第四十回

方正な母が息子を躾けること

募金をする尼が因果を説くこと

 

恋人と楽しく出会ひ

端なくも麗人に会ひたるは

人の定めしことにはあらず

縁は前世で定められ

赤い縄にて結ばれり

三生石[1]の上

逢へば喜悦は頬に満つ

この世で会ひしすぐ後に

麗人の家のなどかは開くべき

ただ良き日には限りあり

良き事は永く続かず

後の逢瀬を望むは難し

母は考へ改めて

娘を愛してみたものの

沙家の[2]

家に()り、無理に章台[3]奪ひたり

空しく帰る鞍は寂しげ

(はらわた)は九たび捩ぢれり  《満庭芳》

 人々の家の子弟が良くも悪くもなりうるのは、十五、六歳の時です。この時、父親は当然厳しくしなければなりません。しかし、母親が凡庸で、息子を溺愛すれば、息子があらゆる悪さをしても、彼をしっかりとかばいますので、父親が厳格でも役には立ちません。むしろ、真面目な母親がいた方が、息子にとっては有益なのです。狄希陳は、その日、孫蘭姫の家で狄周に促されて家に帰りますと、まず家で客にお祝いをのべるために、次に客への挨拶をするために忙しくし、時間は瞬く間に過ぎ去りました。仕事がすべて終わりますと、程先生が彼を家に閉じ込めましたが、今までほしいままにしていた欲情を、すぐに抑えることはできませんでした。それに情欲がすでに芽生えており、抑えることができませんでした。心ではいつも済南府にいきたいと考えましたが、残念なことに口実がありませんでした。

 ある日、府学の小遣いが教官の令状をもって明水にやってきました。そして、府知事が河南兵道に昇任した、学校を挙げて帳詞を作ってお祝いをするので、古株の秀才はそれぞれ五分、新しい秀才はそれぞれ一銭を出さなければならないといいました。狄希陳の名も令状に書かれていました。小遣いが彼の家に行きますと、狄希陳は、酒、ご飯でもてなし、一晩泊まらせました。翌日、朝食の時には、彼に一銭を与えました。さらに、四十文の足代を与えました。狄希陳はこれに託つけて、薛如卞、相于廷にしばしばこう唆しました。

「僕たちは、あの方のお陰で五位以内で合格させてもらったのだから、あの方は僕たちの先生だ。あの方が昇進されたのなら、お祝いにいくべきだ。どうして君達はだれもその話しをしないのだ。君達二人がいかなければ、僕は一人で行き、君達を待たないぞ」

相于廷、薛如卞は、家に帰りますと父親に知らせました。

相棟宇「人々の様子を見てみよう。もしも行くべきなら、おまえも準備をして一緒に行くべきだ」

薛教授「是非いくべきだ。狄姐夫は府学の学生で、金を出し、帳詞にも名が書かれているが、おまえたちは名前すら書かれていないから、いかないわけにはいかないだろう。今までは何事につけ狄さんが面倒を見てくれたから、今回は我々がこの仕事をすることにしよう。手巻や冊葉を表装したり、幾つかの贈物をととのえたりしなければならん。年上のおまえたち三人がいくがよい。薛如兼はいかなくてもよい。狄姐夫と相談してはどうだ」

薛如卞は狄希陳にその話しをしました。

 狄希陳は家に帰ると彼の父親に報告をしました。

「礼物は薛さまの家で買いました」

狄員外「舅どのがいくべきだといったのなら、準備をするがいい。しばらくたったら、舅どのに会いにいくとしよう」

 薛教授は一人で城内に行き、五銭の銀で手巻を表装しました。さらに三銭の銀を使って『文経武緯図』を描かせました。連春元に頼んで序を作らせ、「文経武緯」の四文字を書きました。さらに薛如卞、薛如兼、狄希陳、相于廷に代わって四首の詩を作りました。連城璧は跋を作りました。八大十二小[4]の贈物を準備し、吉日を選び、狄周、薛三省、尤厨子を従えました。出発しようとしますと、小冬哥が家の中で叫びました。

「僕を人間扱いしないつもりですか。僕だけ行かせないなんて。彼ら三人は秀才で、僕は無衣無冠だという訳でもないでしょう。みんな門下生なのに、どうして僕だけを置いてきぼりにするのですか。僕は承知しません。いかせてください」

薛教授は彼らを出発させ、薛三槐はやってきてこの話しを伝えました。狄員外は笑って

「あの子を怒ってはいけない。あの子の言うことは至極尤もなことだ。我々の家には馬がいるから、さらに一頭準備させよう。あの子を行かせるがいい」

薛教授も笑って

「あの子はしつけがなっていない。まったく甘やかしてしまったものだ」

薛三槐にいわせました。

「仕方がない。彼をすぐに来させるのだ。礼服を持っていってやれ」

 暫くしますと、小冬哥が小躍りしながら走ってきました。狄員外は彼に食事をとらせましたが、彼は食べようともしませんでした。人々は馬に乗って府へと出発し、以前泊まった宿屋に泊まりました。ところが、狄希陳は荷物をおろし終えないうちに、煙のように、姿をくらましました。尤厨子が食事を作り終えても、彼を見付けることはできませんでした。狄周は口ではいおうとしませんでしたが、心の中では、彼が孫蘭姫の家にいったことが分かっていました。狄希陳は午後になりますと城内にやってきて、嘘をつき、食事もとらずに、眠りました。

 翌朝起きますと、四人は礼物を準備し、食事をとり、手本、礼服を手にもちました。そして、府役所にいき、小使いに二銭の銀子を与えました。府知事が法廷に出て、裁判を終えますと、小使いが報告をしにいきました。四人の秀才たちは府知事に謁見し、お祝いをいい、拝礼をし、礼物の目録を渡しました。府知事はとても喜び、すぐに茶を出してもてなし、今まで通り先生について勉強をし、勝手なことをしてはいけないと言い付けました。さらに、たくさんの話しをし、その日のうちに彼らを帰らせました。そして、手巻を一つ一つ調べて受け取り、二両の本代を贈りました。

 薛、相両人は、この日以外は、二日目は泊まり、三日目は朝早くに起きようと考えていました。日が短くなってきていましたので、急いで家に帰ろうと考えていました。狄希陳は最初はそうしようといっていましたが、出発のときになりますと、さらに数日とどまりたいといいました。そして、三人を先に帰らせ、彼は後から一人で行くことにしました。人々が彼を無理やり帰らせようとしますと、彼はさっさと隠れてしまいました。三人は彼を探しましたが姿が見えませんでしたので、薛三省だけを連れて家に帰り、尤厨子、狄周を府役所に残しました。彼は安心して孫蘭姫の家に二日泊まり、狄周がそこへいって彼に出発するように促しても、いこうとはしませんでした。

 ある日の朝、東門里の質屋の秦家が孫蘭姫をつれて湖に遊びにいきました。狄希陳は晩に船から降りるときに彼の宿屋にくると便利だといいました。そして、狄周に品物を買わせ、尤厨子に料理を作らせ、孫蘭姫が来るのを待ちました。

 晩になりますと、質屋は、孫蘭姫を泊まらせようとしました。

孫蘭姫「遠来のお客さまが待ってらっしゃいます。今日初めてこられた方ですから、つれないことをするわけにはまいりません。あなたとは同じ城内に住んでおり、ずっと一緒です。今日はよそから来たお客さまに譲ってあげてください。その方の宿屋は鵲華橋にありますから、私をそこへ送られてください」

一部の客も質屋をなだめたりすかしたりして孫蘭姫をさがらせました。宿屋に着きますと、二人は静かなところで、水を得た魚のように、むつみあいましたが、その楽しみは言葉では言い尽くせるものではありませんでした。

 狄周はとんでもない有様を目にしますと、狄希陳を置き去りにし、東関の騾馬市場にいきました。そして、家に行く知り合いを探し、若さまが歌い女の孫蘭姫と一緒にいる、まずこっそり彼女の家に行き、宿屋に迎えた、何度も出発を促したが言うことをきいてくれない、どうか旦那さまに知らせてくれ、と頼みました。その男は故郷に報告をしにいき、狄員外に会いますと、狄周から託された言葉をそのまま伝えました。しかし、狄員外は少しも怒らずに、一言こう言いました。

「召使いのくせに罪作りなことをしおって。女郎買いとは何かも知らないくせに、騒ぎ立てるとはな」

狄員外は報告をした者を帰らせ、家に戻りますと、女房にそのことを知らせました。女房は言いました。

「何て馬鹿でしょう。憎たらしい。あの子が試験にいったときから、私はあの子がろくでもないことをしているのではないかと疑っていましたよ。しかし、あなたはあの子のことを真面目だと言ってばかりいました。あの子に何事もなければいいのですが。万一体中に出来ものができたら、一生が台無しになってしまいますよ」

狄員外「明日早く起きて、わしがあれを呼びにいこう。他の者がいけば、あれは来ないだろう」

母親「あなたがいけばあの子の悪さを助長するだけでしょう。女の前であの子に食って掛かり、あの女にも面目ない思いをさせ、あの子が二度といくことができないようにすればいいでしょう。あなたは、あの子に向かって屁をひることぐらいはできるでしょうが、女に会ったら体が萎えたようになってしまって、動くことができなくなってしまうでしょうよ」

狄員外「わしが行くことはできないというのなら、だれを行かせるというのだ」

母親「私が明日の五更に起き、自分であの子を懲らしめにいきましょう。私はあの子を引っ張ってしこたまぶち、女の毛も毟ってやりましょう」

狄員外「とんでもないことだ。息子が動かなければ、あの女だって明水の狄さまが女郎買いをしようとしていることには気付かなかっただろう。わしが訪ねていこう。自分の家の者を恨まず、他人を恨むわけにはいかん」

母親「お黙りなさい[5]。あなたが厳しくしていれば、あの子だってこんなことはしなかったでしょう。よその人のようにあの女を扱うつもりですか。あんたがどんな下心をもっているかしれたものじゃありませんよ」

狄周の女房に準備をするように命じました。

「私と一緒に、明日の五更に府にいっておくれ」

李九強に二頭の駿馬を選ばせ、たっぷり餌をやりました。さらに塩漬け肉を煮、数個の油餅を焼き、途中で食べることにしました。真夜中に眠り、四更になると起き、髪梳き、洗顔をし、食事をとりました。

 狄員外は女房が府役所に行き、息子を情け容赦なくぶつことを恐れました。女を殴って裁判沙汰になるのが怖くもありましたので、くどくどと女房に言い含めました。

「女を脅せばいい。本当にぶってはだめだ。後悔しないようにしてくれ」

何度も話しをし、しきりに言い含めました。

母親「馬鹿なことをおっしゃらないでください。あの継子をぶち殺したら、私はもう子供は産めないのですからね。嫌なことをおっしゃって。私だって馬鹿じゃありませんよ」

狄員外「おまえが怒ったら顧大嫂[6]のようで、だれも進み出ることはできないからな」

そういいながら、女房を騾馬に乗せ、衣装を整え[7]、鐙をふませてやりました。さらに李九強にしっかり馬をひくように命じました。

狄員外「明日の午後、おまえをまっているぞ」

女房はいいました。

「明後日待っていてください。まず府役所にいき、北極廟と岳廟にいきたいと思っていますから」

狄員外は心の中で思いました。

「まあいいだろう。まあいいだろう。女房を廟にいかせよう。廟にいった以上は、息子をしこたまぶつはずはないだろうからな」

 狄員外の女房が旅路についたことはお話いたしません。さて、孫蘭姫は湖で遊んでからというもの、三日続けて

狄希陳の宿屋で、彼と遊びました。質屋は毎日孫蘭姫の家に迎えにきましたが、城内にいったきり戻ってこないと言わせました。ある日、昼食の時、狄希陳は右の目を二回叩いて、いいました。

「目玉の奴が、さっきからぴくぴく動いている。ろくでなしが僕を呪っているんだろう。きっと狄周の奴に違いない」

話しをしていますと、孫蘭姫が何回かくしゃみをして、いいました。

「ああ、どうやら何かが起こりそうですね。あなたは目がぴくぴく動き、わたしはくしゃみをしましたが、何が起こるのでしょう。ねえあなた、執事さんがきてあなたの気に食わないことをいっても、喧嘩をしてはいけませんよ。喧嘩をしたら、私は二度ときませんからね」

 話をしていますと、外で騒ぐ声が聞こえました。狄希陳は首を伸ばして見てみますと、中に向かって走ってきました。彼はびっくりして顔を葉っぱのようにして、いいました。

「まずい。まずい。お袋がきた」

孫蘭姫は最初は狄希陳の様子を見てびっくりしましたが。「母さんがきた」というのを聞きますと、いいました。

「ぺっ。何かと思えば。お母さまが来られたのですか。お母さまがこられたのに喜ばずに、びっくりなさるとはね」

そう言いながら袴を穿き、迎えに出ていきました。母親は孫蘭姫を見ても、何も言いませんでした。孫蘭姫は母親のために眼覆いを取ってやり、体の埃をはたいてやり、四回叩頭をしました。狄婦人が孫蘭姫を見てみますと、

黒き髪

わだかまれるは龍の髷

雪の両頬、赤き顔

白蝶の頬

十歩離りよと香りは人を刺激して

その美しさは目を奪ふ

街の男は見慣れてゐるが

閬苑[8]の飛瓊[9]と言ひて褒めそやす

まして田舎の婆さんが初めて彼女に出食はさば

瑶台の美玉のごとく思ふもの

猛き心は氷と解けて

愛しく思ふ

猛き心は愛情となり

不肖の子にも腹をば立つることぞなき

 狄夫人は孫蘭姫が美しく、利発であるのを見ますと、家から抱いてきた憎しみの心が、煮え湯に入れられた雪のように消えてしまいました。さらに、狄希陳がびっくりして青褪め、おずおずとして進みでようとしないのを見ますと、怒りを憐れみにかえ、言いました。

「そんなに恐がって。だれがお前にこんな勝手なことをさせたんだい。何て馬鹿な子だろう。頭を抓っても傷もつかないくせに[10]、こんなことをするのを覚えたんだい。お前は出発するとき何と言った。汪先生のお葬式が行われ、お父さんが紙銭を焼きにいかれたから、先生の供養をしにおいき。おまえの二人の義弟と弟はいったのに、おまえは一人でここにとどまっているつもりかえ」

孫蘭姫は傍らでくすっと笑いました。

狄夫人「笑うのはおよし。さっきは子供だと思って容赦してやったが、おまえもぶってやるよ」

 説教をしておりますと、六十数歳の尼が歩いてきて、言いました。

「私は泰安州后石塢[11]奶奶廟の住持で、女神さまのお体を買い替え、聖像を飾ろうと思っております。多くても少なくても、銀子でも銅銭でも構いませんから、お布施をお願い致します。幸福を受けるのはあなたで、私は人足です。修理をされれば前世より十倍良い暮らしができます。この世で良い人柄の方は、来世で男になり、長く富貴を得ることができます。阿弥陀仏、女菩薩さま、心行くまで喜捨をされ、良い子供さんたちのために功徳を積まれてください」

狄夫人「『良い子供さんたちのために功徳を積まれてください』ですって。娘はどうか知りませんが、息子はとてもいい子ですよ。百里離れたところからここへ女郎買いをしにきて、母親をここまでこさせたのですからね」

尼は狄希陳と孫蘭姫をじろじろと見ると言いました。

「お二方は前世でちょっとした因縁があったので、この世で埋め合わせをしておられるのです。埋め合わせが十分でなければ、女の方は去られません。埋め合わせが十分になれば、女の方を引き止めることはできません。密通というものは、原因がないものではなく、すべて前世で定められているのです。お二方が前世で住んでらっしゃったところは、ここから三百里と離れておりません。若さまの前世のお母さまはまだご存命で、幸せにお暮らしです。この娘さんの前世のご家族は亡くなりました。若さまはお休みになるときは、よく枕から落ちられ、急に振り向かれるときは、よく首の筋を捩じられます」

 この二つのことには、少しも間違いがありませんでしたので、狄夫人は不思議に思って、尋ねました。

「枕から落ちたり、首の筋肉を捩じったりするのは、どうしてですか」

尼「真面目でなかったために、よその家の女房と密通し、女の夫にひどい目にあわされたのです」

狄夫人は尋ねました。

「どのようなひどい目に遭ったのですか。殺されたのですか」

 尼はうなずきました。狄夫人は孫蘭姫を指差していいました。

「きっとこの人が前世の女房なのでしょう」

尼「関係ありません。この娘さんは、前世でも妓女でした。二人は船で、結婚を約束しましたが、成就しませんでした。二人はこの世で借りを返しているのです」

狄夫人「彼らはこれから別れるとおっしゃるのでしょうか」

尼「関係がなくなるのです。二日で縁は切れてしまいます。三年後顔を合わせることができますが、話しをすることはできません」

 孫蘭姫「私は前世ではどのくらいの年だったのですか。どのように死んだのですか」

尼「前世では長生きされませんでした。わずか二十一歳で、泰山にお参りしにいく途中、雹に打たれ、病気になって亡くなったのです。雹がふりますと、あなたは全身のそこかしこが痛くなるはずです。手でさわると、痛みがとれますが、手を離すと痛むでしょう」

孫蘭姫「あなたの言われることはその通りで、少しも間違いはありません。夏に雹がふったとき、まさにそのように痛みました」

 狄夫人は孫蘭姫を指差しながら言いました。

「この娘には幸運があるようにみえます。妓女にはみえません、息子のために娶ってやることにしましょう」

尼「うまくいきませんよ。若さまには若さまの奥さまが、この娘さんにはこの娘さんのご主人がありますから、二日たてば別れてしまいます」

狄夫人「あなたが彼らについておっしゃったことは当たっています。私のことをお話しになってください」

尼「女菩薩さま、あなたはとても変わった性格ですからお話ししにくいですね。女の方は正妻に味方し、妾には味方しないものですが、あなたは逆です」

狄夫人は笑いながら

「私は変わった性格なのですよ。正妻はみんな妾を苛めますが、妾だって十か月で生まれた人間ではありませんか」

尼「女菩薩さま、あなたは立ちつづけることができない病気をおもちです。少し立っただけで、すぐに足が腫れてしまうのです」

狄夫人「これはどうしてでしょう。立つ力がないのでしょうか」

尼「あなたは前世では妾で、一晩中正妻に仕え、立ち続けていたため、体が損なわれたのです。このように苛められても、あなたは恨みごとをいわなかったため、前世の正妻は生まれ変わって、あなたの娘さんになり、あなたを世話しているのです。あなたがこの世で豊かな暮らしをされているのは、前世で生物や惣菜を捨てたり盗んだり、米や小麦を粗末にしたりしなかったためです。あなたはこの世で人柄が良いので、来世ではさらに良い所へいかれることでしょう」

 狄夫人は尋ねました。

「私の息子がこれからどうなるか話しておくれ」

尼「氾濫のとき、すでにあなたにお話し致しました」

狄夫人はさらにいいました。

「今回この子のために嫁をとるのだ。嫁はよく仕えてくれるだろうか」

尼「あまり期待されてはいけません。期待しすぎると、当てが外れます。あまり期待をしなければ、どうということはありません。若さまは、天も地も恐れませんが、嫁だけは恐れるでしょう。しかし、恐れても、心が安らかになることはありません。お嫁さんは同い年で、十六歳でしょう」

狄夫人「それは信じることはできません。とてもおとなしい娘です。おかしな言葉を吐くはずがありません」

孫蘭姫を指差して

「顔もこの娘にひけをとりません」

尼「焦られても仕方ありません。あなたの家にきますと、彼女はじっとしてはおらず、おかしなことを言い出すのです」

 狄周の女房が尋ねました。

「私は前世では何の生まれ変わりだったのですか」

尼は笑って

「耳を近付けてください。話してさしあげましょう」

狄周の女房は首を曲げてききました。尼が耳元でこっそりと話しをしますと、狄周の女房は顔を耳元まで真っ赤にして走っていきました。

 日が暮れそうになりますと、狄夫人が言いました。

「どちらにお泊まりですか」

尼「遠くではありません、娘娘廟です」

「城内で遠くないのなら、もっと話しをしていかれてください」

そして尋ねました。

「ご飯はできたかえ。できていたら持ってきておくれ」

狄周の女房は、四つの小皿の料理、一碗の塩漬け肉、一碗の炒り卵、油餅、白米に飲食物、二揃いの烏木の箸を持ってきて、テーブルに並べました。

狄夫人「だれと食事をさせるのかえ」

狄周の女房「希陳さまとお食べください。−娘さんが一緒に食べるのですか」

狄夫人「料理はあるかえ。さらに二碗加え、二組の箸を加え、一緒に食べよう」

狄周の女房は、急いで二組の箸、二碗のご飯、一つの小皿の餅を添え、座席を据えました。

 狄希陳は入り口に立ち、どうしても動こうとしませんでした。

狄周の女房「ご飯ができましたから、食べにいかれてください」

彼はうろうろとして行こうとしませんでした。さらに促しますと、彼はようやく言いました。

「あの尼さんと同じテーブルでは食べないよ」

狄周の女房は、笑いながら狄夫人にしました。

狄夫人「ご飯を分けよう。さらに料理を付け加え、奥の間にもっていき、彼ら二人に食べさせるのだ。私とお師匠さまはここで食べることにしよう」

 孫蘭姫はその声を聞きますと、指を噛み、首を振りながら、言いました。

「あれまあ。食事をとったら城門が閉められ、城から出ることができなくなるでしょう。ご飯を食べたら真っ暗になってしまいますよ」

狄夫人「お師匠さま、廟では仕事はないのですから、ここでお休みください。私も来たばかりなのですから」

さらに、孫蘭姫に尋ねました。

「お師匠さまは、おまえたち二人は二日しか縁がないとおっしゃった。いっそのこと契りを結んでしまえば、来世でその埋め合わせをしなくてすむよ。奥の間に眠りにおいき、私たち三人はおもての間で眠ることにするから」

狄周の女房「東の部屋はとてもきれいで、雪洞のように表装されています。寝床、炕が準備されており、十人の人間がいても眠ることができます」

狄夫人「それはとても良い。私はてっきり部屋がないものと思っていた。部屋に灯を点して、眠ることにしよう」

孫蘭姫も一緒に部屋の中に行き、狄夫人の脇に立ちました。そして、狄夫人が衣装を脱ぐのを見ますと、すぐに受けとり、狄周の女房とともに、狄夫人のために布団を敷いてあげました。彼女は何くれとなく狄夫人の面倒をみましたが、一日中世話をする者でもこのように手慣れてはおらず、嫁でさえもこのように親しげではありませんでした。狄希陳は部屋に行き、彼の母親の前でうろうろしていました。

 狄希陳は孫蘭姫を見ながら、まじろぎもせず、手を出すことができないかのようでした。尼はいいました。

「契りを結ぶのは大変なことです。縁がなければ、夫妻でも仲が良くありません。縁があれば、どんなに遠く離れていても、縄で引っ張られているかのように、逃れることはできないのです」

狄夫人は孫蘭姫に向かっていいました。

「おまえたち二人は最初はどうやって知り合ったんだい」

孫蘭姫「私は趵突泉の西の花園にいました。塀は崩れており、私はちょうど亭の欄干のところにいました。彼は私に気が付かず、ズボンを脱ぐと私に向かって小便をしました。私は『母さん、どこかの学生が私に向かって小便をしています』と叫びました。母は中から出てきていいました。『良く勉強された若さまだこと。よその家に娘がいるのに、小便をなさるとは』。この方は小便も出しおわらず、半分は我慢し、ズボンを引きずり上げて逃げました。私たちがそこで話していますと、四人の学生をつれて入り口にやってきました。そして、入ってこようとはせず、互いに譲り合い、首を伸ばして中を覗きました。母はいいました。『娘に向かって小便をするのはまだしも、娘を見にくるとは』。私は入り口にいき彼を引っ張り、言いました。『あなたは私にむかって小便をし、私はあなたを追い掛けなかったというのに、また私を見にきたのですね』。私が中に引っ張ろうとしますと、彼はおもてに逃げました。若い坊っちゃんはびっくりして叫び、部下たちを呼び寄せました。部下はいいました。『あの女の人は狄さんのお友達です。中に入って涼むことにしましょう』。私たちは茶を沸かし、瓜を切りました。三人の若者は食べませんでしたが、かぶりものを着けていない若さまはつわもので、二つも食べられました」

狄夫人「その小さい子はこの子の義弟です。二人の大きい子は、一人はこの子の義弟、もう一人はこの子のいとこです。彼ら三人は出発したのに、この子はとどまっていたのでしょう」

孫蘭姫「そのときはとどまっていません。二日後、この方はどういうわけかやってこられたのです。朝早く、私は帯を締め、髪を梳かしていました。すると、料理を買って戻ってきた小間使いが『この前小便をしていた若さまが入り口を行ったり来たりしています』といいました。髪の毛を束ねて出ていきましたら、この方がいました。私はこの方を呼び、『あなたはとても可愛いわ』といいました。私はこの方を家に引っ張ってきました。その後は、昼間にちょっと遊びにこられただけで、夜は泊まっていません。今回は六七日泊まられています」

狄夫人「夜も更けたから、寝ましょう。私も眠たくなりました」

 狄夫人は上座の寝床で、尼と狄周の女房は窓辺の炕で眠ることにしました。眠ろうとしますと、狄夫人はいいました。

「息子を咎めることはできない。まるで美しい女のようで、私が見ても可愛い。私は年増の女だと思っていたが、同じ年の子供だ。私は来る途中で、中に入ったら、まず息子をぶち、次に女をぶってやろうと思っていたが、彼女を見たら、怒りはどこかにいってしまったよ」

尼「それこそ縁なのですよ。ご老人が怒られて、ぶったり罵ったりされたら、二日の縁が断ち切られてしまっていたでしょう。二日の縁があるので、天がご老人を怒らせなかったのです」

 狄夫人は尋ねました。

「先ほど、息子の妻があまり従順ではないとおっしゃっていましたが、どういうことですか」

尼「秘密は漏らしてはいけません。そのときになれば分かることです。彼女は前世でひどい目にあわされたので、この世でまた尋ねてきたのです」

狄夫人「この縁談は断ることはできますか」

尼「女菩薩さま。何をおっしゃいます。これは運命で定められており、閻魔さまの使いがこなければ抜け出ることができないものです。避けることなどできません」

狄夫人「息子の命を損なわず、びっくりさせるだけならいいのですが」

尼「命は損ないません。ひどく驚かせるだけです」

狄夫人「命を損なわないのなら、成り行きに任せることにしましょう。よければそれでよし、さもなければ、ほかに妾をとらせましょう」

尼「息子さんは妾もとられますが、妾も縁が薄く、離れて住むことでしょう。妾も妻と同じようなもので、彼らからはさんざんな目にあわされることでしょう」

狄夫人「それはひどい」

尼「女菩薩さまは、妾からひどい目にあわされることはありません。正妻から数年ひどい目にあわされるだけです」

狄夫人はさらに尋ねました。

「さっき何をしたのですか。あの人は首から顔まで真っ赤でしたよ」

尼「何も言っておりません。あの人に冗談を言っただけです」

暫くしますと、狄周の女房は小便をするために出ていきました。尼はこっそりと狄夫人に言いました。

「あの人は羊の生まれ変わりで、尾骶骨には今でも羊の尾があります。あの人はそのことを隠し、知らせないのでしょう」

 狄夫人は尋ねました。

「私は前世ではどのような死に方をしたのですか」

尼「苛められ、流産して亡くなったのです」

狄夫人「私が今年何歳だと思われますか。誕生日はいつだと思われますか」

尼「五十七歳で、旦那さまより三歳年下です。四月二十日の辰の刻がお誕生日です」

狄夫人「まさにその通りです。どうして何もかもご存じなのですか」

さらに、尼がいつきたのか尋ねました。彼女は言いました。

「いつも来ていますが、今回は来てから一か月になります。后石塢の女神さまの聖像は、泥で作ったものです。今回、銀子、銅銭をお布施としていただき、人を杭州府に行かせ、白檀の像を買います。三百数両が必要で、ほとんど集まりました。たくさんお金が集まったら、この二体の女官も同じような物を買います。お金が集まらなければ、女神さまの聖像だけを買います」

狄夫人「私は銀子をもってきませんでした、私の家にこられ、しばらくお止まりください。人を迎えにこさせましょう」

尼「お迎えがくるのは、十月でしょう。楊奶奶はそのときに私にお布施をくださり、私のために冬用の服を作ることを約束されました」

狄夫人はどこの楊奶奶かと尋ねました。

尼「明水街の楊尚書さまのお屋敷です」

 狄夫人「それはますます都合のいいことです。長いことお話しをしましたが、ご姓をお尋ねしませんでした」

尼「私は李という姓で、名は白雲といいます」

狄夫人「寝ましょう。明日、食事をとられたら、私と一緒に廟にいきましょう」

尼「どこの廟にいくのですか」

狄夫人「まず北極廟にいき、戻ってきてから岳廟にいきましょう」

尼「馬に乗って岳廟にお参りし、戻ってきて入り口で船に乗り、北極廟にいきましょう。さらに水上の亭で湖を眺め、遊んでから戻ってくることにしましょう」

狄夫人はいいました。

「それもいいですね、そうすることにしましょう」

 一晩眠り、朝に起きますと、孫蘭姫は別れを告げ、家に行こうとしました。

狄夫人「一日とまりなさい。明日、家に送ってやりましょう」

狄希陳はその話を聞きますと、以前学校に入ることを知らされたときよりも、もっと喜びました。狄夫人は、李九強に三頭の馬を準備させ、岳廟にいこうとしました。狄希陳は母親を「今日は北極廟に、明日は岳廟の下社にいかせ、千仏山に登らせ、大仏頭[12]を見にいかせれば、明後日に出発することができる」と考えていました。

狄夫人「来たときに、父さんと明日の午後までにおまえを家に送っていくと約束したのだよ。明日、家に行かなければ、父さんは安心せず、わたしがおまえをぶち殺したと思うだろう」

尼「若さまのおっしゃることもご尤もです。府に来られた以上は、千仏山、大仏頭も名所ですから、御覧になるのも宜しいでしょう」

狄夫人は狄周を呼びました。

「人を探し、家に知らせを届けさせ、主人が心配しないようにしておくれ。人がいなければ、おまえが一人で行き、私が使う二両の銀子をもってきておくれ」

狄周は騾馬を準備し、それに乗っていきました。ちょうど東関にきたとき、家にいく人に出食わしましたので、手紙をもって家に帰らせ、自分は戻ってきました。

 狄希陳は、孫蘭姫とともに、北極廟に行こうとしました。

狄夫人「宿屋で留守番をしていておくれ。私は李さん、狄周の女房と三人で行くことにするよ。李九強には馬の番をさせよう」

狄希陳は承知せず、行こうとしました。狄周の女房も狄希陳を行かせるように勧めました。狄夫人はいいました。

「おまえたちは本当に馬鹿だね。人さまから、どこの家のどら息子だろう、女郎を連れて船遊びをするのならまだしも、母親と飯炊きの小間使いまで連れ出すとは、と言われてしまうよ。彼ら二人に留守番をさせたってどうということはないよ」

彼らを北極廟に行かせませんでした。狄夫人は船の上で言いました。

「考えもなく息子のいうことを聞いてしまったよ。私が一日泊まれば、息子は孫蘭姫と遊ぶことができるのだよ」

尼「今日一日の縁しかありません。明日になれば私のいったことが本当か嘘かが分かりますよ」

人々は尼の言葉を信じませんでした。正午過ぎに、北極廟にお参りして戻り、尼を引き止め、さらに一晩を過ごしました。

 翌日、朝食をとり、岳廟にのぼろうとしますと、孫蘭姫の母親が宿屋に尋ねてきました。彼女は狄夫人に気付きますと、跪き、二回叩頭しました。

狄夫人「私は息子を捜しにきましたが、あなたは娘さんを捜しにこられたのですね。本当にとんでもない子たちですね」

やり手婆あ「質屋で今日酒宴がございます。数日前から予約が入っておりましたので、お相伴をさせることに致します。午後になってから、娘をお呼びになってください」

孫蘭姫を促し、いってしまいました。

 狄夫人は、お参りをして戻ってきますと、狄希陳にむかって、言いました。

「私は何もしてはいないよ。あの娘を追い出してはいないよ」

三両の銀子、一匹の錦を包み、狄周に命じて、彼女の家に贈らせました。そして、こう言いました。

「午後に戻ってくるのなら、もう一晩過ごさせればいい」

尼は何も言わずに、指を折り曲げ、占いをし、頷いていました。

 ところが、質屋は百両の銀子を出し、彼女を妻と同格の妾にし、やり手婆さんも家で養うことにしました。狄周が銀子を届けたとき、孫蘭姫は赤い衫に着替えて轎に乗り、入り口では太鼓と笛が鳴り響いていました。彼女は狄周がやってきたのを見ますと、目から涙を流し、金の耳掻きを抜き、狄希陳に渡してくれといい、こう言いました。

「一対です。捨ててはいけません。記念にしましょう」

狄周が戻って話しをしますと、人々は尼を生き仏のように敬いました。狄希陳は、正直にいって、とても辛い気持ちでした。彼は信じようとせず、自分で彼女の家にいき、初めて事実であることを知りました。そして、一晩過ごし、母親とともにとりあえず帰ることにしました。尼もとりあえず家に戻りました。狄夫人は十月四日に人を遣わして彼女を迎えることを約束しました。これぞまさに、

縁あらば千里離りよと巡り逢ひ

縁なくば顔合はすとも生き別れ

 

最終更新日:2010116

醒世姻縁伝

中国文学

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[1]浙江省杭県。天竺寺の裏山にある石。唐の円観が再生して李源とここで再会したという。

[2]明梅鼎祚撰『玉合記』の登場人物。吐蕃の大将。寺で人妻の柳氏を見初め、横恋慕する。

[3] 『玉合記』の主人公柳氏のこと。韓翃の妻。

[4]八つの礼物とそれに添えられる十二の礼物。八つの礼物に八つのものを添える「八大八小」が普通。明沈徳符『野獲編、詞林、交際』「二十年来、即平交必用二幣、至於四、至於六、今且至八幣、而以他物如数侑之、謂之『八大八小』」。

[5]原文「你与我夾着那張嘴」。直訳は、「あなたは私のためにその女性器のような口を閉じてくれ」。相手の口を女性器にたとえた罵語だが、女性の狄夫人が夫の狄賓梁を罵るときに使っているところがユーモラス。

[6] 『水滸伝』に登場する女傑。梁山泊三女将の一人。

[7]原文「給他掐上衣裳」。「掐」の意味は未詳。とりあえず上のように訳す。

[8]崑崙山の頂にあるという、仙人の住処。閬風ともいう。

[9] 『漢武帝内伝』に登場する仙女の名。

[10]原文「掐了頭没有疤的」。「軟頭皮」のことと思われる。「気が弱い」の意。

[11]泰山山頂北側にある地名。

[12]大仏頭。未詳。

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