第二十三齣 誚夫

【卜算子】(浄が登場)周氏はいとも愚かにて、空しく花容(はなのおもて)を損なふ。

佳人に意ありカ君は華麗なり。紅粉に情なく浪子[1]は野暮なり。

周の女房は花容(はなのおもて)を切り裂いた。院君に言うわけにはゆかぬ。知られたら、どうしたらよいだろう。

(老旦が登場)佳人は節を守ること凜として霜にぞ似たる。金刀(かたな)の素妝[2]を損なふを惜しむことなし。万事(よろづのこと)は成らざればな望みそ。これよりはな思ひそ。(見える仕草)員外さま。周の奥さんが呼んでいます。

(浄)信じないぞ。

(老旦)張千にお尋ねください。あなたを呼んで牀の上に坐らせようとしています。

(浄)信じないぞ。

(老旦)張千にお尋ねください。周の奥さんがあなたを訴えようとしています。

(浄)どうしてわたしを訴える。

(老旦)あなたが刀を持ち、花容(はなのおもて)を切り裂いたことを訴えるのです。

(浄)かれは自分で切ったのだ。わたしとは関わりはない。(老旦)

【駐雲飛】わたしをみだりに欺けど、傍人に話とされて伝へられたり。わたしの諌めを聴かんとはせず。佳人の(おもて)を損なはしめたり。ああ。ひたすら巫山を夢みんとせしかども、雨は収まり雲は散じぬ。花はもとより無心なり。蜂蝶は空しく飛びて倦む。紙帳梅花[3]でひとり眠るに如くはなし。堅き心が石をも穿つことははやなかるべし。

【前腔】(浄)わが興の尽き空しく還るを嘆きたり。譬ふれば戴を訪ぬる山陰の雪の夜の船のやう。かのものは縁結びせんとせざりき。わたしは二度とかれを恋ふまじ。ああ。花貌(はなのおもて)嬋娟(たをやめ)にしぞ勝りたる。羨むに堪ふるものなりしかど、わたしに従はんとせざりき。わが心願は叶ふことなし。郵亭に一夜眠るを望むことなし。(なんぴと)か鸞膠[4]をもて断たれたる絃を続ぐべき。

(老旦)そのかみは忠言を聴かんとはせず。花容(はなのおもて)を損なへばわたしの(こころ)は歓べり。
(浄)
今世で花裏に宿るを思はず。終年酒家に向かひて眠ることなかれ。

 

最終更新日:2007年11月19日

尋親記

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[1] 遊び人。

[2]薄化粧。ここでは薄化粧をした郭氏の顔をいう。

[3]寝台の一つ。四つの柱に錫の瓶がかけてあり、梅を挿す、帳は紙製。宋林洪『山家清事』梅花紙帳「法用独牀、旁置四黒漆柱、各掛以半錫瓶、挿梅数枝。後設黒漆板約二尺、自地及頂、欲靠以清坐。左右設横木一、可掛衣、角安斑竹書貯一。蔵書三四、掛白麈一。上作大方目頂、用細白楮衾作帳孛之。前安小踏牀、於左植緑漆小荷葉一。真香鼎、然紫藤香。中只用布単・楮衾・菊枕・蒲褥」。独り寝の床として、通俗文学にしばしば出てくる。

元雑劇『陳摶高臥』『玉壺春』の例のほか、後世の例だが、『醒世姻縁伝』第十三回を見よ。

[4] 「鸞膠」は鸞鳥から作ったとされる強力な膠。『漢武外伝』に出てくる。

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