第二十齣 妄想
【長汚歌】(浄が登場)佳人を思ふこと多し。今朝はかならず結婚すべけん。
花香なくば蜂の採るなく、酒美からずば人の沽ふなし。
わたしは周の奥さんと一夜の逢瀬を遂げられぬ[1]。さいわいかれは子を生んだから、すでに張千に米、肉を送ってゆかせた。なぜまだ戻ってこないのだ。
(末が登場)蘭香はもとより無心の物にして、細心に栽うる時には香らんとせず。(見える仕草)員外さまに申しあげます。周の奥さんは米、肉を受けませんでした。
(浄)なぜ受けなかった。
(末)わたくしは言いました。米、肉を受けられないのは、員外さまに嫁ぐのを悔やんでいらっしゃるのではございませぬかと。周の奥さんは仰いました。くれぐれもこう申しあげてくれ。わたしを娶ろうとなさるなら、吉日良時を選び、家をみずからお訪ねください。そうすれば結婚をしましょうと。
(浄)今晩すぐにゆくとしよう。
(末)今日は遅うございます。明日ゆきましょう。
(浄)今晩は耐えられない。
【烏夜啼】そのかみは頑迷にして、必死に拒み、従はんとせず。かれは今、夫は死して、飢寒には耐へ難ければ、いかで節義を守るべき。筵席を調へば佳期に赴き、嫦娥はおのづと俗世に降らん。
(合唱)銀燭はこもごも輝く。今から準備し乗龍の佳壻となるべし[2]。
【前腔】(末)志を守れば移るは難きなり。潔きこと秋霜と清水のやう。機関が巧みなることなかりせば、嬌姿[3]が許諾し辞せざることはなかりけん。今宵神女は瑶池[4]を下れば、襄王はみづから巫山に降るべし。(前腔を合唱)
もつぱら嫦娥が月宮を離るるを待つ。洞房花燭紅に影は揺らげり。
もしさらに婚姻をなすを得ば、天辺の比翼の鳥に倣ふに堪ふべし。
最終更新日:2007年11月23日