第六十七回

艾回子が顧客を失うこと

陳少潭が名医を薦めること

 

膏薬は値打ちなきもの

粉薬は高くなきもの

外科医の欲は深き谷

人さまの財産を運び去らんとす

女房にあ恨まれて

下男には苛められ

壊るる食器棚と鍋

奪はれし皮の上着は紫花の布、取り返すことは叶はず  《南柯子》

 艾前川が去ってから、狄希陳は傷がひどく痛み、大声で叫びました。膏薬を剥がし、散薬を洗い流しますと、痛みはやや治まりましたが、出来物は毒薬によって、真っ黒くなり、体の内部に向かって腐食しました。艾前川がやってくるまでは、一日が一年のように思われました。狄員外は目に薪が突き刺さったかのように慌てました。四日目になりますと、狄希陳はじっと寝ていることのできない兎のように、入ったり出たりして、とても焦りました。午後を過ぎても、艾前川は現れず、彼についていった作男が騾馬に乗り、戻ってきました。狄員外は艾前川がやってきませんでしたので、事情を尋ねましたが、息が詰まってしまいました。作男は自分がどのように頼んだか、艾前川が銀子を請求し、文書を作り、どのように脅迫したかを、一つ一つ話しました。狄員外はそれを聞きますと、息子が可愛くて仕方ありませんでしたので、とても慌てましたが、すぐに考えを変えて、いいました。

「まあいいだろう。あの人に命を救ってもらったのだから、腹を立てることはできん。先に十両、後に十両を払え、目録も作れ、といっているが、いっそのこと二十両の銀子を全部あの人に与えよう。あの人が一日で病気を治したときも、やはり二十両の謝礼を払うことにしよう。食事をしにいくがいい。わしは銀子を用意しよう。おまえはあの茶色の騾馬と黒の騾馬に餌をやり、片方に乗り、片方を引き、はやくあの人を迎えてきてくれ。今日城内に入れなければ、東関里に止まり、明日の朝城内に入ればいい。日が暮れるまでおまえがくるのを待っているぞ。その騾馬は疲れているだろうから、ここにおいていってくれ」

 狄員外と作男が表門の外で話しをしていますと、裏通りに住んでいる陳少潭がやってきました。狄員外は通りの真ん中まで迎え、揖をしますと、言いました。

「陳さん、どちらへいかれるお積もりですか。家に腰掛けてお茶を飲まれてください」

陳少潭「私はまだしなければならない小さな用事がありますから、お茶は日を改めていただきましょう。何を慌ててらっしゃるのですか」

狄員外「不愉快な思いをしているのですよ。陳さん、分かりますか。息子が腕を切られ、出来物ができてしまいました。府の艾回回を治療に呼びますと、あいつは家に帰って薬を調合するといい、去るときに粉薬を施し、膏薬を貼りましたが、息子はあまりの痛さに泣き叫びました。膏薬を剥がし、粉薬を洗いますと、痛みは少し治まりましたが、出来物は真っ黒になり、体の中に向かって腐食しました。今日で四日になりますが、あいつはさっぱりやって来ず、こう言いました。『出来物を治したければ、私に二十両の銀をください。まず十両を払い、さらに十両の目録をください、良くなったら十両をください』。お金を請求するなら自分で来るべきですし、治療をしてから請求をしても遅くはないのに、いったいどういうことでしょう。居丈高に勿体をつけているのですよ」

陳少潭「それなら、どうされるお積もりなのですか」

狄員外「私たちはあいつを使って子供の命を救うのです。そういったでしょう。十両を分けて払うことはありません。いっそのこと二十両与えましょう。あいつは満足すれば、来てくれるでしょう。この間あいつがきたとき、一両の初診料を与え、去るときにさらに三両の銀子を与え、薬を調合してもらうことにしました」

陳少潭「中に腰掛けましょう」

 狄員外は席に案内し、拱手をして腰を掛け、人に茶を持ってくるように命じました。

陳少潭「あの艾満辣は号を前川というのです。狄さん、あなたは普段彼と仲良くしているのですか」

狄員外「いいえ。名前を聞いたことがあるだけで、普段は面識はありませんでした」

陳少潭「面識がないのに、彼を呼んだのですか。外科医というのは十人のうち十一人はろくでもない奴です。あの艾満辣はろくでなしの中でも最低の奴なのに、あいつを呼ばれたのですか。あいつはやってくると、必ず毒薬で傷を悪くし、値段を交渉するときは、ひたすら金を要求するのです。あいつが悪くした出来物は、他の人も治すことはできず、あいつにしか詳しいことは分かりません。歴城県[1]の裴大爺は、手でふくらはぎの出来物を潰し、痛くて靴を履くことができなくなり、あいつに治療をさせましたが、毒薬を使われ、危うく死ぬところでした。裴大爺は、二人の快手を遣わし、あいつの左足に鎖を嵌め、有無をいわさず、夾棍に掛けました。あいつは一生懸命こういいました。『知事さま、これは傷手瘡[2]ですが、出来たところが悪かったのです。ふくらはぎに出来物ができ、革靴で蒸れて腐敗していますので、張り付いている腐った皮膚をすっかり溶かさなければ、皮膚は再生されないのです。出来物というものは、痛いものを治すのは簡単です。腐った肉を除けば、知事さまの痛みは治まり、翌日には膿が乾き、三日目には傷口が塞がり、四日目には良くなります。それでもよくならなければ、夾棍に掛けられれば宜しいでしょう』。裴知事『とりあえず許してやろう。三日で治療できなかったとき、奴を殺すのは簡単だからな』。あいつが薬を調合し、湯を沸かし、洗浄をし、粉薬をかけ、膏薬をかえますと、痛みは手で取ったように、三日足らずで良くなりました。裴知事はいいました。『おまえはわしすらもひどい目に遭わせようとしたのだから、普通の人間にはどれだけ悪いことをしているかわからんな。おまえが人を殺し、わしに捕らえられたら、おまえを生かしてはおかんぞ。こ奴に一両の銀子を与えろ』。あいつの姑に出来物ができ、貼り薬をもとめたときも、あいつはまた出来物を崩す膏薬を与えたため、姑はもう少しで死ぬところでした。女房がやってきて腹を立てますと、あいつは歯をむいて笑ったため、女房に何回かびんたをくらわされました。あいつはいいました。『あの人が薬を使うとは思わなかったんだ。他の人にあげるんだと思ったんだよ。他の膏薬をあげるから許してくれ』。しかし、馬義齋の件は問題ないのです。馬義齋はあいつを咎めていませんし、あいつも馬義齋を殺したわけではありません。馬義齋が死にますと、彼の一家はみな喪服を着、一日三回あいつの店の前にいき、紙銭を燃やし、泣き叫び、さんざんひどいことをしました。艾前川はじっと我慢し、裴知事に知られ、処罰されることを恐れました。彼はよい処方箋をいくつも書くことができ、腕前も大したものですが、人柄が卑しいのです。昨日は南門外の岳廟の裏に住んでいる趙杏川を呼んでくればよかったのです。彼は王府の医者で、誠実な人柄で、普通の外科医のようなろくでなしではありません。ただ、外科医たちを咎めることもできません。彼らが治療をしようとしないのなら、奴らに金を与えなければいいのです。そうすれば奴らは腕前がよくても、家が貧しくなるはずです。艾満辣が来ようとしないのなら、趙杏川を呼んできましょう。私が推薦したとおっしゃってください。治療がうまくいって、四五両のお礼をしてやれば、彼はとても感謝することでしょう。彼は艾満辣のような大飯食らいのろくでなしではありませんからね』。

狄員外「艾満辣がろくでなしなら、呼ぶのはやめ、趙杏川を呼ぶことにしましょう」

陳少潭「あいつに治療をしてもらい、三四両の銀子を与えて薬を買いに行かせまでしたのですから、医者をかえるのはよくありません。あいつに治療をしてもらいましょう」

狄員外「他に良い人がいないなら、私たちはあいつに頼むしかありません。しかし、趙杏川といういい人がいるのですから、彼を呼ばずに、ろくでなしに治療をさせるわけにはいきません。来たときに、もてなしに行き届かないところがあれば、あいつはさらに悪い考えを起こし、ろくでもない治療をし、この子を救うことはできなくなってしまいます。馬義齋のように、あいつの店の入り口に行き、紙銭を焼き、泣き叫び、命の償いをさせようとしても、何にもなりません。陳さん、手紙を書いてください、二両の銀子を包み、息子の家で準備をさせ、趙杏川を呼びましょう」

陳少潭「趙杏川を呼ぶとなれば、艾前川から薬代の三両の銀子を取り戻すことはできませんよ」

狄員外「薬代の三両の銀子はもういいです」

陳少潭「まあいいでしょう。封筒と手紙をもってきてください。ここで書くことに致しましょう」

 狄員外は人に命じて文房四宝を取ってこさせました。陳少潭は墨を擦り、紙を広げ、こう書きました。

陳治道より趙杏川さまにお手紙を差し上げます。久しくお話しを伺うこともありませんでしたので、お会いしたく思っておりました。知人狄賓梁の息子に出来物ができました。私が趙さまは名医であると褒めたため、狄賓梁は謹んで薄謝を捧げ、あなたをお迎えしようとしております。どうかわが鎮においでください。病気が良くなれば、手厚くお礼を致します。どうか早めにおいでください。お待ち申し上げております。治道再拝。

手紙を狄員外に渡して見せますと、口を閉じて密封し、二両の謝礼を包み、作男を遣わし、急いで趙杏川を迎え、出来物の治療を行わせることにしました。作男は騾馬に乗り、もう一頭の騾馬を引き、飛ぶように去っていきました。

 さて、艾前川は狄家の父子は田舎者だから、艾満辣だけが名医であると信じ、ほかに医者がいることは知らないだろうと思っていました。それに、三両の薬代を握っていましたので、狄家がほかの医者を呼ぶはずはない、作男が十両の銀子と十両の目録をもって戻ってくるだろうと思っていました。しかし、間抜けな女が男を待つときのように待ったものの、一日たってもやってきませんでしたので、とても焦りました。二日待ってもやってきませんでしたので、逃げられてしまったかもしれないと思いました。三日目になっても狄家の人はやってきませんでしたので、艾前川は焦り、悔やみ、女房は耳元でぶつぶつと「欲張りの馬鹿野郎」「欲深のろくでなし」と罵り、

「あのような立派な金持ちからは、勿体をつけて金を脅しとることはできないんだよ。それなのに、みみっちい考えを起こして金をせびるなんて。あんたは不正な治療をして、人を苦しい目に遭わせたのだから、早く良い治療をしにいってやるべきだったのに、勿体をつけていかないとはね。このようなひどい目に遭えば、人様はましな人間を捜すものさ。いい治療をして、他の人が治せない痛みを、あんたが治してやり、家に帰ることもなければ、人様だってあんたを頼りにするだろう。しかし、あんたが人を苦しめ、勿体をつけて人の家に行かなければ、誰もあんたを呼ぼうとはしなくなってしまうじゃないか。薬を買うための三両の銀子を、あんたは使い込んでしまった。狄さんはあんたに出来物の診察をしてもらわなくていいということになれば、ここにやってきて銀子を返せというだろう。言っておくが、私の絹物の服を質入れするのは許さないよ。ほかのところですぐに金を準備し、あの人にあげておくれ。裴県知事さまはあんたを捕まえようとして待っているよ。あの方の耳に入れば、死刑にならないまでも、皮を剥がれるだろうよ」

何度も何度も、ぶつぶつ言いました。

 艾回子は恐妻家でしたが、たくさんの財産を失ったうえに、三両の銀子を払わなければならなくなりましたので、すっかり不愉快になっていました。さらに女房が東瓜のように真っ青な顔をし、赤紫の唇を尖らせ、獣のような鼻を突きだし、頬骨を高くし、あれやこれやと、休みなく責めたてましたので、腹を立て、箪笥を手で思いきり叩きますと、わめきました。

「ろくでなしの売女め。おまえなんか、股を開いて尖ったものの上に腰掛けて金を稼いでいればいいんだ。人の耳元でろくでもないことをぬかしやがって。驢馬の一物でおまえの体を突き崩してやるぞ」

 皆さん、お聞きください、回回の女房は金剛のように凶悪で、羅刹女のように凶暴でしたから、夫にこのように罵られるのには我慢ができませんでした。彼女はすぐに両眉を逆立て、両目を剥き、手を伸ばし、八銭の銀子で新しく借りた馬尾登雲[3]の方巾をむしり取り、粉々にちぎり、上半身を茄子のような拳で殴り、下半身をシロウリのような大足で蹴り、汚らしい言葉で罵りました。艾前川は彼女を怒らせた以上、彼女と闘い、鬱憤を晴らせばよかったのです。ところが、彼女が怒鳴り出しますと、態度を変え、すぐに謝りました。しかし、女房はすでに手足を動かしていましたから、どうにも収まりがつかず、ひたすらこう言いました。

「このろくでなし。いつからそんなに悪いことをするようになったんだい。おまえなんかと暮らしていけないよ」

薬の箱を手にとり、押し切り[4]をおさえている石獅子を手にとり、粉々に砕き、押し切りを敷居で真っ二つにしました。そして、奥に行き、ご飯を作る小さな鍋、小豆腐[5]を入れた大きな鍋を、粉々に砕きました。さらに、盆、罐、碗、杯、缸、甕、瓶、壺を壊そうとしましたので、艾回子は跪いて彼女を引き止めるしかありませんでした。回子は武術を少し弁えていましたが、悪神を怒らせてしまいましたので、武術を使うこともできず、羊か犬のようにひどい目に遭わされました。

 艾前川夫妻が殴りあっていた頃、狄家の作男は趙杏川を訪ねていました。手紙と贈物を送りますと、趙杏川は薬と服装を整え、すぐに出発しようとしました。作男は考えました。

「趙さんが荷物を纏めるには、しばらく時間が掛かるだろう。艾回子は勿体をつけていこうとしなかった。主人は、他の人を呼ぶことになっても、あいつにやった銀三両の薬代は、返してもらわなくていいと言っていた。俺はあいつの所へ行き、あの銀子をもらうことにしよう。陳さんはあいつが歴城県の裴知事を恐れているといっていた。あいつが俺に銀子を渡そうとしなければ、俺はあいつの頭を掴み、引っ張り、あいつと歴城県庁にいき、訴えることにしよう。あいつがどうしても全額を返そうとはしないときは、二両一両でもいいだろう」

怖い顔をして、艾回子のところへ行きました。艾回子はちょうど女房と喧嘩をしており、作男が手紙も贈り物も持たず、馬や騾馬もひかず、顔中に怒りの色をたたえているのを見ますと、良くないことが起こったと思いましたが、無理に言いました。

「執事さん、私を迎えにこられたのですか」

作男「あんたは必要ないよ。あんたが話したことは、全部主人に伝えたよ。主人は、一生懸命治療してくれれば、二十両のうち十両を今すぐに、十両を後で送ってもいいし、あらかじめ全額を送ってもいい、さらに十両か三十両を加えてもいいと言っていた。ところが、あんたは毒薬を使い、人を死にそうな目に遭わせ、俺がきたときも、勿体をつけて行こうとはしなかった。これはけしからんことだ。主人は、腹を立ててあなたに治療をさせるのはやめ、臨清に人を呼びにやらせた。そして、俺に薬代の銀子三両を取り返すようにいったんだ。一両はあんたの初診料だから、返してくれなくてもいいがな」

艾回子「執事さん、あの日、私は焼酎を何杯か飲み、酔っ払っていたのです。そこへ、あなたが催促をしにきたので、ひどいことを言ってしまったのです。ところが、あなたは本気にされ、狄員外さまに話してしまわれました。狄員外さまは私を誤解し、腹を立てられたことでしょう。あなたが戻ってこなかったので、私は、自分があの朝酔って何か失礼なことを言い、あなたを帰らせてしまったのかもしれないと思いました。女房は一部始終を私に話しました。女房は私を恨み、私が福の神を踏み付けにしたと言いました。私は後悔しておりますし、朝っぱらから傷を負い、員外さまに会わせる顔がありません。まったく恥ずかしいことです。執事さん、あなたは何にのられますか。すぐにあなたと一緒に行きましょう。必要な薬は、私がすべて準備しましょう」

 作男「員外さまはあんたを迎えにいけとは言わず、一言『あいつから三両の薬代を取り返してこい。おまえが取り返してこなかったら、おまえの小作賃を払ってやらないぞ』と言ったぜ」

艾回子「あの銀子は薬を買うのにつかってしまいましたから、もうございません。狄さんはひどいことをおっしゃいます。驢馬がいないのなら、東関の春牛廟の入り口に行き、驢馬をかりていきましょう。一生懸命治療をし、良くなっても、謝礼はいただかず、友達になることに致しましょう」

作男「臨清にいって良い医者を呼んでくるよ。あんたが治療をする必要はない。とにかく銀子を俺にくれ」

艾前川「銀子は使ってしまいましたから、後日取りにこられてください」

作男「『後日取りにこられてください』だと。これ以上金を渡さないと言ってみろ」

艾前川「銀子があれば差し上げています。本当に薬を買うために使ってしまったのです。何でしたら、薬を持っていかれてください。それでもだめなら、薬を使って、金を稼いでからあなたにお渡しいたしましょう」

 作男は艾前川の胸倉をむんずと掴みますと、県庁の入り口に引っ張っていき、叫びました。

「おまえは人から金をだましとり、勿体をつけて出来物の治療もせず、下手な治療で出来物を悪化させ、人を殺めているから、県庁に行き、裴さまに告発することにするぞ」

艾前川は反論をしながら、体を後ろに反らせました。回回の女房は奥から艾前川の紫花布の表に月白の綸子で縁どりした羊の皮の袷を持ってきて、作男に投げ与えますと、いいました。

「あの銀子は使ってなくなってしまいましたから、この皮の袷を持っていかれてください。この人が銀子を手に入れたら、この人にうけもどさせてください。この人にうけもどすだけの銀子がなくても、これを売れば三両の銀子にはなるでしょう」

作男「銀子を持って行かなければ、員外さまが俺の小作賃を払ってくれないんだ。こんな金持ちも貧乏人も買ってくれないようなものを貰っても仕方がない」

回回の女房「持っていかれ、お好きなようになさってください。この皮の袷はこの人の命ですから、三日足らずで、かならず受け戻すでしょう。私はこの人が悪い心を持ったために、お客様を失ってしまったことに腹を立て、争っているのです。私の話を信じて、これを持っていかれた方が、ずっと宜しいですよ」

作男「おまえの女房がそう言うのなら、そうすることにしよう。おまえが受けもどさなければ、俺の小作賃ということにするからな。これを着て牛の放牧や畑の番をするのも面白そうだ」

そのまま持っていってしまいました。艾前川はどうしようもなく、目を剥くばかりでした。彼は三両の銀子のために銀五両の皮の袷をもっていかれ、家で銀五六両の食器を壊され、女房にはひどい目にあわされ、作男にはさんざん責められ、通りで取り囲んでいた人々にもさんざん悪口を言われました。

 作男が皮の袷を持って趙杏川の家に戻りますと、ちょうど趙杏川は準備をおえておりました。彼は、作男を引き止め、食事をとらせ、二頭の騾馬にまぐさを食わせました。作男は皮の袷を自分の乗る騾馬に敷き、趙杏川とともに先に進み、夕方前に、明水の家に着きました。狄員外は酒とご飯を準備し、陳少潭をよんできて、お相伴をさせました。

 趙杏川は大きな体で、赤黒い色をし、幾つかのあばたがあり、三束の黒い髭、四角い顔をし、口数が少なく、誠実な人のように見えました。彼は酒を二杯も飲まず、ご飯を食べ、陳少潭、狄員外とともに狄希陳に会いにきました。そして、腕を縛ってある絹の布をとり、膏薬を剥がし、しばらく見ますと、言いました。

「これは刀傷ですか」

狄員外「刀で切られたものです」

趙杏川「養生をしなかったので、傷が悪くなってしまいましたね。誰にみせたのですか。人に騙されて、出来物がさらに悪化してしまっています」

狄員外「この傷は直すことができますか。うまく治すことができれば、手厚くお礼をし、ご恩を忘れたりはいたしません」

趙杏川「これは体の中から出てきた悪性の出来物ではなく、皮膚が傷付いただけですから、少し痛んでも、差し障りはありません。簡単に治すことができます」

薬鍋がきますと、趙杏川は薬箱を開け、煎じ薬を摘み、黄酒とともに煎じました。狄希陳がそれを飲みますと、すぐに痛みは止まりました。さらに薬を摘み、煎じ、出来物を洗浄し、散薬を塗り、膏薬を貼りました。翌日、剥がして見てみますと、腐った肉がだんだんと溶けてきましたので、さらに湯薬で洗い清め、新しく薬を塗りました。翌日、腐った肉はすべて溶けましたので、薬湯で洗い清め、生肌散[6]を塗り、膏薬を換えました。三日以降は、縁の部分にだんだんと新しい肉ができましたが、赤い色をして柘榴のようでした。十日以降はだんだんと回復していきました。趙杏川はいつも彼を見守り、彼がこっそり家の奥に入るのを許しませんでしたので、たったの二十日で元に戻りました。趙杏川はさらに彼に十日付き添いました。まるまる一か月がたってから、二十服の十全大補湯を飲ませますと、若くて血気の盛んな人でしたので、すっかり丈夫になりました。

 趙杏川は別れを告げ、家に帰ろうとしました。狄員外は一か月の間、人を彼の家に遣わし、六斗の緑豆、一石の麦、一石の粟、四斗の米、二千銭を送り、謝礼以外にも、十二両の銀、二匹の綿綢[7]、自ら作ったネルの靴下、一双の象嵌をした靴、二斤の木綿糸、十本の五柳堂[8]の大きな手巾を送りました。趙杏川は四種類の礼物を受け取りましたが、どうしても十二両の銀子を受け取ろうとはしませんでした。狄員外が何度も勧めますと、

趙杏川「二三両、どんなに多くても四両なら、頂いていきますが、こんなにたくさん送られては、頂くわけには参りません。治療が難しい傷ではありませんでしたし、一か月の時間を掛けただけですのに、何度も手厚い贈り物を頂くのは、分に過ぎたことです」

狄員外はどうしても受け取ってもらえませんでしたので、十二両の封を手元に置き、四両の餞別を送りました。趙杏川はようやく受け取りました。狄員外は盛大な宴席を設けて送別をし、陳少潭、相棟宇、崔近塘たちの親友を呼び、付き添わせ、趙杏川に心ゆくまで楽しんでもらいました。後に狄員外は趙杏川と友人となり、麦ができれば麦を送り、米ができれば米を送りました。贈り物は毎年途絶えることがなかったため、受け取らなかった十両の銀子の数倍の価値になりました。これは後のつまらない話ですからくわしくはお話しいたしません。

 さて、作男は常功といい、艾前川から皮の袷を脅しとりましたが、彼が銀子をもって受け戻しにくることを望んでいましたので、軽々しく手を振れようとはしませんでした。ところが、十月になり、小雪が過ぎ、十二月になり、小寒になっても、彼はうけもどしにきませんでした。そこで、市がある日に、狄員外には内緒で、皮の袷に草を挿して売りにいきました。ところが、このような品物は、金持ちは子羊の革の服を持っているため、素性の知れない物を買いにいこうとはしませんでしたし。金のない貧乏人は、だれも三四両の銀子でこのような皮の道袍を買おうとはしませんでした。身につけますと、薪を切ることもできず、土地を耕すこともできないからでした。ですから、市が出るたびに売りにいっても、売れませんでした。翌年の正月一日になりますと、常功は考えました。

「このような大きな袖のついた衣装は、何も金持ちだけが着る物ではない。貧乏人が着ないのは、単に持っていないからだ。道袍を手にいれた以上は、着てみることにしよう」

年の暮れに、市場で二十四銭で黒の羊毛のフェルト帽を買い、女房自らが明青の木綿布の表に沙緑[9]の絹糸で縫った雲頭鞋[10]を着け、帽子を被り、靴を履き、身には艾前川の紫花の木綿布の表に月白の綸子で縁取りした子羊の革の道袍を着けました。艾前川は痩せで長身でしたが、常功はでぶで短躯でしたので、身に着けますと、服の半分を地面に引き摺ることになりました。一日の五更に起き、綺麗に装いますと、まず竜王廟に参拝し、竜王が風雨を穏やかにすることを祈願しました。さらに、三官廟に叩頭し、天官が幸福をもたらし、地官が罪を許し、水官が災いを除くことを祈願しました。さらに、蓮華庵の観音菩薩の前にいき、叩頭し、苦難を救うことを祈願しました。同じ身分の人々の家、知り合いがいるところには、綺麗な服を見せびらかしたいばかりに、正月の挨拶にいきました。人々は驚き、笑いましたが、この衣服がどこから手にいれたものかは見当もつきませんでした。さらに狄家に行き、狄員外、狄希陳に新年の挨拶をしました。狄員外は出てきて会いますと、訝しく思い、尋ねました。

「そんな服をどこから手に入れたのだ。まったく変だな」

ところがこの長着をつけた男は、普段のような挨拶をしようとはせず、続け様に二三回拱手をし、客間にまで拱手をしにいきました。そして、狄員外を引っ張り、左手に立たせますと、いいました。

「毛氈をもってきてください。正月には拝礼を行わなければなりません」

狄員外は思わず大笑いをして、いいました。

「おまえは酔っ払ったのか」

狄周に命じ、彼にご飯を食べさせました。狄員外が抜け出して家に帰りますと、常功は最高の交椅を選んで南向きに座りましたので、人々はそれを見て笑いました。彼自身も面白くないと思いましたので、言いました。

「『衣装を敬って人を敬わない』という言葉があるが、俺はいい衣装を着ているときでさえ敬ってもらえないな」

 狄員外は家に行きますと、調羮と狄希陳に話しをし、大笑いし、さらに言いました。

「あいつはどこであの服を手にいれたのだろう。裏地は月白の綸子のようだったが」

狄周「あいつが着ていたのは子羊の皮の袷で、まだ古くなっていませんでした。去年の夏に趙医官を呼んだときからあの袷を持っています。尋ねますと、買ったものだといっていました。あいつは毎日市に売りにいきましたが、だれも買わなかったので、自分で着ているのです」

狄員外「おかしなことだ。どこで買ったのだろう。素性の知れないもののために我々に災いが及ぶようなことがあってはならん。ひょっとしたら趙杏川の皮の袷を盗んできたのかも知れないぞ」

狄周「それは違います。あいつが自分の乗っている騾馬に服を乗せていたのを、趙医官が見たのですが、話しを聴いてみますと、どうやら艾回子から脅しとったもののようです」

狄員外「艾回子はけちな男だから、あいつがこのような皮の袷を脅し取れるはずがない。これはただごとではないぞ。作男たちが事件を起こしたら、我々は責任を負いきれんぞ。あの男を呼んできて、取り調べをすることにしよう」

 狄周は常功の家に訪ねていきましたが、彼の姿は見えませんでした。三官廟まで尋ねていきますと、常功は、例の皮の袷を着、菓子をかじり、板の腰掛けに腰を掛け、講談を聞いていました。狄周は前に歩いていきますと、彼は言いました。

「講談を聞きにこられたのですか。この講談は面白いですから、ここにきてお掛けになってください」

狄周「員外さまが聞きたいことがあるから、すぐに行ってくれ」

常功「朝、真っ先に員外さまに年賀の挨拶にいったときは、相手にされませんでしたのに、私を呼んで何のお話しでしょうか」

狄周「おまえが朝、年賀の挨拶にきたのに、もてなさなかったから、おまえを呼んでもてなそうというのだよ」

 常功は狄周とともに家に行きました。狄員外は尋ねました。

「常功、おまえが着ている皮の袷はどこのものだ」

常功「府で買ったものです」

狄員外「幾らで買ったのだ」

常功「銀一両で買いました」

狄員外「どこの銀一両だ。だれの物を買ったのだ。これを買ってどうする積もりだったのだ」

「去年、私が趙医官を迎えにいったとき、南門で、この皮の袷をもっている人と出会いました。彼が二両といい、私が一両といいますと−私は冗談の積もりだったのですが−彼はこれを売ったのです。私は六銭の銀子しかありませんでしたので、さらに趙医官から四銭の銀を借り、付け足して買いました」

狄員外「でたらめを言ってわしを騙しおって。趙医官と知り合ったばかりだったくせに、金を貸してくれるように頼めるわけがあるまい。あの人は金持ちでもないのに、四五銭の銀子をおまえに貸すはずがあるまい」

常功「私はあの人に金を貸してくれとは言っておりません。あの人は私が相談を持ち掛けますと、こういったのです。『この皮の袷は安いから、買うべきです』。私はいいました。『六銭の銀子はありますが、買うには足りないのです』。あの人はいいました。『どれだけ足りないのですか。私が貸してあげましょう』。私はいいました。『私は六銭しかありません』。すると、あの人は私に四銭を貸してくれたので、私は買ったのです」

狄員外「これが買ったものか。艾回子の皮の袷を盗んだのだろう」

常功「とんでもございません。私が艾回子の皮の袷を盗んだなんて」

狄周「員外さまに口答えするんじゃない。最近、艾回子が員外さまに手紙をよこし、彼の皮の袷が盗まれた、はやく返してくれ、さもなければ、員外さまも告訴するといったのだ。員外さまは信じず、我々があいつを呼ばなかったので、あいつがおまえの悪口をいっているのだと思っていたが、あいつの言ったことが本当だったとはな」

狄員外は狄周と口裏を合わせて、言いました。

「本当のことを言わずに、こいつがさらにどんな嘘を言うか見てみればよかった。だが、本当のことを話した以上、こいつの皮の袷をはぎ取り、犯人と袷を府庁に送り、引き渡すことにしよう」

常功「員外さま、とんでもないでたらめです。かくかくしかじか、あいつの女房がこれこれこうして私に服をくれたとき、私は断りました。しかし、あいつの女房がこれこれこういう話しをしたので、私はもってきたのです。あいつの女房がそういっていませんでしたか。私があいつの物を盗んだといったのですか」

狄員外「その通りだ。わしが行けともいっていないのに、おまえはどうしてあいつを脅迫しにいったのだ。何と憎らしいのだ。おまえに一両の銀子をやるから、この皮の袷を脱げ。人に命じてあいつに返させよう。おまえが着ていても似合わないし、番役に泥棒と間違われ、捕らえられてしまうぞ」

 常功はぷんぷんと腹を立て、皮の袷を脱ぎながら、ぶつぶつと言いました。

「番役に出くわしたときだって、被害者に盗品を確認してもらわなければなりません。何の証拠もないのに泥棒として捕縛できるわけがないでしょう。員外さまが捨てた財産を、俺が自分の才覚で手にいれたのですから、員外さまとは関係がないはずです。艾前川は毒薬を使って出来物を悪化させ、家に逃げていってしまい、人を遣わして何度も頼んだのに、勿体をつけてやってこず、二三十両もの銀子を脅し取ろうとしました。陳大爺が趙杏川を呼んでこなかったら、希陳さまは手遅れになっていたでしょう。『驢馬の一物に墨で線をかく−黒い線が分からない[11]』とはこのことだ」

狄員外「わしらは人間が良心をもっていると考えるべきだ。こいつがよからぬ心を持っているかどうかは、神さまだけがご存じだ。狄周、明日一両の銀子をこいつにやるがよい。今日は一日だから、とりあえず一日待つことにしよう」

常功は皮の袷をおいていき、狄員外は狄周にそれを保管させました。

 正月十日、狄員外は、狄周を府城に行かせ、紗灯を買わせ、皮の袷を艾回子に返させると、言いました。

「薬を買った三両の銀子は、員外はいらなかったのに、作男は員外に内緒でこの皮の袷を欲しいといったのです。あいつが一日にこの袷を着ているのを見なければ、気が付きませんでしたよ」

艾回子「私が服を着て外に出ようとしたら、あいつは有無をいわさず、奪って逃げたのです。袖の中には汗巾にくるまれた三四両の銀子がありました。ここ数日、総兵さまのお召しで、一日に二回お役所に上がり、病気のときは診察をし、診察をしないときは総兵さまとお話をしていましたので、返して頂きにいく暇がまったくありませんでした。最近、総兵様に話しをし、あなたの家に下男を遣わして服を返してもらおうと思っていたところです」

わざと袖を探って、言いました。

「汗巾でくるんだ四両の銀子はどうされました」

さらに服を手にとると、言いました。

「あれ。銀二十両の衣装の毛が抜けてしまっていますよ」

 狄周は彼がひどいことを言っているので、ぷんぷん腹を立てながら立っていました。すると、そこへ黒い服を着た男がやってきて、店の前の腰掛けにどっかりと腰を掛け、袖から一枚の令状を取り出して、いいました。

「巡道さまが県庁にこられた。総兵さまはおまえがお上の出来物を悪化させたことに腹を立て、解職することにした。おまえが受けとっていた食糧は、今日中に返還するように」

艾回子はそれを聞きますと、色を失い、しばらく声を出すこともできず、皮の袷を受け取ろうとしました。すると、狄周は皮の袷を自分の懐に入れ、言いました。

「おまえが総兵さまに話しをすることができないのなら、おまえが下男を遣わし、服を返してくれということもできまい。この皮の袷は持ち帰ることにしよう。三両の銀子があればうけもどせばいい。三両の銀子がないときは、驢馬か犬に着せることにしよう。おまえは汗病か瘧にでもなったのか。五六月だったというのに、皮の袷を着て外を歩いているときに、あいつがおまえのものを奪ったというとはな」

狄周はそれを持っていってしまいました。艾回子は彼を追い掛けて、言いました。

「執事さん、まったく冗談が分からない人ですね。ちょっと冗談を言うとすぐに腹を立てられるなんて」

そこへ、総兵の使いが追い掛けてきて、言いました。

「艾さん、そんな芝居をして人を騙すんじゃないぜ。隙を見つけて逃げやがって。県庁に行き、知事さまに会えば、あんたはおしまいだぜ」

艾回子「私は貧乏人ではありません。たくさんの物をもっているのですから、逃げるはずがないでしょう」

使い「おまえたち回教徒は、くるくる態度を変えるから、信頼できないよ。あんたがいかなければ、俺はあんたの面子を立ててやらないぜ」

腰から縄を取りだし、首に掛けようとしました。

 狄周は使いが艾回子にまとわりついているのを見ながら、皮の袷をもって悠然と去っていきました。宿屋に着きますと、紗燈に火を点し、皮の袷を畳み、騾馬に縛りつけ、騾馬に乗り、家に帰りました。そして、狄員外に会いますと、艾回子の憎むべき有様を伝えました。

狄員外「あの回教徒はまったく無茶苦茶な奴なのに、よくもあいつと争ったものだな。あいつはろくでもないことをぬかすから、構っても仕方がない。あの衣裳は奴にくれてやればよかったのに、没収するなんて」

狄周「いいじゃありませんか。冬になったら青の木綿で縁取りをし、挿青の木綿布で裏打ちをし、私が着ることにします。あいつが総兵さまに話をしたら、そのときはそのときです」

 小人というものは、悪人に暴力を振るってもらえば、恐れおののきますが、優しい態度をとられると、ますます厄介ごとを起こすものだということが分かります。艾回子がそのいい例であります。しかし、狄員外は悪人になることはできませんでした。さらにどのようなことが起こったかは、次回をお聞きください。

 最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

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[1]山東省済南府の県名。

[2] [月廉]瘡、傷守瘡ともいう。ふくらはぎにできる腫瘍。

[3] うすぎぬの一種。明代ひろく用いられた。明范濂『雲間据目抄』巻二「羅、初尚暖羅、水囲羅、今皆用湖羅、馬尾羅、綺羅、而水囲羅又下品矣」。登雲については未詳。

[4]原文「薬鍘」薬草を切る押し切り。

[5]大豆の粉または栗の粉を糊状に煮たものに葱、生姜などを加えた食品。華北の料理。

[6] 『外科精要』によれば、寒水石、滑石、烏鰂骨、竜骨、定粉、蜜陀僧、白礬灰、干臙脂を用いて作る薬。壊疽の治療に用いる。

[7]江南に産する紬。厚くて丈夫。『資治通鑑』陳宣帝太建九年、胡三省注「綿綢、紡綿為之。今淮人能織綿綢、緊厚、耐久服」。

[8]商標名と思われるが未詳。

[9]薄緑、緑と白の中間色。

[10]雲のような飾りがつまさきについた靴。 図:周汛等著『中国歴代婦女妝飾』

[11]原文「驢子上画墨綫−没処顕這道黒」。「没処顕這道黒」には「黒い筋が見えない」という意味と「この冤罪を訴える場所がない」という意味がある。

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