第十一齣 遣奴

【似娘児】(老旦が登場)香閨は寂寞として、花の咲き、花の落つるを見て嘆く。星霜の両鬢はなどとこしへに青からん[i]。ただ愁ふ。秋風に()の暮れたるを。丹桂一枝の影の絶ゆるを[ii]

良薬は口に苦きも病に利あり。忠言は耳に逆らふも(おこなひ)に利あり[iii]。わが員外さまはすることが正しくない。しばしばお諌めしたのだがお聴きにならない。今日はこちらで仮病を使い、いらしたときに、お諌めすれば、どれほどよいか。(頭を包む仕草。浄が登場)

【撻破歌】周家は罪を白状すれば、明らかに死すべけん[iv]

女房よ。なにゆえにこのようにしてこちらにいる。

(老旦)員外さま、本当にお元気ですね。わたしがこちらで死んだとしても、あなたは構ってくださりますまい。

(浄)おかしいな。わたしが朝に出てゆくときは、元気だったのに。どうして病気になったのだ。頭痛だろう。(老旦)

【紅衲襖】頭が痛めるにはあらず。

(浄)頭痛でないなら、発熱だろう。

(老旦)あなたが法を犯ししために結髪の(こころ)を傷ふ[v]

(浄)風寒[vi]を受けたのだろう。

(老旦)風邪のため不仁症にぞなれるなる[vii]

(浄)びっくりしたのだろう。

(老旦)びっくりしました。

あなたのためにいたく驚く。

(浄)どのようなことがある。わたしに言え。

(老旦)耳に逆らふことなれば、聴くには宜しからざらん。

(浄)薬を貰い、おまえに飲ませることにしよう。

(老旦)苦き薬の、命を(すく)ふは難からん。

(浄)病があるのに薬を飲まないのは、よくないぞ。

(老旦)あなたは癆鬼[viii]が身に纏はんとしたるなり。これぞまさしく、妙薬も寃病[ix]の深きを癒すは難きなり。

(末が登場)身には仕事を割り当てられて、いつの日に駆馳を罷むべき。ああ。員外さまと奥さまが堂上にいらっしゃる。

(浄)梅香を呼び、粥を持ってこさせ、奥さまに食べさせろ。張千。周羽の件はどうなった。

(末)周羽は板子で殴られること二十たび、拶子に掛けられ、敲かれること百二十たび、罪名を白状し、収監されておりまする。

(浄)かれの女房は、

(末)やはり拶子に掛けられました。

(浄)可哀想に。拶子に掛けなければ良いのに。

(末)お上の法はこのようになっております。

(浄)張千。女房は体がいささか不調なのだ。やってきてご機嫌伺いしろ。

(末)かしこまりました。

(浄)女房よ。張千のやつはなかなか忠義者だ。おまえの体が良くないのを聞き、わざわざご機嫌伺いしにきたぞ。

(末)奥さま。張千が叩頭いたします。

(老旦)おまえは張千ではない。

(浄)かれがどうして張千でない。

(老旦)かれは薬を売るカ中[x]でございます。

(浄)明らかに張千だ。薬を売るカ中ではない。

(老旦)かれが薬を売るカ中でないのでしたら、なぜ毒薬を持っているのでございましょう。

(浄)張千よ。おまえは何か毒薬を持っているのか。

(捜す仕草。末)毒薬などは持っておりませぬ。

(老旦)まだないと言うのかえ。

【前腔】あなたは人を唆し[xi]、よその夫と(つま)を引き裂き、蠱毒を下し、人を鬼魂となせるなり。

(浄)女房よ。かれは善意でご機嫌伺いしにきたのに、どうしてこちらでよけいなことを言う。

(老旦)員外さま。

あなたはかれが吉報をもたらしたりと仰れど、わたしはかれが砒霜よりさらに凶暴なりと言ふべし。

(浄)おまえは体に病があるのだ。ひとまず養生するがよい。

(老旦)わが病根はなほ除かれず。

張千の狗畜生め。

禍の根はなべてかくなるものぞかし。

員外さま。

わたしの病が良くなることをお望みですが、簡単なことでございます。張千を追い出して、牢から周家を救い出すほかございませぬ。

(浄)周家はわたしと関わりはない。

(老旦)これぞまさしく、「心の病はやはり心の薬もて癒すべし[xii]。」。

(浄が背を向ける仕草)張千。女房はおまえに腹を立てている。かれは体が良くないのだ。仕方ない。南荘へ行き、しばらくとどまり、女房の病気が良くなったら戻ってこい。

(末)わたくしはすぐに行きましょう。

(退場。浄)こら。この狗畜生はまだ行かないか。(身を翻す仕草)女房よ。張千を追いだしたぞ。おまえは体が良くないから、わたしがおまえを扶けて中へ入ってゆこう。

(老旦)わたしの病は大したことはございませぬが、あなたの病はみるみる重くなっています。

(浄)わたしにどんな病がある。

(老旦)員外さま。あなたの

心の病はやはり心の薬もて癒すべし。わたしの病はわたしが知れり。
善悪所詮報いあり、あるは遅速の違ひのみ。

 

最終更新日:2007年12月25日

尋親記

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[i]原文「星霜兩鬢豈長」。星霜」はここではぽつぽつまじった白髪の喩え。

[ii]原文「丹桂一枝絶影」。未詳。とりあえずこう訳す。張協『七命』「絶景乎大荒之遐阻」注「絶滅形影遐遠窮極奥深也。」。

[iii]『説苑』正諌。

[iv]原文「想必是身亡分曉」。分曉」が未詳。とりあえずこう訳す。

[v]原文「只爲你犯法的傷了結髮情」。結髮」は「結髮夫妻」のこと。若いときから連れ添った夫婦のこと。

[vi]医学用語。風邪と寒邪。

[vii]『後漢書』班超伝「兩手不仁」注「不仁猶不遂也。

[viii]未詳だが、病魔、それも労咳の病魔であろう。

[ix]未詳だが、業病といった方向であろう。

[x]医者、売薬者に対する呼称。

[xi]原文「你下挑生」。まったく未詳。とりあえずこう訳す。

[xii]原文「心病還將心藥醫」。心病還従心上醫」「心病還須心上醫」「心病終須心薬治」「心病還須心薬治」「心病須得心薬医」とも。精神的な病には、物質的な薬は役に立たないという趣旨の諺。

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