第四十三回

提牢の書吏が監獄を焼くこと

死刑囚の妾が監獄から逃れること

 

役人はまず取り調べを詳細に

(ひとや)の戸締まり厳重に

檻より抜くる虎や犀

手綱を離るる驢馬や馬

押衙[1]、道士に茅山薬[2]

処士、仙人に海上方

さらに設くる金蝉計[3]

(すもも)は桃の身代はりに[4]

 さて、小珍哥は、晁源に嫁ぐ前は、劇団で正旦をしていました。晁源が役者を呼んだり、役者に金を送ったり、食事を出したりするときは、すべて晁住が仕事をしました、ですから、劇団の女役者たちは、珍哥も含めて、大半が晁住といかがわしい関係にありました。晁源は、都で国子監に入りますと、父母には内緒で、珍哥を宿屋に住まわせました。そして、晁住を宿屋にとどめて見張りをさせ、自分は通州の役所にゆき、長いこととどまりました。珍哥が監獄に入りますと、自分は通州の任地についてゆき、晁住夫婦をとどめて、家で珍哥の面倒をみさせました。そのときは、晁源が生きておりましたので、獄卒、刑房はすべて彼の手厚い賄賂を受けました。捕り手の柘典史は、珍哥にとっては守り神でした。小珍哥は女囚ではありましたが、監獄では、少しも苦しみを受けませんでした。晁住は女房を隠れ蓑にし、中で珍哥に仕えました。晁住も中に毎晩泊まりました。年上の小間使い小柳青、年下の小間使いの小夏景はどちらも若くはなく、みんな敷布をもっていました。獄卒たちはちょっかいをだそうとしましたが、晁源から金を貰っていましたので手を触れるわけにはいきませんでした。刑房の書吏の張瑞風は、しばしば小珍哥をものにしようとしましたが、晁源からひどい目にあわされるのと、柘典史に噂をたてられたり阻まれたりすることが怖くもありましたので、晁住は一人でいい思いをしました。晁源は、父母にしたがって任地から家に戻りますと、獄卒たち、典史、当直に、手厚く賄賂を送りましたので、世話をしにくる者はあっても、噂を立てたり、干渉をしたりする者はいませんでした。

 晁源は家にいましたが、珍哥と晁住の縁は依然として絶えていませんでした。晁源は、雍山に麦を収穫しにゆくとき、晁住の女房をつれてゆき、小鴉児の妻と二三か月良い仲となりましたが、このときは晁住が晁源の代役をしました。晁住は監獄に自由に出入りしました。しかし、後に、晁源が小鴉児に殺されますと、小珍哥も後ろ盾がなくなってしまいました。

晁夫人「あの女は自業自得だからいいものの、どうして二人の無罪の小間使いが一緒に監獄に入れられているのかえ。それに、小柳青は十八九歳の娘だ。あんなところにいては良くないよ」

全員を呼びました。晁夫人は二人の小間使いが大きな尻と、大きな乳をしているのを見ますと、とても怒り、急いで彼らのために夫を探し、家から追い出しました。そして、晁住が監獄に行かないようにしました。二人は城外に追い出され、荘園の番をすることになりました。珍哥に監獄の中で女囚を雇わせ、毎月五十斤の麦、小麦、一斗の米、三斗の粟、驢馬十頭分の薪、四百五十文の食事を買う金を支給しました。また、家で何か催しがあるときはいつも、点心、おかず以外に、珍哥に冬、夏の衣装を送ってやりました。

 さて、刑房の書吏張瑞風は、県知事の命令で、監獄にきて提牢になりましたが、「びっこの驢馬を引っ張って太鼓橋にあがる」ように、休暇、当番にかこつけては[5]、何度も会おうとしました。しかし、晁源が死にますと、二人の小間使いは家に呼び戻され、晁住も長いこと監獄にやってきませんでした。柘典史も倉官に昇進し、離任したとのことでした。張瑞風は提牢の名目で監獄に泊まり、珍哥に威張り散らし、掴まえて足枷に掛け、吊るし責めにしようと考え、こう言いました。

「晁さまが生きていたときは礼物をもらえたし、柘さまもしばしばわしにおまえの面倒をみるように頼まれたから、大目にみてやっていたのだ。しかし、晁さまが亡くなり、柘さまが昇進されてからというもの、誰も挨拶をしにこないな」

獄卒たちは張瑞風を宥めました。

「張さま、あなたは刑房の文書係で、監獄の囚人全員の生死を握っています。あなたに大目にみていただければ、生きることができますが、あなたが大目にみようとせず、私たちを三更に殺そうとなされば、私たちが四更まで生きることはできないでしょう。しかし、張さまは善行を積まれているお方です。まず、私たちは晁大舎さまの面子を立てねばなりません。あの方は生前、私たちを疎略に扱ったことはありませんでしたからね。つぎに、珍哥をここに置いておけば、これから張さまが監獄に宿直をしにこられたときに、張さまのために帯を縫ったり、継ぎ接ぎをしたりできます。張さまが退屈なときは、張さまとお話しをすることができます。あの女の部屋では茶やお湯を沸かすことができますから、さらに便利です」

張瑞風「とりあえずおまえたちの面子を立て、あの女を許してやることにしよう」

しばらく脅しの言葉を吐くと去ってゆきました。小珍哥は目を擦りながら泣きました。

 女囚「どうして泣くんだい。獄卒の話しを聞かなかったのかい。あの人はあんたにはったりを掛けているんだよ。あんたがあの人に従えば、やってきて手足を押さえ付けなくてすむからね」

珍哥「どういうことですか。私は馬鹿ですから、何も分からないのですけど」

女囚「あんたと寝たいんだよ。『どういうことですか』とはどういうことだい。あんたは本当に馬鹿になってしまったんじゃないだろうね」

珍哥「私と寝たいのなら、優しく話しをするべきです。あのようにひどいことをいわれては、いっしょに寝る気など起こりませんよ。あんな強盗のような奴と寝たっていいことがある筈がありませんよ」

女囚「そんなことはどうでもいい。あの男はいつもこのようにして人を服従させるんだよ。あの男は目的を果たすことができればそれでいいのさ。私たちがそのいい例だよ」

珍哥「でたらめを言って。あの男があなたたちと寝ていることは知っていますよ」

女囚「入ってきたときは、まだ綺麗で、顔も見られたものだったが、今では苛められ、幽霊のようになってしまった。あの男は私たちを相手にしたりはしないよ」

珍哥「それなら、私があんな男の相手をするのですか」

女囚「あんたは私たちよりずっとましだよ。あんたはいい物を食べ、いい物を着、綺麗な場所、綺麗な床のある所に住んでいるんだから、あの男がやってこないはずがないよ」

珍哥「あの男の腕前はどうですか」

女囚「あの男とは二年間例のことをしていないが、もしも二年前の腕前があれば、あんたと十分対戦することができるよ」

 灯点し頃過ぎに、獄卒が珍哥のところに火を貰いにきました。女囚たちが火を獄卒に渡しますと、獄卒は女囚たちとこっそり話しをして去ってゆきました。女囚は台所の炕の上へいって横になりました。そして、仮寝をしながら、彼が呼びにくるのを待ちましたが、夢にも彼は現れませんでした。女囚たちは獄卒から指示を受けていましたので、表門に閂をかけませんでした。人々の大半が寝静まりますと、張瑞風は下にズボン、上に小さなチョッキを着け、そっと扉を推し開けました。彼は中に入りますと、閂を掛け、珍哥の床の脇にゆきました。暫くすると、珍哥は目を覚まして、言いました。

「張さんでしょう」

張瑞風「よく分かったな」

 夜明け近くに、張瑞風は、提牢庁にゆきました。獄卒たちは酒を持ってきたり、二つの鶏卵を煮たりして、張瑞風にお祝いを言いにゆきました。

「張さま、いい女だったでしょう」

張瑞風「本当にありがとう。手当をやろう。もう話はしておいた。礼物は少しもいらんぞ」

朝、女囚は珍哥に会うと尋ねました。

「私の言った通りだったでしょう」

珍哥はうなずいて何も言いませんでした。

 張瑞風はそれからというもの、宿直をするたびに珍哥と姦通をし、他人が宿直をするときは、いつも替わりになろうとしました。実は、提牢の下役が女囚と密通したことが露見しますと、死罪になるのでした。彼は法を恐れていましたから、悪い心をもっていたものの、悪いことをする勇気はありませんでした。色欲のために命を顧みず、でたらめなことをするのは、一日に止まりませんでした。

 十月一日は、晁夫人の誕生日でした。小珍哥は晁夫人のために寿鞋[6]を作り、人に送らせました。晁夫人もそれを見ると、哀れに思いました。午後になりますと、晁夫人は晁鳳の女房に、大きな盒子にいれた饅頭、大きな盒子にいれた菓子、八つの大きな碗、一羽の鶏、半分の豚の頭、大きな瓶に入った古酒を準備させ、珍哥に送ることにしました。晁夫人の誕生日でしたので、晁住夫婦は晁夫人に挨拶をするため、荘園からやってきていました。品物を監獄に送ることを聞きますと、晁住は仕事をするのを口実に、監獄にいって珍哥に会おうと思い、晁夫人に断わりもなく、担いでいってしまいました。珍哥に会ったとき、晁住は昔のことが忘れられず、懐かしく思っていました。ところが、珍哥は、以前のような心はまったくなく、つれない受け答えをしました。そして、送られてきたおかずを二碗選び、二つの急須にはいった酒を暖め、晁住に飲ませました。しかし、晁住はちらちらと珍哥をみて去ろうとしませんでした。そこで、軽くあしらい、追い払い、晁住が去ってから、人に張瑞風を呼んでこさせ、一緒におごりにあずかろうと考えました。ところが、晁住は昔の夢が忘れられず、中で夜を過ごそうとしました。

 珍哥は、古馴染みを嫌い、新しい恋人にいかれてしまっていました。彼女は晁住にむかって、棘で背を刺すかのように、催促しました。

「はやく出ていっておくれ。今は昔のように、金を人に送ったり、権勢で人を服従させたりすることはできないんだよ。旦那さまが亡くなってからは、気の抜けた膀胱のようなありさまで[7]、だれにも頼ることができないよ。典史はいつも監獄にやってくるし、刑房もとても厳重に夜回りにくるんだ。あんたがここにいて、彼らに見付かったら、まずいことになる。あんたには差し障りがあるだろうし、私もひどい目に遭ってしまうよ。とりあえず出ていっておくれ。今日は荘園にいっておくれ。明日、また会いにきておくれ」

雇われた女囚も珍哥の考えを知り、脇からやんわりと宥めました。晁住はすこし酔っていましたので、女囚たちにむかって騒ぎ立てました。

「お前たちに他の男ができて、俺を邪魔者にしていることを知っているぞ。『よく煮込まれた肉を食いたければ、料理人を怒らせるべきではない』というぞ。俺が腹を立てれば、『和尚が女房を亡くす』[8]ようなことになり、みんなひどい目に遭うのだぞ」

そう言いながら、その女を、衣装の胸を掴み、珍哥の床に押し倒しました。女囚はぶたれると思い、叫びました。晁住は、心の中で例のことをして女囚を満足させれば彼女の口を封じることができ、監獄にとどまることができると思っていました。ところが、彼が部屋の中で女囚をつっついている間に、小珍哥は外に出て獄卒に話しを伝えてしまいました。その日の宿直は張瑞風ではありませんでしたが、外から酒肴が幾つかおくられてきたため、彼をよんで食べさせ、晁住を追い出そうとしたのでした。

 暫くしますと、張瑞風がやってきました。晁住は迎えに出ると、言いました。

「張さん、ご機嫌よう。最近はお元気ですか」

張瑞風は、普段は、晁住ととても仲良くしていましたが、この日は、晁住に会うと高飛車な態度をとりました。晁住が揖をしますと、彼はちょっと手を合わせ、言いました。

「今何時だと思っているんだ。まだここから出てゆかなかったのか」

獄卒たちをしかって

「今は以前とは違うんだ、知事さまはむかしのではないし、典史はむかしの典史ではないのだ。おまえたちは何をしていたのだ。おまえたちがこれ以上言うことをきかなければ、わしは明日、知事さまに報告するぞ」

獄卒「張さま、お咎めにならないでください。私たちはこの男を追い出し、二度と中に入れませんから」

晁住を外に追いだしました。珍哥は進みでると、わざといいました。

「今日はうちのご隠居さまの誕生日なので、数碗の料理を私のところに送ってきたのです。何もなければこの人はここにきたりはしませんよ。楽しく暮らせる場所でもないのに、すきで来るはずがありませんよ。この人を帰らせましょう。つまみだしてはどうでしょう」

張瑞風「つべこべ言うな。料理をおまえにおくるのなら、おもてに小さな四角い門があるではないか。それなのに、どうして男を中に入れたのだ」

晁住「おい。張さん、どうしたんだい。目を開いてよく見てくれ。俺だよ」

張瑞風は目を開いてよく見ますと、言いました。

「俺は目がかすんでいるわけでも何でもないぞ。晁源の家のろくでもない下男ぐらい見分けがつくぜ。それなのに、目を開いて見ろというとはな」

晁住「俺を罵るのはいいが、名指しで『晁源』などというとはどういうことだ。おまえはその『晁源』から銀子を送られていたのだろう。おまえは刑房をしていて、囚人の女房をものにしただろう。囚人に飯を食わせないつもりか」

張瑞風「俺が囚人の女房をものにするところを見たのか。この雑種の馬鹿野郎め。何を言ってやがるんだ。こいつに鎖、足枷を掛けろ。明日、知事さまに話しをしにゆくぞ。お前ら獄卒はみんなこいつとぐるになっているのだろう。知事さまは役所から出られたばかりだ。明日まで待ってなどおれん。こいつに足枷を掛け、今すぐにでも役所に報告しにゆこう」

八人の獄卒は宥めて、晁住を追い出しました。

 張瑞風は人々に向かって笑いながら

「まったく厄介な奴だ。これだけの人間がいてもあいつを摘み出すことはできなかったのだからな」

すぐに点検をし、監獄の入り口に鍵を掛け、明りをつけ、酒を温め、料理を温め、張瑞風と仲睦まじく、半分の豚の頭、四十個の饅頭、たくさんの酒を八人の獄卒に与えました。張瑞風と食べて残した酒とご飯は、雇った女囚にもってゆかせ、ほかの女囚と一緒に食べさせました。

珍哥「晁住は善悪を弁えず、どうしても出てゆこうとしませんでした。私はどうしていいか分からないほど焦りました。しかし、あなたがあの男をひどく侮辱すると、今度はとてもかわいそうに思いました」

張瑞風「そんなことをいうな。小皿のものを食べながら、お碗のものを見やがったな[9]。一つの飼い葉桶に二頭の驢馬を繋ぐわけにはいかないんだ。あの泥棒犬はきっといい思いをしていったに違いない」

珍哥は笑って

「あの人は私にいい思いをさせられたのではなく、張さんにいい思いをさせられたのですよ」

張瑞風は尋ねました。

「どういうことだ」

珍哥「私はあの人に、出ていってください、昔とは違い、金も力もありませんし、役人も厳しくなり、しばしば監獄に調査にくるのです、といいました。張さんは私があの男に説教しているのを見ますと、脇で私の肩をもちました。すると、あの男は凶神のように走ってきて、張さんの胸を掴みました。私が『何をするのですか。この人をぶつのではないでしょうね』といいますと。あいつは張さんを、私の寝床に押し倒したのです」

張瑞風はははと大笑いしました。

女囚「何を笑っているんですか。あなたのためにこんなにひどい目にあったのですよ」

張瑞風「おや、話しを聞いていたのか。おまえが俺のために毎日こんなひどい目にあっていいはずはないな」

張瑞風はさらに珍哥に尋ねました。

「彼ら二人が例のことをしていたとき、おまえはどこにいたんだ」

珍哥「私はその間に外に出て、あなたを呼ぶことができたのですよ」

しばらく談笑して、珍哥と眠りました。

 さて、晁住は、家に着きますと、珍哥には振られ、張瑞風には辱められたので、晁夫人に報告しました。

「先ほど、ご隠居様は品物を珍ねえさんに送らせようとしましたが、ゆく人がいませんでした。私は『行きましょう』といい、あそこへ行きますと、まったくひどい有様で、中はとても乱れていました。珍哥さまは、刑房の張瑞風と昼も夜もくっつきあっていました。刑房が中に入らないときは、獄卒たちと例のことをしているのでしょう。まったくとんでもないことです」

晁夫人は尋ねました。

「だれの話を聞いたのだ。中に入ってみたのか」

晁住「みんな話していますが、隠居様には話そうとしないのです。噂は広まって収拾のしようがありませんよ。私が出ようとしますと、張瑞風が入ってゆくのに出食わしました。私は『立ち止まって、彼がどうするか見てみよう』と思いました。彼は私が珍哥さまに会おうとしているといい、目を血走らせながら私を侮辱し、私に足枷を掛けようとしました。彼は、何者だ、何をしにきたのだといいました。私は『どうして家の人がご飯を送ってくるのを許さないのですか』。『悪い心を起こされてはいけませんよ。『大明律』を見てください、女囚と奸淫したらどんな罪になるか』[10]といいました。私が珍哥さまとともに知事さまに報告しようとしますと、彼は私に許しを請い、私は外に出ることができした。珍哥さまも私に、ご隠居様にいわないようにと頼まれました」

晁夫人は長嘆息して、いいました。

「私が死んだ後も、あの厄介者が残ったら、どうしよう」

 翌日、晁住たち二人は、ふたたび荘園に行きました。晁夫人は十月の穀物などの品物を珍哥のもとに送らせ、晁鳳を獄に行かせることにし、言いました。

「彼女がおとなしくし、恥知らずなことをしなければ、いろいろと面倒をみてやろう。私はあれのために冬の衣装を作ってやっているんだ。どうしてそんなことをするかといえば、ひとえに死んだ息子のためだ。あれが死んだ夫のことを考えないのなら、私は彼女の面倒はみてやらない。私は一粒の米、一本の薪、一束の糸も提供してはやらず、あれを監獄の中で男と自由にさせることにしよう。あれに人に晁源の妾だと言わせなければいい。あれがおとなしくなればいいが、また悪いことをしたら、私は巡按が調査をしにきたときに、書状を提出し、あれを罰してもらうことにしよう。あれに話をしておくれ。一句も漏らさずにね」

 晁鳳は、米と小麦粉を持って中に入りますと、晁夫人の言ったことを一句一句話しました。

珍哥「それは晁住のでたらめです。ご隠居様は調査をなさるべきです。あいつの話しを信じられるなんて。あいつが夜ここにきたとき、私はあいつがご隠居様の遣いとしてきたので、すぐに張さんに酒を温めさせ、私が手を触れていなかった料理を二碗と点心まで出し、あいつに食べさせたのです。私は言いました。『はやくご隠居様に報告をしにいっておくれ、家で心配されるからね』。ところが、あいつはちらちらと私を見たまま出てゆこうとせず、いいました。『珍ねえさん、お話ししたいことがあります。大旦那さまは亡くなりましたから、あなたはもう外に出ることはできません。あなたは貞節などを守るつもりですか。監獄の入り口に貞節牌房[11]は建てられませんよ。私のような男なら、あなただって何も体裁が悪いことはないでしょう』。私はいいました。『おまえの言うことはまったく間違っている。私はおまえの主人のために節を守っており、おまえの女主人でもあるというのに、このような悪いことをするつもりかえ』。すると、彼は私を強姦しようとしたので、私は怒鳴りました。『奴隷が悪いことをしようとしています。主人を強姦しようとしています』。獄卒はそれを聞きますと、走ってきて、彼に説教しました。ところが、彼は何も恐れませんでした。そこで、獄卒は刑房を呼んできて、彼を宥め、帰らせたのです。彼はいいました。『勝手にしろ。刑房、獄卒と姦通するのはよくて、俺と密通するのはだめなのか』。晁鳳、あなたは物のよく分かった人です。私は間男はしていませんし、わが晁家の名誉のために頑張るつもりです。人々は『名門の女房というものは、夫が死ぬと態度を変えるものだ。晁源の妾は歌い女で、死罪に問われているというのに、何と正しい心をもっているのだろう』というでしょう。私はとにかく晁家の名誉のために頑張るつもりです。ひどく自堕落になり、間男をしようとしても、ここではそんなことなどできようはずがありません。どこで間男をするというのです。外には鼻や頬がすれあうほど人がたくさんいますし、私が住んでいる所では尻すら動かすことができないほどです。張さんは影のように私にくっついていますし、外のように広々としたところもありませんから、彼女をどこに行かせることもできません。『張さん、とりあえず出ていってください。間男をしますから』ともいえないでしょう。さらに人の目の前で間男をするわけにもいきません。とにかくよく考えてください。晁住の話しを信じるにしても、私の話しをご隠居様に伝えてください。私はここでひどい暮らしをしています。人の話しを信じず、今まで通り私の面倒をみられるのも、ご隠居様がお決めになることです。出獄して家にもどることができれば、わたしはご隠居さまに二年お仕えしましょう。私だって晁家にいたことがあります。ご隠居様が人の話を信じて、私の面倒を見てくださらなくなれば、私は何の未練もありません。一本の縄で首を吊るしかありません」

そう言いながら、大声で泣きました。

晁鳳「ご隠居様も半信半疑なので、私をつかわし、珍ねえさんに言い含めているのです。本当だと信じていれば、物を送ってきたりはしないでしょう。これは珍ねえさんのために木綿、絹を染めて冬の衣服を作ったのです。珍ねえさんのことは、私が家にいってご隠居様に話しましょう。珍ねえさん、あなたもしっかりとした考えをもたれ、先ほど話した通りにされれば宜しいでしょう」

 晁鳳は珍哥に別れ、晁夫人に報告をしました。晁夫人は尋ねました。

「おまえ、彼ら二人の話しは、どちらが本当なのかえ」

晁鳳「人の心は腹の皮の下にあるものですから、どちらが本当のことを言っているかは分かりません。珍ねえさんの話したことは、筋が通っているようですが、晁住が昨日話したことも、筋が通っているようです」

晁夫人「おまえたちにご飯を食べさせているというのに、まるで赤の他人のようだね。本当のことを聞き出しておいで。もしも晁住の奴が、本当に悪いことをしているのなら、私も許しはしないよ」

晁鳳「珍ねえさんが私たちの家にきてから、晁住が悪いことをしていたかどうかは、はっきりとは分かりません。しかし、珍ねえさんが私たちの家にくる前、彼は劇団のすべての女たちと関係を持っていました」

晁夫人は尋ねました。

「あの女たちは晁住と関係をもって、どうしようとしていたんだい」

晁鳳「劇団を呼んだり、金を払ったり、食事をさせたりするのは、すべてあの男が取り仕切っていましたので、従わないわけにはいかなかったのです」

晁夫人「昨日はあの男を使いにやってはいないのに、監獄の中に入り込むなんて、何て憎らしいのだろう」

 さて、冬至の日、県知事は、東昌府に行き、知府に挨拶をしました。知府が引き止めてご飯を出そうとしたため、県知事は、晩は県庁に戻ってきませんでした。典史は通り掛かりの運糧把総[12]を役所に呼び、酒を飲みました。一鼓の頃、突然監獄で火事が起こりました。報告を受けると、典史は馬に鞭打って県に戻り、表門に入り、女囚の監獄で失火があったと報告しました。典史が監獄に入りますと、刑房の書吏張瑞風が大わらわで消火作業を指揮していました。さいわい西北の風が東南にむかって吹いており、空き地がありましたので、延焼はしませんでした。典史は尋ねました。

「どうして火事が起こったのだ」

「珍哥の房の中から火が吹き出し、消すことができませんでした、どうして火事が起こったのかは分かりません」

まもなく、珍哥の房はすっかり焼けてしまいました。火が消えてから、灰を掻き分けてみますと、一人の女が焼死していましたので、筵で覆いました。翌日、県知事が戻ってきて、失火の報告書を提出し、張瑞風を五十回板打ちにしました。獄卒はそれぞれ二十回ぶたれました、典史は死体の検分をさせ、家族に引き取らせ、埋葬させることにしました。

 晁書は知らせを聞きますと、家に帰り、晁夫人に話しました。晁夫人は涙を流して、言いました。

「仕方がない。仕方がない。死んでしまったら何もかもおしまいだ。しかし、かわいそうな死に方をしたものだ」

すぐに晁鳳を呼び、

「監獄に見にゆき、どうしたらいいか考えておくれ。私たちは準備をするから」

 晁鳳は監獄に入り、日直の獄卒を訪ねると、いいました。

「あのご婦人が中に入られてから、私たちはあの人にはよくしていただきましたが、最後はこのような目にあわされてしまいました」

晁鳳は尋ねました。

「あの人はどのように火を起こしたのだ」

獄卒「あの人は入り口を閉めたのです。火が起こると、中に入って救うこともできませんでした。あの人がどのように火を起こしたかは分かりません」

晁鳳が筵を捲って見てみますと、正体が分からず、まるで炭俵のようになって横たわっていました。晁鳳は長嘆息して、いいました。

「あの絵に描いたような人が、こんな姿になってしまったなんて」

獄卒に頼みました。

「よく見張ってください。私は家から衣装を持ってきてこの人に着せますから」

 晁鳳は家にゆき、報告をしました。晁夫人は徹夜で白の木綿のズボン、白の木綿の衫、小さな袷、大きな衫、白い木綿の裙、膝褲、包頭を、すべて揃えてやりました。五銭の銀子を包み、女囚たちに命じて彼女に衣装を着せました。晁鳳には脇で見ていて、近付かせないように命じました。さらに、三両二銭の銀子を包み、獄卒たち八人への見舞いにし、死体を塀から棒で吊して外にだし、牢屋の入り口からは出させませんでした。さらに、掛け蒲団をもってゆき、くるんで吊るしました。さらに、晁書に二十両の銀子で沙木[13]を買わせ、人に命じて真空寺で棺を組み立てました。死体を寺に運び、納棺し、法厳の部屋を借りて安置し、法厳に法事を行い、お経をあげてくれ、法厳が部屋を持っていなければ、智虚の家でもよいと頼みました。そして、それぞれ別れてゆきました。

 晁鳳は衣装をもって監獄にゆき、まず三両二銭の銀子を獄卒に与えました。獄卒はとても感謝し、あれこれ気を使ってくれました。さらに、女囚たちに五銭の銀子を与えますと、珍哥のためにみんなで衣装を縫ってくれました。外は赤い布団できつくくるみ、木綿の紐でしばり、塀から撥釣瓶を用いて吊り下げました。女囚たちは塀の下まで見送り、

「ここ数年、あの人が監獄に入られてから、あの人の残したお茶や残りご飯を食べて、飢えることがありませんでした」

といいながら泣きました。晁鳳は人に命じて死体を真空寺に送り、法厳の空き部屋を借りました。晁梁も納棺を見ました。翌日十二人の和尚を呼び、珍哥のために法事を行いました。三日棺を安置し、三両の銀子で一畝五分の土地を買い、珍哥のために葬式を出してやりました。

 晁夫人は災いのもとが断たれましたので、悲しみながらも、喜びました。三日、さらに晁書を珍哥の墓に行かせ、紙銭を焼き、人々に珍哥の墓参りをさせました。

 昔から死んだ人が生き返るということはありません。しかし、綺麗な女や化け物は、普通の人と違って、数年をへてからふたたび世に現れ、罪のない人に災いを及ぼすことがあるものです。次回を聞かれ、どのような結果になるかを御覧ください。まさに、

善人は長く生きられず

災続く数千年

魂の還る日のことは

話さばさらに長くなる

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

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[1]古押衙のこと。古押衙は唐代伝奇『無双伝』に登場する人物で、茅山道士の仙薬を用い、世話になった王仙客の恋人である劉無双を救出する侠客。

[2]前注参照。

[3] 「金蝉脱殻の計」。「金蝉脱殻」は蝉が殻から抜け出ること。もぬけの空の計。

[4]原文「暗欲偸桃李代僵」。「桃李代僵」は、桃と李の木が並んで生えており、桃の根が虫にかじられると、李の木が桃の代わりに倒れたという、楽府詩に基づく言葉。『楽府詩集』相和歌辞三・鶏鳴「桃在露井上、李樹在桃旁。虫来齧桃根、李樹代桃僵」。

[5]原文「就是牽瘸驢貧厨窿橋一様、推故告假、攀扯輪班」。びっこの驢馬に太鼓橋をわたらせるとき、推したり引いたりすることを、「推故」「攀扯」(かこつける)などの言葉と掛けた洒落。

[6]誕生祝い用の靴と思われるが未詳。

[7]原文「就如那出了気的尿泡一般」。落ち目になることのたとえ。

[8]原文「和尚死老婆」。歇後語。「大家没」と続き。「(和尚が女房を亡くすことは)絶対にない」「みんな死んでしまう」という意味。

[9]原文「你倒吃着碟子看着碗的罷了」。「吃着碟子看着碗」は「吃着碗里、看着鍋里」ともいい、あるものが手にはいると、ほかのものもほしくなること。ここでは、浮気に浮気を重ねることをさしている。

[10] 『大明律』には、女囚と姦淫した者を罰する規定はない。ただ、巻二十八に「凌虐罪囚」という項目があり、そこには「凡獄卒非理在禁、凌虐、殴傷罪囚者、依凡闘傷論」とある。囚人を凌虐することは、闘傷と同じと見なされていたのである。

[11]牌房は、石造の、鳥居状のもの。貞節牌房は、それに貞節をたたえる言葉を書き付けたもので、節婦を表彰するために建てられる。

[12]穀物の運送を担当する下級武官。

[13] オランダモミ。高級な棺材。

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