第五十五回

狄員外が朝晩食堂で食事をすること

童奶奶が料理人を雇うように唆すこと

 

骨折るること数あれど

最も辛き旅の道

冷たき霜は鬢に付き

降る長雨は鞍濡らす

野辺で氷の飯を食べ

村里で酢の酒を飲む

宿の女将は気が荒く

物売りはあらゆる悪さす

埃だらけの灯明に

禿ちよろけたる漆箸

南京虫は(とこ)を這ひ

毒の蠍は壁歩く

善き宿主に会ひたれば

旅の宿りも家のごと

 尤厨子は悪いことをして人を欺き、穀物を粗末にしたため、雷に打たれて死にました。狄周は、主人に内緒で、悪人とぐるになり、主人のものを捨て、雷に打たれて半死半生になり、助かりはしたものの、気を失い、死んだも同然になりました。

 狄員外父子は、五六日続けて童奶奶から食事の招待を受けました。しかし、狄員外はとても不安で、毎日昼になりますと、狄希陳とともに食堂に行き、食事をとりました。

童奶奶「狄さまはずいぶん遠慮をなさいますね。大したことではありませんのに、どうして家にきて食事をとろうとなさらないのですか。食堂の食べ物は清潔ではありません。家を離れて外にいる方が、心に鬱憤をためられては大変です。それに一か月足らずで国子監での勉強を終えて出発されるのでしょう」

狄員外「その時になったらお邪魔することにいたしましょう。長々とご馳走になっていいはずがありません。それに、童奶奶の家には人がおらず、あらゆる仕事を童奶奶が一人でされているので、落ち着かないのです。一か月余りの滞在になるでしょうから、何でしたら、やはり童さまに頼んで、私たちのためにご飯を作る人を探して頂きましょう」

童奶奶「息子さんは、家にはだれも仕事をする人がいない、息子さんの奥さんは厨房には上がられない、仕事はすべて狄奶奶がしている、とおっしゃっていました。狄さま、全竈を雇われれば宜しいでしょう」

狄員外「全竈とは何ですか」

童奶奶「料理を作ることができる小間使いです。狄さまのようなお方は、ぜひ一人雇われるべきです。賓客を好む人が人をひきとめて料理を食べさせ、二三席ほどの酒宴を設けるときは、その準備をすることができます。料理人を呼ばなくてすみますから、とても便利です」

狄員外「買ってきたら、どのように扱えばいいのですか」

童奶奶「狄さま、あなたご自身が面倒をみられれば一番宜しいのです。また、下男に嫁がせ、下男の女房として使っても宜しいでしょう。しかし、これはあまり穏当ではありません。一人の全竃にはたくさんの銀子がかかるのですから、奪って逃げてしまわれれば、銀子が勿体ないです」

狄員外「大体どのくらいの銀子があれば買うことができるのですか」

童奶奶「腕前が良く、二三席分の料理を作ることができ、さらにちょっと顔が良ければ、三十両から二十五両でしょう。ただのご飯を作るだけで、綺麗でもなければ、十両十二三両で一人買うことができます」

狄員外「誰もご飯を作らないのであれば、一人探すことにしましょう。しかし、妻と相談してはいないのですが」

童奶奶「それは私とは関係のないことですから、狄さまがご自分がお考えになってください。狄奶奶に話がしにくいのでしたら、雇われてはなりません。狄奶奶に私が罵られてしまいますからね」

 狄員外「妻はあなたを罵ったりはしませんよ。しかし、どうして童奶奶の家では一人買われないのですか」

童奶奶「うちにはいたのですが、狄さまがくる半月前に、私が追い出すように命じたのです。十八両の銀子で雇い、八年使いました。彼女は今年二十六歳になりました。顔も醜くなく、足もあまり大きくなく、色白で、綺麗で、あなたをおもてなしをするときのような普通の料理も作ることができました。とても真面目でしたが、最近は、一つには大きくなたため、二つには主人に色目を使うようになったため、私は気に食わなくなり、借家に追い出し、八両の銀子で、屠殺屋に嫁がせてしまったのです。主人は午後に店から戻りましたが、私は話しをしませんでした。私たちの娘が酒とおかずを持ってきますと、主人はいいました。『全竃はどこへいったのだ。娘に料理をもってこさせるなんて』。私はいいました。『全竃は豚殺しの女房になってしまいました』。『何ということだ。どうしてわしの店に知らせにきてくれなかったのだ。』。私はいいました。『もう行ってしまったのですから、あなたと話しても仕方がありません』。『何も持たせなかったのか。』。私はいいました。『何も持たせませんでした。屠殺屋は八両の銀子を置いていきましたよ』。『ああ。売ってしまったのか。ひどいことをしてくれたな。家において使ってもよかったのに。』。私はいいました。『二十六歳まで使ったのですよ。年をとるまで使われるつもりだったのですか。』。『そんなつもりはなかった。だが、おまえの代わりに料理を作る人がいなくなってしまうだろう』。私はいいました。『お構いなく。自分で作りますから。簡単なことです』。そうは言ったものの、料理を作るのはとても面倒ですので、うちでもさらに一人雇わなければなりません。狄さま、一人探されると宜しいです。とりあえず手を付けず、狄奶奶が許されたら、妾にされると宜しいでしょう。狄奶奶が許されなければ、七八年使ってから、夫を探して嫁がせれば、それほど損はしないでしょう。あの尤厨子も雇った者ですか」

狄員外「そうです。一年に四石の穀物を与えていました。昔は穀物が安く、四石の食糧は二両の銀子の価値しかありませんでしたが、ここ数年、四石の食糧は五六両の銀子の価値をもつようになりました。これはまだ小さなことです。この一年、あの男は我々をひどい目にあわせ、物を捨てました。あの男は雷に撃たれましたが、私たちがあの男を使っていたのも罪というものです。狄周を御覧になりましたか。あいつは尤厨子とぐるになり、尤厨子が物を捨てるのを見ても止めようとしなかったので、もう少しで撃ち殺されそうになったのです」

童奶奶「本当にそうですね。狄さん、私のいうとおりに、一人買われても問題はありません。手を付けられないまま狄奶奶に引き渡し、狄奶奶が妾にしていいとおっしゃれば、これは天の恵みというものですし、妾にしてはいけないとおっしゃったときは、しつこく纏わりつかないようにすれば、少しも問題はありません。主人があの女と目配せをしあい、悪い心を起こさなければ、私だって売るのが惜しかったですよ。代わりに仕事をしてくれる娘でしたからね」

狄員外「考えは決まりました。すぐに探していただき、ご飯を作らせることにしましょう」

童奶奶「仲立ちをする馬嫂児がくるでしょう。来なければ、呼んできましょう。狄さま、並のものを雇われると宜しいです」

狄員外「いっそのこと綺麗な人を探し、料理を作ってもらいましょう。汚い奴が目の前にきたら、食事ができなくなってしまいます」

 童奶奶が角門の入り口に立ち、狄員外と話をしていますと、寄姐が歩いてきて言いました。

「お母さま、伯父さまがこられました」

童奶奶は、入り口に鍵を掛け、彼女の兄の駱校尉としばらく話をしました。少し点心を食べると、駱校尉は別れを告げて去っていきました。

童奶奶「大事なことを忘れた。玉児、すぐに伯父さんを追い掛けて、家に住んでいる馬嫂児に、早くくるように、奶奶から馬嫂児に話があるから、というように言っておくれ。伯父さんに伝えておくれ。絶対に忘れてはいけないよ」

玉児が外に走っていきますと、駱校尉はまだ遠くにはいっておらず、一人の男と立ち話しをしていました。小玉児が話をしますと、駱校尉は言いました。

「奶奶に伝えてくれ。わしは承知した、家にいったらあの人を呼んでくることする、と言っていたとな」

 駱校尉が胡同を曲りますと、ちょうど馬嫂児が驢馬に乗ってやってきました。彼女は、駱校尉を見ますと、急いで驢馬から飛び下り、いいました。

「旦那さま、どこへ行かれるのですか。どうして馬に乗られず、歩かれているのですか」

駱校尉「わしは童奶奶の所からきたが、遠くはないから、歩いてきたのだ。ちょうどいいところへきた。姑奶奶がおまえと大事な話しをしたいそうだから、すぐに行っておくれ」

馬嫂児「とりあえず家に行かず、童奶奶のお宅に参りましょう」

駱校尉「それはいい」

駱校尉が彼女のために二文の驢馬代を払いますと、彼女はふたたび驢馬に乗り、道をかえて童家に行き、童奶奶に会い、話をしました。

「駱校尉さまは奥さまが私を呼ばれているとおっしゃっていましたが、娘さんのために仲人をしろとおっしゃるのですか」

童奶奶「違う。別の話があるのだ。おまえにまた二人の台所の小間使いを探してもらおうと思うのだ。綺麗な人が欲しい。あばずれで汚い小間使いは論外だよ」

「奥さま、綺麗な人は、すぐには捜し出せないでしょう。どうして二人もご所望なのですか」

童奶奶「私の家で一人、山東の狄さんも一人必要なのだよ」

馬嫂児「狄さまはまだ出発されていないのですか。あの方は料理人を連れてきたのに、どうしてまた全竈を探されるのでしょう。妾にもするお積もりなのでしょうか」

童奶奶「とにかく探しておくれ。妾にしようがしまいが、私たちには関係ないよ。あの人の家の尤厨子は、昨日九月九日に雹が降ったとき、雷で打ち殺されてしまい、今はまったく食事を作る人がいないのだよ。私はここであの人をもてなしているが、不便なので嫌なのだよ」

馬嫂児「あれまあ。九月の雷が人を打ち殺したのですか。人が話しをするのを聞きましたが、嘘だとばかり思っていました。本当だったのですね。雷に撃たれた体に赤い字が書かれ、彼の罪が記されていたそうですが、あの尤厨子がどうして雷に打たれたのですか」

童奶奶「もちろん書かれていたとも。見にいったら、まるで烏木のお化けのように焼けており、白い歯をむき出しにして、とても気味が悪かった。書かれた字は、彼が米や小麦を捨て、主人の家の物を粗末に扱ったというものだった」

馬嫂児「惜しいことですね。とてもよく働く人でしたのに。以前私がこちらから尋ねていったとき、狄さまと坊ちゃまは家にはいらっしゃらなかったのですが、あの人は鍋で粥を煮てくれました。私は言いました。『凶作の年にどうしてこんなことをしているのですか。大きな鍋で粥を煮て、人には食べさせないのですか。』。あの人はいいました。『お嫌でなければ、好きなだけお食べください。私が損をするわけではないのですから』。私は碗を持ってきますと、あまりがつがつはせずに、五碗食べました。私は言いました。『これ以上頂けば、あなた方の分がなくなってしまうでしょう』。あの人はいいました。『とにかく召し上がってください。どうぞご自由に、たくさんありますから』」

童奶奶「それは善人ではない。どうして主人の家の貴重な米を、粥を作り、関係のない人に食べさせるのですか。あの男は悪いことをしたのですから、天に打ち殺されて当然ですよ」

馬嫂児「大奥さま、あの人は徳を積まれたのではないのですか」

童奶奶「それは悪いことですよ。自分が食べる穀物を、今にも飢え死にしそうな人に食べさせてこそ、徳を積んだといえるのです。あの男は明らかに心が邪悪で、わざと主人の家の物を粗末にしようとしたのです。はやく私の言うことを聞いて、狄さまのためにいい全竃を探し、数碗の粥を食べさせてもらったお礼をしてください。さもなければ、これは『功績がないのに給料を受ける』というもので、来世で埋め合わせをしなければならなくなりますよ」

馬嫂児「城門の外に行けば、全竃が見付かるでしょう。すぐに参りましょう」

童奶奶「今は何時ですか。行くのですか。昼ご飯を食べてからにしてください」

 馬嫂児は食事をとりますと、去っていきましたが、日が西に傾く頃になると戻ってきて言いました。

「私は門の外に行きましたが、周嫂児の奴はまた外出中でした。あいつの嫁は、まったく馬鹿な女で、質問をしても、東西南北も分かりませんでした。『お義母さんは。』と尋ねると、『義母さんはどこかにいってしまいました』といいました。私はぼうっと座りながらあの人を待つことになりました、やがて周嫂児は戻ってきて、全竈は数人いる、明日の朝にあの人の家で待つようにと言いました。私は明るいうちに家に行き、戻ってきてから奥さまに報告を致しましょう」

童奶奶「狄さまのために様子を探ることの方が大事です。あの人は私たちの家にきて食事をしようとせず、ご飯を買って食べていますが、いつまでもそうするというわけではありません。まずはゆっくり様子を探ることにしましょう」

 馬嫂児は去っていき、翌日の昼、周嫂児とともにやってきました。童奶奶は尋ねました。

「捜しだせたかい」

周嫂児「二三人いました。一つは海岱門内の布屋の冉家です。もう一人は金猪蹄子の家の者で、もう一人は劉守衛の李鎮撫の家の者です」

童奶奶は尋ねました。

「この三つの家の者のうち、どれがいいかい」

周嫂児「彼らの腕前の善し悪しは分かりません。彼らの話を聞くだけでは、だれも腕がよくないとは言わないでしょう。これと思った人を試してみなければなりません」

童奶奶「腕前が良いのが第一だ。しかし、てきぱきとしていて、清潔であることも必要だ。うまいものを作ることができても、一つの料理を作るのに時間が掛かり、お客を手持ちぶさたにさせるようであれば、料理が作れるとはいえない。また、汚くても、料理が作れるとはいえない」

周嫂児「おっしゃる通りです。私たちが立ち会い、娘たちを見てみるのが宜しいでしょう。馴染みのない人たちですから、彼らがすぐに料理を作ることができるかどうかは分かりません。先方は私たちに売ろうとしている以上は、髪を梳かさず、顔を洗わないものがあるはずがありません。その人が汚いかどうかはわかりません。厄介なことに、この三人はいずれも私たち二人と馴染みがないのです」

童奶奶「その三人を、あなたがたは、御覧になったのですか」

馬嫂児「私は見たことはございませんが、周嫂児は全員を見ました」

周嫂児「顔は醜くはありません。冉家の者が綺麗な顔をしているといえるでしょう。彼女は、足もそれ程大きくはなく、私よりは幾分小さなものでした。白くて綺麗で、肌のきめが細かく、痩せています。十七歳といっていますが、十八九か二十ぐらいのようです。顔立ちのいい者が欲しいのであれば、その娘しかいないでしょう」

童奶奶「腕前が大事です。顔だけで人を選ぶなんて、女房を娶るわけではないのですからね。いいということになれば、彼女を呼んでくることにしましょう。私が見て、彼女を数日引き止め、料理やご飯を作らせ、銀子を渡せばいいでしょう」

周嫂児「先方と話しをしても、先方は娘が成長しているからと言って、つれてこさせないかもしれませんよ」

童奶奶は二十枚の黄銭[1]1を数え、彼女に早く行くように、往復驢馬に乗るようにと促しました。周嫂児は飛ぶように去っていきました、馬嫂児はいかずに、彼女を待っていました。周嫂児は、行って間もなくしますと、娘をつれてやってきました。ほかにも召使の婆さんが一人付き従っていました。娘がどんな姿をしていましたか。『西江月』の一首がございます。

厚顔(あつがほ)、大顎、潰れ鼻

濃眉(こきまゆ)、大口、太き腰

高底の靴艶やかに

黒チヨツキ、青のスカート麗しや

前には乳房がでかでかと

後ろにあ尻が高々と

仕事に耐ふる大力

台所にはうつてつけ

 童奶奶はその娘が太って大きく、すらりとしていないのを見ますと、いいました。

「この娘はがっしりしているが、十幾つなんだい」

小間使い「今年十八になります」

童奶奶は尋ねました。

「おまえを雇ったのは、野菜を炒めたり、ご飯を作ったりするためだが、おまえはどちらもすることができるかえ」

小間使い「貧乏な人の家の料理は、作ることができます。お金持ちの家は、食べているものが違いますし、たくさんの食事を作らなければなりませんが、一度にたくさんの料理を並べることはできないと思います」

童奶奶「私が必要なのではない。山東の狄さまが、国子監に入られる若さまと一緒に来られ、料理人を連れてきた。ところが、料理人は、昨日九月九日に雹が降ったとき、雷に撃たれ、死んでしまった。そこで、料理を作る人を探しているのだ。家に帰るときや、お客様を引き止めて食事をとらせるとき、一二席の酒宴をもうけるときは、わざわざ料理人を呼ぶほどのことでもないから、すべておまえに作らせなければならない。作ることができるかどうか、自分で考えてみてごらん」

娘「先ほど申し上げました。一二席の酒席でしたら、私も作ったことがありますが、お金持ちの家は事情が違いますから、うまく作ることができるかどうかは分かりません。一碗の肉にも、幾つかの作り方、食べ方があるのですよ」

童奶奶「おまえの言うことは、すべて尤もなことだ。数日とどまっておくれ。主人はおまえの腕前を試すから、おまえも主人の性格をみて、縁があるかないかみて考えるといいだろう」

ついてきた召使の婆さんが言いました。

「とにかく数日泊まらせてください。差支えはありません。何を作らせても、この娘は大丈夫です。家にはこのような娘が四人いますが、きちんと選んでこの娘をお売りするのです。うちの女主人はこう言いました。『旦那さま、うちに置かれるのでしたらうちに置き、うちに置かないのであれば、早いうちによそさまに差し上げてください。よそ様を待たせてどうなさるのですか。』。この娘を売ったあと、さらに二人を売ろうとしているのです」

童奶奶「その二人はこの娘と比べてどうなんだい」

召使の婆さん「三人の中で、これより顔のいいのが一人おり、白くて綺麗で、足も小さいのですが、腕前はといいますと、この娘には及びません」

童奶奶「この娘には、どれだけの銀子が必要なんだい」

「三十両の銀子が必要です」

童奶奶「あなたがいっているのは最高の全竈の値段ですが、腕前はまだ分かりません。この娘は、全竃の顔をしていません。数日して全竃の腕前があることが分かったら、あなたには手厚く、たっぷり二十四両の銀をあげましょう。腕が悪かったら、別の人を探すことにしましょう。玉児、向こうへいき、狄さまと狄大叔が家にいたら、呼んできて、奥さまが狄員外さまと狄若さまを呼んでいると言っておくれ」

 玉児は門を開け、狄員外父子二人を呼んできました。揖をしますと、

童奶奶「朝、主人が外出するとき、お二人に付き添って食事をするといい、私にすぐに料理をするようにいったのですが、お二人は、もうご飯を召し上がってしまっていましたね」

狄員外「毎日奥さまにご馳走をして頂き、心が落ち着きませんでしたのに、さらに奥さま自らに厨房におりていただくとは、大変申し訳ございません」

童奶奶「これは先ほどつれてきた娘です。御覧になってください。この子を数日試し、値段を交渉し、話を纏めましょう」

狄員外はじろじろと見ますと、言いました。

「なかなかがっしりした娘ですね。童奶奶が気に入られたのでしたら、うちに置くことにしましょう。馬嫂児は私も知っています。この二人の仲立ち人のご姓は」

童奶奶は指を差しながらいいました。

「一人は仲立ち人で、姓を周といいます。この召し使いの婆さんはこの娘についてきた者で、どういう名字かは私も尋ねていません」

召使の婆さんは言いました。

「奥さま、私は姓を呂と申します」

狄員外「それならば呂さん、わしの所に来るがいい」

童奶奶「話しが纏まりましたから、ここにきて食事を召し上がってください」

狄員外「童奶奶、お気遣いは御無用です。私は人に幾つかの卵、火焼、豆腐を買わせ、この子の能力を試すことにします。豆腐をうまく暖めることができるのなら、なかなかの腕前があるということです。私たち貧乏人は、毎日肉を食べるわけではありませんからね」

そう言いながら、三人の女たちは娘とともに、行ってしまいました。

狄員外「童奶奶も来てください。一緒に先方と話しをしますから」

童奶奶「お先にどうぞ。すぐに参りましょう」

 狄員外は人に火焼、豆腐、調理した肉、白菜を買わせました。娘は命令を受けますと、すぐに厨房に入り、腕捲りをし、鍋を洗い、豆腐と白菜を温め、肉を切り、一つの皿に豆腐を、もう一つの皿に白菜を、全部で六つの皿に盛りました。また、一つの小皿に四つの火焼を入れ、母屋に運んでいき、狄員外、狄希陳に食べさせました。狄員外が作った料理を食べますと、味加減は、口に快いものでした。さらに、彼女に一碗分の肉を切らせますと、きちんと切りました。食べていますと、童奶奶がやってきて、笑いながら、

「腕前をみることにしよう」

肉を見ると言いました。

「この子はなかなか料理がうまい。切った肉をみれば大体の腕前は分かるよ」

媒婆たちがご飯を食べますと、各人に二十四文の驢馬代を与え、日を改めて相談をしにくるように言いました。人々は別れを告げて去っていきました。狄員外と童奶奶はしばらく話をしますと、立ち上がって家に帰りました。狄員外は娘を呼び、

「童奶奶と一緒に行っておくれ」

娘は一緒に行ってしまいました。童奶奶は、娘に前後の事情を話し、尋ねました。

「おまえはお手付きになったことがあるかい」

小間使い「ずっと前にお手付きになりました」

童奶奶は尋ねました。

「子供は産んでいないね」

小間使い「例のことをしただけで、子供は産んでおりません」

 狄員外は、狄周に酒肴を買わせ、全竃の腕前を試そうとし、酒を並べ、童爺、童奶奶を呼びました。小間使いは、話をしながら、書き付けを作り、物を買いました。娘は悠然としてきちんと肉を切り、暖めるべきものは暖め、炒めるべき物は炒め、昼になりますと、あらゆる物を買い調えました。店から童七を呼び、家に戻り、酒席を童家の中庭に移し、きちんと料理を出しましたが、色鮮やかな出来栄えで、とてもうまいものでした。狄員外は心の中でとても喜び、童七と童奶奶は褒めました。

童奶奶「腕前はまあいいが、普段の料理の腕前はまだ試していないね」

童七「普段の料理は、酒席より数種類少なくするだけですから、同じことです」

童七、童奶奶、狄員外、狄希陳、寄姐の五人は、八仙卓を囲み、杯を手にとりながら、一更過ぎまで飲み、角門から去っていきました。

 翌日起きますと、小間使いは朝食を作り、続いて昼と夜の食事を作りましたが、とても早く、清潔でした。

 三日目の朝、馬嫂児、周嫂児がやってきて、結果を尋ねました、童奶奶は二十四両といって譲りませんでした。

周嫂児「奥さま、あなたがおっしゃっているのは普通の値段です。この子は本当に上等の腕前をもっています」

童奶奶「そのことは狄さまに話せばいい。私に話をしても仕方がないよ。腕前の良くないものはいらないからね。銀子を払って、顔を買うわけでも、先方の実の娘を買うわけでもないのだからね」

周嫂児「奥さま、銀子二十七両とおっしゃってください。二十四両では、話が纏まりません」

童奶奶「一分の銀子も付け足すことはできません。私の性格はあなたも知っているでしょう。あなたとはこれ以上くだくだと話しをしませんよ」

周嫂児「奥さま、あなたは頑固で、本当に言い値を変えられないのですね。私たち二人の仲介料は、どれだけくださるのでしょうか」

童奶奶「お行き。わたしたちは銀子をもってあの人に話しをしにいこう。だれと一緒にいこうかな」

童奶奶「狄さん、銀子をもってご自分で行かれてください」

狄員外は、自分の住んでいるところにいき、二十四両の紋銀を揃え、さらに一両の仲介料を包み、四頭の驢馬を雇い、狄周と一緒に乗りました。

 周嫂児は、狄員外から甘い汁を吸ってやろうと考え、わざと言いました。

「今回は無駄足でしょう。童奶奶は値段をおっしゃいましたが、一分一文も添えようとされませんでした。あのご老人は頑固なので、私たちもあの人と交渉をする勇気はありませんでした。ここまで来られても、先方はきっと承知しないでしょう」

狄員外「承知しないはずがあるものか。わしは都の事情を知らないが、童奶奶は何でも知っているから、おまえたちに安い値段を言うはずがない。この話が纏まらないと思うのなら、わしは行かんぞ。無駄足でしょうなどといってわしを騙すのはよせ。話が纏まったら、さらに二銭の銀子をやるから、酒を飲むがいい。話が纏まらなければ、驢馬代をわしが払うことにしよう。仲介料をとろうなどとは考えるな」

二人の仲介人「旦那さま、童奶奶と旦那さまの話が合うのも尤もなことです、まったく同じ性格ですからね」

そうこう言っていますと、到着しました。狄員外は驢馬から降りると、いいました。

「先に行き、話が纏まったら、わしを呼びにきてくれ。纏まらなければ、わしは家に帰る。あの人の家にいき、交渉がまとまらなければ、恥ずかしくて出てくるわけにはいかないからな。わしはこのお香屋に腰掛けて、おまえたちを待っているぞ」

馬、周「娘の前にいかれたら断ることができなくなり、余計に金を払わされるのが心配なのでしょう」

狄員外「よく分ったな。まさにそのためだ。わしはここでおまえを待つから、先方に文書を書かせ、金額を決めてくれ。それを見てから、中に入って銀子を渡そう」

馬、周の二人は言いました。

「旦那さま、人々は私たち都の人間を賢いといいますが、あなたは都の人を炒り豆のように考えておられますね」[2]2

笑いながら行ってしまいますと、前後のことを話しました。

 実は、二人の媒婆は、冉家と二十四両で話をつけてしまっており、二十四両を越える額が、二人の儲けになるのでした。しかし、童奶奶は一度値段を言うと、言い値を変えようとしませんでした。話がご破算になり、土地の人に売る場合も、やはり同じことで、仲介料を出そうとする人はいないと思われました。ですから、二人は、何も文句を言わずに、二十四両の文書を書き、隣の狄員外のところへもっていって見せました。狄員外はお香屋を離れ、一緒に冉家の布屋の奥にいきました。三間の客間には、飾り付けがなされており、とても綺麗でした。茶が出されますと、事情を尋ね、天秤を取り出し、二十四両の礼金を量り、両手で渡しました。冉さんは文書に花押をかき、二人の仲介人も十の字を書き、狄員外に渡しました。狄員外は一両の銀を取り出し、さらに狄周に四銭の銀子の黄銭をださせ、二人に渡しました。茶を持ってきた執事は、這っていき、狄員外に叩頭しました。狄員外は褒美をねだっていることが分かりましたので、急いで狄周に二銭の銀子の黄銭をだすように命じ、執事に酒を買わせました。冉さんは何度も引き止めましたが、狄員外は固辞し、ようやく外に送り出しました。

 狄員外は文書を袖に入れますと、狄周とともに宿屋に行き、中庭に入り、童奶奶の心遣いに感謝しました。さらに、小間使いを呼び、童奶奶に叩頭させ、さらに自分と狄希陳にも叩頭させました。

童奶奶「この娘に名前を付けてください。そうすれば呼びやすいでしょう」

狄員外「家ではおまえを何と呼んでいたのだ」

彼女はいいました。

「調羮と呼ばれていました」

童奶奶は笑って

「これは名が実に適っているというものです」[3]3

狄員外「調羮というのはいいな。あらためて名を付ける必要はあるまい」

狄員外は、さらに彼女のために衣装を準備することにしました。彼は古着屋に行き、あまり古くなっていない木綿の寝具を買ってやり、童七に燻銀の耳輪、四つの燻銀の指輪を作らせました。狄周を北の棟の西の間に移し、代わりに厨房に調羮を住まわせました。

 都の女は人に面倒をみてもらわなければなりません。調羮は主人に面倒をみてもらったことがあるのですからなおさらのことでした。しかし、狄員外は夫人のお許しを得ていたわけではありませんでしたので、夫人の大御心に背いて、勝手なことをするわけにもいきませんでした。童奶奶は、調羮に、はっきりと話しをしました。

「旦那さまは名だたる恐妻家だから、悪いことをする勇気がない。旦那さまが家に帰り、奥さまが許可を与えて、初めて前と縁結びすることができる。早まったことをしてはいけないよ。千里離れているから奥さまが何も知らないなどと思っては駄目だ。女というものは、自分で探ったり、下役に探らせたりしなくても、男が何か疚しいことをしているときは、すぐに分かるものだ。二人で馬鹿なことをして、私が狄奶奶から恨まれないようにしておくれ」

さらに、こっそり狄希陳に頼みました。

「狄の若さま、お話ししたいことがあるのです。全竃の調羮は、狄員外さまが家にとどめて使おうとされているのですから、彼女といちゃいちゃされてはいけませんよ」

狄希陳は歯をむき出しにして笑いました。

童奶奶「私が真面目なことを話しているというのに、どうして笑っているのですか」

話を聞きますと、調羮はすっかり納得しました。そして、一人寂しく眠るとはいっても、望みがありましたので、一生懸命にご飯を作りました。

 調羮がきてから、狄員外の宿では食事がしやすくなりました。尤厨子がいたとき、さんざんひどい目に遭わされたのとは大違いでした。狄希陳は国子監での勉強が終わりますと、童奶奶に別れを告げ、狄員外とともに山東へ帰ろうとしました。童奶奶は調羮に女主人への仕え方を教え、言いました。

「私の話に従えば、いいことがあるだろう」

話を終えますと、人々は別れを告げました。童七は数杯の酒を飲み、拱手して去っていきました。調羮がそれからどうなりましたか。狄員外が家に行ってから、どのようなことがありましたか。続きをお聞きください。

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

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[1]明代、都で鋳造された銅銭をいう。清王逋『蚓庵瑣語』「明朝制銭、有京省之異。京銭曰黄銭…外省銭曰皮銭」。

[2]原文「這把京師人当炒豆児罷了」。「炒豆児」は、ここでは「元気のない者」「愚かな者」をさしているものと思われる。「炒豆発芽」は元気のない者が息を吹き返すこと。

[3] 「調羹」はちりれんげの意。料理人の名としてはいかにもふさわしい。

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