第五十八回

疑い深い女が壁に耳を着けること

口の減らぬ男が目に丸を描かれて街を歩くこと

 

南の庭の花が痩せ、緑増したるその時は

風暖かく

晩霞み

(うお)新しく、蟹太り、酒は初めて熟したり

客人(まらうど)呼びて痛飲し

樽を運べり

杯交はし、泥酔し

ふざけ合ひ

誰に知らるることもなし

窓の外では美人が聞きて

夢見る時にやつてきて

二つの眉を描きたり  《酔紅妝》

 さて、薛家の小冬哥は、吉日を選び、狄家の巧姐を娶ろうとしました。狄員外は、結納品やこまごまとしたものを、急いで買いととのえました。巧姐もよく働きましたし、調羮もとても気が利きましたので、狄婆子は口で指図するだけで、あまりやきもきしませんでした。そのほかの衣服や装身具の類いは、調羮の意見をきき、おじの相棟宇に制作を依頼しました。相棟宇の夫人も大変物事のよく分かった人でしたので、狄員外はあれこれ指図しなくてすみました。

 ある日、相棟宇は、息子の相于廷を遣わして彼のおばと相談をしようとしましたが、薛素姐が二回ひどく腹を立て、毎日騒ぐのをやめなかったため、狄婆子は気が滅入り、手足の動きが日一日と重くなっておりました。そこで、相于廷は狄婆子のお見舞いをしようとしました。やってきますと、狄員外夫婦に会い、本題を話し終えますと、相于廷は別れを告げて帰ろうとしました。

狄員外「ちょっといかないでくれ。おまえのにいさんは、わしの指図で仕事をしにいったのだが、もうすぐ戻ってくるだろう。今日はあらたに焼酎を蒸留し、何匹か蟹を買い、二尾の新鮮な[魚各]魚[1]を買い、椿の芽をとらせ、畦にニンニクの花茎を探しにいき、おまえのお父さんを呼んできて、親子四人で葡萄棚の下で酒を飲むことにしよう。さらにわしの女房も担いでいき、わしらの話を聞かせ、一緒に酒を飲ませよう」

相于廷「父が返事を待っておりますので、家に行ってからまた参りましょう」

狄夫人「主人があなたを引き止めているのですから、泊まってください。あなたのお父さんだってこられるのでしょう」

そこで、相于廷は泊まることにしました。狄希陳も戻ってきました。狄員外は彼を庭園の葡萄棚の下にいかせ、人々が準備をするのを監督させ、さらに調羮に魚料理を作らせたり、蟹を炒めさせたりして、昼食を準備しました。また、人に命じて相于廷を呼びにゆかせました。

 正午近くになりますと、調羮は魚料理を作りおえ、蟹をすべてぶつ切りにし、スープ、味噌、片栗粉を混ぜ、食べるときにその場で炒めました。さらに、餡を作って盒子餅[2]を焼くのに備えたり、緑豆を煮たり、水飯を作ったりしました。ところが、すべてが整い、酒肴、果物皿が石のテーブルの上に並べられたというのに、相棟宇はいつまでたってもやってきませんでした。何度も呼びますと、狄周が報告をしました。

「相さまは、家で学校の下役に付き添って酒を飲んでいます。下役を帰らせてからやってきます」

相于廷「下役がやってきたとはどういうことでしょう。私が家に戻ってみてみましょう」

狄員外「いく必要はありません。きっとどこかへ何かをしにいく途中で、ついでにあなたの家を訪ね、酒とご飯をご馳走になっているのでしょう。大事なことがあれば、あなたのお父さんがあなたを呼びにくるはずです」

 昼もだいぶ過ぎてから、相棟宇は、酒で顔を真っ赤にしながらやってきて、狄夫人に会いますと、話をし、奥の中庭にいって狄員外、狄希陳と会いました、相于廷は尋ねました。

「下役は何をしにきたのですか」

棟宇「下役が話をしにきたのだ。廩生に空きができたので、おまえを明日学校にこさせるとな」

相于廷「多分沈太宇の空きでしょうが、その空きは薛大哥のものになり、僕には回ってこないでしょう」

相棟宇「下役は沈大宇の空きではないと言っていたぞ。沈大宇の空きはもう薛大哥によって埋められ、文書も下されることになっている。これは別の空きだが、あの人が誰と言っていたかは、わしは思い出せん、荊なんとかの空きだということだったぞ」

相于廷「ああ、そうでした。荊在鄗が保挙を受けたのです」

狄員外は尋ねました。

「沈大宇はどうして廩生でなくなったのですか」

相棟宇「沈大宇は貢生になったのです」

狄員外「あの人はいつ貢生になったのですか。まったく知らなかったので、挨拶をしませんでした。この間、希陳が学校に入ったとき、あの人は贈り物をくれた上に、自らお祝いを言いにきてくれたというのに、とんでもない失礼をしてしまいました。希陳よ、もう少し注意していなければだめだ。二度と忘れてはならんぞ」

 そう言いながら、酒を注ぎ、料理を出しました。まず新鮮な[魚各]魚が出てきました。狄夫人は、脇の学士椅[3]に腰を掛け、ほかに一つの半卓[4]を置き、さらに魚を出し、初物を食べました。人々は、数年ものの新しい魚各魚は、年を経た肉でんぶほど、甘くて薄味でおいしいものではない、新しいものは塩辛く、肉はぱさぱさしていて、新鮮な魚よりもまずい、といいました。

狄夫人「私の村では、海の魚を食べ慣れていません、私は湖の新鮮な魚がおいしいと思います」

狄員外「人というものは他人に盲従しやすいものだ。海辺の人々はわしらのところにいる湖の魚を、同じように有り難がるのだ」

二度目は炒めた蟹が運ばれてきました。

相棟宇「私たちは毎日蒸した蟹を食べていますが、炒めたものも、とてもおいしいですね。女房に炒めさせても、おいしくありませんが」

狄員外「炒め蟹は、都の人が上手です。私たちの家の者は、都では蟹の外側の殻をすべてはぎ取り、蟹の肉全体を、小さな足までついたまま、スープにして食べる、一碗に二つ蟹が入っている、と言っています」

相棟宇「どのようにはぎ取るのだ。劉姐もできまい」

狄員外「できるでしょう。人を厨房に遣わし、まだ蟹があるか確かめさせ、あったら、二つ作らせましょう」

小間使い「蟹はなくなりました。あの人は、先ほど、炒める蟹が足りないと言っていました」

狄員外「蟹を買い、彼女に料理させ、おまえのおじさんに見せるがいい」

 続け様にご飯を食べますと、狄夫人は、まず人に片付けをさせ、表の部屋にいかせました。さらに、しばらく酒を飲みますと、相棟宇は別れて去っていき、狄員外も表に休みにいきました。狄希陳はさらに言いました。

「おじさんと親父はいってしまったから、僕たちは思いきり遊ぼう」

狄希陳も言いました。

「この間涿州[5]からきたとき、僕は父さんに内緒で、たくさんの爆竹を買ったんだ。正月に鳴らさなかったものが、まだ幾つか残っているから、もってきて鳴らすことにしよう」

相于廷「それはいい」

狄希陳が爆竹を取りだしますと、一咫の長さで、小さな鶏卵ほどの太さがありました。先端を縛り、火を点けますと、まるで銃のように物凄い音がしました。

狄希陳「この爆竹を犬の首に縛り付け、火を点け、犬を放ち、爆発させたら、どんな風になるだろうな」

相于廷「試してみよう。憎たらしい犬を選んで試してみよう。いい犬だったら、死ぬとかわいそうだからな」

狄希陳「そうだな、あの灰色の雌犬を連れてこよう。あいつはとても憎たらしいやつで、僕を見るとすぐに噛むんだよ」

相于廷「主人を噛む犬で試せば、死んでも惜しくはない。雷だってあの犬を撃つに違いないからね」

作男に命じ、灰色の犬を連れてこさせました。まず一本の帯を手にとり、犬の口を縛り、その後で、大きな爆竹を選んで、犬の頭に縛りました。導火線に火をつけ、犬を放しますと、数歩も走らないうちに、ぽんと音がし、犬は足を伸ばして、地面に倒れました。二人は手を叩いて大笑いし、口の帯を解いてやりました。犬は長いこと気を失っており、ぴくぴく動いていましたが、だんだんと意識を取り戻し、立ち上がり、よろよろとしながらいってしまいました。

相于廷「僕は夜に烏を掴まえ、羽を縛ってある。つれてきて、頭に爆竹をつけ、火をつけて放ったら、どんな風になるだろうな」

狄希陳は喜んで

「それはおもしろい。どこにおいてあるんだ。作男にとりにいかせよう」

相于廷は作男に言い含めました。

「家にいったら、小随童に、烏をくれというがいい」

 作男は、暫くすると戻ってきて、外から、真っ黒で、馬鹿でかい嘴をした烏をもって奥にやってきました。

狄希陳「とても大きいな。どうやって掴まえたんだい」

相于廷「こいつは本当に憎たらしいんだ。木の上で、朝も昼も、僕の書房の窓に向かって、変な声で叫ぶんだ。小随童が追い払っても、おならを一回もしないうちに、ぱたぱたと飛んでくるんだ。僕が番弓[6]を作って上下に動かすと、とてもすばしこかったが、すぐに掴まえることができたんだ」

作男が両手で烏の体を掴みますと、狄希陳は頭を抑えました。相于廷は爆竹を縛り、導火線に火を着け、手にとって上に放ちますと、烏は空に飛んでいきました。やがて、雷のような音がして、烏が空から落ちてきました。頭を見てみますと、二つに割れ、脳がなくなっていました。烏はあの灰色の犬ほど丈夫ではなかったのでした。

相于廷「爆竹がこんなに凄いものとは知りませんでした。従順でない奥さんや、家を乱す悪い奴の頭に爆竹を縛り、導火線に火をつけ、烏と同じようにしたら、彼らもおとなしくなるでしょう」

狄希陳「それはいい。しかし、僕たちは軽々しく彼らをからかう勇気はない。犬と烏は復讐することはできないが、彼らは復讐することができるだろうからな。むしろ君の奥さんがぴったりだ、あの人に爆竹を縛りつけ、爆発したら、どうなるか試してみよう」

相于廷「どうしてですか。彼女は姑を怒らせたり、夫をぶったりしたわけでもありませんし、おとなしくて、綺麗ですから、あの人の頭で爆竹を破裂させるわけにはいきません」

狄希陳「おまえはもちろん、僕だってそんなことをするに忍びないよ」

相于廷「奥さんの頭で爆竹を破裂させるに忍びないとおっしゃるなら、僕もおばさんを怒らせるのはやめましょう。そんなことをすればあなたはぶたれてしまいますからね」

狄希陳「女房はそれ程凶暴ではなく、あまり根に持つことはないんだ。僕が怒らせても、晩に謝れば、それで許してくれる。しかし、あいつはとにかく態度を変えるのが早く、済んでしまったことを蒸し返すんだ」

相于廷「それは済んでしまったことではなく、『ちんぽこを抜けば怒りだす』ということです。いい方法を教えてあげましょう。あなたは例のことをし終わっても、抜かずに、そのままにしておくのです。そうすれば、あの人はまったく怒りませんよ」

狄希陳「眠ったら、抜けてしまうだろう」

相于廷「首を抱きかかえ、腿をぴったりとくっつけていれば、絶対に抜けることはありません。あの人があなたのことを怒らないばかりか、あなたがあの人を怒ることができますよ。このほかにもしゃれた報復の仕方がありますが、あなたにはこのような能力はないでしょうから、伝授しても無駄でしょう」

狄希陳「僕には能力があるから、伝授してくれ」

相于廷「あの人が言い掛かりをつけてきたら、昼間は隠れ、部屋に行ったりはせず、死んだ蛇のようにじっとしているのです。家にいるときに、あの人の小間使いがあなたを呼びにきたら、行かないわけにはいきますまい。家にいてはいけません。私を訪ねてきてください。午後に家にいき、奥さんの部屋に行ってしばらくすごし、眠る頃になったら部屋に入っていき、様子をみるのです。様子があまり険悪でなく、あの人が腹を立てていなければ、すぐに服を脱ぎ、布団の中に入るのです。とても凶暴だったら、寝床に上がる前に、寝床の縁におさえつけ、すぐに足を肩で担ぎ、強引に押し込め、喉を塞ぎ、罵れないようにし、すぐに二十回ほど根元まで挿入し、へとへとにさせるのです。あの人が口と手を動かすことができなければ、あなたはあの人に思いきり例のことをしてやることができます。例のことをしながら、あの人の服を脱がせ、ズボンをはぎ取り、膝褲を解き、睡鞋に履き替えさせてやれば、あの人はおとなしくなります。さらにあの人に二回例のことをして懲らしめ、死んだ犬のようにへとへとにさせれば、その晩はもうあの人を恐れることはなく、一晩安眠できることはうけあいです」

狄希陳「なかなかいいが、一生それをするのは、いいやり方ではないな」

相于廷「いいやり方ですよ。あなたがどんな嫌な思いをするというのですか。昼間はあの人を避け、夜は例のことをし、あの人を少しも休ませないのです」

狄希陳「やはり良くない。僕は女の体は黄金よりも貴いものだと聞いている。一回例のことをすれば、しばらく休まないと体を壊してしまう。よく例のことをする女は、焦げ茶色の顔をし、疲れており、治療するのがとても難しいのだ。あの人に一晩に二回例のことをさせて、死んだら、どうするんだ」

相于廷「死なせておしまいなさい。あんなに不従順な人を、おいておいてどうするのですか。例のことをして殺してしまえばいいのです」

狄希陳「そのやり方はとにかく良くない。だめだ。女房はどうでもいいにしても、僕だって毎日夜に体力を消耗し、死んでしまうからな」

相于廷「馬鹿ですね。あなたはどんな生活をなさっているというのですか。あなたを可愛がっている奥さんを愛しく思われるなんて。死ぬと困るなどとおっしゃいますが、今は地獄のような有様なのですから、早く死んで早く生まれ変わった方が、さっぱりするじゃありませんか」

狄希陳は笑って

「ろくでなしめ。僕が貴様の気に障ることをしたというのか。僕にこのような絶命丹を送るとはな」

 相于廷「それなら、別の計略を考えてあげましょう。奥さんがよろずにつけあなたを虐待するのは、あなたがあの人の言うことを聞かないからです。これからは従順にして、捻くれた態度をとってはいけません。あなたはあらゆることに従い、あの人の意思に背いてはいけません。あの人が廟にお参りをしたいといったら、あなたはあの人のために轎を準備し、馬に鞍を置くのです。ついてきてもらいたいと言ったら、一緒に旅をして歩くのです。付き従う必要がないときは、あなたは尻をおろして、家で座って待っているのです。あの人が廟にとまろうとしたら、あなたはあの人に家に帰るように催促してはなりません。あの人が和尚がほしいと言ったら、道士にくれてやってはいけません。あの人が道士がほしいと言ったら、和尚にくれてやってはいけません。あの人のあらゆる望みを適えてあげれば、あの人はあなたを気にいることでしょう」

狄希陳は笑って

「おまえは奥さんと仲がいいが、こんないいやり方があったのか。僕はこのようなことはできないから、女房に不愉快な思いをさせていたんだ」

相于廷は笑って

「そうですね。奥さんはしたい放題のことをしていますが、僕は捻くれた態度をとることは少しもできませんからね。去年の七月十五日、あの人は三官廟に法事を見にいこうとしたので、僕はあの人について三官廟にいき、老侯婆と老張婆子とともに連椅[7]に腰掛け、長いテーブルに凭れ掛かり、油で揚げたお菓子、小麦の饅頭を食べながら、たくさんの人々に、根も葉もないでたらめをいいました。あなたは腹を立て、脇をうなだれながら飛ぶように走り、おばさんとおじさんは怒って体が麻痺してしまいましたが、僕は少しも腹を立てませんでした。午後になると、あの人は、灯籠流しを見ようとしました。道士、和尚が先導をし、後からはたくさんの男たちや、足が小さい、大勢のびっこで目くらの女たちがよたよたとついていきました。たくさんの女たちの中で、奥さんは年も若く、足はさらに小さく、綺麗でしたので、たくさんの人々が褒め、喝采しました」

狄希陳は笑って

「下らないことを言いやがって」

相于廷は笑って

「こんなまずい焼酎は飲めませんよ。語り物をしてあなたに聞かせてあげればいいでしょう」

狄希陳は笑って

「おまえは運がよくて、ひどい女に出食わさなかっただけのことだ。だから冗談を言うことができるんだ。手強い奴に出くわせば、おまえは僕以下になるだろうよ」

相于廷は笑いながら

「本当ですね。僕はあなたのように性格が良くないので、我慢することができませんからね」

狄希陳「十分に酒を飲んで、ほかの話をしよう。もうこの話はよそう。酒令をして酒を飲み、おまえの口を塞ぐことにしよう。またこの話しをしたら、罰杯を飲ませるぞ」

相于廷「酒令をしても、酔わなければ、家に帰ることは許しませんよ」

狄希陳「できたての焼酎は強いから、黄酒を買って飲むことにしよう」

相于廷「酒を飲むとなれば、焼酎だろうが黄酒だろうがたくさん飲むべきです。半日焼酎をのみ、さらに黄酒を飲むのは、風撹雪[8]で良くありません、最後まで焼酎を飲むことにしましょう」

 狄希陳は相于廷に酒令をするように促しました。

相于廷「僕たち二人しかいないのに、どうやって酒令をするのですか。謎当てをしましょう。私が問題を出したらあなたが答え、あなたが問題を出したら僕が答えるという具合に、代わり番こに問題を出すことにしましょう。僕が先に問題を出しましょう『浄土を遍游して闍黎を訪ぬ』を四字熟語にしたら」

狄希陳「おまえがいったことは、僕には分からない、どう答えたものだろう」

相于廷「尼寺、道観、寺院はすべて『浄土』で、『土』の字は『度』の意味に解釈するのです、『闍黎』とは『和尚』のことで、『遍遊』とはあちこちを旅することです」

狄希陳「『寺を巡って和尚に会う[9]』だな」

相于廷「当たりです。あなたが問題を出してください。僕が答えましょう」

狄希陳「『鶏の尻を糸で縛る』、二字熟語で答えてくれ」

相于廷は笑って

「これは難しくはありません。『減らず口を叩く[10]』です。僕がまた問題を出しますから、答えてください。『恐妻家が軍を率いる』、七文字の人名で答えてください」

狄希陳は少し考えると、言いました。

「答えられない。一杯飲むから、言ってくれ」

相于廷「『恐妻家の都元帥[11]』です」

狄希陳「僕もおまえに出すから答えてくれ。『子供が兄さんの前を走っていく』、『四書』の五文字で答えてくれ」

相于廷「『幼いのに遜らない[12]』ですね」

狄希陳「おまえとは謎当てはしないぞ。おまえは僕を馬鹿にしたからな。しりとりをしよう。繋げることができなければ一杯だ」

相于廷「いいでしょう、先におっしゃってください」

狄希陳「おまえは客だから、やはりおまえが先にいってくれ」

相于廷「では始めましょう『二人仲よく仕事をする[13]』」

狄希陳「聖人にぶたれる[14]

相于廷「舅姑をぶち罵る[15]

狄希陳「馬鹿いうな。何が『舅姑をぶち罵る』だ、これはおまえが勝手に作ったものだ。どうして『父母をぶち罵る[16]』といわないんだ」

相于廷「あなたはお父さんやお母さんをぶったり罵ったりしていないので、あなたを悪く言うことはできないのです」

狄希陳「駄目だ。罰杯だ。他のことを言ってくれ」

相于廷は一杯の酒を飲み、

「『歯が折れたら、腹に飲み込め[17]』」

狄希陳「検分をして通過させる[18]

相于廷「通行証の文句ですね。これは『咽』ではないじゃありませんか。罰杯一杯です」

狄希陳「我々は尻取りをしているのだから、音は同じで字が違うだけなら、まあいいだろう」

相于廷「そうですね。まあいいでしょう。それなら僕も『礼を以て正夫人に接する[19]』といいましょう」

狄希陳「妻が賢ければ夫の災いは少ない[20]

相于廷「まさにその通りです。兄さんはその事をご存じですから、すぐに口から出てきたのでしょう」

狄希陳「おまえは何かというと僕を馬鹿にする。しりとりもやめだ。交代で笑い話をし、交代で一杯の酒を飲むことにしよう」

相于廷「兄さんのおっしゃる通り、笑い話をいたしましょう。僕が先に話しましょう。わが繍江県の数人の恐妻家が、会を作ろうとし、会員を十人にしようとしました。九人が集まりましたが、一人足りず、見つけることができなかったので、城外へ探しにいくことにしました。明水まで探しにきますと、二十歳の人が、女の纏足布、膝褲を、湖のほとりで洗濯していました。その人は言いました。『この男は女房のために纏足布と褲腿子を洗っているから、きっと恐妻家に違いない。彼を会にいれることにしよう。そうすれば、十人そろえることができる』。そして、進み出て言いました。『わが城内で恐妻家の会を作っています。十人が必要です。九人が集まりましたが、一人足りません。あなたは奥さんのために纏足布を洗っていますから、きっと恐妻家でしょう。どうか会にお入られ、十人の数を満たしてください』。その男は言いました。『私は城内にはいきません。私は明水第一の恐妻家です。城内にいって十番目になるわけには参りません』」

狄希陳「おまえはいいことを言わないとおもっていたが、果たしてその通りだ。とにかく飲もう。あまり喋ることは許さん。おまえに言うが、女房はよく人の話を盗み聞きするそうだ。暗くなったから、あいつが盗み聞きをしにくるかもしれない。もしあいつに聴かれたら、大変なことだ。おまえが逃げたら、僕が掴まってひどい目に遭うことになる」

相于廷「僕が一歩でも逃げれば、それは人でなしというものでしょう。陳閣老が高夫人をぶったときのように[21]、あの人を懲らしめ、乳を棒で推し、尻を蹴り、背骨に拳骨を食らわせ、どうか許してくださいと叫ばない限り、あの人を許しはしません」

 狄希陳「おまえ、黙ってくれ。馬鹿なことを言わないでくれ。そろそろあいつが出てくる頃だぞ」

相于廷「脅かしているのですか。僕はあなたとは違います。義理の弟を苛める兄嫁などいやしませんよ。あの人が僕を訪ねてこなければ、それはあの人の運がいいということです。あの人の運が悪ければ、あの人を…」

話をしていますと、素姐が現れました。彼女は、急いで歩いてきますと、大きなひさごに入れた汚水を、相于廷の顔目掛けてぶっかけ、相于廷は顔中から汚水を滴らせました。相于廷は顔を拭き、椅子を蹴り、追い掛けていきました。素姐は足をまくって逃げました。相于廷は、素姐の中庭の入り口まで追い掛けましたが、素姐は門にぱちんと鍵を掛け、中に入りました。相于廷は立ち止まりますと、言いました。

「おまえ、出てこい。俺は兄さんとは違うのに、俺をひどい目に遭わせるのか」

素姐「ろくでなし。今日一日、少しもまともな話をせず、唇の皮が擦り切れるほど、私の話ばかりして。そんな才能があるなら、家に行って自分の女房をしつけたらどうだい。今を何時だと思っているんだい。まだ家に帰らないのかい。人の家でろくでもないことをべらべらと話して。私はおまえのようなろくでなしとは話しをしないよ。私は主人と決着をつけることにするよ」

相于廷「追いだそうとしたって、いかないぞ。明日まで酒を飲み、明日になったらさらに午後まで酒を飲み、ひたすらあんたの話をしてやる。そして、すきをみてあんたの所へ行き、赤っ恥をかかせてやる。とにかく門を開けろ。僕はここで糞運び用の鋤をもって、あんたを待っているからな」

狄希陳「あいつはもう入り口に鍵を掛けてしまったから、どうにもならんよ。奥に行って濡れた服を脱ぎ、汚物を拭いてから、酒を飲みにいくことにしよう」

 二人は、ふたたび奥に行き、酒を飲みました。

狄希陳「どうだい。僕の話しを聞かなかったばっかりに、ひどい目に遭ってしまったじゃないか。おまえは僕のために災いを除いてくれると言っていたが、僕がもしひどい目に遭ったら、僕は影でおまえを呪ってやるからな」

相于廷「あの人があなたを詰ったら、すぐに僕を呼んでください。あなたの怒りを晴らしてあげましょう。安南国の回教徒が北京に行き、大きな象を献上しました。象は途中まできて、人の言葉を喋りました。『わしは象の王だ。都には行きたくない。ここで土地の人に祠を建ててもらおう。わしは風雨を穏やかにし、善を助け、悪を罰することができるからな』。土地の人々は、象が話をするのを見ると、ただものではないと思い、金を集め、とても立派な廟を造ってやり、大勢で香を手向けにやってきました。象は善人にはいいことをし、悪人は掴まえてすべてを話させました。ある日、夫妻二人が一緒に香を手向けにきました。女は、平素、夫を苛め、すぐに彼をぶち、まったく情け容赦がありませんでした。ところが、殿門に入るとすぐに、その女は唇が青く、顔が白くなり、自分が平素夫をぶち、手足を縛りあげていることを喋りました。彼女の夫が何度も彼女のために祈祷をしますと、ようやく正気に戻りました。彼女の夫は言いました。『おまえは先ほどわしが何度も哀願しなければ、きっと死んでいただろう。おまえはこれから二度とわしをぶってはいけない。もしもぶったら、わしは象爺[22]を呼ぶからな』」

狄希陳は笑いながら、相于廷の腕を二回捩じりました。談笑しているうちに、二人は酔っ払い、葡萄棚の下のござの上に倒れました。相于廷は盒子の蓋を枕に、狄希陳は相于廷の足を枕にしてぐうぐうと熟睡し、まるで泥の塊のようでした。

 素姐は一更過ぎまでじっとしていましたが、奥から物音が聞こえないので、門を開け、外に出ました。そして、こっそりと月明りに乗じてやってきて様子を窺いました、すると、二人はござの上で眠っており、その鼻息は雷のようでした。さらに前に歩いていき、よく見てみますと、狸寝入りでないことが分かりました。素姐は部屋に戻りますと、狄希陳の硯で濃く墨を擦りました。さらに、一皿の臙脂を持ち、そこへ戻っていきました。まず、相于廷の顔の左目に黒い丸をつけ、右の目に臙脂で赤い丸を描き、さらに髪の毛を手にとって、二束に分け、二つの髷を作り、二つの白い紙の小旗を挿しました。狄希陳の顔にも、同じように絵を描きました。そして、彼らの衫の襟を引っ張り、彼らの顔に被せ、その後でこっそりと帰り、部屋の入り口に閂を掛け、眠りました。

 相于廷は夜明けまで眠り、ようやく目を覚ましました。そして、昨晩酒に酔って家に帰らなかったことで、父母に怒られるのを恐れ、夜が明けきらないうちに、急いで起きだし、家に帰って髪梳き洗顔をすることにしました。狄家は、このときすでに表門を開けておりましたので、相于廷は門を出て家に帰りました。道を歩いている人はあまりおらず、一二人に会っただけでしたが、顔を上げて笑って、通りすぎていきました。相于廷は、家に戻りますと、ちょうど父母が部屋の入り口を開け、髪梳き洗顔をしようとしていました。彼らは息子を見ると、とてもびっくりしました。相于廷は、両親が驚いているのが分かりましたが、自分ではどうしてだか分かりませんでした。

相棟宇「どうして顔がそのように塗られているのだ。どうやって通りを歩いて帰ってきたのだ」

相于廷は急いで鏡をとって映してみますと、狄希陳がいたずらしたのだと思いました。

 さて、狄希陳は、意識を取り戻しました。空はもう明るくなっていましたが、相于廷の姿は見えませんでしたので、彼がすでに家に帰ったことが分かりました。中庭にはだれもやってきませんでしたし、自分の中庭の入り口もまだ開いていませんでした。そこで、父母の部屋にいこうとしますと、調羮が出てくるのに出食わしました。狄周の女房もやってきましたが、二人は手を叩いて大笑いしました。狄希陳は、二人が大笑いしているのが何故だか分かりませんでした。狄員外は窓の外が騒がしいのを聞きますと、慌てて走り出てきて、狄希陳の様子を見ますと、とてもびっくりしました。

 狄希陳は母親の鏡を取り出して映しますと、言いました。

「きっと相于廷にちがいない、僕の顔を汚して、こっそり家に帰ったんだ」

狄夫人「何を塗ったんだい。近くにきて、見せておくれ」

狄希陳が目の前にいきますと、

狄夫人「馬鹿なことをいって。黒いのは墨、赤いのは臙脂だよ。相于廷は奥の中庭にいたのだから、この二つのものを手に入れることはできないよ」

狄希陳「あいつは酒を飲んでから、家に帰らなかったのでしょう。墨と臙脂は、僕に悪戯しようとし、家からあらかじめ持ってきていたのでしょう」

狄夫人「それはありうることだ。外に行かなくてよかった。もしもよその人に見られたら、みっともないことになっていたよ。あの子はなんて憎たらしいんだろう」

狄員外「昨日、わしが相棟宇と別れた後も、おまえたち二人は遅くまで酒を飲んでいたので、とても嬉しかった。このような遊びは、するべきではないが、なかなか頭のいい悪戯で、面白いことだ」

狄夫人「人の顔に変ないたずら書きをするのが頭がいいというのですか。何が面白いものですか。私には子供の悪戯としか思えません。あの子がきたら説教をしてやりましょう」

 狄希陳が食事をとりますと、相于廷が外からやってきました。彼は揖をしますと、狄夫人に言いました。

「おばさん、にいさんのご立派な行いを御覧になってください。にいさんは、僕を酔わせて、眠らせ、赤丸と黒丸の悪戯描きをし、二つの髷を結い、二つの白い紙の旗を挿しました。僕は知らずに家に帰りましたが、街の人々は僕を見て笑いました。家に行ったら父さんと母さんはびっくりして僕に気が付きませんでした。何て大人気がないのでしょう。にいさんに説教してください」

狄希陳「父さんと母さんが見ていてくれてよかった。僕がおまえに話しをしないうちから、人にぬれぎぬを着せるとはな。おまえは立派な人間だな。ぐずぐずして家に帰らず、僕を寝かせてからあんなことをするとはな」

相于廷「何をしたというのですか。何を言っているのですか」

狄夫人「この子は二つの丸を描かれ、おかしな顔になり、二つの髷を結い、白い紙の旗を挿していたが、お前がしたのだろう。何か口答えすることがあるかえ」

相于廷「おばさん、それは本当ですか」

狄夫人「本当でなくて何だい。おまえに説教してやるよ」

相于廷「それは素姐の仕業に違いありません」

昨日の午後、水を掛けて追い出されたことをくわしく話しました。狄員外はただただ笑っていました。

狄夫人「おまえのお父さんとおじさんがいるというのに、おまえたち二人がこのような悪さをしていたとは気が付かなかったよ」

素姐は門の外で言いました。

「私とは関係ありません。あなた方二人に悪戯書きはしていません。二人が悪いことをしているので、天が悪戯書きをし、旗を挿したのです。もうすぐ雷に打たれることでしょうよ。そうなれば、もう悪いことをすることはできないでしょう」

二人はようやく素姐の仕業であることがわかり、一しきり笑うと別れました。しかし、これは素姐の小手調べにすぎませんでした。彼女がしたい放題のことをしたことについては、さらに次回を御覧ください。

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

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[1]小型のチョウザメ。

[2]二枚の小麦の餅の間に肉や野菜を挟んだハンバーガー状の食品。

[3]清高某『正音撮要』木器に「学士椅」が見えるが、どのような椅子なのかは未詳。

[4]八仙卓の半分の大きさのテーブル。八仙卓は、一辺に二人ずつ、合計八人が座れるテーブル。

[5]直隷順天府。

[6]鳥を捕まえる鉄の鋏。

[7]背もたれのついた、ベンチ状の腰掛けと思われるが未詳。

[8]白酒と黄酒のチャンポンをいう。

[9]原文「串寺尋僧」。

[10]原文「扯淡」。「扯淡」は「減らず口をたたく」の意。ここでは「淡」と「蛋(卵)」が同音であることを利用し、「卵を引っ張る」という意味を掛けてある。

[11]原文「怕老婆的都元帥」。

[12]原文「幼而不遜弟」。『論語』憲問。

[13]原文「両好合一好」。

[14]原文「好教賢聖打」。

[15]原文「打翁罵婆」。

[16]原文「打爺罵娘」。

[17]原文「打了牙、肚里咽」。

[18]原文「験実放行」。

[19]原文「刑于寡妻」。『詩経』大雅・文王・思斉にある言葉。

[20]原文「妻賢夫禍少」。

[21]陳閣老は、明の景泰年間の華蓋殿大学士陳循。高夫人をぶったことは、第六十二回に見える。

[22] 「象爺」は「象さま」の意。「相爺」は「相さま」の意で、ここでは相于廷本人のこと。「象爺」「相爺」は同音で、ここでは相于廷が、みずからを、夫を虐げる妻を懲らしめる象の神と引っかけている。

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