。」酒が終わると、結局百両を出して贈った。王はそれを持って入京し、謀りごとはほんとうに遂げられた。再び訪ねれと、門庭はもと通りであったが、人面はどこにいるのか分からなかった[90]。

番禺の何桐嶼は、同治癸亥[91]初冬に、戚某がかれから洋銭五百枚を借りた。何はその人が昔二度借金したことがあり、いずれも期日通りに償っていたので、承諾し、証文を立てて歳末を期した。期日になっていって請求すると、某は訝って言った。「夢みていらっしゃるのでしょうか。それともお戯れなのでしょうか。すでにお返ししておりますのに、なぜまたお求めになるのでしょう。」胡は驚いて尋ねた。「いつわたしに返しましたか。」「十二月初三日に、洋銭を持ってあなたの家にいってお渡しし、あなたがわたしをとどめて小飲させてくださったのが、まるで昨日のことのようでございますのに、なぜお忘れになったのです。嘘だと思われますなら、お返しになった借用証はまだございます。」そこで取って何に示した。胡は言った。「この証文はまだわたしの篋に残っている。なぜ偽ってこれを作った。」某は言った。「あなたの借用証がなお残っているなら、どうかお示しください。」胡は家にいって調べてみると、篋に諸々の証文がすべてあり、この証文だけはなく、ただ諸々の証文の中に一枚の紙が混じっており、前に書いた証文とよく似ていたが、一字もなかった。そのことはみずからを釈明するすべがなく、ともに神前にゆき、鶏血を注いで誓いを立てたが、結局どうか分からなかった。これは墨書に代わる秘密の物があるのだろう。証文は時を経ると字が消え落ち、白紙となる。段成式の『酉陽雑俎』は江東の人が烏賊の墨を取って証文を書き、人の財物を騙し取ると称しているが、古にこのことがあったことが分かる。

落地開花炮[92]は、その砲弾が年を経てもなお炸裂することができる。農民で拾うものは、その封のところに金の皮があり、欲張ってその金を取ると、つねに命を失うことを致す。甲戌正月、上海瀏河鎮東洋子涇橋の鑷工(とこや)陳小弟は、新年に人に賭博で負け、まったく償うすべがなかった[93]。思うに同治元年七月に官軍が落地開花炮を放ち、砲弾がその地に落ち、陳小弟が土中に埋め、ひさしくその金を剥がそうと思っていたが、手を施そうとしなかった。今まで十三年を経、ひさしく土中にあり、かならず湿気を受け、かならず障りなかろうと思った。そこで掘り出し、斧鑿を用いて金皮を取ると、突然炸裂し、陳は頭と顔がともに焼け、左手は数里離れた楊の樹の上に懸かっていた。室内の一人の老婆、一人の童子は、すべて爆死した。兵事が起こって[94]以来、官軍は落地開花炮を用い、破竹の勢いであった。その砲弾の残留しているものが、いたるところにあり、得ることを願うものはこれを鑑とすれば、小利を貪って大害を致すまい。

上海の某甲は、津門で商売し、十年帰らなかった。かれの家には一人の妾と二人の娘がいるだけであったが、妾はもともと放蕩であったので、一人で空閨を守れなかった。長女はなかなか母の風格があり、母はかれに頼って金のなる樹としていた。まもなく人に従って逃げ去ったので、次女にその業を継がせようとしたが、次女は承知しなかったので、母は残念に思っていた。おりしも六十の翁が妾を買おうとしていたので、母は大金を貪り、次女を妾にした。わずか一年で、翁は死に、子はいなかったため、家産はすべて族人に瓜分され、娘は針仕事だけで自給した。母は言った。「人が世に生きているのは、微かな塵が弱い草にとまっているかのようなものなのに[95]、なぜみずからを苦しめる。ほかによい婿を探してやろう。」女は断髪して誓いを立て、結局心を変えなかった。梅禹金[96]に『青泥蓮花記』があるが、この娘のことだろうか。

李広元は、その郷里は分からない。妻ははやく亡くなり、二子を残し、長男は上朋といい、年は七歳、次男は上俊といい、三歳であった。李は鄭氏と再婚し、性質は陰険で、よく蠱惑し、前妻の子を見ること仇のようで、日々虐待を加えていた。たまたま鄭は子を産んで夭折したが、朋に驚かされてそうなったと言い、ますます虐待し、朋は結局死んだ。すると俊は突然癲癇の病を得、歌ったり、泣いたりし、まったく人らしさがなくなった。鄭は偽りだと思い、ためしに汚物を渡すと、食らいつくして難色がなかったので、廃疾者と見なし、相手にもしなかった。このようにすること数年、鄭が死ぬと、俊は突然自然に癒えた。父が怪しむと、俊は泣いて言った。「わたしの病は嘘だったのでございます。癲癇のふりをしなければ、とっくに継母の手で殺されていたでしょう。今、継母が死に、お父さまはまだわたしを憐れむ気持ちがあると察しましたので、事情を告げようとしたのです。」この子は童年でありながら韜晦して自らを全うでき、その徳慧[97]術智[98]は人よりはるかに勝っていた。

黄岡県易家阪に易翁というものがおり、夫婦二人で、老いて男子がなかった。三人の娘を産んだだけで、長女次女はいずれも人に嫁ぎ、若い娘だけが家にいた。翁が死ぬと、母娘はたがいに命と頼り、つねに娘を撫でて嘆いて言った。「おまえが男子でないことが残念だ。」年が十九で嫁いだが、夫の家はたいへん貧しかったので、つねに実家にいた。癸酉[99]十一月初十日、風雨がはげしく起こり、娘がたまたま門前に立っていたところ、狂風に巻いてゆかれ、母が探しても行方は知れなかった。三日後、突然みずから帰ってきたが、いったところを尋ねると、覚えておらず、下半身はすでに男と化していた。母はあまねく族人に告げて調べさせると、本当であったので、銭七十二千を出して夫に与え、ほかに妻を娶らせた。娘は釵が弁に変わったので[100]、王氏の娘を招いて妻とした。晋の定公二十五年、西山の娘が丈夫と化し、妻を与えると、子を産めたが、その事は『開元占経』が引く『汲墓紀年』に見える。だとすれば、このことは昔からあるのであり、驚くに足りない。

戴琴荘先生は福謙[101]といい、亡祖母戴太夫人の侄孫[102]で、わたしと同世代である。しかしわたしは幼い時にかれを招いて勉強を教えられたことがあるので、ずっと先生と称している。かれが臨平の孫氏で教師をしていた時、ある日路を歩いていたところ、新婦を娶るものがおり、彩輿[103]が通ると、先生は避けて路傍に立っていた。突風が轎の簾を掲げたので、轎の中を瞥見すると、白いこと霜雪のようであったが、一瞬の間で、じっくりは見られなかったので、心はたいへん驚いた。たまたま先大夫[104]に言うと、先大夫は言った。『それはきっとその日白虎[105]の凶星を犯していたが、おまえの文星[106]によって解消されたのだ。伝記にはこうしたことがたくさんある。おまえは後日きっとたいへん貴くなろう。」人々はみなそう思った。しかし、先生は道光丁酉[107]に郷試に合格し、二年後京師で客死したから、結局顕達しなかった。

安徽の玉溪口に、炮船[108]二隻が泊めてあった。某広文が眷属を連れ、小さな船に坐してその地を過ぎ、日暮れに泊まった。夜の太鼓が再厳[109]となると、炮船を統轄[110]する営官[111]が他の船に乗って出巡し、船の兵卒は小さな船へいって掠奪する考えを起こし、刀を持ってその艫に登った。広文は盗人が来たのを見ると、大声で炮船を呼んで救援させた。すぐ殺し、その一妻一男一女一僕、長年(ちょうねん)三(さん)老(ろう)も、すべて水に投じた。そして纜を断ち、流れに従って去らせた。営官が戻ると隣の舟が見えなかったので、尋ねると、人々は言った。「すでに綱を解いてゆきました。」営官は驚いて言った。「闇夜に江をゆけば、かならず事故があろうに、おまえたちはどうして阻まなかったのだ。」人々は言った。「阻んだのですが聴かれませんでした。」営官は几上に翡翠の条脱[112]が一つあるのを見、じっくり見ると隣の舟の娘の腕にあった物だったので、だまっていた。朝の太鼓が鳴ると[113]、統轄している[114]官に告げ、船中の兵卒を捕らえ、厳しく質して実情を知り、その首を竿に梟した。苜蓿[115]槃[116]の中に、よけいな物はなかったろうに[117]、扁舟が江(かわ)のほとりにいる時、なんと意外の災を受けたのである。本当に江湖の危険は、風波だけではない。

范某は年が四十で息子がいなかったが、一人だけ娘がおり、名を婉如といい、なかなか美しく愛らしかった。甥の李仙槎は、五歳で父を失い、母とともに戻っており、婉如と年が近く、おたがいに憐れんでいた。仙槎は性質が柔和であったので、范の妻も喜び、李郎と呼んでいた。仙槎の母は死にそうになると、泣いて范に言った。「わたしはこの子がいるだけですが、かれが妻を娶るのを見ないことが残念です。婉如はわたしが気に入っていますので、後日、他の家に嫁がせなければ、わたしは死んでも安心です。」仙槎が成長すると、范は千両を渡し、一割の利を営ませたが、仙槎は経営がうまくなく、数年で損失を出して尽きそうになった。范はそこで残念に思い、以前の計画を中止した。仙槎はそれを聞くと、薬を呷って死に、婉如も縊れて殉じた。范はたいへん悔い怨み、合葬した。

揚州の某甲は、一人娘を産み、年は破瓜で、なかなか美しかった。かれの東隣は某家の別荘で、某子は県の諸生で、その中で読書し、翩翩として若かった。女はしばしば園に入って花を採り、生と私通したが、女の父母はそれを知って用心したので、来なくなった。生は思慕することがきわめて切実であった。ある日、女はやって来ると、言った。「たいへんです。両親は配偶者を選んでくれようとしています。あなたがいそいで媒妁を来させれば、まだ間に合うかも知れません。」そう言うとすぐに去った。生が父母に告げたところ、始めは承知しなかったが、むりに話すと承知した。媒妁が言づてすると、女の父母は言った。「斉大はわれわれにつりあわない。」さらに女が生に私通したことを知り、後日舅姑に礼せられないことを恐れた、結局謝絶し、娘を他の一族と婚約させた。女は事が適わないことを知ると、阿芙蓉膏を服して死に、生は聞くとやはり自経して死んだ。両家の父母はいずれもたいへん悔い、結局合葬した。痴子蕩婦は、たいへん風化に反しているが、その事情は憐れである。これと前に記した李仙槎、范婉如は事が似ているが、かれははじめ約束があったから、情のために死んだということもできるが、義を守って死んだといってもよく、もとよりこのことに擬せられるものではない。

上海の北郷に黄某というものがおり、妻の李氏はなかなか美しかった。黄が貧しく自活できなくなったので、李に相談した。李は言った。「あなたは男でありながら、女にまで相談し、やむなく、わたしを売ることを願うのですか。わたしを妾にするなら百両、妓女にするなら千両になりましょう。」黄が承知しないでいると、李は言った。「それでは鵓鴿(はと)を放ちましょうか。」滬の風俗では、偽って妻妾を人に売り、隙を伺って逃げ帰らせることを、「鵓鴿(はと)を放つ」という。黄は従い、偽って兄妹となり、浦東[118]の曹氏に売って妾にした。三日足らずで、黄がいって訪ねると、李が現れたが、たいへん落寞していた。曹は黄をとどめて家に宿らせ、翌日、別れを告げようとし、李を促して出させ、別れを告げさせた。李ははじめは出てこなかったが、しばらくすると出てき、すこし語ると、にわかに声を荒げて言った。「わたしをこちらに売られたのに、わたしとともに逃れることを謀られますか。わたしはもはや帰る道理はございません。はやく去られなければ、わたしは主人に言い、縛って役所に送りましょう。」黄はたいへん苦しみ、よろよろとして帰った。鵓鴿(はと)は黄鶴[119]に化し、一たび去ってまた帰らなかった。これも鬼蜮[120]たるもののもとより測りしれないところである。

韶州[121]の李弼廷に娘がおり、松姑といい、年は十五であった。幼いときから仏を信じ、一骵の檀木の観音像を奉り、すでに六年を経ていた。父母は結婚を謀ろうとしたが、女は承知しなかった。父は言った。「これはひとえに仏を信じているからだ。」その像を毀とうとした。女はいそいで母に申し、像は毀てないと言い、父の命に従うことを願った。そこで程氏と縁結びした。女はそれから痩せて昔と異なり、医者が診ると、脾と肺がともに弱いと言った。ある晩、女が真夜中に起きて仏を拝しようとしたところ、何かが腕に触れたが、驚き訝っていると腕はすでに傷を受けていた。下女を呼んで照らさせれば、一匹の蛇がおり、長さは二尺ばかり、色は墨のようで、蜿蜓と榻を下って去った。父母は声を聞いて走っていってみると、蛇はすでに行方が知れず、女の傷ついたところをみると、蛇の歯がそのまま残っており、黒い気が縷縷としてまっすぐ腕の上に達していた。医者が来たが、治せないといって断り、夜明けに結局亡くなった。ある人は、女はもともと天仙の化身であり、人の世で婚姻するべきでなかったので、菩薩が潔い身のままで浄土に帰らせたのだと言った。ほんとうにそうなら、どうして病むことなく死なせず、蛇の口によって死なせる必要があったのか。これには夙怨があったのだろう。

閩中の黄生は、金持ちの子であった。年は十五六で、翩翩として璧人[122]のようであったが、突然狂疾を得、歌い、泣き、尋常でなく、みずからの汚穢を食らった。夜には火を放って家を焼き、家人は防げなかった。そこで山中に数椽の家を構え、住まわせ、強い僕(しもべ)に守らせた。しばらくすると、ますます憔悴して人のありさまではなくなった。かれが婚約していた林家の娘は、父母が婚約を破ろうとすると、それを承知せず、言った。「結婚しないうちに婿が悪疾に罹り、わたしの命(さだめ)は知れました。一人に従って終わり、けっしてほかのことは考えません。老いて閨房で死んで父母の厄介となるより、狂った夫といっしょに寂しい山に住み、いささか妻の務めを尽くせるほうがようございます。」父母ははじめ許さなかったが、言葉はますます堅かったので、その意志の通りにさせた。婿とともに山に住み、空腹のときも満腹のときも、寒いときも暖いときも、つつしんで看病した。ある日、ともに石に坐していると、突然、溪(たにがわ)から魚が躍り出てきたが、長さは二尺ばかり、その頭は犬のようであった。夫はすぐに取って食らい、娘はつとめて阻んでも聴かず、結局食らいつくしたが、一夜明けると病は消えたかのようになっていた。舅姑は聞いてたいへん喜び、呼び戻して結婚させた。『山海経』に「諸懐[123]の水に鮨魚が多く[124]、これを食らえば狂疾を治す。」という。黄生が食らったのは、もしやこれか。これはおそらく林女が『芣苢』[125]の歌により、幽明を感動させたのであり、この霊薬を得たのは、偶然でなかった。

杭州の顧茂才は、呉中に客となっていた。甲戌[126]の春、死んで蘇った。みずから言うには、死んだ当初、ただ飄飄として雲を凌いで昇るようであるのを感じ、にわかにふたたび降れば、やはり呉市にいた。青衣三人が、導いてあるところへいったが、それは蘇州府の城隍廟であった。神が出てきて、すこし質すと、すぐに「間違えた。」と言い、帰らせた。門を出るとすぐに、友人の徐某に遇ったが、呉中の諸生で、数年前に死んだ者であった。かれとともに玄妙観の茶寮[127]にいってしばらく坐し、顧が冥土のことを尋ねると、言った。「人の世と同じで、やはり時とともに変わる。人の世では盛んに十殿閻羅と伝えているが、これは唐が作ったのだ。唐は天下を十道に分けたので、冥土も十殿を設けたが、今は違う。道光以前は、冥官にはなお前代の遺賢がいたが、今はすべて本朝の顕官で、衣冠儀従[128]は、すべて今の制度だ。」茶が終わると、ゆっくりよそに去った。家の門に着くと、夢が突然醒めたかのようであったが、すでに死んで三日であり、胸がかすかに温かかったので、納棺せられていなかったのであった。調べると、唐の太宗は天下を十道に分けているが、開元二十一年にはさらに山南、江南を分けて東西道とし、黔中道を増設した。だとすれば唐が十道であった期間は長くなく、中葉以後、冥土も閻羅を増設するべきなのに、どうして相変わらず十殿だけなのか。冥官はいずれも近代の顕官だというにいたっては、理はもとより嘘でない。そもそも人は死ぬと幽鬼となり、人には賢愚がないことはできず、鬼にも善悪がないことはできず、人と幽鬼の中から聡明正直な人を選んで主管させるのでなければ、ひどく紛糾する。しかし世間に不死の人はなく、冥土でも散じない幽鬼はなく、そもそも精気はもとよりつねには存せないのである。夏(か)以前は、柱(ちゅう)[129]を祭って稷[130]としたが、商以後は、棄(き)[131]を祭って稷にし[132]、そもそも柱の神は滅んでいるのである。これは聖人が鬼神の情況を知っていたのである。以前、京師で許文恪公に会ったところ、公が言うには、ある人が病のために冥土にいったが、冥土の官吏を見ると、大半は知りあいで、音声と笑顔は、まったく生前と異ならなかった。わたしは言った。「だとすれば、生きているときに官職があるものは、死んでも官職がある。わたしなどは、生きていたとき閑散の人であったから、死んでも閑散の幽鬼となるはずだ。清風明月、ほしいままに遨遊するのは、やはり仙ではないか。」公は大笑いした。

滬上に流寓していた陳家の妻は、寡婦で、一人娘を連れていたが、たいへん美しかった。妻は某甲と密通していたが、甲は言った。「娘さんをわたしに娶わせてはどうだろう。わたしが妻の母親をも迎えても、誰がわたしを論おう。」妻はそのことを娘に語ったが、娘はよしとしなかった。妻は甲の言葉に惑わされ、結局娘を婚約させた。結婚しようとすると、娘はそのことを醜悪だと思い、縊れて亡くなった。妻は恥じて恐れ、すぐ引っ越し、この部屋にいるものは、かならず怪異を見たので、結局住もうとしなかった。思うに貞烈の魄(たましい)は、もとより滅びず、娘の貞烈が明らかになるほどに、母の醜悪は明らかになるものである。惜しむらくは、この趣旨を述べ、かれの怨みを消す人がいなかったことである。

湖北の荊門州[133]後港鎮[134]に田氏兄弟があり、いずれも狩猟を生業としていた。甲戌の初夏、隣村の李家台[135]で狩猟した。たまたま林下に休み、ともに夢みると、一人の老人が告げて言った。「午後、助太刀してくれ。」目ざめておかしいと思った。進んでゆくこと一里ばかりで、雷雨がはげしく起こり、走って荒れた廟に避けると、雷鳴はますます激しくなった。仰ぎ見ると、簷の下に物(もののけ)がおり、長さは二尺あまり、四つの翅があり、雷が落ちれば、黒い気を吐いて防いでいた。そこで思った。「夢の中で助けを求めていたのは、もしや雷神か。」銃を放って攻撃した。銃を発すると疾雷がにわかに来、兄弟はみな人事不省となった。雨が過ぎるとはじめて蘇り、眉毛と辮髪はそれぞれ焼けてすこしばかりなくなっていたが、あまり苦しくなかった。聞けば人が五里離れた茭尾郷で雷が一匹の蜈蚣を撃ち殺した、長さは二尺あまり、四つの翅があったといっていたので、あの物(もののけ)と知れた。

粤東の丁維勛は、滬上で商いし、妻王氏を娶った。年を越すとすぐ、丁は癆咳を病んだが、王はつつしんで介護していた。丁は自分が助からないことを悟ると、王にみずから生計を立ててはどうかと言ったが、王は死ぬことを誓った。翌日、病が革まると、また言った。王は言った。「なんと疑い深いのでしょう。」そしてほかの部屋にゆき、縊れて死んだ。丁はたいへん感嘆し、納棺しようとし、病を押して起きて拝し、まもなくやはり死んだ。この妻が夫の死ぬ前に夫に殉じたのは、速すぎたようであるが、その夫が再三生計をみずから立てるように勧めたために、死をもってみずから闡明したもので、これも田先生が人に命じて疑わせなかったのと同趣旨である。わたしは若い時に『秋胡婦』[136]詩を作って言ったことがある。「桑下にあひあふはもとより偶然、黄金ひるがへつて嬋娟をためすに似る。妾身(われ)田光[137]に学びて死せんと願ひしも、一へに人をして銭にあたひせずと疑はしむ[138]。」この妻もこの趣意であったのだろう。

上海の譚家橋[139]に宋家があり、ここに寓して年を経ていた。一人娘は年が十六で、なかなか美しかった。たまたま他のことで誣告するものがおり、女はみずからを釈明するすべがなく、縊れて死に、その柩を河原に置かれた。宋はすぐ維揚に引っ越し、女の柩は訪ねるものがなくなり、しばらくすると、河に陥没しそうになった。隣人の胡宝はもともと女が美しいことを慕っていたので、心の中で悼み、改めて高い阜(おか)に置いてやった。ふと夢みると、女が来て拝謝したが、姿態は活きているかのようであった。胡はたいへん喜び、引きよせると並んで坐した。絶命の際のことに言及すると、嗚咽して声にならず、ながいこと去らなかったので、ともに親しんだ。それから夜は来ないことがなく、胡はついに癆咳を病んで死んだ。この娘は怨みによって徳に報いたといえる。昔、伍員、伯嚭はいずれも宗族を覆滅せられたため、呉に亡命し、呉王はかれらのために仇に報い、恥を雪いでやった。その後、伍員が口を酸っぱくして反抗したのは、呉王に報いるためであったし、伯嚭が迎合附和したのも、やはり呉王に報いるためであった。伯嚭が、子胥の悻悻然[140]としていることを恩知らずと思っていたかは分からない。しかし伯嚭が呉王に報いたことはまさに呉王を亡ぼすことであったのである。この娘はもしやその類か。

揚州城外二十里に湾頭という地があり、ある晩、大雷雨があり、震動して一つの穴が開いた。翌日、人を集めて吊り下げて入れたところ、穴の中は空洞で大きな部屋のようであったが、たいへん大きな棺があった。人々は宝物があると思い、発いた。すると一人が偃臥しており、白鬚は腹に及び、容貌はたいへん偉大であった。一つの珠を頤(おとがい)から得、一つの剣を腰から得、取り出し、さらに入って探し求めようとしたところ、亡骸はすでに灰と化していた。棺の前から木片をきり出したところ、ぼんやりと「大業[141]」の字があったが、隋代のどんな人の墓か分からなかった。そのことは甲戌五月にあった。

太倉城の北十里地は毛市といい、許姓の染屋があり、その染職人はすべて句容、溧水の人であった。許は厳しく監督し、毎年一人だけ帰ることを許していた。その年は句容の陸姓のものが帰ったが、某職人と同県であったので、家に伝言することを頼んだ。陸が帰り、某が家のことを尋ねると、陸はしばらくもじもじとし、言った。「あなたを裏切ってしまいました。奥さんはながらくお一人でしたので、わたしをとどめて衽席をともにさせましたが、わたしは拒めませんでした。」某は信じなかった。陸は言った。「奥さんは腋の下に二つの黒子があって豆ほどの大きさでしたが、そうでしょう。」某は黙ってしまい、翌日、刃を懐にして逃げ去った。許は走って追い、すでに舟に添乗して帰った。某は家にゆき、門を叩くと、妻がいたので、斬り倒し、すぐ舅の家にいって事情を語った。舅はたいへん驚き、その子とともにいって見れば、妻はもとより恙なかった。先ほどのことを尋ねると、妻は茫然として言った。「わたしは主人が帰るのを見ておりません。」ともに驚いた。ふと見ると、崇めている観音像に刀の痕が数ヶ所あったので、そのわけを悟った。ともに羅拝していると、許が陸と連れだってき、陸はつとめて前言が偽りであったことを述べた。そもそも陸が某の家にゆき、妻が梯を登って屋上に曝してある醤を取って客をもてなした時、陸はひそかにその腋を窺ったので、それを見たのであった。一言の戯れで、人を殺すにいたろうとし、菩薩の慈悲がなければ、この事件に坐して死ぬ者は一人だけではなかったろう。

紹興の周某は、申、韓[142]家の言を習い、某県で幕僚をしていた。県には姦通によって夫を殺したものがおり、やはり旧族であった。死んだ者は美しい若者、年は二十余で、妻の年と近く、国色であった。奸夫は年は半百(いそじ)に近く、黒く、醜く、憎らしかった。官が妻を質すと、妻はひたすら俯いて涙を飲み、その指を締め上げれば、悲しんで死なんばかりであった。周はそれを窺って憐れみ、ひそかにそのわけを尋ねた。女は言った。「数年来、惘惘として夢のようで、まったく自分で気づきませんでした。夙業でございましょう。」周は言った。「しかし、おまえはか弱いたちだから、どうしてこれに耐えられよう、ひとまず認め[143]、ゆっくり一死を図るほうがよい。」そこで小さな盒子を挙げて示したが、それは阿芙蓉膏であった。妻も了解した。判決がなされようとし、周がぐずぐずして起稿するに忍びないでいると、妻は薬を呷って死んだ。そしてにわかに周の夢に現れて言った。「わたしは死んでも罪を償えませんので、さらに畜類に墜ち、碪礩[144]に命を終え、今世の罪を償います。三十年後、あなたが平陽の士人となれば、あなたの巾櫛に侍しましょう。」事は世を隔てており、証明できず、嘘でないかもしれないだけであった。その後果[145]を見、その前因を信じるならば、妻が夙業というのも、嘘ではあるまい。

上海浦東の張老達は、先祖はもともと多田翁[146]であった。老達は性質が吝嗇で、みだりに一銭も用いなかった。病が篤くなると、弟と子に命じて先祖の財産を二つに分け、それぞれその一を得させた。室内には銀が一篋あったが、老達がその手で貯蓄したもので、封識[147]は厳密であった。この時になってかれの妻に開くように命じ、分配について相談しようとしたところ、老達はすでに亡くなっていた。みなが驚いていると、突然、篋の銀錠が風に任せて飛び去ったので、あらそって起きて打ったが、蝶が蹁躚としているかのようで、捉えられなかった。たまたま一二を得れば、すぐむなしくなり、まもなく、篋の銀は烏有となった。そこで守銭奴となるのにもまさに福が必要であることを悟った。張老達は用いられなかったが、なお守ることはでき、かれの子や幼い弟は守銭奴になろうとしたができなかったのであった。

慈溪の北郷に葉姓のものがおり、甲戌五月に一男を産んだが、人身虎面であったので、驚いて野に棄てた。隣人がいってみると、まだ死んでいなかったので、祈って言った。「おまえが三たび泣けば、おまえを抱いて帰ろう。」子はほんとうに三たび泣いたので、抱いて帰った。翌日、郷党がみな集まり、あらそって取って見た。葉のために惜しむものがおり、葉も悔い、青蚨一貫で子を贖った。夜が明けると、子は結局死んだ。野で死なず、隣家で死ななかったのに、育てられなかったのは、なぜなのか分からなかった。

宜興山中の趙姓のものは、毎晩火鉢に火を絶やさず、炭をその上に加え、翌日の用に供していた。とある晩、炭火がすべて床に撒かれており、毎晩すべてそうであった。伺えば、一本足の鬼が火鉢を俯いて窺っており、笑いながら撒いていたので、人々が起きて打つと、一跳びしてすぐに去った。ある人は、これは山魈で、爆竹を恐れると言った。そこでかれが来るのを伺い、爆竹を燃やして投げた。鬼は驚いて倒れ、人々は入って捕らえ、その足の傍らで一つの鼗鼓[148]を得た。鬼は黒く醜く、まったく能力がなかったが、ひたすら叩頭して憐れみを乞うありさまをなしていた。ある人が飲食を与えると、恐れてあまり食らわなかったが、棄てた鼗鼓を示せば、喜んで笑った。とりあえず与えたところ、手に入れるとすぐ大笑いし、足を動かして一躍し、たちまち逃れ去った。『抱朴子·上篇』に「山精形小児のよう、一本足は後ろに向かい、夜に人を犯すことを好み、魈という。その名を呼べば、犯せない。」とある。この鬼の姿は、山魈であることは疑いないが、持っていた鼗鼓は何のためなのか分からない。

呉中の銭氏の下女は、城外のある農家の倅に嫁いだ。その地にはいわゆる清明山太太というものがおり、太湖の黒魚の精と伝えられていた。突然、下女に憑き、前生では姉妹であったので、訪ねてきたと言った。口で北音を操り、清澄で心地良かった。その後、数日にかならず一度は来、三十余年を重ね、下女だけがかれを見た。ある人が下女に尋ねた。「太太はどんなありさまなのですか。」「年は三十ばかりで、年を経ても、老衰していません。わたしは今よぼよぼで日々たいへんでございますが、太太は相変わらずはじめて会った時のようでございます。」銭氏の旧主は下女を山に入ってお参りさせ、ならびに僕(しもべ)の阿勤に命じて従わせ、その異変を窺わせようとした。門を出るとすぐ、下女は身を躍らせて鞍に跨る動作をし、さらに手を挙げて鞭を振る動作をし、その歩みはたいへんはやかった。阿勤が追っても及ばなかった。帰って尋ねると、言った。「太太はわたしが跋渉に堪えないことを憐れまれ、僕と馬を迎えにこさせたのでございます。」下女にはほかに異常はなかった。山中にはまったく神祠がなく、空き家に一几一椅があるだけであった。後に村人は男の塑像を作り、さらに「飛虎城隍」の名をつけた。聞けば高伯足が呉県の知事となったとき、それを禁絶したという。

呉中の某甲は、行商して滬上にゆき、たまたま狭邪の遊びをし、一人の妓女を気に入った。酒が闌けた後、客を送るときに引き止め[149]、同夢を歌おうとした[150]。たまたま家系と住所を尋ねれば、乱の最中にいなくなった幼い娘であったので、顔色をすっかり変えた。妓女が尋ねると、本当のことを告げた。妓女は大声で泣き、父は手を振って声を出すなと戒めた。「ゆるゆる落籍することを考えてやろう。」そして悤悤[151]と辞して去ったが、所持金は乏しく、どうして娘を贖う資金を得られようと思った。娘が零落していることは忍びなかったが、輾転しても策がなく、結局、阿芙蓉膏を服して死んだ。この人はすでにその娘に会い、助けることを考えず、身を殺したのは、無策の甚だしいものともいえる。」

粤人某甲は、滬に遊び、紫鵑という妓女を好み、落籍し、連れ帰り、ともに老いようとしていた。にわかに某が訴訟して家が破産すると、鵑はみずからを平康[152]に売り、その資金で処置し、訴訟ははじめて解決した。鵑はふたたび青楼に入り、鬱鬱として楽しまなかった。甲はしばしばいって慰め、ふたたび落籍してやろうとしたが、資金がないことに苦しんでいた。そこでまた滬にゆき、旧友から集めようとしたが、しばらくしても集まらなかった。鵑は粤にいて、朝晩待ち望んでいた。突然、甲はすでに滬で亡くなったと伝えるものがいたので、阿芙蓉膏を服して死のうとしたが、仲間が気づき、救うと蘇った。そのことが、噂せられて滬に達すると、人々はみなかれを義とし、甲を助けて帰らせ、破鏡は再び円くなった。この娘が、嫁いだ雲英[153]でありながら、車を下りる馮婦[154]となったのは、惜しいとせざるをえない。しかしもともと妓女であったので、不貞として責められない。さらにかれがみずからを売ったのは、夫の訴訟を解決するためで、ふたたび風塵[155]に入って死ななかったのは、かれの夫が贖うのを待つためであった。かれの心はもとより一日も夫を忘れていなかったのであった。ながく美徳を称え[156]、やはり貞烈として許してよい。

最終更新日:2011年10月29日

右台仙館筆記

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