第七齣 傷生

【青香児】(浄が登場)周の奥さんは儀容は絶妙。かのひとを見れば皮膚(はだへ)はむずむず。張千は昨日金を取り立てにゆきしかど、なにゆゑいまだに知らせなき。

劉郎は武陵の花を一見し[1]、春心はそれより揺らげり。張千は昨日お金を取り立てにゆきたりき。かれが来らばことが知れなん。

【前腔】(末が登場)日もすがら人と言い争ひたりき。話せば何とおかしきことぞ。かれらは節を守りていとも高潔なれば、東人(あるじ)はむなしく焦るなり。

(浄)張千よ、戻ってきたな。金の取り立ての件はどうなった。

(末)(西江月)わたくしは家を訪ねて取り立てし、金額を知らせたりにき。夫妻二人はいづれも驚き疑ひて、証文に偽りの記載をなせりとともに言ひたり。田地家屋も、装身具金珠もなけれど、佳人は心は磐石のごとくして移ることなし。この姻縁は成ることなからん。

(浄)うまくゆかぬだと。おまえは周家の酒を飲み、わたしのもとへごまかしにきたのだな。板子を取ってこい。この狗畜生を打つとしよう。

(末)かれらの酒は飲んでおりませぬ。

(浄)酒を飲んでいないなら、なぜ顔が紅い。

(末)酒を飲めば顔全体が紅くなり、半分が紅く、半分が白くなることはございませぬ。

(浄)どういうことだ。

(末)わたくしは周羽に平手で打たれたために、紅いのでございます。

(浄)まあよかろう。わたしの家の一匹の犬の子さえ、打とうとする人はいないのに。はやく行き、周羽を捕らえてまいるのだ。

(末)捕らえてはなりませぬ。かれの女房と結婚しようとなさるなら、周羽を殺すしかございませぬ。

(浄)この言葉は針と線のように、のっけから争いごとを釣りあげた[2]。ひとまず探れ。周羽を人夫にしようとしたのは誰なのだ。

(末)黄徳でございます。

(浄)黄徳を殺せ。

(末)なぜ黄徳を殺します。

(浄)当初、黄徳はかれを人夫にさせようとし、かれから二錠の銀子を得た。今では民は安らかになり、事は収まったので、黄徳にお金を求めたが、返そうとしなかったので、怨みを抱いてかれを殺したということにしよう。このような人命事件なら、周羽が罪を認めぬはずはないだろう。わたしは今から人に命じて黄徳を殺させ、屍骸を周家の裏門に担いでゆかせることにしよう。ひそかに人を待機させ、かれが戻ってくるのを待たせることにしよう。かれはかならず屍骸を移動するだろうから、すぐに大声を揚げさせ、地方役所に告げさせよう。周羽を殺せば、かれの女房はわたしが物にすることになる。この計略はどうだ。

(末)その計略はとても宜しゅうございます。ただ行く人がおりませぬ。

(浄)おまえが行ってくれ。

(末)わたくしは行けませぬ。馬飼いの宋清がおります。この人は大胆ですから、殺しにゆけます。

(浄)呼び出してこい。

(末)員外さま。宋清が来た時、かれを打つと仰い。わたくしが宥めましたら、ゆるゆるとかれに話をなさいまし。

(末が叫ぶ仕草。丑が登場)宋清と呼ぶを聴く。両脚は停まることなし。二碗の飯ならずんば、かならずや三瓶の酒ならん。

(末に見える仕草。末)員外さまがお怒りだ。注意しろ。

(丑)おにいさん。員外さまがわたしに怒ってらっしゃいますなら、取りなしをお願いします。

(末)分かった。宋清よ、おもてを上げよ。

(浄)宋清よ。どこにいた。お前を呼んだがようやく来たな。

(丑)裏庭で旦那さまをお世話しておりました。

(末)馬を世話していたのだろう。

(浄)おまえはどうしてわたしの馬を痩せさせた。板子を取ってきてこいつを打て。

(丑)痩せたのではございませぬ。昨日一頭の子馬が生まれたのでございます。

(浄)昨日子馬が生まれたのなら、どうして報せにこなかった。

(丑)これぞまさしく、貴人は忘るること多し[3]。昨日、旦那さまが林学士さまのお家でお酒を飲まれていたときに、宋清(わたし)が報せにゆきました。旦那さまの馬が子馬を生みましたと言いますと、旦那さまはどんな色かと仰いましたので、わたしは点子青[4]だと言いました。旦那さまは「わたしが好きなのはまさに点子青だ。褒美を取らす。」と仰いました。

(浄)ひとまずおまえに尋ねよう。おまえは誰のものを食べ、誰のものを着ている。

(丑)旦那さまのものを食べ、旦那さまのものを着ております。

(浄)女房は誰が貰ってやった。

(丑)旦那さまが貰ってくださいました。

(浄)息子は誰が生んだ。

(丑)旦那さまがお生みになりました。

(浄)馬鹿を言え。わたしは考えている事がある。わたしのためにすることができるか。

(丑が仕草をする)世に難しきことなきはもちろんのこと、天さへも盗みにゆかん。

(浄)天も盗めるか。よかろう。わたしはさまざまな宝をすべて持っている。五色天鑲と衝立が足りないから[5]、盗みにゆけ。

(丑)上ってゆく梯子を下さい。

(浄)天に上る梯子はない。

(丑)わたしも雲を掴む手はございませぬ[6]。わたしは旦那さまの厚恩を受けていますが、報いる手だてがございませぬ[7]。そのために天さえも盗みにゆくと言ったのでございます。旦那さまのご機嫌をとっただけです。もし天を盗めますなら、これこそ天を欺くことでございます。

(浄)人を殺しにいってもらいたいのだ。

(丑)人を殺すですって。

(浄)喚くな。おもての人に聞こえるだろう。

(丑)何人を殺します。

(浄)一人だ。

(丑)二人を殺せば、天秤棒で担げましょう。

(浄)黄徳保正を殺そうと思っているのだ。知っているか。

(丑)知っております。ただ刀がございません。

(浄)刀をやれ。

(末)刀はこちらだ。

(丑)ご覧ください。純鋼(はがね)を打ち、ながく鍛えて作ったものでございます。人を斬っても血は着かず[8]、鉄を切ること泥のようです。わたしが真っ先に殺しましょう[9]。あなたたちは恐ろしいですか。

(浄末)恐ろしい。

(丑)あなたたちが恐れるのなら、かれも恐れることでしょう。

(浄)黄徳を殺し、屍骸を周羽の家の裏門に担いでゆけ。

(丑)旦那さまはまた意気地がないことを仰って。わたしたちが人を殺しましたのに、周羽の門を飾るのですか。やはりわたしたちの広間へ担いできて置き、大門を開け、人を入らせ、見にこさせましょう。人々は張員外さまは本当に凶暴だ、家の中でさえ人を殺すと言うでしょう。

(浄)わたしには計略がある。おまえたち二人は隠れていろ。周羽は屍骸を見れば、きっと屍骸を移動するだろう。おまえたち二人は大声を揚げ、地方[10]を呼び、仕事をしたら戻ってこい。手厚く褒美を与えよう。

(末丑)かしこまりました。(浄)

【刮鼓令】かのものの家はいと貧し。わたしの威風を、人はみな聞く。かのものの妻が嫁ぐを求むれど、事が成らずば、人々に笑はれぬべし。今晩は人を殺して、屍骸を周家の裏門へ担ぎゆけかし。

(丑)人を殺すですって。

(合唱)塀に耳ある恐れあり。ひとまず声を低くせよ。窓の()にいかでか人のなかるべき。

【前腔】(丑)宋清(わたし)指示を蒙れり。恩を知り、恩に報いん。今晩は刀を持ちて潜みゆき、かならずかれの一命を奪ひてん。佳人を娶りたまひなば、宋清(わたし)を呼びて幾瓶か酒を飲ましめたまふべし。

(前腔を合唱)

事は所詮は儘ならず。三人の機謀を漏らすことなかれ。
かのものに紀信[11]の難はなからんも、屈原の愁へはあるべし。

(浄が退場。末丑が弔場する。)人の頼みを受けたからには、かならず人の仕事を成し遂げなければならぬ。今すぐに黄徳の家に行き、一声掛けよう。

(丑)その通りです。角を曲がれば、こちらだな。黄保正はいるか。

(内)家にいませぬ。県に行きました。どちらさまです。

(丑)わたしは宋…

(末)間違いだ。周羽だ。

(丑)わたしは周羽だ。先日かれはわたしに人夫になるように命じたので、二錠の銀子を得たが、わたしの名はなかった。今日はわざわざかれを尋ねて銀子を貰いにきたのだよ。かれがわたしに返せばよし、返さないなら、一刀のもとにかれを殺すぞ。

(内)周先生、いけません。明日あなたに返させましょう。

(丑)あいつにすこし用心させろ。

(末)こちらでいっしょにかれが戻ってくるのを待とう。話していると、黄徳が来た。

(浄が黄徳に扮し、酔って登場)卯の刻に酒を飲み、昏昏としてただちに酉の刻に到れり。

(末)酔っているぞ。わたしとおまえが手を下すにはちょうど良い。黄保正どの、どこで飲み、かように酔われた。来られよ。いっしょにこちらで話すとしよう。(殺す仕草)宋清どのはすぐれた手並み。屍骸を担いで周羽の家の裏門へ行くとしよう。(屍骸を移動する仕草。退場)

 

最終更新日:2007年12月20日

尋親記

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[1]劉晨のこと。阮肇とともに天台山に遊び、仙女と出会った故事が、『幽明録』に見える。

[2] 原文「此言一似針和線。從頭釣出是非來。」。未詳。とりあえずこう訳す。この言葉から、すべての事件が始まると述べたものか。

[3] 諺。俗文学に用例多数。

[4] 馬の毛色の名称と思われるが未詳。

[5] 原文「只少一塊五色天鑲一個屏風」。「五色天鑲」は未詳。

[6] 原文「我也沒有拿雲手」。「拿雲手」は優れた仕事を成し遂げる手腕のこと。

[7] 原文「無恩可報」。未詳。とりあえずこう訳す。

[8] 原文「斬人無血」。未詳。とりあえずこう訳す。

[9] 原文「我先殺個」。未詳。とりあえずこう訳す。

[10] 里長。

[11]漢の高祖の臣。高祖が滎陽で項羽に包囲されたとき、高祖の身代わりとなって投降し、焼き殺された。

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