第十五齣 託夢

【掛真児】(小生が金山大王に扮して登場)憐れや周羽は遠流に遭へり。人を殺すと言はるれどその罪はなし。

善哉。善哉。人の世の私語(ささめごと)を、天は聞くこと雷のやう。密室の疚しきことを、神は()ること(いなづま)のやう[1]

わたしは金山大王。今日は山から出遊し、晩になり殿舎に帰った。鬼判はどこにいる。

(鬼判が登場する仕草。末が登場)上命により遣はさるれば、身はままならず。わたしは護送人張文。知事さまの命令で、雝州へ周羽を護送し、人民とすることになった。行くには三千里の道のりがある。まさに悩んでいたところ、はからずも張員外さまはわたしに十両の銀子を下さり、途中で周羽を打ち殺せとお命じになった。戻ってきたらさらにわたしに十両を払うとのこと。連日旅をしているが、人間が多いので、手を下すわけにはゆかない。ひとまず人がいない所へ急いで行って、手を打とう。囚人周羽よ。はやく来い。

【水紅花】(生)故郷(ふるさと)を見返れば暮雲は低し。涙は空しく滴りて愁腸は千縷なり。

(末)雝州へは若干(いくばく)の路のりぞ。かやうに歩けば、何れのときに着くを得ん。

(生)逆らひたるにはあらねども歩みは遅し。身は単衣にて、腹は空きたり。

(末)囚人よ。腹が空いても、いささかの点心を買い、おまえに食わせるわけにもゆくまい。はやく歩かぬか。

(生)哀願す。おにいさん。憐れと思ひたまへかし。慈悲を下されたまへかし。いささかゆるく行きたまへかし。

おにいさん。わたくしは棒瘡が痛み、進めませぬ。(末)

【梧葉児】おまへは殺人罪を犯せば、辺境に流さるるなり。本日は誰をか怨む。花と酒とがあるにもあらず。一歩を二歩にして行かん。

(合唱)おまへはげにこそ愚かなれ。誰かはかれを憐れみてかれを思はん。

【水紅花】(生)周羽(わたし)は不当にこの災危(わざはひ)を受くるなり。残躯を捨ててたちまち他郷の鬼とならん。憐れ賢きわが妻は、男児を得んとも暮らすは難きことならん。遥かに望めば郷関はいづこにかある。まことに悲し。いたく促すことなかれ。

【梧葉児】(末)おまへはまことに道理を知らず。何をか語る。

(生)おにいさん。ほかならぬ、妻のことを話していました。

(末)いかでかはかの妻を顧みん。わたしもおまへの巻き添へとなりぬべし。愁へはもとより知れるなり。急ぎ歩めど、紅輪(あかきひ)ははやくも西に沈みたり。

ちょっと待て。古い廟がこちらにある。(見る仕草)金山大王神廟だったか。見ろ。二枚の金鋲のついた朱門、四方の粉壁(しらかべ)瑶堦(たまのきざはし)。陰風は吹き送る紙銭の灰。聖像の威容は奇妙。大王さま。張文(わたくし)は、河南開封府封丘県の護送人でございます。このたび、犯人周羽を広南雝州へ護送して人民といたします。大王さま。わたくしが一路平安、手脚が軽く健やかでありますように。(周羽を呼ぶ仕草。生が眠る仕草)この囚人め。行く先々ですぐ眠るわい。(蹴る仕草)おまえも神さまを拝するべきだ。旅路が平安で、順調に旅することを祈るのだ。おまえは神仏を信じないからこのようにしているのか[2]

(生)ああ、おにいさんの仰ることはご尤もです。宝殿の香は金鼎に焚き、花街の雨は蒼苔を潤す。黄昏に人の来ることは少なく、三たび扣歯[3]し礼拝す。

大王さま。わたし周羽が人を殺しているのでしたら、神さまが陰兵を遣わしてすぐに打ち殺してください。わたし周羽が冤罪ならば、神さまがご照覧したまうことを望みます。

(末)ぺっ。囚人め。大王さまは泥を捏ね木を彫ったもの。この府の知事さまでもないし、この県の知事さまでもない。訴えたとて、おまえを許すわけでもあるまい。

(生)神さまに訴えます。やはりあなたがお世話してくださることを望みます。

(末が引いて跪かせる仕草)囚人よ。わたしがおまえを世話しなければ、誰がおまえを世話するのだ。

(生)おにいさんがわたしを世話してくださいます。

(末)見ろ。日は落ちて山に沈んだ。先へ行くには時間がない。仕方ない。この廟に泊まるとしよう。

(生)おにいさん。この廟は壁もございませぬし、燈火や薦蓆(むしろ)もございませぬから、泊まれませぬ。前方の市鎮(まち)へ行き、熱いお湯でも一口貰って飲みましょう。

(末)囚人よ。熱い湯を求めるのなら、どうして家で自由にしない[4]

(生)ああ。わたくしは理の当然ですが[5]、おにいさんは旅路で苦労していますから、前方の市鎮(まち)へ行き、熱い湯でも買い、いささかお飲みなさいまし。哀れなわたくしは死ぬべきものでございますから、飲もうとはいたしませぬ。

(末)囚人よ。「白鉄(ブリキ)の刀はすぐ曲がる[6]」わい。眠れ。

(生が蓆で眠る仕草。末が神を見る仕草)見よ。神像は錐金瀝粉[7]。まるで活きているかのようだ。(身を翻す仕草)おやおや。下役を憐れむものはあっても、犯人を憐れむものはない。かれは一枚の蓆さえわたしに与えず、ひとりで眠っているぞ。囚人のおまえに尋ねる。(打つ仕草。生が叫ぶ仕草)わたしがおまえに迷惑を掛けるのではなく、おまえがわたしに迷惑を掛けておる。

(生)わたくしがおにいさんに迷惑を掛けているですって。

(末)またか[8]。一枚の蓆さえわたしに与えず、ひとりで眠るか。

(生)ああ、おにいさんがお打ちになるのもごもっともです。見識がございませんでした。

(末)見識があるなら、人を殺したりはしまい。

(生)ああ、おにいさんはどちらでお休みになります。

(末)こちらに布け。(蓆を敷く仕草。末)包みをこちらに置け。(生が包みを置く仕草)この棍棒をこちらに置け。

(生が棍棒を置く仕草)おにいさん、お休みください。

(末が眠る仕草)昔から、「軽微な罪の囚人も厳重に管理しろ」という[9]。わたしは一路苦しんできたが、熟睡し、かれに逃げられたら、どうしたら良いだろう。わたしはかれを呼び起こし、縛り上げよう[10]。周羽。

(生)おにいさん、尿瓶をご所望ですか。

(末)そうではない。おまえをよく眠らせてやろう。

(生)おにいさんはこれなら本当によく眠れましょう。

(末)いいや。わたしが熟睡し、おまえが逃げたら、どこにおまえを尋ねてゆくのだ。

(生)おにいさん。わたしは(つばさ)が生えても飛んでゆけませぬ。

(末)わたしが縛り上げるとしよう。

(生)おにいさん。仕方ございませぬ。

(末)この碗をおまえの枕にしてやることが情けだ。

(生)おにいさん。憐れと思うてくださりまし。

【五更転】おんみらがェ容に許すを望まん。酷き目に遭はしむることなかれ。夜は更けて、静まれば、一睡を図るべきなり。夜が明けば必死で行かん。

おにいさん。仕方ございませぬ。

わたしはかならず死すべけん。ひとまず縄を緩めたまはば、残疾の()となることを免れん。

ああ。大王さま。

良き夢で、良き夢で郷里に帰ることを得ば、黄泉で死すとも、ご恩を忘れじ。

【前腔】聖賢に告げたてまつらん。ご加護を垂れさせたまへかし。この怨みをば神はもとより知りたまふ。人を殺せし罪あるときは、神理は彰らかなるものなれば周羽(わたし)を照覧したまはん。命運拙く、天道危ふく、逃るることが難からば、陰兵が打ち殺すとも、打ち殺すとも心は悔いじ。旅路にて狼狽(くるしみ)を受け尽くすことを免れん。

(眠る仕草。末が起こす仕草)これぞまさしく、人の頼みを受けたからには、かならず人の(しごと)を終ふべし。行く時に、張員外さまはわたしに十両の銀子を下さり、途中で周羽を打ち殺せとお命じになった。戻ってきたらさらに十両を払うとのことだった。旅路では人間が多かったため、手を下すのは難しかった。今晩この古廟にいれば、人はほとんどやってこず、一人の周羽はもちろんのこと、十人の周羽を打ち殺しても知る人はいないだろう。かれの脳天を打つとしよう。(生を打とうとする。鬼判が引く仕草。末)どうしたことだ。打ち下ろせない。脳天を打たれて死ぬべきではないのだろう。とりあえずかれの(あばら)を打つとしよう。(生を打とうとするが鬼判が引く仕草)本当におかしい。普段この棍棒は、手に持てば、燈心のようなのに、今日はどうして千觔の重さがあるのだ。わたしは思う。周羽はこの時刻に死ぬべきでないのだろう。もうちょっと眠らねばならない。これぞまさしく、閻王が三更に死すべきことを定めなば、五更まで人の留まることはなからん。(眠る仕草。小生)護送人張文は、殺気は騰騰。犯人周羽は、怨気は冲冲。鬼判を呼び、二人を眠らせ、周羽の縄で張文を縛るとしよう。張文。張文。おまえは張敏の財物を受け、途中で周羽を打ち殺し、戻っていってさらに十両の銀子を求めるのか。おまえは利を得て家を肥やし、人の命を害するのか。わたしの命を聴け。

【玉胞肚】憐れ周羽は、河南本郡の附儒[11]にして、人を殺むと言はるれどその罪はなし。張敏が宋清に命じて殺めさせたれば、辺境で打ち殺すことなかるべし。この怨みにはかならず報いん。

【前腔】周羽よ。聴けかし。ひとまず心を安らかにして悲しむなかれ。他年かならず栄誉を享けて、かならずや日光の門閭に耀くことあらん。おまへの妻はかならず貴き子供を産まん。この怨みにはかならず報いん。

(末が目醒める仕草)ああ。周羽が逃げた。本当におかしい。この縄はわたしが周羽の体を縛ったものなのに、どうしてわたしの体を縛っているのだろう。周羽も逃げてはいない。これぞまさしく、吉凶はなほ見えざれど、夢寐にてさきに知れるなり。わたしがまさに眠っているとき、はっきりと見たのだが、大王さまがわたしの面前に立ち、周羽には罪がない、張敏が宋清に殺させようとしているのだと言っていた。さらにこの怨みにはかならず報いると言っていた。ちょっと待て。この事は封丘県でしたことなのに、なぜ鄂州の神さまもご存じなのだ。これぞまさしく、「人の世の私語(ささめごと)を、天は聞くこと雷のやう」。張敏はわたしに十両の銀子を与え、わたしに途中で周羽を打ち殺させ、戻ってきたらまた銀十両を払うとも言っていた。わたしは思う。今生で報いられねば、来世で償うことになる[12]。まさに所謂、「密室の疚しきことを、神は目ること(いなづま)のやう」。いいだろう。かれがこのような冤罪を受けているなら、わたしがかれと敵になることはない。とりあえずかれを起こして、逃がしてやろう。周さん、立たれよ。

(生が目覚める仕草)ああ。おにいさん。どうすることもできませぬ。わたしの縄をほどいてください。

(末)さきほどほどいてあげました。

(生が大王を見る仕草。末)なぜそのようになさるのです。

(生がまた見て哭く仕草)周さん。ひたすらこの神さまを見てどうなさいます。どんなお話がございます。仰ってください。

(生)ああ。おにいさん仰いますな。行きましょう。

(末)いいえ。わたしに言って構いません。

(生)言えば打とうとなさいましょう。

(末)打ちません。わたしに仰い。

(生)おにいさん。わたしがまさに眠っているとき、大王さまがわたしの前に立つのを夢見ました。わたしには罪がない、人に陥れられたのだと言っていました。そのあとさらに二句がありました。ああ。言うのはやめましょう。

(末)さらにどのような話がありましたか。すべてわたしに仰い。

(生)ああ。でたらめな言葉です。言うのはやめましょう。行きましょう。

(末)すべて仰って構いませぬ。

(生)かれはわたしが貴い子を生み、夫妻は会い、さらに怨みに報いる日があるなどと言っていました。ああ。でたらめな言葉です。申すべきではございませぬ。ゆきましょう。

(末)周さん。わたしも夜に夢を見ました。

(生が驚く仕草)おにいさんも夢を見ましたか。

(末)わたしの夢はあなたと同じです。今日は廟であなたを逃がしましょう。

(生)ああ。おにいさんはまた周羽(わたし)に冗談を仰る。旅路で周羽(わたし)を何回か打つのをお控えになれば、それがすなわちおにいさんのお情けでございます。どうしてわたしを逃がすと仰る。

(末)本当にあなたを逃がそう。

(生)おにいさん、あなたが本当に、(拝する仕草)

【画眉序】慈悲をもて、わたしのしがなき命を救ひ、周羽(わたし)を放したまひしは、

おにいさん。

七級の浮屠を造るに勝る、再生の功徳なるべし。わたしは今は生還を卜せざれども、死すともご恩を忘れまじ。

(合唱)あたかも籠を脱しゆく禽鳥(とり)のごと。ただちに九霄雲裏へ飛ばん。

【前腔】(末)かのひとが酷き目に遭ふを憐れみ、他郷にて怨鬼となるを免れしめつ。行枷[13]と鎖、手錠をすべて外すべし。

周さん。

大赦に逢ひてはじめて戻りきたるべし。わが身に累が及ぶを免れしめよかし。(前腔を合唱)

【滴溜子】(生)思へり。思へり。一通の(ふみ)を寄せんと。人が行きし後、(ふみ)が行きし後、この秘密をぞ漏らすべき[14]

(末)ひとまず他郷に住まふべし。

(生)わたしの妻よ。

(末)妻と故郷をな思ひそ。旅路では無駄な言葉をことごとく除けかし。

今生で釈放せられ君のご恩に謝せるなり。他郷にて滞魂[15]となるを免れぬ。
両手もて切り開く生死の路、一身は跳び出る是非の門[16]

失礼します。

(末が退場する仕草。生)おにいさん。お戻りください。

(末)どうしました。

(生)おにいさんが周羽(わたし)を逃がせば、おにいさんに迷惑が掛かります。

(末)どうしてわたしに迷惑が掛かるのです。

(生)おにいさんが戻ってゆかれても、批迴、収管を得て復命することができますまい[17]。おにいさんに迷惑が掛かるではございませぬか。護送してゆかれませ。

(末)ああ。あなたは良い人だ。路であなたを打ったのは間違いだった。批迴、収管のことは構いませぬ。府庁はわたしに路銀をくれました。半分を使いましたが、まだ半分がございます。わたしは先へ行き、州へなり県へなり、一枚の文書を提出し、あなたが途中で病死したと言いましょう。

(生)死んだことにしていただければさっぱりします。失礼いたします。

(生が退場する仕草。末)周さん、戻っていらっしゃい。

(生)わたしを釈放なさらぬのでしょう。おにいさん。護送してゆかれまし。

(末)そうではございませぬ。あなたのような身なりでは[18]、どうして路を歩けましょう。わたしには睡帽[19]、衣服がございます。先生にお着せしましょう。そのほうが見栄えが宜しゅうございましょう[20]

(生)大変ありがとうございます。おにいさん。失礼します。

(末が退場。生が神を拝する仕草)大変ありがとうございます。大王さまが夢に立ち、張文はわたしを逃がしました。地方に行って香燭を貰ってき、神さまに拝謝しましょう。

(退場。小生)鬼判よ、しっかり周羽を護送してくれ。(応える仕草)乾坤が一たび照らば、人々が暗中に行くことを免れしむべし。(退場)

 

最終更新日:2007年12月8日

尋親記

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[1] 原文「人間私語。天聞若雷。暗室虧心。神目如電」。「神はすべてをご照覧」という趣旨の慣用句で、俗文学に用例多数。

[2] 原文「你不信神佛見得如此」。未詳。とりあえずこう訳す。

[3] 「叩歯」に同じ。神仏を礼拝するとき、歯をかちかち鳴らすこと。胡孚琛主編『中華道教大辞典』六百八十五、九百七十頁参照。

[4] 原文「你既要熱湯熱水。何不在家裏自在麼」。これは嫌味。護送される身で湯を求めるなどとんでもないという口吻。

[5] 原文「我小人理之當然」。「わたしは辛い目にあって当然ですが」ということ。

[6] 原文「白鉄刀児転口快」。言ったことをすぐ変えるという趣旨の諺。「転口」に「(刀の刃が)曲がる」という意味と「言ったことを変える」という意味があることを利用した洒落言葉。

[7]原文「你看神像錐金瀝粉」。錐金は金の地の上に漆を塗り、錐で絵を描いたものという。『山行記』「錐金者、布純金於地、髹綵其上、以錐画之、為人物花鳥状、若絵画然。」。「瀝粉」は未詳。

[8] 原文「可又来」。未詳。とりあえずこう訳す。また気の利かないことを言っているということか。

[9] 原文「自古軽囚重管」。「軽囚重管」は慣用句と思われるが出典は未詳。

[10] 原文「做他一索」。未詳。とりあえずこう訳す。

[11] 未詳。附学生員か。あるいは「腐儒」ということか。「河南本郡」は開封府。

[12] 原文「我想來今生不報。來世償還」。自分が周羽を殺せば今生か来世で報いを受けるだろうということ。

[13] 護送される囚人に嵌める枷。

[14] 原文「只怕人去後。書去後。漏泄此機」。前後とのつながりが未詳。とりあえずこう訳す。

[15]滞魄とも。浮遊して拠り所のないたましい。

[16] 原文「双手劈開生死路。一身跳出是非門」。元雑劇『貶黄州』に「跳出是非場」という言葉があり、これと同じ。「是非」は諍いのこと。「是非門」「是非場」は諍いの場。

[17] 原文「那得批迴収管回銷」。「批迴」は囚人の護送を受けた官庁が護送をした官庁に送る返書。「収管」は囚人を受け取った証明書。「回銷」は復命すること。

[18] 原文「我看你這般行径」。「行径」は普通は行動のことをいうが、ここでは服装のことであろう。

[19] 未詳。

[20] 原文「在此也好看些」。未詳。とりあえずこう訳す。

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