第四十四回

心臓を替えられ悪女となること

撒帳を聞いて馬鹿を露呈すること

 

才子佳人は十七歳

萼を並べた芙蓉(はす)のやう

露を帯び、滴るばかりの鮮やかさ

白き手とりて花の前にと立ちたれば

絵筆でも描く術なき美しさ

水より出でし鴛鴦(をしどり)が翼を()めているがごと

あたかも玉女、金童か

蝋燭は赤く揺らげり

金榜に名が載れば喜びは尽きることはなし

連れだちて琴瑟相和すことを願へり  《蝶恋花》

 古の男子は、三十歳で妻を娶り、女子は二十歳で嫁に行き、血気が充実してから、例のことをしていました。ですから、古人には、長命な人が多かったのです。古人は純朴な世、堕落していない時代に生まれ、物欲に惑わされることも、情欲が芽生えることもありませんでしたので、一定の時期にならなければ、結婚をしませんでした。しかし、今のような軽薄な世の中では、生まれてくるのは、狡猾でひねくれた人ばかりで、男も女も、親や年長者を敬う道徳意識がありません。そして、十一二歳のときに、情欲に目覚めてしまい、けしからぬことをしようとするのです。

 狄希陳は、母親から厳格な教育をうけていましたが、十六歳になったばかりのとき、孫蘭姫を見ますと、若くて美しいのを慕い、たくさんの計略を設け、すきをみて私通をしました。これはなぜでしょうか。彼の母親は、一人で府城に行き、彼をたずねた当初は、知らせを聞き、腹を立て、宿屋に行き、狄希陳と妓女をひどい目に遭わせ、狄希陳の面目を失わせ、彼が二度と妓女の家にいくことが、妓女が二度と彼を招くことができなくなるようにしようと考えていました。しかし、一晩が過ぎ、百里の道を進みますと、夫から何度も頼まれていこともあり、怒りは七割方消え、彼を愛しく思う心が七割り三割り加わりました。宿屋にいったときに、狄希陳が強情に従わなかったり、妓女ががっしりした体格で、年をくい、捲れた太い唇をし、出っ歯で、黄色い髪、大きな足をし、気位が高ければ、「怒りが心臓に生じ、憎しみが胆に生じる」ということになっていたでしょう。しかし、狄希陳は、幽霊におびえるときのようにびっくりし、逃げ隠れたため、母親は息子愛おしさに、怒ることができなくなってしまいました。十六七歳の美女が、迎えに出てきて、にこにこ笑いながら、急いで衣装を受け取り、眼覆いをとり、挨拶をし、席を勧め、挨拶をし、叩頭をしました。彼女は笑顔でしたので、母親は彼女の顔に手荒なことをすることはできませんでした。そして、憎まなかったばかりか、可愛く思うようになりました。さらに、尼がやってきて、「前世で定められた縁は、切ることはできませんし、切れることになっている縁は、繋ぎとめることはできません」と言いました。狄夫人は息子を罰しようという考えを、すべて捨てて、こう考えました。

「いっそのこと、彼女を数日引き止めよう。私がお参りを終えてから、二三両の銀子を送って帰らせ、息子を家に連れ帰ろう。厳しい折檻を加えて、息子が病気になったら、後悔しても手遅れというものだ」

ところが、尼の言ったことには少しも間違いがなく、翌日、孫蘭姫は、いとも簡単に、断る必要もなく、さっさと立ち去ってしまいました。狄希陳は、このような別れ方をすると、残念でたまらず、汪為露に哭礼をするという名目で、ひっきりなしに泣き叫びました。このようなろくでもない息子を、三十歳で結婚させれば、それまでの十四年間に、どれだけ罪作りなことをしでかすか知れたものではありません。古の礼式には従うことはできません。

 そこで、彼の母親は、十一月に吉日を選び、結納をし、翌年の二月十六日に、結婚式を行うことにしました。銀匠を家に呼び、装身具を作り、薛教授の下男を臨清に遣わし、反物などを買わせ、織った絹を、染め物屋に送って染めさせ、自分の家でとれた麦で小麦粉をひき、蜂の巣から蜜を切り取り、胡麻から油を作り、料理人に喜果[1]を揚げさせ、府城にいって、羊の群れの中から二頭の雄雌の羊を選びました。鵝鳥、鴨、鶏、鳩は、すべて城外にありました。楽人を呼び、十一月十日にきちんとした結納品を買いました。執事の狄周、媒婆の田さんが、礼物を薛家に送りますと、薛家では、狄周、田さんを酒とご飯でもてなし、各人に一千銭、一匹の真紅の布を与えました。二つの銀の象嵌をした碗、二つの銀の象嵌をした箸、銀で作った庚牌[2]、四つの刺繍を施した枕、四双の男物の靴、四双の女物の靴を返礼にしました。狄希陳の儒巾、一匹の黒い絹、一匹の青い絹、一本の紐、一揃いの黒い靴、一揃いのネルの靴下、『五経傍訓』、『四書大全』、二封の湖筆[3]、二箱の徽墨、一対の龍尾硯[4]、幾つかの菓子を、家への返礼にしました。両家では、それぞれの親戚に、干し菓子を送りました。

 翌日、薛教授は、狄家に自らお礼を言いにいきました。

「こんなにたくさんの手厚い礼物を頂いては、後日、娘さんに結納をお送りするとき、同じようにお返しをすることができません」

狄賓梁は、薛教授自らがお礼を言いにくると思っていましたので、あらかじめ家に酒肴を準備させておりました。そして、薛教授を引き止めてもてなしました。それからというもの、狄家では、毎日妾を娶る準備をしました。東の中庭にある北の棟が小さかったので、壊して建てなおし、壁を表装し、床に煉瓦をはり、とても綺麗にしました。薛家でも、職人に命じて漆を塗らせ、装身具を作り、衣装を仕立て、ろくろで錫の器を作りました。

 時間はあっという間にすぎ、またたく間に翌年になりました。二月十日、狄夫人は、髪を梳きにいき、まず二羽の生きた鶏、二匹の鮮魚、一塊の豚肉、一塊の羊肉、四つのお盆に入った菓子、二樽の酒を送りました。薛家は料理人を呼び、酒を準備してもてなしました。狄夫人は茶を飲んで、しばらくしますと、縁起のいい時刻になりましたので、素姐を呼び出しました。素姐は、真紅の礼服、刺繍のついた裙、佩玉と七事をつけ、まるで俗界に降りた仙女のようでした。彼女は、姑に挨拶をし、顔を東南に向け、福の神のいる方角を向きますと、水桶の上に腰を掛けました。狄夫人は、二本の糸を十文字にし、彼女の顔の無駄毛を抜いてやり、髷を結い、装身具を着けさせ、さらに八拝の礼を行いました。狄彼女の顔を見ますと、とても穏やかで品がよく、愛らしく艶やかでしたので、心の中でひそかに喜び、こう考えました。

「嫁は、孫蘭姫にも劣らないほど美しいから、陳児の雑念は、きっと抑えられることだろう。李さんはこの嫁の心が変わり、夫婦仲が悪くなり、姑に逆らうことになると言っていたが、あの話しは嘘だろう。このような美人が、そのようなひねくれたことをするはずがない」

薛夫人が慇懃に酒を勧めても、狄夫人は心の中でこのようなことを考えていました。

薛夫人「狄さん、私に腹を立てておられるのではありませんか。何か心配事がおありのようですが」

狄夫人は笑って

「薛さん、どうしてお分かりになったのですか。私は心配事があるのですよ」

薛夫人「何を考えてらっしゃるのですか。お話しになってください」

狄夫人「お話しすることはできません」

薛夫人「話すことができないのなら、きっと良いことではないでしょう。とりあえずお酒を飲まれてください。『仕事は真夜中にしろ』といわれますから、今からお考えになることはありません」

二人でしばらく笑いますと、狄夫人は素姐の弟の嫁たちを呼び、会おうとしました。薛夫人「彼らはあなたをもてなす料理を作っている人を監督しているのです。お帰りのときに、会いにこさせましょう」

 薛家では二人の瞽女を呼びました、一人は謝先、一人は張先といい、それぞれ何曲かの祝い歌をうたいました。狄夫人はスープとご飯を食べ、二人の瞽女と料理人、すべての下男に褒美をとらせました。

薛夫人「娘は嫁入り道具、粗末な寝床をもっておりますので、十五日にまずお宅にお送りしましょう」

狄夫人「その日はお客さまは何人来られるのですか。おもてなしを致しますが」

薛夫人「この土地には親戚はおりませんが、一人で来るわけにも参りませんので、女は連夫人を呼び、私とあわせて二人になります。男は連の旦那さまを呼び、主人とあわせて、やはり二人です」

狄夫人「お兄さんたちを一緒にこさせないのですか。二人のお兄さんをおもてで二人の殿方に付き添わせ、三番目の息子さんは奥のあなたに付き添わせることにしましょう。お姉さんのおめでたなのですから、あの方たちにも遊びにきていただきましょう」

 薛如兼は頭に何も着けず、立ち止まりながら前に進み、方巾をかぶり、蘇芳の木綿布の道袍を着けますと、出てきて姑に会いました。狄夫人はとても喜び、拝匣から月白の絹の汗巾、撒綫[5]の巾着を準備し、中に五銭の銀子をもり、薛如兼への贈り物にしました。

薛夫人「あなたがしばしば会いにこられますが、そのたびにあなたのお母さんに出費をさせてしまいます。今回は受け取らないことにしましょう」

ところが、薛如兼はそれを受け取り、袖に収め、姑に二回揖をしました。そして、笑って

「まったくろくでなしだね。遠慮ということを知らないんだから」

狄夫人「他人ではないのですから。遠慮などいりませんよ」

 薛夫人は狄夫人を送りだして戻ってきて、素姐は彼の父母と彼の生母に挨拶をおこないました。

薛夫人「四五日後にはよその家にいくのだね、戻ってくるときはお客さまということになるね」

 あっという間に十五日になりました。狄家は入り口に飾り付けをし、酒席を設けました。おもてには相棟宇、相于廷と狄夫人の妹の夫である崔近塘の四人が陪席し、奥には相棟宇の女房、崔近塘の女房がいました。表には四人の歌手が呼ばれました。奥には張先、謝先が呼ばれました。準備が整いますと、鋪床が行われることになりました。

 薛家も朝から入り口に飾りつけをし、嫁入り道具を並べました。あまり綺麗ではありませんでしたが、老先生の力では、これが精一杯というところでした。正午近く、たくさんの人をよび、テーブルを担がせ、太鼓と笛で先導しながら、下男の薛三省と薛三槐が礼物を送りました。田さんは一匹の赤い布を小脇に挟み、ぐてんぐてんに酔っ払いながら、狄家に送りました。狄家も彼をもてなし、礼物の嫁入り道具を査収し、部屋の中に収め、やってきた人にお祝儀を与えました。連挙人の女房と薛夫人の轎が最初にやってきました。狄夫人は中に迎え、挨拶をし、茶を勧めました。狄希陳は出てきますと、姑に会いました。巧姐は出てきますと、連夫人、相夫人、崔夫人にも挨拶をしました。薛夫人と連夫人は狄希陳の家にいきました。おもてには薛教授、連春元、薛如卞、薛如兼の四人がすでについていました。狄賓梁は狄希陳をつれ、相棟宇父子、崔近塘とともに、腰を下ろし、茶を出し、酒をもって宴席に赴きました。太鼓と笛が鳴り、歌がうたわれました。杯が酌み交わされ、酒肴は豪勢なものでした。新たに親戚となったとはいえ、みな旧友同士でした。うちとけ、楽しんで、帰りました。客を送りますと、狄家ではさらに催妝[6]のための食盒、粉、小麦粉、豚肉、髪を結い、嫁入りの礼服を着け、まず薛家に送り、十六日の卯の刻に嫁入りしました。狄家から嫁迎えに遣わされたのは相棟宇の女房、四対の提灯、赤い絹を服につけた二人の少年、十二名の太鼓叩き、十二名の楽人が、待機しました。喜轎に綺麗に飾り付けをし、対の赤い絹布を掛け、とても鮮やかでした。狄希陳のために黒い絹の円領、青い絹の襯擺[7]、銀花を作り、赤い麻糸を買い、馬に鞍をつけ、嫁迎えの準備をしました。

 さて、十五日の晩に、薛教授夫婦は、狄家から戻りますと、人に命じて一テーブルの酒を買わせました。一家の人々は、娘と車座になって腰掛けました。そして、狄賓梁は善良で真面目である、楊春の銀子を返したり、汪為露の葬式費用を援助したりしたが、これらの善行は、普通の人ができないことばかりだと言いました。

「狄夫人は少し気性の激しい人だが、真面目な人だ。でたらめなひねくれ者とはちがう。婿は落ち着きがなく、文章も筋が通っていないが、まだ若いのだから、いくらでも良くなるだろう。狄さんの家には妻や妾がたくさんいるわけでも、腹違いの子供がいるわけでもなく、一人の息子と一人の娘しかいない。二人のご老人は七十歳だ。嫁にいったら、夫婦で仲良くするのが親孝行というものだ。おまえたち若夫婦が、兄妹のように仲睦まじくすれば、舅姑はそれを見て喜ぶだろう。毎朝、髪を梳かし、顔を洗い、はやく書房にいって勉強をするよう婿を促し、父母を安心させるのが、嫁の孝行というものだ。姑が上にいるとはいえ、姑に代わってあらゆる面倒をみるべきだ。小姑の衣装や靴は、姑が年をとっているから、おまえが面倒をみてあげるべきだ。それに、彼女はおまえの弟の嫁で、他人ではない。おまえは年上であの人は年下なのだから、あの人と喧嘩をしてはいけないよ。舅姑が何か言ったら、それに従い、面と向かって腹を立ててはいけないよ。影で不平をいうのも、とても罪深いことだよ」

 「婿は『夫主』といわれ、人々が仰ぐ天のように、女が終生頼りにする人だ。夫は女を愛し、女は夫を敬い、仲睦まじくする。このような夫婦は終生、離れ離れになることはない。わしと母さんがその例だ。しかし、夫が愛してくれるのを鼻に掛け、心の赴くままに奢り高ぶれば、男の気持ちは変化してしまう。男だって女に怒られるのは体裁の悪いことだし、このようなことが何度も続けば、心はだんだんと冷めてしまう。夫が外で勝手な振る舞いをするのは、よくあることだが、夫婦の情愛が深くないからこのようなことが起こるのだろう。夫婦の情愛が深ければ、男がほかの女と会っても、心を奪われることはないものだ。男たちはしばしば妻を棄てて妾を愛するが、これは女たちの狭い心から引き起こされるもので、男に良心がないからではないのだ。妻と妾には区別があるものだ。しかし、正妻の心が狭ければ、終日妾をぶったり罵ったりしつづける。ぶったり罵ったりするのを聞けば、関係のない隣人でも嫌だと思うだろう。まして男は妾に愛情を感じているからなおさら嫌に思うだろう。さらに、妾をぶったり罵ったりするだけでなく、自分の夫を中に引き込んだり、夫を引き込むだけでなく、家中の使用人に、妾のことを悪人、図々しい、力のあるものにおもねる奴らだといったりすれば、川じゅうの魚を一網打尽にするときのように、家を乱すことになるだろう。これではまるで凶神のようなもので、夫は正妻の部屋ではなく、妾の部屋にいってしまう。夫が妾の家にいけば、正妻は日に日に疎んじられる。妾は夫が正妻の部屋に行かないのをみると、ますます夫と親しくする。夫は、初めは恐る恐る、次には不安な気持ちで、最後はむかっ腹を立てて、妾の所へ行くのを当然のことと考えるようになる。正妻が追い掛けていけば、ますます敵対するようになる。だから、女が道理によって夫を束縛すれば、夫は自ずと心服するが、凶暴なことをすれば、夫も凶暴なことをするものなのだ」

 「おまえは林おじさんを知っているだろう、母さんの弟だ。あの人は後妻を娶り、神さまのように敬った。おじさんは後妻を恐れたが、おまえのお祖母さんのことは恐れず、お祖母さんはいつも腹を立てていた。おじさんが畏れ慎むさまは、とても話しつくせるものではなかった。ところが、数年後、おまえのおばさんが結婚のときに連れてきた小荷香という小間使いが、おまえのおじさんと密通した。しばらくしてから、おばさんはそのことを耳にした。おばさんは小荷香を妾にするか、彼女を嫁に出すかすれば良かったのだ。しかし、彼女を妾にもせず、嫁にも出さず、おじさんの前でひっきりなしにぶち、手が疲れれば口で、『私娼め』、『馬鹿者め』と罵った。おじさんは謝って許しを乞い、香を焚き、誓いを立てた。ところが、おばさんは争うのをやめようとせず、酒に酔った暴漢のように、ますますいい気になった。おまえのおばあさんが宥めると、おばあさんにも盾突き始めた。おじさんはそれをみると『こらこら、どうして小間使いのために母さんに盾突くのだ。わしは人を探し、小間使いを彼に与え、お前がこのように騒がないようにしてやろう』といった。ところが、おじさんはよそに家を買い、中を綺麗に片付けると、小間使いや小者、下男の女房を買い、妻には内緒で、小荷香をそこに囲い、髷を結いあげ、絹物を買いととのえてやった。そして、城外の米、小麦粉、薪をそこに送り、まったく家には送らなかった。家の食器、家具は次々とそこに運ばれ、おばさんのもとには運ばれなかった。おばさんがおじさんを怒鳴りつけると、『わしが小間使いを欲しがるのを許さなかったのはいいが、女郎を買うのを許さないのはとんでもないぞ』といった。家の人々は、おばさんが悪いことがわかっていたので、一人としておじさんを叱ろうとはしなかった。後に、親戚友人たちは、おじさんがほかに家を持っていることを知ると、そこに訪ねていき、まったくもとの家に姿を見せなくなった。おばさんの弟はおじさんから手厚い接待を受けているので、おじさんと気脈を通じ、おばさんとは気脈を通じていないのだ」

 「後におばさんがそこにいくと、おじさんは小荷香を隠し、こう言った。『わしは本当におまえが怖いのだ。わしはおまえを避けてきたのだ。お母さまのために、ここを片付けているが、まだ終わっていない。片付けが終わったら、お母さまをここに呼んで住まわせ、おまえの目から離れ、おまえに怒られたり、盾突かれたりしないようにするのだ。わしはもうおまえを訪ねたりはしない。おまえは夫を失った未亡人も同然だし、わしはおまえが死んだものと思うことにする。わしらは『将軍は馬からおりない−それぞれ別の道を行く』ということにしよう』。おばさんはいった。『どうしてそんなことをされるのですか。私はあの小間使いに腹を立てているのです。小間使いがここにいない以上、私たちはやはり私たちで、私たちが赤の他人と同じというわけではないでしょう』。おじさんはいった。『おや、そうかい。赤の他人などというが、おまえは敵よりももっと凶暴だぞ。勝手にしてくれ。ここが好きだというなら、わしはおふくろと一緒に別のところに住むことにするぞ』。おばさんはいった。『あなたが家に行かないのならともかく、まるで私がお母さまを引き留めているかのようにおっしゃいますね』。おじさんはいった。『わしはどうしよう。もしもわしだけなら、我慢するのだがな。わしはたった一人のおふくろが、おまえに腹を立てて死んでしまうおそれがあるから、おまえから避けさせるのだ。おまえはおふくろを引き留めるつもりか。おまえがおふくろをここにこさせなければ、我々は役所に訴え、どちらが正しいか決着をつけることにしよう』。彼女は自らを責め、さんざん泣いた。隣人はそれを聞くと、彼女が泣きながら話している言葉を拾って、『黄鶯児』を作った」

とんでもないろくでなし。悪人を数え上げても、奴よりひどい者はない、狼や犬の心の馬鹿野郎。あばずれのために、正妻捨てるとは。初めは何と言ったのだ。腹を立て首を切りおとしてやろう、お碗大の傷できりゃいい。

 「おじさんはおばさんを泣かせたままにしておき、相手にしなかった。後に、おじさんはますますむきになり、今に至るまでおばさんとは赤の他人のようなものだ。やはり報いはあるものだ。小荷香は寵愛されいい思いをし、おばさんは投降した盗賊のような有様だ。『歯が折れたら、腹に飲み込む』しかないのだ」

 薛夫人「もう遅くなりましたから、娘を眠らせ、後日話しをしましょう」

素姐を眠らせました。

 家の人々は、まだ眠らず、それぞれ忙しくしていました。すると、素姐が寝ながら大声で叫びました。薛夫人は、びっくりしてすぐに中に走り込みました。すると、素姐は母親の胸の中にとびこみ、「びっくりしました」といい、泣くのをやめませんでした。母親はいいました。

「おまえ、どうしたんだい。どんな夢を見て、そんなに驚いているんだい」

素姐は、目が覚めてからしばらくすると、ようやく話しをしました。母親は言いました。

「おまえ、どんな夢を見たんだい。びっくりしたじゃないか」

素姐「一人の男を見たのです。彼は凶神のように、片手で胸を掴み、片手で刀をもち、私に向かって『おまえは明日彼の家に行くが、良い心臓は必要ない。おまえにこの心臓をやることにしよう』といい、私の胸を切り裂き、心臓を換えて去っていったのです」

薛夫人「悪い夢は吉だから、良い夢だよ。おまえ、怖がらなくてもいいよ」

騒いでいますと、鶏が鳴きました、人々はまだ眠っていませんでした。彼女の髪を梳かし、かんざしを挿し、衣装を着せ、婿をもてなす酒席に出、さらに、嫁迎えの女たちにお茶とご飯をだしました。また、連春元の夫人を呼んで嫁送りをさせることにしました。

 色々な仕事があったため、五更まで忙しくしました。すると外から楽の音が入り口に着きました。薛教授は急いで二尺の紗帽をかぶり、桃色の円領、骨を象嵌した玳瑁の帯、黒い靴をつけ、表門の外に出て行き、婿を家に迎えました。

 酒が五巡し、酒肴が三回並べられました。縁起のいい時刻となりますと、新婦に轎に乗るように促しました。狄希陳は花を髪に飾り、赤い絹を身に着け、馬に乗って先導しました。素姐の花嫁轎はそれにつき従いました。連夫人と相棟宇の二台の轎が後に続きました。薛如卞、薛如兼は礼服で馬に乗り、姉を送りました。新婦が入り口に着きますと、狄家では入り口に飾り付けをし、地面に絨毯を敷きました。新婦が香机の前にきますと、狄夫人は箸で蓋頭を捲り上げました。大勢の親戚たち、向こう三軒両隣から、たくさんの女たちが見にきました。素姐はといえば、

柳のやうな両の眉

杏のやうな両(まなこ)

小さくも大きくもない背の高さ

太つても痩せてもゐない体付き

鮮やかな薄絹の覆ひの下にや

霧に隠れる芙蓉(はす)があり

錦の裙のその端にや

地に沸きし蓮の花びら二つあり

猛々しさを隠しなば

洛浦の明妃[8]にもまさる

雄々しさをあらはにせずば

河洲の淑女[9]にも似たる

 賓相[10]は脇で式の進行役を務めました。狄希陳と素姐は天地を拝し、赤い糸を引張りながら、洞房に入りました。賓相は彼らを床に座らせ、夫婦固めの杯を交わさせ、狄希陳を寝床の神さまに挨拶をさせました。素姐がその賓相を見てみますと。

年は五十過ぎ

短く茶色い髭をして

六尺の身に

太く黒き手

老人巾[11]に挿す絹の花

外郎袍[12]に懸く紅の布

賊のごと目であちこちを盗み見て

犬に似た口であれこれ叫びたり

才子の寝室の中には

身内以外は入れちや駄目

男女の寝室の中には

教養のない奴を来させるな

 素姐は、このよう子を見ますと、むかむかしましたが、怒りを口にするわけにはいきませんでした。賓相は手に盒子を持ち、中に五穀、栗、棗、茘枝、龍眼を盛りますと、こう唱えました。

最初に陰と陽があり

日と月は天地の機をぞ開きたる

男と女は機に乗じ

両家は夫婦の縁を結べり

鳳と凰とは雌雄で睦み

麒と麟は雌雄で宜し

今ここに

狄郎は鳳凰のごと

()(ひと)を河洲に得たり

薛素姐は囀れる鶯のごと

才人の連れ合ひとなる

天縁の結ばるることを慶び

氷人の縁を結ぶを喜べり

夫と婦は床に上がり

賓相は撒帳を行はん

菓子と五穀をいっぱい手にとり、東に撒きますと、言いました。

帳の東に一撒きす

新郎と新婦は愛の鐘を撞く

才子、佳人は酒の力を頼りにし

今宵演ぜん大合戦

唱え終わりますと、さらに菓子、五穀を手にとり、南に向かって撒き、言いました。

帳の南に一撒きす

蜚翠(かはせみ)の布団はこれから寒くなし

春羅[13]には桃花の雨[14]が降り掛かり

灯明の前で手をとりじつと見る

唱え終わりますと、さらに菓子、五穀を手にとって真ん中に撒き、言いました。

帳の中に一撒きす

新婦は足を天に向くべし

風雨に慣れぬ花蕾[15]

とりあへず赴く巫山第一峰[16]

唱え終わりますと、さらに五穀、菓子を西に向かって撒いて、唱えました。

帳の西に一撒きす

閨房を出でし艶やかなる娘

万年一緒共白髪

離るることなき狼と狽[17]

唱え終わりますと、さらに五穀、菓子を北に撒き、唱えました。

帳の北に一撒きす

名花は金谷にて開く[18]

客人は涎を垂らすことなかれ

白鳥の肉を食べんとする針鼠[19]

唱え終わりますと、さらに五穀、菓子を天にむかって撒いて、唱えました。

帳の上に一撒きす

新婦は猫被りをするな

晩に上がるは愛の床

和尚が鐘を撞きにくる[20]

唱え終わりますと、さらに五穀、菓子を地に撒いて、唱えました。

帳の下に一撒きす

新婦は備ふ鮫綃帛[21]

雲雨はすぐに収まりて

武陵の桃の花は萎ゆ

賓相の撒帳詩を、狄希陳は理解できず、勝手に唱えるに任せていました。しかし、相于廷はそれを聞きますと、口を覆って笑いました。薛如卞はそれを聞きますと、怒って顔が赤くなったり青くなったり、青くなったり赤くなったりしましたが、面と向かって腹を立てるわけにもいきませんでしたので、ぐっと我慢していました。

 実は素姐は字を知りませんでしたが、詩の中の趣旨は理解することができましたので、心の中でとても腹を立てました。彼の「帳の北に一撒きす」の詩の二句には、とても心が落ち着かなくなりました。そこで、彼を叱りつけて追い出そうとしましたが、こうも考えました。

「北に撒いたのだから、これでおしまいで、黙るだろう」

ところが、彼はさらに帳の上下に撒きつづけ、ますますおかしなことを言い出しました。素姐は賓相がさらに何かを言ったら、もう我慢できないだろうと思い、薛三省の女房を睨みつけ、罵りました。

「あなたたちはつんぼではないのでしょう。あんな奴を私の部屋に呼んで勝手なことを言わせるなんて、どういうつもりですか。あいつの首を掴んで、追いだしてください」

薛三省の女房「この人ったら、家では命令されても大声で喋ることができなかったのに、新婦になった途端に、どうしてこんなことを言うようになったのでしょう」

賓相もとても不愉快になり、盒子をすて、外にとびだしますと、言いました。

「何という人でしょう。私はこの年まで賓相をしていますが、こんな気性の激しい人は見たことがありませんよ」

薛如卞「余計なことを言わないでくれ。あんたの詩は、新婦の前で口にできるようなものか。おいおいあんたに復讐してやるからな」

賓相「薛さん。私たちは読書人ですが、古めかしい言葉でお茶を濁すわけにはいかないのです。私は二三日の時間を掛けて、新しい詩を作り、ここで撒帳を行い、喜んでいただけると思っていたのに、厄介事が起きるとは思いませんでした。薛さん、あなたは連さんを娶らないのですか。私は二度と新しい詩は作らず、古い詩をよみさえすればよいのでしょう。なんなら、薛さん、あなたが作ってください」

 話していますと、狄希陳が儀式を終え、彼の舅のお相伴をしました。賓相は酒とご飯を食べおわりましたがまだ去らず、先ほどのことを狄希陳に弁明しました。相于廷は笑い、薛如卞は怒り、狄賓梁と薛如兼は相手にしませんでした。

狄希陳「まあいいじゃないか。あなたの詩に書かれていたのはすべて本当のことさ。何も失礼なところはないのに、どうして咎めるんだい」

相于廷はそれを聞くと笑いましたが、薛如卞は怒って狄希陳を見ました。狄賓梁は五銭の銀子を包み、賓相を送り、酒を出し、挨拶をし、如卞を座らせました。家にも酒を並べ、連春元の夫人をもてなしました。

 薛家はすぐに朝食を運んできて、連夫人にここでご飯を送る女の役をしてもらおうとしました。連夫人は狄希陳を呼び、ご飯を食べさせました。そして、片方のテーブルを新婦の部屋にならべ、もう片方のテーブルを母屋に送り、舅姑と一緒に食事をとりました。連夫人は、人に命じて狄希陳を部屋に呼び、食事をとらせましたが、たがいに人見知りをし、食べようとしませんでした。連夫人は何度も彼に食事を勧めましたが、彼は食べませんでした。

素姐「この人は食べませんよ。ご飯が腐っているんじゃありませんか。人に片付けさせましょう」

連夫人は笑って

「お前が先に食べなかければ、狄さんだって食べてはくれないよ。私は帰るよ。薛さんが昼食をはこんできたら、二人でお食べ」

別れを告げて帰っていきました。狄夫人は何度も彼女に礼を言いました。連夫人は轎に乗って帰りました。薛家の二人の兄弟も席から立って帰ることにし、部屋に入ってきて素姐に別れを告げました。

「ねえさん、僕たち二人は帰りますよ」

素姐「おまえたちまであの男の嫁になったわけでもあるまい。さっさとお帰り」

薛如卞兄弟二人は、外に走り出ました。狄賓梁は、彼らを追い掛け、鉄の蜀扇[22]、桂花香の板、月白の秋羅の汗巾、白玉の巾[23]を贈り、表門の外まで送り、馬に乗って家に帰るのを見守りました。狄希陳を薛家にお礼を言いにいかせ、果物を入れた盒子を、彩楼で覆い、一卓分の料理、五切れの肉を食盒で担ぎ、楽隊で先導しました。後ろには、狄希陳が衣巾をつけて馬に乗り、舅の家に送りました。薛教授は今まで通りの衣裳を着け、宿屋に入りました。狄希陳は挨拶をし、先祖に拝礼をし、席に着き、酒を飲みました。

 薛夫人は食盒をもってきて娘に昼食を送り、狄夫人に会い、茶を飲み終りますと、娘の部屋に入り、こっそりと言いました。

「おまえが家にいたときのおとなしさはどこにいってしまったんだい。新妻が口を開いて人を罵り、婿にがみがみいうなんてことがどこにあるんだい。父さんが真夜中におまえに教えたじゃないか。このようなことをしては駄目だよ。お姑さんやお婿さんに何てことをいうんだい」

素姐「犬め。あの男の家には大きな鍋があって私を煮るつもりなのでしょう。私はどういうわけか、無性に腹が立ってくるのです」

薛夫人「馬鹿な子だね。何を怒っているんだい。馬鹿なことをいうのはやめておくれ。午後に婿が家に入ってきたら、従順にし、最初に、縁起がいいようにしなければいけない」

素姐「午後に私は入り口に鍵を掛け、部屋に入れないようにしましょう。あの男が門をたたき、私が我慢できなくなったら、私は入り口を開け、あの男をぶってやりましょう」

薛夫人「何を馬鹿なことを言っているんだい。人に聞かれてしまうよ。早く食事をとりにおいで」

素姐は母親が二つの饅頭、一碗の米の粥を食べるのを見守りました。

 薛夫人は帰りませんでしたが、狄希陳はお礼を言い、家に帰りました。赤い緞子、一対の銀花、方巾、薄赤色の道袍、フェルト靴、綸子の靴下、『文章正宗』、『漢書』、二封の湖筆、二箱の徽墨、一対の歙硯、二つの枕頂[24]、男物の靴二揃い、女物の靴二揃い、これらのお返しの品物を家に納めますと、狄夫人は何度も薛夫人の手厚い礼物に感謝しました。狄希陳も部屋にきて姑に会い、少し無駄話をしますと、別れて家に帰りました。

 間もなく、またも夕方になりますと、薛三省の女房に夕食を運ばせました。そして、狄希陳に二つの火焼、一碗の粥を食べさせ、出ていきました。薛三省の女房は素姐に食事をとらせました。

素姐「私は食事をとらないから、明日の朝、二つの鶏卵を煮て、私に食べさせておくれ」

薛三省の女房はこっそり彼女にいいました。

「お母さまは私にこっそり姉さんに話しをするようにとおっしゃいました。午後は狄希陳さんとよく寝て、抵抗しては駄目ですよ、最初の日は仲良くしなければいけません。いう通りにすれば、母さんが明日の朝にご飯を持ってきます。いう通りにしなければ、明日は母さんもこず、三日目もあなたを迎えにきませんよ」

素姐「へん。私は鼓楼の上の小雀ですからね[25]。びっくりしたりはしませんよ」

薛三省の女房「私は真面目な話しをしているのです。お嬢さま、冗談ではないのですからね。私は家に戻ります」

素姐「行きなさい。母さんを早く私に会いにこさせなさい」

 狄希陳は待ち遠しそうに空を眺めました。そして、暗くなり、洞房華燭の夜、巫峡雲雨の時がくることだけを願いました。しかし、願い通りになったかどうかはわかりません。次回で詳細を御覧ください。

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

中国文学

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[1]婚約や結婚の時に、招待客、親戚、友人に配る干し果物。

[2]年庚(生まれた年、月、日、時)を記した札。

[3]浙江省湖州呉興県産の筆。筆の最高級品とされる。『浙江通志』巻百二引『西呉枝乗』「呉興毛穎之技、甲天下」。

[4]龍尾石で作った硯。龍尾石は江西婺源県龍尾山で産出、黒色、滑らかできめが細かく、珍重される。『樔渓漁隠叢話後集、東坡四』「新安龍尾石、性皆潤沢、色倶蒼黒臟密、可以敵玉、滑膩而能起墨、以之為研、故世所珍也」。

[5]撒針に同じ。刺繍の一つで、放射状に運針するもの。

[6]嫁をもらう前日に婿の家から贈り物を持って嫁の家にいくこと。

[7]袍に付属させるもの。ともいう。両脇の下につける。 (図:周等編著『中国衣冠服飾大辞典』

[8]曹植『洛神賦』に登場する神女。

[9] 『詩経』国風・周南・関雎に「窈窕淑女、在河之洲(見目麗しい淑女が、川の中州にいる)」とあるのにちなむ言葉。

[10]婚礼の進行係。

[11]明代の老人が用いた頭巾。『三才図会』衣服一に図がある。

[12]袍の一種と思われるが未詳。

[13] うすぎぬの一種と思われるが未詳。『唐六典』巻三「恒州貢春羅、孔雀等羅」。なお、羅は衫の原料。ここでの春羅は衫のこと。

[14]処女の血をたとえる。

[15]女性の生殖器をたとえる。

[16]巫峡は四川、湖北省境にある長江の峡谷で、両岸に巫山十二峰といわれる十二の峰がある。なお、巫山は宋玉『高唐賦』に、楚の懐王が夢に神女を見て交わったとあるのにちなみ、ここでは男女の情交をさす。

[17]狼と狽については第十三回の注参照。

[18]名家は花嫁を、金谷は花嫁の家をたとえる。金谷に関しては、第二十四回の注を参照。

[19]原文「刺猬想吃天鵝肉」。普通は「癩蝦蟇想吃天鵝肉(ひきがえるが白鳥の肉を食べようとする)」という。高望みのこと。

[20]和尚は男性器、鐘は女性器をたとえる。

[21]鮫綃帛ともいう。ハンカチの美称。

[22]四川省で生産される扇。『五雑俎』物部四「蜀扇毎歳進御、餽通不下百余万、上及中官所用、毎柄率値黄金一両、下者数銖而已」。

[23]原文「巾結」。未詳だが、「結子」が真珠などを貫きとめたアクセサリーをいうことから類推して、頭巾につけるアクセサリーであろう。

[24]枕の両端の刺繍を施した部分。

[25]原文「鼓楼上小雀」は、一種の歇後語で、うるさいことは聞き慣れていて動じないことをいう。

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