第六巻     

　　多官

　　多官は、閩の莆田の人で、襁褓の時に親を失い、嫂の鄭氏に乳を頼っていた。長じて美しくなり、兄嫂はみな愛していた。兄は遠方へゆく商人で[1]外出しており、年を経て帰らない時もあった。嫂はつねに実家に住み、義弟を連れていったが、家を出て外傅[2]に就かせた。県に葉先生がおり、生徒を家で教えていたが、多官はそこへいって学んだ。

　　江西の陳仲韶は、貴公子で、年が十八で、郷試に合格した。兄は閩で官となり、連れ合いを失ったので会いにいった。途中莆田を出て雨に降られ、道で多官に会い、心を奪われ、輿を下りてついていった。多官が振りかえると、かれは鮮やかな衣を掲げ、粉靴[3]を引いて泥濘を走り、様子は狂っているかのようであったので、心のなかでたいへん訝った。仲韶は結局かれの家についていったが、残念なことに入れなかった。隣家に尋ねると、多官が書塾から帰ってき、かれの嫂の家にいったことをはじめて知った。

　　仲韶は兄の官署にゆくと、その男寵京児と謀って多官をものにしようとした。京児は言った。「遊学することをお兄さんにお願いされてはいかがでしょうか。承知すればうまくゆきましょう。」兄は喜んだので、仲は莆田の知事に頼んで手厚い贈り物[4]を葉に納めさせた。葉は公子の礼をもって教えたが[5]、先達であることを知らなかった[6]。仲はあまねく同学に会い、多官は出てきて会い、しばらく愕然とし、心のなかで客が自分のために来たことを知り、それからけっして交際せず、ひたすら戸を閉ざして読書していた。一か月しても、結局好意を告げるすべがなかった。

　　ある晩、多官が呻く声が聞こえたので、見ると、病牀に臥し、葉は医者とともに来てかれの脈を診て言った。「虚怯[7]で飛びそうになっており[8]、人参四両でなければ治せません。」葉はそれを聞くと、かれを送り返そうとした。仲韶は勃然として言った。「かれは家が貧しいから、どうしてこれを調達できよう。帰っても[9]死ぬだけだ。」すぐ篋を開いて金を出して医者に授け、さらに葉に語って言った。「なにかあればすべてわたしに任せろ。」そしてみずから湯薬を捧げ、衣帯を解かないこと半月あまりであった。多官はまもなく癒え、深く仲韶を徳としたので、交際はたいへん親密になったが、けっしてふざけた顔はしなかった。

　　仲は付け入る隙がなかったので、さらに京児に謀ると、京児は言った。「あのかたが公子に感謝していることは分かっておりますが、公子を愛しているかは分かりません。病んだ振りをしてお試しになるとよいでしょう。」その言葉通りにすると、多官は来、やはり仲の自分の病に侍した時のようにした。京児は医者に賂して偽って言った。「薬に人の臂の血を加えれば、病ははじめて治せましょう。」京児に命じると、京児はわざと嫌ですと言った。多官は傍らで黙っていたが、人気のないところへゆくと、血を流し、薬に混ぜて勧めた。仲はそれを知るとたいへん喜び、それから心を動かせると思った。たまたま兄が推薦を受けて[10]入京し、仲を招いてともにゆくことになったが、多官はそれを聞くと、夜に仲の部屋にいって言った。「以前公子がお金をはたいてわたしを生かしてくださったのは、わたしを愛していたからではございませんか。今は去られる日が近いですから、義として公子に負くに忍びません。どうか三日のよしみを結んでください。この身を守って待つことを誓いましょう。」すぐに仲のところに宿ること三日で、仲は去った。

　　葉には淳という甥がおり、性は淫悪、たいへん膂力が豊かで、多官が美しいのを慕い、かれと親しもうとしたが、叶わなかった。ある日、仲韶の使いが来、多官は来信を案頭に置き、外に出て仲の起居を尋ねた。淳はひそかに入り、仲の手紙に親愛の言葉が多いのを見ると、喜んだ。「脅せるぞ。」多官が来ると、手紙を袖にして示して言った。「陳公子に従って、どうしてわたしに従えないのですか。」多官ははじめ拒もうとしたが、その後、手紙があっては、その形跡を消せないだろうと思い、偽って笑って言った。「わたしに手紙を返せば、今晩あなたに従いましょう。」淳は喜び、手紙を返して外に出た。多官はそれを焼き、二通の手紙を書いたが、一つは仲に別れを告げるもの、一つは嫂に告げるもので、篋に収めると、すぐに佩刀を取ってみずからくびきった。嫂は知らせを聞いて来、篋を開いて手紙を見つけると、その事を訴えた。淳は獄中で病死した。

　　仲韶は帰り、遺された手紙を見ると、嘆いて死にそうになった。かれの義に感じ、再婚しないことを誓った。ある晩、夢みると多官が来て言った。「わたしのためにあなたの祭祀を廃することはできません。あなたが娶れば、わたしはあなたの跡継ぎになりましょう。」それに従うと、ほんとうに一子を挙げたが、眉目はきわめて多官に似ていたので、喜多と名づけた。

　　これより前、京児はともに謀った時に言った。「多官はほんとうに美しいですが、眉目の間に英気[11]がたいへん濃く、よければ忠臣烈士となれますが、天寿を全うしないことを心配するばかりです。」後にほんとうにその言葉通りになった。

　　祈夢[12]二則

　　宜興[13]の士人が、若い時、于忠粛廟[14]にいって祈夢した。夜、夢みると、神の傍らの�p隸が来、かれの臂を摩ってともに親しもうとしたので、士人は怒り、大声で叫んで目醒め、忠肅は部下を抑えることができず、どうして敬うに足りようと思い、あまねく親戚友人に告げた。後に士人は進士となり、湖広龍陽県に選ばれ、十余年して、任地で亡くなった。

　　趙笠亭が墳で祈夢し、夢みると少保[15]が几に拠って坐していた。机上では燭が二本燃やされ、上に緑の字があり「冠冕南極に通じ、文章上台[16]につらなる」の二句が書かれていたので、たいへんな吉兆であると思った。後になんと病で亡くなった。殯しようとし、門弟たちが連れ立って供物を捧げ[17]、宴を設け[18]、宗廟を祭ったが[19]、その宴席の前に燭二本があり、緑の字で書かれていたのは、まさにこの二句であった。

　　幽鬼が衝かれて散じると合わさることがきわめて難しいこと

　　紹興の傅長純[20]は、胡撫軍宝瑔[21]の官署に住んでいた。ある日、胡は堂を出て事務を処理しおわると、来て幕中の諸友に告げて言った。「堂上に坐していると、�p隷がにわかに後ろから来た。門に入るとすぐ、にわかに一人の幽鬼が走り出てき、�p隷にあたり、�p隷は突き倒された。その幽鬼は四肢がすべて散じて地に落ち、目、口、鼻、手、足、腰、腹は剥いで開いたかのようで、蠕蠕[22]として動けた。しばらくするとだんだん繋がり、さらにしばらくするとふたたび起きて去った。」胡が見たところ、�p隷の気はたいへん盛んで、幽鬼はあやまって当たってその気に捕らえられたので、避けることができずに倒れたのであった。かれが倒れた時、�p隷はまったく気づかず、傍らの廊下には幽鬼がいたが、多くは笑って進みでなかった。

　　石板の中のあやかし

　　桐城の朱書楼[23]はいった。かれの父は昔巣県に住み、かれの家から一里ばかりに、山があって険しく、人跡を通じなかった。ある日、佃戸が来て知らせた。「山上で木魚の音が響いていますが、ずっと僧が往来するのを見ませんので、どうか探ってみてください。」かれの父は佃戸数十人を率い、荊を切りひらいて登った。見ると山頂の石洞の中に老僧がいて蒲団に趺坐し、木魚を敲いて念仏していた。そこで尋ねた。「どこから来た。」僧は答えなかった。そこで尋ねた。「斎食を求めるか。」「わたしは穀断ちして多年であるから、斎食は必要ない。」そう言うと、目を閉ざして坐した。人々は驚いて山を下った。

　　朱が帰ってその母に告げると、母は言った。「それは神僧だ。わたしは金五百を貯えてあるから、おまえは仏閣を山上に建て、その僧を養え。」朱はそこで人々を率い、匠を集めた。僧はたちまち洞窟を出て立っているところを指して言った。「この下に石板を見れば、けっして軽々しく動かすな。動かせば妖(あやかし)が出よう。」人々は信じず、石の下に埋蔵金があるかもしれないと思い、僧がいない時に乗じて、力を合わせて掘り起こした。するとたちまち黒い気が天を衝き、飛ぶ砂に目は翳み、僧はいそいで洞窟を出て言った。「妖(あやかし)はすでに逃れ、わたしの言うことを信じなければ、人に祟るようになりますが、どうしましょうか。」

　　工事が終わらないうちに、ほんとうに方家の家僕が二人の女妖に纏いつかれて死にそうになった。かれの主人はあたふたとして来、僧に告げて救いを求めたので、僧は山を下りて祭壇を設け、七星燈[24]を立てた。呪してしばらくすると、両袖を一揮いし、空に向かって怒鳴った。「おまえは幽閉されてひさしいが、野性はまだ残っているから、はやくわたしについて山に登って修練しろ。」その晩、方家は安らかになった。その後、山に登ったものが見ると、つねに僧の傍らに二人の美女が侍立しており、巻物を持って香を焚き、丰姿綽約[25]としていたので、人々は異常だと思った。このようにすること六年であった。

　　ある日、僧は朱を招いて言った。「わたしは号を大容といい、かつて異人に遇って指示されて出家した。今、道行[26]はすでに満ちたので、明日すぐに飛昇しよう。二人の妖はすでに仏法に帰依し、おのずとほかの所にいって修行するが、方家になお前世の罪があり、わたしが遷化した後、かれらに七日お供えし、この事案を帳消しにするべきだ。」翌日になると、僧は火を挙げてみずからを焼いたので、二人の娘はふたたび方家に来、奴隷の体に憑いて酒食を求め、言った。「わたしはすでに千年劇を見られていない。わたしに劇を七本演じられれば、わたしははじめて和尚の顔を立て、おまえを許すのに甘んじよう。」方は従い、演じおわると寂然とし、正庁の卓上に紅い帖子一枚だけが留められ、「嫣紅環翠戯に謝す」の六字が大書せられていた。

　　僵屍(キョンシ)が財を貪ること

　　金陵の張愚谷は李某と親しく、ともに広東で品物を買った。張は用事があって南へ帰り[27]、李は家書を持ってゆくように頼んだ。張は帰った後、手紙を李家に届けたが、見ると棺が堂にあったので、李の父が亡くなったことを知り、供物を設け、儀式を行ってやった。李家はそれを徳とし、かれの妻が出てきて会ったが、年はわずか二十余で、貌はたいへん妍雅[28]で、食事を設けて張をもてなした。時に日が暮れていたので、張を留めてその家に宿らせたが、宿った所は柩を留めている所とは一つの中庭を隔てていた。

　　夜の二鼓になり、月光はたいへん明るく、見ると李の妻が奥から出てき、窓の隙間から窺っていた。張は愕然として、男女の嫌疑がある時に、このようにするべきでなく、もし門を推して入ってくれば、色を正して拒もうと思っていた。まもなくその妻は手に一炷の香を持ち、その舅の霊前に向かって喃喃然と訴えているかのようであった。訴えおわると、ふたたび張が泊まっている所にゆき、腰帯を解いてしっかりその門の鉄環に縛り、ゆっくり歩いて去った。張はますます驚き訝り、牀に登って就寝しようとしなかった。

　　突然、棺をとどめているところで豁然と音がし、棺蓋が地に落ち、一人の男が起き上がったが、顔色はか黒く、両眼は凹み、中に緑の睛があって閃閃とし、獰猛であること異常であった。大またで走り出、ただちに張のところに走り、一声鬼嘯[29]すると、陰風は四方に起こり、門上に縛ってあった帯は瞬時に寸断せられ。張は力いっぱい門を塞いだが、力は結局敵せず、屍は一衝きして入ってきた。さいわいその傍らに大きな木の櫥(たんす)が一つあり、張は櫥(たんす)を押して屍を遮り、櫥(たんす)は倒れ、まさに屍の身を圧し、屍は櫥(たんす)の下に倒れ、張も昏倒して目醒めなかった。

　　李の妻は異変を聞き、家丁を率いて燭を持って走ってき、姜湯を飲ませて張を目醒めさせて告げて言った。「これはわたしの舅で、もともと行いが正しくなく、死後僵屍(キョンシ)に変わり、しばしば出てきて祟っていました。性質はきわめて財を愛しており、前夜わたしの夢に現れて言いました。『手紙を届ける人張某がわたしの家に来るが、身に二百両を帯びているので、かれを殺して取ろうと思う。半分をわたしの棺の中に置け。半分をおまえの家にやろう。』わたしは妖夢と思い、その言葉を信じませんでした。ところがあなたはほんとうに来てこちらに泊まられましたので、わたしは香を焚いて祈り、かれが悪念を萌さないように勧めたのです。かれが門を推してあなたを害することを恐れましたので、帯で門環を縛りましたが、幽鬼の力がこのように強いとは思いませんでした。」そこで家丁とかれの屍を担いで棺に入れた。

　　張ははやく火葬し、その妖(あやかし)を断つように勧めた。言った。「ひさしくその考えがございますが、舅でございますので、心に忍びず、今は俗に従わざるを得ません。」張は法事をする費用を助け、名僧を招いて済度して焼いてやり、その家ははじめて安らかになった。

　　黄鼠狼(いたち)が紙衣を着けて小将と呼ばれること

　　李半仙は、奉天の人で、その師黄某は、わが杭州の方伯[30]国公棟[31]の壬戌[32]の房師[33]であった。かれは通州の牧となり、きわめて慈悲深かった。上司はかれが賊をほったらかしにし、民に禍していることを弾劾し、奉天に派遣した。かれは生徒に勉強を教え、半仙を見ると言った。「おまえは道を伝えられる。功名[34]の中の人でない。」半仙は叩頭して命に従った。かれに北斗を四十九日拝させ、書一巻、剣一口を授けて、邪を祓って病を治せた。黄公は毎年滇にゆき、万里を往来することたいへんはやかった。期限が満ちると帰らせ、最期を知らず、思うに道術がある者であろう。李君は毎年一度京師にゆき、国公の宅に住んだ。しばしばかれが鬼神を使うのを見たが、たいへん験があった。

　　ある日、狐仙に招かれて宴に赴き、豚羊鶏鴨等の肉を設けてあったが、すべて味付けがなく、塩や醤を下さず、左右に侍立して盤饌[35]を捧げているのは、すべてたいへん大きな黄鼠狼(いたち)で、人立して紙衣を着ており、「黄小将」といい、主人だけは狐でありながら人の姿で、綢緞を着ていた。李は怪しんで尋ねた。言った。「おまえたちは福が薄いので、紙衣を着るべきだ、一綢を着ればやみ、一緞を着ればすぐ死のう。今日お招きしたのは、求めがあるからである。わたしたちの子孫にはつねにおもてで無作法なものがいる。祈る法師がこれらの事にあうことがあれば、文書でわたしに告げ[36]、わたしは家法で処罰させますので、どうかかれらの命を傷つけないでください。文書があれば、紫禁城の角[37]の城壁の下で焼き、『黄小将』と三声呼びば、わたしはすぐに受け取りましょう。」李は唯唯として出た。

　　癆咳を患って怨霊に纏いつかれているものがいたので、半仙が祓ってやった。それが妖魅で、祓っても去らなければ、法術を施して斬るのであった。米一斗を用い、剣を中に挿し、符を焼いて呪を誦えれば、剣はみずから飛んで舞い、門柱を斬り、怪しい毛があって　絨絨然[38]としていたが、八寸余を切った。病人は安らぎを得、李はすぐ辞して去り、ずっと謝礼を受けなかった。

　　徐明府の幕中の二事

　　徐公は名を振甲[39]といい、はじめ句容[40]の知事をし、仲姓の親戚が刑名の事を掌っていた。句境はすべて山で、雉、兔、獐[41]、狍[42]の類を産し、毎年猟師を招いて捕らえて上司に供え、土物[43]にしていた。徐公はある日猟師を招いて役所で銃を放ってみると、轟然として響き、仲姓は色を失い、隠れ場所に避け、息を潜めて動かなかった。晩になり、探したが見つからず、人を遣わして城を出て追わせ、まっすぐ省城にゆかせると、ある小さい庵の中に逃れて隠れていた。署内の人は多く仲はもともと女狐が生んだものであるからだと言った。

　　後に徐は清河に転任し、省に赴いてわたしを訪ね、酒宴にとどめ、わたしに語って言った。「わたしの幕中の諸友[44]は男寵を持っていることが多く、家人たちがかれの寵童の意に背くと、幕友はすぐ辞して去ろうとし、この些細な事によっておおいに対応を費やします。この風がたいへん盛んになりますと、署内の犬どもがそれに倣い、二匹の雄がつがうことを致しましたが、ほんとうにおかしなことでございます。」座中の広文[45]孫公が言った。「これはどうして驚くに足りよう。わたしの家の牝鴨と牝鶏が、つねに雌雄のつがう動作をするのは、さらにおかしい。」

　　ともに硫黄を服して効果はそれぞれ異なること

　　硫黄に毒があることは、人人が知っていることだが、服して健康長寿であるものがおり、疽が背、頚に発して死ぬ者があった。禍福がたがいに異なるのは、各人の体質がもとより同じでないことによる。本朝の托冢宰庸[46]は冬至の日に雪を齧り、氷を飲んだが、その寒さを知らず、陽臟[47]なのでもとよりそうなのだとみずから称していた。尹文端公[48]は厳冬に貂帽[49]を戴かず、戴けば大雪の中でも汗が出ること雨のようであった。宋夏英公[50]は鐘乳、硫黄を服し、たまたまこの二つのものを離れれば、手足は氷のようになっていたが、ほんとうに不可解であった。杭州の王画師林[51]は硫黄を常服し、しばらくすると毛孔の中からつねに小さい泡、青い煙一筋がにわかに起こり、ただちに噴出したが、すべて硫黄の臭いであった。話によればその毒は毛孔の中から出れば、ほかの患いはなく、今でもその人は高齢で、結局恙ないという。

　　夜航船二則

　　杭州の夜航船[52]は、夜に百里をゆき、男女は雑踏し、中は板で隔てられていた。仁和の張姓の若者は、性質が佻㒓で、風流(いろおとこ)をもってみずから任じ、船に乗って富陽にゆこうとしていた。板の隙間を窺うと、若い美人がかれに向かって笑っているかのようにしたので、張は自分に気があると思った。夜、三鼓まで眠り、旅人たちが熟睡すると、仕切り板が突然開き、人が手でかれの下半身を摩った。若者は望外のことに大喜びし、その陰(へのこ)を立てて摩らせて、いそいで手を伸ばしてかれを摩ると、娘のようであった。そして身を這わせて入り、たがいに一言も通じず、雲雨の楽しみを極めた。鶏が鳴く時、若者が起きて船倉を過ぎようとすると、その娘はしっかり抱えて離さず、若者は自分を愛していると思い、ますます綢繆とした。

　　空がだんだん明けると、その娘の頭の上が蕭蕭たる白髪であるのが照らしだされたので、はじめてたいへん驚いた。女は言った。「わたしは街頭の乞食婆で、今年六十あまり、夫がなく子がなく親戚がなく、身を寄せるところがないことを憂えておりましたが、昨晩あなたに愛されました。俗に、『一晩の夫妻百夜の恩』と申しますから、あなたは今やわたしの夫で、この身を頼ることを願い、一分一文の結納も求めず、相公に従い、粥があれば粥を食らい、飯があれば飯を食らうのは、いかがでしょう。」若者は切羽詰ったので、人々を呼んで救いを求めた。人々はともに起きて喜び笑い、若者に十余両を報いることを勧め、老婆ははじめて若者を放して船倉に戻らせた。かれが若い美人を見返ると、やはり若者に向かって大笑いした。

　　柴東升先生[53]は夜航船に乗って呉興にゆき、船内の老若十五人は、船は小さく、客は多く、押しあって臥すことを免れなかった。真夜中、突然一人の陝西訛りのものが大声で罵った。「こわっぱめ、無礼な。」一人を捕らえて痛打し、叫んだ。「わしは今年五十八歲で、ずっとこの営みをしなかったが、今、お前がわたしの熟睡しているのに乗じて陽物をわしの肛門の中に挿し込んだので、わしは痛みを受けて目ざめたのだ。わしは父母の遺体を傷つけられ、死んだら祖宗に会えない。信じられぬなら、わたしの両の臀をご覧あれ、このものがなすりつけた唾はまだ淋漓として乾いていませぬぞ。」殴られているものは寂として一言もなかった。

　　柴と旅人たちはいっしょに火を打って起きて坐し、宥めてやった。見ると若者は顔じゅうに恥じらいの色を浮かべ、老翁に拳でその鼻を傷つけられ、血は流れて船倉に満ちていた。柴は尋ねた。「翁はどんなご職業ですか。」「わしは陝西同州[54]のもので、子供を教えることを生業とし、半生理学を講じ、袁了凡[55]の功過格[56]を行い、今まですこしも淫しようとする念を起こさなかったのに、どうしてこんな悪報を受けたのか。」柴先生は笑って言った。「翁は功過格を行っていらっしゃいますが、人の急を救えれば、それも一功でございます。この人を殴り殺せば、大きな過ちです。わたしたちは無礼者を捕らえ、翁に叩頭させ、罪を認めさせ、それぞれ銭二百を出して酒と肉を買って水神を祭り、翁のために懺悔させるのはいかがでしょうか。」翁は承諾し、はじめて若者を許した。

　　夜が明けると、旅人たちは集まって笑いながら飲むことを勧め、老翁は上座に坐しておおいに食らい、殴られたものはうなだれて飲まなかった。ほかに若者がおり、くすくす笑ってやまず、装束は劇団の小旦[57]に似ていたので、人々はかれが夜間に交歓することを約したものが、この人であったことをはじめて悟った。

　　盛林基

　　乾隆四十一年[58]、楽安県民の盛林基は、年は三十二歲、家に一母一妹がいた。とある日、菜切り包丁でかれの母妹二人の頭を断ち、高々と机上に置き、香花燈燭を買って供えて祭った。かれの隣人たちが驚いてどうしたのかと尋ねると、笑って言った。「かれら二人をたいへんよい所に送っていって仏とならせたのです。わたしは孝道を尽くしたにすぎません。」総甲[59]がお上に知らせて来て調べさせると、坦然と出迎え、供述は隣人たちに答えた言葉と同じであった。官は王命によって凌遅することを願うと、その人は笑みを浮かべて死につき、やはり一言もなかった。隣人によれば、「この人は平時母を待遇する時、たいへん孝道を尽くし、妹ともたいへん睦まじかった。」ということであった。

　　趙友諒が宮刑になった一件

　　趙成は、陝西山陽城内の人で、もともと無頼で、老いてますます悪辣であった。かれの子の妻を奸淫しようとしたが、妻は従わなかったので、刀を持って迫ったところ、妻はやむをえず従ったが、心のなかでは結局願っておらず、ひそかにかれの子友諒と謀って遠いところに移って避けた。かれの親戚牛廷輝は、某村に住み、城から三十里であったので、かれの村にゆき、向かいの山に家を築いて住み、たがいに面倒をみあっていた。

　　一月あまりして、趙成は知らせを得[60]、追ってゆき、食物も持っていって牛廷輝に挨拶した。牛は食事を設けてもてなし、隣人たちはすべて集まった。席上、客の厳七は、牛といたって親しかったので、牛の近況を尋ねた。牛は「商売はよくなく、二頭の驢馬を売って銀三十両を得たが、十両で米を買い、家を修理したので、家に二十両が残っているだけだ。」等といったことを告げた。趙成はかれの嫁に通じようとしたが、友諒が傍らにおり、手を下し難いことを嫌に思っていた。そして隣人の孫四がなみはずれて凶悪であり、さらに膂力があり、村じゅうの人が恐れてあることを知ると、いっていっしょに牛廷輝を謀殺し、かれが遺した金を分けようとした。孫四ははじめ承知しなかった。趙成は言った。「わたしの嫁はたいへん美しいから、おまえがわたしを助けて牛廷輝を殺すことができれば、禍を友諒におしつけ、友諒が処刑されれば、わたしはすぐに嫁をおまえに娶わせるから、一人で十両を分けるにとどまらない。」孫四は心が動き、結局、気前よく牛を殺すことを自分の任とした。

　　その夜、趙成とともに刀を持ってまっすぐ牛家に入り、友諒は形勢がよくないのを見、山洞の中に逃げ込んだ。孫、趙の二人は、なんと牛氏一家夫婦子女を殺しつくし、お上に知らせにゆき、友諒が殺したと言った。県官の路学宏[61]はいそいで使者を遣わして捕らえにゆかせたところ、友諒は山洞の中に隠れており、形跡が疑わしかったので、拷問した。友諒はその父のことを証言するに忍びず、拷問にも耐えられなかったので、痛哭して誣服した。しかし牛家を殺す刀は、もともとは孫四の家の物で、趙家にないものであった。何度も刀を隠したところを供述したが、見つからず、路は凶器が見つからなかったので、結局確かな供述ではなく、何度も審理し、時間をとり、宴席で酒を飲んだ隣人たち十余人も累が及んで家産は空しくなった。

　　ある日、捕り手が趙成を連れてさらに尋問していると、成は事件が決着することをひそかに喜び、跛の驢馬に乗りながら高歌した[62]。かれの嫁はかれを見て罵った。「俗に『虎は凶悪だが子を食らわない。』ともうします。おとうさまはみずから人を殺し、息子に禍をおしつけ、ご近所さまを巻き添えにしても、楽しく高らかに歌を唱われるのですか。『一人で事をなせば一人で責任をとる』もの[63]、天地の鬼神はおとうさまを許しましょうか。」趙成は顔は紅らみ、口は黙した。捕り手はそのことをいそいでお上に知らせ、官ははじめて趙成を追及した。はじめは認めなかったが、毒煙を焚いてその鼻を燻すと、はじめて事実を告げた。

　　法律に拠れば、一家五人を殺したものは、やはり一家五人で償わなければならなかった。按察使秦公と撫台某はその子の孝を憐れみ、事件を上奏する時に夾片[64]を加えてその事情を述べてやり、上諭を奉った。「趙友諒は事情は憐れなようであるが、趙成はたいへん凶悪であり、これらの者にどうして子孫を持たせられよう。趙成は凌遅処死とし、その子友諒は宮刑を加え、百日が満ちた後、黒龍江に流罪とせよ[65]。」

　　屍を換えて怨みが雪がれること

　　京師順承門外で甲と乙が口喧嘩して闘い、甲は拳で乙の喉を傷つけ、乙は息絶えて地に倒れた。時に時間はすでに遅く、路上の人は下手人を縛って営房[66]に置き、屍を両営の兵に渡して見守らせ、翌朝を待ってお上に知らせることにした。おりしも天は雨雪で、一卒は老いて病み寒さを恐れていたので、壮年のものに向かって言った。「わたしは帰宅して衣服を着込んで酒を飲み、すこしとどまってからすぐ来よう。」壮年のものは承諾した。その人はしばらくしても来なかったので、壮年のものも酒を買って暖を取り、酔って帳房で眠った。

　　朝起きて屍を探したが、屍は隠れて見えず、驚いていると、年老いた者も来、言った。「わたしはすでに司坊官[67]に知らせたから、すぐに調べに来るだろう。」壮年のものは言った。「屍がなんとなくなってしまいました。お上が来た時に調べられるものがなければ、わたしたち二人は罪が大きくなりますが、どうしましょう。」老卒はしばらく沈思して、言った。「わたしに一計がある。某所の荒地の前に人が一つの棺を担いできたが、あらたに死んだ人のようで、屍はまだ腐っていなかった。いっしょにその棺を打ち破り、屍をこちらに担いで来、代わりにすれば、罪を免れられよう。」壮年のものはそう思い、計画通りにおこなった。まもなく、官が来て屍を調べれば、額に長い釘が一本あり、血は流れて顔を覆っていた。下手人に尋ねると、下手人は言った。「わたしはほんとうに手を滑らせてこの人を打ち殺し、額に釘を加えてはおりません。さらにこの屍の面貌は、わたしが殴った人でございません。」お上は判断できなかった。

　　騒いでいると、一人の男子が大声で叫んで入ってき、言った。「この事は甲と関わりはございません。わたしは殴られて地に倒れたものでございます。息絶えて地に倒れ、その後蘇って帰宅し、ほんとうは死んでいなかったのでございます。」お上ははじめて下手人を釈放して、荒地に棺を担いできて置いた人を取り調べ、額に釘うたれた屍に関してくわしく追及を加えたところ、姓を劉、名を況といい、染屋を生業としていた。妻は人と奸淫し、劉が酔っているのに乗じ、姦夫とともに釘でうって殺したのであった。そこで甲を許して姦夫を処刑した。

　　傍らの見物人は言った。「屍は換えられるものではないが、両営の兵の奇計はこのようなものであった。これは営兵が愚かであったのではなく、見えないところで鬼神が巧みなことをしたのだ。」

　　肉身の仙仏[68]はいずれも本当の体でないこと

　　わたしは剎院(てら)に遊ぶたびに肉身の菩薩を見るが、おおむね全身が生漆と灰布[69]で、叩くと橐橐[70]と音がする。腿の筋が折れ曲がっているのもかすかに見られるが、頭や頚はかならず傾いている。武夷山で草鞋仙[71]を見たが、姓を程、名を艮といい、石洞の中に坐していた。九華山では無暇和尚[72]を見た。いずれも両目が下に垂れて睛がなく、その頭を揺らせばなお動き、その歯を敲くとすべて虫食いで朽ちて脱落していた。広西永州の無量寿仏[73]だけは、肉身だが頭だけはまっすぐなので、心のなかでつねに疑っていた。

　　後に人がいて言った。「順治年間に邢秀才が村の寺で読書し、黄昏に門を出てゆっくり歩くと、人が悲しんで叫んでいた。『わたしは仏となることを願いません。』邢が樹に上ってひそかに窺うと、僧たちが囲んで一人の僧に向かって合掌して挨拶し、かれがはやく西天に生まれることを祈っていた。傍らに一本の鉄棒を置いてあり、長さは三四尺ばかり、邢はそのわけを解さなかった。やがて郡でこのように喧伝せられた。『某日、活仏が昇天しましたので、どうか皆さま、香を焚いて礼拝してください。』来るものは一万余人であった。邢はいってそれを見たが、昇天したものは、まさに口で『仏となることを願いません』と叫んでいた僧で、すでに香台[74]に担ぎ上げられ、焼かれようとしていた。いそいでお上に告げて調べさせれば、僧はすでに死んでおり、蓮花座上には血が涔涔と滴って満ち、肛門の中に鉄釘一本があり、まっすぐにその頭頂まで貫いていた。官が悪僧を捕らえて尋ねると、言った。『この僧を焼いて香火[75]銭財[76]を得るのですが、鉄釘を用いなければ、死に臨んで頭が傾き、まっすぐにならないからです。』そこですべて処刑した。その時香を焚いて願を掛けていた者たちは、おおいに悔いて逃げ散じた。」

　　全州の仏廟の大門の外に墳墓があった。言い伝えでは、某御史が廟に入って仏を拝し、肉身か否かを試そうとし、針を取って仏の耳を刺すと、鮮血が流れ出たので、御史はたいへん驚き、廟を出て転倒して死に、その家はすぐに廟の門外に葬って戒めを示したということであった。わたしは墳頭の碑を見たが、前朝の姓名某とだけ記してあり、この言葉はなかった。わたしは仏を刺していないが、施されていた衣彩[77]十三層を剥ぎ、その胸を叩いてそれを弾(はじ)いたのは、自分でも無礼だと感じている。

　　動静石

　　南雁宕に動静石三座があり、大きさは七つの梁がある家ほどで[78]、一つは動、一つは静で、上下で圧しあっていた。遊ぶものが石の上に伏し、脚で支えると、七八歲の童子でも、一尺ばかり離すことができ、轟然と音がした。手で押せば、輿夫[79]十余人でも、それをすこしも動かせなかった。これらはいずれも天地の間の物理であり、解せないものがある。

　　玉女峰[80]

　　雁宕に石があって娘が一人立っているかのようで、長さは五丈余で、頭は髻の形をしていた。杜鵑の花が開くと、紅は頭全体に満ちたが、一朶もその顔を払うものはなかった。袍の色はかすかに紅く、裙の色は惨緑で、天然に染め上げたかのようで、区分ははっきりしていた。衣の襞の形は、さながら織ったかのようであった。

　　廬山禹碑

　　廬山宗生庵[81]の傍らに谷簾泉[82]があり、泉には石洞があり、険しくて深かった。ある人が身を吊るして下り、一つの碑を見つけたが、表面に禹王の大篆[83]六字があった。文を解釈するとこうあった。「洪荒の漾余すなはち枅[84]。」星子[85]の知事丁正心[86]が蓮花池[87]の席上でわたしに語った。

　　飛鐘唖鐘妖鐘

　　武夷伏虎山の頂に鐘が縛られており、言い伝えでは唐代に飛んでき、地を離れること三十余丈で、打てる人がいないので、唖鐘とも呼んでいた。張家口外の総管廟[88]に妖鐘があり、三更過ぎにゆえなくひとりでに鳴った。

　　鼠が江を渡ること

　　乾隆五十年、鼠数万匹が尾を咥えて江を渡り、大きさは一様でなく、水は颯颯[89]と音をたてた。まもなく、江面は一里ばかりそれに掩われた。老いた舵取りは言った。「上江[90]でかならず水災がございましょう。」七か月して、来安、全椒二県で蛟が起こり、田の堤はすべて壊れた。

　　鵬が過ぎること

　　康熙六十年、わたしは七歲になったばかりで、はじめて学堂に登った。七月三日、昼飯を食らうとすぐ、突然天が闇夜のようになり、数刻足らずで天がだんだん明るくなり、紅い日が照り輝き、空中に片雲もなくなった。ある人は言った。「これは大鵬鳥が飛んで過ぎたのだ。」荘周が言った「翼天に垂るる雲のごとし」は、なんと嘘でなかった。

　　石の中の玉器

　　乾隆五十五年、荊州は大水で、周王山[91]が崩れ、璞石[92]が流れに従って下った。耕していた人が鋤で撃つと、中から玉碗が見つかったが、温潤潔白で、雕刻がなくて血の滲みがあり、周囲は六寸ばかり、惜しむらくは石が破れて碗はすでに傷ついていた。人々は碗がどうして石の中に生じているか解せなかった。ある人は言った。「これはきっと千年前に富貴の家で玉碗が落ちて泥の中に入り、泥が時を経て燥き、変じて石となったので、碗を石の中に包んだのだ。」

　　瓜の子(たね)の妖(あやかし)

　　陶方伯[93]は江寧の署内で濮某、劉某と親しく、中秋に二人を招いて酒を飲み、それぞれ瓜子を持って階下を散歩していた。歩きながら語っていると、風が数粒を吹いて土中に落とした。夏、その地にたちまち瓜の蔓が生じ、だんだん長くだんだん大きくなり、にわかに三つの瓜を結び、その大きさは斗(とます)ほどとなった。するとたちまち祝うものが紛紛とし、祥瑞であるとした。三人もそれを聞き、得意であった。一年足らずで、陶は書案[94]で罪を蒙った。濮は癆咳ではやく亡くなった。劉は癩病が重く、血肉が潰爛して亡くなった。

　　琴変

　　金陵の呉観星[95]は琴に巧みで、かつてわたしに言った。「『琴は先王の雅楽』というのは[96]、口頭の言葉にすぎず、信じない。」年が五十の時、趙都統[97]に迫られ、『寄生草』[98]を弾くように命じられた。傍らには俳優がいて淫冶[99]な小調を誦えて和した。すると突然、風雷一声、七弦がともに断たれ、青天を仰ぎ見ると、雲彩はなかったので、都統は家を挙げて色を失った。それから公卿にあって琴を弾く時は、かならず香を焚いて手を清め、古調[100]でなければ弾かなかった。

　　古北口城楼の火箭の匣

　　乾隆六年[101]、嘉興知府楊景震[102]は盧案[103]によって軍台[104]に謫戍となった。古北口の城楼に登ると、上に一つの銅匣があり、封がたいへん固く、言い伝えでは明代の総兵戚継光が遺したもので、旅人が開いて見ることを許さないということであった。楊はしばらく撫でると、匣の上に金で震の卦が刻まれていたので、笑って言った。「匣の上の卦は震といい、わたしの名の景震と対応しているから、わたしが開こう。」その蓋を開けると、火箭一本が飛び出し、向かいの景徳廟の正殿の柱につき、すぐに火が起き、殿宇僧房をほぼ焼き尽くした。

　　官が妓女の怒りを受けること

　　楊鏡村[105]は蘇州の太守をしていた時、娼妓を禁じることがたいへん緩やかであった。某太守は蘇州を治め、妓を鞭うってたいへん酷かった。後に二人はともに官を辞め、たまたま江都を過ぎると、豪族某がかれらを招いて酒を飲ませた。座に三人の妓女がおり、いずれも蘇州の人で、主人は戯れて尋ねた。「蘇州の官長[106]は賢いか。」三人は楊公を知っていだけで、某公を知らなかったので、声を揃えて答えた。「楊太老爺はわたくしどもへの待遇は慈悲深く、地方の下役やごろつきが脅迫することも禁じられました。このような長官は、もとより公侯万代[107]でございます。その後、某太老爺がわたしどもを捕らえてゆき、鞭うつのでなければすぐ拶子に掛け、嫖客の姓名を自供させ、かれが金銭を脅し取りやすいようにし、自供しないとすぐ打ちました。このような官は、代々の子孫がわたくしどもの商売をするでしょう。」一座は大笑いした。某公は宴が終わらないうちに車に乗って去った。

　　都の新婚

　　北京の婚礼は、南方と同じでない。邵又房[108]が妻を娶り、南方の同年たちは祝い、鬧房[109]して新人を見ようとした。ところが花轎[110]は一たび来ると、まっすぐ奥の間に進み、新郎は弓を挽いて出、轎の簾に向かって三たび鳴り矢を発し、その後に新人を抱えて轎を出ると、乱れた鬢はぼさぼさで、紅い綢(きぬ)が頭を包んでいた。新郎は秤杆(はかりざお)で紅い巾を持ち上げておろし、交拝の礼を行わず、すぐ牀に向かいあって坐した。老婆二人を伴い、紅い氈を持って四面の窓格子をすべて掩い、大きな餃子一個を進め、裂くと、中に小さい餃子百余を蔵していた。二人の新人は酒を飲んで餃子を食べおわると、衣を脱いで頚を並べて眠る。翌日、鶏が鳴くと、舅が燭を執ってはやく起き、天地、竈神、祖廟に礼拝する。五日後、はじめて客を宴に招くのであった。当日祝うものには、まったく茶酒が出されず、飢え渇いて退くのであった。ある人が嘲って言った。「京裡(けいり)[111]の新婚(しんこん)大(おほ)いに同(おな)じからず、轎(きやう)児(じ)担(かつ)ぎて進(すす)む洞(どう)房(ばう)の中(うち)。硬(こう)弓(きゆう)臉(かほ)に対(たい)して先(さき)に三(さん)箭(せん)、大(たい)餃(ぎやう)蒸(む)し来(きた)ることさらに一(いつ)鐘(しよう)。秤(しよう)杆(かん)一(いつ)挑(てう)して揖(いふ)を作(な)すを休(や)め、紅(こう)氈(せん)四(し)裹(くわ)して風(かぜ)を通(つう)ぜず。明(みやう)朝(てう)天(てん)地(ち)祖(そ)宗(そう)の竈(かまど)、拝(はい)して腰(えう)痛(つう)を得(う)るはこれ阿(あ)公(こう)[112]。」

　　張趙が富を競うこと

　　康熙年間、河道都督趙世顕[113]と裏河同知[114]張灝[115]は富を競っていた。張は河台[116]を招いて酒を飲み、樹林には燈六千盞を掛け、高いところも低いところも、銀河が煌めいていた。兵士三百人は燭を点し、煤を切り[117]、がやがや叫び、人々は豪勢だと思った。半月後、趙は返礼の宴に張を招き、燈万盞を加えたが、燭を点し、煤を切るものは十余人に過ぎないのに、内外は粛然としているから、人はきっと対応[118]し難かろうと訝った。燈を掛けるように言い含めると、颯然と音がし、万盞がともに輝き、まったく煤を切らないのに夜通し輝いていた。張はたいへん恥じたが、そのわけを解さなかった。かれの奴隷に手厚く賂し、はじめて知ったが、趙は導火線を灯心の先に繋げ、累累然とし、一本の線ごとに百枚の盞を貫き、一本の線を焼けばすぐに百枚の盞が輝くのであった。軽羅を芯にし、燭は半寸ごとに、きわめて小さな爆竹を内蔵しており、爆音が腷膊[119]とすれば、燭の煤はすべて飛び、切る必要がなかったのであった。

　　塩商の安麓村が趙を招いて酒を飲ませ、十里先まで燈は彩雲のようであった。その家にゆくると、東廂西舎に珍奇な骨董が並んでいて数えきれなかったが、趙はそれらを顧みても存在していないかのようであった。酒が酣となり席が下げられると、燕室[120]に入ってしばらく坐し、美女二人は二つの錦盒[121]を捧げて呈上し、「おもちゃでございます[122]」と叫んだ。趙が開けると、関東の生きた貂鼠[123]二尾が躍然として出てき、拱手して趙に尋ねた。趙ははじめて唖然と一笑して言った。「今日はご苦労さま。」

　　朱君玫

　　康熙年間、朱君玫は邪術で人を惑わし、神仙と号せられ、名は京師で尊ばれ、王公はみな謙ったが、三たび熊文貞公[124]の家を訪ねても結局会えなかった。ある日、朱はさらにいって門番に告げた。「相公が今日どんな服を着、どんな料理を食べ、どんな場所に坐しているかを、わたしはすべて知っている。」門番はその言葉がみな当たっていたので、驚いて相公に告げた。公は笑って言った。「朱某はわたしのことを忖度すると、ほんとうにまったく誤っていないから、仙人といえる。ただ、わたしの心に『妖人を見ることを喜ばない』の五字があることを、かれはぼんやりとして知らなかったから、仙といえようか。」門番がそのことを朱に告げると、朱は恥じて退いた。

　　言い伝えでは、朱と張真人は法術を競っていた。飲んでいる茶杯を空中に抛つと、人がいて捧げているかのように、なんと落ちなかった。張は笑って語らなかった。朱はみずからを誇る色を浮かべ、張がこの法術をなせないことを笑った。張は言った。「わたしはすべてできるが、あなたの法術を破ることが心配なので、しないのだ。」朱がつよく求めると、張はやむをえず、やはり一杯を抛ったが、張の杯は空中にとどまって、朱の杯は落ちた。ある人が真人に尋ねると、真人は言った。「かれが頼っているのは、妖狐である。わたしが使っていものは、五雷正神[125]である。正神は空に騰がれば、妖狐は逃れる。」まもなく、朱は敗れた。

　　梁制府が語った三事

　　同年の梁構亭[126]制府は直隷を都督し、みずから言うには、五歲の時、外祖母楊氏は頼るものがいず、実家で養われていた。奇病となり、牀に臥せば緞被を寸寸に裂くことができたが、かれの指の力の強さがどこからきたか分からなかった。ある日、梁太夫人を招いて言った。「外孫の二官は以後けっして牀の辺に立つことを許しません。かれは全身が火で、近づこうとする人は炙られて痛みを感じます。今わたしの前にいる某姑某舅は、物故していますが、わたしを愛しており、しばしば来てわたしと談笑しますが、二官が来るのを一見すると、かならず塀に登り、家に登って逃れるので、わたしは心がたいへん不安なのです。」梁太夫人はすぐ手で公に指図して出させた。公はふたたび入ろうとしなかったが、しばしば窓の隙間から窺っていた。楊はそれに気づくと、眉を顰めて言った。「二官の子わっぱがまた騒ぎにきていますから、はやくかれを追って去らせてください。」その言葉通りにすると、楊ははじめて安眠した。まもなく、楊は病が重くなって息絶えたが、しばらくすると蘇り、目を瞠って梁太夫人に言った。「わたしの魂は出てゆこうとしていますが、あなたの家の竈神、門神はいっしょに大門を遮り、わたしは梁氏の人でないので、わたしが出てゆくことを許さないと言っています。どうしましょうか。」梁太夫人は言った。「はやく高僧を招いてきて経を誦えさせましょう。お母さまのために懺悔してお願いするのは、いかがでしょうか。」楊は言った。「また二官を来させて二神に話させれば、神はかならず承諾しましょう。」太夫人はすぐ公を連れて門と竈の前にいって代わって話を伝えると、まもなく、楊は瞑目して死んだ。

　　公が良郷の知事であった時、瘧を病んでたいへん激しく、夜に夢みると本県の城隍が面会を請い、公に言った。「わたしも以前この地の県官で、上帝はわたしの役人ぶりが清廉であったので、わたしに城隍神となるように命じられた。大人が患っている病は、まさにわたしが以前患っていた病で、後に某薬を服して癒えたから、今、処方を公に授けよう。」口で××の薬を××種と言い、長揖して去った。翌日その処方を服すると、ほんとうに二つの薬で癒えた。良郷県志を調べると、ほんとうにその人がいた。

　　さらに香河[127]で知事をしていた時、老翁がかれの娘を連れてきて怨みを訴えたが、女はたいへん美しかった。尋ねた。「どんな怨みか。」「娘は城隍神に憑かれております。毎晩神が車で迎えにきますと、すぐぼんやりとして目醒めなくなります。翌日の辰の刻になりますと、はじめて娘を放して帰らせるのでございます。娘はすでに某家に婚約していましたが、某家は娶ろうとしなくなりましたので、公がお救いになることを求めます。」公は言った。「わたしは民を治められるが、神は治められない。」翁は言った。「娘が申しますには、公が城隍廟に来て参拝される時、城隍神はかならず先に出迎え、公が神を拝されますと、神が席を立って[128]答礼するのを見たとのことでございます。かれが公を敬うさまはこのようでございますから、公がお話しになれば、神は聞こうとするかも知れません。」公はひそかに喜んで誇らしく思い、すぐ文書を作って翁に渡して焼いて投じさせた。翌日、翁はほんとうに娘とともに来て謝し、言った。「昨晩、神は娘を迎えにきませんでした。」

　　官運二則

　　華雍[129]は淮寧[130]の知事となり、欽差[131]某が広東から来、近日その地を通過することになっていたので、華は長随張栄に命じて公館を調えさせた。張はもとより有能なしもべで、周到に準備し、約百両を費やしたが、欽差はさらに勅を奉じてほかの所にいって審理したので、実際は来なかった。

　　張栄が徘徊していると、たまたま江西巡撫の阿公思哈が捕縛されて訊問のために入京することになり[132]、その地を通ることになっていた。張栄はそこで主人に代わって手本(しゅほん)[133]を調えて進み出て迎え、公館がすでに調っていることを告げた。阿公はたいへん驚き、もともと面識がなく、属員でもないのに、どうしてこうした礼節があるのかと思った。公館に入れば、彩(あや)絹(ぎぬ)を飾り、提灯を掛け、牲牢[134]や人夫は、すべて揃い、望外の喜びであったので、張栄を招いて諭して言った。「わたしは罪を蒙った人であり、一路人情は冷淡で、わたしが抜擢した属吏も、わたしを待遇すること氷のようで、どうしてご主人はこのように温厚純朴なのですか。ご主人の手本(しゅほん)はわたしはそっくりお返しするのが筋ですが、今回は感激し、ほんとうにご主人の姓名を忘れることが心配ですので、しばらく手本(しゅほん)を留め、後日お礼するのに便ならしめましょう。」諭しおわると[135]、みずから華知事に手紙を書き、再三礼を言い、はじめて馬に騎って去った。張栄は帰ると、事情を主人に知らせた。主人が余計なことをしたと責めると、傍らに幕友がおり、笑って言った。「この奴僕は高価なものを調達したので、このように手放さなければ、消化しようがなかったのだ。」主人は笑って頷いた。

　　二年足らずで、阿公は山西巡撫に起用せられた[136]。華は四参の期限が満ち[137]、部に送って引見せられ、勅を奉じて山西に派遣された。轅門[138]にいって面会を請うと、阿公は至宝を得たかのように、家人を遣わし、司道[139]に意向を伝えさせて言った。「太老爺[140]はしばらくお待ちください[141]。主人の恩人が来ました。」すぐ中門[142]を開き、みずから堂下に迎えにゆき、老賢弟と呼び、手を握って中に入り、酒肴を並べ、待遇は上客のようであった。華は長跪して辞謝し、もったいないと恐懼した。阿公は言った。「恩があるのに報いなければ、人でなしです。今日わたしはわたしの心を尽くしますから、明日あなたはあなたの礼を行ってください。」楽しみを尽くして痛飲し、送って轎に乗せて別れた。司道はそれを聞くと、みな刮目した。

　　半年足らずで、通判に抜擢された。さらに半年して、同知に抜擢された。さらに昇任して南安府知府となった。阿公は河南に転任し、華も乞養し[143]、満載して帰った[144]。張栄に二千両を与え、張も小金持ちとなった。

　　傅四爺は、吏部の司官[145]の中の能吏であった。果毅公訥親[146]が吏部を掌っていた時、司官たちが役所で片づけられない仕事があると言う時、傅を呼んでくると、数言で決着したので、訥はたいへんかれを重んじていた。

　　慣例では、郎中を保挙する時は、一人は正で一人は副であった。戸部郎中の缺が出ると、訥公は正として薦め、光明殿[147]で引見した。傅は殿門に入るとすぐに跪き、上はかれが愚かであると思い、副として薦められたものを用いた。年を越え、吏部郎中に缺が出ると、訥公はまた正として薦められたが、傅は殿門に入るとまたすぐに跪き、上は喜ばず、訥公に言った。「このような愚か者を、なぜ保挙した。」訥は奏した。「傅某は事務を処理するのがたいへんうもうございますので、しばしばお薦めしたのでございます。ところがかれは朝儀[148]に慣れず、ですから福が薄かったのでございます。」上も釈然とした。

　　まもなく、再び保挙と引見があり、入朝しようとすると、訥公は教えて言った。「あなたは二度無礼したのですから、今回はくれぐれも注意し、さらに前轍を踏み、わたしの顔を傷つけないようにしてください。」傅は唯唯としていた。引見の時になると、各官が履歴を誦えおわっても、この人はいず、訥もそのわけがわからなかった。そのまま退朝の時になり、午門の外にゆくと、傅が顔を青く腫らし、よろよろと泣きながらやってきた。訥がわけを尋ねると、言った。「司官(わたくし)は二度殿門に入りましたが、一人の紅い袍の大男、身長一丈あまりのものが、わたしを阻み、わたしは跪かざるをえませんでした。今回は三度目です。わたしはしっかり公爺の言い含めた言葉を記憶しており、わたしがまた紅い袍の人を見た時は、まっすぐに突き進めば、かれに阻まれないものと思っていました。ところがその人はさらに殿上でわたしを阻みました。進み出て一衝きしますと、かれは手でわたしの頬を打ち、提げて抛ち、殿舎の外の台坡[149]の下に転び、面目を傷つけることを致し、天顔を仰げず、前生で何の因縁があったか存じません。福が薄いことをみずから悟り、公爺[150]にお願いしますが、以後さらにわたしを保挙なさる必要はございません。」訥はどうしようもなかった。司官たちはそれを聞き、みな驚いた。人を遣わして扶けて車にゆかせ、かれの家に送り返すと、すぐ病となり、四日で亡くなった。

　　銭県丞

　　睢寧の県丞銭某はしばらく知県の仕事を代行していた。その地の慣例では、路で死ぬ者があった時、調べる際に地主が銭八千を出して役所に送ると、すぐ事件を結着させることができるのであった。ある日、某村のものが来て知らせた。「河に跳びこんで死んだ者がおります。」吏は前例を銭に告げた。銭はいって屍に傷がないのを調べると、すぐに埋葬するように命じた。

　　公館に戻った後、吏は地主の袖の下八千を送ってきた。銭は受けようとしたが、見ると銅銭は紅い縄で貫かれていた。色はたいへん鮮やかであったが、そのわけが解せなかったので、吏に尋ねた。吏は言った。「地主は家が貧しく、これを出す力がなく、やむをえず、一人娘を村の隣人に売って妾とし、代金二十四千を得ました。お祝儀ですので、紅い縄を用いているのでございます。」銭はこの銅銭は脅迫によってもたらされたものだと思い、みだりに受けるに忍びず、すぐその村人を招いて質すと、村人はくわしく事実を告げた。そこでその妾を買ったものも招いて諭して言った。「わたしが人の銅銭を得て娘を売らせたのは、不仁である。あなたがかれの急に乗じてその娘を買うのは、不義である。わたしはけっしてこの銅銭を受けないから、あなたははやく娘を返せ。」その人は唯唯とした。娘を売ったものに尋ねて言った。「残りの銅銭はまだ残っているか。」「すべて役所の胥吏への賄賂にしました。」銭は胥吏に命じて返還させようとしたが、すでにたがいに飲酒賭博し、銭は分散してしまっていた。銭は慨然[151]と女を買ったものを顧みて言った。「あなたに銭を償おう。」すぐにもとの金額を発給するように命じ、村人に命じて娘を連れて帰宅させ、この件は落着した。

　　まもなく、銭は背疽を患い、牀に昏倒した。夢みると青衣の人に招かれてある所にいったが、殿宇は巍峨としていた。上座の王は銭に言った。「おまえは運命がすでに尽きていたが、さいわい一つの善事があったので、相殺するに足りたのだ。分かっているか。」銭は茫然として解さず、王は判官に命じて帳簿を調べてともに見させれば、某年に娘が売られることを防いだ一件を記載していた。判官は奏した。「この事は功徳がたいへん大きく、慣例では寿一紀を延ばせ、官位は五品にいたる。」王は承諾し、そして青衣の人に命じてかれを送って蘇らせ、疽は霍然とした。

　　銭はそれから一心に善行をし、飢饉を救ったり、棺を埋めたりする等の事は、すべて資金を抛って行い、官はほんとうに同知に抜擢されたが、一紀の期限が満ちると、背疽が発した。家人は葬儀を行おうとしたが、心はなおぐずぐずし、さらに銭を慰めて言った。「公は前に一善があり、寿命はなお延ばせ、年来善行はたいへん多く、冥土はさらに寿命を延ばしてくれるかもしれません。」銭は笑って言った。「そんなことはない。昔の善はためにするところがなくてしたので、冥土はわたしを尊んだ。今の善は、ためにするところがあってしたので、冥土ではわたしを尊ぶ心はないだろう。今回は命数が尽きているから、断じて逃れられまい。ことさらに善をなすのは、ことさらに悪をなすのと同じでないから、他生で報いがあるかもしれない。」数日足らずで、疽が潰れて亡くなった。

最終更新日:2012年1月8日

続子不語

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