第八十七回

童寄姐が大騒ぎをして投身すること

権奶奶が喧嘩をして嫉妬すること

 

都女をな娶りそ

性の激しき者ばかり

肉と酒とを目当てにし

綾と薄絹 身に着けり

恥知らずにも大騒ぎ

乱暴をして謗り合ふ

権氏、戴氏に童寄姐は

みな悪者で大差なし

 狄希陳は滄州で童寄姐に別れ、故郷に行って先祖をまつりましたが、短ければ五日、長くても十日で、戻ってきて船に乗ると約束していました。童寄姐と郭総兵の二隻の船は臨清に着きますと、浮橋口湾に停泊しました。郭総兵は毎日通家と会い、知り合いに挨拶をし、宴席に赴いたり、人に奢ったりし、数日間忙しくしました。寄姐は一人で船に残っていました。郭総兵に用事があったときは、寄姐もあまりいらいらしませんでした。郭総兵は公務を終えますと、毎日寄姐の船にやってきて消息を尋ねましたが、狄希陳は待てどもやってきませんでした。十四日待ち、ようやく船に戻りました。小間使いを買い、下男を雇い、さらに二日ぐずぐずしますと、船を出発させました。寄姐との約束の日を過ぎていたので、寄姐は毎日あれやこれやと騒ぎ、狄希陳は家にいる目の見えない女房を恋しがって、わざと出発しようとしないのだ、寄姐を船に泊まらせ、一人寂しく、馬鹿な女房が夫を待つときのようにさせているのだ、と言いました。また、狄希陳は羊羔酒、響皮肉[1]を寄姐に食べさせることを約束していたのに、忘れてもってきませんでした。寄姐は人から卑しいと言われると思ったので、口では言う気になれませんでしたが、心の中ではひそかに腹を立て、ほかのことに託つけては、狄希陳のことを間抜けだと言いました。寄姐の不従順なありさまは、素姐と大差がありませんでした。旅をして、淮安、揚州、高郵、儀真などの大きな波止場を過ぎますと、彼女は小さな宴席を設け、郭総兵、周景楊を船に呼び、彼らの度重なる持てなしのお返しをしようとしました。しかし、彼女は下女たちの機嫌を損ねており、彼らはは体を動かそうともせず、口を開こうともしませんでした。さいわいなことに、旅路には何の滞りもなく、あっという間に南京に着きました。船を泊め、郭総兵、周総兵を誘って城内に入り、あらゆる礼物を買いととのえました。二日とどまって、様々な物を買いおわりますと、船で出発しました。

 寄姐は買ってきた礼物の中から、とにかくいい物、例えば撒線の綿入れスカート、刺繍をした布団や帳、玉簪、玉花の類い、上等の綺麗な絹や緞子を選び、二つの大きな鞄にたっぷりと入れました。狄希陳は心の中で思いました。

「自由に選ばせ、必要なときに使うことにしよう」

ところが、寄姐は、船の上で何もすることがなかったので、袍と一緒に着る、刺繍をしたスカートを、一筋一筋切り、皮金[2]を嵌め、縫いあげると折りたたみ、帯にして腰につけました。生地で様々な衣服を作り、玉花には蜚翠の葉をつけました。また、真珠を身につけ、上等の玉簪をすべて頭につけてしまいました。狄希陳は心の中でこう思いました。

「何ということだ。あらかじめ言ってくれたら、南京で買い足すことができたのに。南京を離れてから、幾らもない礼物を台無しにしてしまうなんて。これからどこにいって買えばいいというんだ。成都に行ったら、府知事さまと三司への四つの礼物は、どこで買うことができるというんだ」

悲しくてたまりませんでしたが、それを口にするわけにもいかず、ひそかに腹を立てていました。

 ある日、寄姐は一匹の真紅の六雲紵絲[3]の生地で袖無しの衫を作り、残りの布で袷のズボンを作りました。狄希陳は堪えきれずに言いました。

「この大紅の雲紵は九両以上の銀子で買ったもので、上司への最高の贈り物にしようと思っていたのだ。こんな詰まらないもののために使ってしまうなんて。上司への贈り物がなくなってしまったぞ。どうしたらいいんだ。それに、北京でたくさんの服を作ってやったのに、生地をみんな切ってしまうなんて」

寄姐は反抗的な顔をさらに恐ろしくし、怒って豚の肝臓のような顔色になると、罵りました。

「馬鹿。間抜け。服を手にいれて女房に着せる力もないのなら、女房を娶るんじゃないよ。女房を娶ったのに、服も着せず、尻丸出しで歩かせるつもりかい。あんたはろくでもない女が生んだ、恥知らずだが、私は良家の娘で、恥を知っているから、服を着たいし、髪飾りもつけたいんだよ。服を着せないのなら、尻丸出しで歩いて、あんたに赤っ恥をかかせてやるからね」

大声で罵りながら、作った衣装を粉々に引きちぎり、玉簪、玉花を粉々にして川に投げ捨てますと、罵りました。

「一緒に暮していくことはできないよ。この世間知らずの淫婦の倅め」

 狄希陳は、薛素姐にぶったり罵られたりするのには慣れていましたが、寄姐にここまで言われますと、いささかかっとなって、言いました。

「僕の礼物を台無しにしたのは小さなことだが、おまえは口を開けば母さんのことを罵ってばかりいる。母さんはおまえを怒らせてはいないし、おまえは母さんの顔を見てもいないくせに、母さんのことを罵るとはどういうことだ」

寄姐「うちの母は良家の娘で、身分が貴く、立派な子供を産んだのです。あんたのような子供を産んだ人間とは違いますよ。うちの母を天秤に掛けてみたら、あんたの母親よりもずっと重いことでしょうよ」

狄希陳「身分が高い銀匠の女房など見たことがないぞ。僕の母さんは僕のような七八品官の息子を生み、娘は秀才の女房になったのだ。僕に雇われて店の番をしているような息子や、僕に売られて妾になったような娘を生んだ、銀匠のろくでもない女房とはわけが違うんだぞ。僕は着任すれば、昼までに、p隷、快手を遣わし、城内のすべての銀匠を役所に連れてきて、二十回の板打ちにし、『窃盗』の字を入れ墨して徒刑に処し、『知事さまお許しください』と叫ばせることだってできるんだぞ。僕がもっと腹を立てたら、銀匠の女房、娘も役所に連れてきて、拶子にかけ、奴らに小便と大便をいっぺんに漏らさせることだってできるんだからな」

 寄姐は菩薩のような心をもっていましたので、狄希陳が欠点をあげつらってこのように罵ることは許せませんでした。彼女は狄希陳の顔を引っ掻き、頭突きを食らわせ、頭巾を掴み、衣装を引っ張りますと、一緒に黄河に飛び込もうとして、叫びました。

「前の船の方、後ろの船の方、船頭さん、外水さん、盛頭さん[4]、舵取りさん、聞いてください。山東の狄希陳は、都に来て、私の家を借りたとき、私が美しいのを見て、真夜中に私の両親を殺し、財産を狙い、私を犯そうとしましたが、都は警備が厳しく、とどまることができなかったため、偽の証書を買い、七八千里離れたところで偽の役人になろうとしているのです。奴は昨日故郷に行きましたが、女房が奴を引き止めたのに腹を立て、家にいた女房を殺し、逃げてきたのです。奴は印鑑を私造し、偽の勘合を用いています。おまえは何様だい。誰に遣わされて、食糧を受け取り、人夫を使って旅をしているのだ。私が証人になります。みなさん、どうか役所に行かれ、私の命を救ってください。私は奴の秘密を漏らしたので、奴は私を許さず、川に突き落とすか、縄で締め殺すかするでしょう。奴はとても凶暴です。私の一人娘は、強姦されそうになりましたが、承知しなかったため、首を吊り、まだ息があったというのに、棺に入れられ、外に出されてしまいました。隣人がそれに気づき、奴を脅迫しますと、今度は隣人を察院の役所に告訴し、私まで掴まって役所に連れていかれてしまいました。これがお前と一緒になって得た恩典だよ」

狄希陳「何ということだ。神さまが聞いてらっしゃるぞ」

寄姐は罵りました。

「この馬鹿。私が嘘をついているというのかい。神さまや仏さまに頼るつもりかい。私がちょっと服を着ると、馬鹿なお前はすぐに惜しがるんだからね。お前の故郷にいる女房に、服や生地、宝石を買ってやればいいのだよ。私は顔がきちんとしているが、お前の故郷にいる女房は、目が見えず、鼻が欠け、鼻の穴から喉の先が見えるほどだ。あいつは顔には真っ白な白粉を、唇には真っ赤な紅を塗っている。口は両耳の根元まで裂け、廟の中の幽霊そっくりだ。こんなものをあいつにやることはないよ。あいつにずっと付き添う必要もないよ。世の中では『和尚が女房を亡くす−みんないなくなる』というが、私とあの汚らしいあまっちょも、『尼が和尚を亡くす−みんないなくなる』ことにするよ」[5]

狄希陳「僕があいつを殺して逃げてきたといったくせに、僕があいつを贔屓しているというとはどういうことだ」

寄姐「口答えするんじゃないよ。私はいいたいと思ったことをいうんだよ。すきなようにさせておくれ。とにかくあんたと一緒にはいられないよ。ここで船を泊め、三下り半を書き、私を家に送っておくれ。わたしたちは『将軍は馬から降りず、それぞれの道を行く』ということにしよう。あんたはろくでもない役人になるがいいさ。私のような女は、誓ってあんたのような木偶の坊よりいい男に嫁ぐことができるからね。私は息子も連れていかないからね。私を離婚しなければ、子供を抱き、あんたを引っ張り、親子三人で黄河に飛び込んでしまうからね」

狄希陳「おやおや。僕と息子は命が大事だから、黄河に飛び込んだりはしないが、お前は命を粗末にして、身投げをしようとするとはな」

 寄姐はますます大騒ぎをはじめました。彼女は子供を懐に抱き、絹の紡ぎの汗巾を手にもって腰を縛りますと、片手で狄希陳の襟をつかみ、船倉の外に出ました。狄希陳は奥へ逃げながら、懐から息子を奪いました。張樸茂の女房、新しく買った下男伊留雷の女房、小間使いの小河漢、小渉淇は、四人で寄姐を引っ張って黄河に飛び込まないようにさせました、小京哥はびっくりして大声で叫び、懐に潜り込みました。寄姐は罵りました。

「汚らしい淫婦どもめ。私を引っ張るのはやめておくれ。私が河に飛び込んで、馬鹿や淫婦どもに気儘な生活をさせてやったほうがいいじゃないか」

張樸茂の女房「奥さま、お怒りを鎮めてください。夫婦喧嘩は、よくあることです、川に飛び込まれる必要はありません」

寄姐は罵りました。

「この淫婦。私とおまえに何の関係があるというんだい。人にこんなに欠点をあげつらわれたというのに、面の皮を厚くして生きろというのかい」

張樸茂の女房「奥さま、私を罵られるのは結構です。『罵るときはどちらも悪く、殴りあうときはどちらも悪い』といいますからね。しかし、旦那さまをあれこれ罵ることは許されませんよ」

伊留雷の女房に向かって言いました。

「だれか小船を漕いで、先方の郭総爺の座船を追い掛け、あの方を待たせておくれ。権奶奶と戴奶奶を呼んできて、奥さまを宥めておくれ。川に飛び込むことができず、腹を立てて乳が出なくなり、若さまが飢えるようなことになっては大変ですからね」

伊留雷の女房は彼女の夫に小船を漕がせ、郭総兵の船を追い掛けました。

 実は、その日は何の日だったかともうしますと、牛魔王の夫人翠微宮主、九子魔母と地殺星顧大嫂、孫二娘といった女将軍たちが当直[6]をしている日だったのでした。郭総兵の執事の卜向礼は、遠くから伊留雷が船を漕いで追い掛けてくるのを見ますと、甲板に出て眺めていました。伊留雷が目の前に来ますと、卜向礼は尋ねました。

「どうなさったのですか」

伊留雷「奥さまが旦那さまと喧嘩をされ、若さまを抱き、旦那さまを引っ張り、川に飛び込もうとされました。家の四五人では宥めることができません。権の奥さまと戴の奥さまには船へ行かれ、私どもの女主人を宥めていただきたいのです」

卜向礼は手を振って、いいました。

「私たちは狄の奥さまをよんで権奶奶と戴奶奶を宥めていただこうと思っていたのです」

伊留雷「それはどういうことでしょうか」

卜向礼「小船を船尾に繋いで、話をお聞きください」

 伊留雷はきた当初は焦っていて、うわの空でしたが。卜向礼の話しによれば、郭総兵の船でも大喧嘩が起こっていたのでした。片方の女がこう言っていました。

「この恥知らずめ。おまえには良心があるのかえ。船に乗ってから一か月以上、何回私の主人と寝たんだい。おまえだけが女で、ほかの人たちは石や木の人形だとでもいうのかい。おまえは若く、他の人は七八十歳の婆さんだというのかい。主人を独り占めにして。濃いスープをさらっていってしまって、薄いスープを他人に飲ませるとはね。この悪人め。すっかり掬ってしまうなんて」

伊留雷はこっそりと卜向礼に尋ねました。

「話してらっしゃるのはどなたですか」

卜向礼「権奶奶です」

すると、戴奶奶がいいました。

「あんたこそ恥知らずで、悪人だよ。私はあんたを呪ってやるよ。私は小さいときから一人で食事をしたことはないよ。一銭の菓子、炒り豆を買ったときも、みんなに分け与えていたよ。自分の顔がまずくて、主人を引き止めることができないくせに、他人を恨むなんて。あの人がいるときは、私は必ずあんたの所へいくように勧めたよ。あの人があんたのところへいくのを怖がるからといって、豚の毛の縄であの人を縛ってあんたに引き渡すわけにもいかないだろう。一体どういうことだい。人を叱り付けるなんて。恥ずかしくないのかえ」

権奶奶「私は主人を独り占めしていないのに、恥知らずだって。西瓦廠[7]の塀の下の淫婦こそ恥じ入るべきだよ」

さらに郭総兵が言いました。

「わめくのはやめるんだ。わしが悪かった。戴家の寝床が大きく、寝るときにあまり狭いと感じなかったので、幾晩か寝たのだ。何もせずに寝た日が多く、例のことをして寝た日は少ない。権家の寝床で寝た日は少ないが、毎晩例のことをした。わしは将軍だから、精力を養わなければ、三軍を率いることはできない。おまえたち女のために精力を使いはたすわけにはいかないのだ。船倉には周相公がいる。周相公はわしの通家で、長いこと付き合っているから、問題はない。しかし、ほかにも下男や船員たちがいる。彼らに聞かれたらみっともないではないか。彼らは同じ船の人たちだ。狄友蘇の船がすぐ後ろにいるが、あの人が都で娶った女は、とてもおとなしく、おまえたちのように喧嘩をしたりはしないぞ」

権奶奶「言い逃れをするんじゃないよ。道理であんたは仕事ができないわけだ。総兵ともあろうものが、どうして追い払われて家に戻ってきたんだい。数千数万人の三軍を率いているのだから、公平でなくては人を従わせることはできないよ。好きな女を贔屓して、嫌いな女を疎んじるなんて、大将軍の器ではないよ。私の寝床が狭くて寝ることができないわけでもないのに、あんたは何度寝床から抜け出していったか分からないよ。あいつと何もせずに何度も寝たのなら、河の神さまに誓いをたてておくれ。あんたがわたしと例のことをしたのなら、体を指差して誓いをたてておくれ。あんたが嘘をいっていることは、私は知っているよ。北京城で尋ねてごらん。権家の小間使いはみんな賢く、人に騙されたりはしないんだよ」

戴奶奶「嘘をついていることがわかっているのなら、そんな男を好きになるのはおやめなさい。どうして厚かましく騒ぐんだい」

権奶奶「淫婦が減らず口を叩くんじゃないよ。私が間男を囲っている、恥知らずだとでもいうのかい」

戴奶奶「あんたの間男だって、そんなことを口に出したりはしないだろう。まったく恥知らずだよ」

二人はこちらが喋ればあちらが言い返すという具合に、罵るのをやめませんでした。

郭総兵「広西で掛印総兵をしていたときは、一声号令すれば、百万の兵士が服従し、だれも命令に背こうとはしなかった。さらに、しばしば軍営を見回り、首を切って晒したこともある。それなのに、二人の女房を押さえることもできないとは」

小者を呼びました。

「周さんと一緒に寝るから、わしの布団を船倉に運んでくれ。もう二度とこいつらとは寝ない。つまらないことを言われるだけだからな」

 郭総兵は腹を立てながら、その場を抜け出しますと、隣の船倉へ行き、周相公に事情を告げました。権、戴の二人の夫人は、主人が目の前にいなくなりますと、お互いに腹を立てて、又もや喧嘩を始めました。

郭総兵「江西の苗族の方がずっと手懐けやすい。あの都の女たちは苗族よりも凶暴だ。我々男は彼らを思い通りにすることはできない」

小者の党童を呼びますと、言いました。

「料理人に酒と料理を準備させてくれ。小船を漕いで後ろの狄さまの船に行き、狄の奥さまをお呼びし、二人の奥さまを仲直りさせてくれ」

党童「他に人を遣わす必要はありません。狄さまの執事の伊さんが来られていますから、ついでに声を掛けていただけばいいでしょう」

郭部兵「あの人は何をしにここにきたのだ。先ほど二人がわめいているのを聞かれてしまったぞ。まったくみっともないことだ。あの人を呼んできて、尋ねてみよう」

 党童が伊留雷を目の前に呼びますと、郭総兵は尋ねました。

「いつ船にこられたのですか。何をしにこられたのですか」

伊留雷「うちの奥さまが旦那さまと喧嘩をされ、若さまを抱き、旦那さまを引っ張って黄河に飛び込もうとされたのです。家の二人の下男の女房、二人の小間使いでは、あの人を引き止めることができませんので、二人の奥さまに宥めにいっていただきたいのです。ところが二人の奥さまもここで喧嘩をされていますので、私はもう口を開くわけにも参りません」

郭総兵と周家の二人は手を叩いて大笑いしました。

郭将軍「あなたには、狄の奥さまをわたしの船につれてきていただき、うちの二人を宥めてもらいたいと思っていたのですが、狄の奥さまも口喧嘩をされていたとは。ご主人に、はやく奥さまに謝るようにおっしゃってください。将軍の私でもあの女どもには我慢ができず、屈服するしかありません、あなたは文人なのですから、さっさと奥さんに屈服された方がよろしいですよ、とね」

周景楊「もうすぐ九江につきますから、二つの贈り物を買いましょう。おもてには我々三人、奥にはご婦人が三人いらっしゃいます。私たちはあの人たちと和解したくはありませんが、宥めることにいたしましょう。お二人の男性はすぐに謝ってください。仲直りされたら、どうか私のことを忘れられないでください」

 伊留雷は郭総兵、周将軍に別れを告げ、船を漕いで戻っていきました。寄姐はまだそこで大騒ぎをしていました。張樸茂の女房は京哥を抱いて泣いていました。寄姐は甲板に腰掛けて大声で罵っていました。狄希陳は先ほどまでの居丈高な様子はどこへやら、ひたすら許しを請い、自分が悪かった、罵り返すべきではなかったと言っていました。

「どうか京哥の面子を立て、僕と争わないでくれ。君が水の中に捨てた服、壊した玉器を、僕は一つ一つ弁償し、少しも不足があるようにはしないからさ」

寄姐は言いました。

「この間抜け。まったくろくでなしだね。私がわざとあんたを苛めようとしていることが分からないのかい。あんたは南京に着くと、船に乗って物を買いにいった。あんたは『ここは南京だ。城内に何かを買いにいこうと思うが、何か欲しいものはあるかい。』と、すこしでもいったかい。あんたはそんなことは一言も尋ねず、尻捲りをして、悠然といってしまった。それでも、私はあんたがきっと何かを買ってきてくれるだろうと思っていたのだよ。ところが、品物を買って二日たつと、あんたは、これは長官に送る、あれは刑庁に送るなどと言いだした。私が刑庁以下だとでもいうのかえ」

狄希陳「僕も心の中で思ったんだ。駱有莪さんが中書とやらの官職を買うときに、たくさんの銀子を使い、手元に金がなくなってしまったのだ。そうでなければ、君に品物を買ってあげていたよ。北京で君のために作った衣装で十分だと思ったんだ。役所についたら、どこにもいかず、役人をし、金を稼いでからでもいいと思ったのだよ」

寄姐「金がなくても構いません。着る物、被るものを一つでも買ってくれればよかったのです。それっぽっちの銀子も流用できないはずがないでしょう。まあこのことはいうのはやめましょう。二三両の銀子を使うことになるのですからね。ところで、あんたは釘打ちされたように、故郷にずっととどまってから、船に駆け戻ってきたね。そのついでに羊羔酒を二瓶買ってきてくれても、銀一銭六分しかかからないだろう。響皮肉二斤は、一銭だろう。二銭の銀子もなかったというわけでもあるまいに、いったい私につくす気持ちがあるのかえ」

狄希陳「今をいつだと思っているんだ。古い羊羔酒は夏を越すことはできないし、新しいのはまだ作られていない。肉もそんな遠くまで持っていくことはできないよ」

寄姐「おやまあ。この私を騙そうというんだね。あんたが口にした塩がこの私より多いとでもいうのかい。[8] 私はあんたよりもいろいろなことを知っているよ。私の父のことを銀匠だと言って馬鹿にしていたが、銀匠でも老公さまの商売仲間なのだからね。羊羔酒は夏を越すことができるし、六月に数日置いておいても腐らないんだよ。八九月に腐ることなどあるものかい」

狄希陳「すべて僕が悪かった。どうか大目にみておくれ」

狄希陳はひたすら誤りました。しかし、小寄姐は攻撃の手を緩めようとせず、川に飛び込むとは言いませんでした。二人の下男の女房は宥めました。

「奥さま、もうやめましょう。『人を殺しても頭が地面に着くだけ』といいます。旦那さまが悪かったことを認めているのですから、我慢されるべきです。こんなことをされていては、いつまでも事は収まりませんよ」

寄姐は、このときは、怒りもおさまっていました。彼女はあまり大騒ぎをしなくなり、宥められて子供に乳をやり、髪を束ねましたが、食事をとろうとはしませんでした。そこで、「一日ご飯を食べていないのですから、坊ちゃまにあげるお乳も出ないでしょう」と宥めますと、騙された振りをして四五碗の蝴蝶麺[9]を食べ、晩には狄希陳と同じ床で眠りました。

 この話は扨置きます。郭大将は周相公と長いこと話をし、灯点し頃を過ぎますと、周相公に勧められて自分の船倉に戻りました。権奶奶の寝床にいき、網巾をとり、服を脱ぎ、中に入って眠ろうとしますと、権奶奶がいいました。

「何のつもりだい。、尻を窄めて出ていっておくれ。これからは私の床には来ないでおくれ。誓っていうが、私たちは釘だって咬みきることができる女だ。永久に亭主はいらないよ。すこしでも例のことをしたら、人でなしだよ」

郭総兵「『ここで泊めてもらえなくても、ほかに泊まるところがある』というぞ。おまえはわしとは関係ない。わしがきたのに追い出しおって。これ以上下らないことをいうのは許さないぞ」

そう言いながら、戴奶奶の床の前にいきました。戴奶奶は罵りました。

「熱病にでもかかったのかい。さっさと行っておくれ。何を考えているんだい。顔に肉がなくたって、四両の豆腐ぐらいはついているよ。[10] 人を散々争わせたくせに、あんたを泊まらせるとでも思っているのかい。淫らな気持ちを起こしても、手淫をしてやるよ。あんたを求めたりはしないよ。あの淫婦のところへ行って、あいつを満足させてやればいいよ。私は恥ずかしいんだよ」

郭総兵は怒っていいました。

「何て憎らしい奴だ。わしは寝たいと思ったところで寝るんだ」

靴下を脱いで寝床に上がろうとしました。

戴奶奶「出ていかないで、強引に床に入り込んでくるのかい。明日、あいつが下らないことを言って人を怒らせたら、あんたを許さないからね」

権奶奶は怒りました。

「誰が下らないことを言うだって。私はもともと亭主は欲しくなかったんだよ。いっそ間男と二晩寝てやることにしてやるよ。いい思いをしているのに、まだ人を苛めるのかえ。その女の床で眠るのは許さないよ。私の寝床に来ておくれ」

郭総兵「わしはここにきたのだから、戻るわけにはいかん」

権奶奶「来ないつもりかい」

郭総兵「おまえの言うことに従って、行かないことにするよ」

戴奶奶「哀れっぽく寝てくれと頼むんだったら、強く拒まなければよかったんだよ」

権奶奶は荒々しく走ってきて、言いました。

「行けるものならお行きなさい。あんたが来た以上は、その女と一緒には寝かせないからね」

郭総兵を強く引っ張りました。

戴奶奶「さっきは引き止めたくなかったが、今度は引き止めたくなったよ」

やはり郭総兵を強く引っ張りました。一人は郭総兵の右腕を、一人は郭総兵の左腕を引っ張り、一人は東に、一人は西に引っ張り、二人の女房が郭総兵を引っ張りました。

 郭総兵の船艙と、後ろの操舵室は隣り合わせで、一枚の板壁を隔てているだけでした。壁紙が貼ってあるだけで、かんざしほどの太さの隙間があいていました。明かりの下で、船頭の女房は、二人が郭総兵の手を引き、引っ張りあっているのをはっきりと見てしまいました。船頭の女房は、板壁の向こうで叫びました。

「お二人とも、手を離されてください。将軍様は弓を引き、矢をつがえなければなりません。関節が抜けてしまったら、あなた方は、誰に頼って生きていかれるおつもりですか」

権、戴の二人は、船頭の女房の話を聞きますと、手を少し緩めました。郭総兵は、冠も被らず、靴を突っ掛け、隣の船倉に走っていきました。そして、談笑しながら、周相公と同じ床で、牛の皮の箱に枕して眠りました。

周相公「とりあえず一晩過ごされてください。ただし、これはいい方法ではありません。狄友蘇さんの奥さんは、もう騒ぐのをやめたのでしょうか。明日、宴席をととのえ、三人のご婦人の仲裁役になりましょう」

郭総兵「どのように仲裁するのですか。彼らは、同じ場所で争ったことはありません。どこに宴席を設けるのですか。私はどうしていいか分かりません。あなたが奢る場合は、私たちの船ですることになりますが、狄友蘇さんの奥さんは来ようとはしないでしょう。狄友蘇さんの船ですれば、私の二人の女房はいこうとはせず、かえって騒ぎが大きくなるだけではありませんか」

周景楊「私には考えがございます。どこで宴会を開くにしても、三人のご婦人は、呼ばれればすぐにやってくるでしょう。同じところで酒を飲めば、言葉を交わさないはずはなく、きっと話をされることでしょう。昼に話しをすれば、夜に喧嘩をするはずはないでしょう。狄友蘇さんの奥さんが宴会にこられたら、郭さまがとりなしをされ、互いに話しをさせ、帰っていただくのです。こうすれば彼らを和解させることができるではありませんか」

郭総兵「お金を出していただくわけにはまいりません。あなたの名で宴会を開き、わたしが銀子を出しましょう」

周景楊「私が一回奢りをすれば、あなたと狄友蘇さんが二回お返しをしてくださるでしょう。お二人のご夫人方もただで私の食事を食べるはずはなく、二回お返しをしてくださるでしょう。船の上で退屈しているのですから、気晴らしになるではありませんか」

郭総兵「それもそうですね。あなたが最初になさってください」

 座船が九江に近付きますと、周景楊は、鶏、魚、酒、肉の目録を作りました。そして、一両五銭の銀子を計りとり、執事の卜向礼を上陸させ、目録通りに、物を買わせ、料理人に命じて、二テーブル分の酒を並べさせました。彼は、卜向礼を遣わし、まず権奶奶に、話しをさせました。

「この彭蠡湖[11]の中には、大姑山があり、天下第一の名勝です。上には、とても綺麗な廟があります。見逃してはなりません。これは千載一遇の機会というものです。周相公は、一テーブル分の酒を準備し、お二人と狄の奥さまをお呼びしております」

権奶奶「周相公は、お客さまなのに、どうして出費をしてくださったのでしょう。周相公に、どうか宜しくお伝えください。戴奶奶が行かないのであれば、私がまいりましょう、戴奶奶が行くのであれば、私はまいりません、とね。くれぐれも宜しくお伝えください」

卜向礼は、さらに、周相公の話を、戴奶奶に伝えました。戴奶奶の返事も、権奶奶と同じでした。彼らは拒絶するようにみえても、その時になれば「呼ばれてもいないのに、すぐに行く」人たちでした。

 晩に、船を泊めますと、卜向礼を遣わし、狄希陳に知らせました。寄姐は、船倉の中で、表の話をはっきりと聞きますと、内心とても喜びました。二人の下男の女房は、喜んで、耳や頬を撫でました。

狄希陳「執事殿は、しばらく腰を掛けられていてください。私は中に行って知らせてから、あなたにご報告しましょう」

狄希陳は、船倉の中に入り、寄姐に向かって言いました。

「今晩、九江に着く。彭蠡湖の中には、大姑山があり、有名な景勝地だ。周相公は宴席を設け、おまえと二人の郭夫人を呼んでいる。普通の人は、なかなか行けるところではないよ」

寄姐は顔を強張らせましたが、思わず笑いそうになりました。しかし、口では無理にこう言いました。

「こんないい暮らしをしている私に、山水を見にいこうだって。あの方に宜しくお伝えください。私は行きませんとね」

狄希陳「あの人はお客様なのに、わざわざ僕たちを呼んでくれたのだぞ。行かないわけにはいかないだろう。このところ、船の中で退屈だろうから、陸に上がり、気晴らしをすればいい」

寄姐「私は行きません。人からご馳走になったら、お返しの宴会を開かなければなりませんからね。宴会を開かなければ、私は人でなしになってしまいます」

狄希陳「この人には構わずに、とにかく上陸しよう。僕がお返しの宴会を設けることにしよう。返礼が十分でなければ、僕をひどい目に遭わせても構わないよ」

寄姐は笑いを堪えて

「私は行きませんよ」

二人の執事の女房は、一生懸命に勧めました。

「周相公はお客様なのに、わざわざ奶奶を呼ばれたのです。奥さまが行かなければ、返礼をするのを恐れているようにみえます。どうして行かれないのでしょう。旦那さまは、明日行くと返事をされれば宜しいのに、しつこくお尋ねになるなんて」

狄希陳は、出ていきますと、卜向礼に言いました。

「周相公に、明日参りますとお伝えください。しかし、周相公にご馳走になるばかりでは、心が落ち着きません」

寄姐は、奥で言いました。

「執事殿は、その人の言うことを、信じられてはいけません。私は行きませんよ。私には、衣装もかんざしもなく、まるでお付きの小間使いのようですからね」

卜向礼「狄の奥さまが、行かれないとおっしゃるのでしたら、周相公に、そのように報告致しましょう。轎を雇う必要がなくなりますからね」

寄姐はそれを聞きますと、本当に計画が取り消しになることを心配し、それ以上、何も言おうとしませんでした。卜向礼は、周相公に報告をし、船が大姑山の麓に差し掛かりますと、船を止め、人を山に登らせ、二か所の祭壇を準備しました。そして、十数台の山轎を雇い、期日になりますと、手分けして迎えに行きました。狄希陳は、この機に乗じて、寄姐の前で、慇懃に振る舞い、おもねり、衣服や装身具の面倒をみました。

「厳しい母親でも笑っている人を殴ることはできない」といいますが、寄姐もここまでされますと、幾分態度を和らげました。

 さて権、戴の二人は勿体をつけましたが、心の中では、すぐにでも山に登りたくてたまりませんでした。彼らは、口ではわざと勿体ぶったことをいい、郭総兵が狄希陳のように懇願することを望んでいました。ところが、郭総兵は掛印元帥になったばかりで、恐妻家の都元帥ほどには落魄れていませんでしたので、言いました。

「行きたいのなら、はやく準備をしていくんだ。行きたくないのなら、船で留守番をしていろ。二人とも行きたいのなら、早く準備をしろ。どちらもいきたくなければ、船で番をしていろ。俺は周相公、狄友蘇さんと山に上って遊覧をしたら、船に乗って先を急ぐことにするからな」

権奶奶「私は本当は行きたくはありませんが、周相公のご厚意に背くことになりますから、行くことにいたしましょう」

権奶奶「私も周相公のご厚意に背くことになると思いますから、行くことにいたしましょう。周相公が呼ばれたのでなければ、八人の大金剛も私を動かすことはできなかったでしょう」

 二人はきちんと服を着ますと、寄姐と一緒に、普段着、薄化粧で、手をとりながら、踏み板をつたって、岸に上がりました。三人が挨拶をおえますと、日常のことについて尋ねました。そして、次々に輿に乗り、山の上に行きました。郭総兵、周景楊、狄希陳も後から歩いて登っていきました。名山には、様々な見所があり、見飽きることがありませんでした。寄姐が口を開きますと、権、戴の二人も話しを続けました。彼らは初めは仏頂面でしたが、だんだんと顔を綻ばせました。景色を見おわりますと、酒肴が出され、男女は日が傾く頃まで宴会をしました。そして、前後して山から降り、それぞれ自分の船に戻りました。気晴らしをしますと、怒りはおさまるものです。狄希陳と寄姐は以前のように仲良くなりました。権奶奶と戴奶奶も、とりあえず怒りを鎮め、代わり番こに、夫と寝るようになりました。賑やかな波止場に着きますと、寄姐、戴奶奶、権奶奶、郭総兵、狄希陳が、順番に返礼の宴を設けました。その後は、何事もありませんでしたので、くだくだしくお話しすることもございません。以上は、旅の途中の出来事ですが。ほかの事に関しては、さらに、次回をお聞きください。

 

最終更新日:2010118

醒世姻縁伝

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[1] 第三十八回の注を参照。

[2]羊皮金に同じ。第七十一回の注参照。

[3]未詳。雲紵については第三十六回の注を参照。

[4]外水、盛頭ともに水夫の一種と思われるが未詳。

[5]原文「人説『和尚死老婆、大家没』我合那小婦臭老蹄子、『姑子死和尚、也是大家没』」。義未詳。とりあえず上のように訳す。薛素姐も童寄姐も狄希陳のもとから離れることを言ったものか。

[6]当直は、この場合、ある神がある日を守護すること。牛魔王は『西遊記』に登場するが、彼の妻は鉄扇公主という。翠微宮主、九子魔母については未詳。地殺星顧大嫂、孫二娘はいずれも『水滸伝』梁山泊三女将の一人。

[7]第六十九回に既出。六十九回の記述から考えて、私娼がたくさんいる場所であったらしい。

[8]原文「是你吃的塩比老娘多」。「吃塩米」は「道理をよくわきまえている」「経験が豊富である」の意。それと引っかけた洒落。

[9]菱形に切られた小麦片に、肉や野菜を混ぜて炒めた食べ物。

[10]原文「人臉上没有肉、可也有四両豆腐」。「没臉」は「恥知らず(顔がない)」の意。これと引っかけて、「自分にだって最低限の面子があるよ」の意。

[11]江西省鄱陽湖の別名。 

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