第四十六回

徐宗師が東昌で歳試を行うこと

邢中丞が北部に召喚されること

 

この世の中は広大で

黄河と函谷関があり

国には呉、楚、斉、梁があり

離るればまた会ふことはなし

嘆かはしきは(ぼう)(いう)

悲しむべきは(しん)(しやう)

愛が多くば会ひやすく

恨みが深くば報いあり

狭き道路で鉢合はせ

他人(あだびと)に情けを掛くべし

いつになるとも

いづこにゆくとも友あれば  《唐多令》

 さて、晁夫人は、晁梁が七歳の時、武城の学校の名士尹克任を呼び、彼に十六歳まで勉強を教えました。晁梁はあまり聡明ではありませんでした。尹克任の教え方もあまりうまくありませんでしたが、彼は十年にわたって、晁梁に生半可な学問を教えました。宗師が歳試を行いますと、晁梁は初めての受験でしたが、県試で合格しました。府試は彼の舅の姜副憲の肝入りで、三四十位に合格しました。学道は東昌にやってきました。実は、学道宗師は、姓を徐、名を文山といい、江西吉水県の人、甲戌の進士で、元武城県知県でした。十六年前、晁思才と晁無晏を罰し、晁梁のために名をつけたのは、彼でした。彼は、武城県知事から工科給事中に採用され、諫言をしたために、庶民となり、父母に死なれたものの、詔を奉じて元の職に起用され、参政、副使[1]に昇任し、山東の学政となりました。彼は東昌にやってくる前に、心の中でこう考えました。

「あの武城の晁家の子供には、晁梁という名をつけたが、今はもう十六歳になっているはずだ。あの息子は運良く、すでに学校に入ったようだ」

東昌につき、府庁に送られてきた童生の名簿を見ますと、武城県の童生の第三十八位に晁梁の名がありました。徐宗師はそれを見、彼がまだ学校に入っていないことを知りますと、十六年経つのが早いことに驚き、さらにこう感嘆しました。

「すべては運命で定められているのだなあ。彼のために財産を守り、彼のために名をつけ、彼を合格させることになるとは」

 試験の日に、晁梁を呼び、宗師が見てみますと、垂れ髪の童生で、顔立ちが美しかったので、晁梁に間違いないと思いました。宗師は尋ねました。

「おまえは晁郷紳の息子か」

晁梁は答えました。

「はい」

宗師は尋ねました。

「おまえの名は誰がつけたのだ」

晁梁「宗師さまがつけられました」

宗師はさらに尋ねました。

「おまえの嫡母と生母はまだ生きているか」

晁梁「生きております」

宗師「さがって文を作るがよい」

童生たちは宗師が彼にたくさんのことをきいているのを見ますと、いいました。

「これは、秀才になること間違いなしだ」

問題は「昔馴染を忘れない」[2] 「二三節しか信用しない」[3]でした。晁梁はさっさと書き終え、答案を提出し、宗師に送り、面接試験を受けました。宗師は尋ねました。

「おまえがついた先生はだれだ」

晁梁「尹克任です」

宗師は尋ねました。

「わしが去った後に学校に入ったのか」

晁梁は答えました。

「はい」

宗師「先生はおまえに文章の作り方を教えなかった。おまえの文章は未熟だから、わしはお前を合格させ、学校に入れてやろう。熱心に勉強するのだぞ。学校に入って怠け、先生を辞めさせるようでは、おまえは一生成功できないぞ。晁思才らのろくでなしの一族は、まだおまえの家にきておまえたちを困らせているのか」

晁梁「各人に五十畝の土地、数両の銀子、数石の食糧を与え、今は何事もなくなりました」

宗師「彼らに土地を与えたとき、わしはまだ武城にいた。とりあえず家に帰り、四五日したら結果を見にくるがよい」

 晁梁は宗師に別れを告げ、宿舎に戻り、浮き浮きとしながら、馬を用意し、晁夫人、小宦童(晁鸞)、料理人張重儀を付き従えて、とりあえず家に戻りますと、いいました。

「徐宗師は何度も質問をされ、学校に入ることを許されました」

晁夫人はとても喜びました。舅の姜副使もやってきました。晁梁は文章の謄本を見せてくれといいました。

姜副使「この文章ならあの人の肝入りがなくても合格だ」

茶を出し、喜んで帰りました。

 四五日後、晁梁は東昌に行き、合格発表を待ちました。二日後、武城県の童生の答案が貼り出されました。晁梁は第四位で合格しました。晁夫人は祝報を届けた人にお祝儀を与えました。晁梁は宗師に礼を言い、別れを告げ、家に帰り、学校に入ったことは、くだくだしくは申し上げません。

 さて、武城県には、魏三というごろつきがおりました。彼は四十歳前後で、もっぱら県庁で保証人をしたり、役所の替わりに比較[4]を行ったりしていました。彼は、その後、どこからか金を稼ぎ、県庁の前で酒屋を、その隣で小さな雑穀店を開き、とても豊かな生活をしていました。ある日、彼は晁家に行き、晁夫人に会い、揖をしました。晁鳳は県庁に行くたびに、彼の酒屋で酒を飲んでいましたので、知り合い同士でした。晁鳳は尋ねました。

「おや。魏明泉、忙しい男が、どうしてここに来たんだい」

魏三「若さまを訪ねてきたんだ。あの人に話すことがあるのでな」

晁鳳「それはおかしい。若さまは、家の仕事にはまったく関わってらっしゃらない。本屋、文房具屋でもないお前が、若さまを訪ねてどうするんだい。それに、若さまは書斎にいて、家にはいらっしゃらない。あの方に何の話だ。ここに置き手紙をしていけばいいじゃないか」

魏三「あんたも知っていることだが、若さまは俺の息子なんだ。俺は貧しくて暮らしてゆくことができなかったから、こっそりおまえの家から三両の銀子を受け取り、おまえの家から産婆の徐婆さんが遣わされ、若さまを抱いていったのだ。俺の初めての息子だったんだ。貧しいときは何も言うことができなかったが、今では飯を食うこともできるようになったから、息子をよその家においておくに忍びないんだ。俺は二十両の銀子であの子をうけもどしたい。俺はそのことを話しにきたんだ」

晁鳳「何を馬鹿なことを言っているんだ。若さまが沈奶奶の生んだ子であることは、徐さんだって見ているし、産婆にも確かめさせたし、生まれたときは知事さまにも知らせ、名前を付け、粥を送ってもらったんだ。このことは誰だって知っているぞ。今回、徐さまは学道になられた。徐さまのところへゆけば、嘘か本当かはっきりするだろう」

魏三「徐さまは大きな腹を見ただけで、自分で触られた訳ではないだろう。おまえたちは家の中でインチキをしたのだろう。徐さまだっておまえらの竈神ではないからな」

晁鳳「馬鹿なことをいうな。本当に出所が不明なら、俺たち一族の強盗どもに暴露されていたはずじゃないか」

魏三「そこだよ。一族の口を封じるために、あの子を欲しがったんだろう。もしもこのような裏の事情がなければ、晁さんが五六十畝の土地を簡単にくれるはずがないじゃないか。家にいってご隠居さまに話をしてくれ。ご隠居さまはよくご存じでしょう、息子を私の家につれかえらせてくださいとな。ご隠居さまがあの子を手放すに忍びず、あの子に養ってもらいたいのなら、俺とまた相談することにしよう。自分たちの子供だと言い張るなら、徐さまがいる間に話をつけることにしよう」

晁鳳「とりあえず行ってくれ、ご隠居さまに話しをしてみるから」

魏三「俺はどこにもゆかないぜ。中に話をしにいってくれ。あれやこれやと、それぞれ話があるだろうからな」

晁鳳「ちょっと待ってくれ。中に入って話をするから」

 晁鳳は晁夫人に始めから話しをしました。

晁夫人「それはおかしい。どこからそんな話がでてきたのだろう。書房にいってよんできておくれ」

晁鳳は勝手口から晁梁を呼んできました。

晁夫人「おもてにおまえの父親だという人がいる。その人はおまえを家に連れ帰りにきたのだよ」

晁梁「本当ですか」

晁夫人「本当だよ、まったくおかしなことだよ」

晁梁「これはどこからでてきた話しですか」

晁夫人は叫びました。

「晁鳳、おまえは裏門から出て、姜さまの家にゆき、一部始終を姜さまに話しておくれ。姜さまがどう仰るかみてみよう」

 晁鳳は、姜副使に会いますと、一部始終を話しました。姜副使はうなって

「これは本当かもしれんな」

晁鳳「とんでもございません。あいつはどういうつもりで嘘を言っているのでしょう。まったく不愉快なことです。姜さまの前で、真実を偽ったりはいたしません。坊ちゃんは通州香岩寺の梁和尚の生まれ変わりです。梁和尚が座化し、ここに生まれ変わったのです。顔が梁和尚とまったく同じであることが、証拠です。両手には二本の紋があり、紋の中には一本の毛があり、毟っても生えてきます。姜さまも覚えておいででしょう。坊ちゃんの手は、旦那様のものと少しも違いがありません」

姜副使「そうだ。おまえの主人の二本の手には二つの横の紋があり、紋の中には二本の真っ黒な毛があり、抜いても二日たらずで、伸びてきた。おまえの若主人もああなのか」

晁鳳「もちろんですとも。お信じにならないのでしたら、御覧になってください」

姜副使「そうであれば、何も言うことはない。そのごろつきは今どこにいる」

晁鳳「あいつがわたしに奥へいってご隠居さまに話しをするように命じたので、私は裏門からきたのです。あいつはまだ待っていますよ」

姜副使「わしが自分でそこへ行ってみよう」

轎かきを待機させました。晁鳳は裏門から家にゆき、晁夫人に報告をし、魏三に会いますと、魏三はいいました。

「わしはご隠居さまに話をしたいのだ。おまえは俺を待たせているが、おまえと話すことなどないぞ」

 間もなく、姜副使が晁家にやってきたことを、門番が告げました。晁梁は接待をしました。茶を出しますと、晁夫人が出てきましたので、一部始終を告げました。

姜副使「ごろつきが銀子を脅し取ろうとしているのだ。彼と一緒に役所にゆくのがいいだろう。しかし、県庁の判断は、理に適ったものではないから、どちらに転ぶかは分からないぞ」

話しをしていますと、魏三が外で怒鳴りました。

「どうしたんだ。とにかく俺に言ってくれ。俺に一日中門番をさせ、家の中にも入れないとはな」

姜副使「あれが例の男か」

晁鳳「そうです」

姜副使「あの男を呼んできてくれ、わしが質問をするから」

 晁夫人が別れを告げて奥へゆきますと、晁鳳は彼を広間の前に呼びました。魏三は姜副使が彼のために挨拶をするのを望み、彼に席を勧めました。姜副使は彼が入ってきたのを見ますと、上座に座って動きませんでした。そこで魏三は一言こういいました。

「姜さま、私は揖をするわけには参りません」

姜副使「おまえは何という名だ」

「私には名前はなく、魏三ともうします」

姜副使「あの子はおまえの子か」

「新しく学校に入った若さまが私の子です。以前、この家で一族が争ったとき、うちの女房が妊娠したことを知り、徐婆さんを遣わし、男の子が生まれれば、買って自分の家で生まれたことにしたいと、私に話しをさせたのです。この家の娘は妊娠した振りをして待っていました。後に私たちの家には息子が生まれ、徐さまは三両の銀子をもってきて、臍の緒も切らないうちに抱いていったのです」

姜副使「何の証拠があるのだ」

彼「徐婆さんはまだ生きており、私がもらった三両の銀子もそのままで手を触れていません、これはすべて証拠ではありませんか」

姜副使「おまえの息子はいつ生まれ、徐婆さんはいつ抱いていったのだ」

「景泰四年十月十六日酉の刻です。徐婆さんは子供をとりあげると、木綿布でくるみ、懐に隠してきたのです」

姜副使「おまえはわしが晁梁の舅であることを知っているのか。わしは娘を晁梁と婚約させたが、おまえの息子なら、わしはおまえと親戚になる筋合はないから、婚約を取り消すしかないぞ。先ほどおまえが話したことは、もっともらしく聞こえるが、ここの晁奶奶がおまえの子供であることを認めなかったらどうするのだ」

「姜さまに本当のことを申し上げます。晁奶奶は息子が小さいときから乳母を雇って育て、先生を呼んで勉強を教え、学校に入れ、姜さまと縁結びをしたのです。一族は屁をひることができないほど口止めをされています。晁さまはあの人をとても可愛がっていますから、私が急に息子に会いにきて、息子を連れてゆくのをやすやすと承知するはずがありません。しかし、本当のことを申し上げますと、私は昔は貧しいごろつきで、鍋は空っぽ、この子を連れ帰っても何も食べるものはありませんでした。しかし、今では龍天[5]のご加護のお陰で、酒を売っております。さらに雑穀店を開きましたが、毎日客がきて、かなり生活が良くなりました。どうしようもなくて息子を売りましたが、ご飯も食べられるようになりましたし、息子をよそにおいておくには忍びません。晁奶奶は、私を役所に訴えるつもりはないようですが、私は県庁に告訴をするしかありません」

姜副使「晁さまはおまえを役所に訴えないようだが、おまえが告訴をしようとしているのだな。おまえがどうしても告訴したいのなら、おまえが話したことを、書いてわしにくれ。わしはこれを証拠にして、婚約を取り消すことにしよう。しかし、おまえが告訴をするときは、一字でもわしの名を出すことは許さないぞ」

「私が字を書くことができないことは、先ほど申し上げましたが」

姜副使「口でいった話しは証拠にはできない。告訴するつもりなら、告訴状と同じことを紙に書いてくれ。わしはそれを証拠にしよう。おまえがこのことを早めに暴露してくれてよかった。娘が嫁入りしたら、大変なことになっていた。媒酌人は何て憎たらしいのだろう」

「私はまだ晁さまのお言葉を待っています。晁奶奶が私ときちんと話しをしてくだされば、私もとりあえずおとなしくします」

姜副使「晁さんの言葉など待たずに、したいことをすればいい。晁さんは先ほどここでわしと話をしたが、何もお前にとって良いことを話さなかったぞ」

 姜副使は、晁鳳に言いました。

「ご隠居さまによろしく伝えてくれ。嘘は見破られるものだとな。一人娘を、買われた子供と婚約させるわけにはゆかん。わしが家にきたのは媒酌人に結納品を返させるためだ。ご隠居さまにいってくれ。わしのところに送った結婚証書と返礼をすべて査収してくれ、これ以上余計な行き来をする必要はないとな」

晁鳳「これは天から降ってきたでたらめです。姜さまはどうしてあの男のいうことに従われるのですか」

晁梁に向かって

「坊ちゃん、あなたは一部始終を姜さまに話されるべきですのに、どうして一言もお話にならないのですか」

姜副使「その子が事情など知るものか。それなのに話しをさせようとするとはな」

腹を立てながら轎に乗り、晁梁には拱手もしませんでした。そして、下男に命じて、魏三が話した通りのこと、すなわち、徐婆さんの銀子が証拠であること、魏三が息子の生まれた時刻の八字を書いたことを話させました。また、媒酌人を家に呼び、厳しく叱り、買った男の子で娘を騙したといい、結納品を晁家に返させました。媒酌人は天地に向かって、恨みつらみをいいました。

 姜副使「彼の実の父親は、県庁の入り口で酒を売っている魏三だ。彼が息子に会いにきているというのに、おまえは嘘をつくのか」

媒酌人「魏三は私の妹の外甥ですから、あの男のことはよく知っております。私はあのろくでなしと話しを致しましょう」

晁家の毛氈の包みをもって、ぷんぷんしながら魏三の家に行きました。魏三はおらず、隣の孫野鶏の家で告訴状を書いているということでした。媒酌人はそこに尋ねてゆきますと、悔しがって転げまわり、彼が縁談を台無しにしたといいました。魏三も罵りました。結納を持って晁家にゆき、晁夫人に一部始終を話しますと、春鶯と家中の人々は死ぬほど腹を立てました。しかし、晁夫人は少しも腹を立てず、一言

「婚約を取り消すなら取り消すことにしよう。この子に縁談がこないはずはないからね」

結納を取り出してみてみますと、数匹の反物とかんざし、腕輪は、すべて元のものではありませんでした。晁夫人は姜副使に考えがあることを知り、別の数匹の反物を買って、結納品ということにして返しました。姜家もそれを受けとりました。

 媒酌人が家に着きますと、下男は魏三とともに告発状をもって戻ってきました。告発状にはこう書かれていました。

原告魏鏡が実の子を強奪された件について報告致します。

故晁郷紳の妻鄭氏は、一族に財産をとられることを恐れ、妾に妊娠を装わせました。景泰四年十二月十六日酉の刻に私に男子が生まれたことを知りますと、産婆の徐氏に三両を払わせ、奪って息子にし、一族の口を封じました。私は権勢を恐れて何も言うことができませんでした。徐氏は貰った銀子を証拠としてとってあります。今、私は生活がかなり楽になりましたので、私の息子は本家に返されるべきです。私は銀二十両を謝礼として払いたく思います。ここにご報告申し上げます。

 姜副使はそれを見ますと、いいました。

「おまえの書状ははっきりと書いてあるから、あの人は何も言うことはないだろう。告訴をしたいのなら、早めに告訴をするがいい。彼らが告訴をするのを待っていてはいけない。被告になってはまずいからな」

 魏三は別れを告げて出てゆきますと、ふたたび晁家にいって晁鳳を訪ね、いいました。

「私はすでに訴状を書き、先ほど姜さまに提出しました。あなたはご隠居さまと相談し、私が息子をつれてゆくのを許されないなら、私に数百両の銀子を与えるようにいってください。私は明日契約書を書き、あの子を永久に晁家の人にし、晁家の先祖の供養をさせ、息子のことは諦めることにしましょう。もしも承知しなければ、私に息子を連れ帰らせてください。そうでなければ、私は告訴をし、知事さまのお裁きに従うまでです」

晁鳳「おまえは嘘をついて姜さまの婚約を取り消した上に、まだそんなことを言うのか。待っていろ。ご隠居さまに話しをしてやるから」

晁鳳は中から出てきて言いました。

「さっさと去れ。これ以上勝手なことをいったら、毛を毟って、おまえをぶち殺してやるからな」

魏三「まあいいや。これからだって会えないわけじゃないからな」

何食わぬ顔をして行ってしまいました。晁梁は晁夫人に尋ねました。

「母さん、僕は本当に三両の銀子の銀子で買われたのですか」

晁夫人「馬鹿な子だね。銀子で買ったのなら、晁鸞のようなものだよ。あれは買ったものだからね」

 さて、翌朝、魏三は、書状を提出しにゆき、机の上に届け、徐氏を証人にしました。翌日、訴状は認められ、民壮が関係者全員を集めることになりました。姜副使が人を直堂[6]の部屋に遣わし、書状にかかれたことについて尋ねますと、書状にかかれたことと一字も違いがありませんでした。

姜副使「あのごろつきは誰に唆されたのだろう。あいつの話しは常識から外れている。あいつは言ったことを後で変えるかもしれないから、書状をかかせて証拠にし、言ったことを変えないようにさせよう。これはあいつ自身の書状とかなり違っている、『一つの文字が役所に入れば、九頭の牛でも動かすことはできない[7]』というからな。あいつは貧しかったために息子を売ったといのに、貰った金を証拠にとってあるとはどういうことだ。子の刻に生まれ、朝に県庁へ報告にゆき、徐知事は学校の棟上げ式から戻り、晁梁と名を付けたのだ。梁の上に年月日と時間が記されているが、あいつは酉の刻だといっている。二三の矛盾があり、信頼することはできん」

晁夫人はすぐに魏三と争うことにし、封誥宜人の上申書、徐氏の訴状、姜副使の上申書を提出しました。文書はいずれも受理され、審問が行われました。

 県知事は、姓を谷、名を器といい、江本新淦[8]の人、丙戌の進士で、出廷しますと、まず魏三を呼びました。

魏三「私はとても貧しく、妻は懐妊していました。産婆の徐氏は言いました。『晁郷紳には息子がありません。一族の者があの人をいじめ、相続人のない財産として、あの人の家の物を分けようとしており、狄さまは妾が懐妊したことにして、息子を探そうとしています。あなたの家は貧しく、息子を産んでも食べさせるものもありません。男の子が産まれたら、あの人に三両の銀子を払わせ、あの人におあげなさい』。私は貧しかったので、承知しました。産み月になりますと、徐氏は昼夜付き添いました。景泰四年十二月十六日酉の刻に、男の子が生まれました。臍の緒も切らないうちに、徐氏は抱いていってしまいました。私は貧しかったので、息子を売りましたが、今は飯を食えるようになりましたので、息子と別れているわけには参りません。あの子はもともと銀三両で売ったもので、私は今でも包みを持っています。私は二十両の銀子で、あの人が養育をしてくれた恩に感謝したいと思います」

 谷知事「おまえはあの人から三両の銀子をもらっているし、子供はすでに成長し、学校にも入っている。息子を取り返すのは難しいぞ。あの人にもう一度二十両の銀子を出させよう」

魏三「今、私には子がありません。知事さまが二千両払えと仰っても意味がありません。息子を返していただければさいわいです」

谷知事は徐氏を呼んで尋ねました。

「晁梁はおまえが抱いていったのか」

徐氏「私が魏三を見ていたら、両目が目くらになることでしょう。もしもあの人の家にいっていたら、両足がへし折れることでしょう。あれは晁郷紳の妾の沈氏の生んだ子です。一族が財産を争ったため、前任の徐知事さまがあの人の家に行き、私に脈をとらせたところ、腹に子がいましたので、私に取り上げをさせたのです。さらに生まれたのが男か女かを、徐知事さまに知らせました。十二月十六日子の刻に生まれ、男の子だったので、朝、県庁に報告にゆきました。徐知事さまは学校の棟上げ式にゆかれ、戻ってきたところだったので、晁梁という名をつけ、二両の銀子を送られたのです。魏三の息子ではありません」

 谷知事「おまえたちは徐知事をだましたのだろう。これはよくあることで、わしのところではとても多いのだ。おまえがさっき二つの誓いを立てたのは間違いだったな。拶子に掛けろ」

晁梁をよび

「おまえは明らかに魏三の息子だ、帰りたいか」

晁梁「私には嫡母、生母があり、どちらも健在です。私が買われたものだとすれば、嫡母はまだしも、生母は十六歳だったのですから、私が原因で節を守るはずがありません。私が魏三さんの息子だというのなら、あの人は私の体に隠れた目印があることを知っているのでしょうか」

魏三「おまえが生まれたばかりのときに、徐氏が抱いていってしまったから、じっくりとは見なかったよ」

徐氏「私があなたの家からこの子を抱いていったのなら、この両手は折れてしまいますよ」

谷知事「まだ誓いをたてるつもりか。憎たらしい奴め」

魏三「右の腕に朱砂のような斑点があったことを覚えています。折字銭ほどの大きさでした、朱砂のように赤いものでした」

 晁梁は右手を伸ばしていいました。

「この右腕には朱砂のような斑点はありません。僕が晩に腕を蠍に噛まれ、麝香臙脂を塗っていたのを、僕が茶を捧げもっているときに見て、朱砂のような斑点だと思ったのでしょう」

谷知事「読書人は恩を忘れてはならん。おまえは晁家にいて、おまえの嫡母もおまえを養っているに違いないが、おまえは本当の子ではないのだ。それに、この魏三はほかに息子がいないといっているのだから、本家へ戻らないのは間違っているぞ」

魏三「おまえ、おまえは富貴を好み、天理を損なっているぞ。わしは今ではおまえを十分養うことができるのだ」

晁鳳「知事さまはこいつのでたらめを聞かれるのですか。こいつの家には三人の息子がおり、彼らをよんできて、若さまと比べて、同じかどうか御覧になってください」

谷知事「よんでもいないのに、出てきて話しをするとはな」

四本の簽を抜き、晁鳳をしこたま二十回ぶちました。そして、人々を呼びますと、谷知事は調書を書きました。

調べによれば、晁郷紳は、景泰四年に死亡した。一族の者たちは彼に息子がなかったため、財産を奪おうとした。妻の鄭氏は、妾に懐妊を装わせ、銀三両で魏三の子を買い、出産のとき、人々を欺いた。抱いていったのは、産婆の徐氏で、健在である。今、この子は十六歳で、学校に入っている。魏鏡は十倍の値段で買い戻そうとしている。魏鏡には三人の息子がおり、晁梁が元の家に戻れば、晁郷紳には跡取りがなくなってしまう。引きとめて母親が死ぬまで養わせ、晁梁が子を生んだら、一人の子をとどめて晁家の祭祀を継がせ、旧姓に復するのを許すこととする。刑房には文書を保存する。以上。

 谷知事は調書を読みました。晁梁は大声で泣き、いいました。

「ごろつきが銀子を脅しとって、母と子を別れ別れにしようとしています。知事さま、今一度のお裁きをお願い致します」

谷知事「おまえは何も知らないが、これも仕方あるまい。わしの判決は間違ってはおらんぞ」

脇にいた下役は人々を、有無をいわせず追い出しました。魏三は何もしませんでしたが、晁思才、晁無晏は猛り狂って、

「四五十畝の土地、四五両の銀子、数石の食糧をくれたのはおかしいと思っていたが、実はこんな事情があったのか」

といい、話しをしようとしました。姜副使もうなだれました。

 晁夫人は、毎日、朝晩香を焚き、天地に祈り、霊があらわれることを望みました。さらに言いました。

「あの子の父親が華亭にいたとき、このような事件を裁判したことがあった。この裁判と少しも違いがなかった。後に嘘であることが、道役所で明らかにされた。天理にもとることには、現世で報いがくだされるものだが、県知事は我々に仇があるのでしょうか」

晁夫人は自分で道役所にゆき、告訴を行おうとしました。すると、県庁の礼房が紙牌をもってきました。そこにはこう書かれていました。

兵部右侍郎邢は、公務のため、武城県の官吏が令状に従って処置をすることを求める。公金六両で供物を買い、本官の到着を待て。当県の亡き晁思孝の墓に自ら赴き、祭祀を行う。祭祀が終わったら、金額を報告するように。以上。書き付けを一枚添付する。内訳は。湯猪一、湯羊一、神食[9]一卓、祭糖[10]一卓、油条一卓、木の実一卓、攅盒一卓、スープと飯一卓、蝋燭一対、降香[11]一炷、酒一樽、紙銭である。

令状を晁家に送って尋ねました。

「邢さまはお宅で祭礼を行われるのではありませんか。粗相があってはいけません。もしも祭祀をするなら、あらかじめ墓で待機しなければなりません。探馬の報告によれば、明晩、船が着くそうです」

 晁鳳は中に入って話しをしました。

晁夫人「河南の邢さまに違いない。おまえは邢さまが何という名で、どこの方か尋ねてみるがよい」

礼房「邢宸員皋門は、河南淅川の人と書かれています」

晁鳳「昔の邢知事さまに違いありません。ここに何をしにきたのだろう」

礼房「邢さまはもともと湖広の巡撫でしたが、陵上太監[12]と争って、太監に弾劾されたのです。太監が嘘を言っていたことが明らかになりますと、太監は処罰されました。邢さまは病気を理由に故郷に戻り、本籍に着く前に、北京兵部侍郎に昇任したとの知らせを受けました。朝廷が役人を遣わして赴任を促しているので、とても急いでらっしゃいます」

晁鳳「拙宅にこられてお茶を飲まれてください」

礼房「わたしをご存じないのですか。わたしは方前山で、親戚ですよ。わたしは亡くなった計おばさんさんの従兄なのです」

晁鳳「方おじさんだったのですか、気が付きませんでした。墓ではどうしたらいいでしょうか。はやく仰ってください。準備を致しますから」

方前山「面倒なことはしなくても結構です。地方をゆかせましょう。三間の小屋掛けが必要です。大きな間は邢さまが着替えをされるところ、一つは知事さまの間で、一つは邢さまに伺候する中軍たちの間です」

晁鳳「地方に準備させれば、ますます手間が省けます」

邢皋門がくる時間が近づき、人々は接待の準備でてんてこ舞いでした。墓で待機しなければなりませんでしたし、河辺でも食事を準備しなければなりませんでした。さらに、姜副使を墓にまねき、県知事と邢皋門に陪席させなければなりませんでしたので、裁判のことは忘れてしまいました。

 翌日の晩、邢皋門は三隻の大きな座船に乗り、家族を連れ、湖広から上京しました。晁夫人は二石の米、四石の粟、四石の小麦粉、一石の緑豆、六つの大きな甕の酒、四つの塩漬け、油、醤油など、数えきれないものを送りました。晁書は、晁梁をつれ、衣巾を整え、待機しました。邢皋門は急いで船に案内し、喜んだり悲しんだりし、晁夫人の数年の待遇に感謝し、送られた礼物をすべて受け取りました。二更すぎに、ようやく船が来たという報せがありました。翌朝、晁家に返礼に行くため、二匹の南京の緞子、二匹の松綾[13]、二匹の縐紗、二匹の生羅、二つの蘄箪[14]、二籠の糟漬けの魚、六十両の銀子を選び、さらに晁梁に本代二十両、お祝儀十両、晁書、晁鳳、晁鸞などの以前仕えていた下男たちに銀十両を与えました。晁夫人も出てきて、酒を準備してもてなし、姜副使をよんで陪席させ、墓にゆき、晁梁だけが酒を飲むのに付き添いました。邢侍郎は、墓にいって祭祀を行おうとし、その日のうちに出発し、別れて船に乗りました。晁夫人と晁梁は急いで墓にゆき、接待をしました。人々は忙しさのあまり、孫行者のように一人が四五人になることができればいいのにと思いました。ところが、

貴人が来なば

幸福(さち)も来たらん

よろづの禍事(まがごと)

直ちに消えん

 さらに次回をお聞きください。

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

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[1]明代、按察司の次官。

[2]原文「故旧不忘」。『論語』泰伯。

[3]原文「取二三策而已矣」。『孟子』尽心下。

[4]第七回の注参照

[5]天龍八部、龍神八部、八部衆ともいう。天衆、龍衆、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅をいう。

[6]法廷の番人。

[7] 「訴状は慎重に書かなければいけない」の意。

[8]江西省臨江府。

[9]供物の一種と思われるが未詳。

[10]供物用の砂糖製品と思われるが未詳。

[11]降真香のこと。祭祀に用いる。明李時珍『本草綱目』木一・降真香〔釈名〕引李c曰「醮星辰、焼此香為第一、度籙功力極験、降真之名以此」。

[12]陵墓の管理をする宦官と思われるが未詳。

[13]松江産の紵絲すなわち緞子のこと。織染局で織られる。正徳『松江府志』巻五・物産・布之属「線綾、一名紵絲。…今綾多出府城。東門尤盛。制作之盛、為天下第一。雖呉門不及也。其上供者幅広而長。曰官綾。又一種臟密而軽如縠、曰餬窓。皆織染局造」。

[14]蘄竹で編んだ箱のこと。蘄竹は湖北省黄州府に産する竹。『群芳譜』「蘄竹出黄州府蘄州、以色瑩者為箪、節疏者為笛、帯鬚者為杖」。

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