第六十四回

薛素姐が和尚をよんで懺悔すること

白姑子が悪事をして不当な利益を得ること

 

悪人の目に天はなく

罪を重ねて捕らへらる

身はもがけども逃れ得ず

郷紳を頼り金を積む

邪を正に

白を黒にし

逆さまにする善と悪

役所に手紙を届くれば

お上は情実(なさけ)を加ふべし

菩薩は公平さを保ち

閻魔は権力(ちから)を握りたり

心は(すぐ)に私心なく

手紙を出だせぬ悪和尚

手紙を届くるその日には

鞭で打たれん一万遍

 薛三省の女房は、ふたたび蓮華庵にやってきました。暫くしますと、白姑子が弟子の冰輪と楊家の作男を連れ、大きな籠に入れた饅頭、蒸餅を脇に抱え、庵にやってきました。彼女は、薛三省の女房に会いますと、安否を尋ね、挨拶をしました。薛三省の女房が来意を告げますと、白姑子は言いました。

「狄の若奥さまがお呼びとあらば、すぐに行くべきでしょう。以前、張大嫂と一緒に庵にお参りにこられたことがありましたが、活発で、人当たりもよく、腰が低く、とても良い方でした。しかし、あの方の弟の薛相公は、私と関係が良くないので、ばったり会いますと、決まりが悪いのです。家に行かれて、用向きは何なのか尋ね、人を遣わして庵に話しをしにこさせてください」

薛三省の女房「若奥さまがあなたを呼んでいるのです。家は別々ですから、差し障りはありません。とにかく行かれてください。私たちの家には、三人の坊ちゃまがいますが、誰があなたに無礼をはたらいたのですか。どうしてそんなことが起こったのですか」

 白姑子「あなたの家の若さまと、一人のお友達が、私の庵にやってこられたとき、私はちょうど床屋に頭を剃らせていました。私はすぐに弟子に茶を沸かすように命じ、あの方に飲ませました。私が頭を剃り終わりますと、床屋は私の耳掃除をしました。すると、あの方は床屋を罵りました。『ごろつきめ。奴隷め。何て憎たらしいのだ。はやくやめないとぶってやるぞ。』。床屋は罵られると、力を込めてこう言いました。『何も悪いことをしていませんのに、私を口汚なく罵られるなんて』。あの方は言いました。『憎たらしい奴め。まだ口答えするのか。俺が一番嫌いなのは瓢箪から種をほじくり出す人間だが、おまえはどうして耳掻きで瓢箪をほじくっているのだ。[1] 』。私はおかしいような腹立たしいような気分で『何でもありませんよ。耳がよく聞こえなかったので、この人に耳を掃除させたのです。それを瓢箪から種をほじくり出すとおっしゃるとはね。』。私が話をし終えないうちに、あの人は、私を淫乱な禿げ女めと罵りました。さいわい一緒に来た若者があの方を宥め、その場から去らせました。その時以来、あの方は二度とやってきませんでした。私は道であの方と出食わしても、いつも揖はいたしません」

薛三省の女房「そんなつまらないことだったのですか。とにかくあちらへゆきましょう。あの人には構わなければいいのです。あの人があちらにいなければ、出くわすこともありませんし、たとえ出食わしても、ここの土地の人に取りなしてもらえば、どうということはありません。一緒に行きましょう」

 白姑子「私は本当はいかない積もりだったのですが、お呼び頂いたのは有り難いことです。先に行かれてください、明日の朝に、一人であちらへゆき、狄さんと話をしましょう」

薛三省の女房「すぐ近くではありませんか。今すぐ行くことにしましょう」

白姑子「あれまあ。今は何時ですか。俗人のあなたが真夜中に通りを歩かれるのは宜しいですが、私たちのような出家した尼が、夜に街を歩けば、ごろつきに脅され、和尚か道士と密通していると言われ、彼らの言いなりになり、あなたまで身ぐるみ剥がれてしまうでしょうよ。今は明水鎮も物騒ですからね」

薛三省の女房「心配ありませんよ。私についてきてください、大丈夫、大丈夫。ごろつきに出くわしても、私が相手をしてやりますよ。私は奴らを気絶させ、へとへとにさせてやりますよ」

白姑子は、薛三省の女房にまとわりつかれ、弟子に留守番をさせ、二人一緒に狄家へ行きました。入り口に着きますと、灯点し頃が近付いていました、素姐の部屋に入りますと、素姐は頭をぼさぼさ、頬をげっそりさせ、床に伏しており、起き上がることができませんでした。会って席を譲り合ったことは、くわしくお話し致しません。

 白姑子はまず尋ねました。

「急のお呼びですが、何のご用でしょうか」

素姐「人の話しが本当か嘘か、お聞ききしたいのです。寝室の中に、だれも入らなかったのに、入り口を開けたら、中からハイタカが飛び出てきたのですが、これは吉ですか凶ですか」

白姑子はびっくりして言いました。

「何ですって。どこでそんなことがあったのですか」

素姐「近くの、私たちの鎮です」

白姑子「私たちの親戚ですか」

素姐「親戚ではありません。ただの知り合いです」

白姑子「ハイタカが人の部屋に入りこめば、すぐに霊牀[2]を用意しろといいますから、三十日足らずで、閻魔さまのもとに行くことになります」。経文には、『地獄と現世は同じである』とあり、冥途には三司[3]、両院、府県、都司[4]などがあり、閻魔王、鍾馗、馬面、牛頭がいます。この世の人が告発されたり、役所に捕縛されたりしたときは、罪の軽重を調べられることになります。些細なことであれば、青夫[5]、甲p[6]が遣わされ、もう少し重大なことであれば、民壮[7]や捕り手が遣わされます。さらに重大なことであれば、探馬が遣わされます。強盗や馬賊であれば、応捕や番役が遣わされ、彼らの拷問を受けてから、役所に行き、凌遅の罪に問うのです。冥途の閻魔王は、この世に忠臣孝子、義夫烈婦、有徳の善人がいれば、金童玉女を遣わし、幢幡、宝蓋を持ち、砂と土で道を舗装し、金と玉で橋を造りますが、これは、この世の府県の知事が、肩書きを書いた名刺を準備して、自ら家に赴き、徳のある賓客を郷飲酒の席に招くようなものです。善くも悪くもない普通の人は、無常を彼の家に行かせるだけのことです。無常は期限通りにやってきます。これは何の造作もないことです。普通の悪人を捕らえるときは、牛頭馬面が遣わされますが、これはこの世で探馬を遣わすようなものです。両親をぶったり罵ったりする不孝息子、舅姑をぶったり罵ったりする凶暴な嫁、君主を凌ぎ国を奪う奸臣、夫を苛める妻妾、主人の恩に背く奴隷、正妻を苛める妾、役所の権威をかさにきて人民を苦しめる下役、冷水で肉を膨らませる料理人、このような人々を、地獄ではこの世の馬賊や強盗のようなものと考え、鷹の神を遣わし、その人の家のご先祖さまとともに、捕縛を行い、その家の屋敷神や土地神の保証書をもらい、きちんと準備をしてから、年月日時の功曹を遣わし、彼らの悪事を報告し、鄷都に連れてゆき、臼で突いたり、石臼で挽いたり、油で揚げたり、鋸挽きにしたりし、十八層地獄をすべて巡らせ、永久に人に生まれ変わることができないようにさせるのです。ですから、鷹の神は、一万の罪業が満ちなければ、簡単に遣わされることはありません。これは人の世ではほとんどないことです。明水のこの家が、どうして閻魔さまをこんなに激怒させてしまったのでしょうか」

 素姐は話を聞きますと、曹操のような悪人であったとはいえ、驚きのあまり、掛け蒲団一杯に臭い小便を漏らして、尋ねました。

「このような大罪を犯しても、救われる方法はあるのでしょうか」

白姑子「観音菩薩以外に、薬師如来のお経をあげ、閻魔さまの前で一生懸命許しを請えば、救いようがあるかもしれません。とにかく本人が菩薩の前で、一生懸命懺悔し、誠実に誓いを立て、以前の罪を改め、何か罪作りなことをしていると思ったら、それを悔い改め、二度としないようにするのが、罪業を消滅するための功徳というものです」

 白姑子はそう言いながら、立ち上がって帰ろうとしました。

素姐「とりあえずお掛けください。まだ話があります。あなたが先ほどおっしゃっていた罪には、重い軽いはあるのでしょうか。まさかみんな同じという訳でもないでしょう」

白姑子「私が話しをした数々の罪悪は、もともと一人の人間のものではありません。一人の人間があれだけの罪を犯せば、生きていられるはずがありません。息子は両親をぶったり罵ったりすること、嫁は舅姑をぶったり罵ったりすること、妻は夫を苛めること、臣下は君主を凌ぎ国を奪うことだけが重罪なのです、この罪を犯せば、冥途の役人は許してはくれないのです」

素姐はさらに尋ねました。

「人がこのような大罪を犯すと、必ず鷹の神が遣わされるのは、なぜですか」

白姑子「人の世の強盗を捕縛するときは、必ず応捕、番役が遣わされますが、これは応捕、番役が強盗をおさえつけることができるからです。応捕、番役は強盗を掴まえると、鉄の棍棒を使い、両腕をへし折り、手を動かせないようにさせ、その後で拷問を行います。しかし、ろくでなしの悪者を捕縛するときは、牛頭が彼らを見ても、跪き、降参してしまいますし、馬面が彼らを見ても、結局降参してしまいます。牛頭馬面が彼らを捕らえようとしないので、鷹の神を捕縛に向かわせるのです。鷹の神は、凶悪な人間の上をぐるぐると飛び、すきを見て悪者の目を嘴でつついて見えなくします。悪人が何も見えなくなってしまったところで、牛頭馬面を一緒にこさせ、腕に枷を嵌め、冥府に連れてゆき、罰を与え、手に枷をはめ、彼らを冥土に連れていって刑を受けさせるのです。きっと目が痛んでいる人がいるはずです。狄の若奥さま、どなたなのかおっしゃってください」

 素姐は、びっくりしてぶるぶる震えながらいいました。

「実をいいますと、私たちの家なのです。昨日の朝、私は奥へ用足しに行ったのですが、入り口は閉まっていました。私は戻ってきますと、入り口を開け、中に入りました。すると、部屋の中から大きなハイタカがでてきて、私の顔を翼でたたき、飛んでいってしまいました。私は、今、両目が人にえぐり取られたように痛むのです。白師父、どうか私をお助けください。お礼は手厚く致しますから」

白姑子「あれまあ。お話ししてくださらなかったので、私はすべてを話し、あなたに不快な思いをさせてしまいました。尋常なことではありませんが、若奥さまなら、大丈夫です。あなたは賢いお方で、舅姑に孝行をし、夫を愛し敬い、隣人たちと仲良くしているとかねがね伺っていましたが、どうしてこのような目に遭われたのでしょう。多分、あなたとは関係ないでしょう」

素姐はいいました。

「私もこのような目に遭うのはおかしいと思います。私は舅姑には孝行をしました。姑が死にますと、正直に申し上げますが、私は白髻をかぶり、喪服を着けました。夫が何か悪いことをすれば、ちょっとしつけをしてやりましたが、これは大罪とはいえないでしょう。天が贔屓をするから、廟には無実の罪で死んだ者の幽霊がいるのです。白さま、どうか私を救ってください」

白姑子「あなたが私に救ってもらいたいのなら、私もあなたを騙したりはいたしません。あなたの罪はやや重いので、お経をあげて懺悔をするだけでは、効果はありません。ちょうどこの世で死刑に相当する罪を犯し、ほとんどの人が頼りにならないときに、権力を握っている人に頼るといいような状態です。十人の尼を呼び、七昼夜薬師如来の宝経一万巻を唱えましょう。少しも悪い心を起こさず、斎戒沐浴し、七日間休みなく『救苦救難観世音菩薩』と唱え、一回念仏を唱えるごとに、一回叩頭するのです。七昼夜の法事を終えたら、観音さまを呼び、閻魔王が承知したかどうか結果を尋ね、さらに対応をする必要があります」

 素姐「白師父のいう通りに致しましょう。しかし、祭壇はどこに設けましょうか」

白姑子「私たちのところに祭壇を設けるか、表の広間の中か、中庭に小屋掛けをたててもいいでしょう。朝、昼に精進物をとったり、茶を飲んだり、香を焚いたり、蝋燭を点けたりするときにも便利でしょう」

素姐「私の家の方が便利ですが、舅の奴が口やかましく、我慢できません。蓮華庵がいいでしょう。仏殿で法事を行うのがいいでしょう」

白姑子「それも結構です。ご自分でお考えになってください。私はとりあえず庵に戻り、明日、ふたたびやってきて、あなたと法事をする日について相談し、師匠を呼び、お経の数を決めましょう」

そういいながら、別れを告げて去ってゆきました。素姐は、薛三省の女房を白姑子につけ、さらに作男を呼び、たいまつに火をつけました。狄希陳も、一緒に白姑子を家に送ってゆきました。

 白姑子は一晩眠らず、金を騙しとることを考えました。翌朝起きますと、顔を綺麗に洗い、丁寧に白粉を塗り、靛花[8]を頭に塗り、臙脂を綿につけて唇に塗り、黒い緯羅瓢帽[9]、栗色の春羅の道袍、天藍の麻糸のサンダル、白いネルの靴下をつけ、弟子の冰輪とともに、朝から素姐の家にやってきました。素姐は厨房に精進料理を準備してもてなしました。白姑子師弟は、素姐、狄希陳と法事について相談をしました。白姑子と冰輪、水月庵の秦姑子超凡、姑子妙蓮、観音堂の任姑子水雲、恵姑子堯仁、祁姑子善瑞、劉姑子白水、地蔵庵の楚姑子陽台、管姑子玉僧、全部で十人の尼が、蓮華庵の仏殿で法事を行い、七昼夜続けて、一万一千遍の『薬師王仏心経』を唱えることになりました。

 素姐は言いました。

「一千巻をつけ加えたのは、なぜですか」

白姑子「あなたは昨日お舅さまのことを『舅の奴』と罵られました。この一言は、一千巻のお経でなければ、懺悔することはできません」

素姐「あれまあ。それは私がしょっちゅう口にしていることですが、罪になるのですか」

白姑子「無理にとは申しません。いいと思われるのなら、一千巻は唱えなくてもよろしゅうございます」

素姐「今申し上げた通りの有様なのですから、唱えないわけにはゆきません」

白姑子「お経代はお経の数で決められても、日数で計算されても結構です。法事はあなたが執り行ない、祈祷料、灯明皿、供物、香、蝋燭、茶、酒、懺悔のときに使う新しい手巾、赤い絨毯、六尺の新しい木綿布、字を書く費用、七回文書を送るときの礼金、仏さまを送り迎えするときのお祝儀、仏さまのお告げを得るときの謝礼などは、すべて別料金です」

 素姐「最初からはっきりさせて後で争いがないようにするのは、大変結構なことです。お経の数で決めるときはどのように計算するか、日数で計算するときはどのように計算するかを、まず私にお聞かせください」

白姑子「『薬師経』はとても長く、短い『心経』[10]とはわけが違います。一人の人間が一生懸命唱えても、一日十巻も唱えることはできません。一巻唱えるのに、一分五厘、十巻は一銭五分、百巻は一両五銭、千巻は十五両、一万巻は百五十両の銀で、さらに一千巻を加えますと、お経代は百六十五両になります。ほかの費用は、仏さまのお告げを得るときの謝礼で、四両で結構ですが、五両ならさらによろしゅうございます。ほかは手厚くするかしないかはご随意になさってください、決まりきった金額はありません。狄大嫂、あなたは赤の他人ではありませんし、この数人のお師匠さまたちも見ず知らずの人ではありません。彼らも金額通りに請求はしにくいので、一巻につき一分にすることに致しましょう。私と弟子は、狄大嫂に二千巻を唱えて差し上げても、お経代を受け取る勇気はありません。これではさらに二十両を払うことになりますからね。彼らが一千巻をよんでも計算に入れられてはいけません。十両を払うことになりますからね。お経代は全部で銀八十両で結構です」

 素姐「八十両の銀子は大したことはありません。私の姑は死んで数両の銀子を残しました。私はそれで厄払いをし、全部使ってしまうことにしましょう。あなたがた師弟二人に、ただでお経をよんでいただくわけには参りません。やはりよまれたお経の数に応じてお金を差し上げましょう。一千巻もやはり勘定にいれることにしましょう」

白姑子「私と弟子の分を勘定に入れられてはなりません。私たちはあなたとは仲が良いのですから」

素姐「心を込めて法事をし、私の命を救ってくださるのですから、お金を惜しみは致しません。私の舅は六七十歳で、もう長くはありません。天が私に目を掛け、あいつを早目にくたばらせれば、すべては私のものになります。私の命が危ないのですから、姑が残した数両の銀子を、すっかり使いきらなければ、私は助かりません」

白姑子「狄大嫂、まったくあなたのおっしゃる通りです。そんなに良い心をもたれているのですから、お経をよまなくても、仏さまはあなたを守ってくださるでしょう。しかし、ほかの数人の尼たちは、妓女のように、体で生活しています。七昼夜の法事を行えば、彼らの体を束縛することになります。彼らには弟子と使用人がおり、みんな食事をしなければなりません。お経代は、まず彼らに半分を与え、彼らが米を買い、一生懸命お経を上げることができるようにしなければなりません。毎日のお供え物は、家で作られますか。それとも庵の人に作らせますか。庵の人に作らせるのでしたら、便利です。庵で長年働いている女の料理人の翟さんがいいです。あの人はよそさまのものを捨てたりはいたしませんから」

 素姐は尋ねました。

「明水の人ですか」

白姑子「もちろんです。これは翟福の嫁です」

素姐「あの人だったのですか。あの人はいつも私たちの家にきて料理を作っていました。あの人の女房は強という名字で、私たちはあの人のことを『強婆子』と呼んでいます。また、あの人は道士でもあるので、『老強道』とも呼んでいます。あの人ならいいでしょう。私は毎日供物をそなえますが、あそこなら精進料理を作るのに便利でしょう。庵によそものがいないのは結構なことです。私はあそこに泊まることにいたしましょう」

白姑子「私が座禅をしている部屋で、いつか張大嫂とお茶を飲まれたでしょう。あそこにはよそ者は入り込めません。私たちのところの尼僧たちは、字を書くことができませんので、以前は永智寺の和尚の天空に、額や対聯を書いてもらっていましたが、今は観音堂の任師父が字を書くことができますので、和尚は一人もくることはありません」

素姐「男がこないのでしたら、私はそこに泊まることにしましょう。先にあなたに銀五十両をお出ししましょう。尼さんたちにはとりあえず五両を出し、日を選んで法事を行いましょう。私はここで準備をしてあそこへいって米、小麦、食物を運びましょう」

 素姐は箱を開け、彼女の姑が残した銀子を一封取り出し、五十両だといい、白姑子に受け取らせました。

白姑子「私は封をあけ、若奥さまの前でお見せしましょう。これは大勢の人に関わることですから、もしも間違いがあれば、彼らは私に騙されたというでしょうからね」

封を開けて数えますと、十個の銀塊がありましたが、中に四つの黒い銀塊があり、ほかの六つの銀塊とはまったく違っていました。素姐は幼い時からあまり銀子などを見たことがなく、何とも思いませんでした。しかし、白姑子は様々な家を巡り、たくさんのことを知っていました。黒いものを取り上げて見てみますと、表面は真っ黒、底は真っ平らで蜂眼[11]がありませんでした。白姑子は歯で齧ってみますと、柔らかかったので、言いました。

「銀子ではなく、錫のようですが」

素姐はいいました。

「ほかのも御覧ください」

六つの本当の銀の塊と、四つの錫の塊を選り分けました。素姐は狄婆子が入れたのだと疑いました。狄希陳は気の弱い男でしたので、白姑子が錫だと言い、素姐が受け取ってそれを見ているのを見ますと、顔を青くし、すっかり血の気を失ってしまい、ズボンの中にびっしょりと小便を漏らし、顎の骨をがたがたと響かせました。素姐は彼を見ますと、言いました。

「大したものだね。きっとこの馬鹿の仕業ですよ。ほかのものを見てみましょう。全部贋物になっていたら、私はお経などあげたりはしませんよ」

怒り狂いながら二つの封を手にとり、封を開きますと、それぞれの封に四つの錫の塊が入っていました。さらに七つの封を取り出しましたが、まったく同じ有様でした。

 狄希陳はよける間もなく、素姐にびんたをくらわされ、どてんと転び、口から地面に倒れました。白姑子はすぐに素姐を引き止め、慌てて念仏を唱え、

「阿弥陀仏。とんでもない。若奥さま、おやめください。これから法事をしようというのに、何をなさるのですか。銀子、銅銭など些細なことです。夫は女の天で、夫をぶつのは天をぶつようなものです。あなたがこのようにひどい方だから、天の怒りに触れたのです。田舎の人々はよくブリキの塊を銀の塊にまぜ、悪人に奪われるのを防ぐものです。これはもともと中に入っていたのでしょう。あなたのお姑さんは気が付かずに、本物だと思って取っておかれたのかも知れません。狄大哥のしたこととは限りませんよ」

素姐「この人がしたことでないのなら、この人はどうしてびっくりして小便を漏らしたのですか。心に疚しいところがあったに違いありません。私は腹が立って我慢できません。この人を何回かぶたなければ、私は怒りで死んでしまうでしょう。白さん、とりあえず庵に戻られてください。この件について片をつけて、怒りを鎮めてから、人を遣わしてあなたを呼びに参りましょう」

 白姑子は去ろうとしました。狄希陳は白姑子にむかって目と口で合図をし、彼女を帰らせず、彼女に素姐を宥めて、自分を助けてもらおうとしました。白姑子は意味を解して、言いました。

「狄大哥、この銀子を入れたのがあなたかどうか、お話しになればいいじゃありませんか。なんてもたもたした方でしょう。気の早い若奥さまはもちろんのこと、このようにもたもたされていては、私だって我慢することができません。私が結婚していて、磁石のように仲が良くても、亭主があなたのように人形[12]みたいな人だったら、殴りたくなりますよ」

素姐「ものの分かった人に話をすれば、気が楽になるものですね。白師父も御覧になったでしょう。関係のないあなたまで、我慢することができない、ぶつべきだとおっしゃいました。しかし、脇にいたあなたが公平なことをおっしゃったお陰で、私の怒りは、ほとんど収まりました。この人と喧嘩ばかりしていましたが、この人本人はどうということはないのです。ところが、脇にいる人があれやこれやと、減らず口を叩くものですから、本当は少ししかぶつまいと思っていても、怒ってたくさんぶってしまうのです」

白姑子「まったくその通りです。敵でもない人を、ぶつ気にはならないものです。銀子の件は狄大哥とは関係がないのに、どうしてこのようなことをなさるのですか。まるで狄の若奥さまが普段からとても恐ろしく、人を脅かしているかのようです。若奥さま、私がここにいる間に話しをなさってください。これ以上文句を言われてはいけません。銀子のことはお忘れになってください」

 素姐は白姑子に優しく宥められますと、だんだんと怒りを鎮め、喜びはじめました。狄希陳も人心地がつきました。素姐は、十個の真っ白な銀塊を選び、紙で包み、白姑子に持っていかせ、白姑子はそれを人々に分け、半分のお経代にしました。白姑子は、五十両のお経代は庵に持ち帰り、誰にも分けませんでした。法事を行う吉日を選び、ほかの庵の八人の尼を呼び、自分たち師弟もあわせて十人で、法事を行いました。素姐は米、小麦、薪を庵に送りました。

 狄員外は、薛如卞が道姑に説教をさせ、姉を改心させようと考え、白姑子にあらかじめ考えを伝えていることを知っていましたので、こう思いました。

「これで本当に改心したら、家は平和になり、息子も苛められず、わしも頼りにする人ができるというものだ」

金持ちにとって、数両の銀子を使うのは、少しも惜しいことではありませんでした。素姐が法事を行い、懺悔をすることを聞きますと、狄員外はとても喜び、狄周の女房に命じて、法事で使う物は、すべて買い調えてやろうと、素姐に伝えました。狄員外は、さらに三十両の銀子を与え、お経代にさせ、こう言いました。

「一人で庵にいくのなら、薛夫人と薛如卞の女房の連氏を呼ぶべきだ。薛如兼の女房の巧姐も一緒に行かせ、お相伴をさせよう」

素姐は狄家に嫁入りをしてからというもの、怒ってばかりいましたが、今回ばかりは痒いところを掻いてもらったかのように、笑い、「お父さまありがとうございます」と言いました。狄員外は狄希陳を薛家に遣わし、彼の姑と連氏、巧姐をまず家に呼び、素姐とともに庵に行かせました。薛夫人は、狄員外が呼んでいましたし、娘の行いを改めさせようとも思っていましたので、すぐに承知しました。

 期日になりますと、親子三人は、まず狄家にゆき、朝食をとり、四人一緒に蓮華庵にゆきました。狄周の女房と小玉蘭、薛三省、薛三槐の二人の女房も付き従いました。薛如卞兄弟三人もおり、狄希陳がさらに相于廷を呼びましたので、全部で五人が、庵で法事を見守りました。さらに、料理人を呼び、精進物の宴席を整えさせました。七日続けて、薛夫人と素姐の四人は、毎朝焼香をし、晩には仏に別れを告げ、家に帰りました。薛如卞と相于廷は、毎晩家に帰って眠りました。狄希陳だけは、素姐に咎められるのを恐れ、晩に素姐にかわって仏前で懺悔をするといい、家に戻りませんでした。

 尼たちは、毎日灯点し頃になりますと、庵の入り口を閉じ、わざと楽器を響かせ、太鼓とはちを鳴らしました。お経をよむ声は、遠くまで響きました。白姑子の部屋にも生臭物が置かれ、美酒が買われ、食事が準備され、代わり番こに、数人が仏殿でお経を唱え、何本か蝋燭を点し、毎日同じことを繰り返しました。狄希陳は、健康な若者でしたが、いかんせん大勢の人々の応対に忙しかったためすっかり痩せ、骨張ってきました。白姑子は素姐たちに向かって言いました。

「諺がうまいことをいっております、『夫婦の愛は、子供への愛よりも強い』と。ここ数晩、私たちだって居眠りをすることがあるというのに。狄の若さまは本当に誠実な君子で、仏前に跪いて叩頭され、少しも休もうとされません。本当に夫婦の情が深いのですね。世の中の両親に尽くす子供達がこのようにするならば、本当に舜の生まれ変わり、閔子騫、曾参の生まれ変わりというものです。あんなに痩せてしまわれて」

素姐「本当にそうなら、畜生ではないということですね」

心の中で少し嬉しく思いました。

 七日目になりますと、牢が作られました。素姐は厚化粧を洗いおとし、派手な服を脱ぎ、囚人の服装をして牢に座りました。白姑子は五彩の袈裟を着け、毘盧九蓮の帽子を着け、祈祷文を手にとり、仏前に伏して祈祷文を捧げました。

南贍部州大明国山東布政使司済南府繍江県明水鎮蓮花庵の沙門は、伏して陰陽を正し、区別するための儀式を致します。夫が強く妻が穏やかであることによって、夫婦は仲良くすることができます。妻に徳があってこそ、夫も立派でいられます。狄家の薛氏は、もともとは読書人の娘で、監生の妻になりました。もともとは仲の良い夫婦で良縁でした。もともとは凶悪でなく[13]、夫を罵ることもありませんでした。美しさを鼻にかけるところがありましたが、例のことはきちんとしておりました。権力を笠にきるところがありましたが、刃物を振るうことはありませんでした。夫婦仲は良くありませんでしたが、神さまに殺されるようなことはしていませんでした。ところが六庚[14]が嘘の報告をし、三尸が間違ったことを述べたため。天の怒りに触れ、悪鬼が遣わされることになりました。地獄の怒りに触れ、鷹の神が遣わされることになりました。後悔してもどうしようもありません。灰を食べて胃を清らかにしようと思います。罪を深く反省しております。ただただ涙を飲んで心を傷ませています。思うに苦海にしずんでいる人は多く、なかなか救うことはできません。慈悲の心で衆生を救われることをお願い致します。どうか仏さまのお力で、この世の衆生をあまねく救われることをお願い致します。お告げがきた日には、ご命令の通りに致します。

白姑子は地面に伏し、半日過ぎてから、意識を取り戻した振りをし、素姐に尋ねました。

「施主さま、おめでとうございます。先ほど上奏文を天に提出致しましたが、長いこと待っても、天から命令が下されませんでした。一時が過ぎますと、値日功曹が、大きな荷物を担いできました。二人の黄色い頭巾をつけた力士でも、その棒を担ぐことはできませんでした。開けてみますと、下界の様々な神さまがあなたが舅姑に背き、夫を監禁してぶった罪を報告したものを、纏めて文書にしたものが、箱一杯に入っていたのでした。あなたは、十八層地獄を何度も巡り、豚、犬、騾馬、驢馬に生まれ変わり、輪廻することになるはずでしたが、仏さまの命令で救われ、鷹の神も帰ることになりました。ただし、悔い改めなければ、ふたたび捕縛が行われる、とのことです」

尼僧たちは法衣を着、箒を持ち、牢から素姐を迎え、新たに派手な装い、錦の袷と刺繍の裙を着けさせました。尼たちは冗談でお祝いをいい、「報喜」[15]だといいました。素姐は五両の紋銀を取り出し、礼を言いました。目の前で送りましたので、白姑子も金をくすねるわけにはゆきませんでした。人々はそれぞれ五銭を貰い、とても喜びました。

 法事が終わり、白姑子が仏を送り、額を焼きますと、左右に長いテーブルを置き、盛大な宴を設け、食事をとらせました。まず薛夫人たち四人を送り返し、次に薛相公たち四人を先に帰らせました。狄希陳は人が片付けをするのをみるという名目で奥へ行き、尼たちと酒を飲み、冗談を言い合いました。実はこの法事に際して、白姑子は、素姐には、和尚を招いて法事を行い、お経の数で代金を計算するとだけ言っていました。しかし、尼たちには、法事を七昼夜行い、お経を読みおえたら、お経代十両が送られるとしか言いませんでした。白姑子は、まず五十両の銀を持ち帰り、中から八両を取り出し、自分と弟子以外の、八人の尼僧に、一両ずつ分け与えました。そして、六十両をすべて自分と弟子のものにし、ほかの尼僧たちには知らせませんでした。

 今回の一件で、白姑子は、百両の銀子、米、小麦、薪、炭、醤油、酢、油、塩など、数え切れないほどのものを手に入れました。彼女は、薛如卞が世話をしてくれたことに深く感謝し、二匹の長くて大きな秋羅、二匹のはやりの金甲の綸子[16]を買い、毛氈で包み、礼を言いにゆきました。白姑子は、素姐からたくさんの銀子を騙しとりましたが、素姐も人に内緒で金を使っていましたので、何度も白姑子に「絶対に人に知らせないでください」と頼みました。ですから、白姑子は思いきり人を騙し、憚ることがありませんでした。しかし、彼女にも少しは良心がありましたので、四匹の生地を買い、薛如卞にお礼をしたのでした。薛如卞は、受け取ろうとしませんでしたが、白姑子がしつこく勧めましたので、一匹の天藍の秋羅だけを受け取りました。

 ところで、素姐はたくさんの銀子を使い、仏前では盛大に祈祷を行いましたが、果たして改心して舅姑に孝行をし、夫を敬うようになったのでしょうか。白姑子はたくさんの不当な利益を得ましたが、無事に生活していくことができたのでしょうか。恐らくさらに別の事件が起こったことでしょう。とりあえず次回を御覧ください。

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

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[1]原文「我平生悩的是按着葫蘆摳子児的人、你為甚麼拿着把小杓子掏那葫蘆「按着葫蘆摳子児」は「瓢箪をおさえつけて種をほじくる」の意だが、強欲なことをいう。ここでは瓢箪を白姑子の頭に、耳掻きの動作を種をほじくることにたとえて、白姑子と床屋をからかっている。

[2]納棺前に死体を横たえておく寝台。

[3]明代、都指揮司、布政司、按察司をいう。

[4]正四品の武官。

[5]p隷に同じ。黒服の下役。

[6]鎧を着たp隷のことと思われるが未詳。

[7]州県の民兵。

[8]藍甕の表面に浮かぶ滓を乾燥させたもの。黛として用いる。

[9]緯帽に同じ。夏用帽子で、つばがなく、竹、籐で骨組みを作り、薄絹を貼ったもの。

[10] 『般若心経』のこと。

[11]銀塊にできる蜂の目のような紋様と思われるが未詳。

[12]花卉、果物などで作った生々しい人形。宋呉自牧『夢粱録』四司六局筵会假賃「果子局、掌装簇飣盤看果、時新水果、南北京果、海臘肥脯、臠切、像生花果、勧酒品件」。

[13]原文「葡架本非悪趣」。義未詳。とりあえず上のように訳す。

[14]災害を司る神獣。明楊慎『芸林伐山』六庚「六庚為白獣、在上為客星、在下為害気」。

[15]子供が産まれた際、岳父の家にそれを知らせること。

[16]原文「金甲綾機」。「金甲」は未詳。「綾機」は機械で織った綸子。

 

 

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