第八齣 移屍

【天下楽】(旦が登場)柴門(しばのと)を風は動かし(たびびと)は家に来れり。瀟瀟と疎雨は梨花をぞ打てるなる。残燈をかきたてつくせど遣る瀬なし[1]。望めども帰りこざればかのひとを心配したり。

亭主は朝から出てゆき、今になっても戻ってこない。わたしは待ちわび、眼はしょぼしょぼ、腸は断たれて、本当に寂しい。

【歩歩嬌】どこぞの家に身を寄せたるにや。友人たちと語りたるにや。

あのかたは普段から余計なことを仰らない。

酔ひ倒れたまひたるにや。

あのかたは今までお酒を飲まれなかった。

人と争ひたまひたるにや。いささか気掛かり。

あのかたは事件を起こす人でもない。わたしもこんな時間にこちらでながく立っているべきではない。

わたしは女。門を閉ざして家で坐すべし。

(旦が退場。末丑が屍骸を移動しながら登場)かのものは門を閉ざして家にて坐するのみなれど、禍は天上より来らん。ここはもうあいつの家の入り口だ。ひとまず置こう。わたしとおまえはあちらに隠れ、かれらが屍骸を移動したら、すぐに叫ぼう。(かりに退場。生が登場)

【歩歩嬌】満頭の風雪。帰りくることこそ遅けれ。見るを恥づ妻の顔。身は寒く歩みは進まず。雪は(さむ)く天こそ(くら)けれ。路は分からず見ゆるなし。(転ぶ仕草)何だろう。躓いて転んでしまった。

また言へり。天上人間、方便を施すことが第一なりと。

忒忒令】天はわたしを不運ならしむ。

何だろう。あちらに移そう。

人がまた躓かさるるを免れしめん。

酔っ払いだったか。おじさん、ゆきましょう。

日は暮れたるに、などて身を動かさず、径風の吹くに一任したまへる[2]温か(ふすま)にも、暖かき(ふすま)にもあらざるに、なほ酔ひて眠るを貪りたまへるか。

おじさん、立ちなさい。ああどうしてびしょびしょなのだ。酔っているのだろう。すっかり体に吐いている。

【玉交枝】かやうに汚く賎しげで、

周羽(わたし)は食べるものがなく、惨めだが、あなたのように食べるものがあるのに、体に吐くのも、惨めなだな。

出世するのがいづれの年なるかも知らず。

このようなろくでなしには、構わずに、門を開け入ってゆこう。ただ一つ。

門の脇にて凍死せば、

かれの命を償うことはないものの、

関はりあひとなることを免れず。

女房を呼び灯りを持って出てこさせねばならない。熱い湯をいささか飲ませて、命を救えば良いではないか。女房よ、門を開けろ。

(旦が灯りを持って登場)日は暮れて空山遠く、天は寒く白日貧し。柴門に犬吠を聞く。風雪の夜に人は帰れり。

官人、お帰りなさいまし。一日出てゆかれいかがでしたか。

(生)女房よ。一掴みの米がこちらにある。とりあえず受け取ってくれ。

(旦)どうして両手が血だらけなのです。

(生)まずい。提灯を持って見てみれば、酒を飲み酔った人だと思っていたが、殺された人だったのか。どうしたら良いだろう。

雪の日に家に半銭さへもなし。仕置場で刑罰にしぞ遭ひつべき。周羽は葬り去られてたちまち天を見ることは叶はじ[3]。天は周羽を憐れみたまはじ。

女房よ。辺りを見ても人がいない。いっしょに担いでほかの場所へゆくとしよう。

【一撮棹】心は驚き戦けり。いそいで担ぎゆけよかし。ぐづぐづとするなかれ。

(旦)どちらに担いでゆけば良いでしょう。

(生)静かに。

塀には耳がありつべし。塀には耳がありつべし。その時は風声(うはさ)をいかで免れん。寃家(こひびと)のために涙はますますしとどなり。寃家(こひびと)のために涙はますますしとどなり。

(生旦が屍を担いで退場。末丑が登場。叫ぶ仕草)周羽が人を殺し、妻郭氏といっしょに屍骸を移動しているぞ。

(内)了解。

(末)今、地方はすでに大声を揚げた。おまえは黄徳の兄黄文に告げにゆけ。わたしは員外さまに報せにゆこう。

(丑が仕草をする)これぞまさしく、一心は忙しきこと()のごとく、両脚は走ること飛ぶにぞ似たる。(退場)

 

最終更新日:2007年12月20日

尋親記

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[1] 原文「殘燈剔盡無聊ョ」。剔盡」は灯心を引っぱり出して燈火をできる限り明るくすること。

[2] 原文「何不將身囘轉。一任徑風穿。」。「徑風」が未詳。速い風のことか。ただ、「徑風」という言葉を知らない。あるいは「勁風」の誤字か。だとすれば強い風のこと。

[3] 原文「送周羽一番兒不能勾見天」。一番兒」が未詳。とりあえずこう訳す。

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