第二十六齣 勧勉

(末が登場)子を養いて教ふるなきは父の過ち。訓導の厳しからざるは師匠の怠り。

先日周の奥さんは周瑞隆をこちらに送り就学させた。かれの家が貧しいので、家に留めていささかの食事を摂らせることにした。ところがうちの醜驢は、かれを打ち罵って去らせてしまった。どういうことだ。かれを呼び出し、諭さねばならない。醜驢はどこだ。

(丑が登場)朝には田舍カ。暮には登る田舍カ。将相は田舍カ。男児は田舍カ[1]

(末)なぜカと言ってばかりいる。

(丑)(おとこ)が多ければ田植えするのに良いからでございます。

(仕草をする。末)ひとまずおまえに尋ねよう。周瑞隆をなぜ殴り、戻ってゆかせた。

(丑)かれはわたしの飯を食べ、わたしの書を読んでいるのに、わたしを辱めました。どうしてわたしにかれを打つなと仰るのです。(仕草をする)

【賞宮花】(末)学問を爾曹(なんぢら)に教ふれば、友を選びて交はるべきなり。人が就学しにきたりしに、よく交はらんとすることぞなき。財産のみを比較して、書を読むことの貴きを思ふことなし。

【前腔】(旦が小生を引いて登場)騒ぎたて、おんみの書院を(みだ)すべからず。(見える仕草)大人。倅はご令息に無礼をはたらくべきではございませんでした。倅の年が幼いことを考慮され、罪があってもお許しください。

(末)ご令息とは関わりはございませぬ。

(旦)村童が無礼なるなり。金持ちの子供が驕りたるにはあらず。(丑と小生が殴りあう仕草)

【前腔】(末)ご令息はまことに教へ甲斐あれば、

うちの畜生は、

かれが書を読みよく理解することを咎めたるなり。(丑を指す仕草)くはふるに人の道をば説きたるに、なほしもかれと闘へり[2]。おまへはかれの幼きを侮りたるなり。書を読むに懶きがため、かれにうるさくしたるなり。学堂にゐる時に、なにゆゑぞ富を比ぶる。友人はその善きものを選ぶべし。などて魚水の交はりをなすことのなき。

【前腔】(旦)あるじどのは、まじめに教へ導きたまへど、たちまちに幾たびか殴られて罵られたり。かれはあちらで汪汪と涙を落とし、なほ言へり。かれはむなしく驕れりと。

(丑小生が仕草する)あなたは余計なことを言ひ騒ぎたるなり。あきらかに人と争へり。おまへは人の家にいるなら、謙るべし[3]

(末)ご子息を謙らしむることなかれ。

(旦)漁父が導くことなくば、いかで波涛を見るを得ん[4]

(末)書童よ、はやく先生を呼び出してこい。

(外が登場)白日をむなしく過ぐすことなかれ。青春はふたたびは来ず。

(見える仕草。末)先生。二人の子供は昨日どうして喧嘩しました。

(外)昨日書物を暗誦したとき、周瑞隆は暗誦できましたが、ご令息は暗誦できませんでした。わたしが瑞隆にかれを辱めさせますと、喧嘩をはじめたのでございます。

(末)先生はやはりかれを懲らしめるべきです。

(外)分かりました[5]。わたしは今対句の問題を出そう。対句が作れるのなら打たないが、対句が作れないのなら打つとしよう。

(末)醜驢よ、来い。先生は対句の問題を出そうとしているぞ。どうしたら良い。

(丑)父上、父上。対句は作れませぬ。打とうとするなら打ちなされ。

(末)馬鹿を言え。わたしが対句を出すとしよう。わたしが「桃は開く」という問題を出したら、おまえは「(すもも)は長ず」と答えればよい。先生。お出しになる対句の問題は難しいので、かれらは対句が作れますまい。わたしが対句の問題を出しましょう。「桃は開く」。

(小生)(すもも)は長ず。

(丑)老人。

(外が打つ仕草。丑)「里長」と言えば打たれないのに、「老人」と言えば打つのですね[6]

(末外)

【生姜芽】母親がわざわざ来れば、勤労を憚らめやは[7]。これからは学業に精通すべし。母親の言ふことを聴き、遊びをなせそ。悪戯をなせそ。一時(いつとき)の無礼があれば、これからは過ちあらば教ふべし。

(合唱)ただ願はくは他日青霄(みそら)に上らんことぞ。功名はみな天公によりて造らる。

【前腔】(旦小生)これからは琢磨を望み、甄陶[8]にしぞ謝すべけん。師匠に報ゆるすべなきを自ら憐れむ。まことに笑ふべきことなれば、出世せば、あらためて報ゆるとせん。親を封じ(おほぢ)を顕はし栄耀を添へ、一時(いつとき)に紋は変はらん南山の豹[9](前腔を合唱)

【尾声】つまらぬ是非を争ふなかれ。学堂に晷を継ぎ膏を焚きたり[10]。努力して(ふみ)を読み、労を憚ることなかれ。

つまらぬ是非は論ずるに足りず。主人は三分を譲るべし。
試みに見よ満朝の朱紫の貴きを。紛紛としてことごとく(ふみ)を読む人。

(外)試験日が近づいた。周瑞隆は醜驢とともに受験しにゆけ。

(末)奥さん。路銀はすべてわたしが持ちます。

(旦小生)大変ありがとうございます。

(退場。丑)先生。来てください。

(外)どうした。

(丑)わたしが受験しにゆくことを望まれるなら、わたしに妻を娶ってくれたら行きましょう。

(外が末に向かう仕草。末)倅は成人していませぬから、嫁はとりませぬ。

(丑)わたしを男にしてくれる人はどこにいるのか[11](退場)

 

最終更新日:2007年12月28日

尋親記

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[1] 原文「朝爲田舍カ。暮登田舍カ。將相田舍カ。男兒田舍カ。」。本来は「朝爲田舍カ。暮登天子堂。將相本無種。男兒當自強」。『琵琶記』第十齣に用例あり。馬鹿の一つ覚えのように「田舍カ」を繰り返しているところにおかしみがある。

[2] 原文「況又是爲人之道。尚兀自與他厮鬧。」。「爲人之道」が未詳。とりあえずこう訳す。

[3] この台詞は丑の醜驢が小生の周瑞隆に対して言っているのであろう。

[4]原文「若無漁父引。怎得見波濤」。すぐれた人の導きがあってはじめてことが成功することをいう諺。 俗文学に用例多数。

[5] 原文「有處」。未詳。「処置をします」という趣旨であると解す。

[6] 原文「里長不打。倒打老人。」。「李長」と「里長」は同音。周瑞隆が「里長」と答えて打たれなかったのだから「老人」と答えた自分が打たれるのはおかしいといったもの。「里長」は一里の長で、老人が多いのであろう。

[7] 原文「憚勤勞」。未詳。とりあえず反語と解し、母親が来たのだから勉学に励むのを憚ることがあろうかという趣旨に解す。

[8]教化。薫陶。

[9]南山の豹は『列女伝』陶荅子妻に見える言葉。南山の黒豹は毛に光沢をもたせ文様を作るために、七日間食事をしないという。ここでは、貧しくて食事も満足に摂れない息子を南山の豹に喩えている。「妾聞南山有玄豹,霧雨七日而不下食者,何也?欲以澤其毛而成文章也。故藏而遠害。犬彘不擇食以肥其身,坐而須死耳。」

[10]原文「學堂中繼晷與焚膏」。繼晷焚膏」は夜に日を継いで勉強する韓愈『進学解』「焚膏油以継晷」。晷は光陰の意。

[11] 原文「那裏有家火。教我做人。」。未詳。とりあえずこう訳す。「家火」は「家伙」で、人のこと。

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