第六十五回

狄希陳がぶたれて金を失うこと

張茂実が仇に報いて利を得ること

 

怨恨を濯ぐに刀と剣はいらず

冤罪を晴らすに矛と槍とはいらず

良き宴、樽の前にて打ち解けて

呉鉤に胸を切られたり

妙策により、留の地に[1]封ぜらるべし

比較、監禁した上に

和尚を呼んで法事して金を払へり

閂でしこたま殴り

幾度(いくたび)も心を静めて頼みごと

三倍の高き報酬を与へたり  《破陣子》

 さて、素姐は鷹の神が来て、白姑子が法事を行い、懺悔をしてからというもの、夫の狄希陳に対する扱いを三四割り良くしました。腹を立てて、目を剥いたり、手を挙げることはあっても、鷹の神の恐ろしさを思い出したり、狄希陳がか細い声で「おまえは蓮華庵で法事をしたことを忘れたのか」というのを聞きますと、手足を引っ込め、棍棒を捨て、汚い罵声を浴びせて、おしまいにするのでした。しかし、狄希陳は、所詮は恐妻家の素質のある人でしたので、素姐が彼に対して恐ろしい顔をし、顔を真っ赤にする前に、深い淵に望んだり、薄い氷を踏んだりするときのように慎重に振る舞い、声なき声を聞き、見えざるものを見るという具合に、彼女の意向を汲み取り、今まで通り彼女のご機嫌とりをしました。

 ある日、素姐は、狄希陳が部屋に座っているのを見ますと、言いました。

「あんたという人は、眉毛や目をしきりに動かし、話しをし、ご飯を食べ、人の皮をかぶって人の振りをしている。それに少しも気が利かない。ここ数日は、仏さまの顔に免じて、あんたと争わなかったが、あんたは甘やかされて、まったく禄でもない人間にしまった。顧繍の衣装を人に与えておらず、まだもっているのなら、すぐに私のところに持ってくるべきだよ。あんたが水商売上がりの女にやってしまい、私の恐さを知っているのなら、百方手を尽くして、私にもう一つ買ってくれるべきだよ。私はここ数日、何も言わずに、あんたの様子を見ていた。首を縮めて、馬鹿の振りをしても、私は承知しないよ。『両方が良いことをして初めて仲良く暮らせる』んだ。このようなことをしていたら、ハイタカがこようがカササギがこようが、あんたをひどい目に遭わせてやるよ」

狄希陳は、素姐が怒っているのを聞きますと、すっかりたまげてしまい、いいました。

「顧繍の衣装は、本当に人に買いにゆかせてないんだ。僕は顧繍という言葉すら聞いたことはない。どこで見たのか、だれの話を聞いたのか言っておくれ。僕はそこへいって問いただし、一万銭を費やしても、おまえに買ってやるよ」

素姐「事情をよく知っているくせに、私に話しをさせるつもりかい。三日以内に私におくれ」

 狄希陳は悲しくなってしまいましたが、何の手掛かりもありませんでしたので、どこへも尋ねにゆくことができませんでした。何度も狄周の女房と調羮の所に聞きにゆきますと、調羮はいいました。

「私たちは、毎日あの方があなたをぶっているのを見て、代わりに地面の隙間に潜り込んでゆきたくてたまりません。私たちが何か情報を知っていれば、あなたのために隠し立てをしてあげます。あの人は、正月の十六日に、蓮花庵から戻ってきて、あなたと喧嘩をしましたから、きっとあそこに原因があるのでしょう。またあちらへいってくわしく事情をきかれてください」

狄希陳「人に顧繍とやらを買いに行かせるとしても、どこにいって買ったらいいんだろう。見当もつかないよ。どこにいって聞いたらいいのだろう」

調羮「あの方は、蓮花庵から戻ってきてから腹を立てたのですから、白姑子が事情をよく知っているはずです。あそこへいって尋ねられるといいでしょう」

狄希陳「龍さん、あなたのおっしゃることはご尤もです。あそこへいって詳しいことを聞きましょう」

 狄希陳は道袍をつけ、蓮華庵の外に行きますと、二つの扉は固く閉じられていました。長いこと叩きますと、一人の初老の女が出てきて扉を開け、狄希陳を見ますと、庵の中に招き入れ、腰を掛けさせました。狄希陳は尋ねました。

「白師傅はどこにいますか。あの人に、会って尋ねたいことがあるのですが」

女「それは私の妹です。私はあれのやもめの姉で、この庵でご飯を作るのを、長いこと手伝っています。今日の五更から、役所に用があるため、弟子の冰輪と一緒に、城内に行きましたよ」

狄希陳「出家した尼が、役所に何の用があって、師弟で城内に行ったんだい」

女のことを、人々は「老白」と称していました、老白はいいました。

「庵で盗難があったため、捕衙に訴状を提出しにいったのです」

 白姑子は、素姐のために懺悔の法事を行い、百数両の銀子を儲けました。この世のことは「他人に秘密にしたければ、自分が何もしないこと」ともうします。それに、器の小さな人間は、不義の財産を得ますと、うきうきしていることを、自分では気が付かないうちに、はたから見ている人々にはっきり悟られてしまうのです。鎮の泥棒は白姑子が金をもうけたことを聞きました。彼は法事が終わった三日目の晩に、塀を飛び越え、庵に入りました。そこでは白姑子と弟子の冰輪が部屋の床で寝ており、老白は厨房の浸の上で休んでいました。泥棒は二本の安息香を取り出し、仏前の琉璃灯で火をつけ、一本を厨房にさし、一本を白姑子の寝室の中にさしました。この香は蒙汗薬[2]で作ったもので、その匂いを嗅げば、ぐうぐうと寝てしまい、手足を動かすことができなくなり、口と目が固く閉じてしまうのでした。泥棒が仏前の琉璃灯で蝋燭を点けますと、香机におみくじの筒が置かれていました。泥棒は観音菩薩の前に跪き、四回叩頭しますと、祈りました。

「お寺のものは、本来ならば盗むべきではございません。彼らが仏さまの戒めを守っているのなら、欲心を起こすべきではございません。夫婦が不仲ならば、調停をして仲良くさせ、少し祈祷料を貰えばいいのです。すきをみて悪巧みを設け、たくさんの財産を盗んでいいはずがございません。通りすがりで不正なことが行われ、他人が踏みつけになっているのを見て、不満に思いましたので、今日は彼らのものを盗みにまいりました。私が彼らのものを盗むべきならば、どうか上上のおみくじをお授けください。彼らの財産を盗むべきでなく、彼らが人々を騙すのを許されるのであれば、私に下下のおみくじをお授けください」

おみくじの筒を香机の上で二回燻し、手にとって何回か振り、三つの銅銭を出し、テーブルの上に敷き、本を見ますと、「上上」の二字が書かれていました。

 泥棒はとても喜び、さらに四回叩頭して礼を言い、部屋の中に入り、煉瓦や瓦をひっくり返しました。二人の尼はぐっすりと眠っており、老白はまるで酔った豚か死んだ犬のように眠っていました。彼女の箱を開けてみますと、衣装、靴、靴下、汗巾、手帕の類しかなく、騙しとった百両以上の銀はありませんでした。泥棒はまずきれいな物を一包みにし、さらに部屋の中で銀子を探しましたが、見付けることができませんでした。そこで、鋭い目を光らせ、白姑子の床の筵の裏を開けてみてみますと、壁の三つの引き出しには、小さな銀鍍金の鍵が掛けられており、表は筵でしっかりと覆われておりました。泥棒は喜びました。

「この禿は、うまいところに隠したものだな」

引き出しをこじあけましたが、中には銅銭が千枚ほどしかありませんでした。二番目の引き出しをこじあけますと、百十両の銀子がありました。ほかにも小さな包みがあり、その額は二三十両を下りませんでした。泥棒は「有り難い」と叫び、すべて取り出しました。衣桁には月白の絹のしごきがありましたので、引っ張り下ろし、銀子を全部中に入れました。さらに三番目の引き出しをこじあけますと、中には二三本の「明角先生」の他、二三本の広東人事[3]、二つの尿瓶、一つの白い綸子の巾着がありました。巾着を開けてみますと、中には親指の先ほどの大きさの緬鈴のほかは、何もありませんでした。

 泥棒は先生、人事を捨て、緬鈴を袖の中に入れました。さらに、山墻の下のテーブルに、真っ白な錫の杯が置かれておりましたので、開けてみますと、鼻を突くような古酒の香りがしました。泥棒は飲んでみたくなり、引き出しを開けてみますと、テーブルの中に、大きな盆に盛られた、真っ赤な臘肉がありました。泥棒はひそかに思いました。

「このようなうまい酒とよい酒肴を食べなければ、観音さまに笑われてしまう」

薬がきれ、目を覚ましたら、まずいことになると心配し、さらに二本の香を取り出し、火を点けました。厨房に行き、火鉢に火を点け、古酒を暖め、さらに冷めた餅を火鉢で炙り、臘肉をつまみに、満腹になるまで飲み食いしました。そして、心の中でこう思いました。

「仏教では酒、色、財、気を戒める。俺は財を得、酒を飲み、怒りは起こすこともないが、欠けているのは色だ。白姑子は毎日色気を振り撒いているが、年をとってしまっている、老白などはお話にならない。冰輪を可愛がってやることにしよう。こうすれば、四つのことをすべて行ったことになるだろう」

表裏の掛け蒲団を捲り、蝋燭で照らしてみますと、二つのお盆のような乳、真っ黒な尻をしておりましたので、見ても奮い立ちませんでした。白姑子はと見てみますと、乳はそれほど大きくなく、体は白くて太っていました。そこで、この年増女と一緒になれば十分だ、若い冰輪はいらない、と考えました。

 泥棒は心を奮い起こし、ズボンを脱ぎ、白姑子の体に這い上がり、二十四手の中で、「老漢推車」[4]の手を使いました。事を終え、床からおりますと、壁の引き出しから一番大きな角先生を三本とり、まず白姑子の足を開き、先生を中に詰め、さらに冰輪と老白の例の所を開き、それぞれに一人の先生を家庭教師として送り込みました。そのあと、財宝を包み、大股で悠然と外に出ました。

 五更になり、三人が目を覚ましますと、体の中には先生が入っておりました。誰が入れたのかは分かりませんでした。白姑子は冰輪の仕業だと疑い、冰輪は白姑子の仕業だと思い、老白は誰が悪さをしたのか見当もつきませんでした。白姑子は筵を捲り、先生を入れた引き出しに手を振れましたが、鍵はちょうど三つなくなっておりました。さらに銀子を入れた引き出しを見ますと、中はすっからかんになっておりました。そこで、心の中で慌て、

「おまえ。目を覚ますんだよ。床の脇の引き出しは誰が開けたんだい」

冰輪は夢の中で答えました。

「決まっているじゃありませんか。お師匠さまが私に悪戯をなさったのでしょう。それなのに、私にお尋ねになるなんて」

白姑子「おまえはいつ悪戯をしたんだい。私は寝ていても少し意識があるものだが、ぐっすり眠っていたので、動くことができなかったのだよ。張形を、どこへ持っていったんだい」

冰輪「張形などに手を振れてはおりません。お師匠さま、頭が宜しいですね。私にお尋ねになるなんてね」

白姑子「頭がいいものかい。この角先生はおまえが私の例のところにいれたのだろう」

冰輪「お師匠さま、またそんなことをおっしゃって。角先生を私の例のところに入れたくせに、そんなことをお尋ねになるのですか」

白姑子「真面目な話をしているんだよ。おまえをからかってなどいないよ」

冰輪「私だって真面目な話をしているのです。ふざけてなどおりません」

角先生を床のへりにバンバンとぶつけながら、言いました。

「お師匠さま、お聞きください。これは何ですか。例のことをしなくなってまだ二晩もたっておりませんのに、悪戯をなさるのですね」

白姑子「おまえとここで言い争いをしたりするものか。張形はおまえが体に入れたんだろう」

冰輪「お師匠さまが入れられたのでしょう。私がお師匠さまの物を入れるはずがございません」

白姑子「引き出しの鍵はもうなくなり、中の銀子はすっかりなくなってしまった。銅銭を入れた引き出しの様子を見てみよう。ああっ。この引き出しは鍵がなくなってしまったが、中の銅銭はまだなくなっていないよ。はやく明りを点けてみておくれ」

 冰輪は起きあがりますと、衣裳をつけ、ズボンを穿き、仏前の琉璃灯で火を点け、厨房の入り口を通り掛かりました。老白が言いました。

「明りを点けてどうするんだい。中に入っておいで。おまえをとっちめてやるから」

そして、いいました。

「年が若いのに、ふしだらな女だよ。和尚がいないからといって、角先生を欲しがるなんてね。年寄りの私は、数年間やもめ暮らしをしてきたのに、おまえに悪戯をされてしまった。おまえがろくでもない悪戯をしたに違いないよ。おまえのお師匠さまは、私の妹なんだから、こんなことをするはずがないよ」

冰輪はいいました。

「何をおっしゃるのですか。冗談など申しておりません。私とお師匠さまの布団の中には、どちらもこれがあったのです。床の中の数両の銀子はすべてなくなってしまっています。明りを点けて見てみましょう」

老白はびっくりして言いました。

「そんなことがあったのか」

立ち上がり、部屋の中を照らしてみますと、二つの箱の蓋が壁に凭せ掛けてあり、中にあった目ぼしいものは、すっかりなくなっておりました。酒を盛る杯は空になっており、臘肉の皮と骨がありました。仏前の燭台もなくなっており、泥棒に入られたことが分かりました。さらに、顔を見合わせましたが、角先生がどのように中に入れられたかは、三人とも記憶していませんでした。白姑子は寝ているときに誰かに犯され、とても気分がよかったが、疲れていて目を覚ますことができなかったことに気が付いていました。三人は明りを手に取り、前後を照らしましたが、まったく足跡はなく、扉は今まで通りきちんと閉められており、開きませんでした。そこで、師弟二人は、一緒に城内に入りますと、捕り手の役所に上申書を提出しました。その後、訴状は受理されましたが、結局泥棒は捕まりませんでした。

 白姑子は捕り手の旅費を準備したり、番役に食事を出したり、捕衙の比較に立ち会ったりして、二か月あたふたとしました。しかし、あまりに負担が重かったので、連春元に頼んで、典史に頼み、捕り手を帰しました。泥棒は、三四年後、ほかの事件で掴まり、姓が梁で名は尚仁という者であることが分かりました。彼は昔のことをくわしく人に告げました。ですから、その日、狄希陳が蓮華庵に白姑子を訪ね、話をしようとしたのに、彼女は家にいなかったのでした。老白も盗難のあらましを述べただけで、肝心かなめのところは話しませんでした。

 狄希陳は白姑子が家にいなかったので、老白と無駄話をしました。狄希陳が、老白はいつから庵にきていたのかと尋ねますと、老白は返事をしました。

「夫が死んだため未亡人となりました。白姑子と実の姉妹でしたので、三年前に庵にきて、あの人のために家事をしたり、ご飯を作ったりしていたのです」

これらの細かい事柄は、くわしくお話しする必要はありますまい。狄希陳は老白が寺に出たり入ったりしている人ではないから、素姐が正月十六日に庵に焼香にきたとき、誰に会ったか、詳しい事情を、知っているかもしれないと思い、尋ねました。

「昨日の正月十六日に、私の女房がこの庵に焼香に来たことを、ご記憶ですか」

老白「数日前のことですから、覚えておりますとも。あの日は西街の張の若奥さまも来られました」

狄希陳「どこの張さんですか。南側が張茂実の家で、北側は張子虚の家ですが、張の若奥さまとはどちらの女房ですか」

老白「私もご亭主の名は知りませんが、新しく南京舗を開かれた方です」

 狄希陳は、張茂実の女房の智姐だということを知り、心の中で、彼女にひどい目に遭わされたことに気が付きました。そして、わざと尋ねました。

「どうして彼らが南京舗を開いたことをご存じなのですか」

老白「狄大嫂はあの人が着ているような撒綫の衣裳を欲しがっているそうですが、あのような出来栄えのものはございません。模様も綺麗ですし、生地もいいものです。あの人は夫が南京から買ってきたはやりの顧繍だといっていました。ですから、あの人が南京舗を開いていることを知ったのです」

狄希陳「何ということだ。『敵同士は狭い道ですぐ出会う』というが。あいつにひどい目にあわされていたのか。老白が教えてくれなければ、純陽老祖でさえも事情が分からなかっただろう。それにしても、あのくそ女は悪い奴だ。僕がちょっと冗談を言って、亭主があいつをぶったが、あいつの母親はすぐに僕に仕返しをしたんだ。なのに、こんなひどい仕返しをするとはな。僕には恨みを晴らしてくれる母親もいない。それに、今は服を買ってくるように催促されている、これからどれだけひどいことがあるか知れない。あいつのところに頼みにゆくしかあるまい。あいつにあのような衣裳を売ってもらい、期限に間に合うことができれば、ご先祖さまや死んだ母親が守ってくれたということだ。しかし、まだ服が残っているかは分からない。残りがなければ、あいつの女房のものを買うことになるが、あいつはわざと僕を苦しめようとして、顧繍を売ってはくれないだろう。泥棒を探してあいつの女房の服を盗ませることもできないから。どうにも手に入れようがない。仕方ない。あいつのところへいって運を試すしかない」

店に行きましたが、張茂実は店におらず、番頭の李旺が店番として、狄希陳の店の前の腰掛けに座っておりました。

 狄希陳は尋ねました。

「張さんは、どうして店で商売をなさらないのですか。どこにゆかれたのですか」

李旺「先ほど家に物をとりにゆきましたが、もうすぐ戻ってくるでしょう。あの人を訪ねてどうされるのですか」

狄希陳「あの人から顧繍の衣裳を買いたいのだよ」

李旺「顧繍は手に入りませんよ。顧家の撒綫は最近の流行りで、普通の撒綫の服より銀二両以上も高いのです。そんな大金を使って、ここにもってきて人に売るはずがないでしょう」

狄希陳「いい品なら、だれも買わないということはあるまい」

李旺「明水鎮の人々は、銀七八両の服すら買おうとはいたしません。真紅のものなら、銀十数両になります。ここ十数年、この土地の人々も、二流の絹の服を着ることを覚えましたが、以前、楊尚書さまが宮保になられたころは、晒の木綿の衫しか着ていませんでした。数人の行商がくることさえ珍しく、南京鋪などを開く者はいませんでした。仇家の撒綫は、顧家のものと大差ありません。何色のものをお召しになりますか。一揃いお買いください。値段は二両おまけいたしますよ」

狄希陳「似ていればいい。まったく違うものだと、見せるわけにはゆかないからな」

李旺「顧家のものと比べ合わせなければ大丈夫です。比べ合わせてみますと、全然違うものです。生地の色でさえも、普通のものとは違うのですからね」

狄希陳「その顧繍の衣装は、あなたがもってきて自分で使っていたものだろう。値段は幾らでもいい。物を買ってからもってきてもいいぞ」

李旺「どこで手に入れましょうか。この前、張大哥が二揃い作られましたが、天藍の縐紗の生地でした、大変な手間を掛け、数日間余計に泊まり、二揃いを手にいれたのです。他には手に入れようがありません」

狄希陳「張大哥が二揃い持っているなら、一揃い売るようにいってくれ。金は多めに払おう」

李旺「あの人は奥さんと喧嘩をし、奥さんへのおわびとして、二揃いの衣裳を買ったのです。あなたに売ってはくれないでしょう。仇家の撒綫を家に持っておゆきなさい。女には何が仇家で、何が顧家かは分かりません。顧家の物だといっても、だれも真実を明かす人はいません」

狄希陳「まあいいだろう。良いものを二揃い選んでくれ。家にもってゆき、とりあえず間に合わせにすることにしよう」

李旺は天藍の縐紗の圏金[5]の衫、白い秋羅の撒綫の裙、天藍秋羅の地の撒綫の衫、白い綸子の連裙を選び、紙で包みました。狄希陳はこの二揃いの衣裳を持って家にゆきましたが、心の中では、嬉しくもあり、恐ろしくもありました。嬉しかったのは、この服を家に持ってゆき、気にいってもらえば、肩の荷が下りるから。恐ろしかったのは、素姐の目が水晶、琥珀のようなもので、あらゆる物は、彼女の目に掛かりますと、千年をへた化け物でも、彼女をごまかすことはできず、彼女に偽物であることを見破られれば、我慢できないほどひどい目に遭うからでした。狄希陳は衣裳を袖に入れて歩きながら、心の中であれこれ考え、まるで枉死城へ行くかのような有様でした。

 道端では一人の占い師が、ちょうど露店を出しておりました。彼は関羽さまの画像を掛け、人々のために占いをしておりました。狄希陳は人込みに紛れ、目下の災難について占ってくれと頼みました。占い師は、狄希陳が女にひどい目に遭わされる運命にあり、災いは目前に迫っていると言いました。狄希陳はびっくりして血の気を失い、言いました。

「この災いから逃れることができますか」

先生「逃げようはございません。あなたは縄で足を縛られているようなもので、十万八千里の道を歩いても、女はついてくることでしょう」

狄希陳「あなたは占いをすることができ、私がまもなく災難に遭うとおっしゃいましたが、災いを避ける方法もきっとご存じでしょう」

先生は、彼のためにさらに占いをし、しばらく指を折ったり指の紋を辿ったりしますと、言いました。

「女の人を騙そうとしてらっしゃるのでしょうが、騙すことはできず、ひどい目に遭われます。その女を騙されないばあいは、災いを逃れることはできませんが、まだ軽いものですむでしょう」

狄希陳は二十文の銅銭を取りだし、占い代を払い、びくびくしながら家に帰りました。家の入り口にはいりますと、素姐はぷんぷんしながら腰掛けておりました。狄希陳は、袖の中から二つの服を取りだしますと、素姐を見ながら言いました。

「たくさんの場所を探し、ようやく二揃いの撒綫の衣装を捜し当てた。あの人は本当の顧繍で、どちらも九両だと言い、一文も負けようとはしなかったよ」

紙をあけ、両手で手渡しました。素姐はくわしく見ようとはせず、横目で見ただけで、言いました。

「あんたは両目が地面に落ちてしまって、物の善し悪しを見分けられないだろうが、私にはちゃんとした目が残っていて、物の善し悪しが分かるんだよ。あんたはいい品物を持ってきて前世の女房に送り、わざと悪い品物を持ってきて私を騙すんだね」

衣装を取り上げ、狄希陳の顔目掛けて投げつけました。そして、脇に立て掛けてあった窓の閂を、飛び上がって手にとりますと、言いました。

「鷹の神だろうが犬の神だろうが。私を掴まえてゆくがいいさ。私はとにかく怒りを晴らすことにするからね」

手に窓の閂を持ちながら、肩をしこたまぶちました。

 父親に対してさえ、「大きな杖で殴られたときは避けよ」[6]という教えがあるものです。ところが、狄希陳は、おかしなことに、しっかりと立ち止まり、素姐の手が疲れるまでじっとしておりました。さいわい狄周の女房が部屋の中で騒ぎが起こっているのを聞き、急いで中に入ってきました。そこでは、素姐が手に窓の閂をもち、雨のように狄希陳に降り下ろしておりました。狄周の女房は下を向き、素姐の手から閂を奪いますと、両手で素姐を抱きかかえ、言いました。

「若奥さま、懺悔をして数日しかたっていませんのに、人が変わったように乱暴にぶたれるなんて。若さまにほかのものを買っていただけば宜しいのに、なぜこんなことをなさるのですか」

さらに狄希陳に言いました。

「若さまも良くありませんよ、若さまは若奥さまの恐ろしさをご存じでしょう。百両の銀子を費やし、二十畝の土地を抵当に入れても、この方の気に入ったものを買ってさしあげるべきだったのです。わざわざ騒ぎを起こし、ひたすらぶたれても、何とも思われないなんて。はやくこれを持っていって、いいのに換えてもらってきてください」

素姐「こいつは南京から顧家の撒綫を買ってきて母親に送り、人が落としたものをどこからか拾ってきて私にくれたのだよ。みんな、これからはおまえは懺悔をしたくせになどといわないでおくれ。私は今後悔しているんだよ。こんなつまらない暮らしをして、百年生きてもどうにもならないよ。私は臨機応変の対応をし、鷹の神とやらがまた来たら、方策を考えることにするよ。蝙蝠は『明日は明日の風が吹く』[7]と鳴くじゃないか」

狄周の女房は、狄希陳に、はやく本物の顧家の刺繍にかえてくるようにと勧めました。狄希陳は素姐が怒りを鎮めてゆくのを見ますと、ゆっくりと部屋の入り口から外に出ました。

 素姐は、狄周の女房にいいました。

「先ほどもしおまえが私を抱き留めなかったら、私はあの人を殴り、死んだも同然の状態にしていたかもしれないよ」

狄周の女房「あの人を死ぬほど殴って、心配なさらないのですか」

素姐「心配してどうするんだい。心配するくらいなら、ぶったりはしないよ」

狄周の女房「ぶち殺したら、命の償いをしなければなりませんよ。あの方のお父さんは何も言わなくても、あの方のおばさまは、何か文句をおっしゃるでしょうよ」

素姐「あいつの親父など、私は何とも思わないよ。あの人のおばさんは、ちょっと怖いが」

狄周の女房は、素姐を宥め、厨房に行ってしまいました。

 狄希陳は、二揃いの服を持って、李旺を訪ねてゆきました。張茂実は一度店にやってきて、ふたたび家に帰ってゆきました。素姐が狄希陳に顧繍を買ってこいと迫っていることに、李旺は気が付きませんでした。そして、張茂実に会いますと、狄希陳が尋ねてきた詳しい事情を、逐一張茂実に話しました。張茂実は心の中で喜び、

「おもしろい。願ったり適ったりだ」

李旺にこう言い残しました。

「あいつがこれを買ってもっていったら、今日の仕事はこれでおしまいだ。返しにもどってきたら、きっと顧繍を買おうとするだろう。おまえはかくかくしかじか、臨機応変の対応をしてくれ」

 狄希陳は店に腰を掛け、もっていった裙を取り出しますと、言いました。

「女房は気に入らず、本物の顧繍の裙衫を買ってこなければ駄目だと言ったんだ」

李旺は狄希陳がとても悲しそうな顔をし、涙の跡をつけているのを見ますと、ひどい目にあったことを知りました。話をしておりますと、張茂実が家からやってきて、狄希陳に会いますと、揖をして、言いました。

「狄さま、どうして弊店にお越しいただいたのでしょうか」

狄希陳「毎日ひどく忙しくて、薛家の兄弟と相家の従弟を迎え、さらに数人の親しい同窓生を呼び、あなたのために開店祝いをしようとしたのだが、遅れてしまった。日を改めてお祝いをすることにしよう」

張茂実「私は才能がなく、勉強がものにならなかったため、商売をしているのですが、同窓生がきたとあれば、断るわけにはまいりません。あらかじめお声をお掛けくだされば、ちょっとした料理を準備し、二人の歌い女を呼び、宴席につきそわせておりましたのに」

李旺「張さん、この間南京から買ってきた二つの顧繍は、どちらも服に仕立てられましたか」

張茂実「片方は仕立てたが、もう片方は仕立てていない」

李旺「仲の良い兄弟が、一揃い買おうとしているのです。一揃い売らないとおっしゃるのならば、その人に金を払わせ、数日したら南京に品物を買いにゆき、ほかの新しい品物をもってくることにいたしましょう」

張茂実「残した一揃いは、弟の結納品にしようとしているのだ。そうでなければ、同じものをもってきたりはしない。義理の姉妹たちが、同じ模様のものを着て外に出られるようにしてやるのだ」

李旺「弟さんが結納品を贈られるには、まだ早いでしょう。私たちが買ってきてからでも遅くはないでしょう。とても仲の良い兄弟なのですから、その人を救ってあげてもいいでしょう」

張茂実「仲が良い人だからこそ、あげるわけにはゆかないのだ。銀二十数両のものだが、その人と値段を交渉するわけにもゆかないからな。ないといって、断ることにしよう」

李旺「張さん、その人が誰だとお思いですか。狄さんですよ。この衣装を買うために、続けて二回もきたのに、あなたは店にいなかったのですよ」

張茂実「俺たちの店には、はやりの仇家の撒綫があり、顧家のものよりいいから、幾つか持ってきて選ばせよう」

李旺「仇家の物の方が良いのに、気に入らないのです。狄大嫂は顧家の物を欲しがっているのです」

張茂実「狄大嫂は顧家のものを見たことがあるのですか」

狄希陳「あいつが見たことがあるかどうかは知らない。あいつは仇家の物は生地がよくないといい、手にとるとすぐに見破ってしまったんだ」

張茂実「狄大嫂の優れた眼力には、感服させられます。狄大嫂が欲しいとおっしゃるのなら、他人とは訳が違います。仕立てていない一揃いはもちろん、狄大嫂のご所望とあらば、仕立てたものも、さしあげることといたしましょう。狄大哥、しばらく腰をお掛けになってください。すぐ家に行き、もってきてお渡し致しましょう」

 張茂実は、家に衣服を取りにゆき、狄希陳は李旺に値段を尋ねました。

李旺「あの人が自分の銀子で買ったもので、幾らするかは分かりません。あの人から話を聞きましたが、一つの衫一つの裙で二十一両五銭の銀子が必要だということです。あの人のところには帳簿がありますから、調べてみることにしよう」

箪笥から古い帳簿を取りだし、開けてみてみますと、表に一行「顧繍二套、銀四十三両」と書いてありました。狄希陳は顧繍があればそれでよかったので、値段で争おうとはしませんでした。

 暫くしますと、張茂実はこの衣装を箪笥の上に取りだし、仇家の撒綫を取り出して見比べましたが、まるで天と地ほどの違いがありました。狄希陳はこの衣装を手に入れますと、まるで一万錠の元宝を拾ったかのように、何度も張茂実に値段を聞きました。

張茂実「狄さん、何をおっしゃいます。この衣装は、数両の銀子の値打ちもありません。差し上げましょう。値段で争っては、まったく同窓生らしくはなく、赤の他人と同じです。他人なら、私に百両の銀子をくれたって、与えませんがね」

狄希陳「兄さんが値段をおっしゃってくださらなければ、私は持ってゆくわけには参りません。私はあれをすぐに使いたいのです。あなたの態度は私を愛しているもののそれではありません。兄さんが私の急場を救ってくだされば、兄さんに銀子を差し上げ、さらにもってきて兄さんに返せば、こうして頂ければこの上ない恩徳です」

李旺も脇から言いました。

「狄大哥が買いに来られず、あなたが知らないときは、狄大哥に上げればそれで宜しいでしょう。しかし、狄大哥が尋ねてきたのに、あなたがお金を受け取らなかったら、狄大哥は決まりが悪いでしょう。私の考えに従われ、今あるものを送る場合も別のものを送る場合も、原価をおっしゃって、狄大哥に使わせてあげてはいかがですか」

張茂実「同窓の方なのですから、わずかな物のために代価を受け取るわけにはまいりません。仕方ありません。私もはっきりと覚えてはいませんが、二揃いで銀四十一二両でしょう。帳簿に付けたのですが、今どこに置いたかわかりません。とにかく持ってゆかれてください。どうなさろうと構いません」

李旺「もとの帳簿は箪笥の中にないのですか。さっき狄さんにお見せしました。二揃いで銀四十三両でした。多分一揃いで二十一両五銭でしょう」

狄希陳「遅滞なく、金額通りお支払いします」

何度も礼を言い、家に持ってゆきました。本物が手に入りましたので、少し堂々とした態度で取り出して素姐に与えました。

 素姐は受け取ってちょっと見てみますと、笑って言いました。

「人は苦しい目に遭わせるものだ。何回かぶたなければ、あいつはおとなしく持ってこなかっただろう。この衣装はきっと張茂実の家にあったものだ。私がきつく催促をしなければ、おまえはきっとほかの人にやっていただろう。まったく腹立たしいことだよ。私は菩薩さまの面子を立てただけだからね。吉日を選び、裁縫師に服を作らせておくれ。それを着て四月八日に奶奶廟にゆくから」

狄希陳は、悪戯をして智姐をひどい目に遭わせたばかりに、たくさんの苦しみを受け、多額の金を使うことになりました。そして、報いはなおも尽きることがありませんでした。その他のことは、次回でお話し致しましょう。

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

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[1]留は春秋時代宋の邑名。現在の江蘇省。漢の策士張良が漢高祖によって封ぜられた土地。

[2]麻酔薬。具体的な製法は未詳だが、元曲や『水滸伝』などに登場。現在でも、人の感覚を麻痺させるものの代名詞として用いられる。

[3]景東人事の誤りか。『金瓶梅』第十九回に、「相思套」などとともに出てくるが、具体的にどのような者なのかは未詳。ただ、「景東」とは、雲南省の庁名、「人事」とは男根のことであろうから、張方の一種であろう。

[4] 「老漢推車」は「老人が車を推す」という意味で、体位の一つと思われるが未詳。

[5]紋様に金箔で縁取りを施したもの。

[6]原文「且莫説大杖則走」。聖人舜でさえも、父親に大きな杖でぶたれそうになったときは逃げたという。出典は『後漢書』隗囂伝「昔虞舜事父大杖則走、小杖則受」。

[7]原文「得過且過」。音は「dé guò qiě guò」。中国人には蝙蝠の鳴き声はこう聞こえるらしい。

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