第十四齣 賄押

【梨花児】(浄が登場)周羽は人を殺して禍胎を孕みたり。法条に違反して辺地に臨めり。かれの妻は正しき家を切り盛りしたり。

ああ。

埋葬の(つひえ)を欠けばわたしが貸すべし。

心に掛かることがなければそれまでなれど、心に掛くれば人は乱れん。ひとえに周の女房のため、多くの心機を費やしたのだが、役所はかれ[1]の死罪を許し、広南雝州に流して人民とすることにし、張文に護送させることになった。わたしは今、計略がある。十両の銀子を張文に送り、かれを途中で打ち殺させて、何の良くないことがあろう。ゆるゆるとやってくれば、こちらはすでに張文の家の入り口だ。誰かいるか。

(末が登場)一身は命を奉じて、近日中に封丘を離れんとせり。どなたです。(見える仕草)ああ。員外さまでございましたか。貴い方が賎しい所をお踏みになるとは。員外さま、中にお掛けください。

(浄)ひとまず喚くな。門を閉じろ。

(末)員外さまがこちらにいらっしゃいましたのは、何のお話でございましょう。

(浄)おまえが周羽を護送すると聞いたが。

(末)はい。まことに不運でございます。わたしはもともと短解[2]でしたが、知事さまはわたしが長解になることを要求したのでございます。路銀には十両の銀子しか下さいませぬ。それに旅路は遠うございます。

(浄)どこだ。

(末)広南雝州は三千里路のりでございます。はやく行きはやく戻っても半年は掛かります。

(浄)ああ。おとうとよ。あの周羽は悪人で、むごたらしく人を殺した。死罪に問うた方が、地域のために害を除くことになるのに、知事さまはまったく見識がなく、かれを許し、おまえに護送させるとはな。おまえを煩わすだけだ。そんなに長い道のりなら、十両の銀子では路銀に足りない。わたしは銀子十両をおまえに送ろう。

(末)わたくしは功がないのに禄を受け[3]、員外さまにお返しすることができませぬ。

(浄)返す必要はない。おとうとよ。注意しろ。黄徳は一文の銭も周羽から取っていないのに、殺されたのだ。おまえは旅路で朝晩かれに用心せねばならないぞ。

(末)員外さまの忠言に大いに感謝いたします。わたくしは周羽を護送し、あちらに着いたら、批迴[4]を貰って戻ってきましょう。それでこそ張文(わたくし)でございます[5]

(浄)おとうとよ。難しいことはない。護送してゆき、人気がない所で、棍棒で脳天を一打ちし、打ち殺せ。銀子を使ってその土地の公文をもらい、途中で病死したと言えば、仕事は終わりだ[6]

(末)員外さまのお指図に大いに感謝いたします。

(浄)仕事を終えて戻ってきたら、さらに十両の銀子を払おう。

(末)つつしんでお受けしましょう。(浄)

【皁羅袍】財帛は生半なものにはあらず。収めよかし。訝ることは必要なし。心にしかと記憶せよ。途中にて打ち殺しなば、民のため害を除かん。

(末)多く言い含むるを須ゐず。思ふに事は諧ふべし。一言はすでに定まれば、ふたたび変はることはなからん。

(浄)さきほど言ったが、

吉報が届かん日には、ねんごろに礼をせん。

(浄)このことはわたしがおまえのためを思って、おまえに話した[7]。友人や女房の前で、漏らしてはならないぞ。

(末)員外さまがこまかく言い含めることはございませぬ。かならずかれを滞魂[8]にいたしましょう。
(浄)
細心にせば手厚く褒美を与へてん。今から首を長くして吉報を待つ。

 

最終更新日:2007年12月28日

尋親記

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[1]周維翰をさす。

[2]短距離の護送人。後ろに出てくる長解は長距離の護送人。

[3]原文「小人無功受祿」。『詩』魏風・伐檀序「伐檀、刺貪也、在位貪鄙、無功而受祿、君子不得進仕爾」。

[4]犯人の護送を受けた県から、犯人を護送した県に対して送る、犯人を受け取った旨を記した返し文。

[5]原文「我小人解周羽到得那地方。討得批迴囘來。纔是我張文。」。「纔是我張文」が未詳。とりあえずこう訳す。

[6]原文「你把銀子幹了一張地頭文書。只説中途病故。一樁事卻完了」。「幹」と「地頭文書」が未詳。とりあえずこう訳す。おそらく、言っていることはその土地の役人に金を掴ませて、病死したという証明書を作ってもらえということなのであろう。

[7]原文「這話我爲你干繋。對你説。你」。「我爲你干繋」が未詳。とりあえずこう訳す。

[8]拠り所のない魂。

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